消化器外科領域の術前・術後ケアと 患者指導で求められること › jyohoshi...

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特集1 病棟編 消化器外科手術を受ける患者の看護 ―自信を持ってできる術前・術後管理と患者指導 を短縮することも求められます。 最近では,在院日数の短縮に伴い,患者 の入院前からの介入が課題とされていま す。入院前のどの時期に誰がどの情報を収 集するのか,そして情報は重複なく収集さ れ,統合的に医療従事者が共有できるよう になっているのかなども患者の治療環境を 整えるための大事な要素としてとらえ,運 用やシステム環境を整えることも急務であ ると言えます。 手術説明とインフォームドコンセント 私たちは,よくインフォームドコンセン トという言葉を使用しますが,Informed =説明した内容を理解する,consent=合 意するという意味で使用されなければいけ ません。十分な時間的余裕があるという前 提で,医師は十分に説明責任を果たすこ と,患者は理解して同意していることが, インフォームドコンセントの概念として示 されています。 医師は,手術説明として手術・麻酔・輸 血の方法と内容,起こり得る合併症,術後 の入室先や管理について,患者と家族に説 明し,医学的に最善の診療計画を口頭およ 消化器外科手術を受ける 患者の術前ケア 安全に手術を行うために,患者が手術や 術後の状態をイメージできるように支援す ることが重要です。心身両面にアプローチ しながら手術に向けた準備を進めることが 求められます。 全身状態の把握 術前に患者の全身状態(身体面,心理面, 社会面)を把握しておくことは,術後の患 者の状態の予測や異常の早期発見に有効で す。また,術前から全身状態を把握してお くことは,患者の身体的・心理的な支援に 必要不可欠であり,手術を迎える時期から 退院までの長期的な支援につながります。 患者の状態の把握には,患者から直接的 に聴取する項目と医療者が観察する項目が あり,表1に示す項目について情報収集し ていきます。情報収集は,一見平易なよう に思われますが,熟練した技術を必要とし ます。まず,プライバシーに配慮した場所 で,一連のプロセスの中で確認していける よう時間を確保して行います。質問項目や 観察項目の補完が目的とならないように一 方通行のコミュニケーションに注意するこ と,患者や家族の状況を見定めて所要時間 消化器外科領域の術前・術後ケアと 患者指導で求められること 丸尾 郁 神戸大学医学部附属病院 看護外来 副看護師長 皮膚・排泄ケア認定看護師 1997年神戸大学医学部附属病院に入職。消化器外科病棟,泌 尿器科病棟の勤務を経て,2008年皮膚・排泄ケア認定看護師の 認定を受ける。現在は看護外来で組織横断的に活動している。 4 消化器看護 がん・化学療法・内視鏡 Vol.23 No.4

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特集1 病棟編 消化器外科手術を受ける患者の看護―自信を持ってできる術前・術後管理と患者指導

を短縮することも求められます。

 最近では,在院日数の短縮に伴い,患者

の入院前からの介入が課題とされていま

す。入院前のどの時期に誰がどの情報を収

集するのか,そして情報は重複なく収集さ

れ,統合的に医療従事者が共有できるよう

になっているのかなども患者の治療環境を

整えるための大事な要素としてとらえ,運

用やシステム環境を整えることも急務であ

ると言えます。

●手術説明とインフォームドコンセント 私たちは,よくインフォームドコンセン

トという言葉を使用しますが,Informed

=説明した内容を理解する,consent=合

意するという意味で使用されなければいけ

ません。十分な時間的余裕があるという前

提で,医師は十分に説明責任を果たすこ

と,患者は理解して同意していることが,

インフォームドコンセントの概念として示

されています。

 医師は,手術説明として手術・麻酔・輸

血の方法と内容,起こり得る合併症,術後

の入室先や管理について,患者と家族に説

明し,医学的に最善の診療計画を口頭およ

消化器外科手術を受ける患者の術前ケア 安全に手術を行うために,患者が手術や

術後の状態をイメージできるように支援す

ることが重要です。心身両面にアプローチ

しながら手術に向けた準備を進めることが

求められます。

●全身状態の把握 術前に患者の全身状態(身体面,心理面,

社会面)を把握しておくことは,術後の患

者の状態の予測や異常の早期発見に有効で

す。また,術前から全身状態を把握してお

くことは,患者の身体的・心理的な支援に

必要不可欠であり,手術を迎える時期から

退院までの長期的な支援につながります。

 患者の状態の把握には,患者から直接的

に聴取する項目と医療者が観察する項目が

あり,表1に示す項目について情報収集し

ていきます。情報収集は,一見平易なよう

に思われますが,熟練した技術を必要とし

ます。まず,プライバシーに配慮した場所

で,一連のプロセスの中で確認していける

よう時間を確保して行います。質問項目や

観察項目の補完が目的とならないように一

方通行のコミュニケーションに注意するこ

と,患者や家族の状況を見定めて所要時間

消化器外科手術を受ける患者の術前ケア

消化器外科領域の術前・術後ケアと患者指導で求められること 丸尾 郁

神戸大学医学部附属病院看護外来 副看護師長

皮膚・排泄ケア認定看護師1997年神戸大学医学部附属病院に入職。消化器外科病棟,泌尿器科病棟の勤務を経て,2008年皮膚・排泄ケア認定看護師の認定を受ける。現在は看護外来で組織横断的に活動している。

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び書面で提示します。患者は,その内容に

同意し診療行為を許可する場合に,署名し

たものを提出します。看護師は,手術説明

時に同席し,中立かつ客観的な立場で,患

者の擁護や説明内容の補完を行う役割が求

められます。

 しかし医療現場では,患者が未成年者の

場合(画一的に年齢で区別はできない),

意思疎通が困難である,疾患の病状で意思

決定の判断が困難である,緊急事態により

時間的猶予がないなどインフォームドコン

セントが困難な場合があります。その場合

は,単にインフォームドコンセントが除外

される状況であると判断せず,診療にかか

わる医療従事者で十分に検討を行う必要が

あります。

●術前オリエンテーション 患者が心身共に良好な状態で手術に臨む

ために,手術に必要な項目や内容をスケ

ジュールとして説明します。

 説明する内容は,患者が手術までに内容

を確認できるよう,要点を簡潔にまとめた

冊子として配布されることが多く,術前オリ

エンテーションは患者の情報収集と同様に

入院前に実施されるようになってきています。

呼吸訓練・禁煙指導

 術後は麻酔薬の影響や挿管の刺激により

分泌物の量と粘稠度が増加し,創部痛によ

り肺拡張と喀痰の喀出力が低下します。そ

のため,術前から呼吸訓練や喀痰喀出の練

習を行い,肺換気能を高めます。

 喫煙が悪影響であるリスクを患者に説明

して,早期から禁煙できるように禁煙外来

の受診を勧めることもあります。

深部静脈血栓症の予防

 手術時間および術後の安静期間には,下

パーソナル項目

身体項目

環境項目

その他

氏名,性別,年齢,住所身長,体重,BMIバイタルサイン•呼吸状態(呼吸回数,肺換気音,呼吸困難感,経皮的動脈血酸素飽和度など)

•循環器状態(心拍数やリズム,心音,末梢動脈触知状態など)•消化器状態(腸蠕動音,排便回数や性状,排ガス状態,悪心や嘔吐の有無など)

•食事量,摂取状況•知覚状態(視覚,聴覚,味覚,触覚,感覚器の状況)•理解力と認知力•睡眠状態など活動状況,ADL血液データ画像データ既往歴,現病歴,アレルギーや感染症の有無病識,病状の受容状況など内服薬の種類と状況,中止薬の有無など職業,アルコールおよび喫煙歴,宗教と価値信念など家族構成,キーパーソンなど保険の種類,介護認定の有無など

身体所見

病歴

薬歴生活歴家族歴

保険や介護

表1 情報収集の項目

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肢運動の抑制や循環動態の変化による血流

停滞,血管内皮障害,血液凝固亢進が要因

となり,下肢や骨盤内の深部静脈に血栓が形

成されやすくなります。形成された血栓が肺

動脈を閉塞し,肺血栓閉塞症を併発すると重

篤な状態に陥るため,予防ケアは重要です。

 予防ケアには,医療用弾性ストッキング

の着用,間欠式空気圧迫装置の装着,麻酔

覚醒後の足関節の背屈運動があり,その目

的と必要性を術前に説明しておきます。

 注意すべき内容として,医療用弾性ス

トッキングは皮膚に密着して圧迫を加える

ことから,血流障害や足趾の変形により,

容易に医療関連機器圧迫創傷を形成するこ

とを念頭に置かなければいけません。着用

前には足趾変形の有無を確認すると共に足

背動脈および後脛骨動脈の触知確認を行

い,着用時には定期的な観察と医療用弾性

ストッキング自体のよれやしわに細心の注

意を払います。

服薬の中止・減量や点滴薬への移行

 服薬が手術の合併症に影響する場合ある

いは服薬の中断が離脱症状や病状に影響す

る場合は,服薬の中止・減量または点滴薬

への移行を行いますが,術後の全身状態に

影響するため,確実な遂行が必要です。

 ここでは,抗凝固剤とステロイド剤の一

例を述べます。

抗凝固剤

 不整脈の一つである心房細動は,心房部

分が十分に収縮しないことから血栓を形成

します。さらに加齢や高血圧,糖尿病など

によって心房の内皮が変化しても,容易に

血栓を形成します。そこで抗凝固剤を投与

して血栓の形成を予防しますが,手術時に

はこの抗凝固剤が出血のリスクを高めるた

め,手術の1週間前には抗凝固剤を中止

し,ヘパリンの静脈投与に移行します。

 ヘパリンは,静脈投与で速やかに反応が

現れ,半減期が短いという特徴を持つこと

から,手術直前に停止させることで手術時の

出血のリスクを回避させることができます。

ステロイド剤

 通常,私たちの体内では副腎皮質ホルモ

ンが分泌され,手術などの侵襲が生じた場

合には,通常の約10倍の副腎皮質ホルモ

ンが分泌されることで身体の恒常性を保ち

ます。しかし,治療としてステロイド(=

副腎皮質ホルモン)を長期に投与された場

合や,短期でも大量投与された場合は,通

常の体内の副腎皮質ホルモンの分泌が抑制

されます。適量の副腎皮質ホルモンが分泌

されない場合は,表2に示した急性副腎不

全(副腎クリーゼ)の症状を呈するため,

副腎皮質ホルモンの補助(ステロイドカ

バー)を行います。

術後状態についての説明

術後せん妄

 高齢に加え,代謝障害や循環障害がある

場合は薬剤の影響を受けやすく,せん妄状

態に陥りやすいという特徴があります。せ

ん妄の誘因には,手術で受けた身体的スト

•血圧低下,循環不全•発熱   •消化器症状•低血糖  •電解質異常•倦怠感  •意識障害 

表2 急性副腎不全の症状

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レス,疼痛の増強,排泄の刺激や失禁によ

る不快が挙げられるため,要因となるもの

の十分な調整が求められます。

 せん妄状態になると,外界からの刺激を

適切に認識できなくなるため,患者本人で

はなく周囲の家族や医療者が患者の安全を

守っていくことになります。せん妄である

患者の安全を優先させると,せん妄である

患者本人の意に反したことや不快に思うこ

とを実施することが多く,一時的な状況で

あっても,少なからず患者本人と家族の関

係性に変化をもたらします。単に監視モニ

ターや身体拘束の同意を得るための手段と

ならないように注意し,せん妄状態が迷惑

な行為や不利益な状況であると認識されな

いように説明します。誰にでも起こり得る

状態で,かつ一時的な状態として伝えるよ

うに留意が必要です。

術直後のルート類

 患者は,麻酔覚醒時に手術が終了したこ

とを認識します。術前に,術直後に留置さ

れるドレーンやチューブ類について患者自

身が十分に理解することは,ルートトラブ

ル予防の一助となります。酸素マスクやド

レーン・ルート類を図示し,患者が術後の

状態を理解している状態にしておくことが

肝要と言えます。

術前処置

 患者の状態を確認しながら進め,除毛→

臍処置→全身の保清→点滴確保のように,

実施する順序にも気を配りましょう。

除毛,臍処置,全身の保清

 臍や体毛(毛根)に貯留した皮脂や皮膚は

垢であり,しばしば創感染の要因になります。

 臍垢はオリーブ油などでやわらかくして

綿棒で除去し,体毛は電動除毛器を使用し

て除毛します。電動除毛器は感染面を考慮

してディスポーザブルの替刃で行います

が,除毛時に微細であっても皮膚を損傷し

た場合は,損傷した創そのものが感染源に

なるため,留意が必要です。

 その後,全身の保清として可能な範囲で

入浴や洗髪を行い,術後観察のために化粧

やマニキュア・ペディキュアを除去しま

す。また,指輪などの貴金属類は血行障害

や熱傷予防のために外します。

絶飲食,下剤投与,点滴ルートの確保

 麻酔導入後の胃内容物による誤嚥性肺炎

の予防,消化液や便による術野および吻合

部の汚染予防,腸管減圧や安静の目的で,

絶飲食とし,下剤を投与します。

 腸管狭窄がある場合の下剤投与は,時と

して穿孔の原因となるため,腹部症状のモ

ニタリングが求められます。下剤投与後,

時間の経過に伴う便性状の変化や腹部症状

を事前に説明したり,下剤投与により頻回

なトイレ移動となるため患者のADLに合わ

せてポータブルトイレを設置したりするな

ど,環境への配慮が必要です。

 下剤投与や絶飲食による脱水予防と術前

の栄養改善の目的で,点滴ルートを確保し

ます。栄養改善には主に中心静脈路を確保

しますが,カテーテル留置時に気胸を起こ

すこともあるため,呼吸状態の観察が必要

です。長期にわたって中心静脈カテーテル

を留置することは,中心静脈からの感染の

リスクになり得ることを理解し,消毒や固

定を徹底しましょう。

7消化器看護 がん・化学療法・内視鏡 Vol.23 No.4

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睡眠導入剤の投与

 手術前は不安や緊張から不眠となりやす

いため,不安や緊張の緩和と不眠による疲

労軽減の目的で,睡眠導入剤を投与しま

す。投与により平衡感覚や状況判断が低下

するため,夜間に覚醒した際の転倒・転落

に注意が必要です。

消化器外科手術を受ける患者の術後ケア 術後は全身状態の把握や合併症の早期発

見と共に,患者自身が回復している状態を

意識できるように支援することが重要で

す。日々変化している状態に合わせた支援

が求められます。

●合併症の観察 術後の合併症として①~⑤を挙げます。

合併症を早期発見できるよう,徴候に注意

して観察する必要があります。

①出血

 手術では,多くの血管を結紮したり吻合

したりすることから,出血を早期に発見す

るためにドレーンを留置します。ドレーン

からの排液の性状や量を観察し,出血によ

る循環血液量の減少で生じる血圧の低下,

心拍数の増加,尿量減少などのバイタルサ

インの変化をモニタリングしていきます。

 体位変換により一時的に排液が増加する

場合もあるため,超音波検査や採血検査の

経時的な変化を確認し,保存的治療か止血

術などの再手術を行うのかを判断します。

 治療は,輸液,輸血,酸素投与,薬剤投

与が主となりますが,出血量が増加し,収

縮期血圧80mmHg以下,脈拍数120回/分

以上,臓器血流の低下(皮膚蒼白,乏尿,

意識障害)の3つを満たすと,出血性ショッ

クに陥ります。対応が遅れ重症化すると,

多臓器不全へと移行するため,経時的な変

化に留意することが必要です。

②肺合併症

 術中の同一体位での陽圧換気,創部痛に

よる肺拡張と喀痰力の低下,術直後の循環

血液量増加に伴う肺うっ血などにより,気

道内は分泌物が増加し,肺換気量は低下し

ます。これにより,無気肺や肺炎などの合

併症が起こります。主に,呼吸回数や呼吸

の状態,胸郭の動き,肺換気音,経皮的動

脈血酸素飽和度,喀痰の状態を観察します。

 治療としては,酸素を投与し,喀痰喀出

を促します。不十分な換気の原因が創部痛

によるものと考えられるのであれば,疼痛

コントロールを積極的に行います。重症化

すると,呼吸筋に疲労が蓄積して良好な換

気が行えなくなるため,呼吸改善の目的で

人工呼吸器による管理に変更する場合もあ

ります。

 術後早期に,背面を開放した座位を保持

することから始め,徐々に離床を促してい

きます。

③縫合不全

 縫合不全は,縫合部の病変の残存,血流

障害,過度の緊張,内圧上昇,感染などの

局所的な要因と,低栄養,低酸素状態,糖

尿病などの代謝障害,免疫状態などの全身

的な要因によって起こります。縫合不全に

より腹膜炎や膿瘍形成に陥りますが,しば

しば発熱や炎症反応による疼痛という症状

として現れます。

消化器外科手術を受ける患者の術後ケア

8 消化器看護 がん・化学療法・内視鏡 Vol.23 No.4

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 治療は,絶食して縫合部の安静を図るこ

と,抗菌剤の投与,炎症や膿瘍部のドレナー

ジなどを行います。炎症や膿瘍形成が限局

した場合やドレナージできている場合は重

症化しないこともありますが,全身的な感

染状態の悪化から敗血症となることがある

ため,注意が必要です。

④イレウス

 腸管の通過障害であるイレウスには,腸

管に問題はなく腸管の運動が麻痺した機能

的イレウス(麻痺性イレウス,痙攣性イレ

ウス)と,腸管が機械的に閉塞した機械的

イレウス(閉塞性イレウス,絞扼性イレウ

ス)があります。

 腹部症状としては腹部膨満感や腹痛,嘔

吐を認め,聴診では腸蠕動音の低下や金属

性の腸雑音,打診では鼓音の聴取,画像上

ではニボー像を認めます。

 治療は,減圧のために絶食やイレウス

チューブによるドレナージを行い,脱水や

電解質異常を改善させるために輸液を行い

ます。機能的イレウスは保存的治療が基本

ですが,イレウスによる炎症が増悪してい

る場合や機械的イレウスの場合は,外科的

治療として手術を行います。消化液の分泌

が亢進されるため,腹痛や嘔吐を生じます

が,重症化すると脱水や電解質の異常だけ

でなく,腸内細菌の増加から敗血症に陥る

ため,注意が必要です。

⑤感染

 手術部の細菌汚染と全身的要素(栄養状

態,代謝障害の有無,免疫状態)が要因で,

手術部位感染(SSI)と呼ばれます。術中

の無菌操作は基本ですが,切開創の管理と

して,滅菌した被覆材で48時間閉鎖環境

を保つこと,術前からの栄養状態や糖尿病

のコントロールを良好に保つことが必要で

す。感染の徴候である発赤,腫脹,発熱,

疼痛の有無を観察し,感染創が疑われた場

合は細菌培養検査を行い,起因菌を同定し

て抗菌剤を投与します。

●ドレーン管理 ドレーンは,減圧目的や異常を発見する

ための情報目的で留置されます。ドレーン

からの排液の量や性状を観察するために,

ドレーンの尖端がどこに留置されているの

かを把握しておく必要があります。

 ドレーンは,刺入部からの感染,ドレー

ンの屈曲や閉塞,予期しない抜去がないよ

うに固定します。ドレーンの固定方法の例

を図に示しますが,刺入部が体動で動かな

いように固定することが優先されます。刺

入部が外界と遮断されるようにフィルムを

貼付する場合もありますが,固定する医療

用テープを重ねるあまり,かえって粘着度

が低下してしまう場合もあるので,最低限

裏打ちのテープ

断面

ドレーン

テープ

ドレーン

●①切り込みを入れたテープでドレーンを固定する●②反対側からも,切り込みを入れたテープでドレーンを固定する●③少し離れたところもテープで固定する

図 ドレーンの固定例

9消化器看護 がん・化学療法・内視鏡 Vol.23 No.4

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度の使用にとどめることが必要です。

 ドレーンの留置は患者の活動制限につな

がりやすいため,活動しやすい位置への固

定を工夫します。また,留置しているチュー

ブが接触して周囲の皮膚や粘膜を損傷しな

いように,固定位置の変更や緩衝効果のあ

るものを使用します。医療用テープを除去

する際は表皮を損傷する場合があるため,

剝離剤を使用して愛護的に医療用テープを

剝離するようにしましょう。

●疼痛管理 術式,手術部位,手術時間,侵襲の程度

により疼痛の程度は異なり,術後の緊張や

不安によって助長されると言われます。ま

た,疼痛は個人の体験や感受性で左右さ

れ,個々の疼痛の閾値が異なることから,

画一的な管理が難しいのが特徴です。

 疼痛は主観であるため,医療者が客観的

に 評 価 で き る よ う にVAS(visual analog

scale)を用い,状態を把握することが必

要です。特に日本では,文化的な背景から

痛みを訴えることを良しとしない考えもあ

るため,疼痛が早期回復の妨げになるこ

と,疼痛は緩和できることを患者に十分に

説明しておく必要があります。

 疼痛管理において重要なのは,患者に痛

みを確認するだけでなく,バイタルサイン

の変化,非言語的に表現されている表情や

活動量,食欲や睡眠状態などからもアセス

メントすることです。患者の状態から疼痛

の程度を察して,鎮痛剤の使用を患者と共

に調整することが,術後の回復を円滑にさ

せるといっても過言ではありません。

 疼痛を緩和する方法には,硬膜外投与,

静脈内投与,筋肉内投与,経口投与があり,

使用する薬剤には,オピオイド,局所麻酔

薬,非ステロイド性抗炎症薬があります。

前述したように,不安や緊張は疼痛増強につ

ながるため,薬剤投与のみならず患者に十分

に説明することや,日常の何気ない会話や

タッチングなどが疼痛緩和に有効と言えます。

●早期離床 早期離床は,肺合併症の予防,深部静脈

血栓症の予防,腸蠕動の促進,脚力の回復

などにおいて有効です。患者は,早期離床

が原因で創離開や縫合不全を招くのではな

いかと恐れたり,離床に伴う疼痛から気が進

まなかったりすることもあるため,早期離床

の目的を明確に説明しておくことが必要です。

 離床は,短距離でも1日数回行うのが望

ましく,患者が自己の回復のために取り組

んでいることを周囲の家族や医療者が承認

することで,患者自身の達成感につなげる

ことができます。事前に鎮痛剤を投与し,

離床後のバイタルサインや症状にも注意を

配り,安全に無理なく進めていきましょう。

精神的ケア 患者の手術前の精神状態についての文献

を確認すると,「手術患者の不安は,手術

当日のみに不安を持ち緊張するのは稀であ

り,入院当日よりも手術前日に高い」1)「手

術前の患者の不安は,病気麻酔,手術,術

後の痛み,術後の生活,家族,仕事,経済

歴問題などの生活全般にわたっている」2)

と報告されています。一方,術後は手術終

了の安堵感はあるものの,加わった侵襲へ

の不安,疼痛や安静度などから,高いスト

精神的ケア

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レス状況にあります。術前から常に危機的

な状況に置かれながら,自分自身に起こっ

た急速な身体状況の変化に対応していかな

ければなりません。加えて,回復のための

リハビリテーションに向き合わなければな

らない責任,確約のない回復への不安と

いった狭間で揺れる気持ちを理解する必要

があります。

 さらに,退院後に医療者不在の中で自立

していかなければいけない孤独感などから,

抑うつ状態となりやすいのも特徴です。術

後,順調に回復した場合も,手術という大

きなライフイベントを乗り越えてきた足跡

を患者と共に振り返るなど,自己効力感を

得られるようなかかわりが必要と考えます。

患者への退院指導●食事指導 患者に食事指導を行う場合は,禁止事項

や推奨事項のみを伝えるだけでは患者の理

解につながりません。長年の習慣や先入観

などから食生活を変えるのは難しいことが

多いため,症状や原因を説明し,患者の行

動変容につなげることが大切です。

ダンピング症状

 胃切除術後,胃全摘術後,食道全摘術後

は,胃容量の減少あるいは喪失したことに

より,食物が急速に小腸に送られるダンピ

ング症状が起こります。

 早期ダンピング症状は,食後30分ごろ

に嘔気・嘔吐,下痢,発汗,頻脈,動悸,

顔面紅潮,気分不良,脱力感などの症状が

現れます。1回量は少なめにゆっくりと摂

取し,食後に臥床することで摂取した食物

が急速に大腸に流れ込むのを防ぐことを指

導します。

 後期ダンピング症状は,食後約2,3時

間で空腹感や倦怠感が始まり,動悸,頭痛

や嘔気,重篤な場合は意識障害といった低

血糖症状が現れます。症状の出現時は低血

糖症状と同様の対応をしますが,過剰な糖

分摂取にならないように指導します。

逆流性食道炎

 胃全摘術後および食道全摘術後は,逆流

を防止する機能が破綻するため消化液が逆

流し,胸焼けや痛みなどの症状を認めます。

臥床時は頭部を挙上することと,過食や脂

質の多い食品を控えることを指導します。

脱水,電解質異常

 大腸全摘術および回盲部人工肛門造設術

後は,水分や電解質の吸収能が低下するた

め,脱水や電解質異常を伴いやすくなります。

一度に水分を摂取するのではなく,こまめに

少量の水分を摂取することを指導します。

●排便コントロール 直腸や肛門括約筋を切除したことで,便

の貯留能が低下します。術前に放射線治療

を実施した場合も,軟部組織の弾性が低下

するため同様の状態が起こります。これに

より頻回の排便,下痢,便失禁となります

が,徐々に症状が改善することが多いと言

われています。

 一方で,手術の影響による蠕動運動の低

下から便秘となることもあります。症状に

合わせて整腸剤,下剤,止痢剤を投与しま

すが,排便の状態を確認しながら薬剤を調

整したり,薬剤以外の食事や運動などの指

導も並行して行ったりする必要があります。

患者への退院指導

11消化器看護 がん・化学療法・内視鏡 Vol.23 No.4

Page 9: 消化器外科領域の術前・術後ケアと 患者指導で求められること › jyohoshi › sc › 20181011mihon › 1.pdf · 特集1 病棟編 消化器外科手術を受ける患者の看護

●ストーマケア ハルトマン術またはマイルス術で人工肛

門を造設した場合,直腸低位前方切除術な

どの際に吻合部縫合不全の予防目的で人工

肛門を造設した場合,緩和的な人工肛門を

造設した場合は,ストーマケアが必要とな

ります。

 術前に,ストーマのオリエンテーション,

ストーマサイトマーキングを実施します。

ストーマのオリエンテーションでは表3に

示す内容を説明し,患者がストーマの詳細

やケアをイメージできるように支援します。

ストーマサイトマーキングは,自分自身で

ケアしやすい位置,装具装着に支障のない

位置にストーマが造設されるように,ク

リーブランドクリニックの原則に基づいて

実施します。医師と共にさまざまな体位に

おける腹壁の状態を確認し,体形に合った

位置にマーキングを行います。

 ストーマケアは術直後からセルフケアの

練習を開始し,退院後に患者自身が実施で

きるよう段階的に支援します。患者が退院

後にどこで療養するのかを踏まえ,患者本

人だけでなく,家族や訪問看護師,施設職

員などと共にセルフケアの支援を行います。

 装具の交換は,患者本人が担えるケアと

困難なケアを明確にし,困難なケアを誰が

どのように支援していくのか,代用できる

物品や製品があるのかなどを調整しながら

進めます。

 セルフケアの支援だけでなく,使用して

いる装具の名称や製品番号,製品の注文方

法,トラブル時の対応方法や相談窓口につ

いても説明しておくことが重要です。

術前は,患者が手術や術後をイメージできることを目標に支援する。

術後は,全身状態や精神状態を確認しながら,安全な回復を目標に支援する。

退院に向けた支援は,術前からの連続的な介入を生かし,退院後の療養場所や支援体制を踏まえて支援する。

引用・参考文献1)長谷川真美:手術患者のもつ不安の経時的変化について,第20回日本看護学会集録(成人看護Ⅰ),No.20,P.192 ~195,1995.

2)数間恵子他編:手術患者の期待と不安,手術患者のQOLと看護,P.3~13,医学書院,1999.

3)宇佐美眞編:消化器外科ケア―エキスパートナースハンドブック,照林社,2010.

4)竹末芳生,藤野智子編:術後ケアとドレーン管理のすべて,照林社,2016.

5)日本看護協会ホームページ:インフォームドコンセントと倫理,看護実践情報.

6)日本循環器学会他:肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版),2018.

7)日本手術医学会:手術医療の実践ガイドライン(改訂版),2013.

8)西田修他:日本版敗血症診療ガイドライン,日本集中治療医学会・日本救急医学会合同作成,2016.

術前は,患者が手術や術後をイメージできることを目標に支援する。

術後は,全身状態や精神状態を確認しながら,安全な回復を目標に支援する。

退院に向けた支援は,術前からの連続的な介入を生かし,退院後の療養場所や支援体制を踏まえて支援する。

記事のポイント

ストーマの概論

ストーマケアの実際

手術前の処置

日常生活

手術による合併症

社会保障制度

退院後の支援

その他の支援

造設部位,排泄経路の変更に伴う状況,ストーマの合併症など放便,装具交換,装具購入など前処置,ストーマサイトマーキング食事,入浴,外出や社会復帰,災害に備えた準備など排尿障害,性機能障害身体障害者手帳,医療費控除などストーマ外来の紹介,医師との連携,緊急時の対応など支援団体,研究会や学会,装具メーカーなどの紹介

表3 ストーマのオリエンテーションの内容

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