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環境生物学領域 52 ストレス応答機構研究室 基礎生物学研究所 要覧 2004 研究活動 参考文献 1. Mikami, K., Katagiri, T., Iuchi, S., Yamaguchi-Shinozaki, K. and Shi- nozaki, K. (1998) A gene encoding phosphatidylinositol-4-phosphate 5-kinase is induced by water stress and abscisic acid in Ara- bidopsis thaliana. Plant J. 15, 563- 568. 2. Mikami, K. and Hartmann, E. (2004) Lipid metabolism in mosses. In, New Frontiers in Bryology: Physi- ology, Molecular Biology and Functional Genomics (A.J. Wood, M. J. Oliver and D. J. Cove, eds.), Kluwer Academic Publishers, Dor- drecht, The Netherlands, pp 133- 155. 3. Mikami, K., Repp, A., Graebe-Abts, E. and Hartmann, E. (2004) Isola- tion of cDNAs encoding typical and novel types of phosphoinosi- tide-specific phospholipase C from the moss Physcomitrella patens. J. Exp. Bot. 55, 1437-1439. 図2 ヒメツリガネゴケの PpPLC1 遺伝子破壊株(plc1 )で見られる視覚 的特徴 plc1(下)は野生株(上)に比べて緑色の 度合いが低く,また芽から形成される茎葉 体が全く見られない。 い,2)重力応答が見られない,3) クロロフィル量が低いため全体的に 黄色っぽい,などの表現型が観察さ れた(図 2 参照)。さらに,1)が芽 の形成に必要なサイトカイニンへの応 答の消失によっていたため, PpPLC1 がサイトカイニンや重力の 信号伝達系の制御に関わっていると 考えられた。PLC とサイトカイニン 信号伝達系の関連はこれまでに報告 がない新しい知見であり,現在さら に詳しく解析している。また,芽の ヒメツリガネゴケ Physcomitrella patens は,相同組み換えによる遺伝 子破壊が可能であることから植物の 遺伝子機能を解析する上で大変優れ た研究材料である。ヒメツリガネゴケ PLC をコードする2つの cDNA を単離し,それらの産物,PpPLC1 及び PpPLC2 ,の構造を解析したと ころ,両者ともこれまでに高等植物 から単離された PLC の構造と高い相 同性を示した(図 1 )。さらに, PpPLC1 が高等植物 PLC と同様の 酵素活性を持っていたことから,植 PLC がヒメツリガネゴケから高等 植物まで良く保存されていることが 明らかとなった。 PpPLC1 PpPLC2 は高等植物 PLC N 末端側に保存されている N ドメインと名付けられた EF ハンド様 の保存領域を持つが,PpPLC2 のそ れは挿入配列を持っており(図 1 ), それが機能的かどうかは不明である。 また,PpPLC2 PpPLC1 のような 酵素活性を示さなかったことから, 構造的にも酵素活性的にもこれまで に植物では報告のないヒメツリガネゴ ケに固有で新規のものと考えている。 以上を踏まえ,植物 PLC の機能解 析を目的として PpPLC1 遺伝子の破 壊株を作出した。得られた遺伝子破 壊株では,1)芽の形成とそれに引 き続く茎葉体の形成が全く見られな 物は常に変化する自然環境へ柔 軟に適応することで自らの生育を 可能にしているが,その仕組みの詳細は 不明である。当研究室では,植物の環 境適応におけるイノシトールリン脂質 (PI)代謝系の役割を解明するため,環 境変化の形態形成への影響とPI 代謝系 で中心的な役割を果たしているホスホリ パーゼ C(PLC)の機能との関連を解 析している。 STAFF 三上 浩司 助教授 形成が塩や浸透圧などの環境ストレ スによって抑制されるため,形態形 成と環境ストレス応答を制御する信 号伝達系の間には PpPLC1 を介した 何らかの関連があると推察された。 その詳細についても解析中である。 図 1 ヒメツリガネゴケ PLC の構造的特徴 触媒領域を形成する X および Y ドメインとC 末端側のC2 メインは高等植物とほ乳類の PLC にも保存されているが, N ドメインは植物 PLC にのみ 見られる。哺乳類 PLC に見ら れる PH ドメインは植物 PLC では保存されていない。At シロイヌナズナ; Rn,ラット

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  • 環境生物学領域

    52

    ストレス応答機構研究室

    基礎生物学研究所 要覧2004

    研究活動

    参考文献

    1. Mikami, K., Katagiri, T., Iuchi, S.,Yamaguchi-Shinozaki, K. and Shi-nozaki, K. (1998) A gene encodingphosphatidyl inositol-4-phosphate5-kinase is induced by waterstress and abscisic acid in Ara-bidopsis thaliana. Plant J. 15, 563-568.

    2. Mikami, K. and Hartmann, E. (2004)Lipid metabolism in mosses. In,New Frontiers in Bryology: Physi-ology, Molecular Biology andFunctional Genomics (A.J. Wood,M. J. Oliver and D. J. Cove, eds.),Kluwer Academic Publishers, Dor-drecht, The Netherlands, pp 133-155.

    3. Mikami, K., Repp, A., Graebe-Abts,E. and Hartmann, E. (2004) Isola-tion of cDNAs encoding typicaland novel types of phosphoinosi-tide-specific phospholipase C fromthe moss Physcomitrella patens. J.Exp. Bot. 55, 1437-1439.

    図 2 ヒメツリガネゴケの PpPLC1遺伝子破壊株(plc1)で見られる視覚的特徴plc1(下)は野生株(上)に比べて緑色の度合いが低く,また芽から形成される茎葉体が全く見られない。

    い,2)重力応答が見られない,3)

    クロロフィル量が低いため全体的に

    黄色っぽい,などの表現型が観察さ

    れた(図 2参照)。さらに,1)が芽

    の形成に必要なサイトカイニンへの応

    答 の 消 失 に よ っ て い た た め ,

    PpPLC1がサイトカイニンや重力の

    信号伝達系の制御に関わっていると

    考えられた。PLCとサイトカイニン

    信号伝達系の関連はこれまでに報告

    がない新しい知見であり,現在さら

    に詳しく解析している。また,芽の

    ヒメツリガネゴケ Physcomitrella

    patensは,相同組み換えによる遺伝

    子破壊が可能であることから植物の

    遺伝子機能を解析する上で大変優れ

    た研究材料である。ヒメツリガネゴケ

    の PLCをコードする2つの cDNA

    を単離し,それらの産物,PpPLC1

    及びPpPLC2,の構造を解析したと

    ころ,両者ともこれまでに高等植物

    から単離されたPLCの構造と高い相

    同性を示した(図 1)。さらに,

    PpPLC1が高等植物 PLCと同様の

    酵素活性を持っていたことから,植

    物 PLCがヒメツリガネゴケから高等

    植物まで良く保存されていることが

    明らかとなった。

    PpPLC1と PpPLC2は高等植物

    PLCのN末端側に保存されているN

    ドメインと名付けられたEFハンド様

    の保存領域を持つが,PpPLC2のそ

    れは挿入配列を持っており(図 1),

    それが機能的かどうかは不明である。

    また,PpPLC2はPpPLC1のような

    酵素活性を示さなかったことから,

    構造的にも酵素活性的にもこれまで

    に植物では報告のないヒメツリガネゴ

    ケに固有で新規のものと考えている。

    以上を踏まえ,植物 PLCの機能解

    析を目的としてPpPLC1遺伝子の破

    壊株を作出した。得られた遺伝子破

    壊株では,1)芽の形成とそれに引

    き続く茎葉体の形成が全く見られな

    植物は常に変化する自然環境へ柔軟に適応することで自らの生育を可能にしているが,その仕組みの詳細は

    不明である。当研究室では,植物の環

    境適応におけるイノシトールリン脂質

    (PI)代謝系の役割を解明するため,環

    境変化の形態形成への影響とPI 代謝系

    で中心的な役割を果たしているホスホリ

    パーゼC(PLC)の機能との関連を解

    析している。

    S T A F F

    三上 浩司助教授

    形成が塩や浸透圧などの環境ストレ

    スによって抑制されるため,形態形

    成と環境ストレス応答を制御する信

    号伝達系の間にはPpPLC1を介した

    何らかの関連があると推察された。

    その詳細についても解析中である。

    図 1 ヒ メ ツ リガネゴケPLC の構造的特徴

    触媒領域を形成するXおよびYドメインとC末端側のC2ドメインは高等植物とほ乳類のPLCにも保存されているが,Nドメインは植物 PLCにのみ見られる。哺乳類PLCに見られるPHドメインは植物 PLCでは保存されていない。At,シロイヌナズナ;Rn,ラット