社会活動の変化と多様化に対応する これからの基盤ネットワーク ·...

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FUJITSU. 63, 6, p. 624-633 11, 2012624 あらまし 社会活動の基となるコミュニケーション,それを支えてきた通信ネットワークは,ユー ザの要望と新しく提供され続けるサービスの多様化により,つなげるための技術変革を 乗り越えて進化を遂げてきている。スマートフォンの普及やデータセンターを活用した クラウドサービスなどの普及が着実に社会へ浸透している中,更に多くのものを確実に つなげることが使命となっている。 本稿では,今,コミュニケーションの質的・量的な要因が変わっていくことで,社会 インフラとしてますます重要な役割を果たしていくネットワークとその適用サービスに ついての数々の課題を整理し,課題解決に向けて,富士通が取り組んでいる最新技術や 具体例を紹介しながら,基盤ネットワークの今後の動向と,その方向性を考察する。 Abstract Communication networks have been making great contributions as basic infrastructure for human social activities over the years. With much effort, technological innovation has also been achieved to connect users who have demanded various kinds of services to create new lifestyles, as well. Communication networks now have a social mission to reliably connect people, since smartphones and cloud services that use data centers have been widely deployed in society. This paper sets out a number of issues facing networks, which will play an increasingly important role as a social infrastructure with todays changes in the qualitative and quantitative aspects of communication, and the services that use them. It also describes Fujitsus efforts for new technologies to solve those issues and gives specic examples. It then tries to explore how infrastructure networks will evolve and the technological innovation required for them. 熊谷和義   高橋英一郎   加藤次雄 社会活動の変化と多様化に対応する これからの基盤ネットワーク Evolution of Infrastructure Networks to Cope with Changes in and Diversification of Social Activities

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FUJITSU. 63, 6, p. 624-633 (11, 2012)624

あ ら ま し

社会活動の基となるコミュニケーション,それを支えてきた通信ネットワークは,ユー

ザの要望と新しく提供され続けるサービスの多様化により,つなげるための技術変革を

乗り越えて進化を遂げてきている。スマートフォンの普及やデータセンターを活用した

クラウドサービスなどの普及が着実に社会へ浸透している中,更に多くのものを確実に

つなげることが使命となっている。

本稿では,今,コミュニケーションの質的・量的な要因が変わっていくことで,社会

インフラとしてますます重要な役割を果たしていくネットワークとその適用サービスに

ついての数々の課題を整理し,課題解決に向けて,富士通が取り組んでいる最新技術や

具体例を紹介しながら,基盤ネットワークの今後の動向と,その方向性を考察する。

Abstract

Communication networks have been making great contributions as basic infrastructure for human social activities over the years. With much effort, technological innovation has also been achieved to connect users who have demanded various kinds of services to create new lifestyles, as well. Communication networks now have a social mission to reliably connect people, since smartphones and cloud services that use data centers have been widely deployed in society. This paper sets out a number of issues facing networks, which will play an increasingly important role as a social infrastructure with today’s changes in the qualitative and quantitative aspects of communication, and the services that use them. It also describes Fujitsu’s efforts for new technologies to solve those issues and gives specific examples. It then tries to explore how infrastructure networks will evolve and the technological innovation required for them.

● 熊谷和義   ● 高橋英一郎   ● 加藤次雄

社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

Evolution of Infrastructure Networks to Cope with Changes in andDiversification of Social Activities

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

実現」を基軸とし,特にネットワークを主題とした取組みについて述べる。

継続したネットワーク構造改革

前述のとおり,生活に密着する各種の問題を背景とした人の営みや行動スタイルの多様化,興味やモチベーション変化の加速化など,我々を取り巻く社会環境変化は目を見張るものがあり,ICTが取り組むべき技術革新にも多様化・加速化の波が押し寄せている。また,それに伴い,情報の流通・拡散の規模やスピードは急激な伸びを示している。その中で,ネットワークの重要性が特筆的に語られる局面も,過去に例がないほど多くの産業分野や製品技術の現場で取り上げられる状況にある。ネットワーク活用現場の広がりは拡大の一途をたどっており,ネットワークに接続され利用されるデバイスの種類も多種・多品目にわたる。人が,自身の意思に基づいて通信を行うパソコンやスマートフォン・タブレット端末などのネットワーク・ネイティブなデバイス(スマートデバイス)によるネットワーク活用は,社会生活基盤として成熟した状態にある。その接続台数の急激な増加がもたらすトラフィックの増大化はネットワークへの圧迫要因となっているが,更に自律的かつ頻繁なアプリケーション起動や自動ライブアップデートなどバックグラウンド通信を多用する機能進化が,トラフィックの増大化に加え,従来からのトラフィック理論やネットワーク設計手法の延長による技術進展を越えた技術課題を引き起こしており,新たな対策が必要な状況にある(図-1)。こうしたスマートデバイスの新たな通信特性によるネットワーク活用に加え,従来は個別単独で機能していた機器,例えば,自動車・工業機械・自動販売機など,更には生活家電機器・健康機器や創・蓄エネルギー機器といったネットワーク・ネイティブではないデバイス(マシンデバイス)によるネットワーク活用の現場が急拡大している。このように,ネットワークに接続されるデバイスの多種・多品目化が進む現状を社会基盤システムの構造変革につながる大きな流れと捉えることが一般的となっている。また,IoT(Internet of Things)やM2M(Machine

to Machine)がネットワーク業界における事業キー

継続したネットワーク構造改革

ま え が き

近年,我々を取り巻く,環境・エネルギー,高齢化,安心安全といった社会生活上の問題は,継続的増加傾向,かつ多様化の様相を示しており,またそれに加え,地震・台風などの大型自然災害が生活者における直接的な問題として日々取り上げられている。こうした社会生活上の問題には,ICTが解決すべき課題が多く含まれていることも自明である。数年来,ICTによる社会生活環境の改革は「ユビキタス情報社会」や「アンビエント社会」といった言葉で語られてきた。現在,その具体的な課題解決テーマとして,特にエネルギーの需給コントロール型社会基盤の創成が脚光を浴びており,米国の電力網高度化政策から発展したスマートグリッドやスマートコミュニティ(スマートハウス,スマートシティなど)といった市場の実現実証が花盛りである。加速的に進む高齢化社会問題も,ICTの活用により解決すべき大きな課題であり,例えば,日本に先駆けて高齢社会に突入した欧州では「高齢社会と情報社会の融合」に関する政策を推進しており,欧州委員会の情報化戦略にも位置付けられている。ICTにより人の行動を支援する高度ヘルスケアの具現化から高齢者の自立した生活の実現を目指す「Ambient Assisted Living(AAL)」の推進がうたわれている。こうした社会生活の基盤改革に向けた取組みは,まだ発展途上の段階であり,更なる技術革新を必要としている。震災や台風被害からの教訓による「止まらない・つながり続けるネットワーク」の構造強化も,継続した研究開発が必要とされている。標的型サイバー攻撃に対する耐性と,安心安全な情報利活用環境に向けた技術革新なども,社会生活におけるICT活用の大きな課題である。上記に述べたグローバルにも共通するICTの先進的課題を,日本が主導的に解決していくことが,景気浮揚・経済活性化につながる重要なテーマと考えられる。本稿では,社会生活上の問題とICTが解決すべき課題認識を念頭に,富士通のビジョン「ヒューマンセントリック・インテリジェントソサエティの

ま え が き

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

提となる。例えば,WAN(Wide Area Network)において移動系・固定系のサービスを構成するアクセスネットワーク・コアネットワークの構築技術,加えて,BAN(Body Area Network)・PAN(Personal Area Network)・LAN(Local Area Network)・Ad hocといったフィールドにおける多彩なネットワーク環境構築技術など,トランスポート階層の各種カテゴリに対する技術が同調的かつ統合的に進化することが重要である。その上,マシンデバイスのネットワーク活用における通信数増大・多様化する通信特性は,対象となるデバイス種別やデバイス内部の活用機能種目,およびそれを制御するサービスや業務アプリケーションの挙動に対する依存度が高い。一般論として,マシンデバイスのネットワーク活用では,常時性・多地点性・バースト性が通信特性として示されることが多い。これは,無数に散らばった環境センサ(短ビットデータから映像データまで様々なデータ種を扱う)型マシンデバイスが,常にネットワークに接続され,環境変化の都度データを不定期に伝送してくるモデルからイメージされる通信特性と言える。しかし,市場実態として,無数のマシンデバイスが無秩序にネットワーク接続され,自律的にコミュニケーションを行うことは非合理であり,サー

ワードとなっている状況も,上記のような社会基盤や生活環境における変革トレンドを表したものである。先に記した高齢化,環境・エネルギー,安心安全といった社会生活上の問題に関するICTの取組みにおいて,必要とされるネットワーク技術革新の総括的表現がIoTやM2Mであるとも言える。

マシンデバイスのネットワーク活用課題

スマートデバイスの急激な増加に加え,IoTやM2Mにおけるマシンデバイスのネットワーク活用拡大から,従来のトラフィック理論やネットワーク設計技法が適用できない未知の通信特性が顕著に表れるケースが想定され,ネットワークにおける新たな技術革新が必要となる。アクセス方式の多様化の進展,通信量の増大(伝送データ量・トラフィック量の増大)は,過去10年の推移を基盤に,今後も続くと考えられ,対応する技術革新が不可欠である。また,昨今の急激な変化に通信数(ネットワーク活用デバイス数・セッション数・サービス数)の増大が挙げられ,加えて,増大する通信への対策を考える上で,サービス/業務やデバイスごとに異なる通信特性の多様化が大きな課題として顕在化する。通信量の増大を解決するためには,トランス

ポート階層における伝送技術の継続的進化が大前

マシンデバイスのネットワーク活用課題

図-1 携帯端末販売の傾向

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2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016スマートフォン フィーチャーフォン (年)

販売台数の比率(%)

データは,スマートデバイス最前線(野村総合研究所ITロードマップセミナー SPRING 2012資料),およびITナビゲータ2012年度版(東洋経済新報社)による。

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

ビスや業務アプリケーションごとに何らかの秩序に基づくドメイン定義が存在し,その秩序に合わせてネットワーク運用されることが現実である。この場合,IoTやM2Mで表現される市場を新たなビジネスの現場として定着・拡大させるためには,ネットワーク能力として,ドメインごとに定義された秩序から導き出される通信特性差異を分離独立に扱うことができる空間設計が重要な価値提供と言える。いわゆる,ネットワーク仮想化である。数年前より,ネットワークの自律オペレーションを実現するSON(Self Organizing Network)や,ソフトウェアによりネットワーク機能や構成を制御するSDN(Software-Defi ned Networking)という概念が新たなネットワーク運用技術として 提 唱 さ れ て い る。SONはLTE(Long Term Evolution)基地局の運用管理の効率化,SDNはデータセンターの運用管理の効率化を直近の具体的なテーマとして実装技術が確立されてきた状況であるが,それぞれの思想はそこにとどまるものではなく,IoTやM2M市場の具現化を支えるネットワーク仮想化のための重要な要素技術と言える。ネットワーク価値の提供に関するモデルを図-2に示す。前述までのとおり,WANトランスポー

ト階層の各種カテゴリに対する同調的かつ統合的な技術革新と,その上位において,多様な通信特性のそれぞれに対応する仮想化技術を用いたネットワークサービスの空間としてのドメイン定義が,求められるネットワーク価値の具現化を支える。サービス/業務アプリケーションと,ネットワー

ク活用デバイスの特性ごとに定まる秩序に合わせてサービスドメインを定義すると,プラットフォーム+インフラストラクチャのリソースセットとして提供するネットワークソリューションは,IoTやM2Mで表現される近未来のネットワークサービスのトレンド変革をもたらす基盤となる。当該ネットワークソリューションでは,WAN・データセンター・フィールドなどを一体として運用することが必要となる。以降,必要となる技術革新に向けた富士通の取組みを具体的に示す。

トランスポート層の技術革新に向けて

前述のとおり,今後のネットワーク価値の具体化を支えるためには,トランスポート階層における伝送技術の継続的進化が大前提であり,富士通でも様々な取組みを進めている。

トランスポート層の技術革新に向けて

図-2 ネットワーク価値の提供

ネットワーク活用要件に合わせて変化する価値提供インタフェース

ネットワーク価値の提供

WAN トランスポート(Fixed,Mobile)

BAN PAN LAN Adhoc

スイッチ ルータ サーバ ストレージ PC&スマートデバイス

耐バースト特性指向

ネットワーキング

耐アップロード特性指向

ネットワーキング

耐ダウンロード特性指向

ネットワーキング

耐大容量特性指向

ネットワーキング

Voice Web

サービス/業務アプリケーション

Movie SNS

サービス/業務アプリケーション

Blog Twitter

サービス/業務アプリケーション

デバイス デバイス デバイス デバイス デバイス デバイス デバイス デバイス

ネットワーク活用要件に合わせて変化する価値提供インタフェース

プラットフォーム

インフラストラクチャ

仮想空間

ネットワークソリューション

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の無線の効率化・有効利用が可能となることが期待される。(3) 使用周波数帯の拡張例えば日本では,従来セルラーで使われていた

800 MHzや2 GHzに加え,700 MHzや900 MHz,1.5 GHz,1.7 GHz,更にLTE-Advancedに向けては,3 GHz以上の周波数の適用が検討されている。そして,これらの周波数を組み合わせてユーザあたりのスループットを向上させるキャリアアグリゲーションと呼ばれる技術開発も進められている。また上記はLTEなどのセルラー向けに割り当てられる周波数帯の組合せであるが,それ以外にもWi-Fiなどの異種無線システムとの組合せにより,周波数を拡大,あるいは有効利用する技術も開発されている。Wi-Fiは既に多くの家庭・企業に浸透しているので,小セル化,特に屋内での通信環境を向上させるためには非常に理にかなった手法であると言える。将来的には,マイクロ波やミリ波との連携により,超高速な屋内無線を実現することも考えられよう。一方,屋外に転じれば,TVホワイトスペースとの連携も,周波数拡大に有効な手法と期待されている。TVホワイトスペースの通信への利用については,海外では一部が商用も始まっているが,国内では一部の先進的な研究機関を除いては検討が始まったばかりである。富士通でも,どの程度の無線資源がTVホワイトスペースとして利用できるのかなど,基本的なデータの取得を進めている。● バックボーントラフィックへの取組みワイヤレストラフィックの伸びに対する三つの方策について,富士通の取組みも交えて説明したが,そのワイヤレスを支えるバックボーンとしてのフォトニクスネットワークも,世界では100 Gbpsの長距離光伝送の実用化が始まっている。高速・広帯域な長距離光通信を実現するためには,従来のような単純な光のオン・オフによる方式では限界があり,100 Gbpsを実現するためにはデジタルコヒーレント技術,すなわち無線で用いているような多値変調技術や歪補償技術など,超高速デジタル信号処理技術の導入が不可欠になる。富士通でも,4値の位相変調偏波多重,いわゆるDP-QPSK(Dual Polarization Quadrature Phase Shift Keying)方式を用いた100 Gbps長距離伝送

● ワイヤレストラフィックへの取組み先に触れたとおり,特にスマートデバイスの登場と普及,それに伴うゲームや映像などのモバイルアプリケーションのダウンロードが急増することにより,ここ数年のワイヤレス通信のトラフィックは,年率2倍に近い勢いで増え続けている。こういったワイヤレストラフィックの伸びに対して,基本的には,次の三つの方策が考えられる。(1) 無線自体の効率化

OFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)やMIMO(Multiple Input Multiple Output)などにより周波数あたりの伝送容量の拡大を図る方策である。現状のLTEで4×4MIMOを採用した場合に,2.7 bps/Hz/cell程度の利用効率を実現している。ただし,このアプローチは限界が来ていると言われている。理論上ではMIMOのアンテナ数を増やしていくことで,利用効率を上げられるが,セルラーの使い方,経済性,周波数帯を考えると,アンテナの数を無闇に増やすことは現実的ではない。(2) 小セル化小セル化とは一つの基地局がカバーするエリアを絞り,その代わりに密度を高く基地局を配備する方式である。小セル化を進めることで,基地局あたりユーザ数が減るので,一人あたりの利用可能な帯域が増大し,更に基地局の密度を上げることで,トータルの収容トラフィックも上げることができる。小セル化は,周波数の空間的な再利用頻度を上げる方式であり,言い換えると周波数あたりの利用効率を空間的に上げる方式と言えよう。富士通でも,LTE向けフェムトセルの開発を進めてきた。フェムトセルは,家庭や企業内,店舗内など屋内設置型の小型基地局であり,ADSLやFTTHなどのブロードバンド回線を経由して,移動事業者のネットワークに接続される。電波の届きにくい建物の中の高速化に特に有効な手法と言える。また,小さな複数台のRRH(Remote Radio Head)を光ファイバなどで基地局本体に収容し,更に大型の基地局を組み合わせる方法も提案している。いわゆるHetNet(Heterogeneous Network)と呼ばれているアーキテクチャに含まれるが,小さな複数台のRRHに加え,大型の基地局の制御も含めて統一的に行うことで,より一層

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

タグや,スマートメータ向けのマルチホップ無線システムなどの開発を進めてきた。また,医療現場向けにBANの研究開発も進めている。これらは,それぞれ求められる要件が異なっている。例えば,RFタグに限っても,検体用のタグでは,試験管の中に入っている液体の量にばらつきがあっても,同時に一気に読み取れることが必要であり,一方,ディスク用のタグでは,センタ部分の材質の違いに対しても,同じように読取り可能である必要がある。また,医療用のBANでは,患者の命を守るという意味で,信頼性が高いと同時に,繁忙を極める医療現場で,電池交換のような頻繁なメンテナンスを避けるシステムが要求される。このようにマシンデバイスの直近では,マシンデバイス同士およびマシンデバイスを用いたソリューションによって,個別にシステムを実現していく必要がある。また,数が多いということも重要な問題である。マシンデバイスそのものの管理もそうであるが,マシンデバイスを直接収容するフロント無線ネットワークを構築・運用するためには,現状はどうしても無線のスキルを持った専門家が必要になる。今後,M2MやIoTが本格化して,フロントである無線ネットワークの数がどんどん増えていくと,無線の専門家が構築・運用・管理を全て行うことは,おのずと限界になってくる。このようなケースを想定し富士通では無線のスキルのない人,具体的にはフロント無線ネットワークを構築するSIerやサービスを提供するソリューションベンダ,更にはフロント無線ネットワークを使うユーザ自身が,自分で構築・運用・管理ができるような仕組みの検討を始めている。これは,全てユーザ任せというわけではなく,M2MやIoTを本当の意味で広く普及させるため,構築・運用・管理の作業をユーザに適切にオフロードするという考え方が重要になってくることを示すものである。● コア領域のネットワーク一方,コア領域においては,多様化に対して共通的に扱えるアーキテクチャが求められる。SDNは,そのために重要な役割を果たし得る技術である。SDNの定義は,様々であるが,その一つに抽象化が挙げられる。ネットワークの各階層を抽象化して,その間にオープンなインタフェースを定義することで,コモディティ化を進め,CAPEXの

用の光モジュールと,それを搭載したシステムを既に実用化している。現在は,400 Gbps/1 Tbpsの実現を目指して,更なる多値度の向上や,グリッドと呼ばれる波長チャネルの高密度化や,可変化に向けた研究開発を進めている。また,光送受信機のユニバーサル化も今後のトレンドの一つである。デジタル信号処理技術の適用によって,変調多値度,占有周波数帯域のソフト制御化が可能になる。このため,例えば100 Gbpsで2000 km伝送する送受信機と,400 Gbpsで500 km伝送する送受信機は,同一のモジュール同一のプラットフォームで実現できるようになる。これにより,運用中の需要の変化に対して,所用帯域・距離・品質に応じたダイナミックな光パスの再構築も実現可能となり,フォトニクスネットワークの効率的な運用が期待できるようになる。一方,長距離伝送が必要なコアネットワークとは別にアクセスネットワークの広帯域化も課題である。アクセス領域では,距離を飛ばす必要はないが,より一層の低コストが要求される。富士通でも,デジタル信号処理技術を下方展開し,DMT(Discrete Multi-Tone)という技術をベースとし,安価な光部品と組み合わせることで,非常に低コストの広帯域フォトニクス通信技術の研究開発も進めている。

通信の多様性への取組み

一方,今後のネットワーク価値の具体化を支えるためには,通信の多様性への対応も重要な課題となる。特に,M2MやIoTにおけるマシンデバイスのネットワーク活用は,クラウドの普及と相まって,ネットワーク上に,通信特性の異なる様々な分離独立した,しかも数多くの仮想的なシステムを出現させるであろう。こういった世界を実現していくためには,いろいろな課題が考えられるが,一つは,そもそも多様なマシンデバイスをどう収容していくか,という点が挙げられる。● フロント領域のネットワークマシンデバイスの多様化は,マシンデバイスを直接収容するフロント領域のネットワークも多様化していくことを意味する。特に無線の場合,システムが要求する要件,距離や速度だけでなく,消費電力やサイズなど,それぞれに適した無線技術が必要になってくる。富士通でも,UHF帯のRF

通信の多様性への取組み

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

げるために,非常に理にかなったことであった。(2) 大容量化・高速化

1980年代に入り,全国即時自動通話の実現で音声サービス利用数が急増し,またデータ専用線DDN(Digital Data Network)やデジタル統合網ISDN(Integrated Services Digital Network)などを利用する企業通信ネットワークの普及が進んだ。この頃の光通信技術やSDH(Synchronous Digital Hierarchy)/WDM(Wavelength Division Multiplexing)技術などの標準化による,コンポーネント技術と多重化アーキテクチャによる革新が「大容量化・高速化」という第2次のつなげる技術変革である。その中でもWDM技術が通信回線のライン容量を飛躍的に伸ばす貢献をした。(3) 次世代ネットワークへの大転換

1990年代後半から2000年代初頭に入ると,地球規模での人的な移動の時代が訪れ,それはネットワークトラフィックのグローバルな広がりを一段と進めながら,電話とデータ通信が同時に使えるブロードバンドと,地理的距離を超越するインターネットの時代へと急速に進んでいくことになる。通信ネットワークがインターネットとつながったことにより,将来を見越したサービスの多様化に対応できるインフラとして,通信ネットワークにIP技術を取り入れた「次世代ネットワーク(NGN:Next Generation Network)への大転換」へと進むことになる。これが第3次のつなげる技術変革である。

2000年代後半からは,PCとPC,あるいはPCとデータセンター間など,より快適なつながりを実現できる有線ブロードバンド(xDSL,FTTHなど)がアクセスインフラとして主流となった。2010年を迎える頃から,NGNネットワーク上に3Gや4G(LTE)に代表される「移動しながらつなげる」技術であるモバイルブロードバンドへと主流がシフトした。これは,音声主流だった携帯電話もインターネットにアクセスできる端末やアプリケーションの機能がそろってきたことが大きい。NGNにより制御する基盤が統一されていることにより,いつでも,どこでも,誰とでも,といったつながりやすさの時間的・場所的・アクセス手段的な範囲が拡張されてきたのである。

低減を図ることができると同時に,オープンなインタフェースを経由して,ユーザ自身がネットワークを自由に定義することが期待されている。その意味で,前述のフロント無線ネットワークの場合と同様に,ユーザにネットワークの構築・運用・管理の作業を適切にオフロードする,という考え方があるとも言える。富士通でも,図-2で示したように,スイッチやルータなどの通信機器や,サーバ,ストレージ,端末も含めた物理リソース上に,アプリケーションやサービスを想定したいくつかの共通的な仮想ネットワーキング空間(仮想空間)を用意し,ユーザやサービス提供者が最適な仮想空間を選択する,あるいは自身で仮想空間を定義することで,簡単かつ迅速に,サービス・アプリケーションに適したネットワーク環境を提供する仕組みを検討している。

ネットワーク構造の方向性

前章では社会的活動の多様化に対応するためのネットワークにおける課題と富士通の取組みの例を述べた。本章では通信技術革新の流れを振り返りながら,これからの方向性を考察してみる。● 通信の技術革新通信ネットワークは,エンドユーザへ提供するサービスがドライバーとなり,通信の重要なファクタである「つなげる」という機能が,時代で望まれる要求とともに大きくその質的・量的な変化を伴って進化してきたと言える。音声通信から始まった近代通信技術は,より効率的,経済的なデプロイメントを実現するために,次の大きな三つのつなげる技術の変革が行われた。(1) デジタル化まず,第1次のつなげる技術変革は,1970年代後半の,音声とデータ通信に適した,「デジタル化」を通信分野に取り入れたことである。アナログ技術(FDM:Frequency Division Multiplexing)を基にした電話サービス主体の通信が大きく普及していた頃,情報処理技術が既にデジタルという概念を基礎にデファクト化され,経済を動かす基本手段として広まっていった。その中で,交換機や伝送装置を含め通信ネットワークのデジタル化というのは,ネットワークと情報処理技術とをつな

ネットワーク構造の方向性

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

となってくるだろう。社会活動の基盤であるこれからのコミュニケーションが輻

ふくそう

輳なくナチュラルにつながるためには,ネットワークに煩雑に流れ込むトラフィックの制御を,物理的なつながりと論理的なつながりの2面でそれぞれが提供するサービスに応じて振り分けるという方法が考えられる。ユーザ起因によるサービス要求で発生するトラフィックには人と人のコミュニケーションおよび人とモノのコミュニケーションがあり,現在,これらがトラフィックの大半を占めている。一方,モノの起因によるサービス要求で発生するトラフィックには,モノとモノのコミュニケーションおよびモノと人のコミュニケーションとなるが,トラフィックを増やすメカニズムの伝搬とともに,今後,量的な拡大を見せるであろう。これらをナチュラルにネットワーク内へ流すためのアーキテクチャの例を図-3に示す。トラフィックを目的別に仕分ける機能を持つトラフィックコントロールヘッドのような概念を導入し,適用するサービスの分類により,物理的な量の多いトラフィックは物理的階層へ,サービスに依存するトラフィックは論理的階層へと振り分け,目的別に物理層および論理層ネットワークを仮想化するという方法がある。この方法によれば,前述の図-2に示したような数々の特性指向ネットワーキングによる仮想化空間でトラフィックの負荷を分散軽減し,コミュニケーションがスムーズにつながるという効果が期待できるであろう。

図-4はサービスとネットワークの技術変革の進化を示しているが,本章の前半で説明したように,今までの技術革新は「つなげる通信の革新」をテーマにしたものであったと考える。これからの通信ネットワークインフラでは,ユーザがネットワークを選ぶのではなく,ネットワークがユーザの目的によりオートノマスに適切なネットワーク環境を選んでいく,まさに「ナチュラルにつながるコミュニケーション」へ進んでいくであろう。図-3に示したような,つながるためのトラフィックコントロールヘッドという概念を通してトラフィックを増やすメカニズムを適切に仮想制御することにより,無意識な物理的つながりが人と人の感性的なつながりを助ける,言い換えれば,バーチャルなネットワークと実社会の活動がナチュラルに

● 今後の方向性一方,通信事業者は,どの時代にも前に述べた

1次から3次のつなげる技術革新を取り入れながら,電話機,端末やPCを介して人と人をつなげるサービスを提供することで,その収益を拡大してきた。富士通も,世界のトップランナの一員として,これらのつなげる技術を絶え間なく提供し続けてきたのである。しかし近年,検索や通販,ソーシャルネットワークなどのアプリケーションサービス提供者の台頭により,通信量の増加がイコール通信業界の収益増大には結びつかない,今までとは異なる構造モデルとなってきたのである。それはSNS(Social Networking Service),CDN(Contents Delivery Network),オンラインゲームなどにユーザが参加しネットワーク中でトラフィックが創出されるというネットワークにとってみれば外的要因が加わった現象である。ネットワークでは単にトラフィックが増えるのではなく,増やすメカニズムがその中に存在することになったのである。更にネットワーク内のトラフィック量を左右するプレイヤーも,従来の通信事業者からインターネットユーザを抱えるサービス提供者や大容量コンテンツサービス事業者などへと移行している。そしてネットワークのモデルも,データセンターを活用したクラウドサービス,また,モノとモノ,人とモノとをつなげるという,ビジネスモデルへと広がり始めた。これらをみれば,ネットワーク内でトラフィックを増やすメカニズムの拡大が一段と進むことは間違いない。また,これからのトラフィックの特徴は,データ量が少なく数の多いものや,大量のデータを扱うもの,およびその中間的なものなどに大別されるだろう。トラフィック量を左右するプレイヤーが増えることでサービスモデルも広がり,つながるものの数が飛躍的に増えることは言うまでもないが,つながるトラフィックの種類や性質も多様化していくことになる。本稿の冒頭で図-2(ネットワーク価値の提供)をもとに,ユーザの使い方により,ネットワークを目的別に仕分け仮想化する方法を示したが,今後ネットワークが量的および質的により効率的なつながり方を仕分けて選んでいくためには,トラフィックコントロールがキー

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

上で処理されるデータのセキュリティなどの大きな課題も多い。ビジネス構造のパラダイム変革も伴いながら,次に来る新たなネットワークの技術変革には,本稿で述べたネットワークを構成するハードウェアとソフトウェアの連携やそれらの融合による革新あるいは階層モデルなどのバイオレーションにも及ぶであろう。斬新なトラフィッ

つながることで,より快適に社会生活が実現していくことを期待している。

む  す  び

ナチュラルなつながりネットワークを実現するには信頼のおける物理的ネットワーク基盤の確保は今後も重要であることに変わりはないが,その

む  す  び

図-3 トラフィックコントロールの概念例

図-4 通信技術の革新と進化

トラフィックコントロールヘッド

論理的階層振分けネットワークの

ネットワークの物理的階層振分け

論理層ネットワーク#n

n

論理層ネットワーク#2

論理層ネットワーク#1

物理層ネットワーク#

物理層ネットワーク#2

物理層ネットワーク#1

例:人と人,人とモノの  コミュニケーション

例:モノとモノ,モノと人の  コミュニケーション

・・・・・・

ユーザ起因による要求

モノの起因による要求

ブロードバンド

WDM

10 M 100 M 1 G 100 G

多様化コンテンツ

インターネット

ビデオ

データ

音声

PCM,光,SDH

FDM

トラフィックの質的要因

トラフィックの量的要因

(bps)

ナチュラルに

つながる

コミュニケーション

デジタル化

大容量

高速化

1 T 10 T~

IP化

NGN

「つなげる通信の革新」

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社会活動の変化と多様化に対応するこれからの基盤ネットワーク

る技術の変革に向けて富士通が取り組んでいるネットワークサービスとマネージメントプラットフォーム,そしてそれを支え続けるネットワーク転送インフラの最新技術を紹介する。

ク理論の創出も必要であり,これからの「つながる技術の変革」による社会創造に期待したい。今回のネットワーク特集は,人を中心とした豊かな社会の実現を支援する一員として,つなが

熊谷和義(くまたに かずよし)

ネットワークプロダクト事業本部海外ビジネス事業部 所属現在,通信関連の海外ビジネスと対外活動,および標準化推進活動に従事。

加藤次雄(かとう つぐお)

ネットワークシステム研究所 所属現在,フォトニクス・ワイヤレス・IPネットワークの研究開発に従事。

高橋英一郎(たかはし えいいちろう)

ネットワークソリューション事業本部ソリューション事業部 所属現在,ネットワークシステム製品企画・開発に従事。

著 者 紹 介