菌核病菌による病害の発生生態と防除植物防疫 第73 巻第6 号(2019 年) 55...

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55 植物防疫 第 73 巻第 6 号(2019 年) 菌核病菌による病害の発生生態と防除 は じ め に 菌核病は多犯性の糸状菌 Sclerotinia sclerotiorum よる病害である。本菌は有性生殖によって子のう胞子 を容易に形成させることができる子のう菌類であり内では双子葉草本植物を中心に果樹樹木も含めた約 120 種の植物宿主が認められている(日本植物病理学会2019農研機構遺伝資源センター2019 b)。一部の樹 果樹等では枝枯菌核病スギとジョチュウギクでは 大粒菌核病との病名がつけられている。茎葉花器実のいずれの器官も侵し水浸状の病斑から腐敗をもた らし乾燥すると植物組織は褐~黒変する。この水浸状 病斑には本病菌の病原因子と考えられているオキザロ 酢酸や植物細胞壁分解酵素による植物組織の軟化がかか わっている(LI et al., 2004MONAZZAH et al., 2018)。高 湿度条件では罹病した植物組織上に白色の菌糸束を生 大きさ数 mm で不整形黒色で鼠糞状の菌核を形 成する。この特徴的な菌糸束菌核が形成されるため本病は容易に診断できる。 S. sclerotiorum 以外に国内で植物病害を起こす主な Sclerotinia 属菌種としてはS. trifoliorum がマメ科植物特にクローバ類に菌核病S. minor がサツマイモトマ キク科植物の地際部に小粒菌核病を起こして類似の 病徴を呈す。単子葉の草本植物にはS. borealis (日本植 物病名目録では Myriosclerotinia borealis)が同様の病害 を引き起こす。S. nivalis はいくつかの作物に雪腐病を 菌核病菌による病害の発生生態と防除 くぼ まさ はる 国立研究開発法人                 農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門 病害編18 1 菌核病菌 Sclerotinia sclerotiorum の形態 上左ポテトデキストロース寒天培地の菌叢周縁部に菌核を形成する上中菌核表皮断面黒色球状細胞の層からなる上右菌核から形成された子のう盤下左子のう盤笠上面の子のうコットンブルー染色下中子のう中の子のう胞子コットンブルー染色下右子のう盤からの子のう胞子の射出ブラントボックス内壁面に付着して白色を呈するEcology and Control of Sclerotinia rot. By Masaharu KUBOTA (キーワードSclerotinia 属菌分類発生生態病徴防除) 387 植物防疫

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55植物防疫 第 73巻第 6号(2019年)

菌核病菌による病害の発生生態と防除

は じ め に

菌核病は,多犯性の糸状菌 Sclerotinia sclerotiorumによる病害である。本菌は,有性生殖によって子のう胞子を容易に形成させることができる子のう菌類であり,国内では双子葉草本植物を中心に,果樹,樹木も含めた約120種の植物宿主が認められている(日本植物病理学会,2019;農研機構遺伝資源センター,2019 b)。一部の樹木,果樹等では枝枯菌核病,スギとジョチュウギクでは大粒菌核病との病名がつけられている。茎葉,花器,果実のいずれの器官も侵し,水浸状の病斑から腐敗をもたらし,乾燥すると植物組織は褐~黒変する。この水浸状病斑には,本病菌の病原因子と考えられているオキザロ

酢酸や植物細胞壁分解酵素による植物組織の軟化がかかわっている(LI et al., 2004;MONAZZAH et al., 2018)。高湿度条件では罹病した植物組織上に白色の菌糸束を生じ,大きさ数 mmで不整形,黒色で鼠糞状の菌核を形成する。この特徴的な菌糸束,菌核が形成されるため,本病は容易に診断できる。

S. sclerotiorum以外に国内で植物病害を起こす主なSclerotinia属菌種としては,S. trifoliorumがマメ科植物,特にクローバ類に菌核病,S. minorがサツマイモ,トマト,キク科植物の地際部に小粒菌核病を起こして類似の病徴を呈す。単子葉の草本植物には,S. borealis(日本植物病名目録ではMyriosclerotinia borealis)が同様の病害を引き起こす。S. nivalisはいくつかの作物に雪腐病を

菌核病菌による病害の発生生態と防除 

窪くぼ

  田た

  昌まさ

  春はる国立研究開発法人                

農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門

病害編―18

図-1 菌核病菌 Sclerotinia sclerotiorumの形態上左:ポテトデキストロース寒天培地の菌叢.周縁部に菌核を形成する.上中:菌核表皮断面.黒色球状細胞の層からなる.上右:菌核から形成された子のう盤.下左:子のう盤笠上面の子のう.コットンブルー染色.下中:子のう中の子のう胞子.コットンブルー染色.下右:子のう盤からの子のう胞子の射出.ブラントボックス内壁面に付着して白色を呈する.

Ecology and Control of Sclerotinia rot.  By Masaharu KUBOTA

(キーワード:Sclerotinia属菌,分類,発生生態,病徴,防除)

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