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ミクロ経済学:ベルトランゲーム

細矢祐誉

May 28, 2018

細矢祐誉 ミクロ経済学 May 28, 2018 1 / 30

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前回までの話のまとめ(要点)

クールノーゲームを考えていた。生産者はそれぞれの生産量を決め、その合計に応じて価格が決まる。自然な実現点と考えられる点、ナッシュ均衡の特徴を列挙すると、

生産者が多いほど、生産者一人あたりの生産量が減り、利潤も減る。

生産者が多いほど、生産者の利潤の合計も減る。

ただし消費者余剰との合計を計算すると、生産者が多いほど総余剰が増える。

というみっつの結果が現れた。今回はこの議論の根本的な前提にあった「競り市場」という仮定を変更したとき、どんな問題が起こるかを考えてみる。

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需要関数

クールノーモデルとは異なり、価格を生産者=企業が勝手に決めていい状況を考えよう。クールノーモデルでは、

p(X) = a−X

という関数を用いた。p = p(X)であれば、ここからただちに

X = a− p

という結果を得る。そこで、この右辺を需要関数と呼び、d(p)で表す。(なお、p ≥ aとなる状況は考えない。誰も買わなくなるからである)一方で、費用関数

c(xi) = bxi + C

は相変わらず使う。a > bとする。細矢祐誉 ミクロ経済学 May 28, 2018 3 / 30

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ベルトランの価格競争:独占(1)

まず企業が一社、つまり独占の場合を考えよう。このとき、企業の利潤Πは、価格 pを決めたとき、

Π = p× d(p)− c(d(p)) = p(a− p)− b(a− p)− C

= − p2 + (a+ b)p− ab− C

= −(p− a+ b

2

)2

+(a+ b)2

4− ab− C

となる(最後は平方完成)。

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ベルトランの価格競争:独占(2)

よって最もΠを大きくする pは

p =a+ b

2

となるが、このとき

X = d(p) = a− a+ b

2=

a− b

2

となって、クールノーゲームの独占と同じ生産量になる。(もちろん利潤も同じ)

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ベルトランの価格競争:複占(1)

次に、企業の数が二社である場合を考えてみよう。このとき、消費者の行動を決めなければならない。クールノーモデルの場合には、競り市場で価格が決まっていたので、すべて売り切れるのが前提の話であった。しかし、ベルトランモデルでは、売れる量が価格によって決まって、その後でその量に合わせて生産をすることになる。そして、このモデルではどちらから買っても消費者には同じなので、より安い方から買う。以上より、企業 iの決めた価格を piとしたとき、iの製品の購買量は

d(pi) pi < pjのとき,d(pi)2

pi = pjのとき,

0 pi > pjのとき,

となる。(jは iでない数)

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ベルトランの価格競争:複占(2)

この場合、企業 iの利潤 πiはどうなるかというと、pid(pi)− c(d(pi)) pi < pjのとき,

pid(pi)/2− c(d(pi)/2) pi = pjのとき,

−c(0) pi > pjのとき,

となる。後で計算しやすいように c(xi) = bxi + Cを入れてまとめ直しておくと、

(pi − b)d(pi)− C pi < pjのとき,

(pi − b)d(pi)/2− C pi = pjのとき,

−C pi > pjのとき,

となる。特に、pi = bならこの3つは常に同じ値になる。

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ベルトランの価格競争:複占(3)

以上の計算から、ナッシュ均衡を計算してみよう。まず、pi ≤ pjかつ pi < bだとしよう。このとき、πiは{

(pi − b)d(pi)− C pi < pjのとき,

(pi − b)d(pi)/2− C pi = pjのとき,

である。重要なのは、上でも下でも、この値は−Cより小さいことである。ここから、この企業 iは pi = bに設定し直すことで、利潤をもう少し上げられることがわかる。このような価格付けが企業 iにとって最適でないことは明らかだから、ナッシュ均衡を考えるときには pi ≥ bの範囲で考えてよい。

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ベルトランの価格競争:複占(4)

次に、pi > pj > bであるとしよう。このとき、利潤 πi = −Cである。piを p′i = pjという形で設定し直すと、πiは

(p′i − b)d(p′i)/2− C > −C

となるため、もっと儲けられる。したがってこれもナッシュ均衡にはならない。

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ベルトランの価格競争:複占(5)

今度は pi > pj = bであるとしよう。このとき、利潤 πi = −Cかつπj = −Cである。iについては、実はこの状態は最適で、これ以上利潤を上げることができない。しかし jについてはどうだろうか? いま p′j = (pi + pj)/2とすれば、そのときの利潤は

(p′j − b)d(p′j)− C > −C

で、明らかにいまより高くなる。よってこれもあり得ない。以上を勘案すると、以下の事実がわかったことになる。

事実1ナッシュ均衡価格は p∗1 = p∗2 ≥ bを満たさなければならない。

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ベルトランの価格競争:複占(6)

そこで今度は、p1 = p2 > bであるときを考えてみよう。このとき、企業 1の利潤は

(p1 − b)d(p1)/2− C

である。ところが、p′1 = p1 − ε(ただし、εは十分小さな数)とすると、利潤は

(p′1 − b)d(p′1)− C

になる。εが非常に小さければ p′1はほとんど p1と変わらないので、

(p′1 − b)d(p′1)− C ≈ (p1 − b)d(p1)− C > (p1 − b)d(p1)/2− C

となり、よってこの p1は最適ではなく、この状態はナッシュ均衡ではない。

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ベルトランの価格競争:複占(7)

以上から、ナッシュ均衡になり得る価格の組み合わせは、

p1 = p2 = b

という場合だけしかあり得ないことがわかった。これがナッシュ均衡であることは簡単に証明できる(誰も、この状態では−C以上の利潤を上げられない)から、これがこのゲームの唯一のナッシュ均衡である。ナッシュ均衡の利潤は π1 = π2 = −Cである。この結果は衝撃であって、つまりクールノーゲームでは「企業数が多くなっていった極限」として現れてきていた p = bが、ベルトランゲームでは、たったふたりの企業だけで起こるのである。しかし、これは妥当な結論だろうか?

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ベルトランの価格競争:複占(8)

普通に考えると、この状況は安定的ではあり得ない。なぜなら、両方の利潤がマイナスなので、長く商売を続けていれば、どちらかは先にこの産業から撤退するか、倒産するからである。すると、ベルトランゲームでは、ただ単に価格競争をするだけで独占が自然に起こることになる。これは、現実の経済と、まったく異なった結論を得る。現実と理論が大きく異なっていた場合、その理由は理論がおかしい以外にはない。では、ベルトランゲームのどこがおかしかったのだろうか?

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左右の靴ゲーム(1)

クールノーゲームでのナッシュ均衡では、人々が自然に学習した結果という意味の他に、交渉によってまとまる点という意味があった。しかし、ベルトランゲームのナッシュ均衡は、参加制約を満たしていない。では、交渉、たとえば企業が他の企業に賄賂を渡して価格を操作するといったことをモデルにもっと明示的に入れた場合には、問題は解決するのだろうか? これを考えるために、非常に似た構造を持つゲームである「左右の靴ゲーム」の話をしておこう。左右の靴ゲームのストーリーは以下の通り。いま、人が三人いる。一人は左足の靴を持っていて、二人は右足の靴を持っている。合わせて一足の靴にすればどこかで売れて1000円儲かるが、合わせることができなかった靴は無駄になって捨てられる。さて、交渉して一足の靴として売る場合に、三人の取り分はどうなるだろうか?

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左右の靴ゲーム(2)

このゲームを、「左足の靴を持っている人間が、右足の靴を買うゲーム」と考えてみよう。するとゲームの構造は、ベルトランのゲームと似た形になる。違うのは d(p)の形であって、

d(p) =

{1 p ≤ 1000,

0 p > 1000,

という形をしている。一方で、もう右足の靴は持っているのだから、

c(x) = 0

である。

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左右の靴ゲーム(3)

右足の靴を持った人間が価格 p1, p2を決めるという形の、ごく普通のベルトランゲームを分析すると、先ほどの d(p) = a− pだった時と同様に、

p1 = p2 = 0

というナッシュ均衡が出る。しかしこれは前と同様に、異様である。つまり、左足の靴を持っている人間が一方的に取って行ってしまうということになるからである。感覚的に、この交渉はおかしいと思える。では、これを拡張して、もっと複雑な交渉ができるように構造を変えてみたらどうなるだろうか? これを考えるために、次の書き方を導入しよう。いま、左足の靴を持つひとを 1さん、右足の靴を持つひとを 2さんと 3さんと名前を付ける。すると登場人物の集合はN = {1, 2, 3}である。

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左右の靴ゲーム(4)

N の非空な部分集合 Sに対して、Sが協力することで得られる利益を v(S)と書く。この場合は、

v({1}) = v({2}) = v({3}) = 0,

v({1, 2}) = v({1, 3}) = 1000, v({2, 3}) = 0

v(N) = 1000

である。ここで iがもらえる利益を xiと書く。ここで利益配分の方法 (x1, x2, x3)が満たすべき条件を考えてみよう。まず、利益の合計は 1000円でなければならないのは明らかだから、

v(N) = x1 + x2 + x3

である必要がある。これは全体合理性と呼ばれる条件である。

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左右の靴ゲーム(5)

次に、いまグループ {1, 2}を考えよう。v({1, 2}) = 1000だから、彼らは 1000円を独力で稼げる。ということは、x1 + x2 < 1000であるような分配案が提示されたら、彼らはそれを拒絶するだろう。したがって v({1, 2}) ≤ x1 + x2である。これと同じことを、すべてのグループ Sについて考えたものが下の式

v(S) ≤∑i∈S

xi,

である。ただし右辺は、「Sに入っている iすべてについて足す」という記号であり、たとえば S = {1, 3}ならば右辺は x1 + x3である。この条件は提携合理性と呼ばれている。提携合理性と全体合理性を満たす利益分配 (x1, x2, x3)はコア配分と言われる。コア配分がどうなるかを以下で見ていこう。

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左右の靴ゲーム(6)

まず、v({i}) = 0から、コア配分は xi ≥ 0を満たさなければならない。次に v({1, 2}) = v({1, 3}) = 1000から、コア配分は

x1 + x2 ≥ 1000, x1 + x3 ≥ 1000

を満たさなければならない。最後に全体合理性から、

x1 + x2 + x3 = 1000

を満たさなければならない。これが全部満たされるのは、(x1, x2, x3) = (1000, 0, 0)のときのみである。つまり、やはりベルトランゲームのナッシュ均衡と同様に、左足の靴を持っている人間がすべてを総取りする。

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左右の靴ゲーム(7)

しかし、なぜこんなことが起こるのだろうか? たとえば、いま(400, 600, 0)という利益分配を考えたとしよう。これは、1に対して、2が右足の靴を600円で売るという状況である。これが実現しそうになったときに、3は、これに対して対抗措置を行える。つまり、1に対して「自分だったら500円で売るぞ」という取引を持ちかけるのである。かくして状況は (500, 0, 500)に推移する。しかしこれも長続きしない。2が、「それだったら自分が400円で売るぞ」と 1に持ちかけるのである。したがって状況は(600, 400, 0)に推移する。これを繰り返すと、結局安売り交渉を続けた結果として、(1000, 0, 0)しか起こりえなくなる、ということである。これはベルトランゲームでも一般に成り立つ解釈である。

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左右の靴ゲーム(8)

では、2が 3に対して「賄賂やるから黙ってろ」と言う状況を考えたらどうなるだろうか? たとえば賄賂を200円ほど 3に渡して黙らせて、その上で 1に対して600円で売ったら? この場合、利益の分配は (400, 400, 200)になる。これは安定的か? 答えはノーであって、やはり 3は「自分なら500円で売るぞ」と 1に持ちかけることで (500, 0, 500)に推移できて、より得をする。こうして、どれほど複雑な交渉を考えようと、結局行き着く先は(1000, 0, 0)しかなくなってしまうのである。これが、ベルトランゲームの、そして左右の靴ゲームの持つ本質的な特徴である。

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解決策-1:価格カルテル(1)

では、ベルトランモデルをどう考え直せば、現実に近い結果が得られるだろうか? 最初に考えつくのは、ナッシュ均衡の前提になっていた考え方である。カードゲームの例を思いだそう。カードゲームでナッシュ均衡は、「相手が裏切る可能性を見越して、それでも成立する合意」だった。では、「相手が合意を裏切ることができない」ことにすれば、合意の可能性はぐっと上がるのではないか?実際に、これは機能する。つまり、交渉して価格を決めることができる場合、ふたつの企業が双方とも独占のときと同じ価格を付けることで、利潤の合計値が最大になることがわかる。その場合の利潤は折半になり、これもまた相手への利潤を固定すると、自分が達成できる利潤の最大値を達成していることになる。

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解決策-1:価格カルテル(2)

しかし、実はこの考え方はうまく行かない。なぜなら、この合意によって価格をつり上げる行為は、価格カルテルと言って、独占禁止法で禁止されているからである。実際、これを無制限に許してしまうと、独占と同じ状況が簡単に作れてしまうので、総余剰が低くなってしまう。禁止されている以上、この合意は「契約書に書けない」ことになる。契約書に書けない、ということは、裏切られたときに裁判所に持ち込めない、ということであって、したがってこの合意は簡単に裏切れてしまう。となると、このやり方で現実と理論の乖離を説明できるとは考えにくい。

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解決策-1:価格カルテル(3)

しかし、実は契約書を書かなくても、相手に罰則を与えることは可能なのである。それは、次の取引のときに大幅値下げして相手に嫌がらせをすることである。カードゲームの例でも、ゲームが終わった後に相手を追いかけて殴りかかるといった行為は禁止されていた。殴りかかるわけではないが、商店は基本的に継続して取引するものなので、次の時期に嫌がらせをすることで殴りかかったのと似たような効果を与えることは可能である。

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解決策-1:価格カルテル(4)

詳細は後の授業に取っておくが、これは企業が両方とも末永く続けていきたいときには、ある程度効果的に機能することが知られている。一方で、企業の片方がある程度の時間の後に店を畳むようなことを考えていると、一気に機能しなくなる。この種の「契約書に書かない価格カルテル」はデリケートであって、いくつかの条件付きで成り立つのではないかと言われているが、その基礎になる理論はかなり難しい。

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解決策-2:製品差別化(1)

ふたつめの考え方は、「消費者の行動の仮定がおかしい」というものである。いま、ここで話していた議論では、消費者は「安い方からしか買わない」と仮定されていた。しかしこの仮定は、正しくない可能性がある。商品がどちらもたいした差がない、ということであれば、たしかにこの結論は成り立つだろう。しかし、実際には企業1と企業2の商品は品質に差があるかもしれない。また、デザインが異なるかもしれない。味が違うかもしれない。「企業2の方が安いにもかかわらず企業1で買ってくれる人間がいる」ことになると、上のナッシュ均衡を計算したときの大前提が崩れるので、それで説明がつく。

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解決策-2:製品差別化(2)

とはいえ、「品質の差がある」「デザインが違う」「味が違う」などといったことがたいした影響を与えないときには、やはりナッシュ均衡と似たようなことが起こるのではないか? たとえば、ローソンとファミリーマートで両方とも同じジュースを売っていたら、安い方から買うのではないか?ところがそうでもない。実のところ、消費者が安い方を選ばない理由としては、製品の質とは異なるもうひとつの要因がある。それは、家からの距離である。高くても近い方の店から買うならば、やはり上のナッシュ均衡の大前提が崩れることになり、ベルトランゲームの問題は解消する。この考え方は、ベルトランゲームでクールノーに近い結果を生み出す、有力な理論のひとつである。

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解決策-3:工場の操業限界(1)

べつの考え方としては、「ベルトランゲームでは、『売り切れ』という概念がない」という問題がある。つまり、いくら企業1より企業2の方が安値で売っていたとしても、売り切れてしまったとしたら、多少高くても消費者は企業1から買わざるを得ないのである。この結果として、先ほどの議論で問題だった「高い価格を付けている企業の商品はまったく売れない」ということがなくなるため、ベルトランゲームのナッシュ均衡計算の大前提が壊れてしまう。結果として問題は解決する。

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解決策ー3:工場の操業限界(2)

これをもっと詳しく考えるために、最初に工場で作れる商品の量を決め、後に価格を決めるようなゲームを考える。すると、詳細は省くが、実はこのゲームはクールノーゲームになってしまうという研究がある。つまり、ベルトランゲームに「工場で作れる限界を超えて、売り切れてしまう」という構造を入れると、事態はクールノーゲームに戻ってしまうのである!

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ゲームの一般的な理論

こうして、ベルトランゲームが持っていた「解が現実と合わない」という問題は、なんらかの形で解決できることがわかった。しかしこれらを詳細に説明しようとすると、いままでの議論で使ってきた道具だけではどうしても足りない。「ゲームの理論」と呼ばれる、このような構造を詳しく調べるための理論の知識が、どうしても必要になってくるからである。そこで次回以降数回にわたって、ゲームの理論の一般論を解説する。その上で、この問題に戻ってきて、いま述べた解決策をもう少し詳しく吟味してみよう。

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