Title ニホンザルにおけるPTC苦味非感受性個体の発...

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Title ニホンザルにおけるPTC苦味非感受性個体の発見とその 適応的意義の解明( Dissertation_全文 ) Author(s) 橋戸(鈴木), 南美 Citation Kyoto University (京都大学) Issue Date 2015-11-24 URL https://doi.org/10.14989/doctor.k19361 Right Type Thesis or Dissertation Textversion ETD Kyoto University

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Title ニホンザルにおけるPTC苦味非感受性個体の発見とその適応的意義の解明( Dissertation_全文 )

Author(s) 橋戸(鈴木), 南美

Citation Kyoto University (京都大学)

Issue Date 2015-11-24

URL https://doi.org/10.14989/doctor.k19361

Right

Type Thesis or Dissertation

Textversion ETD

Kyoto University

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ニホンザルにおける PTC苦味非感受性個体の

発見とその適応的意義の解明

Identification and adaptive evolution of

phenylthiocarbamide non-tasters

in Japanese macaques

京都大学霊長類研究所

Primate Research Institute, Kyoto University

橋戸(鈴木) 南美

Nami Hashido (Suzuki)

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目次

学位論文要旨 …………………………………………………………………….. 1

謝辞 …………………………………………………………………….. 2

略語一覧表 …………………………………………………………………….. 5

1. 研究全体の背景 ………………………………………………………….. 7

1.1. 哺乳類の味覚受容体の分子機構 …………………………………….. 7

1.2. 哺乳類の味覚受容体の分子進化 …………………………………….. 9

1.3. 苦味受容体遺伝子 TAS2R の種内多様性 ………….………………. 10

1.4. ニホンザルの分布と遺伝的特性 ……………………………….……. 12

1.5. ニホンザルの採食特徴 ……………………………………………….. 13

1.6. 研究全体の目的 …………………………………………………….……. 15

2. ニホンザルにおける PTC苦味非感受性個体の発見 ……………….. 16

2.1. 研究の概要 ………………………………………………………….. 16

2.2. 研究の背景 ………………………………………………………….. 17

2.2.1. TAS2R38 変異が引き起こす PTC感受性の個体差 ……………….. 17

2.2.2. 霊長類における TAS2R38の分子進化 ………….………………. 18

2.2.3. 研究の目的 ………………………………………………………….. 19

2.3. 研究の方法 ………………………………………………………….. 20

2.3.1. DNAサンプルの収集と DNA抽出 ………….………………. 20

2.3.2. TAS2R38 塩基配列シークエンスとハプロタイプ推定 …….. 21

2.3.3. TAS2R38 アリルの進化解析 ……………………………….……. 22

2.3.4. 培養細胞を用いた苦味受容体 TAS2R38の機能解析 …….. 22

2.3.5. リンゴ片を用いた定性的な PTC苦味感受性評価 ……………….. 24

2.3.6. 二瓶法による定量的な PTC苦味感受性評価 ……………….. 25

2.4. 研究の結果 ………………………………………………………….. 26

2.4.1. ニホンザル TAS2R38の種内多様性 ………….………………. 26

2.4.2. TAS2R38 開始コドン消失変異の発見 ………….………………. 27

2.4.3. TAS2R38 アリルの受容体活性 …………………………………….. 28

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2.4.4. Mf-Kアリルをもつ個体の PTC感受性 ………….………………. 29

2.5. 考察 ………….…………………………...…………………………….. 30

2.5.1. ニホンザルにおける PTC苦味感受性変異の発見 ……………….. 30

2.5.2. PTC苦味感受性変異の拡散背景に対する仮説 ……………….. 31

3. ニホンザル PTC苦味感受性変異の急速な拡散 ………….………………. 33

3.1. 研究の概要 ………………………………………………………….. 33

3.2. 研究の背景 ………………………………………………………….. 34

3.2.1. PTC苦味感受性変異の進化的背景 ………….………………. 34

3.2.2. 研究の目的 ………………………………………………………….. 35

3.3. 研究の方法 ………………………………………………………….. 35

3.3.1. 紀伊集団における TAS2R38遺伝子周辺領域の配列解析 …….. 35

3.3.2. 紀伊集団および近隣 7集団における非コード領域の配列解析 ….. 36

3.3.3. Mf-Kアリル拡散のコンピューターシミュレーション …….. 37

3.4. 研究の結果 ………………………………………………………….. 37

3.4.1. 長距離ハプロタイプの同定による Mf-Kアリルの由来の検証 …... 37

3.4.2. 紀伊集団の遺伝的特性 ………………………………………….……. 40

3.4.3. 紀伊集団における Mf-Kアリルの急速な拡散 ……………….. 42

3.5. 考察 …………………………………………………………………….. 43

3.5.1. 偽遺伝子化に働いた正の自然選択 ………….………………. 43

3.5.2. PTC苦味感受性変異に働いた正の自然選択の要因 ……………….. 44

4. 総合考察 …………………………………………………………………….. 47

4.1. 研究全体の要約と意義 ………………………………………….……. 47

4.2. ニホンザル各集団および紀伊集団の集団背景 ……………….. 48

4.3. ニホンザルの遺伝的多様性把握としての本研究の重要性 …….. 50

4.4. 霊長類における TAS2R38種内変異の要因 ………….………………. 53

4.5. 今後の研究の展望 …………….…………………………………. 56

5. 引用文献 …………………………………………………………………….. 58

6. 表と図 …………………………………………………………………….. 68

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学位論文要旨

哺乳類は、舌で発現している味覚受容体で食物の栄養素や毒素の情報を得て

採食する。中でも食物中の毒性物質を検知する苦味受容体 TAS2R は生命維持に

重要である。進化の過程で柔軟に TAS2R のレパートリーを変化させることで、

生息環境に適応し、重要な苦味物質を検知してきたと思われる。このような長

期間での環境適応は、苦味受容体遺伝子 TAS2R の種間比較により明らかになっ

たが、現在を含む短期間での環境適応を調べるためには、種内での多様性を明

らかにする必要がある。しかしながら TAS2R の種内での多様性はヒト、チンパ

ンジーのみでしか明らかになっていない。本研究ではニホンザルを対象に TAS2R

の種内多様性を調べ、生息環境との関連性を検討した。

はじめに、17 地域由来のニホンザル 597 個体を対象に、TAS2R の一つ TAS2R38

の配列を決定した。その結果、同定した 20 種類のアリル中に、開始コドンに変

異をもつアリルMf-Kを発見した。TAS2R38は苦味物質phenylthiocarbamide(PTC)

を受容する。培養細胞を用いた受容体の機能解析および行動実験から、Mf-K ア

リルでは PTC 苦味感受性が大きく低下していることが明らかになった。興味深

いことに、このアリルは 17 地域集団中、紀伊集団のみにみられ、紀伊集団では

3 割の頻度を示した。

次に、紀伊集団での Mf-K アリルの拡がりが適応的であったかどうかを検討し

た。紀伊集団全 40 個体を対象に、TAS2R38 上流下流領域を含む約 10 kbp の配列

を決定した。また、紀伊集団と近隣 7 集団の非コード領域の配列解析、アリル

拡散のシミュレーションを行った。その結果、Mf-K は、正の自然選択の影響を

受けて紀伊集団で短期間に急速に拡散したことが示唆された。TAS2R38 は PTC

の他に、アブラナ科や柑橘類の植物に含まれる苦味物質を受容する。これらの

植物の苦味を感じにくくなることがニホンザルの環境適応を醸成し、このアリ

ルが紀伊集団に拡がる要因になったことが推察された。

現在認められる集団間や種間の遺伝的差異は、初めはすべて集団内での些細

な差であった。本研究で示した TAS2R38 の機能喪失による環境適応は、環境適

応の背景にある分子メカニズムを探る上で大きな手掛かりになると考えられる。

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謝辞

本研究を進めるにあたって、京都大学霊長類研究所ゲノム進化分野の今井啓

雄准教授には指導教員として研究全体の指導をいただきました。同分野の平井

啓久教授、郷康広准教授(現・自然科学研究機構新分野創成センター)、松井淳

博士(現・東京大学農学生命科学研究科)、菅原亨博士、早川卓志助教(現・霊

長類研究所ワイルドライフサイエンス寄附研究部門)、伯川美穂氏には、実験、

解析、論文執筆の指導や研究内容のディスカッションなど、直接本研究に関わ

っていただきました。第 3 章で示した進化的な解析については、総合研究大学

院大学の颯田葉子教授に実験・解析方法を教えていただき、さらには投稿論文

の構成にも深く関わっていただきました。他大学であるにも関わらず、丁寧に

指導していただき、深く感謝いたします。また本研究は、岐阜大学時代の学部

卒業研究として始まっており、伊藤慎一教授、村山美穂教授(現・京都大学野

生動物研究センター)、植田祐子氏には、研究生活の第一歩となる分子生物学実

験の手法を丁寧に指導していただきました。はじめに、日々の研究生活を支え

てくださったこれらの皆様に感謝申し上げます。

本研究で解析した様々な集団由来のニホンザルDNA試料の収集には実にたく

さんの方々にご協力いただきました。下北集団は、むつ市、大間町、佐井村、

風間浦村、山崎秀春氏はじめ下北半島のニホンザル被害対策市町村等連絡会議

の保護管理専門員の皆様に収集していただいた試料を日本獣医生命科学大学の

羽山伸一教授、近江俊徳教授に提供していただきました。金華山集団は、京都

大学野生動物研究センターの風張喜子博士(現・北海道大学北方生物圏フィー

ルド科学センター)、村山美穂教授、京都大学理学研究科の中川尚史教授、井上

英治講師(現・東邦大学理学部)、沼田集団は群馬県立自然史博物館の姉崎智子

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博士、三重集団は NPO 法人サルどこネットの鈴木義久氏、六波羅聡氏、香美・

高岡集団は四国自然史科学研究センターの谷地森秀二博士のご協力により試料

を提供していただきました。また、霊長類研究所で飼育されている集団は、人

類進化モデル研究センターの皆様、幸島集団は幸島調査隊 2007 の皆様のご協力

により試料を提供していただきました。霊長類研究所の渡邊邦夫教授、高井正

成教授、川本芳准教授には試料収集に関する情報をいただき、様々な団体や代

表者の方を紹介していただきました。ここでは代表者の方のお名前のみをあげ

ましたが、実際に DNA 試料の収集およびニホンザルの飼育に関わってくださっ

たすべての皆様に深くお礼申し上げます。

第 2 章で示した、培養細胞を用いた受容体機能解析実験については、東京大

学農学生命科学研究科の阿部啓子教授、三坂巧准教授、石丸喜朗准教授に実験

手法を教えていただき、計測設備等を使用させていただきました。実際の計測

実験や培養細胞の維持管理については同研究科の生物機能開発科学研究室の皆

様にご協力いただきました。ニホンザルに対する行動実験では、人類進化モデ

ル研究センターの釜中慶朗氏に給水瓶の固定装置を作成していただき、難航し

ていた給水瓶の設置に大いに協力していただきました。個体の飼育管理には人

類進化モデル研究センターの森本真弓氏をはじめセンターの皆様に携わってい

ただきました。また、実験に使用した非感受性アリルのヘテロ接合個体は、ナ

ショナルバイオリソースプロジェクトの「ニホンザル」より提供していただき

ました。第 3 章でおこなった解析については、総合研究大学院大学先導科学研

究科の高畑尚之教授、桂有加子博士に解析手法を指導していただきました。ま

た、柑橘類についての知識や苦味成分の分析については、近畿大学生物理工学

部仁藤伸昌教授、松川哲也講師、ニホンザルの採食生態に関しては霊長類研究

所の澤田晶子博士に多くの助言をいただきました。以上の皆様にご協力してい

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ただき、様々な分野にわたる解析・実験を行うことができました。心よりお礼

申し上げます。なお、本研究は日本学術振興会特別研究員奨励費(12J04300)の

ご支援をいただきました。深く感謝いたします。

最後に、出産・育児のための休学をはさんでの学位取得になりましたが、育

児と研究との両立を支えてくれ、いつも応援してくれた両親、夫、娘に心から

感謝いたします。

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略語一覧表

bp base pair(塩基対)

DNA deoxyribonucleic acid(デオキシリボ核酸)

GPCR G protein-coupled receptor(G タンパク質共役受容体)

Mf Macaca fuscata(ニホンザルの学名)

MJ Median-joining(中央結合)

Mm Macaca mulatta(アカゲザルの学名)

PAV、AVI ヒト TAS2R38 のアリル名。PAV が感受性型、AVI が非感受性型

となっており、両者では以下の 3 つアミノ酸が異なる。

PAV 49: プロリン、262: アラニン、296: バリン

AVI 49: アラニン、262: バリン、296: イソロイシン

PCR Polymerase chain reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)

PTC Phenylthiocarbamide(フェニルチオカルバミド)

SNV Single nucleotide variation(一塩基変異)

TAS1R* Taste receptor type 1(1 型味覚受容体)

TAS2R* Taste receptor type 2(2 型味覚受容体)

*遺伝子を示す際はイタリック体、タンパク質を示す際は正体で表記する。

WT, TR, RC 第 2 章の機能解析実験で示した受容体・ポリペプチドのタイプ

WT wild type

TR truncate type

RC rescued type

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1. 研究全体の背景

1.1. 哺乳類の味覚受容体の分子機構

ヒトを含む動物は摂取する食物から栄養をとることで、生命を維持させてい

る。視覚、嗅覚、味覚、触覚など様々な感覚を用いて、摂取する食物の評価、

選択を行っているが、この中でも直接体内に取り入れる際に重要な情報を得る

ものが、味覚である。哺乳類の味覚は、甘味、うま味、塩味、苦味、酸味の 5

つに分類される(Chandrashekar et al. 2006; Yarmolinsky et al. 2009)。甘味は糖、

うま味はアミノ酸や核酸、塩味は塩の味で、これらは生体維持に必須なシグナ

ルとして認識され、嗜好性を示す。一方で、苦味や酸味は毒性物質や腐敗物の

検出の役割を担い、忌避性を示す。

味覚は、食物中の化学物質を受容することによって引き起こされる。口腔内

に取り込まれた食物は、舌上皮前部の茸状乳頭、後部の有郭乳頭、側部の葉状

乳頭、口蓋に存在する味蕾で受容される。1 つの味蕾は 50-100 個の味細胞で構

成されており、味細胞は形態的に I型~IV 型の 4 種類に分類される。I型細胞は

味細胞の支持細胞の役割をもち、IV型細胞は I型~III型細胞の前駆細胞となる。

5 つの基本味のうち、甘味、うま味、苦味は II 型細胞が担い、酸味、塩味は III

型細胞が担っている。III 型細胞は、感覚ニューロンが直接的に接続しているた

め、受容した化学物質の情報をそのまま延髄の孤束核に投射して酸味・塩味と

して認識する。一方で、甘味、うま味、苦味を担う II 型細胞では感覚ニューロ

ンが接続していないため、II 型細胞で受容された化学物質の情報は III 型細胞を

介して感覚ニューロンに情報を伝えていると考えらえている。

哺乳類において、5 つの基本味を認識するそれぞれの味覚受容体が近年明らか

になってきた。塩味は、食塩などに含まれるナトリウムイオンがイオンチャネ

ルを通過することにより起こり、この塩味の認識には ENaC と呼ばれるイオン

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チャネルが関与していると考えられている(Heck et al. 1984; Chandrashekar et al.

2010)。酸味は水素イオンなどの陽イオンによって起こり、PKD2L1 と PKD1L3

が酸味の受容に関与していると考えられている(Huang et al. 2006; Ishimaru et al.

2006)。

一方、甘味、うま味物質の受容体は TAS1R 遺伝子ファミリー、苦味物質の受

容体は TAS2R 遺伝子ファミリーにコードされている(Adler et al. 2000;

Chandrashekar et al. 2000; Hoon et al. 1999; Nelson et al. 2001; 2002)。どちらも G タ

ンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor;GPCR)である。TAS1R には、

TAS1R1、TAS1R2、TAS1R3 の 3 種類あり、タンパク質に翻訳されたのち、TAS1R2

と TAS1R3 でヘテロダイマーを形成して甘味受容体となり、TAS1R1 と TAS1R3

のヘテロダイマーがうま味受容体となる。どちらも巨大な細胞外ループ構造を

持ち、この部分がそれぞれの物質の認識に重要な役割を持つ。もう一つの GPCR

型受容体をコードする苦味受容体遺伝子 TAS2R は重複遺伝子ファミリーであり、

ヒトでは 26 個の TAS2R をもつ。苦味物質は、アルカロイド、テルペノイド、フ

ラボノイド、ペプチドなど実に多種多様である。ヒトでは、苦味物質と TAS2R

の関係が網羅的に調べられており、TAS2R38 とフェニルチオカルバミド

(phenylthiocarbamide; PTC)という人工苦味物質のように一対一の関係で受容す

るものもあれば、カフェインのように 5 つの受容体が反応するものもある

(Meyerhof et al. 2010)。また、TAS2R16 は β グルコピラノシド構造、TAS2R38

は N-C=S 構造を有する苦味物質を特異的に認識する受容体であると予測されて

いる。このように、苦味物質と苦味受容体は多対多の関係性をもち、多岐にわ

たる苦味物質を検知している(図 1)。

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1.2. 哺乳類の味覚受容体の分子進化

ほとんどの哺乳類は 5 つの基本味を認識できると考えられているが、特殊な

食性をもつ動物では例外がいくつか知られている。肉食に特化したネコ科の動

物では、TAS1R2 の偽遺伝子化により、甘味受容体が機能せず、糖に対する嗜好

性を失っていることが知られている(Li et al. 2005)。一方で、ネコ科と比較的近

縁なジャイアントパンダ(Ailuropoda melanoleuca)では、甘味受容体は機能して

いるが、うま味受容体に必要な TAS1R1 に偽遺伝子化が生じており、うま味を感

じることができない(Zhao et al. 2010)。これは、ジャイアントパンダが、最も

近縁種であるホッキョクグマ(Ursus maritimus)と分岐したのちに竹食に特化し

たため、祖先で食していた肉に含まれるアミノ酸や核酸の味を感じる必要がな

くなったことと関係すると考えられている。また、水棲哺乳類であるハンドウ

イルカ(Tursiops truncatus)では、すべての TAS1R と TAS2R が偽遺伝子化してい

るため、甘味、うま味、苦味を感じることができないことが明らかになってい

る(Jiang et al. 2012; Kishida et al. 2015)。魚などの食物を咀嚼せずに丸飲みする

ために、食物の味を認識せずに摂取することが関係していると示唆される。ハ

ンドウイルカと同様に魚を丸のみするペンギン類もすべての TAS1R と TAS2R を

失っており、甘味、うま味、苦味を感じることができないことが最近明らかに

なった(Zhao et al. 2015)。

ヒトは 26 個の TAS2R をもつが、マウスは 40 個、アフリカツメガエルは 51 個

と多くの TAS2R をもつ。一方で、ニワトリでは 3 個、フグでは 4 個と非常に少

なく、種によって遺伝子数が大きく異なる(Conte et al. 2003; Shi et al. 2003; Go

2006; Li and Zhang 2014; Hayakawa 2014)。TAS2R は染色体上に連続して並んでお

り、不等相同組換えが起こりやすく遺伝子数が変わりやすいとされている。遺

伝子重複により生じた新しい遺伝子には、塩基置換の蓄積による別の機能の獲

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得や、機能の冗長さによる偽遺伝子化が生じる。このようなメカニズムで、そ

れぞれの動物は環境変化に合わせて忌避すべき毒性物質を受容するように

TAS2R レパートリーを変化させて適応進化してきたと考えられている。霊長類

と齧歯類を含む分類群である真主齧類では、昆虫食者であった共通祖先が、そ

れぞれの真主齧類系統に分岐した際に独立に TAS2R レパートリーを変化させる

ことで、世界中に適応放散したことが示唆されている(Hayakawa et al. 2014)。

具体的には、体サイズの大型化とともに葉食を発達させたヒト上科と、オナガ

ザル上科では、それぞれの分類群の共通祖先で独立に 8 個、10 個の TAS2R の増

加がみられ、この変化は他の分類群での変化と比べて劇的なものであった。こ

の 2 つの上科における遺伝子重複は、葉に含まれる新規毒性物質の認識に対す

る適応進化の結果と推察されている。このように TAS2R は進化の過程で、その

都度、生息環境に応じてレパートリーを変化させて、多数の苦味物質を検知で

きるように適応進化してきたと推測できる。

1.3. 苦味受容体遺伝子 TAS2Rの種内多様性

TAS2R は、種間でのレパートリー比較だけでなく、種内での多様性について

も広く調べられている(Wang et al. 2004; Kim et al. 2005; Sugawara et al. 2011;

Hayakawa et al. 2012)。ヒトは 26個の機能的な TAS2Rをもつが、そのうち、TAS2R2、

TAS2R7、TAS2R45、TAS2R46 において偽遺伝子多型の存在が報告されている

(Wang et al. 2004; Go et al. 2005; Kim et al. 2005)。TAS2R2 をのぞくヒトの 25 個

の機能的な TAS2R の集団解析を行った研究では、ヒトの TAS2R は中立的にふる

まう非コード領域と同程度の塩基多様度をもつことが示されている(Kim et al.

2005; Wang et al. 2004)。この理由には 2 つの解釈がなされている。一つは、TAS2R

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は同義置換と同程度の非同義置換を蓄積していることから、機能的制約の緩和

(Relaxation of selective constraint)が生じているとする解釈である(Wang et al.

2004)。一つの味覚細胞には、多様な苦味物質を受容する多数の苦味受容体が発

現しており、お互いの機能を補償しあうために、それぞれの苦味受容体の機能

的制約の緩和が起きたと考えられている。また、ヒトで起きた植物食傾向から

肉食傾向への食性の変化によって苦味物質に触れる機会が減少したことや、火

を用いた調理による解毒技術の獲得が、こうした苦味受容体の機能的制約の緩

和に大きく関係していると考えられている。もう一つは、正の自然選択を受け

て塩基多様度が高くなったとする解釈である(Kim et al. 2005)。TAS2R は塩基多

様度だけでなく、地域分化度も高い値を示した。つまり、それぞれの地域に適

応して積極的に TAS2R に変異を蓄積し、多様な苦味物質を受容できるように変

化したと考えられている。

チンパンジー(Pan troglodytes)においても 28 個の機能的な TAS2R の集団解

析が行われた(Sugawara et al. 2011; Hayakawa et al. 2012)。その結果、ニシチン

パンジーの TAS2R は全体的に平衡選択を伴って塩基多様性が増加していたのに

対して、ヒガシチンパンジーでは、真猿類で増加した真猿類クラスターの TAS2R

のみに浄化選択が働いていたことが明らかになった。すなわち、それぞれの亜

種に特異的に存在する食物レパートリーが異なる選択圧となって、それぞれの

亜種に特異的な TAS2R のレパートリーを生み出したことを示唆している。

以上のように、種内での TAS2R 多様性解析は、種間での TAS2R レパートリー

比較よりも、より短期間に集団内に生じた遺伝子の変化を明らかにすることが

できるため、それぞれの種がどのように生息環境に適応してきたかを推測する

指標となる。

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1.4. ニホンザルの分布と遺伝的特性

ニホンザル(Macaca fuscata)は日本の下北半島(北緯 41 度)から屋久島(北

緯 30 度)までほぼ満遍なく生息しており、ヒト以外では最も北に生息する霊長

類である(図 2)(Nakagawa et al. 2010)。ニホンザルは複数のオトナオス、複数

のオトナメスとそのコドモたちからなる複雄複雌の群れをつくって生活してい

る。群れで生まれたコドモのうち、メスは生涯生まれた群れで過ごす母系社会

であり、オスは性成熟に達する頃に生まれた群れを出て他の群れに入る、また

は単独で過ごすため、群れの中のオスの数はメスの数よりも少なく保たれてい

る。このような群れは日本各地に約 3000 群存在し、総個体数では約 15 万 5 千

個体と推定されている(環境省自然環境局 2011)。日本各地の群れや群れの複

数の集合体である地域集団を対象にして、それぞれの集団の集団内および集団

間の遺伝的多様性を調べる系統地理学的な解析が、古くからおこなわれてきた

(Nozawa 1972; Nozawa et al. 1982; 1991)。血液タンパク質多型による集団遺伝学

的な解析では、ニホンザルは他の種に比べて低変異性で、変異型は種全体に均

等には分布せず、一つの群れに特異的ではなく、隣接した複数の群れで共有さ

れて、特定の地域に集中してあらわれる傾向を示した。この変異型の地域局在

性は、ニホンザルが隣接群間で頻繁に移出入を繰り返していることを示唆して

いる(野澤 1991)。また、ミトコンドリア DNA を用いた遺伝的多様性や分子系

統関係の解析から、ニホンザルは東日本と西日本の個体群に大別でき、東日本

の集団では、1 万 5 千年前の最終氷期以降に、祖先集団から短期間に個体群サイ

ズを拡大させているため、西日本の集団より多様性が低いことが示されている

(Kawamoto et al. 2007)。

ニホンザルは、アカゲザル(Macaca mulatta)の一部がアジア大陸から日本列

島に侵入し、日本に定着した種で、ニホンザルとアカゲザルの種分岐は 31-88

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万年前頃に起きたと考えられている(Marmi et al. 2004)。ニホンザルとアカゲザ

ルはそれぞれの生息環境に適応し生息地を拡げた。その際に、遺伝子も環境に

適応させて変化したと考えられており、その例が、トル様受容体(Toll-like

receptor 2; TLR2)をコードしている遺伝子 TLR2 である(Takaki et al. 2012)。ト

ル様受容体は、細胞表面に存在し、多様な病原体を感知する重要な役割をもつ。

アカゲザルでは、TLR2 遺伝子中に多数の非同義置換を蓄積していることから、

生息環境に存在する多様な病原体を感知できるように正の選択圧が働き、機能

が多様化したと考えられている。一方で、日本列島には熱帯熱マラリアなどの

病原体が存在していないため、ニホンザルでは TLR2 遺伝子には現在の機能を維

持させるような負の自然選択、すなわち浄化選択が働いており、この負の自然

選択が働いた結果ニホンザルの TLR2 の多様性は低くなっていると考えられて

いる。ニホンザルは、日本列島の様々な環境に生息しており、特に、霊長類の

中でも寒冷地適応を果たした種で、-20 度にも達するような寒冷地でも生息して

いる。こういった様々な環境に適応した背景に、ニホンザルの種内でも前述の

ような遺伝子、特に環境中の病原体や刺激、採食食物中の有毒物質を感知する

ような機能遺伝子に適応的な進化が生じているかもしれない。しかしながら、

ニホンザルの遺伝子の集団ごとの違いは、先に述べた血液タンパク質やミトコ

ンドリア遺伝子の解析以降、ほとんど調べられていない。

1.5. ニホンザルの採食特徴

ニホンザルの採食生態については、1948 年に野生ニホンザル調査が始まって

以来、70 年近くにわたって日本の 49 地域で調査が行われてきており、それぞれ

の生息地における採食品目リストも明らかになってきた(辻ら 2011; 2012)。ニ

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ホンザルは、主に植物の果実や種子を食べており、果実食の食性をもつが、葉、

花、つぼみ、木の皮などの他の部位も採食する(Maruhashi 1980; 中川 1994; Tsuji

2010; 辻 2012)。また、植物以外にも、キノコや海藻、昆虫なども採食すること

が知られている。食性には、地域間での差異があり、高緯度の地域では冬期に

樹皮や芽、草本類の採食がみられるが、低緯度地域ではこれらの採食はほとん

どみられず、一年を通じて果実や葉が採食されている(Agetsuma and Nakagawa

1998)。これは、高緯度地域では低緯度地域に比べて果実の生産量が低く、利用

できる時期も短いことに起因すると考えられる。また、標高の違いによる食性

の違いもみられており、屋久島の高標高部では葉の採食割合が高いのに対して、

低標高部では果実類の採食割合が高い(Hanya et al. 2003)。このように、地域間

における食性の違いは、生息環境の植生の違いによる食物の利用可能度に起因

することが多いと考えられている。

一方で、必ずしも生息環境中の利用可能な植物のすべてを食べているわけで

はなく、ある程度の食物選択をして採食を行っていると考えられている。植物

は、セルロース、リグニンなどの繊維、縮合性タンニンなどの難消化性の物質

や消化阻害物質、アルカロイドやテルペノイドなどの毒性物質を含み、これら

の成分の含有量は植物間あるいは部位間で差異がみられる。霊長類は、これら

の成分の摂取を最小限に抑えるように採食選択を行っていると考えられている

(Glander 1982; 中川 1996)。ニホンザルでも、縮合性タンニンの含有量の少な

い葉を選択して採食していることが報告されている(Hanya et al. 2011)。すなわ

ち、食物の利用可能度だけではなく、植物に含まれる成分の差異も採食選択に

大きく関わっていることが示唆される。

近年では、人里近くに生息するニホンザルによる畑の農作物被害が増えてき

ている(Agetsuma 2007; Suzuki and Muroyama 2010)。ニホンザルは、ミカン、ク

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リなどの果実だけでなく、根菜、葉菜、イモ類、豆類、果実、キノコなど、ほ

とんどの農作物を食べてしまうため、猿害として社会的問題が深刻になってき

ている。

1.6. 研究全体の目的

哺乳類は、環境中に広く存在する多種の毒性物質を検知するために多様な苦

味受容体を持つ。苦味受容体遺伝子 TAS2R は、種類が多いため変異が蓄積しや

すい遺伝子である。しかしながら、この「変化しやすさ」は、TAS2R の重要性

が低くなったことによる「機能的制約の緩和」によるものか、あるいは、TAS2R

には重要な役割があり、より広範な苦味物質を受容できるように働く「正の自

然選択」によるものなのかは、曖昧なままである。これは、各動物種の認知能

力や生息環境、代謝能力など多様な要因が関わることが予測されるため、より

多様な種に着目して一つずつ丁寧に明らかにする必要があるが、現在のところ、

ヒトやチンパンジー以外の種ではほとんど明らかになっていない。そのため、

本研究では、古くからその採食特徴が明らかになっているニホンザルを対象に

して TAS2R の種内多様性を調べることを計画した。

また、ニホンザルの採食選択に関する研究は、行動観察や栄養分析の面から

広く行われているが、食物の利用可能度や栄養成分の違いに着目するなど、採

食される植物側の違いに着目した研究がほとんどである。採食する側であるニ

ホンザルの食物成分の認識能力の違い、例えば、味覚の違いについてはほとん

ど議論が行われてこなかった。種内の味覚の多様性を明らかにすることで、ニ

ホンザルの採食選択における採食者側のより能動的な意義を明らかにすること

ができると期待される。

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2. ニホンザルにおける PTC苦味非感受性個体の発見

2.1. 研究の概要

動物にとって、食物中の毒性物質を検出する苦味感覚は非常に重要である。

霊長類は進化の過程で、苦味受容体遺伝子 TAS2R のレパートリーを変化させる

ことで、生息環境、特に食物に適応してきたと思われる。しかしながら、種内

の TAS2R の多様性の調査は、これまでのところヒトとチンパンジーで行われた

もののみであり、他の種については明らかになっていない。

本章では、TAS2R のひとつ TAS2R38 について、ニホンザルの 17 地域由来 597

個体を対象に多様性解析を行った。その結果、当該遺伝子領域中に 3 つの同義

置換、12 個の非同義置換を発見し、20 種類のアリルを同定した。これらの中に

は、開始コドンに変異をもつアリル Mf-K が存在した。TAS2R38 は苦味物質

phenylthiocarbamide(PTC)を受容するので、Mf-K アリルの表現型を明らかにす

るために、Mf-K アリルおよびアミノ酸が互いに異なる 4 種類のアリルを培養細

胞に発現させて機能解析を行った。同じ条件下で解析した 4つのアリルのうち、

Mf-K アリルのみ PTC に反応性を示さなかった。また、このアリルをホモ接合で

もつ個体では PTC 感受性が低下していることが行動実験から明らかになった。

以上の結果、ニホンザルでは、種内で PTC 苦味感受性に個体差が生じている

ことが明らかになった。興味深いことは、Mf-K アリルが紀伊地方の集団のみで

発見され、かつ集団内では 3 割もの遺伝子頻度を示したことである。この非感

受性アリル Mf-K が紀伊地方で特異的に集団内に拡がり、維持されてきた過程に

ついて、適応によるもの(正の自然選択)、偶然によるもの(中立)という二つ

の可能性を仮定した。TAS2R38 はアブラナ科に含まれるグルコシノレートや柑

橘類に含まれるリモニンを受容するため、これらの植物との関与が示唆される。

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2.2. 研究の背景

2.2.1. TAS2R38変異が引き起こす PTC感受性の個体差

1930 年代の初め、空気中に舞った PTC という物質に対して、同じ実験室内で

実験していた研究者二人が、「苦い」「苦くない」とそれぞれの感じ方に差を示

したことから、この物質の苦味感受性には個人差があるということが偶然発見

された(Fox 1932; Snyder 1931)。その後、この現象に興味を持った多くの研究者

によって、PTCの感受性の個人差について調査が進められてきた(Wooding 2006)。

チンパンジーに対しても PTC の感受性評価が行われ、チンパンジーでもこの苦

味物質の感受性に個体差があることが報告された(Fisher et al. 1939)。ヒトとチ

ンパンジーの感受性個体、非感受性個体の比率が同程度であったため、この形

質はヒトとチンパンジーの共通祖先で生じたものであることが推測された。そ

の後も、様々な霊長類種で PTC による苦味感受性評価が行われ、個体差がある

種、そうでない種が示され、またこの感受性差は遺伝する形質であることが示

された(Chiarelli 1963)。

2000 年に TAS2R が発見されたのち、この PTC を受容する受容体 TAS2R38 が

同定され、ヒトにおける PTC 感受性の個人差は TAS2R38 中の 3 つのアミノ酸の

違いによるものであることが発見された(Drayna et al. 2003; Kim et al. 2003)。こ

の受容体中の 49、262、286 番目の 3 つのアミノ酸がプロリン(Pro)、アラニン

(Ala)、バリン(Val)である受容体(PAV 型)は PTC に対して反応性を示す。

一方で、アラニン、バリン、イソロイシン(Ile)である受容体(AVI 型)では

PTC に対して感受性が低い、もしくはないと考えられている(Bufe et al. 2005)。

その後、チンパンジーでの PTC 苦味感受性の個体差も TAS2R38 の変異によるも

のであることが明らかになった(Wooding et al. 2006)が、チンパンジーの場合

は、通常の開始コドン ATG が苦味非感受性個体では AGG となっており、偽遺

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伝子化が生じていた。培養細胞を用いた受容体機能解析実験や個体に対する行

動実験の結果、このアリルでは PTC 感受性が大きく低下していることが明らか

になった。ヒトとチンパンジーの感受性差を引き起こす分子メカニズムが異な

ることから、PTC 感受性の個体差はヒトとチンパンジーが分岐したのちにそれ

ぞれの種で独立に生じたことが示唆された(Wooding et al. 2006)。

2.2.2. 霊長類における TAS2R38の分子進化

比較ゲノム解析から、TAS2R38 は齧歯類および霊長類を含む真主齧類におい

て、系統特異的な遺伝子重複がなく、種間で一対一のオーソログ関係にある保

存的な遺伝子であることが示されている(Hayakawa et al. 2014)。Hayakawa らの

解析で用いた霊長類 15 種では、アイアイが偽遺伝子化していることを除いて、

すべての種が配列上は機能的な TAS2R38 をもつことが明らかになっている。

Wooding(2011)は、ツパイを外群として 39 種の霊長類で TAS2R38 の全長配列

を決定した。ウーリーモンキー(Lagothrix lagotricha)、チュウベイクモザル(Ateles

geoffroyi)、スマトラオランウータン(Pongo pygmaeus abelii)の 3 種で偽遺伝子

変異が確認されたが、他の 36 種では機能的であると推測された。遺伝子領域中

の非同義置換数、同義置換数から算出した dN/dS値は 0.60 で、1 より有意に小さ

い値を示したことから、TAS2R38 には浄化選択が働いており、霊長類の進化過

程の長期間にわたって保存的に進化してきたことが示唆された。一方で、領域

ごとに dN/dS値を算出すると、膜貫通領域、細胞内領域ではそれぞれ 0.55、0.51

であったのに対して、細胞外領域では 1.16 となっており、中立性から外れるこ

とはなかったが、1 を超える高い値を示した。このことから、進化過程の比較的

最近の期間では、TAS2R38 の機能の多様化や、受容する物質の変化などが生じ

ている可能性が推測されている(Wooding 2011)。

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ヒトとチンパンジーの種内では、TAS2R38 塩基置換による PTC 苦味感受性の

変異が存在し、この変異はヒトでは世界の幅広い地域に拡がっており(Wooding

et al. 2004)、チンパンジーにおいても、ニシチンパンジーで高い頻度を示してい

る(Sugawara et al. 2011; Hayakawa et al. 2012)。もしかすると TAS2R38 は、現在

の霊長類種の共通祖先では重大な役割を持ち、進化過程の長い期間機能が保存

されてきたが、現在の霊長類種に分岐した以降は、その進化傾向が変わってき

ているのかもしれない。

2.2.3. 研究の目的

以上のように、TAS2R の中でも TAS2R38 は、塩基置換と PTC 感受性変異が明

確に対応しているため、多くの研究者の興味をひき、TAS2R38 の多様性解析や

PTC による味覚テストが広く行われてきた(Guo and Reed 2001; Kim and Drayna

2005; Wooding 2006; Feeney 2011)。味覚テストでは、ヒト、チンパンジー以外の

霊長類種でも、PTC 苦味非感受性個体の存在が示唆されているが(Chiarelli 1963)、

これらの種での TAS2R38 の塩基配列は調べられておらず、ヒト、チンパンジー

以外の種での TAS2R38 の多様性は明らかになっていない。TAS2R38 は霊長類の

進化の過程で長期間にわたって保存的な遺伝子であったにもかかわらず、ヒト

やチンパンジーでは遺伝子変異により、苦味感受性に個体差が生じている。ヒ

トやチンパンジー以外の霊長類種で TAS2R38 の多様性とその維持機構を明らか

にすることは、TAS2R38 の分子進化を探るうえで非常に重要になる。

また、TAS2R38 は天然に含まれる苦味物質として、アブラナ科に含まれ N-C=S

構造を持つグルコシノレート(glucosinolate)という化合物やその派生物質、柑

橘類に含まれトリテルペンのひとつであるリモニン(limonin)を受容する

(Wooding et al. 2010; Meyerhof et al. 2010)。ニホンザルはナズナなどの野生のア

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ブラナ科植物や、タチバナ、ミカンなどの柑橘類も採食するため(辻ら 2011;

2012)、TAS2R38 の多様性と食性の関係を直接的に考察することが可能となる。

本章ではまず、様々な地域集団由来のニホンザルを対象に TAS2R38 の配列解

析を行い、ニホンザル種内での TAS2R38 の多様性を明らかにした。そのうえで

TAS2R38 各アリルの表現型解析を行い、TAS2R38 の多様性と PTC 感受性との関

係を明らかにした。

2.3. 研究の方法

2.3.1. DNAサンプルの収集と DNA抽出

試料として、日本の 17 地域由来のニホンザル 597 個体、インド・中国由来の

アカゲザル 54 個体から抽出した DNA を用いた(図 2、表 1)。霊長類研究所で

飼育されているニホンザル 281 個体(高浜、地獄谷、波勝、滋賀、嵐山、箕面、

紀伊、若桜、小豆島集団)、アカゲザル 54 個体(中国、インド集団)について

は 2008・2009 年、幸島に生息するニホンザル 81 個体については 2007 年の検診

時に採取された血液を試料として使用した。下北、沼田、岡崎、香美、高岡集

団、計 148 個体については、自治体の許可を得て有害駆除された個体の試料収

集、個体群管理を行っている機関の協力を得て試料を分与していただいた。三

重集団 78 個体については、ニホンザルの保護管理を行う団体が定期的に実施し

ている個体群調査(計測、採血、発信機の装着など)の際に得られた血液を分

与していただいた。金華山集団 9 個体については、風張喜子博士(京都大学野

生動物研究センター)より個体同定済みのフンから抽出した DNA を提供いただ

いた。

血液、組織サンプルは、Quick Gene DNA Whole Blood Kit S(Fujifilm, Tokyo,

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Japan)および DNeasy Blood & Tissue Kit(Qiagen, Hilden, Germany)を用いて DNA

を抽出した。50 µLの Buffer ATE で溶出したのち、NanoDrop 1000(Thermo Fisher

Scientific, MA USA)を用いて吸光度に基づく方法で DNA 濃度を測定した。

2.3.2. TAS2R38塩基配列シークエンスとハプロタイプ推定

ニホンザルの TAS2R38 領域全長(1002 bp)を、上流および下流のノンコーデ

ィング配列に相補的なプライマーを用いて PCR 増幅し、ダイレクトシークエン

スを行った。プライマーは、アカゲザル全ゲノム配列(MGSC Merged 1.0/rheMac2)

に基づいて Primer3Plus(http://www.bioinformatics.nl/primer3plus/)を利用して設

計した(表 2)。PCR のための酵素は ExTaq DNA polymerase(Takara Bio Inc., Shiga,

Japan)を用いた。25 µL の混合液について、0.625 U の酵素と 2 mM の反応バッ

ファー、0.2 mM の dNTP、各 0.2 mM のプライマー、1–10 ng の鋳型 DNA の組

成で反応を行った。反応条件は、はじめに 10 分間 94 ºC で変性し、その後、変

性 10 秒 94 ºC、アニーリング 30 秒 56 ºC、伸長 1 分 72 ºC、の条件で 35-40 サ

イクル行い、最後に 10 分間 72 ºC で伸長を行った。1 %アガロースゲルを用い

て、PCR 増幅産物 5 µL を 20 分間 100 V で電気泳動して、増幅された約 1 kbp の

バンドを確認することで PCR 反応の成否を確認した。成功した残りの PCR 増幅

産物は ExoSAP-IT(Affymetrix Inc., Santa Clara, CA, USA)またはイソプロパノー

ル沈殿法により精製した。最後に、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit

および 3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)を用いて

塩基配列の解析を行った。その際には、PCR 増幅に用いたプライマーおよび遺

伝子領域内部に作成したプライマーを用いた(表 2)。出力されたクロマトグラ

ムは ATGC ソフトウェア(Genetyx Corporation, Tokyo, Japan)に取り込んで

TAS2R38遺伝子領域全長の塩基配列を解読した。得られた二倍体配列セットは、

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PHASE v2.1 ソフトウェア(Stephens and Donnelly 2003; Stephens et al. 2001)を用

いてハプロタイプの再構築を行った。このとき、推定確率が 95 %より低い塩基

部位に関して、TOPO TA Cloning Kit(Invitrogen Corporation, CA, USA)を用いて

クローニングベクターを作成し、ヒートショックで大腸菌に導入して、YTA 寒

天培地上でクローンに由来するコロニーを作成した。コロニーを直接鋳型とし

て、M13 プライマーを用いて ExTaq 酵素で PCR 増幅し、上に示した塩基配列解

読法で各対立遺伝子の配列を決定した。

2.3.3. TAS2R38アリルの進化解析

ニホンザル 597 個体の TAS2R38 遺伝子配列について、DnaSP v5.1(Librado and

Rozas 2009)を用いて詳細な進化解析を行った。まず、TAS2R38 の遺伝子多様性

レベルを明らかにするために、塩基多様度 πおよびワッターソン θ(Nei and Li

1979; Watterson 1975)を計算した。そして中立性の検定を行うために、Tajima’s D

(Tajima 1989)の値を算出した。そして TAS2R38 各アリル間の進化的な関係を

示すため、NETWORK v4.6 ソフトウェアを用いて中央結合(median-joining;MJ)

ネットワークを構築した(Bandelt et al. 1999)。アウトグループとして、マント

ヒヒ(Papio hamadryas)の配列(アクセッション番号 AY724835.1)を用いた。

2.3.4. 培養細胞を用いた苦味受容体 TAS2R38 の機能解析

決定した TAS2R38 の各アリルの PTC への反応性を明らかにするために、培養

細胞に各アリルを持つ受容体を発現させてカルシウムイメージング法により反

応性を計測する機能解析実験を行った(Sakurai et al. 2010)。ニホンザルの主要

なアリル Mf-A(最も高頻度のアリル)、Mf-B、Mf-C、Mf-K およびアカゲザル Mm-a

の 5 つのアリルの反応性を測定した。まず、上記で作成したそれぞれのアリル

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の PCR 増幅産物の遺伝子領域 3’末端側にウシロドプシン(bRh)C 末端の 8 ア

ミノ酸配列を付加した。その後、bRh を付加した TAS2R38 フラグメント、ラッ

トのソマトスタチン受容体(ssr)の 5’末端側 45 アミノ酸の二つの配列をライゲ

ーションキット Geneart (Invitrogen)を用いて、pEAK10 発現ベクター(Edge

Biosystems, Gaithersburg, MD, USA)に挿入した(図 3)。

TAS2R38 開始コドン変異はチンパンジーにおいても観察されているが、受容

体活性は下流の開始コドン(M97)から翻訳されてつくられる短いポリペプチド

を用いて計測されている(Wooding et al. 2006)。本研究でもこの先行研究を参考

にして発現ベクターMfTAS2R38-K を作成した。この発現ベクターが生成するポ

リペプチド(MfTAS2R38TR-K; truncate type)は、野生型アリルのタンパク質

(MfTAS2R38WT; wild type)に比べて初めの 96 アミノ酸分短くなっている。ま

た、コントロールとして、遺伝子領域の上流に付加したソマトスタチン受容体

の開始コドン ATG から翻訳することが予想される MfTAS2R38-K(rescued)を作成

した。すべてのプラスミド全長配列の塩基配列を解読し、PCR 増幅の際のエラ

ーがないことを確認した。G タンパク質ベクターは名古屋市立大学の植田教授

らの考案したキメラ Gα サブユニット Gα16gust44(Ueda et al. 2003)のベクター

を東京大学の阿部啓子教授から分与していただき、発現実験に用いた。

受容体活性解析用の培養は、ヒト胎児腎細胞(HEK293T)を CO2インキュベ

ーター(37 ºC、CO2 5 %)内で 10 %ウシ胎児血清(Life Technologies, Grand Island,

NY)を加えた Dulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM; Sigma-Aldrich, Tokyo,

Japan)培地を用いておこなった。HEK293T 細胞はデューク大学の松波宏明准教

授から分与していただいたものである。HEK293T 細胞を 35 mm ディッシュに

橎種し、その後、Lipofectamine 2000 (Invitrogen)を用いて、G タンパク質

Gα16gust44 の発現ベクターと、TAS2R38 の各発現ベクターを細胞に同時に遺伝

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子導入した。遺伝子導入の 6 時間後に、細胞を 96-well lumox multiwell plate

(SARSTEDT AG & Co., Nümbrecht, Germany)にまき直し、引き続き 18-20 時間

培養した。培養後、それぞれのウェルを HEPES バッファー(130 mM NaCl, 10 mM

glucose, 5 mM KCl, 2 mM CaCl2, 1.2mM MgCl2, 10 mM HEPES, pH 7.4)で洗浄した

後、5 μM fluo-4 AM(Dojindo Laboratories, Kumamoto, Japan)を滴下した。プレ

ートを 27 ºC 遮光下で 45 分間インキュベートした後に、FlexStation 3(Molecular

Devices, Inc., Sunnyvale, CA, USA)を用いて蛍光強度の測定を 2 秒間隔で行った。

初めに 20 秒間ベースラインの測定をした後、HEPES バッファーに溶解させた

PTC 溶液(Sigma-Aldrich, Tokyo, Japan)を滴下し、その後 100 秒間、蛍光強度を

測定した。

蛍光強度は F 値で示され、反応性は蛍光強度増加量を反応前蛍光強度で割っ

た ΔF/F 値 [ΔF/F = (F − F0)/F0] で評価した。独立した 3 回の実験で得られた

ΔF/F 値を、式 f(x) = Imin + [Imax − Imin/(1 + (x/EC50)h] で示される曲線に近似した。

このとき、PTC 濃度を x、半数効果濃度を EC50、h をヒル係数とした。R v2.14.0

ソフトウェア(http://www.r-project.org/)を用いて、非線形最小二乗法(Levenberg–

Marquardt algorithm)により曲線近似およびパラメーターの推定を行った。

2.3.5. リンゴ片を用いた定性的な PTC苦味感受性評価

TAS2R38 開始コドンに変異をもつニホンザルが、PTC の苦味を感じるかどう

かを明らかにするために、先行研究を参考にしてリンゴ片を用いた行動実験を

行った(Chiarelli 1963; Wooding et al. 2006)。実験対象は個別ケージで飼育されて

いるニホンザル 7 個体で、TAS2R38 の開始コドンが ATG(野生型)のホモ接合

型 4 個体(Mf-A/Mf-B 型 3 個体、Mf-D/Mf-F 型 1 個体)、ACG(変異型)ホモ接

合型 3 個体(Mf-K/Mf-K 型 3 個体)であった。リンゴ片(3 cm × 1 cm × 1 cm)を

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250 mLの PTC 溶液 2.0 mM またはコントールの水道水に一晩浸しておいた。こ

れらのリンゴ片どちらか一つを各個体のエサ箱に置いた。実験者のいる前では

リンゴ片を食べない個体がいるため、実験者はリンゴを置いた直後に退出する。

2 分後に飼育室に入り、エサ箱の中や飼育室の床のリンゴの有無を確認し、記録

した。この時、残っているリンゴはサイズに応じ、摂食割合を 0、0.5、1 と記録

する。その後、先程のリンゴとは別の溶液に浸したリンゴを与え、同様に摂食

の有無を確認、記録した。ここまでを 1 試行とし、この試行を 10 試行繰り返し、

各リンゴに対する摂食割合を求めた。先に与えるリンゴの種類は固定せず、10

試行のうち流動的に変更して与えた。なお、実験中のサルの様子は固定ビデオ

カメラにより録画した。

2.3.6. 二瓶法による定量的な PTC苦味感受性評価

各遺伝子型をもつニホンザルの PTC 苦味感受性を定量的に評価するために、

霊長類研究所の個別ケージで飼育されているニホンザル 7 個体を対象に、二瓶

法による苦味感受性の評価を行った。7 個体中、4 個体は TAS2R38 開始コドン

ATG のホモ接合型、1 個体は ATG、ACG のヘテロ接合型(Mf-B/Mf-K 型)、2 個

体は ACG のホモ接合型であった。これらのニホンザルは通常、自動給水設備に

より給水されているが、実験中の 4 時間のみ給水設備の給水を止め、給水瓶に

より十分量給水した。計測には 5 種類の濃度(1、10、100、250、1000 μM)の

PTC 溶液を用いた。500 cc サル用給水瓶を二本用意し、片方には蒸留水、もう

一方には特定の濃度の PTC 溶液を 500 cc 入れ、これらの給水瓶を各個体のケー

ジに固定した。4 時間後に各ボトルの残りの水の量を測定し、各溶液の飲水量を

記録した。1 日につき 1 試行のみ、各濃度について 6 試行ずつ行い、PTC 溶液の

左右の位置は各位置 3 回ずつランダムの順番で設置した。各濃度において、総

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26

飲水量に対する PTC 溶液の飲水量の割合を求めた。この値の 6 試行の平均値に

ついて、機能解析実験と同様に、式 f(x) = 0.5/[1 + (x/EC50)h] を用いて曲線近似お

よびパラメーターの推定を行った。

2.4. 研究の結果

2.4.1. ニホンザル TAS2R38の種内多様性

ニホンザル 597 個体、アカゲザル 54 個体について、1002 bp からなる TAS2R38

(同義置換サイト 239、非同義置換サイト 760、終止コドン 3)の塩基配列を決

定した。その結果、ニホンザルでは遺伝子領域中に 3 か所の同義置換、12 か所

の非同義置換を同定した。これらの同定した 15 か所の塩基置換サイトをもとに

して 20 種類の TAS2R38 アリルが推定され、Mf-A~T と名付けた(表 3; なお、本

論文ではアリル名、ハプロタイプ名を示す際にはイタリック体を用いる)。これ

らの 20 種類のアリルをアリルの地域分布に基づいて 3 つのグループに分けた

(表 4)。一つ目は Mf-A と Mf-B のみを含むグループで、これらのアリルは多数

の集団で観察され、それぞれの集団内で高い頻度を示した。二つ目のグループ

は、Mf-G、Mf-K、Mf-M、Mf-N、Mf-R、Mf-S、Mf-T の 7 つのアリルを含んだ。こ

れらのアリルは地域特異的に一つの集団のみで観察された。これら以外の 11 ア

リルは複数の集団で観察され、それぞれの集団では低い頻度を示した。

ニホンザルは 31-88 万年前という進化的には比較的最近にアカゲザルから分

岐した種であるため(Marmi et al. 2004)、これらの種間では遺伝子配列が似てお

り、系統関係も複雑になっていることが予測される。そのため、アカゲザルで

決定した 10 アリル、ニホンザルの 20 アリルを用いて、進化的系統関係を示す

MJ ネットワークを作成した(図 4)。予測通り両者のアリルは単系統にはならず、

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27

複雑に交わっており、ニホンザルのアリルはアカゲザル Mm-a アリルを挟むよう

にして 2 つのクラスターを形成していた。しかし、ニホンザルとアカゲザルで

共有するアリルは存在しなかった。この図から、Mm-a を共通祖先アリルとして、

ニホンザルのアリルが生じ、そこから変異を蓄積してそれぞれのアリルを形成

したことが推測された。

TAS2R38 の多様性や自然選択の影響を把握するために、塩基多様度 π および

Tajima’s D 値を算出した(表 5)。集団ごとの π値は、0 %(金華山)から 0.247 %

(香美)と多様な値を示した。ニホンザル全個体での π は 0.142 %で、ヒトの

0.15 %と同程度の値であった(Kim et al. 2005)。Tajima’s D の値はそれぞれの集

団、ニホンザル全体でも有意な値ではなく、現在のデータからは、TAS2R38 の

中立性を否定する結果は得られなかった。

2.4.2. TAS2R38開始コドン消失変異の発見

紀伊集団のみに存在したアリル Mf-K では開始コドン ATG に変異が生じてお

り、ACG となっていた。同様の開始コドンの変異はチンパンジーの TAS2R38 で

も観察されており、チンパンジーの場合は AGG となっていた(Wooding et al.

2006)。チンパンジーでは、開始コドン AGG のアリルをホモ接合で持つ個体は、

TAS2R38のリガンドとなる苦味物質 PTCに対する苦味感受性が低下することが

示されている。そのため、ニホンザル TAS2R38 の Mf-K アリルも同様に苦味感受

性が低下していることが推測された。また、Mf-K アリルは、Mf-A と比較した時、

Mf-B と共通の塩基置換(T812C)をもっているため、ネットワーク解析では Mf-K

は Mf-B から派生したアリルであることが示された(図 4)。そのため、この Mf-K

アリルはアカゲザルのアリルとは独立しており、ニホンザルとアカゲザルが種

分岐したのちに、ニホンザルのみで生じたアリルであることが示唆された。

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28

2.4.3. TAS2R38 アリルの受容体活性

TAS2R38 の各アリルがコードする受容体タンパク質の活性を調べるために、

培養細胞にそれぞれのアリルを発現させて受容体としての機能を測定した。こ

の解析には、ニホンザルにおいて比較的高頻度でみられた 3アリル(Mf-A、Mf-B、

Mf-C)、開始コドン消失変異をもつ Mf-K、アカゲザルの Mm-a の 5 種類のアリル

の発現ベクターを作成して受容体タンパク質を発現させ(MfTAS2R38WT-A、-B、

-C、MfTAS2R38TR-K、MmTAS2R38WT-a)、PTC 溶液を用いて受容体活性を測

定した(図 5)。まず、開始コドンに生じた変異が受容体活性を変えるかどうか

を調べた。その結果、333 アミノ酸からなる受容体を生成すると考えられる 4 種

類のアリル(Mf-A、Mf-B、Mf-C、Mm-a)を発現させた受容体はすべて PTC に

対して反応性を示した。一方で、開始コドンに生じた変異により、始めの 96 ア

ミノ酸を失ったポリペプチド(MfTAS2R38TR-K)では PTC に対する反応を示さ

なかった。Mf-K アリルの上流に開始コドンを付加させて生成させた受容体

(MfTAS2R38RC-K; rescued type)では PTCに対する反応性を示した。Mf-A、Mf-B、

Mf-C、Mm-a アリルは機能的な受容体をコードしているが、Mf-K アリルがコー

ドするポリペプチドは受容体機能を持たなかった。以上の結果から、開始コド

ン消失変異は受容体活性を消失させていることが示唆された。

次に、4 種類の機能的な受容体 MfTAS2R38WT-A、-B、-C、MmTAS2R38WT-a

についての EC50値(半数効果濃度)を比較することで、アミノ酸置換が受容体

活性に与える影響を調べた。MfTAS2R38WT-A、-C、MmTAS2R38WT-a の 3 種類

のアリル間では EC50値に差が見られなかった。そのため 203 番目(Val203Ile)

と 296 番目(Val296Ile)のアミノ酸置換は受容体活性に影響を及ぼしていないと

考えられる。一方で、MfTAS2R38WT-B の EC50値は上の 3 種類のアリルに比べ

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29

て 3.2-5.0 倍高かった。また、通常の開始コドンの位置よりも上流に開始コドン

を付加させて作成したMfTAS2R38RC-Kの EC50値はMfTAS2R38WT-Bと同程度

の値を示した。この両者のアリルは他のアリルと比較して 271 番目のアミノ酸

に同じ塩基置換(Ile271Thr)を持っている。以上のことから、この 271 番目の

アミノ酸置換は TAS2R38 の受容体活性に若干の低下を引き起こすと考えられる。

2.4.4. Mf-Kアリルをもつ個体の PTC感受性

TAS2R38 遺伝子配列を決定したニホンザルを対象に、リンゴ片を用いた苦味

感受性の定性的な評価を行った(図 6)。水に浸したリンゴ(コントロール)と

PTC 溶液に浸したリンゴを与え、それぞれのリンゴを食べた割合の平均値を比

較したところ、TAS2R38 開始コドン ATG のホモ接合型 4 個体では、コントロー

ルのリンゴに対して PTC に浸したリンゴを食べた割合が有意に低かった(P <

0.05、ステューデント t 検定)。一方で、ACG のホモ接合型 3 個体では 2 種類の

リンゴを食べた割合に有意な差が見られなかった(図 6B)。以上の結果から、

開始コドン消失変異は行動レベルでも PTC 感受性を低下させていることが明ら

かになった。

次に、より定量的に開始コドン消失変異による苦味感受性低下を評価するた

めに、TAS2R38 開始コドン ATG ホモ接合型 4 個体、ACG ホモ接合型 2 個体、

ATG/ACG ヘテロ接合型 1 個体を対象にして二瓶法による給水実験を行った(図

7)。PTC 溶液の飲水割合がチャンスレベルの半分である 0.25 になるときの PTC

濃度(半数効果濃度: EC50)を算出したところ、ATG ホモ接合型 4 個体の平均値

は 18.9 ± 22.1 µM であった。PTC 感受性を持つ個体の中でもこの濃度にばらつき

(1.8~51.1 µM)が見られた結果は、ヒトを対象にした実験と同様の傾向であっ

た(Wooding et al. 2010)。一方で、ACG ホモ接合型 2 個体の EC50値の平均値は

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1542.1 ± 8.9 µM であり、これは ATG ホモ接合型個体よりも約 80 倍も高い値で

あった。ATG/ACG ヘテロ接合型個体での EC50値は 179.2 µM であり、それぞれ

のホモ接合型個体の平均値の中間的な値であり、この結果はヒトでの行動実験

結果と同様の傾向であった(Bufe et al. 2005)。

2.5. 考察

2.5.1. ニホンザルにおける PTC苦味感受性変異の発見

ニホンザル 597 個体に対して TAS2R38 の配列を決定したことにより、開始コ

ドンに生じた突然変異を発見した。その後の表現型解析により、この開始コド

ンの変異は TAS2R38 の受容体活性を低下させており、この変異をホモ接合個体

で持つ個体は PTC 感受性が低下していることを明らかにした。

ネットワーク解析から、PTC 非感受性アリル Mf-K はニホンザルとアカゲザル

が分岐した後に、ニホンザルで独立に生じたことが示唆された。また、Mf-K が

存在した紀伊地方では、ニホンザルとタイワンザル(Macaca cyclopis)の交雑種

が発見されている(川本ら 2001)。この外来種からの影響を把握するために、

以前、霊長類研究所で飼育されていたタイワンザルの試料を用いて TAS2R38 の

配列解析を行ったところ、タイワンザルの配列はアカゲザルのアリル Mm-b と一

致した(表 3、図 4)。タイワンザルの配列(Mm-b)と非感受性アリル Mf-K と

は 5 つの塩基の違いがあるため、Mf-K がタイワンザル由来である可能性は非常

に低いと考えられた。

背景で示したヒトとチンパンジーに続いて、ニホンザルでも TAS2R38 の塩基

置換が PTC 感受性変異を引き起こしていることを発見した。霊長類の中で、3

種で独立に TAS2R38 の機能喪失が生じていることは大変興味深く、さらなる検

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31

証が必要となる。この現象についてのより詳細な考察については、次章に示す。

2.5.2. PTC苦味感受性変異の拡散背景に対する仮説

特定の地域集団のみで観察された集団特異的アリルは、祖先集団から分岐し

た後にそれぞれの集団で生じたと考えられるため、どの集団でも低い頻度で維

持されていることが推測される。実際、これらのアリル頻度は、ニホンザル全

体で 1 %以下、それぞれの集団内でも 12 %以下と低い頻度を示した(表 3、4)。

しかしながら、PTC 非感受性アリルである Mf-K は紀伊集団内で 29 %の頻度を

示しており、他の集団特異的なアリルとは明らかに異なる分布を示した。

集団の中で偶然に機能を失った変異アリルが、淘汰されることなく集団中に

29 %という高頻度にまで拡散し、現在も維持されていることにはどのような背

景が影響しているのだろうか。可能性として 2 つの仮説が考えられる。まず一

つは、この非感受性アリルは、正の自然選択の影響を受けて集団中に拡がって

維持されているという可能性である。つまり、TAS2R38 の機能を喪失すること

で、機能を保持している個体に比べて、利用できる採食品目数が増えるなどの

生存上の利点があったため、この非感受性アリルが拡散したという説である。

本来、苦味を感じることが毒性物質摂取を防ぐ大きな役割を果たしているが、

この場合では、苦味を感じられる利点よりも感じられない利点のほうが大きな

役割を果たしていると考えられる。二つ目の仮説として、この非感受性アリル

は中立的に集団中に拡がったという可能性である。つまり、苦味を感じられな

いということが利益も不利益も被ることがなかったため、淘汰されることも積

極的に拡散されることもなく、中立的にこのアリルが拡がったとする仮説であ

る。

この二つの仮説を検証するために、Tajima’s D の値を算出し、中立性検定を行

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ったが、現段階のデータセットにおいては、正の選択や平衡選択などの自然選

択の影響は認められず、中立性を否定することができなかった。つまり、前述

の 2 つの仮説のうち後者が支持された。しかし、ニホンザルにおける感受性変

異は紀伊地方で地域特異的にみられ、解析した他の 16 地域ではこの変異は見つ

からなかった。この地方で PTC 苦味感受性変異が拡がり、維持されている背景

について、他の地域には存在しない地域特異的な要因が働いている可能性が考

えられる。そのため、次章で、この二つの仮説を検討する。

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33

3. ニホンザル PTC苦味感受性変異の急速な拡散

3.1. 研究の概要

第 2 章において、ニホンザルの苦味受容体遺伝子 TAS2R38 の多様性解析をし

たところ、ニホンザルの紀伊集団のみに存在する TAS2R38 の非感受性アリル

Mf-K を発見した。ヒトやチンパンジーでも同様に TAS2R38 変異により苦味感受

性に個体差が生じていることが報告されている。この変異は、ヒトでは世界の

様々な地域に存在しており、チンパンジーでもニシチンパンジーで広くみられ

ている。このように同じ苦味受容体の機能が複数の霊長類種で多様化している

例は大変興味深く、その進化的な背景を探ることは重要である。

本章では、非感受性アリル Mf-K がどのようにして紀伊集団で拡がったのかを

明らかにすることを目的とした。はじめに、紀伊集団全 40 個体を対象に、

TAS2R38 上流下流領域を含む約 10 kbp の配列を決定した。その結果、40 個体が

保有する全 80 本の染色体のうち 23 本が非感受性アリルであり、その 23 本の非

感受性アリルは 10 kbp にわたって配列が完全に一致していたことから、このア

リルは 13,000 年前以降に集団中に拡散したことが推測された。紀伊集団と近隣

7 集団の非コード領域の配列解析およびアリル拡散のシミュレーション解析の

結果、非感受性アリルの拡散は、紀伊集団の遺伝的特性、個体群動態および集

団間の移出入の程度から説明することはできず、中立的なアリルの拡散よりも

はるかに短い時間で集団中に拡散したことが推測された。以上の結果から、非

感受性アリル Mf-K は正の自然選択の影響を受けて、紀伊集団で短期間に急速に

拡散したということが示唆された。

TAS2R38 は、アブラナ科や柑橘類の植物に含まれる苦味物質を受容する。こ

れらの植物の苦味を感じにくくなることがニホンザルの環境適応を醸成し、こ

のアリルが紀伊集団に拡がる要因になったことが推察された。

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34

3.2. 研究の背景

3.2.1. PTC苦味感受性変異の進化的背景

TAS2R38 変異が引き起こす PTC 感受性の個体差に関して、ヒトでは、非感受

性アリル(AVI 型)は世界の様々な地域に拡がっている。感受性、非感受性アリ

ルのどちらも重要で、平衡選択のはたらきにより、どちらのアリルも維持され

てきたと考えられている(Wooding et al. 2004)。ヒトにおける PTC 感受性アリル

と非感受性アリルの違いは、TAS2R38中の3か所のアミノ酸の違いであるため、

非感受性アリルでも偽遺伝子化が生じているわけではなく、野生型と同じ長さ

の TAS2R38 タンパク質がつくられると予測されている。そのため、PTC 非感受

性アリルは PTC に対する反応性は示さないが、他の物質を受容する役割を持つ

可能性が示唆されている。しかし、今のところ明確な証拠は得られていない。

また、TAS2R38 周辺領域の解析から、この非感受性アリルは 160−30 万年前に生

じたと推測されている(Campbell et al. 2012)。ネアンデルタール人の TAS2R38

では、非感受性アリル AVI 型と同様に 49 番目のアミノ酸がアラニンとなってお

り、ネアンデルタール人でもすでに 49 番目のアミノ酸変異(P49A)が生じてい

た(Lalueza-Fox et al. 2009)。このことからもこの感受性変異が生じた推定年代

は支持されている。

チンパンジーの PTC 非感受性アリルは、ヒガシチンパンジーでは観察されず、

ニシチンパンジーのみで観察されたことから、この 2 亜種が分岐した約 50 万年

前以降に、この非感受性アリルが生じたと考えられる。また、ニシチンパンジ

ーではこのアリルの頻度が 76 %と高比率となっており、他の亜種との間で著し

い地域分化が見られている。そのため、この非感受性アリルは方向性選択の影

響により、ニシチンパンジー内に拡がった可能性が示唆された(Hayakawa et al.

2012)。

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35

3.2.2. 研究の目的

第 2 章で示したように、ニホンザルの紀伊集団で、TAS2R38 変異により PTC

感受性に個体差が生じていることが明らかになった。第 2 章のデータからは、

TAS2R38 の中立性は否定されていないが、非感受性アリル Mf-K は、紀伊集団の

みに存在し、集団内での拡がりが他の集団特異的アリルと明らかに異なってい

た。そのため、このアリルの拡散には、紀伊地方特異的にはたらく環境要因が

関わっているかもしれない。また、TAS2R38 の分子進化を考えるうえでも、ニ

ホンザルでの非感受性アリルの拡散背景を探ることは大変重要である。

そのため、本章ではまず、TAS2R38 の周辺領域の配列を解読することで、

TAS2R38コーディング領域の情報だけではわからなかったMf-Kアリルの由来を

探った。次に、Mf-K アリルが拡散した紀伊集団が示す遺伝的特性を明らかにす

るために、紀伊集団および近隣集団での遺伝子非コード領域の配列を解析した。

最後に、Mf-K アリルが中立的であったと仮定して、アリルの拡散のシミュレー

ションを行い、実際の観察事象との比較を行った。これらの解析を行い、第 2

章の最後に示した二つの仮説を検討した。

3.3. 研究の方法

3.3.1紀伊集団における TAS2R38遺伝子周辺領域の配列解析

TAS2R38 の Mf-K アリルの進化的な背景を明らかにするために、TAS2R38 の上

流および下流の非コード領域を含む約 10 kbp の配列解析を行った。この解析に

は、Mf-K アリルがみつかった紀伊集団ニホンザル 40 個体すべてを用いた。PCR

増幅の際には、遺伝子上流 5 kbp と TAS2R38 領域、TAS2R38 領域と遺伝子下流 5

kbp というように、2 つの領域に分けて増幅するようにプライマーを設計した。

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配列解析には、600-800 bp間隔で設計した配列解析用プライマーを用いた(表2)。

PCR、配列解析およびハプロタイプの推定は第 2 章で示した方法と同様に行った

が、PCR 増幅時の伸長は 5 分間行った。

決定した 40個体、10 kbp配列長の二倍体配列セットをもとにして、PHASE v2.1

ソフトウェアを用いてハプロタイプの再構築を行った。GENECONV ソフトウェ

ア(Sawyer 1989)を用いて遺伝子組換えの有無を確認した。また、TAS2R38 長

距離ハプロタイプの進化的な関係を示すため、NETWORK v4.6 ソフトウェアを

用いて中央結合ネットワークを構築した。このとき、配列長の変化を引き起こ

す挿入・欠失には塩基置換の 2 倍のウェイトを持たせた。

3.3.2. 紀伊集団および近隣 7集団における非コード領域の配列解析

紀伊集団の遺伝的多様性や他の集団間との遺伝的交流の程度を明らかにする

ために、紀伊集団および近隣 7 集団(高浜、地獄谷、波勝、三重、滋賀、嵐山、

箕面)について遺伝子非コード領域 9 座位の配列解析を、各集団 8 個体ずつを

用いて行った。非コード領域 9 座位は、Osada らが解析した 27 座位よりランダ

ムに選んだもので、それぞれ異なる染色体上に位置しているため、ゲノム全体

での傾向を把握することが可能になると考えられる。彼らと同じ配列のプライ

マーを用い、先に示したものと同様の方法で PCR 増幅ならびに配列解析を行っ

た(Osada et al. 2010)(表 2)。配列中に 1 つ以上のインデル多型をヘテロ接合体

で持つものについては、その後の解析には用いなかった。ハプロタイプは、得

られた二倍体配列セットより、PHASE v2.1 ソフトウェアを用いて再構築した。

要約統計量として塩基多様度 π、ワッターソン θ、Tajima’s D、各集団間の pairwise

FST(Wright 1951)を DnaSP v5.1(Librado and Rozas 2009)をもちいて推定した。

N を有効集団サイズ、m を世代・個体あたりの移出入率としたとき、求めた FST

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値を用いて、式 FST = 1/(1 + 4Nm)(Wright 1931)により、世代あたりの有効移住

個体数 Nm 値を算出した。

3.3.3. Mf-Kアリル拡散のコンピューターシミュレーション

紀伊集団でおきた非感受性アリル Mf-K の拡散が、中立的であったか、自然選

択の影響を受けていたのかを検証するために、コンピューターシミュレーショ

ンを行った。

シミュレーションの具体的内容を以下に示す(図 8)。まず、任意交配で集団

サイズ 2N の親世代配偶子集団を仮定し、(1)2N 分の 1 の確率で変異を起こさ

せる。その親世代集団からサンプリングし、(2)集団サイズ 2N の新たな次世代

集団を作成する。その後、(3)他の集団との間で Nm の移動度で移出入を起こさ

せる。このとき、変異型が流出した場合、変異を持たない野生型が代わりに移

入し、常に集団サイズは 2N で保たれている。その後、(4)変異型の頻度 Pmutant、

移出入により流出した変異型の個数を調べる。Pmutantが 0 のときは、新たな変異

を起こさせ、Pmutantが 0 より大きく設定値以下のときは、新しく作成した集団を

親世代としてサンプリングを行い、次世代集団を作成する。Pmutantが初めて設定

値に達したとき、サンプリングを終了し、その時までに要した世代数ならびに

流出した変異型の個数を数える。ここまでの過程を 1 回のシミュレーションと

し、独立した 1000 回のシミュレーションを行った。

3.4. 研究の結果

3.4.1. 長距離ハプロタイプの同定による Mf-Kアリルの由来の検証

PTC 苦味非感受性アリル Mf-K の由来を明らかにするために、紀伊集団全 40

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38

個体の TAS2R38 周辺領域 10,231 bp の配列を決定した。TAS2R38 周辺領域の塩基

多様度 πは上流領域(4229 bp)が 0.49 ± 0.02 %、遺伝子領域(1002 bp)が 0.12 ±

0.01 %、下流領域(5000 bp)が 0.06 ± 0.004 %であり、上流領域で高い多様性が

見られた。

紀伊集団における TAS2R38 アリルの分布は、40 個体 80 染色体中に、Mf-A が

32、Mf-B が 17、Mf-F が 1、Mf-J が 6、Mf-K が 23、Mf-Q が 1 であった(表 4)。

TAS2R38 周辺領域の解析から、13 種類の長距離ハプロタイプが推定され、それ

ぞれ TAS2R38 コーディング領域のアリル名に基づいて、A-1、A-2、B-1、B-2 の

ような命名法を用いてハプロタイプ名を付けた(図 9)。コーディング領域 Mf-A

アリルでは 7 つ(A-1~A-7)、Mf-B アリルでは 2 つ(B-1、B-2)の長距離ハプロ

タイプが存在した。他のアリル(Mf-F、Mf-J、Mf-K、Mf-Q)ではそれぞれ一つ

ずつの長距離ハプロタイプ(F-1、J-1、K-1、Q-1)を示した。Mf-K アリルは紀

伊集団 80 染色体中 23 本存在していたが、これら 23 本の配列は約 10 kbp にわた

って全く同じ配列であった。なお、これら全ての長距離ハプロタイプの配列は

GenBank に登録した(アクセッション番号 AB907288–AB907300)。

次に、長距離ハプロタイプの有益な情報領域(informative sites; 2 つ以上のハ

プロタイプで共有する塩基置換サイト)を比較して系統関係を調べた。その結

果、TAS2R38 の遺伝子上流領域と下流領域での系統関係に矛盾が生じるような

塩基置換(incompatible sites)が多数観察された。遺伝子組換えを推定したとこ

ろ、アカゲザルの 3 番染色体番地 179,408,639 と 179,408,483 に対応する 2 つの

多型サイトの間で遺伝子組換えが起きていることが推定された(図 9)。この境

界の上流と下流のそれぞれの領域で系統樹を作成したところ、樹形や枝長は大

きく異なっていた。TAS2R38 コーディング領域の由来を明らかにすることを目

的としているため、ネットワーク解析では、コーディング領域を含む 179,408,483

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39

番地以降の配列 6411 bp(rheMac2, chr3: 179,402,166–179,408,638 に対応)を用い

た。なお、この領域ではハプロタイプ A-6 は A-5 と全く同じ配列であったため、

A-5 に含めた。

ネットワーク解析の結果、Mf-K の長距離ハプロタイプである K-1 は、A-4 と

の最も近い共通祖先配列を仮想ハプロタイプ mv-1(median vector 配列)とした

場合、mv-1 から、開始コドンの変異を含む 4 つの塩基置換を獲得して生じたハ

プロタイプであることが明らかになった(図 10)。この 4 つの塩基置換のうち、

2 つは遺伝子上流領域(8436、8318)、2 つはコーディング領域(7356、8166)

に位置した。この遺伝子上流領域の 2 つの塩基置換が、紀伊集団以外の他の集

団でも存在するかどうかを明らかにするために、高浜、地獄谷、波勝、滋賀、

嵐山、箕面集団を対象にしてこの領域の塩基配列を確認した。その結果、地獄

谷と波勝集団で同様の塩基置換をもつ個体を発見し、6411 bp の全長配列を確認

したところ、開始コドン消失変異(塩基置換サイト 8166)以外の配列がハプロ

タイプ K-1 と全く同じ配列であった。そのため、このハプロタイプを K-1 の前

駆ハプロタイプとして preK-1 と名付けた。つまり、K-1 はこの preK-1 から開始

コドンの変異を獲得することで派生したハプロタイプであることが明らかにな

った。しかしながら、この preK-1 は紀伊集団では観察されなかった。

K-1 は前駆ハプロタイプ preK-1 より 6411 bp 中に一つの塩基置換(開始コドン

の変異)を得て生じた。このことから、サイト、年あたりの突然変異率 10−9 を

用いて開始コドンの変異を獲得するのに必要な時間を算出したところ、16 万年

となった(図 11)。これは 6411 bp という限られた塩基配列長により推定した値

であるため、過大評価になっている可能性がある。K-1 と preK-1 の配列の違い

を、より長い領域で確認することで、この 2 つのハプロタイプの分岐時間はよ

り短くなると考えられる。

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40

また、K-1 は紀伊集団で観察された 23 染色体で約 10 kbp にわたって全く同じ

配列であった。この結果に基づいて、集団中に生じた 1 つの配列が、約 10 kbp

にわたって全く変異を蓄積せずに、23 本まで拡がるのに要する時間 t を推定し

た。星形樹形図の元で拡がり、t 期間中、この樹形図が維持されているとすると、

全枝長は 23t 年となる。サイト、年あたりの突然変異率 10−9としたとき、配列長

10 kbp、23t 年間あたりの突然変異が起こる確率 λは 23t × 10−5となる。K-1 では

10 kbp 中に 23t 年の間に一つも変異を蓄積していなかった。この事象が 5 %以上

の確率で起きるときの t の範囲を、ポアソン分布を用いて算出したところ、t <

13,024 となった(図 11)。

以上のことから、PTC 苦味非感受性アリルは、前駆ハプロタイプから 16 万年

前以降の間に生じ、13,000 年よりも短い期間で紀伊集団中に拡がったというこ

とが明らかになった。

3.4.2. 紀伊集団の遺伝的特性

ニホンザルは近隣の集団と頻繁に移出入を行う移動度の高い集団であるため、

この種の繁殖構造は二次元飛び石構造(Kimura and Weiss 1964)をとり、遺伝的

多様性は遺伝子流動によって保たれていると考えられている(Nozawa 1982;

1991; 野澤 1991)。しかしながら、PTC 苦味非感受性アリル Mf-K は紀伊集団で

は 29 %の頻度を示しながら、他の地域集団では観察されなかった。こういった

傾向が、この座位に特有なものか、他の座位でも見られるものなのかはわから

ない。紀伊集団の一般的な遺伝的特性(遺伝的多様性や移動度)を把握するた

めに、紀伊集団および近隣 7 集団の非コード領域の配列解析を行った。

紀伊集団、近隣 7 集団において各集団 8 個体ずつ、中立領域 9 座位(座位あ

たりの平均配列長 725 bp)の配列を決定し、集団間での遺伝的特性を比較した

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41

(表 6)。全ての塩基配列はGenBankに登録した(アクセッション番号AB907231–

AB907287)。紀伊集団での塩基多様度 πの平均値は 0.076 %で、他の 7 集団での

平均値 0.087 ± 0.006 %と同程度の値を示した。紀伊集団の過去の個体数動態を調

べるために、それぞれの座位での Tajima’s D の値を推定したところ、IGS09 の座

位のみで有意に正の値を示したが、これは波勝以外のすべての集団でも同様の

傾向を示しているため、それぞれの集団に分岐する前の祖先集団から引き継い

でいる傾向であると考えられた。その他の 8 座位では 0 から有意に離れた値を

示す座位はなく、個体数の急激な増減は検出されなかった。

次に、集団間での移動度を把握するために、それぞれの集団において対他集

団の FST値(pairwise FST)を算出した(表 7)。紀伊集団における 9 座位での FST

平均値は 0.08で、他の 7集団における平均値 0.11 ± 0.01と同程度の値を示した。

集団あたり、年あたりの移動個体数を示す Nm 値は、1 以上を示す時、その集団

の集団分化程度は低い。特に、二次元飛び石構造を示す集団間において Nm 値が

4 以上になると、集団分化はなく全体の集団が一つの集団のようにふるまうと考

えられている(Kimura and Maruyama 1971)。紀伊集団における他の集団との Nm

値の平均値は 5.6 であり、これは紀伊集団と他の集団間で移出入が頻繁に起きて

いることを示唆している。また、非コード領域 9 座位において、8 つの集団間で

の共有、非共有ハプロタイプの割合を求めた(図 12)。特異的ハプロタイプの割

合は、波勝集団では 8 %であったが、その他の集団では 5 %以下に抑えられてい

た。紀伊集団でも、約 95 %のハプロタイプを他の集団と共有しており、特異的

ハプロタイプの割合は 5 %であった。以上の結果から、紀伊集団は他の集団から

遺伝的に孤立した集団ではなく、他の集団との間で十分に遺伝子の流入を維持

している集団であることが明らかになった。

同様に、TAS2R38 コーディング領域でも 8 つの集団間での共有、非共有ハプ

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42

ロタイプの割合を比較した。このように比較した時も、紀伊集団特異的アリル

Mf-K の 29 %という高頻度は突出していた。TAS2R38 の集団特異的ハプロタイプ

は他の集団でも存在しているが、これらの頻度は比較的低い(0.6-12 %)。この

ように、ある集団において集団特異的アリルが集団内で約 3 分の 1 もの頻度を

示すケースは非常に珍しく、この珍しいケースが紀伊集団の TAS2R38 座位で特

異的に起こっていたことは極めて興味深い。

3.4.3. 紀伊集団における Mf-Kアリルの急速な拡散

PTC 苦味非感受性アリル Mf-K は他の集団に流出することなく、紀伊集団内だ

けに 29 %の遺伝子頻度を示した。中立と仮定した場合、集団中に生じた変異型

が、集団外に流出せずに 29 %の頻度まで増えるかどうかをコンピューターシミ

ュレーションにより検証した。

はじめに、移出入がない(Nm=0)ときの、変異型が 29 %の頻度に達するまで

の時間を求めたところ、0.69 N 世代時間であった。この値は、Kimura and Ohta

1973 で提唱された式を用いて推測した値と一致しており、このシミュレーショ

ンの妥当性が示された。

次に実際に、他集団との移出入を Nm の移動度で起こさせて、変異型が 29 %

の頻度に達するまでのシミュレーションを 1000 回繰り返しておこなった。変異

型が 29 %の頻度に達するまでに一度も集団外に流出しない事象が 1000 回の反

復中に何回起こるかを調べ、この割合を、すべての変異型アリルが集団中にと

どまる確率としてグラフに示した(図 13)。その結果、紀伊集団のもつ移動度(Nm

= 5.6)において、頻度が 29 %まで拡がる間、Mf-K アリルがすべて集団中に留

まるという事象は有意に起こりえないということが判明した(P < 0.005)。すな

わち、紀伊集団における Mf-K アリルの拡散は、中立的ではなかった。

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43

拡散と滞留の関係を他のアリルと比較するため、Mf-M アリルでも同様にシミ

ュレーションを行い比較した(図 13)。Mf-M アリルは箕面集団特異的に観察さ

れ、頻度は Mf-K に次ぐ 12%であったため、比較の対象として有効であった。箕

面集団の持つ移動度(Nm = 2.1)において、頻度が 12 %まで拡がる間、Mf-M ア

リルはすべて集団中に留まるという事象は否定されなかった(P < 0.17)。つまり、

箕面集団における Mf-M アリルの拡散は、中立変異の単一分集団内での拡散とし

て説明できることを示した。

以上のように、Mf-K アリルの拡がりのみが、中立変異のふるまいとしては説

明することができなかった。これは、Mf-K アリルが、中立変異が集団中に拡散

するよりもはるかに短い期間に急速に集団中に拡散したことを示唆している。

このことから、このアリルの拡散には正の自然選択が働いていたことが推察さ

れた。集団間に移出入がないと仮定した場合、中立的なアリルが 29 %に拡がる

には 0.69N 世代時間要し、ニホンザルの有効集団サイズを 20,000(Nei 1977)、

世代時間を 6 年としたとき、84,000 年となる。TAS2R38 遺伝子周辺領域の解析

の際に求めた 13,000 年という値は 84,000 年よりも十分小さく、矛盾は生じない。

以上の結果から、Mf-K アリルは、このアリルが持つ苦味非感受性という機能差

に自然選択の影響が働いたことにより、紀伊集団で急速に拡がったという結論

が得られた。

3.5. 考察

3.5.1. 偽遺伝子化に働いた正の自然選択の発見

ニホンザル紀伊集団でみつかった TAS2R38 の機能喪失変異は、正の自然選択

の影響により集団中に拡散したことが明らかになった。つまり、第 2 章であげ

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44

た二つの仮説のうち、「非感受性アリルは正の自然選択の影響を受けて集団中に

拡がって維持されている」という仮説が支持された。本来であれば、デメリッ

トを被ることが予測される機能喪失変異が、より適応的に働き、機能を保持し

ている個体よりもメリットをもったことが示唆された。これは、「less is more」

仮説に合致する(Olson 1999)。こうした現象が、種内で多型的に存在する偽遺

伝子に働く例は珍しいが、ヒトでは数例報告されている(Satta 2011)。その中の

一つが、ケモカイン受容体 5(chemokine receptor 5、CCR5)の遺伝子領域中に生

じた 32 塩基欠失変異である(Samson et al. 1996)。この欠失変異を持つ人はヒト

免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus, HIV)に対する抵抗性をもち、

持たない人に比べてより生存する可能性が高い。この変異はここ数千年間の間

に拡がったことが推測されている(Stephens et al. 1998)。ほかにも、DUFFY 抗

原遺伝子の偽遺伝子化とマラリア感染抵抗性や(Tournamille et al. 1995)、タンパ

ク質分解酵素の一種である Caspase12 遺伝子の偽遺伝子化と敗血症抵抗性(Xue

et al. 2006)の例が報告されている。この「less is more」現象はヒト以外の動物種

では報告されておらず、本研究は、この現象をヒト以外の動物種で初めて発見

した重要な研究である。

3.5.2. PTC苦味感受性変異に働いた正の自然選択の要因

TAS2R38 の機能喪失変異が紀伊集団中で、正の自然選択の影響で短期間に急

速に拡散した過程にはどのような背景があったのだろうか。TAS2R38 遺伝子周

辺領域の解析から、この非感受性アリルは、13,000 年前以降に紀伊集団で生じ、

その後短期間に集団中に拡がったことが示唆された。この値は最大に見積もっ

た値であるため、実際は数百~数千年前である可能性も考えられる。PTC 非感受

性アリルは、ヒトやチンパンジーでも見つかっており、生じた年代はそれぞれ

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160–30 万年前、50 万年前以降となっている。ニホンザルでは完新世、ヒトでは

更新世、チンパンジーでは更新世以降となり、ニホンザルのみ年代が大きく異

なっていることから、ニホンザルで感受性変異が拡がった背景は他 2 種と同じ

ものであるとは考えにくい。

ニホンザルでは、日本の中でも紀伊地方のみで非感受性アリルが見られたこ

とから、この地域特有のニホンザルの食性や、生息環境が関わっていることが

示唆された。日本ではこの時期は縄文時代~弥生時代にあたり、稲作や農耕な

どが始まり、盛んにおこなわれるようになった時期であるため、人々の生活を

考慮する必要がある。TAS2R38 が受容する天然の苦味物質はアブラナ科の植物

や柑橘類に含まれており、ニホンザルはこれらの植物を採食する。ヒトでは、

PTC 非感受性アリルをホモ接合でもつ個体(AVI/AVI 型)は、感受性アリルをホ

モ接合でもつ個体(PAV/PAV 型)に比べて、アブラナ科の野菜に含まれる苦味

物質の苦味を感じにくく、ヘテロ接合個体では両者の中間的な感受性であるこ

とが報告されている(Sandell and Breslin 2006)。ニホンザルでは TAS2R38 の遺伝

子型に基づいて、PTC に対する感受性も 3 タイプにわかれていたため、アブラ

ナ科の植物の苦味に対してもヒトと同様な傾向がみられると考えられる。柑橘

類に含まれる苦味物質に対する感受性に対してはどのような傾向がみられるか

明らかにはなっていないが、アブラナ科の植物同様に、TAS2R38 の遺伝子型が

柑橘類の植物に対する採食行動に影響を与えている可能性が考えられる。ミカ

ンなどの柑橘類、キャベツ、ダイコンなどのアブラナ科は、どちらも現在、日

本で農業により盛んに生産されている植物である。日本で最初の柑橘類の植物

種は、タチバナ(Citrus tachibana)であり、2800 年前頃から日本に自生してお

り、原産地は紀伊半島だと考えられている(岩堀、門屋 1990; Hirai et al. 1990)。

アブラナ科の植物のうち、ダイコンやカブは弥生時代頃にはすでに日本で栽培

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46

されており、キャベツも江戸時代末期頃に日本に渡来したと考えられている(日

向 1998)。このように、TAS2R38 が受容する苦味物質を含む植物は、数百年か

ら数千年の間に人が農業活動により拡散させており、これらの植物の拡散がニ

ホンザルでの非感受性アリルの拡散と深く関わる可能性が考えられた。つまり、

TAS2R38 が受容する苦味物質を含む植物の急激な増加が起き、これらの苦味物

質の苦味を感じにくく、積極的に採食できる個体が有利になり、非感受性アリ

ルが急速に増加した可能性が考えられる。以上のように、一つ目の可能性とし

ては苦味低感受性の個体が積極的に食べられる植物の急激な増加があげられた。

次に二つ目の可能性として、環境変化等による採食食物の急激な減少が考え

られた。非感受性アリルが見つかった紀伊集団が生息する紀伊半島には 400-600

年の間隔で、大規模な津波が襲来している(Shishikura 2013)。2004 年に生じた

スマトラ沖大地震の際の報告では、インドのカニクイザル(Macaca fascicularis)

の生息地にも大規模な津波が襲来し、生息地の植物を一掃したが、サルの個体

数自体には影響を与えなかったとされている(Sivakumar 2010)。非コード領域

の解析から、紀伊集団では、過去の急激な個体数の減少の証拠は得られなかっ

た。しかしながら、過去の大津波による劇的な植生の変化はニホンザルの採食

に大きな影響を与え、特定の苦味物質に対して低感受性をもつ個体は、他の個

体に比べて採食可能植物が多く、生存上有利になり、変異アリルが急速に増加

したという可能性も考えられる。

本研究で、ニホンザルの紀伊集団において TAS2R38 の適応的な変化が起きた

ことを明らかにした。TAS2R38 はアブラナ科や柑橘類の植物に含まれる苦味物

質を受容する。本遺伝子の変化によりこれらの植物の苦味を感じにくくなるこ

とがニホンザルの環境適応を醸成し、このアリルが紀伊集団に急速に拡がる要

因になったと推察された。

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47

4. 総合考察

4.1. 研究全体の要約と意義

本研究ではまず、野生動物であるニホンザルの苦味感覚の種内多様性を明ら

かにするために、17地域由来 597個体のニホンザルのTAS2R38配列を決定した。

その結果、17 地域の中で紀伊地方に生息する集団のみで、開始コドンに変異を

もつアリル Mf-K を発見した。培養細胞に TAS2R38 を発現させた受容体機能解

析実験および、Mf-K アリルをホモ接合でもつ個体に対する行動実験から、この

Mf-K アリルでは苦味感受性が低下していることを明らかにした。TAS2R38 は人

工苦味物質 PTC やアブラナ科、柑橘類に含まれる苦味物質を受容する。以上の

ように、ニホンザルの紀伊集団で TAS2R38 の変異により PTC の苦味がわからな

いサルがいるということを発見した。この非感受性アリル Mf-K は紀伊集団のみ

に存在し、集団中では 3 割の頻度を示した。特定の地域のみでみられた地域特

異的アリルが、3 割もの頻度をもつ例はほかには観察されていない。したがって、

このアリルの拡散には適応的な要因があることが推測されたが、TAS2R38 の遺

伝子領域のみからは、判断することができなかった。

Mf-K アリルが集団中に高頻度に拡散した背景を探るために、紀伊集団全 40

個体の TAS2R38 周辺領域 10 kbp の配列決定、紀伊集団および近隣 7 集団の非コ

ード領域解析、アリル拡散のシミュレーション解析を行った。その結果、非感

受性アリル Mf-K は 13,000 年よりも短い期間で、正の自然選択の影響を受けて、

紀伊集団に急速に拡散したことが示唆された。TAS2R38 はアブラナ科や柑橘類

の植物に含まれる苦味物質を受容する。これらの植物の苦味を感じにくくなる

ことがニホンザルの環境適応を醸成し、このアリルが紀伊集団に拡がる要因に

なったと推察された。

本研究では、遺伝子配列の違いにとどまらず、苦味受容体の機能差、個体の

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示す行動の違いまで詳細に調べ、遺伝子変異の影響を行動レベルの違いにまで

結び付けることを可能とした。これまでいろいろな動物において多くの遺伝子

や行動の解析が行われてきたが、遺伝子と行動が直接的に結びついている例を

示した研究はそれほど多くない。また、種内での苦味受容体遺伝子の適応的な

進化については、ヒトにおいていくつか報告されているが(Soranzo et al. 2005;

Wooding et al. 2004)、野生動物においては研究例がない。本研究において、初め

て、野生ニホンザルにおける苦味受容体遺伝子の適応的な進化を明らかにした。

さらに、今回明らかにした適応的な変化は、新たな機能の獲得ではなく、本来

持っていた機能を喪失するという変化であった。これは Olson(1999)が提唱し

た「less is more」という現象が野生ニホンザルにおいても生じていたことを発見

したことになる。この点においてもニホンザルの進化における新たな事象を追

加したことになり、ニホンザル研究を深化させる意義深い研究となった。

4.2. ニホンザル各集団および紀伊集団の集団背景

本研究で用いたニホンザル 17 集団には、長年飼育下にある単一群や、野生下

の複数群由来の個体をプールして一つの集団として扱った集団が含まれる(表

1)。単一群と複数群のプール集団といった試料の性質が異なるものを用いたた

め、両者の間で遺伝的多様性に差異がみられることが推測された。単一群と複

数群由来の集団でそれぞれの塩基多様度 πの平均値を算出したところ、TAS2R38

コーディング領域(表 5)では、単一群由来 11 集団では 0.094 ± 0.02 %、複数群

由来 6 集団では 0.130 ± 0.03 %となり、複数群由来集団の方が高い傾向が見られ

たが、有意な差ではなかった(P = 0.39、Wilcoxon の順位和検定)。非コード領

域では、単一群由来 6 集団では 0.084 ± 0.007 %、複数群由来 2 集団では 0.091 ±

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0.01 %となり同程度の値を示した。そのため、第 2 章で示した TAS2R38 の遺伝

的多様度の比較、第 3 章で示した非コード領域から算出した分化度や移動度を

用いた進化的な解析のどちらの結果に対しても集団の由来の差異による影響は

考えにくく、結果の妥当性は保たれていると考えられる。

また、本研究で主に扱った紀伊集団は、過去に、20 年間で 9 倍以上の個体数

増加を経験している。そのため、PTC 苦味非感受性アリルはこの個体数増加の

影響をうけて集団中に急速に拡がった可能性が考えられた。この個体数増加が

PTC 非感受性アリルの拡散に影響を与えていたかどうかをいくつかの方法で検

証した。まず、TAS2R38 領域以外のゲノム上に急激な個体数増加の痕跡がある

かどうかを調べたが、第 3 章で示したように非コード領域の解析からは、急激

な個体数の増加の証拠は得られなかった(表 6)。急激な個体数増加が生じた場

合、集団の遺伝的多様度は、他の個体数変動を経験していない集団に比べて低

くなることが予測される。非コード領域 9 座位では紀伊集団は他の 7 集団と同

程度の塩基多様度を示し、さらに、ゲノムワイドな大規模解析(~7 Mbp)から

も紀伊集団の遺伝的多様性がその他の集団と比べて低いという結果は得られな

かった(辰本・郷 私信)。次に、TAS2R38 コーディング領域のデータを用いて

検証した。急激な個体数増加の際の、繁殖オスによる非感受性アリルの拡散の

影響を考慮するために、ハーディー・ワインベルグ検定を行ったが、現在のデ

ータセットでは、任意交配でないという証拠は得られなかった。また、紀伊集

団 35 個体(全 40 個体のうち 5 個体は年齢不明)での年齢クラスごとの非感受

性アリルの分布を調べた(表 8)。サンプリングを行った 2009 年当時の推定年齢

で、1 歳から 3 歳のコドモ群 25 個体、4 歳から 6 歳までのワカモノ群 10 個体に

分けて比較したところ、アリル、遺伝子型のどちらで比較した場合でも両者に

有意な差はみられなかった。限られた年齢群の情報のみで、群間の個体数差も

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50

大きいが、現在のデータセットでは非感受性アリルは年齢ごとに偏りなく存在

することが推察された。

本研究の解析には単一群 40 個体をもちいたが、解析した群の周辺地域(半径

約 20km)に生息するニホンザル 22 個体の試料を得ることができたため、この

サンプルでも TAS2R38 の配列決定を行った。その結果、22 個体中 3 個体は非感

受性アリル Mf-K のヘテロ接合個体であり、頻度は低いが、周辺群にも Mf-K ア

リルが流出していた。3 個体のうち 1 個体はオスであったため、この個体が周辺

地域の Mf-K アリル拡散に貢献したかもしれない。以上のように様々な検討を行

ったが、ニホンザル PTC 非感受性アリルは正の自然選択の影響を受けて急速に

拡がったという本研究の結論を否定するような証拠は得られなかった。

4.3. ニホンザルの遺伝的多様性把握としての本研究の重要性

本研究は、TAS2R38 の機能差の発見だけでなく、ニホンザルの各集団および

ニホンザル全体での遺伝的多様性の把握という点でも大変重要な役割を持つ。

ニホンザルを対象にした集団遺伝学的な解析には、電気泳動法による血液タン

パク質を解析した研究があげられる(野澤 1991)。この研究では日本全国、38

地域集団、3409 個体のニホンザルを対象に、血液タンパク質 32 座位の解析が行

われた。塩基配列解読技術が進歩した後、特定の地域集団に着目した研究や

(Hayaishi and Kawamoto 2006; Kawamoto et al. 2008)、様々な集団で一個体のみ

解析して比較した研究はあるが(Kawamoto et al. 2007)、集団内、集団間での比

較はほとんど行われてこなかった。そのため、塩基配列レベルでのニホンザル

集団の遺伝的多様性は明らかになっていなかった。本研究では、苦味受容体遺

伝子 TAS2R38 座位について、17 地域集団、597 個体の配列を決定し、また非コ

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ード領域 9 座位について、8 地域集団 64 個体の配列を決定した。ニホンザルの

遺伝的多様性を把握することは、日本の固有種であるニホンザルの個体数管理

の上でも大変重要である。以下に、本研究で明らかになったニホンザルの遺伝

的特性を先行研究(野澤 1991)と比較しながら示す。

血液タンパク質の解析で示されたニホンザルの遺伝的特性の一つ目として、

ニホンザルは他の種に比べて低変異性であることがあげられた。TAS2R38 にお

ける塩基多様度 πはヒトでは 0.15 %(Kim et al. 2005)、チンパンジーではニシチ

ンパンジーでは 0.055 %、ヒガシチンパンジーでは 0.071 %であった(Hayakawa et

al. 2012)。本研究のアカゲザル 54 個体では 0.236 %で、ニホンザルでは、各集団

では 0-0.247 %と様々な値を示し、ニホンザル全体の平均値としては 0.142%であ

った(表 5)。TAS2R38 では、ニホンザルが、ヒトやチンパンジー、アカゲザル

に比べて極端に低変異性であるという傾向は認められなかった。これは、

TAS2R38 に対してそれぞれの種で異なる選択圧が働いており、こういった選択

圧の影響が関係している可能性がある。一方で、非コード領域では 8 集団 9 座

位のみの値ではあるが、平均値は 0.085 %であった。本研究で解析した 9 座位を

含む 27 座位の非コード領域の解析を行った先行研究では、カニクイザルで

0.352%、アカゲザルで 0.277 %であり、非コード領域では他のマカクザルに比べ

て低い変異性を示した(Osada et al. 2010)。

先行研究で示された二つ目の遺伝的特性としては、変異型は種全体に均等に

分布せず、特定の地域に集中してあらわれる傾向があげられた。しかし、この

変異型は一つの群れに特異的にみられる場合は少なく、変異型は隣接した複数

の群れで共有されていることが示されている。本研究でも同様の傾向が見られ、

変異型アリルは複数の地域で共有されている場合が多く、地域特異的に存在し

ている場合、頻度はとても低かった。PTC 苦味非感受性アリル Mf-K が見つかっ

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52

た紀伊集団は、紀伊半島の西部に位置しており、同じ紀伊半島の東部に位置す

る三重集団と比較することで、Mf-K の存在意義を明確にする助けになると考え

られる。そのため三重集団においても TAS2R38 および非コード領域の解析を行

った。非コード領域 9 座位の FST値は 0.02 ととても低く、両者の集団間で頻繁

に遺伝的交流が起きていることを示唆した。また、TAS2R38 においても紀伊集

団で観察された 6 種類のアリルのうち、Mf-K アリル以外の 5 つのアリルを共有

しており、うち、2 つのアリルは紀伊、三重集団のみで観察されたアリルである。

このように、TAS2R38 でも先行研究と同様に、変異型が近隣集団で共有されて

いる傾向が見られた。しかしながら、Mf-K アリルのみ、先行研究の傾向から大

きく逸脱しており、このアリルの特殊性が示された。

また、本研究では、紀伊集団 40 個体について、TAS2R38 の遺伝子領域を含む

約 10 kbp 配列長の塩基配列を決定した。TAS2R38 上流領域では遺伝子組換えが

起きていることが示唆されたため、ネットワーク解析には用いなかったが、こ

の領域中(3820 bp)の塩基多様度 πは 0.50 %となっており、下流領域(0.055 %)

や非コード領域(0.076 %)よりも 10 倍ほど高い値で、極めて高い多様性を示し

た(図 9)。この 3820 bp の領域のハプロタイプは、(1)A-1、(2)A-2、B-1、J-1、

Q-1、(3)A-3~A-7、B-2、F-1、K-1 の 3 つのグループに分けられた。紀伊集団 40

個体 80 染色体中、それぞれのグループでのハプロタイプ数は(1)が 15、(2)

が 28、(3)が 37 となっており、どのグループでも同程度の数を示した。それぞ

れのグループ間での分岐年代を推定すると、比較のためのどの組み合わせセッ

トでも約 300 万年前という分岐年代を示した。これはニホンザルとアカゲザル

の分岐年代の 31-88 万年前という値を大きく上回る。つまりニホンザル種内で種

間レベル以上の多様性をもつ領域を発見した。これらの多様性はマカクの共通

祖先からマカク全体で共有している可能性が示唆される。本研究では、TAS2R38

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の遺伝子領域のみを扱ってきたが、この TAS2R38 上流領域では TAS2R38 の発現

制御やその他の機能を持ち、マカク全体でこの領域での多様性を維持してきた

のかもしれない。

他にも、Mf-K アリルの前駆ハプロタイプである preK-1 は紀伊集団や近隣集団

には存在しておらず、地獄谷、波勝集団で見つかった。このことから、紀伊集

団は地獄谷、波勝集団と地理的には離れているが、過去には遺伝的交流があっ

たことが示唆された。ミトコンドリア DNA の解析でも、紀伊半島のニホンザル

は近畿地方の近隣集団とは遺伝的分化傾向があることが示されている

(Kawamoto et al. 2007)。preK-1 ハプロタイプ自体は TAS2R38 コーディング領域

では Mf-B と同じアリルであり機能をもつが、紀伊地方に入ったあとに、開始コ

ドンに変異を獲得した K-1(Mf-K)アリルのみ紀伊集団で拡散し、preK-1 は遺伝

的浮動により紀伊地方では消失した可能性が考えられる。

4.4. 霊長類における TAS2R38種内変異の要因

本研究では、先行研究の、ヒト、チンパンジーに続いて、ニホンザルで TAS2R38

変異により PTC 非感受性個体が存在することを明らかにした。先に述べたよう

に、TAS2R38 は霊長類の進化の過程で長い間保存的であった。TAS2R38 は天然

の苦味物質としてグルコシノレートやリモニンを受容する。グルコシノレート

を含むアブラナ科の植物は 3700 以上もの種に分岐しており、高度に繁栄した多

様性の高い分類群で、世界に広く分布する。リモニンを含む柑橘類の植物も世

界の 140 か国以上に広く分布している(Liu et al. 2012)。そのため霊長類の進化

の過程で、これらの植物に触れる機会が多く、重要な栄養源であったため、

TAS2R38 の苦味を受容する機能が維持されてきたことが示唆される。

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54

一方で、ヒトでは更新世、チンパンジーでは更新世以降、ニホンザルでは完

新世に、TAS2R38 の非感受性アリルが生じたことが示された。現生の種内で非

感受性アリルが生じて維持されていることは、遺伝子進化と生物の進化を追求

する糸口としてとても興味深い。チンパンジーはニシチンパンジーのみ、ニホ

ンザルでは日本の中でも紀伊地方に限定的に非感受性アリルが存在しているが、

ヒトでは世界の各地に非感受性アリルが分布し、その頻度は地域ごとに様々で

ある(Wooding et al. 2004)。ヒトでは、感受性、非感受性アリルのどちらのア

リルも保存しようとする平衡選択が働き、非感受性アリルも維持されてきたと

考えられている。非感受性アリルは PTC に対して反応性を示さないが、完全長

の受容体を形成しているため、感受性アリルとは別の苦味物質を受容している

可能性が示唆されており、これによりどちらのアリルも維持されてきたことが

推察されている(Wooding et al. 2004)。また、関連物質がヒトの疾患との関連も

示唆されており、感受性、非感受性の両アリルの存在の重要性が指摘されてい

る。例えば、TAS2R38 が受容するグルコシノレートは、細胞内に内在するミロ

シナーゼにより加水分解されると、イソチオシアネートやニトリル、チオシア

ネートといった化合物や、さらにはそれらの派生物であるゴイトリンなどの物

質も産生する(Bones and Rossiter 1996)。ゴイトリンは、甲状腺でのヨウ素の

取り込みを阻害して甲状腺ホルモンの合成を阻害するため、ヨウ素摂取量の少

ない地域では、甲状腺腫などの病気を起こすリスクがあると考えられている。

そのためゴイトリンを感じられないことは生存活動に大きな影響をもつが、一

方で、イソチオシアネートは抗がん性をもち、生命に有利な役割ももつ。この

ような事象が、ヒトで TAS2R38 の感受性、非感受性アリルが平衡選択により維

持されていることと関わっている可能性が考えられている。

チンパンジーやニホンザルでみられた非感受性アリルは偽遺伝子化により

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TAS2R38 自体を失っていると考えられるため、ヒトの場合のような新規の受容

体としての役割の獲得は考えにくい。まだ明確な証拠は得られてはいないが、

ニシチンパンジー亜種内で非感受性アリルが拡がったメカニズムとして、正の

自然選択の可能性が指摘されている(Hayakawa et al. 2012)。これまでの研究で

発見されたニホンザルおよびニシチンパンジーの苦味受容体非感受性アリルが

それぞれの生息地域において独自に正の自然選択によって集団内に拡がってい

たとすると、環境適応のメカニズムを考える上で実に興味深い。どちらの種で

も、TAS2R38 が本来持つ機能を喪失するというデメリットよりも、喪失により

得られるメリットの方が大きかったことが予測される。この背景には、ニホン

ザルで指摘したような、TAS2R38 が受容する苦味物質を含む植物の急激な増加

などの影響があったと考えられる。

チンパンジーとニホンザル以外の霊長類種でも PTC を用いた行動実験から、

非感受性個体が存在することが示唆されている(Chiarelli 1963)。これらの種の

遺伝子配列は調べられていないため、遺伝的背景は明らかになっていないが、

他の種でも TAS2R38の変異により PTC非感受性個体が存在している可能性があ

る。これらの遺伝的背景、種内での多様性、個体の示す行動などを明らかにす

ることで、霊長類の複数の種内でみられた TAS2R38 非感受性個体の進化的な背

景が明らかになると考えられる。

また、TAS2R38 は遺伝子の多様性だけでなく、近年では、そのタンパク質構

造や受容体のリガンド結合サイトに関する研究も広く行われている(Biarnes et

al. 2010; Floriano et al. 2006; Marchiori et al. 2013)。本研究では開始コドンの変異

による偽遺伝子化のみに着目したが、他のアミノ酸の変異も受容体の活性を変

化させている可能性がある。そのため、これらの情報も、今後、TAS2R38 の霊

長類での多様性を明らかにするうえで役立つと考えられる。

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56

4.5. 今後の研究の展望

本研究では、ニホンザルで生じた TAS2R38 の偽遺伝子化による苦味感受性変

異は、紀伊集団で適応的に拡がったことを示した。考察において、アブラナ科

や柑橘類といった植物の急激な増加や、津波による採食植物の劇的な減少を、

この苦味非感受性アリルの拡散の背景として挙げたが、実際、どういった要因

が直接的に関係していたかは明らかになっていない。苦味非感受性アリルをも

つ紀伊集団のニホンザルは現在、京都大学霊長類研究所で飼育されている。そ

のため今後は、これらの個体にアブラナ科や柑橘類の植物を与えて、彼らの採

食行動を長期的に観察することが可能である。これまでに、個別ケージで飼育

されているニホンザルに対して、ミカンやタチバナの果実を与える予備的な実

験を行った。比較的大きい果実では皮をむき、種を除いて食べていたのに対し

て、2-4 cm 程度のタチバナにおいては、皮を向かずにそのまま果実全体を口の

中に入れて食する傾向が見られた。リモニンは果実の果肉よりも皮や種に多く

含まれている。そのため、日本に昔から自生していたタチバナのような小さい

果実では、皮を向いて食べる他の果実よりも、よりリモニンの苦味を強く感じ

る可能性が高い。そのため、このような小さい果実の採食の際に、PTC 非感受

性個体は苦味を感じることなく食することができる利点を持っている可能性が

推察される。またタチバナは、果実は小さいが、中には 5~6 個の種子を含んで

いるため、もしかすると苦味非感受性のニホンザルはタチバナの種子散布にも

貢献していたかもしれない。他の環境要因についても十分に考慮に入れる必要

があるが、今後、ニホンザルにおける PTC 非感受性アリルの拡散背景を考える

うえで、こういった小さい果実に対する採食行動は一つの手がかりになる可能

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57

性がある。

また、本研究では研究の出発点として TAS2R の中でも、TAS2R38 のみに着目

して多様性解析を行ったため、他の TAS2R の多様性については明らかにできて

いない。ニホンザルの採食行動と TAS2R の関係性についてより詳細に調べるに

は他の TAS2R の解析も行う必要がある。そうすることで、ニホンザルの苦味感

覚全体を把握し、受容体の多様性と採食行動の関連を議論することが可能にな

ると考えられる。ヒトの種内での全 TAS2R の多様性解析から、ヒトで TAS2R の

多様性が高い理由として、二つの仮説が提唱されている。第一は、多岐にわた

る苦味物質を認識できるように適応的に多様化したという説で、第二は火を用

いた調理の獲得による毒性忌避としての味覚への依存度の減少が選択圧を緩和

して TAS2R を多様化させたという説である。チンパンジーよりも人に遠縁なニ

ホンザルで種内の全 TAS2R の多様性解析をすることで、調理をせず、より生息

環境に根付いて採食を行っているニホンザルにおける TAS2R の進化的背景が明

らかになると考えられる。さらには、アウトグループとしてのニホンザルでの

TAS2R の進化的背景を明らかにすることで、上にあげた、ヒトの TAS2R の進化

的背景がより詳細になることが期待される。

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6. 表と図

表 1. 本研究で解析を行ったニホンザルおよびアカゲザル

出生時 サンプリング時

下北 野生 野生 複数群 血液 83

金華山 野生 野生 単一群 DNA 9

沼田 野生 野生 複数群 組織 20

高浜 飼育 飼育 単一群 血液 27

地獄谷 野生 飼育 単一群 血液 40

波勝 飼育 飼育 単一群 血液 15

岡崎 野生 野生 単一群 組織 4

三重 野生 野生 複数群 血液 78

滋賀 野生 飼育 複数群 血液 37

嵐山 飼育 飼育 単一群 血液 29

箕面 野生 飼育 単一群 血液 41

紀伊 野生 飼育 単一群 血液 40

若桜 飼育 飼育 単一群 血液 41

小豆島 飼育 飼育 単一群 血液 11

香美 野生 野生 複数群 組織 12

高岡 野生 野生 複数群 組織 29

幸島 野生 野生 単一群 血液 81

全個体 597

中国 飼育下 飼育下 単一群 血液 27

インド 飼育下 飼育下 単一群 血液 27

全個体 54

個体数

ニホンザル

アカゲザル

生育環境集団名 試料の由来 試料

68

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表 2. 本研究で使用したプライマー配列および反応条件

座位名 使用目的 アカゲザルゲノム番地 プライマー名 配列 プライマー名 配列アニーリング温度

PCR chr3:179,407,166-179,408,167 Mm-TAS2R38-F 5'-GCCAACTAGAGAAGAGAAGTAGA-3' Mm-TAS2R38-R 5'-GACTCACAGGCGTATTAAGG-3' 56 ºC

Seq Mm-TAS2R38_inner-F 5'-CAGCCTGCTCTACTGCTCCAA-3' Mm-TAS2R38_inner-R 5'-AGTCTGCCAAAAAAGCACCAAA-3' -

PCR chr3:179,407,123-179,413,514 TAS2R38_5'-flanking-F 5'-TGTCTCGCTGTTCTAGGAAT-3' Mm-TAS2R38-R 5'-GACTCACAGGCGTATTAAGG-3' 60 ºC

Seq chr3-179408908-F 5'-CTTCATGACCCAGTGCTAGT-3' chr3-179408140-R 5'-CAGTGCAGACGTGAGTTAGA-3' -

Seq chr3-179409668-F 5'-TTGGAGTCTCTGTGCCTACT-3' chr3-179408769-R 5'-GTTCCTTTCCATGTGTCAGT-3' -

Seq chr3-179410245-F 5'-GCAAGGGATACGATTCATAG-3' chr3-179409440-R 5'-GTTTCCCAATTCCCTTACTC-3' -

Seq chr3-179410964-F 5'-TAGCCTGAATTTTTCCAGAG-3' chr3-179410226-R 5'-CTATGAATCGTATCCCTTGC-3' -

Seq chr3-179411606-F 5'-GACTGGGTGAGGAATATCAA-3' chr3-179410873-R 5'-TGGCCTTCCAATATTTCTAA-3' -

Seq chr3-179412332-F 5'-TCTGACTCCCAGGTTCATAC-3' chr3-179411582-R 5'-TGCTCTTGATATTCCTCACC-3' -

Seq chr3-179412873-F 5'-CTGTCAAGCTAACGAAGACC-3' chr3-179412183-R 5'-TTCAGTAATCGAGACCATCC-3' -

PCR chr3:179,402,038-179,408,214 Mm-TAS2R38-F 5'-GCCAACTAGAGAAGAGAAGTAGA-3' TAS2R38_5'-flanking-R 5'-CAAGAAATCTGCCCTCATAG-3' 61 ºC

Seq chr3-179407176-F 5'-CACTGTGCTGAGAATGGATA-3' chr3-179406340-R 5'-GAGAATGCCAAATCTCTACAA-3' -

Seq chr3-179406474-F 5'-GTGTGGACTTTCTGGCTATG-3' chr3-179405808-R 5'-GGGCATCTAGAAGAGTGGAT-3' -

Seq chr3-179405797-F 5'-GAGATGGAGCATCTTTTCAT-3' chr3-179405141-R 5'-ACAACTTAATGTAAAACAGTTGTG-3' -

Seq chr3-179404909-F 5'-TACAATGCTTGTGCTTTTTG-3' chr3-179405010-R 5'-CAATGCATATATCAGACAAAGG-3' -

Seq chr3-179404567-F 5'-TTTGGATTATGGTAGATTACTGG-3' chr3-179404589-R 5'-TGGACAAATAGATCACTGGA-3' -

Seq chr3-179404018-F 5'-TCAGATGTAAAAAGCCCATT-3' chr3-179404189-R 5'-GGGCATATGTATGGAGAAAG-3' -

Seq chr3-179403523-F 5'-TTCATGAAGGTTTGCTTTTT-3' chr3-179403269-R 5'-TTGATGAATCACTGGCTAGA-3' -

Seq chr3-179403082-F 5'-CTTTACGTTTCCTGCTCAAC-3' chr3-179402324-R 5'-TACAGCAATGCAAGAATGAC-3' -

IGS03* chr2:5,175,371-5,176,134 Mm-IGS03-F 5'-TGCTCTACCTGTGCGAATTG-3' Mm-IGS03-R 5'-ATGAATTGTTCACCCCCAAA-3' 60 ºC

IGS05* chr3:14,376,060-14,376,727 Mm-IGS05-F 5'-TGGCAGCCAGTCTTCTCTTT-3' Mm-IGS05-R 5'-CACCTAGGGCCACACTGAAT-3' 60 ºC

IGS09* chr4:141,712,948-141,713,707 Mm-IGS09-F 5'-TCCTTCTTCCAACAGACCAGA-3' Mm-IGS09-R 5'-CCACCAGGCTCCTCTCATTA-3' 60 ºC

IGS13* chr7:101,026,368-101,027,162 Mm-IGS13-F 5'-CCGGTGCAGCTAATGTCTTT-3' Mm-IGS13-R 5'-TGGCCATGTAATGAGTTCCA-3' 60 ºC

IGS15* chr8:98,384,350-98,385,056 Mm-IGS15-F 5'-TGGTTTTGACAGGTGACTGC-3' Mm-IGS15-R 5'-ATGGTGACTCACTGCTTGGA-3' 60 ºC

IGS19* chr10:71,411,234-71,411,886 Mm-IGS19-F 5'-AGATGTGAGCCTGAGCCTGT-3' Mm-IGS19-R 5'-GCTGAAGCAGAACCCAGAAC-3' 60 ºC

IGS21* chr11:99,301,129-99,301,881 Mm-IGS21-F 5'-GGGAACTGTCCTGATTGCAT-3' Mm-IGS21-R 5'-CCCCTTCATCTTCCTCCTTC-3' 60 ºC

IGS25* chr16:26,856,824-26,857,539 Mm-IGS25-F 5'-GCCATAAAGCACACTGCTCA-3' Mm-IGS25-R 5'-CATTCAGCTTTTGCAGTGGA-3' 60 ºC

IGS27* chr20:17,422,254-17,422,968 Mm-IGS27-F 5'-GGGGTAGAGGGAACATGGAT-3' Mm-IGS27-R 5'-GGGGTTCTTTTGGGGTATGT-3' 60 ºC

*IGS座位はOsada et al (2010) から引用した座位で、プライマーも同じものを用いた。

順行性プライマー 逆行性プライマー

TAS2R38_5'-

flanking

TAS2R38_3'-

flanking

PCR

and Seq

TAS2R38

69

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表 3. ニホンザルおよびアカゲザルのTAS2R38アリル

T2C T9G C10GG19AG164T,CG191A C243T T349C G368A G607A G704A C736T T812C G886A C930G A959C C969T C972T C992T

M1T T3T L4V V7I C55F,S R64Q F81F Y117H R123H V203I R235H L246F I271T V296I T310T K320T A323A D324D T331I

ヒヒ T T C A G G C T A G G C T G C A C C C N 頻度(%)Mf-A T T C G G G C T G A G C T G C A C C C 519 43.47Mf-B . . . . . . . . . . . . C . . . . . . 373 31.24Mf-C . . . . . . . . . G . . . A . . . . . 77 6.45Mf-D . . G . . . . . . . . . . . . . . . . 19 1.59Mf-E . . G . . . . . . G . . . A . . . . . 25 2.09Mf-F . . G A . . . . . G . . . A . . . . . 29 2.43Mf-G . . . . . . T . . G . . . A . . . . . 10 0.84Mf-H . . G . . . . C . G A . . A . . . . . 15 1.26Mf-I . . . . . . . . . . . . . . . . T . . 21 1.76Mf-J . . . . . . . . A . . . . . . . . . . 8 0.67Mf-K C . . . . . . . . . . . C . . . . . . 23 1.93Mf-L . . G A . . . . . . . . . . . . . . . 17 1.42Mf-M . . . . T . . . . . . . . . . . . . . 10 0.84Mf-N . G . . . . . . . . . . C . . . . . . 4 0.34Mf-O . . . . . . . . . . . . C . . C . . . 33 2.76Mf-P . . G A . . . . . . . . C . . . . . . 2 0.17Mf-Q . . . . . A . . . . . . . . . . . . . 3 0.25Mf-R . G . . . . . . . G . . . A . . . . . 4 0.34Mf-S . . . A . . . . . G . . . A . . . . . 1 0.08Mf-T . . G . . . . C . G . . . A . . . . . 1 0.08Mm-a . . . . . . . . . G . . . . . . . . . 13 12.04Mm-b . . . . . . . . . G . . . . . . . T T 39 36.11Mm-d . . . A . . . . . G . . . . . . . . . 11 10.19Mm-f . . . . . . . . . G . T . . . . . T T 4 3.70Mm-g . . . A C . . . . G . . . . . . . . . 9 8.33Mm-i . . . A . . . . . . . . . . . . . T T 18 16.67Mm-j . . . A C . . . . G . . . . G . . . . 6 5.56Mm-k . . . A . . . . . G . . . . G . . . . 4 3.70Mm-l . . . . . . . . . G . . . . G . . . . 3 2.78

Mm-m . . . . . . . . . G . . . . G . . . . 1 0.93

ニホンザル

アカゲザル

塩基置換

アミノ酸置換

70

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表 4. ニホンザル各集団におけるTAS2R38アリル分布

アリル

グループa 下北 金華山 沼田 高浜 地獄谷 波勝 岡崎 三重 滋賀 嵐山 箕面 紀伊 若桜 小豆島 香美 高岡 幸島 計

Mf-A (1) 84 0 3 26 24 15 2 84 31 42 62 32 21 2 3 0 88 519

Mf-B (1) 49 18 32 10 47 14 4 23 16 13 3 17 25 20 11 50 21 373

Mf-C (3) 0 0 0 6 1 1 0 14 8 0 3 0 1 0 1 0 42 77

Mf-D (3) 1 0 0 1 0 0 0 0 5 0 0 0 12 0 0 0 0 19

Mf-E (3) 0 0 0 7 0 0 0 7 7 3 0 0 0 0 1 0 0 25

Mf-F (3) 0 0 0 4 0 0 0 6 2 0 0 1 11 0 5 0 0 29

Mf-G (2) 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 10 0 0 0 0 10

Mf-H (3) 0 0 0 0 0 0 0 9 0 0 4 0 2 0 0 0 0 15

Mf-I (3) 0 0 0 0 8 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 11 21

Mf-J (3) 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 6 0 0 0 0 0 8

Mf-K (2) 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 23 0 0 0 0 0 23

Mf-L (3) 0 0 0 0 0 0 0 8 1 0 0 0 0 0 0 8 0 17

Mf-M (2) 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 10 0 0 0 0 0 0 10

Mf-N (2) 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4

Mf-O (3) 32 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 33

Mf-P (3) 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0 0 2

Mf-Q (3) 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 1 0 0 0 0 0 3

Mf-R (2) 0 0 0 0 0 0 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 0 4

Mf-S (2) 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1

Mf-T (2) 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1

166 18 40 54 80 30 8 156 74 58 82 80 82 22 24 58 162 1194

a (1)多数の地域で見られた主要なアリル、(2)地域特異的なアリル、(3)複数の集団で共通するアリル

71

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表 5. ニホンザルおよびアカゲザルにおけるTAS2R38の多様性

集団名試料の由来

個体数

 変異サイト数

アリル数 πa

θb

Dc

下北 複数群 83 3 4 0.083 0.053 0.94

金華山 単一群 9 0 1 0.000 0.000 NA

沼田 複数群 20 3 4 0.038 0.070 -1.01

高浜 単一群 27 5 6 0.168 0.110 1.26

地獄谷 単一群 40 4 4 0.072 0.081 -0.22

波勝 単一群 15 3 3 0.065 0.076 -0.34

岡崎 単一群 4 2 3 0.100 0.077 1.10

三重 複数群 78 9 10 0.174 0.160 0.21

滋賀 複数群 37 6 8 0.167 0.123 0.86

嵐山 単一群 29 4 3 0.065 0.086 -0.54

箕面 単一群 41 7 5 0.088 0.140 -0.90

紀伊 単一群 40 8 6 0.118 0.161 -0.67

若桜 単一群 41 8 7 0.224 0.160 0.99

小豆島 単一群 11 1 2 0.017 0.027 -0.64

香美 複数群 12 6 8 0.247 0.160 1.64

高岡 複数群 29 3 2 0.072 0.065 0.24

幸島 単一群 81 4 4 0.113 0.071 1.09

全個体 597 15 20 0.142 0.195 -0.60

中国 単一群 27 7 7 0.265 0.153 1.89

インド 単一群 27 5 5 0.156 0.110 1.02

全個体 54 8 10 0.236 0.152 1.33

a 塩基多様度 (%)b ワッターソンのθ (%)c Tajima のD値。すべてのD値は0から有意な差を示す値ではなかった。

ニホンザル

アカゲザル

72

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表 6. ニホンザル8集団における非コード領域9座位の多様性

座位 染色体 配列長 Sa

hb

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

1 IGS03 2 764 5 6 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 2 3 0.059 0.079 -0.65 8 1 2 0.031 0.039 -0.45

2 IGS05 3 666 4 5 8 1 2 0.035 0.045 -0.45 8 2 3 0.079 0.091 -0.33 8 1 2 0.019 0.045 -1.16 8 0 1 0.000 0.000 NA

3 IGS09 4 760 7 7 8 1 2 0.060 0.040 1.03 8 4 3 0.260 0.159 2.00* 8 5 4 0.125 0.198 -1.22 8 5 5 0.234 0.198 0.59

4 IGS13 7 795 12 13 8 2 3 0.057 0.076 -0.65 8 3 3 0.131 0.114 0.44 8 4 4 0.104 0.152 -0.99 8 3 4 0.061 0.114 -1.35

5 IGS15 8 707 5 6 5 0 1 0.000 0.000 NA 5 3 4 0.107 0.150 -1.03 8 2 3 0.064 0.085 -0.65 5 0 1 0.000 0.000 NA

6 IGS19 10 653 4 5 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 2 3 0.080 0.092 -0.33 8 2 3 0.117 0.092 0.70 8 1 2 0.019 0.046 -1.16

7 IGS21 11 753 2 3 8 1 2 0.061 0.040 1.03 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 1 2 0.017 0.040 -1.16 8 0 1 0.000 0.000 NA

8 IGS25 16 716 2 3 8 1 2 0.017 0.042 -1.16 8 1 2 0.064 0.042 1.03 8 1 2 0.064 0.042 1.03 8 1 2 0.017 0.042 -1.16

9 IGS27 20 715 12 9 8 5 3 0.298 0.211 1.37 8 6 4 0.221 0.253 -0.43 8 8 5 0.338 0.337 0.01 8 7 5 0.372 0.295 0.92

平均値 725.4 5.9 6.3 1.2 1.9 0.059 0.050 - 2.3 2.7 0.105 0.100 - 2.9 3.1 0.101 0.119 - 2.0 2.6 0.082 0.082 -

座位 染色体 配列長 Sa

hb

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

nc

Sa

hb

πd

θe

Df

Sa

hb

πd

θe

1 IGS03 2 764 5 6 6 2 3 0.061 0.087 -0.85 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 1 2 0.043 0.039 0.16 0.7 1.8 0.024 0.031

2 IGS05 3 666 4 5 8 1 2 0.019 0.045 -1.16 8 1 2 0.019 0.045 -1.16 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 2 3 0.038 0.091 -1.50 1.1 2.0 0.026 0.045

3 IGS09 4 760 7 7 8 4 3 0.224 0.159 1.28 8 3 2 0.181 0.119 1.51 8 3 2 0.158 0.119 0.95 8 3 3 0.209 0.119 2.20* 3.3 3.0 0.181 0.139

4 IGS13 7 795 12 13 8 4 5 0.102 0.152 -1.03 8 2 3 0.080 0.076 0.13 8 3 4 0.108 0.114 -0.15 8 2 2 0.059 0.076 -0.58 2.9 3.5 0.088 0.109

5 IGS15 8 707 5 6 5 1 2 0.028 0.050 -1.11 5 1 2 0.028 0.050 -1.11 5 1 2 0.050 0.050 0.01 4 0 1 0.000 0.000 NA 1.1 2.0 0.035 0.048

6 IGS19 10 653 4 5 8 2 3 0.038 0.092 -1.50 8 2 3 0.038 0.092 -1.50 8 1 2 0.070 0.046 1.03 8 1 2 0.019 0.046 -1.16 1.4 2.4 0.048 0.063

7 IGS21 11 753 2 3 8 1 2 0.061 0.040 1.03 8 1 2 0.053 0.040 0.65 8 1 2 0.070 0.040 1.47 8 1 2 0.043 0.040 0.16 0.9 1.8 0.038 0.030

8 IGS25 16 716 2 3 8 1 2 0.017 0.042 -1.16 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 0 1 0.000 0.000 NA 8 0 1 0.000 0.000 NA 0.6 1.6 0.022 0.026

9 IGS27 20 715 12 9 8 8 4 0.357 0.337 0.21 8 4 2 0.256 0.169 1.63 8 7 5 0.339 0.295 0.53 8 5 3 0.274 0.211 0.99 6.1 3.9 0.307 0.264

平均値 725.4 5.9 6.3 2.7 2.9 0.101 0.112 - 1.6 2.0 0.073 0.066 - 1.8 2.2 0.088 0.074 - 1.7 2.1 0.076 0.069 - 2.0 2.4 0.085 0.084

a 変異サイト数、b ハプロタイプ数、c 個体数、d 塩基多様度(%)、e ワッターソンのθ(%)。 0.032

f TajimaのD値。組換えを仮定せず、変異の出現がポアソン分布に従うとして、10,000 回の合祖シミュレーション(coalescent simulation) に基づくTajima’s D 検定を実施した。*P < 0.05(両側確率)。

全個体

全個体 箕面(単一群) 紀伊(単一群) 平均滋賀(複数群) 嵐山(単一群)

高浜(単一群) 三重(複数群)地獄谷(単一群) 波勝(単一群)

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表 7. 各集団間の集団分化度(F ST)および移動度(Nm)

集団名 高浜 地獄谷波勝 三重 滋賀 嵐山 箕面 紀伊 平均値

高浜 1.50 0.98 2.41 4.34 1.38 1.86 3.27 2.25

地獄谷 0.14 3.88 2.46 1.95 0.90 1.38 2.19 2.04

波勝 0.20 0.06 2.00 1.65 1.05 1.14 1.75 1.78

三重 0.09 0.09 0.11 6.06 1.78 1.53 12.02 4.04

滋賀 0.05 0.11 0.13 0.04 3.57 4.17 15.49 5.32

嵐山 0.15 0.22 0.19 0.12 0.07 2.63 2.20 1.93

箕面 0.12 0.15 0.18 0.14 0.06 0.09 2.09 2.11

紀伊 0.07 0.10 0.12 0.02 0.02 0.10 0.11 5.57

平均値 0.12 0.13 0.14 0.09 0.07 0.13 0.12 0.08

a対他集団のF ST値。b対他集団のNm値。F ST = 1/(1+4Nm ) の式より算出した世代あたりの有効移住

個体数。

F STa

Nmb

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表 8. 紀伊集団35個体におけるMf-Kアリルの年齢クラスごとの分布

Mf-Kホモ接合 Mf-Kヘテロ接合 Mf-Kなし Mf-K 他アリル

コドモ群 (25個体) 2 (0.08) 11 (0.44) 12 (0.48) 15 (0.30) 35 (0.70)

ワカモノ群 (10個体) 1 (0.10) 3 (0.30) 6 (0.60) 5 (0.25) 15 (0.75)

各数値は観察数で、カッコ内にそれぞれの年齢クラスでの頻度を示す。

遺伝子型 アリル

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図 1. 苦味物質と苦味受容体(TAS2R)との関係

苦味物質と苦味受容体の関係は多対多の関係にあり、ヒトでは 26種類の TAS2R

で多岐にわたる苦味物質を受容している。

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図 2. ニホンザル各集団のサンプリング地域

ニホンザルの 17か所のサンプリング地域を黒い点で、集団名とともに示した。

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図 3. TAS2R38機能解析に用いた発現ベクターの構成図

黄色部分は TAS2R38 コーディング領域、上流の赤色部分はラットのソマトスタ

チンタグ(ssr3)、下流の灰色部分はウシロドプシンタグ(bRh)を示す。青色の

線はMfTAS2R38WT-Aタイプとのアミノ酸の違いを示す。

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図 4. ニホンザルおよびアカゲザル TAS2R38アリルのMJネットワーク

それぞれの円は各アリルを示しており、ニホンザルのアリルを Mf、アカゲザル

のアリルを Mm で示している。円の大きさはアリル数を反映しており、円内は

各アリルが観察された集団で色分けしている。枝の番号は、ハプロタイプ間で

の差異のあるサイトの塩基番号を示し、実線で非同義置換、破線で同義置換を

示す。

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図 5. TAS2R38アリルを発現させた細胞の PTCに対する応答曲線

それぞれのデータポイントは 3 回の測定の平均値で標準誤差とともに示す。そ

れぞれのアリルにおける半数効果濃度(EC50)を横軸上にプロットした。

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図 6. PTC溶液に浸したリンゴの給餌実験結果

(A)PTC溶液に浸したリンゴに対するニホンザルの反応。TAS2R38開始コドン

ATGホモ接合個体(左)では、口に入れたのち、床に捨てたが、ACGホモ接合

個体(右)では、口に入れたのち、そのまま摂食した。(B)水およびリンゴに

浸したリンゴを食べた割合。実験個体数は ATGホモ接合型が 4個体、ACGホモ

接合型が 3個体で、グラフでは 10試行、全個体の平均値を標準誤差とともに示

した(*P < 0.05、スチューデント t検定)。

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図 7. 二瓶法により測定した様々な濃度の PTC溶液の飲水割合

二瓶法で給水した全飲水量に対する PTC 溶液を飲水した割合を縦軸に示した。

二つの溶液を区別できていなければチャンスレベルの 0.5の値を示す。それぞれ

のデータポイントは 6 回の試行の平均値を示す。半数効果濃度(EC50)を横軸

上にプロットした。

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図 8. シミュレーションの概念図

集団サイズは常に 2Nに保たれており、移出入により変異型が移出した場合は野

生型が代わりに移入する。移出入の際の移動率は Nmとした。

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図 9. TAS2R38周辺領域を含む TAS2R38長距離ハプロタイプ

各サイトのポジションはアカゲザルゲノム(rheMac2)と対応しており、3番染色体での番地の下 5桁を示す(chr3;179,4xx,xxx)。ドット

(.)はハプロタイプ A-1と同じ塩基であることを示し、シャープ(#)やアスタリスク(*)は塩基の挿入・欠失を示す。

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図 10. TAS2R38周辺領域を含む長距離ハプロタイプのMJネットワーク

灰色は実際に存在したハプロタイプ、白色は仮想のハプロタイプ(median

vector)を示す。灰色の円のサイズは観察された染色体数を反映する。枝に付

与された番号は塩基置換サイトの番地を示しており、アカゲザルゲノムの番

地、下 4 桁に対応している(図 9 に対応)。太字は TAS2R38 遺伝子コード領

域、細字は非コード領域のサイトを示す。実線は塩基置換、点線は挿入・欠

失変異を示す、8166番の塩基置換は開始コドン消失変異である。

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図 11. PTC感受性変異アリルの出現年代の推定

長距離ハプロタイプの配列比較から求めた、PTC 苦味非感受性アリルの出現

年代の最大値は 16万年となった。長距離ハプロタイプ K-1が 10kbp中に変異

を一つも蓄積せずに集団中に 23 本まで増えた時間の最大値は 13,000 年であ

った。

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図 12. ニホンザル 8集団間での共有、非共有ハプロタイプの割合

(A)遺伝子非コード領域 9座位。(B)TAS2R38コーディング領域。

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図 13. 様々な移動度におけるアリル拡散シミュレーション

設定値の頻度に拡散するまでの間に、集団外に流出した変異型アリルの個数

が 0になった回数を反復回数 1000で割った値を縦軸にとる。つまり、すべて

の変異型アリルが集団中にとどまったまま、設定値の頻度に達する確率であ

る。横軸には集団間での移動度 Nm をとる(N: 有効集団サイズ、m: 世代あ

たりの移動率)。移動度が低いときには、集団外に流出することなく、設定値

まで拡散するが、移動度が高くなると、流出せずに設定値まで拡散する確率

は 0に近くなることを示している。