がん治療の基本 -...

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 2016.1 臨時増刊号(Vol.58 No.2)── 15 (187)

はじめに がん治療は大きく手術療法,放射線療法,薬物療法に分けられる。がん治療を受ける患者の大部分は高齢者であるため,肝臓や腎臓などの諸臓器機能が低下していることも多い。また高血圧,糖尿病,脂質異常症などがん以外の合併症で内服治療を行っている場合も多い。このため,特に薬物療法を行う場合は患者の臓器機能に応じて使用する抗がん薬の量を調整したり,抗がん薬と他の薬物との相互作用を考慮したり,投与後の抗がん薬による有害事象に対処することが必要である。また,がん性疼痛のある患者には麻薬を用いた疼痛管理を行うことや,患者の病態,生活スタイルに応じて剤形や薬を変更するなど細やかな点が必要とされる。このように患者に応じて薬を適切かつ幅広く使用するために,薬剤師ががん治療に占める役割は非常に大きい。薬剤師は腫瘍内科医,血液内科医,緩和ケア療法医とともにがんの薬物療法に参加し,医師の参謀的な役割を担う不可欠な存在である。本稿では,薬剤師ががん治療に関わる際に必要と思われるがんの治療法に関する基本的な考え方を概説する。

がんの診断と治療法の種類 がんの診断はがん細胞が存在することを示す確定診断と,がんの広がりを調べる病期診断に大きく分かれる。前者は細胞診や生検検体を用いた組織診断で病理医によって行われ

第1章 がん治療に関わるすべての薬剤師が知っておきたいこと

1 がん治療の基本

・�がんの診断には確定診断と病期診断がある。

・�がんの病期ごとに治療法を選択する。

・�治療の目的を認識し,治療の適応を見極める。

・�薬物療法を行う前に説明と同意を得,標準治療を行う。

・�高齢者,臓器障害合併,PS不良例の薬物療法の適応・個別化を理解する。

・�薬物療法の理論的背景も知っておく。

Key Points

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16 (188) ──   2016.1 臨時増刊号(Vol.58 No.2)

る。病理医はがんの原発巣の部位,病理組織像や免疫組織染色などの結果を参考にしながら確定診断を行う。後者はPET-CT,造影CT,MRIなどの画像検査で周辺臓器への浸潤,リンパ節転移や遠隔転移などがんの広がりを調べることで行われ,臨床医が画像検査の結果を参考にして臨床病期を決定する。臨床病期の分類にはUICC(Union for International Cancer Control;国際対がん連合)の分類などが用いられる。「どういう遺伝子変異をもったどういう組織型のがんが,どの臓器から発生してどこまで広がっているか」を把握しておくことが,がんの病態を理解するうえで重要である。 がんの治療法は手術療法(腹腔鏡,胸腔鏡手術も含む),放射線療法,薬物療法の大きな3つの柱からなる。各治療法の概略は表1に示す。がん種と病期により治療方針を決める。多くの場合,臓器にとどまっているがんは外科的切除の適応となる。臓器にとどまってはいるものの,臓器温存の希望がある場合や,重要臓器へ浸潤しているために外科的切除が不能な場合は根治的放射線療法の適応となる。遠隔転移のある進行がん患者は薬物療法の適応となる。しかし,実際のがん治療では手術前後に薬物療法を行ったり(術前・術後薬物療法),放射線と化学療法を併用したり(化学放射線療法),病状に応じて手術や放射線療法,薬物療法を行ったりと一人の患者に対し複数の治療法を同時,異時的に行うことがある。以下では,がん治療のなかでも薬剤師が最も深く関与すると考えられる薬物療法の基本について述べる。

薬物療法の導入にあたっての原則 古典的な殺細胞性の抗がん薬による治療である化学療法,ホルモン薬や分子標的薬による治療,最近の免疫調節薬など,抗腫瘍効果を発揮する薬を使用する治療法をまとめて薬物療法とする。 薬物療法の有効性は各がん種により異なり,①治癒が期待できるがん,②延命が期待で

第1章 がん治療に関わるすべての薬剤師が知っておきたいこと

表1 がん治療法の種類と目的

手術療法

・�原発巣の根治切除・�腫瘍の減量術・�根治を意図して行う転移巣の切除(大腸がんの単発肝転移など)・�腫瘍による緊急事態に対応するための緊急手術(イレウスなど)・�緩和的な手術・�再建手術

放射線療法・�根治を目指せる場合に対して行う根治的照射(手術不能例,臓器温存例)・�緩和的照射(骨転移に対する疼痛コントロールや病的骨折予防,脳転移や脊髄圧迫症候群)

薬物療法

・�根治目的で行う薬物療法・�局所進行の固形がんの術前薬物療法・�術後薬物療法・�転移・再発がんに対する薬物療法

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 2016.1 臨時増刊号(Vol.58 No.2)── 17 (189)

きるがん,③症状緩和が期待できるがん,④がん薬物療法の期待が小さいがん──に分かれる(表2)。 がん薬物療法は極めて副作用が出やすい治療法であるため,薬物療法が治癒を期待でき根治目的の手段である場合以外は,原則としてECOG(Eastern Cooperative Oncology Group)のPS(performance status)が良好の患者が適応となる(ECOGのPSについては表3参照)。したがって,患者のPSや薬物療法に不都合な合併症の有無の確認が重要で

1 がん治療の基本

表2 各種薬物療法の有効性

A群:治癒が期待できる*1 C群:症状緩和が期待できる*3

急性骨髄性白血病,急性リンパ性白血病,Hodgkinリンパ腫,非Hodgkinリンパ腫(中悪性度),胚細胞腫瘍,絨毛がん

食道がん,子宮がん,腎がん,膀胱がん,前立腺がん,胆道がん,膵がん,脳腫瘍,甲状腺髄様がん,甲状腺未分化がん

B群:延命が期待できる*2 D群:がん薬物療法の期待が小さい*4

乳がん,卵巣がん,軟部肉腫(円形細胞肉腫),小細胞肺がん,非小細胞肺がん,頭頸部がん,胃がん,大腸がん,肝がん,多発性骨髄腫,慢性骨髄性白血病,非Hodgkinリンパ腫(低悪性度),骨肉腫,悪性黒色腫,甲状腺がん(分化型)

軟部肉腫(非円形細胞肉腫),原発不明癌の一部,腺様嚢胞がん,アポクリン腺癌(乳房外Paget病)

*1:�がん薬物療法単独で治癒が期待できるがん種であり,がん薬物療法が絶対適応となる。*2:�がん薬物療法単独で治癒することは難しいが,大半の症例で延命が十分に期待できる。また再発予防目的の術後療法や集

学的治療がとられることも多い。*3:�がん薬物療法単独で治癒は得られない。延命効果は得られるが,その割合はB群に比べると小さく,症状緩和,QOLの

改善も重要な治療目標となる。*4:�がん薬物療法の有効性は低く,延命効果も不十分である。抗悪性腫瘍薬使用は臨床試験における実施が好ましく,実地医

療の現場ではその適応を慎重に検討する必要がある。〔国立がん研究センター内科レジデント・編:がん診療レジデントマニュアル 第6版.医学書院,p.21,2013より,

2015年10月時点の知見をもとに上記内容を筆者らが一部改変して作成〕

表3 ECOG PS score日本語訳

Score 定 義

0 まったく問題なく活動できる。発病前と同じ日常生活が制限なく行える。

1 肉体的に激しい活動は制限されるが,歩行可能で,軽作業や座っての作業は行うことができる。例:軽い家事,事務作業

2 歩行可能で自分の身の回りのことはすべて可能だが作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす。

3 限られた自分の身の回りのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。

4 まったく動けない。自分の身の回りのことしかできない。完全にベッドか椅子で過ごす。

〔Common Toxicity Criteria, Version2.0 Publish Date April 30, 1999 (http://ctep.cancer.gov/protocolDevelopment/electronic_applications/docs/ctcv20_4-30-992.pdf),

JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)のHP(http://www.jcog.jp/)より〕

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 2016.1 臨時増刊号(Vol.58 No.2)── 37 (209)

はじめに わが国における2013年の原発性肺がん死亡数は約7万2,000人であり,がん死亡のなかで最も多い原因である1)。原発性肺がんは小細胞肺がん(SCLC)と非小細胞肺がん(NSCLC)に分類され,後者が80〜85%を占める1)-3)。NSCLCは腺がん,大細胞がん,扁平上皮がん,その他(多形がん,腺扁平上皮がんなど)に分類され,腺がんはNSCLCの約60%を占める最も多い肺がんである1)-5)。これらの分類は病理所見に基づいて組織学的に行われ,治療方針や予後に大きく影響する2)-6)。原発性肺がんはTNM分類により病期分類が行われ,各病期に応じた最適な治療法が科学的根拠に基づいて提唱されている2)-6)。進行がんの治療は化学療法が中心だが,後述する分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬(免疫治療)が発展してきたことにより,進行がん患者の予後は以前よりも延長してきており,今後も次々と新たなエビデンスにより標準治療が変化していくと考えられる2)-6)。 なお,後述するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬やALK阻害薬などの一部の分子標的薬を除いて,中枢神経病変に対しては化学療法の効果が乏しいため,脳転移には放射線治療を優先する2)-6)。

第2章 薬物療法のスタンダードとマネジメント

1 肺がん標準治療とエビデンス

・�原発性肺がんは小細胞肺がん(SCLC)と非小細胞肺がん(NSCLC)に,さらにNSCLCは扁平上皮がんと非扁平上皮がんに分類され,治療法に対する反応や予後,治療内容が異なる。

・�Ⅰ期−限局型のSCLCやⅠ〜Ⅲ�A期のNSCLCは,手術や放射線療法などの局所治療と化学療法の併用により根治可能な例もある。

・�進展型のSCLCやⅢ�B〜Ⅳ期のNSCLCは,全身化学療法により生命予後の延長が期待でき,NSCLCかつ非扁平上皮がんでEGFR遺伝子変異やALK遺伝子転座が陽性であれば,EGFRチロシンキナーゼ阻害薬やALK阻害薬により長期生存も期待できる。

・�近い将来,第三世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬などが標準治療に加わると予想される。

Key Points

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小細胞肺がん(SCLC)1.概 要 SCLCは,治療選択の観点からTNM分類以外に限局型か進展型に分類する2),3),5),6)。限局型は,病変の拡がりが根治的放射線照射可能な範囲に収まっている場合と定義されており,国内では「病変が同側胸郭内に加え,対側縦隔,対側鎖骨上窩リンパ節までに限られており,悪性胸水,心嚢水を有さないもの」とされている3),6)。 SCLCは急速に進行するため速やかに治療を開始すべきであり,病期診断のために治療開始を1週間以上遅らせてはならないとする意見もある5)。多くの場合で微小な遠隔転移を起こしていると考えられており,早期や限局型であっても手術や放射線治療などの局所治療のみによる制御は困難なため,全病期において全身化学療法が必要である。SCLCは,化学療法に対する感受性が良好であるにもかかわらず予後不良かつ難治性の疾患であり,根治的切除の適応となるⅠ期であっても5年生存率40〜70%,根治的放射線照射が可能な限局型は5年生存率20〜40%・生存期間中央値(MST)約24カ月,進展型においては5年生存率約3%・MST約12カ月である1)-3)。無治療の場合は,仮に診断時に限局型であったとしてもMSTが数カ月程度しかないとされている3)。

2.Ⅰ期 根治的切除術+術後補助化学療法が標準治療と考えられているが,その根拠は観察研究や第Ⅱ相試験などの質の低いエビデンスであり,無作為化比較試験(RCT)による検証はされていない2),3),5),6)。手術と手術以外の治療を直接比較した研究や手術単独と手術+術後補助化学療法を直接比較した研究は過去にないが,米国やカナダのデータベースによると,Ⅰ期に対する手術+術後補助化学療法により5年生存率50%と良好な成績が得られており7),8),国内の第Ⅱ相試験においても手術+術後補助化学療法により5年生存率70%前後と良好な成績が得られた9)。 術後補助化学療法のレジメンは国内の第Ⅱ相試験で用いられたシスプラチン(100mg / m2 day1)+エトポシド(100mg / m2 day1〜3)4週ごと×4コースを参考にする(ただし,シスプラチン100mg / m2は国内の小細胞肺がんに対する用量としては承認されていない)。術後放射線療法併用の意義は不明であり,現時点では推奨されない5),6)。

3.限局型(Ⅰ期を除く) 化学放射線療法が標準治療である2),3),5),6)。化学療法が治療の主体だが,化学療法単独と比較して放射線療法を併用することで生存期間が延長する10)。SCLCの化学療法に対する反応は極めて良好であり,化学放射線療法の奏効率は80〜90%,完全奏効率は50〜60%にもなるが,奏効後の再発も多く5年生存率は20〜25%にとどまる11)。SCLCの化学療法に対する反応が良好であるため,performance status(PS)3〜4であってもPS低下の原因がSCLC自体である場合には化学療法を考慮する5),6)。この場合,化学療法により

第2章 薬物療法のスタンダードとマネジメント

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PSが改善した場合には放射線照射を追加することも考慮する5),6)。なお,これらの治療により完全奏効が得られた症例では予防的全脳照射が推奨される5),6)。化学療法が効きにくい脳内微小転移巣を予防的全脳照射により殲滅することで脳転移予防と全生存期間(OS)の延長が期待できる5),6)。 化学放射線療法における化学療法の代表的なレジメンはPE療法(シスプラチン+エトポシド)である(表1)。エトポシドに対するイリノテカンの優越性や,PE療法にパクリタキセルやシクロホスファミドを併用した3剤併用療法の有効性は示されておらず,PE療法に代わるレジメンはいまのところない5),6)。メタ解析によりカルボプラチンがシスプラチンとほぼ同等であることが示唆されており,腎機能低下や輸液負荷に耐えられないなどの理由でシスプラチンが使用できない場合はカルボプラチン+エトポシド療法が治療の選択肢となる5),6),12)。

4.進展型 化学療法単独が標準治療である。化学療法単独でも奏効率60〜70%と良好な反応が得られるが,ほぼ全例が奏効後の再発を起こす3),5),6)。SCLCによる全身状態不良が原因でPS4となっている場合の化学療法については一定の見解が得られていない3),5),6)。進展型に対する予防的全脳照射は,脳転移予防効果があるが生命予後は延長しなかったため推奨されない3),6)。 標準的なレジメンはIP療法(シスプラチン+イリノテカン)またはPE療法である2),3),5),6)(表1〜2)。国内のRCTにおいてIP療法のPE療法に対する優越性が示された

1 肺がん:標準治療とエビデンス

表1 PE療法(シスプラチン+エトポシド)

1コース

day 1 2 3 … 8 … 15 … 22 … 28

シスプラチン 80mg / m2

点滴静注●

エトポシド 100mg / m2

点滴静注● ● ●

1コース4週×4コース

1コース1コース

表2 IP療法(シスプラチン+イリノテカン)

1コース

day 1 … 8 … 15 … 22 … 28

シスプラチン 60mg / m2

点滴静注●

イリノテカン 60mg / m2

点滴静注● ● ●

1コース4週×4コース

1コース1コース

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 2016.1 臨時増刊号(Vol.58 No.2)── 51 (223)

はじめに 肺がんは,わが国における部位別がん死亡数の第1位となっている1)。肺がんはその組織型により小細胞がん(SCLC)と非小細胞がん(NSCLC)に分類される。SCLCは無治療の場合,手術の適応にならない限局型では生存期間中央値(MST)が12週,進展型では5週と報告されており,非常に予後が悪い疾患である2)。一方,化学療法や放射線療法に高い感受性を示し,限局型では放射線化学療法によりMSTが3年を超え3),進展型ではシスプラチン+イリノテカン併用療法によりMSTが1年以上に延長した4)。NSCLCにおいては,EGFRチロシンキナーゼ阻害薬,ALK阻害薬,血管新生阻害薬などの分子標的薬の導入により,長期生存が得られるようになっている5)-7)。 切除不能・進展型肺がんにおける治療は延命および症状緩和を目的としており,QOL

第2章 薬物療法のスタンダードとマネジメント

1 肺がん薬剤師の腕の見せ所

・�シスプラチンは腎障害を予防するために大量輸液が必要である。そのため入院加療を余儀なくされるが,患者の生活の質を保つために,輸液の減量と投与時間を短縮したショートハイドレーション法が導入されつつある。

・�ペメトレキセドを使用する場合は,腎機能の評価,NSAIDsの併用の確認,葉酸・ビタミンB12によるコンディショニングについて確認し対応する。

・�中等度催吐性抗がん薬を投与される患者のうち,糖尿病を合併した患者において,第二世代のセロトニン5-HT3受容体拮抗薬であるパロノセトロンを用いたSteroid�sparingにより糖尿病の悪化を回避する。

・��EGFRチロシンキナーゼ阻害薬の皮疹の重症度は治療効果と相関することが報告されている。適切な投薬により重度な皮膚障害を予防することで,安易な減量や休薬を回避する。

・�イリノテカンによる下痢は,その発生時期により,原因となるメカニズムが異なる。急性の下痢はコリン作動性症状によるものであり,遅発性の下痢は活性代謝物のSN-38による。下痢を遷延させないことが治療の継続には重要である。

・�パクリタキセルは末梢神経障害以外にも関節痛や筋肉痛を高頻度に引き起こす。芍薬甘草湯はパクリタキセルによる関節痛や筋肉痛の予防に有効である。

Key Points

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52 (224) ──  2016.1 臨時増刊号(Vol.58 No.2)

を保ちながら化学療法を継続するには副作用のマネジメントが必須である。一般的には,高度な副作用が出現した場合には減量または休薬が行われるが,副作用のなかには支持療法を強化することにより減量・休薬を回避できるものがある。多様化する副作用とその対策に対応するためには医師,薬剤師,看護師,その他のメディカルスタッフが協働したチーム医療が求められる。薬剤師は,腎機能や肝機能に基づいた抗がん薬の投与設計や,支持療法の提案,副作用モニタリングからマネジメントを通して患者に貢献することができると考える。

シスプラチンのショートハイドレーションは可能か? シスプラチンはプラチナ系抗がん薬であり,その用量制限毒性(DLT)の一つに腎障害がある。腎障害は主にシスプラチン投与後の補液や飲水が不十分であったときに発現する急性腎障害と,シスプラチンの総投与量に関連する慢性腎障害に分類される。 Cvitkovicらは,急性腎障害を軽減するために,シスプラチン投与前後で大量輸液と強制利尿を実施し,その有効性を証明している8)。そのため,シスプラチン投与前,投与中,そして投与後に計2.5〜5.0Lを10時間以上かけて補液することがわが国の添付文書に記載された。一方,この大量輸液のためにシスプラチン投与では入院加療を余儀なくされている。そのため,シスプラチン投与時の輸液を減じて投与時間を短縮することが試みられている。 Horinouchiらは,シスプラチン(≧75mg / m2)が投与される44名の肺がん患者を対象として,計1.6L,4時間のショートハイドレーション法を評価している(表1)9)。またHottaらは,シスプラチン(≧60mg / m2)が投与される肺がん患者(46名)を対象として,計2.5L,4時間30分のショートハイドレーション法を評価した10)。いずれの試験においても,主要評価項目である1コース目のGrade 2以上の腎障害(クレアチニン値上昇;

第2章 薬物療法のスタンダードとマネジメント

表1 ショートハイドレーションの投与例補液量:約1.6L 投与時間:約4時間

Rp.1 制吐薬(15分)パロノセトロン 0.75mgデキサメタゾン 9.9mg生理食塩水 50mL

Rp.2 他の抗がん薬(10分)ペメトレキセド 500mg / m2

生理食塩水 100mL

Rp.3 CDDP投与前ハイドレーション(1時間)開始液 500mL塩化カリウム 10mEq硫酸マグネシウム 8mEq

Rp.4 強制利尿薬(30分)20%マンニトール 200mLRp.5 シスプラチン(1時間)シスプラチン 75mg / m2

生理食塩水 250mL

Rp.6 CDDP投与後ハイドレーション(1時間)開始液 500mL塩化カリウム 10mEq

CDDP:シスプラチン  〔Horinouchi H, et al:Jpn J Clin Oncol, 43:1105-1109, 2013より〕

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CTCAE v4.0)は認めなかった。またHorinouchiらは,シスプラチン(≧60mg / m2)が投与される46名の肺がん患者を対象として,さらに輸液と投与時間を短縮した(計1〜1.5L,3時間)ショートハイドレーション法を評価し,主要評価項目の1コース目のGrade 2以上の腎障害(クレアチニン値上昇;CTCAE v4.0)は1例(2%)で忍容可能であることを報告した11)。しかし,これらの試験における組み入れ患者はperformance status(PS)が0〜1であることや,治療開始前の血清クレアチニン値が正常値かつクレアチニンクリアランスが60mL / min以上であり,すべての患者に対してショートハイドレーションが可能というわけではないことに注意が必要である。 日本肺癌学会および日本臨床腫瘍学会による「シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き」では,ショートハイドレーションを実施するにあたって下記の項目を実施または観察することを推奨している12)。① シスプラチン投与が終了するまでに1L程度の経口補液を心がけるよう患者に促す。② シスプラチン投与直後から約2時間の尿量・体重管理を行い,当日から3〜5日間は尿量測定・体重管理・飲水量の記録を行う。③ 上記2時間は目安として1L程度の尿量を確保し,尿量測定が困難な場合は尿回数や体重変化(尿回数が3回未満,あるいは,体重が2kg程度増加した場合)を用いて水分バランスを十分考慮し,必要に応じて強制利尿薬の追加を行う。④ シスプラチン投与後3〜5日間で食欲不振,悪心・嘔吐で飲水困難となった場合には積極的に追加点滴を行う。 つまり,ショートハイドレーションを行う場合も1コース目は必ず入院で行い,薬剤師は患者面談を通して制吐状況や飲水量,尿量,ショートハイドレーションにおける患者の理解度などを評価し,主治医とショートハイドレーションの実施の可否を十分に協議したうえで,可能であれば2コース目から外来へ移行すべきである。

ペメトレキセド投与患者における確認事項は? シスプラチン+ペメトレキセド療法(p.45参照)は高い有効性と安全性が報告されており,扁平上皮がんを除くⅣ期非小細胞肺がんの一次治療として推奨されている13)。ペメトレキセドは複数の葉酸代謝酵素を同時に阻害することで抗腫瘍活性を示す薬剤である。また代謝をほとんど受けず,主として尿中へ未変化体(70〜90%)として排泄される。そのため,クレアチニンクリアランスが45mL / min未満の患者については安全性が確立されておらず,慎重投与となっている。 また,他の葉酸代謝拮抗薬でNSAIDsとの併用による副作用の増強が報告されているのと同様に,ペメトレキセドにおいてもイブプロフェンとの併用でクリアランスが低下することが報告されている14)。そのため米国の添付文書では,軽度〜中等度の腎障害がある患者(クレアチニンクリアランス45〜79mL / min)に半減期の短いNSAIDs(イブプロフェン,ジクロフェナク)を投与する場合はペメトレキセド投与の2日前から2日後まで

1 肺がん:薬剤師の腕の見せ所