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摂食嚥下障害の基礎について 20210328 徳島県歯科医師会 藤井 航 Wataru Fujii, D.D.S., Ph.D. 九州歯科大学 口腔保健学科 多職種連携教育ユニット 附属病院 地域包括歯科医療センター(DEMCAB) 1 摂食嚥下の各期 1. 先行期 anticipatory stage 食物であることを認知して,口に運ぶ 2. 準備期 preparatory stage 食物を口腔内で処理して飲み込みやすい物性に変化させる 3. 口腔期 oral stage 舌をつかって,食塊を咽頭へ送り込む 4. 咽頭期 pharyngeal stage 食塊が咽頭を通過する 5. 食道期 esophageal stage 食道の蠕動運動により食道から胃へ食塊が送り込まれる 2 嚥下の回数 一日の合計 600 覚醒時 350 食事時 200 睡眠時 50(回) Lear CSC, et al.: Arch Oral Biol 10:83-89, 1965 日本人の平均寿命87.45歳(女性:2019年) とすると 19,151,550回(約1900万回) 3 嚥下のはじまり Humphery 胎生 8週 刺激側へ頸部・体幹を向ける (乳歯の歯胚形成とほぼ一致) 胎生 12週 嚥下反応がみられるようになる (羊水を嚥下) 胎生 24週 吸啜運動がみられはじめる (指を口に持っていく・・・ 指しゃぶりによる哺乳の準備) 胎生 32週 吸啜と嚥下運動の調和がみられはじめる (胎生35週) 哺乳は反射的な動き 食べる機能は生後獲得する機能 口の機能発達から手の協調運動まで 4 摂食嚥下機能の発達と衰退 5 フレイル 加齢とともに心身の活力(運動機能や 認知機能等)が低下し,複数の慢性疾患 の併存などの影響もあり,生活機能が障 害され,心身の脆弱性が出現した状態で あるが,一方で適切な介入・支援によ り,生活機能の維持向上が可能な状態像 厚生労働省研究班報告書より 6

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摂食嚥下障害の基礎について

20210328 徳島県歯科医師会

藤井 航 Wataru Fujii, D.D.S., Ph.D.

九州歯科大学 口腔保健学科 多職種連携教育ユニット 附属病院 地域包括歯科医療センター(DEMCAB)

1

摂食嚥下の各期1. 先行期 anticipatory stage 食物であることを認知して,口に運ぶ 2. 準備期 preparatory stage 食物を口腔内で処理して飲み込みやすい物性に変化させる 3. 口腔期 oral stage 舌をつかって,食塊を咽頭へ送り込む 4. 咽頭期 pharyngeal stage 食塊が咽頭を通過する 5. 食道期 esophageal stage 食道の蠕動運動により食道から胃へ食塊が送り込まれる

2

嚥下の回数一日の合計 600 覚醒時 350 食事時 200 睡眠時 50(回)

Lear CSC, et al.: Arch Oral Biol 10:83-89, 1965

日本人の平均寿命87.45歳(女性:2019年) とすると 19,151,550回(約1900万回)

3

嚥下のはじまり

Humphery

胎生 8週 刺激側へ頸部・体幹を向ける (乳歯の歯胚形成とほぼ一致) 胎生 12週 嚥下反応がみられるようになる (羊水を嚥下) 胎生 24週 吸啜運動がみられはじめる (指を口に持っていく・・・ 指しゃぶりによる哺乳の準備) 胎生 32週 吸啜と嚥下運動の調和がみられはじめる

(胎生35週)

哺乳は反射的な動き食べる機能は生後獲得する機能

口の機能発達から手の協調運動まで

4

摂食嚥下機能の発達と衰退

5

フレイル

 加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し,複数の慢性疾患の併存などの影響もあり,生活機能が障害され,心身の脆弱性が出現した状態であるが,一方で適切な介入・支援により,生活機能の維持向上が可能な状態像

厚生労働省研究班報告書より

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フレイル

(訪問歯科協会 口腔機能低下症2019年度版より)

フレイルは多面的な概念

身体的フレイル 低栄養,摂食嚥下機能低下など

精神心理的フレイル 抑うつ,認知機能低下など

社会的フレイル 閉じこもり,孤食など

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フレイルー評価基準ー 6か月で2~3kgの体重減少 握力が男性26kg,女性18kg以下 訳もなく疲労感がある 通常歩行速度1.0m/秒未満 軽い運動や体操,定期的な運動・スポーツを1週間に1度もしていない

※出典:一般社団法人日本老年医学会,国立研究開発法人国立長寿医療研究センター「フレイル診療ガイド2018年版」を参考に作成

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ロコモティブシンドローム運動器の障害による要介護の状態や要介護リスクの高い状態

健康寿命・介護予防を阻害する3大因子

 ロコモティブシンドローム

 メタボリックシンドローム

 認知症

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ロコモティブシンドローム

北九州市認知症支援・介護予防センターパンフレットより

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オーラルフレイル

 滑舌の低下,わずかのむせ・食べこぼし,噛めない食品の増加などの口腔機能の軽微な低下を見逃すと,全身的機能低下を引き起こす.  健康と機能障害の中間であり,可逆的である.

飯島,2018

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オーラルフレイル

h&p://jp.sunstar.com/oral-frail/

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オーラルフレイルーセルフチェックー 食べ物の量・種類を控えがち 食べにくくなり食事時間が長め 食事中にむせやすくなった 義歯は悪くないが嚙むのが難しい 舌が回らず思い通りにしゃべれない 歯や口のせいで外出を控えがち

菊谷,2018

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口腔不潔 口腔乾燥 咬合力低下 舌口唇運動機能低下 低舌圧 咀嚼機能低下 嚥下機能低下    →3項目以上で診断される

口腔機能低下症(2018/4改正)

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口腔機能低下症

老年歯科医学会,201815

咽頭機能

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Australopithecine

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口腔・咽頭・喉頭の構造

人間 犬

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成人と乳児の喉頭位置の違い

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咀嚼 - 嚥下 連関 chew - swallow complex

噛んで飲む

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Process Model固形物の咀嚼を含めた嚥下モデル Stage II transport (ST II)を提唱 嚥下反射開始前に食塊が中咽頭へ 能動的に輸送され食塊形成されること.

・Hiiemae, KM..et.al (1985) Mastication, Food Transport and Swallowing: ��Functional Vertebrate Morphology, Harvard University Press, pp262-290・Hiiemae, KM..et al (1995) Natural Bites and Food Consistency and �����Feeding Behavior in Man: Archs oral Biol. 41, 175-189・Palmer, JB..et al (1997) Integration of Oral and Pharyngeal Bolus �� ���Propulsion: A New Model for the Physiology of Swallowing: JJDR. 1, 15-30

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高齢者に多い摂食嚥下の問題•塩味,苦味の閾値上昇 •歯牙欠損による食物粉砕障害 •咽頭期反射惹起性の低下 •嚥下-呼吸協調性の低下 •安静時の喉頭低位 •唾液分泌低下 •咳嗽反射低下 •薬物使用による問題 •気付かれない疾患の存在(脳梗塞など)

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安静時の喉頭低位

35歳男性 68歳男性

舌骨上筋群の筋力低下が原因23

薬剤の影響〈悪影響を与える薬〉 • 錐体外路症状 • 中枢神経抑制 • 筋緊張低下 • 副交感神経抑制 〈好影響を与える薬〉 • 咳反射促進 • 嚥下反射促進

向精神薬など 抗痙攣薬・睡眠薬など 筋弛緩薬・抗不安薬など 抗うつ薬・抗コリン剤など

ACE阻害薬・シロスタゾールなど ACE阻害薬・アマンタジンなど

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摂食嚥下障害の スクリーニングテスト

RSST:反復唾液嚥下テスト

水飲みテスト/改訂水飲みテスト

フードテスト(プリンテスト)

頚部聴診法

etc.

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反復唾液嚥下テスト (RSST)

被験者の喉頭隆起をはさむように手指をあて, 唾液を空嚥下するように指示する. 喉頭挙上を触診にて確認する. 30秒間に何回嚥下できたかを計測する.

判定:理解不能 0回 / 30秒 1回 / 30秒 2回 / 30秒 3回以上 / 30秒

30秒間に何回,反復嚥下が可能かをみるテスト

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改訂水飲みテスト(MWST) Ver.13mlの冷水を嚥下し,その反応を評価するテスト

冷水3mlを口腔底に注ぎ,嚥下を命じる.嚥下後,反復嚥下を2回行わせる.判定基準が4点以上なら最大2施行繰り返す.最も悪い場合を評点とする.

判定基準:1.嚥下なし,むせる and/or 呼吸切迫2.嚥下あり,呼吸切迫(silent aspirationの疑い)3.嚥下あり,呼吸良好,むせる and/or 湿性嗄声4.嚥下あり,呼吸良好,むせない5.4に加え,反復嚥下が30秒間に2回可能

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食物テスト Food Test (FT) ver.1

手技: ・茶さじ1杯のプリンを舌背前部に置き, 食させる.・嚥下後,反復嚥下を2回行わせる.・判定基準が4点以上なら最大2施行繰り 返す.・最も悪い場合を評点とする.

判定基準: 1.嚥下なし,むせる and/or 呼吸切迫2.嚥下あり,呼吸切迫( Silent aspiration の疑い)3.嚥下あり,呼吸良好,むせる and/or 湿性嗄声 and/or

口腔内残留中等度4.嚥下あり,呼吸良好,むせない,口腔内残留ほぼなし5.4に加え, 反復嚥下が30秒以内に2回可能

茶さじ1杯のプリンを食させ,その反応をみるテスト

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摂食嚥下障害の検査◆ 嚥下造影(VF)

◆ ビデオ内視鏡検査(VE)

◆ 筋電図(EMG) ◆ 超音波検査(US)

◆ 嚥下圧測定 ◆ シンチグラフィ ◆ CT / fMRI など

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嚥下造影

Videofluoroscopic examination of swallowing : VF

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VFの実際

症 例

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Videoendoscopy : VE

内視鏡下嚥下機能検査 (ビデオ内視鏡検査)

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VE vs VFVE VF

検査制限 少ない ある画像 3次元 2次元

直視像 透視像造影剤 不要 必要被曝 なし あり口腔期 推察 可能Whiteout あり なし疼痛 あり なし誤嚥 一部不明確 明確

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VEの実際

症 例

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嚥下訓練の基本は 摂食場面の観察:最も重要

・食事の開始から終了まで,一連の行為として観察  

 疲労・意識状態の変化・ペースの変化・姿勢の変化  血圧の変化,呼吸状態の変化,食事のとり方  食事後の呼吸の音・発声音の評価(特に有効)  むせの有無,口腔内貯留の程度

    →これらの観察を通じて問題点を把握し,      嚥下訓練を行う

 VF・VEはより効果的な訓練法の立案        に非常に有効である

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症状に応じた対応と訓練• 症状や障害によらない訓練と対応  口腔ケア,呼吸訓練,食物形態の工夫,嚥下体操

• 先行期 食事環境の調整,口唇・頬の運動 体幹角度の調整,食事のペース

• 準備期 咀嚼訓練, 口唇・頬・舌の運動,歯科的治療

• 口腔期  頬・舌の運動, 体幹角度の調整, Thermal Tactile Stimulation, 濃いめの味付け,温度感のある食物

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症状に応じた対応と訓練• 咽頭期

空嚥下・複数回嚥下,chin down / chin tuck, 頸部回旋, Thermal Tactile Stimulation, 濃いめの味付け,温度感のある食物,一口量調整 pushing ex.,Mendelsohn’s manuever, supraglottic swallow, super-supraglottic swallow, Shaker ex.,食道入口部バルーン拡張法

• 食道期 体幹角度の調整,食後の座位保持,投薬

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嚥下体操

九州歯科大学附属病院DEMCAB Ver.

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栄養管理はなぜ必要?

低栄養状態不適切な栄養管理

エネルギーが充足しているため、食べたたんぱく質が筋肉の合成に利用される

積極的なリハ 積極的なリハ

栄養状態良好適切な栄養管理

エネルギーが不足しているため、筋肉を分解して、

エネルギーを得ようとする

筋肉UP 筋肉DOWN

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歯科と摂食嚥下障害何故,歯科が摂食嚥下リハを行うのか? ・嚥下の準備期・口腔期は専門領域 ・口腔ケアや歯科治療は不可欠 ・歯科の特殊性を生かしたアプローチ ・咀嚼嚥下の重要性

歯のみならず口腔の専門家としての立場にいる

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長時間,おつかれさまでした

ご質問などは

「人生は短く,術のみちは長い.  機会は逸し易く,試みは失敗すること多く,  判断は難しい.(ヒポクラテス,前460-377)」

〒803-8580 北九州市小倉北区真鶴2-6-1 九州歯科大学 口腔保健学科 多職種連携教育ユニット E-mail: [email protected] までお願いします

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