次世代リチウム二次電池における 電解液の重要性 -...

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はじめに リチウムイオン電池は大きく正極・負極・電解 質の3構成から成る(図₁ )。正極・負極で電極活 物質が酸化/還元され、それに伴い放出される電 子が外部回路を通じて電気を流す。酸化還元に伴 って生じたイオンが電解質溶液(電解液)中を移動 し、電池内の電荷を補償する。歴史的に見れば、 電池材料の研究においては、反応活物質である電 極材料(正極・負極)の研究に重きが置かれてきた。 活物質の電気化学反応によって電池のエネルギー 密度、すなわちその電池を用いたデバイスをどれ だけ長く使えるかが決まるからであり、ある種当 然の流れでもある。しかしながら近年は、電解液 の開発研究にも大きな注目が集まっている。これ は、多くの次世代リチウム二次電池には従来型の 電解液が適用できず、活物質の電気化学反応を制 御する上で電解液設計が極めて重要な役割を果た すためである。本稿では最近の電解液設計の一例 としてリチウム塩濃厚電解液を紹介し、次世代リ チウム二次電池として注目されるリチウム硫黄電 池用の電解液としての適用例を紹介したい。 現行電解液の選定理由 ₁ . 溶媒の選択 リチウムイオン二次電池には、電解液としてリ O O O O O O S O O N O O O O O F P F F F F F Li O Cl O O O Li F B F F F Li S N S CF 3 O O F 3 C O O Li EC ( エチルメチルカーボネート) (アセトニトリル) (スルホラン) EMC AN SL G4 ( テトラグライム) LiTFSA ( リチウムビストリフルオロメタンスルホニルアミド) 溶媒 リチウム塩 e - Li+ Solvent Anion Li + Li + Solvent Anion Li + Graphite LiCoO2 ( エチレンカーボネート) LiPF6 LiClO4 LiBF4 図 1 リチウムイオン電池の一般構成と電解液を構成する溶媒・塩の化学構造 特集 次世代電池技術の進展を探る 横浜国立大学 Tatara 々良 涼 Ryoichi *1 、渡 Watanabe Masayoshi *2 *1 工学研究院 特任教員(助教)  *2 工学研究院 教授 〒240-8501 神奈川県横浜市保土ヶ谷区常盤台79-5 ☎045-339-3955 次世代リチウム二次電池における 電解液の重要性 解 説 30

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Page 1: 次世代リチウム二次電池における 電解液の重要性 - Nikkan...チウム塩を溶解させた有機溶媒が用いられてい る。この溶媒として求められる性能は、まず第一

はじめに

リチウムイオン電池は大きく正極・負極・電解質の3構成から成る(図 ₁ )。正極・負極で電極活物質が酸化/還元され、それに伴い放出される電子が外部回路を通じて電気を流す。酸化還元に伴って生じたイオンが電解質溶液(電解液)中を移動し、電池内の電荷を補償する。歴史的に見れば、電池材料の研究においては、反応活物質である電極材料(正極・負極)の研究に重きが置かれてきた。活物質の電気化学反応によって電池のエネルギー密度、すなわちその電池を用いたデバイスをどれだけ長く使えるかが決まるからであり、ある種当

然の流れでもある。しかしながら近年は、電解液の開発研究にも大きな注目が集まっている。これは、多くの次世代リチウム二次電池には従来型の電解液が適用できず、活物質の電気化学反応を制御する上で電解液設計が極めて重要な役割を果たすためである。本稿では最近の電解液設計の一例としてリチウム塩濃厚電解液を紹介し、次世代リチウム二次電池として注目されるリチウム硫黄電池用の電解液としての適用例を紹介したい。

現行電解液の選定理由

₁ . 溶媒の選択リチウムイオン二次電池には、電解液としてリ

OO

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F

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F FLi

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F

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FLi S N S CF3

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EC(エチルメチルカーボネート ) (アセトニトリル ) (スルホラン )

EMC AN SL

G4(テトラグライム )

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溶媒

リチウム塩

e-

Li+

SolventAnion

Li+

Li+

SolventAnion

Li+

負極正極電解液

Graphite

LiCoO2

(エチレンカーボネート )

LiPF6 LiClO4 LiBF4

図 1 リチウムイオン電池の一般構成と電解液を構成する溶媒・塩の化学構造

特集次世代電池技術の進展を探る

横浜国立大学 多Tatara々良 涼

Ryoichi一*1、渡

Watanabe邉 正

Masayoshi義*2

*1工学研究院 特任教員(助教) *2工学研究院 教授〒240-8501 神奈川県横浜市保土ヶ谷区常盤台79-5☎045-339-3955

次世代リチウム二次電池における電解液の重要性

解 説

30

Page 2: 次世代リチウム二次電池における 電解液の重要性 - Nikkan...チウム塩を溶解させた有機溶媒が用いられてい る。この溶媒として求められる性能は、まず第一

チウム塩を溶解させた有機溶媒が用いられている。この溶媒として求められる性能は、まず第一に高いイオン伝導性を示すことである。そのためにはリチウム塩をよく溶解・解離させ、かつ粘性率が低いことが必要であるが、基本的にこの2つはトレードオフの関係となってしまう。すなわち、リチウム塩をよく解離させることができる溶媒とは、極性が高い(誘電率が高い)ものであるため粘性率が高く、逆に粘性率の低い低極性溶媒は溶媒による静電遮蔽効果が乏しいためリチウム塩の解離能に劣る。このため、現行の電解液では一般にエチレンカーボネート(EC)など高極性である環状カーボネートと、エチルメチルカーボネート

(EMC)など低極性である鎖状カーボネートを混合させることによって解離度と粘性率を最適化させている。また、正極・負極への適合性という意味においても溶媒に要求される基準は厳しい。正極材には充電終端電圧が4.3 Vにも達する遷移金属酸化物(LiCoO2やLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2)が用いられており、高電位に耐えうる、すなわち酸化耐性が高い溶媒を用いる必要がある。一方で負極材として広く用いられるグラファイトはリチウム金属とほぼ等しい電極電位(〜0 V)を示すため、負極側は極めて強い還元的条件に晒されることとなる。したがって、エーテル系溶媒などの還元安定性は強くとも酸化安定性が弱い溶媒や、ニトリル類・スルホン類のように酸化安定性に優れるものの還元安定性に乏しい溶媒は使用することができない。

一方で、負極反応であるグラファイトへのリチウムイオンの挿入・脱離反応においては、リチウムイオンのみならず溶媒が共にグラファイト層間に挿入されてしまう「溶媒共挿入」反応が副反応として知られている。リチウムイオンと共に溶媒が共挿入した場合、そのサイズの大きさのためにグラフェン層の剥離が起き、可逆的な充放電反応が得られない。単純にエーテル系などの還元安定性が高い溶媒を用いてもグラファイト負極が安定に作動しないのはこのためである。ところが、エチレンカーボネート(EC)などの特定の溶媒の存在下においては、グラファイト負極表面でこれらの溶媒分子が還元分解し、ナノメートルオーダーの

被膜を形成する(これを通称Solid Electrolyte In-terphase: SEIと呼ぶ)。このSEIが溶媒分子の通過を阻害する一方リチウムイオンは透過させ、なおかつさらなるECの還元分解を抑制するため、グラファイト負極が安定に作動していると考えられている。このような事情によって、グラファイト負極の作動にはECのような「良質なSEI形成性」の溶媒・または添加剤の使用が必須とされている。またカーボネート系溶媒は比較的高い酸化安定性を示し、前述の正極材に対する適合性には問題がないため、いわゆる環状・鎖状カーボネート混合溶媒(EC/EMCなど)が現行電解液の溶媒として選択されるに至っている。2 . 塩の選択

リチウム塩の選択も重要な問題であり、基本的には有機溶媒に溶解し、高い解離度を示し、化学的に安定である必要がある。リチウムイオンは非常に強いルイス酸(電荷密度が高い)であるため、解離させるためには対イオン(陰イオン=アニオン)は比較的サイズが大きく電子が非局在化するような構造をもった、ルイス塩基性が低いものを用いる必要がある。例えばハロゲン化物(LiCl)などルイス塩基性が強いものを用いても、溶解性・解離度が低く必要なイオン伝導性を得ることができない。一般にLiPF6、LiClO4、LiBF4、LiTFSA

(TFSA: ビストリフルオロメタンスルホニルアミド)などが解離性の高い塩の候補としてあり得るが、過酸化物であるLiClO4は安全性に疑問があることや、LiTFSAは正極側の集電体として使われるアルミニウムを高電位(>3.8 V)で腐食することが知られているため、酸化安定性が高いLiPF6やLiBF4、特に高解離性であるLiPF6が用いられる場合が多い。3 . 濃度の選択

最後に上述の塩を溶媒に「どの程度の濃度で」混合するかが問われるが、電解液のイオン伝導率が極大を示す濃度1 mol/L程度を溶解させるのが一般的である。イオン伝導率は「単位体積当たりのイオンの数密度(濃度)」と「イオンの移動度(速さ)」の積により決まる。塩濃度の増加に伴いイオン密度は当然上昇するが、一方で塩を高濃度溶解させることによって溶液の粘性が増大し移動度が

312020年4月号(Vol.68 No.4)

Page 3: 次世代リチウム二次電池における 電解液の重要性 - Nikkan...チウム塩を溶解させた有機溶媒が用いられてい る。この溶媒として求められる性能は、まず第一

減少するトレードオフの関係にあるため、ある濃度でイオン伝導率は極大を示す(図 2 )1)。一般に極大点が1 mol/L付近に現れるため、最終的に1 mol/L LiPF6 / EC-EMC溶液をベースとして、微量の添加剤を加えたものが代表的なリチウムイオン電池用の電解液として知られるに至っている。

リチウム塩濃厚電解液

上述のように、従来の設計指針からすれば1

mol/Lが常識的な濃度であり、これ以上の濃度の電解液は粘性が高いためにイオン伝導性が低く、わざわざコストの高いリチウム塩を多量に加えるメリットなどないという考えが一般的であった。ところが近年、おおよそ3 mol/Lを超えるような濃度でリチウム塩を溶解させたリチウム塩濃厚電解液が注目されている。単純に塩濃度を増加させることのみによって、酸化安定性・還元安定性の増大2)、SEI形成剤無添加でのグラファイト負極稼働3)、TFSA使用下においてもアルミニウム集電体の腐食を抑制4)、リチウム金属負極の可逆性向上₅)、反応中間体の溶解度抑制6)、リチウムイオンホッピング伝導(電解液中でのリチウムイオンの優先的伝導)の発現₇)などが報告されている。ここで、リチウム塩濃厚電解液の特異性を説明する1つのファクターとして、「(自由な)溶媒活量」が挙げられる8)。一般的な1 mol/L程度の電解液はリチウム塩と溶媒をおおよそモル比1:10で混合したものに相当する。電解液中ではリチウムイオンは溶媒と相互作用し合っているが、一般にリチウムイオンの溶媒和数(ひとつのリチウムイオンが何個の溶媒分子と相互作用しているか)は4〜₅であると知られている。したがって、1 mol/L電解液中の約40〜₅0 %の溶媒はリチウムイオンへ

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.50

2

4

6

8

10

イオン伝導率

/mS

cm-1

0

10

20

30

40

50

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粘度

/mPa

s

345810.52550Li塩:溶媒(モル比) = 1: x

イオン伝導率 粘度粘度

x mol/L LiPF6 / EC-EMC

現行電解液 濃厚電解液

LiPF6濃度 / mol L-1

図 2  LiPF6/EC-EMC溶液のイオン伝導率と粘度の濃度依存性1)

Anion

Solv

Solv

Solv

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Li+

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Anion

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リチウム塩濃厚電解液現行電解液 (通常濃度 )

自由な溶媒 (free solvent)

図 3 通常濃度電解液および濃厚電解液のイメージ図

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