大学発・起業 エコシステム - SMBC Consulting Co Ltd...4 SMBCマネジメント+ 2019...

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2019 June SMBCマネジメント+ 5 SMBCマネジメント+ 2019 June 4 写真/Getty Images 動き出した 大学発・起業 エコシステム 特 集 起業家やエンジニアを中心に、 大企業、投資家、大学などが集まって スタートアップ企業を連続的に生み出し、 育てていく「起業エコシステム」が注目されている。 米国・シリコンバレーなどの成功にあやかって、 日本でも特定地域に起業エコシステムを構築しようと いう取り組みが盛んになってきた。 その主役として期待されるのが大学だ。 本特集では、人材育成や経営支援などの面で これまでにない取り組みを進める 大学の事例を中心に、 大学発・起業エコシステムの将来を展望する。 Case2 独自の創業支援組織をつくり バイオベンチャーを連続起業 神戸大学 Case3 希少糖の産学官連携を主導し 世界展開と地域活性化を両立 香川大学 Interview 椙山泰生 京都大学経営管理大学院教授 に聞く 人材育成と社会的環境整備が 起業エコシステム成功のカギ Case1 実践的な起業体験を繰り返し 起業家人材を育成 九州大学

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2019 June SMBCマネジメント+ 5SMBCマネジメント+ 2019 June4 写真/Getty Images

動き出した大学発・起業 エコシステム

特 集

起業家やエンジニアを中心に、 大企業、投資家、大学などが集まってスタートアップ企業を連続的に生み出し、 育てていく「起業エコシステム」が注目されている。

米国・シリコンバレーなどの成功にあやかって、 日本でも特定地域に起業エコシステムを構築しようという取り組みが盛んになってきた。 その主役として期待されるのが大学だ。

本特集では、人材育成や経営支援などの面で これまでにない取り組みを進める大学の事例を中心に、 大学発・起業エコシステムの将来を展望する。

Case2

独自の創業支援組織をつくりバイオベンチャーを連続起業神戸大学

Case3

希少糖の産学官連携を主導し世界展開と地域活性化を両立香川大学

I n terv iew

椙山泰生 京都大学経営管理大学院教授 に聞く人材育成と社会的環境整備が起業エコシステム成功のカギ

Case1

実践的な起業体験を繰り返し起業家人材を育成九州大学

2019 June SMBCマネジメント+ 7SMBCマネジメント+ 2019 June6 取材・文/田北みずほ 写真/水野浩志

 エコシステムとは、企業などの複数

のプレーヤー(構成要員)が生態系の

ように結びつき、協業することによっ

てイノベーションを起こしていくビジ

ネス戦略のことです。大きく分けて2

つの種類があり、特定の製品やサービ

スに関連する企業群が、事業そのもの

で相互依存し合っている「ビジネスエ

コシステム」と、スタートアップ企業

を生み出して成長させる「起業エコシ

ステム(イノベーション・エコシステ

ム)」があります。

 ビジネスエコシステムは、例えば、

スマートフォンという製品を例にとる

と、強力な調整力を持った中核メー

カーのほかに、部品メーカー、販売会

社、アプリの開発企業などさまざまな

プレーヤーが、全体の投資や販売活動

を活性化させることでエコシステムが

拡大します。ただ、スマホ関連の製品

やサービスが10年前と今とでは変化

しているように、ビジネスの境界線や

企業間のバランスは常に変動します。

 これに対して起業エコシステムは、

地理的な境界線で区切られた範囲での、

スタートアップ企業を生み出して成長

させる仕組みです。ベンチャーキャピ

タルやエンジェル投資家が資金提供や

経営指導を行い、法律家や会計士が専

門職能を提供します。そして大学や研

ません。

 それを踏まえた上で、日本における

起業エコシステムを構築するためには、

2つの課題があると考えています。

 1つ目は、日本には起業家人材が少

なく、メインの働き方でないというこ

とです。私たちの大学の卒業生をみて

も、起業を目指す人は少数派です。米

国のスタンフォード大学などでは逆に、

卒業生の多くがまず起業に向かってい

きます。日本でも、起業を目指す若い

人材を増やさなければなりません。

究機関は知識と人材の供給を行うとい

うように、プレーヤーはそれぞれの機

能を持っています。大企業は投資をし

たり、スタートアップ企業を買収した

りといった形でプレーヤーとなります。

起業エコシステムは機能別プレーヤー

の集合体といえるでしょう。

起業家人材の育成や再挑戦できる仕組みを

 米国・シリコンバレーで起業エコシ

ステムが定着していることを手本とし

て、日本でも特定の地域でイノベー

 2つ目の課題は社会環境の整備です。

米国ではスタートアップ企業を支援す

るアクセラレータープログラムが充実

していて、エンジェル投資家など、リ

スクのあるスタートアップ企業に資金

を提供するプレーヤーが数多くいます。

起業が当たり前という社会的環境が

整っているのです。

 日本では大きなリスクのあるシーズ

段階の事業に対する資金提供者の数が

まだ少ないと思います。その結果、経

営が安定するまで事業を継続できない

ションを活性化させようという取り組

みが増えています。その中核になると

期待されているのが大学です。

 科学技術系の研究成果、つまり起業

のシーズの保有者として、また研究機

関として、さらには人材を育成して供

給する役割まで、大学が起業エコシス

テムの中で果たす役割は大きいものが

あります。シリコンバレーにおけるス

タンフォード大学、ボストンにおける

マサチューセッツ工科大学やハーバー

ド大学のように、起業エコシステムの

メインプレーヤーとして大学は欠かせ

例が多々見られます。シーズ段階をど

う乗り切るかがスタートアップ企業に

とってのカギになっています。

 さらに大事なのが、起業のリスクを

取りやすくすることです。起業はシー

ズが100あったとして、成功するのは

1つか2つ。失敗しても再挑戦しやす

い社会環境づくりが必要です。

 大学が核となっている起業エコシス

テムの動きで、気になることがもう1

つあります。各都道府県のトップ大学

が主体になっていることが多く、活動

が都道府県の枠にしばられがちなこと

です。例えばシリコンバレーは地理的

にかなり大きな範囲で1つの起業エコ

システムを形成しています。プレー

ヤーの数を考えると、北海道、東北、

関東、中部、関西、九州くらいの大き

な地理的範囲で1つの起業エコシステ

ムを構築することが望ましいでしょう。

特 集 動き出した大学発・起業エコシステム

日本型の起業エコシステムを成功させるためには、起業する若者を増やすとともに、失敗後に再挑戦できる環境づくりが必要。大学が中心の場合でも、都道府県を越えた広域連携が有効だと指摘する。

人材育成と社会的環境整備が起業エコシステム成功のカギ

椙山泰生 京都大学経営管理大学院教授 に聞く

(すぎやま・やすお)1967年名古屋市生まれ。92年、東京大学法学部卒業。東京大学大学院経済学研究科修士、同博士後期課程修了。博士(経済学)。ソニー株式会社、東京大学大学院経済学研究科助手、京都大学大学院経済学研究科助教授などを経て現職。著書に『グローバル戦略の進化̶日本企業のトランスナショナル化プロセス』(有斐閣)など。

Profile

起業エコシステムビジネスエコシステムの経営戦略観

「ビジネスエコシステム」の概念図。特定の製品やサービスを中心に、関わる企業が相互依存しながらエコシステムを拡大していく(出典:椙山泰生教授)

「起業エコシステム」の概念図。さまざまな専門的機能を持ったプレーヤーが関わりながら、起業家を連続的に生み出していく(出典:椙山泰生教授)

起業家チーム

大学研究所

サービス提供者

インキュベーター・

アクセラレーター 

ベンチャーキャピタル出資者

大企業

  支援組織法律会計

コンサルティング

競争相手

顧客

供給者

補完財生産者

関連・支援業者

該当事業のパフォーマンス

エコシステムのパフォーマンス

協調しながら競争する

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2019 June SMBCマネジメント+ 9SMBCマネジメント+ 2019 June8 写真/九州大学提供取材・文/菅野 武 写真/菅 敏一

QRECの役割」(髙田センター長)。

 ほかにも、大学祭における模擬店の

出店を起業と考え、現金を使って起業

の流れを体験する、九大祭起業体験プ

ログラム(QSHOP)というユニークな

取り組みもある。公認会計士などの専

門家が関わり、ビジネスプランの発表

から資金調達、会計処理、株主総会ま

で行う本格的なものだ。

 昨年10月には、九州大学ビジネス

スクールを修了し、QRECでも学んだ

大和建太氏が、農学部の研究リソース

に着目して、研究試薬・診断薬向けの

たんぱく質を生産するKAICO株式会社

を起業し、代表取締役社長に就任した。

「大学の技術シーズを、起業家人材が

事業に育てるという理想的な組み合わ

せで、今後も、こうした例を増やした

い」と髙田センター長は言う。

 総合大学である九州大学には多くの

科学技術系の研究成果があるが、事業

まで育てるのは難しい。QRECで育っ

た起業家人材がそれを事業化し、企業

を大きくしていくことで、九大卒業生

の就職先を地元につくり、地域の産業

活性化につなげていきたい考えだ。

 「創業しやすいまち“ふくおか”」を目

指し、スタートアップ企業への支援な

どを充実させている福岡市は、国家戦

略特区「グローバル創業・ 雇用創出特

区」に選定されるなど、地域を挙げて

起業エコシステムの形成を目指してい

る。

 その中で、起業家人材を育て、地域

に送り出す大きな役割を担っているの

が九州大学だ。学部に関係なく、全学

横断で履修できる独自の起業家育成カ

リキュラムを整えるとともに、学生時

代から実際の起業と同等の経験を積ま

せることで、起業家としてのマインド

セットを身に付けさせている。

ログラムを提供している。

 入門講座からファイナンスや組織論

などの専門講座まで約30の科目があ

り、学生の履修登録者は2017年度で

941名。初年度(11年度)の316名か

ら右肩上がりで増えている。社会人な

どの聴講生も入れると17年度の履修

生は1,000人を超えた。「副専攻でア

ントレプレナーシップを学ぶことで、

主専攻の勉強にも良いフィードバック

をもたらすと考えている」と、九州大

学大学院経済学研究院教授で、QREC

センター長の髙田仁氏は言う。

自主参加の起業プログラムで起業家としての技術を修得

 専門講義に加えて、現実の起業を念

頭に置いた、実践的な活動にも力を入

れている。SIP(Student Init iat ive

Program)と呼ぶ、学生が自主的に参

加するプログラムがその中心だ。

 起業家育成の中心になっているのは、

2011年4月から本格的な講義を開始

した九州大学ロバート・ファン/アン

トレプレナーシップ・ センター

(QREC)。ロバート・ファン氏は九州

 SIPではまず、起業アイデアについ

て審査員の前で1件60秒のピッチ(プ

レゼン)を行い、内容を議論してブラッ

シュアップする「アイデア・バトル」が

行われる。評価上位者には3~4カ月

で約10万円の活動費を提供し、起業

アイデアが正しいかどうかを検証させ

る。仮説を検証し、正しい方向へ転換

する行動様式を身に付けるのが目的だ。

 アイデア・バトルの中で良い検証結

果が出たものは、次の段階として「チャ

レンジ&クリエイション」(C&C)に進

む。起業プランを提案し、審査を通過

したものは最大50万円の資金提供を

受け、1年間かけて起業アイデアを事

業化できるかどうかを検証する。

 さらに、海外の学生ビジネスプラン

コンテストへの挑戦や、国内のビジネ

スプランコンテストへの挑戦を支援す

るプログラムもある。学生時代に仮説、

検証、ブラッシュアップの訓練を繰り

返すことで、起業家としてのマインド

セットを育む。

 「何度失敗しても挑戦し続けること

が大事。どんどん挑戦して学んでほし

い。学生時代に体験を積ませるのが

大学OBで、米IT企業シネックス社の

創業者。起業家として成功した同氏か

らの寄付をもとにQRECが設立された。

全学生を対象に、学部、大学院の枠を

超えたアントレプレナーシップ教育プ

特 集 動き出した大学発・起業エコシステム

九州大学SIP(Student Initiative Program)の構成

「起業のための専門講座と、現実に近い起業体験の二段構えになっているのがQRECの特徴」と話す髙田仁QRECセンター長

全学横断の起業家育成カリキュラムによって、起業意欲旺盛な学生にさまざまな経験を積ませている。

創業特区・福岡の人材輩出拠点として大きな役割を果たしている。

実践的な起業体験を繰り返し起業家人材を育成

九州大学Case 1

QRECが実施しているSIPの概要。段階的に高度な起業体験に進むようになっている

「アイデア・バトル」で起業プランを議論し、改良する習慣を身に付ける(左)。「チャレンジ&クリエイション」で1年の検証後、成績優秀な起業プランは大学総長から表彰される(左下)。大学祭の模擬店経営を起 業に見 立てるQSHOPという取り組みもある(右下)

アントレプレナーシップ・キャリアデザイン

学術・産業イノベーション創造本部

(株)バイオパレット2017年2月21日設立

(株)シンプロジェン2017年2月21日設立

ViSpot(株)2017年9月29日設立

アルジー・ネクサス(株)2019年2月6日設立

米系・超一流VC 大手消費財メーカー バイオベンチャーTRAHED (技術研究組合)

米国・超一流VC 大手化学メーカー 海外(共同研究者)大手バイオベンチャー

研究成果(研究者等)

国立大学法人神戸大学

科学技術イノベーション研究科(一部教員)

ただし、出資関係なし

連携

出資・事業化(共同研究開発) 出資・経営指導

技術移転

寄付

寄付

出資 特許譲渡 出資・人材供給等 出資・技術供与等特許譲渡出資・業務提携出資

出資 出資配当

創業期のベンチャー企業に対して株式との引き換えによる資金提供を行うだけでなく、事業計画書の作成支援等を含む事業立ち上げに関する具体的な指導・助言等を行う。

シード・アクセラレーター

株式会社科学技術アントレプレナーシップ(略称、STE社) 2016年1月設立

一般社団法人 神戸大学科学技術アントレプレナーシップ基金

(略称、STE基金)

2019 June SMBCマネジメント+ 11SMBCマネジメント+ 2019 June10 写真/水野浩志取材・文/田北みずほ 写真/神戸大学提供

 神戸市は産学官連携により、21世

紀の成長産業である医療関連企業の集

積を図る「神戸医療産業都市」構想を

推進している。

 その中で神戸大学は、近年、大学内

の研究シーズをもとにしたバイオテク

ノロジー分野のスタートアップ企業立

ち上げに力を入れている。自己資金で

事業を立ち上げて外部資金の調達につ

なげるまでの、起業において最もかじ

取りが難しい時期を、独自の創業支援

組織を中核とするエコシステムで支え

ているのが特徴だ。

 まず2017年には、同大の教授らが

開発したゲノム編集・合成技術を社会

で役立てようと、3社を設立した。外

部から遺伝子を入れることなくゲノム

寄附されるという。

 バイオテクノロジーのスタートアッ

プ企業には、莫大な資金が必要となる。

世界の主要な国で知的財産権を確保し

なければならないからだ。大学だけで

はとても対応できない事業計画づくり

や資金調達をSTE社が一手に担う。「特

に知的財産権の確保はスピードが勝負。

事業の戦略を立案し、グローバルなベ

ンチャーキャピタルから大きな投資を

呼び込むSTE社の役割は非常に大き

い」(近藤研究科長)

優れた技術を持つ大学こそ地域エコシステムの牽引役

 同研究科では、既存の4社に続くス

タートアップ企業の設立を今後さらに

加速させていく計画だ。

 「地域エコシステムに大事なのはク

リティカルマス以上の企業数が集積し

ていること。まずは、インパクトのあ

る成功事例をできるだけ早く創出する

改変ができる「切らないゲノム編集技

術」を活用する株式会社バイオパレッ

ト、大きなサイズのDNAを合成する

「長鎖DNA合成技術」を活用する株式

会社シンプロジェン、そしてバイオ医

薬品におけるウイルス安全性評価を行

うViSpot株式会社だ。また、19年に

は微細藻類を扱うアルジー・ネクサス

株式会社も設立した。

 神戸大学大学院科学技術イノベー

ション研究科長の近藤昭彦氏は「バイ

オテクノロジーと医療技術開発の融合

が進んでいる。先端医療の拠点である

神戸医療産業都市で、高度なバイオテ

クノロジーを持つ我々が事業化を進め

ることは意義がある」と語る。

 しかし、大学の技術を事業化するこ

ことが必要だと考えている」と近藤研

究科長。最終的には、世界をリードす

るグローバル企業を神戸市で誕生させ

ることを目指している。

 そうなれば、優秀な人材が集まり、

地域に定住しながらバイオ関連のスキ

ルを磨き、ステップアップすることも

可能になって、新しいビジネスも次々

と生まれる好循環ができる。最近、同

研究科の学生がSTE社の支援によって

起業を果たした例もあり、こうした事

例をさらに増やしたい考えだ。

 「学内にスタートアップ企業をつく

りたいという空気が満ちていることが、

エコシステム構築には必要だ。繰り返

しチャレンジが起こる状況をつくるた

めには、起業のマインドセットを持っ

た人材を増やしていくことが大事。当

研究科はその役割も担う。優れた研究

分野を持つ大学こそ、地域エコシステ

ムの牽引役と捉え、貢献していきたい」

(近藤研究科長)。

とは簡単なことではない。そこで神戸

大学は、設立するスタートアップ企業

の創業支援組織として株式会社科学技

術アントレプレナーシップ(STE社)と、

そこに出資する一般社団法人神戸大学

科学技術アントレプレナーシップ基金

(STE基金)を設立した。

 「スタートアップ企業の経営戦略や

ファイナンスに通じた外部の人材を当

研究科の教授として招き、大学院の教

育に携わってもらいながら、STE社の

メンバーとして事業化のスキームをつ

くってもらった」(近藤研究科長)。

 STE社は、事業化の検討段階から一

緒に会社をつくるスタンスで経営指導

にも関わるシード・アクセラレーター

として機能する。STE社自身の活動資

金は、民間企業に教育研修プログラム

を有償提供することでまかなっており、

必要以上の利益があれば、神戸大学へ

特 集 動き出した大学発・起業エコシステム

神戸大学独自の創業支援組織を中心とするエコシステム(全体像)

神戸大学・統合研究拠点では、産学官連携を視野に入れた最先端の研究が進められている 神戸大学・統合研究拠点は、神戸医療産業都市構想に関連する施設が集まる、神戸市ポートアイランド地区にある

「スタートアップ企業にとって重要な知的財産権の確保に、STE社が果たす役割は大きい」と語る近藤昭彦神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科長

ベンチャー企業の経営戦略やファイナンスに通じた外部の人材を招いて設立したSTE社が、スタートアップ企業の立ち上げを支援するのが独自の仕組み

神戸医療産業都市構想の一翼を担う最先端研究拠点として、世界展開を目指すスタートアップ企業を続々と立ち上げている。経営のプロを招いた創業支援組織がエコシステムの中核だ。

独自の創業支援組織をつくりバイオベンチャーを連続起業

神戸大学Case 2

2019 June SMBCマネジメント+ 13SMBCマネジメント+ 2019 June12 取材・文/田北みずほ 写真/水野浩志

うのが香川大学の構想だ。

 「食品分野は大量生産ができる企業

に任せなければならないが、少量生産

で十分な機能性希少糖は、県内の中

堅・中小企業に生産を担ってもらうの

が理想。1社が1つの触媒反応工程だ

けを行う形でもいい。そういう企業が

多数存在することで、イズモリングを

ベースにした触媒反応の組み合わせに

よってどんな希少糖でも県内で作れる

ようになる」(秋光教授)。

 香川大学では現在、医学部を含めた

72人の教授が学部横断で希少糖に関

する研究を行い、機能性希少糖の特性

の解明や用途開発を進めている。

 教授陣のほか、県や企業から招いた

講師が講義を担当する「希少糖学」と

題した講義を農学部の専門科目として

設けるなど、人材育成にも力を入れて

いる。人材を供給し、県内を希少糖関

連産業の集積地とし、「希少糖ホワイ

トバレー*」を構築したい考えだ。

 香川大学は、希少糖研究に関する知

識とノウハウを活用し、産学官連携に

よるエコシステムを形成。希少糖を地

域の一大産業へと成長させることを目

指している。基本的な技術を大学で開

発しながら、希少糖の種類と市場の特

性を考慮した戦略をとっている。

 希少糖とは、自然界にはわずかしか

存在しない単糖とその誘導体の総称。

1991年、香川大学農学部の何森健名

誉教授が、大学内の土壌の微生物から

果糖を希少糖に変える酵素を発見し、

ても准国策的に発展してきたため、既

存産業が確立しており、スタートアッ

プ企業が参入しにくい。そこで香川大

学は、スタートアップ企業を立ち上げ

るのではなく、製糖産業に知見がある、

でん粉・糖化製品メーカーの松谷化学

工業株式会社をパートナーに選び、量

産化技術の開発を進めてきた。

 松谷化学工業は、香川県に設立した

関連会社、株式会社レアスイートを通

じて希少糖含有シロップ『レアシュ

ガースウィート』を発売。料理や飲み

物に手軽に使えるとあって、話題を呼

んでいる。

 事業をグローバル展開するため、今

年1月、松谷化学工業は穀物メジャー

の米イングレディオン社と協業し、メ

キシコに希少糖の製造工場を建設する

ことを発表した。D-プシコースの粉末

を量産し、2020年から「アストレア」

のブランド名で米国での販売を開始す

る。原料糖の入手しやすさや生産コス

トの安さ、北米市場の大きさから、メ

キシコでの生産を選択したという。

 「医療費増大に悩む米国には大きな

50種類以上の希少糖を体系的に生産

する戦略図「イズモリング」を構築した。

 代表的な希少糖であるD-プシコース

は、砂糖の7割ほどの甘みを持つが、

カロリーはほぼゼロで、肥満防止など

を目的とした天然甘味料として活用が

始まっている。一方、希少糖の一部に

は、血糖値上昇や脂肪蓄積を抑制する

働きのほか、糖尿病治療やがん治療な

どに応用できる薬効成分が含まれ、ま

た農業でも利用する研究が進められて

いる。これらは「機能性希少糖」と呼

商機があると考えている」(秋光教授)。

地元企業の参画を促し県内を希少糖産業の集積地に

 次のステップとして考えているのが、

異なる機能性をもつ各種希少糖の医

療・医薬分野での実用化だ。甘味料と

異なり、少量で高価な高付加価値製品

になることが期待できる。

 機能性希少糖はベースとなるD-プシ

コースを触媒反応によって分子構造を

変化させて製造する。その触媒反応工

程を香川県内の中堅・中小企業に新規

事業として担当してもらい、県内に希

少糖生産クラスターを形成したいとい

ばれ、医療・医薬、農薬分野での活用

が期待されている。

 「今まで大学は基礎研究が中心で、

産業レベルに発展させることは企業に

任せていた。しかし今回は、市場の特

殊性もあり、大学が量産化技術の確立

までを行っている」と香川大学教授で

国際希少糖研究教育機構機構長補佐の

秋光和也氏は語る。

 市場の特殊性とは、D-プシコースの

主な用途である製糖産業の世界的な構

造のことだ。製糖産業はどの国におい

特 集 動き出した大学発・起業エコシステム

50種類以上の希少糖が保存されているロッカー。数々の機能姓希少糖を含む宝の山だ

香川大学農学部内の希少糖生産ステーションで、量産化技術の開発までを手掛けている

「県内企業に機能性希少糖の生産技術を身に付けてもらい、希少糖生産クラスターを形成していきたい」と語る秋光和也香川大学教授・国際希少糖研究教育機構機構長補佐

希少糖を含有する野生の植物「ズイナ」の栽培も行っている(左)。農学部内の、果糖を希少糖に変える酵素を持つ微生物を発見した場所には記念碑が立つ(右)大学で生まれた希少糖の生産技術で、二段構えの産学官連携構想を描く。

量産品は専門企業と組んで海外生産に着手し、世界展開を狙う。機能性希少糖が、香川県内に生産クラスターの形成をもたらす。

希少糖の産学官連携を主導し世界展開と地域活性化を両立

香川大学Case 3

*希少糖ホワイトバレー:香川県は、県産業成長戦略の重点プロジェクトとして「かがわ希少糖ホワイトバレー」構想を掲げている。