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証券分析とポートフォリオ・マネジメント 第1次レベル・第9回 ポートフォリオ・マネジメント・プロセス 第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要 第2章 アセット・アロケーション 第3章 マネジャー・ストラクチャー 第4章 個別証券ポートフォリオ 第5章 パフォーマンス測定と評価 執筆者 大野三郎 アムンディ・ジャパン リサーチ・イノベーション部長(検定会員)

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Page 1: ポートフォリオ・マネジメント・プロセス › cma_program › gentei › cma1 › pdf › 1-9_sh.pdf第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

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証券分析とポートフォリオ・マネジメント

第1次レベル・第9回

ポートフォリオ・マネジメント・プロセス

第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

第2章 アセット・アロケーション

第3章 マネジャー・ストラクチャー

第4章 個別証券ポートフォリオ

第5章 パフォーマンス測定と評価

執筆者

   大野三郎   アムンディ・ジャパン

   リサーチ・イノベーション部長(検定会員)

Page 2: ポートフォリオ・マネジメント・プロセス › cma_program › gentei › cma1 › pdf › 1-9_sh.pdf第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

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目 次

第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

1 ポートフォリオ・マネジメントの3層構造 ………………………………………… 2

2 リスクとリターンのマネジメント …………………………………………………… 4

 ポートフォリオ・リスク・マネジメントの基本 4

 マネジメントの付加価値とベンチマーク 6

 PDSAマネジメント・プロセス 8

3 本テキストの構成 ……………………………………………………………………… 9

第2章 アセット・アロケーション

1 概要 …………………………………………………………………………………… 10

 アセット・アロケーションの一般的プロセス 10

 資産クラスの分類と定義 11

2 アセット・アロケーションの実例 ………………………………………………… 12

 ヒストリカル・リターンの分析 12

 将来の期待値の推計 17

 効率的フロンティアの導出 19

 最適ポートフォリオの選択 23

3 戦略的アセット・アロケーションの実務的プロセス …………………………… 24

 PLAN:投資政策の策定 24

 DO:アセット・アロケーションの実行 26

 SEE:アセット・アロケーションの効果 27

 ACT:アセット・アロケーションの修正 30

第3章 マネジャー・ストラクチャー

1 マネジャー・ストラクチャーの概要 ……………………………………………… 33

 バランス型か、特化型か 33

 パッシブ運用か、アクティブ運用か 33

2 マネジャー・ミックスの実例 ……………………………………………………… 34

 マネジャー・リターンの分解と市場リスクの中立化 34

 固有リスクとアクティブ・リスク 37

 投資スタイルと最適マネジャー・ミックス 39

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2

3 マネジャー・ミックスの実務的プロセス ………………………………………… 41

 PLAN:マネジャー・ストラクチャーの構築 41

 DO:マネジャーの採用とマネジャー・ストラクチャー構築プロセス 42

 SEE:パフォーマンス評価 44

 ACT:マネジャーの入替え 45

第4章 個別証券ポートフォリオ

1 個別証券ポートフォリオの概要 …………………………………………………… 46

2 株式ポートフォリオの実例 ………………………………………………………… 47

 12銘柄の株式ポートフォリオ 47

 パッシブ運用とアクティブ運用 50

3 株式ポートフォリオ・マネジメントの実務的プロセス ………………………… 54

 投資スタイルを規定する5つの「P」 54

 マネジメント・プロセスの類型 57

第5章 パフォーマンス測定と評価

1 パフォーマンス評価の目的 ………………………………………………………… 59

2 リターンの測定 ……………………………………………………………………… 60

 1期間のリターン 60

 多期間の平均リターン 60

 運用元本の変化の影響 62

3 パフォーマンス評価 ………………………………………………………………… 65

 パフォーマンス評価の留意点 65

 リスク調整後リターンによる評価手法 66

 パフォーマンス要因分析 71

 アクティブ運用の評価の実際 72

【参考文献】 ……………………………………………………………………………………… 77

索引………………………………………………………………………………………………… 78

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 本テキストは証券アナリスト・プログラムの中で三つの意味で「橋渡し」の役を務めるこ

とになる。第1に理論から実践へ、第2に部分から全体へ、第3に証券アナリスト・プログ

ラムの第1次レベルのまとめから第2次レベルへの導入へ、という役割である。

 すでに証券分析とポートフォリオ・マネジメント第1次レベル「現代ポートフォリオ理論」

では理論的な背景について学習したが、本テキストではその知識を実践的なポートフォリオ・

マネジメントに活用するための基礎的なプロセスを解説する。また、これまで株式や債券な

ど投資対象ごとに分析手法を学習してきたが、これらの「部分」を組み合わせて「全体」と

してのポートフォリオを運用する場合の基本的な考え方を学習する。ただし、より詳細な株

式ポートフォリオ戦略と債券ポートフォリオ戦略およびアセット・アロケーションについて

は第2次レベルでさらに深く学習する予定であるので、本テキストはその導入として位置付

けられる。

1 ポートフォリオ・マネジメントの3層構造

 複数の資産を組み合わせてできあがった全体をポートフォリオという。ただし、実務的に

は次の3つのレベルでポートフォリオを管理することが多い。

 1 アセット・ミックス:複数の資産クラスで構成されたポートフォリオ 

 2 マネジャー・ミックス:ある資産クラス内で、複数のマネジャー(またはファンド)

で構成されたポートフォリオ

 3 個別証券ポートフォリオ:ある資産クラス内で、あるマネジャーの投資戦略にした

がって構築された個別銘柄ポートフォリオ

このように3層構造でとらえることが現実的かつ合理的な理由は、今日のように資産運用業

務が専門分化していると、全ポートフォリオの管理責任者である投資家自身やその受託者が、

個別銘柄一つ一つの売買意思決定にまで直接に関わることが困難なためである。

 これを会社組織での業務執行に例えるとわかりやすい。株式会社は株主がスポンサーであ

り、経営者は株主からの選任を受けて会社の経営を任されている。第1に、社長が直接に指

示を下すのは、各業務を分担する役員たちに対してである。そこで議論されるのは経営戦略

であり、それを実現するための業務計画が決定される。第2に、各役員は、それぞれの担当

業務分野で指揮下にある部長たちに業務計画の実行の指示を下す。第3に、部長は、課長以

下の一般従業員に対して業務(オペレーション)を指示し、一般従業員が日々の生産や販売

の現場での業務を担っている。企業統治(コーポレート・ガバナンス)は、このような3つ

第9回 ポートフォリオ・マネジメント・プロセス

第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

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第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

3

の階層構造によって遂行される。

 ポートフォリオ・マネジメントもこれと似た階層的なガバナンス構造でとらえることがで

きる。この3層構造は図表1-1のように示される。企業年金基金の場合を例にとると、最

終的な受益者は年金基金の加入者であるが、基金の財政は母体企業がスポンサーとなって

支えている。基金の運用は運用執行理事が主体となるが、基金への拠出金を負担する母体企

業の財務部門、年金制度を管理する人事厚生部門などの要請を勘案して、投資目的や目標リ

ターン、制約条件などを投資政策として明文化し、どの資産クラスにどれだけの資金を配分

するかという戦略的アセット・ミックスを決定する。これが第1の統治受託者(governing

fiduciary)の層である。

 個人投資家の場合でも自らの管理する家計資産をどのように配分するかは重要な問題であ

る。例えば、老後のために資産形成をするという目的があるとき、自分の年齢や家計の財政

状況を勘案して、どれだけのリスクをとることが適切かを判断しながら、その目的を実現で

きる戦略的アセット・ミックスを決定することが望ましい。

 資産クラスへの配分比率が決まると、それを実行するために、どのマネジャーにどれだけ

運用を任せるかという意思決定が必要になる。これが第2層である管理受託者(managing

fiduciary)のレベルである。資産クラスのベンチマークに沿ってパッシブ運用をするのか、

あるいはベンチマークを上回る運用成果を目標とするのか。後者のアクティブ運用であれば、

さまざまな投資スタイルや運用手法をもつ複数のマネジャーをどのように組み合わせれば、

当該資産クラスにおいて最適な状態が実現できるのか。こうしたマネジャー・ストラクチャー

の策定と管理が、この第2層でのポートフォリオ・マネジメントである。ここでのポートフォ

リオの構成要素は投資戦略ないし投資スタイルであり、それを体現しているのがマネジャー

あるいはファンドといえる。

図表1-1 ポートフォリオ・マネジメントの3層構造

資産クラス内ポートフォリオ

マネジャーストラクチャー

アセットアロケーション

トータルポートフォリオ

国内債券

債券

外国債券 国内株式 外国株式

グロース株マネジャー

バリュー株マネジャー

先進国株式マネジャー

エマージング市場マネジャー

先進国国債マネジャー

社債マネジャー

短・中期債マネジャー

中・長期債マネジャー

銘柄1 銘柄3 銘柄 N銘柄2 ・・・

現預金(Cash) 株式

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 個人投資家の場合でも同様に、ETF(Exchange Traded Funds, 株価指数連動型投資信託受

益証券)やインデックス型投資信託を利用してパッシブ運用をするか、数あるアクティブ運

用の投資信託を購入するかという選択がある。さらに後者の場合には、複数の運用機関にファ

ンドを分散すべきかどうか、またそのためにはどのファンドを選択すべきか、選択したファ

ンドをどのように組み合わせるべきか、がこの第2層での意思決定となる。

 機関投資家であれ個人投資家であれ、第1層と第2層の意思決定は投資家自身が本来決

めるべき問題である。年金基金のバランス型運用や個人投資家のラップ口座(別称SMA:

Separately Managed Account)のようにマネジャーに運用が一任されている場合であっても、

その運用方針は顧客である投資家の投資目的、制約条件、リスク許容度などを反映したもの

でなければならない。

 マネジャー・ミックスが決まると、第3層では運用委託を受けたマネジャーが、指定され

た資産クラス内で個別銘柄を組み合わせてポートフォリオを策定し、売買を執行する。これ

を執行受託者(operating fiduciary)のレベルという。ポートフォリオのリターンが現実に

生成されている「製造現場」は、このレベルである。ここでの課題は、複数の個別証券を組

み合わせることによって、いかにしてポートフォリオ全体のリスクを管理しながら目標リ

ターンを達成するかにある。

 個人投資家の中には株式の個別銘柄に直接投資している人々も多いが、十分な分散投資を

図るには限界があるし、ましてや外国の株式や債券などすべての資産クラスの個別銘柄を個

人で投資判断し、実行することは困難である。彼らの資産運用の一部を預かる投資信託のファ

ンド・マネジャーは、第3層として個別証券のポートフォリオ・マネジメントを投資家に代

わって行っているといえる。

2 リスクとリターンのマネジメント

 ポートフォリオ・リスク・マネジメントの基本

 分散投資によるリスク削減がポートフォリオ・マネジメントの基本原理の一つであるが、

じつはそれだけではない。より一般化した言い方をすれば、ポートフォリオ・マネジメント

で管理(manage)する対象は、ポートフォリオ全体のリスクとリターン、とりわけリスク

が一義的には管理の対象となる。リスクを「管理する」というのは、リスクを「削減する」

と同義ではない。それは、「意図したリスクをとり、意図せざるリスクをとらない」ように

することである。

 一般に「ハイ・リスク=ハイ・リターンの原則」と言われることがあるが、リスクにはリ

ターンを伴うものと、伴わないものがある。個別証券であれポートフォリオであれ、リター

ンの変動をもたらすリスクには、大別するとシステマティック・リスク(市場リスク)と非

システマティック・リスク(固有リスク)がある。後者は分散投資によって限りなくゼロに

近づけることができるため、リスクをとることによって投資家が報われる(リスク・プレミ

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第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

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アムを得ることができる)のはシステマティック・リスクだけである。報われないリスク(非

システマティック・リスク)は限りなくゼロに近いほうが望ましい。

 したがって、ポートフォリオ・マネジメントの目標は、「ポートフォリオのシステマティッ

ク・リスクを管理することによってリターンを獲得しつつ、一方では非システマティック・

リスクを限りなく削減すること」と言い換えることができる。

 ところで、システマティック・リスクは市場リスクと同義で使われることもあるが、より

正確に記述すれば、システマティック・リスクとは「市場に存在するすべての個別銘柄のリ

ターンに、多かれ少なかれ何らかの影響を及ぼすような、経済全体に起因するリスク」であ

る。例えば、図表1-2のように国内景気の動向、金利変動、信用サイクル、為替レートの

変動などがある。すべての株式や債券に対して、これらのマクロ経済的なリスク要因は程度

の差はあれ何らかの影響を与える。銘柄分散によって固有リスクを限りなくゼロに近づけた

ポートフォリオであっても、これらのリスク要因からは容易に逃れることはできない。この

ように経済全体に系統的に(システマティックに)影響を与えるという意味で、システマティ

ク・リスクと呼ばれるのである。

 証券分析とPM1次「株式分析」「債券分析」で学んだとおり、株式であれ債券であれ個別

証券 iの価格 Pは将来のキャッシュフロー CFを割引率 rで現在価値に引き直した総和V0とし

て表される。

∑= +

==n

tt

t

rCFVP

10 )1(

システマティック・リスク

(市場リスク)

非システマティック・リスク

(固有リスク)

銘柄分散によって削減できない 銘柄分散によって削減できる

リスク・プレミアムを伴う リスク・プレミアムを伴わない

図表1-2 システマティック・リスク(市場リスク)

市場リスク

景気循環 金利変動 信用サイクル 為替レート変動

システマティック・リスク要因

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 マクロ経済要因が上式の右辺の分子と分母にどのように影響を与えるかを考えてみよう。

例えば景気が悪化すると分子のキャッシュフローが減少する。金利が上昇すれば分母の割引

率が上昇する。信用サイクルの収縮局面では企業の財務状態に応じて信用リスク・プレミア

ムが拡大するので、やはり割引率の上昇要因となる。為替レートが円高になると輸出比率の

高い企業では分子のキャッシュフローが減少する。これらはいずれも株式や債券の価格を下

落させる要因となるが、それらの影響度合いは個別銘柄によってさまざまである。

 ポートフォリオ・マネジメントは、言い換えればリスク・マネジメントである。第2章の

アセット・アロケーションでは、複数の資産クラスから構成される全体としてのポートフォ

リオが持つシステマティック・リスクの種類と量を管理することが主要な課題となる。資産

クラスによって、どのシステマティック・リスクにどれだけ影響を受けるかに違いがあるの

で、複数の資産クラスに分散投資することはシステマティック・リスクの影響を分散させる

ことになる。

 第3章のマネジャー・ストラクチャーでは、例えば個別のアクティブ・マネジャーの投資

スタイルに伴うシステマティック・リスクの偏りを、複数マネジャーを組み合わせることに

よって中立化させつつ、それぞれのマネジャーのアクティブ・リターンを抽出するように管

理することを学習する。

 第4章で学ぶ個別証券のポートフォリオでは、マネジャーがその投資哲学や投資スタイル

に基づいて意図的に取ろうとするリスクへのエクスポ-ジャーを管理するとともに、それ以

外の不必要なリスクを銘柄分散によって限りなくゼロに近づけることである。

 マネジメントの付加価値とベンチマーク

 ポートフォリオとは複数の資産の集合体であるから、とにかく複数の異なる資産が一つの

バスケットに入っていればそれはポートフォリオとなる。例えば株式ポートフォリオにおい

て組入れられた銘柄が、ランダムに選んだ複数の銘柄でも、なんらかの基準にしたがって意

図的に選んだ複数の銘柄でも、いずれもポートフォリオといえる。

 投資運用において、投資家やその代理人としてのマネジャーが、何らかの明確な意図と

目的をもって構築したポートフォリオを管理された(managed)ポートフォリオという。こ

れに対して、明確な意図と目的によってではなく構成されているものを、管理されていな

い(unmanaged)ポートフォリオという。山林に例えていえば、自然林がそのままの状態の

山もあれば、木材を切り出す目的で計画的な植林と伐採で管理されている山もある。前者は

unmanaged、後者はmanagedである。

 ポートフォリオ・マネジメントとは、組入れる資産の対象と構成を管理することによって、

投資目的を達成しようとする意図的なプロセスを指している。マネジメントがもたらす付加

価値とは、管理されていない状態に比べて、よりよい投資成果を投資家にもたらすことにあ

る。よりよい投資成果とは、ポートフォリオのリターンが同じであればよりリスクが少ない

状態、あるいはリスク水準が同じであればよりリターンが高い状態である。

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第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

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ポートフォリオを管理することが何らかの付加価値をもたらすとすれば、それは管理され

たポートフォリオと管理されていないポートフォリオとを比較して、それらの間でのリスク・

リターン特性の違いに表れるであろう。管理されたポートフォリオの比較対象をベンチマー

クという。

 投資対象の市場全体をそのままの自然な状態で反映する指数を市場インデックスという。

市場インデックスは管理されていないポートフォリオである。例えばTOPIXは、東京証券

取引所第一部市場に上場しているというだけの条件ですべての銘柄をその時価総額に応じて

加重平均した指数にすぎない。

 これに対して、例えばA投資顧問会社がTOPIXに完全に連動することを意図してインデッ

クス・ファンドを運用している場合、これは管理されたポートフォリオといえる。「完全に

連動させよう」という意図をもって管理されているからである。また、B投資顧問会社が

TOPIXを上回るリターンを上げるためにアクティブ・ファンドを運用している場合も当然、

管理されたポートフォリオである。A社にとっても、B社にとっても、この場合TOPIXをベ

ンチマークとして位置付けている。

 インデックスとベンチマークとはほぼ同義に使用されがちだが、じつは意味するところに

違いがある。インデックスは管理されていないポートフォリオであり、投資対象となる資産

クラスの市場全体の動きを代表させる目的で作成されているにすぎない。TOPIXのように

全銘柄を対象とするものもあれば、市場を主要銘柄だけで代表させる日経225やS&P500の

ような指数もある。(ただし後者の場合、どれを主要銘柄として採用するかという点では指

数作成者の意図が反映されてはいる)

 これに対してベンチマークとは、管理されていないポートフォリオであるインデックスの

中から、投資運用の目的に照らして適切であると投資家が判断して採用されるものである。

例えばある投資家やマネジャーが意図する投資対象が東証第一部上場に限られない場合に

は、TOPIXは必ずしも適切なベンチマークではないかもしれない。また投資対象が上場株

の中で一部のセクターに限定されている場合には、市場全体ではなく、そのセクターを代表

するサブ・インデックスがベンチマークとして適切である。

 どのような運用方法をとるにせよ、ベンチマークはマネジメントが付加価値を生んでいた

かどうかを判定する運用評価の基準を提供する。例えば、市場インデックスをベンチマーク

とするパッシブ運用では、どれだけベンチマークと同じリスクとリターンを再現したか、ま

たそれを低コストで実現できたかなどが評価基準になる。また、市場平均を上回る運用成果

を目指すアクティブ運用では、ベンチマークのリターンからどれだけ乖離したかというリス

ク(これをトラッキング・エラーという)に対して、どれだけの高いリターンが得られたか

が評価の基準となる。これらのパフォーマンス評価については第5章でまとめて扱う。

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 PDSAマネジメント・プロセス 

 一般にマネジメントとは、何らかの意図をもって組織的行動をとることによって、意図し

た結果を導くという一連のプロセスである。そのプロセスには、必ずPLAN(計画)、DO(実

行)、SEE(評価)、ACT(改善行動)という4つのステップがあり、SEEの評価は次のアク

ション(改善行動)をとるためのPLANにフィードバックされる。このPDSAのサイクルは、

一般に「マネジメント・サイクル」と呼ばれており、1950年代に品質管理の手法を提唱し

たエドワード・デミング博士にその起源があるといわれている。これはポートフォリオ・マ

ネジメントに限らず、企業経営でもスポーツでも共通している。

 PDSAサイクルは、ポートフォリオ・マネジメントの3層においてそれぞれ存在している。

第1層のアセット・アロケーションでは、投資政策の策定から戦略的アセット・アロケーショ

ンの策定までがPLAN、各資産クラスに資金を配分し運用を実行する段階がDO、計画どお

りのリスクとリターンがトータル・ポートフォリオとして実現しているかどうかをチェック

する段階がSEEである。そして計画から乖離が生じればそれを修正したり、計画そのものを

見直したりというACTにつながる。このプロセスの時間軸は、少なくとも3~5年程度を

要し、多くの場合はそれ以上の年数を要するサイクルである。なぜならば結果を評価した上

でPLAN自体を見直す契機となるのは、投資家自体の財政状況やリスク許容度が変質したか、

あるいは資産クラスの期待リスク、リターン、相関係数などの前提条件(資本市場の期待値)

が変わることにあるからである。

 第2層のマネジャー・ストラクチャーでは、資産クラス内の運用方針を策定し、マネジャー

の投資スタイルを見極めた上で最適配分を行うまでがPLAN、実際にマネジャーに運用を任

せる段階がDO、複数のマネジャーの投資パフォーマンスが総体として、資産クラスごとの

ポートフォリオのリターンが実現しているかどうかを評価する段階がSEEである。スポン

サーの意図と違うパフォーマンスや、マネジャー側の重大な変質(例えば人材の流出、資本

関係の変更)がマネジャー・ストラクチャーを変更するACTの契機となる。このサイクル

は少なくとも評価に1年、評価に基づく方針変更には通常は3~5年のサイクルを要する。

 第3層の個別証券ポートフォリオでは、意思決定主体はマネジャーにあり、その投資哲学

と投資スタイルに基づいて銘柄分析とポートフォリオ策定を行うまでがPLAN、実際に市場

での売買を執行する段階がDO、個別銘柄とポートフォリオのパフォーマンスをベンチマー

クのそれと比較しながら意図したリターンが実現しているかどうかを評価する段階がSEEで

ある。銘柄の購入時に意図したリターンが上がっているか、ポートフォリオのリスク管理に

対する貢献があるかどうかなどが銘柄評価のポイントになる。その結果、必要に応じて銘柄

を入れ替えるACTによりポートフォリオ・リスクをマネジャーの意図にしたがうように管

理する。このサイクルの時間単位は最低1カ月毎、四半期毎などがふつうである。

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第1章 ポートフォリオ・マネジメント・プロセスの概要

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3 本テキストの構成

 本テキストではポートフォリオ・マネジメントの3層構造にしたがって、第2章でアセッ

ト・アロケーション、第3章でマネジャー・ストラクチャー、第4章で資産クラス内の個別

証券ポートフォリオを扱う。各章の前半ではポートフォリオ理論に基づく分析枠組みを示し、

後半ではPLAN・DO・SEE・ACTの実務的なマネジメント・プロセスを解説していくこと

にする。そして第5章ではパフォーマンス測定と評価手法についてまとめて解説する。

 ポートフォリオ・マネジメントはアート(芸術)とサイエンス(科学)が混在したプロセ

スであり、言い換えればマネジャーのスキル(技能)がテクノロジー(技術)と融合しては

じめて効果を生むものである。投資運用の実務はマネジャーという人間がもつ哲学(考え方)

に立脚し、そのスキルが発揮されるプロセスである。証券アナリストやファンド・マネジャー

は単にサイエンスを学び、テクノロジーを知ることだけではなく、実際の仕事の現場でそれ

らを活かして仕事をすることが期待されている。このため本テキストはできるかぎり具体的

な数値例を用いて、実務的なプロセスに重点をおいて記述するように心がけた。

 本テキストの基本的メッセージは単純である。それは、「ポートフォリオ・マネジメント

とは、金融商品としてのポートフォリオの品質管理である」というものだ。自動車や電化製

品など消費者に提供される商品では、品質管理があるからこそ顧客の信頼と支持を得ること

ができる。金融商品であるポートフォリオにおいても同様である。品質の高さで定評のある

わが国製造業の特長は熟練工の技能(スキル)と最新の工業技術(テクノロジー)の融合の

結果であることを思い起こせば、金融サービス業である資産運用業の品質管理でも同様であ

ることが想像できよう。

 なお、ポートフォリオ・マネジメントのすべてを本テキストでカバーすることはとうてい

無理である。証券分析とPM1次では、特に「現代ポートフォリオ理論」がより理論的な詳

細を解説しているので参照されたい。また、本テキストの第3章、第4章では紙幅の関係か

ら株式ポートフォリオの簡単な事例のみを取り上げたが、さらに詳しくは証券分析とPM2

次「株式ポートフォリオ戦略」および「債券ポートフォリオ戦略」などで学習して頂きたい。

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第2章 アセット・アロケーション

1 概要

 投資家の目標やリスク許容度を勘案して、効率的フロンティア上で、投資家にとって最適

な複数の資産クラスの配分比率を決定するプロセスをアセット・アロケーションという。ア

セット・アロケーションは、言い換えればシステマティック・リスクの配分を決めることで

もある。

 アセット・アロケーションの一般的プロセス

 その一般的なプロセスを、図表2-1にしたがって概観しよう。まず左上の部分では、投

資対象となる資産クラスの種類を特定し、それぞれの資産クラスの期待リターンとリスクお

よび資産クラス間の相関係数を推計する。過去の長期的なリターン・データを基に、なんら

かの予測手法に用いて将来推計を行う。複数の資産クラスの配分パターンはさまざまである

が、その中から一定のリスク水準で最も期待リターンが高いポートフォリオの集合を効率的

フロンティアという。効率的フロンティアを数値計算によって導出する方法は、期待リター

ン、リスク、相関係数をインプット値として使用する平均-分散最適化法(mean-variance

optimization)があるが、この他にもいくつかの方法がありえる。効率的フロンティア上のポー

トフォリオはすべて平均-分散効率的であるが、それらの中でどれが最適なポートフォリオ

であるかは、投資家がどれを選好するかによって決まる。

 投資家の選好は図表2-1の右上の部分で考慮される。例えば、投資家の資産・負債・純

図表2-1 アセット・アロケーションのプロセス

資本市場の状態

将来予測手法

期待リターン、リスク、相関係数

投資家の資産、負債および純資産

リスク許容度関数

投資家のリスク許容度

最適化(効率的フロンティア)

最適アセット・ミックス

リターンの実現

出所:W.F. Sharpe(1992)

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第2章 アセット・アロケーション

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資産などの財務状況や、目標とするリターン、必要となる流動性、許容できるリスクの水準

などである。投資家側の事情を反映したこれら複数の要素を変数として、なんらかのリスク

許容度関数を想定すれば、ある特定の投資家にとってのリスク許容度が決まる。さきに導出

した効率的フロンティア上のポートフォリオ群の中で、その投資家にとってのリスク許容度

を満たす資産クラスのポートフォリオが最適アセット・ミックスとなる。

 最適アセット・ミックスをいったん構築したとしても、将来にわたって不変ではない。最

適アセット・ミックスを変更しなければならないのは、2つの場合がある。1つは、資本市

場の状態が大きく変わったため、期待リターン、リスク、相関係数などの想定を変更しなけ

ればならない場合である。インプット値が変わることによって、効率的フロンティアの位置

や形状が変わり、その上のポートフォリオの資産構成が変わるからである。もう1つは、投

資家側のリスク許容度、すなわち効用関数を規定する要因が変わる場合である。このよう

に、資本市場の状態変化または投資家側のリスク許容度変化のいずれかを契機として、最適

アセット・ミックスを見直して資産配分を変更することをリアロケーション(再配分)とい

う。図表2-1で最適アセット・ミックスのリターン実現から、左右の矢印がプロセスの最

初へフィードバックしているのは、これを表している。

 このようにアセット・アロケーションとは資産配分の決定と変更に伴う一連のプロセスで

あり、資本市場と投資家との間での動的なプロセスとしてとらえることができる。

 資産クラスの分類と定義

 リスクとリターンが類似している個別資産をひとまとめに分類したものを資産クラスとい

う。例えばトヨタ自動車の株式は、自動車関連株、大型株、日本株、さらにはグローバルな

世界株式の一部としてもとらえられる。このように個別資産をどのレベルで資産クラスとし

て分類するかは一様ではなく、目的に応じて決まるといえる。

 図表2-2は資産クラス分類の例である。(ただし、これが唯一の分類方法ではない。)金

融資産を大別すれば、安全資産とリスク資産に分類できる。安全資産は、一般に元本価値が

保証されているかそれに近い状態である、価格変動リスクがほとんどない、流動性が高く換

金性が高いなどの性質を持っている。短期金融資産である米国30日物財務省証券(T-bill)や、

一定限度までの元本保証ではあるが銀行預金、あるいは流動性が高いという点ではMMF(マ

ネーマーケット・ファンド)なども含むことがある。

 リスク資産は債券と株式に代表されるが、これら以外に最近ではREIT(不動産投資信託)

やヘッジ・ファンドなどをオルタナティブ投資として含めることがある。株式はさらに国内

株式と外国株式へ、債券は国内債券と外国債券に分類される。年金基金の資産配分では、国

内と外国の株式と債券に現預金(キャッシュ)を加えた5つを基本的資産クラスとして分類

することが一般的である。

 ただし、より細分化した分類をとることもできる。例えば株式を時価総額の規模に応じて

大型株と小型株に細分したり、投資戦略の違いに着目してグロース(成長株)とバリュー(割

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12

安株)に分類したりすることもできる。債券についても、信用リスクに応じて国債、社債、

ハイ・イールド債などに分類することも可能だし、期間リスクの違いに応じて長期債・中期

債・短期債に分類することも可能である。外国の株式や債券についても、米国・欧州・エマー

ジング諸国など地域別に分類したり、各地域内でさらに細分化したりすることも可能ではあ

る。こうした分類のレベルは、必ずしも細かい分類ほどよいというわけではなく、投資の意

思決定において適切な分類レベルを使い分けることになる。

2 アセット・アロケーションの実例

 では、具体的にわが国の投資家の立場から、アセット・アロケーションのプロセスを解説

しよう。

 ヒストリカル・リターンの分析

 我々が知りたいのは資産クラスの将来のリターンとリスクである。しかし将来のことは

「神のみぞ知る」ことであり、我々が知ることができるのは過去のリターンとリスクにすぎ

ない。ただし、過去のデータを長期間にわたって注意深く検討すれば、それぞれの資産クラ

スのリターンとリスクに関する特性を理解することができる。そこで、まずヒストリカル・

リターン(過去の実績リターン)をみてみよう。以下では資産クラスとベンチマークを以下

の5種類で定義する(注1)。

図表2-2 資産クラスの分類

株式

債券

オルタナティブ

短期金融資産

国内株式

外国株式

国内債券

小型株

米国株欧州株エマージング

グロースバリュー

グロースバリュー

外国債券

REITヘッジファンド

国債社債ヘッジ外債

長期債短期債インフレ連動債

先進国債券エマージング債券

大型株

リスク資産

安全資産

金融資産

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第2章 アセット・アロケーション

13

資産クラス ベンチマーク

国内株式 配当込みTOPIX

国内債券 野村BPI(Bond Performance Index)総合

外国株式 MSCI Kokusai

外国債券 Citi World Government Bond Index(除く日本)

キャッシュ 有担保翌日物コール・レート(月中平均)

① ヒストリカル・リターンの統計

 上記の5資産クラスについて、1975年1月から2015年12月までの41年間の月次データに

基づく、平均リターン、標準偏差(リスク)は図表2-3のとおりである。また図表2-4

は、1974年末に元本100を投資し、配当や利息などを再投資しながら運用した場合の資産価

値の推移を示している。以下では、この計測期間における5種類の資産クラスのリターン、

リスク、相関係数の特徴をまとめておこう。なお外国株式や外国債券のデータは、わが国か

ら為替ヘッジなしで投資した場合を想定しており、為替レートの変化によるリターンも含ん

でいる。

 一般に、ファイナンスの教科書には「株式、債券、キャッシュの順に、リスクは高く、リ

(注1) 国内株式のベンチマークである「配当込みTOPIX」のリターンは東京証券取引所が1989年1月以降

公表している指数から計算したもの。1988年以前は日本証券経済研究所『株式投資収益率』の東証第一部

市場収益率(時価総額加重平均)。ここではこの2つのデータ系列を1989年1月で接合している。

 外国債券のベンチマークである「Citi World Government Bond Index」は1985年以降計算され公表されて

いる。それ以前のデータは、85年1月時点での上記指数構成国についてIMFの各国長期国債収益率データ

からイボットソン・アソシエイツ・ジャパン(株)が遡及計算して新たに作成し、これを上記指数に85年1

月で接合したものである。

(年率%) 幾何平均リターン 算術平均リターン 標準偏差(リスク)国内株式 5.7 7.1 17.8 外国株式 9.0 10.3 18.1 国内債券 5.4 5.3 3.4 外国債券 4.1 4.6 10.6 キャッシュ 3.0 3.0 1.0

(参考)外国株式(USドル・ベース) 11.4 12.0 15.0 外国債券(USドル・ベース) 6.5 6.5 6.7 ドル/円為替リターン -2.2 -1.6 11.1

図表2-3 ヒストリカル・リターンとリスク(1975年1月~ 2015年12月)

出所: イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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14

ターンも高い」というような記述があるが、特定の歴史の一局面をみると必ずしもそうでは

ないことがある。

 まず日本の株式、債券、キャッシュを比較すると、この期間では、リスク(標準偏差)に

ついてもリターンについても株式>債券>キャッシュの関係が成り立っているが、リターン

の水準は株式と債券が逆転している時期がある。わが国の株式市場は80年代後半のバブル

崩壊以降ほぼ20年間にわたって低迷を続けてきた。このデフレ的な経済環境のもとで日本

銀行はゼロ金利政策をとり、債券市場では金利が低下したため、債券価格は上昇してキャピ

タル・リターンが生じたためである。

 外国株式と外国債券を比較すると、ここではリスクについてもリターンについても株式>

債券の関係が成り立っている。外国債券の標準偏差は10.6%と国内債券の3.4%に比べてかな

り高い。この主な理由は、外国債券は為替変動リスクの影響を受けているためである。一方、

同様に為替変動の影響を受けている外国株式のリスクが18.1%とほぼ国内株式と同水準であ

るのは不思議に思われるかもしれない。しかし、外国株式の市場インデックスは多数の国々

に分散投資しているため、為替の影響を除いた株式のリスクは単一国での株式リスクよりも

低くなっている。そのため、為替レートの影響を加えても標準偏差は国内株式とほぼ同水準

となった。このように、為替リスクの与える影響は外国株式と外国債券ではかなり違いがあ

ることに注意しよう。

 過去41年間を通じて為替レートは趨勢的に円高・ドル安の傾向にあった。このためドル

ベースでみた外国株式と外国債券の幾何平均リターンはそれぞれ11.4%、6.5%であったが、

ドル安・円高による為替差損の年率-2.2%の分を考慮して円ベースのリターンに換算する

とそれぞれ9.0%、4.1%になっている。

 このように41年間という長期間のサンプルをとっても、その間に起きた歴史的な事情に

図表2-4 ヒストリカル・リターン 累積投資指数(1974年12月末=100)

出所: イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

外国株式

国内株式

短期金融資産外国債券

4,0003,000

2,000

1,000

500

300

200

100

601974 20141979 1984 1989 1994 1999 2004 2009

国内債券

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第2章 アセット・アロケーション

15

規定されていることがわかる。今後将来にわたる期待リターンとリスクを展望するとき、過

去の歴史的な平均値がそのまま繰り返されるということはありそうもない。そこで、もう少

し詳しく過去の歴史を検討してみることにしよう。

② 経済局面別のリターン

 それぞれの資産クラスを代表させたベンチマークは、多数の銘柄から構成される市場イン

デックスであるから、それらの銘柄の固有リスクはほぼ完全に分散されてゼロとみなせる。

したがって、資産クラスのリターン変動は市場リスクだけである。

 ところで、市場リスクはどのような原因によって発生するのであろうか。市場リスクは、

別名システマティック・リスクと呼ばれるように、市場全体に影響を及ぼすなんらかの要因

である。それには、例えば景気変動、金利変動、為替レートの変動などが挙げられる。各資

産クラスのリターン変動は、これらのシステマティック・リスク要因に対して、さまざまに

異なる反応を示すことが知られている。例えば、景気が悪くなると株価が下がる。金利が上

昇すれば、債券価格は下落する。為替レートが円高に振れれば、外貨建て資産のリターンは

それだけ低下する。

 ここでは、過去41年間の市場環境を国内景気、国内金利、為替という3つのシステマティッ

ク要因によって場合分けして、それぞれの資産クラスのリターンがどのようであったかを検

証してみよう。図表2-5は、キャッシュを除く4種類の資産クラスについて、経済局面

別に分けて平均リターンを計測したものである。株式リターンは国内景気拡大局面では平均

10.5%であったが、国内景気後退局面では平均-0.7%であった。また国内債券リターンは

国内金利上昇局面では平均-8.3%であったが、国内金利低下局面では16.2%であった。さ

(年率%) 経済局面 月数 国内債券 国内株式 外国債券 外国株式

     ベンチマーク 野村BPI 配当込みTOPIX

Citi世界国債

(除く日本)

MSCI Kokusai

 国内景気  拡大 342 4.0 10.5 5.0 12.8       後退 150 8.2 -0.7 3.7 4.6

 国内金利  上昇 105 -8.3 8.1 3.4 15.0       低下 144 16.2 8.1 1.7 4.8

 為替  ドル安(円高) 170 7.2 3.6 -25.9 -31.2     ドル高(円安) 170 2.3 12.8 33.8 46.1

図表2-5 経済局面別のリターン(1975年1月~ 2015年12月)

定義:国内景気の拡大・後退は内閣府の景気判断で、谷から山までを拡大、山から谷までを後退と

する。

国内金利は長期金利(10年物国債利回り)が前月より0.1%以上上昇または低下。

為替は円ドルレートが前月より1%以上上昇または低下。

出所: イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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16

らに、為替レートがドル安(円高)局面では外国株式は-31.2%、外国債券は-25.9%であっ

たが、ドル高(円安)局面ではそれぞれ46.1%、33.8%と、外貨建て資産クラスは、為替レー

トの動向に大きく左右されることがわかる。

 このように、ある1資産だけに投資しているポートフォリオでは、システマティック・リ

スクに対してきわめて脆弱である。例えば株式だけのポートフォリオでは景気変動の影響

でリターンが激しく上下する。また債券だけのポートフォリオでは金利変動の影響だけでリ

ターンがほぼ決定される。しかし、例えば景気が悪くなると株式にはマイナスだが、中央銀

行は金融政策を緩和し金利は低下に向かうので債券にはプラスに働く。反対に、景気が良く

なると株式にはプラスだが、景気過熱からインフレ懸念が生まれるのを防ぐため中央銀行は

金融政策を引き締め、金利が上昇するため債券にはマイナスに働く。このように、経済環境

によっては株式と債券のリターンが逆方向に動くため、両方を保有しているポートフォリオ

のリスクは、どちらかだけを保有している場合よりも緩和される。また90年代のように日

本の景気が低迷し続けて国内株式のリターンが不振でも、欧米など海外諸国の景気が好調で

あれば、外国株式のリターンで国内株式を補うことができる。

 複数の資産クラスに分散投資することによって、さまざまな経済局面から生じる何らかの

システマティック要因によってポートフォリオのリターンが大きく左右されることを緩和す

ることができる。アセット・アロケーションには、このようにシステマティック・リスクへ

のエクスポージャーを分散することによって、ポートフォリオのリターン変動を緩和できる

というメリットがある。

③ リスク(標準偏差)

 投資リスクは、リターンの時系列変動を標準偏差で測定するのが一般的であり、ボラティ

リティとも呼ばれる。図表2-6は各時点から過去60カ月間の月次リターンを用い国内と

図表2-6 各時点から過去60カ月間で計測した標準偏差(年率)

出所: イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

0.0

30.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

Dec1979

Dec1982

Dec2012

Dec2015

Dec1985

Dec1991

Dec1988

Dec1994

Dec1997

Dec2000

Dec2003

Dec2006

Dec2009

標準偏差(年率)

外国株式

国内株式

外国債券

国内債券

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第2章 アセット・アロケーション

17

外国の株式、債券について標準偏差を測定したものである。測定時期によってリターンが激

しく変動するのに対して、リスクは測定時期を変えても比較的安定している。株式のリスク

は、米国のブラック・マンデー(1987年10月)や日本のバブル経済崩壊(1990年)、世界金

融危機(2007年~)を期に一時的に急上昇することがあるが、これらのデータが測定期間

から外れると再びもとの水準に近いところに落ち着く傾向がみられる。また、債券について

は内外ともに比較的安定した推移となっている。

④ 相関係数

 日本株式との相関係数を、その他3つの資産クラスについて、同様に過去60カ月で追っ

たものが図表2-7である。ここでも比較的長期的に安定した相関係数が続く傾向はみられ

るが、経済局面の構造的な変化によって大きく変わることがある点に注目しよう。

 日本株式と日本債券の間の相関係数は1980年代から90年代初頭まで一貫してプラス領域

にあったが、90年代半ばに急激に低下し、95年以降は一貫してマイナス領域にある。これは、

80年代のバブル経済の崩壊とともに経済が低迷し、景気後退が懸念されると株式は下落し、

債券は金利低下により価格が上昇する一方、景気回復が期待されると株式は上昇し、債券は

金利上昇により価格が下落する傾向が続いたためである。こうした調整局面を経た後では、

株式と債券の相関係数は長期的な平均に近い、ややプラスの領域で安定するものと考えられ

る。

 将来の期待値の推計

 過去のリターンに関する調査から明らかになった点は、以下のとおりである。

・平均リターンは計測時期によって、大きく異なる結果が得られる。

・リスク(標準偏差)は計測時期にかかわらず比較的安定しているが、一時的な暴落があ

ると上昇する。

・相関係数も比較的安定しているが、経済の構造的変化によって局面が変わることがある。

図表2-7 各時点から過去60カ月間で計測した日本株式に対する相関係数

外国株式

外国債券

国内債券

Dec1979

Dec2015

Dec1982

Dec1985

Dec1988

Dec1991

Dec1994

Dec1997

Dec2000

Dec2003

Dec2006

Dec2009

Dec2012

-0.8

-0.6

-0.4

-0.2

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

出所: イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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18

 アセット・アロケーションの策定に必要な3つの推計値である将来のリターン、リスク、

相関係数のうちで、リターンの予測がもっとも困難であることがうかがわれる。リスクと相

関係数については歴史的な平均を用いてもさほど問題がないかもしれないが、リターンの予

測値については十分な注意が必要である。リターンの予測については、以下のいくつかの方

法がある。

① ヒストリカル法

 過去の長期的なリターンの平均を、そのまま将来の推計値として使用する方法。例えば過

去50年間の平均リターンは、今後50年間の平均リターンと同様であるという前提にたって

いるが、こうした考え方が疑わしいことはいうまでもない。例えば、わが国の戦後から60

年代までの高度経済成長期のような経済環境が再び繰り返されることはおそらくないであろ

うし、また70年代の高インフレは過剰流動性の下で石油ショックが契機となって発生した

が、現在では原油価格の高騰の影響は部分的である。このように過去のリターンは、歴史的

事情と不可分の関係にあるので、単純に「歴史は繰り返す」と想定することはできないであ

ろう。

② ビルディング・ブロック法

 リスクフリー・レート(安全資産利子率)に対して、資産クラスごとにリスク・プレミア

ムを加算して将来のリターン推計値とする方法。例えば短期金融資産の利子率は各時点で明

らかであるので、これに債券の期間プレミアム、信用リスク・プレミアム、株式リスク・プ

レミアム、小型株プレミアムなどを順次加算して、それぞれの資産クラスの期待リターンと

する。リスクフリー・レートの水準は過去の平均に比べて現在は極めて低い状態にあるが、

ビルディング・ブロック法では現在の低い金利水準をベースとして、これにリスク・プレミ

アムを加算していく。過去データをそのまま利用する単純なヒストリカル法に比べれば現実

味があるが、リスク・プレミアムの計算に過去のリターン格差を用いているため、依然とし

てヒストリカル法と同様に過去の歴史に拘束されていることは否めない。

③ ファンダメンタル法(サプライサイド・アプローチ)

 過去のリターンには、経済ファンダメンタルズによってもたらされるリターンと、市場心

理などで激しく変動する価格リターンの両方が含まれている。後者は短期的・一時的なリター

ンであるため将来の長期的な期待値はゼロであるはずであるが、過去のリターンにはこうし

た要因も含まれている。そこで、過去のリターンを要因分解してファンダメンタル・リター

ンだけを抽出した上で、そのリターン格差を用いてビルディング・ブロック法を改善しよう

とする試みである。

④ シナリオ・アプローチ

 図表2-5にみたとおり、過去の異なる経済局面では資産クラスがさまざまなリターンの

パターンを生んできた。景気循環がなくならないかぎり、長期的にはこれらの経済局面が再

び繰り返されることが予想されるため、それぞれの経済シナリオごとに期待リターンを推計

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第2章 アセット・アロケーション

19

し、シナリオの発生確率を掛け合わせて期待リターンを推計する方法。

⑤ Black-Litterman アプローチ

 資産クラスのリターンの間に長期的な均衡関係が存在し、現在の資産価格がそれを反映し

ているとすれば、現時点の時価総額、標準偏差と相関係数をもとに市場が暗黙に織り込んで

いる期待リターンを逆算で求めることができる。また、資産価格がこの均衡関係から乖離し

ていると投資家が判断している場合に、その投資家の主観的予想(View)を考慮して期待

リターンを調整することができる。これをBlack-Littermanアプローチという。

 効率的フロンティアの導出

 資産クラスを特定し、それぞれの期待リターン、リスクおよび資産クラス間の相関係数が

得られたならば、これらを用いてさまざまな資産クラスの組合せの中でもっとも適切な組合

せを選択することができる。ここでは、4つの資産クラスに関する期待リターン、リスクお

よび相関係数が以下の図表2-8のように得られたと仮定しよう。

 ここで一つの実験をしてみよう。投資家は株式と債券の組合せを0%から10%刻みで変

えることができ、また国内資産と外国資産の組合せを0%から10%刻みで変えることがで

きるとしよう。横軸に前者を、縦軸に後者をとると、図表2-9のように11×11のマトリッ

クスで121通りの組合せを作ることができる。このような複数資産の組合せ方のパターンを

アセット・ミックスという。アセット・アロケーションは資産を配分する行為あるいはプロ

セスであるが、その結果できあがった配分比率がアセット・ミックスである。

 121個のアセット・ミックスのリスクとリターンをプロットしたものが図表2-10である。

それぞれ単一の資産クラスの位置に比べると、複数資産を組み合わせたポートフォリオはい

ずれも左上方に位置していることがわかる。これは分散投資の効果によって、単一の資産ク

ラスだけに投資するよりも複数の資産クラスに分散したほうがリスクが削減されることを示

している。

図表2-8 リスク、リターン、相関係数のインプット値

(年率)期待リターン、リスク(%)

期待リターン リスク国内株式 10 20外国株式 9 18国内債券 1 5外国債券 4 10

相関係数国内株式 外国株式 国内債券 外国債券

国内株式 1.0外国株式 0.3 1.0国内債券 0.1 0.0 1.0外国債券 0.0 0.7 0.0 1.0

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20

 これらの投資機会集合の中で、もっとも望ましいのは分布している点の左上端に位置して

いる点の集合である。なぜなら、それらはいずれも同一のリスク水準をもつ点の中では最も

期待リターンが高い、あるいは同一の期待リターン水準をもつ点の中では最もリスクが低い

からである。これら左上端の点を結んだ曲線が効率的フロンティアである。効率的フロンティ

ア上のすべての点は、所与のリスク水準において他のどのポートフォリオよりも期待リター

ンが高い(または所与のリターン水準において他のどのポートフォリオよりもリスクが小さ

い)ことがわかる。この状態を、「平均-分散効率的(mean-variance efficient)である」という。

 しかしながら、効率的フロンティアを導出するにあたって、上記のように投資機会集合の

すべての点を計算するのでは作業効率が悪い。そこで、実務では2次計画法というコンピュー

ター・プログラムを応用した平均-分散最適化法(mean-variance optimization)が用いられ

図表2-10 危険資産のみの投資機会集合と効率的フロンティア

₀%

₂%

₄%

₆%

₈%

₁₀%

₁₂%

₀% ₅% ₁₀% ₁₅% ₂₀% ₂₅%リスク

国内株式

外国株式

外国債券

国内債券

期待リターン

図表2-9 国内vs.外国と株式vs.債券の組合せによるアセット・ミックス

債券中心 株式中心100% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% 債券比率0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 株式比率

国内中心 100% 0% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

90% 10% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

80% 20% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

70% 30% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

60% 40% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

50% 50% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

40% 60% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

30% 70% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

20% 80% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

10% 90% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

海外中心 0% 100% ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

国内比率

海外比率

(配分の例)国内債券  ₃₆国内株式  ₂₄外国債券  ₂₄外国株式  ₁₆

全部で121通りの組合せ

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第2章 アセット・アロケーション

21

ることが一般的である。

 それぞれの資産クラスの期待リターンを r、リスクをσ、相関係数をρで表すと、複数の

資産を組み合わせたポートフォリオの期待リターンとリスクは次のようになることが知られ

ている(証券分析とPM1次「現代ポートフォリオ理論」を参照のこと)。

まず、ポートフォリオの期待リターンは、各資産の保有割合wiによる加重平均となる。

∑=

=N

iiip rEwrE

1)()( ただし、∑=

=N

iiw

11

 ところが、ポートフォリオのリスクは資産クラスの間の相関係数が関わってくるので、そ

れほど単純ではない。資産クラスiとj の相関係数をρi , jで表すと、ポートフォリオの分散

(variance)σp2は、

∑∑∑=

≠==

+= =N

i

N

jij

jijiji

N

iiip www

1 1∑=

N

j 1,

1∑=

N

i 1

222σ σ σσρ jijiji ww ,σσρ

となる。最適化プログラムはσi、σjおよびρi , jをインプット値に用いて、それぞれのリター

ン水準に対して分散σp2が最小となるようなwiの組合せを計算するものである。

 では効率的フロンティア上にある無数のポートフォリオのうち、最も効率的なものは存在

するのだろうか。ここで効率性を「取っているリスクに対してリターンがどれだけ高いか」

で測るとすると、それぞれのポートフォリオのリスクに対するリターンの比率を計算し、そ

れが最大となるものを見つければよい、と考えることができる。

ポートフォリオのリスクσpを分母とし、ポートフォリオのリスクフリー・レートに対する

期待超過リターン[E(rp)-r f]を分子とする比率をシャープ・レシオという。

シャープ・レシオ= p

fp rrEσ

−)(

 シャープ・レシオはリスク1単位当たりに得られる超過リターンを表しており、これを最

大化することがポートフォリオ・マネジメントの一つの目標となる。図表2-11で接点ポー

トフォリオは、安全資産を起点とする直線が危険資産のみの効率的フロンティアに接する位

置にあり、これが危険資産のみで構成されるポートフォリオのうちでシャープ・レシオが最

大となる点である。

 この事例では接点ポートフォリオの構成比は、日本株式31.7%、外国株式17.8%、日本債

券18.5%、外国債券32.0%となっており、期待リターンは6.2%、リスク(標準偏差)は9.5%

である。なお、リスクフリー・レートは0.5%と想定しているので、このとき接点ポートフォ

リオのシャープ・レシオは0.60である。

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22

60.05.9

5.02.6)(=

−=

p

fp rrEσ

 危険資産だけでなく安全資産まで含めると効率的フロンティアはさらに左に拡張され、リ

スクがより低い投資機会までも含めることができる。図表2-11で安全資産 rfと接点ポート

フォリオを結ぶ直線上の各点は、安全資産と接点ポートフォリオのさまざまな組合せで構成

されるポートフォリオ群を表している。この直線上のシャープ・レシオはすべて接点ポート

フォリオと同じ(この例では0.60)である。

 この場合、危険資産だけの効率的フロンティア上では接点ポートフォリオよりも左下側の

部分はもはや最も効率的とはいえない。なぜならこの領域においては、安全資産と接点ポー

トフォリオを組み合わせて新たに現れた直線のほうが、もともとの危険資産だけのフロン

ティアを表す曲線よりもさらに上に位置している(同じリスクでも期待リターンが高い)か

らである。このように安全資産が加わった状態では、効率的フロンティアは危険資産のみの

場合(接点ポートフォリオより右側)に比べて投資機会を拡張することができる。

 接点ポートフォリオだけでなく、安全資産までも含めた効率的フロンティア上のすべての

ポートフォリオがどのような資産構成になっているかをみておこう。図表2-12はフロン

ティア上に100個の点をとり、それぞれの資産構成がリスク水準の変化とともに変わってい

く様子を示した領域グラフである。第1に、ポートフォリオのリスクが高まるにしたがって、

株式(国内株式+外国株式)の組入比率が高まることがわかる。第2に、接点ポートフォリ

オより左側ではキャッシュが組み入れられ、左に行くに従ってその比率が高まることがわか

る。第3に、リスク水準が中間に位置している外国債券は、ポートフォリオ・リスクが高ま

るにつれて組入比率が上昇するが、ある点を通過すると組入比率は低下しはじめていく。

図表2-11 接点ポートフォリオ

₀%

₂%

₄%

₆%

₈%

₁₀%

₁₂%

₀% ₅% ₁₀% ₁₅% ₂₀% ₂₅%リスク

国内株式外国株式

外国債券

国内債券rf

期待リターン

接点ポートフォリオ

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第2章 アセット・アロケーション

23

 最適ポートフォリオの選択

 資本市場の期待値から導出された効率的フロンティアの中から投資家のリスク許容度に応

じて効用を最大化する資産クラスの配分決定がアセット・アロケーションの計画(PLAN)

段階である。

 効率的フロンティア上のすべての点は、リスクとリターンに関して効率的であるから、一

概にどれが最適であるかは決まらない。最適なポートフォリオとは、ある投資家がもつ特定

の選好によって決まるものである。それぞれの投資家の選好が異なれば、選ばれる最適ポー

トフォリオも異なってくる。

 最適資産構成の選択理論では、通常、投資家はリスク回避的であると仮定する。効用とは、

日常用語でいえば「満足感」とか「幸福感」であると思っていただきたい。投資家の効用Uは、

リスク許容度λをパラメータとして次の関数で定義される。

21)( −= rEUλσ

 この式は第1に、期待リターンが高まれば効用(満足感、幸福感)が上昇することを意

味している。これには異論はないだろう。第2に、リスクに関しては標準偏差の2乗、つま

り分散の大きさにしたがって反比例しており、その程度はリスク許容度の逆数が負の係数と

なっていることで表現されている。

 図表2-13は、ある投資家のリスク許容度がパラメータλ=50で表されるとき、その投

資家にとっての効用がリスク水準とともにどのように変化するかを図示したものである。効

用の水準は曲線U1、U2、U3の順に高まるが、いずれも同様にリスク回避的であることは曲

図表2-12 リスク水準別の資産構成の領域グラフ

₀%

₁₀%

₂₀%

₃₀%

₄₀%

₅₀%

₆₀%

₇₀%

₈₀%

₉₀%₁₀₀%Weights

₀ ₁₀  ₂₀  ₃₀  ₄₀  ₅₀  ₆₀  ₇₀  ₈₀  ₉₀  ₁₀₀

キャッシュ

外国債券国内債券

国内株式

外国株式

接点ポートフォリオの資産構成比率

Position

資産クラスの構成比率

注: 横軸は効率的フロンティア上で資産クラスの構成比率が安全資産100%のポートフォ

リオを0番、国内株式100%のポートフォリオを100番とした場合の、101個のポート

フォリオの番号。右にいくほどリスクが高い。

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24

線の曲がり具合が同じであることで表されている。投資機会集合の中から導出された効率的

フロンティア上でポートフォリオTはU2と接しており、この点で投資家の効用は最大となる。

 ところが、投資家のリスク許容度λを数値で特定することは実務上では大変困難である。

例えば、「あなたのリスク許容度はどのくらいですか?」と尋ねられて、即座に「35です」

とか「87です」などと答えられる人は普通まずいない。また、現実の投資家の効用はこれ

ほど単純なものではなく、ポートフォリオのリスク水準だけでなく、ほかのさまざまな要素

によって決まってくる。現代ポートフォリオ理論は効率的フロンティアの概念を中心に、投

資対象としての資産に関する科学的なアプローチを確立してきたが、残念ながら投資主体で

ある投資家の効用やリスク許容度に関する研究は道半ばといえる。現実には機関投資家や個

人投資家、リスク許容度の高い投資家と低い投資家、合理的な投資家と非合理的な投資家な

ど、さまざまな投資家が混在するため、最適ポートフォリオの決定プロセスは「サイエンス」

よりも「アート」に近いものがある。投資家を顧客として扱う資産運用業務の実務では、ポー

トフォリオ・マネジメントでは投資対象のマネジメントに加えて、最終投資家である顧客の

効用やリスク許容度を理解することが必要となる。

3 戦略的アセット・アロケーションの実務的プロセス

 PLAN:投資政策の策定

 最適な資産配分を決定するために、実務では投資家の投資期間、投資目標と制約条件、リ

スク許容度などを総合的に勘案する方法が一般的である。典型的な項目は、例えば以下のよ

うな要素である。

図表2-13 効用関数3本と効率的フロンティア

投資家の効用関数

₁₀

₁₂

₁₄

₁₆

₀ ₅ ₁₀ ₁₅ ₂₀ ₂₅

リスク(標準偏差、年率%)

U ₁

U ₂

U ₃

効率的フロンティア

期待リターン(年率%)

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第2章 アセット・アロケーション

25

① 投資期間

 投資期間が長ければ、短期的なリターン変動は平準化されて、リターンは長期的な平均に

近づいていく。なぜならば、仮にある期のリターンが不振であっても、その後の好調なリター

ンによって相殺されるからである。投資期間が長いほど、価格変動の大きな株式を組入れる

ことができる、というのが実務では一般的な考え方である。ただし、理論的には最適資産構

成は投資期間に依存しない(注2)。

② 投資目標

 それぞれの投資家にとって、以下の3つの投資目標の間で、どれを相対的に重視するかが

大きな決定要素となる。

a)元本の安全性 (名目元本か、インフレ調整後の実質元本か)

b)インカム収入の確保

c)資産価値の長期的な成長

ただし、以上の3つを同時に満足できる資産クラスは一般的に存在しないので、投資家が複

数の目標を混合してもっているとき、資産クラスの配分もそれを反映したものとなる。

③ 制約条件とリスク許容度

a) 流動性ニーズ

 運用している資産を取り崩して消費や支払いに充当する可能性が高い場合には、資産の現

金への換金しやすさという流動性を考慮する必要がある。リターンが低いキャッシュを保有

する動機は、主にこの流動性を確保するためである。逆に、当面引き出す予定のない資金は、

多少換金性が低くても、よりリターンの高いリスク性資産で運用したほうが資金効率は向上

する。

b) 負債のデュレーション

 バランスシート上の資産に対応する負債のデュレーションも投資期間を規定する要素であ

る。例えば、損害保険会社と生命保険会社を比較すると、前者のほうが後者よりも保険金支

払いという負債のデュレーションがより短い。このため損保では債券中心の運用であるのに

対して、生保では債券運用に加えて株式や不動産での運用が許容される。

c) 財政状態(客観的なリスク許容度)

 個人投資家であれ機関投資家であれ、財政状態に余裕があればよりリスクを許容できる。

例えば確定給付型の企業年金では母体企業は基金に対して掛け金を拠出しているが、基金の

運用成績が振るわないとより多くの拠出金を負担しなければならない。しかし母体企業が業

(注2) 投資期間が長期化すると「リスクの時間分散効果」が働くため株式の組入れを多くできるという主

張があるが、理論的には最適資産構成は投資期間の長さに依存しない。ただし、投資期間が長いときには、

価格変動の大きな株式の組入比率を投資期間が短い場合よりも上昇させることが正当化できることもあ

る。そのためには、投資家の選好体系やリスク許容度、資産から生じるリターンの確率過程に関して、こ

こまでの説明で用いた理論的前提とは異なる前提を置いて議論する必要があるが、この議論は証券アナリ

スト第1次レベルの範囲を越えているので、これ以上は立ち入らない。

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26

績不振に陥ると、掛け金負担が重荷になり、年金での運用リスクを取りにくくなる。個人投

資家においても、生活にまったく不安がない裕福な家計とそうでない家計を比較すれば、前

者のほうがよりリスクを負担できることは明らかである。

d) 主観的なリスク許容度

 意思決定者の心理的な特性に起因して、リスクを積極的に取ることができる投資家もいれ

ば、臆病な投資家もいる。機関投資家では運用責任者の性格によって、株式やヘッジ・ファ

ンドへ積極的に配分するケースもあれば、守りに徹してリスクを取りたがらないケースもあ

る。わが国の個人投資家は一般にリスク許容度が低く預貯金での運用が中心であるといわれ

るが、一方ではインターネットで株式を活発に取引する人びとも近年では増えてきており、

リスクに対する主観的な態度には個人差が大きい。

e) その他の資産との相関関係

 金融資産以外の資産―例えば事業用資産、不動産、人的資産―を含めて考慮すると、

それらとの相関の低い資産を持つことによって、資産全体としての最適なアセット・アロケー

ションを実現できることがある。例えば海外事業に多く依存している企業が、その年金基金

でも外貨資産運用を行っていれば、為替リスクを二重に負うことになるので、年金運用では

海外へのエクスポージャーを少なくしたほうがよいであろう。個人の場合、例えば確定拠出

型年金で自社株だけで運用していると、勤務先の会社が倒産した場合に雇用と年金資産の両

方を同時に失うことになる。

 DO:アセット・アロケーションの実行

 アセット・アロケーションを実行に移すと、資産ごとの投資リターン格差があるために

時間の経過とともに当初の計画での配分比率から乖離が生じてくることがある。図表2-

14は、わが国の株式と債券に50%ずつ配分したポートフォリオを1975年1月から運用した

場合の配分比率の変化を示している。当初50%ずつ配分したポートフォリオを放置した場

合、80年代後半の株価上昇の結果、次第に株式の組入比率が上昇してきている。これは当

初計画していたポートフォリオのリスク水準にくらべて大幅にリスクが高まっており、89

年末には株式の組入比率は約80%にまで達している。これに対して、毎年1回リバランスし、

株式と債券の組入比率を年初に50%に戻すことを繰り返した場合、株式と債券のパフォー

マンス格差によって組入比率は変化するが、株式の組入比率は計画の50%に対して概ね±

10%以内に収まっていることがわかる。リバランスとは、株式がアンダーパフォームして

組入比率が自然に低下したときに株式を買い増し、逆の場合には株式を売却するという売買

を行い、戦略的なアセット・ミックスを維持することである。

 リスク管理としてのリバランスを実施しながら運用した場合は、リバランスしない場合と

比べ、この計測期間では、ポートフォリオのリスク・リターン特性が改善していたことがわ

かる。図表2-15は、上記の2つのポートフォリオのリスク・リターンをプロットしたも

のである。リバランスを行ったポートフォリオでは、そうでないポートフォリオに比べて

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第2章 アセット・アロケーション

27

リスクが低かったことがわかる。また、この事例ではリターンも約0.6%高くなっているが、

一般にリバランスの効果としてリターンが必ず高まるとはいいきれない。ポートフォリオに

組み入れた資産が上昇し続けた場合や、下落し続けた場合は、リバランスによるリスク・リ

ターン改善効果は期待できない。また実際にはリバランスを行うことに伴う取引コスト(こ

の事例では考慮していないコスト)がかかるため、この事例にみられる程度のリターンの改

善幅では実際にプラスの効果を得ることはできない。

 SEE:アセット・アロケーションの効果

 資産運用において投資パフォーマンスを決定する要因としては、戦略的アセット・アロケー

ション、資産クラスの配分比率変更のタイミング、資産クラス内の銘柄選択効果などがある

が、中でも戦略的アセット・アロケーションがもっとも重要な決定要因であるといわれてい

図表2-14 リバランスをした場合としなかった場合の株式組入比率

30

40

50

60

70

80

Jan-75 Jan-80 Jan-85 Jan-90 Jan-95 Jan-00 Jan-05 Jan-10

リバランスしなかった場合

1年毎にリバランスした場合

%

出所: イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

国内株式国内債券

4.0

4.5

5.5

5.0

6.0

6.5

7.0

0.0リスク(標準偏差)(年率%)

幾何平均リターン(年率%)

20.014.012.010.08.06.04.02.0 18.016.0

リバランスしなかったポートフォリオ

1年毎にリバランスしたポートフォリオ

図表2-15 リバランスの効果

リスクとリターンに及ぼすリバランス効果株式:債券=50:50のポートフォリオ

出所: イボットソン・アソシエイツ・ジャパン

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28

る。その論拠はブリンソン、フッド、ビーバウワーの実証研究(1986、1991)にある。

 ところでブリンソンらの論文の結論は、多くの読者によって「投資パフォーマンスの90%

を戦略的アセット・アロケーションが説明する」と短絡的に解釈されてきた。しかしなが

ら、投資パフォーマンスとは、①あるファンドのリターンが時系列的にどのように変動する

か、②異なるファンドの間でリターンがどのように異なるか、あるいは③ファンドのリター

ン水準の違いという3つの意味でとらえられる。イボットソンとカプラン(2000)、小松原

(2008)は、これらの問題を切り分けて検証したところ、これら3つの質問に対する答えは、

米国では①が約90%、②が40%、③が100%であったと結論付けている。一方、日本では①

が約90%、②が約70%、③が106%であったとしている。以下では、この結果を要約して紹

介しよう。

① リターンの時系列変動

 株式や債券など複数の資産クラスに投資している年金や投資信託のファンドのリターン

は、政策アセット・ミックスに起因するポリシー・リターンと、それから乖離したアクティブ・

リターンの2つの部分に分解できる。資産クラスの配分比率が既知であるか推計されていれ

ば、ポリシー・リターンは資産クラスのベンチマークを合成することで計算できる。実際の

ファンドの時系列リターンをポリシー・リターンで回帰分析して決定係数を調べると、それ

ぞれのファンドのリターン変動のうちどれだけがポリシー・リターンの変動によるものであ

るかを推計することができる。

 図表2-16は、ブリンソン(1991)とイボットソン(2000)、小松原(2008)の研究を

比較したものである。年金ファンドの場合、長期的な政策アセット・ミックスを遵守する傾

向が強いため、ポリシー・リターンが実際のリターンの変動の約90%を決定している。一方、

投資信託の場合にはよりアクティブに資産配分比率を変更する傾向があるため、決定係数は

ブリンソン イボットソン 小松原1991年 2000年 同左 2008年

米国 米国 米国 日本分析対象 年金ファンド 年金ファンド 投資信託 投資信託サンプル数 82本 58本 94本 213本分析期間 1978-87年 1993-97年 1989-98年 2002-07年リターン頻度 四半期 四半期 月次 月次

決定係数 平均 91.5% 88.0% 81.4% 89.9% 中位数 N.A. 90.7% 87.6% 91.9%

アクティブ・リターン 平均 -0.08 -0.44 -0.27 -0.08(年率平均%) 中位数 N.A. 0.18 0.00 -0.01

図表2-16 時系列回帰分析による推計結果の比較

N.A.=計測値なし

出所:証券アナリストジャーナル 2008年9月号 p.34 図表6

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第2章 アセット・アロケーション

29

やや低いことがわかる。一方、実際のファンドのリターンとポリシー・リターンの差である

アクティブ・リターンの平均をみると、いずれの場合もマイナスになっている。つまり、ファ

ンドのリターン変動はほとんどがポリシー・リターンに起因しており、アクティブ・リター

ンは平均的にはほとんどゼロであるというのが、これらの研究の結論である。

② ファンド間のリターン格差

 仮にファンドを構成する資産クラスがすべてパッシブ運用であったとしても、ファンドに

よってポリシー・ミックスの比率が異なれば、異なるファンド間のリターン格差はその違い

を反映したものとなる。分析期間を通じたファンドの複利年率リターンを、それぞれのファ

ンドのポリシー・リターンを説明変数としてクロスセクション回帰したところ、その決定係

数は米国の投資信託では40%、また米国の年金ファンドでは35%であった。一方、日本の

投資信託では69%であった。

 例えば図表2-17は、日本の投資信託213本について6年間の複利年率平均リターン(縦

軸)とそれぞれのファンドのポリシー・リターンの平均(横軸)をプロットしたものである。

縦軸を被説明変数、横軸を説明変数とした回帰分析の決定係数は69%となり、残る31%部

分はポリシー以外の要因―例えば資産クラスの配分比率変更のタイミング、資産クラス内

の投資スタイル、銘柄選択、あるいは運用報酬の違いなど―に起因するものである。

出所:証券アナリストジャーナル 2008年9月号 p.35 図表7

0

2

4

6

8

10

12

ファンドの幾何平均リターン(6年間の複利年率%)

ポリシーの幾何平均リターン(6年間の複利年率%)

0 2 4 6 8 10 12

y = 0.87 x + 0.53

R2= 0.69

図表2-17 ファンド対ポリシー:異なるファンド間での6年間の幾何平均

リターンの比較(2002年から2007年までの期間)

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30

③ リターンの水準

 最後に、ファンドのリターンの水準に対してポリシー・リターンがどれだけ寄与している

かの結果をみよう。分析した米国の年金ファンド58本と米国の投資信託94本、日本の投資

信託213本について、それぞれのファンドのポリシー・ミックスの複利年率リターンを、実

際のファンドの複利年率リターンで割った比率を求めてみる。アクティブ運用によってポ

リシー・リターンを上回ったファンドではこの比率が100%より低く、逆にアクティブ・リ

ターンがマイナスであれば100%より高くなる。その結果を図表2-18にみると、米国年金

ファンドでは平均的には99%、米国投資信託では104%、日本の投資信託では106%であった。

つまり、ポリシー・リターンを上回るアクティブ運用の成果はプラスのファンドもあればマ

イナスのファンドもあり、すべてのファンドでのリターンの平均的な姿はポリシー・ミック

スのリターンとほぼ同じであるということである。

 ACT:アセット・アロケーションの修正

 戦略的アセット・アロケーションは、あくまでも長期的な展望に基づく運用方針を資産配

分として具体化したものであり、あまり頻繁に見直すべきものではない。通常、少なくとも

3~5年程度はこれを維持しつつ、当初策定した際の前提条件が変わった場合には必要に応

じて修正を加えていく。その前提条件とは、図表2-1に示したとおり、資本市場の期待値

と投資家のリスク許容度である。これらのどちらか、または両方が変わった場合には、戦略

的アセット・アロケーションを見直すことが必要となる。

 金融市場の環境は時代とともに変化していく。経済成長率やインフレ-ションなどのマク

ロ経済の環境変化とともに、資本市場の期待収益率も変化していくからである。例えば、わ

が国の経済環境の変化に関して、多くの投資家が次のAまたはBのような見通しを抱いた場

合に、アセット・アロケーションを変更する理由となる。

① 資本市場の期待値が変わる場合

A:株式の期待収益率の下落

 「これまでデフレ的な経済環境の基調は変わっておらず、国内の人口減少や国外での新興

諸国との競争などわが国企業を取り巻く経営環境は厳しく、企業収益の長期的な成長力や収

図表2-18 ポリシー・リターンで説明されるトータル・リターンの水準

(単位%)パフォーマンス パーセンタイル 米国の投資信託 米国の年金ファンド 日本の投資信託

平均 104 99 106上位 5 82 86 79

25 94 96 94中位 50 100 99 101

75 112 102 110下位 95 132 113 132

出所:証券アナリストジャーナル 2008年9月号 p.37 図表9に加筆

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第2章 アセット・アロケーション

31

益力は低下せざるをえない。」

B:株式の期待収益率の上昇

 「すでに長期金利は低下しきっており、これ以上に金利が低下する余地はほとんどないで

あろう。企業収益は改善の兆しがあり、今後はデフレ経済を脱却してわが国企業は成長力と

収益力を取り戻すであろう。」

 このように資本市場で多くの投資家が抱く期待が変わると、図表2-19に見るとおり、

効率的フロンティアはAの場合には下方にシフトし、Bの場合は上方にシフトする。この結

果と効用関数が一定であれば、最適ポートフォリオTはAまたはBに変化する。Aでは株式の

組入れ比率がより低く、Bではより高くなる。

② 投資家のリスク許容度が変わる場合

C:投資家のリスク許容度が低下した場合

 投資家のリスク許容度が低下して、リスクを積極的に取って運用する姿勢がとれなくなる

ことがある。例えば、個人投資家が高齢になってリスクを取ってまでして資産価値を殖やす

必要性が薄れてきた場合や、機関投資家では年金基金の母体企業の財務状態が悪化してリス

クに慎重になってきた場合などである。

D:投資家のリスク許容度が上昇した場合

 反対に、リスクに対して積極的な姿勢をとるようになる場合もありえる。例えば、個人投

資家が低金利の銀行預金では我慢ができず、もっと高いリターンを狙って株式や外債の投資

信託で運用したいと思うようになる場合や、機関投資家では年金基金の母体企業に財政的な

余裕が出てきた場合などである。

 資本市場に関する見通しに変化がない場合(つまり効率的フロンティアが不変の場合)で

図表2-19 資本市場の期待値が変化した場合

₁₀

₁₂

₁₄

₁₆

₀ ₅ ₁₀ ₁₅ ₂₀ ₂₅リスク(標準偏差、年率%)

T もとの効率的フロンティア

期待リターン(年率%)

資本市場の期待値の変化で効率的フロンティアが変更された場合

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32

も、投資家のリスク許容度が変化すれば、それに応じて効用関数の形状が変化するので、そ

の投資家にとっての最適ポートフォリオの位置はフロンティア上で移動する。リスク許容度

が低下した場合には、新たな最適ポートフォリオは、図表2-20で株式組入比率がより低

いCとなる。逆にリスク許容度が上昇した場合には、最適ポートフォリオはより株式組入比

率の高いDとなる。

図表2-20 投資家のリスク許容度が変化した場合

₁₀

₁₂

₁₄

₁₆

₀ ₅ ₁₀ ₁₅ ₂₀ ₂₅リスク(標準偏差、年率%)

期待リタ

ン()

年率%

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第3章 マネジャー・ストラクチャー

33

第3章 マネジャー・ストラクチャー

1 マネジャー・ストラクチャーの概要

 アセット・アロケーションの計画は実行に移さなければ意味がない。計画段階では株式や

債券の資産クラスをベンチマークで代表させていたが、実際に資金を配分する場合にはマネ

ジャー(運用機関)に委託したり、投資信託などファンドを購入したりすることによって、

アセット・アロケーションは実行に移される。マネジャー・ストラクチャーとは、投資を実

行するためのマネジャーやファンドで構成するマネジャー・ポートフォリオを意味し、マネ

ジャー/ファンド・アロケーションとも、マネジャー/ファンド・ミックスとも呼ばれる。

 バランス型か、特化型か

 まず第1に、複数の資産クラスを含むポートフォリオ全体をあるマネジャーにバランス型

ファンドとして委託するのか、あるいはそれぞれの資産クラスごとにマネジャーを任命して

特化型ファンドとして委託するのかを決めなければならない。バランス型運用では、投資家

はポリシー・アセット・アロケーションとポリシー配分からの許容できる一定の乖離幅をマ

ネジャーに示した上で、資産クラス間の配分、資産クラス内の戦略、そして投資スタイルや

銘柄選択を全面的に委託することになる。これに対して、特化型運用では投資家がアセット・

アロケーションを管理し、かつ各資産クラスに特化したマネジャーを選択する。さらに資産

クラス内で複数の投資スタイルや戦略ごとにマネジャーを複数採用することがある。

 パッシブ運用か、アクティブ運用か

 第2に、投資家が指定したベンチマークに対してパッシブ運用をするのか、アクティブ運

用にするかを決定しなければならない。これはアセット・アロケーションでのパッシブ/ア

クティブ選択と、各資産クラス内でのパッシブ/アクティブ選択の2つの問題であるので、

その組合せによって下表のとおり4つのパターンがありえる。

 パターンPPでは投資家が指定したポリシー・アロケーションを遵守し、かつ各資産クラ

ス内も市場指数をベンチマークとしてパッシブ運用を行うものである。パターンPAはポリ

シー・アロケーションを遵守しつつ、株式や債券などの資産クラスごとにアクティブ運用を

行い、それぞれの資産クラスごとのベンチマークを上回る運用を目指すものである。パター

ンAPは、資産クラスごとにはインデックス・ファンドを利用してパッシブ運用を行うが、

マネジャーはアクティブにアロケーションを変更することによって付加価値を獲得すること

を目指す。パターンAAでは、アロケーションの変更も、また各資産クラス内の運用もアク

ティブに行うものである。

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34

 アセット・アロケーションをアクティブに、すなわち時機をみて配分比率を動的に(ダイ

ナミックに)変更するかどうかはマネジャーの判断に委ねられるため、委託形態はバランス

型になるのがふつうである。

 各資産クラス内の運用については、パッシブ、アクティブ、あるいはそれらを合成したパッ

シブ・コア・マネジャーとアクティブ・サテライト・マネジャーという形態がありうる。ど

の形態を選択すべきかは一概にはいえないが、①その資産クラスでアクティブ運用を実行し

て超過リターンが得られるだけの市場の非効率性が存在するか、②現実に採用候補となるマ

ネジャーの中に、アクティブ運用を委託するに足る「良いマネジャーがいるかどうか」が判

断基準となる。市場が極めて効率的であるためアクティブ運用の余地がないならば、そもそ

も意味がない。また、仮にアクティブ運用の余地があったとしても、現実にマネジャーがそ

れを利用して実績を上げていなければ、採用には値しないだろう。

2 マネジャー・ミックスの実例

 投資リターンの変動要因には、システマティック・リスク(市場リスク)と非システマティッ

ク・リスク(固有リスク)の2つがあることはすでに学習したとおりである。資産クラスを

投資対象としたアセット・アロケーションでは資産ごとの市場指数をベンチマークとして議

論をしていたため、そこでは非システマティック・リスクは考慮しなくてもよかった。しか

し、実際の運用をマネジャーに委託する場合で、しかもアクティブ・マネジャーを採用する

場合にはそれでは済まなくなる。株式や債券の市場に投資していることに起因するシステマ

ティック・リスクと、そのマネジャー固有の投資スタイルや銘柄選択能力、タイミング能力

などに起因する非システマティック・リスクが生じるからである。

 マネジャー・ミックスの課題は、ある資産クラスについて複数のマネジャーを組み合わせ

て運用を委託する場合に、どのような組合せが最適なのかを決定することにある。言い換え

れば、複数のマネジャーをポートフォリオとして管理することである。具体的には、①市場

リスクの水準と投資スタイルの偏りを中立化し、マネジャー・ポートフォリオ全体を資産ク

ラスのベンチマークに近づけること、②これ以外のマネジャー固有のリスク要因を極力分散

してゼロに近づけること、である。以下では日本株式のマネジャー・ミックスについて、具

体的なケースをみていこう。

 マネジャー・リターンの分解と市場リスクの中立化

 わが国の株式投資信託の中からA社とB社のファンドを事例に取り上げる。図表3-1は

1996年2月から2003年12月までの月次投資収益率を、1996年1月末を100として指数化し

アセット・アロケーションパッシブ アクティブ

資産クラス内の運用パッシブ PP AP

アクティブ PA AA

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第3章 マネジャー・ストラクチャー

35

たものである。AファンドとBファンドとともに配当込みTOPIXも掲げてある。

 ある投資家がこの2社のファンドのいずれか、あるいは両方を投資対象として検討してい

たとしよう。図表3-1をみると、この8年間を通じていずれのファンドもTOPIXを上回

るパフォーマンスを上げているので、アクティブ運用の成果はそれぞれに認められるようで

ある。ただし、AファンドとBファンドを比較すると、明かにAファンドのほうがパフォー

マンスがよい。そこで多くの投資家は「Aファンドを採用しよう」という結論にいたるであ

ろう。だが、この判断は果たして正しいであろうか。実はAファンドとBファンドを組み合

わせることによって、もっと良いマネジャー・ポートフォリオ(ファンド・ミックス)が構

築できるのである。

 あるマネジャー Xの月次投資リターン rxを、マーケット・モデルの考え方に沿って分解す

ると、次のように表記できる。ただし、右辺第2項の rmは市場指数のリターンである。

rx =αx +βx rm +εx

 マネジャー Xのパフォーマンスのうち、第2項は株式市場に投資していることによって得

られるリターンである。βはこのマネジャーの取っている市場リスクの相対的な量を表して

おり、β<1ならば市場指数よりも少なく、β>1ならば市場指数よりも多く市場リスクを

とっていることになる。したがってマネジャーのトータル・リターンのうち、β×rmの部分

が市場要因(システマティック・リターン)である。

 マネジャー Xの月次リターンのうち、上記以外のα+εの部分が市場要因以外のマネ

ジャー固有のリターンである。ただし、時系列データで回帰分析を行うときには、αの値を

εの平均値がゼロになるように決める。その結果、αの値がマネジャーの固有リターンの期

待値を示す指標になる。

 ではAファンドとBファンドについて、上記の式をあてはめて計算した結果を示そう。

図表3-1 2つの日本株投資信託のパフォーマンス

AファンドとBファンドの累積リターン(1996.1末=100)

1995年12月 1997年12月 1999年12月 2001年12月 2003年12月

200

150

100

50

Aファンド

ABファンドの合成

Bファンド

配当込みTOPIX

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36

1996年2月から2003年12月までの95カ月間の月次データで推計した結果は以下の通りであ

る。市場指数は配当込みTOPIXである。

 Aファンド rA =0.77+1.07rm R2 =0.84

t 値  (3.14)(21.80)

 Bファンド  rB =0.26+0.89rm R2 =0.82

t 値  (1.23)(20.70)

 Aファンドのβは1.07、Bファンドのβは0.89であることから、市場リスクの量はAファン

ドのほうが大きいことがわかる。αはいずれもプラスではあるが、Aファンドのαは0.77で

t 値が統計的に有意な3.14であるのに対して、Bファンドでは0.26で t 値は1.23にすぎない。

この結果だけを比べると、たしかにAファンドのマネジャーの運用能力はかなり信頼性が高

いと判断できる。

 しかし、ここでAファンドだけを採用して日本株運用を任せたとすると、市場リスクを多

く取りすぎてしまうことになる。アセット・アロケーションで日本株への配分比率を決定し

たとき、そこではベンチマークにTOPIXを想定していたのでβ=1であったはずだ。日本

株運用をすべてAファンドだけに任せてしまうと、想定より0.07(=1.07-1.00)多くの市

場リスクを取ってしまうことになる。

 そこで、AファンドとBファンドを組み合わせることによって、全体としてβ=1を実

現する方法を考えよう。Aファンドへの配分比率をwとすると、Bファンドへの配分比率は

(1-w)だから、2つを組み合わせてβ=1にするには、以下の方程式からwを求めればよい。

w×1.07+(1-w)×0.89=1.00

 これを解くとw=0.61となる。(計算の簡便化のため以下ではw=0.60として)、Aファン

ドを60%、Bファンドを40%で組み合わせたABファンド・ミックスは、ポートフォリオ全

体ではβ=1となるはずである。実際にAファンドとBファンドのリターンをこの比率で合

成し、ABファンド・ミックスのリターン系列をマーケット・モデルで計測したところ、以

下のとおりになった。

 ABファンド・ミックス rP =0.57+1.00rm R2 =0.94

t 値  (4.25)(37.00)

 たしかにβ=1.00になったことが確認できる。決定係数が0.94に上昇したことからベンチ

マークであるTOPIXへの連動性が高まったことがわかるが、決定係数が完全に1.00ではない

のは、マネジャー固有のアクティブ・リターンに起因する分散が残っているからである。そ

のアクティブ・リターンすなわちαは0.57(=0.77×60%+0.26×40%)と、AファンドとBファ

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第3章 マネジャー・ストラクチャー

37

ンドのαを加重平均したものとなっている。ただし、αの t 値は4.25と高まっており、個別

のAファンドとBファンドの場合よりもABファンド・ミックスのほうがαの信頼度は高まっ

ているといえる。 t 値は(αの回帰係数)÷(αの標準誤差)であるから、合成したことによっ

てマネジャー固有のリターンの間での分散効果が働いて、ファンド・ミックスの残差リター

ンεの標準偏差(つまり標準誤差)が小さくなったためである。

 マネジャー・ミックスの基本的な考え方は、このようにマネジャーを組み合わせることに

よって、市場リスクを中立化してポートフォリオ全体を資産クラスのベンチマークのそれに

近づけることと、同時にマネジャー固有のリターン変動を削減することにある。

 固有リスクとアクティブ・リスク

① 固有リスクと市場リスク

 マネジャーとTOPIXのパフォーマンスが異なる要因には、市場要因(システマティック

要因)と固有要因がある。市場要因とはβが1.00ではないことによる。固有要因とはβ以外

の要因による。標準偏差と違って、分散は和をとることができるので、マネジャー Xのトー

タル・リスク(分散)σ2xは、以下のように分解できる。

222 )( mxxσ σ σβ += ε

 第1項は市場要因、第2項はマネジャー固有要因である。この式は初等数学で学習した「ピ

タゴラスの定理」を思い出させる。「直角三角形の斜辺の2乗は、他の2辺それぞれの2乗

の和に等しい」という定理であった。ファンドのトータル・リスクを分解するのに「ピタゴ

ラスの定理」を援用すれば図表3-2のように表せる。

 具体的にAファンド、Bファンドの事例に即してリスクを分解した結果は図表3-3のと

おりである。例えばAファンドの場合、トータル・リスクを分散であらわすと415.11で、市

場要因347.14(トータル・リスクのうち83.6%)と固有要因67.97になっている。TOPIXに

対して市場要因で+46.64、固有要因で+67.97、合計の114.61のアクティブ・リスク(分散)

図表3-2 トータル・リスクの分解(ピタゴラスの定理)

トータル・リスク

σ2

固有リスクσs

2

市場リスクβ2σm

2

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38

がある。TOPIXとの乖離が生じるのは、第1にβが1.07とTOPIXよりも0.07だけ大きいため

である。固有リスクが大きい原因は、Aファンドに特徴的な何らかの銘柄選択バイアスがあ

るか、あるいは市場指数よりも分散投資の度合いが低いためであると考えられる。

 一方、Bファンドのトータル・リスク(分散)は290.08で、その内訳は市場要因238.35(構

成比82.2%)、固有要因51.73(同17.8%)に分解される。βが0.89で1よりも小さいため市

場要因はベンチマークよりも低いわけだが、Aファンドと同様にBファンドにも固有の銘柄

選択バイアスがあり、市場指数と比較すると分散投資の度合いが低いことがうかがえる。

 ここでトータル・リスクの分散に対する市場要因の比率が、回帰分析で得られた決定係数

になっていることを確認しておこう。例えばAファンドの場合その比率は83.6%であるが、

これは前出の回帰式で得られた決定係数84%に対応している。回帰分析の決定係数の意味

は、被説明変数の時系列変動(分散)のうち、説明変数の時系列変動で説明できる割合がど

のくらいあるかを示すものであるからである。BファンドおよびABファンド・ミックスに

ついても、前出の回帰分析の決定係数と対応していることを確認しておこう。

② アクティブ・リスク

 2つの異なるファンドを組み合わせるとポートフォリオ全体のファンド固有要因が減るの

は、アセット・アロケーションで学んだ効率的フロンティアの考え方を応用すれば理解でき

る。第1章で学んだ効率的フロンティアでは異なる資産クラスのリスクとリターンであった

が、ここでは日本株という資産クラスの中での異なるファンドのリスクとリターンの関係に

焦点を当てるため、それぞれのファンドがベンチマークであるTOPIXに対してどれだけ超

過したかというアクティブ・リターンと、そのアクティブ・リターンの標準偏差をアクティ

ブ・リスクとしてとらえて分析してみよう。

 図表3-4は、横軸にアクティブ・リスク(標準偏差、月率%)、縦軸にアクティブ・リ

ターンの平均(月率、%)をとり、Aファンド、Bファンド、およびAファンドとBファンド

との組入れ比率を10%ずつ変化させた9個のファンド・ミックスをプロットしたものであ

る。これらをつなぎ合わせると、効率的フロンティアと同様に弓形の曲線が現れる。βを1.00

にするため組み合わせたABファンド・ミックスの位置を見ると、このポートフォリオはア

図表3-3 マネジャー・リスクの分解

トータル・リスクσ β σ2 市場要因 固有要因

Aファンド 20.4 1.07 415.11 347.14 67.97構成比 100.0% 83.6% 16.4%

Bファンド 17.0 0.89 290.08 238.35 51.73構成比 100.0% 82.2% 17.8%

ABファンド・ミックス 18.0 1.00 322.82 302.31 20.51構成比 100.0% 93.6% 6.4%

市場 17.3 1.00 300.50 300.50 0.00構成比 100.0% 100.0% 0.0%

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第3章 マネジャー・ストラクチャー

39

クティブ・リスクを最小化してはいないこともわかる。AとBの組入比率が、50:50または

40:60のポートフォリオのほうが、さらにアクティブ・リスクが低いからである。どうや

らβ=1にしただけでは、アクティブ・リスク最小化という目的は達成されていないようだ。

 ただし、アクティブ・リスクを最小化するということは、必ずしも目的ではない。アセット・

アロケーションで学んだシャープ・レシオは、リスクフリー・レートに対する超過収益率と

標準偏差の比を計測して、どれだけのリスクでどれだけのリターンが得られるかという効率

性の尺度であった。これと同様に、アクティブ運用でもベンチマークに対してどれだけのア

クティブ・リスクをとって、どれだけアクティブ・リターンが上がったかという効率性を測

ることができる。これをインフォメーション・レシオ(IR、情報比)といい、分子をアクティ

ブ・リターンの平均値α、分母をアクティブ・リターンの標準偏差ωであらわす。

IRα

ω=

 インフォメーション・レシオは、アクティブ・リスク-リターン平面上で原点(すなわち

ベンチマーク)からアクティブ・ポートフォリオの位置を結ぶ直線の傾きを表している。図

表3-4上で原点から60:40のABファンド・ミックスに向かって描いた直線の傾き(IR)

は0.44であり、アクティブ・フロンティアの接線に概ね近い状態であることから、2つのファ

ンドの組合せから得られるインフォメーション・レシオの中ではほぼ最大であることがわか

る。

 投資スタイルと最適マネジャー・ミックス

 AファンドとBファンドの違いは、単にβの違いだけではなく、それぞれのファンドに固

有のリターンにも違いがあることがわかった。その違いが生じる原因は、それぞれのマネ

ジャーの投資スタイルにある。投資スタイルとは、あるマネジャーがもっている「なぜアク

図表3-4 アクティブ・リスクとリターンのフロンティア

1

0

2

3

4

5

6

7

8

9

0

0.

0.

0.

0.

0.

0.

0.

0.

0.

0.

1.

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0

ファンドA

ファンドB

A:B = 90:10

β= 1のABファンド・ミックス

A:B = 10:90

アクティブ・リスクω(標準偏差、月率%)

アクティブ・リターンα(月率%)

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40

ティブ運用ができると信ずるのか」という投資哲学や、「具体的には、それをどのように実

行するのか」というプロセスを総合的に表現する概念である。それは、しばしばファンドの

名前にもあらわれることがある。実際この事例に取り上げたAは「○○成長株ファンド」、B

は「××バリュー株ファンド」という商品名で販売されている。

 株式のアクティブ運用のスタイルは、大別するとグロース型かバリュー型に分類される。

(これは第4章で述べる) また、投資対象となる銘柄が時価総額でみて大型株なのか、小型

株なのかという分類もできる。そこで、マネジャーのスタイルを把握するため、市場のサブ・

インデックスで区分したスタイル・インデックスという指数が開発された。一般に、大型グ

ロース、大型バリュー、小型グロース、小型バリューの4分類の指数が用いられることが多

い。こうした指数は、野村、大和、日興など大手証券系研究所やMSCIやCitigroup、S&Pな

どの指数ベンダーがそれぞれ公表している。

 時期によってグロース株とバリュー株のパフォーマンスの優劣が入れ替わるので、優れた

運用能力を示していたAファンドだけを保有するのでは、グロース株に偏りすぎてリスク管

理上は好ましくない。既に示したように2つのファンドを組み合わせてβを中立化する方法

と同様の発想で、スタイルを中立化する方法がある。

 この場合、まず中立とは何かを定義しなければならない。資産クラスのベンチマークで

あるTOPIXそのものが、どのようなスタイル構成になっているかを知らなければならない。

RUSSELL/NOMURA株式スタイル・インデックスは、TOPIXを含む日本株ユニバースを時

価総額比率で大型株85%、小型株15%、さらにそれぞれをグロースとバリューに等しく二

分しており、TOPIXもこれに準じていると想定する。(4つのスタイル指数をこの比率で組

み合わせたポートフォリオを説明変数とし、TOPIXを非説明変数として回帰分析するとR2

=98.5%、α=0.0、β=1.0となった) 一方、AファンドとBファンドはそれぞれスタイル

の偏りがある。

 前述のβ=1.0への中立化では簡単な方程式1本から解は一通りだけ求めることができた

が、今度はそうはいかない。そこで、AファンドとBファンドの構成比率を上手く組み合わ

せることによって、TOPIXのスタイル・エクスポージャーからの乖離を最小にするために、

例えば、各スタイルの乖離の二乗和を最小にする2次計画法を解くとAファンド=40%、

Bファンド=60%となり、先ほどの市場リスクを中立化させるファンド・ミックスとは結果

が異なる。

 図表3-5でこれらの結果を比較してみよう。まずスタイル構成比をみると、ベンチマー

クであるTOPIXに比べてファンドAはグロースに、ファンドBはバリューに偏っている。市

場リスクを中立化するためのファンド・ミックス(A:B=0.60:0.40)ではβ=1.00となっ

たが、ベンチマークに比べると大型グロースで+15.5%、大型バリューで-14.5%と大きな

乖離がみられる。これに対して、スタイルの乖離を最小化させることを目的に最適化すると、

たしかに乖離幅は小さくできるが、βは0.96となり1.00から乖離する。このように最適ファ

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第3章 マネジャー・ストラクチャー

41

ンド・ミックスは、どのリスクを最小化するのかという目的によって結果がやや異なること

に注意が必要である。一般に、異なる種類のすべてのリスクを同時に最小化することはでき

ないので、主としてどのリスクをコントロールの対象とするかは投資家が決定しなければな

らない。

3 マネジャー・ミックスの実務的プロセス

 PLAN:マネジャー・ストラクチャーの構築

 アセット・アロケーションで定義し、配分比率を決定した資産クラスそれぞれについて、

マネジャー・ストラクチャーを構築する。まず第1に、ある資産クラスをパッシブ運用にす

るのか、アクティブ運用にするのかという決定が必要である。マネジャーのパフォーマンス

に大差がない資産クラスでは、アクティブ運用で優れたマネジャーを探し出す努力そのもの

が、そもそも無意味かもしれない。マネジャーのパフォーマンスに大きな差があり、それが

資産クラス内の投資対象セクターの違い(例えば大型株と小型株)や投資スタイルの違い(グ

ロースとバリュー)などに起因するもので、それぞれのセクターやスタイルの中に複数のマ

ネジャーが存在する場合には、それらのカテゴリーを要素としたマネジャー・ストラクチャー

が考えられる。この場合、それらのカテゴリーを合わせた全体がすでに定義された資産クラ

スのユニバースを網羅するようにすることが望ましい。

 また、マネジャーへの運用報酬や、スポンサー(投資家)の管理能力も考慮すべきである。

アクティブ・マネジャーを数多く採用すると、運用報酬が全体として高くなるが、異なるス

タイルを組み合わせていくと市場指数に近くなっていくため、インデックス・ファンドを保

有した場合とさして変わらなくなる可能性がある。マネジャーのリスク分散と同時に、こう

したコスト・パフォーマンスも考慮してストラクチャーを検討すべきである。

 具体的にどのようなパターンで切り分けるかは、マネジャーのユニバースがどのように

分布しているかにもよる。例えば、わが国の株式を資産クラスとしたとき、図表3-6が例

図表3-5 2つの最適マネジャー・ミックスの比較

スタイル構成比 (百分比%) 市場 アクティブ

大型 大型 小型 小型 リスク リスク

グロース バリュー グロース バリュー 合計 β ω(月率%)

ベンチマーク TOPIX 42.5 42.5 7.5 7.5 100.0 1.00 0.0

マネジャー Aファンド 90.0 0.0 10.0 0.0 100.0 1.07 2.4Bファンド 10.0 70.0 0.0 20.0 100.0 0.89 2.2

ベータ中立化 A60%+B40% 58.0 28.0 6.0 8.0 100.0 1.00 1.3ファンド・ミックス スタイル乖離幅 15.5 -14.5 -1.5 0.5

スタイル中立化 A40%+B60% 42.0 42.0 4.0 12.0 100.0 0.96 1.2ファンド・ミックス スタイル乖離幅 -0.5 -0.5 -3.5 -4.5

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42

として考えられる。この例では、パッシブ運用とアクティブ運用を組み合わせたコア&サテ

ライト型ストラクチャーをとっている。全体の55%をパッシブ・コアと呼ばれるインデック

ス・ファンドに割り当て、大型株の中核部分ではコスト削減を図っている。市場が効率的で

株価形成が概ね妥当と考えられるこの領域ではアクティブ運用の余地は少ないと、このスポ

ンサーは考えているからである。しかし、それ以外の領域ではアクティブ運用の価値はある

と考えており、大型株と小型株をそれぞれグロース型マネジャーとバリュー型マネジャーに

振り分けている。

 DO:マネジャーの採用とマネジャー・ストラクチャー構築プロセス 

 マネジャーの選別とマネジャー・ストラクチャーの構築プロセスの概要を図表3-7に

沿って解説しよう。採用するマネジャーの探索は、資産クラス内のマネジャー・ユニバース

から、サブ・クラスやスタイル別のカテゴリーごとに候補先をリストアップすることから始

まる。ユニバース全体では数百本のファンドがあるため、この段階では主としてマネジャー・

データベースから定量的なスクリーニングを行うか、専門のコンサルタント会社や評価機関

に委託するのが通例である。定量的なスクリーニング基準とは、運用実績の長さ、ファンド

の規模、リターンとリスクに関するデータなどである。このプロセスを経て、候補先を数十

社程度にまで絞り込む。これを「ロング・リスト」といい、いわば「予選」である。

 ロング・リストの候補先数十社に対して、さらに精密な定量的分析を行う。ここでは、各

社のリターン・データ(少なくとも5年程度が望ましい)をもとに定量的パフォーマンス分

析を行う。単に市場指数に対比するだけでなく、どのようなスタイルが特徴的か、そのスタ

イルに一貫性があるか、スタイル調整後α(すなわちマネジャーの技能に起因すると思われ

る超過収益)が得られているか、などが評価のポイントである。このプロセスを経て、候補

先を数社から十社程度にまでに絞り込む。これを「ショート・リスト」といい、「準決勝」

である。

 ところで、上記の定量的スクリーニングにも問題がある。それは、運用実績の短いマネ

ジャーが入る余地がないからである。資産運用ビジネスには、「マネジャーとして採用され

なければ実績ができないが、実績がないとマネジャーとして採用されない」という矛盾があ

図表3-6 マネジャー・ストラクチャーの例(日本株)

小型バリュー7.5%

大型バリュー15.0%

パッシブ・コア55.0%

小型グロース7.5%

大型グロース15.0%

日本株

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第3章 マネジャー・ストラクチャー

43

る。米国などでは、大手の運用機関で実績を上げたマネジャーやチームがブティック型運用

機関として起業する場合や、少数のスポンサーの資金で運用実績を積んでからデビューする

ケースがあり、こうした実績と知名度があれば「ショート・リスト」に載ることも可能である。

 ショート・リストの候補先は、定性的な面も含めてさらに調査を行う。(この定性評価の

ための項目は、第4章で述べる) この段階では、候補先の運用機関の経営陣、ファンド・

マネジャーなどに対してインタビューし、上記の定量分析だけでは得られない情報を得るこ

とができる。ここでのポイントは過去のパフォーマンスよりも、むしろ将来にわたって運用

を任せたいと考えられるかという定性的な判断がカギになる。これが、いわば「決勝」である。

図表3-7 最適マネジャー・ストラクチャー構築プロセス例

=投資ユニバース(全投資対象)=数百本

=ロング・リスト(分析対象ファンド)=60~80本

=ショート・リスト(採用候補ファンド)=採用候補となるファンド30~40本

=マネジャー・ストラクチャー候補群=アクティブ・リスク水準に応じた複数のマネジャ

ー・ポートフォリオ群(アクティブ・リスク・リ

ターン平面上でのフロンティア)

=最適マネジャー・ストラクチャー=投資方針、アクティブ・リスク許容度に応じた

最適マネジャー・ストラクチャー

マネジャー・スクリーニング投資家が設定する選定条件に適合する

ファンドを抽出

・投資哲学

・パフォーマンス・レコード期間

・投資プロセス

・運用スタイル

マネジャー・セレクション・リターン特性分析によるスタイル分類

・各スタイル内での相対パフォーマン

ス測定(スタイル調整後アクティブ

リターン)

・スタイル内の評価基準

マネジャー・ポートフォリオの構築・ベンチマークのスタイル構成比

・スタイル・ミスフィットの最小化

・アクティブ・リスク・リターンでの

最適化

最適マネジャー・ストラクチャーの選択・投資家の運用哲学・投資方針

・投資期間

・目標アクティブ・リターン

・アクティブ・リスク許容度

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44

 最終的な委託先の選定が完了したら、スポンサー側が委託したい投資方針を運用ガイドラ

イン等の文書で示し、適切なベンチマークやトラッキング・エラーの許容範囲を指示するこ

とが望ましい。(ここで「適切な」と断ったのは、以下で述べるように、実務ではしばしば

これが不適切であるケースがあるからである。)

 ここで、スポンサーとしてはPLAN段階で構築したマネジャー・ストラクチャーが適切に

実現されているかどうかを再確認しておくことが望ましい。マネジャー選択のプロセスで、

当初計画していたカテゴリーに適切なマネジャーが見当たらないということもありえるか

らである。その場合には、最終選考に残ったマネジャーを対象としてマネジャー・ストラク

チャーを見直して、スタイルの偏りがないように調整することも必要である。

 SEE:パフォーマンス評価

 マネジャー・パフォーマンス評価は2つのレベルで考える必要がある。第1は個々のマ

ネジャーごとのパフォーマンス評価で、これはそれぞれのマネジャーに対して異なるベンチ

マークで評価し、評価のポイントはスタイルの一貫性とスタイル調整後α(ベンチマークに

対する超過収益率のうちスタイル要因以外の部分)である。第2は、複数のマネジャーを全

体としてとらえたマネジャー・ミックスとしてのパフォーマンス評価で、これはスポンサー

側の問題である。

 マネジャーのパフォーマンス評価の実務で、もっとも多く見られる誤りは不適切なベンチ

マークの適用である。例えば、ある運用機関をバリュー型のアクティブ・マネジャーである

ことを期待して採用しているにもかかわらず、TOPIXなど一般的な市場指数をベンチマー

クとして与えることである。これでは、まったく異なるモノサシをあててパフォーマンスを

評価することになる。また、TOPIXに対するトラッキング・エラーの許容範囲に制限を設

けると、せっかく市場指数と違うスタイルのマネジャーを雇っておきながら、その運用能力

の発揮をそぐことになるからである。アクティブ・マネジャーの場合には、マネジャーの投

資スタイルを反映した合成スタイル・ベンチマークを適用することが望ましい。

 もう一つの誤りは、近視眼的なベンチマーク対比である。どんなマネジャーでも連戦連勝

ということはありえない。しばしば、「3四半期続けてベンチマークを下回ったら解雇」な

どと宣言するスポンサーがいるが、これはあまり賢いやり方ではない。例えばITブームのと

きのように、ある特定のセクターにバブル的な高騰が起こり、それが1年以上にわたって続

くこともある。堅実な銘柄選択によって、このような投機的銘柄を避けているバリュー・マ

ネジャーを「ブームに乗り遅れているから」といって解雇すると、後で後悔することになる。

 個々のマネジャーのパフォーマンスを評価するだけでは、ポートフォリオ・マネジメン

トとしては不十分である。マネジャー・ストラクチャー全体がPLANどおりになっているか

どうか、がスポンサーにとっては重要であるからである。特に投資スタイルの間で著しいパ

フォーマンス格差が生じているときは要注意である。例えば、グロース・マネジャーとバ

リュー・マネジャーにそれぞれ50%ずつ当初配分したが、上記のような成長株相場の結果、

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第3章 マネジャー・ストラクチャー

45

前者のウェイトが高まってしまうことがある。アセット・アロケーションにおけるリバラン

スと同じで、このような場合には、バランス調整のため前者のウェイトを下げて後者を上げ

てバランスを調整することを検討すべきである。

 ACT:マネジャーの入替え

 いったん採用したマネジャーは、特別な理由がないかぎり、むやみに入れ替えず、少なく

とも5年程度は運用を任せることが望ましい。なぜなら、マネジャーの候補を再探索し、調

査し、選考するというプロセスは時間もコストもかかるからである。

 特別な理由がある場合とは、一つはスポンサー側の事情の変化、もう一つはマネジャー側

の事情の変化である。前者は、例えばある年金スポンサーの運用方針やアセット・アロケー

ションの方針そのものが変更になり、その結果マネジャー・ストラクチャーを変更せざるを

えないような場合である。また、例えばこれまでは複数のアクティブ・マネジャーを雇って

いたが全面的にパッシブに移行する場合や、またはその逆の場合もある。

 マネジャー側の事情とは、運用機関の資本関係や経営陣の変更など、組織運営に重大な変

化がある場合である。近年では運用機関同士の合併が比較的頻繁に起こるので、こうした事

態が起きた場合には、運用機関の人材流出が起こらないか、投資哲学やプロセスに変化がな

いかなどの定性的な側面からの再調査が必要である。採用した時とは著しく変化があり、運

用体制が質的に変貌している場合には解約を検討する十分な理由となる。また、投資ガイド

ラインを逸脱した場合や、運用に関わる重大なエラーや善管注意義務違反があったときなど

も解約の理由となる。

 要するに、短期的なパフォーマンスの良し悪しだけが、マネジャー入替えを行う理由では

ない。前節でみたとおり、インフォメーション・レシオなどの定量的基準でマネジャーの能

力を判定するには、短期間のデータでは不十分であるからである。

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46

第4章 個別証券ポートフォリオ

1 個別証券ポートフォリオの概要

 個別銘柄のポートフォリオにおいても、基本的な原理はアセット・アロケーションやマネ

ジャー・ストラクチャーと同じである。すなわち、

① 各銘柄の期待リターン

② 各銘柄のリスク(標準偏差)

③ 銘柄間のリターンの相関係数

という3つの推計値をもとに、リスクに対して期待リターンを最大化するようなポートフォ

リオを構築すればよい。

 すでに何らかの市場指数がベンチマークとして与えられていることを前提にすれば、各銘

柄のリターンとリスクをベンチマーク(市場指数)に対する相対的なものととらえ、これら

について推計するという方法もありえる。すなわち

① 各銘柄の市場指数に対する期待超過リターン

② 各銘柄の市場指数に対するアクティブ・リスク

③ 銘柄間のアクティブ・リターンの相関係数

という3つの推計値を用意してもよい。

 ただし、これは「言うは易く、行うは難し」である。なぜなら第1に、これを実行する

ためには、市場にある全ての銘柄の期待リターンとリスクを正しく推計するだけでなく、そ

れらの相関係数もすべて把握しておかなければならない。いかにデータベースが整備されて

も、コンピューターの計算能力が高まったとしても、数千もの個別銘柄(東証第一部だけで

も1,700銘柄以上)すべてについて、「事前に正しく推計する」ことは困難である。

 第2に、資産クラスやファンドと違って、個別銘柄レベルではリスクのほとんどが固有リ

スクである。リターンが市場要因だけでなく、その企業の属する産業に固有の要因や、その

企業そのものの要因によっても大きく変動するため、リターンやリスクの推計がいっそう難

しくなる。資産クラスのレベルではすべてが市場指数を用いていたので、市場リスクだけで

あった。ファンドのレベルでは、マネジャー固有の要因があるとはいえ、βやスタイル要因

の説明力はそれなりに高かった。個別銘柄では、こうした要因による説明力ははるかに低く、

ほとんどが固有リスクになってしまう。したがって、固有リスクを十分に分散するためには

数多くの銘柄を保有しなければならないだろう。では、どのくらい多くの銘柄があればリス

ク分散は十分に実現できるだろうか。以下では日本の株式でポートフォリオを構築したケー

スを実例としてみてみよう。

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第4章 個別証券ポートフォリオ

47

2 株式ポートフォリオの実例

 我が国の代表的な上場企業の株式を例にみてみよう。ここで取り上げる12銘柄は年金ファ

ンドなど機関投資家には広く保有されている銘柄であり、また個人投資家にとってもなじみ

のある企業である。

 12銘柄の株式ポートフォリオ

 図表4-1はこれら12社の株式について、過去37年分(1975年1月~ 2011年12月)の月

次リターン・データから得られたリスクの推計値である。それぞれの銘柄のトータル・リス

クσは平均で32.7%と、TOPIXの18.8%よりもはるかに高い。TOPIXを市場指数とし、それ

ぞれの銘柄ごとにトータル・リスク(分散)を市場リスクと固有リスクに分解し、トータル・

リスクに占める固有リスクの割合を測定してみると、平均して71.9%を固有リスクが占めて

いることがわかる。言い換えれば、市場リスクで説明できるのは、わずか28.1%しかないこ

とになる。

 ここで、一つの実験をしてみよう。この12銘柄の過去37年間の実績値であるリターン、

リスク、相関係数を用い、各銘柄の組入比率がプラスであることを制約条件として、効率的

フロンティアを描いてみると図表4-2となる。実際には、1975年当時の投資家が将来37

年間のリターン、リスク、相関係数を事前に正しく推計していたと想定するのは無理があり、

この12銘柄からこのような効率的フロンティアが描けることを想像できなかったに違いな

い。(ちなみに、「効率的フロンティア」という概念そのものが、当時我が国の投資家の間に

図表4-1 個別銘柄とポートフォリオのリスク分析

データ出所:日本証券経済研究所「株式投資収益率」よりイボットソン・アソシエイツ・ジャパンが計算。

市場リスク(%) 固有リスクβ σ(%) ③=TOPIXの 固有リスク(%)構成比(%)

銘柄コード 会社名 ① ② 標準偏差×① ④=√(②2-③2) (④2÷②2)1 2503 キリンホールディングス 0.81 27.1 15.3 22.4 68.32 4063 信越化学工業 0.96 36.5 18.0 31.8 75.73 4502 武田薬品工業 0.72 28.7 13.5 25.3 77.84 5108 ブリヂストン 0.81 31.9 15.1 28.1 77.55 5201 旭硝子 1.10 31.6 20.7 23.9 57.06 5401 新日本製鐵 1.18 34.8 22.2 26.9 59.57 6301 小松製作所 0.98 34.4 18.4 29.1 71.48 7203 トヨタ自動車 0.82 33.4 15.4 29.7 78.89 7751 キヤノン 0.84 35.4 15.8 31.7 80.1

10 8058 三菱商事 1.13 35.8 21.2 28.8 65.011 8802 三菱地所 1.17 36.5 22.0 29.2 63.612 9502 中部電力 0.48 26.1 9.1 24.5 87.9

平均 0.92 32.7 17.2 27.6 71.9

12銘柄等金額ポートフォリオ 0.92 20.5 17.2 11.0 29.1市場指数 配当込みTOPIX 1.00 18.8 18.8 0.0 0.0

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48

浸透していたかどうかは、極めて疑わしい。日本証券アナリスト協会が証券アナリスト第1

次試験の第1回を実施したのが1978年、第2次試験を実施したのが1981年だからである。)

 この投資家は、現代ポートフォリオ理論の知識をまったく持っていなかったが、リスク分

散の重要性については直観的に理解していたので、これら12銘柄にそれぞれ等しい金額(つ

まり運用資産額の8.33%ずつ)を振り分けた等金額ポートフォリオを保有することにした。

37年後のわれわれが計測したリターン、リスク、相関係数を用いれば、このポートフォリ

オのリターンとリスクの推計値は、図中の点Pとなる。ナイーブな投資家の等金額保有戦略

もあながち捨てたものではない。なぜなら点Pの位置は、効率的フロンティアの上の最小分

散ポートフォリオにかなり近接しているからである。

 個別銘柄一つ一つをみると標準偏差は大きく、それぞれに占める固有リスクの割合が72%

程度と高かったが、わずか12銘柄でもそれらをポートフォリオとして保有した場合にはそ

のリスクはTOPIXと同程度の標準偏差まで低下し、かつリスクに占める固有リスクの割合

は29%にまで削減されている。さらに保有銘柄数を増やしていれば、この固有リスクはさ

らに低下したであろうと想像できる。

 そこで、この12銘柄のポートフォリオ(ベンチマークをTOPIXとすればアクティブ・ポー

トフォリオといえる。)とTOPIX(パッシブ・ポートフォリオ)の組合せによるハイブリッ

ド型運用の可能性を検討してみよう。図表4-2でポートフォリオPとTOPIXの間にある4

つの△点は、ポートフォリオPとTOPIXで構成された合成ポートフォリオ群で、組入比率を

20%ずつ変更した場合の4つの場合を示している。ポートフォリオPのβは0.92なので、弓

形のフロンティアの湾曲は非常にゆるい。このように、パッシブとアクティブを組み合わせ

図表4-2 個別銘柄のリスク・リターンと効率的フロンティア

(1975/01-2011/12)

信越化学工業

武田薬品工業

旭硝子新日本製鐵

トヨタ自動車

キヤノン

三菱商事P

TOPIX

キリンブリヂストン

小松製作所

三菱地所中部電力

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

20

0 5 10 15 20 25 30 35 40標準偏差(年率%)

平均リターン(年率%)

12銘柄による効率的フロンティア

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第4章 個別証券ポートフォリオ

49

た場合でも、アクティブの固有リスクが相当程度すでに削減されている場合には、トータル・

リスクの削減には限界があることがわかる。ただし、以下に述べるようにアクティブ・リス

クについてはさらに分散できる。

 さて、ポートフォリオPにおいて固有リスクがトータル・リスクのうちで29.1%残ってい

るということは、それだけTOPIXに対してアクティブ・リスクをとっていることになる。

そのリスクの報酬として、このポートフォリオはTOPIXに対してアクティブ・リターンを

得ていたことになるが、アクティブ・リスクは具体的には何パーセントであったのだろうか。

 図表4-3は、各銘柄のTOPIXに対する超過リターンであるアクティブ・リターンを縦

軸に、その標準偏差であるアクティブ・リスクを横軸に描いている。アクティブ・リターン

とアクティブ・リスクが共に0%である原点は、TOPIXそのものである。これらアクティブ・

リターンと、その標準偏差、および銘柄間のアクティブ・リターンの相関係数をもとに、各

銘柄の組入れ比率がプラスであることを制約条件として、アクティブ・リスク・リターンの

効率的フロンティアを描くと図中の曲線となる。個別銘柄それぞれのアクティブ・リスクは

標準偏差で概ね20 ~ 30%程度であるが、ポートフォリオを組んだ場合にはそれは10%程度

まで削減できることがわかる。

 原点からの直線は点Tでフロンティアに接しており、このポートフォリオTではインフォ

メーション・レシオが最大となっている。もちろん、37年前の投資家が12銘柄すべてのア

クティブ・リターンとアクティブ・リスクおよび相関係数をすべて正確に予想していたと想

定するのは無理がある。この投資家は単に等金額保有で分散投資戦略を実行していただけで

図表4-3 個別銘柄のアクティブ・リスク・リターンとアクティブ・フロンティア

(1975/01-2011/12)

信越化学工業

武田薬品工業

旭硝子

新日本製鐵

トヨタ自動車

キヤノン

三菱商事PT

キリン

ブリヂストン

小松製作所

三菱地所中部電力

TOPIX

0

2

4

6

8

10

12

0 5 10 15 20 25 30 35アクティブ・リスク(年率%)

アクティブ・リターン(年率%)

12銘柄による効率的フロンティア

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50

ある。この投資家のポートフォリオのアクティブ・リターンとアクティブ・リスクを計測し

てみると点Pであった。最小分散ポートフォリオとインフォメーション・レシオ最大のポー

トフォリオTの中間に位置しており、素朴な分散投資戦略の割には、かなり的を射ていると

いえるだろう。

 パッシブ運用とアクティブ運用

 さて、アクティブとパッシブを組み合わせたポートフォリオはどうなるだろうか。

図表4-3の△点は、前述と同様にポートフォリオPとTOPIXで構成された合成ポートフォ

リオ群で、組入比率を20%ずつ変更した場合の4つの場合を示している。これらのポートフォ

リオは、理論的にはPとTOPIXをつなぐ点線上に位置することになる。これは、アセット・

アロケーションにおいて接点ポートフォリオと安全資産を結んだ場合と似ている。

 もちろん、このポートフォリオ実験は後講釈ではある。ここに取り上げた12社は今日い

ずれも産業界を代表する企業であるが、37年前の投資家がこの12銘柄の将来性を正しく判

断し、今後37年間でTOPIXを平均的にアウト・パフォームすると確信していたという保証

はない。しかし、このわずか12銘柄で構成されたポートフォリオが市場指数をアウト・パ

フォームしたという事実は、銘柄選択によってパフォーマンスに差異が発生することを認識

させる。また、さほど多くの銘柄を保有しないポートフォリオでも、固有リスクをある程度

効果的に削減でき、ポートフォリオ全体のリスク水準を市場指数にかなり近づけることがで

きるということが、この簡単な実験からわかる。

 この結果をどのように解釈するかが、パッシブ運用とアクティブ運用という2つの流派の

違いとなって現れる。

パッシブ運用:誰にとっても「正しく推計する」ことは困難だから、そうした努力をしな

いで市場の全銘柄を時価総額に応じてそのまま保有すればよい。正しい株価がついてい

ないとしても、過大に評価された(割高な)銘柄もあれば、その逆もあるので、市場全

体としては誤差が相殺されているはずである。

アクティブ運用:誰にとっても「正しく推計する」ことは困難だから、株価は本来の価値

と乖離して割安であったり、割高であったりするはずだ。全銘柄でなくても一部の銘柄

だけを対象として分析し、割高な銘柄を売って(あるいは保有しないで)、割安な銘柄

を保有すれば、市場平均以上のリターンが期待できるであろう。

 パッシブ運用とアクティブ運用の哲学の違いは、資本市場理論を持ち出せば、「効率的市

場仮説が成立していることを信じるかどうか」が分かれ目となる。ただし、この仮説そのも

のを厳密に検証すること自体が難しいため、この議論を持ち出すと不毛な論争に陥り、宗教

上の教義論争にも近くなる。むしろ実務的な立場からは、「あらゆる銘柄の株価が正しく値

付けされているとは限らないが、それを正しく推計することは困難である」と認めた上で、「だ

から、マネジャーはどうするのか?」という行動規範につながる分類方法のほうが現実に即

しているといえよう。

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第4章 個別証券ポートフォリオ

51

 パッシブ運用とアクティブ運用にはそれぞれ利点と欠点がある。まずパッシブ運用にはマ

ネジャーの恣意性はほとんど入る余地がなく、評価が容易であり、運用報酬コストも低い。

大手運用機関1社に大量の資金を委託して実現できるため、スポンサー(投資家)にとって

管理コストも低い。市場が効率的で株価形成が妥当であれば、効率的な運用手法である。

 アクティブ運用は、マネジャーの投資スタイルや運用能力に依存して、ベンチマークの市

場指数を上回る成果を目標としているが、それが実現される保証はない。運用評価の基準が

マネジャーごとに違う可能性があり、運用報酬も高い。マネジャー・リスクを分散するため

には、複数マネジャーに委託することになり、管理コストが高い。

 したがってアクティブ運用よりもパッシブ運用のほうが有利にみえるが、パッシブだけだ

と市場の効率性が保たれないというパラドックスが生じる。なぜなら、パッシブ運用が成立

するためには市場が効率的で、株価形成が妥当に行われていることが前提となっているが、

それを行っているのはアクティブ・マネジャーに他ならないからだ。すべての運用者がパッ

シブになって、誰もアクティブな株価判断を行わなくなったとしたら、妥当な株価は形成さ

れなくなってしまう。やや言い方に語弊があるが、パッシブ・マネジャーはアクティブ・マ

ネジャーが形成する株価に「ただ乗り」しているともいえる。パッシブ・マネジャーの運用

報酬が低いのは、こうした理由によっても正当化される。

 しかし、パッシブであれ、アクティブであれ、それぞれ実務的なプロセスではさまざま

な問題が生じることがある。以下では、それぞれの典型的な問題点をPLAN、DO、SEE、

ACTの各局面別にみてみよう。

パッシブ運用の実務的な課題

 パッシブ運用の代表はインデックス・ファンドである。これは一見簡単そうに思われるが、

実はそうでもない。まず相当の資金量を必要とすることがあるが、むしろ本質的な問題は組

入れ銘柄が運用者の裁量では決められないことにある。

 例えば、東証第一部全銘柄をカバーしているTOPIXをベンチマークにしたインデックス・

ファンドを運用していたとしよう。そこにある日、新しく1銘柄が新規上場したとしよう。

ファンドに追加資金がない場合には、この1銘柄を組み入れるために他の全銘柄を少しずつ

売却して、ポートフォリオのウェイトを調整しなければならない。時価総額の小さい銘柄で

あればその調整幅は少なくて済むだろうが、例えば実際にNTTドコモが東証第一部に突然

登場したときにはインデックス・ファンドの組入比率の調整幅はかなり大きかった。

 全銘柄が対象ではない市場指数の場合、インデックス・ベンダーの意向によって銘柄入替

えが行われることがある。例えば、S&P500、日経225やMSCIがその例である。インデック

ス作成者が銘柄を入れ替えた場合、インデックス・ファンドもこれに追随して銘柄を入れ替

える必要に迫られる。

 また、昨今では有価証券の虚偽記載や不当な会計操作による企業側の不祥事が相次いでい

る。アナリストが分析していれば「怪しい」と判断した銘柄はアクティブ運用ではポートフォ

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リオから排除することも可能だが、インデックス運用ではそうした判断なしにインデックス

採用銘柄を保有する場合が多いので、こうした事件が起きるとその損失を被ることになる。

 さらに投機熱やパニック的不安によって一部の銘柄で異常に高い(または低い)株価がつ

くことがある。例えば、90年代末期のITブームではインターネット関連銘柄に投機熱が集

中し、通常のバリュエーションでは正当化できない高い株価をつける銘柄が続出した。この

ような時期でもインデックス・ファンドは割高・割安の判断を一切しないので、これらの銘

柄をポートフォリオに組み入れることになる。異常な株高のせいで時価総額が大きくなって

いるだけに、組入比率も大きくなるのでその影響は無視できない。

アクティブ運用の実務的な課題

 個別銘柄を組み合わせたアクティブ・ポートフォリオでも、アセット・アロケーションや

マネジャー・ストラクチャーの場合と同様に、基本的にはリターンをどのように追求するか、

リスクをどのように削減するかが課題である。ただし個別銘柄ポートフォリオ、特にアクティ

ブ運用を行うに際しての特有の問題をPLAN、DO、SEE、ACTの局面別に挙げれば、次の

ような点である。

PLAN

1.組入候補となりえる銘柄ユニバースが極めて大きく、調査・分析に多大な労力を要する。

調査対象の銘柄数をどれだけカバーするのか、そのためにアナリストを何人動員するのか、

内部のアナリストが行うのか、証券会社や第三者機関など外部アナリストの調査を使うの

か。

2.リターンの源泉を何に求めるかが、マネジャーの投資哲学やプロセスによってさまざま

に異なる。ファンダメンタル分析に基づく本来の株式価値Vと市場での株価Pとの間にP<

Vの関係がある場合に「買い」、逆にP>Vの場合に「売り」である。ただし、P<Vと判断

する場合の根拠がマネジャーの投資哲学とスタイルによって異なる。哲学の異なるマネ

ジャーが同一組織内でチーム・プレーをするのは極めて難しい。

3.個別銘柄ではリターン変動が極めて大きく、しかもその変動に占める銘柄固有リスクの

割合が大きいため、どれだけの銘柄を保有して分散投資の効果をえるか。銘柄選択が仮に

正しかったとしても少数銘柄に集中投資するとリスクが高く、そのリスクを分散しようと

すると期待リターンがだんだんと希釈されるというトレード・オフがある。

4.銘柄数が多いだけに、それぞれの銘柄のポートフォリオにおける構成比をいかに決定す

るかが問題である。上記 3の理由によって、リターン変動の中での固有リスクが大きいだ

けに、銘柄間の相関係数が不安定であるためである。

DO

5.特に大規模な資金を運用する機関投資家の場合には、売買執行にあたって流動性リスク

に直面し、執行コストが生じることがある。例えば、ある銘柄を大量に売買しようとした

ときに自らの売買行動で株価を動かしてしまうマーケット・インパクトや、それを避ける

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第4章 個別証券ポートフォリオ

53

ために小口売買で時間をかけて執行した場合にその間の値動きが生じるため、結果的に意

図した株価水準で売買できないという機会コストなどである。

6.アクティブ運用は株価とその企業価値を対比した割高・割安の判断に基づいているので、

売買の判断をつねに迫られる。株価が時々刻々と動くことに加え、推計された企業価値も

一定ではない。マクロ経済の動向や企業の業績動向に応じて、企業価値も変化するため、

ある銘柄を購入したときの「目標株価」(企業価値を反映した正しい株式価値)も「動く標的」

になるからだ。この結果、判断が頻繁に変わるようだと売買頻度が高まり、結果として取

引コストが高くなる可能性がある。

SEE

7.パフォーマンス評価が短期間では極めて困難である。仮にポートフォリオの投資リター

ンがベンチマークを上回る良好な成績を上げたとしても、短期間ではそれがアナリストの

銘柄選択がよかったのか、ファンド・マネジャーのポートフォリオ構築が巧みだったのか、

その両方だったのか、あるいは全くどれでもなくただ「運が良かった」だけなのかを計量

的に特定することは困難である。

8.マネジャー自身のパフォーマンス評価基準が、委託者側の評価基準と異なる場合がある

(というよりも、多くみられる)。特にアクティブ運用の場合に、マネジャーが特定の投資

スタイルを持っており、委託者側がそれを理解しているとしても、しばしば委託者側が異

なるスタイルのマネジャーに対して市場指数をベンチマークとして一律に適用することが

みられ、これが評価を混乱させる一因となりがちである。

ACT

9.銘柄入替えは、ある銘柄を当初購入したときの目標が達成されて、もはや他の銘柄や市

場平均に対して超過収益が期待できなくなったと判断したときに売却するのが原則であ

る。しかし、「値上がりした銘柄の売りが早すぎ、値下がりした銘柄の売却が遅すぎる」

傾向がある。これは行動ファイナンスの研究から示唆されている投資家行動で、値下がり

した銘柄を売却することで損失を確定することによって自らの判断の誤りを認めることに

なる、という心理が働くからである。

10.上記と逆に、バリュエーションに基づく判断とは別に、値下がり銘柄を売る行動をとる

ことがある。年度末の報告書に値下がり銘柄がリストアップされているのは、顧客に対し

て「見栄えが良くない」からという理由で、年度末を迎える前にそれらを処分してしまお

うという「粉飾」(window dressing)をとるファンドもあるからだ。

 このようにパッシブ運用であれ、アクティブ運用であれ、現実にはさまざまな実務的な問

題がある。これらの問題に対して適切に対処し、ポートフォリオの品質管理を行うことが、

まさしくポートフォリオ・マネジメントに求められている。

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54

3 株式ポートフォリオ・マネジメントの実務的プロセス

 このように潜在的な投資対象が非常に多い株式の個別銘柄ポートフォリオのプロセスで

は、さまざまな障害が発生しがちである。だからこそ、ポートフォリオの「品質管理」のた

めのマネジメント・プロセスが特に必要となってくる。しかも、それは単にポートフォリオ・

マネジメント・プロセスのテクニックの問題ではなく、より根源的には運用組織マネジメン

トの経営哲学であり、アナリスト、ファンド・マネジャー、トレーダーから顧客担当マネジャー

にいたる組織の中の人々に共有されるべきカルチャーという質的な側面が強い。

 投資スタイルを規定する5つの「P」

 一般に、資産運用機関の質の定性的評価ではPhilosophy(投資哲学)、People(人材の資

質)、Process(投資プロセス)、Portfolio(またはProduct:金融商品=ファンド)、そして

Performance(アウトプットとしての投資リターン)の5つの「P」が重要であるといわれて

いる。これらの総体がいわば投資スタイルを形成する要素であり、PDSAサイクルを実現す

るための要素でもある。年金コンサルタントや投信評価会社など外部評価機関やスポンサー

(年金基金など)が、マネジャー選択において留意すべき定性的な評価項目もこの点にある。

 以下に5つの「P」それぞれについて、評価・確認を行うべき主要項目を列挙する。

① Philosophy(投資哲学)

   市場を効率的とみるか、そうでないか。市場が効率的でないと考えるならば、価格形成

の歪みはなぜ生じるのか。自分はそれを見つけられるのか。また、それは持続性があるの

か。なぜ、持続するのか。投資収益の根源はどこに求めるべきか(企業価値の変化か、株

価の変化か、あるいはインカム収入か)。市場を利用して超過収益を獲得できると自分が

信じるのはなぜか。それは、経験的事実に裏打ちされているのか。さらに他人(顧客)に

対しても説得力があるのか。

② People(人材の資質)

   マネジャーはその投資哲学をどのような経験から身につけたのか。そのマネジャーの投

資哲学を共有するアナリストは、どのような資質や技能を持っているか。アナリストやマ

ネジャーをどう採用するのか、どう育成しているのか。あるマネジャー一代かぎりではな

く、組織としてその運用機関が存続するために、その投資哲学はいかにして世代を越えて

受け継がれていくのか。

③ Process(投資プロセス)

   投資哲学を現場で実践するために、具体的にどのような手順でそれを実行するのか。そ

のプロセスは、これまでどのくらいにわたって実践されてきたのか。そのプロセスは、マ

ネジャーやアナリストが世代交代しても継続的に実践できる再現可能性を持っているか。

④ Portfolio(またはProduct:金融商品=ファンド)

   ポートフォリオは運用機関が生産する製品であり、顧客に提供されるものである。マネ

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第4章 個別証券ポートフォリオ

55

ジメント・プロセスの究極の目的は、この製品の「品質管理」である。これが顧客の求め

る品質を満たしているか、作り手であるマネジャーやアナリストの意図を反映しているか。

⑤ Performance(アウトプットとしての投資リターン)

   資産運用会社がサービス業として顧客に提供するもの(アウトプット)は、投資パフォー

マンスである。そのアウトプットは、どのようなリスクとリターンの特性を持っているか。

それはマネジャーが意図したものであったか、あるいは偶然にすぎないのか。その投資パ

フォーマンスには、投資スタイルやリスク特性、リターン生成の仕組みに一貫性があるの

か。

 過去の運用実績もさることながら、問題はこれから先の将来に運用を委託すべきか(継続

すべきか)どうかの判断である。「5つのP」は、その運用組織に過去の優れた実績を再現

できる「持続性・一貫性」がどれだけあるか、を示唆するものである。哲学、人材、プロセス、

ポートフォリオ、パフォーマンスが一体となって整合性をもち、過去から将来にわたる持続

性・一貫性を示していれば、その運用機関は十分に信頼するにたると判断されるわけである。

 ここで重要な点は、5つのPは上記の順序で論理的に一体となっており、ポートフォリオ・

マネジメント・プロセスは、その前提となるPhilosophy, Peopleという2つの要素と、その

帰結であるPortfolio(Product)、Performanceという2つの要素をつなぐものと位置付けられ

ている。言い換えれば、プロセスはその他の4つの要素と整合的に一体となっているべきも

ので、プロセスだけを切り離して議論することは無意味である。これらの5つの総体を「投

資スタイル」という。

 これらの5つのPがどのように現場で実践されるかは、それぞれの運用機関によって異な

る。ここでは実在の会社をモデルにX社とY社という2つの運用機関をケース・スタディと

して取上げ、図表4-4に掲げてある。5つのPそれぞれについてこの2社は対照的でスタ

イルはまったく異なるものの、それぞれの会社についてみると5つのPに関して一貫性・整

合性があることがわかる。

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56

図表4-4 ケース・スタディ:X社とY社における5つのPと投資スタイル

X社 Y社

Philosophy 株価は企業価値を反映していないこと

がある。なぜなら投資家は過剰反応し

がちであり、株価はファンダメンタル

ズに比べて一時的に割安になることが

ある。投資家心理が株価のミスプライ

シングを引き起こすことは、過去30年

間のデータによって実証されている。

株価は企業価値を反映していないこと

がある。なぜなら投資家の将来予想は

短期的で、長い将来を展望していない。

ファンダメンタル分析によって成長性

のある企業を発掘し、長期的に保有す

ることで市場平均以上のリターンを獲

得できる。

People 創業者X氏は博士号をもつ元大学教授

で、ポートフォリオ最適化理論の権威

である。部下には証券アナリストは一

人もいないが、工学博士号をもつエン

ジニアとプログラマーが数人いる。創

業者が仮に引退しても、彼のアイデア

はエキスパート・システムとしてコン

ピューター・プログラムに組み込まれ

ている。

創業者Y氏はもともと証券会社のアナ

リストで、さまざまな業種を担当した

経験25年のベテランである。多くの企

業を実地に分析し、成長企業を早い時

期から推奨してきた実績がある。部下

には経験を積んだ業種アナリスト10人

を擁している。新社員はすべて中途採

用で、アナリストや事業会社での経験

者のみ。

Process 全銘柄ユニバースを対象とし、独自

の計量的バリュエーション・モデルに

よって日々の株価から割安・割高を算

出している。

割安銘柄を買い、割高銘柄を売るとい

うコンピューター・プログラムの指示

によって最適ポートフォリオを組み、

自動発注システムで売買を執行してい

る。長期保有にはこだわらず、機動的

に売買実行するが、取引コストも最適

化した執行プログラムを持つ。

マクロ経済的にみて成長性の高いと見

込まれる数業種に特に調査の重点を置

く。企業のファンダメンタル分析によ

り、収益力・成長力・財務リスクなど

を多角的に判断し、経営陣との面接調

査により経営戦略を重視。

株価が将来の成長性を十分に織り込ん

でいないと判断すれば購入。基本的に

長期保有の姿勢で、売買は必要最小限

にとどめており、回転率は低い。

Portfolio

(Product)

約100銘柄を保有。βのターゲットは

1.00。スタイルはややバリューに傾斜

しているが、業種別エクスポージャー

はほぼ中立化している。市場リスクや

業種リスクを極力排しているが、市

場指数とはやや異なる特性を持ってい

る。

約50銘柄を保有。βは0.85 ~ 1.10の範囲で、特にターゲットは設定してい

ない。スタイルはグロースに顕著に傾

斜している。業種別には、電子機器、

医療、サービス、情報通信など技術進

歩が期待できる分野に重点がある。

Performance 市場指数を年率平均2.5%アウト・パ

フォーム。トラッキング・エラーは平

均3.5%で、インフォメーション・レ

シオは約0.70。ベンチマークに連動し

つつ、ほぼ一貫してαを獲得している。

かなり市場指数をベンチマークとして

意識しているバリュー型運用である。

市場平均を年率平均4%アウト・パ

フォームしてきたが、トラッキング・

エラーは10%以上でかなり大きいた

め、インフォメーション・レシオは

0.40。成長株への長期投資を掲げてお

り、市場平均との連動性やインフォ

メーション・レシオには、まったく無

関心である。

投資スタイル バリュー型 グロース型

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第4章 個別証券ポートフォリオ

57

 マネジメント・プロセスの類型

 ここでポートフォリオ・マネジメントのプロセスをいくつかの角度から類型化しておこう。

現実のマネジメントはこれらの複合形態をとるのが普通であるが、以下のように概念上の整

理をしておくことは、実際のマネジメント・プロセスを理解し、自ら実行する上で役立つで

あろう。事例として挙げたX社とY社をここでも取り上げる。

① 銘柄選択 vs. ポートフォリオ構築

 ポートフォリオの構築プロセスは、第1に「どの銘柄を選択するか」という銘柄選択と、

第2に「選択した銘柄をそれぞれどれだけ組み入れるか」というポートフォリオ構築の問

題に切り分けられる。大組織の運用機関では前者が主にアナリスト、後者がファンド・マネ

ジャーにそれぞれ役割分担されていることがある。ただし、本来これら2つの問題は相互に

関連しており、単純に切り離しては議論できない。

 例えば、前掲のX社の場合、構築されるべきポートフォリオの姿が事前にイメージされて

おり、そのポートフォリオに組み入れるにふさわしい適切な銘柄が選別されるという仕組み

になっている。また、Y社の場合には、マネジャーが選択した銘柄に対してどれだけの自信

をもっているかによって組入比率が違ってくる。

② トップダウン vs. ボトムアップ・アプローチ

 銘柄選択の手順に関する古典的な分類には、マクロ経済動向や産業動向から出発して有望

なセクターを特定して銘柄を選別していくトップダウン・アプローチと、個別企業のファン

ダメンタル分析に基づくバリュエーションを積み重ねていくボトムアップ・アプローチとい

う分類がある。事例のX社の場合はボトムアップ型、Y社の場合はトップダウン型の典型例

である。しかし、現実にはこれらの複合形態がとられることが多いはずである。なぜなら、

ボトムアップ型であっても産業動向分析から個別企業の将来キャッシュ・フローの予測は欠

かせないし、トップダウン型にしても最後は特定の企業の株価評価に落とし込まなくてはな

らないからだ。

③ 大型株 vs. 小型株

 これは投資スタイルというよりも、投資対象セクターととらえるべきである。大型株と小

型株の最大の違いはリスク要因の構造にあり、大型株では市場リスクや業種固有リスクがそ

れなりの影響力をもっているが、小型株においては個別企業に特有の銘柄固有リスクがはる

かに大きい。4.1節の事例で取り上げた12銘柄はいずれも大型株であったので、これらだけ

でTOPIXをベンチマークとするポートフォリオが構築できた。小型株の場合には、銘柄固

有リスクを分散するためにはより多くの保有銘柄を必要とする。したがって、大型株と同程

度に固有リスクを分散しようとすると、小型株では必然的にポートフォリオの保有銘柄数が

多くなる。ここでも、銘柄選択とポートフォリオ構築が不可分の関係になる。

④ グロース vs. バリュー

 株式投資スタイルは大別してグロースとバリューに分類されるが、これは単に保有銘柄の

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58

特徴やスタイル指数との感応度の問題ではない。むしろ、株式バリュエーションの考え方の

違いであり、一般の投資家と違った判断をマネジャーがどこで行っているかの違いでもある。

 すでに証券分析とPM1次「株式分析」で学習したとおり、証券が生み出す将来のキャッ

シュ・フロー CFの流列をある割引率 rで現在価値Vに引き直し、これを市場価格Pと対比す

ることがバリュエーションの一般的な方法である。一般的なキャッシュ・フロー割引モデル

で現在価値Vは、

N

tt

t

rCF

V1 1

=+=

Σ( )

と表される。市場価格Pに対して、P<Vならば割安(買い)、P>Vならば割高(売り)と

いう判断になる。ここまではグロース・マネジャーにもバリュー・マネジャーにも共通して

いるはずだ。

 ところで、分子のキャッシュフロー CFと分母の割引率 r はともに「推計値」あるいは「期

待値」である。一般にグロース・マネジャーの銘柄調査は分子に注目し、キャッシュ・フロー

の将来の成長性を他の投資家(市場参加者)よりも高く推計する場合にP<Vという判断に

いたる。Y社のアナリストは、このタイプである。

 一方、バリュー・マネジャーの投資対象企業は、将来の成長性が期待されていないばかり

か、業績不振や財務リスクなどなんらかの懸念材料を抱えていることが多く、他の投資家か

らは高いリスク・プレミアムを要求されて割引率 rが一時的に高くなった結果、株価Pが低

迷していることが多い。バリュー・マネジャーは、これを本来あるべきと考える、より低い

割引率で評価しているのでP<Vと判断する。X社はこの判断をコンピューター・プログラ

ムで実行している。

 このような銘柄選択へのアプローチが違う結果として、バリュー・マネジャーの保有銘柄

にはPERやPBRが低い銘柄が多くなりがちであり、グロース・マネジャーは逆にROEや期

待成長率が高く、それだけに市場平均よりも高いPERやPBRの銘柄を保有する傾向にある。

こうした保有銘柄の特性を反映して、投資スタイルを便宜的に市場指数で代表させるために

作成されているのが株式スタイル・インデックスである。

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第5章 パフォーマンス測定と評価

59

第5章 パフォーマンス測定と評価

1 パフォーマンス評価の目的

 ポートフォリオのパフォーマンス評価はPDSAプロセスの S(See)にあたる。アセット・

アロケーション・レベル、マネジャー・ストラクチャー・レベル、銘柄ポートフォリオ・レ

ベルの3段階のそれぞれで、運用計画(Plan)とその実施(Do)に対してフィードバック

を行い、より一層の運用プロセスの改善(Act)に役立て、将来のパフォーマンス向上を図

ることが目的である。

 パフォーマンス評価の目的は、実現したリターンが、意思決定者(投資家=スポンサー、

または運用受託=マネジャー)の運用方針に基づき、意図したリスクを取った結果であるの

か、あるいは意図せざるリスクによって生じたのかを検証することにある。また、ポートフォ

リオの投資収益率(リターン)の要因分析を行うことにより、獲得されたリターンがスポン

サーの運用方針に基づくものか、マネジャーの運用能力の巧拙によるものか、もしくは、そ

れ以外の偶発的要因に基づくものかを判定することができる。

 パフォーマンス評価の基本的なプロセスは、運用方針に基づき、⑴パフォーマンス測定・

評価方法を確立し、⑵パフォーマンスを様々な方法で測定し、⑶パフォーマンスの良し悪し

を判断・評価し、⑷運用方針や運用プロセスの改善に役立てることである。

 パフォーマンス測定・評価方法は、パフォーマンス評価者の立場や役割によって異なる。

企業年金の資産運用におけるパフォーマンス評価を例にとると、母体企業が年金資産全体

のポートフォリオのパフォーマンスを評価する場合はキャッシュフローの影響を考慮した金

額加重収益率を用いるべきであろうし、年金基金の運用執行理事がマネジャーの運用の巧拙

を評価する場合にはキャッシュフローの影響を排除した時間加重収益率を用いるべきであろ

う。(なお、金額加重収益率と時間加重収益率に関しては、すぐ後で説明する。)

 また、アセット・アロケーションが方針通りに実行されているかを評価するためには、パ

フォーマンス要因分析を行う必要があるだろう。そして、マネジャーが銘柄ポートフォリオ

のパフォーマンス評価を行う場合には、個別銘柄の構成比率を基にマルチファクター・モデ

ルによるクロスセクション分析を行い、アクティブ・リスクの要因分解まで行う必要があろ

う。

 例えば、機関投資家の視点で、ある年のポートフォリオ全体のリターンが15%になった

場合、絶対水準が高いだけで手放しに喜んでばかりはいられない。なぜなら、このポート

フォリオの運用方針である資産構成比率(ポリシー・アセットミックス)が、株式50%、債

券50%であったとし、それぞれのベンチマークのリターンが38%、2%であったとすると、

ポリシー・アセットミックス(複合ベンチマーク)のリターンは、20%(=38% ×50%+

2%×50%)となり、実際のポートフォリオは複合ベンチマーク対比5%も劣後(アンダー・

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60

パフォーム)したことになるからである。

 このアンダー・パフォームの要因として、①実際のポートフォリオの株式の組入比率が

50%未満であった場合、②各資産クラスのリターンがベンチマーク対比でアンダー・パ

フォームしていた場合、③株式の組入比率が50%以上であったにもかかわらず、外部に運

用委託している運用機関が大幅にベンチマーク対比アンダー・パフォームした場合など様々

な要因が考えられるが、実際のリターンや残高データを用いたパフォーマンス要因分析によ

り、アンダー・パフォームの要因が特定できれば、運用プロセスの改善に道筋が見えること

になる。

2 リターンの測定

 パフォーマンスを評価するためには、まず評価対象となるリターンを正しく測定しなくて

はならない。本節では、リターンの測定方法について簡単にまとめておく。

 1期間のリターン

 投資収益率(厳密にはRate of Returnで、一般的にリターンと呼ばれている)は、投資成果(投

資の収益性)を測定するために、投下資金価額に対する投資期間中の収益(キャピタル・リター

ン「値上り益、または値下り損」とインカム・リターン「配当・利息収益」)で計測される。

キャピタル・リターンとインカム・リターンの合計をトータル・リターンという。

① トータル・リターン

 1つの資産 i の1期間 t のトータル・リターン r i , t は、インカム・リターンとキャピタル・

リターンの合計として以下の式で測定される。

1

1

1

1

1,

)(

−+=

−+=

t

ttt

t

tt

t

tti P

PPIP

PPPI

r

I t: t 期中のインカム

Pt: t 期末の資産価格

② ポートフォリオのリターン

 N個の複数資産からなるポートフォリオ p の1期間 t のトータル・リターン rp, tは、各資産

i のポートフォリオに占める期初(前期末)のウェイトwi,t -1の加重平均として測定される。

∑=

−=N

itititp rwr

1,1,, 1

11, =∑

=−

N

itiwただし、

 多期間の平均リターン

 過去の実績の収益性を測定する場合や比較する場合は、投資期間を考慮する必要があり、

通常、1年あたりで測定された「平均投資収益率(平均リターン)」を用いることが多く、「年

率30%」とか、「30%(年率換算後)」と表示する。

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第5章 パフォーマンス測定と評価

61

 複数期間(例えば n 年間)の投資収益率を用いて1期間(例えば1年)あたりの平均投資

収益率を計測する方法には⑴算術平均と⑵幾何平均の2通りがある。

① 算術平均リターン(AMR: Arithmetic Mean Return)

 1年目、2年目、・・・、n 年目のリターンが、それぞれ r1、r2、・・・、rnであるとき、「算術

平均リターン: aR 」を求める式は次のようになる。

nrrrR na

+++= ・・・21算術平均リターン

② 幾何平均リターン(GMR:Geometric Mean Return)

1年目、2年目、・・・、n 年目のリターンが、それぞれ r1、r2、・・・、rnであるとき、「幾何平

均リターン: gR 」を求める式は次のようになる。

)1()) 1)(1( 21 +++1( + =nng rrrR ・・・幾何平均リターン

1)1()1)(1( 21 −+++= nng rrrR ・・・幾何平均リターン

 また、n 年目の資産価額をWnとすれば、11

22

0

11 )1(,,)1(,)1(

−=+=+=+

n

nn W

WrWWr

WWr ・・・ なの

で、「幾何平均リターン: gR 」は次式の通り計測期間 n と、期初資産価額W0、期末資産価

額Wnで計測することができる。

011

2

0

1

WW

WW

WW

WW n

n

n =−

・・・・・・)1( + =ngR幾何平均リターン

=gR幾何平均リターン 10−n n

WW

 では、パフォーマンス測定に適しているのは、算術平均リターンと幾何平均リターンのど

ちらであるか、まず簡単な設例で考えてみることにしよう。

【設例1】

 あるファンドを100万円で購入したところ、1年後に200万円へ上昇したが、次の1年後(購

入時より2年後)に元の100万円に戻ってしまったとする(下図)。また、この2年間、配

当はなかったとする。この2年間の平均投資収益率は、算術平均と幾何平均でそれぞれ何%

になるであろうか。

+100% -50%200万円

1年後 2年後期初

100万円100万円

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62

 このケースでは、当初の価額100万円と2年後の価額100万円が同じことから、キャピタル・

リターンはゼロとなり、配当がなかったのでインカム・リターンもゼロであることから、2

年間の投資収益はゼロとなる。投資収益率は投下資金価額に対する投資期間中の収益なので

0%となり、2年間の平均投資収益率も0%である。

 算術平均リターンと幾何平均リターンは、前述の式から次のように測定できる。

%252

%)50(%100=

−+Ra =算術平均リターン

%0111%))50(1%)(1001( =−=−−++=gR幾何平均リターン

%0111100100

=−=−=gRまたは、

 計測の結果、幾何平均リターンは予見とおり0%となったが、算術平均リターンは25%

となり、過去の実際のリターンを計測するための方法として不適切であることが分かる。過

去に実現した平均投資収益率を測定する場合は、幾何平均リターンを用いるべきであること

が確認された。

 それでは、過去の毎年のリターンを単純平均した算術平均リターン %252

%)50(%100=

−+=aR

に意味はあるのであろうか。この設例では、ファンドの投資収益率は初年度が100%で、次

年度は-50%であったが、将来においてもこのファンドの1年間の投資収益率は100%ま

たは-50%のいずれかとし、それぞれ50%の確率で生じるとする。ここで、ある典型的な

1年間の収益率(期待収益率)を予測しよう。期待収益率は、将来起こりうる投資収益率

に、その発生確率を乗じて合計したものなので、このケースでは、25% =100%×50%+(-

50%)×50% となり、これは前述の算術平均リターンと一致する。一方、過去の幾何平均

リターンはゼロであり、将来の期待収益率とはならないことが分かる。

 つまり、将来の投資収益率の分布が、過去の投資収益率の分布と同じであると仮定するな

らば、過去の分布の算術平均値(この設例では「25%」)は、統計的にはリターンの平均値(期

待収益率)の最尤推定値(最も確からしい推計値)となる。ここでは、1年間のケースで確

認したが、1年以上の多期間の場合でも同様のことが言え、将来の期待収益率の推定には算

術平均を用いるべきである。一方、過去の実績リターンの把握には幾何平均を用いるべきで

ある。

 運用元本の変化の影響

① 金額加重投資収益率

 キャッシュフローのタイミングを考慮したリターンの計測方法である。

 金額加重投資収益率(MWRR: Money-Weighted Rate of Return)は、次式を満たす「 r」(内

部投資収益率(IRR: Internal Rate of Return))である。

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第5章 パフォーマンス測定と評価

63

nnnnn VrCrCrCrV )1()1()1()1( 1

22

110 =++++++++ −

−−・・・ ・・・将来価値での一致

nn

nn

rV

rC

rC

rCV

)1()1()1()1( 11

221

0 +kk

rC

)1( +==

+++

++

++ V0 +−

−n 1−

・・・ Σ=k 1

・・・現在価値での一致

r : 金額加重投資収益率(IRR)

V0 : 期初のポートフォリオの時価

Vn : n期末時点のポートフォリオの時価

Ct : t 期末時点で発生するキャッシュフロー(ファンドの追加投資はプラス、ファン

ドの一部売却・ファンドの配当支払いはマイナス)

なお、ここでは t 期とは時点 t -1から時点 t までの期間を指す。

 上式から金額加重投資収益率は、パフォーマンス計測期間中におけるポートフォリオの

キャッシュフローの影響を考慮したポートフォリオ全体(投資資産全体)の投資収益率とな

ることが分かる。したがって、金額加重収益率は、キャッシュフローを自らコントロールで

きる運用主体、もしくはキャッシュフローの影響も含めてパフォーマンスを評価する必要の

ある運用主体が用いる測定方法となる。例えば、年金資産運用において母体企業が年金資産

ポートフォリオ全体のパフォーマンスを評価する際や、個人投資家が自らのパフォーマンス

を評価する際に用いる測定方法である。

② 時間加重投資収益率

 キャッシュフローのタイミングと大きさによる元本変化の影響を排除したリターンの計測

方法である。

 時間加重投資収益率(TWRR:Time-Weighted Rate of Return)は、次式を満たす「 r 」である。

)1(1122

3

11

2

0

1

+++=+

−− nn

nn

CVV

CVV

CVV

VVr ・・・・・・・

1

1

1122

3

11

2

0

1 −

+++

=−−

n

nn

n

CVV

CVV

CVV

VVr ・・・・・・・

r : 時間加重投資収益率

V0 : 期初のポートフォリオの時価

Vt : t 期末時点のキャッシュフローが発生する直前のポートフォリオの時価

Vn : n期末時点のポートフォリオの時価

Ct : t 期末時点で発生するキャッシュフロー(ファンドの追加投資はプラス、ファン

ドの一部売却・ファンドの配当支払いはマイナス)

なお、ここでは t 期とは時点 t -1から時点 t までの期間を指す。

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64

 上式から時間加重投資収益率は、パフォーマンス計測期間中におけるポートフォリオの

キャッシュフローのタイミングと大きさからの影響を取り除いた投資収益率となることが分

かる。したがって、時間加重収益率は、キャッシュフローを自らコントロールできない運用

主体、もしくはキャッシュフローの影響を排除してパフォーマンスを評価する必要のある運

用主体における純粋な運用能力を測定する目的で用いられる測定方法となる。例えば、投資

家からの資金の流入や流出が不可避な投資信託のパフォーマンスを評価する際や、キャッ

シュフローの発生に責任を持たない運用機関のファンド・マネジャーの純粋な運用成績を評

価する際に用いられる。

【設例2】

 設例1と同様に、あるファンドの投資収益率が初年度100%、次年度-50%であったとす

るが、1年目の終わりに50万円の追加投資があったケースを考えてみよう。つまり、あるファ

ンドを100万円で購入したところ、1年後に100%上昇し200万円になった。ここで50万円の

追加投資があったので、2年目の期初の時価は250万円となったわけだが、次の1年後(購

入時より2年後)に50%下落し125万円になってしまった。なお、ファンドからの配当支払

いは2年間なかったとする。このファンドの2年間の平均投資収益率は、金額加重投資収益

率と時間加重投資収益率でそれぞれ何%になるであろうか。

 このケースでは、当初の100万円と1年後の追加投資50万円、合わせて150万円の投下資

金が、2年後に125万円となったことから、投資資産全体で考えると2年間の平均投資収益

率はマイナスとなることが予想される。一方、ファンドの各年の投資収益率は設例1と同様

であることから、ファンド自体(ファンドを運用しているマネジャー)の2年間の平均投資

収益率は、設例1と同じはずである。

 設例2のケースにおける金額加重投資収益率は、次式を満たす「 r」である。

125)1(50)1(100 2 =+++ rr

 上式を解くと、金額加重投資収益率 r は-10.436%となり、キャッシュフローを考慮した

投資資産全体の投資収益率は予想どおりマイナスであったことがわかる。資産全体を管理す

る必要のある年金スポンサー等にとっては、資産全体の投資収益率を測定する際に金額加重

投資収益率を用いることが必要になる。

 一方、設例2のケースにおける時間加重投資収益率は、次式を満たす「 r」である。

50200125

100200)1( 2

+×=+ r

 上式を解くと、時間加重投資収益率 r は0.0%となり、設例1の幾何平均0.0%と一致する

ことから、時間加重投資収益率は50万円の追加投資の影響を除いたファンド自体(ファン

ドを運用しているマネジャー)の投資収益率であることが確認できる。ファンドへの追加投

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第5章 パフォーマンス測定と評価

65

資や、ファンドからの資金の引出しはマネジャーの責任ではないので、マネジャーの純粋な

運用能力を評価するためにはキャッシュフローの影響を受けない時間加重投資収益率を用い

ることが適切である。

 同様に、キャッシュフローがない設例1のケースで、それぞれの収益率を測定してみよう。

 設例1のケースにおける金額加重投資収益率は、次式を満たす「 r 」である。

100)1(0)1(100 2 =+++ rr ×

 上式を解くと、金額加重投資収益率 r は0.0%となり、幾何平均0%と一致する。

 また、設例1のケースにおける時間加重投資収益率は、次式を満たす「 r 」である。

0200100

100200)1( 2

+×=+ r

 上式を解くと、時間加重投資収益率 r は0.0%となり、幾何平均0%と一致する。したがっ

て、ポートフォリオのキャッシュフローがない場合は、金額加重投資収益率=時間加重投資

収益率=幾何平均リターンとなることがわかる。

3 パフォーマンス評価

 投資リターンが正しく計測されたら、次にそれを評価するというステップがある。その際

には、誰が評価するか、何を評価の尺度とするか、またどのように評価するかが問題となる。

本節では、パフォーマンス評価の留意点と主な評価手法について述べる。

 パフォーマンス評価の留意点

① スポンサーとマネジャー

 第1章で解説したとおり、ポートフォリオの3層構造の中でアセット・アロケーションと

マネジャー・ストラクチャーはスポンサーの権限と責任において、また資産クラス内の個別

証券ポートフォリオはマネジャーの権限と責任において管理されるものであった。したがっ

て、パフォーマンス評価の基本的な主体は、スポンサーおよびマネジャーとなる。これに対

して、外部の評価機関として年金コンサルタントや投信評価機関などはアドバイザーとして

の機能を果たすことがあるが、あくまでも主体はスポンサーあるいはマネジャーであること

を忘れてはならない。

② 評価基準とベンチマークの適合性

 パフォーマンス評価の目的は、基本的には計画(Plan)に対して実際の行動(Do)が所

期の成果を達成したかどうかを評価することにある。しばしば実務では、同業他社や同種の

運用手法をとるファンドの中での相対的成績評価を行う「ユニバース比較」という手法があ

るが、これはあくまでも便法であり、本来は投資の意思決定主体自らの目的と計画に照らし

て評価を行うべきものである。

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66

 したがって、それぞれの主体が計画の段階で想定していたベンチマークのパフォーマンス

が、ポートフォリオのパフォーマンスを対比する対象となる。スポンサーにとっては、アセッ

ト・アロケーションで想定していた資産クラスの市場指数などがベンチマークとなる。また、

マネジャーにとっては自らの投資スタイルを的確に表すベンチマークが望ましい比較対象で

ある。ただし、実務ではしばしばこの点を混同している例が多くみられる。例えば、あるス

ポンサーがアセット・アロケーションの評価のためにTOPIXをベンチマークとしている一

方、スタイルの異なる複数のマネジャーに対してもそのベンチマークを適用して評価すると

いうような場合である。アクティブ運用のパフォーマンスを評価する場合には、適切なベン

チマークの設定に留意しなければならない。

 リスク調整後リターンによる評価手法

 あるポートフォリオのリターンが高かったとき、それはマネジャーが高いリスクを取った

結果なのか、それともマネジャーの能力が優れていたからなのか、あるいはたまたま偶然だっ

たのか、などを判別する必要がある。このため、計測されたリターンを評価するためには、

リスクを調整した上で評価しなければならない。ここでは、実際の日本株式を投資対象とし

た投資信託の中からファンドXのリターンを事例に取り上げ、代表的なリスク調整後リター

ンの測定手法について解説する。

 ファンドXについては2001年~ 2012年までの12年間(144カ月)の月次リターンが得ら

れた。ベンチマークとして配当込みTOPIXを、リスクフリー・レートとして有担保コール

翌日物金利を用いて、ファンドXのパフォーマンスを評価してみよう。基本的な統計値は、

図表5-1のとおりである。

 この12年間は我が国の株式市場が低迷を続けていたため、市場指数(配当込みTOPIX)

のトータル・リターンは幾何平均で年率-1.8%であったが、ファンドXは年率+0.4%と健

闘していたことがわかる。

図表5-1 ファンドXとベンチマークの統計値

ポートフォリオ ベンチマーク リスクフリー・レートファンドX 配当込みTOPIX 有担保コール金利

 観測データ個数 144 144 144 幾何平均(年率%) 0.4 -1.8 0.1 算術平均(年率%) 2.2 -0.2 0.1 標準偏差(年率%) 19.1 18.1 0.0 β(配当込みTOPIX対比ベータ) 1.02 1.00 0.00 配当込みTOPIX対比 トラッキング・エラー(年率%) 5.43 0 -

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第5章 パフォーマンス測定と評価

67

① シャープ・レシオ

 ポートフォリオの平均リターン rpがリスクフリー・レート rfをどれだけ上回ったかという

超過収益率を、ポートフォリオのトータル・リスク(標準偏差)σpで割ったものをシャープ・

レシオという。平均リターンには算術平均を用いる。

p

fp rroSharpeRati

−=

σ

 ファンドXの算術平均リターンは2.2%、リスクフリー・レートは0.1%であったから、超

過収益率は2.1%であった。一方、ファンドXのリターンの標準偏差は年率19.1%であった。

11.01.19

1.02.2=

−ファンドXのシャープ・レシオ

 図表5-2は、シャープ・レシオがリスク・リターン平面上でリスクフリー・レート( rf)と

ファンドXの点を結ぶ直線の傾きとして表現されることを表している。なお、シャープ・レ

シオは株式ポートフォリオだけでなく、あらゆる資産クラスのポートフォリオについて適用

できる。

② トレイナー測度

 資本市場評価モデル(CAPM)によれば、ポートフォリオの取った市場リスクの量、すな

わちβに見合ってリスク・プレミアムが得られることになる。これにしたがえば、ポートフォ

リオがどれだけの超過収益、つまりリスク・プレミアムを獲得したかを測るには、βを分母

にすべきであるという考え方を示したのがジャック・トレイナーで、これをトレイナー測度

という。

p

fp rrioTreynorRat

−=

β

0

1

2

3

0 5 10 15 20 25

ファンド Xのシャープ・レシオ

標準偏差(年率%)

ファンドX

rf

平均リターン(年率%)

図表5-2 シャープ・レシオ

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68

 ファンドXの超過収益率は2.2-0.1=2.1%で、βは1.02であるから以下のとおり計算できる。

1.202.1

1.02.2=

−ファンドXのトレイナー測度

③ ジェンセンのα(アルファ)

 マイケル・ジェンセンは、ポートフォリオが獲得したリスクフリー・レート rfを上回る超

過収益率(rpt-rft)のうち市場リスク・プレミアムでは説明できないマネジャーの能力によ

る部分をα(アルファ)と呼んで、これを計測することを提唱した。市場ポートフォリオの

リスクフリー・レートに対する超過収益率(rmt-rft)を説明変数、ポートフォリオのリスク

フリー・レートに対する超過収益率(rpt-rft)を被説明変数とした次式の回帰式によって推

計される回帰係数αpがジェンセンのαと呼ばれる。

( ) ptftmtppftpt rrrr +−+=− β εα

 ファンドXのαを実際に測ってみよう。図表5-3は計測期間の144カ月について、X軸

に市場ポートフォリオのリスクフリー・レートに対する超過収益率( rmt- rft)、Y軸にポー

トフォリオのリスクフリー・レートに対する超過収益率( rpt-rft)をプロットしたものである。

 最小二乗法による回帰分析により、α=0.20%、β=1.02、決定係数は0.92と推計され、

回帰直線はy=0.20+1.02xと推計される。αは回帰直線のY切片で、月次での超過収益率が

0.20%であるから、年率では12倍して2.4%と計算される。

④ スタイル調整後α

 第3章で述べたとおり、ファンドのリスク特性はβだけでは不十分であり、その投資スタ

イル特性も考慮する必要がある。投資スタイルでは説明できないマネジャー固有の能力によ

る部分をスタイル調整後αと呼ぶ。ファンドXをこの12年間でスタイル分析したところ、大

型バリュー 88%、小型バリュー 12%と、ほぼ完全なバリュー型ファンドであることがわかっ

た。そこで、このファンド特有の投資スタイルをベンチマークに反映させるために、スタイ

図表5-3 ファンドXの超過収益率と市場リスク・プレミアムの回帰分析

y = 1.02 x + 0.20R² = 0.92

-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

-25 -20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20 25市場ポートフォリオのリスクフリー・レートに対する超過収益率(月率%)

ファンドXのリスクフリー・レート

に対する超過収益率(月率%)

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第5章 パフォーマンス測定と評価

69

ル指数をこの比率で合成した合成スタイル指数をこのファンドのベンチマークとすることが

できる。ジェンセンのαの場合と同様に、合成スタイル指数のリターン rBのリスクフリー・

レートに対する超過収益率を説明変数(rBt-rft)、ポートフォリオのリスクフリー・レート

に対する超過収益率を被説明変数(rpt-rft)とした次式の回帰式によって回帰分析を行う。

このとき推計される回帰係数αpが、スタイル調整後αである。

( ) ptftBtppftpt rrrr +−+=− β εα

 図表5-4はX軸に合成スタイル指数のリスクフリー・レートに対する超過収益率

(rBt-rft)、Y軸にファンドXのリスクフリー・レートに対する超過収益率(rpt-rft)をプロッ

トしたものである。合成スタイル指数を上回るスタイル調整後αは月率0.001%(年率換算

で0.012%)とほぼゼロとなり、ファンドXの市場(配当込みTOPIX)を上回るリターンは、

その投資スタイルがバリュー型であったことに起因すると推察される。(ファンドXの合成

スタイル指数(大型バリュー 88%、小型バリュー 12%)の幾何平均リターンは0.4%、算術

平均リターンは2.2%と、概ねファンドXと同様の水準であった。)

⑤ インフォメーション・レシオ

 ファンドXが市場(配当込みTOPIX)を上回るパフォーマンスを上げた理由は、おそらく

市場指数とは異なる銘柄構成を持っていたり、銘柄入替えをしたりというこのマネジャー特

有の技量によるものであった。言い換えれば、このマネジャーは銘柄選択(stock selection)

や市場タイミング(market timing)を判断する何らかの情報を持っていたものと考えられる。

 ファンドのベンチマークに対する超過収益率αp(ファンドとベンチマークのリターン格

差)の平均値を分子に、ファンドのベンチマークに対するトラッキング・エラー ωp(ファ

ンドとベンチマークのリターン格差の標準偏差)を分母にとった比率をインフォメーション・

図表5-4 ファンドXと合成スタイル・ベンチマークの超過収益率の回帰分析

y = 1.01 x + 0.00 R² = 0.97

-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15

20

25

-25 -20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20 25合成スタイル・ベンチマークのリスクフリー・レートに対する超過収益率(月率%)

ファンドXのリスクフリー・レート

に対する超過収益率(月率%)

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70

レシオ(Information Ratio: IR、情報比)という。

p

pIR =α

ω

ただし、  

pn1

t

=pα ptαn1 ∑

=

n

t 1

∑=

n

1= ( )ptα pα− 2ω

Btpt pt rr −=α ,

rpt: t 期のファンドの収益率rBt: t 期のベンチマークの収益率

 リスクに対してどれだけリターンを獲得したかを測定する点ではシャープ・レシオと似て

いるが、シャープ・レシオがトータル・リスクとリスク・プレミアム(リスクフリー・レー

トに対する超過収益率)との比であるのに対し、インフォメーション・レシオはアクティブ・

リスク(トラッキング・エラー)とアクティブ・リターン(ファンドのベンチマークに対す

る超過収益率)との比である点が異なっている。

 ファンドXについて、市場指数(ここでは配当込みTOPIX)をベンチマークとしたときの

インフォメーション・レシオは以下のように計算できる。

 図表5-5は、インフォメーション・レシオがアクティブ・リスク・リターン平面上で原

点とファンドXの点を結ぶ直線の傾きとして表現されることを示している。なお、インフォ

メーション・レシオはシャープ・レシオと同様、株式ポートフォリオだけでなく、あらゆる

44.043.5

)2.0(2.2=

−−=IR

図表5-5 インフォメーション・レシオ

0

1

2

3

0 1 2 3 4 5 6 7

ファンドXのインフォメーション・レシオ

トラッキング・エラー(年率%)

ファンドX平均アクティブ・リターン(年率%)

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第5章 パフォーマンス測定と評価

71

資産クラスのポートフォリオについて適用できる。

 パフォーマンス要因分析

 ある投資家のポートフォリオ全体のリターンが、ポリシー・アセットミックス(以下、ポ

リシーミックス)と比較して劣後したとき、それは資産配分をポリシーウェイトから乖離さ

せた要因なのか、資産クラス別のポートフォリオ(マネジャー・ポートフォリオ)でアクティ

ブ・リスクを取ったことが要因なのか、などを判別する必要がある。このため、ポートフォ

リオ全体とポリシー・アセットミックスのリターンの差異を、資産配分要因と銘柄(ファン

ド)選択要因などに分解した上で、それぞれの要因を評価しなければならない。

 パフォーマンス要因分析の方法にはさまざま手法があるが、ここでは実際のポートフォリ

オのリターンRP とポリシーミックスのリターンRB の差異「RP-RB」(ポリシーミックスに

対するポートフォリオの超過リターン)を、①資産配分要因、②銘柄(ファンド)選択要因、

③その他複合要因の3つの要因に分解するパフォーマンス要因分析手法について解説する。

 ①資産配分要因とは、投資家が各資産クラスをポリシーミックスに対してオーバーウェ

イトまたはアンダーウェイトして、基本方針から組入比率を乖離させることにより生じるパ

フォーマンス格差の要因である。ポリシーミックスの資産 i の組入比率をWbi、ポートフォ

リオの資産 i の組入比率をWpi とすると、組入比率の乖離は(Wpi- Wbi)である。これに、

資産クラス i のベンチマークのリターンRbi を乗じたものが資産配分要因である。プラスの

リターンであった資産クラスをオーバーウェイトした場合、あるいはマイナスのリターンで

あった資産クラスをアンダーウェイトした場合は、プラスの資産配分効果となる。ポートフォ

リオ全体の資産配分効果は次式で計算される。

( ){∑=

−=n

ibipi }biRWW

1資産配分効果

 ②銘柄(ファンド)選択要因とは、投資家が選択した個別銘柄やファンドを構成要素とす

るポートフォリオのリターンと、ベンチマークのリターンの格差から生じる要因である。資

銘柄選択効果

資産配分効果

Wbi Wpi

Rbi

Rpi

組入比率

リターン

その他複合効果

《3要因の構造》

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72

産クラス i のベンチマーク・リターンをRbi、ポートフォリオ・リターンをRpi とすると、資

産クラス i のベンチマークス対比の超過リターンは(Rpi- Rbi)である。これに、資産 i の

ポリシーミックス組入比率Wbi を乗じたものが銘柄(ファンド)選択要因である。ポートフォ

リオ全体の銘柄(ファンド)選択効果は次式で計算される。

( ){ }∑=

−=n

ibipibi RRW

1銘柄(ファンド)選択効果

 ③その他複合要因とは、上記の①資産配分要因と、②銘柄選択要因の複合要因で、ポート

フォリオ全体の複合効果は次式で計算される。

∑=

=n

i 1その他複合効果 ( ){ − bipi WW ( )}− bipi RR

  アクティブ運用の評価の実際

① アクティブ・マネジャーのパフォーマンス

 これまでの多くの実証研究によれば、投資ユニバースのアクティブ・リターン獲得状況に

ついては、マネジャーの過半数がベンチマークをほぼ経常的に下回っているという報告があ

る。そうであるとすれば、アクティブ・マネジャーに高い運用報酬を払ってアクティブ運用

を行うよりも、ベンチマークと同様のリスクとリターンを低コストで実現できるパッシブ運

用の方が得策であると考えられる。

 我が国で年金運用を行っているマネジャーのパフォーマンスを検証してみよう。使用した

データは、マーサージャパン社が収録している個別マネジャーの資産クラス別運用報酬控除

前の月次パフォーマンス・データベースで、2006年以降2012年まで7年間以上のパフォー

マンス・レコードがあるマネジャーを分析対象とした。

図表5-6 パフォーマンス要因分析例

資産配分効果 銘柄選択効果 その他複合効果 合計(c)×① (a)×③ (c)×③ (b)×②-(a)×①

債券 0.30 -0.50 -0.15 -0.35株式 -5.70 1.50 -0.45 -4.65 合計 -5.40 1.00 -0.60 -5.00

ポリシーミックス ポートフォリオ 組入比率の差 ベンチマーク ポートフォリオ 差の組入比率(a) の組入比率(b) (c)=(b)-(a) の収益率① の収益率② ③=②-①

債券 50.0 65.0 15.0 2.0 1.0 -1.0 株式 50.0 35.0 -15.0 38.0 41.0 3.0合計 100.0 100.0 - RB  20.0 15.0 -5.0

資産配分(アセットアロケーション)と投資収益率 (単位:%)

パフォーマンス要因分析 (単位:%)

(注) ベンチマークの収益率の合計欄RBは、ベンチマークの収益率をポリシーミックスの組入比率で加重平

均して算出したポリシーミックスの収益率

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第5章 パフォーマンス測定と評価

73

図表5-7 資産クラス別のアクティブ・リターンの分布

国内株式のアクティブ・リターン分布 外国株式のアクティブ・リターン分布

国内債券のアクティブ・リターン分布 外国債券のアクティブ・リターン分布

図表5-8 年金運用マネジャーの資産クラス別アクティブ・リターン獲得状況

資産クラス 国内株式 外国株式 国内債券 外国債券Citi世界国債

ベンチマーク 配当込みTOPIX MSCI Kokusai 野村BPI総合 (除く日本)マネジャー数 80 39 38 30ベンチマークを上回った数 48 12 21 23ベンチマークを上回った割合 60.0% 30.8% 55.3% 76.7%ベンチマークを下回った数 32 27 17 7ベンチマークを下回った割合 40.0% 69.2% 44.7% 23.3%

平均値(年率%) 0.44 -0.48 0.03 0.53中央値(年率%) 0.31 -0.42 0.02 0.33標準偏差(年率%) 1.57 1.26 0.31 0.77

計測期間:2006年1月~ 2012年12月の7年間

1年間 2年間 3年間 4年間 5年間 6年間 7年間計測期間

-5%-4%-3%

0%1%2%3%4%5%6%

-2%-1%

アクティブ・リターン(年率)

1年間 2年間 3年間 4年間 5年間 6年間 7年間計測期間

-5%-4%-3%

0%1%2%3%4%5%6%

-2%-1%

アクティブ・リターン(年率)

1年間 2年間 3年間 4年間 5年間 6年間 7年間計測期間

-5%-4%-3%

0%1%2%3%4%5%6%

-2%-1%

アクティブ・リターン(年率)

1年間 2年間 3年間 4年間 5年間 6年間 7年間計測期間

-5%-4%-3%

0%1%2%3%4%5%6%

-2%-1%

アクティブ・リターン(年率)

同一資産クラス内のマネジャー・リターンのパーセンタイル

(2012年末から遡及した期間で計測)

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74

 図表5-7は資産クラス別に個別マネジャーのアクティブ・リターンを2012年12月時点

から過去1年間、2年間と、最長7年間まで遡及して年率アクティブ・リターンを計測し、

各測定期間のアクティブ・リターン分布(上位5%点、上位25%点、中央値、下位25%点、

下位5%点)を比較している。また、図表5-8は各期間でベンチマークを上回ったマネ

ジャーと下回ったマネジャーがそれぞれ全体の何パーセントであったかを比較している。

 この分析結果であるアクティブ・リターン獲得状況を資産クラスで比較すると、国内株式

と外国株式については、アクティブ・リターンの格差が大きく、国内債券と外国債券のアク

ティブ・リターンの格差は内外株式と比較するとかなり小さいことが分かる。資産クラス別

に計測期間7年間で比較すると、国内株式、国内債券、外国債券はアクティブ・リターンを

獲得しているマネジャーが全体の5割以上を占め、アクティブ・リターンの平均値と中央値

がプラスとなっている。

 一方、外国株式はプラスのアクティブ・リターンを獲得しているマネジャーが全体の約3

割で、約7割のマネジャーがベンチマークを下回っており、アクティブ・リターンの平均値

と中央値がマイナスとなっている。以上の結果から、運用報酬控除後でのアクティブ・リター

ン獲得の可能性は、国内株式、国内債券、外国債券はマネジャー・セレクション次第、外国

株式は他の資産クラスと比較し厳しいことが分かる。

 しかし、この分析結果のみから、パッシブ運用とアクティブ運用のどちらが優位かを一概

に結論づけることはできない。なぜならば、ベンチマークを上回っているマネジャーの割合

は確かに少ないが、それでもアクティブ・リターン獲得能力の高いマネジャーは存在し、そ

のマネジャーを確実に選択することができればアクティブ運用の成果を享受することができ

るからだ。

② アクティブ・マネジャーの能力の統計的検証

 図表5-9は、前述同様の分析対象における2006年1月から2012年12月までの84カ月間

(7年間)の月次データを用いて測定したアクティブ・リスクとアクティブ・リターンを年

率換算してプロットしたものであり、原点から各マネジャーへの傾きがインフォメーション・

レシオ(年率換算)となる。

 この分析結果であるアクティブ・リスクとアクティブ・リターンの関係を概観すると、各

資産ともにアクティブ・リターンとアクティブ・リスクにはトレード・オフの関係があり、

ある程度のアクティブ・リスクを取らなければ、それなりのアクティブ・リターンを獲得す

ることができないことが分かる。このことは、インフォメーション・レシオに上限があるこ

とを示唆している。この計測期間における資産クラス毎の年率換算後インフォメーション・

レシオの最大値は、国内株式が1.4(月率:0.42)、外国株式1.0(月率:0.31)、国内債券1.5(月率:

0.43)、外国債券1.3(月率:0.38)となっており、アクティブ・リターンの分布範囲が狭かっ

た国内債券でも、マネジャー選定次第でアクティブ・リターンを狙うことが可能であること

が確認できる。

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第5章 パフォーマンス測定と評価

75

 このような分析に基づき、目標とするインフォメーション・レシオをクリアーするマネ

ジャーがどの程度の割合存在するかを調べ、資産クラス毎にアクティブ・リターン獲得の可

能性がどの程度あるか検証することになる。ここで留意しなければならないのは、過去のパ

フォーマンスを用いて、運用能力があることを統計的に検定する(例えば、5%の有意水準

でアクティブ・リターンがゼロであることを棄却する≒アクティブ・リターンがプラスであ

ることを検証する)ためには、以下の年次ベースの式または月次ベースの式を満たす必要が

ある。

【年次データ】 【月次データ】

)(11

tnIRn

TE ≥−×=

αεφ

αεφ

)(11

tmRIm

ET ≥−×′=

−′

α:アクティブ・リターン(年率) α’:アクティブ・リターン(月率)

TE:アクティブ・リスク(年率) TE’:アクティブ・リスク(月率)

n:パフォーマンス測定年数 m:パフォーマンス測定月数

IR:インフォメーション・レシオ(年率) IR’:インフォメーション・レシオ(月率)

tφ(ε):自由度φ=n-1の t 分布の上側ε点 tφ(ε):自由度φ=m-1の t 分布の上側ε点

(参考値:t7-1(5%)=1.94) (参考値:t7×12-1(5%)=1.66)

  前 述 の デ ー タ は84 カ 月 間 の 月 次 デ ー タ な の で、 ア ク テ ィ ブ・ リ タ ー ン

獲 得 能 力 が あ る こ と を 統 計 的 に 有 意 水 準 5 % で 判 断 す る た め に は、 月 次

112757 12 1 −× 83IR )( )) (( −× = =t 1.66 0.18% ÷ ÷ が要件となり、月率インフォメーション・

レシオはかなり高い水準である0.18以上必要となる。各資産クラスともに月率インフォメー

ション・レシオの最大値は共に0.3を超えているので、5%の有意水準で統計的にアクティ

ブ・リターン獲得能力のあるマネジャーが存在することになる。実際にはパフォーマンス・

レコードが7年間(84カ月間)もないケースが多く、例えば3年間(36カ月間)の実績し

かない場合は、月次 13653 12 1 − 35IR )( )) (( −× = =t 1.69 0.29% ÷ ÷ 以上のインフォメーショ

ン・レシオが必要となる。このように過去のパフォーマンスから統計的にアクティブ・リター

ン獲得能力があることを検証するには、長期的な運用実績データ(パフォーマンス・レコー

ド)と高いインフォメーション・レシオが要件となるので、かなり高いハードルとなる。

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76

③ 定性評価の意義

 定量的なパフォーマンス測定結果に基づき、統計的な見地から運用の巧拙などを評価する

ためには、パフォーマンス・レコード(標本数)が何年も必要になる。また、過去の実績か

ら運用能力があったことを統計的に検定(検証)できたとしても、過去同様の優れたパフォー

マンスが将来実現するとは限らない。そこで、定量評価を補完するために定性評価が重要に

なる。

 定性評価では、第4章で述べた「5つの P 」が評価のポイントになる。なぜならば、統

計的な検定が十分にできないパフォーマンス・レコードを補完し、ポートフォリオ・マネジ

メントのプロセスが将来にわたり再現可能かどうかを判断するためには、投資哲学、人材・

組織、運用プロセス、ポートフォリオのリスク特性などについて一貫性・整合性が保たれて

いるかどうかがカギになるからである。

図表5-9 資産クラス別のアクティブ・リスク・リターンの分布

期間:2006年1月~ 2012年12月

-1.0%

-0.5%

0.0%

0.5%

1.0%

1.5%

0.0% 0.5% 1.0% 1.5% 2.0% 2.5%

アクティブ・リスク(年率)

国内債券のアクティブ・リスク・リターン

(ベンチマーク:野村BPI総合)

アクティブ・リターン(年率)

アクティブ・リスク(年率)

外国債券のアクティブ・リスク・リターン

(ベンチマーク:Citi世界国債(除く日本))

アクティブ・リターン(年率)

国内株式のアクティブ・リスク・リターン

(ベンチマーク:配当込みTOPIX)

-4%

-2%

0%

2%

4%

6%

8%

0% 1% 2% 3% 4% 5% 6% 7% 8%

アクティブ・リスク(年率)

アクティブ・リターン(年率)

外国株式のアクティブ・リスク・リターン

(ベンチマーク:MSCI Kokusai)

-5%-4%-3%-2%-1%0%1%2%3%4%

0% 1% 2% 3% 4% 5% 6% 7% 8%アクティブ・リスク(年率)

アクティブ・リターン(年率)

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77

【参考文献】

・Brinson, Gary P., Randolph Hood, and Gilbert L. Beebower, “Determinants of Portfolio

Performance”, Financial Analysts Journal, July/August 1986.

・Brinson, Gary P., Brian Singer, and Gilbert L. Beebower, “Determinants of Portfolio

Performance Ⅱ: An Update”, Financial Analysts Journal, May/June 1991.

・Ibbotson, Roger G. and Paul Kaplan, “Does Asset Allocation Policy Explain 40, 90, or 100

Percent of Performance?”, Financial Analysts Journal, January/February 2000.(山口勝業訳

「アセット・アロケーション・ポリシーはどれだけパフォーマンスを説明できるか-40,

90あるいは100%か?」『証券アナリストジャーナル』2000年4月号

・Sharpe, William F. “Strategic Asset Allocation” in Dynamic Asset Allocation, Probus 1992.

・小松原宰明「ポリシー・アセットアロケーションの説明力」『証券アナリストジャーナル』

2008年9月号

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【アルファベット】

Black-Littermanアプローチ…………… 19

PDSAサイクル ………………………… 8People(人材の資質) ………………… 54

Performance(投資リターン) ………… 54

Philosophy(投資哲学) ……………… 54

Portfolio(Product:金融商品) ……… 54

Process(投資プロセス) ……………… 54

SMA:Separately Managed Account … 4

【あ行】

アクティブ運用…………………… 50, 51アクティブ・リスク…………………… 38

アセット・アロケーション…………… 10

アセット・ミックス………………… 2, 11インデックス…………………………… 7インデックス・ファンド……………… 51

インフォメーション・レシオ

(Information Ratio:IR、情報比)

……………………………………… 45, 69

【か行】

管理された(managed)ポートフォリオ

…………………………………………… 6管理されていない(unmanaged)ポートフォリオ………………………… 6管理受託者(managing fiduciary) …… 3幾何平均リターン

(GMR:Geometric Mean Return) …… 61客観的なリスク許容度………………… 25

金額加重投資収益率(MWRR:Money-Weighted Rate of Return) …………… 62

効率的フロンティア……………… 10, 23個別証券ポートフォリオ…………… 2, 46

【さ行】

サプライサイド・アプローチ………… 18

算術平均リターン

(AMR:Arithmetic Mean Return) …… 61

時間加重投資収益率(TWRR:Time-Weighted Rate of Return) …………… 63

資産クラス……………………… 11, 12, 13資産配分要因…………………………… 71

システマティック・リスク(市場リスク)

…………………………… 4, 5, 15, 34, 37執行受託者(operating fiduciary) …… 4シナリオ・アプローチ………………… 18

シャープ・レシオ………… 21, 22, 67, 70ジェンセンのα………………………… 68

主観的なリスク許容度………………… 26

スタイル調整後α……………………… 68

戦略的アセット・アロケーション… 24, 30戦略的アセット・ミックス…………… 3

【た行】

投資期間………………………………… 25

投資収益率(Rate of Return) ………… 60

投資スタイル…………………………… 39

投資目標………………………………… 25

投資リスク……………………………… 16

統治受託者(governing fiduciary) …… 3トータル・リターン…………………… 60

特化型運用……………………………… 33

トップダウン・アプローチ…………… 57

トラッキング・エラー………………… 7トレイナー測度………………………… 67

【な行】

内部投資収益率

(IRR:Internal Rate of Return) ……… 62

【は行】

パッシブ運用……………………… 50, 51パフォーマンス評価……………… 59, 65バランス型運用………………………… 33

非システマティック・リスク(固有リスク)

………………………………… 4, 5, 34, 37ヒストリカル・リターン……………… 12

ヒストリカル法………………………… 18

索  引

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ビルディング・ブロック法…………… 18

ファンダメンタル法…………………… 18

負債のデュレーション………………… 25

平均-分散効率的

(mean-variance efficient) …………… 20

平均-分散最適化法

(mean-variance optimization) …… 10, 20平均投資収益率(平均リターン) …… 60

ベンチマーク………………………… 7, 13ポートフォリオ・マネジメント… 3, 5, 9ボトムアップ・アプローチ…………… 57

ボラティリティ………………………… 16

【ま行】

マネジャー・ストラクチャー

……………………………… 3, 33, 41, 43マネジャー・ミックス……………… 2, 34銘柄(ファンド)選択要因…………… 71

【ら行】

ラップ口座……………………………… 4流動性ニーズ…………………………… 25