中国のアウトバウンド観光政策と訪日中国人観光客の動態1...

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1 中国のアウトバウンド観光政策と訪日中国人観光客の動態 ウヤチュン 北海商科大学大学院博士後期課程 キーワード: アウトバウンド観光 訪日中国人観光客 観光立国 訪日指定旅行社 Ⅰ はじめに 近年、中国人観光客に対する訪日促進事業が実施され、訪日観光客が毎年高い比 率で増加している。日本政府による観光促進をさらに発展させるには、中国人の観 光動態に影響する観光誘因を明らかにする必要がある。本稿は、この課題にそくし て、訪日中国人観光客の動態を明確にしようとするものである。 訪日中国人観光客は、中国のアウトバウンドウンド観光の一構成部分である。先 に、中国のアウトバウンドウンド観光の特性を指摘しておく必要がある。中国のア ウトバウンド観光は、中国国民が私的及び職務関係から、本国以外の国及び地域(香 港、マカオ、台湾地域を含む)において、観光、休暇、家族訪問、医療療養、買物、 会議あるいはビジネス、文化、教育、宗教活動を行うことであるとされる 1 。この 定義によれば、香港、マカオ、台湾地域への家族訪問はもちろん、中国本土の人々 が華僑及び中国系同胞を訪ねることもアウトバンド観光に属している 2 。その理由と して、19 世紀以来の植民時代、多くの中国人が中国大陸から東南アジアへ移住した ことがあげられている 3 。現在、香港、台湾とマカオへは、歴史的、政治的理由から、 旅券と査証(ビザ)が必要とされている。 Ⅱ 中国におけるアウトバウンド観光の促進要因 1.観光政策の推移とアウトバウンド観光 (1)観光業の開始 中国の観光業の嚆矢は、中国国際旅行社の設立(1953 年)であった。同社は国務 院に直属する外交部門として発足した。外形上、企業組織という形式とっていたが、 実質的には政府の「事業部門」という性格を有していた。そのため、中国の観光業 の発展は最初から政治的な影響を強く受け、まず海外の観光客を多く受け入れるイ ンバウンド観光から開始され、その後、国内観光、アウトバウンド観光へと拡大し てきた。多くの国々が国内観光の拡大を基礎にして、インバウンド観光、アウトバ ウンド観光へと拡大していったのとは異なっている。中国の観光業の本格的展開は 1 中国旅行統計年委員会、(2007)、《中国旅游统计》、中人民共和国旅游局。 2 郭英之、(2012 ),《中国出境旅游市定位与影响因子》,知识产权出版社。 3 山上徹、(2000 )、『観光立国へのアプローチ』、(株)成山堂書店。

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中国のアウトバウンド観光政策と訪日中国人観光客の動態

邬雅琼ウ ヤ チュ ン

北海商科大学大学院博士後期課程

キーワード: アウトバウンド観光 訪日中国人観光客 観光立国

訪日指定旅行社

Ⅰ はじめに

近年、中国人観光客に対する訪日促進事業が実施され、訪日観光客が毎年高い比

率で増加している。日本政府による観光促進をさらに発展させるには、中国人の観

光動態に影響する観光誘因を明らかにする必要がある。本稿は、この課題にそくし

て、訪日中国人観光客の動態を明確にしようとするものである。

訪日中国人観光客は、中国のアウトバウンドウンド観光の一構成部分である。先

に、中国のアウトバウンドウンド観光の特性を指摘しておく必要がある。中国のア

ウトバウンド観光は、中国国民が私的及び職務関係から、本国以外の国及び地域(香

港、マカオ、台湾地域を含む)において、観光、休暇、家族訪問、医療療養、買物、

会議あるいはビジネス、文化、教育、宗教活動を行うことであるとされる1 。この

定義によれば、香港、マカオ、台湾地域への家族訪問はもちろん、中国本土の人々

が華僑及び中国系同胞を訪ねることもアウトバンド観光に属している2。その理由と

して、19世紀以来の植民時代、多くの中国人が中国大陸から東南アジアへ移住した

ことがあげられている3。現在、香港、台湾とマカオへは、歴史的、政治的理由から、

旅券と査証(ビザ)が必要とされている。

Ⅱ 中国におけるアウトバウンド観光の促進要因

1.観光政策の推移とアウトバウンド観光

(1)観光業の開始

中国の観光業の嚆矢は、中国国際旅行社の設立(1953年)であった。同社は国務

院に直属する外交部門として発足した。外形上、企業組織という形式とっていたが、

実質的には政府の「事業部門」という性格を有していた。そのため、中国の観光業

の発展は最初から政治的な影響を強く受け、まず海外の観光客を多く受け入れるイ

ンバウンド観光から開始され、その後、国内観光、アウトバウンド観光へと拡大し

てきた。多くの国々が国内観光の拡大を基礎にして、インバウンド観光、アウトバ

ウンド観光へと拡大していったのとは異なっている。中国の観光業の本格的展開は

1中国旅行統計年鉴委員会、(2007)、《中国旅游统计年鉴》、中华人民共和国旅游局。

2郭英之、(2012 年),《中国出境旅游市场定位与影响因子》,知识产权出版社。

3山上徹、(2000 年)、『観光立国へのアプローチ』、(株)成山堂書店。

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「改革・開放」後であった。

(2)初期の観光政策(1983年~97年)

82年 8月 23日、中国政府は、「国務院直属機構改革実施方案に関する決議」を発

表し、それまでの「中国旅行旅覧事業管理局」を「中華人民共和国旅游局」に改名

して、観光に関する機構改革を実施した。中国の観光業についていえば、最初に開

放政策の対象とされたのは、外貨獲得を主目的にしたことから、インバウンド観光

であり(78年)、アウトバウンド観光が開放されたのはそれより 5年後の 83年にな

ってからであった4。そのアウトバウンド観光も「家族訪問」を中心にしたものであ

った。

まず、83年 11月、広東省に在住する公民に対して、香港への観光及び親族訪問

を実験的に開放し、翌 84年から次第に他の地域の公民にも香港への出入りを許可し

た。その後、出入り地区開放を拡大して、マカオ(84年)、台湾、シンガポール、

マレーシア、タイ(90 年)に限定して、観光を許可した。こうしたアウトバウンド

観光は「家族訪問」を目的とした観光であったため、行き先の国々にいる親族らに

よる資金援助及び身元保証が義務づけられた。アウトバウンド業務を許可された旅

行会社も 9社に限定されていた。当時のアウトバウンド観光には政府による厳しい

規制がかけられていたが、この家族訪問型のアウトバウンド観光は中国におけるア

ウトバウンドの基礎となった。

他方、87年、中国政府は遼寧省から北朝鮮間への日帰り旅行を許可し、それに関

連する規制を発表した。また、内モンゴル自治区からモンゴル国への短期観光、中

国国内からロシアなどの近隣国への短期旅行をも許可した。これは自費観光の始ま

りといえる5。

このような経過によって、その後の自費出国における情報の収集および管理に関

する基礎が作り上げられていった。

(3)アウトバウンド観光の発展(1997年~01年)

97年に入ると政策の側面から中国におけるアウトバウンド観光が促進された。政府

は「中国公民自費出国旅游管理暫行弁法」(国家旅游局,1997)を策定し、計画的に観

光の拡大に重点を移していった。この「暫行弁法」の主要目的は、アウトバウンド観

光を許可することにあり、同時に自費観光を行う公民を管理し、出国観光活動を規制

することも目的とされていた。アウトバウンド観光は団体旅行を中心として、観光目

的国も国務院の審査を受けた国だけに限定された。また、出国観光人数はインバウン

4 須藤廣(2005年)「中国におけるアウトバウンドツーリズムとしての日本観光」『関

門地域共同研究』関門地域共同研究会、北九州市立大学・下関市立大学、Vol.14、

第 2章。

5方海川、(2007 年)、《中国公民出境旅游目的地国家(地区)概况》、北京大学出版

社。

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ド観光の入込数と比較して決められた。しかし、「暫行弁法」により、アウトバウン

ド観光業務を行う旅行会社に対する緩和策が導入され、その数はいっきに528社に上

り、発展規模と速度とも急速に上昇した。その後、観光目的地も従来の6カ国及び地

域から19カ国及び地域に拡大された。これに対応して、東南アジア諸国、オーストラ

リア、アフリカ諸国では、中国人に対する観光ビザの発行を許可した。

(4) アウトバウンド観光の全面拡大(2002年~13年)

中国政府は、アウトバウンド観光事業をより一層拡大させるため、「中国公民出国

旅游管理弁法」(国家旅游局,2002)を発布した。「暫行弁法」(1997)で観光目的国、

国際旅行社、出国手続きに対する厳しい規制により、アウトバウンド観光客数に対

して厳しし規制があったが、「管理弁法」では、そのような厳しい規制を緩和した。

この時期のアウトバウンド観光の特徴は、団体旅行を中心にしつつも、個人旅行

の拡大をも視野に入れるという政策を採用したことにあった。観光規制の緩和によ

って、出国する観光客の数が迅速に増大し、行き先国及び地域の数も 135に拡大さ

れた。

(5)観光法制度の整備と促進(2013年~現在)

13年 10月 1日、「中華人民共和国旅行法」(国家旅游局, 2013)が公布、実施され

た。これは中国初の旅行に関する法律として策定された。「旅行法」の制定目的は、

旅行者及び旅行業経営者の権利と利益を保障し、旅行市場の秩序を確立し、観光資

源を保護し、それを合理的に利用して、旅行業の健全な発展を促すこととされた。

ここでは、旅行者の権利保障に重点が置かれている。この法律の策定によって、悪

質な価格競争に陥っていた旅行社への規制が強化され、旅行料金の適正化、旅行業

務の規則化を通して、消費者の保護及び観光行動の適正化を図ることも企図された。

しかし、実際には、旅行者を中心とする観光業者は、「適正化」という「規則」を遵

守するとして、インバウンド及びアウトバウンド観光の料金を一斉に値上げする動

きがはじまっている。

他方、アウトバウンド観光について、①観光商品の充実、②情報の透明化、③団

体観光から個人観光へのシフトが期待されているが、政府は「組織的且つ計画的に

コントロールしながら、適度な発展をさせる」6という方針のもとでこれを規制しよ

うとしている。それは、観光関連の「赤字」を防止(インバウンド観光とアウトバ

ウンド観光の収支バランス)する程度、あるいは外貨準備に影響しない程度にアウ

トバウンド観光の拡大を制限するということである。つまり、アウトバウンド観光

を完全開放せず、アウトバウンド観光相手国の客源国としての地位を充分に生かし

て、インバウンド観光を促進させるというように、観光全般の発展を図っていくと

いう政策的統制を継続していくということである。

6 前掲《中国出境旅游市场定位与影响因子》。

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2.アウトバウンウンド観光の現況

中国政府は観光目的地の国及び地域の選別に以下のような厳格な基準を策定し、

アウトバウンド観光の流れと数をコントロールしようとしている。

① 相手国の国民は中国国内に観光行動を行っていること。

② 政治的に友好関係を持っていること。

③ 観光資源を持っていること。

④ 中国人観光客を招くための設備が整っていること。

⑤ 中国人観光客に政治、法律などによる差別はなく、観光客の安全が保障できる

こと7。

⑥ 比較的入国しやすい地域であること。

これらの基準を満たした国及び地域にアウトバウンド観光を開放している。日本

への観光は 2000年から全面自由化となっている。

政策による促進及びその他の要因によって、中国のアウトバンド観光客は、図 1

にみるように、近年、急速に増加している。11年のアウトバウンド観光客数は 7025

万人、10年と比較すると 22.4%の増加である。観光先国及び地域では、90.4%がア

ジア諸国に集中している。13 年のアウトバウンド観光客数は 9819 万人、歴史的最

高を記録し、前年比 18.0%増であった。アジア諸国への観光は 91.3%を占めた。

図 1: 中国のアウトバウンド観光客数(1993年~13年)(単位百万人)

出所:中国旅游研究所,2012,《中国出境旅游发展年度报告 2012》,旅游教育出版社

Ⅱ 日本における中国人観光客の誘致要因

7前掲《中国出境旅游市场定位与影响因子》。

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1.ビジット・ジャパン・キャンペーン

海外へ行く中国人観光客の増加に伴い、その受入国は、経済効果の大きさから、

中国人観光客を誘致するための観光ビザの緩和、手続きの簡略化など政策面におけ

る促進策を実施すると同時に、中国人観光客を重要なターゲットとした広告イベン

トなどの経済的な面からの観光促進策を進めている。

03年小泉内閣は「観光立国」を政策基調の一つとして挙げた。63年に策定された

「観光基本法」を改正し、観光振興の意義を①国際親善の増進、②国民経済の発展、

③国民生活の安定の向上とした。「観光基本法」に基づき、06年、「観光立国推進基

本法」を策定し、07 年 1月から実施した。この「推進基本法」の主たる目的は、国

際間の相互理解と国及び地域の経済活性化であった。このため、政府は、国際観光

の振興による外国人観光客来訪の促進と国際相互交流の促進を企図して、ビジッ

ト・ジャパン・キャンペーン(Visit Japan Campaign)を打ち出した。これによれば、

10年までの訪日外国人観光客を 1000万人に倍増することを目標とし、さらに将来

的には訪日観光客数を 3000万人とするということであった。こうして、「観光立国」

の視点から外国人観光客を戦略的に誘致する政策が始動した。

このキャンペーンでは、訪日促進重点国・地域として、03年には、韓国、米国、

中国、香港、台湾を選定し、現地におけるイベントの実施、訪日ツアー商品の造成

支援などを積極的に進めた。04年には、イギリス、ドイツ、フランスが加えられ、

さらに中国はとりわけ注目すべき国として認識された。これによって、中国人観光

客が日本は魅力的な観光地とみなしているだけではなく、日本側も中国観光客を重

要な顧客源とみなしていることがわかる。

2. 中国人観光客にたいする訪日観光ビザの緩和

中国人が日本へ旅行する場合、観光ビザの取得が必要であり、その観光ビザは、

「団体観光ビザ」、「家族観光ビザ」、「個人観光ビザ」に分けられている。中国の場

合、「団体観光ビザ」の発行は、2000年に特定の地域を限定して許可され、05年以

後は、中国全土の公民に対象者(所得要件なしで、団体人数は 4~40名と限定)が

拡大された。その際、日本側と中国側の旅行社は、それぞれ 1名の添乗員同行を要

件として要求された。08年 3月から「家族観光ビザ」が十分な経済力のある者とそ

の家族に限定(2名あるいは 3名の少人数旅行)して解禁された。団体旅行と同様

に添乗員も日本側と中国側それぞれ 1名同行することが要求された。「個人観光ビ

ザ」は同時期には認められなかった。しかし、09年、観光客の増加を見込んで、特

定地域の富裕層に限定して、添乗員なしで観光できる措置が導入された。その条件

は、十分な経済力を有する外、日本側旅行社の身元保証と中国側旅行社を通じてビ

ザ申請するということであった。10年には、さらに発給条件が緩和され、特定地域

に限定されていたものが中国全土に拡大された。経済力を計る基準も、09年の 25

万元(約 406万円)以上から、年収 3〜5万元(約 48〜80万円)以上にまで引き下

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げられた。申請を受ける中国側の旅行会社も 48社から 283社に増加した。

こうした日本政府による査証政策とは別に、日本の特定地域、例えば沖縄や 11

年の震災地域では、中国人観光客を積極的に取り込んで地域経済の活性化に結び付

けようと、特別なビザ緩和を政府に申請して、これを実施し、とりわけ個人観光客

の増加につなげてきた。具体的な緩和状況は表 1のようである。

表 1:中国人観光客に対する訪日観光ビザの緩和状況

時期 内容

2000年 団体旅行ビザを特定の地域(北京、上海、広東省を対象に団体人数 5~40人ま

で、添乗員同行)にのみ発給した。

2005年 団体旅行ビザの発給を中国全土に拡大した。

2008年 3月 2人以上の「家族観光ビザ」を発給した。

2009年 7月 北京、上海、広州の三都市に限定して、年収 25万元以上の中国人に対して個人

観光ビザを発給した。

2010年 7月 申請者の年収制限を 25万元から 3~5万元に大幅に引き下げ、同時に、すべて

の駐華日本総領事館で個人観光ビザの申請を受け付けた。また、世帯主の年収

条件が認められれば、世帯主の二親等親族も個人ビザを取得できるようにした。

これにより4億の中国人が、日本へ“個人旅行”できるようになった。

2011年 7月 沖縄訪問の観光客に対し、沖縄数次ビザを発給した。1度目は沖縄を訪問する

ことを条件とし、ビザの有効期限は 3年間。但し、1回の滞在期間は 90日以内。

2011年 9月 10年に緩和した年収制限の条件に課されていた「一定の職業上の地位」という

条件を外し、滞在期間も 15日から 30日に延長した。

2012年 7月 東北三県(岩手県・宮城県・福島県、これらは 11年の地震被災地域)を訪問す

る個人観光客に数次ビザを発給した。条件は、十分な経済力を有する者とその

家族(二親等親族)であり、沖縄と同様、数次ビザの有効期間は 3年、期間内

であれば何回でも訪日でき、1回の滞在期間は 90日間。

出所:Alexis Co.Ltd.ホームーページ

http://www.alexis.jp/inbound/chinese_visa.htmlと《中国出境旅游发展年度报告

2011》より作成。

Ⅲ 中国国内旅行代理店の役割

1.中国訪日観光客動向推移

以上のように、中国における観光促進要因と日本における促進要因との相乗効果

により、訪日中国人観光客は図 2のように増加していった。

図 2:ビジット・ジャパン事業開始以降の訪日中国人観光客数の推移

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(2003年~13年)

出所:日本政府観光局(JNTO)のデータより筆者が作成

訪日中国人観光客の詳細を明らかにするため、観光庁が公表している『訪日外国

人消費動向』に基づき、10年から 13年までの 4年間の中国人観光客の動向を分析

した。図 3から図 6までの旅行形態別の統計によれば、以下のような特徴を見出せ

る。第 1に、訪日中国人観光客(図 3)では、団体旅行という形態での観光が、そ

の割合を急速に減少させ、10年には、訪日観光客の半分近くを占めていた団体観光

は、13年には、26%にまで急減した。第 2に、訪日観光客の客層(図 4)では、20

代~40代がこの観光の中核をなしている。第 3に、初訪日の観光客の割合が減少し、

リピーターが増えている(図 5)。第 4に、この変化は同伴者構成からも見て取れ(図

6)、「一人旅」客あるいは家族(夫婦・パートナーを含む)よりも、職場関係の友人

と同伴して観光を行うことが多くなっている。

図 3:旅行形態(団体・個人)

図 4:旅行形態(観光客年代別割合)

東 日

本 大

震災

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2010年 2011年 2012年 2013年

男性 2. 13 15 12 6. 2. 0. 2. 13 16 12 4. 2. 0. 1. 12 17 12 5. 1. 0. 1. 13 18 9. 4. 1. 0.

女性 2. 16 11 7. 3. 2. 0. 2. 15 12 8. 5. 1. 0. 2. 14 13 9. 4. 2. 0. 1. 16 14 8. 4. 2. 0.

0.0%2.0%4.0%6.0%8.0%10.0%12.0%14.0%16.0%18.0%20.0%

図 5:旅行形態(初訪日の割合)

図 6:旅行形態(同伴者の割合)

出所:図3~図6は観光庁『訪日外国人の消費動向-訪日外国人消費動向調査結果及び

分析』(平成22年から25年までの年次報告書)により、筆者が作成した。

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以上のような特徴は、これまで見てきたような、中国及び日本における観光促進

に関する政策的措置では、十分に説明できない変化であり、両国政府を主体とした

政策的な観光促進事業に対応して、そうした政策的措置を積極的に受け止め、それ

をさらに推し進めてきた中国側旅行社及び代理店の活動なり役割によってもたらさ

れたものと考えられる。

2.中国の旅行社及び代理店のツアー商品の販売活動

(1)中国の旅行社及び代理店の現況

中国人観光客は、既述のように、観光ビザの申請について、駐華日本大使館が中

国国内にある訪日指定旅行社に通じて観光ビザの申請を受け付けるようになったが、

訪日指定旅行社は 283 社となる(表 2、各大使館及び領事館の HP から調査)。ここ

では、この指定旅行社うち、ウェブ販売を行っている 11 社を選び、13 年 7 月のツ

アー商品特徴をまとめた(表 3)。

表 2:訪日指定旅行社リスト

都市数 大使館、領事館の管理エリア 都市 指定旅行社数

北京

北京 58 社

2 天津 5社

3 陝西省 3社

4 河南省 3社

5 湖北省 3社

6 湖南省 3社

7

上海

上海 23 社

8 江蘇省 15 社

9 浙江省 17 社

10 安徽省 2社

11

重慶

重慶 25 社

12 四川省 26 社

13 雲南省 7社

14 貴州省 5社

15 広州 広州 39 社

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10

16 福建省 8社

17 広西自治区 5社

18 海南省 2社

19 大連 大連 17 社

20 青島

青島 13 社

21 済南 4社

合計 6エリア 21都市 283 社

表 3:訪日指定旅行社の概要とツアー商品

旅行社名 概要

商品数

の内訳 出発地

逸行旅游集团 11 年設立、JTB、野村、丸紅、一休など

日系企業の投資で北京に創立。 38 4 34 北京

北京众信旅游 2013年の最優秀市場展開旅行社。 27 27 0 北京

中国青年旅行社 中国の老舗旅行会社(QSC評価を獲得8) 30 18 12 北京上

中国国際旅行社 中国の老舗旅行会社(QSC評価を獲得) 13 11 2 北京杭

上海春秋旅游网 81 年設立、中国で初めて航空会社を設

立した旅行社。 25 21 4 上海

康辉旅行社 84 年設立、中国大手旅行社の一つ。 16 13 3 北京上

上海海峡国际旅

行社

07 年 12月設立、日本、香港、マカオ、

欧米に中心にアウトバウンド業務を行

う。

13 13 0 上海

中信旅游 中信集団の子会社。 30 22 8 上海

上海航空国际旅

行社 86 年設立、東方航空株式会社の子会社。 9 9 0 上海

8 QSC とは中国旅游局が認定した「出境旅游优质服务供应商」の認定資格です。

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凯撒(カエサル)

旅游集团

93 年ドイツで設立し、同時に中国で子

会社を設立。13年度の最優秀イノベー

ション旅行社(QSC評価を獲得)

27 27 0 北京广

州上海

中国旅行社 中国の老舗旅行会社(QSC評価を獲得) 29 29 0 北京上

ツアー商品の合計 257 194 63

出所:各旅行会社の HPより作成

(2)販売ツアー商品の概要

1)「ツアー商品」の地域性

13 年 7 月の合計 257 に及ぶ「ツアー商品」の出発地は北京と上海に集中し、「ツ

アー商品」の行き先は北海道、沖縄県と東京・大阪周辺地域(ゴールデン・ルート)

に集中している。

図 10:観光地域の割合

2) 東京~大阪~京都向け「ツアー商品」(ゴールデン・ルート)

すべての旅行社が力を入れている「ツアー商品」は、ゴールデン・ルートツアー

と呼ばれる東京~大阪~京都のツアーである。「JNTO 国際観光白書」によると、韓

国、台湾などからの観光客と比べて、中国人観光客の特徴の一つは初訪日の観光客

が多いことである。初訪日観光のニーズとして、名所を一通り巡りたいということ

は「調査」で確認できるがi、観光内容では、名所旧跡(皇居外苑二重橋、富士山、

金閣寺など)とレジャー施設(東京ディズニーランド、サンリオ ピューロランド、

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンなど)、買い物(秋葉原、銀座)に集中している。

そのほか、台場、新宿歌舞伎町など現代的な施設も多く含まれている。宿泊数は 4

〜6 泊が多く、費用については、4 泊で 7.5〜9.6 万円、5 泊で 8.9〜20.7 万円、6

泊で 9.7〜19.1万円、7泊で 9.9〜19.1万円、8泊で 14.6〜95.5万円である。安い

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プランから富裕層向けの高級ツアーなど、種類の多さが特徴である。

3) 北海道旅行の「ツアー商品」

北海道旅行では、富良野、小樽、札幌周辺の観光に加えて、洞爺湖、登別温泉、

定山渓温泉に集中するツアー商品が多い。7 月の北海道はラベンダーの開花季節で

もあるため、富良野のラベンダーが人気を呼んでいる。7 月後半や 8 月になると、

果物狩りも人気になっている。北海道の「ツアー商品」のほとんどは団体向けであ

る。この「ツアー商品」には、必ずといってよいほど「北海道の食事」とりわけ「カ

ニ料理」が組み込まれており、北海道の食材を豊富さが「ツアー商品」中心をなし

ている。また、映画『狙った恋の落とし方』をテーマにした「ツアー商品」も人気

があり、映画ロケ地巡りの「ツアー商品」も多い。滞在期間については、4-7 泊の

ツアーがもっとも多く、6-7 泊のツアーは東京を経由してのツアーである。費用に

ついては、5泊及び 6 泊は 13~19万円、7泊は 16~19万円である。

4) 沖縄旅行の「ツアー商品」

沖縄観光では那覇市内とアメリカ村と国際通りに集中している。3 年間の観光ビ

ザを取得できるという魅力に支えられ、観光は 4-5泊のツアーがほとんどである。

費用は、団体ツアーで 8〜13万円、個人ツアーはガイド代などの料金がかからない

ため、団体ツアーよりやや安く、6~9万円である。

(それぞれの「ツアー商品」に対する評価はここでは省略している)

Ⅳ 結び

本稿では、中国及び日本における観光促進要因を政策レベルにおいて検討し、訪

日中国人観光客の動態を考察した。中国におけるアウトバウンド観光政策は政治主

導の下で開始され、観光客の管理と規制を中心とした政策から、観光客の権利保障

に重点が置かれる政策に転換していった。こうした“開放政策”の実施により、訪

日中国人観光客は急増した。

こうした政策上の動きの変化をいち早く捉え、こうした動向を加速したのは、現

地の訪日指定旅行社であった。その現状を訪日観光客に向けた「ツアー商品」を中

心にして、その実態を明らかにした。