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Meiji University Title �-Author(s) �,Citation �, 314: 37-50 URL http://hdl.handle.net/10291/12115 Rights Issue Date 1991-01-31 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Meiji University

 

Title 『新オックスフォ-ド英語辞典』について

Author(s) 丸山,孝男

Citation 明治大学教養論集, 314: 37-50

URL http://hdl.handle.net/10291/12115

Rights

Issue Date 1991-01-31

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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明治大学教養論集 通巻314号

(1999・1) pp.37-50

『新オックスフォード英語辞典』について

丸 山 孝 男

1はじめに

 いま,はじまったことではないが,現在,イギリスの出版界では,英語辞

典の出版をめぐり,出版社どうしの熾烈な戦いが展開されており,まさに

「辞典戦争」ともいうべき様相を呈してきている。

 そもそもの発端は,1998年8月13日に,『新オックスフォード英語辞典』

(The IVew Oxford 1)ictionary(Of English)が,「1884年に, OEI)が出版され

て以来,今世紀,最も重要な,世界語としての,英語辞典のバイブル」とい

うキャッチ・フレーズのもとに,鳴り物入りで,全国一斉に発売されたから

だ。

 オックスフォード大学出版局によれば,この新英語辞典の編纂に,300万

ポンド(約7億3千万円)の費用がかけられ,30人の編集者に加えて,世

界各国からの,それぞれの分野の,60人からなる専門家,何百人もの協力

老が,6年の歳月を要して作成したという。

 過去の辞典の,たんなる改訂,焼き直しではなく,すべての語彙,語句,

イディオムなどについて,定義,用法,文化的な背景など,ゼロからの調

査,再検討を行ったという。

 ‘‘The Oxford University Press started from scratch to rede丘ne every

word in the language and its contemporary meaning. We started compi1-

ing it six years ago. It was an absolutely monumental task”

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38 明治大学教養論集 通巻314号(1999・1)

                 [The lndependent, August 13,1998]

 これは,同出版局のスポークスウーマン,ヘレン・マクマナーズ(Helen

MacManners)女史の,自信に満ちあふれた,いかにも誇らしげなコメソト

である。

 一方,チェソバーズ社も負けてはいない。まったく同じ日に,改訂版の,

『チェソバーズ英語辞典』(The Chambers Dictionary)が発売されたのだ。

この辞典の,最大のセールス・ポイソトは,『新オックスフォード英語辞典』

が,2,000余りの新項目を収録したのに対して,『チェソバーズ英語辞典』

は,時代の流れに即し,8,000もの新項目,新情報を追加したことだ。

 新語の収録語彙数だけでなく,価格についても,熾烈な競争が展開されて

いる。『新オックスフォード英語辞典』が,29.99ポソドに対して,『チェン

バーズ英語辞典』は,25ポンドだ。同社の販売部長である,ジョン・ミリ

ングトン(John Millington)氏は,『新オックスフォード英語辞典』につい

て,

 ‘‘Iam surprised that Oxford feel the need to make trivial changes just

to get attention”[The Times, August 13,1998]

という,皮肉まじりの,痛烈なコメントをよせている。

 ちなみに,『チェンバーズ英語辞典』は,1980年に語のつづり替えゲーム

(Scrabble)の正式な参考文献として認定されている。

2新聞の反応

 きしくも,2つの英語辞典が,同時に発売されたのであるが,ほとんどの

新聞が,編集主幹(Judy Pearsa11)と辞典の写真入りで,圧倒的に,『新オ

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               『新オックスフォード英語辞典』について 39

ックスフォード英語辞典』を大きな見出しで,セソセーショナルに取りあげ

た。出版元が,とくに,辞典に関しては,伝統と権威を誇る,オックスフォ

ード大学出版局という老舗の強みだ。

 高級紙では,The Guardian, The lndePendent, The Times, The Daily Tele-

graPh,タブロイド紙では, The Sun, The Mirrorなどが取りあげた。しか

も,『ガーディアン』にいたっては,トップ面扱いだ。

 これに対して,『チェンバーズ英語辞典』を取りあげたのは,The Times

とThe Sunだけで,それぞれが,わずか数行をさいたにすぎない。しかも,

『新オックスフォード英語辞典』を取りあげたついでに言及したのである。

 『新オックスフォード英語辞典』の発売が,いかに大々的に報道されたか,

各新聞の見出しを見てみよう。

New Oxford dictionary

backs the split infinitive[The Times, August 13,1988]

To split or not to split[The Times, August 15,1998]

New dictionary to boldly give

approval for split in且nitives[丁肋Dα吻Teleg吻h, August 13,1998]

Why to boldly split your infinitives

is now acceptable Oxford English[The、lndependent, August 13,1998]

Phwoah-Oxford dictionary says to boldly

split an infinitive will keep you on message

                [The Guardian, August 13,1998]

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40 明治大学教養論集 通巻314号(1999・1)

  THE SUN SAYS IT,

  THE WORLD FOLLOWS

  Dictionary picks up our words[The Sun, August 13,1998]

Oi!My car bra’s so off-message

-better downshift before I且atline

DICTIONARY’S 2,000 NEW WORDS[丁肋1協吻γ, August 13,1998]

 上記の見出しが示しているように,各新聞が,おおいに問題にしたのは,

『新オックスフォード英語辞典』が,分離不定詞の使用を公式に容認したこ

とだ。わざわざ分離不定詞を用いて,分離不定詞についての見出しをつくる

など,皮肉というか,ユーモア感覚,ウイットにあふれているというか,い

かにもイギリスの新聞らしい。

 また,ほとんどすべての高級紙が,見出しとして,分離不定詞を問題にし

たのに対し,大衆紙は,新語の収録を強調しているところもおもしろい。大

衆紙にしてみれば,自分たちこそが,新語の製造元というわけだ。つぎの記

事が,そのことをよく示している。

 ‘‘The academics who spent six years compiling it reckoned it was time

it re且ected the language used by most people. And they admitted poring

over The Sun to discover ground-breaking new words and phrases,”

 ‘‘One said yesterday:Popular newspapers show how the country uses

English language on a day to day basis. And The Sun has been essential

reading to help us understand this.[The Sun, August 13,1998]

 新語をちりばめた,『ミラー』の見出しについては,チソプンカソプンで,

解説が必要である。同紙もそのことを認めていて,つぎのように「翻訳」し

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『新オックスフォード英語辞典』について 41

ている。

 ‘‘Excuse me, my car’s speed-trap detector might not go down too well

with New Labour so I should change my stressful, money-making

lifestyle before I die.”(D

という意味だそうだが,新語をもてあそぶあまり,依然として意味がはっき

りしない。ユーモア感覚たっぷりの,新聞記者のことば遊びなのだ。

3分離不定詞

 分離不定詞,すなわち,toと不定詞との間に,副詞を挿入すべきか,そ

うでないかは,とくに学校文法においては,長い間,論争の種であったし,

現在もそうである。だが,実際には,分離不定詞は,14世紀にすでに先例

があり,作家をはじめ,多くのマスメディアによって,盛んに用いられるよ

うになったのは,19世紀後半からである。

 分離不定詞に関する,『新オックスフォード英語辞典』の見解を要約する

と,つぎのようになる。

 分離不定詞を忌避する傾向は,ラテン語の類推によるものであり,言語学

的に十分な根拠があるわけではない。たしかにラテソ語では,不定詞は1

語であり,分離が不可能である。たとえば,crescere(to grow), amare(to

love)など。したがって,英語でも,分離不定詞はいけないという議論がお

こるのである。だが,ラテソ語と英語は同じではない。英語の文法構造と,

ラテソ語の文法構造とを厳密に一致させる必要はないのである。とくに英語

では,分離不定詞にしないと,意味が明らかでなくなる場合があるし,適切

な強調のためには,副詞の位置が,きわめて重要である。加えて,文章のリ

ズムの問題もある。

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 標準英語では,分離不定詞を容認することのほうが,むしろ自然なのであ

る。したがって,映画『スタートレック』に登場する船長のセリフ,“to

boldly go where no man has gone before”は,自然で,正しい用法なのであ

る。

 こういった見解に対して,伝統文法に固執する一部の学者の間には,依然

として根強い反対意見があるのも事実である。純正英語学会ロンドソ支部の

部長である,バーナード・ラム(Bernard Lamb)博士は,

 “We still maintain that it is wrong to split the infinitive it should be

the exception rather than the rule”[The Mirror, August 13,1998]

と,述べている。

 また,この学会のパトロンである言語学者,ジョイス・モリス(Joyce

Morris)博士も,分離不定詞に言及して,

 ‘‘From the viewpoint of good English, it is wrong. Ignoring the Latin

influence is like abolishing history.”[The Guardian, August 13,1998]

と,怒りをあらわにしているが,いかにも伝統主義にこだわるコメントだ。

 しかし,分離不定詞に関しては,とくに新聞の反応は,現実の用法を無視

した過剰反応といわざるをえない。些細なことでも劇的に報道したがる体質

がマスメディアにはあることは認めつつも,それにしても今回の報道はおお

げさすぎる。

 それは,同じオックスフォード大学から出版された,Question of English

(1994)で,すでに分離不定詞が容認されているからである。

‘‘

she avoidance of unnecessary split infinitives is often good practice,

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preventing inelegant or awkward constructions. However, far worse sen-

tences are often created by the clumsy avoidance of split infinitives than

by leaving them alone. The main problem with using a split infinitive is

that some people, on hearing you use one, will blanch or wince, or impo-

litely COrreCt yOU.「T(2)

このほかにも,AGuide to Good English in the 1980sは,

 ‘‘If you don’t want to upset anyone, you will avoid split infinitives;if

you care more about writing good clear English, you will use words

where they fall most naturally, whether they split or not.”(3)

という,臨機応変な態度をとっている。

 ちなみに,分離不定詞にまつわる問題に関しては,わが国では,市河三喜

博士が,はるか昔にすでに,

 「しかしsplit infinitiveのはやりだしたのは十九世紀の後半からで,今日

どんな雑誌新聞を見ても一つや二つ出遇わないことはないという状態になっ

た。これが,goodであるかbadであるかはmatter of tasteで, rhetorician

はともかくもgrammarianがこういうことに対してhard and fastなrules

を設けようとすることは不合理である。」(4)

という,言語事実に立脚した,きわめて常識的な見解を述べている。

4 人種・性差別用語

 今回の辞典では,語彙によっては,politically correct usageについて,一

定のガイドラインが示されているが,これもひとつの特徴である。political-

ly correctという言い方は,直訳すれば,「政治的に公正な」という意味に

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なるが,広義には,語句,行動などが「人種,社会的少数派の文化・権利・

感情などを差別してはならない」という意味である。そのいくつかを紹介し

ておこう。

 Asiatic

 差別用語なので,「アジア人」という意味では,Asianを用いるべきであ

る。ただし,イギリスでは,Asianは,主として・イソド人,パキスタン人な

どを指す。北アメリカでは,主として「極東の国々の人」を指す。Asiatic

が,生物学的,文化人類学的に使われる場合には差別用語にならない。

 Christian name

 この言葉の使用は,時代遅れである。とくに英語圏の国々では,多様な宗

教,文化が共存しており,キリスト教徒でない人(non-Christians)も多く

いるので,これにかわる表現として,first name, given name, forenameな

どのほうが広く用いられている。

 cripple

 「足の不自由な人」を表す語として,長い間使われてきたが,20世紀に入

ってから,差別用語であるという認識のもとに,現在では,disabled

personが広く用いられている表現である。 people with disabilitiesも考えら

れよう。

 deaf mute

 辞典では,「差別用語なので,使用すべきではない。」となっているが,こ

れにかわる表現が紹介されていない。代替表現として,people with hearing

dificultiesが考えられよう。

 dwarf

 「極端に小さな人」という意味では,差別用語である。しかし,これにか

わるものとして,person of restricted growthという表現が徐々に使われて

きているが,それほど普及していない。

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 Eskimo

 この語には,「生肉を食べる人」というイメージがつきまとっているので,

かわる言葉として,Inuitを使用すべきである。ただし,文化人類学的,考

古学的な文脈においては,Eskimoは広く使われ続けている。

 harelip

 差別用語なので,その使用はさけるべきである。かわることばとして,

cleft lipを用いるべきである。

 mongolism

 19世紀の後半から,mongolという語は,「ダウン症の患者」という意味

で使われ,したがって,mongolismは,「ダウソ症」として用いられてきた

が,差別用語なので,Down’s syndrome(1960年代にはじめて使われて語)

を使うべきである。

 これらは,ほんの一例にすぎない。いわゆる人種・性などにまつわる差別

用語について,包括的な調査がなされ,適切な助言・ガイドラインが示され

ているのが,この辞典のおおきな特徴なのである。

5新 語

 「言語とは,つねに変化するものであり,生き物である」とよく言われる

が,新語は移りゆく世相の鏡である。ただし,言語の新陳代謝は,止まるこ

となく行われるので,新語といえども,命の長いものもあれば,一過性の,

短いものもある。ましてや,新語と流行語の区別となると,明確な判断基準

がない。また,急速な,世界的な規模の情報化の時代には,新語がつぎつぎ

と生み出され,辞書との間に埋め合わすことのできないギャップが生ずる。

 これは,辞書というものの宿命でもある。その結果,ふつうの辞書では,

用をなさないということになる。とはいえ,今回の2,000余りの新語の追加

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は,それなりに意味のあることである。

 イギリスの代表的な大衆紙,『サン』は,

 “Many of the most famous phrases coined by the Super Soaraway are

formally acknowledged in the latest version of the New Oxford English

Dictionary.”[The Sun, August 13,1998]

と,誇らしげに主張する。『サン』の造語が市民権を得たというわけだ。

『サソ』紙の主張する新語のいくつかを紹介しておこう。

 bonkbuster

 「露骨な性的な場面の多い大衆小説」(atype of popular novel character-

ised by frequent explicit sexual encounters)

 bung

 「わいろ」(a bribe)

 lunch box

 「(俗語)男性の性器」(aman’s genitals)

 page three

 「サンの第3ページめに登場するトップレスの若い女性」(afeature which

appears on page three of the Sun newspaper and includes a picture of a top-

less young wOman)

 mmpy’pumpy

 「特に,なりゆきで,性的な関係をむすぶこと」(sexual relations, espe-

cially when of the a casual nature)

 scorcher

 「暑い日,暑い時期;すばらしい例」(aday or period of hot weather, or a

remarkable example)

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 totty

 「口説きやすい女の子,女」(girls or women collectively regarded as sex-

ually desirable)

 性的な関係の新語が多いのは,大衆紙ならではの特徴でもある。また,参

考のために記しておけば,page threeを新語としているが,たとえば,『最

新英語情報辞典・第2版』(小学館),『リーダーズ・プラス』(研究社)な

どに,すでに収録されている。このほかにも,英和辞典にすでに収録されて

いるものがあり,新語によっては,日本の英語辞書界のほうがスピーディに

処理しているのである。

6発 音

 語彙,イディオムなど,言語のあらゆる面で,イギリス英語に対してアメ

リカ英語の影響が甚大なのであるが,発音に関しても,アメリカ英語の影響

が顕著である。かつて,アメリカの辞書編集者,ノア・ウエブスター

(Noah Webster)は,アメリカ英語とイギリス英語の差異が増大するもの

と予測したが,実際には,英米語の相互関係は,緊密さを増すどころか,地

球的な規模の情報化時代とあいまって,アメリカ英語がイギリス英語に対し

て,圧倒的な影響を及ぼしつづけている。

 たとえば,researchの発音について,この辞典は,つぎのように解説し

ている。

 ‘‘The traditional pronuciation in British English puts the stress on the

second syllable,-search. In US English the stress is reversed and comes

on the re・. The US pronunciation is becoming more common in British

English and, while some traditionalists view it as incorrect, it is now

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  generally accepted as a standard variant of British English.”

 これは,ひとつの例にすぎないのであって,アメリカ英語の発音の影響

は,ほかの語にもみられるのである。

7 日本語からの借用語

 英語になった日本語とでもいうべきか,『新オックスフォード英語辞典』

には,新語としていくつかの日本語が収録されている。その代表格が,流行

のピークが過ぎたとはいうものの,tamagotchi(たまごっち)である。『デ

イリー・テレグラフ』と『ミラー』紙が,写真入りでtamagotchiを紹介し

た。

 ちなみに,「たまごっち」は,‘‘‘an electric toy displaying a digita1 image of

a creature, which has to be looked after and responded by the‘owner’as if it

were a pet”というふうに定義されている。

 もうずいぶん前からイギリスでもアメリカでも,健康志向とあいまって,

脂肪分の少ない,さっぱりとした味の日本食が見直されている。一種のブー

ムといってよい。「日本食」イコール「健康食品」と考えている人も多い。

そのような事情を反映してか,食料品関係では,つぎの語が収録されてい

る。

 daikon(大根),gobo(ゴボウ),kaki(柿),kombu(昆布), katsuob-

ushi(鰹節), miso(味噌), mizuna(水菜), nori(海苔), ramen(ラーメ

ソ),sake(酒), sashimi(刺身), shiitake(椎茸), shochu(焼酎), shoyu

(醤油),soba(そば), sukiyaki(すきやき), sushi(寿司), tsukemono(っ

けもの),tofu(豆腐), udon(うどん), wakame(わかめ), wasabi(わさ

び)など。

 経済関係では,kaizen(改善), zaibatsu(財閥)などが収録されている

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が,前者は“a Japanese business philosophy of continuous improvement of

working practices, personal ethciency, etc.”と,説明されている。

 教育関係では,juku(塾)が収録されている。日本では,塾はこれほど普

及しているにもかかわらず,どちらかといえば日陰的な存在であるが,実際

には,教育の効率性ということを考えれば,塾ぬきにして日本の教育問題は

語れない。この語が取り上げられた背後に,そのような認識があるのではあ

るまいか。

 医学関係では,Kawasaki disease(川崎病), shiatsu(指圧), tsubo(っ

ぼ)のほかに,ありがたくないことに,karoshi(過労死)まで収録されて

いる。過労死とは,わが国の医学関係者の間では「長時間の労働のために疲

労が蓄積し,加重労働の負担により,脳出血,くも膜下出血,脳梗塞,心筋

梗塞などの循環器の病気が悪くなり,労働不能になったり,死亡」と,定義

されているが,労災申請数にみる限り,認定件数は少ない。この辞典では,

“death caused by overwork or job-related exhaustion”と,簡潔に定義され

ている。

 服飾関係では,kimono(着物)はもちろんであるが, obi(帯), yukata

(浴衣),katsura(かつら)などが収録されている。

 そのほか,at randomにあげれば, hibakusha(被爆者),kuroshio(黒

潮),yakuza(やくざ), matsuri(祭り), tsunami(津波), tansu(たんす),

tatami(畳), futon(布団), shoji(障子)などが収録されている。

 上記にあげた日本語からの借用語は,私がたまたま目にしたものにすぎな

い。本格的にチェックすれば,まだまだ,「英語になった日本語」がみいだ

されよう。同時にこのことは,日本の文化,政治,経済が,いかに英語圏の

国々に影響を及ぼしているかという,ひとつの証でもある。

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50 明治大学教養論集 通巻314号(1999・1)

8 むすびに

 新語を含めて,『新オックスフォード英語辞典』には,全部で35万語が収

録されている。この手の英語辞典としては,最大の収録語彙数である。コソ

ピューター処理も最大限に活用した。大がかりな語法調査もしている。

 これまで述べてきたように,この辞典には,ひとつの殻をうちやぶった,

斬新性,さまざまな特徴がある。それゆえに,各界にいろんな波紋をなげか

けている。世間一般に与えるオックスフォード大学出版局の影響力が甚大で

あることを憂慮して,純正英語学会は,英語の乱れを防止するために,たと

えば,アカデミック・フラソセーズのような「イングリッシュ・アカデミー」

の設立を提唱しているくらいだ(5)。

 しかし,「なにが言葉の乱れか」については,古くて新しい問題である。

辞書が,それぞれの時代の文化,風潮,世相などを移す鏡であるとするなら

ば,少なくとも『新オックスフォード英語辞典』は,文化史的な偉業といっ

ても過言ではないように,私には思える。

(1) The Mirror, August 13,1998。

(2)Jeremy Marshall and Fred McDonald ed., Ouestions OfEnglish(Oxford Universi-

  ty Press,1994),p.78.

(3)Godfrey Howard, A Guide to Good EngldSh in the 1980s(Pelham Books,1985),p.

  187.

(4)市河三喜『英文法研二究(増訂新版)』(研究社,1967)p.29。

(5) The Guardian, August 13,1998.

(まるやま・たかお 商学部教授)