肺炎におけるFibronectinの 動態とその意義にかんす...

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昭和62年9月20日 1079 肺 炎 に お け るFibronectinの 動態とその意義にかんする研究 杏 林大 学 第1内 科(指 小林宏行教授) (昭和62年2月4日 受 付) (昭和62年3月10日 受 理) Key words: Fibronectin, Pneumonia, Severity, Consumption, Adhesiveness 肺 炎 に お け るFNの 動 態 と炎 症 局 所 に お け る意 義 に か ん す る検 討 を 行 な っ た. PFN値 は,肺 炎 群 を 中 等 度 進 展 肺 炎 と高 度 進 展 肺 炎 に 分 け る と,後 者 に お い て よ り有 意 なPFN値 低 下 が 観 察 され た.さ ら に,そ の予後 を回復群 と死亡群に分けた場合,死 亡 群 で よ り著 明 にPFN値 は低 下 した.ま た,肺 炎 経 過 との 関 連 を み る と,死 亡 例 で は 著 明 に 低 下 しそ の 後 短 期 間 に 死 亡 し た.一 方, 回 復 例 で は経 過 の 好 転 と と も に 正 常 化 す る こ と が 示 され た.家 兎 実 験 的 肺 炎 に お い て も,肺 炎の進展と と もに 低 下 し死 亡 直 前 で は 著 明 な 低 値 が 示 さ れ た.ま た,ラ ッ ト肺 炎局 所 にお いて,肺 胞腔への滲出物 お よ び 炎 症 性 に 腫 脹 した 肺 胞 壁 にFNの 集 積 が 示 さ れ た. さ ら に,こ れ ら急 性 炎 症 の 主 役 を な す 好 中 球 は 炎 症 局 所 に お い て 活 性 化 さ れ,そ の 結 果 ラ イ ソ ゾー ム 酵 素 を は じめ とす る遊 離 産 物 を 分 泌 し,こ れ ら はFNを い わ ゆ るtreated FNに 変 性 さ せ,さ らに こ の 変 化 は 活 性 化 好 中 球 へ の粘 着 性 を 充 進 させ る も の と考 え られ た.ま た,原 発 性 肺 炎 の 主 要 起 炎 菌 で あ るS. pneumoniae, K. pneumoniaeに 対 し て は,FNの 粘 着 性 は き わ め て 低 か っ た. 以 上 よ り,PFN値 は肺 炎 の 活 動 性 を 示 す 有 用 な指 標 と考 え られ,ま た 炎 症 局 所 に お い てFNは 細菌 と 好 中 球 を 局 在 化 し,こ の こ とは 生 体 防 御 に 一 つ の 役 割 を 有 す る もの と考 え ら れ た. フ ィ ブ ロ ネ ク チ ン(Fibronectin)は,1948年, Morrisonら1)に よ り低 温 で 沈 殿 す る血 中 蛋 白 質 と し て 発 見 さ れ,当 時 はCold insoluble globrin (CIg)と よ ぼ れ て い た.以 後その意義については 確 た る検 討 が な され て い な か った が,1970年, Mosessonら2)は 本 物 質CIgの 精製および糖蛋白 と し て の 一 般 性 状 を 解 析 し,以 来 こ のCIgは 線維 芽 細 胞,脂 肪細胞などの間質系細胞膜表面および 表皮や種々の外分泌腺とその導管の基底膜など全 身 に広 く分布する糖蛋白であることが次第に明確 に され る に至 った3)4).当 時 こ の物 質 は,CIgと う名称のほかに Serum Cell spreading protein, Large External Transformation Sencetive (LETS) protein, Cell Surface Protein (CSP), Galactoprotein A, Fibroblast Surface antigen (FSA)な ど種 々 の 名 称 を も っ て 紹 介 さ れ て き た が,1978年,Fibronectin(FN)と 統一 され を うるに至 った.こ の 名 称 は,線 維(fibra)と 合(nectin)を 意 識 した こ とに 由 来 す る とい わ れ て い る. そ の後,FNは 血 中 に存 在 す る血 漿 フ ィ ブ ロネ ク チ ン と細 胞 フ ィ ブ ロ ネ ク チ ン に 分 け て 考 え ら れ,前 者の意義は網内系細胞における各種物質の ク リア ラ ン ス を促 進 す る オ プ ソ ニ ン作 用 に,後 のそれは細胞間の接着性にそれぞれ関与している もの と考 えられ て きた5). さ て,FNの 器官分布は呼吸器系においては気 管支粘膜上皮基底膜やまた肺胞上皮基底膜,さ に間質のコラーゲン線維お よび毛細管内皮細胞お よ び そ の 線 維 芽 細 胞 の 表 面 に,ま た肺胞マクロ フ ァー ジ に も そ れ ぞ れ 局 在 す る と い わ れ て い 別 刷 請 求先:(〒181)東 京 都 三鷹 市 新 川6-20-2 杏 林 大学 第1内 押谷

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昭和62年9月20日 1079

肺炎 にお け るFibronectinの 動 態 とそ の意義 に か んす る研 究

杏林大学第1内 科(指 導 小林宏行教授)

押 谷 浩

(昭和62年2月4日 受付)

(昭和62年3月10日 受理)

Key words: Fibronectin, Pneumonia, Severity, Consumption, Adhesiveness

要 旨

肺 炎 に おけ るFNの 動態 と炎症 局所 にお け る意義 にか んす る検 討 を行 な った.

PFN値 は,肺 炎群 を 中等度進 展肺 炎 と高 度進 展肺 炎 に分 け る と,後 者 にお いて よ り有 意 なPFN値 の

低下 が観 察 され た.さ らに,そ の予後 を回復群 と死亡 群 に分 けた場 合,死 亡群 で よ り著明 にPFN値 は低

下 した.ま た,肺 炎経 過 との関 連 をみ る と,死 亡 例 では著 明 に低下 しそ の後 短期 間 に死亡 した.一 方,

回復 例 で は経 過 の好転 と ともに正常 化す る ことが示 され た.家 兎実 験的 肺炎 に おい て も,肺 炎 の進 展 と

と もに低 下 し死亡 直前 で は著 明な低値 が示 された.ま た,ラ ッ ト肺 炎局 所 にお いて,肺 胞 腔へ の滲 出物

お よび炎 症性 に腫 脹 した肺胞 壁 にFNの 集 積 が示 され た.

さ らに,こ れ ら急性 炎症 の主 役 をなす好 中球 は炎症 局所 に おい て活性 化 され,そ の結果 ライ ソ ゾー ム

酵素 を は じめ とす る遊離 産物 を 分泌 し,こ れ らはFNを いわ ゆ るtreated FNに 変 性 させ,さ らに この変

化 は活性 化好 中球 へ の粘 着 性を 充進 させ るもの と考 え られ た.ま た,原 発 性肺 炎 の主要 起炎 菌で あ るS.

pneumoniae, K. pneumoniaeに 対 して は,FNの 粘着 性 は きわめ て低 か った.

以上 よ り,PFN値 は肺 炎 の活動 性 を示 す有用 な指 標 と考 え られ,ま た炎症 局所 におい てFNは 細菌 と

好 中球 を局 在化 し,こ の こ とは 生体 防御 に一 つの役 割 を有す る もの と考 え られた.

緒 言

フ ィブ ロネ ク チ ン(Fibronectin)は,1948年,

Morrisonら1)に よ り低 温 で 沈 殿 す る血 中 蛋 白 質

と して 発 見 され,当 時 はCold insoluble globrin

(CIg)と よぼ れ て い た.以 後 そ の 意 義 につ い て は

確 た る 検 討 が な さ れ て い な か った が,1970年,

Mosessonら2)は 本 物 質CIgの 精 製 お よ び 糖 蛋 白

と して の一 般 性 状 を 解 析 し,以 来 このCIgは 線 維

芽 細 胞,脂 肪 細 胞 な どの 間 質 系 細 胞 膜 表 面 お よび

表 皮 や 種 々 の外 分 泌 腺 とそ の 導 管 の 基 底 膜 な ど全

身 に広 く分 布 す る糖 蛋 白 で あ る こ とが 次 第 に 明 確

に され る に至 った3)4).当 時 こ の物 質 は,CIgと い

う名称のほかに Serum Cell spreading protein,

Large External Transformation Sencetive

(LETS) protein, Cell Surface Protein (CSP),

Galactoprotein A, Fibroblast Surface antigen

(FSA)な ど種々の名称をもって紹介されてきた

が,1978年,Fibronectin(FN)と 統一 された名称

を うるに至 った.こ の名称は,線 維(fibra)と 結

合(nectin)を 意識 したことに由来するといわれて

いる.

その後,FNは 血中に存在する血漿 フィブロネ

クチンと細胞 フィブロネクチンに分けて考 えら

れ,前 者の意義は網内系細胞における各種物質の

ク リアランスを促進するオプソニン作用に,後 者

のそれは細胞間の接着性にそれぞれ関与している

ものと考 えられてきた5).

さて,FNの 器官分布は呼吸器系においては気

管支粘膜上皮基底膜やまた肺胞上皮基底膜,さ ら

に間質のコラーゲン線維お よび毛細管内皮細胞お

よびその線維芽細胞 の表面に,ま た肺胞 マクロ

ファージに もそれぞれ局 在す る といわ れて い別刷請求先:(〒181)東 京都三鷹市新川6-20-2

杏林大学第1内 科 押谷 浩

1080 感染症学雑誌 第61巻 第9号

る6)7).一方,肺 組織における本物質の供給源 とし

ては肺胞マクロファージ,線 維 芽細胞および血管

内皮細胞な どがあげ られている7).こ の ような多

彩な器官分布にもかかわ らず呼吸器疾患との関連

の上での本物質の動態や病態生理学的意義にかん

してはほとんど不明の点が多 く,わ ずかに肺線維

症や肺癌 との関連 が検 討 され てい るにす ぎな

い8)9).

かかる背景から,著 者は呼吸器感染症 とくに肺

炎におけるFNの 動態 と意義 を明確 にす る目的

で,臨 床的ならびに実験的検索を行なった.

対象および方法

1. 臨床的観察

臨床例における観察は,経 過が十分把握で きた

肺炎31例 を対象 とし,さ らに健康成人22例 を対照

とした.肺 炎例については,起 炎菌,胸 部 レ線所

見,末 梢血所見,血 液ガス所見および臨床経過か

らその重症度および予後 との関連を観察 した.ま

た,本 研究でとりあつかった肺炎は,肺 炎の臨床

診断が明確に出来 うることか ら,胸 部 レ線上の拡

が りが1葉 以上をこえるもの とした.こ れ ら肺炎

例 に加え対照例を含めた全例についてその血漿

フィブロネクチン(PFN)を 測定した.PFNの 測

定は,抗FN抗 体 とPFNと で形成される抗原抗

体複合物 を計測する,い わゆ るimmunoturbidi-

metriCaSSay法 を用いた 「人血漿 フィブロネクチ

ン測定用キ ット」(Boeringer Mannheim)を 使用

した.す なわち,EDTA添 加血漿 とFNに 対する

抗体溶液をセ ミマイクロキュベ ットに加え混和

し,1分 後の吸光度(E1)と11分 後の吸光度(E2)

をそれぞれ測定 した.こ こで ΔE=E2-E1を 求め,

あらか じめ キット中のFN標 準液 より作製 した

検定曲線か らその濃度を算定した.比 色にあたっ

ては,日 立100-60型 ダブルビーム分光光度計を用

い吸光度340nmで これを行なった.

2. 実験的観察

以上の臨床的観察から得 られた成績をより深 く

理解する目的で家兎に実験的肺炎を作製し,PFN

値の動態をも観察した.さ らに,ラ ット実験的肺

炎を用 い免疫組織学的 にFNの 肺内における局

在を検討 した.ま たin vitroに おいて,好 中球 と

各種細菌 に対するFNの 作用 について も検討 し

た.こ れら諸項 目の測定方法,実 験条件などにつ

いては,それぞれの項で順次記載す ることとした.

成 績

1. 臨床的観察

1) 肺炎重症度別のPFN値

健常群,お よび肺炎例においてはその極期にお

けるPFN値 をそれぞれ測定 した.こ こで対象 と

した肺炎はいずれも胸部 レ線陰影がほぼ1葉 以上

の例であったが,そ の うち胸部 レ線上の拡が りが

ほぼ2葉 を超すものを高度進展肺炎群,そ れ以下

でかつ1葉 を超す ものを中等度進展肺炎群 とし,

それぞれPFN値 を測定した.

健常群におけるPFN値 は320±69μg/mlで あ

った.ま た肺炎群において,い わゆる中等度進展肺

炎例で210±45μg/ml,高 度進展肺炎例で102±50

μg/mlで あった.す なわち,肺 炎例でのPFN値

は健常群 のそれに比 し有意 に低 下(p<0.001)

す ることが示 された.ま た肺炎群の層別において,

中等度進展肺炎例に比 し高度進展肺炎ではさらに

著明な低下(p<0.001)が 示 された(Fig.1).

2) 肺炎の予後 とPFN値

肺炎例をその予後から回復 しえた例 と死亡例に

分け,そ れぞれのPFN値 について検討 した.肺 炎

極期におけるPFN値 は,回 復群223±35μg/ml,

Fig. 1 Values of plasma fibronectin in pneumonia-from the view point of their severity-

Control

(n=22)

Moderate Pn.

(n=21)

Severe Pn.

(n=10)

昭和62年9月20日 1081

死亡群113±53μg/mlで あった.す なわち,死 亡群

では回復群に比し,PFN値 のより著明な低下(p<

0.001)が 示された(Fig.2).

3)肺 炎経過 とPFN値 の関連

臨床経過中,PFN値 が経時的に把握で きた肺

炎例8例 について,健 常時,肺 炎極期,回 復期お

よび治癒期に分け各期のPFN値 の動態を観察 し

た.回復例では肺炎極期にPFN値 は200μg/ml程

度に低下 し,経 過の好転 とともにこれら値は増加

し,治 癒期ではほぼ恒常時の値に復 した.一 方,

Fig. 2 Values of plasma fibronectin in pneumonia-from the view point of clinical prognosis-

Control

(n-22)

Survivors(n=17)

Non—Survivors

(n=14)

Fig. 3 Follow-up observation of plasma fibro-

nectin in patients with pneumonia.

Healthy

state

Active

phase

Resolve

phase

Cure

phase

死亡例では極期に100μg/ml前 後 にまで低下 し,

その後短期間に死亡 した(Fig.3).

2. 実験的検討

1) 家兎実験的肺炎におけるPFN値 の変動

成熟家兎を用い,ペ ン トバルビタール40mg/kg

静注 し仰臥位に固定後,経 皮的に気管を血管留置

針で穿刺 しカテーテルを右気管支にまで進めた.

この操作後,大 腸菌標準株を1×109個/mlに 調整

した菌液1mlを 注入し家兎肺炎を作製 した.な お,

菌液の調整は大腸菌標準株をTrypto-Soy Broath

中で37℃,18時 間培養後2,000×g,4℃20分 遠心,

沈渣を生理食塩水にて2回 洗浄 し,光電比色計560

nmに て吸光度を測定 し,菌 液を1×109個/mlに

調整した.ま た,PFN値 の測定はロケット免疫電

気泳動法に より行なった10).す なわち,Agarose

を0.025μ,pH8.6 Veronal bufferに て0.8%に 溶

解 し,こ れを63℃ に加温 し最終濃度 として5%に

なるよ うRat anti rabbit FN (UK Science)を

加えた.抗 原孔は2.5mmφ とし家兎EDTA添 加

血漿を2度 に分け14μl添加 し,電気泳動装置(Hoe-

chest)を 用い80V,12時 間通電した.ま た検量線の

作製は,Rabbit FN (UK Science)を 用い同様の

方法にて行なった.

家兎実験的肺炎において,PFN値 は菌注入,肺

炎発症後経時的に低下 しそれぞれの値 が100μg/

ml前 後まで低下 したあ と,全例が短期間で死亡 し

た.ま た,早 期に死亡 した家兎ではPFN値 の低下

はさらに急激な傾向が得 られた.一 方,死 亡後肺

の病理組織所見を検討 したが,早 期に死亡 した例

ほど肺炎像は顕著であった(Fig.4) .

2) ラット実験的肺炎におけるFNの 局在

肺組織内におけるFNの 局在を観察す るにあ

たっては,よ り抗体価が高い抗血清が必要 と考 え

られ,そ のためラット実験的肺炎を作製 し,こ れ

を行なった.す なわち,体 重約250gの ウィスター

系 ラットを用い,家 兎肺炎と同様の手法にてラッ

ト実験的肺炎を作製 した.大 腸菌標準株1×109

個/mlに 調整 した菌液0.5mlを 経気管 的に注入

し,予 備実験で典型的急性肺炎の病理組織学的所

見が得 られた注入48時 間後の時点で脱血屠殺 し肺

を摘出した.こ の ラット肺 の気管 よりO. C. T. Com-

1082 感染症学雑誌 第61巻 第9号

Fig. 4 Changes in plasma fibronectin in experimental rabbit pneumonia.

Day after E. coil Inoculation (DAYS)

pound(Miles)を 注 入 し液 体 窒 素 に て 凍 結 後,ク リ

オ ス タ ッ トに て4μ の 薄 片 切 片 を 作 製 した.こ の切

片 をPAP法11)に よ り染 色 しFNの 局 在 を 検 討 し

た.ま ず,Immunoperoxidase staining Kit: K549

Goat(DAKO)を 用 い,3%H2O2に て 組 織 中 の 内

因 性 ペ ル オ キ シ ダ ー ゼ を 破 壊 し,正 常 ブ タ血 清 で

非 特 異 的 反 応 を阻 止 し,一 次 抗 体 と してGoat anti

Rat FN(Carbiochem Bearing)を 反 応 させ,次

い で 二 次 抗 体 と し てRabbit anti Goat immuno-

globrinで 架 橋 し,PAP液 を 反 応 さ せ た 後,3-

amino-9-ethylcarbazole(AEC)で 発 色 させ,最 後

に ヘ マ トキ シ リン に て 対 比 核 染 色 を 行 な い光 顕 的

に 観 察 した.

そ の結 果,FNは 肺 胞 壁 へ の滲 出物 お よ び 炎 症

性 腫 脹 した 肺 胞 壁 な ど に強 陽 性 を 示 し,ま た 好 中

球 を 中 心 とす る滲 出 細 胞 間 に認 め られ た(Photo

1,2).一 方,健 常 肺 胞 壁 に はFNの 局 在 は染 色 さ

れ な い か,ま た は ご く軽 度 で あ った(Photo3,4).

3) FNに 対 す る好 中球 の 作 用

肺 炎 局 所 に お け るFNと 滲 出 細 胞 と くに 好 中

球 との関 連 が み られ た の で,好 中 球 のFNに 対 す

る作 用 をin vitroで 検 討 した.

ま ず ヒ ト好 中 球 は,Ficoll-Hypaque法12)を 用

い分 離 し,pH7.3HBSSに 浮 遊 させ3×107cell/ml

に調 整 した.こ こで,好 中球 刺 激 物 質 と し て ヒ ト

血 清1.5mlとZymosan(Sigma)30mgを37℃,30

分 反 応 さ せ,700×g10分 間 遠 心 後,上 清 は,

Zymosan-activated serumと し,沈 渣 をHBSS

にて 洗 浄 後,沈 渣 にHBSSを 加 え,Zymosan 10

mg/mlに 調 整 したWashed serum-opsonized zy-

mosanparticleを 使 用 した.こ こで前 述 の好 中 球

浮 遊 液1mlにWashed serum-opsonized zymo-

sanparticle 1mlを 加 え,37℃30分 反 応 させ700×g

10分 間 遠 心 後 そ の 上 清 にpH6.5HBSSを 加 え

3mlに 調 整 し好 中 球 遊 離 産 物(PMN-RP)と し

た.こ のPMN-RPのFNに 対 す る 作 用 をSDS-

PAGE法13)を 用 いFNの 変 化 を観 察 した.す な わ

ち,2mg/mlにpH7.3HBSSで 調 整 され たHu-

man FN(Carbiochem-Behring)の 溶 液 を1mlず

つ 使 用 し1群 はHBSS0.5mlを 加 え た 群 と し,

2群 はPMN-RP溶 液0.5mlを 加 えた 群,ま た3

群 はPMN-RPを56℃,30分 間 加 温 処 理 し た 溶 液

0.5mlを 加 えた 群,さ らに4群 はPMN-RP単 独

と した.こ れ ら1~4群 を37℃,30分 間 加 温 した

の ち,次 の 条 件 に て 電 気 泳 動 を 行 な った.電 気 泳

動 バ ッフ ァ ー は,0.04Mト リス,0.02M酢 酸 ナ ト

リウ ム,0.002MEDTA,0.2%SDSを,試 料 バ ッ

フ ァ ―は,0.01Mト リスー 塩 酸,0.001MEDTA,

1%SDS,pH8.0.5%β-メ ル カ プ トエ タ ノ ール

を使 用 した.ま た,分 子 量 の マ ー カ ー としてElectro-

phoresis Calibration Kit(Pharmacia)が 用 い ら

れ た.

こ れ らの 結 果,対 照 で あ るFN単 独 群 は 約220K

daltonに 単 一 の バ ン ドの み が示 され,FNの 構 造

に変 化 は み られ な か った.一 方,PMN-RPを 反 応

させ た 群 に お い て は60~220K daltonを 中 心 に 複

昭和62年9月20日 1083

Photo 1, 2 Localization of fibronectin in

pneumonic lesion. A lot of fibronectin (reddish-

brown) was found on the inflammatory alveolar

walls and exudative products.-experimental rat

pneumonia-(PAP method•~100,•~400)

(1)

(2)

数 の バ ン ドが 出 現 し,す なわ ちFNが 分 解 さ れ た

こ とが 示 さ れ た.ま た,加 温 処 理 したPMN-RPを

反 応 させ た 群 で は,FNの 分 解 は阻 止 され た.さ ら

にPMN-RPは,60~67K daltonに 泳 動 さ れ た

(Photo5).

4) 好 中 球 に 対 す るFNの 粘 着 能

以 上 の 結 果 か らFNは,PMNRPに よ り分 解

を うけ る こ とが示 され た が,こ のFNの 分 解 産 物

の好 中 球 に対 す る粘 着 能 に か ん し て検 討 した.

方 法(Fig.5)は,ま ず 直 径2.4cmのTissue

culture well (Flow Laboratories)にpH9.4

Carbonate bufferで 溶 解 したHumanFN200

μg/mlの 溶 液 を1wellあ た り0.5ml加 え,37℃12

Photo 3, 4 Localization of fibronectin in normal

lung tissue. Fibronection was not so dominant in

normal rat lung. (PAP method•~100,•~400)

(3)

(4)

時 間 放 置 した.そ の 後,pH7.3HBSSで2度 洗 浄

した.こ れ ら洗 浄 液 に つ い て,FN濃 度 をELISA

法 に て 測 定 した 結 果,さ きに 加 えたFNの 約98%

はWellに 付 着 し て い る こ と が 確 認 され た.こ こ

で 以 下 の4群 に 分 け た 実 験 系 を 用 い好 中 球 に対 す

る粘 着 能 の検 討 を 行 な った.す な わ ち,FNを コ ー

テ ィ ン グ したWellをpH6.5HBSS,0.5mlを 加

え37℃30分 間反 応 させ た群(native FN群)と 前

述 のPMN-RP0.5mlを 加 え 同様 に 反 応 さぜ た 群

(treated FN群)の2群 に 分 け た.こ こで,各 々

HBSSに て2度 洗 浄 し,こ れ らに3.2×107/mlに

調 整 した好 中 球 浮 遊 液2.5mlに56℃30分 間 加 温 し

た ヒ ト血 清 す なわ ち不 活 化 血 清2.5mlを37℃30分

間 反 応 させ た 群(resting PMN群),同 様 に前 述

のZymosan activated serumをHBSSで15%に

1084 感染症学雑誌 第61巻 第9号

Photo 5 SDS-polyacrylamide gel electrophoresis

of native and treated fibronectin.

Fig. 5 The flow-chart of measurement of PMN

adherence to fibronectin.

1. FN coating (100μg/1 well)(37℃,12hr)

2.

HBSS 0.5ml(37℃,30min)PMN-RP 0.5ml

(I) native FN (II) treated FN

3.

PMN

Heated serum resting PMN (III)

Zymosan activated serum

(37℃,30min)

activated PMN (IV)

4.

(I)or(II)5.

(MPO assayl

6.

希 釈 した 溶 液2,5mlを 反 応 させ た 群(activated

PMN群)を 加 え,37℃30分 間 低 速 で 振 盪 反 応 させ

た.す なわ ちnative FN群 お よびtreated FN群

に 対 し それ ぞ れ にresting PMNお よ びactivat-

edPMNを 加 え た4群 の 実 験 系 に つ い て,Well

に 対 す る好 中球 の 付 着 率 を そ れ ぞ れ観 察 した .

方 法 は,HBSS1mlに て2度 洗 浄 し,こ のWell

に 付 着 し な い 好 中 球(nonadherentPMN)と

0.05%ト リ プ シ ン と1mM EDTA各 々0.5mlを

Wellに 加 え,そ の 後10%Human albumin

(Sigma)0.5mlで この反 応 を停 止 させ る こ と に よ

りWel1に 付 着 した 好 中 球 を剥 離 して,Wel1に 付

着 した 好 中 球(adherent PMN)に 分 け,こ れ ら

を 同 溶 量 に調 整 した.こ こで 各 々 こ の好 中球 数 は,

Myeloperoxidase(MPO)assay14)を 用 い測 定 し,

付 着 率 は 〔adherent PMN数/(adherent PMN

数+non adherent PMN数)〕 ×100と して 算 出 し

た.

そ の結 果,native FNに 対 して,resting PMN

は15.8±3.9%,activated PMNは37.4±4.3%

で あ り,treated FNに 対 し て はresting PMN

17.1±1.4%,activated PMN49.3±4.4%で あ っ

た.す な わ ち,resting PMNに 比 し,activated

PMNは,nativeお よ びtreated FNに お け る好

中 球 の 付 着 率 を 有 意 に 増 加 さ せ る こ とが 示 され

た.ま た 本 実 験 系 に お い て,好 中球 付 着 率 はtreat-

ed FNにactivated PMNを 加 え た群 にお い て,

も っ と も高 い こ とが 示 さ れ た(Fig.6) .

5) 細 菌 に 対 す るFNの 粘 着 能

肺 炎 に お け う主 要 起 炎 菌6菌 種 を対 象 に,FN

の 粘 着 能 を 検 討 した .

方 法 は,好 中 球 に お け る 実 験 と同 様 に,native

FN群(N)とtreated FN群(T)の2群 に つ い

て 行 な っ た.こ こで 使 用 した 細 菌 は い ず れ も臨 床

分 離 株 のS. Pneumoniae, S. aureus, H.

influenzae, K. pneumoniae, E. coliお よ びP.

aeruginosaを 各 々2株 ず つ 使 用 し,H. influenzae

はMultiply Broath(日 清 化 学)で ,そ の 他 は

Trypto-Soy Broathで そ れ ぞ れ37℃18時 間 培 養

した も の を 用 い た.こ れ らを2,000×g4℃20分 遠

心 後,そ の 沈 渣 を 生 理 食 塩 水 に て2回 洗 浄 後,1×

昭和62年9月20日 1085

Fig. 6 PMN adherence to fibronectin.

Resting PMN

native FN

Resting PMN

treated FN

Activated PMN

native FN

Activated PMN

treated FN

108個/mlに 調 整 し た.こ れ ら菌 液 を1Wellあ た り

0.5ml加 え,37℃3時 間,低 速 で 振 湯 反 応 させ,同

様 の方 法 でWellに 対 す るnonadherent bacteria

お よ びadherent bacteriaの 溶 液 を 用 意 し,各 々

の 生 菌 数 をcolony forming unit(CFU)に て 算

定 し た.コ ロ ロ ー カ ウ ン トに あ た っ て は,H.

influenzaeは チ ョ コ レ ー ト寒 天 培 地 で,S.pneu-

moniaeは ウ マ血 液 寒 天 培 地,ま た 他 の4菌 種 で

は 普 通 寒 天 培 地 を 用 い,そ れ ぞ れ24時 間 培 養 後,

菌数を計測 した.粘 着率は,各 菌種について2株

ごとの平均 として示 した.

その結果,そ れぞれの粘着率は,Saunusで は

75.8•}6.9% (N), 49.0•}6.8% (T)‚Å‚ ‚è, P.

aeruginosa‚Å‚Í41.1•}15.1% (N), 77.5•}4.4%

(T), E. coli‚Å‚Í34.2•}4.6% (N), 24.0•}5.3%

(T), H. influenzae‚Å‚Í16.1•}11.5% (N), 23.2•}

8.3% (T), K. pneumoniae‚Å‚Í0.27•}0.12%

(N), 0.93•}0.81% (T), S. pneumoniae‚Å‚Í

Fig. 7 Bacterial adherence to fibronectin.

S.aureus P.aerughosa K.pneumoniae E.coli H.infhenzae S.pnenmoniae

N: native FN

T: treated FN

1086 感染症学雑誌 第61巻 第9号

0.5±0.3%(N),0.35±0.17%(T)で あった.

これ らの結果から,S.amusとE.coliはnative

FNの 方がtreated FNに 比 し有意に高い粘着率

が示 され,P.aeruginosaで は逆 にnative FNに

比 しtreated FNで 粘着率の増加が示 された.す

なわち,Saureus, P.aeruginosa, H.influenzea

およびE.coliに 対 して,FNは 有意な粘着作用を

有するものとみられ,と くに前2者 においてはこ

の傾向が著明であった.一 方,K.Pneumoniaeや

S.pneumoniaeに 対す るFNの 粘着作用は低いこ

とが示された(Fig.7).

考 案

FNは,呼 吸器系器官にも広 く分布,局 在 してい

ることがすでに知 られている.し かしなが ら,呼

吸器感染症 との関連の上での意義についての報告

はほとんどな く,そ の病態生理学的意義にかんし

ては,ま った く不明であった.著 者は本研究にお

いて「このように広 く分布する物質は,生体にとっ

て何 らかの意義ある作用を有 している」 との仮定

を出発点 として,と くに肺炎における本物質の意

義についての検索を試みた.こ こで得 られた成績

を概括す ると,PFN値 の低下は肺炎の重症度や

予後を判定す る上での活動性診断の指標 として有

用であるとの成績を得た.続 いて,こ れらPFN値

の低下は,肺 炎局所で消費 されることが示唆され

る成績を得,そ の病態生理学的意義は好中球や侵

入細菌に対す る粘着性にあることが示唆された.

以下,こ れらの成績について順次考察を加える.

<肺 炎におけるPFNの 変化について>

一 般 に,炎 症 の場 にお いて 白血球 や マ ク ロ

ファージは,侵 入 した細菌をはじめとする異物を

貧食し不活化する作用を有している.さ らに,そ

の場 に生 じるフィブ リンや変性 したコラーゲンな

どの変性 ・崩壊産物に対しても同様の作用をもっ

ている.こ こで,FNは マクロファージにより生

成,分 泌 され非特異的オプソニンとしての作用が

知られている15).Sabaら16)は,ゼ ラチン処理 した

粒子の単球への付着をFNが 促進す ることを報

告し,同 時に外傷や熱傷 においてPFNが 低下す

る理由として,前 述の変性,崩 壊産物を貪食する

際,FNは これらに結合 し創傷の治癒機転に助成

的に作用することを推察した.さ らに著者 らは,

臨床 的 に肺 炎 以外 に も敗 血 症 や 敗血 症 由来

ARDSに おいてPFN値 が低下す るこ とを報告

し17),さ らにDICの 合併によりPFNが 著 るしく

低下す る事実を観察した.こ れら事象に対 して,

Shermanら18)はFNが フィブリンと親和性 を有

し,そ の結果血管内に存在す るフィブ リンと結合

しこのフィブ リンの網内系によるオプソニン作用

に利用されるとい う消費の亢進がPFN値 の低下

の原因によるものと報告 している.

本研究では,臨 床的および家兎実験的肺炎にお

いて病像の進展にともないPFN値 の低下が観察

され,さ らにラット実験的肺炎における観察で,

本物質は肺胞腔への滲出物 とくに滲出細胞間 と細

胞浸潤を伴 う腫脹 した肺胞壁などに強い局在が確

認された.こ れ らの所見は,肺 炎局所におけるFN

の消費を示唆す るものであ り,肺 炎時PFN値 低

下の主因と考 えられた.以 上からFNは 肺炎局所

で病変の進展にともない消費 され,す なわち臨床

的にはPFN値 は肺炎の進展 とともに低下す るこ

とが推察 された.こ のことが主として肺炎の活動

性および重症度を示す有用な臨床的指標にな りう

るものといえよう.

一般に,肺 炎などの炎症性疾患ではいわゆる炎

症局所に好中球,マ クロファージなどの炎症細胞

が動員され,活 性酸素,ラ イ ソゾーム酵素を放出

す ることおよびプロスタグランディンな どのいわ

ゆるケミカルメデ ィエーターが分泌 されているこ

とは近年よく知 られた事実 となっている.こ の炎

症局所 において,と くに活性酸素お よび ライソ

ゾーム酵素など好中球遊離産物は,蛋 白分解作用

を有してお り,そ の作用は本来異物に対す る食作

用の大 きな一翼をなす ものである.本 研究で,FN

もまた好中球遊離産物により分解 され,よ り低分

子の物質(treated FN)に なることが示 された.

Mcdonaldら19)も 好中球 エラスターゼに よりFN

が分解 される事実を報告している.す なわち,こ

れ ら変化がまず生体内で広範囲に発生 した場合も

PFN値 低下の一因 と考 えられよ う.

このような消費亢進に よるPFN値 低下のほか

に,一 般的にはFN合 成 ・分泌の低下をも考えな

昭和62年9月20日 1087

ければならない.FNは 主 として血管内皮細胞,

フィプロブラス トおよびマクロファージなどによ

り合成 ・分泌 される.著 者 らはいわゆるSeptic

ARDSでPFN値 が著明に低下することを報告 し

た.こ こでSeptic ARDSの 発生要因にかんして,

河合20)は好中球が血管内皮細胞 に付着 し破壊 され

ることにより,活 性酸素およびライソゾーム酵素

が放出され,肺 血管内皮細胞が広範囲に障害され

ることが主因であることを示 した.す なわち,か

かる病態下でのPFN値 低下の一因 として広範囲

の肺血管内皮細胞の障害に起因する合成 ・分泌の

低下が推察されよう.し か し少 くとも肺炎 とい う

局所的障害でそれほど著明な合成障害はむ しろ考

えがたい.

さらに,Scottら21)は 絶食によりPFN値 は低下

し,絶 食中は常に低値を持続し,食 事摂取再開後

ふたたび速やかに正常値に回復す るとしている.

したがって,重 症病態下での合成障害は,飢 餓状

態 などがより大 きく反映す るもの と考 え られる

が,肺 炎時かかる事実はむしろ一般にはまれであ

り,や はり著者がラット肺炎で観察 したごとく肺

炎局所での消費によることが本病態下での主因で

あろうと考 えられる.

<FNの 炎症局所での意義>

以上の研究成績および考察を背景に,第2の 課

題である本物質が肺炎局所で消費 される意義につ

いて実験成績をもとに引き続き考察 してみたい.

本研究の後半は,と くに急性炎症 におけるFN

の病態生理学的意義について検索が行なわれた.

まず,酵 素抗体法による観察でFNは,肺 胞腔

への滲出物および炎症性に腫脹 した肺胞壁および

局所での好中球 などに局在することが示された.

そこで,急 性炎症において主役を演 じる好中球に

対するFNの 作用を検討 した.そ の結果,PMN-

RPで 変性を うけたいわゆるtreated FNは 好中

球 とくに活性化好中球に対する粘着性を有意に亢

進 させる作用を有することが明確化 された.す な

わち,炎 症局所に集簇 した好中球は活性化され,

種 々のライソゾーム酵素をはじめ とす る遊離産物

releasing productを 放出し,こ れらがFNを 変性

させる.さ らに,分 解,変 性を うけたtreated FN

は活性化好中球に対する粘着性を亢進するものと

推察される.一方

,細 菌性肺炎の発生を考えた場合,ま ず肺

胞 レベルに細菌が侵入す るわけであるが,こ の際

肺胞 マク ロファージは局所に常在 してお り食作用

を行なう.こ こで,マ クロファージそれ 自体もFN

を分泌することが示されてお り,こ の食作用に関

してFNは 侵入細菌 を局所 およびマ クロファー

ジに粘着させ る作用を持つことによりオプソニン

作用を有す るもの と考えられる.

さらに,肺 炎の主要起炎菌6種 に対するFNの

もつ粘着能を検討した結果か ら,まず,native FN

は, S. aureus, P. aeruginosa, E. coli およびH.

influenzae などに対 して この順に高い粘着率を呈

す る こ と が 示 さ れ た.一 方,treated FNは,P.

aeruginosa, S. aureus, E. coli, H. influenzae の順

に粘 着 率 が 高 か った.し か し な が ら,K.pneumo-

niaeとS.pneumoniaeに 対 して は,native FN,

treated FNと も ほ と ん ど粘 着 性 が 示 さ れ な か っ

た.も ち ろ ん この こ と は一 つ の 実 験 系 に お け る成

績 で あ る がKuusela22)は,FNがS.aureusと 結

合 す る こ とを 最 初 に報 告 し,Eriksenら23)は,FN

が 好 中球 のS.aureusに 対 す る貪 食 作 用 を促 進 す

る こ とを,ま たWoodsら24)は,口 腔 頬 粘 膜 細 胞 に

対 す るP.aeruginosaの 付 着 に か んす る検 討 で,

こ の細 胞 を トリプ シ ンで 処 理 し表 面 のFNを 変 性

させ る と,菌 の 付 着 性 が 促 進 す る こ とを そ れ ぞ れ

報 告 して い る.こ れ ら報 告 と本研 究 に お け る成 績

か ら,と くにS.aureusやP.aeruginosaに か ん し

てFNが そ の 炎 症 局 所 に お け る定 着 性 とそ れ に も

とず く好 中球 の 貪 食 作 用 に重 要 な 意 義 を有 す る も

の と考 え られ た.ま た,H.influenzaeやE.coliに お

い て も本 物 質 が 同 様 の 意 義 を 有 す る も の と み ら

れ た.し か しK.pneumoniaeやS.pneumoniae

で は,FNの も つ粘 着 作 用 は低 い もの と考 え られ

た.

こ こで実 際,臨 床 的 にみ られ る肺 炎 起 炎 菌 の 頻

度 を ふ りか え る と,原 発 性 肺 炎 と して はS.pneu-

moniaeとK.pneumoniaeが 多 く,先 行 す る疾 患

が あ る場 合 に は,S.aureusか,H.influenzaeま た

免 疫 不 全 あ るい は 菌 交 代 症 と してP.aeruginosaが

1088 感染症学雑誌 第61巻 第9号

多いことが一般にいわれている.す なわち,原 発

性肺炎の起炎菌 としての頻度が高いS.pneumoniae

やK.pneumoniaeは,FNの 粘着率が低いとの今

回の実験成績が得 られている.か かる意味か らす

れば,FNの 局所における作用は,侵 入細菌 と粘着

することにより,肺 炎発症防御の一翼を担ってい

るもの とも考 えられ よう.すなわち,肺組織局所に

おけるFNの 意義 は本来 の有する粘着性 とい う

性格を利用 した感染発症防御,あ るいは感染巣の

進展に対す る抑制作用を有 しているものと考 えら

れ,同 時 に肺炎時におけるPFNの 低下は,感 染

局所におけるFNの 有利的消費にもとず くものと

推察出来 よう.

結 語

肺炎 におけるFNの 動態 と炎症局所での意義

について臨床的および実験的検討を行なった.

1.PFN値 は健常例 の320±69μg/mlに 比 し胸

部 レ線上いわゆ る中等度進展肺炎で210±45μg/

ml,高 度進展肺炎で102±50μg/mlと 判定され,す

なわち肺病変の進展にともないともに有意な低下

が示 された.ま た予後 との関連において,PFN値

は肺炎回復群に比 し死亡群でより著明に低下する

ことが示された.

2. 肺炎経過 との関連において,回復群における

PFN値 は肺炎極期に一度200μg/ml程 度にまで

低下したが,以 後経過の好転 とともに増加し治癒

期では正常化することが示 された.一 方,死 亡群

におけるそれは極期 に100μg/ml前 後 に低下 し,

その後短期間(2~3日 の間)に 死の転機をとる

ことが示 された.

3. 家兎実験的肺炎(Ecoli経 気管内接種)に お

けるPFN値 は,肺 炎の進展 とともに低下し,死 亡

直前ではそれぞれ著明な低値が示された.

4. ラッ ト実験的肺炎(E.coli経 気管内接種)に

おいて,FNの 肺炎局所における酵素抗体染色に

よる局在性を検討した結果,本 物質は肺胞腔への

滲出物および炎症性に腫脹 した肺胞壁に強陽性所

見が示され,こ の部におけるFNの 集積が示され

た.

5. 好中球 との関連の上で,FNは 活性化好中球

より分泌 される遊離産物で分解を うけ,こ の変性

したFN(treated FN)は 活性化好中球の粘着性

をより亢進させた.

6. 細菌に対す る粘着性を検討した結果,S.au-

reus, P. aeruginosa, H. influenzae ‚¨‚æ‚ÑE. coli

に 比 し,原 発 性 肺 炎 の主 要 起 炎 菌 で あ るS.pneumo-

niae, K. pneumonia eに対 してFNの 粘着性は低

値であった.

7. 以上 より,PFN値 は進展肺炎の重症度の判

定および予後の推測すなわち活動性の有用な指標

と考えられた.ま た炎症局所にFNは 滲出性変化

とともに集積 され,本 来の粘着性を利用し細菌 と

好中球を局在化 し,肺 炎の進展に抑制的に作用し

ていることが推 された.ま た,S.pneumoniae,K.

pneumoniaeに は粘着性が低値であることか ら,

頻度 との関連で これら二菌種による原発性肺炎の

発生が高頻度であろ うとも推 された.

稿を終えるにあたり,終始御指導を賜り,また論文の御

校閲を賜った杏林大学第1内 科,長 沢俊彦教授ならびに小

林宏行教授に深甚なる謝意を表します.

本論文の要旨は,以 下の学会において順次発表を行なっ

た.

1. 1983年 第57回日本感染症学会総会.2.1983年

VIII Asian-Pacific Congress on Diseases of the Chest

(Tokyo).3.1984年 第58回 日 本 感 染 症 学 会 総 会.4.

1985年 第25回 日 本 胸 部 疾 患 学 会 総 会.5.1985年,IX

Asian-Pacific Congress on Diseases of the Chest (Aus-

tralia).6.1986年 第60回 日本感 染 症 学 会総 会

文 献

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1090 感染症学雑誌 第61巻 第9号

Clinical and Experimental Studies on Fibronectin in Bacterial Pneumonia

Hiroshi OSHITANI

The First Department of Internal Medicine, Kyorin University School of Medicine

The significance of fibronectin in pneumonias was studied. The conclusions were as followes:

1) Plasma fibronectin in healthy subjects was measured 320•}69ƒÊg/ml. The value was

decreased to 210•}45ƒÊg/ml in moderately advanced bacterial pneumonia and further to 102•}50

μg ml in the far advanced cases. With respect to the clinical course of the pneumonia patients, the

values in surviving cases transiently decreased to about 200ƒÊg/ml at the most active phase of

pneumonic inflammation, they then gradually increased to the normal level as the patient recovered.

However, the values in deceased cases significantly dropped to the minimum level of 100ƒÊg/ml, and

the patients cases were died of pneumonia within several days.

In the experimental rabbit pneumonia with E. coli inoculation, plasma fibronectin also decreased

with the advancement of pneumonic lesions.

Based on these observations, plasma fibronectin appears to have some significant relation to the

severity and the prognosis of pneumonia. Plasma fibronectin may therfore become one of the useful

diagnostic markers to determine the severity of pneumonia and predict patient prognosis.

2) From the observations by immuno-enzyme method in experimental pneumonia, fibronectin

was significantly localized on inflammatory sites in lung tissue, paticulary in the exudative fluid,

inflammatory cells and swollen alveolar walls. On the other hand, fibronectin was not so dominant in

normal tissue. Fibronectin may be consumed at pneumonic lesions thereby reducing plasma

fibronectin in a pneumonic state.

3) Fibronectin was in vitro proteolytically degraded to "treated fibronectin" by releasing

products from PMNs. The adhesion of PMNs to treated fibronectin was stronger than that to native

fibronectin.

The adhesiveness of S. pneumoniae and K. pneumoniae, potentially the causative organisms of

primary pneumonia, to treated fibronectin was very weak. However, the adhesiveness of H. influenzae,

S. aureus and P. aeruginosa, frequent pathogens in secondary pneumonia, was much stronger. These

reuslts suggested that fibronectin bears some relation with the occurence of bacterial pneumonia and

acts as a host defence agent.