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65 石油・天然ガスレビュー

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 エッセー

地域の大国イラン・イスラム共和国

JOGMEC事業推進部 乙丸 修作

はじめに

 イランは、紀元前以来数千年の歴史を有する文明国であり、かつてはシルクロードの中継地やペルシャ帝国として世界的に知られている。また、20世紀初頭、中東地域で初めてとなる石油開発が行われ、現在でも世界有数の産油国であるとともに北はカスピ海、南はペルシャ湾、オマーン湾に面していることや7カ国と国境を接する地政学的特異性が加わり、中東地域では経済的影響力に加え政治的な存在感をも顕示している。他方、1979年のイラン・イスラム革命以降、特に近年では、核開発疑惑や人権問題を起因とする国連や諸外国による経済制裁下に置かれ、国際的に孤立の一途をたどっていると言えよう。 筆者は、2008 年 9 月より 2011 年11月までの約3年2カ月間を在イラン日本国大使館の経済担当書記官としてテヘランに駐在した。その経験を基に、前述のような状況下にあるイランではあるが、石油や天然ガスのみでなく鉱物資源や産業全般で高いポテンシャルを持つ中東・西アジアの大国イランについて紹介する。関係者や読者の一助となれば幸いである。

1. 国内事情

(1)経済概要

a.経済・社会状況 人口は約 7,470 万人(30 歳以下が60%を占めている)*1を擁し、1人あたりのGDP約4,500ドル*2。1908年にマスジェデ・スレイマン油田が発見

さ れ、Anglo Persian Oil Company(APOC:1954年よりBP〈英〉)により開発がなされてから、石油産業が主要産業となっている。現在でも国家(一般会計)歳入の約8割を石油販売収入に依存していると言われている。一方、自動車産業では年間約150万台*3、鉄鋼産業では年間約1,300万トン*4 を生産、電力産業等の石油産業以外でも外国資本および技術を基盤にした発展はもとより、自国企業による発展も見受けられる。自国産業は、女性の社会進出ができる環境にあり、識字率82%*5 という世界の開発途上国のなかでは決して低くない教育レベルを基盤に、外国企業にのみ頼るのではなく自国民による発展がなされている。また、元来の主な産業である農業は、特異な地理的特

性を生かした多様な農作物を生産しており、自給率は90%以上*6 を誇るほどである。また、漁業や鶏、羊や牛等の畜産業も行われている。他方、米、小麦、砂糖や牛肉等は、人口の増大による消費量の増加を受け、輸入に頼っている部分もある。 主な経済問題は、インフレの高止まり、失業率の悪化、石油販売収入依存度の高止まり、国営企業の民営化の実態および税制等が挙げられる。これらの問題は、政府が改善策を策定あるいは実施しているものであり、いずれも改善の過渡期にある。今後の成り行きが注目される。詳細に関しては、後述する。

b.貿易関連 前述の国内産業にとどまらず、シル

写1 イラン最大の原油積出基地(カーグ島)

出所:筆者撮影

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クロードでも知られるとおり、古来物流が盛んな国である。またホルムズ海峡、ペルシャ湾やカスピ海沿岸に港を有し、中央アジアやCIS諸国への懸け橋としても知られており、今後、中継貿易地としての存在が更に大きくなる可能性を秘めている。イランの主な港は、ホルムズ海峡付近のバンダル・アッバス港やペルシャ湾北部にあるバンダル・イマーム港の2港であり、両港で、イランで取引しているコンテナ、穀物や自動車等の貨物の9割程度を取引している。その他、ペルシャ湾岸諸国間を結ぶダウ船による海運やカスピ海ではCIS諸国間の海運のための小規模な港がある。原油やコンデンセートは、ペルシャ湾にあるカーグ(ハーグ)島から輸出量の95%程度が出荷されている。 イランの貿易収支は、原油輸出に大

きく依存しており、継続的に黒字*7

である。特に、2005年6月に第1期アフマディネジャード政権が発足したころから続いている油価の高騰は、イランの国家財政にとって追い風となっている。

c.地域の特異性 多様な気候と地理的特異性を有し、各都市を訪れるとそれぞれの特質が異なり、おおまかに言えばカスピ海沿岸では田園地帯、中部では砂漠、東部では土漠、西部では湿地帯や山脈、南部ではマングローブ、北部では数千メートル級の山脈が見られる。大都市は、鉄道や空路で結ばれ、その中心部では地下鉄やバス等の公共機関がある程度発達している。各都市やイランを特徴付ける名産は、キャビア、サフラン、ザクロ、ナツメヤシ、種類豊富なメロ

ン、桃、魚(甲殻類含む)や花、そして地域により異なる絨

じゅう

毯たん

、象嵌がん

細工や陶芸等の伝統工芸品である。また、各地では、地域特有の石油、鉱物、繊維、食料や自動車産業等の工業地域、観光や農業等の産業が発展していることが窺うかが

える。

(2) アフマディネジャード政権の経済

政策

a.第5次五カ年開発計画 政府は、2010年3月から2015年3月を期間とする第5次五カ年開発計画を2010年12月に採択した。主要な経済指標の改善目標が定められている同計画上の各目標値は、GDP成長率年平均8%、失業率2015年までに7%、インフレ率年平均12%である。現状は、GDP成 長 率 が 3.2 % * 8、 失 業 率 が13.5 %*9、インフレ率が19.8 %*10 で

写2 イラン百景

出所:筆者撮影

イラン最高峰ダマバンド山(5,671m・テヘラン北部)

穴居住宅(キャンドヴァーン村・イラン北西部)

緑豊かなカスピ海側山麓地域(マースーレー村)

アルメニアン教会(イラン北西部)

深緑が生い茂る首都(テヘラン北部)

キッシュ島海水浴場(イラン南部)

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ある。同計画では、経済的格差の是正、石油販売収入依存からの脱却、生産性の向上、非石油部門産業の成長等も掲げられている。

b.補助金合理化 2010年12月、経済的格差(エネルギー補助金はガソリンを多く使用する富裕層への恩恵が大きい)の是正、エネルギー消費構造の改善、生産性の向上、原油輸出量の増大、ガソリン消費量の抑制による大気汚染の減少等を目的とする補助金合理化法が施行された。同法は、ガソリン、CNG、電力、水、小麦やパン等に付されていた合計約1,000億ドル*11の補助金が段階的に廃止される内容となっている。同法施行年のイラン暦1389年度予算(2010年3月~ 2011年3月)には、約200億ドル分* 12 の補助金削減が組まれ、同1390年度予算では約600億ドルが計上されている。その結果、ガソリン価格が4倍~ 7倍、電力料金やパン価格等が数倍に高騰した。 補助金合理化政策は、ガソリン等を浪費する富裕層への補助金を減らし、補助金の削減により抑えられる政府支

出を貧困層に再分配する内容が盛り込まれている。補助金の再分配は、当初、貧困層への現金給付が5割、産業支援向けが3割、政府開発予算分が2割とされていたが、実際は、現金給付8割、産業支援向け2割に変更されている模様である。現金給付の対象は、貧困層とされていたが、実際には受給登録をした全国民の9割ほどに分配されており、国家財政を圧迫している。産業支援は、低利子融資が一部で行われているが、産業界からは支援不足の声が上がっている。他方、国際機関は、石油販売収入依存を脱却するための大々的な政策は、産油国では初めての試みであるとして、同政策を評価している*13。

c.国営企業民営化 第1期アフマディネジャード政権時の第4次五カ年開発計画(2005年3月~ 2010年3月)では、生産性向上に主眼を置いた国営企業の民営化が掲げられている。実際、Iran Khodro元国営自動車会社等の多くの企業が民営化されているが、引き続き、政府の影響力が強いと思われる。民営化した国営企業の株式は、貧困対策として、株式の

40%が公正株として分配されている。国営企業の総資産は、1,200億ドル相当と言われているが、2011年3月までに約827億ドル*14 分が民営化されている。民営化は、第5次五カ年計画期間中も推進されている。

d.その他の政策 これら政策が実行されるなか、イラン暦1389年、産業支援を主な目的とする国家開発基金が設立された。同基金は、石油販売収入の20%を財源とし、産業界への支援や、一般向け住宅供給を大規模に支援することを目的とするものである。 税制分野では、石油販売収入依存からの脱却を主な目的とし、2008年に3%の付加価値税(VAT)を導入したが、イラン経済の中核の一つであるバザール商人がVAT導入に抗議するストライキを起こし、完全実施には至っておらず、外国企業や一部企業にのみ課されている。イラン経済におけるバザール商人の強大な権力が窺える。第5次五カ年開発計画では、VATを毎年1%増税し、8%まで引き上げることが示されている。

写3 バザール(シーラーズ・イラン中部) 写4 大バザール(テヘラン)

出所:筆者撮影 出所:テヘランバザール

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2. 対外経済

(1)外国企業の活動

a.活動概要 主要産業である石油と天然ガス分野のみならず、自動車、鉄鋼、鉱物、食料、医療、家電や建設等多くの分野で外国企業が活動している。特に欧州系企業の活動が目に付くが、最近では中国企業の進出が目立っている。活動内容は、一定の制度が整っているイラン市場において、事業への投資、EPCやトレーディング等が主である。

b.制裁の影響 イランは、核開発疑惑や人権問題を起因とする国連制裁、米国やEUをはじめとする各国の独自制裁の下にある。近年では、核開発疑惑に関連する制裁が強化される一方にあり、イランにおける外国企業の活動に大きな弊害をもたらしていると言えよう。イランを取り巻く国際情勢は、好転の兆しどころか一層の暗雲が漂い始めている状況にあると思われる。現下、イランは、前述のとおり石油輸出を軸として年間1,000億ドル以上を輸出しており、継続して貿易黒字を維持している。イラ

ン歴1389年の貿易量は、過去5年間で最大となっている。 欧州、中国、インド、トルコ、韓国等の外国企業は、引き続きイランで活動しているが、次第に強化される対イラン経済制裁を受けて、決済や貿易保険の問題が具現化し、大きな障壁となってきており、必ずしも容易に活動できる環境ではない状況に直面している。 他方、イランを取り巻く国際情勢が緊迫化するにつれ、油価が1バレルあたり124ドル*15 を突破するほどまでに高騰しているので、これが石油販売収入の減少を食い止めていると言えよう。石油輸出量の減少については、次で述べる。また、制裁により穴が開いた、ポテンシャルが高くルークラティブな市場は、外国の中小企業や大企業の関連会社にとって格好の市場となっている。特に、中国企業は、中国政府の後ろ盾により、活動の幅を広げている。

(2)貿易

a.対日本 日本との貿易は、総貿易量が132億ドル*16 で、イランからの日本の輸入

量は約111億ドル、その約93 %が石油輸入となっている。日本からのイラン向け輸出量は、約20億ドルで、輸送機器、一般機械や鉄鋼が主な品目となっている。

b.対諸外国 各国との貿易は、総貿易量が約1,834億ドル*17。イランからの各国の輸入量が約1,093億ドル、そのうち80 %が石油や石油・天然ガス製品である。各国からのイラン向け輸出量は、約740億ドルで、主に鉄鋼製品等の非石油製品である。貿易バランスは、約353億ドルの貿易黒字となっている。主な輸出品は石油であるが、最近では石油化学製品が輸出量を伸ばしている。僅かではあるが、自動車の輸出も行っている。非石油分野におけるイランの主な貿易相手国*18 は、イランからの輸出国がイラク、中国、UAEであり、イランの輸入国がUAE、中国、ドイツである。

3.石油・天然ガス産業

(1)概要

 石油および天然ガス産業は、1908年にAPOCによるマスジェデ・スレイマン油田開発を発端に、100年以上前から石油開発が行われてきており、イランの産業の基幹を担っている。石油埋蔵量、生産量は、それぞれ1,376億バレルで世界第3位、日量425万バレルで世界第4位である。天然ガス埋蔵量と生産量は、それぞれ29兆6,000億㎥(世界第2位)、年間1,385億㎥(世界第4位)である。石油、天然ガスともに世界最大級のポテンシャルおよび供給力を持っている*19 。国家歳入の重要な財源である石油販売収入いわゆる石油輸出量は、国内需要の増加と生産量の減退を受け、日量約215万バレル*20まで減ってきている。 同産業は、石油省の下で石油、ガス

写5 イラン最大のコンテナ取り扱い港(バンダル・アッバス港)

出所:筆者撮影

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分野の上中流部門・輸出を担う世界でも有数の国営石油会社(NIOC)、精製および製品の国内販売を担う国営石油精製販売会社(NIORDC)、国内ガス販売、輸送を担う国営ガス会社(NIGC)、石油化学製品の生産と販売を担う国営石油化学会社(NPC)の四つの巨大国営会社が統括している。これら国営会社の下には分野別に数多くの事業会社が存在する。石油省は、専門的人材を輩出するイラン石油大学出身者を多数擁している。 既存油田の多くは、成熟化が進み、ガス圧入等のEORにより石油増産が試みられているが、生産量は減少傾向にある。このような状況下、制裁の影響により、上流開発における外国企業の新規参画が困難な状況にあり、外国企業に比べると開発技術が乏しい自国企業による生産量の維持または増加が困難な現状にある。ガス田開発や精製分野においても同じ状況にあり、新規ガス田開発の停滞や精製能力の増強がなされていない。詳細は、後述する。

(2) 石油取引における各国との関係

a.日本との関係 日本のイランからの原油輸入量は、1970年代初めには日量約160万バレルで総輸入量の40%(輸入元第1位)程度を占めていたが、1979年の革命後はその数量を減らし、2011年の輸入量は日量31万3,000バレル(総輸入量の8.8%、同第4位)*21 で、最盛期の約1/5の数量となり、2009年以降、漸減傾向にある。

b.各国のイラン原油輸入 イラン側は、輸出量にキャパシティがあることを配慮し、欧州向けよりバレルあたり数ドル高い価格のアドバンテージがあるアジア市場を重視しつつ、仕向け地の多様化を図る販売戦略を取っている。輸出量に占めるアジア向けの割合は60%程度で推移してい

る。前述のとおり1970年初頭以降日本はイラン原油の最大級の輸出先であり続けていたが、2009年、中国が日本に代わりイラン原油の最大輸出先となり、今では日量50万バレル以上に達している。

(3)原油開発関連

a.油田開発の現状 中東で初めて油田が発見されたイランでは、早い時期から油田開発が行われていたため、既存油田の多くで老朽化が進んでいる。1970年代には日量600万バレル程度の生産量を誇っていたが、油層内部の圧力が低下してし

まっているため、生産量が減少する傾向 に あ る。 生 産 量 の 減 少 理 由 は、1979 年のイラン ・イスラム革命や1980年代のイラン・イラク戦争による影響も挙げられる。また、核開発疑惑に対する国連による制裁発動がなされた2006年以降は、その影響により、外国企業の上流開発への新規参画が困難となったことに加え、外国からの機材調達が困難であることや技術的な問題により、生産設備のメンテナンスおよび新規開発が滞っており、外国企業に比べると開発技術が乏しい自国企業による生産量の維持さらには増加が困難となっている。

写6 ドルゥード油田と積み出し用原油タンク(ガス圧入事業・カーグ島)

出所:筆者撮影

図1 石油省組織図

出所:筆者作成

NIOCガレバーニ総裁兼石油省次官

NIORDCゼイガミ総裁兼石油省次官

NIGCオージ総裁兼石油省次官

NPCバヤット総裁兼石油省次官

石油省ロスタム・ガーセミ大臣

(革命防衛隊関係者 /ハタム・オル・アンビア前社長)

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 生産量を維持・増加させるためには、2次回収技術(EOR、天然ガスを油田に注入する等)が必要であるが、イラン独力では、資金的にも技術的にも困難である。現在、天然ガスの油田圧入はなされているが、天然ガスの有毒ガス処理等の技術的問題等により予定量を圧入できていない。この油田圧入は、イラン全体で13油田に実施されている模様。計画より遅れながらサウスパース・ガス田フェーズ6、7、8から生産される天然ガスのアガジャリ油田への圧入事業が2010年ごろより開始されている。 石油省高官は、2011年上期、制裁の影響により外国企業による新規開発がなされないため、現状が続く限り2年後には原油生産量が日量300万バレルを下回り、7年後には原油純輸入国に転じると警告している。石油・天然ガス関連の情報誌は、2015年ごろまで現在の生産量が維持または微減し、2016年以降、徐々にかつ顕著に減産していくと予測している。

b.独特な法制度 イランでは、憲法により外国企業に対して自国資源開発の権益を与えるこ

図2 日本の原油輸入量/中東依存量(2002~2011年)

図4 イランの原油埋蔵量と生産量(1970~2010年)

図3 イラン原油の主な輸出相手国2011年上半期

出所:経済産業省統計を基に作成

出所:OPEC Annual Statistical Bulletinを基に作成

出所:EIA Country Analysis Briefsを基に作成

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600原油埋蔵量 原油生産量億バレル 百万バレル/日

197019721974197619781980198219841986198819901992199419961998200020022004200620082010年

7

6

5

4

3

2

1

1,200,000

1,000,000

800,000

600,000

400,000

200,000

02002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

5,000,000

4,000,000

3,000,000

2,000,000

1,000,000

0年

バレル /日

総輸入量中東輸入量サウジアラビアアラブ首長国連邦イランカタールクウェートオマーン中立地帯イラクその他

中国 543 日本 341

インド328 韓国 244

イタリア183 トルコ182

スペイン137 南アフリカ98

フランス49 その他

千バレル /日22%

14%

13%10%

7%

7%

6%

4%

2%

15%

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とが禁止されている(憲法第44条)。この憲法上の制約と外資導入の必要性との妥協策として考案されたのがバイバック契約である。 バイバック契約とは、外国企業が探鉱、 開発・生産に係るコストを全額負担し、 開発に成功すれば外国企業は投下コストとともにあらかじめ取り決めた報酬を(原油などで)回収することができるというものである。 契約期間は一般的に5年前後と短い。 石油会社等の上流開発会社は、バイバック契約が採算に合わないとして、NIOCに契約形態の改善を求めていたが、大きな改善は見られていない。前述したように、外国企業が新規参画し難い状況になってから、石油省がバイバック契約の内容を一部変更し、外国企業が以前に比べて長期間、開発事業に関与することができるようになっている。

c.油送/輸出 イランはその地理的特異性(北にカスピ海、南にペルシャ湾を擁する)を生かし、出口を持たないカスピ海原油の貴重なスワップパートナーとなってお り、 1996 年 に カ ザ フ ス タ ン と、

1998年にトルクメニスタンと原油スワップ契約を締結している。 このスワップは、カスピ海原油をイランのカスピ海沿岸のネカ港で受け取り、代わりに同量のイラン原油をペルシャ湾岸の輸出ターミナル(カーグ島等)から供給するものである。イランは、2010年6月、カザフスタン原油のスワップ対価が低いことを理由にスワップを停止したが、2011 年 7 月、新規契約を締結し、スワップを再開している。また、カスピ海で生産される原油をネカ港で受け取り、オマーン海に面するジャスク港までパイプラインを敷いて油送するネカ-ジャスク原油パイプライン敷

設せつ

計画がある。 原油輸出は、ペルシャ湾北部に浮かぶカーグ島で輸出量の95%以上を行って い る。 カ ー グ 島 は、 総 面 積 約32km2、人口約2万5,000人、島民あるいは関係者以外は入島許可を要する制限エリアとなっており、イラン・イラク戦争時に出荷用桟橋が攻撃されるなどの大打撃を受けた。しかし現在でも日量200万バレル以上を輸出する国内最大の石油積み出し拠点となっている。同島には、ブーシェール州からの定期船や本土の各都市から空路で渡る

ことができる。

(4)天然ガス開発関連

a.天然ガス開発の現状 イランは天然ガス埋蔵量世界第2位と豊富な埋蔵量を有し、大きなポテンシャルがある。特に後述する世界最大級のサウスパース・ガス田は、イランの埋蔵量の約半分を占める巨大ガス田であり、その多くの鉱区が開発途上にあり今後のポテンシャルが大きい。その他、ペルシャ湾には未開発ガス田が存在している。 2009年までは、天然ガスの開発が十分進んでおらず、天然ガス輸入国(主

写8 サウスパース・ガス田陸上設備(イラン南西部)

出所:筆者撮影

写7 イラン最大の製油所(アバダン・イラン西部)

出所:筆者撮影

カーグ島

UAEUAEQatarQatar

Saudi ArabiaSaudi Arabia

IraqIraq

IranIran

図5 カーグ島位置図

出所:Googleマップを基に筆者作成

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な輸入相手国は、イラン北方のトルクメニスタン、アゼルバイジャン)であった。2010年、サウスパース・ガス田フェーズ6、7、8開発が完了し生産量が増加した結果、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャン向け輸出量が増加することにより天然ガス純輸出国に転じている。

b.サウスパース・ガス田開発の現状 サウスパース・ガス田はイラン領ペルシャ湾海上にある世界最大級のガス田で、天然ガス埋蔵量はイランの全埋蔵量29兆6,000億㎥の約半分を占める。同ガス田は、カタール領のノースフィールド・ガス田と同一構造にある。 石油省は、同ガス田を現時点で28の開発フェーズに分割して開発を進めており、外国企業やイラン企業が参画。既にフェーズ1から8は開発がなされ、生産を開始している。フェーズ9、10も開発がほぼ完了し、一部生産を開始している。フェーズ11から24は主にイラン企業が開発中である。フェーズ25から28は、事業自体が中止となっている。 2010年に強化された対イラン制裁*22

が発動されるまでは、同ガス田では三つ の LNG計 画 が 検 討 さ れ て い た。フェーズ11のPars LNG計画(当初、Total〈仏〉、Petronas〈マレーシア〉。現在、CNPC〈中〉)、フェーズ12のIran LNG計画(Iran LNG社が主導して、パートナー候補としてのONGC

〈印〉と交渉している模様)、フェーズ13 と 14 の Persian LNG計画(当初、Shell〈英蘭〉、Repsol YPF〈スペイン〉)が検討されていた。当初、外国企業は、フェーズの上流開発を手掛け、さらに、LNG計画にも参画する内容でイラン側と交渉していたが、同国を取り巻く国際情勢の悪化を受け、交渉を一時中断している。 引き続き開発が行われているLNG計画は、イラン企業が参画している

Iran LNG計画のみである。外国企業は、既存の合意内容に基づき情勢が好転した際に参画すべく、水面下に身を潜めている状況と言えよう。Pars LNG計画では、Total、Petronasが上流開発交渉を中止し、CNPCがこれらに取って代わり上流開発契約を締結した。Persian LNG計画では、イラン企業が上流開発を手掛けている。いずれのLNG計画とも、上流開発が行われたからといって、LNGの液化技術を有さない限り、絵に描いた餅となる。現時点では、イランは、LNG計画に同液化技術を有する外国企業を取り込むことにより開発を手掛ける以外に確信的解決策はないと言える。

c.天然ガス輸送とスワップ 天然ガス輸出は、パイプラインによる主にトルコ向け輸出が行われており、2010年の輸出量は77億7,000万㎥*23 である。2009年、国営ガス輸出会社(NIGEC)のカサイザデ総裁

(当時)とトルコ側はトルコ経由で欧州向けガス輸出に合意している。また、2004年には、アルメニアとガス販売契約およびパイプライン敷設契約を締結しており、2010年、アルメニア向けに4億㎥を輸出している。また、アゼルバイジャン本土のガスを

ナヒチェヴァン自治共和国(アゼルバイジャン)向けに2億5,000万㎥のスワップ取引を行っている。 現時点での天然ガス輸出契約や計画は、最近では、2011 年、イラン、イラク、シリアの3カ国間で100億ドル規模のパイプライン敷設に合意し、シリア経由で EU向けに輸出する予定。また、イラクと三つの発電所向け日量2,500万㎥のイラン産ガス供給に係る 3 億 6,500 万ドル規模、全長130kmのガスパイプライン敷設契約の初期契約を締結している。10年以上前からある計画には、パキスタン、インド向けIPI(Iran Pakistan India)パイプライン計画やオーストリア向けナブッコパイプライン計画がある。IPIパイプライン計画は、主に政治情勢やガス価格の問題により大きな進

しん

捗ちょく

が見られないが、イラン国内のパイプライン敷設は完了している模様である。ナブッコパイプラインは、国際情勢の影響もあり、進捗はほとんど見られない。これら天然ガスパイプライン計画は、全体の一部であり、オマーン、クウェート等の湾岸諸国向け、ギリシャ向け等、複数の計画が存在する。これらパイプラインに加え、ロシアの天然ガスをスワップする計画もある。

図6 イランの天然ガス埋蔵量と生産量 (1970~2010年)

出所:OPEC Annual Statistical Bulletinを基に作成

02004006008001,0001,2001,4001,6001,800

0

5

10

15

20

25

30

35天然ガス埋蔵量 天然ガス生産量兆m3 億m3

197019721974197619781980198219841986198819901992199419961998200020022004200620082010年

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73 石油・天然ガスレビュー

地域の大国イラン・イスラム共和国

JOGMEC

K Y M C

(5)石油・天然ガス開発状況

 石油・天然ガス上流開発分野では、中国企業が活動範囲を広げている。中国企業は、外国企業が制裁により活動ができないことを逆手に取り、2009~ 2010年にかけて巨大案件を複数獲得している。しかし、ほとんどの上流開発事業は、当初の計画より大幅に遅延している。中国企業以外の外国企業の一部は、メジャー企業が参画できないことを尻目に契約を締結しているが、いずれも制裁の影響を受け、資金や機材調達が困難であり、事業が進められない状況にある。このため、契約解除や一時的に活動を中止している。各国企業は、活動に制限があるイランの石油・天然ガス市場であるとはいえ、テヘランに事務所を構えてイラン側と関係維持する等、豊富な埋蔵量を有するイランを重要な国と捉えている。

4.まとめ

 イランは、資源のみならず地政学的にも多大な可能性を有する国である。イランを取り巻く国際情勢下、多くの

写9 雪に覆われたテヘラン市街

出所:筆者撮影

写10 座敷スタイルのチャイハネ(喫茶店)

出所:筆者撮影

図7 イランの主要な油ガス田

出所:JOGMEC

トルクメニスタン

イランイラク

バーレーンバーレーン

アゼルバイジャンアルメニア

トルコ

クウェート

サウジアラビア

カタールカタール

カスピ海

TabrizAstara

Arak

Rey

Kermanshah

ノースパース・ガス田ノースパース・ガス田

ドロウド油田ドロウド油田

アガジャリ油田アガジャリ油田

マルーン油田マルーン油田

アフワズ油田アフワズ油田

アザデガン油田アザデガン油田

ダルクエイン油田ダルクエイン油田

ヤダバラン油田ヤダバラン油田

マスジェデ・スレイマン油田マスジェデ・スレイマン油田

ガチサラン油田ガチサラン油田

ゴルシャン・ガス田ゴルシャン・ガス田

フェルドウシ・ガス田フェルドウシ・ガス田

サウスパース・ガス田サウスパース・ガス田

ノースフィールド・ガス田(カタール)ノースフィールド・ガス田(カタール)シリ油田シリ油田

バラル油田バラル油田

Esafahan

Abadan

Shiraz

Lavan Island

Bandar Abbas

Kerman

Firuzabad

Assaluyeh

Sanandaj

Bandar Khomeini

Saveh

Rasht

QazvinNeka

Teheran

製油所

油田

ガス田

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742012.5 Vol.46 No.3

エッセー

JOGMEC

K Y M C

外国企業がテヘランやその他の都市に事務所を構えて各分野で大きなポテンシャルを持つイランにおいて活動している。あるいは活動する時期を見計らっているというのが現状であり、今後、国際情勢がどのように変化していくか注視する必要がある。2011年下期から2012年上期は、各国による対イラン制裁が強化され、イランにとってさらなる試練の時期となっていると言えよう。 イラン政府は、このような国際情勢にもかかわらず、いや、このような国際情勢であるからか、国民に負担をかけてでも補助金合理化、石油販売収入依存度の低下や税制改革を図ろうとする経済政策を打ち出しその一部を実行している。今後のイランを取り巻く国際情勢の動向と政策の効果による国内経済の発展度合いは、イランのみならず、近隣地域にも多大な影響を与えるほど重要である。  ア フ マ デ ィ ネ ジ ャ ー ド 政 権 は、2013年6月の次期大統領選挙までにどのような状況下で次期大統領にバトンを託すか、欧米諸国との核開発疑惑をめぐる問題は依然として平行線上に

あり、大胆な方針転換をするか興味津々である。

おわりに

 筆者は、イランで多くの方々と交流し貴重な経験ができたと思っている。繰り返し触れたように、イランを取り巻く国際情勢は必ずしも良好ではない状況下、経済担当として国際的にユ

ニークな立場にある日イラン関係の維持、強化に少しでも貢献できればとの思いで業務に邁

まい

進しん

した次第である。 個人的に感じ取ったイラン人の一般的な気質や国民性は、誇り高く、利己的な点はあるものの、情を重んじ、親切かつ友好的である。筆者は、可能な限り多くのイラン人と接し、互いの理解を深めようと試みてきた。今後も両国の関係の発展に微力ながら貢献でき

写11 ノールーズ(イラン正月)明け(テヘラン)

写12 小川で水遊びする若者たち

出所:筆者撮影

出所:筆者撮影

写13 イマーム・レザー廟(年間巡礼者300万人以上を誇る)

出所:筆者撮影

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75 石油・天然ガスレビュー

地域の大国イラン・イスラム共和国

JOGMEC

K Y M C

<注・解説>*1: CBI(イラン中央銀行)統計:イラン暦1389年(2010年3月~ 2011年3月)*2: IMF:2010年推計値*3: Iran Khodro元国営自動車会社による2011年説明資料:生産台数の約半数は国産車、約70万台がプジョー。その他シ

トロエン、ルノー、韓国の現代・起亜や日本車の組み立て生産数。*4: 世界鉄鋼協会:2011年統計*5: 世界銀行:2011年イラン概要(2003 ~ 2009年(15歳以上の推定値)*6: Iran Daily(2011年8月3日報道):Sadeq Khalilianイラン農業大臣発言*7:CBI:イラン暦1389年統計*8: IMF:2010年推定値*9:CBI:イラン暦1389年統計四半期平均値*10:CBI:イラン暦アーバン月(2011年10月23日~ 11月21日)までの過去12カ月間*11:Press TV(2010年12月20日報道):アフマディネジャード大統領発言*12: 2010年12月から2011年3月までの4カ月間の削減額であり、年間では約600億ドルとなる。*13:IMF:2011年6月13日Press Release等*14: Iran Privatization Organization:2011年3月統計*15: OPEC:2012年3月13日OPECバスケット価格*16:JETRO:2010年統計*17:CBI:イラン暦1389年統計*18: イラン税関:1388年統計(2009年3月~ 2010年3月)*19: BP:石油、天然ガスともに2011年統計*20:EIA:Country Analysis Briefs*21: EIA:Country Analysis Briefs*22: 国連決議1929号や対イラン包括制裁法(CISADA)等*23: BP:2011年統計

ればと考えている。驚くことにアジアの対極に位置するイランと日本の関係は、少なくとも奈良時代までさかのぼるほど古く、長い。これを証明するのは、ペルシャよりシルクロードを渡って日本に渡来した奈良・正倉院にある

ガラス器等の宝物である。 イラン駐在期間中にお世話になった政府関係者、経済有識者、企業関係者、在イラン日本国大使館、在留邦人、本邦有識者、各国外交団や各国企業の方々にこの場をお借りして御礼申し上

げたい。なお、紹介内容は、国際機関やイラン政府発表の公式統計や報道等に基づいたものであるが、表現や言い回しに私見が混入している場合はご容赦願いたい。

執筆者紹介

乙丸 修作(おとまる しゅうさく) 明治大学法学部卒業後、2005 年 4 月、JOGMEC に入構。経理部や調査部に所属し、2008 年 9 月から外務省在イラン日本国大使館に出向。2011 年 11 月に外務省から復帰し、事業推進部業務課に所属。趣味は、スポーツ全般。


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