雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察5 34 調査研究期報NO. 158 2014...

12
5 28 調査研究期報 NO. 158 2014 1. はじめに UR都市機構では、局地的豪雨や無降雨日数の増 加等気象変動への対策、都市化に伴う浸水リスク低 減や健全な水循環再生の形成等のために様々な対策 を導入している。昭和56年に昭島つつじが丘ハイツ に試行導入(昭和56年3月供用開始戸数2,673戸の うち、浸透工法地区168戸)し、以来370以上の賃貸 住宅で雨水流出抑制対策として雨水浸透貯留施設が 設置されている。また宅地開発では、例えば八王子 みなみ野シティ開発(394.3ha)(図表1,2)で「水 循環再生システム」が導入されている。 八王子みなみ野シティ開発で導入したシステム は、流域の保水機能や地盤の浸透能力の回復を図る ための貯留浸透施設の設置、地下に浸透させた雨水 を自然な形で河川に誘導し、河川の流量を回復する ための帯水層の復元等により構成されている。この システム導入によって、ゲリラ豪雨や河川の低水流 量の減少に対して、一定の効果が得られると考えら れる。 本報告は、 「水循環再生システム」の効果について、 実測データなどを元に効果検証をしたものである。 雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察 ~八王子みなみ野シティを事例として~ Study on Integrating Urban Development and Restoration of Hydrologic Cycle - Case Study of HACHIOJI MINAMINO PROJECT - 都市施設部 関連公共施設チーム 主幹 鈴木 康嗣 UR都市機構(当時「住宅・都市整備公団」)は、八王子みなみ野シティの開 発(394.3ha)において事業計画策定段階から、大規模開発が緑環境、生物環 境のみならず、流末河川である兵衛川流域の水環境に大きく影響を与える懸 念から学識経験者、建設省(当時)、東京都、地元市等の都市及び河川行政 の関係者から構成される調査検討委員会を設置し技術的な検討を重ねた。そ の結果、「水循環再生システム」を導入することとした。本報告は、当該シス テム導入の整備効果について観測結果データを使って検証するものである。 キーワード:水循環再生システム、雨水貯留、雨水浸透、地下水復元 概要 図表1 八王子みなみ野 事業概要

Transcript of 雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察5 34 調査研究期報NO. 158 2014...

  • 5

    28 調査研究期報 NO. 158 2014

    1. はじめに

    UR都市機構では、局地的豪雨や無降雨日数の増加等気象変動への対策、都市化に伴う浸水リスク低減や健全な水循環再生の形成等のために様々な対策を導入している。昭和56年に昭島つつじが丘ハイツに試行導入(昭和56年3月供用開始戸数2,673戸のうち、浸透工法地区168戸)し、以来370以上の賃貸住宅で雨水流出抑制対策として雨水浸透貯留施設が設置されている。また宅地開発では、例えば八王子みなみ野シティ開発(394.3ha)(図表1,2)で「水循環再生システム」が導入されている。

    八王子みなみ野シティ開発で導入したシステムは、流域の保水機能や地盤の浸透能力の回復を図るための貯留浸透施設の設置、地下に浸透させた雨水を自然な形で河川に誘導し、河川の流量を回復するための帯水層の復元等により構成されている。このシステム導入によって、ゲリラ豪雨や河川の低水流量の減少に対して、一定の効果が得られると考えられる。

    本報告は、「水循環再生システム」の効果について、実測データなどを元に効果検証をしたものである。

    雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察~八王子みなみ野シティを事例として~

    Study on Integrating Urban Development and Restoration of Hydrologic Cycle

    - Case Study of HACHIOJI MINAMINO PROJECT -

    都市施設部 関連公共施設チーム 主幹 鈴木 康嗣

    UR都市機構(当時「住宅・都市整備公団」)は、八王子みなみ野シティの開発(394.3ha)において事業計画策定段階から、大規模開発が緑環境、生物環境のみならず、流末河川である兵衛川流域の水環境に大きく影響を与える懸念から学識経験者、建設省(当時)、東京都、地元市等の都市及び河川行政の関係者から構成される調査検討委員会を設置し技術的な検討を重ねた。その結果、「水循環再生システム」を導入することとした。本報告は、当該システム導入の整備効果について観測結果データを使って検証するものである。

    キーワード:水循環再生システム、雨水貯留、雨水浸透、地下水復元

    概要

    図表1 八王子みなみ野 事業概要

  • 5

    29調査研究期報 NO. 158 2014

    土地利用区分と兵衛川流域

    図表2 土地利用計画

  • 5

    30 調査研究期報 NO. 158 2014

    雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察

    2.開発地の地域特性

    (1)地形・地質この地域の標高は、海抜約210m(南西部の七国

    峠付近)から107m(北東部の国道16号線付近)で、地質は、丘陵部分では表層が関東ローム層、下層が砂岩・泥岩層、谷戸部では沖積層が1~2m推積していた。(図表3参照)

    (2)河川・流域開発地区内東側をほぼ南北に流れる兵衛川は、多

    摩川水系に属する流路延長約2.5km、流域面積約6km2(600ha)の一級河川で、流路の大半が開発地区の中をとおり、流域の約75%を開発区域が占めている。流域面積は、約429haで、八王子みなみ野シティ394.3haのうち81%を占める320.4haの排水を受け持つ。(図表4参照)

    図表4 兵衛川流域図

    図表3 開発前の地形図と地層断面(a-a’)

    KS1・2・3・4層

  • 5

    31調査研究期報 NO. 158 2014

    3.水循環再生システム導入の概要

    (1)背景・�ニュータウン(以下NT)開発にあたり、虫食

    い的ミニ開発を防止し良好な住宅・宅地の供給を目的として計画策定。

    ・�ただし、大規模開発による、緑環境・生物環境の他、兵衛川流域の水環境への影響が大きいことが計画立案の際の懸念事項。

    ・�「八王子NT水循環再生システム委員会」を設置

     �(委員長:虫明功臣��元東京大学名誉教授)し、懸念事項の対応を協議した。

    ・�委員会での検討結果をもとに「水循環再生システム」の導入を決める。

      ⇒�流出抑制・地下水涵養・低水保全を体系的に実施。

    (2)システム概要システムは「流出抑制」、「地下水涵養」、「低水保

    全」の3つから成っている。(図表5)

    図表5 システムの概要

    ▽システム導入施設規模(計画)

  • 5

    32 調査研究期報 NO. 158 2014

    雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察

    (3)調整池A、Bと排水区域兵衛川改修計画は、第1次計画(3年確率50mm�

    /hr)と第2次計画(70年確率100mm/hr)の2段階で立案されている。ただし、「水循環再生システム」導入することによって、水系への影響が低減し、第1次計画での断面の河床掘削のみで対応できると結論づけた。よって、現在、1次計画で完成しており護岸は自然石を用いて景観・親水に配慮したものとなっている。

    暫定調整池が3カ所(A,B,C調整池)あり、A,B調整池は兵衛川を排水先とし、C調整池は湯殿川を排水先としている。兵衛川の排水区域は、兵衛川 図表6 暫定調整池の計画規模

    図表7 排水区分と調整池A、B、兵衛川の関係、調整池計画規模

    直接排水流域+A調整池流域+B調整池流域である。(図表6、7参照)

  • 5

    33調査研究期報 NO. 158 2014

    (4)復元帯水層(浸透性盛土・km3層の復元)帯水層の復元は、最初の造成盛土工事の際に、不

    透水層がなく、地下水がさらに下層へと漏水している部分に難透水性の盛土を行い(km3層の復元)、その上部に粒の粗い石を使った透水性の盛土を行ったものであり、人工的に地下水脈を再現し、地区内を流れる兵衛川への地下水の誘導を行うものである。(図表8参照)

    (3)システム導入効果のイメージ図表9はシステム導入による効果をイメージ的に

    示したものである。上段は、開発による阻害要 因(浸透面の減少等)、中段はその対策(貯留浸透の浸透強度増加等)による水循環再生システムの導入効果(河川基底流量の増加等)を示し、下段は、阻害

    図表8 透水性盛土域(復元帯水層)

    図表9 システム導入効果(イメージ)

    要因が水循環システム導入によって緩和されることを表している。

  • 5

    34 調査研究期報 NO. 158 2014

    雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察

    4.水文観測の継続調査の概要

    (1) 水文観測調査概要当地区の水循環再生システム導入効果を確認する

    ため、兵衛川の流量、調整池の放流量、降水量等を継続観測した。[観測期間];平成8年(平成19年)~平成25年      (図表10参照)

    [観測地点];�図表11のとおり流量観測点6地点および地下水位観測1地点の計7か所で行った。

    図表11 観測地点図

    図表10 観測項目と観測期間

    (2)観測項目等観測は図表10のとおり、平成25年度まで行ったが、

    本検証では平成24年までの観測データを使って検証を行った。

  • 5

    35調査研究期報 NO. 158 2014

    5.観測結果による効果検討

    (1)低水効果(基底流量の維持)浸透面積と貯留浸透施設の浸透強度、河川基底流

    量の年変動傾向をみることにより、低水の効果を確認した。⇒�開発により浸透面積が減少しているが、貯留浸透

    施設の設置により、計画地全体の浸透強度が増加し、河川基底流量が維持されていることから、貯留浸透施設による低水への効果が発揮されている。(図表12参照)

    (2)低水効果(低水・渇水流量の維持)各年度での兵衛川の河川流況曲線を求め、低水流

    量及び渇水流量の経年変動をみることにより、低水への効果を確認した。⇒�各年度での降雨量や月降水量の変化、連続無降雨

    日数等により影響をうけているが、移動平均をみると、やや増加する傾向がみられる。(図表13参照)→低水への効果が発揮されている。

    図表12 検証結果(低水;基底流量)

    図表13 検証結果(低水;低水・渇水流量)

  • 5

    36 調査研究期報 NO. 158 2014

    雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察

    (3)高水効果(流出率の変動傾向)各年度での各出水(時間雨量10mm以上)での表

    面流出率を求め、変動傾向をみることにより、高水への効果を確認した。(図表14参照)⇒�平成17~19年度頃を境に、平均降雨強度が大きい

    降雨が増えているため、表面流出率がやや増加しているが、以降はほぼ一定している。(図表15参照)→高水への効果が発揮されている。

    図表14 表面流出量算出(イメージ)

    図表15 検証結果(高水;表面流出率変動)

    図表16 検証結果(高水;流出率)

    (4)高水効果(流出率)各年度での各出水(時間雨量10mm以上)におけ

    る総雨量と表面流出高の関係をみることにより、設計での流出率と比較し、高水への効果を確認した。⇒�総雨量が増加すると、流出率も増加する傾向がみ

    られるが、設計での流出率0.6を概ね満している。(図表16参照)

  • 5

    37調査研究期報 NO. 158 2014

    (5)高水効果(最大流量)各年度での各出水(時間雨量10mm以上)での時

    間最大雨量と最大流量の関係より、設計時の計画最大流量と比較し、高水への効果を確認した。⇒�時間最大雨量の増加につれて、表面流出の最大流

    量は増加する傾向がみられるが、現在までに、 �→設計時(W=1/3;60m3/s)(W=1/70;85m3/s)

    の計画流量を超えていない。(図表17参照)

    (6)雨水貯留浸透施設の効果算定調整池からの実際の放流量と調整池のみの計算上

    の流量の差より、浸透強度を算定し、貯留浸透施設により発現される効果を評価した。さらに、相当する調整池容量を算定し、整備効果を評価した。計算手法:�調整池容量計算システム(Ver2007A)

    を用いて算定した。※�「特定都市河川浸水被害対策法施行に関するガイドライ

    ン」(国土交通省都市・地域整備局下水道部、河川局(H15.6)に合わせ作成、公開された計算システム

    算定方法・手順:(図表18参照)・�調整池容量計算等の諸元より、流出抑制計算に

    よる、最大放流量(計算値)を求める。・�浸透強度をパラメ-タとした流出抑制計算よ

    り、観測値(最大放流量)となる浸透強度を求める。

    ・�調整池のオリフィス径をパラメータとした流出抑制計算より、観測値(最大放流量)となる貯留容量を求める。

    図表17 検証結果(高水;最大流量)

    図表18 雨水貯留浸透施設の浸透強度、相当する貯留量の算定イメージ

  • 5

    38 調査研究期報 NO. 158 2014

    雨水貯留浸透施設等の整備効果に関する一考察

    評価:� 調整池からの実際の放流量と、調整池のみの計算上の流量の差より、浸透強度を算定し、貯留浸透施設により発現される効果を評価した。さらに、相当する調整池容量を算定し、整備効果を評価した。⇒�貯留浸透施設等により発現された浸透強度は、

    2~4.5mm/hr程度であり、調整池容量の10,000~18,000m3に相当する効果が得られたと考えられる。(図表19参照)

     →調整池以外の施設導入の効果が認められる。

      (調整池容量10,000~18,000m3に相当)

    (7)年間水収支の算定兵衛川の観測値から求めた基底流量をもとに、年

    間の水収支を算出し、当初計画の予測結果と比較することにより、効果を検討した。⇒�基底流量の降水量に占める割合をみると、観測(14%)は、予測値(10%)より多く、年間での低水への効果については、予測以上と考えられる。

    (図表20、21参照)

    図表19 検証結果(浸透強度、相当する容量)

    図表20 年間水収支(観測値) 図表21 年間水収支(予測値)

  • 5

    39調査研究期報 NO. 158 2014

    6.まとめ

    本調査での観測値を使った検証によって「水循環再生システム」の導入による低水、高水及び最大流量の抑制等への効果について確認することができた

    (図表22参照)。また、調整池以外の雨水貯留及び浸透施設の設置

    によって調整池容量に換算して相当な効果が期待されることが確認された(図表19参照)。

    都市開発は浸透面積減少によって、河川等水系に大きな影響を与える。ただし、開発地内にその影響を緩和させるシステムを組み込むことによってその影響を最小限に抑えることが可能である。

    今回の検証によって、当初の効果予想に対して、一定の効果確認をすることができた。本システムは八王子みなみ野という地域条件に合わせたシステムである。システムを構築する際には、その地域の特性(河川環境、地下水位、地層、地形等)に適したシステムを構築する必要がある。今後は、システム構築の知見を活用して、他の既存市街地での防災機能向上や都市の強靱化計画立案の際の貴重な資料として活用していきたい。

    ※参考文献等1)「都市開発における水循環システムの構築過程と総合化に関する研究」松田慎一郎 環境システム研究 Vol.23 1995年8月2)「八王子みなみ野シティ~まちづくりのあゆみ~」UR都市機構 2008年3)「水文流出解析」日野幹雄・長谷川正彦共著 森北出版 19854)八王子市集合住宅等建築指導要網

    5)八王子市雨水浸透施設設置基準6)気象庁HP「災害をもたらした気象事例」http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/index.html?sess=b27f9821de544e6f2b8f19a50ebe419b7)「雨水循環がもたらす効果の多面的活用に向けて」東海博司 UR都市機構 期報No158(2014.3)

    以 上 

    図表22 検証結果(まとめ)