JPSJ 24: 71-83 (2020) - J-STAGE

13
音声研究 第 24 巻  71–83 2020 Journal of the Phonetic Society of Japan Vol. 24, pp. 71–83, 2020 研究論文 日本人小学生の英語音声の継続的収録と 英語単母音の音響的・時間的分析 加藤 恒夫 * ・山本 誠一 * Longitudinal Collection of English Speech Produced by Japanese Elementary School Children and Acoustic and Temporal Analysis of Their Vowel Production Tsuneo KATO * and Seiichi YAMAMOTO * 要旨:日本人小学生の英語音声を 4 年生から 6 年生まで収録した.47 名の児童について,9 種類の英語単母 音のフォルマント周波数と母音区間の時間長を計測した.分析の結果,各単母音のスペクトルの分散が成長 とともに低減されることがわかった.3 種類の母音群/2/-/æ/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/に焦点を当てて分析を行った.児 童らは/2/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/の弛緩母音と緊張母音の発音を音響的に区別することは難しかったが,/æ//A/なら びに/2/の第 1 フォルマント周波数に有意差が確認された.また,/I/-/i//U/-/u/においては継続時間長を区別し て発声していた. キーワード:2 言語音産出,日本人小学生,英語母音産出,フォルマント周波数,継続時間長 SUMMARY: We recorded English speech produced by Japanese elementary school children from the 4 th grade to the 6 th grade. The formant frequencies and segmental duration of 9 English monophthongs were measured on the speech of 47 children. The analysis showed that spectral variance of each monophthong decreased over time. We focused on the analysis of three vowel groups, /2/-/æ/-/A/, /I/-/i/ and /U/-/u/. Although the children had difficulties in differentiating lax and tense vowels acoustically, a significant difference was observed in F1 frequency between /æ/ and the other two, /2/ and /A/. Meanwhile, they differentiated /I/-/i/ and /U/-/u/ with segmental duration. Key words: second language speech production, Japanese elementary school children, English vowel production, formant frequencies, segmental duration 1. はじめに 外国語(英語)によるコミュニケーション能力 の向上を図るため,2020 年度より国内の小学校で 外国語が教科化される.2011 年度以来 56 年生 で行われていた外国語に親しむ活動が 34 年生 に前倒しされ,56 年生では教科として「外国語 (英語)」が教えられる.音声教育については,全 国の小学校で教員が英語の発音を教育できるのか などの課題が指摘されているが,児童が教育によ りどこまで到達できるのか,児童の成長過程でど のような変化が起こるのかなどはまだ記録されて * 同志社大学(Doshisha Universityいない.例えば,小学校の英語教師によれば,音 声を中心に学んだ英語の発音がアルファベットの 習得によりローマ字発音に近づく児童がいるなど の変化が指摘される. 2 言 語 音 の 獲 得 は 早 い ほ ど よ い(Singleton 1989)とされるが,児童を対象とする従来の研究 は第 2 言語音獲得の臨界期の推定と関連して,学 習者が第 2 言語環境に移住した際の変化を測るも のが多い(Tsukada et al. 2005, Oh et al. 2011).Oh らの研究では米国に移住した日本人親子の渡米 5 ヵ月後とその 1 年後の母音の発音を比較し,渡 5 ヵ月後は親の発音の方が子の発音よりも優れ — 71 —

Transcript of JPSJ 24: 71-83 (2020) - J-STAGE

音声研究 第 24巻  71–83 頁2020 年

Journal of the Phonetic Society of JapanVol. 24, pp. 71–83, 2020

研究論文日本人小学生の英語音声の継続的収録と英語単母音の音響的・時間的分析

加藤 恒夫*・山本 誠一*

Longitudinal Collection of English Speech Produced by Japanese Elementary School Children

and Acoustic and Temporal Analysis of Their Vowel Production

Tsuneo KATO* and Seiichi YAMAMOTO*

要旨:日本人小学生の英語音声を 4年生から 6年生まで収録した.47名の児童について,9種類の英語単母音のフォルマント周波数と母音区間の時間長を計測した.分析の結果,各単母音のスペクトルの分散が成長とともに低減されることがわかった.3種類の母音群/2/-/æ/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/に焦点を当てて分析を行った.児童らは/2/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/の弛緩母音と緊張母音の発音を音響的に区別することは難しかったが, /æ/と/A/ならびに/2/の第 1フォルマント周波数に有意差が確認された.また,/I/-/i/と/U/-/u/においては継続時間長を区別して発声していた.

キーワード:第 2言語音産出,日本人小学生,英語母音産出,フォルマント周波数,継続時間長

SUMMARY: We recorded English speech produced by Japanese elementary school children from the 4th grade to the

6th grade. The formant frequencies and segmental duration of 9 English monophthongs were measured on the speech of

47 children. The analysis showed that spectral variance of each monophthong decreased over time. We focused on the

analysis of three vowel groups, /2/-/æ/-/A/, /I/-/i/ and /U/-/u/. Although the children had difficulties in differentiating lax

and tense vowels acoustically, a significant difference was observed in F1 frequency between /æ/ and the other two, /2/

and /A/. Meanwhile, they differentiated /I/-/i/ and /U/-/u/ with segmental duration.

Key words: second language speech production, Japanese elementary school children, English vowel production, formant

frequencies, segmental duration

1. はじめに

外国語(英語)によるコミュニケーション能力の向上を図るため,2020年度より国内の小学校で外国語が教科化される.2011 年度以来 5~6年生で行われていた外国語に親しむ活動が 3~4 年生に前倒しされ,5~6年生では教科として「外国語(英語)」が教えられる.音声教育については,全国の小学校で教員が英語の発音を教育できるのかなどの課題が指摘されているが,児童が教育によりどこまで到達できるのか,児童の成長過程でどのような変化が起こるのかなどはまだ記録されて

*同志社大学(Doshisha University)

いない.例えば,小学校の英語教師によれば,音声を中心に学んだ英語の発音がアルファベットの習得によりローマ字発音に近づく児童がいるなどの変化が指摘される.第 2 言語音の獲得は早いほどよい(Singleton

1989)とされるが,児童を対象とする従来の研究は第 2言語音獲得の臨界期の推定と関連して,学習者が第 2言語環境に移住した際の変化を測るものが多い(Tsukada et al. 2005, Oh et al. 2011).Oh

らの研究では米国に移住した日本人親子の渡米5ヵ月後とその 1年後の母音の発音を比較し,渡米 5ヵ月後は親の発音の方が子の発音よりも優れ

— 71 —

研究論文(Research Articles)

るが,その 1年後に親の発音には変化がないのに対して,子の発音は英語母語話者のように変化したと報告している.しかし,母語環境における外国語教育による発音の継続的な記録や教育の効果測定はこれまでに報告されていない.母語環境における外国語教育の効果は,第 2言語環境の場合に比べて遅く,弱いと考えられる.これから本格化する国内の外国語教育によって児童が何をどれくらいできるようになるか,わからないことは多い.個人差も大きいと考えられ,多数の児童を対象に,より長期に渡って継続的に記録し,定量的に分析することが,エビデンスに基づく議論のための基盤として必要と考える.我々は国内で教育を受ける児童の英語音声の産出をまず記録し,そして分析するため,かねてより英語教育に力を入れてきた京都府内の私立小学校の協力を得て,着手時に小学 4年生であった学年 89名の英語音声を 4年生の冬から 6年生の夏まで 6ヵ月ごとに計 4期収録した.比較的恵まれた英語教育を受ける児童の英語音声を継続的に分析することで,国内で英語教育を受ける児童の英語音声産出の予測に資すると考えている.通常,発音の識別的評価においてはミニマルセットを構成し,注目した特徴以外の条件を揃えて比較を行うが,小学生の知る単語を条件としてミニマルセットを構成すると組み合わせが著しく限定されるため,多様な基本単語を収録し,特定の音素コンテキストへの依存性を低減することとした.そのため,比較における厳密さは欠くが,代わりに小学生が知る単語のありのままの特徴を捉えている.本稿では,英語音声収録の取り組みを紹介した後,9種類の英語単母音に焦点を当て,スペクトル特徴と母音区間の時間長について報告する.特に,日本人が苦手とする対照的な母音群に注目し,フォルマント周波数分布とその経時的な変化,母音区間の時間長について報告する.

2. 関連研究

日本人学習者の英語音声について,Tsukada(1999)

は母音空間図上で近接する母音,特に/A/と/2/, /u/

と/U/の発音が重なることを示した.それぞれ日本語母音/a/と/W/に同化している.日本人学習者によるこれらの英語母音の第 1・第 2フォルマント周波数は,英語母語話者に比べて広く分布したが,それは日本語の/a/と英語の/A/と/2/を包含する母音カテゴリ,日本語の/W/と英語の/u/と/U/を包含する母音カテゴリが形成されているためと考察した.日本人英語学習者の英語母音の識別能力が向上するか検証するため,Lambacherら(2005)は,アメリカ英語の 5 種類の広母音/æ/, /A/, /2/, /O/, /Ä/の識別訓練を 6週間,成人の学習者に対して実施した.そして,聞き取りと産出における識別タスクで,制御群と実験群によるプレテストとポストテストの結果を比較することで識別訓練の効果を示した.産出した広母音のフォルマント分析より,識別訓練を実施した実験群の方が,各母音の第 1・第 2フォルマント周波数のばらつきが顕著に小さく,母音間の差異が明確であった.特に,/æ/, /O/,

/Ä/の発音は/A/と/2/よりも向上し,それは日本語母音の/a/との音響的な差異が大きいことに起因していると考察している.第 2言語習得における成人と児童との違いに着目した研究として,Ohら(2011)は母語および第2言語の母音産出の経時的な変化と年齢との関係を調べるため,渡米した日本人親子の渡米 5ヵ月後とその 1年後の英語音声を収録した.8種類の母音/i/, /I/, /eI/, /E/, /A/, /2/, /u/, /U/についてスペクトル品質と継続時間長の変化を測り,同年齢の英語母語話者と比較した.親は渡米 5 ヵ月後には 10

歳の子と比較して発音が優れていたが,その 1年後でも変化がないのに対して,子は渡米 5ヵ月後には英語母語話者の発音と全く異なったが,その1年後には英語母語話者と同様になっていた.同時に収録した母語日本語の母音を分析すると,子は母語の音も変化しやすく,渡米 5ヵ月後に比べてその 1年後は日本語の/i/と/a/のスペクトル品質に変化が見られた.母音の識別において,英語母語話者は時間長よりもスペクトル品質を手がかりにしていると言わ

— 72 —

日本人小学生の英語音声の継続的収録と英語単母音の音響的・時間的分析

れる.第 2言語環境に移住した成人と児童は識別の手がかりをどのように変化させるのだろうか.Kimら(2018)は英語母音の知覚における手がかり (cue weighting)を,カナダに移住した韓国人の親子に対する移住数ヵ月後から 1年間に渡る母音識別実験により計測した.2種類の母音の組/I/-/i/,

/E/-/æ/で計測を行った.親子とも/I/-/i/ではスペクトル品質と時間長の両方を用いたのに対して,/E/-/æ/

では時間長を手がかりにした./I/-/i/の識別において,初期は親がスペクトル品質,子が時間長を手がかりにしていたが,時間の経過に伴い,子がスペクトル品質を手がかりにし始めることが報告されている.日本語を母語とする小学生の英語音声の獲得について,佐久間・高木(2019)は語彙習得に関わる言語性短期記憶の観点から英語音韻認識と音声産出の特徴を検証している.音節数および子音連結を変化させた非単語の聞き取り課題と反復課題を用いることで音韻認識と音声産出のプロセスを分離している.実験の結果,音節数が多い単語の学習は音韻認識の段階で困難であるのに対して,子音連結の多い単語の学習は音声産出の段階で困難が生じる可能性を示唆している.一方,英語を母語とする青少年の成長に伴う音声の変化を調査した研究として,Leeらは 5歳から 18 歳までの青少年 436 名と成人 56 名を対象に,音素区間の時間長,基本周波数,フォルマント周波数,スペクトル包絡を分析した(Lee et al.

1999).成長に伴い,時間長は短く,基本周波数,フォルマント周波数は低くなる.全パラメータについて話者内のばらつきが減少すると報告している.音素区間の時間長の減少は 9歳頃から始まり12歳頃に成人のレベルに到達する.基本周波数とフォルマント周波数のばらつきの減少は 11歳頃に始まり 15 歳頃に成人のレベルに到達する.基本周波数とフォルマント周波数の男女差は 11 歳頃から始まるとしている.この分析は,本稿で比較に用いた米国人児童の音声を含む Central Institute

for the Deaf (CID)データベースに対する分析結果である.

3. 小学生の英語音声の収録

3.1 小学校における英語教育児童の英語音声の収録に協力いただいた私立小学校は創立以来,英語教育に力を入れている.1

年生から 6年生まで週に 3回,英語に親しむ活動や授業が行われている.これらは外国人教師を含む英語科の教師により,聞くこと・話すことに重点をおいたコミュニケーション中心に行われている.外国人教師は米国人だけでなく多国籍であるが,アメリカ英語が教えられている.おおまかなカリキュラムは以下のとおりである.1年生は文字情報はなしで挨拶や基本的な単語などを学ぶ.2年生の 3学期にアルファベットを学び,3年生の1学期に phonicsの基本を学ぶ.3年生の 2学期に国語の授業で日本語のローマ字表記を学ぶ.5年生では言語の異なる他者を理解できるように,質問の仕方を学ぶ.6年生では,自分を表現する方法を学ぶ.

3.2 音声収録特定の学年の児童を対象として,4年生の 12月から 6年生の 6月まで 6ヵ月おきに計 4期,英単語,英語短文と比較用の日本語単語の読み上げ音声を収録した.児童個別に,実験オペレータが発声内容ごとにイラストと綴りの書かれたスライドをタブレット上に提示し,音声を収録した.図 1

にスライドの例を示す.ありのままの発声を収録するため,発声内容に特化した事前訓練などは行わせず,初見の音声を収録している.ただし,6ヵ月おきに同じスライドを見ることになる.読みがわからない場合にも児童に心理的負担を与えないため,お手本音声の再生ボタンをスライド上に配置し,押せば同校の米国人英語教師によるお手本音声が再生され,参照できるようにした.ただし,お手本音声を参照した後の発声は,音声データの整理段階で参照なしの発声から区別している.読み誤りや読み直しも含め,すべての発声を保存した.マイクはコンデンサマイクソニーECM-MS957および ECM-360で,リニア PCMレ

— 73 —

研究論文(Research Articles)

図 1 音声収録用スライドの例

コーダソニー PCM-A10を用いて 48 kHz, 16 bitでPCM録音した.第 1期のみ 63名分で,第 2期から第 4期までは全 89名分の音声を収録している.英単語はGoldman Fristoe Test of Articulation Ver.3

(GFTA-3) を構成する 60 種類の基本単語とした.GFTA-3は 2~23 歳を対象とする英語言語音獲得評価のための発声リストであり,60種類の英単語の多くは日本人の児童にとっても馴染みのある基本単語である.ミニマルセットの構成も検討したが,小学生が知る単語であることを条件に加えると組み合わせが著しく限定されるため断念した.フォルマント周波数の測定においては,様々な音素コンテキストをもつサンプルの平均値を用いた.英語短文は 10 種類としたが,本稿の分析対象でないため割愛する.限られた時間でできるだけ多くの英語音声を収録するために,日本語単語は GFTA-3の 60種類の英単語のうち半数の 30種類に対応する日本語に限定し,音素バランスを考慮して音節数の多いものを選択した.収録の後に毎年一度,同校の英語教師向けに分析結果の報告会を行い,意見交換を実施した.

3.3 児童の英単語知識発音分析の前に,児童の英単語知識を測る目的で GFTA-3の 60単語のうちお手本発声の参照なしで正しく読めた英単語の割合を調べた.ここで正しく読めたとは,フォニックスの 2 種類の読み,アルファベット読みとフォニックス読みの正しい使い分けを基準としている.図 2に,分析対象とした児童 47 名が各期において正しく読めた英単語数を箱ひげ図で示す.6ヵ月おきの収録機会以

図 2 児童 47名が正しく読めた英単語の数の分布

外にスライドを見る機会はないが,第 1期の中央値 47 に対して第 4期では中央値が 54 に増加し,正しく読める単語数は着実に増加した.

3.4 米国人児童の音声コーパス比較用に,米国の Central Institute for the Deafがセントルイスの公共施設で,5 歳から 18 歳までの米国人 436 名の音声を収録した CID データベース(Lee et al. 1999)を分析した.発声内容は全員共通で,キャリア文 “I say uh ---

again”に埋め込んだ “bead”(/i/), “bit”(/I/), “bet”(/E/),

“bat”(/æ/), “pot”(/A/), “ball”(/O/), “but”(/2/), “put”(/U/),

“boot”(/u/), “bird”(/Ä/)の 10単語ならびに 5種類の短文であり,それぞれ 2回ずつ発声している.上記の単語に含まれる母音については音素コンテキストが揃えられている.

4. 英語単母音の音響的・時間的分析

4.1 概要上記の 10 種類の英語単母音のうち/Ä/を除く 9

種類の英語単母音の発音に焦点を当て,英単語発声におけるフォルマント周波数と母音区間の時間長を計測する.計測対象は強勢のある母音区間のみに限定する./Ä/は GFTA-3の単語リストに強勢のある同母音が含まれないため,分析対象から除外した.表 1に 9種類の母音,60単語中の出現回

— 74 —

日本人小学生の英語音声の継続的収録と英語単母音の音響的・時間的分析

表 1 9 種類の英語単母音と発声単語のリスト

IPA ARPABET60単語中の出現回数 単語

/2/ /ah/ 10 brother, brushing, cup, drum,duck, monkey, puzzle, shovel,thumb, truck

/æ/ /ae/ 7 apple, giraffe, glasses, ham-mer, quack, that, vacuum

/A/ /aa/ 4 guitar, pajamas, star, watch

/E/ /eh/ 6 elephant, seven, red, veg-etable, web yellow

/I/ /ih/ 7 drink, finger, fish, pig princess,ring swing

/i/ /iy/ 6 cheese, green, leaf, teacher,teeth, zebra

/U/ /uh/ 1 cookie

/u/ /uw/ 4 blue, shoe, juice, zoo

/O/ /ao/ 2 door, frog

数,単語のリストを示す.2つの単語 frogと watch

については/A/と/O/の 2種類の読みがあるが,児童の母音産出の実態を踏まえ,frogには/O/,watchには/A/の読みを割り当てた.本稿の本文中では IPA

で表現しているが,各図では IPAで表現できないため対応する ARPABETで表記している.まず,収録音声の母音区間で計測した第 1・第 2

フォルマント周波数より児童群の母音空間図を示す.次に,日本人にとって識別が難しいとされる3種類の対照的な母音の組/2/-/æ/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/の差異を分析する.音素コンテキストの不揃いによる影響を排除できていないが,分散分析により有意差の検定を行う.児童群としての対照的な母音との音響的・時間的な区別とその変化に着目して分析を行う.分析対象データは,4期とも収録した 63名の児童から無作為抽出した(後述の音素セグメンテーションが完了した)女子 26名,男子 21名の計 47

名である.正確には男子は 22 名抽出したが,うち 1名は発声した単語が著しく少なかったため分析対象から除外した.比較用の CIDデータベースからは 10歳の女子

13名,男子 15名,11歳の女子 18名,男子 15名の計 61 名を無作為抽出して分析対象とした.なお,日本人児童の収録とCIDデータベースの収録

は条件の異なりが無視できないため,直接的な比較は行わない.

4.2 フォルマント周波数の計測方法正しい読みでつっかえずに発声された英単語音声に対して,praat を用いて手動で音素セグメンテーションを与え,母音区間の中央の時刻で第 1・第 2フォルマント周波数を計測した.規範的な発音辞書として CMU dictionaryを参照した.経時的な分析を行うにあたり,成長に伴う声道長変化の影響を排除するために単純な物理モデルに基づく声道長正規化を行い,メル周波数化を行った.フォルマント周波数の正規化手法としては,周波数軸上で標準化を行う Lobanov 法(Lobanov

1971)や,全域通過フィルタを用いる声道長正規化(McDonough et al. 1999)などが提案されているが,周波数軸上での標準化では調音の個人性まで過剰に正規化するおそれがあること,離散的なフォルマント周波数の情報に基づき声道のサイズ変化の影響のみ除去することが目的であることから,単純な物理モデルに基づく Eideらの声道長正規化(Eide and Gish 1996)を採用した.

Eideらの声道長正規化は,声道長比の逆数となるフォルマント周波数比を基準フォルマント周波数に対して ks(すなわち基準声道長に対する声道長比を kとすると ks = 1/k)と定義し,基準声道長におけるフォルマント周波数 F と,異なる声道長のフォルマント周波数 F′ との関係を F′ = ks

3F/8000F

で近似する.これは,/A/の音など均一な断面積のチューブモデルを仮定した場合に声道長比 kに対してフォルマント周波数が 1/k であること,/i/の音などヘルムホルツ共鳴管を仮定できる場合には第 1フォルマントの周波数が 1/

√kになることを

踏まえた近似式である.正規化の際には逆関数を適用する.話者固有のフォルマント周波数比 ks

は,第 1フォルマント周波数 F1 > 400 Hzかつ第 3

フォルマント周波数 2 kHz < F3 < 3 kHzを満たす有声区間で測定した F3の中央値の,基準周波数に対する比で与えている.本研究では児童の音声であることを考慮して,各児童各期の全単語発声

— 75 —

研究論文(Research Articles)

に含まれる F1 > 450 Hzかつ 2 kHz < F3 < 4 kHzの母音区間で測定した F3の中央値を用い,全期全児童の F3平均値である F3 = 2960 Hzに正規化した.そのうえで,知覚的な周波数尺度として次式で与えられるメル周波数化を行った.

m = m0 ln

(FF0+ 1

)

ただし,F0 = 700.0 Hz, m0 = 1127.0 Hzである.さらに,フォルマント周波数の計測値に混入する外れ値を除外するため,話者ごとに全計測データから各母音の暫定の平均値と共分散行列を算出し,マハラノビス距離が 2.0よりも大きい計測データを外れ値として除外した.その後に再度,話者ごとに各母音の平均値と共分散行列を計算した.

4.3 米国人児童の母音空間図まず比較用に,図 3に 10歳と 11歳の米国人児童の母音空間図を男女別に示す.縦軸が第 1フォルマント周波数 (F1),横軸が第 2フォルマント周波数 (F2)で,それぞれ声道長正規化とメル周波数化を行っているが,目盛は Hzで表示している.各軸の大小は反転している.図中の楕円は各母音の共分散行列から求めた 1標準偏差楕円である.10

歳の児童では各母音の 1 標準偏差楕円が大きく,母音間の分布の重なりが大きいが,11歳の児童では 1標準偏差楕円は小さく,分布の重なりも小さい.なお,CIDデータベースは追跡的に収録した音声ではないため 10歳と 11歳の話者群は異なる.

図 3 米国人児童の母音空間図(左上:10歳女子,右上:10歳男子,左下:11 歳女子,右下:11歳男子)

— 76 —

日本人小学生の英語音声の継続的収録と英語単母音の音響的・時間的分析

図 4 日本人児童の母音空間図(左上:4年生 12月女子,右上:4年生 12 月男子,左下:6 年生 6 月女子,右下:6年生 6月男子)

4.4 日本人児童の母音空間図図 4に日本人児童の母音空間図を男女別に示す.左側が女子 26名,右側が男子 21名の分布を表し,それぞれ上段は 4年生 12月,下段は 6年生 6月の分布を表す.図中の楕円は,母音ごとの 1標準偏差楕円であり,破線の楕円は英語単母音,実線の楕円は日本語 5母音を表している.米国人児童の各母音の音素コンテキストは揃っているのに対して日本人児童の各母音の音素コンテキストは不揃いであるため,音素コンテキストの影響を排除できていないが,図 4の 4つのプロットでは,フォルマント周波数の範囲が F1について 0.3 kHz < F1 < 0.9 kHz, F2について 1.1 kHz < F2

< 2.8 kHz と,図 3 に示した米国人児童の 0.3 kHz

< F1 < 1.1 kHz, 1.0 kHz < F2 < 3.1 kHzに比べると狭

い.母語である日本語 5母音のフォルマント周波数の範囲も英語単母音の範囲と重なりが大きく,狭いため,外国語であることが理由ではないと考えられる.英語単母音の 1標準偏差楕円は日本語母音の楕円に比べて大きい.これは主に個人差の現れと考えられる.各母音に注目して得られた観測結果を以下に羅列する./I/と/i/, /U/と/u/の楕円は重なりが大きい./E/の楕円は米国人児童よりも F1

の周波数が低く,日本語の/e/とほぼ重なっている.3種類の広母音/2/, /æ/, /A/の楕円も重なりが大きいが,/æ/と/A/の分布は F1の方向に差異があり,/2/

の分布は 2つの中間にある.音素コンテキストの不揃いによる影響を排除できないが,米国人児童の/æ/と/A/では F2の方向に差異があることと異なる.日本人児童は米国人と同様に区別できてはい

— 77 —

研究論文(Research Articles)

図 5 日本人児童のフォルマント 1 標準偏差楕円の面積の相対変化

ないが,3種類の母音を区別する意識が現れている可能性がある.日本語の/a/は,/æ/の楕円と重なりが大きい.第 1期と第 4期の分布を比較すると,男女ともに第 1期に比べて第 4期の方が各母音の楕円が小さくなった.特に,第 1期の母音/U/の楕円が男女ともに大きいが,これは/U/の計測サンプル数が他の母音に比べて少なく,計測上の外れ値を除外できていないことが原因であることに注意されたい.図 5に 1標準偏差楕円の面積の変化を示す.6年生 6月における全英語単母音の平均面積を 1としたときの相対値を示している.男女で減少率は異なるが,成長に伴いばらつきが小さくなっている.付表 1, 2にそれぞれ男女の母音ごとの F1,F2,

F3の周波数の平均値を載せる.日本人にとって識別が難しいとされる 3種類の対照的な母音の組/2/-/ æ/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/について,音素コンテキストの不揃いによる影響は排除できていないが,多変量分散分析 (MANOVA)と分散分析 (ANOVA)により有意差の検定を行った.フォルマント周波数の男女差について Leeらは 11 歳頃から現れると報告しているため,まず第 4 期の各母音について声道長正規化・メル周波数化後の F1・F2周波数を対象に,被験者外因子を性別として多変量分散分析を行った.結果を表 2に示

表 2 日本人児童第 4 期の英語母音ごとの F1・F2周波数に対する男女差の検定結果母音 F 値,p値/2/ F(1, 45) = 3.86, p = .068 > 0.01

/æ/ F(1, 45) = 4.18, p = .055 > 0.01

/A/ F(1, 45) = 0.87, p = .530 > 0.01

/E/ F(1, 45) = 7.67, p = .006 < 0.01

/I/ F(1, 45) = 12.11, p = .001 < 0.01

/i/ F(1, 45) = 4.27, p = .052 > 0.01

/U/ F(1, 45) = 7.93, p = .005 < 0.01

/u/ F(1, 45) = 5.01, p = .032 > 0.01

/O/ F(1, 45) = 1.82, p = .274 > 0.01

す./E/, /I/, /U/の 3種類の母音に有意差が確認されたため,以降の検定は男女別に行うこととした.

/2/-/æ/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/の 3 つの組み合わせについて,まず第 4期の F1–F2分布に対して多変量分散分析を行った.続いて,F1,F2それぞれにおいて母音と期を被験者内因子として分散分析を行った.F1,F2 個別の分散分析にはそれぞれ日本語母音の/a/, /i/, /W/を追加したが,英語単母音との区別を明確にするために,/a/(J), /i/(J), /W/(J)と記す.有意水準は 0.01とする.

/2/-/æ/-/A/の 3母音を被験者内因子とする第 4期の F1・F2周波数に対する多変量分散分析の結果,女子でΛ(2, 75) = (0.946, 0.997)で有意差なし,男子でΛ(2, 60) = (0.861, 0.988)で有意差なしであった.続

— 78 —

日本人小学生の英語音声の継続的収録と英語単母音の音響的・時間的分析

表 3 広母音/2/-/æ/-/A/-/a/(J) に関する F1,F2 個別の分散分析の多重比較結果

/æ/ /A/ /a/(J)

女子 男子 女子 男子 女子 男子/2/ F1 p < .01 p < .01 N.S. N.S. p < .01 N.S.

F2 N.S. N.S. N.S. N.S. N.S. p < .01

/æ/ F1 — — p < .01 p < .01 N.S. N.S.

F2 — — N.S. N.S. N.S. N.S.

/A/ F1 — — — — p < .01 N.S.

F2 — — — — N.S. N.S.

いて F1,F2個別に,3種類の英語母音に日本語母音の/a/(J)を加えて第 1因子,期を第 2因子として分散分析と多重比較を行った.その結果,F1について,女子では有意な交互作用なし,母音の有意な主効果あり((F(3, 72) = 18.82, p < 0.01),期に有意傾向の主効果あり((F(3, 72) = 3.67, p = 0.016)であった.男子では有意な交互作用なし,母音の有意な主効果あり((F(3, 60) = 9.67, p < 0.01),期に有意傾向の主効果あり((F(3, 60) = 3.56, p = 0.019)であった.F2について,女子では有意な交互作用なし,母音に有意な主効果なし((F(3, 72) = 1.65, p = 0.186),期に有意な主効果なし((F(3, 72) = 0.077, p = 0.972)であった.男子では有意な交互作用なし,母音の有意な主効果あり((F(3, 60) = 5.09, p < 0.01),期に有意傾向の主効果あり((F(3, 60) = 2.77, p = 0.049)であった.

F1,F2それぞれにおける母音の種類に関する多重比較の結果をまとめて表 3に示す.男女共通の傾向が観察され,/2/と/æ/の F1,/æ/と/A/の F1 に有意差が認められたが,/2/と/A/, /æ/-/a/(J)の間にはF1,F2ともに有意差が認められなかった.期については,成長に伴い F1が低下する傾向が見られたが,F2には F1ほど低下する傾向が見られなかった.付表 1, 2を参照されたい.

/I/-/i/の 2 母音を被験者内因子とする第 4 期のF1・F2分布に対する多変量分散分析の結果,女子で有意差なし(Λ(1, 50) = 0.90, p = 0.076),男子でも有意差なし(Λ(1, 40) = 0.97, p = 0.589)であった.F1,F2個別に,2種類の英語母音に日本語母音の/i/(J)を加えて第 1因子,期を第 2因子として分散分析と多重比較を行った.その結果,F1につ

表 4 母音/I/-/i/-/i/(J) と/U/-/u/-/W/(J) に関する F1,F2個別の分散分析の多重比較結果

/i/ /i/(J)

女子 男子 女子 男子/I/ F1 p < .01 N.S. N.S. N.S.

F2 N.S. N.S. N.S. N.S.

/i/ F1 — — N.S. N.S.

F2 — — N.S. N.S.

/u/ /W/(J)

女子 男子 女子 男子/U/ F1 N.S. N.S. N.S. N.S.

F2 N.S. N.S. p < .01 N.S.

/u/ F1 — — p < .01 p < .01

F2 — — N.S. N.S.

いて,女子では有意な交互作用なし,母音に有意傾向の主効果あり(F(2, 50) = 4.91, p = 0.011),期に有意傾向の主効果あり(F(3, 75) = 3.18, p = 0.032),男子では有意な交互作用なし,母音に有意な主効果なし(F(2, 40) = 3.20, p = 0.051),期に有意な主効果なし(F(3, 60) = 1.74, p = 0.169)であった.F2

について,女子では有意な交互作用なし,母音に有意傾向の主効果あり(F(2, 50) = 4.90, p = 0.011),期に有意な主効果なし(F(3, 75) = 2.26, p = 0.088),男子では有意な交互作用なし,母音に有意な主効果なし(F(2, 40) = 0.72, p = 0.494),期に有意傾向の主効果あり(F(3, 60) = 2.80, p = 0.048)であった.

F1,F2それぞれにおける母音の種類に関する多重比較の結果を表 4左に示す.女子の/I/-/i/の間のF1に有意差が確認されたが,それ以外の組み合わせに有意差は確認されなかった.

/U/-/u/の 2 母音を被験者内因子とする第 4 期のF1・F2分布に対する多変量分散分析の結果,女子で有意傾向(Λ(1, 50) = 0.75, p = 0.043),男子で有意差なし(Λ(1, 40) = 0.75, p = 0.222)であった.F1,F2個別に,2種類の英語母音に日本語母音の/W/ (J)

を加えて第 1因子,期を第 2因子として分散分析と多重比較を行った.その結果,F1について,女子では有意な交互作用なし,母音に有意傾向の主効果あり(F(2, 50) = 3.73, p = 0.031),期に有意な主効果なし(F(3, 75) = 1.88, p = 0.139),男子では有意な交互作用なし(F(6, 120) = 0.35, p = 0.908),母音に

— 79 —

研究論文(Research Articles)

有意な主効果なし(F(2, 40) = 3.16, p = 0.053),期に有意傾向の主効果あり(F(3, 60) = 3.87, p = 0.013)であった.F2 について,女子では有意な交互作用なし,母音の有意な主効果あり(F(2, 50) = 6.56,

p < 0.01),期に有意な主効果なし(F(3, 75) = 0.31,

p = 0.816),男子では有意な交互作用なし,母音に有意傾向の主効果あり(F(2, 40) = 4.66, p = 0.015),期に有意な主効果なし(F(3, 60) = 0.36, p = 0.778)であった.

F1,F2 それぞれにおける母音の種類に関する多重比較の結果を表 4 右に示す.男女ともに/u/

と/U/(J)の F1に有意差が認められたが,/U/-/u/の間には F1,F2ともに有意差が認められなかった.

図 6 米国人児童の短母音区間の時間長

4.5 米国人児童の母音区間の時間長比較用に,図 6に CIDデータベースの 10歳と

11 歳の発声から取得した母音ごとの時間長を示す.縦軸の単位は秒である.男女差が小さかったため,男女をまとめている.Leeらによれば,この年齢では成長に伴い短くなる傾向があるが,1

年間の変化は顕著ではなかった.

4.6 日本人児童の母音区間の時間長図 7に日本人児童の母音ごとの時間長を男女別に示す.左側が女子 26名,右側が男子 21名であり,4期の平均値を並べている.エラーバーは標準偏差を表す.単語も発声の様式も異なることに注意する必要があるが,米国人児童に比べると 2種類の対照的な母音の組/I/-/i/, /U/-/u/の差が大きい.男女は同様の傾向を示した.全音素に共通する傾向は見られないが,/æ/, /U/に減少傾向が見られた.一方,/u/

だけに増加傾向が見られた.フォルマント周波数同様に/2/-/æ/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/

の 3つの組について分散分析を行った./2/-/æ/-/A/の 3 母音を第 1 の被験者内因子,期を第 2 の被験者内因子,性別を被験者外因子とした.交互作用は母音と期のみ有意であった(F(6, 264) = 4.36, p < 0.01).母音の有意な主効果あり(F(2, 88) = 9.75, p < 0.01),期の有意な主効果あり(F(3, 132) = 9.16, p < 0.01),性別の主効果

図 7 日本人児童の英語単母音区間の時間長(左:女子 26名,右:男子 21名)

— 80 —

日本人小学生の英語音声の継続的収録と英語単母音の音響的・時間的分析

は有意傾向(F(1, 44) = 6.15, p = 0.017)であった.母音の種類に関する多重比較の結果,/2/-/æ/に有意差はなく,/2/-/A/と/æ/-/A/に有意差が確認された.

/I/-/i/の 2母音を第 1の被験者内因子,期を第 2の被験者内因子,性別を被験者外因子とする分散分析を行った.有意な交互作用はなかった.母音の有意な主効果あり(F(1, 45) = 240.66, p < 0.01),期に有意な主効果なし(F(3, 135) = 0.038, p = 0.990),性別に有意な主効果なし(F(1, 45) = 3.28, p = 0.079)であった.

/U/-/u/の 2母音を第 1の被験者内因子,期を第2の被験者内因子,性別を被験者外因子とする分散分析を行った.有意な交互作用はなかった.母音の有意な主効果あり(F(1, 45) = 538.45, p < 0.01),期に有意な主効果なし(F(3, 135) = 1.50, p = 0.216),性別に有意な主効果なし(F(1, 45) = 1.87, p = 0.178)であった.

5. 考察

母音空間図とその分散分析,母音区間の時間長を総合して,3種類の対照的な母音の産出に焦点を当てる.まず/2/-/æ/-/A/の 3母音について,母音空間図の 1標準偏差楕円の重なりは大きく,児童が音響的に区別することは難しい.その中でも,/æ/

と他の 2 つの母音/2/, /A/の F1 に有意な差異があり,音素コンテキストの不揃いによる影響は排除できないが,児童の群として区別する意識が現れた可能性がある.フォルマント周波数は,/æ/が日本語母音の/a/(J)に近く,/2/と/A/が近かった.男女を比較すると,音響的に近い母音の組み合わせは共通であり,明確な差異は見られない.期については,成長に伴い 3母音ともに F1が低下する傾向が見られた.F2には F1ほど低下する傾向が見られず,舌の位置が高くなっている可能性と声道長正規化の効果が十分でない可能性があるため,より詳細な分析が必要と考えている.

/I/-/i/の 2母音については,全 4期の F1,F2個別の分散分析では女子にのみ母音間に有意傾向の主効果が確認されたが,第 4期の多変数分散分析で

有意差が確認されなかったように,音響的に区別することは難しい./U/-/u/の 2母音についても,第4期の多変数分散分析で女子が有意傾向,男子が有意差なし,全 4期の F1,F2個別の多重比較で男女ともに/U/-/u/の間に有意差がなかったとおり,音響的に区別することが難しい.その代わりに,/I/-/i/,

/U/-/u/とも時間長の対比を米国人児童以上につけている.日本語の単母音・長母音に倣い,弛緩母音を短母音,緊張母音を長母音として発声している.特に,/U/-/u/については,/U/の時間長が成長につれて減少傾向であるのに対し,/u/の時間長は増加している.Escudero(2000)が提案した音響的・時間的な手がかりの成長段階に照らせば,音響的な区別が難しいため時間的に区別する児童の戦略である可能性が示唆される.一方,/2/-/æ/-/A/の 3

母音については,/æ/を他の 2つの母音/2/, /A/から音響的に区別することが意識されていると考えているが,より詳細にはアンケートなどによる調査が必要である.母音空間図も母音区間の時間長も男女共通の傾向を示した.経時的変化としては 1年半の期間に,男女ともに各母音の 1標準偏差楕円の平均面積が減少し,ばらつきが小さくなったが,英語圏に移住した場合のような群としての顕著な音響的な変化は観察されなかった.まだ個人差が大きいと考えられる.その代わりに,時間長により/U/-/u/を区別する変化が観察された.対立する第 2言語音の習得は音韻認識における識別と音声産出における区別が段階的に到達されると考えられ,個人の変化を捉えるには,母音産出の分析に加えて,英語の音韻に関する知識のアンケートや聞き取りにおける識別タスク実験を実施する必要があると考えている.

6. おわりに

今後本格化する小学校の英語教育が児童の英語音声産出に与える効果を定量化するために,京都府内の私立小学校の児童 89名の英語音声を 4年生の冬から 6年生の夏まで 1年半に渡り継続的に

— 81 —

研究論文(Research Articles)

収録した.英語単母音の音響的・時間的特徴に焦点を当て,9種類の単母音の第 1・第 2 フォルマント周波数と母音区間の時間長を男女 47名分について計測した.日本人にとって識別が難しいとされる 3種類の英語単母音の組み合わせ/2/-/æ/-/A/,

/I/-/i/, /U/-/u/について分析した./2/-/A/, /I/-/i/, /U/-/u/

の弛緩母音と緊張母音の発音を音響的に区別することは難しかったが,/æ/と/A/ならびに/2/の第 1

フォルマント周波数に有意差が確認された./I/-/i/,

/U/-/u/については,母音区間の時間長の対比は米国人児童よりも大きく,音響的な区別の代わりに時間的に区別している可能性が示唆された.

謝 辞

児童の音声収録への協力と議論をいただいた小学校の振本ありさ先生はじめ先生方に感謝致します.研究の進め方について有益な助言をいただいた同志社大学菅原真理子先生に感謝致します.本研究は JSPS科研費 17K02954,20K00789 の助成を受けたものです.

参 考 文 献

佐久間康之・髙木秀一(2019)「小学 6 年生の言語性短期記憶における音韻認識と音声産出の特徴」『小学校英語教育学会誌』19 (1), 146–161.

Eide, E. and H. Gish (1996) “A parametric approach to vocaltract length normalization.” Proceedings of ICASSP 1996,346–348.

Escudero, P. (2000) “Developmental patterns in the adult L2acquisition of new contrasts: The acoustic cue weighting

in the perception of Scottish tense/lax vowels by Spanishspeakers.” M. Sc. thesis Edinburgh: University of Edin-burgh.

Kim, D., M. Clayards and H. Goad (2018) “A longitudinalstudy of individual differences in the acquisition of newvowel contrasts.” Journal of Phonetics 67, 1–20.

Lambacher, S. G., W. L. Martens, K. Kakehi, C. A. Maras-inghe and G. Molholt (2005) “The effects of identificationtraining on the identification and production of AmericanEnglish vowels by native speakers of Japanese.” AppliedPsycholinguistics 26, 227–247.

Lee, S., A. Potamianos and S. Narayanan (1999) “Acousticsof children’s speech: Developmental changes of tempo-ral and spectral parameters.” Journal of Acoustic Societyof America 105(3), 1455–1468.

Lobanov, B. M. (1971) “Classification of Russian vowels spo-ken by different listeners.” Journal of Acoustic Society ofAmerica 49, 606–608.

McDonough, J. and W. Byrne (1999) “Speaker adaptation withall-pass transforms.” Proceedings of ICASSP 1999, 2,757–760.

Oh, G. E., S. Guion-Anderson, K. Aoyama, J. E. Flege, R.Akahane-Yamada and T. Yamada (2011) “A one-year lon-gitudinal study of English and Japanese vowel productionby Japanese adults and children in an English-speakingsetting.” Journal of Phonetics 39, 156–167.

Singleton, D. (1989) Language acquisition: The age factor.Clevedon, England: Multilingual Matters.

The CMU pronunciation dictionary. http://www.speech.cs.cmu.edu/cgi-bin/cmudict (accessed April 29, 2020)

Tsukada, K. (1999) “An acoustic phonetic analysis ofJapanese-accented English.” Unpublished doctoral dis-sertation. Macquarie University, Sydney, Australia.

Tsukada, K., D. Birdsong, E. Bialystok, M. Mack, H. Sungand J. Flege (2005) “A developmental study of Englishvowel production and perception by native Korean adultsand children.” Journal of Phonetics 33, 263–290.

(Received Jun. 1, 2020, Accepted Oct. 21, 2020,e-Published Dec. 30, 2020)

— 82 —

日本人小学生の英語音声の継続的収録と英語単母音の音響的・時間的分析

付 録

付表 1 日本人女子児童のフォルマント周波数の期ごとの平均値 期 /2/ /æ/ /A/ /E/ /I/ /i/ /U/ /u/ /O/

4th gr. winter F1 739 823 706 592 443 425 527 458 637

F2 1573 1617 1585 2034 2022 2140 1806 1811 1349

F3 2745 2753 2706 2873 3183 3183 3138 2958 2928

5th gr. summer F1 713 808 669 592 444 434 477 488 618

F2 1544 1640 1601 1963 1779 2061 1783 1780 1335

F3 2653 2790 2819 2825 3211 3274 3046 2975 2959

5th gr. winter F1 685 761 654 584 448 426 462 467 570

F2 1583 1600 1586 2054 2087 2192 1766 1824 1314

F3 2750 2773 2797 2923 3233 3260 2877 2967 2880

6th gr. summer F1 728 746 688 579 431 416 460 425 571

F2 1587 1622 1568 1996 1989 2182 1767 1817 1281

F3 2794 2806 2854 2884 3200 3224 2942 2968 2948

付表 2 日本人男子児童のフォルマント周波数の期ごとの平均値 期 /2/ /æ/ /A/ /E/ /I/ /i/ /U/ /u/ /O/

4th gr. winter F1 733 806 717 561 408 401 465 416 601

F2 1497 1546 1560 2138 2252 2276 1647 1680 1201

F3 2731 2816 2905 2990 3198 3184 2883 2995 2751

5th gr. summer F1 713 788 643 552 404 390 423 413 567

F2 1543 1533 1605 2118 2218 2213 1663 1662 1205

F3 2814 2877 2887 2926 3263 3200 2941 2977 2966

5th gr. winter F1 734 781 661 557 415 385 431 421 571

F2 1491 1471 1531 2106 2474 2355 1621 1613 1172

F3 2871 2847 2832 2983 3273 3175 2988 2934 3044

6th gr. summer F1 694 745 654 522 407 392 379 405 545

F2 1507 1524 1553 2198 2375 2355 1619 1669 1196

F3 2880 2915 2934 3057 3321 3332 2964 2987 2936

— 83 —