不動産競売に係る最低売却価額制度改正による 落確率及び落 価...

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1 不動産競売に係る最低売却価額制度改正による 落札確率及び落札価額への影響 〈要旨〉 2004年に民事執行法が改正され、不動産競売市場において不良債権処理のハードルの一つとなっ ていた「最低売却価額制度」を改め、新たに「売却基準価額制度」としたことにより、案件ごと に定められる、不動産競売が成立するための最低の入札価額ラインが法改正前より 2 割低くなっ た。本稿では、当該制度改正が不動産競売市場における落札確率及び落札価額に与えた影響につ いて、東京都、千葉県、神奈川県及び埼玉県の各地方裁判所において法改正前後に行われた実際 の競売データを用いて分析を行った。分析の結果、落札確率は 2.2%ポイント程度上昇し、落札価 額は 2.9%程度下落したことが確認された。さらに、管轄裁判所によって、法改正の影響が異なる ことも確認された。以上を踏まえ、不動産競売における最低価額ラインの設定を案件毎に債権者 が行う選択制度を導入すること等についての政策的な提言を行った。 2015 年(平成 27 年)2 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU14610 高橋 修

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不動産競売に係る最低売却価額制度改正による

落札確率及び落札価額への影響

〈要旨〉

2004年に民事執行法が改正され、不動産競売市場において不良債権処理のハードルの一つとなっ

ていた「最低売却価額制度」を改め、新たに「売却基準価額制度」としたことにより、案件ごと

に定められる、不動産競売が成立するための最低の入札価額ラインが法改正前より 2割低くなっ

た。本稿では、当該制度改正が不動産競売市場における落札確率及び落札価額に与えた影響につ

いて、東京都、千葉県、神奈川県及び埼玉県の各地方裁判所において法改正前後に行われた実際

の競売データを用いて分析を行った。分析の結果、落札確率は 2.2%ポイント程度上昇し、落札価

額は 2.9%程度下落したことが確認された。さらに、管轄裁判所によって、法改正の影響が異なる

ことも確認された。以上を踏まえ、不動産競売における最低価額ラインの設定を案件毎に債権者

が行う選択制度を導入すること等についての政策的な提言を行った。

2015 年(平成 27 年)2 月

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム

MJU14610 高橋 修

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目次

1. はじめに ..................................................................................................................................... 3

2. 不動産競売制度の概要 ............................................................................................................... 4

2.1 不動産競売とは .................................................................................................................... 4

2.2 不動産競売と任意売却 ......................................................................................................... 5

2.2.1 任意売却とは ................................................................................................................. 5

2.2.2 不動産競売と任意売却 .................................................................................................. 6

2.3 最低売却価額制度の改正 ..................................................................................................... 7

2.4 オークション理論の不動産競売への適用 ............................................................................ 7

3. 最低売却価額制度の改正が不動産競売に与える影響についての実証分析 .............................. 8

3.1 実証分析1(落札確率・落札価額への影響) ..................................................................... 8

3.1.1 問題の背景 ..................................................................................................................... 8

3.1.2 データ ............................................................................................................................ 9

3.1.3 推計モデル ..................................................................................................................... 9

3.1.4 推定結果とその考察 ..................................................................................................... 11

3.2 実証分析2(裁判所管轄毎の落札確率・落札価額への影響) ......................................... 12

3.2.1 推計モデル ................................................................................................................... 12

3.2.2 推定結果とその考察 .................................................................................................... 13

3.3 分析結果のまとめ .............................................................................................................. 16

4. まとめ ...................................................................................................................................... 16

4.1 政策提言 ............................................................................................................................. 16

4.2 今後の課題 ......................................................................................................................... 19

謝辞 ................................................................................................................................................. 20

参考文献等 ...................................................................................................................................... 20

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1. はじめに

不動産競売は、債務者が債務不履行を起こすなどにより弁済が期待できない場合において、債

権者が債権の回収のために、債務者(担保提供者)が所有等する不動産について、裁判所に競売

の申立てを行い、裁判所が当該物件を売りに出すことにより、強制的に換価する手続きである。

よって、一般的な不動産取引と異なり、様々なハードルがある。それらのうち不要なものを払拭

して、担保物件をより迅速、低費用かつ高値で売却ができれば、当該債務者の債務を大きく圧縮

できることに加え、債権者たる金融機関としても金融コストを下げることが可能となるため、こ

れまで、不動産競売に関して様々な研究・提言・制度改善が行われてきた。

不動産競売の最低売却価額制度に関する研究もその一つである。一般的な不動産取引では存在

しない「最低売却価額制度」がいわゆる価格規制となっているために競売不成立が多く発生し、

それが金融機関の不良債権処理の妨げになっており廃止すべきだという意見があった一方で、最

低売却価額制度が著しく低価格での落札を防ぐことで、債権者等の権利を害することを防いだり、

また、反社会的勢力の介入を防ぐために必要であるという意見もあったことから、2004 年の民事

執行法改正により、その折衷案ともいえる「売却基準価額制度」に変更され、従来の最低売却価

額より 2 割低い価格を買受可能価額と定め、それ以上の価額の入札があれば、不動産競売の成立

とするようになったのである。

本稿は、制度改正前後に東京都、千葉県、神奈川県及び埼玉県で行われた不動産競売データを

使用し、最低売却価額制度の廃止・売却基準価額制度への移行によって、直接的に債権者及び債

務者に影響を及ぼす落札確率と落札価額がどのように変化したのかについての実証分析を行う。

最低売却価額制度に関する先行研究としては次のようなものが挙げられる。福井(2006)は最

低売却価額制度によるデメリットの整理、最低売却価額の参考価格化及び債権者が最低売却価額

を設定できるようにする選択制の導入等について述べている。また、統計的分析についての先行

研究として、田口・井出(2004)は大阪地方裁判所のマンションの競売データを用い、1998 年

の「競売手続きの円滑化等を図るための関係法律の整備に関する法律」を踏まえ、落札されなか

った場合に裁判所の裁量により再評価の手続きを踏むことなく最低売却価額を変更することが可

能となった効果等を検証し、最低売却価額の参考価格化等の様々な改革の必要性を示している。

しかし、売却基準価額制度への移行後のデータを基に、当該制度改正の効果について実証分析

を行った研究はない。

本稿は、全四章から構成されている。

第二章では、目的不動産の換価方法としての不動産競売制度や任意売却手続きの概要、最低売

却価額制度の改正及び最低売却価額設定理論について整理を行う。第三章では、最低売却価額制

度の改正が不動産競売に与えた影響について、不動産競売データを用いた定量分析を行う。第四

章では、まとめとして政策提言及び今後の課題について整理する。

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2. 不動産競売制度の概要

ここでは、本稿の主題である最低売却価額制度の改正を含めた不動産競売制度の内容について

整理を行う。2.1 では、不動産競売制度の概要についてまとめ、2.2 では、一般の不動産流通市場

での任意売却と不動産競売市場での売却の違いについて整理を行い、両方の制度の必要性と不動

産競売の効率性向上の必要性について概観する。2.3 では、最低売却価額制度及びその改正内容・

経緯について整理する。2.4 では、オークション理論における最適な最低価額ライン(その価額以

上の入札がなければ、当該不動産競売が成立しない価額のことをいう。以下同じ。)の設定方法等

について述べる。

2.1 不動産競売とは

住宅ローン等について債務不履行が発生した場合に、債権者による申立てに基づき、裁判所が

債務者等の所有する不動産を強制的に換価する手続きのことをいい、民事執行法に基づいて行わ

れる 1)。

申立債権者は管轄裁判所への競売申立て後、定められた期日までに当該裁判所に対し、競売費

用の予納を行う。

裁判所は適法な競売申立てであると判断した後、競売開始決定及び目的不動産の差押決定を行

い、債務者と対象不動産の所有者に決定正本を送達する。また、不動産の管轄法務局に差押登記

の嘱託を行い、法務局は不動産登記簿に差押の登記をする。

裁判所から命じられた執行官は目的不動産の状況や占有者の権利等を調査し、現況調査報告書

を作成する。また、裁判所は不動産鑑定士の中から評価人を選任し、目的不動産を調査し、評価

書を作成する。

裁判所は、評価書の評価額に基づいて売却基準価額を決定する。

裁判所は、買受希望者に対象物件の情報を提供するため、現況調査報告書、評価書、物件明細

書(これらの資料は「3 点セット」と呼ばれている。)が作成され、一般の閲覧が可能となる。し

かし、この情報については作成時点の情報であることと、裁判所がその瑕疵の責任を負うもので

はないことに入札者は留意が必要である。

買受希望者による入札は、原則として「期間入札」によって行われる。すなわち、裁判所が定

めた期間内に、裁判所への訪問や郵送により入札するものであり、適法な入札を行った最高価買

受申出人が落札者となる。なお、売却基準価額の 8 割の額(買受可能価額)2)以上の買受申出(入

札)がなければ、当該買受申出は認められず、当該競売は不成立となる。落札者が代金を納付し

たあと、所有権の移転登記や債権者への配当等が行われる。

なお、不動産競売申立当初に債権者が裁判所に支払った予納金の中から、各種送達費用、嘱託

登記費用、執行官関係費用、評価人関係費用、公告等費用等が賄われるが、実際に使われた費用

は債権者への配当が支払われるのと同時に、売却代金から差し引かれ、申立債権者に返還される。

1)不動産競売の流れは、「図1 不動産競売手続きの流れ」参照。

2)2004 年の民事執行法改正前は、不動産競売の成立のためには「最低売却価額」(法改正後の売却基準価額と同様の定め方によ

り定められた価額)以上の金額の買受申出が必要だった。

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競売申立て・予納金納付

・債権者が管轄の地方裁判所に競売の申立て

・債権者が予納金を当該裁判所に納付

競売開始決定 適法な申立てかどうか裁判所が審査

登記嘱託 裁判所から管轄法務局に対して差押登記の嘱託

現況調査命令・評価命令 裁判所から執行官や評価人に不動産の調査・評価命令

債権届出の催告

配当要求終期の決定・公告

・債権者に債権の届出を催告

・配当要求の終期を決定・公告

売却基準価額決定 評価人の評価によって決定

物件明細書作成 現況調査報告書、評価書や不動産登記簿謄本等の記載に基づき作成

売却日時・場所等の公告 売却基準価額、売却の日時・場所等を公告

物件明細書・現況調査

報告書・評価書写の備置き 裁判所に備え置かれるとともに、インターネットでも閲覧可能

期間入札・開札 入札期間中に裁判所に訪問するか、郵送で入札

売却決定 裁判所が売却の許可・不許可を判断

代金納付 裁判所が定める期限までに納付

登記嘱託 裁判所から管轄法務局に対して買受人への所有権移転等登記の嘱託

配当 債権者に配当等を行う

図1 不動産競売手続きの流れ

2.2 不動産競売と任意売却

2.2.1 任意売却とは

任意売却とは、住宅ローン等の返済が困難となった場合に、債務者(物件所有者)が不動産業

者の仲介を通じて、一般的な不動産売買市場を通じて担保物件を売却し、売却代金の中から債権

者に弁済を行うものである。任意売却については手続き等について債権者と事前に協議しながら

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進めるものである。すべての債権者が同じ手続きをとっているわけではないが、以下、一般的な

任意売却手続きの流れを示す。

住宅ローン等の滞納 債務者による住宅ローン等の滞納

任意売却の同意 債務者(物件所有者)の同意

売却価格の確認 債権者と売出価格を調整

不動産業者との媒介契約 債務者(物件所有者)との契約

販売活動 不動産業者による販売活動

利害関係人との調整 買受希望者出現後、抵当権解除料の事前調整等を行う。

売買契約締結 上記調整後に売買契約を締結

代金決済、利害関係人への配当、

抵当権抹消 売買代金の決済、抵当権の抹消手続きを行う。

図2 任意売却手続きの流れ

2.2.2 不動産競売と任意売却

不動産競売と任意売却を比較した実証分析としては一見(2014)の研究がある。

これは首都圏のマンションのデータを用い、不動産競売における売却価額は、任意売却のそれ

と比較し、9.2%価格が低いことを実証したものである。これが示すように、任意売却での売却価

額は不動産競売によるそれと比較して、一般的に高値で売却されている。よって、不動産競売に

至る前に、任意売却の条件が整えば、これによって担保物件の処分及び弁済が行われる。

しかし、不動産競売が債務者の意思に関わらずに行える強制的な換価手続きである一方、任意

売却を行うためには債務者の同意が不可欠である。同意の方法としては以下のものがある。

①債務者や代理人弁護士から、債務返済が困難であるため、任意売却を行いたい旨の申し出が

あった場合。

②返済の延滞が見られるなどの債務者側の兆候の発現により、債権者側から債務者に任意売却

の勧奨を行い、債務者が応諾する場合。

しかし、債務者が行方不明の場合であったり、例えば破産免責になっている等担保物件を高値

で売却するインセンティブを失っているようなケースでは、任意売却実施の同意が取れず、任意

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売却はできない。このことにより結果的に現在でも多くの不動産競売が行われている 3)ことから、

不動産競売の効率性を上げることは極めて重要である。

2.3 最低売却価額制度の改正

最低売却価額制度の改正について、以下概略をまとめる 4)。

2004 年の民事執行法の改正前は、裁判所が評価人(通常は不動産鑑定士)の評価を基に最低売

却価額を設定し、それ以上の価額での入札がない場合には、当該不動産競売を不成立としていた

が、法改正によって、最低売却価額の名称を「売却基準価額」へ変更し、それを 2 割下回る価額

(買受可能価額)以上なら競売を成立させることとした。

法改正を検討していた当時においては、最低売却価額に関して様々な議論があり、当該制度を

維持すべきという考え方と廃止すべきという考え方に分かれていた。維持すべきと考える者の意

見としては、「最低売却価額は担保物件を不当に安価に売却されることを防ぎ、担保物件の所有者

や債権者の利益を保護する機能を有しているため」というものである。具体的には、「執行妨害が

根絶されていない我が国の現状に鑑みると、最低売却価額制度を廃止すると、暴力団等がその勢

力を誇示して不動産を占有するなどして一般の買受希望者が現れにくい状況を作り出すことで、

自ら極めて安い価額で落札し、莫大な転売利益を得ることが可能となるため、この制度を廃止す

ることは、執行妨害を助長する恐れが大きい。5)」ということである。その一方、廃止すべきと考

える者の意見としては、「実勢価格を上回る最低売却価額が設定された場合に売却されない物件が

存在し、これにより、不良債権処理が妨げられている 5)。入札者が一同に介して競り売りする時

代と異なり、現在は期間入札が主流となり、不当な安値でそれをもたらした者自身が落札するこ

とは起こりえない。むしろ、最低価額規制がなくなれば入札希望者が増大し、その間での競争も

激しくなるため、不当な安値は生じにくくなる。仮に安値となった場合でも、債権者・債務者に

よる自己買取制度を導入することなどで十分保護できる。6)」といったものであった。

そこで、改正法においては、「最低売却価額の機能を維持しつつ、より買受の申し出をしやすい

制度に改める」5)こととしたのである。

2.4 オークション理論の不動産競売への適用

オークション理論の知見について、不動産競売についても適用できるかを考えてみたい。

オークション設計の目標としては二つある。一つ目は「効率性の目標」であり、その財から高

い付加価値を引き出せる買受人に購入してもらい社会的余剰を高めることである。もう一つは「収

益性の目標」である 7)。効率性と収益性は多くの場合、高い付加価値を引き出せる買い手ほど高

い値段を支払うことができることが多いことから、非常に近いといえるが、同じではないのであ

3)2013 年の全国不動産競売新規受理実績は 33,718 件である。(有馬・井上(2014))

4)福井(2006)や小野瀬ら(2005)が詳しい

5)小野瀬ら(2005)

6)福井(2006)

7)坂井・藤中・若山(2008)

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る 8)。

では、不動産競売において、どちらの目標を目指すのがよいのだろうか。不動産競売を含めた

民事執行の機能は、実体法に従い債権者の権利を適正・迅速に実現するもの 9)であるから、効率

性を目指すのではなく、収益性の目標を目指していくのが望ましいと考える。不動産競売に当て

はめると、担保物件を高い値段で買ってもらい、債権者が高いリターンを得ることが収益性であ

る。不動産競売において債権者が高いリターンを得るということは、債権者に多額の弁済が可能

となり、残債務が減り、競売配当後に債権者へ支払うべき金額が少なくて済むという意味で、債

務者にもメリットがある。

不動産競売において収益性を構成する要素として落札確率と落札価額があるが、オークション

理論においては、最低売却価額を下げることにより、落札確率は上がり、落札価額は下がるため、

売主や債権者にとってはトレードオフの関係にあることが知られている 10)。また、最低売却価額

を巧妙に高く設定することができれば、収益性を最大化することができるということもいわれて

いる 8)。しかし、統計的に巧妙に計算して最適な最低売却価額を割り出すには、売り手(債務者

等)にとって買い手(入札者)が対称的(売り手には買い手の属性がよくわからないということ。)

で、かつ彼らの、担保物件の評価値の確率分布について確信があるときだけであるとされている

8)。これを不動産競売に当てはめてみると、債務者や、過去に不適切な競売手続きを行った者等買

受申出人欠格事由に該当している者の入札可能性は低いということは分かるものの、それ以外の

者については、どういう属性の者が入札してくるか分からないので、対称性は満たす。しかし、

買い手の担保物件の評価値の確率分布は分からないため、現実的には、最適な最低売却価額を統

計的に算出し、完璧な最低売却価額を設定することは不可能である。したがって、本稿では、最

適な最低売却価額設定のための検討材料の一つである落札確率及び落札価額に関する法改正の効

果をデータにより分析する。

3. 最低売却価額制度の改正が不動産競売に与える影響についての実証分析

ここでは、実際に行われた不動産競売取引のデータを用いて、最低売却価額制度の改正が落

札確率及び落札価額に与える影響について検証を行う。3.1 では、落札確率及び落札価額への

影響に関する実証分析を行い、3.2 では、裁判所管轄毎の落札確率及び落札価額への影響に関

する分析を行い、3.3 では分析のまとめを行う。

3.1 実証分析1(落札確率・落札価額への影響)

3.1.1 問題の背景

2.4 で記したように、オークション理論においては、最低売却価額の引下げにより、落札確率は

上昇し、落札価額は下落することが示されている。

よって、当該法改正の効果として、どの程度の落札確率の上昇と、落札価額の下落が見られるの

か、実際のデータを分析することで導きたいと考えた。

8)坂井(2010)

9)中野(2010)

10) Krishna Vijay(2009)

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3.1.2 データ

本稿では、実際に行われた不動産競売の個別データを用いることとし、データベースについて

は、有限会社キャリア・デザインが提供をしている「オークションメイツ競売情報」より貸与を

受けた首都圏の競売データ(以下単に「競売データ」という。)から作成した。なお、各競売物件

についての最寄駅からの距離及び東京駅からの距離については、ESRI 社の ArcGIS10.2 及び東京

大学空間情報科学研究センターの「CSV アドレスマッチングサービス」11)を用いて、競売データ

中の物件住所データと、国土交通省の「国土数値情報ダウンロードサービス」12)からダウンロー

ドした駅データを結合させて算出し、使用している。

不動産競売は、裁判所の管轄地域ごとに実施されるが、本稿で用いるデータは、東京地方裁判

所、千葉地方裁判所、横浜地方裁判所及びさいたま地方裁判所の本庁及び各支部(ただし、競売

データ中存在しなかったさいたま地方裁判所熊谷支部案件を除く。)で実施された競売事件を対象

とし、この地域において、2004 年 8 月~2005 年 2 月(改正法施行前)及び 2005 年 8 月~2006

年 2 月(改正法施行後)に開札が行われた案件で、かつ、種別をマンションに限定して抽出した。

マンションに限定した理由は、土地と建物の一体価格であり、物件が標準化されているため、最

低売却価額制度変更に着目した比較が容易と考えたからである。

3.1.3 推計モデル

法改正前後の落札確率・落札価額に与える効果について、以下のモデルにより分析する。

(a) Pr(落札・不落ダミー=1)=G(α0+αa法改正後ダミー+Σαbcontrol 変数)

(b) 落札価額の対数値=β0+βa法改正後ダミー+Σβbcontrol 変数+ε

(a)のモデルは、法改正後の落札確率へ及ぼす影響を把握するためのプロビットモデルであり、

関数 G は標準正規分布の分布関数を示す。被説明変数は落札・不落ダミーであり、落札された案

件であれば1を、不落だった案件であれば0を示す。なお、分析にあたっては、当該モデルを基

に限界効果を算出したうえで行う。

また、(b)のモデルは、法改正後の落札価額へ及ぼす影響を把握するための OLS モデルであり、

落札した案件を対象にしている。被説明変数は落札価額(円)の対数値である。

法改正後ダミーは、改正後の開札案件であれば1を、改正前の開札案件であれば0をとってお

り、法改正の効果を確認するために、落札確率・落札価額ともにこれの結果に着目する。

control 変数は表1のとおりである。

なお、α0及びβ0は定数項を、εは誤差項を示す。

また、基本統計量は表2のとおりである。

11) http://newspat.csis.u-tokyo.ac.jp/geocode/

12) http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/

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表1 使用する control 変数

変数 内容

最寄駅からの距離 最寄駅までの道路距離(m)

東京駅からの距離 東京駅までの道路距離(m)

専有部分面積 専有部分の床面積(㎡)

総戸数 マンションの総戸数(戸)

階数 専有部分が存在する階数(戸)

総階数 マンションの総階数(戸)

管理費 管理費、修繕積立金の合計(円)

滞納ダミー 管理費の滞納があれば1とするダミー変数

短期賃借権ダミー 短期賃借権が設定されていれば1とするダミー変数

賃借権ダミー 短期賃借権以外の賃借権が設定されていれば1とするダミー変数

ダミー変数 築年数 マンションの建築から開札日までの年数(年)

鉄骨鉄筋ダミー 鉄骨鉄筋コンクリート造のマンションを1とするダミー変数

S56以前建築ダミー 昭和 56年以前に建築されたマンションを1とするダミー変数

ダミー変数 30㎡未満ダミー 30㎡未満の物件を1とするダミー変数

敷地権所有権以外ダミー

ダミー

敷地権が所有権以外案件を1とするダミー変数

ln 売却基準価額 売却基準価額又は最低売却価額(円)の対数値

表2 基本統計量

観測数 平均 標準偏差 最小値 最大値

落札・不落ダミー 3635 0.942503 0.232821 0 1

法改正後ダミー 3635 0.469326 0.499127 0 1

最寄駅からの距離(m) 3594 809.9057 637.6986 24.01417 8132.572

東京駅からの距離(m) 3594 24963.11 14683.03 1090.085 86274.06

専有部分面積(㎡) 3635 54.43568 21.88386 9.88 226.08

総戸数(戸) 3634 89.4634 140.6659 3 2233

階数(階) 3635 4.211554 2.932384 1 31

総階数(階) 3635 7.583494 3.484829 2 33

管理費(円) 3618 19637.18 10128.42 0 227600

滞納ダミー 3635 0.75956 0.42741 0 1

短期賃借権ダミー 3635 0.104264 0.305645 0 1

賃借権ダミー 3635 0.028336 0.165953 0 1

築年数(年) 3634 18.2564 8.994126 2 74.33333

鉄骨鉄筋ダミー 3635 0.304539 0.460275 0 1

S56以前建築ダミー 3635 0.332325 0.471112 0 1

30㎡未満ダミー 3635 0.148281 0.355427 0 1

敷地権所有権以外ダミー 3635 0.058597 0.234901 0 1

ln 売却基準価額 3635 15.62871 0.696386 9.21034 18.13033

ln 落札価額 3426 16.05116 0.702926 13.51441 18.79912

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11

3.1.4 推定結果とその考察

モデル(a)の結果は表3のとおりである。モデル(a)において、落札確率は法改正により、1%水

準で有意に 2.2%ポイント程度理論どおり上昇したことが確認された。これにより、不良債権処理

の加速という意味で望ましい結果となったことがわかる。なお、もともと、当該データセットの

案件全体の法改正前落札率は 93%程度と高かったので、上昇幅は限定的となったものの、効果が

あったと言える。

表3 推定結果(落札確率)

落札ダミー

係数 標準偏差

法改正後ダミー 0.0220557 0.0063812 ***

最寄駅からの距離 -0.0000257 0.00000468 ***

東京駅からの距離 -0.00000125 0.000000264 ***

専有部分面積 0.0011235 0.0002932 ***

総戸数 0.0000453 0.0000274 *

階数 0.0025098 0.0015435

総階数 0.0030782 0.0017038 *

管理費 -0.000000195 0.000000389

滞納ダミー -0.007708 0.0075652

短期賃借権ダミー 0.0085617 0.0110524

賃借権ダミー -0.0118937 0.0170067

築年数 -0.0032663 0.0006513 ***

鉄骨鉄筋ダミー -0.00129 0.0108962

S56以前建築ダミー 0.0012979 0.0115268

30㎡未満ダミー 0.0084677 0.0127886

敷地権所有権以外ダミー -0.0209641 0.012745 *

ln 売却基準価額 -0.0315202 0.0074914 ***

補正 R-square 0.1144

サンプル数 3576

***、*はそれぞれ、1%、10%の水準で統計的に有意であることを示す。

モデル(b)の結果は表4のとおりである。モデル(b)において、法改正前後で、1%水準で有意に

2.9%程度理論どおり下落したことが確認された。入札者は、落札の最低ラインが買受可能価額ま

で下がったことから、平均的には自らも価格を下げて入札し、その結果従来落札されなかったも

のも落札されるようになったことが考えられる。

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12

表4 推定結果(落札価額)

ln 落札価額

係数 標準偏差

法改正後ダミー -0.0293348 0.0088121 ***

最寄駅からの距離 -0.0000908 0.00000786 ***

東京駅からの距離 -0.00000382 0.000000392 ***

専有部分面積 0.0033458 0.0003745 ***

総戸数 0.0000398 0.0000336

階数 0.0059241 0.0018781 ***

総階数 0.0144314 0.0020546 ***

管理費 0.00000194 0.00000055 ***

滞納ダミー -0.0181069 0.0106085 *

短期賃借権ダミー 0.0446384 0.0147337 ***

賃借権ダミー 0.0734278 0.0268688 ***

築年数 -0.0102691 0.00094 ***

鉄骨鉄筋ダミー 0.0012577 0.0126677

S56以前建築ダミー 0.0246545 0.0168199

30㎡未満ダミー -0.0255763 0.0176421

敷地権所有権以外ダミー -0.0218907 0.0189965

ln 売却基準価額 0.7495274 0.0103144 ***

定数項 4.342675 0.1656064 ***

補正 R-square 0.8698

サンプル数 3374

***、*はそれぞれ、1%、10%の水準で統計的に有意であることを示す。

3.2 実証分析2(裁判所管轄毎の落札確率・落札価額への影響)

実証分析1では、法改正による落札確率及び落札価額への影響について、統計的に有意な結果

となった。一方で、不動産競売を行う裁判所(地域)が異なれば入札者たる不動産会社の数、属

性、物件の評価人(裁判所が定める不動産鑑定士)等、競売の結果を左右する要素が異なるため、

裁判所管轄毎に、法改正の影響が異なることが考えられる。よって、ここで裁判所管轄毎の落札

確率・落札価額への影響を分析する。

3.2.1 推計モデル

(c) Pr(落札・不落ダミー=1)=G(γ0+Σγacontrol 変数+Σγb裁判所ダミー

+Σγc(法改正後ダミー×裁判所ダミー))

(d) 落札価額の対数値=δ0+Σδacontrol 変数+Σδb裁判所ダミー

+Σδc(法改正後ダミー×裁判所ダミー))+ε

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13

(c)のモデルは、裁判所管轄毎に、法改正後の落札確率へ及ぼす影響を把握するためのプロビッ

トモデルであり、関数 G は標準正規分布の分布関数を示す。

被説明変数は落札・不落ダミーであり、落札された案件であれば1を、不落だった案件であれ

ば0を示す。なお、分析にあたっては、当該モデルを基に限界効果を算出したうえで行う。

また、(d)のモデルは、裁判所管轄毎に、法改正後の落札価額へ及ぼす影響を把握するための

OLS モデルであり、落札した案件を対象にしている。被説明変数は落札価額の対数値である。

説明変数及び control 変数は 3.1 同様である。また、γ0及びδ0は定数項を示す。

裁判所ダミーは、当該裁判所管轄案件については1を、それ以外は0をとる変数である。なお、

内容は表5のとおりである。

表5 裁判所ダミー

変数 サンプル数

東京地裁本庁ダミー 1,034

さいたま地裁本庁ダミー 279

千葉地裁本庁ダミー 445

横浜地裁本庁ダミー 627

東京地裁八王子支部ダミー 326

さいたま地裁越谷支部ダミー 138

さいたま地裁川越支部ダミー 174

千葉地裁松戸支部ダミー 125

横浜地裁川崎支部ダミー 173

横浜地裁小田原支部ダミー 133

横浜地裁横須賀支部ダミー 44

横浜地裁相模原支部ダミー 137

3.2.2 推定結果とその考察

モデル(c)の結果は表6のとおりである。

東京地裁本庁及び横浜地裁本庁は 1%水準で、横浜地裁小田原支部は 5%水準で統計的に有意に

落札率が上昇している。なお、統計的に有意となっていない他の裁判所においては、係数の絶対

値が小さく、統計的に有意となっている裁判所と比べて、法改正の影響は軽微だといえる。

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14

表6 推定結果(落札確率・裁判所管轄別)

落札ダミー

係数 標準偏差

最寄駅からの距離 -0.0000238 0.00000445 ***

東京駅からの距離 -0.00000182 0.000000371 ***

専有部分面積 0.001009 0.0002898 ***

総戸数 0.0000335 0.0000247

階数 0.0023506 0.0013807 *

総階数 0.0028756 0.0015267 *

管理費 -0.000000255 0.000000344

滞納ダミー -0.0076641 0.0067262

短期賃借権ダミー 0.0073966 0.0098059

賃借権ダミー -0.0120682 0.0148925

築年数 -0.0030858 0.0005968 ***

鉄骨鉄筋ダミー -0.0012215 0.0097179

S56以前建築ダミー 0.0004594 0.0102942

30㎡未満ダミー 0.0036855 0.011458

敷地権所有権以外ダミー -0.0195983 0.0114273 *

ln 売却基準価額 -0.0277357 0.0079483 ***

(法改正後ダミー)×(東京地裁本庁ダミー) 0.0408951 0.0113663 ***

(法改正後ダミー)×(さいたま地裁本庁ダミー) -0.0209357 0.0173974

(法改正後ダミー)×(千葉地裁本庁ダミー) 0.0265548 0.0222004

(法改正後ダミー)×(横浜地裁本庁ダミー) 0.0466426 0.0161385 ***

(法改正後ダミー)×(東京地裁八王子支部ダミー) 0.0023442 0.0150356

(法改正後ダミー)×(さいたま地裁越谷支部ダミー) 0.0306656 0.0378723

(法改正後ダミー)×(さいたま地裁川越支部ダミー) 0.0294857 0.0254524

(法改正後ダミー)×(千葉地裁松戸支部ダミー) -0.0059536 0.0309418

(法改正後ダミー)×(横浜地裁川崎支部ダミー) 0.0062683 0.0230399

(法改正後ダミー)×(横浜地裁小田原支部ダミー) 0.0556477 0.024712 **

(法改正後ダミー)×(横浜地裁横須賀支部ダミー) 0.0028568 0.0602118

(法改正後ダミー)×(横浜地裁相模原支部ダミー) 0.014407 0.0473768

各地裁ダミー yes

補正 R-square 0.1493

サンプル数 3576

***、**、*はそれぞれ、1%、5%、10%の水準で統計的に有意であることを示す。

モデル(d)の結果は表7のとおりである。

さいたま地裁本庁は 1%水準で、千葉地裁松戸支部及び横浜地裁相模原支部 5%水準で統計的に

有意に落札価額が下落している。なお、統計的に有意となっていない他の裁判所においては、係

数の絶対値が小さく、統計的に有意となっている裁判所と比べて法改正の影響は軽微だといえる。

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表7 推定結果(落札価額・裁判所管轄別)

ln 落札価額

係数 標準偏差

最寄駅からの距離 -0.0000869 0.0000078 ***

東京駅からの距離 -0.00000647 0.000000605 ***

専有部分面積 0.0032562 0.0003974 ***

総戸数 0.0000303 0.0000332

階数 0.0052934 0.0018249 ***

総階数 0.0137383 0.0020015 ***

管理費 0.00000205 0.000000541 ***

滞納ダミー -0.019811 0.0103175 *

短期賃借権ダミー 0.0434784 0.014309 ***

賃借権ダミー 0.0702678 0.0260981 ***

築年数 -0.0110354 0.0009311 ***

鉄骨鉄筋ダミー 0.006718 0.0123738

S56以前建築ダミー 0.0277474 0.0164047 *

30㎡未満ダミー -0.0446109 0.0172918 ***

敷地権所有権以外ダミー -0.0244413 0.018572

ln 売却基準価額 0.7458693 0.0117788 ***

(法改正後ダミー)×(東京地裁本庁ダミー) -0.0025349 0.0158012

(法改正後ダミー)×(さいたま地裁本庁ダミー) -0.0881745 0.0310067 ***

(法改正後ダミー)×(千葉地裁本庁ダミー) -0.032744 0.0240574

(法改正後ダミー)×(横浜地裁本庁ダミー) 0.0305531 0.0209379

(法改正後ダミー)×(東京地裁八王子支部ダミー) -0.0223997 0.0290533

(法改正後ダミー)×(さいたま地裁越谷支部ダミー) 0.0111913 0.0423997

(法改正後ダミー)×(さいたま地裁川越支部ダミー) -0.0568956 0.039983

(法改正後ダミー)×(千葉地裁松戸支部ダミー) -0.1140048 0.0461156 **

(法改正後ダミー)×(横浜地裁川崎支部ダミー) 0.0103129 0.0392399

(法改正後ダミー)×(横浜地裁小田原支部ダミー) -0.0364219 0.0457697

(法改正後ダミー)×(横浜地裁横須賀支部ダミー) -0.0021489 0.0778576

(法改正後ダミー)×(横浜地裁相模原支部ダミー) -0.0905863 0.0457185 **

各地裁ダミー yes

定数項 4.448866 0.1847996 ***

補正 R-square 0.878

サンプル数 3374

***、**、*はそれぞれ、1%、5%、10%の水準で統計的に有意であることを示す。

なお、落札確率及び落札価額について、係数の符号に着目する(表8)と、統計的に有意とな

っていないところも含めると、東京地裁本庁並びに横浜地裁小田原支部及び相模原支部などのよ

うに、確率がプラスで価額がマイナスという理論どおりのところもあれば、さいたま地裁本庁及

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び千葉地裁松戸支部のように、確率・価額ともにマイナスであったり、横浜地裁本庁のように、

確率・価額ともにプラスとなった裁判所もあったように、違いが見られた。

表8 落札確率及び落札価額に係る係数の符号(統計的に有意のものを含む裁判所を抜粋)

落札確率 落札価額

符号 符号

東京地裁本庁 + *** -

さいたま地裁本庁 - - ***

横浜地裁本庁 + *** +

千葉地裁松戸支部 - - **

横浜地裁小田原支部 + ** -

横浜地裁相模原支部 + - **

***、**はそれぞれ、1%、5%の水準で統計的に有意であることを

示す。

3.3 分析結果のまとめ

全体として、最低売却価額制度に係る法改正前後で落札確率は上昇し、落札価額は下落し、同

時に上昇しないという意味で一長一短があったことが判明した。

また、裁判所毎では、落札確率又は落札価額が統計的に有意となった裁判所とそうでない裁判

所があったり、係数の絶対値がそれぞれ大きく異なっていたり、係数の符号については理論どお

り落札確率がプラスで落札価額がマイナスとなった裁判所もあれば、落札確率、落札価額ともに

プラス又はマイナスとなった裁判所もあったというように、違いが見られたということがいえる。

4. まとめ

これまで述べてきたとおり、本稿では最低売却価額制度の改正が不動産競売市場に与える影響

について検証するために、落札確率及び落札価額についての分析を行った。ここでは、その分析

等を踏まえた政策提言及び今後の課題について述べる。

4.1 政策提言

本稿での分析結果やその考察等を踏まえ、不動産競売制度について政策提言を行う。

まず、オークション理論から、「最適」な最低売却価額の設定は困難であることが分かった。ま

た、本稿の実証分析から、法改正の効果が裁判所(地域)ごとに異なっていることが判明した。

さらに、不動産競売においては、債権者毎に、競売不成立のリスクのとらえ方が異なるというこ

とがいえる。ここでいう「リスクのとらえ方」とは、落札確率と落札価額がトレードオフの関係

にあるときに、落札確率を優先した方がより好ましいと考えるのか、落札価額を優先した方がよ

り好ましいと考えるのかが債権者毎に異なるということを意味している。

以上のことを総合的に勘案すると裁判所が一律のルールを定めるよりも、競売物件から高い収

益を得ることにインセンティブがある債権者が案件ごとに「最低価額ライン設定ルール」を選択

できるようにすることが望ましいと考える。なお、ここでいう「最低価額ライン設定ルール」と

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は、最低価額ラインの設定をするのかしないのか、そして、設定する場合にはその金額を裁判所

が決めるのか、債権者が決めるのかということである。

また、この債権者選択制を導入する場合には、付随して検討すべき点がある。

まず 1 つ目に、債務者等の保護についてである。すなわち、債権者が最低価額ラインを著しく

低く設定して債務者等の利益を害する可能性への対応である。対応方法としては、債務者等に担

保供託金を納めさせる代わりに最低価額ライン引上請求権を与える又は買戻権を与えることが考

えられる。

2 つ目に、債権者による、競売詳細データの入手等についてである。債権者が意思決定をする

ためには、債権者が過去の競売データ等を分析することが必要となるため詳細な情報が要求され

るが、現状、債権者が入手できる情報は限定的である。不動産競売の売却前においては 3 点セッ

トの開示が PDF ファイルで案件毎により行われているが、売却後には 3 点セットは開示されず、

一部の情報のみ 3 年分に限りインターネットで閲覧できるようになっているのに留まっており、

それ以上の詳細データを入手して詳しく分析することは困難である。不動産競売の申立て等をデ

ータにより行うことを要件にすること等により解析可能なデータでの情報蓄積を可能とし、それ

を債権者が入手することができるようになることが必要であろう。

なお、自らがより望ましいと考える最低価額ラインを設定する能力がある債権者とその能力が

ない債権者がいると考えられる。後者は従来どおり裁判所が設定した最低価額ラインを用いた不

動産競売を選択することも可能とはいえ、裁判所から提供された情報も含め、様々な情報を蓄積・

分析し、このような案件の場合にはこのような最低価額ラインを設定すればより望ましい結果に

なるという提案を債権者に行うようなサービスがあれば、債権者が最低価格ラインを決定する機

会が増えるだろう。

3 つ目に、非司法競売 13)の導入についてである。最低価額ラインの債権者選択制を導入した場

合、必ずしも裁判所が物件の評価や最低売却価額の設定をする必要がなくなる。このような基幹

業務の一つを裁判所が行う必要がないのであれば、競売執行業務の一部を民間に開放し、競争さ

せることで迅速、低費用 14)かつ高値での売却を目指すことを検討しやすくなる。

それでは、非司法競売の導入を行った際には、どのような業態の民間企業が参入してくるのだ

ろうか。

米国では、民間競売ビジネスが巨大なマーケットとして確立しており、競売実施者としてマー

ケットに参入している民間事業者は、弁護士事務所、不動産仲介業者、不動産鑑定業者、サービ

13)非司法競売とは、債権者と債務者の間の抵当権設定契約において、不動産競売手続きを両者が合意した民間の競売実施者に

委ねる制度。米国で普及しているもので、各段階の手続きについてその取捨選択を含め、実施主体、実施方法などを自由度高く

設定することができるため、費用の削減及び期間短縮等に寄与すると考えられている。(福井・久米(2008a))

14)2.1 で述べたとおり、競売費用が売却代金から差し引かれるということは、競売費用が高ければ、売却代金によって債務に充

当される金額がより少なくなるということを意味する。競売費用は結果的に債務者負担となるため、その低減は債務者側からす

れば望ましいことである。また、競売の結果、配当を債務に充当してもまだ債務が残り、かつ、当該残債務を容易に債権者に返

済することが難しいケースにおいては、債権者にとって競売費用は結果的に回収できない債権の一部を構成する。よって、債権

者としても競売費用を削減することは、金融コストを低減する意味でも重要である。

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サー(債権回収の代行会社)など多彩 15)である。

日本で導入する場合も米国で参入しているような業態の事業者による参入が考えられるが、実

際にどのような事業者が参入するかは、①業務遂行能力と②インセンティブによって決まると考

えられる。

① 業務遂行能力について

全ての業務を必ずしも一つの会社で行う必要はなく、不動産評価や、それ以外の事務処理等

業務を細分化して、必要に応じてアウトソーシングをすればよいため、ある程度の、不動産競

売を含めた民事執行の知識・経験があることは必要だが、それを除けば、一連の業務をトータ

ルコーディネートする能力があればよい。しかし、競争力という観点も加味すると、やや限定

的となるだろう。導入当初は、裁判所による競売業務に近いという意味で弁護士事務所や不動

産鑑定事務所を選ぶクライアント(非司法競売により不動産競売を行う債権者)が多いかもし

れないが、安定的に運用されてくると、徐々に費用を重視するクライアントの割合が増えてく

ることが想定される。競売手続の費用として主なものは、物件等評価や売却等業務に係る費用、

通知・公告等直接経費、そして左記以外の、人件費や間接経費等 16)である。これらの費用に

加え、アウトソーシング費用も合わせたトータルコストが価格競争力になるため、その業態毎

の比較は難しいが、例えば、当該地域で不動産の値付けを恒常的に行っている不動産仲介業者

(特に不動産競売に多く取り組み、経験を積んだ不動産仲介業者)は、物件評価を安価・スピ

ーディーに行えるという意味で有利となることが考えられるし、サービサーは大量の事務処理

を効率的に行えることからシェアを伸ばすケースも考えられる。

② インセンティブについて

クライアントは迅速、低費用かつ高値での売却ができる競売実施者を選ぶことが想定される。

よって、どのような業態の事業者であってもクライアントを獲得するためにニーズに対応した

競売を行うインセンティブは一定にあると考えられる。また、競売実施者が迅速、低費用かつ

高値での売却の観点からの「実績」に応じた手数料を得ることができるように非司法競売のス

キームを設計すれば、競売実施者は迅速、低費用かつ高値での売却を行うインセンティブをよ

り明確に持つことになるだろう。

15) 福井・久米(2008b)

16) 福井・久米(2008c)

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19

4.2 今後の課題

本稿では、データの制約等から、首都圏で行われた競売案件に限定して分析したが、首都圏以

外の地域ではもともと落札率が低いところが多く(表9)、もしそういう地域も分析の対象とすれ

ば、本研究と異なる結果が出ることも想定される。

また、不動産競売は、第一回目の期間入札で落札しなかった場合には、特別売却を行ったり、

第二回目、第三回目の期間入札を時には第一回目の期間入札よりも価格を下げて行っている。本

稿のデータはそのような競売データも一部含まれており、第一回目の期間入札案件のみを分離で

きておらず、時間の経過を考慮した分析を行っていない。

よって、今後これらに関するデータを入手して、さらに詳細かつ精緻な分析を進めることが今

後の課題となる。

表9 不動産競売物件の売却率(2013)

地 域 売却率

全 国 81.8%

関 東 85.9%

東京圏 96.7%

関 西 89.5%

大阪圏 95.8%

中 部 78.8%

名古屋地裁 94.7%

中 国 71.1%

広島地裁 77.0%

九 州 78.7%

福岡地裁 94.1%

東 北 67.5%

仙台地裁 92.4%

北海道 79.5%

札幌地裁 84.0%

四 国 68.8%

高松地裁 79.4%

※ 内数はすべて本庁案件

※ 東京圏とは東京地裁、横浜地裁、さいたま地裁及び千葉地裁の

4庁をいい、大阪圏とは、大阪地裁、京都地裁及び神戸地裁の3庁

の本庁をいう。

Page 20: 不動産競売に係る最低売却価額制度改正による 落確率及び落 価 …up/pdf/paper2014/MJU14610otakahashi.pdf · での任意売却と不動産競売市場での売却の違いについて整理を行い、両方の制度の必要性と不動

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謝辞

本稿の執筆にあたり、福井秀夫教授(プログラムディレクター・副査)、矢崎之浩助教授(主査)、

吉田修平客員教授(副査)、安藤至大客員准教授(副査)から、丁寧かつ熱心なご指導をいただき

ました。また、そのほかのまちづくりプログラムの教員の皆様からも、貴重なご意見・ご協力を

賜りました。ここに記し、深く御礼を申し上げます。

また、まちづくりプログラムや知財プログラムを始めとする学生の皆様には、大きな励ましをい

ただき、深く感謝申し上げます。

最後になりますが、本学での研究及び有益な学習の機会を与えてくださった派遣元並びに様々な

面でバックアップしてくれた家族にも深く感謝をいたします。

なお、本稿は個人的な見解を示すものであり、筆者の所属機関の見解を示すものではありません。

また、本稿における見解及び内容に関する誤りは、すべて筆者に帰することを申し添えます。

参考文献等

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山田純男・竹本裕美(2012)『競売不動産の上手な入手法(改訂第 10 版)』 表紙裏フロー 週

間住宅新聞社

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