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曲面の変分問題 極小曲面論入門 「さきがけ数学塾」2011.3.7 – 3.9 小磯深幸 (九州大学大学院数理学研究院 & JST さきがけ) 概要 面積の極小値や臨界点を与えるような曲面を極小曲面という.極小曲面は,その 問題の自然さから,古典的な課題でありながら現在も活発に研究されており,数学内外 への応用も多い.本講義では,3 次元ユークリッド空間内の極小曲面について,基本的 かつ重要なトピックスを選んで解説する.さて,与えられた枠で張られる極小曲面につ いて調べるという問題は,Plateau 問題と呼ばれている.第 1 節では,極小曲面論及び Plateau 問題の研究の歴史を概観する.第 2 節では平面曲線の曲率,第 3 節では空間の 曲面の曲率について説明し,極小曲面を平均曲率が至る所 0 である曲面として定義する. 4 節では,平均曲率が至る所 0 であることと,面積の臨界点であることが同値である ことをみる.第 5 節では,極小曲面に,等温座標と呼ばれる有用な表示を与える.これ を用いて,第 6 節では,Weierstarss-Enneper の表現公式と呼ばれる極小曲面の表現公 式を与える.極小曲面は,正則関数と有理型関数 (正則関数も有理型関数も,大雑把に 言えば,複素数を変数とし複素数を値に持つ関数で,この複素変数について微分可能な 関数のことである) の積分を用いて表される.この公式は,極小曲面の性質を調べるの にも例を構成するのにも大変有用である.さらに,複素解析学的な手法を用いて得られ る極小曲面の重要な性質のいくつかを紹介する.第 7 節では,極小曲面が面積極小であ るための条件を求める.この課題は比較的現代的なものであり,解析学を本質的に用い る必要がある.第 8 節では,極小曲面に対する最大値原理と呼ばれる有力な方法を述べ, その応用として,複数個の単純閉曲線を境界に持つ連結な極小曲面についての非存在定 理を求める.第 9 節では,極小曲面の研究についての現状や課題について,ほんの少し だけ述べる. なお,本講義中のいくつかの話題は,高次元空間内の極小超曲面や極小曲面に対して 一般化されるが,簡単のため,主として 3 次元ユークリッド空間内の極小曲面について 述べる. また,この講義で扱う関数はとくに断らない限り何回でも微分可能であるとする. 1

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曲面の変分問題— 極小曲面論入門 —

「さきがけ数学塾」2011.3.7 – 3.9

小磯深幸 (九州大学大学院数理学研究院 & JSTさきがけ)

概要 面積の極小値や臨界点を与えるような曲面を極小曲面という.極小曲面は,その問題の自然さから,古典的な課題でありながら現在も活発に研究されており,数学内外への応用も多い.本講義では,3次元ユークリッド空間内の極小曲面について,基本的かつ重要なトピックスを選んで解説する.さて,与えられた枠で張られる極小曲面について調べるという問題は,Plateau 問題と呼ばれている.第 1節では,極小曲面論及びPlateau 問題の研究の歴史を概観する.第 2節では平面曲線の曲率,第 3節では空間の曲面の曲率について説明し,極小曲面を平均曲率が至る所 0である曲面として定義する.第 4節では,平均曲率が至る所 0であることと,面積の臨界点であることが同値であることをみる.第 5節では,極小曲面に,等温座標と呼ばれる有用な表示を与える.これを用いて,第 6節では,Weierstarss-Enneper の表現公式と呼ばれる極小曲面の表現公式を与える.極小曲面は,正則関数と有理型関数 (正則関数も有理型関数も,大雑把に言えば,複素数を変数とし複素数を値に持つ関数で,この複素変数について微分可能な関数のことである) の積分を用いて表される.この公式は,極小曲面の性質を調べるのにも例を構成するのにも大変有用である.さらに,複素解析学的な手法を用いて得られる極小曲面の重要な性質のいくつかを紹介する.第 7節では,極小曲面が面積極小であるための条件を求める.この課題は比較的現代的なものであり,解析学を本質的に用いる必要がある.第 8節では,極小曲面に対する最大値原理と呼ばれる有力な方法を述べ,その応用として,複数個の単純閉曲線を境界に持つ連結な極小曲面についての非存在定理を求める.第 9節では,極小曲面の研究についての現状や課題について,ほんの少しだけ述べる.なお,本講義中のいくつかの話題は,高次元空間内の極小超曲面や極小曲面に対して

一般化されるが,簡単のため,主として 3次元ユークリッド空間内の極小曲面について述べる.また,この講義で扱う関数はとくに断らない限り何回でも微分可能であるとする.

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目次1 極小曲面論の歴史 — 古典的 Plateau問題を中心に —

1.1 Plateau問題とは何か.古典的 Plateau問題誕生前後の歴史1.2 古典的 Plateau問題の解の存在1.3 古典的 Plateau問題の解の一意性1.4 解の安定性(面積極小か否か)1.5 安定な極小曲面の個数1.6 平均曲率一定曲面に対する Plateau問題1.7 一般化

2 平面曲線の曲率3 R3内の曲面の曲率

3.1 第 1基本形式3.2 第 2基本形式3.3 第 1,第 2基本形式の図形的意味3.4 曲面の曲率3.5 例 (回転面)

4 極小曲面の定義と変分問題の解としての特徴付け4.1 極小曲面の変分問題の解としての特徴付け4.2 Plateau 問題

5 極小曲面の等温座標表示5.1 等温座標5.2 Gauss 写像5.3 調和関数

6 Weierstarss-Enneper の表現公式6.1 正則座標6.2 Weierstrass-Enneper の表現公式6.3 随伴極小曲面6.4 極小曲面に対する鏡像の原理とその応用6.5 極小曲面のGauss写像とGauss曲率についての補足

7 面積の第 2 変分公式と安定性7.1 面積の第 2 変分公式7.2 極小曲面の安定性7.3 Gauss 写像の像と安定性

8 最大値原理と非存在定理への応用8.1 極小曲面に対する最大値原理

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8.2 極小曲面の非存在について9 おわりに参考文献

1 極小曲面論の歴史 — 古典的Plateau問題を中心に —

1.1 Plateau問題とは何か.古典的Plateau問題誕生前後の歴史針金を使って閉じた曲線を作り,石鹸液の中にひたしてからそっと引き上げてみよう.すると,針金の枠に石鹸の膜が張るのが見られる.このような,石鹸膜がモデルとなるような数学的概念を極小曲面と言う.また,シャボン玉 (空気を包む石鹸膜) がモデルとなるような数学的概念は,平均曲率一定曲面と呼ばれている.石鹸膜は非常に薄いのでその重さを無視すれば,表面張力の作用により,それ自身に近い曲面と比べてできるだけ面積が小さい形になる.つまり,面積極小になる.

同じ針金枠を張る 2種類の石鹸膜 (どちらも向き付け可能)

同じ針金枠を張る石鹸膜 (左:向き付け可能,右:メビウスの帯型.向き付け不可能)

さて,空間の中に与えられた閉曲線 Γ に対し,Γ で張られる (Γ を境界にもつ) 曲面全体の成す集合を S とおこう.S は無限次元である.S に含まれる曲面 X に対し,X

の面積を A(X) で表そう.すると,A は S から 0以上の実数の成す集合 R+ への写像である.このような「無限次元空間上で定義された『関数』」を汎関数という.A : S → R

は面積汎関数と呼ばれる.汎関数に対しても,「微分」を定義することができる.面積汎

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関数 A の微分が X で 0 になるとき,X を極小曲面という.(極小曲面の厳密な定義は第 3節で与える∗.)

このような概念が初めて文献に現れたのは,1762 年にフランスの数学者 J. L. La-

grangeが彼の論文∗ の中に「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」と書いた時である.Lagrange は,(x, y) 平面の領域上で定義された関数 f(x, y)のグラフ z = f(x, y)の形で表されている曲面が極小曲面であるために関数f が満たすべき条件

∂x

(fx√

1 + f 2x + f 2

y

)+

∂y

(fy√

1 + f 2x + f 2

y

)= 0 (1)

を導き†,例として平面をあげた‡.一方,L.Euler は懸垂曲面√x2 + y2 =

a

2

(ez/a + e−z/a

), (a > 0)

が面積最小曲面の例であることを証明した.1776 年に J.B.M.C.Meusnier は (1)と同値な式(

1 + f 2y

)fxx − 2fxfyfxy +

(1 + f 2

x

)fyy = 0 (2)

を導いた.これは今日,極小曲面の方程式と呼ばれており,極小曲面論において基本的なものである.また彼は,(2)が,曲面 z = f(x, y)の平均曲率§が 0であることと同値であることを示し,この事実により,その後,平均曲率が至るところ 0 であるような曲面が極小曲面と呼ばれるようになった.さらに,常螺旋面

y

x= tan(az), (a �= 0)

が (2)をみたすことを示した.

懸垂曲面(左),常螺旋面(右)∗「面積汎関数 A の微分が曲面 X ∈ S で 0 になる」という性質は,平均曲率と呼ばれる曲面の曲が

り具合を表す量が 0 であるということと同値であることがわかる.実は,「平均曲率が至るところ 0 である」という性質を満たす曲面を極小曲面と定義するのである.一方,「平均曲率が至るところ一定である」という性質を満たす曲面を平均曲率一定曲面という.

∗Essai d’une nouvelle methode pour determiner les maxima et les minima des formules integralesindefinies

†f の右下の添字は当該の変数での偏微分を表す.‡全平面で定義されたグラフ z = f(x, y)で極小曲面であるものは,平面のみである.§平均曲率の定義は第 3節で与える.

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このころ,極小曲面を関数として具体的に表すことや,新しい例をみつけるための研究が盛んになされたようである.あるいは,Lagrangeが与えた「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」という問題を解こうとしたのかも知れない.G.Monge が 1784 年に,次いで A. Legendre が 1787 年に,後に S.F.Lacroix,A.M.Ampere,その他の数学者達が,(1)を積分することにより,極小曲面を複素解析関数を用いて表す公式を得たが,これらは新しい極小曲面を得るのには有効ではなかったし,Lagrangeの問題を解決するのにも有効ではなかった.1816 年に J.D.Gergonne ¶

が次のような具体的な問題を提起し,それは数学者達の極小曲面に対する関心を高めた.

(i) 2つの同じ半径の円柱の交わりで張られる曲面の中で面積最小のものを求めよ.(ii) 空間の四辺形で張られる曲面の中で面積最小のものを求めよ.(iii) 与えられた2つの円を通る曲面の中で面積最小のものを求めよ.

19 世紀に極小曲面を求めるための道具として知られていたのは複素解析的な方法だけであり,与える境界としては直線,円,多角形等だけしか扱うことができなかったのである.

1832 年,1835 年に H.F.Scherk が

z = loge

(cos y

cos x

)を含む 5つの新しい極小曲面の例を得た.1855 年頃から極小曲面の研究は非常に盛んになり,O.Bonnet,J.A.Serret,B.Riemann,K.Weierstrass,A.Enneper,H.A.Schwarz

他の数学者により,多くの新しい結果を得た.彼らは,極小曲面の例の構成,表現公式の導出,与えられた直線や円や多角形を境界にもつ極小曲面の構成やその性質の研究など,多くの新しい結果が得られた.

Scherkの極小曲面(左),Enneperの極小曲面(右)

¶Questions proposees, Ann. Mathem. p. appl. 7 (1816)

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たとえば,Riemann は,前述の問題 (iii)の研究から,現在Riemannの極小曲面と呼ばれている曲面の族を発見した.なお,円の族によって構成される曲面(管状曲面という)で極小曲面であるものは,懸垂面とRiemannの極小曲面だけである.

Riemannの極小曲面

ところで,Lagrangeの問題「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」についてはどうなったのであろう? Riemannは,空間内の特別な等辺四辺形で張られる極小曲面の存在を証明することに成功し (1865年頃),さらに,Schwarz は一般の空間四辺形で張られる面積最小曲面の存在証明に成功した (1867年).これらの証明はいずれも極小曲面を具体的に構成することによって与えられた.Riemann

と Schwarzによって構成された極小曲面は,(u, v) 平面上の関数 x(u, v), y(u, v), z(u, v)

を成分とする点 (x(u, v), y(u, v), z(u, v))の集合として,次のように表される.

⎛⎜⎝ x(u, v)

y(u, v)

z(u, v)

⎞⎟⎠ =

⎛⎜⎜⎜⎜⎜⎜⎝Re

{∫ w

w0

12(1 − g(ζ)2)f(ζ) dζ

}Re

{∫ w

w0

√−12

(1 + g(ζ)2)f(ζ) dζ

}Re

{∫ w

w0f(ζ)g(ζ) dζ

}

⎞⎟⎟⎟⎟⎟⎟⎠ (3)

ただしここで,w = (u, v) = u+√−1vであり∗,w0は (u, v)平面上の定点である.f(w)

と g(w)は複素変数w = u +√−1vの関数

f(w) = (1 − 14w4 + w8)−1/2, g(w) = w

で,(3)の右辺の積分は,複素積分である.なお,この曲面を滑らかに拡張して得られる三重周期をもつ曲面は,Schwarz D 曲

面と呼ばれている.ダイヤモンドと同じ対称性をもち,ナノスケールやミクロスケールのソフトマターなどの自然現象にしばしば現れる曲面として,物理学,化学,工学その他の分野の研究にもしばしば登場する.(例 6.3.2参照.)

∗2つの実数の組 (u, v)と複素数 u +√−1vを同一視する.

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Schwarz D曲面の基本領域 (左図)と,それを拡張した三重周期極小曲面の一部 (右図)

(図の出典:岡山大学・藤森祥一氏のHP

http://www.fukuoka-edu.ac.jp/˜fujimori/min surf/index.html)

(3)は,Enneper(1864年)とWeierstrass(1866年)によって独立に導き出され,Weierstrass-Enneper の表現公式と呼ばれている (第 6節で詳しく述べる).なお,この公式の最も簡単な応用例は,(3)に f(w) = 2, g(w) = w を代入して得られる曲面

x = u − u3

3+ uv2, y = −v +

v3

3− u2v, z = u2 − v2

で,Enneperの極小曲面と呼ばれる.さて,Lagrange の問題への解答を数学的に与えたのは,19世紀末までの時点では,

上述のRiemann,Schwarz による,空間四辺形で張られる面積最小曲面の存在証明のみであった.一方,19 世紀後半に,ベルギーの物理学者 Plateauは,石鹸膜の実験を行うことにより極小曲面の性質を調べた.このことにちなんで,与えられた枠で張られる極小曲面について調べるという問題は Plateau 問題と呼ばれるようになった.

1.2 古典的Plateau問題の解の存在さて,Plateau 問題についての第一の課題は,与えられた閉曲線で張られる極小曲面が「存在するかどうか」であろう.このことを初めて数学的に証明したのは,J.DouglasとT.Radoで,1930 年のことであった.Lagrangeが問題を提出した 1762年以来,1930 年までずいぶん長くかかったのには,大きく分けて次のような 2 つの理由がある.

(I) 具体的に解を表現することなしに,単に「解が存在する」ということだけを証明するという非常に抽象的な概念が,19世紀までにはなかった.

(II) 数学が 1762年から 1930年までの間に発展し,有用な道具がそろってきた.

Douglas はこの研究により,第 1 回のフィールズ賞∗を受賞した.Douglasの方法は,高次元空間内の曲面に対しても適用できるし,また,複数の閉曲線より成る枠を張る曲面に対しても適用可能である.

∗40歳以下の極めて優れた数学上の研究業績をあげた者に授与される権威ある賞.

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その後,Courant ([1]) は,Douglasの方法を改良し,より理解しやすい証明法を考案した.ここではCourantによる証明の概要を述べよう.まず,基本的なアイデアを述べる.Γを 3次元ユークリッド空間R3内の閉曲線とする.Γを張る円板型曲面†全体 Sを考え,その面積の最小値を A0とする.すると,S に属する曲面の列 {Xn}n=1,2,···でlim

n→∞A(Xn) = A0となるものが存在する. lim

n→∞XnをXとおけば,Xの面積はA0であ

り,このX は Γを張る面積最小曲面となっている.故に,X は Γを張る円板型極小曲面である.この方法は最小化法と呼ばれ,変分問題(無限次元空間上の極値問題)の解の存在証明の方法として基本的なものである.この最小化法で難しい点は,極限 lim

n→∞Xnが存在するかどうかという点である.

Douglas-Courantは,次のようにしてこの困難を克服した.Γ上に異なる 3点Q1, Q2, Q3をとる.2次元ユークリッド空間R2 の点 w = (u, v)

を複素数 u +√−1vと見なすことにより,R2を複素平面Cと同一視する.R2 = C の

単位円C = {(u, v) | u2 + v2 = 1}上に異なる 3点P1, P2, P3をとる.Cが囲む閉円板をBとする.B = {(u, v) | u2 + v2 ≤ 1}である.BからR3への 2階連続的微分可能な写像で,C を Γの上に 1対 1に写すもの全体を S とおく.X ∈ S に対し,BからBへの滑らかな全単射 ϕ との合成 X := X ◦ ϕをとる(つまり,曲面の形を変えないで,表示の仕方のみ変える)ことにより,

(i) X(Pj) = Qj j = 1, 2, 3

(ii)

∣∣∣∣∂X

∂u

∣∣∣∣ =

∣∣∣∣∂X

∂v

∣∣∣∣, ∂X

∂u· ∂X

∂v= 0

をみたすようにできる∗.故に,Sに属する写像 Xで (i), (ii)をみたすもの全体の成す集合を S とおくと,S もまた,Γを張る円板型曲面全体の集合となっている.さて今,Sに属する曲面X の面積A(X)の成す集合 {A(X) | X ∈ S}は非負の最小値A0をもつ.このとき,曲面の一助変数族Xn = (x1

n, x2n, x

3n) ∈ S, (n = 1, 2, 3, · · · ), で,面積が A0

†円板からR3 への滑らかな写像によって与えられる曲面.∗条件 (ii)が成り立つとき,(u, v)は曲面 X の等温パラメータであるという.

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に収束する,すなわち limn→∞

A(Xn) = A0なるものが存在する.条件 (ii)を使うと,

A(Xn) =

∫∫B

∣∣∣∣∂Xn

∂u× ∂Xn

∂v

∣∣∣∣ dudv =

∫∫B

∣∣∣∣∂Xn

∂u

∣∣∣∣ · ∣∣∣∣∂Xn

∂v

∣∣∣∣ dudv

=1

2

∫∫B

(∣∣∣∣∂Xn

∂u

∣∣∣∣2 +

∣∣∣∣∂Xn

∂v

∣∣∣∣2) dudv

=1

2

3∑k=1

∫∫B

((∂xk

n

∂u

)2

+

(∂xk

n

∂v

)2)dudv

=1

2

3∑k=1

D(xkn)

となる.ただし,一般にB上の 2階連続的微分可能な関数 hに対し,

D(h) :=

∫∫B

((∂h

∂u

)2

+

(∂h

∂v

)2)dudv

とおく.D(h)は hのDirichlet積分と呼ばれる.さて,yknを,xk

nと同じ境界値をもちB

で調和,すなわち∂2yk

n

∂u2+

∂2ykn

∂v2= 0

をみたす関数とし,Yn = (y1n, y

2n, y

3n)とおく.Yn ∈ Sである.同じ境界値をもつ関数の

中で調和関数がDirichlet積分の最小値を与えることが知られているので,

A(Xn) =1

2

3∑k=1

D(xkn) ≥ 1

2

3∑k=1

D(ykn) =

1

2

∫∫B

(∣∣∣∣∂Yn

∂u

∣∣∣∣2 +

∣∣∣∣∂Yn

∂v

∣∣∣∣2)dudv

≥∫∫

B

∣∣∣∣∂Yn

∂u

∣∣∣∣ · ∣∣∣∣∂Yn

∂v

∣∣∣∣ dudv ≥∫∫

B

∣∣∣∣∂Yn

∂u× ∂Yn

∂v

∣∣∣∣ dudv = A(Yn)

が成り立つ.(ここで,最初の不等式は「相加平均 ≥ 相乗平均」よりわかる.) 故に,

A0 = limn→∞

A(Xn) ≥ limn→∞

A(Yn) ≥ A0

よって,lim

n→∞A(Yn) = A0

である.また,Ynが条件 (i)を満たすことから,Ynの境界値 {Yn|C}nが同程度連続であることが示されるから,Yn|C の極限 ψ := lim

n→∞Yn|C が存在することがわかる.さらに,

Bでの調和関数はBの境界C上の値のみで決まることから,ψ : C → R3を境界値にもちBで調和な写像を Y : B → R3とおくと,Y = lim

n→∞Yn, A(Y ) = A0であることがわ

かる.この Y は Γを張る「円板型曲面」の中で面積最小であり,したがって,Γを張る極小曲面である.

注意 1.2.1. 実は,この「面積最小曲面」は「分岐点」と呼ばれるある種の特異点を持つかも知れない.これが「分岐点のない滑らかな曲面」であることは,R. Osserman (1970)

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による「本質的な分岐点がないことの証明」を経て,R. D. Gulliver II (1973)による「曲面の表示の仕方からくる特異点がないことの証明」により完全に証明された.

1.3 古典的Plateau問題の解の一意性さて,存在することはわかった.次に基本的な課題の 1 つは,「1 つの枠を与えたとき,その枠で張られる極小曲面は 1 種類だけだろうか? 」という問題である.閉曲線 Γ に対して,それで張られる極小曲面 (解と呼ぶ) の一意性は一般には成立しない (下図)し,解の個数が有限であるかどうかすら自明ではない (下図).実際,この課題は現在でもまだ完全には解決されていない.「完全な解決」が何を意味するかといことすら明らかでないであろう.

2種類の極小曲面を張る閉曲線の例 (上段)と3種類の極小曲面を張る閉曲線の例 (下段)

モンスター曲線:無限個の極小曲面を張る閉曲線

「1 種類だけ 」なのか,もっとたくさんあるのか,ということは,極小曲面の性質について調べる時に大変重要になってくる.「解の一意性」について知られている結果で基本的なものをあげる.

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定理 1.3.1. 平面内の単純閉曲線∗,平面閉曲線に十分近い単純閉曲線は,コンパクト極小曲面をただ 1 つしか張らない.(下図 右)

定理 1.3.2 (T. Rado, 1933). 閉曲線 Γ が平面内の凸閉曲線に 1 対 1 に直交射影 (または,中心射影) されるならば,Γ で張られるコンパクト極小曲面はただ 1 つしかない.(上図 左)

定理 1.3.3 (J. C. C. Nitsche, 1973). 閉曲線 Γ の全曲率=

∫Γ

k dsが 4π よりも小さいならば,Γ で張られる円板型極小曲面はただ 1 つしかない.

ここで,閉曲線 Γ の全曲率とは,接線の向きの,長さに対する変化率 (曲率と呼ばれる) を Γ 上で積分したものである.たとえば,半径 r の円については,この円上のどの点においても曲率は 1/r であり,全曲率は 2π である.より一般に,平面内の凸閉曲線の全曲率は 2πである.上の 3つの定理は,「比較的単純な閉曲線は,極小曲面を 1つしか張らない」ことを示している.

全曲率が約 6πの閉曲線の例

1.4 解の安定性(面積極小か否か)さて,面積汎関数 A の微分が 0 となるような曲面が極小曲面であった.ここで,実数値関数の極大極小問題を思い出してみよう.たとえば,R 上で定義された関数 f(x) = x3

について,f ′(0) = 0 であるが,f は x = 0 において極大値も極小値も取らない.つまり,x = 0 は f の変曲点である.同様に,面積汎関数 A の微分が曲面 X において 0 であってもX が面積極小とは限らない.極小曲面 X が面積極小となっているとき,X は安定であると言う∗.つまり,境界を動かさずに曲面を少し変形させた時に面積が最小になっているような曲面を,安定な極小曲面と呼ぶのである.たとえば,安定でない極小曲面の形をした石鹸膜が現れたとしても,一瞬の後には安定な極小曲面へと形を変えて

∗自己交差をもたない閉曲線.∗厳密な定義は第 1.4節で与える

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しまう.その意味で,物理的に実現される極小曲面は安定なものだけであると言ってよい.したがって,極小曲面のうちで安定なものとそうでない (不安定な) ものとを区別することは自然である.この問題について,知られている結果を述べよう.

同じ枠を張る 2種類の極小曲面 (懸垂曲面).左は安定 (面積極小).右は不安定 (面積極小ではない).

今,極小曲面 X 上の点 P に対し,P における単位法ベクトルを ν(P )とする.ν(P )

は空間 R3 内の長さ 1 のベクトルだから,それを平行移動して始点が R3 の原点と一致するようにすれば,終点は原点中心の単位球面 S2 上の点となる.この点を G(p) とおこう.すると,G は極小曲面 X から S2 への写像を与える.この写像を X の Gauss

写像という.

p

X

ν(p)

G(p)

S2

定理 1.4.1 (J. L. Barbosa-M. do Carmo, 1976). コンパクトで向き付け可能な極小曲面 X の Gauss 写像の像の面積が 2π よりも小さいならば,X は安定である.

単位球面 S2 全体の面積は 4π であることに注意しよう.定理 1.4.1 から,極小曲面の法線方向の変化があまり大きくなければ安定であることがわかる.したがって,極小曲面の十分小さい部分は安定である.一方,任意の数 a ∈ (2π, 4π) に対し,Gauss 写像の像の面積がちょうど a であるよ

うな不安定な極小曲面が存在する.では, Gauss 写像の像の面積がちょうど 2π であるような極小曲面は,安定か不安定かどちらであろうか? M. Koiso (1984)は,このような極小曲面が安定であるか否かを (特別な場合を除き)決定した.この結果を用いることにより,たとえば,ぎりぎり面積極小でない極小曲面の具体例を無限にたくさん構成することができる.下図の曲面は,それ自身は面積極小でないが,その一部 (どの部分でも,どんなに小さな部分でもよい) を削り取れば面積極小である,という意味でぎりぎり面積極小でない極小曲面である.

x = u cos v +1

4u2 cos(2v) − 1

3u3 cos(3v) − 1

8u4 cos(4v)

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y = −u sin v − 1

4u2 sin(2v) − 1

3u3 sin(3v) − 1

8u4 sin(4v)

z = u2 cos(2v) +1

3u3 cos(3v)

0 ≤ u ≤ 1, 0 ≤ v ≤ 2π

ぎりぎり不安定な極小曲面 (M. Koiso, 1984)

この極小曲面の Gauss 写像は半球面の上への 1対 1写像であるので,定理 1.4.1により,その任意の真部分集合は面積極小である.一方,この曲面全体については,面積汎関数の 2階微分(第 2変分という)は 0であり,第 3変分が 0でないような曲面の変形の方向があるので,面積極小ではない.第 3変分の計算及び具体例の構成には,上述のWeierstrass-Enneper の表現公式 (3)が用いられる.

1.5 安定な極小曲面の個数3次元ユークリッド空間R3内の単純閉曲線Γに対し,Γで張られる円板型極小曲面が一意的であるための十分条件のいくつかを第 1.3節で紹介した.また,解が 2つ以上ある例,3つ以上ある例も紹介した.では,解が 2つ以上ある場合に,解の個数が境界 Γ の性質を用いて表せるであろうか? この問いに対する解答を筆者は知らない.次の有限性定理を知っているだけである.

定理 1.5.1 (M. Koiso, 1983). R3の凸領域の境界上にある滑らかな単純閉曲線は,安定で自己交差をもたない円板型極小曲面を高々有限個しか張らない.

定理 1.5.1 証明の方針は次のとおりである.Γ を定理の仮定を満たす閉曲線とし,Γ

で張られる安定で自己交差をもたない円板型極小曲面全体を S0 とする.S0 がコンパクトであることと,S0 の各点が孤立点であることが示せる.このことより,S0 が有限集合であることがわかる.

次の問いに対する解答は,一般にはまだ得られていない.

問 1.5.1. 解の個数が境界 Γ の性質を用いて表せるか?

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1.6 平均曲率一定曲面に対するPlateau問題与えられた枠で張られる平均曲率一定曲面について調べるという問題も,自然で興味深い.この問題は,平均曲率一定曲面に対するPlateau 問題と呼ばれる.以下では,平均曲率一定曲面 (surface with constant mean curvature)を,CMC曲面と略記する.また,平均曲率が一定でH の曲面をCMC-H 曲面と書く.

CMC曲面に対するPlateau問題の解の存在と一意性については,極小曲面の場合とは異なる状況がある.まず,存在については次のことが知られている.Γを半径Rの閉球に含まれる単純閉曲線とする.このとき,|H| ≤ 1/Rなる任意の実数Hに対し,Γで張られる円板型CMC-H曲面が存在する.解の一意性については,一般には成立しない.実際,|H| < 1/Rならば,Γで張られる円板型CMC-H曲面は少なくとも 2つ存在する.たとえば,Γ0を単位円としよう.すると,|H| < 1なる任意の実数Hに対し,Γ0で

張られる半径 1/|H|の球面帽子∗が 2つ存在する.これらはCMC-|H|である.また,Γ0

で張られる CMC-1曲面は,半径 1の半球面のみである.さらに,|H| > 1なる実数H

に対しては,Γ0で張られる円板型CMC-H 曲面は存在しない.

同一の円で張られる 3つの球面帽子

ところで,円 Γ0で張られる極小曲面は,Γ0が囲む円板だけである.Γ0で張られるCMC曲面は球面帽子だけであろうと予想するのは自然だが,実際はそうではない.3以上の任意の整数 gを種数†にもつ解が存在する.しかしながら,比較的単純な解は球面帽子に限ることが知られている.中でも次の 2つの結果は基本的である.

定理 1.6.1 (M. Koiso, 1986). Γ0 を R3 内の単位円とし,Γ0 を含む平面を Π とする.X は Γ0 で張られるコンパクトで自己交差をもたない CMC-H 曲面 (H �= 0)とする.もしも X が Π における Γ0 の外部と交わらないならば,X は球面帽子である.

定理 1.6.2 (L. Alıas-R. Lopez-B. Palmer, 1999). 円で張られる円板型 CMC-H 曲面(H �= 0)であって安定なものは,球面帽子に限る.

∗球面の部分集合を球面帽子と呼ぶ.†種数 g の解とは,円板に g 個の把手を付けたものの表面を滑らかに変形させてできる曲面であって,

Γ0 を境界にもつものである.自己交差してもよい.

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Figure 1: Delaunay 曲面 (平均曲率一定回転面).左から,球面,円柱,懸垂曲面,un-

duloid,nodoid.

1.7 一般化上では,主として,3次元ユークリッド空間内の 1つの単純閉曲線で張られる極小曲面について述べた.この問題の一般化として,次のような問題が考えられる.

[1] 境界条件や空間を一般化する.(i) 2つ以上の単純閉曲線で張られる極小曲面について調べる.(ii) 一般の n次元ユークリッド空間や一般のRiemann多様体内の曲面や超曲面につ

いて調べる.

[2] 汎関数を一般化する.(i) 「面積+重力エネルギー」の臨界点について調べる.(ii) 「非等方的表面エネルギー」(曲面の各点で,法線の向きに依存するエネルギー

密度を考え,その曲面全体での和 (積分)をエネルギー汎関数とする)の臨界点について調べる.

(iii) (i), (ii) 以外にも,自然現象と密接に関連するさまざまな汎関数が考えられる.(iv) 「曲面が囲む体積を保つ変分にたいする」上述の汎関数の臨界点について調べ

る.たとえば,「曲面が囲む体積を保つ変分に対する面積の臨界点」は平均曲率一定曲面である.

2 平面曲線の曲率この節では,平面曲線の曲率の定義を与え,「平面曲線はその曲がり具合によって形が決定する」ことをみる.標準的な事柄であるので,この節及び次節を飛ばして,第 4節に進んでいただいてもよい.

ベクトルは通常縦ベクトル[p

q

]を意味するが,面積の節約のために横ベクトル (p, q)

で代用することも多い.内積の記号は 〈 , 〉 を用いる.

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平面曲線 γ(s) = (x(s), y(s)) が |γ′(s)| ≡ 1 を満たすとき, 弧長表示 されているという.このとき,a ≤ s ≤ b 間の長さは∫ b

a

√x′(s)2 + y′(s)2 ds =

∫ b

a

|γ′(s)| ds =

∫ b

a

ds = b − a

となる.(それが弧長表示といわれる理由.)このとき γ′(s) = (x′(s), y′(s)) は単位ベクトルで,その方向角 θ(s) を用いて γ′(s) = (cos θ(s), sin θ(s)) と表示される.方向角の微分 θ′(s) を曲線 γ(s) の (符号付き) 曲率 κ(s) という.

γ′′(s) =

[− sin θ(s) · θ′(s)cos θ(s) · θ′(s)

]= θ′(s)

[− sin θ(s)

cos θ(s)

]であるから,|κ(s)| = |γ′′(s)| がなりたつ.問 2.0.1. 半径 r の円の曲率を求めよ.

補題 2.0.1. 平面曲線の曲率は平行移動と回転 (行列式が正の直交変換) で不変である.直線に関する対称変換では −1 倍される.

Proof. 平行移動では θ は変わらない.正の回転では θ は定数だけ変化する.直線に関する対称変換では c − θ(s) が新しい方向角となる.

このように,曲率は合同変換で不変な量である.もっと強く,曲率は曲線を特徴づける量であることがわかる.

定理 2.0.1. a ≤ s ≤ b 上定義され,弧長表示された 2 つの曲線 γ1(s), γ2(s) を考える.もし,γ1 が γ2 に正の合同変換 (平行移動と回転の合成) で重なり合えば,γ1 と γ2 の曲率は等しい.逆に,γ1 と γ2 の曲率が等しければ 2 つの曲線はある正の合同変換で重なり合う.

Proof. 前半は上の補題で示した.逆を示す.γ1 と γ2 に平行移動と回転を施しても曲率は変わらないから,γ1(a) = γ2(a) = (0, 0), γ′

1(a) = γ′2(a) = (1, 0) であると仮定してよ

い.そのとき,曲率が等しいことから θ′1(s) ≡ θ′2(s) であり,また θ1(a) = θ2(a) = 0 であるから θ1(s) ≡ θ2(s) となる.よって,任意の s において

γ1(s) =

∫ s

a

[cos θ1(s)

cos θ1(s)

]ds =

∫ s

a

[cos θ2(s)

cos θ2(s)

]ds = γ2(s)

問 2.0.2. 曲率が定数となる曲線は円または直線であることを示せ.

問 2.0.3. 長さ L の閉曲線 γ(s)(γ(L) = γ(0), γ′(L) = γ′(0)

)について,その曲率の積

分∫ L

0

κ(s) ds は 2π の整数倍であることを示せ.この整数を閉曲線の 回転数 という.また,回転数が 0 となる曲線の具体例を与えよ.

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次に,弧長表示されていない曲線 γ(t) の曲率についての公式を与えておく.定義域上の各点 tで,γ′(t) �= 0 であることを仮定する.(そのような曲線を 正則曲線 という.)γの弧長表示を考えて,曲率の定義を使うことにより,

κ = |γ′|−3〈γ′ × γ′′, e3〉, |κ| = |γ′|−3|γ′ × γ′′|.が示せる.ただしここで,× はR2をR3 = R2 × Rに自然に埋め込んだときの外積であり,e3 := (0, 0, 1)である.

問 2.0.4. 放物線: y = x2 および楕円: x2/a2 + y2/b2 = 1 について曲率の最大と最小を求めよ.

問 2.0.5. 螺線: (x, y) = et(cos t, sin t) と (x, y) = t(cos t, sin t) について曲率を求めよ.t → ∞ のときに曲率はどうなるか.

3 R3内の曲面の曲率この節では曲面の曲がり具合を記述する量として第 1, 第 2基本形式を導入し,曲面の曲率を定義する.この節も,前節に続き標準的な事柄であるので飛ばして,第 4節に進んでいただいてもよい.式を短くするために,添え字を多用し,Einstein の規約: xiyi :=

∑i x

iyi を用いる.すなわち,上下に 1つずつ同じ添字がある時には,和を表す記号

∑が書かれていなくて

も,和をとるものとする.また,

δji :=

{1, i = j

0, i �= jδij :=

{1, i = j

0, i �= j

とおく (クロネッカーのデルタ).R2の閉領域DからR3へのC∞級写像 (何回でも偏微分可能な写像)

X : D → R3, X(u) = (x1(u), x2(u), x3(u)), u = (u1, u2) ∈ D

が「はめ込み」であるとは,∂X/∂u1, ∂X/∂u2がDの各点で 1次独立 (つまり,Dの各点 uに対し,uの小さい近傍 U をとれば,X の U への制限X|U : U → X(U) ⊂ R3は滑らかな全単射)である時をいう.X の単位法ベクトル場 (Gauss写像) ν : D → S2は次で与えられる.

ν = X1 × X2/|X1 × X2|, Xj := ∂X/∂uj (4)

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−→ −→

(4)のように,偏微分を添え字で表し,

Xi :=∂X

∂ui, Xij =

∂2X

∂ui∂uj

等と書く.任意の点 p ∈ M における u1 方向の接ベクトル (X1)p と u2 方向の接ベクトル (X2)p は 1 次独立であると仮定しているから,点 p における接ベクトル空間 TpM

の任意の元は aiXi の形で書ける.TpM の基底 {Xi} の双対基底を {dui} と書くことにする.ξ ∈ T ∗

p M についてξi := ξ(Xi) とおけば ξ = ξidui である.

3.1 第 1 基本形式2 つの接ベクトル v = viXi, w = wiXi の内積は 〈viXi, w

jXj〉 = 〈Xi, Xj〉 viwj となる.

定義 3.1.1. TpM 上の正値対称 2 次形式 g(v, w) := 〈v, w〉 を曲面の 第 1 基本形式 とよぶ.その表現の係数行列 (の成分) gij := 〈Xi, Xj〉 も第 1 基本形式とよぶ.2 次正方行列 [gij] は正値対称行列である.その逆行列を [gij] とかく (gikgkj = δi

j).

定義 3.1.2. v ∈ TpM に対して写像 v� : w �→ g(v, w) なる v� ∈ T ∗p M が定まる. の逆

変換を # とかき,合わせて音楽作用素とよぶ.(viXi)� = gijv

iduj, (ξidui)# = gijξiXj

である.別の言い方をすれば (v�)j = gijvi, (ξ#)j = gijξi.

問 3.1.1. 円筒 (cos t, sin t, z) (u1 = t, u2 = z) の第 1 基本形式を求めよ.

3.2 第 2 基本形式各点 p ∈ M において,TpM に直交する単位ベクトルを 単位法ベクトル とよぶ.これは 2 つあるが,通常 ν = |X1 ×X2|−1X1 ×X2 をとる.ν, Xi の偏微分も添え字で表す.

すなわち,νi :=∂ν

∂ui, Xij :=

∂Xi

∂uj=

∂2X

∂ui∂uj.

定義 3.2.1. 対称 2 次行列 hij := 〈Xij, ν〉 を 第 2 基本形式 とよぶ.対称 2 次形式h(viXi, w

jXj) := hijviwj も第 2 基本形式とよぶ.

命題 3.2.1. hij = 〈Xij, ν〉 = −〈Xi, νj〉 = −〈Xj, νi〉

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命題 3.2.2. 曲面 M が一つの平面に含まれることと第 2基本形式が恒等的に 0 であることとは同値である.

Proof. ⇒) ν は定ベクトルになるから,hij = 〈Xij, ν〉 =∂

∂uj〈Xi, ν〉 − 〈Xi, νj〉 = 0.

⇐) 上の式から 〈Xj, νi〉 = 0. また,|ν|2 ≡ 1 から 〈ν, νi〉 = 0. よって νi ≡ 0, つまり ν

は定ベクトルである.すると, ∂

∂ui〈X, ν〉 = 〈Xi, ν〉 = 0 で 〈X, ν〉 は定数となる.

3.3 第1,第2基本形式の図形的意味上では天下り的に第 2基本形式を定義したので,図形的意味を説明する.p ∈ M を固定し,p での単位法ベクトル νp を含む平面 Π と M との交わりの曲線 γ を考える.Π に含まれる単位接ベクトル Z をとり,Y := νp × Z とおく.{Z, Y, νp} は正規直交基底になる.曲線 γ を p + tZ + f(t)νp と X(u1(t), u2(t)) の 2 通りに表示する.ただしここで,

点 pは t = 0に対応する.両者を微分して比較すれば,

γ(0) = p + f(0)νp = p. よって f(0) = 0.

γ′(0) = Z + f ′(0)νp = (ui)′(0)Xi. よって f ′(0) = 0, Z = (ui)′(0)Xi.

γ′′(0) = f ′′(0)νp = (ui)′′(0)Xi + (ui)′(0)(uj)′(0)Xij.

よって f ′′(0) = (ui)′(0)(uj)′(0)〈Xij, νp〉 = (ui)′(0)(uj)′(0)hij = h(Z, Z).

また,平面曲線 γ の t = 0 における曲率 κ は第 2節の公式から

κ = |γ′|−3〈γ′ × γ′′, e3〉 = |Z|−3〈Z × f ′′(0)νp,−Y 〉 = f ′′(0).

従って κ = h(Z, Z). この κ を曲面の Z 方向の曲率 とよぶ.これが第 2 基本形式の図形的意味である.特に,次のことがわかる.

命題 3.3.1. 第 2 基本形式 h(Z, W ) は曲面の表示の仕方 (X) によらずに定まる.(ただし,単位法ベクトル場 ν をとりかえると符号が変る.)

また,第 1, 第 2基本形式は,次のように表示されることもある.すなわち,曲面X

の第 1基本形式,第 2基本形式を,

ds2 = gijduiduj, II = hijduiduj

と定義する.すると,|du1|, |du2|が小さい時,ds ≈ |X(u1 + du1, u2 + du2) − X(u1, u2)|

II ≈ 2 × (点X(u1, u2)での接平面からの,点X(u1 + du1, u2 + du2)の高さ

)19

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である.

3.4 曲面の曲率v ∈ TpM に対して ξ(w) := h(v, w) で定義される ξ ∈ T ∗

p M が定まる.v に ξ# ∈ TpM

を対応させる写像 W をWeingarten 写像 とよぶ.この写像は曲面の表示の仕方に依存しない.成分表示では W (viXi) = gikhkjv

jXi, (W ij = gikhkj) となる.あらかじめ 1

点 p ∈ M において gij(p) = δij(p) となるように曲面を表示しておけば W ij(p) = hij(p)

であるから,Weigarten 写像は対角化可能である.

定義 3.4.1. Weingarten 写像の固有値を 主曲率, それに属する固有空間を 主曲率方向,

2 つの主曲率の平均を平均曲率, 積をGauss 曲率とよぶ.

命題 3.4.1. 曲面X の平均曲率をH,Gauss曲率をKとすると,

H =1

2hijg

ij, K =det[hij]

det[gij]

H, Kの図形的意味は §4で説明する.1 点 p において gij(p) = δij(p), W i

j(p) = hij(p) という表示が可能なことから次がわかる.

命題 3.4.2. 各点 p ∈ M において,主曲率方向は互いに直交する.主曲率は Z ∈ TpM

を動かしたときの Z 方向の曲率の最大値と最小値に一致する.

問 3.4.1. 曲面を r 倍に相似拡大すれば主曲率は 1/r 倍になることを示せ.

問 3.4.2. 2 つの主曲率が同じ定数 c である曲面は半径 c−1 のある球面に含まれる.

3.5 例 (回転面)

xz 平面に弧長表示された曲線 γ(s) = (p(s), q(s)) (p > 0) を z 軸を中心に回転させて得られる曲面を X = (p(u1) cos(u2), p(u1) sin(u2), q(u1)) とする.

X1 = (p′(u1) cos(u2), p′(u1) sin(u2), q′(u1)), X2 = (−p(u1) sin(u2), p(u1) cos(u2), 0)

から g11 = 1, g12 = g21 = 0, g22 = p(u1)2. また,X1 × X2 = (−pq′ cos,−pq′ sin, pp′)

で ν = (−q′ cos,−q′ sin, p′). 次いで,X11 = (p′′(u1) cos(u2), p′′(u1) sin(u2), q′′(u1)),

X12 = (−p′(u1) sin(u2), p′(u1) cos(u2), 0), X22 = (−p(u1) cos(u2),−p(u1) sin(u2), 0).

よって,h11 = p′q′′ − p′′q′, h12 = h21 = 0, h22 = pq′. Weingarten 写像の係数行列は対角行列で固有値は p′q′′ − p′′q′ と p−1q′. 主曲率方向はそれぞれ u1 方向と u2 方向になる.これより,

K = −p′′

p, H =

1

2

(p′q′′ − p′′q′ + p−1q′

)20

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4 極小曲面の定義と変分問題の解としての特徴付け第 4.1節以降では,特に断らない限り,考える曲面はコンパクト (有界閉集合)で向き付け可能 (表と裏の区別がつく)と仮定する.まず,曲面の平均曲率と極小曲面の定義を,比較的直感的に述べておこう.詳しい説

明は,第 3節で与えた.曲面 Σの点 P での単位法ベクトルを ν とする.Πは ν を含む平面とし,γ := Π∩Σ

とおく.P での γ の曲率円を C とし,P での単位法ベクトル νに対する γ の曲率をk(Π) とおく.つまり k(Π) = ± (C の半径 )−1.Π を動かした時の k(Π) の最大値と最小値 k1, k2 をΣ の点 P での主曲率という.

ν

k(Π) = ±R−1

H(P ) :=k1(P ) + k2(P )

2を曲面Σの点 P における平均曲率という.H がΣ上定数

のとき,Σを平均曲率一定曲面と呼び,H ≡ 0のときΣを極小曲面と呼ぶ.

例 4.0.1. (i) 平面の平均曲率は至る所 0.(ii) 半径 r > 0 の球面の,内向き単位法ベクトルに対する平均曲率は 1/r,外向き

単位法ベクトルに対する平均曲率は−1/r.(iii) 半径 r > 0 の円柱の表面の,内向き単位法ベクトルに対する平均曲率は 1/(2r),

外向き単位法ベクトルに対する平均曲率は−1/(2r).

例 4.0.2. 平均曲率一定の回転面は,次の 6 つに分類される (Figure 1参照):平面,球面,円柱,catenoid (懸垂面),unduloid,nodoid.

catenoid,unduloid,nodoid の母線は,それぞれ,放物線,楕円,双曲線を直線に沿って転がしたときの焦点の軌跡として得られる.これは,平均曲率一定回転面の母線が満たす 2階の常微分方程式を研究することにより証明される.これらの曲面は,この性質を発見した 19世紀のフランスの数学者 Delaunay にちなんで,Delaunay 曲面と呼ばれる.

21

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unduloidの一部 (右図)とその母線

nodoidの一部 (右図)とその母線

注意 4.0.1. 曲面の単位法ベクトル νの向きを取り替えると,平均曲率Hの符号が変わる.故に,Σを向き付け不可能な曲面とすると,Σ全体の上で νが連続的に定義されない.このことは,たとえば,メビウスの帯 (第 1.1節の写真を参照)上で単位法ベクトルを考えてみれば理解できるであろう.このことから,向き付け不可能な曲面上で「平均曲率が 0でない一定の値をとる」という概念は意味をなさない.「向き付け不可能な極小曲面」という概念は成立する.

4.1 極小曲面の変分問題の解としての特徴付け以下,特に断らない限り,考える曲面は向き付け可能 (表と裏の区別がつく)でコンパクト (有界閉集合)と仮定する.以下では,曲面は 2次元可微分多様体ΣからR3へのはめ込み

X : Σ → R3, X(u) = (x1(u), x2(u), x3(u)), u = (u1, u2) ∈ Σ

で表す.(2次元可微分多様体とは,円板を滑らかに変形したもの達を,滑らかにつないだもの.)

X の面積 A(X) は次で与えられる.

A(X) =

∫Σ

ただしここで,dΣ :=

√det(gij) du1du2 = |X1 × X2| du1du2

は X の面積要素である.

22

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X(ε) を X の境界を固定する (滑らかな)変分とする.ただしここで,εは変分パラメータである.すなわち,各 εに対してX(ε) : Σ → R3は滑らかな曲面であり,境界値はXの境界値と一致する.また,X(0) = X である.「ε = 0の時の曲面は最初に与えた曲面X で,εが変化するにつれて曲面も滑らかに変化する (たまたま変化しない場合もある)が,境界は変化しない」ということである.式で書くと,X(ε)(w) : Σ × (−ε0, ε0) → R3 は C∞ 級写像で,

X(0)(w) = X(w), ∀w ∈ Σ

X(ε)(ζ) = X(ζ), ∀ζ ∈ ∂Σ, ∀ε ∈ (−ε0, ε0)

を満たす.ただしここで,∂ΣはΣの境界である.X(ε)の ε = 0での変化率,すなわち,

δX := (∂X(ε)/∂ε)ε=0

を,変分X(ε)の変分ベクトル場という.X(ε)を εについてTaylor展開した式は,

X(ε) = X + (ξ + fν)ε + O(ε2)

と書ける.ここで,f : Σ → R であり,ξ は変分ベクトル場 δX = ξ + fν の接成分であって,共に ∂Σ 上 0である.ここで記号を一つ定義しておく.Σ上で定義された実数値C∞級関数であって ∂Σ上

0である関数全体をC∞0 (Σ)で表す.上の f は f ∈ C∞

0 (Σ)を満たす.

補題 4.1.1. 面積A の第 1 変分は次で与えられる.

δA :=d

dεA(X(ε))|ε=0 = −2

∫Σ

Hf dΣ, f :=⟨∂X(ε)

∂ε

∣∣∣ε=0

, ν⟩

(5)

したがって,Aの第 1 変分は,変分ベクトル場の法成分のみに依存する.

証明dΣ = |X1 × X2| du1du2 (6)

である.

δ|X1 × X2| = δ((|X1 × X2|2)1/2) = (1/2)|X1 × X2|−1δ((|X1 × X2|)2), (7)

δ((|X1 × X2|)2) = δ(g11g22 − g212) = (δg11)g22 + g11(δg22) − 2g12(δg12), (8)

23

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δgij = δ〈Xi, Xj〉 = 〈δXi, Xj〉 + 〈Xi, δXj〉= 〈ξi + (fν)i, Xj〉 + 〈Xi, ξj + (fν)j〉= 〈ξi + fνi, Xj〉 + 〈Xi, ξj + fνj〉= 〈ξi − fhiαgαβXβ, Xj〉 + 〈Xi, ξj − fhjlg

lmXm〉= 〈ξi, Xj〉 + 〈ξj, Xi〉 − f(hiαgαβgβj + hjlg

lmgmi)

= 〈ξi, Xj〉 + 〈ξj, Xi〉 − f(hiαδαj + hjlδ

li)

= 〈ξi, Xj〉 + 〈ξj, Xi〉 − 2fhij. (9)

ξ = ξiXi とおくと,(6), (7), (8), (9) より,

δ(dΣ) = (〈ξi, Xj〉gij − fhijgij)dΣ = {(√gξi)i

√g−1 − 2fH}dΣ = (divξ − 2fH)dΣ.

(10)

故に,

δA =

∫Σ

δ(dΣ) =

∫Σ

(divξ − 2fH)dΣ = −2

∫Σ

fH dΣ +

∫∂Σ

〈ξ, n〉 ds = −2

∫Σ

fH dΣ

である.ただしここで,n は ∂Σ に添う外向き単位法ベクトルであり,ds は ∂Σ の線素である.また,Σ 上の積分を ∂Σ 上の積分に直すときには,Divergence Theorem (多様体上での「部分積分」の公式の一つ) と ξ|∂Σ = 0なることを使った. �

注意 4.1.1. 補題 4.1.1の証明でDivergence Theorem (多様体上での「部分積分」の公式の一つ) を使う時に,Σが向き付け可能であることを使った.これは,1変数関数の部分積分の公式 ∫ b

a

f ′g dt +

∫ b

a

fg′ dt = [fg]ba

において,右辺の [fg]baを [fg]ab としてはいけないことと同じことである.

補題 4.1.1より,次が示せる.

命題 4.1.1. はめ込まれた曲面X : Σ → R3が極小曲面であることと,X の境界を固定する任意の変分に対して面積の第 1変分が 0であることは同値である.

4.2 Plateau 問題与えられた閉曲線を境界とするコンパクトな極小曲面を研究せよ,という問題を Plateau

問題という (cf. 第 1節).

定理 4.2.1. 平面 P 上に有限個の閉曲線の和集合 Γ が与えられているとする.このとき,Γ を境界とするコンパクトな (しかし連結とはかぎらない) 極小曲面はその平面 P

に含まれる.

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Proof. 平面 P を z = 0としてよい.写像 ϕ(t) : R3 → R3; (x, y, z) �→ (x, y, (1−t)z)を考える.ϕ(t)は P ,従って境界を動かさず,ϕ(0)は恒等写像で,0 < t < 1のときに z方向に縮める写像である.条件を満たす極小曲面X の変分 X(t) := ϕ(t)◦X を考える.Xit =

(0, 0,−zi) だから gijt = −2zizj. よって,t = 0で,(det g)t = −2{(z1)2g22 + (z2)

2g11 −2z1z2g12} = −2(det g)gijzizj = −2(det g)|grad z|2, (

√det g)t = −|grad z|2√det g. よ

って d

dt

∫dΣ = −

∫|grad z|2 dΣ ≤ 0. 等号成立は z が定数(従って 0)である場合に

限る.なお,grad u := (du)# である.(注: 曲面のコンパクト性は面積の存在に用いている.)

この定理を改良すれば次の命題が得られる.

補題 4.2.1. 有限個の閉曲線の和集合 Γ が半空間 K に含まれているならば,Γ を境界とするコンパクトな極小曲面は K に含まれる.

Proof. K を z ≥ 0 としてよい.写像 ϕ(t) : R3 → R3 を

ϕ(t)(x, y, z) =

⎧⎨⎩(x, y, z), (z ≥ 0 のとき)

(x, y, z + tz8), (z < 0 のとき)

と定めれば定理 4.2.1 と同様に示される.なお,冪指数の 8 は強い意味はない.微分可能性を壊さない大きさならよい.

問 4.2.1. 境界のないコンパクトな極小曲面はR3内には存在しないことを示せ.

補題 4.2.1 の系として次が得られる.

定理 4.2.2. 有限個の閉曲線の和集合 Γ を境界とするコンパクトな極小曲面は,Γ が張る凸集合 (Γ を含む最小の凸集合.Γ の凸包という.) K に含まれる.

5 極小曲面の等温座標表示極小曲面は,等温座標を用いて簡単に表示することができる.

5.1 等温座標定義 5.1.1. 曲面の表示 X(u) が |X1| = |X2|, 〈X1, X2〉 = 0 を満たしているとき,等温座標表示 であるという.座標としては,等温座標 であるという.これは gij = f · δij となるような関数 f が存在することと同値である.また,定義域における 2 つの接ベクトルの成す角が曲面に写っても変わらない,とも言い換えられる.

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平面の標準的な表示は等温座標表示である.等温座標の基本的な例を 1 つあげる.原点を中心とする単位球面 S2 から北極 N = (0, 0, 1) を除いた部分 S2 \ {N} を S2

∗ と書くことにする.S2

∗ の点 A に対し,A と N を結ぶ直線が xy 平面 R2 と交わる点をP (A) とする.写像 P : S2

∗ → R2 を 立体射影 とよぶ.

命題 5.1.1. 球面の立体射影は等温座標である.立体射影の逆写像 ϕ は球面の等温座標表示である.ただし,外向き単位法ベクトル場にたいしては負の表示になる.

Proof. P ((x, y, z)) = (1 − z)−1(x, y) だから

ϕ(u, v) = (r2 + 1)−1(2u, 2v, r2 − 1), (r2 := u2 + v2).

よって

ϕu = −2u(r2 + 1)−2(2u, 2v, r2 − 1) + (r2 + 1)−1(2, 0, 2u)

= 2(r2 + 1)−2(−u2 + v2 + 1,−2uv, 2u),

ϕv = 2(r2 + 1)−2(−2uv, u2 − v2 + 1, 2v).

これから |ϕu|2 = |ϕv|2 = 4(r2 + 1)−2, 〈ϕu, ϕv〉 = 0. 表示の向きは南極での様子をみればわかる.

問 5.1.1. 立体射影によって球面の小円(または大円)は平面の直線又は円にうつること,逆に平面の直線と円は立体射影の逆写像によって球面の小円にうつることを示せ.

5.2 Gauss 写像定義 5.2.1. 曲面 M の表示 X : Σ → R3 にたいし,その単位法ベクトル場 ν を S2

への写像 ν : Σ → S2 とみたものを Gauss 写像 とよぶ.また,立体射影との合成ρ = P ◦ ν : Σ → R2 も Gauss 写像とよぶ.

問 5.2.1. Gauss 写像の像が 1 点になる曲面,及び,1 つの曲線になる曲面を特徴づけよ.(平面,線織面)

ここで必要な Weingarten 写像についての性質をまとめておく.

補題 5.2.1. 一般にWeingarten写像は以下の性質を持つ.(i)第 1基本形式に関して対称:

〈W (X), Y 〉 = 〈X, W (Y )〉. (ii) W (Xi) = −νi = gjkhkiXj. (iii) (W )2 = 2HW − K id,

W ikW

kj = 2HW i

j − Kδij. (iv) 〈νi, νj〉 = 2Hhij − Kgij.

Proof. (ii) は既に何回か用いた.(i) は (ii) から従う.(iii) は Hamilton-Cayley の公式.(iv) は (ii) と (iii) からわかる.

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これを極小曲面に適用する.極小曲面の場合は 〈νi, νj〉 = −Kgij. これは K �= 0 なる点 u0 で Gauss 写像 ν の微分が単射であることを示す.よって,さらに u0 で ν が北極でなければ,P ◦ ν の微分が単射であることになる.したがって,u0 のある近傍での逆写像 X = (P ◦ ν)−1 は曲面の表示をあたえる.表示 X においては ρ = P ◦ ν が恒等写像であって ν = ϕ であるから,

〈Xi, Xj〉 = gij = −K−1〈νi, νj〉 = −K−1〈ϕi, ϕj〉 = −K−14(r2 + 1)−2δij.

すなわち,X は等温座標表示である.

命題 5.2.1. 極小曲面は,Gauss 曲率が 0 でない点の近傍では Gauss 写像の立体射影P ◦ ν の逆写像をもちいて表示できる.しかも,この表示は等温座標表示である.

5.3 調和関数前節で,極小曲面の相当部分は等温座標で表示できることがわかった.逆に,一般の曲面 M の等温座標表示 X が与えられているとする.

X(u1, u1) = (x1(u1, u2), x3(u1, u2), x3(u1, u2))

が与えられているとする.すなわち,gij = f · δij であるとする.(すなわち,|X1|2 =

|X2|2 =: f , 〈X1, X2〉 = 0.) このとき,

〈X11 + X22, X1〉 =1

2

∂u1|X1|2 − 〈X2, X21〉 =

1

2

∂u1{|X1|2 − |X2|2} = 0,

〈X11 + X22, X2〉 = 0,

〈X11 + X22, ν〉 = h11 + h22 = fgijhij = 2Hf.

つまり X11 + X22 = 2Hfν である.とくに,等温座標表示のもとでは,極小曲面であることと X11 + X22 = 0 であることとが同値である.

定義 5.3.1. 等温座標において f11 + f22 = 0 となる (ベクトル値) 関数 f を (ベクトル値) 調和関数 とよぶ.

命題 5.3.1. 曲面 M の等温座標表示 X について,曲面 M が極小曲面であることと X

が調和関数であることは同値である.

注意 5.3.1. 任意の曲面は等温座標で表示できることが知られているが,証明はしない.今後,等温座標が存在することは認めて議論をすすめる.

問 5.3.1. 懸垂曲面,回転面の等温座標表示を与えよ.(直交条件はすでに満たされている.|X1|2 = |X2|2 となるように s = s(s) を定めればよい.)

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6 Weierstarss-Enneper の表現公式さて,極小曲面 X = (x, y, z) は臍点 (主曲率 k1, k2が一致する点) を除き(必要ならば座標軸をとりかえることにより),局所的には,微分可能な複素関数 f(w) を用いて次のように表される.

(x, y, z) = Re(∫ w

w0

(1 − w2)f(w) dw,

∫ w

w0

i(1 + w2)f(w) dw,

∫ w

w0

2wf(w) dw)

この表現公式は Enneper(1864年)とWeierstrass(1866年)によって独立に導き出され,Weierstrass-Enneper の表現公式と呼ばれている.複素関数 f(w) を具体的に与えて Weierstrass-Enneper の表現公式を用いることに

より,極小曲面の具体例をいくらでも得ることができる.これはすごいことで,例えば,平均曲率一定曲面ですらこのようにうまくはいかない.さて,f(w) に具体的な関数をあてはめてみよう.

f(w) = 1 は Enneper の極小曲面を与える.f(w) = k/2w2(k は実数)は懸垂曲面を与える.f(w) = ik/2w2 (k は実数)は常螺旋面を与える.f(w) = 2/(1 − w4) は Scherk の極小曲面を与える.f(w) = (1 − 14w4 + w8)−1/2,は Schwarz(シュワルツ) と Riemann(リーマン) に

よって発見された空間四辺形を張る極小曲面を与える.

【いろいろな極小曲面】

[1] 常らせん面 (helicoid) [2] 懸垂曲面 (catenoid)

x = u cos v, y = u sin v, z = kv√

x2 + y2 =a

2

(ez/a + e−z/a

), (a > 0)

[3] Scherkの極小曲面 [4] Enneperの極小曲面

z = loge

(cos y

cos x

)x = u − u3

3+ uv2, y = −v +

v3

3− u2v, z = u2 − v2

[1] [2] [3] [4]

Weierstrass-Enneper の表現公式は,極小曲面の一般的な性質の研究に用いられる一方で,著しい性質を持つ極小曲面の新しい例の構成に利用されている.とりわけ,極小曲面の具体例の構成に,この公式は欠くことができない.この節では,より一般な公式(やはり,Weierstrass-Enneper の表現公式と呼ばれる)について解説する.

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Figure 2: Costa 曲面 (Found by Costa, 1984. 自己交差をもたない完備極小曲面で 4番目に発見されたもの.最初の 3つは,平面,懸垂面,常螺旋面.)

6.1 正則座標Cauchy-Riemann の方程式から直ちに次のことがわかる.

補題 6.1.1. v が u1, u2 の調和関数ならば,w := v1 −√−1 v2 は z := u1 +

√−1 u2 の正則関数である.逆に,w が z = u1 +

√−1 u2 の正則関数ならば,v := Re

∫w dz は

u1, u2 の調和関数である.

従って,等温座標表示 X(u) において,X が調和であることとベクトル値関数 ξ :=

X1 −√−1 X2 が z := u1 +

√−1 u2 の正則関数であることとは同値である.以下,内積〈∗, ∗〉 は単に複素係数に拡張して 〈ξ, η〉 := ξ1η1 + ξ2η2 + ξ3η3 と定める.Hermite 内積ではなく,|ξ|2 = 〈ξ, ξ〉 となる.逆に,ある一般の表示 X(u) で ξ := X1 −

√−1 X2 が z := u1 +√−1 u2 の正則関

数であるとする.そのとき,

〈ξ, ξ〉 = 〈X1, X1〉 − 2√−1 〈X1, X2〉 − 〈X2, X2〉 = (|X1|2 − |X2|2) − 2

√−1 〈X1, X2〉.

命題 6.1.1. 曲面の表示 X(u) が極小曲面を等温座標で表示したものであることと,〈ξ, ξ〉 = 0 なる正則関数 ξ を用いて X = Re

∫ξ dz と表せることとは同値である.

6.2 Weierstrass-Enneper の表現公式上のことから,極小曲面を求めることは 3 つの正則関数 ξi で (ξ1)2 + (ξ2)2 + (ξ3)2 = 0

なるものを求めることに帰着する.この表現と Gauss 写像との関係を調べる.外積も単に複素係数に拡張する.

4X1 × X2 =√−1 (ξ + ξ) × (ξ − ξ) =

√−1 (−ξ × ξ + ξ × ξ) = −2√−1 · ξ × ξ.

また,|X1 × X2| = |X1|2 =1

2|ξ|2. よって,ν = −√−1 |ξ|−2ξ × ξ.

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天下り式に F := ξ1 −√−1 ξ2, G := ξ3/F によって正則関数 F, G を定める.ただ

し,F = 0 の点では ξ1 =√−1 ξ2, ξ3 = 0 から ν =

−√−1

2|ξ2|2 · ξ × ξ = (0, 0, 1) であり,

法ベクトルが北極を向いている.そのような点は除外して考える.ξ1 −√−1 ξ2 = F と (ξ1)2 + (ξ2)2 = −(ξ3)2 = −F 2G2 とから ξ1 =

F

2· (1 − G2),

ξ2 =

√−1 F

2· (1 + G2) が得られるので,極小曲面は次の形で書けることになる.

定理 6.2.1 (Weierstrass-Enneper の表現公式). 法ベクトルが北極を向いている点を除いて,単連結な極小曲面は正則関数 F と有理型関数 G を用いて

X = Re

∫ z

z0

ξ dz, ξ =

⎡⎢⎣ξ1

ξ2

ξ3

⎤⎥⎦ =F

2

⎡⎢⎣ 1 − G2

√−1 (1 + G2)

2G

⎤⎥⎦ (11)

と表示される.逆に,単連結領域D上の正則関数 F と有理型関数 Gについて,F の 2m

位の零点がちょうどGのm位の極であるならば,上のように定義されるXは極小曲面である.

注意 6.2.1. 積分∫ z

z0

ξ dz において,z0は定義域Dの定点,zはDの任意の点である.

積分は,z0と zを結ぶD内の任意の曲線 (積分路という)に沿って行う.Dが単連結でない時は,この積分は,一般には積分路の取り方に依存してしまう.つまり,積分の値が決まらない.このことは,公式 (11)を用いて単連結でない極小曲面を構成する時に,問題となる.一般に,複素平面内の領域D(単連結とは限らない)内の正則関数 F と有理型関数 G (ただし,F の 2m位の零点がちょうどGのm位の極)に対して,公式 (11)内の積分が積分路によらずに決まるならば,(11)によって定義される X : D → R3は極小曲面である.「(11)内の積分が積分路によらずに決まるかどうか」という問題は,「period

problem」と呼ばれる.

この正則関数 G は以下のように Gauss 写像とみなされる.計算により,

ξ × ξ =|F |22

(1 + |G|2)

⎡⎢⎣√−1 (G + G)

G − G√−1 (|G|2 − 1)

⎤⎥⎦ , ν =1

1 + |G|2

⎡⎢⎣ G + G

−√−1 (G − G)

|G|2 − 1

⎤⎥⎦ .

よって ν を立体射影で射影した先は 1

2

[G + G

−√−1 (G − G)

]になる.R2 を C と同一視す

ればこれは G に他ならない.正則関数 F に意味を与えるためには,第 1 基本形式と第 2 基本形式を求める必要が

ある.まず,X1 =1

2(ξ+ξ), X2 =

√−1

2(ξ−ξ)であって,g11 = g22 = 〈X1, X1〉 =

1

2|ξ|2,

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g12 = 0. これは ξ による表示では

g(ξ, ξ) = 0, g(ξ, ξ) = |ξ|2 =|F |22

(1 + |G|2)2

ということになる.第 2 基本形式についてはまず,∗′ で z による微分をあらわして,

h(ξ, ξ) = h(X1 −√−1 X2, X1 +

√−1 X2) = h11 + h22 = 0,

h(ξ, ξ) = h11 − h22 − 2√−1 h12 = 〈ν, X11 − X22 − 2

√−1 X12〉= 2〈ν, X11 −

√−1 X12〉 = 2〈ν, ξ′〉.

ξ =F

2· V とかけば 〈ν, V 〉 = 0 であって,2〈ν, ξ′〉 = 〈ν, F ′ · V + F · V ′〉 = F · 〈ν, V ′〉.

よって,

h(ξ, ξ) =2F

1 + |G|2⟨⎡⎢⎣ G + G

−√−1 (G − G)

|G|2 − 1

⎤⎥⎦ ,

⎡⎢⎣ −GG ′√−1 GG ′

G ′

⎤⎥⎦⟩ = −2FG ′.

命題 6.2.1. Weierstrass 表示において,G は Gauss 写像 P ◦ ν であり,g(ξ, ξ) = 0,

g(ξ, ξ) =|F |22

(1 + |G|2)2, h(ξ, ξ) = 0, h(ξ, ξ) = −2FG ′ がなりたつ.

これは “複素座標” による表示である.もとの実数の座標にもどすと,

命題 6.2.2. Weierstrass-Enneper 表現公式において,[gij

]=

|F |24

(1 + |G|2)2

[1 0

0 1

],

[hij

]=

[−Re(FG ′) Im(FG ′)

Im(FG ′) Re(FG ′)

]

が成り立つ.主曲率は ±4|G ′||F |(1 + |G|2)2

,Gauss曲率は −(

4|G ′||F |(1 + |G|2)2

)2

である.

問 6.2.1. 極小曲面を回転させると {F, G} はどのように変換されるか?

問 6.2.2. {F, G} で表示された極小曲面 M がある.それに Gauss 写像で座標をいれると,{F, G} はどのように変換されるか?

6.3 随伴極小曲面極小曲面Xが正則関数 F と有理型関数 Gを用いてWeierstrass-Enneperの表現公式により定義されたとき,eiθF と Gを用いて定義される極小曲面をXθとおこう.命題 6.2.2

により,Xθの第 1基本形式はXの第 1基本形式と一致する.すなわち,Xθはすべて等長である.XθをX の随伴極小曲面という.特に,Xπ/2をX の共役極小曲面という.

例 6.3.1. 懸垂面と常螺旋面は共役である.

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懸垂面 (左),その随伴極小曲面の一つ (中),常螺旋面 (右)

例 6.3.2. SchwarzP曲面と SchwarzD曲面は共役である.Gyroidはこれらの随伴極小曲面である.これらの三重周期をもつ曲面は,ナノスケールやミクロスケールのソフトマターなどの自然現象にしばしば現れる曲面として,物理学,化学,工学その他の分野の研究にもしばしば登場する.SchwarzP曲面と SchwarzD曲面は,H. A. Schwarzにより 19世紀に発見された曲面であるが,Gyroidは A. Schoenにより 1970年に発見された.(すべて,数学的に構成された.) 2種類の高分子より成る「ABブロック共重合体の共連続構造」と呼ばれる現象において,従来は SchwarzP曲面の構造を持つと考えられていたものが,実はその多くがGyroidの構造を持つということが判明した (1980年代)

のは,Gyroidの数学的な発見によるところが大きい.

Figure 3: 左から,SchwarzD曲面,Gyroid,SchwarzP曲面.

6.4 極小曲面に対する鏡像の原理とその応用すでにみたように,極小曲面は等温座標を用いて表示することができ,そのとき曲面の各座標関数は調和関数である.このことと,調和関数に対する鏡像の原理を用いることにより,以下のような,極小曲面に対する鏡像の原理が示せる.

定理 6.4.1 (鏡像の原理). (i) 極小曲面Σが線分 �を含むならば,Σは �に関して対称である.

32

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(ii) 極小曲面Σが平面Πと直交するならば,ΣはΠに関して対称である.

定理 6.4.2 (鏡像の原理). (i) 極小曲面Σの境界が線分 �を含むならば,Σは �を超えて極小曲面として拡張できる.

(ii) 極小曲面Σの境界が平面Πと直交するならば,ΣはΠ ∩ Σを超えて極小曲面として拡張できる.

この講義ノートであげたさまざまな極小曲面に中に,鏡像の原理に表現される性質を発見することができる.また,Weierstrass-Enneperの表現公式を用いて単連結な極小曲面を作り,鏡像の原

理を用いてその極小曲面を拡張することができる.第 1.1節であげた Schwarz D 曲面の基本領域と,その三重周期極小曲面への拡張は,その例である.近年,この方法を応用してさまざまな三重周期極小曲面の例が構成されている.

6.5 極小曲面のGauss写像とGauss曲率についての補足次の各定理は,極小曲面論において基本的である.

定理 6.5.1 (H. Fujimoto, 1988). R3内の完備な極小曲面のGauss写像の像は,S2の高々4点を除外する.

この評価は sharpである.(4点を除外する例:Scherk曲面,他.)

定理 6.5.2 (R. Osserman, 1964). R3内の完備で全曲率∫

Σ

KdΣが有限な極小曲面 (代

数的極小曲面と呼ばれる)のGauss写像の像は,S2の高々3点を除外する.

未解決問題 6.5.1. この結果は sharpか? なお,懸垂面は,Gauss写像の像が S2の丁度2点を除外する代数的極小曲面の例である.

定理 6.5.3 (R. Osserman, 1964). R3内の完備で向き付け可能な極小曲面 Σ の全曲率∫Σ

K dΣが有限ならば,ΣはコンパクトRiemann面Σ から有限個の点を除いたものと

共形同値である.さらにこの時,ΣのGauss写像 νはΣ → S2に拡張できる.

定理 6.5.4. ΣはR3内の完備で向き付け可能な極小曲面とする.Σの全曲率∫

Σ

K dΣ

が有限ならば,∫

Σ

K dΣ = −4mπ (m = 0, 1, 2, ...) である.

Proof. Σは定理の仮定を満たすとする.Σが平面ならば,全曲率は 0だから定理の結論は正しい.そこで,Σが平面でないと仮定する.定理 6.5.3から,ΣのGauss写像 (と,

33

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S2からR2 = Cへの立体射影との合成)G = P ◦ νはコンパクトRiemann面Σ上の有理型関数に拡張できる.G′ = 0なる点 (ν : Σ → S2が局所的に単射でない点)はΣの孤立点集合である.実際,孤立していないと仮定すると,有理型関数 (または,正則関数)に対する一致の定理により,Σ上G′ ≡ 0となり,Gは定数,すなわち,Σは平面となり,仮定に反する.G′ = 0なる点が孤立点集合であることと定理 6.5.3から,νの像は (有限個の点を除き)S2全体を有限回覆う.故に,全曲率= −(νの像の面積)= −4mπ.

定理 6.5.5. R3内の完備な極小曲面で,全曲率が0のものは平面,−4πのものはEnneper

の極小曲面と懸垂面のみである.

7 面積の第 2 変分公式と安定性以下では,曲面Xの変分をX(ε)で表し,Xεは ∂X(ε)/∂εを意味するものとする.また,特に断らない限り,考える曲面は向き付け可能と仮定する.

7.1 面積の第 2 変分公式面積の第 1 変分は d

dεArea(X(ε)) = −2

∫H · 〈Xε, ν〉 dΣ であった (補題 4.1.1). X(0)

が極小曲面なら ε = 0 において H = 0 だから,d2

dε2

∣∣ε=0

Area(X(ε)) = −2

∫ [Hε · 〈Xε, ν〉dΣ + H · (〈Xε, ν〉 dΣ)ε

]∣∣∣ε=0

= −2

∫Hε · 〈Xε, ν〉 dΣ

∣∣∣ε=0

となる.そこで,一般の曲面の変分ベクトル場 V = uν について Hε を求めよう.まず,次

のことを注意しておく.

補題 7.1.1. 正則行列 P = P (t) の各成分は tの関数とする.このとき,微分について,(det P (t))′ = (det P (t)) tr(P (t)−1(P (t))′) が成り立つ.

Proof. P (t) は t = t0 において定義されているとする.PP−1 = id から P ′P−1 +

P (P−1)′ = 0.よって,(P−1)′ = −P−1P ′P−1.故に,

(det P (t))′ = (det P (t0))(det(P (t0)−1P (t)))′ = (det P (t0)) tr((P (t0)

−1P (t))′

= (det P (t)) tr(P (t)−1(P (t))′)

34

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さて,2H = gijhij と (gij) = (gij)−1 から 2Hε = −gikgjgkεhij + gijhijε. 第 1 項

の gkε :=∂

∂εgk は簡単に

gkε = 〈Xk, X〉ε = 〈Vk, X〉 + 〈Xk, V〉 = −2〈V, Xk〉 = −2uhk

となる.よって,補題 5.2.1 から,

−gikgjgkεhij = 2uW iW

i = 2u tr(2HW − K id) = 2u(4H2 − 2K).

つぎに,gijhijε = gij〈νε, Xij〉 + gij〈ν, Xijε〉 = 〈νε, gijXij〉 + gij〈ν, Vij〉. ここで,

gij〈ν, Vij〉 = gij〈ν, uijν + 2uiνj + uνij〉 = gijuij − ugij〈νi, νj〉, 補題 5.2.1 から 〈νi, νj〉 =

〈−W (Xi),−W (Xj)〉 = 〈W 2(Xi), Xj〉 = 2Hhij − Kgij. よって,gij〈ν, Vij〉 = gijuij −(4H2 − 2K)u. 残りの 〈νε, g

ijXij〉 がもう少し面倒である.νε は接ベクトルだから,gijXij の接成分だけ考えればよい.Γj

ik := giΓjk, 2Γjk :=

gjk + gkj − gjk, gijk :=∂

∂ukgij とおく.Γj

ik を Christoffel 記号 とよぶ.

2gij〈Xij, Xk〉 = 2gijΓikj = gij(gikj + gjki − gijk)

= 2gijgikj − (det g)−1(det g)k = 2gijgikj − 2√

det g −1(√

det g )k

ただしここで,2行目の最初の等式を導くために,補題 7.1.1を使った.

〈νε, gijXij〉 = gk〈νε, X〉〈gijXij, Xk〉= gk{gijgikj −

√det g −1(

√det g )k}〈νε, X〉,

gk{gijgikj −√

det g −1(√

det g )k} = −(gj)j −√

det g −1gk(√

det g )k

= −√

det g −1(gk√

det g )k,

〈νε, X〉 = −〈ν, V〉 = −u,

〈νε, gijXij〉 =

√det g −1(

√det g · gij)iuj.

まとめて,

2Hε = 2(4H2 − 2K)u + gijuij − (4H2 − 2K)u +√

det g −1(√

det g · gij)iuj

=√

det g −1(√

det g · gijuj)i + (4H2 − 2K)u.

特に,式の意味から,対応: u �→ √det g −1(

√det g gijuj)i は座標に依存しない.

定義 7.1.1. 曲面上の関数 f にたいして,Δf :=√

det g −1(√

det g gijfj)i と書く.作用素 Δ を Laplacian とよぶ.

注意 7.1.1. Δの定義を,上の定義の符号を変えたものとする流儀もあるので,注意が必要である.一般に,微分幾何学においては,符号を変えたものと定義することが多い.微分幾何学でも曲面の変分問題を扱う分野では,上記の定義を採用することが多い.特に曲面が flatな場合は,gij = δij ととれるから,Δf = f11 + f22,すなわち,Δは平面内の領域上で定義された実数値関数に対する標準的なラプラシアンと一致する.

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命題 7.1.1. 一般の曲面の変分ベクトル場 V = uν について

Hε =1

2Δu + (2H2 − K)u.

最初に戻って次の定理が得られる.

定理 7.1.1 (面積の第 2 変分公式). 極小曲面 X : Σ → R3 の境界を固定する変分 X(ε)

に対して,その面積の第 2変分はd2

dε2

∣∣ε=0

Area(X(ε)) = −∫

Σ

(Δu − 2Ku)u dΣ

を満たす.ただしここで,u = 〈Xε, ν〉|ε=0である.よって特に,面積の第 2変分は,変分ベクトル場の法成分のみに依存する.

7.2 極小曲面の安定性定義 7.2.1. ここでは境界で 0 になる変分ベクトル場のみを考える.コンパクトな極小曲面 Σ は,任意の変分ベクトル場にたいして面積の第 2 変分が 0 以上になるとき,安定 であるという.安定でないとき,不安定 であるという.コンパクトでない極小曲面の場合は,その任意の有界部分が安定であるとき安定,そ

うでないとき不安定,という.

さて,極小曲面 X : Σ → R3 の境界を固定する変分 X(ε) に対して,その面積の第2変分は

δ2A :=d2

dε2

∣∣ε=0

Area(X(ε)) = −∫

Σ

(Δϕ− 2Kϕ)ϕ dΣ =: I(ϕ), ϕ = 〈Xε, ν〉|ε=0 (12)

と表された (定理 7.1.1).ただしここで,δ2A が曲面の変分ベクトル場の法成分 ϕ =

〈Xε, ν〉|ε=0のみに依存することから,δ2Aを表す積分を I(ϕ)とおいた.(12)に鑑み,

L[ϕ] := Δϕ − 2Kϕ

とおいて,固有値問題

L[ϕ] = −λϕ, ϕ|∂Σ = 0, ϕ ∈ C∞0 (Σ) − {0} (13)

を考える.(13)の固有値はすべて実数であり,(13)は下に有界で上に非有界な可算無限個の固有値を持つことが,2階線形楕円型偏微分作用素に対する固有値問題の一般論から示される.また,(13)の最小固有値に属する固有空間の次元は 1であり,これに属する固有関数はΣの内部では定符号であることも一般論よりわかる.そこで,(13)の固有値を λ1 < λ2 ≤ · · · ≤ λn ≤ · · · とする.各 λj に属する固有関数 ϕj を,∫

Σ

ϕiϕj dΣ = δij

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を満たすようにとることができ,次が成立することも一般論よりわかる.

λ1 = I(ϕ1) = min{I(p)| p ∈ C∞0 (Σ),

∫Σ

p2 dΣ = 1}, (14)

λi = I(ϕi) = min{I(p)| p ∈ C∞0 (Σ),

∫Σ

p2 dΣ = 1,∫Σ

pϕj dΣ = 0 (j = 1, · · · , i − 1)} (15)

これより,Xのモース指数 Ind(X)を,(13)の負の固有値の個数と定義する.すなわち,

Ind(X) := #{j | λj < 0}(12), (14), (15)より,Ind(X)は面積を減少させる変分ベクトル場全体の成す空間の次元と一致する.特に,

命題 7.2.1. 極小曲面X が安定であることと λ1 ≥ 0とは同値である.

そこで問題となるのは,「λjをどのようにして求める (評価する)か? 」ということである.このことについての基本的なアイデアのいくつかを,次の定理と次節で紹介する.

定理 7.2.1. 極小曲面 Σ 上に Δψ − 2Kψ = 0 なる正の関数 ψ が存在すれば,Σ は安定である.より精密に,λ1 > 0である.

Proof. 曲面上の任意の関数 u は u = vψ という形で書ける (v = u/ψとおけばよい).grad(pq) = p grad q + q grad p から |grad u|2 = v2|grad ψ|2 + 2vψ 〈grad v, grad ψ〉 +

ψ2|grad v|2. v は境界上で 0 だから,Stokesの定理を使って,

−∫

Σ

v2ψΔψ dΣ =

∫Σ

⟨grad(v2ψ), grad ψ

⟩dΣ

=

∫Σ

{v2|grad ψ|2 + 2vψ 〈grad v, grad ψ〉} dΣ,

I(u) =

∫Σ

|grad u|2 + 2Ku2 dΣ =

∫Σ

{v2ψ(−Δψ + 2Kψ) + ψ2|grad v|2} dΣ

=

∫Σ

ψ2|grad v|2 dΣ ≥ 0.

等号は v が定数,従って 0 の場合に限る.よって,定理 7.1.1 により第 2 変分は 0 以上で,0 になるのは u ≡ 0 の場合に限る.

問 7.2.1. 平面が安定であることを示せ.ただし,上の定理を直接には用いないこと.

問 7.2.2. 極小曲面上の Δψ − 2Kψ = 0 なる関数 ψ で,内部で正,境界で 0 のものが存在すれば,安定であることを示せ.

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7.3 Gauss 写像の像と安定性極小曲面の安定性を判定するためには,次の補題が有用である.X を極小曲面とし,

L[ψ] = Δψ − 2Kψ

とおく.

補題 7.3.1. Xを極小曲面とし,XのGauss写像を ν = (ν1, ν2, ν3)とする.R3 の定ベクトル v に対し,

L[〈ν, v〉] = 0

が成り立つ.特に,v = Ej (E1 := (1, 0, 0), E2 := (0, 1, 0), E3 := (0, 0, 1)) を考えることにより,

L[〈ν, Ej〉] = L[νj] = 0, j = 1, 2, 3 (16)

がわかる.また,X の支持関数 σ := 〈X, ν〉 に対して,L[σ] = 0 (17)

が成り立つ.

証明 極小曲面 X : Σ → R3 の変分 X(ε) に対し,2Hε = L[f ], (f := 〈Xε, ν〉) であった (命題 7.1.1).平行移動 X(ε) = X + εv によって平均曲率 H は変化しないから,νv := 〈ν, v〉 は L[νv] = 0 をみたす.また,相似変換 X(ε) = (1 + ε)X によって平均曲率 H は 1/(1 + ε) 倍になるから,

L[σ] = 2Hε = 2d

∣∣∣∣∣ε=0

(1 + ε)−1H = −2H = 0

注意 7.3.1. 曲面X : Σ → R3 の支持関数 σ := 〈X, ν〉 : Σ → Rとは,曲面上の各点における椄平面とR3の原点との距離を与える関数である.すなわち,各点w ∈ Σに対し,σ(w)は,曲面X(Σ)の点X(w)における椄平面と原点 (0, 0, 0)との距離に一致する.

定理 7.3.1. 極小曲面 Σ の Gauss 写像を ν = (ν1, ν2, ν3)と表す.νの像が,ある開半球面に含まれるならば,Σ は安定である.より精密に,λ1 > 0である.

Proof. 曲面を回転させて,Gauss 写像による像が北開半球面 D+ に含まれるようにする.すると,補題 7.3.1により,ν3 は定理 7.2.1 の条件を満たす.したがって,λ1 > 0

であり,Σ は安定である.

系 7.3.1. 平面は安定である.より一般に,平面の領域上の関数のグラフとして表される極小曲面は安定である.

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命題 7.3.1. 極小曲面 Σ の Gauss 写像を ν = (ν1, ν2, ν3)と表す.νの像が,ある半球面D+と一致し,ν(∂Σ) = ∂D+ならば,λ1 = 0. したがって,Σは安定である.

Proof. 曲面を回転させて,Gauss 写像の像が北開半球面に含まれるようにする.すると,内部で ν3 > 0,境界上で ν3 = 0. よって,定理 7.2.1 の証明と同様にして,λ1 = 0. (ν3

は λ1 = 0 に属する固有関数.)

半球面を少しでも広げると次のように不安定になってしまう.

定理 7.3.2. 極小曲面 Σ のGauss 写像による像が,ある閉半球面を真に含むならば,Σ

は不安定である.

Proof. 曲面を回転させて,Gauss写像の像が北半球面D+を含むようにする.Σ1 ⊂ Σを,ν(Σ1) = D+となるようにとると,固有値の領域に対する単調性からλ1(Σ) < λ1(Σ1) = 0.

「極小曲面X が安定 ⇐⇒ λ1 ≥ 0」だったから,Σは不安定である.

定理 7.3.1よりも一般に,次の定理が成立することは第 1.4節で紹介した.証明には,解析的な議論が必要である.

定理 7.3.3 (J. L. Barbosa-M. do Carmo, 1976). 極小曲面 X の Gauss 写像の像の面積が 2π よりも小さいならば,X は安定である.

なお,次の結果が知られている.

定理 7.3.4 (M. do Carmo-C. K. Peng, 1979). R3内の完備で安定な極小曲面は平面のみである.

例 7.3.1. 懸垂面の安定な部分領域について考察しよう.懸垂面は

Sa :√

x2 + y2 =a

2

(ez/a + e−z/a

), (a > 0)

と表せる.原点を頂点とし Saに接する円錐Cは,適当な定数 k > 0を用いて

C = C1 ∪ C2,

C1 : z = k√

x2 + y2, z ≥ 0, C2 : z = −k√

x2 + y2, z ≤ 0

と書ける.この定数 k > 0が aの値によらずに決まることが,容易に示せる.各Ciで囲まれる開領域 (円錐Ciの内部)をΩiとおく.すなわち,

Ω1 : z > k√

x2 + y2, z > 0, Ω2 : z < −k√

x2 + y2, z < 0

である.ρi = Sa ∩ Ci, i = 1, 2

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とおくと,ρ1, ρ2は z軸に垂直な円である.Saの,ρ1と ρ2で囲まれる閉領域をΣとし,Σの各点における単位法ベクトル νを外側向き (円錐Cに向かう向きと反対の向き)にとる.このとき,Σの支持関数 σについて,

σ(p) > 0, (p ∈ Σ − ∂Σ), σ(p) = 0, (p ∈ ∂Σ)

であり,補題 7.3.1より,L[σ] = 0

である.故に,σは固有値問題 (13)の最小固有値λ1に属する固有関数であり,λ1 = 0である.故に,命題7.2.1により,Σは安定である.さらに,Σ1 ⊂ SaがΣを真に含む (すなわち,Σ1 ⊃ ΣかつΣ1 �= Σ)ならば,固有値の領域に対する単調性から,λ1(Σ1) < λ1(Σ) = 0

となり,Σ1は不安定である.なお,懸垂面全体は,Morse指数 1であることが示せる.

同じ枠を張る 2種類の極小曲面 (懸垂曲面).左は安定 (面積極小).右は不安定 (面積極小ではない).

8 最大値原理と非存在定理への応用

8.1 極小曲面に対する最大値原理次の定理も,極小曲面論においてしばしば活躍する重要なものである.

定理 8.1.1 (極小曲面に対する最大値原理). 2つのグラフ

z = f1(x, y), z = f2(x, y), f1 ≥ f2, (x, y) ∈ {x2 + y2 < 1}が極小曲面とする.f1(0, 0) = f2(0, 0) ならば,(0, 0)の近傍で f1 ≡ f2.

Proof. F := f2 − f1 に,楕円型偏微分方程式の解に対する最大値原理 (最大値を内部でとれば,定数)を適用する.

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8.2 極小曲面の非存在について例 7.3.1と同じ記号を使う.

定理 8.2.1 (極小曲面の非存在). Γ1 ⊂ Ω1, Γ2 ⊂ Ω2 は単純閉曲線とすると,Γ := Γ1∪Γ2

を張る連結なコンパクト極小曲面は存在しない.

Proof. 存在したとしてそれをM とする.Sa (a > 0)はすべて同じ円錐C = C1 ∪C2に接する.M ∩Sa �= ∅なる aの最大値 (存在する)を a0とする.この時,M と Sa0はある点 P で片側から接する.定理 8.1.1を繰り返し使うことによりM ⊂ Sa0 となる.一方,Γj ⊂ Ωj だから,

∅ �= ∂M = Γ1 ∪ Γ2 = (Ω1 ∪ Ω2) ∩ ∂M ⊂ (Ω1 ∪ Ω2) ∩ M ⊂ (Ω1 ∪ Ω2) ∩ Sa0 = ∅.これは矛盾である.

注意 8.2.1. 定理 8.2.1において,Γは 3つ以上の単純閉曲線より成るとしても,同じ結論が得られる.証明は全く同じである.

9 おわりにさて,極小曲面は,18 世紀後半以来,現在に至るまで多くの数学者達を魅了し続けてきた.これらの曲面は,単にその直感的イメージのつかみやすさだけから数学の研究対象として興味を持たれているのではない.これらの曲面は,問題の自然さから現れるさまざまな著しい性質を持つ.また,極小曲面は変分問題 (何らかのエネルギーを最小にするものをみつける,という問題) の良い例であり,これらを研究する方法を開発することは,もっと一般の変分問題研究のための新しい理論の発見につながる.さらに,これらの数学概念にはさまざまな重要な数学上の応用や数学以外の学問への応用があり,また一方では,建築に用いられるなど実用上の応用もある.こういったさまざまな理由により,極小曲面は,古典的な問題でありながら,現在もなお多くの数学者達によって活発に研究されている.近年は,コンピューターグラフィックスが,極小曲面の直感的な理解や,それらの持つ性質の予想を立てるのに役立っている.さて,極小曲面の安定性についての議論では,曲面が向き付け可能であることを仮定

した.第 1.1節で紹介したメビウスの帯型極小曲面のように,向き付け不可能な極小曲面は豊富に存在する.向き付け不可能な極小曲面の安定性についての研究は,今後の課題であろう.極小曲面の研究において重要な手法の一つに幾何学的測度論と呼ばれるものがある.

この方法は 20世紀後半から発展してきた方法であり,特に,エネルギー最小化列の収束

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を示すのに力を発揮する.第 1.2節で述べた,与えられた枠を張る極小曲面の存在証明を振り返ってみよう.考える曲面はすべて円板型と仮定していた.ところが実際は,R3

内の単純閉曲線で張られる曲面の中で面積最小のものは円板型とは限らない.種数が高い曲面や向き付け不可能な曲面が面積最小となる場合がある.実際,任意の単純閉曲線Γ は,滑らかな面積最小曲面を張ることが知られており,この曲面は自己交差を持たない.しかしながら,この曲面は円板型曲面とは限らない.例えば,Γが非自明な結び目の時には,Γを張る円板型極小曲面は必ず自己交差を持つと予想されるが,自己交差を持つ滑らかな曲面は,例えば石鹸膜としては実現できず,位相型を制限しなければ面積最小ではない.このように,曲面の位相型をあらかじめ固定するべきではない場合がある.そのようなときには,幾何学的測度論が活躍する.([5]は幾何学的測度論の入門書.[6]は [5]の旧版の和訳.)

実際に石鹸膜を作った時には,1つの滑らかな膜にならずに,いくつかの滑らかな膜の集合になる場合がある.このような,いくつかの滑らかな曲面より成る石鹸膜やシャボン玉の交わり方には,次のような規則がある.3つの曲面が互いに 120 度の角を作って交わっているか,または,1 つの頂点のまわりに,4 つの曲面が約 109 度の角を作って集まっている.この性質は,「面積極小」という性質から必然的に導かれるものであるが,詳しい説明は省略する.1次元低い曲線に対する類似の問題は Steiner問題と呼ばれている (Steinerは 19世紀のドイツの数学者).簡単に述べると,問題は,「平面内の 3点A, B, Cが与えられている時,これらを結ぶ道路網で最短のものを求めよ」であり,答えは,「例えば,三角形ABCのどの内角も 120度未満とする.三角形ABCの内部に点P を,線分AP , BP , CP が互いに 120 度の角を作って交わるようにとる.これらの線分の和集合が最短道路網」である.証明は初等的にできる.最後に,ドイツの建築家 F.オットーによる建築物の例をあげておこう.オットーは,

建物の屋根をいくつかの「石鹸膜の形」を組み合わせた形に作った.例としては,1967

年のモントリオール万国博覧会でのドイツ・パビリオンや 1972 年のミュンヘンオリンピックのスタジアムの屋根がある.[4]は,これらの屋根の写真を掲載しているが,それだけではなく,多くの写真や絵を用いて,主として自然界に見られる (何らかのエネルギーの) 最小値や極小値を与えるものたちの解説を行っており,大変楽しい本である.

参考文献[1] R. Courant, Dirichlet’s Principle, Conformal Mapping, and Minimal Surfaces,

Dover Publications, 2005. (1950年に Springer-Verlag から発刊されたものの復刻版.)

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[2] U.Dierkes, S. Hildebrandt, A. Kuster, and O. Wohlrab, Minimal Surfaces I, II,

Springer-Verlag, 1992.

[3] 小磯憲史,変分問題,共立出版,1998.

[4] S.Hildebrandt, A.Tromba著,小川泰 他 訳. 形の法則 —自然界の形とパターン—,

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[5] F. Morgan, Geometric Measure Theory, Fourth Edition: A Beginner’s Guide,

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[6] F. Morgan著,儀我 美一 監訳,幾何学的測度論—石けん膜の数理解析—,共立出版,1997.

[7] R. Osseman, A Survey of Minimal Surfaces, Dover Publications, 1986.

[8] J. C. C. Nitsche, Vorlesungen uber Minimalflachen, Springer-Verlag, 1975.

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