第4章 華南における自動車産業集積の形成 ·...

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-105- 第4章 華南における自動車産業集積の形成 1.はじめに 2.先行研究の検討 3.日本の自動車部品サプライヤーの進出状況 4.系列別の自動車部品サプライヤーの華南進出状況 5.おわりに 1.はじめに (1)問題意識 本稿の目的は、中国の華南地区 49 における自動車産業集積の形成について考察すること である。1998 7 1 日、本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)は広州汽車集団 50 50%ずつの出資で、広州本田汽車有限公司(以下、広州ホンダ)を設立した。その後、 2002 9 19 日に日産自動車株式会社(以下、日産)は、東風汽車集団(湖北省武漢市)と 折半出資で東風汽車有限公司 51 を設立することを決定し、 2003 7 月から広州市花都区で 生産を開始した。さらに 2004 9 6 日にトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)は広 州汽車集団と折半出資で広州豊田汽車有限公司(以下、広州トヨタ)を設立し、 2006 年か ら生産を開始した。 日本の自動車生産の上位を占めるホンダ、日産、トヨタが 1990 年代末から相次いで華 南に進出した。これは、軽工業、電気・電子機器産業 52 に続く産業集積の第三の波がこの 地域に訪れたことを示している。近年における華南地区の発展は、 1978 年から開始された 改革開放政策に基づき、 1980 年に香港に隣接する深圳市に経済特区が開設されたことが契 49 「華南」地区とは狭義では広東省、海南省、広西チワン族自治区の 3 省区を示す。特に 本稿では広東省の中心部(珠江デルタ)を主な対象としている。 50 「汽車」とは中国語で「自動車」の意味である。 51 「東風汽車有限公司」は乗用車部門だけでなく東風汽車集団が主に生産していた商用車 部門も有する企業グループである。乗用車部門である「東風汽車有限公司乗用車分公司」 は、 2005 年に「東風日産乗用車公司」と社名を変更した。以下では、この東風日産乗用車 公司を「東風日産」と呼ぶ。 52 本稿における「電気・電子機器産業」とは、日本標準産業分類における「電気・情報通 信機械器具製造業」、「電子部品・デバイス製造業」、「精密機械器具製造業」を含む概念で ある。

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第4章 華南における自動車産業集積の形成

1.はじめに

2.先行研究の検討

3.日本の自動車部品サプライヤーの進出状況

4.系列別の自動車部品サプライヤーの華南進出状況

5.おわりに

1.はじめに

(1)問題意識

本稿の目的は、中国の華南地区49における自動車産業集積の形成について考察すること

である。1998 年 7 月 1 日、本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)は広州汽車集団50と

50%ずつの出資で、広州本田汽車有限公司(以下、広州ホンダ)を設立した。その後、2002

年 9 月 19 日に日産自動車株式会社(以下、日産)は、東風汽車集団(湖北省武漢市)と

折半出資で東風汽車有限公司51を設立することを決定し、2003 年 7 月から広州市花都区で

生産を開始した。さらに 2004 年 9 月 6 日にトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)は広

州汽車集団と折半出資で広州豊田汽車有限公司(以下、広州トヨタ)を設立し、2006 年か

ら生産を開始した。

日本の自動車生産の上位を占めるホンダ、日産、トヨタが 1990 年代末から相次いで華

南に進出した。これは、軽工業、電気・電子機器産業52に続く産業集積の第三の波がこの

地域に訪れたことを示している。近年における華南地区の発展は、1978 年から開始された

改革開放政策に基づき、1980 年に香港に隣接する深圳市に経済特区が開設されたことが契

49 「華南」地区とは狭義では広東省、海南省、広西チワン族自治区の 3 省区を示す。特に

本稿では広東省の中心部(珠江デルタ)を主な対象としている。 50 「汽車」とは中国語で「自動車」の意味である。 51 「東風汽車有限公司」は乗用車部門だけでなく東風汽車集団が主に生産していた商用車

部門も有する企業グループである。乗用車部門である「東風汽車有限公司乗用車分公司」

は、2005 年に「東風日産乗用車公司」と社名を変更した。以下では、この東風日産乗用車

公司を「東風日産」と呼ぶ。 52 本稿における「電気・電子機器産業」とは、日本標準産業分類における「電気・情報通

信機械器具製造業」、「電子部品・デバイス製造業」、「精密機械器具製造業」を含む概念で

ある。

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機になった。当初は人件費や地価の高騰によって香港での立地が困難になった軽工業が中

心であったが、2000 年代に入り華南でも人件費や地価が高騰して軽工業の移転が始まりつ

つある53。

軽工業に続いて華南地区に集積したのは電気・電子機器産業である。鄧小平による 1992

年の南巡講話を契機に香港企業の進出が加速し、日本企業や欧米企業も香港に拠点を置い

て華南に進出した54。1997 年のアジア通貨危機を契機に、東南アジア地域から日本の家電

メーカーなどが華南に移転した。2002 年に台湾当局が大陸投資規制を緩和したことで、I

T関連メーカーが華南や長江デルタへの進出を加速した。この結果、深圳市から東莞市に

かけてを中心に電気・電子機器の巨大な産業集積が形成されている55。

1990 年代末から広州市を中心に産業集積が形成されつつあるのが自動車産業である。図

156に示す通り、中国の自動車生産台数は 2000 年代に入り急速に伸びている。広州ホンダ

が設立された 1998 年には 183 万台、乗用車に限れば 51 万台に過ぎなかった生産台数が、

5 年後の 2003 年には 444 万台、乗用車 202 万台となっており、2007 年の速報値では 888

万台に達している。この間、自動車生産全体の拡大以上に乗用車生産が拡大し、2001 年ま

で 30%前後であった乗用車の割合が、2006 年以降は 70%以上に達している。

53 松島茂「華南における産業集積の変容の可能性:玩具関連企業のフィールドノートから

の考察」『経営志林』第 41 巻 4 号、2005 年、pp.137-145。 54 香港に法人を置き、実質的に華南地区の製造拠点を経営する方法を「来料加工」と呼ぶ

(石井均「香港デフレ経済の現状と『来料加工』取引について:中国の政治経済とのかか

わりを中心に」『日本福祉大学経済論集』第 27 号、2003 年、pp.101-108)。 55 松島茂「日本の中小企業の中国展開と 2 つのリンケージ:鹿島エレクトロ産業のケース」

小池洋一・川上桃子編『産業リンケージと中小企業:東アジア電子産業の視点』アジア経

済研究所、2003 年。 56 2007 年の生産台数は 1 月から 11 月までの 11 か月分であることに注意。

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図1 中国の自動車生産台数(万台)

0

100

200

300

400

500

600

700

800

900

1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007

自動車 乗用車

広州市においてホンダ、日産、トヨタが生産しているのはいずれも乗用車であり、これ

らの企業が近年の中国の自動車生産の成長を支える一つの要因となっている。2007 年 2

月 10 日には広州ホンダの累計生産台数は 100 万台に達し、2007 年 1 月 18 日には東風日

産は累計生産台数 50 万台57を達成した。2008 年の生産目標では、広州ホンダが 34 万台、

広州トヨタが 21 万台となっている。

広州ホンダの設立当初は主に日本からの輸入部品によるノックダウン生産に近い形態で

あったが、現在では広州ホンダ、東風日産、広州トヨタのいずれもが部品の現地調達率の

向上を目指している。そこで本稿では、広州市を中心とする華南における自動車産業集積

の形成について考察することを目的とする。

(2)現地調査の概要と本稿の構成

本稿の構成としては、第 2 節で自動車産業における産業集積についての先行研究を検討

する。電気・電子機器産業とともに、自動車産業は産業集積の対象として先行研究の蓄積

が為されている、重要な産業であることを示すことが目的である。第 3 節では華南におけ

57 広州市花都区と湖北省襄樊市の 2 拠点での生産台数の合計であることに注意。

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る自動車産業集積の全体像を示すため、日本の自動車部品サプライヤーの海外進出状況と、

その中でも特に中国への進出状況について検討する。第 4 節では華南における自動車産業

集積の具体像を示すため、ホンダ系、日産系、トヨタ系それぞれの自動車部品サプライヤ

ーの集積について明らかにする。第 5 節では結論と今後の課題について述べたい。

2.先行研究の検討

産業集積については数多くの先行研究が存在するけれども、メーカーとサプライヤーと

の関係(サプライヤー・システム)に注目して研究を行なった嚆矢は浅沼(1984; 1990;

1992)58である。浅沼は「関係特殊的技能(関係的技能)」という概念を用いて、従来の二

重構造論では必ずしも説明できない、サプライヤー・システムの合理性について説明を行

なった。浅沼がサプライヤーを①市販品タイプの部品サプライヤー、②貸与図の部品のサ

プライヤー、③承認図の部品のサプライヤーに分類したことは、サプライヤーの開発能力

についてのその後の研究59の基礎となっている。

Cusumano and Takeishi(1991)60や、McMillan(1995)61、藤本(1995; 1997)62ら

はアンケート調査なども活用しつつ、Williamson(1979)63の「取引コスト」に代表され

る経済学的な枠組みからサプライヤー・システムの構造の分析を行なった。一方で Sako

58 浅沼萬里「日本における部品取引の構造:自動車産業の事例」『経済論叢(京都大学経

済学会)』第 133 巻 3 号、1984 年、pp.241-262;浅沼萬里「日本におけるメーカーとサプ

ライヤーとの関係」『経済論叢(京都大学経済学会)』第 145 巻 1-2 号、1990 年、pp.1-45;浅沼萬里「国際的展望の中で見た日本のメーカーとサプライヤーとの関係」『経済論叢(京

都大学経済学会)』第 149 第 4-6 号、1992 年、pp.18-58。 59 松島茂「町工場から開発能力を持つ二次サプライヤーへの発展過程:サンキ工業株式会

社のケース」『経済志林』第 73 巻 4 号、2006 年、pp.425-457。 60 Cusumano, Michael A. and Akira Takeishi, “Supplier Relations and Management: A Survey of Japanese, Japanese-Transplant, and U. S. Auto Plants,” Strategic Management Journal, 12, 1991, pp.563-588. 61 McMillan, John, “Reorganizing Vertical Supply Relationships,” in Horst Siebert, ed., Trends in Business Organization: Do Participation and Cooperation Increase Competitiveness?, Tubingen: J. C. B. Mohr, 1995. 62 藤本隆宏「部品取引と企業間関係」植草益編『日本の産業組織』有斐閣、1995;藤本隆

宏『生産システムの進化論:トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス』有斐閣、1997年。 63 Williamson, O. E., “Transaction-Cost Economics: The Governance of Contractual Relations,” Journal of Law and Economics, Vol.22, 1979, pp.233-261.

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(1991; 1996)64や西口(1997)65らは、「信頼」や「搾取系と共生系」といった社会学的

な概念を導入して、サプライヤー・システムの分析を深めてきた。これらのサプライヤー・

システムの研究はメーカーと一次サプライヤーとの関係が中心であったけれども、近年で

は二次サプライヤー66に注目した研究67も行なわれている。

これらの先行研究を踏まえ、本稿では華南における自動車産業集積について考察する。

藤本(1995)が主張するように自動車部品サプライヤーの納入先は複数化しており、「ピ

ラミッド」的なイメージと実態とが異なるのは当然である。しかし、本稿では以下におい

て便宜的に「ホンダ系」、「日産系」、「トヨタ系」という用語を用いて華南における自動車

部品サプライヤーを紹介する。

3.日本の自動車部品サプライヤーの進出状況

(1)日本の自動車部品サプライヤーの海外進出状況

華南における日系自動車部品サプライヤーについて考察する前に、日本の自動車部品サ

64 Sako, Mariko, “The Role of ‘Trust’ in Japanese Buyer-Supplier Relationships,” Ricerche Economiche, XLV, 2-3, 1991, pp.449-474; Sako, Mariko, “Supplier Associations in the Japanese Auto Industry: Collective Action for Technology Diffusion?” Cambridge Journal of Economics, 20(3), 1996, pp.651-667. 65 西口敏宏「二重らせんの組織間関係と共進化:自己言及的メタモデルの提唱」『組織科

学』第 30 巻 3 号、1997 年、pp.62-78。 66 一次サプライヤーが同時期に二次サプライヤーにもなる例があり(例えば、車体骨格プ

レス部品を供給する一次サプライヤーが、フロントパネルモジュールを供給する一次サプ

ライヤーにビームなどのプレス部品を供給する例などが挙げられる)、「x 次サプライヤー」

という呼称は必ずしも正確ではない。しかし、本稿では便宜上、自動車メーカーから直接

受注する場合が多い自動車部品サプライヤーを一次サプライヤー、一次サプライヤーから

受注する場合が多い自動車部品サプライヤーを二次サプライヤーとする。 この「x 次サプライヤー」という表現に関して特に注意が必要なのは、メッキや熱処理

などを担う企業である。先行研究では、例えば植田(1987)のように、メッキ企業を自動

車メーカーとの取引関係から一次サプライヤーとしているものが存在する(植田浩史「自

動車産業における下請管理:A 社の 1970 年代の品質・納入・価格管理を中心に」『商工金

融』第 9 号、1987 年、pp.3-23)。しかし、メッキや熱処理などを担う企業が同時に自動車

メーカーだけでなく、一次サプライヤー、二次サプライヤーとも取引を行なうことは一般

的に観察される。そのため、メッキや熱処理などを担う企業を「x 次サプライヤー」とし

て定義する際には十分な留意が必要とされる。 67 李在鎬「2 次サプライヤーにおける Process 重視論の再検討:アイシン精機の部品仕入

先の事例」『日本経営学会誌』第 5 号、2000 年、pp.14-24;佐伯靖雄「自動車産業サプラ

イヤー・システムにおける車載用センサメーカーの製品開発: Tier 2 サプライヤー村田製

作所の事例研究」『立命館大学経営学会』第 46 巻 3 号、2007 年、pp. 195-214。

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プライヤーの海外進出状況を確認するため、表 1 を参照したい。日米自動車摩擦への対応

から北米、特にアメリカ合衆国への進出が相次いだ 1980 年代に続き、1990 年代は 1997

年のアジア通貨危機までタイを中心に ASEAN を中心に、日本の自動車部品サプライヤー

の海外進出が進んだ。

表 1 日本の自動車部品サプライヤーの海外進出件数(1997-2005 年)

国・地域 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2005 年末

累計

アジア 51 19 25 23 50 38 10 61 83 849

中国 9 2 11 8 23 21 8 44 68 294

中国の構成比 9.9% 4.3% 26.8% 14.3% 24.7% 35.6% 50.0% 51.2% 66.7% 20.6%

ASEAN 33 8 6 12 18 12 2 17 18 373

北米 20 9 9 20 17 7 3 11 1 310

アメリカ 16 8 9 14 7 6 3 11 0 288

ヨーロッパ 9 14 5 11 18 4 2 8 11 163

その他 11 5 2 2 8 10 1 -2 6 102

合計 91 47 41 56 93 59 16 86 102 1,425

資料:日本自動車部品工業会

中国への進出は 1998 年まで日本の自動車部品サプライヤーの海外進出件数全体の 10%

未満であったが、1999 年以降急速に進出件数が増加していることがわかる。2001 年に進

出地域別で 1 位となり、2003 年以降は海外進出件数全体の 50%以上を占めるまでになっ

ている。2005 年末の累計では、中国への進出件数は 294 件とアメリカ合衆国への進出件

数の 288 件を超え、ASEAN 全体の 373 件に迫る勢いである。

(2)日本の自動車部品サプライヤーの中国進出状況

表 1 に見たように、1999 年以降は日本の自動車部品サプライヤーが中国に集中的に進

出している。そこで、日本の自動車部品サプライヤーの中国進出状況を確認するため、表

2 を参照したい。表 2 を見ると、日本の自動車部品サプライヤーの中国における産業集積

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は、大きく 3 つの地域に分かれることがわかる。

表 2 中国の地区別の日系自動車部品サプライヤー

都市 トヨタ系 日産系 ホンダ系 独立系 合計

吉林省長春市 3 1 4

遼寧省大連市 2 2

天津市 21 1 2 3 27

山東省青島市 2 1 3

上海市 7 2 2 9 20

江蘇省昆山市 5 2 7

江蘇省無錫市 3 2 1 6

江蘇省蘇州市 1 2 1 4

浙江省嘉興市 3 3

安徽省安慶市 5 5

湖北省武漢市 4 4

重慶市 2 2

福建省福州市 2 1 1 4

広東省広州市 9 7 9 2 27

広東省仏山市 7 2 9

広東省中山市 3 3

広東省東莞市 2 1 3

その他 8 4 5 3 20

合計 71 22 34 26 153

資料:21 世紀中国総研『中国進出企業一覧』2005-2006 年。

1 つ目は華北の天津市であり、市単位では広州市と並び 1 位となる 27 件の進出企業が存

在する。天津市には天津汽車集団(以下、天津汽車)という自動車メーカーがかつて存在

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し、1984 年 3 月にダイハツ工業株式会社(以下、ダイハツ)と技術供与契約を締結した

ことからトヨタグループとの関係が始まった。2000 年 6 月には天津汽車とトヨタとが直

接に提携し、天津豊田汽車有限公司(以下、天津トヨタ)が設立された。2002 年秋から天

津トヨタでヴォイス(日本名:ヴィッツ)の生産が開始される予定であったが、2002 年 6

月には中国 大級の自動車メーカーである第一汽車集団が天津汽車を買収したことで、天

津汽車は天津一汽夏利汽車有限公司と改称され、天津トヨタも正式名称は天津一汽豊田汽

車有限公司となった。

天津トヨタでは予定通り 2002 年 10 月からヴォイスの生産が開始され、2004 年 2 月か

らカローラの生産も開始された。ヴォイスとカローラを生産する第一工場の生産能力は年

産 12 万台であるが、年産 10 万台の能力を持つ第二工場も設立され、2005 年 3 月からク

ラウンの生産を開始している。そのため、天津市にはトヨタ系を中心に自動車部品サプラ

イヤーが集積しているのである。

2 つ目の集積は華東の上海市である。上海市には日本の自動車メーカーは存在しないが、

中国で 大の自動車生産台数を誇る68上海汽車工業集団(以下、上海汽車)が存在する。

上海汽車は 1985 年3月にドイツのフォルクスワーゲン(以下、VW)と合弁で会社を設立

(上海大衆)し、1997 年 6 月にはアメリカ合衆国のゼネラルモータース(以下、GM)と

も合弁して会社を設立(上海通用)している。そのため、独立系の自動車部品サプライヤ

ーを中心に、20 件の進出企業が存在する。

上海市は北京市や、天津市、重慶市とともに行政上は直轄市であるが、経済的には上海

から 150km 圏内の江蘇省と浙江省の各都市と関係が深く、「長江デルタ」または「グレー

ター上海」と呼ばれる経済圏を形成している。表 2 の江蘇省の昆山市、無錫市、蘇州市、

浙江省の嘉興市への進出件数を含めると、上海を中心とする長江デルタ全体で 40 件の進

出企業を抱える一大産業集積が形成されていることがわかる。

3 つ目は華南の広州市である。広州市だけでも天津市と並ぶ 27 件の進出企業があり、仏

山市や、中山市、東莞市を加えると 42 件となり、この地域において中国 大の日本の自

動車部品サプライヤーの産業集積が形成されていることがわかる。しかも、ホンダ、日産、

トヨタという 3 社の自動車メーカーの進出に対応して、ホンダ系、日産系、トヨタ系の自

68 2006 年は 122 万 4000 台、2007 年は 1 月から 11 月までの 11 ヶ月で 138 万 6600 万台

であり、生産台数第 2 位の第一汽車の 116 万 5700 万台(2006 年)、130 万 8600 万台(2007年 1 月~11 月)を上回る 1 位である。

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動車部品サプライヤーがそれぞれに存在していることがわかる。そこで次節では、系列別

に自動車部品サプライヤーの進出状況について考察したい。

4.系列別の自動車部品サプライヤーの華南進出状況

(1)ホンダ系の自動車部品サプライヤーの華南進出状況

ホンダ系の自動車部品サプライヤーの華南進出状況を示したものが表 3 である。ここで

は便宜的にホンダ系としたが、三桜工業は広州ホンダと、東風日産、広州トヨタの各社に

ブレーキチューブを納入している69など、ホンダとのみ取引をしているとは限らない。た

だ、主な取引先がホンダ70とされる企業を取り上げて表にしたものである。

表 3 ホンダ系の自動車部品サプライヤーの華南進出

進出地域 企業名 事業内容 進出年 進出形態

広州市 ショーワ ショックアブソーバー、パワーステアリング 1994 年 合弁

広州市 新電元工業 電子コントローラー点火装置 1994 年 n.a.

広州市 柳川精機 アルミダイカストホイール 1995 年 合弁

広州市 ミツバ ワイパー、モーターなど電装品 1999 年 合弁

広州市 スタンレー電気 照明灯具部品 1999 年 合弁

広州市 三桜工業 ブレーキチューブ 1999 年 独資

広州市 ティー・エステック シート、内装品 2001 年 合弁

広州市 倉敷紡績 シート用ウレタンフォーム 2001 年 独資

広州市 森六 部品プラスチック成型加工 2001 年 独資

広州市 エイチワン 車体骨格プレス部品 2001 年 独資

広州市 今仙電機製作所 シートデバイス、ランプ、ウィンドレギュレーター 2001 年 独資

広州市 菊池プレス・高尾金属 車体骨格プレス部品、溶接治具金型 2001 年 独資

69 稲垣清他『中国進出企業地図:日系企業・業種別篇』蒼蒼社、2006 年、p.385。 70 ホンダは 2003 年 7 月に東風汽車集団と合弁で東風本田汽車(武漢)有限公司(以下、

東風ホンダ)を設立しているので、取引先のホンダには広州ホンダと東風ホンダの両社が

含まれうる。ただし、華南の自動車部品メーカーの場合、主な取引先は広州ホンダの場合

が多いと考えられる。

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広州市 丸順 車体プレス部品 2001 年 独資

広州市 スタンレー電気 ヘッドランプ、リアランプ 2002 年 合弁

広州市 旭テック アルミホイール 2003 年 n.a.

広州市 ティー・エステック シートトリムカバー 2004 年 独資

広州市 ホンダエンジニアリング 生産設備、エンジニアリング 2004 年 独資

中山市 ホンダロック キーロック、班送品 1996 年 合弁

中山市 エフテック サスペンション等の足回り部品 2001 年 独資

中山市 ユーシン キーロック 2002 年 独資

中山市 ティラド ラジエーター 2002 年 独資

中山市 八千代工業 樹脂製燃料タンク 2002 年 独資

中山市 山下ゴム 防振ゴム 2002 年 独資

中山市 日信工業 アンチロック・ブレーキシステム 2003 年 独資

中山市 武蔵精密 サスペンション部品、ステアリング部品 2003 年 独資

中山市 ホンダエレシス 自動車用車体系電子制御ユニット 2005 年 独資

仏山市 三條機械製作所 熱間鍛造部品 1995 年 合弁

仏山市 ユタカ技研 駆動系部品 2004 年 独資

仏山市 ホンダアクセス アクセサリー部品 n.a. 合弁

東完市 ケーヒン 燃料噴射機器システム 2002 年 独資

東完市 小倉クラッチ カーエアコン用コンプレッサー部品 2004 年 合弁

湛江市 ケーヒン 燃料供給システム 1992 年 合弁

肇慶市 本田金属 ピストン、シリンダーヘッド 1995 年 合弁

清遠市 エイチワン 車体骨格プレス部品 2005 年 独資

資料:21 世紀中国総研『中国進出企業一覧』2005-2006 年。

表 2 を見た場合に注目されることは、1998 年の広州ホンダ設立以前からの進出企業が

存在することである。これは、ホンダがオートバイ・スクーター(二輪車)で以前から中

国に進出していたからである。ホンダは 1982 年から重慶市で二輪車を技術供与契約に基

づき生産を開始し、1992 年には五羊本田摩托(広州)有限公司(以下、五洋ホンダ)と天

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津本田摩托有限公司を設立、1993 年には嘉陵本田発動機(重慶)有限公司を設立し、合弁

企業において二輪車生産を開始した。

この五羊ホンダの進出に対応して、1992 年のケーヒンに始まるホンダ系の自動車部品サ

プライヤーの華南進出が開始されるのである。ショーワの場合は 1994 年に二輪車向けに

生産を開始し、1999 年から自動車(四輪車)向けの生産も開始している。

1992 年の二輪車からの華南での生産開始、1998 年と日本の大手自動車メーカーとして

も早い中国での自動車生産開始が影響し、ホンダ系の自動車部品サプライヤーは合弁で

の進出事例が多い。現在でも完成車メーカーは独資での中国進出は認可されないが、既に

部品サプライヤーの場合は基本的には独資での中国進出の認可が下りる。しかし、そうし

た傾向は 2001 年の WTO 加盟後と前後して生じたため、1990 年代に進出した部品サプラ

イヤーは合弁で進出している。

以上のホンダ系の自動車部品サプライヤーの特徴については、日産系、トヨタ系の自動

車部品サプライヤーと比較することでより顕著に理解できると思われる。そこで次項以降

では、日産系、トヨタ系の自動車部品サプライヤーについて考察したい。

(2)日産系の自動車部品サプライヤーの華南進出状況

日産系の自動車部品サプライヤーの華南進出状況について示したものが表 4 である。よ

り正確に言えば、広州市花都区の花都汽車城71に進出している自動車部品サプライヤーを

取り上げて表にしたものである。そのため、表 3 でホンダ系とされたエイチワンが表 4 に

も掲載されている。

ここで花都汽車城に注目した理由は、稲垣(2005)72が主張するように、広州市花都区

の東風日産の場合、そこに部品を供給するサプライヤーの多くが花都汽車城に集中してい

るからである。これは、広州ホンダや広州トヨタと比べた場合の顕著な特徴である。広州

トヨタも後述するように広州市南沙区に集積するサプライヤーが多いが、隣接する仏山市

など広州市南沙区以外にも集積が存在する。しかし、東風日産ほど顕著な産業集積を形成

している例は、華南の自動車部品サプライヤーには存在しない。

花都汽車城の産業集積で特徴的な 2 点目は、東風日産との強固な関係を一次サプライヤ

71 「城」とは中国語で「街」の意味であり、ここでは「工業団地」の意味に近い。 72 稲垣清「華南における自動車メーカーの進出と部品メーカーの対応」『香港 NOW』第 7号、2005 年 12 月。

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ーが形成しているだけでなく、特定の一次サプライヤーとの強固な関係を二次サプライヤ

ーが形成している事例が見られることである。2 つの事例があり、1 つは株式会社タチエ

ス(以下、タチエス)を中心とするもの、もう1つは株式会社アルファ(以下、アルファ)

を中心とするものである。

タチエスは 1954 年に東京都立川市で立川スプリング株式会社として設立され、1959 年

に本社および工場を同、昭島市に移転して現在に至る企業である73。主な事業内容は自動

車用シート製造であり、アメリカ合衆国のリア・コーポレーション(以下、リア)との合

弁でのシート生産も各国で行なっている。花都汽車城でもリアとの合弁で進出している。

タチエスは自動車用シート縫製品を製造する会社を自社で設立し、進出用地を確保して発

泡ウレタンフォームを製造する東洋クオリティワンと機構部品を製造する富士機工を進出

させた。タチエスは 3 社の二次サプライヤーも含む体制を「座椅城」と呼び、花都汽車城

の自動車産業集積の中に自動車用シート製造の産業集積を形成している。

表 4 日産系の自動車部品自動車部品サプライヤーの華南進出

進出地域 企業名 事業内容 進出年

広州市 エイチワン 車体骨格プレス部品 2001 年

広州市 日立ユニシア エンジン部品 2002 年

広州市 ユニプレス 車体骨格プレス部品 2003 年

広州市 三池工業 プレス部品 2003 年

広州市 アルファ キーロック 2004 年

広州市 鬼怒川ゴム ゴム部品 2004 年

広州市 伊藤忠丸紅鉄鋼 コイルセンター 2004 年

広州市 カルソニックカンセイ フロントモジュール等 2005 年

広州市 タチエス シート 2005 年

広州市 ヨロズ&三井物産 自動車用 2005 年

広州市 東洋クオリティワン シート用ウレタンフォーム 2005 年

広州市 河西工業 内装品、ドアトリム n.a.

73 同社公式 Web Site(http://www.tachi-s.co.jp/index.html)。

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広州市 第一金属 プレス部品 n.a.

広州市 星ダイカスト キーロック用ダイカスト部品 n.a.

広州市 関東工業 シートカバー n.a.

広州市 マーレテネックス 各種フィルター n.a.

広州市 富士機工 シート機構部品 n.a.

広州市 日本特殊塗料 塗料 n.a.

広州市 三ツ星電気 ランプ n.a.

広州市 桐生 ブレーキ部品 n.a.

広州市 三井物産 コイルセンター n.a.

広州市 西川ゴム ゴム・シール部品 n.a.

広州市 富士河口湖精密 精密部品 n.a.

広州市 ホクヨー シート用革製品 n.a.

広州市 今仙電機 シートデバイス、ランプ、ウィンドレギュレーター n.a.

広州市 リズム ステアリング、ブレーキ関係部品 n.a.

広州市 タチエス シート n.a.

資料:稲垣清他『中国進出企業地図:日系企業・業種別篇』蒼蒼社、2006 年。

注:広州市花都区進出企業を取り上げており、エイチワンは表 3 の通りホンダ系企業である。

アルファは 1923 年に建築金物およびシリンダー錠製造企業として設立され、1933 年か

ら日産およびトヨタ向けに自動車用キーロックの製造を開始した74。アルファは 2004 年に

花都汽車城に進出する際に、プレス部品を供給する第一金属とダイカスト部品を供給する

星ダイカストが入居する余地も持った工場を建設している。タチエスの場合は、東洋クオ

リティワンと富士機工は進出決定後に土地を分筆し、タチエスと独立した工場を所有して

いる。しかし、アルファの場合には、第一金属とダイカスト部品はアルファの所有する工

場内に入居するという形式になっているのである。

以上のように、東風日産を中心とした凝集性の高い産業集積が花都汽車城では形成され

ており、さらに花都汽車城内にも一次サプライヤーを中心とした凝集性の高い産業集積が

74 同社公式 Web Site(http://www.kk-alpha.com/index.html)。

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形成されている事例が見られた。これが日産系の自動車部品サプライヤーの華南進出状況

の特徴である。

(3)トヨタ系の自動車部品サプライヤーの華南進出状況

トヨタ系の自動車部品サプライヤーの華南進出状況について示したものが表 5 である。

一見してわかる特徴は、広州市と仏山市の 2 つの地域に産業集積が形成されていることで

ある。広州市に 11 件、仏山市に 10 件とほぼ同数の企業が進出している。

表 5 トヨタ系の自動車部品サプライヤーの華南進出

進出

地域 企業名 事業内容 進出年

進出

形態

広州市 大紀アルミ&豊田通商 アルミ溶解 2004 年 合弁

広州市 アラコ&アイシン精機&トヨタ紡織 シート、ドアトリム、成型天井 2004 年 独資

広州市 デンソー 燃料噴射機器システム 2004 年 独資

広州市 三五 マフラー、ドアビーム 2004 年 独資

広州市 豊田鉄工 プレス溶接部品 2004 年 独資

広州市 アイシン高丘&豊田通商 鋳鉄部品 2005 年 合弁

広州市 鹿島精機 プレス金型 2005 年 独資

広州市 シロキ工業 ドアサッシ、モールディング、ウィンドレギュレーター 2005 年 独資

広州市 アドビックス&アイシン精機 ブレーキシステム、コンポーネント 2006 年 独資

広州市 アラコ&アイシン精機&トヨタ紡織 シートバック、シートクッション 2006 年 独資

広州市 中央精機 アルミホイール 2006 年 独資

仏山市 豊田合成 車体シール部品 2004 年 独資

仏山市 アイシン精機 クランクケース、タイミングチェーン 2004 年 独資

仏山市 愛三工業 スロットボディー 2004 年 独資

仏山市 豊田合成 内外装品 2004 年 独資

仏山市 東海理化 キーロック、スイッチ 2004 年 独資

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仏山市 豊田合成 車体シール部品 2004 年 独資

仏山市 トヨタ紡織&デンソー オイルフィルター 2005 年 合弁

仏山市 アイシン精機 電動サンルーフ、パワーシートのモーターハウジング 2005 年 独資

仏山市 アステア ボディー、ドア 2005 年 独資

仏山市 ジェイテクト パワーステアリング 2005 年 独資

資料:稲垣清他『中国進出企業地図:日系企業・業種別篇』蒼蒼社、2006 年。

表 5 で広州市と記載された企業は全て広州トヨタの工場がある広州市南沙区に立地し、

広州トヨタと非常に密接な関係にあると考えられる。この点では、明示的な汽車城のよう

なものは形成していないものの、広州市花都区における東風日産を中心とする花都汽車城

に類似した産業集積を形成していることがわかる。

一方で、広州市南沙区に進出した 11 件の企業とほぼ同数の 10 件の企業が、広州ホンダ

や、東風日産、広州トヨタとほぼ等距離にある仏山市に進出していることは興味深い。稲

垣(2006)75によれば、「トヨタ本体や中核メーカーが進出する南沙にはあえて進出せず、

南沙のトヨタ、広州のホンダ、そして花都の日産を視野に入れた仏山に進出を求めている」

ということである。

集積の経済の観点からすれば、産業集積は集積内の凝集性が高い方が効率的である。し

かし、特定の中核企業への依存が高まると、中核企業の経営状態に産業集積内のサプライ

ヤーの経営状態が左右されるリスクが高くなる。そこで、特定の中核企業との関係を維持

しつつ、他の中核企業との取引の可能性を確保する戦略こそが、集積の経済を活用しつつ

リスクを低下させる望ましい手段であると考えられる。その意味で、トヨタ系の自動車部

品サプライヤーの仏山市への進出は非常に特徴的である。

5.おわりに

本稿では日本の自動車部品サプライヤーについて、まず海外進出全体の状況について検

75 稲垣清他『中国進出企業地図:日系企業・業種別篇』蒼蒼社、2006 年、p.392。

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討し、2003 年以降は中国が 大の進出地域であることを明らかにした。その上で中国にお

ける自動車部品サプライヤーの集積について検討すると、広州市だけでも天津市と並ぶ 27

件の進出企業があり、仏山市や、中山市、東莞市を加えると 42 件となることがわかった。

本稿が対象とした華南地区に、中国 大の日本の自動車部品サプライヤーの産業集積が

形成されているのである。さらに、華南地区には自動車メーカー3 社が進出しているため、

ホンダ系、日産系、トヨタ系の自動車部品サプライヤーがそれぞれに存在している。そこ

で系列別の自動車部品サプライヤーについて検討した。

ホンダ系の特徴としては、1992 年に二輪車の生産を華南で開始しおり、自動車生産も

1998 年と日本の大手自動車メーカーとして も早い時期であるため、自動車部品サプライ

ヤーの進出時期も早い。また、その影響でホンダ系の自動車部品サプライヤーは合弁での

進出事例が多い。集積として捉えた場合は、地域的な広がりが大きく、珠江デルタ全域に

展開している。

日産系の特徴としては、広州市花都区の東風日産の場合、そこに部品を供給するサプラ

イヤーの多くが花都汽車城に集中していることである。さらに、東風日産との強固な関係

を一次サプライヤーが形成しているだけでなく、特定の一次サプライヤーとの強固な関係

を二次サプライヤーが形成している事例が見られる。

トヨタ系の特徴としては、トヨタの進出した広州市南沙区に 1 つの集積があるという面

では日産との類似性が見られるけれども、もう 1 つの集積が広州ホンダや、東風日産、広

州トヨタとほぼ等距離にある仏山市に形成されていることが挙げられる。

本稿では以上のように華南地区における日本の自動車部品サプライヤーの集積について

検討した。しかし、資料的な制約もあり、ホンダ系、日産系、トヨタ系という系列別の検

討に限定された。三桜工業について触れたように、実際には系列別では捉えきれない取引

関係が形成されている。そこで今後の課題としては、系列を超えた取引関係について検討

することが必要である。

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第5章 まとめと今後の課題

本論では,自動車産業の多層的サプライヤー・システムと,そこにおける中小サプライ

ヤーの役割と動向について考えてみた.

まず第2章では,多層的サプライヤー・システムにおける中小サプライヤーの「開発補

完機能」について検討した.

日本の自動車産業は,多層的なサプライヤー・システムによって支えられている.デン

ソー,アイシンなど大手の一次サプライヤーは重要な役割を果たしているが,実はその下

には多くの中小サプライヤーも存在し,重要な役割を果たしながら日本の自動車産業を支

えているのである.

二次サプライヤーの機能としてよく注目されるのは,<部品生産>において一次サプラ

イヤーと分業し,一次サプライヤーの下請けとして,低コストで小ロット生産に対応でき

ることである.しかし,二次サプライヤーは生産だけではなく,<部品開発>においても

一次サプライヤーを補完するという側面がある.

二次サプライヤーは一次サプライヤーとの生産分業を通じて,一次サプライヤーとは補

完的な<生産技術>を形成させてきた.その<生産技術>を基に開発能力を発揮し,一次

サプライヤーの部品開発設計プロセスを補完することができると考えられる.一次サプラ

イヤーの部品設計に対し,<生産技術>の側面(製造しやすさ,コスト,品質の確保など

製造性設計,製造可能性の側面)から様々な提案や助言を提供し,構成部品の試作やテス

ト,技術課題の検討,製造性設計の問題点の指摘,及び改善・解決提案を行うなど,一次

サプライヤーの部品開発活動を支援しているのである.

このように,一次サプライヤーと二次サプライヤーが部品開発活動において分業を行い,

二次サプライヤーが一次サプライヤーの部品設計について検討や提案し,部品開発プロセ

スをサポートし,「開発補完機能」を果たすことにより,一次サプライヤーの部品開発の効

率/生産性向上(開発期間の短縮,開発工数の削減)と,部品設計品質の高まりに貢献する

と考えられる.

第3章及び第4章では,海外における多層的サプライヤー・システムの構築と,その構

築に働いている中小サプライヤーの動向について考察した.

日本自動車産業の多層的サプライヤー・システムという産業構造が,効率的な製品開発

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を実現できる環境を提供してくれることを第2章で考えてみた.ところが,自動車の海外

生産比率が高まるなか,国内だけでなく,海外においても効率的に機能するサプライヤー・

システムを構築しなければならなくなる.サプライヤーの技術力や取引の慣習など,全く

異なる外国の環境では,日系自動車メーカーのサプライヤー・システムがどのように構築

されるのだろうかは,自動車メーカーにとっても,サプライヤーにとっても重要な課題と

なっている.

自動車の海外生産拡大につれて,一次サプライヤーが自動車メーカーに追随し海外進出

を余儀なくされている.日本では,技術力の高い二次や三次サプライヤーの層が分厚く存

在している.その中小企業とうまく協力を行いつつ,生産や改善を行うことができる.し

かし,中国やインドなど産業発展の途上国に行くと,同様のサプライヤー・システムの構

造は簡単に構築できないだろう.そのところを一次サプライヤーがどのように工夫して乗

り越えているか,あるいは,乗り越えようとしているかについて,一次サプライヤーの中

国華南進出の動向についてまとめた.

一方,人材や経営資源の限られている二次・三次などの中小サプライヤーは,得意先の一

次サプライヤーに追随し海外へ展開することはそう簡単にはできないが,一部の中小サプ

ライヤーが既に海外進出し顧客の海外生産ネットワークに対応できるようグローバル生産

体制を整っている.

中小部品サプライヤーは,顧客となる一次サプライヤーとの協力と連携を通じて,一次

サプライヤーの負担を軽減させるだけではなく,さらに「現地協力メーカーの開拓」,「現

地協力メーカーの育成と技術指導」という役割を果たし,現地における自動車部品のサプ

ライヤー・システムの構築にも大きく働いていると思われる.

後に中小サプライヤーの海外展開の課題について考えてみた.中小部品サプライヤー

は自動車産業の国内生産と海外生産においても重要な役割を果たしているが,中小企業の

場合は経営資源が限られており,人材不足などの問題も抱えているため,簡単には海外展

開出来ないのが現実である.さらに 近,現場の若手不足,また若者のものづくり離れ,

ベテラン技術者の定年退職などもあって,国内の事業だけでも精一杯で,海外展開ができ

ないということで消極的な考え方を持つ中小企業も少なくないだろう.

しかし一方では,中小企業のハンディを逆手にとって成長するケースも多く見られる.

例えば一つのメリットとして,海外展開は実は次世代の経営者,技術者を鍛えるにはいい

チャンスとなっている.その理由として,海外では日本のように技術力の高い協力メーカ

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ーが多く得られる環境ではなく,すべてゼロからやらなければならず,加えて周りとの関

係を作る必要がある.また生産だけではなく人事も営業もやらなければならない.そのよ

うな環境に置かれていると,経営者も技術者も自ら育っていくという側面もあると考えら

れる.このように海外では一皮剥ける経験をするという中小企業もたくさん存在している

のである.

今後の課題として,自動車生産のグローバル化,海外生産比率の上昇,国内産業集積の

縮小のなか,日本の自動車産業の多層的サプライヤー・システムが国内外においてどのよ

うに変化していくか.また,この生産及び開発における多層的な分業がどのように維持で

きるかを考察していくことが重要な課題となっている.

国内産業集積が縮小していると言われているなか,自動車サプライヤー・システムや自

動車メーカーとサプライヤーとの分業体制が今後どのように変わっていくか.多層的サプ

ライヤー・システムは日本自動車産業の競争力の源泉となり,その変容は決して自動車メ

ーカーと一次サプライヤーとの間だけの問題ではない.多層的サプライヤー・システムの

下の層にあたる二次・三次サプライヤーの動向も,自動車産業の競争力を左右する重要な

要因になると考えられる.日本の自動車産業の競争力を維持するために,これまで多層的

サプライヤー・システムを支えてきた中小サプライヤーの層をどのように維持していける

かを考えていくことが重要な課題となる.

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検討委員会及び執筆担当者

検討委員会 (五十音順,敬称略)

【委員長】

松島 茂 法政大学経営学部 教授

【委 員】

青山和正 中小企業基盤整備機構 経営支援情報センター

シニアリサーチャー

東京富士大学経営学部 教授

加藤英司 中小企業基盤整備機構 新事業支援部

コーディネーター

加藤義信 中小企業基盤整備機構 新事業支援部

本部統括技術プロジェクトマネージャー

後閑和子 中小企業診断士

重 清文 中小企業基盤整備機構 経営基盤支援部

製造産業支援課長

細川敏宏 中小企業基盤整備機構 経営基盤支援部

研究開発専門員

【事務局】

斎藤文夫 中小企業基盤整備機構 経営支援情報センター

ディレクター

【ナレッジ・アソシエート】

鳥取部真己 名古屋商科大学経営学部 准教授

山藤竜太郎 (独)日本学術振興会 特別研究員(PD)

(肩書きは 2008 年 3 月末現在)

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執筆担当者

第4章 (独)日本学術振興会 特別研究員(PD)

山藤竜太郎

第1,2,3,5章 中小企業基盤整備機構 経営支援情報センター

リサーチャー 張又心(Barbara CHEUNG)

(肩書きは 2008 年 3 月末現在)

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独立行政法人

中 小 企 業 基 盤 整 備 機 構

経営支援情報センター

〒105‐8453 東京都港区虎ノ門3-5-1(虎ノ門 37 森ビル)

電話 03-5470-1521(直通)

URL http://www.smrj.go.jp/keiei/chosa/

本書の全体または一部を、無断で複写・複製することはできません。

転載等をされる場合は、上記までお問い合わせ下さい。

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電話(03)5470-1521(直通)

経営支援情報センター

http://www.smrj.go.jp/

平成19年度 ナレッジリサーチ事業

自動車産業の多層的サプライヤー・システムと中小サプライヤーの役割

(開発補完機能と海外生産対応について)

2008年3月

中小企業総合事業団

経営支援情報センター

平成

年度

ナレッジリサーチ事業

自動車産業の多層的サプライヤー・システムと中小サプライヤーの役割

2008年3月

19