プロローグ...9 プロローグ 8...

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5 プロローグ

プロローグ

「回復薬三本、たしかに受領しました。こちら、納品依頼達成の報ほ

酬しゅう

になります」

そう言って、ハロワ職員のキルシェルさんは僕――クルト・ロックハンスに、貨か

幣へい

の詰まった革

袋を渡してくれた。

中身を確認すると、銀貨が三十枚程入っている。騎士様の中隊長クラスの人の給料二日分くら

いだ。市場で売っている素材があればすぐにでも作れる薬なのに、こんなに貰も

ってもいいのだろう

か? 

と不安になる。 

「大丈夫ですよ、クルトくんが作った薬はとっても人気なんだから。お礼状、読んだでしょ?」

「は、はい。ただ、えっと、僕が作った薬の数よりも多くのお礼状が届いているのが気になって」

「あぁ……そ、そう。一本の薬をみんなで使っているのよ」

キルシェルさんはそう言って笑って、何か誤ご

魔ま

化か

すような仕草をした。

どうしてだろう? 

キルシェルさんは僕と話すと、結構な割合でこういう仕草をするんだよな。

ううん、キルシェルさんだけじゃない。僕が働く工房の筆頭冒険者のユーリシアさんも、この町

の太守代理のリーゼさんも、それに工房所属の冒険者パーティ「サクラ」のシーナさんやカンスさ

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7 プロローグ 6

ルシェルさんに申し訳なくて」

「あ……ええと、うん。まぁ……あれは……ね」

たとえば、ある日、王都にある富豪の家に工

アトリエマイスター

房主代理として仕事に行った。仕事の内容は、目

が見えないというその富豪の奥さんを治ち

療りょう

するために、薬の素材を集めてきてほしいというものだ。

僕はユーリシアさんと一緒に、まずはその素材を一つ手に入れた。そして途中経過を報告するた

めに富豪の家に行き――そこで仕事がキャンセルされた。

十分過ぎる程、というより依頼報酬と同額のキャンセル料を貰って。

そんなことが多々あった。

「はぁ……やっぱり、僕には工

アトリエマイスター

房主代理なんて無理だったんですよね」

僕は小さくため息をついた。

「いえ、それは絶対にないと思いますよ」

「……あはは、お世せ

辞じ

でも嬉う

しいです」

僕は乾か

いた笑みを浮かべた。

でも、やっぱり向いていないことは自分でもわかるんだよね。

なんで、リクト様は僕なんかに工

アトリエマイスター

房主の代理を任せたんだろうか?

本当にわからない。

んやダンゾウさんも。僕と話している時、なんでか妙な間があったり言葉を詰まらせたりする。

「と、とにかく自信を持ってください、クルトくん。ハロハロワークステーション・ヴァルハ支部

はクルトくんの工房が頼りなんですから」

キルシェルさんはさらに誤魔化すように言った。

ヴァルハというのは、僕が所属する工房の工

アトリエマイスター

房主であるリクト様が決めたこの辺境町の新たな

名前だ。

名前が変わってから、この町に大きな変化が二つあった。

まず一つは、町の郊外に転移石が設置されたこと。

これで今後、王都や他の町に行く時にわざわざ転移石のある隣町サマエラまで行く必要がなく

なった。

それともう一つはこの町になかったハロハロワークステーション――ハロワの支部が誘ゆ

致ち

され、

隣町で受う

付つけ

嬢じょう

をしていたキルシェルさんが支部長として就任したことだ。小さい町のハロワは、就

職の斡あ

旋せん

だけでなく、冒険者ギルドが行っているような物資の調達、魔物退治、そして商人の護衛

などの依頼の斡旋も行っている。

この二つのお陰で、僕はこれまでできなかった王都や他の都市からの仕事の依頼も受けられるよ

うになり、工

アトリエマイスター

房主代理として多くの仕事をこなせるようになったんだけど……

「自信なんて持てませんよ。僕が仕事に行ってもかなりの確率でキャンセルされてしまうんで。キ

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9 プロローグ 8

「もう済ませています――あの、ユーリシア女

おんな

准じゅん

男だん

爵しゃく

様」

「私のことは普通に呼んでくれって言ってるでしょ? 

クルト同様ね」

「わかりました、ユーリシアさん。クルトくんの秘密、そろそろ話すべきではないでしょうか? 

この町の騎士様、一帯の領主であるタイコーン辺へ

境きょう

伯はく

様、そしてリーゼロッテ様にファントムの

皆さん。クルトくんを守るための準備は整っていると思うのですが」

あぁ、そうなんだよね。

実は今、ちょっと危ない状況になっている。

たとえば、この前の王都での仕事。目の見えない奥さんのために薬となる素材を集めるという、

どちらかといえば工

アトリエマイスター

房主というよりは私の冒険者としての実じ

績せき

を買われた仕事だった。

その時、説明を聞いた後クルトが言った。

「あの、痛みが伴う失明ということなので、薬ができるまでの間、目に優しいハーブでお茶を淹い

て飲むといいと思いますよ」

それでハーブの粉を渡していたのは私も見ていた。

そして、指定の素材の一つ目を持っていった時、依頼はキャンセルとなった。

なぜなら、クルトが渡したハーブの効果で、その奥さんの目が治ってしまったからだ。

本来、私達が集めた素材で薬ができたとしても、目の痛みがなくなるだけで失明が治るわけでは

なかった。

この物語は、工

アトリエマイスター

房主代理の少年が、実力がないせいで周囲に迷惑をかける物語だ。

……なんてね。こんな僕が主人公の物語なんてあるわけがないや。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

クルトはその後、いくつか仕事の依頼を受けると、気配を消している私、ユーリシアに気付くこ

となくハロワを去っていった。

彼を見送ったキルシェルが、盛大なため息をつく。

「お疲れ様」

「ええ、クルトくんが可か

哀わい

そうで可哀そうで……彼の本当の仕事ぶりを教えてあげたいのに」

キルシェルは、回復薬を手に取って愛い

おしそうに見つめた。

「この回復薬だって、とても効果が高いために百倍に薄めても通常の回復薬の倍の効果があるから、

世間ではその薄めたものですら工房の秘薬って呼ばれているんですよ。その秘薬を三百本作れると

考えれば、今回納品してもらった三本の報酬は、銀貨三十枚どころか、金貨三十枚でも足りないく

らいなのに」

「知ってるよ。まぁ、差額はいつも通りクルトの裏口座に振り込んでおいて」

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11 第1話 ダンジョン攻略 10

第1話 ダンジョン攻略

タイコーン辺境伯領ヴァルハ。かつては辺境町と呼ばれていたこの町の太守代理に、私、リーゼ

が就任してから何日が過ぎたでしょうか。

太守代理といっても、太守であるリクト様は、私が作った幻げ

影えい

(クルト様大人バージョン)なの

で、実際私が太守のようなものです。

そんなヴァルハでは早速問題が起きていました。

最近、南の砂さ

漠ばく

の国トルシェンからの避難民が増えてきたのです。なんでも、サンドワームとい

う巨大な魔物が大量に現れ、各地のオアシスを占領していったのだとか。

国の兵士達も戦っているそうですが、並の戦力では対処できなくなっているとのこと。

国を捨てて避難した人達の多くはタイコーン辺境伯領の領主町や他の町にも流れたものの、そち

らで受け入れられる人数には限りがあるらしく、この町にも増えてきました。

避難民は今は、町の南西に急ぎ作った仮設の住居に住んでいますが、もともとこの町は魔領の監か

視し

と国の防御のために造られた砦

とりで

を作り替えたものなので、それほど広くありません。難民を受け

入れる人数には限度があります。

だというのにその奥さんは、目の痛みがなくなり、失明が治り、さらには病気になる前の近眼す

らもなくなった。今では視力2.0にまで回復しているそうだ。

素材が不必要になったため依頼はキャンセルされたけれども、通常の依頼達成金は全額渡された。

それどころか、工房や仕事を斡旋したハロワに多額の寄付までしてくる始末。

そんな似たような話がいくつも重なり、工ア

トリエ房

もハロワも多額の寄付金が集まった。結果として、

この町に念願だった転移石を設置することも可能になった。

ただ、その依頼主達に口止めはしているものの、人の口に戸は立てられない。徐々にだが、この

ヴァルハの工房の噂

うわさ

が流れ始めているのだ。

幸い、リクトという影武者がいるお陰でクルトにまでその噂は及んでいないが、しかしそれも時

間の問題だろう。

だからこそ、対策を練らないといけないのだけど……

×この物語は、工

アトリエマイスター

房主代理の少年が、実力がないせいで周囲に迷惑をかける物語だ。

〇この物語は、工

アトリエマイスター

房主の少年が、事態を把は

握あく

していないせいで周囲に迷惑をかける物語だ。

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13 第1話 ダンジョン攻略 12

「ん? 

避難民なら辺境伯領の領主町で受け入れているんじゃないのか?」

「あれは一時的な処置です。しかも、町の中に入れているのは子供と体力のないお年寄りが中心で、

それ以外の者はいまだに町の外で寝起きをしています。タイコーン辺境伯領の厚意で食料の配給は

行っていますが、それもいつまで続くかどうか」

私はそう説明し、残りの書類に手を付け始めました。

その間、ユーリさんはソファに座って待ってくれています。

ここは太守の執務室としてクルト様が改装なさった部屋ですので、クルト様お手製の来客用のソ

ファがあって、ユーリさんが座っているのもそれです。このソファはとても気持ちよく、仕事が忙

しい日などは自分の部屋に戻る気力もなくなり、ここで寝てしまうくらいです。

それから数分で仕事を終えた私は、立ち上がります。

「紅茶を淹れますね」

クルト様が用意してくださった魔道具は、水を入れるだけでお湯が沸わ

く優れもので、これのお陰

でお茶を淹れるのもとても楽になりました。

疲れているので、角砂糖を二個入れましょう。

砂糖は贅ぜ

沢たく

品ひん

ですが、最近値段が下がり、私の個人の稼ぎでも十分買えるようになりました。北

の街道に棲す

みついて交易のために行き交う行商人を襲っていたフェンリルが数カ月前に討と

伐ばつ

された

お陰で、北の諸島都市連盟コスキート経由で様々な品が入ってくるようになったからです。

彼らが可哀そうではありますが、クルト様の安全を考こ

慮りょ

すれば、避難民の受け入れはあまりした

くないから、実は現状は都合がいいんですよね。外の仮設住宅の中にも、避難民を装った諜

ちょう

報ほう

員いん

すでに三名程忍び込んでいるようですし。

ちなみにそれらには現在、私達の配下の諜報部隊であるファントムが見張りについていて、こち

ら側に引き込めるようでしたら引き込む予定です。

私がため息をつくと、扉がノックされて開きました。

返事をする前に開けるなんて、ノックの意味がないではないですか。この工房でそのような無作

法な者は一人しかいません。

その人物――ユーリさんは扉にもたれかかったまま、手をかざしました。

それで挨あ

拶さつ

したつもりでしょうか?

「どうしました、ユーリさん」

私は再びため息をつき、そう尋ねました。

「ちょっと話したいことがあってね」

だから、その用事がなにか、私は尋ねたつもりだったのですが。

「待ってくださいね。もうすぐ書類の整理が終わりますから」

「どうしたんだ? 

なんか忙しそうだな」

「外にいるトルシェンからの避難民の受け皿をどうしようかと考えていたのです」

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15 第1話 ダンジョン攻略 14

かったのはいいのですが、紅茶の中身が私の膝の上にこぼれてしまい、思わずカップを掴つ

んで立ち

上がります。

はぁ……このスカート、染みができやすいので注意していたんですが……もうこれは使えません

ね。クルト様の前で染みの残ったスカートを穿は

くなんて、はしたない真ま

似ね

はできません。

って、そうではありませんっ!

「え? 

クルト様に全部話す?」

『全部』というのはどこまででしょうか?

クルト様の能力適性は戦闘能力以外全て測定不能のSSSランクであるということまででしょう

か? 

それとも、リクト様の正体は私が作った幻影であるということまで?

まさか、私がこの国の第三王女であることまで話せとおっしゃるのでしょうか?

「だって、そうだろ? 

この町の騎士はもうクルトの味方。実質リーゼが太守をしている。ハロワ

もクルトの秘密を隠してくれているし、タイコーン辺境伯という新しい後う

ろ盾だ

もできて、工

アトリエマイスター

房主

代理という実績もできた。それにクルト本人だって名め

誉よ

士し

爵しゃく

だ。というより、クルトにはそろそろ

自分の実力を正確に把握して、手加減というものを覚えて欲しい。外での仕事をする時に誤魔化す

のが大変でね」

ユーリさんが頭を掻か

いて、面倒そうに言いました。

そうですね、クルト様の能力については、すでにこの町に住む人達も勘付き始めています。その

「疲れていると甘い物が染みますね」

「いいのかい? 

そんなに砂糖ばかり入れたら太るよ?」

「そういうユーリさんこそ、糖分ばかり摂と

っているようですけど? 

脳細胞を癒い

やすのだとか

言って」

「し、仕方ないだろ。クルトと一緒にいると脳が疲れるん――アチッ」

照れ隠しで紅茶を飲んだユーリさんでしたが、舌を火や

けど傷

したようですね。

慌てて飲むからいけないんです。

「それで、話とはなんですか? 

ユーリさん、文字を読むと頭が痛くなるとか言って、書類いっぱ

いのこの部屋には顔を出さなかったじゃないですか」

「文字を読むと頭が痛くなるなんて言ってないし、そんなキャラ設定を勝手につけるな。これでも

読書家だよ。毎日、寝る前に読むとぐっすり寝られるからね」

「……はぁ……で、話はなんですか?」

私は耳と一緒に、ユーリさんと同じ轍て

を踏ふ

まないようにゆっくりと紅茶を飲もうとカップを傾け

ました。

「そろそろクルトに全部話さないか」

「えっ!? 

アッ――つぃっ!」

カップが私の膝ひ

の上に落ちました。クルト様が粘ね

土ど

から作ってくださったティーカップが割れな

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17 第1話 ダンジョン攻略 16

「きらわれない?」

私は震える声でユーリさんにそう尋ねた。

「え?」

「だ、だって、クルト様のためにしている行為だけど、でもそれはクルト様が望んだことじゃない

し、私達がクルト様を騙だ

していたことには変わりないし、も、もしクルト様に嫌き

われたら私……も

う死ぬしかありません。想像するだけで恐ろしいです。もう体の穴という穴から今飲んだばかりの

紅茶が出そうです」

「わぁぁぁっ、落ち着けっ! 

お前はまだ紅茶を飲んでいないっ! 

飲んでないものを出せるわけ

ないだろ、出るとしたら別のもんだから出すんじゃない。ったく、いつも冷静で強気なお前はどこ

にいったんだ。大丈夫だ、クルトがそんなことで人を嫌うわけないじゃないか」

ユーリさんが一気に捲ま

し立た

てます。

「本当に?」

「目をうるうるさせて聞くな。本当だ。クルトを最後まで支えられるのはお前しか4

4

いないんだ。

しゃきっとしろ」

「……ユーリさん」

私は指で涙を拭ぬ

い、ユーリさんの手を取りました。

今まで以上にユーリさんのことが好きになりました。

たびに、ファントムに命じ、使える手段を全て行使し、口封じ……ではありません、口止めをして

きました。

ただ、ファントムからもそろそろ限界ではないかという話が上がっています。

たしかに、もう潮し

時どき

なのかもしれませんね。

「……そそそそそそそ、そうですね」

私は震える手でカップを持ち、口に運びます。

しかし、カップの中はさっき零こ

してしまったので空でした。

「不安かい?」

ユーリさんが、私にティーポットを差し出して尋ねました。

私はカップを受け皿に載の

せて頷

うなず

きました。

「い、いえ。そもそもこうして私が太守の仕事をしているのも、タイコーン辺境伯を味方につけた

のも、クルト様に爵位を与える便べ

宜ぎ

を図らせたのも、全てはクルト様の秘密を明かす準備をするた

め……するためですが」

「するためですが?」

ユーリさんが紅茶を注ぎながら鸚お

鵡む

返がえ

しします。

「き……」

「き?」

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19 第1話 ダンジョン攻略 18

ればと常々思っていました。

開拓町として人員を募集しようと考えましたが、それだと村として完成するのに数年はかかって

しまいます。

幸い、トルシェンの難民が多く発生している今、その受け皿となる建物や施設さえできれば町と

して機能するのにも時間があまりかからないと思ったわけです。もちろん、タイコーン辺境伯には

事後承諾を取るつもりです。

普通の人間ならば、「僕一人でできるわけないですよ」と言ったり、それこそ「リーゼさんらし

くない冗談ですね」と最初から真に受けなかったりするものですけれど、ここはやはりクルト様

です。

「結構時間がかかっちゃいますけど、大丈夫ですか?」

と、話を受ける方向で尋ねてきました。作れるんですね、当然。

さすがはクルト様です。

首を傾げる姿に、ピンクのエプロンがとても似合います。今すぐお嫁よ

さんにして欲しいくらいで

す。クルト様が婿む

入い

りしてくるのでもいいですから!

いっそクルト様がお嫁さんになってくれても……って、話がずれちゃいましたね。

「どのくらいかかりますか?」

「仮設でよければ八日程、この町と同じくらいの町にしようと思えばその五倍――一カ月以上か

「ありがとうございます、ユーリさん。今まで隠れ巨乳抉え

れろなんて毎晩祈っていた自分が恥ずか

しいです。藁わ

人にん

形ぎょう

も五ご

寸すん

釘くぎ

も、明日の燃えるゴミの日に捨ててしまいます」

「リーゼ、それ祈りじゃなくて呪いだからな……はぁ、本当に頼んだよ。あと、五寸釘は燃えない

ゴミだからな」

ユーリさんはそう言って微ほ

笑え

みました。

「それで、どうやって伝えるんだい? 

あいつの勘違いは筋金入りだからね。言葉で言ってもわか

らないと思うんだが」

「そうですわね、クルト様にはこれまで以上に大きなことをしていただいて、本来の仕事との差を

わかっていただくのが一番なのですが――」

と、そこで、テーブルの上の資料を見て、名案が閃

ひらめ

きました。

そうです、それがいいです。

「クルト様に、町を一つ作っていただきましょう!」

「僕が一人で町を作るんですか?」

私は早速、厨

ちゅう

房ぼう

で夕食を作っているクルト様に町作りの話をしました。

このヴァルハと辺境町は、普通に街道を進もうとすると馬車で二日はかかる距離があります。高

速馬車を使うならその半分の時間で行けますが、しかしそれでも強行軍。間に宿場町の一つでもあ

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21 第1話 ダンジョン攻略 20

ダンジョンコアヲツクッテ、ダンジョンニスル。

はて? 

クルト様は何をおっしゃっているのでしょうか?

意味がわかりません。

そもそも、ダンジョンというのは、魔物の発生源であると言われる場所です。ダンジョンコアは

文字通りダンジョンの核か

で、それを破壊すればダンジョンとしての機能が失われ、魔物が発生しな

くなります。

「リーゼさん、このあたりに今は機能していないダンジョンってありませんか?」

「え? 

ええ、たしか北西のダンジョンでは、すでにコアを破壊しています。魔領に近いので、ダ

ンジョンの魔物を魔族に利用されては困るからと、先々代の国王陛下……私の曾ひ

祖おじい父

様さま

が――」

「え? 

リーゼさんの曾祖父さん?」

「先々代の国王陛下が破壊したと、私の曾祖父様が教えてくれたんです」

危ないところでした、クルト様の発言に呆あ

気け

にとられ、つい私の曾祖父が先々代の国王であるこ

とを暴ば

露ろ

してしまうところでした。そんなことがばれたら、私がこの国の第三王女であることもば

れてしまうではありませんか。

まぁ、クルト様にご自身の実力を把握していただく際に、私の正体も一緒に話すつもりなので

すが。

「では、夕食の後片付けが終わったら、今夜にでもちょっと行ってきますね」

かっちゃいますね」

普通ならば信じられない見積もりですね。八日で仮設の町を作るなんて、どれだけ突と

貫かん

工事ので

きそこないの町ができるのかと心配になるものですが……クルト様が作れば仮設でも立派な町にな

りそうです。

「難民を受け入れるための町ですから、仮設でも十分です。早い方がいいので」

八日で町を作れるのであれば、いろいろと計画を進められそうです。

そう思っていると、クルト様が何かに気付いたような表情になりました。

「それでしたら、このあたりではあまり見ない方法ですけど、明日にでも町を完成させる方法があ

りますよ」

「――え?」

さすがに私も混乱しました。

一夜で? 

しかも、今の話の雰囲気からすると、仮設ではなく完全な町を?

この工房を作るのにも三日くらいかかっていた気がするのですが。

さすがにそれは不可能なのではないでしょうか?

「いったい、どのように町を作るのですか?」

「ダンジョンコアを作ってダンジョンにするんです」

「……はい?」

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23 第1話 ダンジョン攻略 22

ユーリシアさんはそう言って笑みを浮かべた。いつもと変わらない微笑みのはずだけれども……

あれ?

ユーリシアさんの横顔をじっと見ていると、僕の視線に気付いたらしく、不思議そうな顔で見返

してきた。

「どうした?」

「ユーリシアさん、体調悪いんですか?」

「え? 

なんで?」

「いえ、なんとなくそう思って」

僕がそう言うと、ユーリシアさんは「ふぅ」と息を漏も

らし、僕の肩に右手を置いてそのまま押

した。

僕はくるりと回りユーリシアさんに背中を向ける状態になり、ユーリシアさんの手が僕の前にき

て、胸に手を置かれる。温かい吐と

息いき

が僕の耳にかかった。

これって……えっと、これって、もしかして……

そう思ったら、ユーリシアさんの手が僕の前から頭に――

「痛い痛い痛い、痛いです、ユーリシアさんっ!」

思いっきり蟀こ

めかみ谷

のところをグリグリされた。ユーリシアさんの指が僕の頭に食い込む。

「クルトォォ、私の体調が悪いって? 

これが体調の悪い人間の攻撃か?」

「あ、待ってください。廃棄されたダンジョンでも魔物はいますから、ユーリさんを連れていった

ほうがいいですよ。私から伝えておきますから」

「はい、ありがとうございます」

そう言ってクルト様が頭を下げたので、私は厨房を出ました。

あれ? 

ところで話を聞くことができませんでしたが、なんで町を作るのにダンジョンを作る必

要があるのでしょうか?

……さっぱりわかりません。

まさか、ダンジョンを作って町にするわけはないですよね?

そんなの危険すぎますからね。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

ダンジョンのある場所は山奥のため、僕達は馬車ではなく歩いて向かうことにした。

ユーリシアさんと二人で歩いて移動するのは久しぶりだな。

「この雰囲気、懐かしいですね。こんなこと言ったら怒られるかもしれませんけど、ちょっと楽し

いです」

「ああ、そうだねクルト、私も楽しいよ」

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25 第1話 ダンジョン攻略 24

「ところで、クルト。ダンジョンコアなんて作ってどうするんだい?」

「そうですね、ちょっとダンジョンコアを利用して町作りをしようと思うんです」

「だから、ダンジョンコアと町作りがどうつながるのか――いや、聞くと今から疲れそうだ」

疲れそうって、あれ?

ユーリシアさんって難しい話を聞くと疲れちゃうタイプの人だったっけ?

あんまり難しい話じゃないんだけど。

辿たど

り着つ

いたダンジョンの近くには、建物がいっぱいあった。

ユーリシアさんの山に勝手に作ったログハウスみたいな家だけれども、長い間使われていないた

めかあちこち壊れていて、幽ゆ

霊れい

が出そうだ。

月明かりのせいで余計に不気味に見えてくる。

井戸があって釣つ

瓶べ

が使える状態で残っていたので、水を汲く

んでみた。

縄なわ

は苔こ

生む

していて滑す

りそうになるけれど、丈夫なものみたいだ。

水は夜でもわかるくらいに濁に

っていて、このままでは飲むことはできそうにないので、近くの野

花にかけた。

「ダンジョン村だね。ダンジョンには多くの魔物が出て、そこから素材が採れるから近くに拠き

点てん

なる村があるのが普通なんだ。ただ、ダンジョンがあるのは大抵不便な場所だからね、ダンジョン

「ごめんなさいごめんなさい、ユーリシアさんの体調が悪いことなんてないです」

「わかればよろしい。そもそも私は冒険者だよ。自分の体調くらい自分が一番わかってるよ」

「はい、ユーリシアさんの言う通りです! 

だからグリグリしないでください」

ようやくユーリシアさんは僕を解放してくれた。うぅ、まだ頭がジンジン痛む。

「酷ひ

いですよ、ユーリシアさん」

「酷いのはどっちだい? 

私に胸を触られた時、ドキドキしてただろ」

「え……えっと」

僕が答えられないでいると、ユーリシアさんはからからと笑った。

「あはは、クルトも男だってことだね。ちょっと安心したよ。私みたいな女でもクルトはドキドキ

してくれるんだから」

「『みたいな』って、ユーリシアさんは可愛らしい女性だって最初に会った日に言いましたよね。

なんでユーリシアさんはそんなに自己評価が低いんですか? 

何もできない僕と違って、ユーリシ

アさんは本当にいろいろとできる人なのに」

「自己評価が低いのはどっちのほうだか」

ユーリシアさんが呆あ

れるように言ったけれど、でも僕の場合は自己評価じゃなくて、能力自体も

高くないんだから仕方ない気がする。

でも、よかった。ユーリシアさんの体調が悪いのは気のせいだったみたい。

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26

がなくなればすぐに廃は

村そん

になっちまうってわけさ」

「勿も

体たい

ないですね――」

井戸の水は飲めない状態だったけれど、でも縄や造りを見ればわかる。この村の人は、あの井戸

を何十年、何百年と使うつもりで作ったんだろう。建物だって、ボロボロにはなっているけれど倒と

壊かい

しているものは一つもない。

ただ、人が住まなくなっただけなんだよね。

「仕方ないよ。ダンジョンに頼っていたこの村には、それ以外の収入源はなかったんだ。一から畑

を作るくらいなら、ここで得たノウハウを持って、国内にある他のダンジョンの近くに新しい村を

作ったほうがマシだと思ったんだろ。というより、国側もそういう条件でここのダンジョンコアを

破壊したはずさ。ダンジョン村に住んでる連中に無条件でダンジョンコアを差し出せって言っても、

それは死ねって言っているのと同じだからね」

そうか、ここにいた人達は引っ越したんだ。

僕の故郷のハスト村の人達みたいに引っ越し好きの人ならいいんだけど。

この村の人はどうだったんだろ?

僕はヒルデガルドちゃんに何も言えずに引っ越してしまった十年前のことを思い出した。

もしも意に添わぬ引っ越しだったとしても、引っ越し先で幸せになっていたらいいな。

と、僕はそこであることに気付いて声を上げた。

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29 第1話 ダンジョン攻略 28

から魔物や道具を生み出す洞ど

窟くつ

のことだ。

宝や財宝を置いて人間をおびき出し、その人間を喰く

らい栄養とする。つまり、ダンジョンそのも

のが巨大な魔物と言えるだろう。もっとも、意思は希き

薄はく

で、自我はほとんど持っていないらしいけ

ど。ちなみに、心臓であるコアを壊すことでダンジョンは死に、魔素は周辺の土地に戻る。

まあとにかくそういうわけで、生きているダンジョンの周辺からは魔素が失われる。

花が光を放っていなかったのもそういう理由だ。

ただ、空気中の魔素が全くないのに、水に魔素が多く含まれていた。これはこの水が、ダンジョ

ンの中から湧き出しているからだろう。

僕はそう、ユーリシアさんに説明した。

ダンジョンが魔物だということをユーリシアさんは知らなかったらしく、驚いていた。

「だが、たしかにこのダンジョンのダンジョンコアは木こ

っ端ぱ

みじんに砕かれたって聞いたぞ。ダン

ジョンの中には砕かれてからも百年したら復活するものもあるって聞いたが、ここは壊れてからま

だ百年も経っていないし」

「復活するダンジョンなんてありませんよ? 

ええとですね――」

さっきも言ったように、ダンジョンというのは魔物だ。魔物であろうと人間であろうと一度死ね

ば生き返ることはない。

ただ、ダンジョンの中には擬ぎ

死し

という死んだふりをするものがいる。

「あれ?」

さっき水を撒ま

いた野花が青の淡い光を放っていたのだ。

これって――

「ユーリシアさん、ここのダンジョンってもうダンジョンコアが壊れているって言ってませんでし

た?」

「ん? 

ああ、そう言ったよ」

「それ、多分嘘う

です。ここのダンジョンは死んでません。皆さんダンジョンマスターに騙だ

されてい

ます」

「ダンジョンコアが死んでない? 

どういうことだい?」

不思議そうにするユーリさんに、僕は示す。

「見てください、この花――」

「たしかにうっすら光ってるけど……この花ってたしか、空気中の魔素を吸収して光る花だよな? 

ヒカリゴケと同じ原理で」

「はい。でも、さっきは光っていませんでした。これは、このあたりの空気は魔素がほとんど含ま

れていないってことなんです。まぁ、それも珍しいんですけど、でも花に水をあげたら光り始めま

した。つまり、井戸の水には魔素が含まれているんです」

そもそもダンジョンというのは、周辺の土地から魔素と呼ばれる自然界の魔力の素を集め、そこ

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31 第1話 ダンジョン攻略 30

ダミーコアと呼ばれる偽物のダンジョンコアを壊させて、壊れたふりをするのだ。そして百年く

らい経って自分の安全が確保できたら、再びダンジョンとして動き出す。

といっても、さっき言った通り、ダンジョンというのは基本的に自分の意思を持たない。大きな

迷宮の形をして、魔物や宝を生み出すだけの存在であり、偽物のダンジョンコアを生み出すような

機能はないのである。

しかし、ダンジョンマスターと呼ばれるダンジョンと共生関係にある魔物がいれば話は変わる。

ダンジョンマスターは効率的に魔物を出現させたり、罠わ

を仕掛けたり、そしてダミーコアを生み

出したりするのだ。

きっと、このダンジョンにもダンジョンマスターが住んでいるのだろう。

そのことを説明したけれど、ユーリシアさんはどこか半信半疑のようだ。

「なんでそこまで詳しいんだい? 

クルトは魔物と戦えないからダンジョンなんて行かないだろ」

「それはそうなんですけど、僕が生まれる少し前に村を訪れた旅の剣士さんが教えてくれて、それ

を又聞きしたんです」

「へぇ、旅の剣士ねぇ。まぁ、一度潜も

ってみるか。ダンジョンが生きているって言うのなら、放っ

ておくわけにもいかないしね」

「はい」

僕は頷き、村の奥に向かった。

村の奥、ダンジョンがあったと言われている場所――実際はまだあるんだけど――は誰だ

も入れな

いように木の板で塞がれていたけれど、下の方に隙間が空いていたのでそこから入ることにした。

「やっぱり暗い。ダンジョンの中は普通明るいんだけどね」

ユーリシアさんはそう言ってヒカリゴケを壁か

にかけた。

そして、どうやって手に入れたのかはわからないけれど、このダンジョンの地図を頼りに、ダン

ジョンコアがあったという部屋を目指す。その間、魔物とは一度も遭そ

遇ぐう

しなかった。

しばらくして、僕達はダンジョンコアがあったという部屋の前までやってきた。

「静かなもんだね。やっぱりここはダンジョンとして死んでるだろ」

「いいえ、確信を持ちました。このダンジョンは生きています」

そう言って僕が部屋の扉を開けると、壁沿いにヒカリゴケが広がっていく。

部屋の中央にある台座の上には、何も置かれていなかった。

僕は台座を調べた。ダンジョンコアが長年置かれていたならば残っているはずの魔素が、ほとん

どない。やっぱりここにあったのはダンジョンコアじゃなく、ダミーコアだったんだ。

なら、きっと――

僕は部屋の周囲を見回した。そして、それに気付く。

部屋全体に広がったはずのヒカリゴケ――だが、部屋の隅にでっぱりがあり、そこにはヒカリゴ

ケがついていなかった。

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33 第1話 ダンジョン攻略 32

僕は短剣を手にして、その壁のでっぱりに叩た

きつける。

岩と岩との間に入った短剣を捻ひ

ると、岩の表面が落ちた。

その岩の中に、黒く光る石がある。

「クルト、普通の鉄の短剣で岩が

壁ぺき

を引っぺがす技量については考えないとして、それ、もしかし

て――」

「はい、これはゴーレムコア――ゴーレムの心臓です。このでっぱりは、本当は岩のでっぱりに偽

造しているストーンゴーレムなんですよ」

ヒカリゴケは生物の表皮にはくっつかない性質がある。それは完全に岩と同じ成分でできている

ストーンゴーレムも例外じゃない。

僕はそう説明して、ゴーレムコアを引っこ抜いた。

でっぱり風ストーンゴーレムはあっという間に瓦が

解かい

し、そしてその奥に通路が現れた。しかも、

その通路からはヒカリゴケの光とは違う明かりが漏れている。魔素を十分に含んだダンジョが放つ

光だ。

つまり、この先は生きている本物のダンジョンだ。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

私はクルトと一緒にダンジョンにやってきていた。暇ひ

そうにしていたカンスとダンゾウに護衛を

任せればいいんじゃないかと思ったが、リーゼがしつこく私に行くようにと言ってきたからだ。

ダンジョンと言っても廃棄されたものだ。中に魔物がいたとしても、野生の魔物が入り込む程度。

それならば、私じゃなくても大丈夫じゃないかと思ったんだけどね。

今回は、壊れたダンジョンコアを修復し、そのダンジョンコアを使って町を作る。そういう話だ

と思っていた。

だというのに、クルトはこの村に来てさっと見て回っただけで、ここのダンジョンは破壊されて

おらずダンジョンマスターに騙されている、と言い出した。

ダンジョンを破壊したのは、数十年前のこの国の宮廷魔術師とその一行だという。そんな人達が

騙されているだなんて、いくらクルトの話でも私は信じられなかった。

だが実際に、クルトはダンジョンコアが安置されていた部屋で、これまで誰も発見できなかった

通路を見つけた。

通路を発見した後、クルトは言った。

「ヒカリゴケの光はゴーレムの表面に付着しないから見つけるのはとても簡単ですよ」

それこそおかしな話だ。

落ちたゴーレムの表面を触れれば、ごつごつしていてヒカリゴケなど付着していないのはよくわ

かる。しかし、見た目はしっかり発光していた。

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35 第1話 ダンジョン攻略 34

ストーンゴーレムの擬態能力は高く、周囲の壁にヒカリゴケが付着していたら、自分の体も同じ

ように光る。

しかし、クルトは一目見ただけで、ヒカリゴケがついていないとわかったのだ。

(なんていう観察力――)

クルトの今まで気付かなかった才能を知り、私は少し震えた。

でも、なんでそんな人並み外れた観察力を持っているのに、自分の本当の実力はわからないの

かね。

そして、私は認めないといけない。

ダンジョンに関する知識でもまた、クルトに負けてしまったことを。

ダンジョン探索といえば、冒険者のテリトリーのようなものなのに、その知識ですらクルトに負

けるとはね。

だが、反省はいつでもできる。今、私がすることは一つだ。

「クルト、後ろに下がってな。ここからは私の仕事だよ」

「はい、頼りにしています、ユーリシアさん」

「あんまり頼りにされすぎてもね」

私はそう言って苦笑した。まったく、いつまで一緒にいられるかわからないんだからさ。

隠し通路の奥は、見る限りでは普通のダンジョンとそう変わらない。

ただし、クルトの言う通りダンジョンマスターなる魔物がダンジョンコアを裏で操っているとい

うのなら、油断はできないね。

と思ったら早速か。

私はスカートの下に隠し持っていた短剣を、天井から垂れている鍾

しょう

乳にゅう

石せき

の隙間に投げた。

ナイフは命中、一匹の大きな蝙こ

蝠もり

が落ちた。

「クルト、この魔物は何かわかるかい?」

「はい、パープルバットですね。何度か解体したことがあります。牙と爪つ

が高く売れますよ。ただ、

爪には致死性の毒があるので注意しないといけません」

私はクルトの言葉に、首を横に振る。

「ああ、そうだ。そしてパープルバットの寿命は一年、群れで過ごす魔物だ。でも、このパープル

バットは単独で、しかも入り口が塞がれていたはずの場所にいた。寿命が短いから、入り口が封鎖

される前に入り込んだとも考えられない」

「つまり、この魔物はダンジョンが生み出したということですね」

「ああ。しかも本来、このパープルバットは人を警戒し、直接人を襲うのは、子供を育てている時

くらいのはず。だが、こいつからは明らかに私達を襲う気配が感じられた。まぁ、だからこそ私も

先手を打って攻撃できたんだけど――」

私はパープルバットの眉み

間けん

に刺さったナイフを抜き、布でナイフについた血を拭ふ

きとる。血には

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37 第1話 ダンジョン攻略 36

毒はないけれど、念のためにナイフは水で洗い流し、血を拭きとるために使った布は捨てることに

した。

そして、ナイフを元の場所にしまい、話を続ける。

「つまり、ダンジョンマスターという魔物は、私達がすでにここに入ったことに気付いて、殺そう

としてきた。秘密を知った者には死を――ってところかな」

「……厄や

介かい

ですね」

「だな。まぁ、安心しな。クルトのことは私が守るからね」

ダンジョンの魔物に襲われることは、冒険者としてよくある話。

だが、ダンジョンの魔物全員……いや、それどころかダンジョンの魔物、罠わ

、その他全てが私達

を殺しにきているとなると、面倒なことになりそうだ。

……一度、ダンジョンから出て、準備をした方がいいんじゃないか?

そう思ったんだけど――

「ユーリシアさん、あそこっ!」

クルトが大きな声を上げた。クルトの視線を追うように、彼が見つけたものを私も見る。

そこにいたのは――しなを作ってこちらを誘惑してくる裸

はだか

の美女だった。

私は思わずさっき使ったばかりのナイフをその女に投げる。ナイフが当たった女は、どろどろの

粘ねん

液えき

になってしまった。

「スライムの擬ぎ

態たい

能力ですね。でも、なんで裸の女性になっていたんでしょうか?」

クルトが不思議そうに尋ねたが、そんなの決まっている。

クルトを誘惑するためにだ。

おのれ、ダンジョンマスターめ。よりによってクルトを手て

籠ご

めにしようだなんて、許せない。

今すぐ倒してやる。

しかし思えば、それはダンジョンマスターの策略だったのかもしれない。

クルトに美女の偽物を見せる――それだけで私を挑

ちょう

発はつ

するには十分だった。

そのせいで、私は引き返すという最適な案を却

きゃっ

下か

してしまった。

どうやら、ダンジョンマスターは私達を意地でも帰らせたくないらしい。

「見てください、ユーリシアさん。宝石の原石がいっぱいありますよ」

クルトが見つけた宝箱の中には、エメラルドやアクアマリン、サファイアといった宝石の原石が

少しずつ。荷物になるが、クルトが運ぶと言ったので運んでもらうことにした。

そんなこんなで、もう七個くらい宝箱を開けている。

魔物と宝箱、冒険者の醍だ

醐ご

味み

といえばそうなのだろうけれどもね。

「また宝箱か」

道の先には、またしても木製の宝箱があった。

純じゅん

粋すい

にダンジョン探索に来ていたらこれほど嬉しいことはないだろう。

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39 第1話 ダンジョン攻略 38

「あ、あれはミミックですね」

「そうなのか? 

全然見分けがつかないけど」

「はい。ダンジョンの宝箱って、ダンジョンで作るから、木目とか全部同じになるんです。でもミ

ミックの宝箱は、指し

紋もん

みたいに木目が全部異なるんですよ」

「木目が違う? 

言われてみればたしかに――ってわかるわけないだろっ!」

どんだけ視力がいいんだ、こいつは。

ただの木ならば木目の違いがわかる可能性はあるが、宝箱に使われている木材は薄くペンキが塗ぬ

られているので木目なんてほとんど見えない。

まあクルトが言っているのなら事実なのだろう。私はさっきパープルバットに投げたばかりの短

剣を投げた。

短剣が宝箱に命中すると、ミミックは宝箱の蓋ふ

を開けて正体を現す。

「亀形か」

ミミックにはいくつか種類がある。宝箱に擬ぎ

態たい

しているものでも、私が知る限り三種類。

まずヤドカリ型。宝箱の中に寄生し、獲物を待ち伏せる魔物。

次に財宝型。宝箱の中の宝石や貨幣に擬態し、持ち帰る冒険者が油断したところを襲ってくる。

どちらの場合も、宝箱は本物の宝箱を使うことが多い。

しかし、今回の亀形は違う。亀形のミミックは、宝箱は自分の甲こ

羅ら

なのだ。

亀が甲羅の中に体をひっこめるように、亀形のミミックは宝箱の中に体をひっこめる。そして、

近付いてきた冒険者を襲ってくる。

しかし、動きは遅いので、離れた場所からナイフを投げて頭に当てれば簡単に倒せる。

というわけで、もう一本ナイフを投げて仕留めた。

「亀形のミミックの血は滋じ

養よう

強きょう

壮そう

の薬になるのですけど……鮮度が落ちると臭くなるので我が

慢まん

ましょう」

「だね」

亀の血なんて飲みたくない。

滋養強壮の薬ならばなおさらだ。持ち帰ってリーゼにでも飲ませたら、今度こそ本当にクルトを

襲う危険もある。

それにしても、まぁ私一人だったらちょっとだけ危なかったかもね。

「クルト、あんたもしかしてレンジャーに向いてるんじゃないかい?」

「レンジャーですか? 

でも、うちにはシーナさんがいますし、それにあの人

4

4

4

と同じレンジャーに、

僕なんかが……」

クルトはそう、後半は消え入るような声で零した。

あの人

4

4

4

? 

あぁ、そういえばクルトが前にいた冒険者パーティ「炎の竜牙」には、バンダナとい

うレンジャーがいたんだったね。クルトはまだ「炎の竜牙」に未練があるみたいだから、そのメン

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41 第1話 ダンジョン攻略 40

バーの名前を直接出すのは今の仲間である私に悪いと思って、気を遣つ

ったんだろう。

そうそう、その「炎の竜牙」だけど、ゴルノヴァとマーレフィスは身元を確認できた一方で、バ

ンダナに関しては女レンジャーであるということ以外、本名を含めてほとんど情報が集まらなかっ

たそうなんだよね。

いい機会だから、そのバンダナについて、クルトに聞いてみようか。

「クルト、バンダナってどんな人だい?」

「そうですね、とても明るくていい人ですよ。優しいお姉さんって感じですね」

いい人……ね。これは正直あてにならない。

衛兵を斬き

って逃走中のゴルノヴァも、トリスタンの命令とはいえ悪魔を使ってリーゼを殺そうと

したマーレフィスも、クルトにとってはいい人なんだろうしね。

「レンジャーとしての腕前は凄す

くて、あと、物凄くいろいろなことを知っているんです。魔物に関

する知識も、ほとんどバンダナさんに教えてもらったんですよ」

「ほとんど?」

「はい。ミミックの見分け方とか、パープルバットの解体方法とか」

なるほど、だからあんなにするすると知識が出てきたんだね。

「へぇ、そうなんだ」

「あと、人脈もとても広い人で、僕が作った魔ま

法ほう

晶しょう

石せき

やアクセサリーなんかは全部バンダナさん

が換か

金きん

してくれたんです」

「全部?」

「はい、全部です」

私はその具体的な値段をクルトから聞いて驚

きょう

愕がく

した。

とても安いのだ。

子供のお小こ

遣づか

い程度とまではいかないが、相場の一パーセントにも満たない。

同時に、おかしなこともある。クルトが作った魔法晶石やアクセサリー、そんなものが市場に出

回って騒ぎにならないはずがない。

つまり、バンダナがそれらを市場に流していたら私の耳にも届いているはず。市場でなくとも、

表に近い裏社会程度ならばファントム部隊が情報を集めているはずだ。

だというのに、それらしき情報は一切ないのだ。

ファントムすら気付けないほどの裏の組織に流れたか、もしくは――誰にも売っていないか?

クルトが自分の実力に気付いていないのも、もしかしてバンダナというレンジャーが私達みたい

に情報を隠していたからじゃないか?

そんな気がしてならない。

「他には何かないかい? 

たとえば、出身地とか親の名前とか」

「いえ、特には……でも、その聞き方、バンダナさんみたいですね」

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43 第1話 ダンジョン攻略 42

「え?」

「バンダナさんも最初に会った時に同じように聞いてきたんです。僕の出身地とか親の名前とか、

質問攻めでしたよ」

ハハハと笑うクルトに、確信を持つ。

バンダナはクルトについて調べていた。そして、その能力もほぼ正確に把握している。

ゴルノヴァやマーレフィスにも隠して、クルトを利用できる立場にあった。

なのに、なんでバンダナはクルトをパーティから追放するような真似をしたんだ?

「そうそう、工

アトリエマイスター

房主オルフィア様の家での雑用の仕事もバンダナさんに紹介してもらったんです。

バンダナさんがいなかったら、僕がこうして工房で働けることもなかったですね」

「え? 

そうなのか?」

「はい」

笑顔で頷くクルトに、私はバンダナという女の意図が全くわからなくなった。

そうこうしているうちに、私達の目の前にそれが現れた。

白く光る宝玉――ダンジョンコアが安置された部屋が。

そして、その宝玉の前には、身長三十センチくらいの羽の生えた女の子がいた。

「く、くるな悪人ども! 

ここはあたちの家だ!」

目に涙を浮かべ、自分の体よりも大きな剣を持ち上げようとしているが持ち上げられない、私達

の娘であるアクリよりも小さな女の子。

……え? 

もしかしてこれがダンジョンマスターなの?

幼女を見て、私はため息をついた。

これを倒せって言うのか、冗談きついよ。

ダンジョンマスターだって聞いていたから、てっきり悪魔みたいな化け物とか、もしくは狡こ

猾かつ

ゴブリンのような魔物だと思っていたが、どう見ても無害な女の子じゃないか。

それに、この子が怒っているのも当然だろう。

私達は無断でこの子の家に入ってきたんだから。

「ごめんね、君の家を勝手に荒らすつもりはなかったんだ」

クルトはそう、予想通りのことを言った。

まぁ、私もこんな子供を殺すのは気が引けるし、それでいいや。

「あたちやダンジョンコアを壊しにきたんじゃないの?」

「ええと、一応聞くけど、ダンジョンコアを壊したらどうなるんだい?」

「あたちたちダンジョンマスターはダンジョンコアと一体。ダンジョンコアが壊されたら、ダン

ジョンマスターは死んじゃうの」

怯おび

えた様子でダンジョンマスターが答える。

こりゃ八は

方ぽう

塞ふさ

がりだね。クルトがダンジョンコアを利用して何をしようとしていたのかはわから

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45 第1話 ダンジョン攻略 44

ないが、持ち出すことができないのならどうしようもない。

「クルト、諦めよう。さすがにこのダンジョンコアは私達には壊せない……」

そう言いつつも、でもクルトならば、もしかしたらとんでもない裏ワザでなんとかするんじゃな

いか? 

と思った。

それこそ、この子も私達もハッピーになるような方法で。

だが――

「そうですね、僕達にはこのダンジョンコアは壊せません」

クルトはそう言った。やっぱりダメか。

あぁ、いけないね。クルトに期待しすぎた。

そしてクルトは、ダンジョンマスターに向き直る。

「壊さないよ。僕達はここを出ていく。それで、最後のお願いだけど、ダンジョンコア、見せても

らっていいいかな?」

「う、うん。見るだけだからね」

涙を拭い、笑みを浮かべたダンジョンマスターは、私達にそのダンジョンコアを差し出した。そ

の瞬

しゅん

間かん

だった。

クルトが一瞬の隙す

をつき、ダンジョンコアを短剣で壊したのだ。

「なっ……う……そ……」

ダンジョンマスターは文句を言う暇もなく、その場に倒れた。

私は何が起こったのかわからない。

え? 

え? 

どういうこと?

あ……あぁ、そうか。そういうことか。

「クルト、ダンジョンコアを一度壊して修復したらダンジョンマスターも生き返るんだね」

まったく、驚かせやがって。

さて、どんな方法でクルトは私を驚かしてくれるんだい?

「いいえ、生き返りませんよ。死んだ人が生き返らないのと同じで、死んだ魔物もダンジョンマス

ターも生き返りません。ダンジョンコアを修復しても死んだダンジョンが生き返ることはありませ

んね」

「――クルト、自分が何をしたのかわかってるのかっ!」

その説明を聞いて、私は思わずクルトの胸倉を掴んでいた。

クルトは特別な力を持っているし、突と

拍ぴょう

子し

もないことをしてくる。

だが、誰よりも優しく、私はそんなクルトが好きだった。

なのに――

「すみません。でも、ダメなんです。ユーリシアさん。あのダンジョンマスターはアクリとは違う

んです」

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47 第1話 ダンジョン攻略 46

「なにが違うって言うんだ?」

「パープルバットの毒を食らっていたら、ユーリシアさん、死んでいましたよ」

「……え?」

間抜けな声を返した私に、クルトが諭すように言う。

「パープルバットだけじゃありません。ミミックにしてもそうです。あのミミックも、僕達が宝箱

を開けようとしていたら死んでいたかもしれません」

「それは……この子は自分を守るために仕方なく」

「そうですね。でも、自分を守るために人間を殺すのなら、それはもう魔物なんですよ」

クルトの言葉に、私は掴んでいた服を放した。

そうだ、クルトの言うとおりだ。間違っていたのは私の方だ。どうやらアクリと接しているうち

に、子供への警戒心を失っていたらしい。

私が反省していると、クルトは倒れたダンジョンマスターの口の中に手を入れた。

何をしているのかわからなかったが、クルトが口の中から何か小さな玉のようなものを取り出す

と、ダンジョンマスターはドロドロに溶けた。これは……スライム!?

そうか、女の子の姿に擬態していたのか。

「凄いスライムです。死んでも擬態していた姿を維い

持じ

できるなんて。ずっと僕達を観察していたん

でしょう。どんな姿になれば僕達が一番油断するか」

クルトは淡々と、少し悲しそうに語る。

「きっとユーリシアさんの優しさに付け込もうとしたんですね。多分、僕達が背中を見せたところ

で襲うつもりだったんだと思います。ユーリシアさん、知ってます? 

スライムって、見た目だけ

ならどんな姿にも化けられるんですけど、人間の声を手に入れるには、その声を出す人間を捕食し

ないといけないんです」

「それって……」

「はい、さっきの女の子の声の持ち主も、ううん、きっとそれ以外にも、何人もこのダンジョンマ

スターに捕食されていたんです」

クルトはそう言って、目を閉じて手を合わせた。

私はクルトのことを本当に見誤っていたようだ。

こいつの心は、私なんかよりも遥は

かに強い。

クルトなら、もしも私がいなくても一人でやっていける。

クルトは、全てを打ち明けたとしてもきっと受け入れてくれる。

EDITOR36
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