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ジャズ型組織の有効性について 西田

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ジャズ型組織の有効性について

西田

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目次

第1章 はじめに

第2章 ジャズ型組織について

1.創造性の経営

2.オーケストラ型組織とジャズ型組織

2-1.オーケストラ型組織の特徴

2-2.ジャズ型組織の特徴

3.信頼のリーダーシップとジャズ・バンド型リーダーシップ

3-1.信頼のリーダーシップ

3-2.ジャズ・バンド型リーダーシップ

第3章 事例研究(アップル)

1.CEOの交代による組織のジャズ化

2.ジャズ・バンド型リーダーシップの具体的事例

第4章 おわりに

参考文献

参考URL

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第 1章 はじめに

現在に至るまで様々な組織論に関する議論が行われてきた。その中でも、「外部環境

との関係(不確実性が低いか=安定、高いか)を考慮すれば、効率を重視するか、学習

を重視するか、言い換えれば、垂直方向の構造を重視するか(=機械的組織)、水平方

向の構造を重視するか(=有機的組織)を選択することができる。」1という考えに似

たオーケストラ型組織とジャズ型組織について取り上げることとする。

近年、企業は急激な業界や社会の流行の変化に適応できるかが問題となっているであ

ろう。IT技術の発達によりビックデータや AI、IoTなどが進歩し業務の管理、従業員

の働き方といった経営の根本を変える可能性がある。また、様々な企業が SNSを通じて

経営をすることが当たり前になりつつあり、インターネットが発達し情報化社会となっ

た現在、どこに成功するカギが落ちているかわからない。また、流れにのれなければ企

業が衰退することは間違いないだろう。ボストン コンサルティング グループのジョ

ン・S・クラークソン元 CEOは「今日の企業において最も重要な機能は創造機能であ

る。今後成功を収める組織は、交響楽のオーケストラというよりも、ジャズグループに

似たものになるであろう」2と述べている。私もこの急激な環境の変化に対し企業の現

状を把握しその後の方針を的確にする対応力はジャズ型経営が大きなカギを握っている

のではないかと考える。

本論文では第 2章でジャズ型組織とは何かを示す。第 3章ではアップルを例に挙げ、

CEOの交代による組織のジャズ化とスティーブ・ジョブズが行ったジャズ型リーダー

シップの具体的事例を述べる。第 4章で日本企業にとってのインプリケーションを示

す。

第 2章 ジャズ型組織について

1.創造性の経営

はじめにでジャズの創造性について触れたが経営やビジネスの世界での創造性がどの

ようなものかをアマビールと李をもとに説明する。アマビールによると創造性の 3要素

は専門性・専門能力,創造的思考スキル,モチベーションで構成されているという。専門

性・専門能力とは人が持っている知識であり、仕事で使われる技術的な知識や手続きの

知識、学問的な知識のすべてのことをいう。この知識が多ければ多いほど創造性が高ま

ることは間違いない。創造的思考スキルとはどのように問題解決にアプローチするかを

1 http://www.ilibrary.jp/MOTtextBooks/words/OrgSt.html

2 http://media-publications.bcg.com/YSNAS-Japan/BCG-Japan-110-Jazz-vs-Symphony.pdf

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決めるものであり、すでに存在しているアプローチを新しいパターンで組み合わせるか

が重要である。この能力は人の思考スタイルや仕事への取り組む姿勢はもちろんパーソ

ナリティによって左右されるものである。モチベーションは人々が実際に何をするか決

定するもので金銭的報酬のような外的要因ではなく内的な仕事そのものに対する興味や

満足、挑戦といったものであり最も直接的に影響を受けやすいものである。つまり創造

性にとってはより重要とされている。

李(2018)はこのアマビールのいう専門性・専門能力と創造性思考スキルは「ジャズ・

ミュージシャンの個性的演奏に欠かせない部分であり、ジャズの世界でも経営の世界で

も創意性は差別化にとって欠かせない部分である」3という。「差別化の問題は競争戦

略論の基本的なテーマであり、他にもコスト・リーダーシップ論や集中化戦略もあるが

それらも結局は差別化戦略に繋がっている。」4

図 1 差別化の戦略的イシュー

出典:李(2018)

3 李(2018),p.94

4 同書

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図 1からみるように経営の様々な領域で創造性を引き出し、競争に勝つ差別化に活用

していくことがクリエイティブ・マネジメントである。これにより創造性が重要である

ことがわかるだろう。次に従来の主な組織構造であるオーケストラ型組織と創造性が発

揮されるジャズ型組織といわれる組織の特徴を述べていく。

2.オーケストラ型組織とジャズ型組織

ドラッカーが情報化社会の組織モデルとしてオーケストラ型組織が有効であると主張

している。それ以来オーケストラのコミュニケーションと組織力にフォーカスが当てら

れ、オーケストラ型組織が企業の目指すべき未来型組織モデルとして評価されている。

「一方で1人の指揮者が全体を統率するオーケストラの特性に疑問を持つ人たちも現れ

た。これは経営環境の急激な変化に伴い不確実性がますます高くなっていく時代に、す

でに決まっている譜面通りに演奏するオーケストラは、現代の企業の組織モデルに相応

しくないという意見である。つまり、既存の慣行と秩序に拘らず、予期せぬ状況に合わ

せて迅速な行動が要求されるこれからの時代には、オーケストラ型組織ではなく、ジャ

ズの即興演奏のように動く組織がより適切であるということである」5という。また 2

つのタイプを企業組織に当てはめて語る場合、「オーケストラ型を規律重視の従来型組

織、ジャズ型組織を独自生重視の新しい組織形態として捉えることが多い」6という。

以上を踏まえたうえで、オーケストラ型組織とジャズ型組織のそれぞれの特徴を述べて

いく。

2-1.オーケストラ型組織の特徴

ドラッカーのオーケストラの組織論を元に書いた山岸(2013)によるオーケストラの特

徴は以下の通りである。

一つ目はオーケストラでは使う楽器が多種多様で自律的であるということである。楽

器により音の出し方や音域、音色も様々で指揮者が指示してから実際に音として表現す

るまでの時間も違う。得意な分野も様々で例えばヴァイオリンはフルートなどの管楽器

と違って弦で演奏するので息継ぎがいらないため長く持続する音は得意である。「作曲

家は各楽器に違った役割を与え、それぞれの楽器が自律的に演奏し、総体として音楽の

5李(2018),p.124

6 https://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20071023/138342/

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形が作られている。これは分業と調整が働くだけでなく、組織の中のダイバーシティが

しっかりマネジメントされている」7という。

二つ目はオーケストラの指揮者は成果を上げるための機関ではないということであ

る。「オーケストラの指揮者は、各楽器について詳しく知っていて、実際には演奏しな

いものの、どうすればそれらの楽器を上手く、より効率よく演奏に貢献できるかを知

り、具体的な指示をすることができる。この話を企業のマネージャーに例えると典型的

な管理者のイメージである。但し、指揮者は所詮プレイング・マネージャーではないの

で、中間管理職ではなく、最高経営者(CEO)か、大手企業の事業部クラスである」8とい

う。

三つ目はオーケストラが情報化組織であるということである。情報化組織の特徴とし

ては以下が挙げられる。「①ミドル・マネジメントの不要化、②トップダウンではなく

自律的な責任によるコミュニケーションに基づく組織、③強いリーダーシップなどがあ

る。情報化組織では、中間管理職は単なる情報のブースター(増幅器)に過ぎないの

で、中間管理職の多くは不要となり、組織はよりフラットになる。そして、この組織に

属するものは、権限でなく情報によってお互いにお互いを支えていくというイメージで

ある情報化組織では、各個人あるいは各部署が目的、優先順位、相互の関係、コミュニ

ケーションなどに対する責任を負うときのみ機能する。また、情報化組織は寛容な組織

ではなく規律あるもので、情報化組織には強く決定的なリーダーシップが求められる。

一流のオーケストラでは、指揮者は例外なく、想像を絶するほど厳しい完全さが求めら

れる。そして、一流の指揮者の必要な能力とは、末席の最も未熟な奏者をも、まるで彼

らの各楽器のほんのわずかな伴奏部分の演奏によって全体の出来栄えが決まるかのよう

に演奏させる能力である。山岸は、こういった情報化組織の議論を踏まえた上で、「情

報とデータの関係」を「音楽と音の関係」に喩えている。ドラッカーは、データの分析

と判断によって意味と目的が付加されたものが情報であると言ったが、音をデータ、音

楽の意味を情報とすれば、オーケストラの行う演奏という作業の成果は、情報化組織の

もたらす成果だと言えるという話である。また、明確で共有可能なルールである楽譜に

書かれた音の意味を分析し再現することには高度な専門性が求められるというが、これ

は、企業のマニュアルに基づいた仕事の処理プロセスに似ていると考えられる。つま

り、マニュアルに書かれていない暗黙知を備えた人がその仕事の専門家として活躍する

ことと同じ話なのである」9という。

7李(2018),p.124

8李(2018),p.125

9 同書

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「オーケストラの場合、指揮者というリーダーの指示に従って、メンバー全員が演奏

を繰り広げる。楽譜そのものの解釈も指揮者が行うわけで、1人のリーダーが多数のメ

ンバーを率いる「1対 N」型の組織形態である。労働や資本の投入量ではなく、知識や

アイデアのぶつかり合いから生まれるイノベーションが企業の競争力を決めるようにな

るにつれ、リーダー個人の力量に依存するオーケストラ型組織の限界が見えるようにな

ってきた。リーダー個人では、どんなに頑張ってもすべての現場情報をリアルタイムで

把握することはできず、最新のマーケット状況から乖離した情報を基に意思決定を下さ

ざるを得ない」10という。

2-2.ジャズ型組織の特徴

ジャズ型組織の特徴は以下の通りである。目標の観点から見るとオーケストラの目標

が楽譜に書かれている作曲家のビジョンを具現することにあるとすればジャズ・バンド

の目標は、曲に組み込まれている作曲家のビジョンや意志を再現することではない。

「演奏者の個性や創意性に基づくインプロヴィゼーションを通じて、既存の音楽とは差

別化されたプラントニュー(Brand New)音楽を生み出すことが最終的なゴールにな

る」11という。しかしこれは全体の大きなルールにのっとって行われるものであり、あ

くまでも全体の調和が保たれていたうえでの個人の個性を発揮することであるというこ

とを理解しなければならない。

組織として組織力を発揮するには円滑なコミュニケーションが必要である。「ジャ

ズ・バンドのコミュニケーションの特徴は「インタープレイ」にあると考えられる。組

織論でコミュニケーションは、トップダウン、ボトムアップ、ツーウェイ・コミュニケ

ーションなどの形で行われると議論されてきた。ジャズ・バンドのインタープレイはこ

ういった側面をすべて含めた「マルチウェイ・コミュニケーション」である」12とい

う。

オーケストラとジャズ・バンドが以上のような組織的特徴をもっていることを考える

と、「オーケストラ型組織は、未来形組織というより、現在の「事業部制組織」の形に

当てはまる。また、ジャズ型組織は、具体性のない漠然とした目標をもっているチーム

や研究開発プロジェクト・チームなどの「チーム制組織」に適している。つまり、現代

10 https://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20071023/138342/?P=1&ST=smart

11李(2018),p.126

12 同書

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の企業なら、オーケストラ型組織もジャズ型組織もともに追求しないといけない」13と

いう。以上のような内容をまとめたのが以下の表 1である。

ジャズの場合、「たとえバンドのリーダーがいたとしても、演奏はプレイヤー間の

(大抵の場合、非言語的な)コミュニケーションで進行していく。アドリブの部分は、

リーダーの解釈や指示ではなく、プレイヤー自身の考えに沿って進行し、往々にして他

のプレイヤーの演奏によって、さらに新しい展開が生まれる。いわば、「N対 N」型の

フラットな組織形態とも言える」14という。ジャズ・バンド型なら、「チーム内の複数

のメンバーの創意工夫が活用でき、1+1が 3になるようなイノベーションも生まれや

すい。また、組織の構成員それぞれが入手する最新情報をチームに還元することで、市

場の進化と組織の内部論理のズレを極小化することもできる。組織管理の効率性からは

非常に良くできていたオーケストラ型組織ではあるが、少なくとも一部はジャズコンボ

型組織の要素を取り入れるべきだ、とか、クリエーティブな仕事に従事するプロジェク

ト・チームは、できる限りジャズコンボ型で運営すべきだ、とかいった論が多い」15と

いう。

表 1 オーケストラ型組織とジャズ型組織の特徴

出典:李(2018)から修正

13 同書

14 https://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20071023/138342/?P=1&ST=smart

15 同書

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また李(2018)はオーケストラ型組織とジャズ型組織の融合として以下のことを述べて

いる。「オーケストラ型組織の持つ情報化組織としての特徴からみると、確かに官僚制

組織とは一味違う部分がある。しかし、「ルールに基づいて計画的にやる=譜面通りに

演奏する」という側面を考えるとやはりオーケストラ型組織はマニュアル・ベースで動

く大きな組織に適用されやすい。もちろん、大きい組織も情報をベースに有機的に動く

ケースもあり得るだろうから、「有機体的組織=ジャズ・バンドみたいな小規模組織」

とは言い切れない。しかし、ジャズ・バンド型の組織モデルは目的や状況によって自由

自在に動くチーム組織に適していることも確かである。というより、そもそもチーム組

織は有機的でなければならない組織であると言ったが正しいかもしれない。つまり、会

社のなかの小グループはジャズ・バンドみたいに、事業部などの大きな組織はオーケス

トラのように運用することができれば、理想的な企業組織になるのではないだろうか」16と述べている。

「ジャズコンボ型組織へのシフトが進んだとしても、企業のリーダーたる経営者の役

割の重要性は、高まりこそすれ、減ずることはない。ジャズコンボ型組織が最大限の結

果を生み出せるように「準備」し、環境を整えることが、経営者の新たな仕事となる」17と述べている。そこで次にジャズ型の組織を作るために一番重要な「信頼」18という

キーワードを使ったリーダーシップとジャズ・バンド型リーダーシップについて述べて

いく。

3.信頼のリーダーシップとジャズ・バンド型リーダーシップ

信頼という概念がリーダーシップに結び付く要因、信頼の重要性とジャズ・バンド型

リーダーシップがどのようなものかをデューク・エリントン・バンドの事例とともに述

べていく。

3-1.信頼のリーダーシップ

16李(2018),p.131

17 https://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20071023/138342/?P=1&ST=smart

18 https://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131209/256860/?P=1&ST=smart

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「これまで多岐にわたり様々なリーダーシップ論が展開されたがおおむね 3つのステ

ージを辿って発展した」19。まず、はじめに登場したのは「特性理論」でリーダーに

は、非リーダーと区別できる特性があり、そういった資質を持っている者をリーダーに

すべきであるという議論である。「この理論は、後ほど進化論の優性遺伝子関係の話と

結びつけられ、危険視される理論でもある」20という。

次は「行動理論」で、優れたリーダーには共通の行動パターンがあり、その通りに行

動すれば誰でもリーダーシップの発揮が可能であるという議論である。もし、特性理論

が有効であれば、リーダーシップは生まれつきで決まってしまうので、企業はそういう

特性の持つ人物探しに努力しなければならない。しかし、行動理論が有効であるなら

ば、企業のなかでリーダーシップを教えることができるということになる。つまり、行

動理論は、企業内リーダーシップ教育の根拠を提供してくれる大事な理論である。代表

的な理論はマネジアルグリッド理論と PM理論の 2つである。マネジアルグリッド理論

では、メンバーに対して仕事を割り振り、業績水準を明確に示し、社内規則や手続きに

従うことを求めるような生産志向の行動を指す「構造づくり」とメンバーに対して関心

を示し、意見を求めたりメンバーの相談に乗ったりして、メンバーの行動を支援するよ

うな従業員志向の行動を指す「配慮」という 2つの軸に基づいてリーダーシップに関す

る行動の分析を行うものである。「行動の分析にあたっては、縦軸に従業員志向に関す

る関心の度合いが、横軸に生産志向に関する関心の度合いが、それぞれ 9段階に分けて

示され、両方に対して最も関心の高い「9・9型」が最も有効なリーダーシップである

とされている。PM理論では、「課題遂行(Performance)」と「集団維持

(Maintenance)」の 2軸に対して高低の 2段階を組み合わせて 4つのタイプを定義

し、このうち 2軸が両方とも高い水準にある「PM型」のリーダーシップの下では、組

織の生産性や満足度が最も高くなるということが実証的に明らかにされている」21とい

う。

最後は「状況理論」で、リーダーシップの有効性は状況によって変わるという議論で

ある。リーダーとフォロワーの置かれている状況によって望ましいリーダーシップが違

うという議論は、後に LMK(リーダー・メンバー交換)理論やパス・ゴール理論のベー

スにもなっているが、問題は、実際に状況を特定することが至難の業であるということ

である。「リーダーとメンバーの間の信頼関係が強く、高度に仕事が構造化され、リー

ダーの職以上のパワーも強いという「状況の好意性の非常に強い」状況と、逆に「状況

の好意性の非常に弱い」状況においては、「仕事思考」のリーダーが高い成果をあげ、

19 李(2018),p.159

20 同書

21 http://keiei-manabu.com/humanresources/leadership-theory.html

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「状況の好意性が中程度」の状況では「人間関係志向」のリーダーが高い成果をあげる

といわれている」22という。

「状況理論の登場により、リーダーとフォロワーの関係にフォーカスが当てられて以

来、企業で「信頼」という概念がリーダーシップと結びつく主要な要因として考えられ

るようになった。誰かの後についていくには、まず、その人が信頼に値する相手である

ことが前提であると思われたからである」23という。

また、「多国籍に展開するグローバル企業は経営層の信頼醸成に必死で取り組んでい

る。国籍や文化が異なり、居場所が遠く離れ、M&A(合併・買収)で途中から一緒にな

ったような人たちを、「あいつはこういうヤツだ」「こういう時はこう動いてくれるだ

ろう」と理解し、信頼し合える関係にしなくてはならない。そのために多くの企業が経

営トップを 50人ぐらい集めて、一緒に食事したり酒を飲んだりする機会を意図的に作

っています。ある種、日本的な“ベタ”なやり方といえる。しかし最近、日本企業では

あまりこういう機会を持たなくなり、何かきれいにマニュアルとかガバナンスの仕組み

を作ろうと一生懸命になっているが、本来、やるべきはほかにある」24という。まさに

信頼の構築であるだろう。

3-2.ジャズ・バンド型リーダーシップ

「企業組織の原型は、創造性を制限するための組織に源を発している」25と述べてい

るが、これは現代の企業組織では当たり前であるフォードの組立ラインのことである。

「フォードの組立ラインが画期的だったのは、創造性や自己表現を徹底的に排除し、

個々の作業員がそれぞれの作業を、他との干渉なしに、毎回全く同じやり方で作業する

という点」26だという。組織の間に壁を設けて営業、生産、開発などの様々な分野に分

けて専門化することはまさにフォードの仕組みであり、「放っておけば専門組織は専門

性を更に高め、自律性を重んじ、組織外からの指図・評価を嫌うというように、独自の

価値観を築き上げ易い。企業内の専門家集団が自らの目的を達成するために、他部門や

顧客が犠性になってしまっている事例は多い。つまり現代のリーダーに最も求められて

いるのは変化しつつある環境の中にありながら、全社的な目的を達成するために、さま

22 同書

23 李(2018),p.160

24 https://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131209/256860/?P=1

25 http://media-publications.bcg.com/YSNAS-Japan/BCG-Japan-110-Jazz-vs-Symphony.pdf

26 同書

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ざまな能力を持つ専門家を統率し、引っ張ってゆく能力である。」27という。それが、

ジャズ・バンド型リーダーシップである。ジャズ・バンド型リーダーシップとしてビッ

グバンドで数多くの名演、名曲を残したデューク・エリントン・バンドとそのリーダー

のデューク・エリントンを例として取りあげることとする。

デューク・エリントンは 1916年にピアニストとしてデビューし 1927年にデューク・

エリントン・バンドを結成した。「バンドのメンバーの一人一人は、もちろん一定のレ

ベルには達しているが最高のプレイヤーばかりというわけではなかった。エリントンは

メンバーの一人一人の欠点・才能・問題点を理解しており、メンバーが演奏技術の壁を

乗り越えようとするときはいつでも手を貸した。彼のバンドに所属している間に飛躍的

な成長を遂げるプレイヤーは多かった。その成長の源はメンバー同士から学び合うこと

であった。特筆すべきなのは、エリントン・バンドに所属している年数が長くなるにつ

れ、ブレイク・スルーを引き起こす能力を身につけていったメンバーが多いことであ

る。エリントンはピアノ奏者としてこのプロセスに自らも参加しており、正に打てば響

くコミュニケーションを持っていた。」28と述べている。結果として名演、名曲が生み

出されるのは納得であるだろう。

「誰もが最新情報に豊富に接することができなければならない。そしてリーダーは離

れたところから指揮するのではなく、流れのまっただ中にいなければならない個人同士

の競争ではなく、チームワークと共同作業が重視される。周りが足を引っ張るのではな

く、協力してくれるようになれば、リスクのある仕事に挑戦することも容易になるだろ

う。それに加えて、プロセス全体を風通しよく見渡しながら自分もプロセス全体に貢献

することができ、他の優秀な人間から学び、創造力を発揮して自らを成長させることが

できるということになれば、優秀な人材も自然と集まってくることになる。このような

環境から育つリーダーは従来のリーダーとは性質異にする。彼らは必ずしも何かひとつ

の点において他よりずば抜けて優れているとは限らないし、リーダー自身が全てのアイ

デアを発案するとは限らない。また意思決定権限や、他を圧倒する強力な個性や、情報

の独占的な囲い込みによって、部下に命令を下したりはしないであろう。これからは、

チームの目的のためにチームメンバーひとりひとりの能力を最大限引き出すことのでき

る人間がリーダーシップをとるべきである。新しいリーダーは忠誠を要求するのではな

く、チームメンバーの能力を引き出すことに創造力を発揮する。」29とまとめている。

以上をふまえて、現代のジャズ型経営を行う企業の具体例としてアップルをあげて組織

27 同書

28 http://media-publications.bcg.com/YSNAS-Japan/BCG-Japan-110-Jazz-vs-Symphony.pdf

29 同書

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とリーダーシップがどのように変化をして成功したのかを事例研究で述べていくことと

する。

第 3章 事例研究(アップル)

以下の表 2のようにアップルは 2017年に 2292億ドルの売上を出し、現在も革新的な

製品を作り上げている。しかし、1990年代には巨額の赤字で倒産の危機を経験してい

る。第 3章では赤字から復活し大成功を収め続けるようになったジャズ型組織への改革

の様子をCEOの交代とリーダーシップの観点から見ていくこととする。

表2 アップルの売上高

出典:統計データ「アップルの売上高と純利益の推移」

https://toukeidata.com/kigyou/apple_seles.html から作成

1. CEOの交代による組織のジャズ化

最も低迷した時期の 1993年~1996年までCEOを勤めていたのがマイケル・スピン

ドラーである。このころのアップルは「船頭のいない船」30だったという。「会社の方

針を知っている人など誰もおらず、めいめいが好き勝手なプロジェクトを作って実行し

30 松井(2012),p.22

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ていました。次から次へとさまざまなプロジェクトが脈絡なく起きては消えていきまし

た。プロジェクトもおおよそ真面目に企画したとは思えないものが多く、買った当初か

らバンドルソフトでハードディスクが満杯のパソコン、デジカメ、PC互換カードな

ど、とにかく考えついたことを場当たりに製品化しているような印象でした。マッキン

トッシュのラインアップも数ばかり多く複雑で、社員ですら製品のラインアップがよく

把握できなかったほどです。さらには会社のコアの事業であるコンピューター事業さえ

うまくいっていないのに、ゲーム機やオンラインサービスへと手を広げていきまし

た。」31と述べている。結果的に 1996年の会計年度で 8億以上の赤字を出したのであ

る。この状況は自由に創造性を発揮して開発をさせていて一見ジャズ型組織ではないか

と思うかもしれない。しかしこの組織体制はルールがなく個人的に開発を行っているに

過ぎなく、組織全体と調和することがないのである。この行為はジャズを演奏する上で

コード進行と呼ばれるルールにのっとらず個人が好き勝手に音を出す行為つまり全体と

調和する行為とは程遠いのである。

コミュニケーションの質も低く、「社内にどんなプロジェクトが走っているのかすら

も定かではないのです。それでいて会社の機密事項は常に漏れっぱなしで、自分が関わ

っていない別のプロジェクトを知ろうと思ったらマック専門誌を買って読んだ方が正し

い情報が得られるくらいでした。」32だという。ジャズ型組織の特徴であるマルチウェ

イ・コミュニケーションなど程遠く、上下のコミュニケーションすらろくにできていな

い状況であっただろう。当時のマックの返品率は 10%を超えているというが誰の首も

飛ばないような無責任体制であった。それは組織構造や責任の所在がはっきりせずリー

ダーが機能していなかったのだろう。またこういった状況を作り出すにはそれなりの環

境があった。例えば、職場が散らばっている、試作機がなくなる、昼まで会社に来ない

人が少なからずいる、朝から来ている人も二日酔い、ペットを持ち込む人がいるなどで

ある。このモラルが落ちている環境では効率的に仕事を行うことは不可能であり、創造

性を最大限発揮するのは不可能であるだろう。

次に 1996年 2月~1997年までCEOを務めたギルハード・アメリオについて述べて

いく。アメリオについて「現在のアップルの成功は何から何までスティーブ・ジョブズ

の功績にされてしまっていますが、本当の意味での改革をスタートさせたのはアメリオ

でした。もしもアメリオが就任しなかったら今日のアップルの成功はないばかりか、ス

ティーブの復帰を待たずに倒産したのではないかと思います。」33と述べている。アメ

リオの功績はアップルの整理整頓をしたことであるという。最初にやったのは不採算部

31 松井(2012),p.23

32 同書,p.25

33 同書,p.27-p.28

Page 15: ジャズ型組織の有効性についてkatosemi/semi/nishida.pdf2章でジャズ型組織とは何かを示す。第3章ではアップルを例に挙げ、 CEOの交代による組織のジャズ化とスティーブ・ジョブズが行ったジャズ型リーダー

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門の清算で、1996年 4月には 2800人がレイオフさらに 1年後には従業員のおよそ 3分

の 1に当たる 4100人がレイオフされた。さらに計画中のものも含めて 350ものプロジ

ェクトを 50にまで減らしたという。またこのときに次世代OSが完成するまではマッ

ク OSを半年ごとにアップデートしてリリースすることが決まり、初めて社内にしっ

かりとした方針らしきものができた。この成果としてアメリオが辞めるころになりよう

やく黒字に転じはじめ、アップルの問題がどこにあるのかが初めて見えるようになって

きたのである。「アメリオはもっと高く評価されていい人だと思いますが、踏み込みが

浅かったのもまた事実だと思います。」34とも述べている。このアメリオの行為はジャ

ズ型組織への改革のスタートとなっているだろう。アメリオは赤字を無くすように努力

したと思うが、筆者はジャズ型組織の特徴であるフラットでシンプルな構造の土台作り

をしているように思える。また方針を定めることにより個人と全体が調和する可能性も

生んでいるだろう。しかし、やはりこれだけでは組織として効率よく働ける環境が整っ

ているとは思えず、筆者も踏み込みが足りないと考えるが、第 1歩としては非常に重要

な行為であり欠かせない行為であったと考える。

最後に紹介するCEOはまさにアップル成功の立役者としても名高い 1997年~2011

年までCEOを務めたスティーブ・ジョブズである。スティーブが行った行為と共に創

り上げた組織の特徴を見ていくこととする。まず整理整頓の方は、アメリオが 50にま

で減らしたプロジェクトをスティーブはさらに 10まで減らした。さらに今すぐに役に

立つテクノロジー以外は抹消されたという。このように利益よりも自己満足が優先され

ているようなプロジェクトは一掃された。この行為はまさにアップルがシンプルな組織

となるには欠かせないことだろう。

また職場の落ち切ったモラルを回復させるためにアップルの敷地内での喫煙が一切禁

止、ペットの連れ込み禁止などが行われたという。これにより効率よく働く職場づくり

が行われた。しかし、社員の士気はとことんまで下がっている現状があったためか、

『スティープに社員食堂などで話しかけられてシドロモドロになってしまうと「お前は

自分がどんな仕事をしているのかも説明できないのか?同じ空気吸いたくないな」など

と言われ、首になってしまうという噂が流れました。たまたまエレベーターでスティー

ブと乗り合わせて首になったなどという話もあり、話に尾ひれが付いて恐怖感が社内の

隅々まで行き渡り、みんなスティーブと目も合わせないようにする始末でした。』35と

いうことがあったという。さらにスティーブはこの直後に「Think Different.」(異な

った考えをしよう)というキャンペーンを大々的に打ち出した。「このキャンペーンは

社外的にも大成功となり、地に落ちていたアップルのブランド・イメージを一気に回復

34松井(2012),p.30

35 同書,p.33

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させました。しかしこのキャンペーンはほかでもない、アップル社員に向けられたもの

だったと私は理解しています。」36と述べている。このようにスティーブは社員の士気

を高めるためにアップルの方針を明確化し、個人の個性と全体の調和を限りなくできる

労働環境を確保したのである。この結果 iMacの開発がスムーズに行われ利益を上げ成

功を収めたのである。

次にアップルがスティーブにより確立された組織の仕組みを述べていく。「アップル

をアップルたらしめている最も強力な仕組み、それは「シンプル志向」です。無駄が多

い組織、必要以上に複雑な組織というのは、まるでメタボリック・シンドロームに悩む

中年男性のようなものです。この「シンプル志向」には会社の「脂肪分」に当たる無駄

を取り除き、会社のビジョンを明確にし、多くの従業員を結束させる働きがあります。

アップルの製品がシンプル志向なのはよく知られていますが、シンプルなのは製品だけ

ではなく、ありとあらゆる部分がとにかくシンプルなのです。」37と述べている。この

「シンプル志向」はまさにジャズ型経営の特徴である。

さらに、アップルの「シンプル志向」の実例と共にジャズ型組織を述べていく。2011

年 9月の時点でアップルの従業員数は全世界で 6万人を超えていて、普通アップルほど

の規模の企業になれば、国内だけでも数十もの関連企業がある。例えばアップルがずっ

と目標にしてきたソニーは、日本国内だけでも関連企業 40以上を有している。ところ

がアップルは米国内には本社のほかにもう 1社しか持っておらず、また参入事業もソニ

ーは 20以上もあり、それもコンピューターや電子機器のほかに映画や音楽制作から損

害保険、生命保険、そして銀行業と多岐にわたる。対するアップルは、コンピューター

事業、コンシューマー電子機器事業、ソフトウェア販売、ダウンロード販売事業、それ

からクラウド事業と、たった 5つの事業にしか参入していない。さらに、この 5つの事

業も非常に密接に関連しあっており、ソニーの電子機器事業と生命保険事業のようにま

るっきり別のことをしているわけではないのである。

製品モデルの面でも 2012年 1月 9日の時点でアップルは世界中でも 12しかないのに

対して、ソニーは日本国内だけで 120ほどもある。「アップルは参入事業や製品のライ

ンアップが極端に少ないため、意思決定に際して考慮すべきことが非常に少ないので

す。このシンプルさは企業の動きを機敏にします。」38とあるが、この企業を機敏に動

かせる組織のあり方がジャズ型組織である。筆者も関連企業や参入事業、製品ラインナ

ップが多くなるほど企業の意思決定に要する時間は多くなり、時代の流れに対応した経

営は非常に難しくなると考える。現在、低迷している日本のソニーなどの電子機器メー

36 同書,p.34

37 松井(2012),p.42-p.43

38 同書,p.44

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カーは企業規模が大きくなり過ぎたために機敏に動くことができず、アップルにあっと

いう間に追い抜かされたのであるだろう。

さらにシンプルなのは組織構造にも及ぶ。「アップルに在籍当時、私は別に重役や幹

部というわけでもないのに、私からスティーブ・ジョブズまでわずか 3階層しかありま

せんでした。アップルは非常に階層が少ない組織で、おそらく同規模の日本企業の半分

程度しかありません。」39と述べている。この階層の少なさも企業が機敏に動くための

ポイントであり、大企業でありながらもマルチウェイ・コミュニケーションを可能に

し、会社のトップが号令をかけるたびに臨機応変に動くこと可能にしているだろう。

オーケストラ型組織の統制としてルールとシステムと紹介したが、それに反してアッ

プルはルールもシンプルである。アップルには「秘密保守」と「自分の仕事には責任を

持て」というルールしかなく、スティーブのビジョンにのっとった製品づくりにおいて

個人が存分に創造性を発揮することができるのである。低迷していたスピンドラーのよ

うなルールが全くない組織よりも適度なルールを設けることにより創造性が高まったの

である。このようにアップルがジャズ型組織に変化を遂げ成功を収めているがそれに欠

かせないのはトップであるCEOの交代であることがわかっただろう。そこで次にステ

ィーブが実際に行ったジャズ・バンド型リーダーシップの事例を述べていくこととす

る。

2. ジャズ・バンド型リーダーシップの具体的事例

スティーブが行ったジャズ・バンド型リーダーシップの具体的事例を 4つ述べていく

こととする。1つ目のジャズ・バンド型リーダーシップの例は「新しいアイデアを見い

だし、価値を認め、喜んで受け入れて、おおいに胸を高鳴らせる。しかも、スティーブ

の抱く情熱は伝染しやすい。これからつくる製品をどんな人々に利用してほしいか、そ

の対象層の好みや考えかたをよく知っている。なにしろ、当の本人も対象層の一員だか

らだ。将来の顧客と同じ思考回路を持っているだけに、有望なアイデアを見かけたとき

にはすぐ気がつく。」40ということである。スティーブは自分が理想とする製品をより

良いものにすることにすべてを捧げている。その製品をより良くするアイデアだと判断

したら、喜んで受け入れるということは社内がアイデアを出しやすい雰囲気であり創造

性を重視していることがわかる。その創造性を妨げないもしくはアイデアだけが散らば

らないように「秘密保守」と「自分の仕事には責任を持て」の簡単なルールだけを課し

ている。これはジャズ型組織の特徴である個人の個性と全体の調和が組織全体で行われ

39 同書,p.44-p.45

40 ジェイ・エリオット、ウィリアム・L・サイモン(2011),p.9

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ていることがわかるだろう。トップであるCEOがその姿勢を第 1に示すことでより組

織にこの風習が伝染するだろう。

2つ目のジャズ・バンド型リーダーシップの例は最前線のアップルストアで働くイア

ン・マドックスという従業員のエピソードである。「アップルストアで働いていたある

日、イアンは一通のメールを受け取って非常に驚いたという。彼が応対した客のひとり

がとても満足して、スティーブに賞讃のメールを送ったらしい。それにこたえて、ステ

ィーブが、イアンと客に同報メールを送信したのだ。文面はこうだった。『great

job』 大文字もなければ、ピリオドも署名もなし。けれども、「じゅうぶんでした」

とイアンは言う。」41というエピソードだ。巨大な企業のCEOが自ら最前線の従業員

という 1番遠いポジションのものにわざわざお礼のメールをすることは企業全体として

コミュニケーションを大事にしていることの象徴であり、マルチウェイ・コミュニケー

ションという文化を作るうえでも欠かせない出来事である。このように豊富にCEO自

らが様々なところに向けて言葉を発信するだけで、従業員の士気も高まることは間違い

ないだろう。

3つ目のジャズ・バンド型リーダーシップの例は「スティーブの目から見れば、ない

がしろにしていいものなど存在しない。自分の理想、完璧さをめざすビジョンに、どう

にか少しでも近づけようと、あらたなアイデアを試し続ける。ほかの人々が誰しも「現

段階でそこまでは無理」と感じるハードルを、ほとんどの場合、乗り越えていく。乗り

越えるまでには時間がかかるし、配下で働く製品クリエーターはひどい苦しみを味わう

はめになるが、その不屈の精神こそが、スティーブの成功にぜったい欠かせない要因な

のだ。」42ということである。これはまさにジャズ・バンド型リーダーシップの例であ

げたデューク・エリントン・バンドのブレイク・スルーを引き起こす経験と同じであ

る。スティーブは製品をより良くするために、チームメンバーの能力を引き出すことに

創造力を発揮しているジャズ・バンド型リーダーシップの良い例である。

最後の 4つ目のジャズ・バンド型リーダーシップの例は「スティーブが執務室にじっ

とすわったまま命令を下したりしなかった」43ということである。「いわば炭鉱の中に

入って、ほかの仲間のすぐそばで働いた。メンバーそれぞれのもとに立ち寄るたび、質

問を発するたびに、驚くべき熱意で開発にかかわっている事実が、周囲にじゅうぶん伝

わっていった。Macを偉大な製品にするために、ほんの細部にいたるまで、ありとあ

41 同書,p.51

42 ジェイ・エリオット、ウィリアム・L・サイモン(2011),p.58

43 同書,p.70

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らゆる面に気を配っていた。」44という。「不満を示すときも、「すべてが重要」「成

功は細部に宿る」という信念にもとづいていることがつねに明らかだった。」45のよう

にスティーブの軸がしっかりとしていてまた社内に共有できているからこそ従業員も不

信感を抱くことなく業務をすることができているだろう。またこの開発を行うすぐそば

でCEOが仕事を行うことはジャズ型組織のプレイング・マネージャーの役割をしてい

第 4章 おわりに

ここまでジャズ型組織とそのリーダーシップがどのようなものかを述べ、さらにアッ

プルを事例にあげ具体的にジャズ型組織の有効性について示してきた。アップルはCE

Oの交代と共にジャズ型組織に変化を遂げた。また現在成功していることを考えればジ

ャズ型組織は有効であることがわかる。この組織の構築にはアップルでいうCEOの役

職であるトップのリーダーシップが欠かせないことであることも分かった。ジャズ型組

織とオーケストラ型組織について李(2018)は「会社のなかの小グループはジャズ・バン

ドみたいに、事業部などの大きな組織はオーケストラのように運用することができれ

ば、理想的な企業になるのではないか」46と述べているが、筆者が事例で示したアップ

ルは企業全体がスティーブによって臨機応変に機敏に動くことができるジャズ型組織で

あるだろう。アップルのような世界でも有数の大企業がジャズ型組織で成功を収めてい

るなら規模によって組織構造を大きく変える必要はないと考える。またベンチャー企業

のような小規模な企業だとなおさら小回りが利くので効果的であり、組織の再編成も大

企業よりスムーズに行うことができるのでないだろうか。だが、業務の効率化を図るこ

とや、単純作業の業務ではジャズ型組織よりもオーケストラ型組織に統制を図る方が有

効であるだろう。近年ではどこにビジネスチャンスが落ちているかわからないのでそれ

をいち早く掴むためにもどの業界でも製品開発に関わる業務ならジャズ型組織が有効で

あるのではないか。

「電機は海外市場で韓国サムスン電子や中国メーカーに押され、スマートフォンやパ

ソコンといったデジタル機器でも白物家電でも半導体でも、さっぱり稼げなくなってし

まった。」47という。それはまさに企業規模が大きくなりすぎて小回りが利かなくなり

44 同書,p.70

45 同書,p.70

46李(2018),p.131

47 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51791

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環境の変化に対応することが困難になっていると考える。大きくなりすぎて完成された

組織構造を再編成させることは決して容易ではないが、アップルのようにシンプルで小

回りの利くジャズ型組織に変化させることが日本企業復活の近道ではないだろうか。

参考文献

ジェイ・エリオット、ウィリアム・L・サイモン,中山宥 訳(2011)『ジョブズ・ウェ

イ 世界を変えるリーダーシップ』ソフトバンク クリエイティブ株式会社。

西田宗千佳(2012)『ソニーとアップル 2大ブランドの次なるステージ』朝日新聞出

版。

松井博(2012)『僕がアップルで学んだこと 環境が整えば人が変わる、組織が変わる』

株式会社アスキー・メディアワークス。

山岸淳子(2013)『ドラッカーとオーケストラの組織論』PHP新書。

リチャード・L・ダフト、高木晴夫 訳(2002)『組織の経営学-戦略と意思決定を支え

る』ダイヤモンド社。

李炳夏(2018)『ジャズの経営学』デザインエッグ社。

参考URL

http://media-publications.bcg.com/YSNAS-Japan/BCG-Japan-110-Jazz-vs-

Symphony.pdf (ボストンコンサルティンググループ 2018/12/01 アクセス)

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