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Brilliant III Ultra-Fast QPCR & QRT-PCR Master Mix Series 技術資料: どんなコンセプトで開発された試薬か? 本試薬キットの開発から完成までの流れを解説 リアルタイム PCR 法は遺伝子発現解析の方法としてスタンダードになってきました。さらにウイルスや病 因遺伝子の検出、メチレーション検出、ジェノタイピングなど様々なアプリケーションでも利用されています。 QPCR がポピュラーになるにしたがって、アッセイのさらなるハイスループット化が求められています。そ の要望に対応するためには、1プレート当たりの反応件数(well 数)を増やすこと、反応時間の短縮化、この 2点が挙げられると思います。ここ数年、反応時間を短縮するために高速サイクリングに対応した試薬、プロ トコール、そして機器のシステムが開発されてきました。これらの中には従来のプロトコールと比べ 50%上の高速化を実現したものもありましたが、その中には無理に時間短縮をすることによって感度や再現性の低 下が認められてしまうケースもあります。 これらの問題を解決するためにアジレント社では、得意なランダム変異導入法と CSR (Compartmentalized Self Replication)(Ghadessy, F.J. et al., Directed evolution of polymerase function by compartmentalized self-replication. PNAS, 2001, 98(8): 4552-7.)という最新の技術を用い、高速性能というコンセプトによって スクリーニングを繰り返すことで、野生型 Taq DNA polymerase に7ヶ所の変異を導入した Taq ミュータント Taq42 heptamutant)を開発するに至りました。この新しくアジレントが開発した Taq ミュータントはヌク レオチドの取り込み率が2倍であることに加えて、 NaCl や全血にある PCR 抑制因子に対する強い耐性を示す ことも明らかになりました。さらに独自に開発したケミカルホットスタートテクノロジーを採用することで、 Taq ミュータントを短時間で活性化することに成功しただけでなく、高感度化をも実現しました。 ここにその開発の経緯と性能試験の詳細をご紹介いたします。

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Brilliant III Ultra-Fast

QPCR & QRT-PCR Master Mix Series 技術資料: どんなコンセプトで開発された試薬か? 本試薬キットの開発から完成までの流れを解説

リアルタイム PCR 法は遺伝子発現解析の方法としてスタンダードになってきました。さらにウイルスや病

因遺伝子の検出、メチレーション検出、ジェノタイピングなど様々なアプリケーションでも利用されています。

QPCR がポピュラーになるにしたがって、アッセイのさらなるハイスループット化が求められています。そ

の要望に対応するためには、1プレート当たりの反応件数(well 数)を増やすこと、反応時間の短縮化、この

2点が挙げられると思います。ここ数年、反応時間を短縮するために高速サイクリングに対応した試薬、プロ

トコール、そして機器のシステムが開発されてきました。これらの中には従来のプロトコールと比べ 50%以

上の高速化を実現したものもありましたが、その中には無理に時間短縮をすることによって感度や再現性の低

下が認められてしまうケースもあります。

これらの問題を解決するためにアジレント社では、得意なランダム変異導入法と CSR (Compartmentalized

Self Replication)法 (Ghadessy, F.J. et al., Directed evolution of polymerase function by compartmentalized

self-replication. PNAS, 2001, 98(8): 4552-7.)という最新の技術を用い、”高速性能”というコンセプトによって

スクリーニングを繰り返すことで、野生型 Taq DNA polymerase に7ヶ所の変異を導入した Taq ミュータント

(Taq42 heptamutant)を開発するに至りました。この新しくアジレントが開発した Taq ミュータントはヌク

レオチドの取り込み率が2倍であることに加えて、NaCl や全血にある PCR 抑制因子に対する強い耐性を示す

ことも明らかになりました。さらに独自に開発したケミカルホットスタートテクノロジーを採用することで、

Taq ミュータントを短時間で活性化することに成功しただけでなく、高感度化をも実現しました。

ここにその開発の経緯と性能試験の詳細をご紹介いたします。

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Part 1: 超高速性能を持つ Taq DNA polymerase の

ミュータントはどのように作られたのか?

CSR 法では、1 滴のオイル/サーファクタントのエ

マルジョン中の微細な水性コンパートメント中に大

腸菌や PCR の材料がトラップされ、その 1 滴の中で

大腸菌によるリコンビナント酵素産生や、PCR 反応

が行なわれます。Taq polymerase 遺伝子にランダム

変異を導入したライブラリーを作成すると、個々の

大腸菌は変異型の Taq polymerase を産生します。続

いて行なわれるPCR反応では変異型Taq polymerae

が自分自身をコードする遺伝子を増幅するようにデ

ザインされています。高速サイクリング PCR という

選択圧をかけてスクリーニングを行なうことで、も

しある変異型 Taq Polymerase が高速サイクリング

条件化で活性をもてばその変異型遺伝子が増幅され

ますが、活性を持たない変異型 Polyemrase からは遺

伝子が増幅されないということになります。このサ

イクルを繰り返せば、高速サイクリング条件化で高

い活性を持つ Taq Polymerase 遺伝子が濃縮されて

くるはずです。

今回、きわめて高速サイクリングの条件下での CSR

法を 5 回繰り返すことで、高速サイクリングでの増

幅性能を持つミュータントを見つけることに成功し

ました。さらにスクリーニングを重ねて有望なミュ

ーテーションをいくつか選択し、それらを組み合わ

せた複数部位変異導入クローンライブラリを作成す

ることで、最も高速な増幅性能を備えた Taq

Polymerase ミュータントを得ることに成功しまし

た。

Part 2: Taqミュータントの超高速サイクリング条件

でのテスト。野生型 Taq と比較してみました。。。

10ng のヒトゲノム DNA 中のアルドラーゼ遺伝子

(286 bp)を、20ng の野生型 Taq および Taq ミュー

タント(4クローン)を用いて増幅実験を行ってみ

ました。 PCR は Bio-Rad CFX96 を用い、 1x

3min@95°C, 40x 10sec95°C/1sec@60°C の超高速

サイクリングパラメーターで実施したところ、野生

型の Taq では 14 サイクル以上の Cq 値の遅延が認め

られました。

スタンダードなサイクリングパラメーター(1x

3min@95°C, 40x 10sec95°C/60sec@60°C)では、

野生型 Taq を含む全てでほぼ同等の Cq 値が得られ

ました。

Taq ミュータントには、確かに超高速サイクリン

グパラメーターでの増幅性能が備わっていることが

わかります。

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Part 3: 高速性能のはどのようにして成立している

のか、Taq42 ミュータントで調べてみました(生化

学的性質の検討)

次に、Taq42 ミュータントの生化学的性質を調べ

てみました。M13 エクステンションアッセイ(Innis,

M.A. et al., DNA sequencing with Thermus aquaticus

DNA polymerase and direct sequencing of

polymerase chain reaction-amplified DNA. PNAS,

1988, 85:9436-9440.)を用いて、60℃および 70℃で

のヌクレオチドの取り込み率を野生型 Taq DNA

polymerase と比較したところ、Taq42 ミュータント

Part 4: Taq ミュータントには PCR インヒビターに

対する耐性があった!

a) 全血サンプルに対する耐性

20ng のヒトゲノム DNA もしくは全血をサンプルと

して、20ng の野生型 Taq およびミュータント Taq

で増幅実験を行いました(ターゲット遺伝子は IGF

(322bp))。サイクリングパラメーターは 1x

は野生型 Taq に対して 1.6 倍の取り込み率があるこ

とがわかりました。さらに Taq42 ミュータントは野

生型 Taq に対する Steady-State kinetic パラメーター

は 2.2 倍も高い触媒率定数(catalytic rate constant

(Kcat))を示しました。これらの結果は Taq42 が野

生型 Taqに対してヌクレオチド非存在下では 28.5倍

も高いテンプレート-プライマー間の親和性(Kd)を

示すことになります。しかし Taq42 ミュータントは

dNTPs 存在下でのテンプレート-プライマー間の親

和性(Km)は野生型 Taq と同等の結果を示していま

す。プロセッシビリティと 95℃での半減期(DNA 存

在下・非存在下)の結果は下表に示します。

5min@95°C, 40x (20sec@95°C, 20sec@60°C,

60sec@72°C), followed by 1x 5min@72°C、ライフ

テクノロジーズ社 9700 システムを利用しています。

Taq42、Taq2C2、Taq3B の3つのミュータント Taq

は 10%の全血存在下での増幅が確認できましたが、

野生型 Taq では 2%以下の全血存在下ですら増幅が

抑制されてしまいました。

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b) NaCl に対する耐性

種々の濃度の NaCl 存在下で、10ng の野生型 Taq

およびミュータント Taq で 10e5 コピーのプラスミ

ド DNA の増幅を試みました。ターゲット遺伝子は

165bp の GAPDH 遺伝子、サイクリングパラメータ

ー は ア ジ レ ン ト 社 Mx3005P シ ス テ ム で 1x

5min@95°C, 40x (20sec@95°C, 20sec@60°C,

60sec@72°C)で実施しました。

野生型 Taq と比べて、Taq5A2、Taq42、Taq2C2、

Taq3B のミュータント Taq4種類では、高濃度の

NaCl 濃度存在下での増幅が確認されました。

例えば、37.5mM NaCl存在下では野生型Taqは 17Cq

以上の抑制が認められたのに対して、ミュータント

Taq では Cq 値の抑制は 2.5 サイクル以下という結果

でした。 このように Taq ミュータントには高速性能だけで

なく、PCR インヒビターに対する耐性も備わってい

ることがわかりました。

Part 5: 超高速化、そして高性能化をめざした挑戦! Faster-activating chemical hot start の開発 一般的な高速サイクリング仕様の qPCR 試薬では、

試薬調製時にポリメラーゼ活性を不活化させるため

に抗 Taq 抗体が用いられています。マスターミック

スをホットスタート仕様にするために抗 Taq 抗体を

用いることは、酵素の活性化までの時間が短いため

確かに高速化に繋がるかもしれませんが、ケミカル

ホットスタート仕様に比べ、アッセイの特異性に影

響を与えてしまうことがあります(part 7 参照)。ア

ジレント社では、高い性能をキープした超高速化

qPCR 試薬を作るために、熱や pH の変化による感受

性が高い新しいケミカル修飾法の開発に取り組み、

Taq42 をリバーシブルに不活化させ、加温すること

により速やかに酵素を活性化させることが可能なケ

ミカルホットスタート仕様の新しいマスターミック

スを開発することに成功しました。

下図に示すように、アジレント社が新たに開発し

たケミカル修飾では、酵素を 5min@95°C 加熱する

ことにより 100%のポリメラーゼ活性であることが

示されています。3min@95°C の加熱ではホットスタ

ート Taq42 は 90%の活性を示しています。その後

60min@95°C の加熱により Taq42 の活性は半減し、

これは野生型 Taq DNA polymerase の公表されてい

る半減期と一致していました。

Part 6: ホントに速いのか?! Brilliant III の超高速性能テスト

新製品の超高速サイクリング仕様の Brilliant III

Ultra-Fast qPCR master mix の開発に際しては、高速

性能を持つ Taq42 ミュータントの開発と高速活性化

能を有するケミカルホットスタート法の開発という

2つのキーコンポーネントが存在していましたが、

前述の検討により、Faster-activating chemical hot

start 仕様の Taq42 ミュータントが新製品の Brilliant

III Ultra-Fast qPCR master mix シリーズで採用され

ることが決定されました。

いよいよ新製品 Brilliant III Ultra-Fast qPCR

master mix というパッケージでの検証です。

次に示すのはプラスミド DNA の2倍希釈系列(3

コピーから 1536 コピー)を用い、B7 遺伝子(148bp)

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を増幅させてみた結果です。用いた試薬は新開発の

Brilliant III Ultra-Fast SYBR qPCR マスターミックス

とスタンダードタイプの Brilliant II SYBR マスター

ミックスの2種類で、定量システムはライフテクノ

ロジーズ社の StepOnePlus を利用しました。

Brilliant III SYBR マスターミックスでは、スタンダ

ードサイクリングの Brilliant II に対して~60%の高

速化が示されています(図 A および図 B)。また、超

高速サイクリングで行われた Brilliant III SYBR マス

ターミックスでのスタンダード曲線解析の結果(増

幅効率:98.1%、RSq:0.994)は、スタンダードな

サイクリングで行われた Brilliant II SYBR マスター

ミックスの結果(増幅効率:95.4%、RSq: 0.997)

と比べてほぼ同等の性能を示しています。Cq 値につ

いてもほぼ同等の結果(±1Cq)を示しました。

下図 C および D では、cDNA サンプルの 10x 希釈

系列(0.05pg から 500ng)について、GAPDH (151bp)

を増幅させて同様の比較検討した結果を示します。

Brilliant III SYBR マスターミックスの結果(増幅効

率:91%、RSq:0.998)は Brilliant II SYBR マスタ

ーミックスの結果(増幅効率:93.8%、RSq:0.996)

と Cq 値についても±1Cq とほぼ同等の性能を示しま

した。

A B

C D

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Part 7: Brilliant III Ultra-Fastマスターミックスのプ

ライマーダイマーや非特異的増幅の検討 Faster-activating chemical hot start の成果

次にプラットフォームを Bio-Rad 社の CFX96、ま

た他社試薬キットとの比較実験をしてみました。

ヒトゲノムDNA の10倍希釈系列(5pgから50ng)

について Numb 遺伝子(305bp)を増幅させた結果

を示します。新開発の Brilliant III SYBR マスター

次に、融解曲線解析でプライマーダイマーが認め

られたサンプルについてバイオアナライザーでPCR

産物のサイズを調べてみました。右にゲルイメージ

を示します。B 社試薬では、目的の PCR 産物ではな

い低分子の PCR 産物(=プライマーダイマー)が生

成されていることが分かります。

ミックスを抗体ホットスタート仕様の B 社試薬と比

較してみると、融解曲線解析では B 社試薬で低濃度

領域にプライマーダイマーが多く認められ、したが

って standard curve 解析から得られた増幅効率は

110.8%とプライマーダイマーの影響を受けている

ことが推察されました(Brilliant III では 92.2%)。増

幅曲線解析では B 社試薬では Brilliant III SYBR マス

ターミックスに比べて4Cq 値以上の遅延が認めら

れました。

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さらに確認のため、抗体ホットスタート仕様の T

社SYBR premix試薬を用いて比較検討を行いました。

サンプルはヒトゲノム DNA の 10 倍希釈系列で、

Numb-1 遺伝子(305bp)の増幅をライフテクノロジ

ーズ社 StepOnePlus で行った結果です。増幅曲線解

析では Cq 値に大きな差がないことは前述の結果と

ほぼ同様でしたが、プライマーダイマーの有無に大

きな差が認められました。T 社試薬では、プライマ

ーダイマーが低濃度領域の再現性や増幅効率に影響

していることがわかります。プライマーダイマーに

ついては、プライマー配列に依存するところが大き

いので、一概に述べることは困難ですが、ここに示

す比較結果は他社のマスターミックスキットに比べ

て Brilliant III にプライマーダイマーの生成や非特異

的増幅が少ないだろうことを示唆しています。

R2= 0.996 Eff: 90% R2: 0.979; Eff: 95%

Brilliant III T 社 SYBR premix

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Part 8: Brilliant III qPCR master mix の Agilent Mx3000P/Mx3005P での性能試験

Agilent Mx3000P/Mx3005P QPCR システムは、残

念ながらサーマルシステムが超高速サイクリングに

対応していませんが、Mx3000P/Mx3005P システム

でも Faster-activating chemical hot start の成果が得

られるか、試してみました。

Agilent 社のラボでマイクロアレイによる遺伝子発

現解析の確認作業に用いている SLC 遺伝子と POLR

遺伝子について Brilliant III および Brilliant II で比較検

SLC 遺伝子 POLR 遺伝子

討した結果を示します。テンプレートは PCR 産物の

希釈系列を用い、サイクリングパラメーターは 1x

3min@95℃ 、 40x (5sec@95℃, 20sec@60℃) +

dissociation curve analysis。

いずれもプライマーダイマーは認められなかった

のでプライマーダイマーの生成については比較でき

ませんでしたが、いずれの定量結果でも Brilliant III

のダイナミックレンジは1オーダー広く、高い増幅

効率が示されました。Brilliant II に比べて、特に低濃

度領域で高い増幅性能が示されたことになります。

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