検診時の胸部X線異常を契機に発見された心膜嚢胞の1例 ......02)Wychulis AR,...

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はじめに 心膜嚢胞は縦隔腫瘍の2.66.7%を占め 1,2) ,そ の発生頻度は10万人に1人程度と報告されている 3) .今回,検診時の胸部X線写真における異常陰 影を契機に発見された心膜嚢胞の1例を経験した. 症例 症 例:32歳,女性. 主 訴:無症状. 既往歴:特記すべきことなし. 家族歴:父,糖尿病.母,高血圧. 現病歴:20044月に勤務する会社の検診で胸 X線の異常陰影を指摘された.明らかな胸部症 状はない.精査目的で当院を受診した. 現 症:身長167 cm,体重79 kg,意識清明, 体温36.4 ℃,血圧132/82 mmHg,脈拍80 /分・整. 眼瞼,眼球結膜に貧血,黄疸を認めず.頚静脈に 怒張なし.心音はⅠ音,Ⅱ音ともに正常で,過剰 心音や心雑音はなかった.その他,胸腹部の聴打 診に特記すべき異常を認めなかった.下腿浮腫な し. 心電図(図1):正常洞調律で心拍数は77/分・整, 電気軸は24度で,全誘導でT波の平低化を認めた. 胸部X線写真(図2):心胸郭比は45%で,肺うっ 血や胸水を認めなかった.右心横隔膜角に辺縁が 明瞭で均一な濃度を有する異常陰影を認めた. 血液検査所見(表1):特記すべき異常を認めな かった.ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチドやヒト 心房性ナトリウム利尿ペプチドも正常範囲内であっ た. 心エコー(図3):左室壁運動は良好で,僧帽弁 流入部の血流は正常パターンであった.四腔断面 像にて右房に接する嚢胞性病変を認めた.内部は 松仁会医学誌45 2):1461502006 検診時の胸部X線異常を契機に発見された心膜嚢胞の1例 赤壁佳樹,川崎達也,宮井伸幸,山野倫代, 三木茂行,神谷匡昭,杉原洋樹 松下記念病院 循環器科 要旨:心膜嚢胞は稀な縦隔腫瘍で,その発生頻度は10万人に1人程度と報告されてい る.今回,検診時の胸部X線写真における異常陰影を契機に発見された心膜嚢胞の1 例を経験した.症例は32歳の女性で,明らかな胸部症状はない.身体学的所見に特 記すべき異常を認めなかった.心電図では全誘導でT波の平低化を認めた.胸部Xで右心横隔膜角に均一な濃度の異常陰影を認めた.心エコー検査では,右房に接す る表面整で境界明瞭な嚢胞性病変として描出された.内部は均一な低エコー輝度を 示し,明らかな隔壁や血流シグナルは認められなかった.CTで計測した病変サイズ 32×18 mmで,内部のCT値は1015であった.MRIではT1強調画像で低信号を, T2強調画像で高信号を示し,脂肪抑制法では抑制されなかった.侵襲的な生検は行 っていないが,その発生部位と典型的な画像所見から心膜嚢胞と診断した.2年にわ たり経過観察しているが心事故なく,心膜嚢胞の大きさや形態にも変化を認めてい ない. キーワード:心膜嚢胞,画像,診断 平成18623日受付 連絡先:〒570-8540大阪府守口市外島町5-55 松下記念病院 循環器科(赤壁佳樹)

Transcript of 検診時の胸部X線異常を契機に発見された心膜嚢胞の1例 ......02)Wychulis AR,...

  • はじめに

    心膜嚢胞は縦隔腫瘍の2.6~6.7%を占め1,2),そ

    の発生頻度は10万人に1人程度と報告されている3).今回,検診時の胸部X線写真における異常陰

    影を契機に発見された心膜嚢胞の1例を経験した.

    症例

    症 例:32歳,女性.

    主 訴:無症状.

    既往歴:特記すべきことなし.

    家族歴:父,糖尿病.母,高血圧.

    現病歴:2004年4月に勤務する会社の検診で胸

    部X線の異常陰影を指摘された.明らかな胸部症

    状はない.精査目的で当院を受診した.

    現 症:身長167 cm,体重79 kg,意識清明,

    体温36.4 ℃,血圧132/82 mmHg,脈拍80 /分・整.

    眼瞼,眼球結膜に貧血,黄疸を認めず.頚静脈に

    怒張なし.心音はⅠ音,Ⅱ音ともに正常で,過剰

    心音や心雑音はなかった.その他,胸腹部の聴打

    診に特記すべき異常を認めなかった.下腿浮腫な

    し.

    心電図(図1):正常洞調律で心拍数は77/分・整,

    電気軸は24度で,全誘導でT波の平低化を認めた.

    胸部X線写真(図2):心胸郭比は45%で,肺うっ

    血や胸水を認めなかった.右心横隔膜角に辺縁が

    明瞭で均一な濃度を有する異常陰影を認めた.

    血液検査所見(表1):特記すべき異常を認めな

    かった.ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチドやヒト

    心房性ナトリウム利尿ペプチドも正常範囲内であっ

    た.

    心エコー(図3):左室壁運動は良好で,僧帽弁

    流入部の血流は正常パターンであった.四腔断面

    像にて右房に接する嚢胞性病変を認めた.内部は

    松仁会医学誌45(2):146~150,2006

    検診時の胸部X線異常を契機に発見された心膜嚢胞の1例

    赤壁佳樹,川崎達也,宮井伸幸,山野倫代,

    三木茂行,神谷匡昭,杉原洋樹

    松下記念病院 循環器科

    要旨:心膜嚢胞は稀な縦隔腫瘍で,その発生頻度は10万人に1人程度と報告されている.今回,検診時の胸部X線写真における異常陰影を契機に発見された心膜嚢胞の1例を経験した.症例は32歳の女性で,明らかな胸部症状はない.身体学的所見に特記すべき異常を認めなかった.心電図では全誘導でT波の平低化を認めた.胸部X線で右心横隔膜角に均一な濃度の異常陰影を認めた.心エコー検査では,右房に接する表面整で境界明瞭な嚢胞性病変として描出された.内部は均一な低エコー輝度を示し,明らかな隔壁や血流シグナルは認められなかった.CTで計測した病変サイズは32×18 mmで,内部のCT値は10~15であった.MRIではT1強調画像で低信号を,T2強調画像で高信号を示し,脂肪抑制法では抑制されなかった.侵襲的な生検は行っていないが,その発生部位と典型的な画像所見から心膜嚢胞と診断した.2年にわたり経過観察しているが心事故なく,心膜嚢胞の大きさや形態にも変化を認めていない.

    キーワード:心膜嚢胞,画像,診断

    平成18年6月23日受付連絡先:〒570-8540大阪府守口市外島町5-55

    松下記念病院 循環器科(赤壁佳樹)

  • 均一な低エコー輝度を示し,隔壁は明らかではな

    かった.カラードプラにて内部に血流信号を認め

    ず.その他の形態学的な異常を認めなかった.

    胸部造影CT(図4):心膜に接する境界明瞭な

    32×18 mmの嚢胞性病変を認めた.嚢胞壁は薄く

    隔壁を認めなかった.内部はほぼ均一で明らかな

    充実成分はなく,造影効果も認められなかった.

    内部のCT値は10~15であった.縦隔リンパ節の腫

    脹は認められなかった.

    MRI(図5):右心横隔膜角部に心膜と接する嚢

    胞性病変を認めた.T1強調画像で低信号を,T2強

    調画像で高信号を示し,脂肪抑制法では抑制され

    なかった.

    鑑別疾患として心膜嚢胞,気管支嚢胞,嚢腫状

    リンパ管腫などが挙げられた.本病変の発生部位

    は心膜嚢胞に典型的な心横隔膜角であり,各種画

    心膜嚢胞の1例 147

    BNP, ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド; hANP, ヒト心房性ナトリウ

    ム利尿ペプチド.

    WBCRBCHbPLT

    T-bilASTALTLDHALPTPALB

    /μL/μLg/dL/μL

    mg/dLIU/LIU/LIU/LIU/Lg/dLg/dL

    4,600464 × 104

    13.930.7 × 104

    0.51510

    1421547.34.3

    BUNCRENaKClCKFBSHbAlcCRP

    BNPhANP

    mg/dLmg/dLmEq/LmEq/LmEq/LIU/Lmg/dL%mg/dL

    pg/mLpg/mL

    110.621394.010455955.30.2

    10.123

    表1 血液検査所見

    図1 標準12誘導心電図

    図2 胸部X線写真

    右心横隔膜角に均一な濃度の異常陰影を認めた.

  • 像所見で心膜との連続性が示唆されたことから,

    心膜嚢胞と診断した.2年にわたり経過観察して

    いるが心事故なく,心膜嚢胞の大きさや形態にも

    変化を認めていない.

    考察

    心膜嚢胞は縦隔嚢胞のひとつで,気管支性嚢胞

    に次いで高頻度である4).外傷性5)や心膜の包虫

    症に続発した症例6)も報告されているが,多くの

    心膜嚢胞が先天性であると考えられている.その

    発生過程は明らかではないが,心嚢に生じる多数

    の原始小腔のひとつが癒合せずに残存したため7),

    あるいは心膜発生初期に見られる前体壁窩が消失

    せず遺残したため8)と推察されている.心膜との

    交通が消失した場合を心膜嚢胞,交通が残存した

    場合を心膜憩室と称する9).本例には,後発性を

    疑わせる既往歴はなく,心膜との交通も検出され

    なかったことから,先天性の心膜嚢胞と考えられ

    た.心膜嚢胞の形状は,本症例のように,類円形

    の単房性であることが多い10).

    藤本ら11)は本邦における心膜嚢胞と心膜憩室の

    報告151症例を集計し,男性よりも女性に多く,

    発生部位は右心横隔膜角部52%,左心横隔膜角部

    17%,右上縦隔16%の順であることを報告してい

    る.本症例のように検診にて偶然発見されること

    が多いが,胸痛,咳嗽,動悸など周辺臓器への圧

    迫症状を認める症例も存在する10).確定診断には,

    切除標本にて嚢胞内腔が中皮細胞によって覆われ

    ていることを証明することが必要である.しかし

    近年の画像診断技術の向上に伴い,非典型例を除

    き心膜嚢胞の診断は容易になったと考えられる.

    本症例は,心膜嚢胞の好発部位に典型的な画像所

    見を示したため,診断目的の生検を回避すること

    ができた.

    心膜嚢胞の治療は,本症例のように臨床症状に

    乏しい場合は経過観察でよいと考えられるが1),サ

    イズが増大する場合や他の臓器への圧迫所見を認

    める場合は治療の適応になる.従来から開胸によ

    る摘出術が行われてきたが10,11),近年では胸腔鏡下

    148 赤 壁 佳 樹 ほか

    図4 胸部造影CT

    心膜に接する32×18 mmの造影効果を有さない嚢胞性病

    変を認めた.

    図3 経胸壁心エコー図

    A:傍胸骨長軸断面,B:傍胸骨短軸断面,C:心尖部四腔断面.

    四腔断面像において右房に接する嚢胞性病変を認めた(矢印).

  • 手術による低侵襲治療を選択される場合もある12).

    またドレナージで治癒する症例も存在する13).一般

    に心膜嚢胞を有する症例の予後は良好であると考

    えられるが,悪性化の可能性14)や内部の出血から

    心圧迫をきたし死亡した症例15)も報告されている.

    本症例に対しても今後注意深い経過観察が必要と

    考えられた.

    結語

    検診時の胸部X線写真における異常陰影を契機

    に発見された心膜嚢胞の1例を経験した.その発

    生部位と典型的な画像所見から,非侵襲的に心膜

    嚢胞と診断することができた.

    文献

    01)寺松 孝,山本博昭,伊藤元彦.縦隔腫瘍に関

    する全国集計―第1編 縦隔腫瘍全国集計―.

    日胸外会誌 1996;24:264-269.

    02)Wychulis AR, Payne WS, Clagett OT, et al.

    Surgical treatment of mediastinal tumors: a

    40 year experience.J Thorac Cardiovascular

    Surgery 1971; 62: 379-392.

    03)Jarzabkowski DC, Braunstein DB. Pericardial

    cyst:an incidental finding.J Am Osteopath

    Assoc 1998; 98: 445-446.

    04)門田康正.縦隔腫瘍.内科 1996;83:1120-

    1122.

    05)Komodromos T, Lieb D, Baraboutis J. Unusual

    presentation of a pericardial cyst. Heart

    Vessels 2004; 19: 49-51.

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    asymptomatic cardiopericardial hydatid cyst.

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    cyst.J Thorac Surg 1940; 10: 1-7.

    08)Lillie WI, McDonald JR, Clagett OT.

    心膜嚢胞の1例 149

    図5 MRI

    A:T1強調横断画像,B:T1強調冠状断画像,C:T2強調画像,D:脂肪抑制画像.

    右心横隔膜角部にT1強調画像で低信号を,T2強調画像で高信号を示す境界明瞭な嚢胞性病変を認めた.

  • Pericardial celomic cysts and pericardial

    diverticula; a concept of etiology and report of

    cases.J Thorac Surg. 1950; 20: 494-504.

    09)乾 健二.心膜嚢胞.臨床医(増) 2003;

    29:908-909.

    10)大森一光,大畑正昭,飯田守,他.心膜関連

    嚢胞14切除例の経験.日胸 1990;49:1026-

    1029.

    11)藤本武利,伴場次郎,正木幹雄,他.心膜憩

    室の1切除例及び本邦報告例の統計的検討.

    日胸外会誌 1983;31:2181-2187.

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    切除した心膜嚢腫の2例.胸部外科 2001;

    54:1125-1127.

    13)Klatte EC, Yune HY. Diagnosis and

    treatment of pericardial cyst.Radiology 1972;

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    14)堀本仁士,折野達彦,川上万平,他.心膜嚢

    腫6例の検討.胸部外科 1992;45:612-614.

    15)Nijveldt R,Beek AM,van Gorp JM,et al.

    Pericardial cyst.Lancet 2005; 365: 1960.

    150 赤 壁 佳 樹 ほか

    A case of Pericardial Cyst with Abnormal Chest X-rayon Medical Checkup

    Yoshiki Akakabe, Tatsuya Kawasaki, Nobuyuki Miyai, Michiyo Yamano,Shigeyuki Miki, Tadaaki Kamitani and Hiroki Sugihara

    Department of Cardiology, Matsushita Memorial Hospital

    Pericardial cysts are rare mediastinal tumors occurring with an incidence of 1 in 100,000. We reported anasymptomatic 32-year-old woman referred to our institution because of an abnormal chest X-ray finding on medicalcheckup. Findings on physical examination were normal. Electrocardiography showed flat T waves in all leads.Chest X-ray demonstrated an abnormal shadow with uniform density at the right cardiophrenic angle.Echocardiography demonstrated a cystic mass adjacent to the right atrium with a clear border, in which neitherpartition wall nor flow signal was detected. The size of the cystic mass was 32×18 mm with a value of 10 - 15 oncomputed tomography. The mass was visualized as a low signal intensity on T1-weighted magnetic resonanceimaging, and high signal intensity on T2-weighted imaging, and there was no suppression with fat suppressiontechniques. The diagnosis of pericardial cyst was confirmed by the typical location and imaging characteristicswithout histopathological examination. The patient remained uneventful without surgical resection for two years;the cyst has not changed in size or appearance.

    Key Words:Pericardial cyst, Images, Diagnosis

    Editor's Comment

    貴重な症例報告であり,心膜のう胞について発生過程や検査所見について解説してあり外来診療

    において参考となる文献であると考える.