Profile...究 人 舘田 一博教授 1985年3月、長崎大学医学部卒業。1990年、東...

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舘田 一博 教授 1985 年3月、長崎大学医学部卒業。1990 年、東 邦大学医学部微生物学教室助手。1995年、同講 師。1999 年、スイス・ジュネーブ大学、2000 年、米 国・ミシガン大学呼吸器内科に留学。2001 年、東邦 大学に復職。2011 年、微生物・感染症学講座教授。 感染症学会理事・臨床微生物学会理事・化学療法学 会理事・環境感染学会理事などを歴任Profile 医学部 微生物・感染症学講座 感染症の研究成果向上のための4つの ミッションを展開 医学部微生物・感染症学講座は、 東邦大学創設3年目の1927年以来 の歴史を持つ、学内屈指の伝統を誇る 基礎医学教室の一つである。2011年 に同講座の教授に就任し、研究室のス タッフを牽引する舘田一博教授は、感 染症や耐性菌に関する複数の研究を はじめ、東邦大学医療センター大森病 院臨床検査部微生物検査室の責任者 として、院内感染の早期発見と予防に 努めている。また、医学部総合診療・ 急病科学講座感染症科の専任・兼任 医師として、定期的な感染症カンファ ランスを開くとともに、難治感染症や 各種耐性菌による感染症を対象とし たコンサルテーションにも応じるなど、 感染症を巡る基礎医学から臨床現場 にわたり、実に幅広い領域で大車輪の 2つ目は、学際的研究の推進だ。今 日、感染症を取り巻く状況はますます 複雑化し、新しい耐性菌が次々に出現 するなか、抗菌薬の開発は遅々として 進まない状況に陥っているという。こう した現状を踏まえ、舘田教授は医学領 域だけでなく、薬学・理学・農学・工 学などさまざまな分野の教員との情報 交換・交流を通して、学際的な視点で の研究展開をめざしている。薬学部、 理学部、看護学部が持つアドバンテー ジを生かして“ALL TOHO”で取り組 む新たな研究に、舘田教授は大きな期 待を寄せている。 3つ目は国際化の促進。世界で活躍 できる人材、国際学会でアピールでき る研究者の育成を研究室の目標の1 つに掲げ、いつの日か、同講座から世 界をリードする感染症医・研究者が育 つことを期待して、英語力の向上には とくに力を注いでいるという。 以上の3つに続いて、昨年から4つ 目の目標が加えられた。それが臨床へ のさらなる貢献だ。今日においても原 因病原体の特定できない感染症は多 数あると言われる。原因病原体が判明 すれば、より効果的な治療が可能にな 活動を展開している。 舘田教授は現職就任時に、研究室運 営に関して3つの目標を立てたという。 1つはトランスレーショナル・リサー チの促進。これは同講座の中心的テー マであり、とくに“ 臨床医にとって面白 い基礎研究 ” を目標としたもの。目の 前の患者さんの中にある疑問をヒント に研究テーマを見出し、その中の真実 を明らかにするための研究を展開。難 しい基礎医学で終わらせるのではな く、臨床からスタートして臨床にフィー ドバックできる基礎研究をめざしてい るのだ。 例えば、現在臨床の場で最も難治性 と考えられている菌種にメチシリン耐 性黄色ブドウ球菌(MRSA)、ペニシリ ン耐性肺炎球菌(PRSP)、バンコマイ り、また副作用の減少や耐性菌抑制、 さらには医療費の削減にもつながるは ずだ。 この目的を達成するため、同教室で は次世代シーケンサーによる病原体 の全ゲノム解析法を導入。現在、東邦 大学医療センター大森病院の心臓血 管外科、脳神経外科、呼吸器内科、 小児科、整形外科、眼科との連携の なかで、その有用性を試みている段階 だ。将来的には、全科からの検体を受 け入れられるような仕組みを検査部と 連携して検討を進めているという。 シン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性緑 膿菌などがある。舘田教授は、これら の菌種による実験感染モデルを開発し つつ、宿主の生体防御能に対する細菌 の抵抗性メカニズムの解析、宿主粘膜 細胞に対する細菌の付着能の研究、細 菌の産生毒素や、宿主サイトカインと 感染成立との関係についての検討な ど、あらゆる角度からこれらの感染症の 発症メカニズムを追究。その原因を明 らかにしながら、治療面への応用を実 験的に試みている。とくに、同研究室 によって確立されたPRSPやヘモフィル スによるマウス肺炎モデル、顆粒球減 少マウスを用いた緑膿菌性内因性感 染症モデルは、実際の臨床で見られる ものと極めて類似しており、肺炎や院内 発症型敗血症の解明に役立っている。 また、臨床への貢献の一環として地 域医療機関との連携も重視しており、 現在、 「地域連携感染症症例検討会」 を毎月第4月曜日の夕方に開催してい るほか、 「薬剤師のための微生物・感 染症研究会」 (年2回)、 「東邦地域連 携感染制御研究会」 (年2回)などを立 ち上げて活動している。 「院内感染対策加算を追い風に、さら に地域との連携・ネットワークを強化 して、感染症診療の向上につなげてい ければ」と舘田教授は考えている。 筑波大学大学院で食品加工時に産生するバイオ フィルムのメカニズムについて研究してきました。 現 在、腸管の感染症を起こす病原菌のバイオフィルム についての研究を進めています。医学部出身ではな い自分にとって、症例から菌を見出すことができるこ の環境は、とても恵まれていると感謝しています。 臨床検査技師の資格を持つ私は、この教室で耐性 菌についてゲノム解析からアプローチする研究に取 り組み、教室の次世代シーケンサーをフルに活用さ せてもらっています。 舘田教授には「臨床検体は研 究の宝物だよ」と常に言われ、自分の研究成果が 医局に生かせてもらえるよう、毎日の研究にも使命 感を持って臨んでいます。 博士研究員 浜田 将風さん 博士課程2年 青木 弘太郎さん 臨床の中にこそ真実がある それを見逃さない 眼が不可欠! 東邦大学全学部で取り組む新たな研究を 基礎研究からコンサルテーションまで 幅広い活動を兼任 基礎研究医にとって、臨床の中にこそ真実が隠れていると言え るでしょう。それが自身の研究の大きなヒントになります。大切な のは、真実を見逃さない眼をしっかりと養っておくこと。いわゆる セレンディビティを常に磨くことです。この研究室には異なる分 野の専門家が集結しています。 今後は学内他学部の先生方と も連携して、学際的研究の拠点になることをめざしていきます。 10 TOHONOW 2015.October October.2015 TOHONOW 11

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Page 1: Profile...究 人 舘田 一博教授 1985年3月、長崎大学医学部卒業。1990年、東 邦大学医学部微生物学教室助手。1995年、同講 師。1999年、スイス・ジュネーブ大学、2000年、米

この研究

この人

舘田 一博教授

1985年3月、長崎大学医学部卒業。1990年、東邦大学医学部微生物学教室助手。1995年、同講師。1999年、スイス・ジュネーブ大学、2000年、米国・ミシガン大学呼吸器内科に留学。2001年、東邦大学に復職。2011年、微生物・感染症学講座教授。感染症学会理事・臨床微生物学会理事・化学療法学会理事・環境感染学会理事などを歴任。

Profile

●医学部 微生物・感染症学講座

感染症の研究成果向上のための4つの ミッションを展開

 医学部微生物・感染症学講座は、東邦大学創設3年目の1927年以来の歴史を持つ、学内屈指の伝統を誇る基礎医学教室の一つである。2011年に同講座の教授に就任し、研究室のスタッフを牽引する舘田一博教授は、感染症や耐性菌に関する複数の研究をはじめ、東邦大学医療センター大森病院臨床検査部微生物検査室の責任者として、院内感染の早期発見と予防に努めている。また、医学部総合診療・急病科学講座感染症科の専任・兼任医師として、定期的な感染症カンファランスを開くとともに、難治感染症や各種耐性菌による感染症を対象としたコンサルテーションにも応じるなど、感染症を巡る基礎医学から臨床現場にわたり、実に幅広い領域で大車輪の

 2つ目は、学際的研究の推進だ。今日、感染症を取り巻く状況はますます複雑化し、新しい耐性菌が次々に出現するなか、抗菌薬の開発は遅 と々して進まない状況に陥っているという。こうした現状を踏まえ、舘田教授は医学領域だけでなく、薬学・理学・農学・工学などさまざまな分野の教員との情報交換・交流を通して、学際的な視点での研究展開をめざしている。薬学部、理学部、看護学部が持つアドバンテージを生かして“ALL TOHO”で取り組む新たな研究に、舘田教授は大きな期待を寄せている。 3つ目は国際化の促進。世界で活躍できる人材、国際学会でアピールできる研究者の育成を研究室の目標の1つに掲げ、いつの日か、同講座から世界をリードする感染症医・研究者が育つことを期待して、英語力の向上にはとくに力を注いでいるという。 以上の3つに続いて、昨年から4つ目の目標が加えられた。それが臨床へのさらなる貢献だ。今日においても原因病原体の特定できない感染症は多数あると言われる。原因病原体が判明すれば、より効果的な治療が可能にな

活動を展開している。 舘田教授は現職就任時に、研究室運営に関して3つの目標を立てたという。 1つはトランスレーショナル・リサーチの促進。これは同講座の中心的テーマであり、とくに“臨床医にとって面白い基礎研究”を目標としたもの。目の前の患者さんの中にある疑問をヒントに研究テーマを見出し、その中の真実を明らかにするための研究を展開。難しい基礎医学で終わらせるのではなく、臨床からスタートして臨床にフィードバックできる基礎研究をめざしているのだ。 例えば、現在臨床の場で最も難治性と考えられている菌種にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)、バンコマイ

り、また副作用の減少や耐性菌抑制、さらには医療費の削減にもつながるはずだ。 この目的を達成するため、同教室では次世代シーケンサーによる病原体の全ゲノム解析法を導入。現在、東邦大学医療センター大森病院の心臓血管外科、脳神経外科、呼吸器内科、小児科、整形外科、眼科との連携のなかで、その有用性を試みている段階だ。将来的には、全科からの検体を受け入れられるような仕組みを検査部と連携して検討を進めているという。

シン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性緑膿菌などがある。舘田教授は、これらの菌種による実験感染モデルを開発しつつ、宿主の生体防御能に対する細菌の抵抗性メカニズムの解析、宿主粘膜細胞に対する細菌の付着能の研究、細菌の産生毒素や、宿主サイトカインと感染成立との関係についての検討など、あらゆる角度からこれらの感染症の発症メカニズムを追究。その原因を明らかにしながら、治療面への応用を実験的に試みている。とくに、同研究室によって確立されたPRSPやヘモフィルスによるマウス肺炎モデル、顆粒球減少マウスを用いた緑膿菌性内因性感染症モデルは、実際の臨床で見られるものと極めて類似しており、肺炎や院内発症型敗血症の解明に役立っている。

 また、臨床への貢献の一環として地域医療機関との連携も重視しており、現在、「地域連携感染症症例検討会」を毎月第4月曜日の夕方に開催しているほか、「薬剤師のための微生物・感染症研究会」(年2回)、「東邦地域連携感染制御研究会」(年2回)などを立ち上げて活動している。

「院内感染対策加算を追い風に、さらに地域との連携・ネットワークを強化して、感染症診療の向上につなげていければ」と舘田教授は考えている。

筑波大学大学院で食品加工時に産生するバイオフィルムのメカニズムについて研究してきました。現在、腸管の感染症を起こす病原菌のバイオフィルムについての研究を進めています。医学部出身ではない自分にとって、症例から菌を見出すことができるこの環境は、とても恵まれていると感謝しています。

臨床検査技師の資格を持つ私は、この教室で耐性菌についてゲノム解析からアプローチする研究に取り組み、教室の次世代シーケンサーをフルに活用させてもらっています。舘田教授には「臨床検体は研究の宝物だよ」と常に言われ、自分の研究成果が医局に生かせてもらえるよう、毎日の研究にも使命感を持って臨んでいます。

博士研究員

浜田 将風さん

博士課程2年

青木 弘太郎さん

臨床の中にこそ真実がある

それを見逃さない眼が不可欠!

東邦大学全学部で取り組む新たな研究を

基礎研究からコンサルテーションまで幅広い活動を兼任

基礎研究医にとって、臨床の中にこそ真

実が隠れていると言え

るでしょう。それが自身の研究の大きなヒ

ントになります。大切な

のは、真実を見逃さない眼をしっかりと養

っておくこと。いわゆる

セレンディビティを常に磨くことです。こ

の研究室には異なる分

野の専門家が集結しています。今後は学

内他学部の先生方と

も連携して、学際的研究の拠点になるこ

とをめざしていきます。

10 TOHONOW 2015.October October.2015 TOHONOW 11