ベザフィブラートの積極的使用により蛋白尿の 減少効果を得...

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症  例 症 例:22 歳 男性 現病歴:2004 年の学校健診で尿蛋白定性 2+,随時尿で 1.8g/gcre を指摘され当院 を受診した。受診時脂質代謝異常も見られ, atorvastatin を開始した。尿蛋白は随時尿で 0.8g/ g cre 程度,定量で 0.48g/ 日,血清 Cre 値は 0.7mg/ dl で推移していた。 2005 12 月より尿蛋白は 3+ に 増 加 し た。 2009 3 月より下肢浮腫が見られネフローゼ症 候群に進展し,同年 8 3 日に入院した。 既往歴:特記すべき事項なし 家族歴:父,叔父 : リポ蛋白糸球体症による 慢性腎不全で維持透析中 入院時現症:意識清明,身長 176cm,体重 76.5kg,血圧 140/78mmHg,脈拍 78/min(整), 眼瞼軽度浮腫あり,眼瞼結膜貧血なし,眼球結 膜黄染なし,胸部所見:明らかな異常所見なし, 腹部所見:平坦且つ軟,圧痛なし,グル音やや 減弱,下肢浮腫 ++,アキレス腱肥厚,黄色腫 なし 電顕所見: 内皮下と思われる部位にdeposit が見られる。 指紋状配列を示すリポ蛋白顆粒 内皮細胞の扁平化 図1 図 2 PAS 染色 ベザフィブラートの積極的使用により蛋白尿の 減少効果を得たリポ蛋白糸球体症の一例 大 谷 隆 俊 1 酒 井   謙 1 高 須 二 郎 1 鈴 木 康 紀 1 服 部 吉 成 1 田 中 仁 英 1 大 橋   靖 1 水 入 苑 生 1 相 川   厚 1 宮 城 盛 淳 2 (1 東邦大学医学部腎臓学教室 (2 済生会横浜市東部病院 腎臓内科 Key Word:ネフローゼ症候群,リポ蛋白糸球体症,家族性, ベザフィブラート 50 腎炎症例研究 27 巻 2011 年

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症  例症 例:22歳 男性現病歴:2004年の学校健診で尿蛋白定性

で2+, 随 時 尿 で1.8g/g・creを 指 摘 さ れ 当 院を受診した。受診時脂質代謝異常も見られ,atorvastatinを開始した。尿蛋白は随時尿で0.8g/

g・cre程度,定量で0.48g/日,血清Cre値は0.7mg/

dlで推移していた。2005年12月 よ り 尿 蛋 白 は3+に 増 加 し た。

2009年3月より下肢浮腫が見られネフローゼ症候群に進展し,同年8月3日に入院した。既往歴:特記すべき事項なし家族歴:父,叔父 :リポ蛋白糸球体症による

慢性腎不全で維持透析中入院時現症:意識清明,身長 176cm,体重

76.5kg,血圧 140/78mmHg,脈拍 78/min(整),眼瞼軽度浮腫あり,眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし,胸部所見:明らかな異常所見なし,腹部所見:平坦且つ軟,圧痛なし,グル音やや減弱,下肢浮腫 ++,アキレス腱肥厚,黄色腫なし電顕所見:◦内皮下と思われる部位にdepositが見られる。◦指紋状配列を示すリポ蛋白顆粒◦内皮細胞の扁平化

図1

図2 PAS染色

ベザフィブラートの積極的使用により蛋白尿の減少効果を得たリポ蛋白糸球体症の一例

大 谷 隆 俊1  酒 井   謙1  高 須 二 郎1

鈴 木 康 紀1  服 部 吉 成1  田 中 仁 英1

大 橋   靖1  水 入 苑 生1  相 川   厚1

宮 城 盛 淳2

(1東邦大学医学部腎臓学教室(2済生会横浜市東部病院 腎臓内科

Key Word:ネフローゼ症候群,リポ蛋白糸球体症,家族性,ベザフィブラート

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腎炎症例研究 27巻 2011年 第53回神奈川腎炎研究会

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図5 HE染色

図6

図7

図8

図9 IgM

図10 C4

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図3 PAS染色 図4 PAS染色

生化学TP 4.5 g/dl

Alb 2.1 g/dl

AST 15 IU/l

ALT 10 IU/l

γ -GTP 13 IU/l

LDH 145 IU/l

T-cho 179 mg/dl

TG 243 mg/dl

BUN 16 mg/dl

Cre 0.79 mg/dl

Na 143 mM

K 4.1 mM

Cl 111 mM

Ca 7.9 mg/dl

IP 4.6 mg/dl

IgG 219 mg/dl

IgM 97 mg/dl

IgA 137 mg/dl

血算WBC 8900 /mm3

RBC 4.76×104 /mm3

Hb 14.6 g/dl

Ht 43.4 %

Plt 19.3×104 /mm3

血清・蛋白分画Alb 56.5 %

α1-G 5 %

α2-G 17.8 %

β -G 12.3 %

γ -G 8.4 %

尿検査糖 (-)

蛋白 (3+)

潜血 (+)

赤血球 10-19 /1F

顆粒円柱 +変形赤血球 +尿蛋白量 12.9g /day

24hrCCr

70.6ml/min/1.73m2

リポ蛋白分画α 26 %↓ (29-50 %)

preβ 37 %↑ (8-29 %)

β 35 %

(30-55 %)

75gOGTTOGTT-前 90 mg/dl

OGTT-30 117 mg/dl

OGTT-60 157 mg/dl

OGTT-120 141 mg/dl

血清脂質分画apoA1 129 mg/dl

(119-155 mg/dl)

apoA2 25.9 mg/dl

(25.9-35.7 mg/dl)

apoB 99 mg/dl

(73-109 mg/dl)

apoC2 7.1 mg/dl

(1.8-4.6 mg/dl)

apoC3 11.3 mg/dl

(5.8-10.0 mg/dl)

apoE 11.5 mg/dl

(2.7-4.3 mg/dl)

HDL-cho 42 mg/dl

(36.0-80.0 mg/dl)

LDL-cho 95.4 mg/dl

(62.0-170.0 mg/dl)

VLDL-cho 65.6 mg/dl

(<44.0 mg/dl)

Lp(a) 61 mg/dl

(<40 /mg/dl)

Laboratory data

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図11

図12

図13

図14 PAS染色

図15

図16

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蛍光抗体 Mesangial area Capillary area

IgG ― ―IgA ― ―IgM ± +IgE ― ―C3 ― +C4 + ―C1q ± ±fib ― ±

リポ蛋白糸球体症:Lipoprotein glomerulopathy

◦ リポ蛋白を構成するアポ蛋白(特にアポE)の遺伝子異常である。◦ 組織学的にはリポ蛋白顆粒を多く含むリポ蛋

白血栓により糸球体毛細管腔が著しく拡張している。◦ 血漿のリポ蛋白分析において,超低比重リポ

蛋白(VLDL)レムナント,中間比重リポ蛋白(IDL)やアポE蛋白が高値となる家族性高脂血症類似の所見を示すが中性脂肪の著しい上昇は見られない。

→診断:腎生検とリポ蛋白分析 Oil-red-O染色,Sudan染色,apoE蛋白の沈着

治療:まだ確立した治療はない。◦ bezafibrate,atorvastatin,valsartan(Matsunaga

A:Clin Exp Nphrol 2009)◦ proteinA immunoabsorption(Zhan Xin:Nephrol

Dial Transplant 2009)◦ probucol

本症例の父の経過症 例:33歳男性主 訴:下肢浮腫

現病歴:高校生時の学校検尿で初めて尿蛋白を指摘された。1988年(25歳時)に蛋白尿精査の為,他施設で腎生検を実施した。その後も蛋白尿は持続し,ʻ96年に高血圧傾向,下肢浮腫の出現が見られた為に当院へネフローゼ症候群精査の為,同年10月に入院した。家族歴:弟(29歳)は8歳でネフローゼ症候

群を発症し,23歳で血液透析を導入した。両親には腎疾患はない。入院時現症:身長 171cm,体重 60kg,血圧

158/114mmHg,脈拍 100/min,貧血なし,胸腹部異常所見なし,下肢浮腫(±)

まとめ≫ 本症例はべザフィブラート・ARB・statinの

積極的投与によって蛋白尿減少が得られた。

≫ 本症例は父親と比較して発症から治療開始までの期間が短期間であった。

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討  論 座長 次に演題 II-2,「ベザフィブラートの積極的使用により蛋白尿の減小効果を得たリポ蛋白糸球体症の一例」。東邦大学医学部腎臓学教室,大谷先生,お願いいたします。大谷 よろしくお願いいたします。今回,われわれはベザフィブラートの積極的使用により蛋白尿の減小効果を得たリポ蛋白糸球体症の一例を経験したので報告いたします。

【スライド】 症例は22歳の男性。現病歴として2004年の学校健診で尿蛋白を定性で2+。このとき随時尿で1.8g/gCrを指摘され,当院を受診されました。受診時,中性脂肪とVLDLが高値の脂質代謝異常が見られ,アトルバスタチンを開始しております。尿蛋白は随時尿で0.8g/

gCr程度で定量で0.48g/day,血清クレアチニンは0.7mg/dLで推移しておりました。 2005年の12月より尿蛋白が3+に増加し,2009年の3月より下肢浮腫が見られ,ネフローゼ症候群に進展し,同年8月3日に入院されました。既往歴は特記すべき事項はありません。家族歴として父と叔父がリポ蛋白糸球体症による慢性腎不全で維持透析中です。

【スライド】 入院時の現症ですが,血圧が140/78と軽度高値。また眼瞼に軽度浮腫が見られ,胸腹部所見は明らかな異常はありませんでした。下肢の浮腫が見られました。

【スライド】 次に生化学所見ですが,総蛋白が4.5g/dL,アルブミンが2.1g/dLと低蛋白血症が見られ,また中性脂肪有意の脂質代謝異常が見られました。腎機能と電解質異常は特に問題なく,血算,白血球8900と軽度高値を示しておりました。免疫グロブリンは IgGが219mg/

dLと低下を示しておりました。尿検査では定性で蛋白が3+,沈渣では赤血球が1視野に10

~ 19,顆粒円柱,変形赤血球が見られました。また尿蛋白が入院時,蓄尿した後ですが,1日12.9g程度見られました。

【スライド】 次に脂質系の生化学検査ですが,

リポ蛋白分画ではpreβが37%と高値を示しており,75gOGTTでは境界型のパターンを示しておりました。またアポC2,アポC3が高値を示しており,アポEに関しては11.5と3倍弱,高値を示しておりました。またVLDLコレステロールが高値を示しておりました。

【スライド】 続いて入院時までの臨床経過ですが,2004年に先ほど申したように,当院を受診し,アトルバスタチンと食事療法のみで経過を見ておりました。2006年2月ごろより尿蛋白が1g/gCrと増加しましたが,ネフローゼの域に達しておらず,引き続き保存的加療で対応しておりました。2008年1月よりロサルタンの投与を併用しましたが,尿蛋白の減少は見られませんでした。その後も外来で経過を見ておりましたが,2009年の2月ごろより尿蛋白が増加し,同年8月には低アルブミン血症,下肢浮腫が見られ,腎生検目的で入院されました。

【スライド】 次に病理所見です。まずPAS染色の弱拡大ですが,糸球体は全部で23個。そのうち4個が全硬化した糸球体です。

【スライド】 次にPAS染色の強拡大とHE染色を示します。PAS染色では淡染性の無構造物質がびまん性に血管腔内に観察され,係蹄腔が著しく拡大しておりました。またmesangium細胞とmesangium基質の増殖が見られました。そして糸球体の周囲の辺縁血管内や尿細管には淡染性の無構造物質は見られておりませんでした。HE染色でも同様に係蹄腔が著しく拡大しておりました。

【スライド】 マッソントリクローム染色,および,アロクローム染色でも係蹄腔内に青色に染まった無構造物質が充満し,著しい係蹄腔の拡大が見られます。またマッソントリクローム染色で赤血球が辺縁に追いやられている像が見られました。PAS染色でも,同様に係蹄腔内にPAS陽性の層状の物質が見られ,係蹄腔の拡大が見られました。またPAM染色では一部,基底膜の二重構造と思われる所見を呈しておりました。

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【スライド】 電顕所見ですが,指紋状の濃淡のある層状構造内に脂質のdropletが散在しておりました。また内皮細胞が辺縁に扁平化して見られ,内皮下と思われる部位にdepositが見られました。

【スライド】 蛍光抗体に関しては,IgMとC4

でmesangial capillary areaに陽性を示していました。以上より家族歴,リポ蛋白分析,病理所見よりリポ蛋白糸球体症と診断いたしました。

【スライド】 次にリポ蛋白糸球体症について簡単に説明します。リポ蛋白を構成するアポ蛋白,特にアポEの遺伝子異常である。組織学的にはリポ蛋白顆粒を多く含むリポ蛋白血清により糸球体の毛細管腔が著しく拡張する。血漿のリポ蛋白分析ではVLDLや IDL,またアポE蛋白が高値となる家族性の高脂血症類似の所見を示しますが,中性脂肪の著しい上昇は見られません。診断としては腎生検やリポ蛋白分析,特殊染色としてオイルレッドO染色やスーダン染色,アポE蛋白の沈着です。治療はまだ確立したものはありません。ただ,下記の論文では効果を示した報告が見られました。

【スライド】 次に腎生検後の臨床経過ですが,8月7日よりベザフィブラート200mgおよびバルサルタン80mgの投与を開始しております。一時,尿蛋白が6g/day弱まで増加しましたが,開始2週間後より徐々に蛋白尿の減少が見られ,2009年9月には3g以下,10月には2g以下まで減少しました。血清アルブミンも徐々に回復し,3g/dL前後を推移しておりました。

【スライド】 次に本症例の父親の経過を示したいと思います。これは当院受診時のときでありますが,症例は33歳の男性で,主訴は下肢の浮腫です。現病歴としては,高校生時に学校検尿で蛋白を指摘され,1988年に蛋白尿精査のため,他院で腎生検を実施しております。その後も蛋白尿が持続し,96年にネフローゼ症候群精査のために当院に入院されました。家族歴は先ほど言った叔父さん,この方の弟が8歳でネフローゼ症候群を発症し,23歳で血液透析

を導入しております。両親には腎疾患はありません。

【スライド】 この家系の家系図ですが,本例は二重四角の部分でお父さんと叔父さんがpheno-

typeとしてアポEの突然変異が見られております。両親は正常男性で正常女性でした。

【スライド】 次に生化学検査の本例と父親との比較ですが,血清脂質分画では父親はアポB

が137mg/dLと高値を示しており,またLDLコレステロールが異常高値を示しておりました。父親の遺伝子系はアポE,phenotypeはE2/3でApoE-Sendaiと同定されております。本例と父親の蛋白尿発症から腎生検を実施するまでの期間ですが,父親は約10年で本例は約5年でした。

【スライド】 これは父親の腎生検の所見ですが,PAS染色で淡染性の無構造物質がびまん性に血管腔に観察されております。また係蹄腔が著しく拡大し,mesangium細胞の増殖や基質の増殖が見られました。

【スライド】 電顕所見でも同様に指紋状の濃淡のある層状構造内に脂質のdropletが散在しており,内皮細胞と赤血球が辺縁に追いやられ,内皮細胞は扁平化して見られておりました。

【スライド】 その後,父親ですが,発症後2年間でLDL吸着とプロブコール投与を実施するも,徐々に腎機能が悪化し,血液透析を導入されております。

【スライド】 まとめです。本例はベザフィブラート,ARB,スタチンの積極的投与によって蛋白尿の減少が得られました。本症例は父親と比較して,発症から治療開始までの期間が短期間であり,それによって治療効果がある程度得られたのではないかと考えられます。以上です。座長 ありがとうございます。では,臨床的な点からご討議をお願いいたします。ご質問,ご意見などございますか。安田先生,お願いいたします。安田 聖マリアンナ医大の安田です。とても面白い症例で,示唆に富む治療法をご呈示いただ

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きありがとうございます。 ベザフィブラートを加えて効果が出た理由を一番知りたいです。VLDLのコレストロールなど,そういうふうなもので何か変化があったのでしょうか。大谷 データとしても脂質代謝異常の改善は軽度,見られておりました。リポ蛋白血栓がVLDLから供給されているという報告も何例かあって,そういう作用がベザフィブラートにはあったのではないかな,そのVLDLを抑えることによってリポ蛋白が減少して糸球体の拡大が少し改善されるということが論文からも推察されていたので,今回もそういう機序があったのではないかなと思われます。安田 どうもありがとうございました。座長 ほかにご質問は。角田 横浜南共済病院の角田ですが,LDLの吸着はどれぐらいのペースでやられていたのでしょうか。大谷 お父様ですか。角田 はい。大谷 全部で計10回ですね。それを最初は1週間に2回を2週間やって,後は毎週1回だったと思います。角田 継続的にずっとやっていたわけではないんですか。大谷 そういうわけではないです。角田 文献的にそういう継続してやっていると良くなるとか,そういう話はあるのでしょうか。大谷 この病気に関してはそういう報告は,すみません,そこまでは知りませんでした。角田 どうもありがとうございました。座長 お父さんはLDL吸着をされているときに,蛋白尿が減ったとか,そういう改善は見られていたのでしょうか。大谷 いや,見られていないと思います。座長 ほかに何かご質問,ご意見などございますでしょうか。お父様はフィブラートを使われてはいませんか。大谷 使ってないですね。プロブコールを。

座長 調べると,第一選択としてフィブラート系の薬剤を使うというのは,確かに書かれてはいて,LDL吸着も一時的には効果があるようなことが書いてあったようですが,ほかに同じような症例をご経験されている方とか,ご意見はございますでしょうか。非常に珍しい,しかも家族でこれだけ経過が違うということを考えると,発症までの時間もあるでしょうが,治療の選択によっては予後が変わってしまうかもしれない。 何か臨床的なところからの質問はよろしいでしょうか。診断としては明らかではあると思いますが,それでは病理のほうからご意見をお願いいたします。重 松 lipoprotein glomerulopathyと い う の は,これも日本から発信して有名な病気になったわけです。わたしも名古屋で1例,これに出会って変な病気だということを実感したことがあるのですが,また久しぶりにこれにお目にかかれたという感じです。 きょうの症例はお父さんに比べて若い息子さん,若いときに見つけて,そしてクロフィブラートというものでリポ蛋白糸球体症の進展を,ある程度,今のところは抑えているという非常に嬉しいニュースであるわけですが,今の時点でのglomerulopathyの特徴を見てみたいと思います。

【スライド01】 二十いくつかの糸球体が,みんなこんなふうに腫大して同じようなパターンで見られますね。そしてこの症例ではglobal

sclerosisになっているようなものは見つからなかったということですね。だから segmental le-

sionは出てきて,それを後で説明しますが,要するに早期病変というか,この病気の一番初めの様子を表している糸球体病変であろうと考えられます。

【スライド02】 PAS染色で見ても,要するに強い血管内腔の拡大は,どの糸球体でも見られるけれども,まだ硬化病変はないですね。後でディスカッションしますが,segmental.の癒着です

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ね。それから染み込みとか,そういう病変が少しずつ始まっています。これは二重化もところどころあるということです。

【スライド03】 拡大した中に,前回のこのミーティングでは,血栓なのかdepositionなのか光顕では非常に分かりにくいという話が出たと思いますが,この症例では一応,血液が流れていることは流れているんですね。その血液と一緒に血栓様のmaterialが拡大した毛細血管の中にあるということですね。どこでも赤血球は緩やかには流れているということですね。この物質は動脈の中にはないのです。これはだから糸球体から出るとすると今度はどうなるかということなのですが,peritubular capillary内にもないのです。どうも糸球体だけにとどまって,完全に血行が停止するわけではなく,ちょろちょろ流れている。そんな状態で進行しているのだろうかというふうに病理的には見ざるを得ないと思います。

【スライド04】 問題なのは,腎症の進展はどういうことで起こってくるかということですね。その一つが癒着病変があって,ここでは線維が増えています。この癒着をして,この部分にあったmaterialがどうもボーマン嚢の下に入ってくるという事態があるのです。ここに癒着があります。

【スライド05】 ここなんかはかなり分かり易いと思いますが,FGSと同じように癒着をして中のmaterialがボーマン嚢にcapsular drop様についている。あるいは線維化してしまっているところもある。

【スライド06】 マッソン・トリクローム染色。これでも見られる。

【スライド07】 ここではFGS的に硬化あるいは虚脱糸球体になってしまっていますね。まだ物質は少し残っていますが,だんだんとこれがなくなってしまって,一つ一つの係蹄がつぶれるということが少しずつ起こってくる。ここらへんはかなり良くなっていますね。だから血栓がそのままずっと持続して,いつまでもあると

いうのではなくて,一部はこういう癒着をするという形でmesangiumのmatrixが増えて,あるいは糸球体係蹄のそれ自体の虚脱が起こってくるというふうに進展していく可能性があるように見えます。

【スライド08】 ここではかなり硬化巣が多くなっていますね。お父さんみたいに結局は透析とか移植という選択にならざるを得ないのはこういう硬化巣ができてくるということによるものだろうと思います。

【スライド09】 一応,二次性の糸球体硬化巣という形で出しましたが,この硬化巣がこの方には数えるほどしかないということで,予後が比較的いいというふうに今の時点では言えると思います。

【スライド10】 hyalin巣が出たりして,全くFGSとよく似た病変になっています。

【スライド11】 ここもそうですね。ちょっとくどいようですが,硬化巣ができている。

【スライド12】 たまっているものは IgM,どれもあまり有意ではないと思いますが,こういうふうに,たまり方が染み込みを表せるような,そういう感じでありますね。comma状に出ていたりしていますので,染み込みによる immu-

noglobulinの沈着だろうと見ました。【スライド13】 電顕では,これは極め付きの典型的なもので,アポE染色とか,ズダンブラックあるいはズダンドライ,そういうのもやらなくても非常に特異性の高い組織像だと思います。

【スライド14】 すごい脂質の沈着ですね。【スライド15】 でも,脂質にとんだ血栓様のものがあるんだけれど内皮細胞が保たれていて,辺縁には赤血球が流れているということですね。

【スライド16】 わたしの写真では,上のほうに染み込み,(depositと演者はおっしゃったかな,それが写っている写真がありましたが,)あれは恐らく染み込みなのだろうと思います。 ということで,臨床的にちゃんと調べてあり

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ますので,問題のない症例ですが,病変にストップが,かからなかった場合にどんなふうになっていくのかなということに少し視点を絞ってお話ししました。以上です。山口 私も診断的には特に問題ないということと,今,重松先生が強調されました巣状糸球体硬化症が目立っている。それから動脈病変もあるのではないかなという見方です。それから1

例だけ,治療後,良くなった再生検を見たのですが,そうすると塞栓,血栓様の内容がきれいになくなってdouble contourだけが残った糸球体になってしまっているというのを見たことはあります。

【スライド01】 このように分節状の硬化像がこの症例は目立つのかな。もちろん lipoprotein

がなぜ糸球体だけに,ターゲットになってどんどんたまってきてしまうのか,やはり内皮細胞障害とかいろいろな,あるいは糸球体の限外ろ過で圧が非常に高い状態で起きてくる現象なのか。いろいろなスペキュレーションは考えられるのだろうと思います。間質も少し浮腫状に拡大しています。

【スライド02】 HEですと赤血球がやはり外に追いやられて,これでもろ過はされているのだろうと思うんですよね。形態的にわれわれは見ているだけなので,全く内腔が詰まってしまっていますから,ろ過ができていないのかなと思ってしまうんですが,ある程度の尿はできているわけで,そうするとどこから染み込んで,これはやはり固定後の状況でわれわれは見ているわけで,癒着病変もあります。それからここに細動脈があるのですが,平滑筋細胞に空胞状の変化があるので,LCATもそうなのですが,少し細動脈の病変もあるのではないかなと思います。

【スライド03】 PASで見ますと,segmentalなhyalinosisを伴う癒着病変がありまして,内腔が非常に巨大化して癒合してしまって,一部はcollapseするという非常に不規則な血管腔ができて,ただ,remodelingしていますので,血管

腔がどんどんどんどん一部には新しい血管腔ができてくるのかなというような感じもします。mesangiumが部分的に反応してmesangial prolif-

erationを伴ってきています。【スライド04】 これもやはり癒着病変ですね。あちこちに癒着が。上皮細胞の障害なのか,内皮細胞による二次的な癒着病変なのか。両方の可能性はあるのではないでしょうか。少しmesangiumが反応して,こういう小型の毛細血管腔がやはり remodelingでどんどん,ですから詰まったところには血流が行かなくて,こういう小型の生きたところに血流が行ってろ過されているのかなという印象です。

【スライド05】 これは随分mesangial matrixが増えてcollapseしてしまって,血管腔が癒合して大きな血管腔になって,ここはもうろ過されないと思いますね。mesangiumとperipheryとの関係が失われていますから,やはりこういうところでないとdouble contourになってきていますので,こういうところはだいぶ硬化してきてしまっていますから,きちっとmesangiumと毛細血管という構造が残っているところで,恐らくろ過が行われているのだろうと思います。mesangial stalkの硬化性の拡大,増殖もあるということでしょうか。

【スライド06】 しつこいようですが,mesan-

giumがあって,ですから非常にcapillaryの小型のところもあちこちに出てきている。ですからこういうところはもうどんどんたまってしまって動かなくなっているところで,小型のところはまだ生きていて functionしているのかな。癒着もある。

【スライド07】 似たようなものですかね,みんな毛細血管腔がある。ですからどんどん新たにできてくることは間違いないように思います。残ったところはdouble contourあるいは癒合性に大きく拡大して,こんなにでかいcapil-

lary lumenになってしまっているということだろうと思います。またボーマン嚢腔と関係のないような血管腔もできてくるわけで,そこによ

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くMPGNのときには,こういうところにも穴が,血管腔にどんどん穴ができてくるという,いろいろな remodelingが起こっているということなのでしょう。

【スライド08】 硬化性病変のひどいところです。

【スライド09】 先ほど言いましたが,これは抜けてしまった空胞ですが,何か脂質様のものが小動脈の平滑筋のところにたまっているのかなと思います。

【スライド10】 電子顕微鏡的には,先ほど染み込みのdeposit,ここですか。これがそうかもしれないですね。内皮と上皮があって,癒着があるのでしょうか。違いますね。ボーマン嚢腔のほうですね。少し濃淡があるのは,脂質成分はfineな泡状のもので,ほかの脂質異常のときにも,こういうことが出てきますので,これは非常に分かりやすいあれですが,単なる,もやっもやっとした感じのものと少しベースに濃淡があるんですよね。これが何なのかちょっと分かりません。

【スライド11】 このようにcoreみたいなものがあって,やっぱり一つの structureをつくっているのかちょっと分かりませんが,泡状のこういうものが脂質であることは間違いないと思います。さらにdensityのあるものが一緒にaggregationして一つの塞栓をつくって,これが本来の基底膜で内皮下の拡大がここにありまして,mesangial interpositionを起こして,ここに染み込みというんですか,dense depositがある。それからmesangiumかmacrophageの反応がその周辺に見られているということだろうと思います。

【スライド12】 同じように少しdensityのあるものがもやもやもやっとあるんですよね。赤血球は確かに,ですからここはあまりろ過,mesangial cellが引っ張られて非常にdense patcht

が引き延ばされたような感じになっていますので,ここは引っ張られて functionしてない場所だろうという感じがします。

【スライド13】 同じようなところですね。血管腔がこのように見えていまして,interposi-

tionあるいは内皮細胞が周辺に押しやられて,mesangial cellあるいはmacrophageが少し寄ってきているということですね。処理しようとしているのでしょうが,無理なのでしょうね。

【スライド14】 そのようなことで lipoprotein

glomerulopathyでFGS様,double contour,癒着,あるいはmesangial proliferationとか,いろいろな remodelingな変化を伴っているのと,ちょっと動脈病変もあるのではないかなということです。以上です。座長 山口先生,ありがとうございました。では,病理,それから臨床の点につきましてご質問,ご意見などがございますでしょうか。診断については,あまり異議がないところだろうと思うのですが,治療がフィブラートが非常によく効いているような印象があって,山口先生の話ですと,寛解すると糸球体の病変も良くなるということですか。山口 糸球体の血栓はほとんどなくなってしまいます。座長 糸球体がかなり腫大しているように見えるのですが,再生検ではかなり小さくなるのでしょうか。山口 小さくなってdouble contourだけが残っている形です。座長 ネフローゼになるような要因は,糸球体が腫大することによる上皮の障害と考えたほうがよろしいのでしょうかね。山口 どうでしょうか。それは内皮細胞障害の……。座長 ほかに何かご意見はありませんか。お願いします。酒井 共同演者の酒井です。この演題を神奈川腎炎に出させていただいた理由だけを補足させてください。 実は日本で第1例の症例が小板橋先生が発表されたケースです。それを坂口先生とchurgが,いろいろなところでディスカッションをして提

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唱されたということを聞いております。その第1例目がこの人の叔父さんにあたります。その叔父さんの現在ですが,透析クリニックでとても元気に透析をされています。そしてお父さんですが,この方もまた元気に透析をされています。 逆に何を言いたいかというと,xanthoma,黄色腫,アキレス腱肥厚とか,あるいは動脈硬化性病変というのはあまり強く出ない。つまり全身病ではなくて,腎臓の本当に係蹄のcapillary

の中だけで起こってくる病気であって,透析そのものの予後はとてもいいんですね。しかし,移植後に再発することは非常に有名なので,いろいろな文献考察としては,移植後に再発するので全身病であるとしているのですが,むしろ移植後に再発するということは,やっぱり腎臓の係蹄の中を好んで非常に障害するアポEの変異だと思うわけです。 そのアポEの変異そのもののリポ蛋白がどうして糸球体障害,そこだけにくっついてくるのかというのが永遠の課題なのですが,そこをどういうふうに解釈して,それを解釈することによって何か治療に結び付くのではないかと思います。LDLアフェレーシスで良くなったとか,クロフィブラート,ベザフィブラートで良くなったというケースは散見されますが,結局,その後は一時的な効果だけで,nephroticになるようケースに関しては,全例がやっぱり透析になっていく。 しかし,トレースから1+ぐらいの蛋白尿でずっとそのまま何も起こさないようなキャリアもいるそうです。お父さん,お母さん,すなわちおじいさん,おばあさんに関しては,小板橋先生がよく詳細に検討されていまして,お母さんがE2/3,ApoE-Sendaiを持っている。つまりこの方のおばあさんですね。しかし,おばあさんには何も腎障害が起こっていません。そういう一家系です。ということで神奈川腎炎に出させていただきました。座長 ありがとうございました。大変に歴史を

感じさせる症例であると言えますね。非常に貴重な症例の呈示,ありがとうございました。ほかに何かご意見,ご質問等はございますか。ないようでしたら,大谷先生,ありがとうございました。大谷 ありがとうございました。

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