子どもたちの未来と教育メディア - NHK放送メディア研究 No.12 2015 306...

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303 結 び教育とメディアに関して,インタビュー・対談を含む 13 の多面的な論考 を見てきた。最後に,それぞれの主張を「教育にメディアの果たしてきた役 割」「これからの子どもたちに必要な力と学び」「今後の教育メディアへの期 待と課題」という 3 つの観点で振り返ることで,まとめとしたい。 1 教育にメディアの果たしてきた役割 まず「教育にメディアの果たしてきた役割」について改めて整理してみる。 2 1 小柳論文は,近代以後の教育メディアが,「教授活動のための道具 や環境としてのメディア」から「学習活動のための道具や環境としてのメディ ア」へ,さらに「自律的な学びへ向けた学習環境としてのメディア」へと位 置づけを変えてきたとしている。当初は教える過程に位置付けられていたメ ディアに,学習活動を科学的に分析する教育学の流れの中から,「学習者が 教育メディアから情報を得て学習を進める」発想や,「学習者が教育メディ アを使って学習を発展させていく」という発想が加わり,現在に至るとする。 より焦点化した学校におけるデジタルメディア利用の変遷の特徴について は,第 1 3 木原論文で「①試行と普及を繰り返しながら発展している」「② 教科と総合の統合的な学びに資する」「③共同的な学びを一貫して尊重して いる」「④コンテンツ制作主体の多様化が進んでいる」という 4 点を挙げて いる。②,③は学びに関わることなので後述するが,メディアの発展の仕方 と多様化について考えるとき,①,④の指摘は今後にもつながるポイントで あろう。 子どもたちの未来と教育メディア 宇治橋祐之(NHK 放送文化研究所) 小平さち子(NHK 放送文化研究所)

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■結 び■

教育とメディアに関して,インタビュー・対談を含む 13の多面的な論考を見てきた。最後に,それぞれの主張を「教育にメディアの果たしてきた役割」「これからの子どもたちに必要な力と学び」「今後の教育メディアへの期待と課題」という 3つの観点で振り返ることで,まとめとしたい。

1 教育にメディアの果たしてきた役割

まず「教育にメディアの果たしてきた役割」について改めて整理してみる。第 2部 1小柳論文は,近代以後の教育メディアが,「教授活動のための道具や環境としてのメディア」から「学習活動のための道具や環境としてのメディア」へ,さらに「自律的な学びへ向けた学習環境としてのメディア」へと位置づけを変えてきたとしている。当初は教える過程に位置付けられていたメディアに,学習活動を科学的に分析する教育学の流れの中から,「学習者が教育メディアから情報を得て学習を進める」発想や,「学習者が教育メディアを使って学習を発展させていく」という発想が加わり,現在に至るとする。より焦点化した学校におけるデジタルメディア利用の変遷の特徴については,第 1部 3木原論文で「①試行と普及を繰り返しながら発展している」「②教科と総合の統合的な学びに資する」「③共同的な学びを一貫して尊重している」「④コンテンツ制作主体の多様化が進んでいる」という 4点を挙げている。②,③は学びに関わることなので後述するが,メディアの発展の仕方と多様化について考えるとき,①,④の指摘は今後にもつながるポイントであろう。

子どもたちの未来と教育メディア宇治橋祐之(NHK放送文化研究所)小平さち子(NHK放送文化研究所)

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では,メディア環境やメディア教材が進化してきた現状はどう見ればよいであろうか。第 1部 2中垣・土屋論文では,デジタルメディアの機能をオープン(情報の拡大),フレキシブル(教材の拡大・深化),パーソナル(個人の学びの最適化),シェア(コミュニケーション)の 4点に整理している。そして,こうした機能を活用した学習サービスは,学校だけでなく家庭にも徐々に登場してきているという。教育にメディアが果たしてきた役割を考えるとき,教育の側から捉えると,以上のような整理になるが,メディアの側から捉えると,必ずしも教育だけがその目的ではない。社会全体に関わるメディアがどのように教育と接点をもってきたかについては,第 1部 1宇治橋論文でメディア機器やメディア教材がどのように学校教育に影響を与えていったかの変遷が扱われ,第 3部 5

小平論文では,教育放送だけを専門としているわけではない公共放送が,教育の場で,どのような役割を果たしてきたかが述べられている。放送を中心とする映像メディアは,多様な社会の現実に向き合う放送番組やコンテンツを通して,教育の場に直接,情報を届けてきたといえるであろう。また,ゲームというメディアから教育を見た歴史については,第 3部 4藤本論文にまとめられている。1980年代から,模倣性・システム的側面を重視した「ゲーミング&シミュレーション」と,楽しさの要素を重視した「エンターテインメント・エデュケーション」の 2つの流れが,「エデュテインメント」,「シリアスゲーム」,「ゲーミフィケーション」という変遷を経て,現在に至っているという。そのうえで,ゲーム教育が「意欲面」「効果面」「効率面」「環境面」での長所と短所を合わせもつことを整理して,さらに「直接学習を意図しない付随的な学習の有用性」として,「アフィニティ・スペース」(共感空間・関心共有空間)の可能性を述べている。教育メディアの役割を考えるとき,時代を経るごとに新たな役割を重ねな

がら現在に至ること,教育の目的実現のためにメディアが活用されることとともに,社会全体の動きの中でメディアが教育に影響を与えてきたという相互作用もあることの 3点が,まずは指摘できるであろう。

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結び:子どもたちの未来と教育メディア

2 これからの子どもたちに必要な力と学び

では,これからの教育を考えるうえで,子どもたちにどのような力が必要で,そのためにどのような学びが求められるのであろうか。第 3部 1苫野論文では,公教育の根本視座を「自由の相互承認」の原理と

「一般福祉」の原理としたうえで,いわゆる自ら「学ぶ力」を育み,「自由の相互承認」の “感度 ” を育むために,学びの「個別化」「協同化」「プロジェクト化」の融合を提言している。実りある学びのために一斉授業から個別化が不可避であるとしたうえで,すべての子どもにより質の高い学びを補償する協同化も必要であり,そのためにプロジェクト型の学びをカリキュラムの中核に置くことが大事だとしている。第 3部 2益川論文では,従来型の学びと評価(知識習得モデル)に対して,

知識基盤社会では新たな学びと評価(知識創造モデル)が必要であるとしている。そのために「教科内容中心」「教師中心型授業」から,「資質・能力中心」「学習者中心型授業」に知識観を変換することと,学習目標を定義したうえで,発達段階に合わせた下位目標を達成させる「後戻りアプローチ」ではなく,学習目標に対して子どもたちの今ここを出発点に支援していく授業設計の「前向きアプローチ」を目指すことが重要であるとしている。いずれも個別の学習者を中心に置くことの大切さを強調しつつも,複数の学習者からなる学習環境の設計の重要性も指摘している。これは第 1部 2中垣・土屋論文で新たな学びとして挙げられている「個人の自由な学び」「コミュニティベースの学び」「クリエイティブな学び」にも通じるものであろう。表現はそれぞれ異なるが,創造的な学びのために,個人が学ぶ場と集団で学ぶ場をどう設計していくかが,今後の教育を考えるうえでの大きな課題であると考える。より実践的な立場からは,子ども向けの創造・表現活動を進める石戸氏が,第 2部 4インタビューで,子どもたちに「かんじる力」「かんがえる力」「つくる力」「つたえる力」が総合的に育まれる学びを提供したいと考え,創作・

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コミュニケーションの祭典としてのワークショップ・コレクションをはじめさまざまな活動をしていると言う。学校だけでなく,地域や家庭の連携の中で,子どもたちに必要な力を育てていくとするこうした視点も今後は不可欠であろう。

3 今後の教育メディアへの期待と課題

最後に今後の教育メディアへの期待と課題を整理する。第 2部 1小柳論文では,今後の深い学び(Deep Learning)に向けた新しい

教育学(New Pedagogy)の中での「関係を構築する道具・環境としてのメディア」と,パフォーマンス評価への関心が高まる中での「評価の道具としてのメディア」という動きに目を向けている。関係の構築は,これからの子どもたちに必要な力として,前述の協同的な学びに通じると考えられるが,教授者と学習者だけでなく,学習者同士が協同できるメディア環境の構築はますます重要であろう。さらにその時に向き合う課題はより複合的であると考えられる。前述の第 1部 3木原論文でも学校におけるデジタルメディアの役割として,「②教科と総合の統合的な学びに資する」「③共同的な学びを一貫して尊重している」として整理している。また評価に関しては,第 3部 1益川論文でも「学習と同時に行う状況に埋め込まれた変容的な評価」について述べられている。国際的な学習評価でもメディアを活用した評価が行われ始めており,その際にはコンピュータの操作などのスキルだけでなく,履歴が残るという特性を生かして,思考のプロセスや,他者とのコミュニケーションの状況などを含めた評価が進められつつある。今後の教育メディアを考えるうえで,個別の学習者中心ということと関連の深い,一人ひとりが自分のメディアをもつことの意味を改めて考えてみることも重要であろう。第 2部 2稲垣論文では,一人一台端末を活かした学びの広がりの意味を,学校制度,家庭学習との連携,新たな学力の育成の 3点から検討する必要が

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結び:子どもたちの未来と教育メディア

あるとしている。いつでもどこでもメディアが利用できるようになったときに学校制度は今のままでよいのか,反転授業のような学校での学びと家庭での学びを結ぶ動きは加速していくのではないのか,メディア機器の操作面だけでなく,情報を判断する力や,メディアの特性を理解しメディア制作を行う力が必要なのではないか,などとしている。このうち,新たな学力としてのメディアとの関わり方については,これまでもメディア・リテラシー教育として取り組まれてはきたが,学習指導要領への位置づけが明確にされてこなかった。第 2部 3中橋論文では,メディア・リテラシーという概念の理解には偏りが生じうる状況があったことを指摘している。そして,個の情報発信を主体としつつも個人間のつながりをつくり,可視化し,社会的な相互作用によって形づくられていく「ソーシャルメディア」時代を迎える今,改めてメディア・リテラシー教育の必要性を述べている。特に相互の対話によってルールを決めたり,調整を行ったりする「メディアのあり方を提案する能力」の育成が今後重要であるとしている。上記に加えて,そもそもの教育とメディアの関係性を見直す視点も欠かせない。第 3部 3鈴木論文では,メディアが〈ヴァーチャル〉であるがゆえに,〈リアル〉や〈イマジナリ〉という価値を重んじる教育の敵だとみなされてきたことを解き明かしている。そのうえで,「疑似体験は本物の体験に比べて質の劣るものだ」という前提が誤りであることを,社会学の研究蓄積から示唆したうえで,〈ヴァーチャル〉なものの特性を活かしながら教育とメディアの新しい関係を築く可能性を述べている。教育の側だけでなくメディアの側からも教育を見ることは,教育を相対的に見ることにつながる。教育とメディアの架け橋を論考するうえで,さらに深い論議が必要であろう。

4 子どもたちの未来に向けて

以上の論考を踏まえて,子どもたちの未来に向けて,教育メディアに何ができるのであろうか。第 4部 1対談の中で山内氏が述べている「学び続ける

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力」は,自己調整学習やアクティブ・ラーニングという言葉にも通じるが,現状では最も重要であるといえるであろう。そして同じく第 4部 1対談で堀田氏が指摘するように,学校においては「学び続けられる人を育てる」ことが,最も重要になってくると考えられる。ではそのために,教育メディアに何ができるのか。山内氏はデバイス,コンテンツ,学習につなげていく仕組みという 3層があり,それぞれについて,フォーマル,インフォーマルの領域で取り組んでいくという方向に研究が向かうべきだと整理している。そしてフォーマルな場で組織を変えると同時に,インフォーマルな場に学びの文化をつくっていく両方の活動が必要だとしている。ただしインフォーマルな学びには,教師という情報の質の評価をしてくれる人はいない。個人の学びが最終的に目指すべきものだとしても,子どもたちの年齢に応じて,どの程度どういう学びが必要なのかという研究の必要性を堀田氏は指摘している。両氏の論点とも,今後の教育メディアを考える重要なポイントになるであろう。

本号は「多様化する子どもの学習環境と教育メディア」と題している。学校も家庭も,学習環境がその中だけで閉じたものでなく重なりをもつものになってきている。また人生全体を考えてみても,学校にいる時間の学びと学校を卒業したあとの学びが断絶することなく,継続性をもつものとなってきている。その背景には知識基盤社会という言葉に代表される,正解のない問いに対して向き合える多様な力が生涯にわたって求められるであろうこと,そしてデジタル化によって統合された大容量の情報から,多様な選択の可能性を持てるようになったことがある。その時に教育メディアには,まずは良質なメッセージを届けるというコンテンツ制作の機能,そして媒介者として,教授者と学習者,学習者同士をつなぐという機能,さらには機器の操作や情報の選択などのメディアの役割を知らしめる機能が改めて求められると考える。

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結び:子どもたちの未来と教育メディア

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今後も次々と新しい教育メディアが登場し,期待をもって受け入れられたり,効果を出せずに消えていったり,定着することで透明化していったりするであろう。その中で教育メディアの役割を絶えず検証し,子どもたちの未来を描いていくための不断の研究は,これまで以上に必要であると考える。本特集がその一助となれば幸いである。