インド:モディ改革の行方と注目の産業 - Mitsui...2018/05/11 ·...
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インド:モディ改革の行方と注目の産業 2018/05/10
三井物産戦略研究所 国際情報部
目次
Ⅰ. 【政治・経済・外交】4つの注目点 p.1
(1)モディ改革と2019年総選挙の展望
(2)眼前のリスク:地場商業銀行の不良債権問題
(3)雇用創出と「Make in India」
(4)対外関係~米印vs中パ構造に加え、中印対立先鋭化も~
Ⅱ. 【産業トピックス】 p.3
(1)自動車産業動向
(2)イノベーション動向
Ⅰ.【政治・経済・外交】4つの注目点
(1)モディ改革と 2019 年総選挙の展望
2019年総選挙では与党連合(NDA)の核であるインド人民党(BJP)が勝利するとみられ
るも、単独過半数は厳しい。モディ首相は就任4年間で、物品・サービス税(GST)導入
など中長期にインドの成長を促す改革を実現。一方、懸案の土地収用法改正の実現は厳
しい見通し。
18年1月の世論調査では、誰が首相に相応しいかの質問に対し、野党・国民会議派ラフ
ル・ガンジー総裁が20%(17年5月:9%)と支持を伸ばす一方で、モディ首相は37%(同
44%)に支持を落としている(図表1)。不良債権問題など不確実性の高い課題にも直面、
予断を許さない((2)で詳述)。
17年7月、1991年の経済自由化以来の本格的な財政改革とされるGST導入を実現し、州毎
に異なっていた間接税を一本化した。州をまたぐ取引の効率化が期待されるが、導入後
9カ月の間に税率を数回変更するなど混乱も見られ、制度の定着には時間を要するだろ
う。
16年11月に予告なしで実施された高額紙幣廃止は、対象紙幣の97%が期限内に回収され
たため、ブラックマネー解消の効果は低く、また紙幣不足による混乱が景気鈍化を招い
た。しかし、紙幣不足はデジタル決済を加速度的に普及させる契機となった。デジタル
決済は、インド版マイナンバーのアドハー(Aadhaar)をベースに国内全戸に所有させ
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た銀行口座と、政府が構築したUPI(United Payment Interface)が普及の土台になっ
ている。
土地所有者に有利な現行の土地収用法の改正は、ビジネス円滑化に向けた最大の課題と
も言われるが、19年総選挙前の改正は農村票の与党からの離反を生みかねないため、政
権による改正作業は事実上頓挫している。総選挙でBJPが勝利してモディ首相が続投し
た場合でも、BJPが農民の支持を失う政策を目指すとは考えにくく、改正は進まない可
能性が高い。
(2)眼前のリスク:地場商業銀行の不良債権問題
高額紙幣廃止やGST導入に伴う混乱の長期化により、17年度のインド経済は成長鈍化す
るものの、18年度はGDP成長率7%台に回復の見通し。だが、好調な経済の下、地場商業
銀行(主に国営)の不良債権問題がインド経済の最大の課題として浮上している。17年
末段階の銀行の不良債権比率は9.32%(図表2)で、鉄鋼、発電、インフラ分野等の不良
資産が増加している。
政府は不良債権問題に対し、①銀行に対する検査の厳格化と引当金の積み増し、②破産
倒産法の施行、③国営銀行への資本注入計画(2年間で2.11兆ルピー/約316億ドル)な
どの手法で対応している。破綻処理が進まず、銀行貸出が低調に推移すれば、インド企
業の資金調達への懸念から景気鈍化につながり、モディ政権の基盤を揺るがしかねない
事態となろう。
(3)雇用創出と「Make in India」
2024年に世界一の人口大国となるインドでは、毎年約800万人が新たに労働市場に参入
するものの、若年失業率は高く(図表3)、雇用創出が急務。モディ政権は製造業振興
策である「Make in India」を推進し、製造業分野での雇用拡大を目指しているが、労働
者の教育・技能水準の低さ等が原因で、ほとんど拡大していない。政権は、国際競争力
のある産業の育成に向けてオートメーションを進めると雇用拡大につながらない、とい
うジレンマにも直面している。
「Make in India」は現在、外資規制緩和、投資手続き円滑化、インフラ整備など製造
業振興に向けた環境整備の段階にある。政権は17年5月、22年までに総額42兆ルピー
(約6,874億ドル)を投入するインフラ整備計画を発表し、プロジェクトの迅速な実行
を目指している。一方、政権は重点的に振興する25の産業分野を決定したものの、戦略
的に支援する産業の絞り込みや優遇税制等の具体策は示しておらず、対応を州レベルに
委ねている。
Sagarmalaと呼ばれる政府の開発計画では、沿岸地域活用による海上貿易と製造業強化
が謳われ、輸出向け製造業振興のための経済特区として、港湾に沿う形で沿岸経済区
(CEZ)開発が進んでいる(図表4)。17年には第1号案件として、マハラシュトラ州
Jawaharlal Nehru港を核としたCEZを選定し、自動車、通信、IT関連企業の誘致に乗り
出している。
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(4)対外関係~米印 vs 中パ構造に加え、中印対立先鋭化も~
米国が安保戦略の中で「自由で開かれたインド・太平洋地域」に言及、インドとの政
治・安保面での強い関係を打ち出す一方、中国は一帯一路イニシアティブの下、パキス
タンを支援し、米印vs中パの構造は変わっていない。さらに、中国はいわゆる「真珠の
首飾り」戦略の下、インド洋各地に港湾を建設、これにインドも対抗するかのように、
日本やイランと協力し港湾整備計画を進めている。加えて、2017年にはブータン領にお
いて中印両軍が一触即発の事態に直面、火種はインド北東部でも燻っている。
インドは「ACT EAST政策」の下、開発の遅れた北東部地域のインフラ整備を強化してい
るが、中国が「南チベット」と主張するアルナーチャル・プラデシュ州とアッサム州を
結ぶ橋が17年5月に開通したことに中国が反発。さらに中国人民解放軍が17年8月、中
国・ブータン間の係争地であるドクラム高原で道路整備を始めたことを機に、中印両軍
が一触即発の危機に陥った(図表5)。インドと歴史的に関係の強いネパール、ブータ
ンに対する中国の積極的なインフラ支援も中印の対立激化の背景となっている。
このような中、中印両政府は4月27~28日、中国・武漢で緊急の首脳会談を開催し、17
年の衝突のような事態を避けるべく、軍間のコミュニケーションを行うこと、また二国
間の経済関係深化で合意した。インドが17年6月に正式加盟した上海協力機構首脳会議
が6月に中国で開催されることもあり、関係は改善に転じている。但し、4月24日に開催
された同外相会議で、インドはこれまで同様、一帯一路への関与は表明しなかった。
Ⅱ.産業トピックス
経済成長に伴い中間層が急拡大しており、2025 年には総世帯(3.2 億)の 7 割が中間層
(5,000~15,000ドル)となり、消費市場の急拡大が見込まれる。政府の「Startup India」
政策の後押しで、スタートアップ市場が急拡大する見通し。
(1)自動車産業動向
乗用車市場は中間層・若年層の旺盛な需要に支えられ、年率12~13%(2017~21年)で
成長する。また、商用車は、インフラ及び鉱業分野の需要に支えられ、同期間に年率10
~11%で成長する見込み。自動車産業のすそ野は広く、環境やIoT対応、シェアリングの
商用利用なども進むことから、新たな事業分野の拡大も見込まれる。政府はGreen
Mobilityの国内生産促進により、26年には6,500万人相当の新規雇用を創出する計画を
掲げる。
政府は環境対策を主たる目的として、20年にハイブリッド車の販売台数を600万~700万
台に、30年までに国内で販売する全自動車をEVとする政策を発表したが、実現は非現実
的。但し、バッテリー価格の低下に伴い、総保有コストは26年頃に既存車を下回り、以
降、EV市場は急拡大に転じる見通し。充電インフラへの政府支援も始まり、30年のEVシ
ェアは250万台規模と、全自動車の30%程度と想定するのが妥当だろう(図表6)。
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世界最悪レベルの大気汚染への対策を進めるべく、政府はEV政策と並行する形で、環境
負荷の高いガソリン車の廃止を促進する構え。廃止対象は車両登録から15年以上経った
車両で、ガソリン車の所有者はEV車への買い替え時に税制優遇などが得られる。EV化推
進に伴うガソリン車廃車政策も大きな商機となる可能性がある。
(2)イノベーション動向
2000年代に成長したソフトウェア産業をベースに、テック系スタートアップ企業が成長、
様々な分野でイノベーションが生まれている。政府による「Digital India」「Startup
India」といった支援策がそれを後押ししている。
13億超の人口を背景とした巨大市場、世界中のIT企業から引く手あまたの優秀人材を輩
出するIIT(インド工科大学)など高等教育機関、シリコンバレーなどで活躍後に帰国
し創業を目指す豊富な人材、ベンガルールなどITハブ都市といった条件に加え、政府・
業界団体の強い支援、国内外のインキュベーター・アクセラレーターの増加、世界中の
VCやPE、投資家の注目―――など、イノベーションを生むエコシステムが確立されてい
る。
インドは米英に次ぐテック系スタートアップ企業数を数えており、20年には10,500~
11,000社(16年4,750社/年間増加率21~42%)、投資額は90億~100億米ドル(同40億
ドル)に拡大する見込み(図表7)。企業はベンガルール、デリー、ムンバイの3都市に
7割弱が集中している。
「Startup India」では、スタートアップ企業に対し、特許登録料の80%割引、キャピタ
ルゲインに対する免税(上限500万ルピー)等のインセンティブを供与している。さら
に政府が1,000億ルピーの“Fund of the Fund”を創設したことが、スタートアップブー
ムの原動力の一つとなっている。
主要分野は電子商取引、企業向け製品、健康・金融(フィンテック)・食関連のテクノ
ロジーで、企業向け製品分野ではデータ分析やAI、マシンラーニング、フィンテックで
はP2Pレンディングへの注目が高まっている。
エグジット数も14年以降大きく伸長。大半がM&Aで、インドのスタートアップ企業によ
る自国スタートアップ企業の買収が約55%(16年)を占める。グローバル企業によるも
のは5%と少ないが、今後の増加は確実。
Flipkart(EC)、Snapdeal(EC)、Paytm(モバイル決済)といったユニコーン企業に
は中国、日本含めた世界のVC等が投資(図表8)、またユニコーン以外にも多くのスタ
ートアップ企業が台頭し始めている。
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(図表1)モディ政権2019年総選挙に向けた世論調査結果
(出所)Lokniti-CSDS-ABP News Mood of Nation Survey, January 2018 より三井物産戦略研究所作成
(図表2)不良債権問題
(出所)CEICデータ他より三井物産戦略研究所作成
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2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017
インド銀行の不良債権残高推移
指定商業銀行 国営銀行 民間銀行 外国銀行 不良債権比率推移
9.32%≪参考≫ 中国2017年第1四半期1.74%
(10億ルピー)
不良債権増加理由国内経済の停滞遅い世界経済の回復や、世界金融市場の持続的な不確実性がもたらした、繊維製品、エンジニアリング製品、皮革製品、宝石などの輸出減少鉱業プロジェクトの禁止といった外的要因電力部門や鉄鋼部門に関わる認可の遅延繊維製品、鉄鋼、インフラといった部門の操業に対する原材料価格の乱高下や電力の供給不足ななどの悪影響様々なインフラプロジェクトに重荷となった売掛金回収の遅れ銀行による非常に積極的な貸し出し (出所)インド財務省アニュアルレポート2016年版
下院総選挙における投票政党見通し2017年5月 2018年1月
BJP 39% 34%同連立政党 6% 6%NDA(与党連合) 45% 40%国民会議派 21% 25%同連立政党 6% 5%UPA(野党連合) 27% 30%その他 28% 30%
首相には誰が相応しいか2017年5月 2018年1月
ナレンドラ・モディ 44% 37%ラフル・ガンジー* 9% 20%その他 23% 24% *国民会議派総裁
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(図表3)若年年齢層別失業率(2011年度国勢調査)
(出所)インドの労働市場、労働事情(2016年12月)より三井物産戦略研究所作成
(図表4)Sagarmala/CEZとインフラ計画
(出所)各種資料より三井物産戦略研究所作成
14.9%
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5.7%3.8%
16.7%
21.0%
9.9%
6.7%
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4.3%3.3%
8.0%9.4%
5.2%3.5%
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10.0%
15.0%
20.0%
25.0%
都市部・男性 都市部・女性 農村部・男性 農村部・女性
15-19歳 20-24歳 25-29歳 全体
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(図表5)中印国境問題
(出所)各種資料より三井物産戦略研究所作成
(図表6)インドEV市場予測
(出所)Aranca社予測データより三井物産戦略研究所作成
2017年5月26日アルナーチャル・プラデーシュ州とアッサム州をつなぐ同国最長の「ドホーラサディヤ橋」(全長約9.2km)が開通。『インドが南チベットの支配を強化』
2017年6月半ば中国軍が中国・ブータン国境付近のドクラム高原(中国・ブータン間の係争地)を横断する道路建設を開始同年8月3日中国政府が、ドクラム高原にインド軍が兵舎を建設していると指摘し、「地域の緊張を高めている」として即時撤退を要求。中印両軍が至近で睨み合う一触即発の事態に。
2017 20302020
2,000
2,500,000
5,000
2026
単位:台
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(図表7)インド・スタートアップ動向予測
(出所)インドスタートアップレポート(2018年3月)より三井物産戦略研究所作成
(図表8)Alibaba・Tencent・Softbankによるインド・スタートアップ企業投資例
(出所)各種資料より三井物産戦略研究所作成
単位:百万ドル
年・月 企業名 出資額 年・月 企業名 出資額 年・月 企業名 出資額
15年2月他
Paytm*モバイル決済
677(15年2月)300(16年8月)272(17年3月)
15年8月他
Practo*医療テック系
90(15年8月)55(16年8月)
13年1月他
Snapdeal*e-commerce
75(13年8月)627(14年10月
他1社計)500(15年8月
Alibaba他数社計)
15年8月
Snapdeal*e-commerce
500(Softbank他数社
計)
16年8月
Hike*メッセージアプリ 175
14年3月他
Hike*メッセージアプリ
14(14年3月)+65(14年8月
他1社計)
17年11月
BigBasket*e-commerce(食料品)
286(IFC他数社計)
17年7月
Byju’s*オンライン動画教育
4015年4月他
OLA*タクシー配車アプリ
210(14年10月)400(15年4月
他6社計)500(15年11月
他5社計)1,100(17年10月
Tencent他計)
18年1月
XpressBees*物流 100 17年
8月Flipkart*e-commerce 700 17年
5月Paytm*モバイル決済 1,400
18年2月
Zomato*レストラン検索・フードデリバリーアプリ
200 17年10月
OLA*タクシー配車アプリ
1,100(Softbank他計)
17年8月
Flipkart*e-commerce 2,600
※AlibabaはAnt Financialによる出資を含む
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2016 2020
総スタートアップ数
1,400
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1,500
2,000
2,500
2016 2020
新設スタートアップ数
10
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0
5
10
15
20
25
30
2016 2020
スタートアップ雇用数(万人)
40
100
0
20
40
60
80
100
120
2016 2020
スタートアップ投資額(億ドル)
121~142%成長
年125~150%成長
年110~150%成長
年42%成長