食用作物学II -...

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2017/1/16 1 食用作物学II (イネについて) 第十回 国際研究 作物学研究室 柏木純一 Japan International Research Center for Agricultural Sciences 国際農林水産業研究 センター(JIRCAS現所長:岩永 勝博士 (元CYMMIT所長) 熱帯又は亜熱帯に属す る地域その他開発途上 地域における農林水産 業の研究を包括的に行 う我が国唯一の研究機 http://www.jircas.affrc. go.jp/index.sjis.html生物的硝化抑制(BNI土壌の窒素循環のうえで重要で ある土壌微生物によるアンモニア の硝化作用は,脱窒による窒素肥 料の損失だけでなく亜酸化窒素に よる地球温暖化の原因となる http://www.jircas.affrc.go.jp/program/ProA_5.html イネ系統IAC25の硝化抑制作用 植物によっては,根 から硝化抑制物質を 分泌し,これにより生 物的硝化抑制作用 Biological Nitrification Inhibition, BNI)を有する イネ(Oryza sativa L.)遺伝資源における 生物的硝化抑制能を 評価し,BNIに優れる IAC25を同定した 機能遺伝子同定および組み換え技術 ストレスに対する複数の遺伝子の 発現をまとめて調節しているマスター 遺伝子「DREB」の遺伝子組み換え個 体の作出により,環境ストレス耐性 作物を作出 ストレス誘導性プロモーター rd29A)を利用することにより,通常 栽培時における「DREB」の過剰発現 を抑え,ストレス環境下においての みの発現を可能とした http://www.jircas.affrc.go.jp/program/ProB_2.html 遺伝子組み換えによりDREB遺伝子を導入したイネ(キタアケ) 水稲における土壌水分欠乏 日中,大気飽差が大きくなると(=空気が 乾く),と葉からの蒸散に根からの吸水が追 い付かず,イネは水分欠乏状態となる 土壌に充分に水分があるにもかかわらず, 吸水できない理由は,根の構造による https://dummiesguide2b1witplants.wikispaces.com/Absorption+of+Water+and+Minerals+by+Roots 水稲における土壌水分欠乏-シンプラスト輸送 アクアポリン(水チャンネル) 濃度・圧力勾配による受動的な水移動 (エネルギー移動を要しない)を行う. 水分子を厳密に識別し,20億分子/という高速で,水分子を通過させる. 水移動の盛んな部位に,偏在する傾 向がある. 水(浸透圧)ストレス反応タイプと,ス トレスにかかわらず存在するタイプとが ある. アクアポリン遺伝子を過剰発現させ ると,葉からの蒸散が活発となり,気孔 数も増え,生長が促進されたが,乾燥 ストレスには弱かった.このことは,ア クアポリンが吸水時の水輸送で重要な 役割を果たしていることを示唆している 細胞膜,液胞膜 水分子 細胞内 アクアポリン http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/tarc/2009/tohoku 09-33.html

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食用作物学II(イネについて)

第十回 国際研究

作物学研究室 柏木純一

Japan International Research Center for Agricultural Sciences

国際農林水産業研究センター(JIRCAS)

現所長:岩永 勝博士(元CYMMIT所長)

熱帯又は亜熱帯に属する地域その他開発途上地域における農林水産業の研究を包括的に行う我が国唯一の研究機関(http://www.jircas.affrc.go.jp/index.sjis.html)

生物的硝化抑制(BNI)

土壌の窒素循環のうえで重要である土壌微生物によるアンモニアの硝化作用は,脱窒による窒素肥料の損失だけでなく亜酸化窒素による地球温暖化の原因となる

http://www.jircas.affrc.go.jp/program/ProA_5.html

イネ系統IAC25の硝化抑制作用

植物によっては,根から硝化抑制物質を分泌し,これにより生物的硝化抑制作用(Biological

Nitrification Inhibition,

BNI)を有するイネ(Oryza sativa

L.)遺伝資源における

生物的硝化抑制能を評価し,BNIに優れるIAC25を同定した

機能遺伝子同定および組み換え技術

ストレスに対する複数の遺伝子の発現をまとめて調節しているマスター遺伝子「DREB」の遺伝子組み換え個

体の作出により,環境ストレス耐性作物を作出

ストレス誘導性プロモーター(rd29A)を利用することにより,通常栽培時における「DREB」の過剰発現

を抑え,ストレス環境下においてのみの発現を可能とした

http://www.jircas.affrc.go.jp/program/ProB_2.html

遺伝子組み換えによりDREB遺伝子を導入したイネ(キタアケ)

水稲における土壌水分欠乏

日中,大気飽差が大きくなると(=空気が乾く),と葉からの蒸散に根からの吸水が追い付かず,イネは水分欠乏状態となる

土壌に充分に水分があるにもかかわらず,吸水できない理由は,根の構造による

https://dummiesguide2b1witplants.wikispaces.com/Absorption+of+Water+and+Minerals+by+Roots

水稲における土壌水分欠乏-シンプラスト輸送

アクアポリン(水チャンネル)

濃度・圧力勾配による受動的な水移動(エネルギー移動を要しない)を行う.水分子を厳密に識別し,20億分子/秒という高速で,水分子を通過させる.

水移動の盛んな部位に,偏在する傾向がある.

水(浸透圧)ストレス反応タイプと,ストレスにかかわらず存在するタイプとがある.

アクアポリン遺伝子を過剰発現させると,葉からの蒸散が活発となり,気孔数も増え,生長が促進されたが,乾燥ストレスには弱かった.このことは,アクアポリンが吸水時の水輸送で重要な役割を果たしていることを示唆している

細胞膜,液胞膜

水分子細胞内

アクアポリン

http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/tarc/2009/tohoku09-33.html

Page 2: 食用作物学II - 北海道大学lab.agr.hokudai.ac.jp/.../sakumotsu/documents/FCd10_002.pdf2017/1/16 1 食用作物学II (イネについて) 第十回国際研究 作物学研究室柏木純一

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イネの染色体断片導入系統群

IRRIで育成されたIR64は,高品質で病害虫にも強い抵抗性を示すインド型イネの優良系統である.このIR64

の収量をさらに改善するために日本型イネの多収系統に由来する有用な遺伝子をIR64を背景とした染色体断片導入系統を育成

この染色体断片置換系統は,日本型イネからの導入された染色体断片の領域を明確に確認できるため,日本型イネが持つ優良形質のQTLを的確に検出できた

http://www.ars.usda.gov/Main/docs.htm?docid=20354

http://www.jircas.affrc.go.jp/kankoubutsu/seika/seika2010/2010_11.htmlIRRI圃場におけるIR64

ベトナムメコンデルタ在来稲における遺伝的多様性の評価と耐塩性品種の選抜

ベトナムでは,イネの在来種が近代育種による高収量イネ品種によって,急速に置き換えられており,遺伝的多様性の消耗が危惧されているメコンデルタのイネ在来種は,43個のマ

イクロサテライトマーカーの多型を用いたクラスター分析により,以下のように区分できたグループI:ジャポニカ型

(日本水稲と北部ベトナム起源の陸稲を含む)グループII,III,IV:インディカ型(メコンデルタ周縁部の在来種はIIIに,中部の在来種はIVに含まれた)

メコンデルタの在来イネから,耐塩性に優れる14系統を同定した.この耐塩性に関して地域的な優位性は認められなかった

http://www.jircas.affrc.go.jp/kankoubutsu/seika/seika1999/1999_02.html

マイクロサテライトマーカーを用いたベトナムメコンデルタのイネ在来種の遺伝変異

リモートセンシングによる水稲作付域の把握

山間地域などでは,耕地面積の変化についての調査が困難である.そこで,観測衛星を利用して,水田面積の変化を,迅速にデータ化する

衛星からの画像データのピクセルには,衛星から照射された異なる波長の反射率が含まれている.それぞれの反射率から,裸地,湛水水田,稲が生育中の水田の位置,面積を測定する

植え付け前の水田と植え付け後の水田を区別できるので,植え付け時期,収穫時期も評価可能である

リモートセンシングを用いて,中国黒龍江省における,水田面積の分布と変動を調査した結果,省の中西部の河川に沿った地域,東部平原において,広く水田が分布することが明らかとなった.また,東部や中央部の県では,水田面積の拡大が顕著に認められた

http://www.jircas.affrc.go.jp/kankoubutsu/seika/seika2008/2008_03.html

中国における水田面積の拡大

http://www.nies.go.jp/kanko/news/21/21-3/21-3-03.html

衛星から照射された異なるバンドの反射

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国際的農業研究・支援機関

Asian Development Bank (ADB)-融資

World Bank (WB)-融資

Consultative Group for International

Agricultural Research (CGIAR) -研究

下部組織

International Rice Research Institutehttp://irri.org/

研究課題1)Raising productivity in rainfed

environments: attacking the roots of poverty

(育種)2)Sustaining productivity in intensive rice-

based systems: rice and the environment(栽培

管理)3)East and southern Africa: rice for rural

incomes and an affordable urban staple(東・南

アフリカでの育種)4)Rice and human health: overcoming the

consequences of poverty(公衆衛生)5)Rice genetic diversity and discovery:

meeting the needs of future generations for rice

genetic resources(遺伝資源)6)Information and communication: convening

a global rice research community(教育)7)Rice policy support and impact assessment

for rice research(政策)http://farm3.static.flickr.com/2035/2198756329_48b60ce13d.jpg

1960年にロックフェラー財団の出資によ

り、フィリピンに設立。現所長はアメリカ人のZeigler, Robert S.博士邦人の派遣研究員数名運営予算:5200万ドルおよそ10万系統を有するジーンバンク60年代にアジアでの緑の革命を推進IR8(短稈で高い収穫指数と直立葉の草型)→IR36の育成と普及

1)Raising productivity in rainfed environments: attacking the

roots of poverty(育種)冠水抵抗性、旱魃抵抗性、塩害抵抗性

Xu and Mackill (1996) Mol. Breeding 2:219-224.

南・東南アジアの稲作地域の1100万haが短期の冠水害を受ける短期の冠水害:1週間程度の冠水→酸素獲得のために節間伸長して葉を水面に出す[効率の悪い嫌気呼吸]→炭水化物の著しい消費→水が引く→光合成再開→明反応系で活性酸素が生じる[抗酸化物質(アスコルビン酸)が必要=炭水化物が必要]→炭水化物が欠乏している系統は枯れるSub1:第9染色体に座上するQTL水没→植物体内エチレン濃度上昇→ABA減少→ジベレリン感受性増→節間伸長

SUB1系統 伸長型系統

×

http://beta.irri.org/news/bulletin/2007.11/bullimg/From%20Hemmi1.JPG川野、坂上 (2008) JIRCAS Working Report 57: 25-35

IRRIのプロジェクト

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2)Sustaining productivity in

intensive rice-based systems: rice

and the environment(栽培管理)

稲作栽培における最大の支出は肥料代

南・東南アジアでの稲作栽培環境は変異に富む稲作農家の教育レベルも多様

★画一的な栽培管理指導や普及指導が困難

IRRIが蓄積した栽培管理データ

に基づいて、施肥管理用コンピュータシミュレーターを開発

IRRIのプロジェクト4)Rice and human health: overcoming the

consequences of poverty(公衆衛生)

途上国では、ビタミンA(失明の原因とな

る)の著しい摂取不足が深刻な問題となっている。そこで遺伝子組み換えにより、胚乳にβ-カロチンを含むイネ(ゴールデンライス)を普及する

イネは、食用部位である胚乳ではpsyおよびcrtを合成しないので、前駆物質であるGGPPからβ-カロチンを合成できないpsyおよびcrtを合成するための遺伝子を形質転換で導入した

胚乳の鉄・亜鉛含量が高いイネ系統をIRRIの遺伝資源から同定し、これらの栄養

素を多く含むイネ系統の開発と普及(バングラデシュ)

http://www.goldenrice.org/

ゲラニルゲラニルピロリン酸(GGPP)

フィトエン

ゼータカロチン

リコピン

α-カロチン β-カロチン

フィトエン・デサチュラーゼ(crt1)

フィトエン合成酵素(psy)×

×

IRRIのプロジェクト

Africa Rice Centerhttp://www.africarice.org/

http://www.africarice.org/warda/aboutus.asp

1970年にUNDP等の支援を受けて、

リベリアに設立。その後、同国の政情不安によりコートジボアールに移転(1978年)、さらに同国の政情不安により、ベナンのIITA支所に移転(2007年)。

現所長は、セネガル人のPapa Abdoulaye Seck博士数名の邦人研究者運営予算:1068万ドル(日本からの拠出は20%)

アフリカで稲作を普及するため、地域に適応した品種の育成(アジアイネ、アフリカイネ)、種子増殖・配布、農家の教育近年は、特にNERICAの育成と普及に力を入れている

研究課題1)Genetic Diversity and Improvement (遺伝資源・育種)2)Sustainable Productivity Enhancement

(栽培管理)3)Learning and Innovation Systems(教育・普及)4)Policy and impact (政策)

ARCのプロジェクト

1)Genetic Diversity and Improvement (遺伝資源・育種)

NERICA (New Rice for Africa)の開発普及アジアイネ(Oryza sativa L.)を母親として、アフリカイネ(Oryza glaberrima Steudel)を花

粉のとして交配した後代より選抜されたイネ系統の一群で、1994年の初リリースされた。

以来、現地からの問題点に対応した水稲系統、陸稲系統が次々と育成されている

IRRIと連携して、Sub1遺伝子を導入したNERICAの育成が進められている

種子増殖システムや普及システムには、日本政府の支援を受けたJICAが精力的に行っている

http://www.jbfa.org/shopping/p4.html

http://www.sangiin.go.jp/japanese/ugoki/h20/080828.html