Aug 28,2018 伊藤忠経済研究所 日本経済情報 2018 82018/09/26  · Aug 28,2018...

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伊藤忠経済研究所 チーフエコノミスト 武田淳 (03-3497-3676) akeda-ats @itochu.co.jp Aug 28,2018 伊藤忠経済研究所 【内 容】 1. 世界経済見通し 激化する米中貿易 摩擦 自動車関税 の引き 上げも覚悟が必要 原油価格は徐々に ピークアウト 米国経済は貿易摩 擦で一旦停滞、ユー ロ圏は実力ペースへ 減速 中国経済は政策的 な下支えで緩やかな 減速 世界経済は 2019 に一旦減速 世界経済の持続的 拡大を阻害する新興 国通貨の動揺 2. 日本経済見通し 日本経済情報 2018 8 月号 Summary 2020 年までの世界経済・日本経済見通し 米中貿易摩擦に改善の兆しは見えない。米国は対中関税の対象範囲をさ らに 2,000 億ドル規模拡大する準備を進めており、これに対して中国も 600 億ドル規模の輸入関税で報復する方針。最終的に米国は中国からの 輸入全てに関税をかけることも視野に入れておくべきだろう。 さらに米国は、自動車および部品の関税を 25%まで引き上げる準備も進 めている。これに対し EU は自動車関税の引き下げや輸入拡大を条件に 対象外を目指す交渉を進めるだろう。また、NAFTA は原産地比率引き 上げなどで無関税が維持される見通し。その結果、対象は中国と日本、 韓国に絞られ、いずれも対米自動車輸出に制約を課せられる可能性。 原油需給は、主に米国シェールの増産により需要増を上回る生産拡大が 見込まれるため、今後は緩和方向となり、原油相場も基調としては下落。 ただ、数多く存在する供給リスクにより、一時的に上振れする局面も。 以上を前提とすれば、米国経済は貿易摩擦の影響により物価が上昇し、 2019 年には個人消費が停滞、景気は一旦減速しよう。ただ、2020 年に 入ると大統領選を前に景気刺激策が打ち出され、再加速が予想される。 ユーロ圏経済は、英国の EU 離脱による影響が限定的だとしても、金融 政策の正常化に伴い実力ペースの成長に減速する見通し。中国経済は、 貿易摩擦の影響により減速傾向が強まるものの、政府による景気下支え 策によって景気後退は回避、緩やかな減速となろう。 世界経済全体で見れば、米国、ユーロ圏、中国が減速するため、2019 年は成長が鈍化する見通し。2020 年は米国の回復により持ち直すも、 他地域の減速により勢いは弱い。欧米の金融政策が正常化するなか、一 部通貨の下落や政治リスクの高まりが新興国への投資判断を厳しくし ており、先進国と新興国の相乗的な景気拡大を期待できず。 日本経済は、 46 月期に 2 四半期ぶりのプラス成長に転じ、年初の停滞 から持ち直す。 2018 年度中は輸出・内需とも拡大し 1%超の成長を維持。 2019 年度は米国の自動車関税によって対米輸出が落ち込むが、消費増 税前の駆け込み需要により相殺、増税後も東京五輪関連需要により下支 えされ、2020 年度にかけて減速しつつも拡大基調を維持する見通し。

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  • 伊藤忠経済研究所 チーフエコノミスト

    武田淳 (03-3497-3676)

    takeda-ats @itochu.co.jp

    Aug 28,2018 伊藤忠経済研究所

    【内 容】 1. 世界経済見通し 激化する米中貿易摩擦 自動車関税の引き上げも覚悟が必要 原油価格は徐々にピークアウト 米国経済は貿易摩擦で一旦停滞、ユーロ圏は実力ペースへ減速 中国経済は政策的な下支えで緩やかな減速 世界経済は 2019 年に一旦減速 世界経済の持続的拡大を阻害する新興国通貨の動揺 2. 日本経済見通し

    日本経済情報 2018 年 8 月号 Summary

    2020 年までの世界経済・日本経済見通し

    米中貿易摩擦に改善の兆しは見えない。米国は対中関税の対象範囲をさ

    らに 2,000 億ドル規模拡大する準備を進めており、これに対して中国も600 億ドル規模の輸入関税で報復する方針。最終的に米国は中国からの輸入全てに関税をかけることも視野に入れておくべきだろう。

    さらに米国は、自動車および部品の関税を 25%まで引き上げる準備も進めている。これに対し EU は自動車関税の引き下げや輸入拡大を条件に対象外を目指す交渉を進めるだろう。また、NAFTA は原産地比率引き上げなどで無関税が維持される見通し。その結果、対象は中国と日本、

    韓国に絞られ、いずれも対米自動車輸出に制約を課せられる可能性。

    原油需給は、主に米国シェールの増産により需要増を上回る生産拡大が

    見込まれるため、今後は緩和方向となり、原油相場も基調としては下落。

    ただ、数多く存在する供給リスクにより、一時的に上振れする局面も。

    以上を前提とすれば、米国経済は貿易摩擦の影響により物価が上昇し、

    2019 年には個人消費が停滞、景気は一旦減速しよう。ただ、2020 年に入ると大統領選を前に景気刺激策が打ち出され、再加速が予想される。

    ユーロ圏経済は、英国の EU 離脱による影響が限定的だとしても、金融政策の正常化に伴い実力ペースの成長に減速する見通し。中国経済は、

    貿易摩擦の影響により減速傾向が強まるものの、政府による景気下支え

    策によって景気後退は回避、緩やかな減速となろう。

    世界経済全体で見れば、米国、ユーロ圏、中国が減速するため、2019年は成長が鈍化する見通し。2020 年は米国の回復により持ち直すも、他地域の減速により勢いは弱い。欧米の金融政策が正常化するなか、一

    部通貨の下落や政治リスクの高まりが新興国への投資判断を厳しくし

    ており、先進国と新興国の相乗的な景気拡大を期待できず。

    日本経済は、4~6 月期に 2 四半期ぶりのプラス成長に転じ、年初の停滞から持ち直す。2018 年度中は輸出・内需とも拡大し 1%超の成長を維持。2019 年度は米国の自動車関税によって対米輸出が落ち込むが、消費増税前の駆け込み需要により相殺、増税後も東京五輪関連需要により下支

    えされ、2020 年度にかけて減速しつつも拡大基調を維持する見通し。

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    1. 世界経済見通し

    激化する米中貿易摩擦 米国は 8 月 23 日、中国からの 160 億ドル規模の輸入品に対し、通商法 301 条に基づいて知的財産権の侵害を理由に関税 25%を課した。7 月 6 日に実施した 340 億ドル規模に続く第 2 弾とされ、中国も同日、米国からの同規模の輸入品に同じ 25%の関税賦課を決めたことをもって、貿易戦争の激化と報じられた。ただ、今回の 160 億ドル規模の輸入関税は、当初から 500 億ドル規模で予定されていたものが分割実行されたに過ぎない。しかも、500 億ドルという規模は、両国の輸出全体に占める割合で見れば米国で 3.2%、中国で 2.2%とさほど大きくなく、GDP との比較では米国で 0.3%弱、中国でも 0.4%程度に過ぎない。ともに対象となる輸出全てが消滅するわけでもないため、関税の対象範囲がここまでにとどまれば、関連分野

    では少なからぬ影響があるとはいえ、マクロ的に見れば影響は限定的と言って良いだろう。

    しかしながら、関税の対象範囲が 5 倍にまで拡大されたとしたら、話が変わってくる。米国は既に次のステップとして中国からの輸入品 2,000 億ドル規模へ 25%の関税を課す方向で検討を進めており、公聴会(8/20~27)やパブリックコメント(9/5 募集期限)で集められた意見を基に最終判断し、9 月中にも実施される見通しである。一方の中国は、これに対する報復措置として米国からの 600 億ドル規模の輸入品に5~25%の関税を課すとしている。歩み寄る気配の見えない両国の現状を踏まえると、ここまでは、すなわち米国は中国からの 2,500 億ドル規模の輸入品(全輸入の半分)に、中国は米国からの 1,100 億ドル規模の輸入品(全輸入は 1,300 億ドル)に関税を課す可能性が高いとみておくべきであろう 1。

    米国発の通商問題についての前提

    対全世界(通商拡大法232条)

    対象品目 時期 税率 対象国 主な報復措置など 時期

    鉄鋼 2018/3 25% 除く韓国 中国 豚肉、ワイン、ナッツ類等29億ドル相当に輸入関税 2018/4

    アルミ 2018/3 10% 除く韓国 EU 二輪車やバーボンウイスキー、タバコ等28億ユーロ相当に輸入関税 2018/6

    カナダ 鉄鋼、アルミ、ウイスキー等124億ドル相当に輸入関税 2018/7

    メキシコ 鉄鋼、豚肉、果物等29億ドル相当に輸入関税 2018/6

    自動車 2018/10 25%中国など

    (NAFTA、EUは除外)EUは段階的な関税引き下げ(現行10%)を条件に交渉妥結(輸入拡大も)

    2019/1 - 日本、韓国 交渉により他分野での譲歩により影響は緩和されるが何らかの輸出制限課せられる

    中国への関税措置(通商法301条)

    対象輸入規模 時期 税率

    340億ドル 2018/7 25% 大豆、自動車、小麦、トウモロコシ等545品目340億ドル相当に関税25% 2018/7

    160億ドル 2018/8 25% 燃料、自動車、医療機器等330品目160億ドル相当に関税25% 2018/8

    2,000億ドル 2018/9 25% LNG、中型航空機など計5207品目計600億ドルに5~25%の関税 2018/9

    米国企業に対する通関手続きや許認可の制約、米国製品不買運動

    2,500億ドル 2019/1 25% 残りすべて 米国企業に対する通関手続きや許認可の制約、米国製品不買運動� 2019/1

    (出所)各種報道等を基に伊藤忠経済研究所にて作成

    対象品目

    通信機器、家具、飲食料品、自動車部品など

    産業用機械、電子部品・半導体、精密機器など818品目

    中国による報復措置 時期

    半導体・電子部品、プラスチックなど279品目

    さらに、トランプ大統領は、中国が報復措置を取れば、中国からの輸入の残り半分にも関税を課すと警告

    している。そのため、本予測では、米中貿易摩擦の行方に改善の兆しが見えないことも踏まえ、現実的な

    1 米中の貿易摩擦については、2018 年 8 月 21 日付 Economic Monitor「中国経済:経済政策の方針転換により貿易摩擦激化の悪影響に備える(2018 年 7 月主要経済指標)」も参照されたい。 https://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/21/20180821_2018-041_C.pdf

    https://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/21/20180821_2018-041_C.pdf

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    シナリオの中で最も悪い、米国が中国からの全輸入に関税を課すことを前提とした。

    自動車関税の引き上げも覚悟が必要

    日本経済にとって、米国と中国という世界第一と第二の経済規模を誇る二国間の貿易摩擦の影響は、両国

    の景気悪化、ひいては世界経済の減速を通じて間接的にもたらされることになり、そのインパクトは無視

    できないであろう。ただ、影響の大きさという観点では、米国が検討している自動車輸入に対する関税賦

    課の方が、より直接的でもあり、懸念されるところである。

    米国は 5 月 23 日、通商拡大法第 232 条に基づき、安全保障上の脅威を理由として、自動車および部品の全輸入について関税を 25%へ引き上げる検討に入った。7 月 19 日に開催された公聴会では内外関連業界や関係国政府から批判が相次いだものの、米国の方針転換には至らなかった模様である。そうしたなか、

    EU は 7 月 25 日、ユンケル欧州委員長がトランプ大統領とホワイトハウスで貿易障壁について会談、交渉を続ける間は新たな関税を凍結することで合意した。今後の交渉で EU は、自動車にかかる現行の輸入関税 10%の段階的引き下げや、米国からの輸入拡大などを条件に、米国の自動車関税引き上げ阻止に成功する可能性が十分にあろう。また、NAFTA 加盟国(カナダ、メキシコ)についても、

    NAFTA 再交渉が現地生産比率の引き上げなどで決着するとみられ、関税ゼロが維持

    される可能性が高い。

    そうなると、トランプ政権は残る自動車及

    び部品の主要輸入先である日本や韓国、中

    国を相手に成果を求めることになる。中国

    に対しては、前述の通り自動車を含む全て

    の輸入品に 25%の関税をかけるとすれば、日本と韓国が何らかの自動車輸出抑制策を

    求められることは避けられそうもない。そ

    れが関税引き上げなのか、数量制限なのか、

    手段については見通し難いが、両国から米

    国への自動車及び部品の輸出が目に見える

    形で減少するように決着すると見込んでお

    くべきであろう。日本の対米輸出に占める

    自動車(含む部品)の割合は 4 割近くを占めるため、その場合、日本経済に与えるイ

    ンパクトは大きい(詳細次章)。

    原油価格は徐々にピークアウト

    世界経済を見通す上では、原油相場の動向も重要な要素である。代表的な指標である WTI 先物価格は、6 月下旬から 7 月上旬にかけて 1 バレル=74 ドル台まで上昇したが、以降は 60 ドル台半ばまで下落している。6 月下旬までの相場上昇は、OPEC などの主要産油国が協調減産を続け原油在庫が低水準にとどまるなかで、米国がイラン核合意から離脱しイランの原油取引を制限する制裁を 11 月か

    日本の米国向け輸出の商品別内訳

    金額(兆円) シェア(%)

    2015 2016 2017 2015 2016 2017

    輸送用機器 5.94 5.84 6.07 39.0 41.3 40.1

    自動車 4.39 4.41 4.57 28.8 31.2 30.2

    自動車部品 0.88 0.86 0.96 5.8 6.1 6.4

    自動二輪 0.08 0.07 0.08 0.5 0.5 0.5

    一般機械 3.38 3.07 3.40 22.2 21.7 22.5

    原動機 0.83 0.76 0.85 5.4 5.4 5.6

    建設用・鉱山用機械 0.31 0.31 0.35 2.1 2.2 2.3

    電算機類(含む部分品) 0.42 0.36 0.39 2.7 2.6 2.6

    ポンプ・遠心分離機 0.25 0.22 0.24 1.7 1.5 1.6

    金属加工機械 0.26 0.21 0.22 1.7 1.5 1.4

    電気機器 2.17 1.98 2.07 14.2 14.0 13.7

    電気計測機器 0.34 0.31 0.31 2.2 2.2 2.1

    半導体電子部品 0.30 0.25 0.25 2.0 1.8 1.6

    電気回路等の機器 0.22 0.21 0.22 1.5 1.5 1.4

    重電機器 0.22 0.18 0.18 1.4 1.3 1.2

    映像機器 0.18 0.15 0.13 1.2 1.1 0.9

    電池 0.15 0.17 0.20 1.0 1.2 1.3

    原料別製品 1.08 0.90 0.97 7.1 6.4 6.4

    金属製品 0.24 0.24 0.25 1.6 1.7 1.6

    鉄鋼 0.28 0.19 0.21 1.9 1.4 1.4

    ゴム製品 0.24 0.19 0.19 1.6 1.3 1.3

    化学製品 0.88 0.81 0.89 5.8 5.7 5.9

    その他 1.78 1.55 1.72 11.7 11.0 11.4

    輸出合計 15.22 14.14 15.11 100.0 100.0 100.0

    (出所)財務省 (注)暦年ベース。

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    ら再開することへの懸念が浮上したためである。一方で、7 月上旬以降の相場下落は、米中貿易摩擦の激化やトルコ・リラなど一部の新興国通貨の下落によって世界経済(原油需要)の先行き懸念が強

    まったことや、米国のシェールオイル増産が確認されたことが主な背景である。

    今後の原油需給は、需要の増加を上回る供給拡大

    により現状の需要超過状態が解消され、供給超過

    に転じる見通しである。米国 EIA によると、原油需要は米国や中国、インドなどでの堅調拡大を背

    景に、2018 年、2019 年とも日量 160 万バレル程度増加する見通しである。一方の生産量は、

    OPEC で減少に歯止めが掛かるうえ、米国で大幅拡大が続くことから、2018 年は 190 万バレル程度、2019 年には 210 万バレル強と需要を上回る増加が予想されている。そのため、2019 年には生産量が需要を上回り、原油在庫は増加に転じることから、原油相場は需給面から見れば下落基調と

    なろう。

    ただ、今後の相場を見通すうえでの不確実要因を挙げると、米国の制裁を受けたイランの生産量がど

    の程度まで落ち込むのか、金融面で問題を抱えるベネズエラの生産減がどこまで続くのか、サウジア

    ラビアの供給余力がどの程度縮小するのかなど、供給サイドの方に多い。そのため、これら供給リス

    クが材料視されることで一時的に相場が上振れする局面が度々訪れるとみておくべきであろう。

    米国経済は貿易摩擦で一旦停滞、ユーロ圏は実力ペースへ減速

    以上の前提の下に今後の世界経済を展望すると、まず、米国経済は、貿易摩擦の影響により、2019 年に一旦景気が足踏みする可能性が

    高いと考えられる。2018 年中は、所得税・法人税減税という

    追い風に加えて、個人消費は

    雇用増や賃金上昇、民間投資

    は景気拡大への期待が後押し

    することで、引き続き内需主

    導の堅調な拡大が続こう。し

    かしながら、2019 年に入ると中国製品や自動車への関税賦

    課 2(25%)が物価を押し上げ個人消費は減速、成長率は前

    年比+1.9%となり、実力とされ

    2 自動車関税の米国市場への影響については、2018 年 8 月 28 日付 Economic Monitor「米国の自動車への追加関税により100 万台超の販売減となる可能性」参照。 https://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/28/20180828_2018-043_USA_1.pdf

    (出所)CEIC DATA、bloomberg、予測は伊藤忠経済研究所

    原油相場の見通し(ドル/バレル)

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    2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020

    ドバイ

    ブレント

    WTI

    予測

    ウエイト 2014 2015 2016 2017 2018 2019 20202017 実績 実績 実績 実績 予測 予測 予測

    世界 100.0 3.6 3.5 3.2 3.8 3.8 3.5 3.6

    先進国 60.3 2.1 2.2 1.7 2.2 2.2 1.8 1.9

    米国 24.3 2.6 2.9 1.6 2.2 2.7 1.9 2.6

    ユーロ圏 15.8 1.3 2.1 1.8 2.5 2.0 1.7 1.5

    日本 6.1 0.4 1.4 1.0 1.7 1.2 1.4 0.3

    新興国 39.7 4.7 4.3 4.4 4.8 4.7 4.7 4.6

    アジア 21.9 6.8 6.8 6.5 6.5 6.5 6.3 6.3

    中国 15.0 7.3 6.9 6.7 6.9 6.7 6.4 6.3

    ASEAN5 2.9 4.6 4.9 5.0 5.3 5.3 5.4 5.4

    インド 3.3 7.4 8.2 7.1 6.7 7.3 7.5 7.6

    中東欧 2.4 3.9 4.7 3.2 5.8 4.3 3.7 3.3

    ロシア 1.9 0.7 ▲ 2.5 ▲ 0.2 1.5 1.7 1.5 1.5

    中南米 3.6 1.3 0.3 ▲ 0.6 1.3 1.5 2.7 3.0

    ブラジル 2.6 0.5 ▲ 3.6 ▲ 3.5 1.0 1.5 2.5 2.5(出所)IMF(WEO201807)  (注)各年の数字はインドのみ年度、その他は暦年で前年比。国別のシャドー部はIMFによる予測。

    【 主要国・地域の実質GDP成長率(伊藤忠経済研究所予測) 】

    https://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/28/20180828_2018-043_USA_1.pdfhttps://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/28/20180828_2018-043_USA_1.pdf

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    る 2%程度を割り込む見通し。景気の停滞を受けて FRB(連邦準備理事会)は利上げを一旦見送り、トランプ大統領は次期大統領選を睨んで景気刺激策を打ち出すとみられることから、米国経済は 2020 年に再び成長が加速、前年比+2.6%まで伸びを高めると予想する 3。

    ユーロ圏経済は、前述の通り米国発の貿易摩擦の影響を回避し、足元で見られる個人消費や固定資産投資

    など内需主導の堅調拡大が今後も続く見通し。英国の EU 離脱(Brexit)については、移行期間が設けられることを想定しているが、それでも英国経済の停滞は不可避であり、ユーロ圏から英国向けの輸出は減

    少すると見込まれる。ただ、EU 域外から英国向けの投資がユーロ圏に振り向けられることが、輸出減による悪影響を概ね相殺しよう。そうしたなかで ECB は、既にフォワード・ガイダンスとして示した通り現状の超緩和的な金融政策を利上げなどにより徐々に正常化させるとみられる。その結果、ユーロ圏経済は、

    内需主導の景気拡大を維持しつつ、実力とされる 1%台半ば程度の成長へ徐々に減速すると予想する 4。

    中国経済は政策的な下支えで緩やかな減速

    中国経済は、既に過剰設備・債務の削減や金融

    改革の影響により成長ペースがやや減速して

    いるが、今後は貿易摩擦の激化により対米輸出

    が落ち込み、減速がより明確となろう。ただ、

    政府は金融改革の手を一時的に緩め資金供給

    を拡大、さらに減税やインフラ投資拡大により

    悪影響を緩和する方針であり、景気が著しく冷

    え込む事態は避けられそうである。

    足元の状況を確認すると、2018 年 4~6 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比+6.7%となり、1~3 月期まで 3 四半期続いた+6.8%からは若干鈍化した。産業別の内訳を見ると、三次産業(1~3 月期前年同期比+7.5%→4~6 月期+7.8%)が情報サービスや交通運輸・倉庫・郵便を中心に加速した一方で、二次産業(+6.3%→+6.0%)は主に建設業(+5.4%→+4.0%)が減速した。需要サイドから見れば固定資産投資の減速が顕著であるが、その主因は、中央政府の進める金融改革によって地方政府の資金調達環境が悪化し、インフラ投資が伸

    び悩んでいるためである。

    ただ、中央政府は、貿易摩擦の悪影響に備えるため、金融改革を一時的に休止するとともに、地方債

    の発行を加速させることで資金調達環境の改善を図るほか、インフラ投資を拡大する方針を示してい

    る。米中貿易摩擦の激化によって対米輸出の落ち込みは避けられないものの、こうした景気下支え策

    により、実質 GDP 成長率は 2017 年の前年比+6.9%から 2018 年は+6.7%へ、2019 年は+6.4%へと緩やかな減速にとどまる見通し。

    3 米国経済についての詳細は、2018 年 8 月 17 日付 Economic Monitor「米国経済 UPDATE:高成長下に忍び寄る貿易摩擦と金融リスク」参照。

    https://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/17/20180817_2018-039_USA.pdf 4 ユーロ圏経済についての詳細は、2019 年 8 月 27 日付 Economic Monitor「2020 年にかけてのユーロ圏経済見通し:ナローパスだが「1%半ばへの緩やかなスピード調整」がメインシナリオ」参照。 https://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/27/20180827_2018-042_E_Aug2018.pdf

    2015 2016 2017 2018 2019 2020前年比,%,%Pt 実績 実績 実績 予想 予想 予想実質GDP 6.9 6.7 6.9 6.7 6.4 6.3

    名目GDP 7.0 7.9 11.2 10.3 10.9 9.2

    個人消費 9.7 10.3 8.2 9.1 9.2 8.3

    固定資産投資 3.9 5.5 8.9 6.9 7.0 5.6

    純輸出(寄与度) (1.2) (▲1.1) (▲0.1) (▲1.3) (0.3) (1.9)

    輸 出 10.7 11.9 2.7 ▲0.6 9.3 8.9

    輸 入 ▲12.6 0.1 17.6 14.6 11.0 ▲0.3

    (出所)中国国家統計局、輸出入は当研究所の推計

    中国のGDP成長率予測

    https://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/17/20180817_2018-039_USA.pdfhttps://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/27/20180827_2018-042_E_Aug2018.pdfhttps://www.itochu.co.jp/ja/economic_monitor/report/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/08/27/20180827_2018-042_E_Aug2018.pdf

  • 日本経済情報 伊藤忠経済研究所

    6

    世界経済は 2019年に一旦減速

    日本経済は(詳細次章)、足元で設備投資の増勢加速や個人消費の持ち直しにより、年初の停滞から立ち直

    りつつある。今後も企業業績の改善や賃金上昇を背景に設備投資や個人消費が拡大、2019 年は米国の自動車輸入抑制策により年央から後半にかけて対米自動車輸出が大きく落ち込むものの、10 月に予定される消費増税前の駆け込み需要が相殺し、実質 GDP 成長率は 2018 年(暦年)の前年比+1.2%から 2019 年は+1.4%へむしろ高まる可能性が高い。

    それでも、米国、ユーロ圏、中国という主要 3 地域の減速により、2019 年の世界経済全体の成長率は、2018年の前年比+3.8%から+3.5%へ減速する見込みである。2020 年は米国経済の復調により世界経済も持ち直すものの、ユーロ圏や中国の減速が続き、日本は東京五輪というイベントが終了し一旦停滞するため、

    成長率は+3.6%への小幅加速にとどまると予想する。世界経済は、2017 年から 2018 年にかけて成長率が3%後半まで高まり明るさが広がったが、2019 年は減速に転じ、2020 年もそこまでの回復は見込めず、勢いを欠く状況ということになる。

    世界経済の持続的拡大を阻害する新興国通貨の動揺

    世界経済が力強い拡大を長期間続けるためには、

    先進国と新興国の相乗的な成長が必要であり、

    2018 年後半にはそうした動きが強まると期待された。しかしながら、貿易摩擦の激化に加え、8月に入り加速したトルコ・リラの下落に端を発

    した新興国通貨の動揺が、期待の実現を困難に

    している。

    トルコ・リラの対ドル相場は、年初の 1 ドル=3.8 リラ程度から、7 月には 5 リラ近くまで下落、8 月に入ると下げ足を早め、月半ばには一時 7 リラ台まで急落した。その後は一旦 6 リラ前後で落ち着いたものの、年初来の下落率が 4 割近くに達し外貨建て債務の負担増が懸念されること

    などから、依然不安定な動きを見せている。

    リラ暴落のきっかけは米国との関係悪化である

    が、根本的にはファンダメンタルズの悪さが原

    因であり、さらには、それに対する政府の無策が市場の警戒心を高め、資金の逃避につながったと考えら

    れる。新興国通貨を評価する際に、当研究所では、経常収支(対 GDP 比)、インフレ率(消費者物価上昇率)、実質 GDP 成長率を重要なファンダメンタルズ指標としている。これらに加え、外貨準備の水準を輸入及び短期対外債務との比率で評価することにより、通貨の下落に歯止めを掛ける余地があるかどうかを

    確認している。こうした指標を見る限り、トルコ・リラは対米関係の悪化如何に関わらず、暴落すべき要

    件が揃っている。すなわち、経常収支は GDP 比 5%前後の赤字が続き、経験則的に危険水準である 3%を上回っている。また、インフレ率は 10%超と高く通貨の絶対的価値を押し下げており、しかも最近の通貨下落が一段のインフレ加速を懸念させる。海外からの投資を引き付ける目安となる実質GDP 成長率は、4%

  • 日本経済情報 伊藤忠経済研究所

    7

    台と無難な伸びであるが、ことトルコに関しては供給力を上回る経済成長が輸入を増加させ経常赤字を拡

    大させていることを市場が懸念しており、通貨の安定には結び付いていない。しかも、外貨準備は短期対

    外債務の 0.9 倍に過ぎず、経験則上の安全水準である 1.5 を大きく下回っている。トルコ・リラの下落がいつ再開してもおかしくない状況にあると言える。

    外貨準備高

    輸入比 短期対外

    2017 2018 2019 2017 2018 2019 2017 2018 2019 (百万ドル) (月) 債務比

    トルコ リラ ▲ 5.5 ▲ 5.4 ▲ 4.8 11.1 11.4 10.5 7.0 4.4 4.0 110,288 5.7 0 .9

    南アフリカ ランド ▲ 2.3 ▲ 2.9 ▲ 3.1 5.3 5.3 5.3 1.3 1.5 1.7 50,674 8.1 1.5

    ブラジル レアル ▲ 0.5 ▲ 1.6 ▲ 1.8 3.4 3.5 4.2 1.0 2.3 2.5 379,577 30.2 6.2

    メキシコ ペソ ▲ 1.6 ▲ 1.9 ▲ 2.2 6.0 4.4 3.1 2.0 2.3 3.0 166,048 4.7 3.3

    マレーシア リンギ 3.0 2.4 2.2 5.9 5.3 5.0 5.9 5.3 5.0 104,656 6.4 1 .0

    ロシア ルーブル 2.6 4.5 3.8 3.7 2.8 3.8 1.5 1.7 1.5 456,749 24.1 8.3

    インド ルピー ▲ 2.0 ▲ 2.3 ▲ 2.1 3.6 5.0 5.0 6.7 7.4 7.8 405,740 10.9 4.0

    インドネシア ルピア ▲ 1.7 ▲ 1.9 ▲ 1.9 3.8 3.5 3.4 5.1 5.3 5.5 119,839 9.2 2.4

    フィリピン ペソ ▲ 0.4 ▲ 0.5 ▲ 0.6 3.2 4.2 3.8 6.7 6.7 6.8 77,521 9.7 6.0

    ベトナム ドン 4.1 3.0 2.4 3.5 3.8 4.0 6.8 6.6 6.5 56,696 3.2 4.7

    タイ バーツ 10.8 9.3 8.6 0.7 1.4 0.7 3.9 3.9 3.8 206,791 11.0 3.9

    中国 人民元 1.4 1.2 1.2 1.6 2.5 2.6 6.9 6.6 6.4 3,112,129 39.1 2.8

    (出所)IMF(WEO201804) (注)太字網掛けは危険水準、網掛けのみは要注意水準。

    (注)外貨準備はトルコ、ブラジル、ベトナムが2018年3月末、メキシコは4月末、その他は6月末。ベトナムの短期対外債務は2015年末。網掛け部は要注意水準。

    【 主な新興国のファンダメンタルズ 】

    経常収支 消費者物価 実質GDP

    (GDP比・%) (前年比上昇率・%) (前年比成長率・%)

    ファンダメンタルズ面からトルコ・リラに次いで売られ易い通貨は、南アフリカ・ランドであろう。経常

    赤字は 2019年にGDP比 3%を超える見通しであり、インフレ率は経験則上の危険水準である6%に接近、成長率は 1%台と低く海外からの投資を集められるほどの魅力に乏しい。さらに、外貨準備は短期対外債務の 1.5 倍と危険水準寸前で心許ない。年初来の下落率(8/24 時点)はブラジル・レアルの 19%ほどではないが 14%に達している。なお、ブラジルのファンダメンタルズは南アフリカほど悪化しておらず、外貨準備は潤沢であるにもかかわらず大きく下落しているが、その背景は 10 月に大統領選を控えて政治リスクが意識されているためである。ファンダメンタルズに懸念のある国の通貨は、政治情勢などの不安定要因

    が変動を増幅しやすいため、貿易摩擦や経済制裁など政治的イベントの悪影響が予想以上に広がる可能性

    に留意が必要である。

    そもそも、米国に続きユーロ圏でも金融政策が出口に向かい始めるため、世界中で余剰資金が収縮し、新

    興国に対する投資判断は必然的に厳しくなる。そこに政治的なリスクが上乗せされれば、新興国通貨の行

    方はファンダメンタルズの違いに一層敏感になろう。ここ 2 年ほど先進国主導で堅調な拡大を続けてきた世界経済であるが、その恩恵が投資を通じて新興国へ十分に広がる前に、強い逆風が吹き始めていると言

    えそうである。

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    8

    2. 日本経済見通し

    4~6 月期 GDP では内需の底堅さを確認

    8 月 10 日に発表された 2018 年 4~6 月期 GDP の 1 次速報値は、前期比+0.5%(年率+1.9%)と 2 四半期ぶりのブラス成長となり、年初の景気停滞が一時的なものであったことが確認された。加えて、輸出の

    増勢が鈍い中で、設備投資や個人消費の拡大により 1~3 月期のマイナス(前期比▲0.2%)をカバーして余りある成長を実現したことは、国内民間需要の底堅さのみならず、自律的な回復のための好循環が動き

    始めた可能性を示したという意味で、デフレからの完全な脱却を目指す日本経済にとって明るい材料であ

    った。

    (出所)内閣府 (出所)国土交通省

    実質GDPと主な需要の推移(2010年Q1=100) 建設着工床面積の推移(前年同期比、%)

    100

    105

    110

    115

    120

    125

    130

    135

    2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018

    個人消費 輸出 設備投資 実質GDP

    ▲ 30

    ▲ 20

    ▲ 10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018

    事務所 店舗 工場 倉庫

    なかでも、設備投資が 7 四半期連続の前期比プラス、かつ 1~3 月期の前期比+0.5%から 4~6 月期は+1.3%へ増勢を強めるなど、堅調に拡大している点は、需要面から景気を押し上げるだけでなく、供給力を引き上げ成長の持続性を高めるという意味でも前向きに評価できる。機械投資の先行指標で

    ある機械受注は製造業からの受注が顕著に増えており、建設投資の先行指標である建設着工床面積の

    内訳を見ても、これまで牽引役であった「事務所」や「倉庫」の増加が一服する中で「工場」が伸び

    を高めるなど、製造業における投資活動の活発さが目立っている。

    一方、個人消費は 4~6 月期に前期比+0.7%と 1~3 月期の落ち込み(▲0.2%)を大きく上回る拡大を見せたとはいえ、前年同期比では+0.2%にとどまっており、水準を持ち直した程度と評価すべきであろう。ただ、雇用者報酬が個人消費を大きく上回る前年同期比+3.8%(実質)まで伸びを高めており、個人消費の拡大余地は大きい。7 月の小売販売は、百貨店で夏物セール前倒しの反動で大きく落ち込んだものの、スーパーやコンビニでは猛暑の後押しもあり夏物商品を中心に比較的好調であった。

    (出所)内閣府 (出所)経済産業省、各業界団体

    業態別小売販売額の推移(前年同期比、%)雇用者報酬と個人消費の推移(実質、前年同期比、%)

    ▲ 5

    ▲ 4

    ▲ 3

    ▲ 2

    ▲ 1

    0

    1

    2

    3

    4

    2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018

    個人消費

    雇用者報酬

    ▲ 10

    ▲ 5

    0

    5

    10

    15

    2013 2014 2015 2016 2017 2018

    小売業計 コンビニスーパー 百貨店

    ※直近期は7月単月。

    百貨店、スーパーは店舗調整済、コンビニは既存店。 小売計のみ消費税含む。

  • 日本経済情報 伊藤忠経済研究所

    9

    まだ本格的な回復を見通せるほどではないものの、財布の紐を緩める要因があれば、所得の増加が個人消

    費の拡大につながる可能性は垣間見られたと言えよう。

    対米輸出は自動車関税により大幅に落ち込む

    内需が底堅さを見せ始めたとはいえ、デフレ脱却に

    十分な成長を維持しつつ、自律的な景気拡大を確実

    にするためには、今しばらく輸出の下支えが必要で

    あり、その最大の懸案材料は、冒頭でも触れた米国

    発の貿易摩擦問題であろう。特に、日本に直接的か

    つ大きな影響が懸念されるのは、米国通商拡大法

    232 条の自動車への適用である。

    その行方を占う意味でも注目された第 1 回日米通商協議(FFR)が 8 月 10 日、ワシントンで開催されたが、双方の基本的考え方を共有するにとどまり、自動車関税についての具体的な協議は 9 月下旬が見込まれる次回会合以降に持ち越された。同法は本来、安全保障上の理由に基づいて制裁を発動す

    るものであり、常識的に考えれば同盟国の日本に適用されるべきものではない。しかも、25%もの関税をかければ輸入車や輸入部品の価格が上昇し、自動車市場の縮小にもつながりかねない。しかしな

    がら、トランプ大統領は、そうした常識論に依存せず国益の最大化のみを優先して判断することは、

    これまでの行動から明らかである。そのため、対日貿易赤字縮小を目指す米国は、通商交渉において

    日本からの自動車(含む部品)輸出 5.5 兆円(2017 年)の削減を求めてくる可能性が高いと考えておくべきだろう。

    対する日本としては、それを相殺するための輸入増が対案となり、その対象は LNG や防衛装備品となろうが、名目 GDP549 兆円(2017 年度)の 1%という防衛費の上限、LNG の輸入額 3.9 兆円(2017年)という現実を踏まえると、数千億円規模がせいぜいである。米国が強く求めている農産品につい

    ても、国内の反対が強いため多くは期待できない。その結果、自動車の対米輸出に、ある程度の制約

    が課せられると考えるのが現実的だと思われる。本予測においては、対米自動車輸出が 2019 年に16%5、米国向け輸出全体で見れば 6%弱落ち込むと見込んでいる。

    そのほか、間接的には、貿易摩擦問題の影響を最も大きく受けるとみられる中国経済の変調を通じた

    影響が考えられる。ただ、前章で述べた通り、中国では貿易摩擦による悪影響に備えるための施策が

    打ち出され、景気の腰折れには至らないとみられ、日本から中国へ輸出が受ける影響も限定的だと見

    込んでいる。

    以上より、日本の輸出は、2019 年度に入り米国向けの落ち込みによって一旦足踏みするものの、2019年終わり頃から米国向けを含め増加基調を取り戻し、2020 年度は 2018 年度並みの伸びを確保すると予想する。

    5 自動車および部品の対米輸出に 2019 年 1 月から関税 25%が課せられ、うち 5%をメーカーが吸収、20%を価格転嫁することにより、販売(輸出)量が 16%減少するとした。

    (出所)財務省

    輸出数量指数の推移(季節調整値、2010年=100)

    60

    70

    80

    90

    100

    110

    120

    2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021

    米国 EU中国 ASEAN※予測は伊藤忠経済研究所による

    予測

  • 日本経済情報 伊藤忠経済研究所

    10

    設備投資はピークアウト

    足元で増勢を強める設備投資は、2018 年度通年でこそ前年比+3.0%と 2017 年度(+3.1%)並みの伸びを確保するものの、循環的には 2018 年度後半にピークアウトすると見込まれる。

    設備の更新サイクルに基づいて投資の動きを表現する資本ストック循環図(右図)によると、足元 2018年 4~6 月期の設備投資は 1%台後半の期待成長率を前提とするほどの拡大ペースとなっており、やや過熱気味である。そのため、今後の設備投資は、今年度の初めに設定された強気な計画に基づいてし

    ばらく増勢を維持するとしても、その勢いは

    徐々に鈍っていく可能性が高い。上記で見込

    んだ通り貿易戦争が一段と激化すれば、こう

    したシナリオはより現実味を帯びることに

    なろう。

    2019 年に入ると、10 月の消費増税に伴う駆け込み需要によって、また、2020 年前半にも東京五輪を控えた投資の盛り上がりによ

    って、設備投資は一時的に下げ止まるとみら

    れるが、循環的な投資抑制局面に入った設備

    投資は、均してみれば概ね横ばい程度の推移

    が 2020 年度にかけて続くと予想する。

    個人消費が景気の下支え役に

    輸出が足踏みし、設備投資がピークアウトする中で、景気を支えるのは個人消費となろう。前述の通

    り、賃金の上昇を受けて個人消費は持ち直しの兆しを見せているが、今後は回復傾向が明確となり、

    2019 年に入ると消費増税前の駆け込み需要が耐久財を中心に本格化、個人消費は一段と増勢を強めよう。10 月の消費増税以降は反動と税率引き上げの影響により落ち込むとみられるが、軽減税率の効果もあり落ち込み幅は前回の消費増税(2014 年 4 月)ほどではないだろう。さらに、2020 年に入ると東京五輪関連の盛り上がりが個人消費が持ち直すきっかけとなり、個人消費は 2018 年度の前年比+1.4%に続き、2019 年度も通年で+1.0%程度の比較的高い伸びを維持すると予想する。ただ、五輪後は先送りされた消費増税の影響が加わり、個人消費はしばらく停滞が見込まれ、2020 年度は通年で前年比+0.4%へ減速しよう。

    (出所)内閣府、予測部分は伊藤忠経済研究所による (出所)内閣府、予測部分は伊藤忠経済研究所による

    雇用者報酬と個人消費の推移(名目、前年比、%) 実質個人消費の推移(季節調整値、2011年価格、兆円)

    ▲ 5

    ▲ 4

    ▲ 3

    ▲ 2

    ▲ 1

    0

    1

    2

    3

    4

    2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016 2018 2020

    名目個人消費

    雇用者報酬

    予想

    280

    285

    290

    295

    300

    305

    310

    315

    2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021

    反動落ち

    駆け込み

    需要

    駆け込み

    需要

    反動落ち

    消費増税5%→8%

    消費増税8%→10%

    前回より落ち込みが小さい理由

    ・税率の引き上げ幅が小さい

    ・一部に軽減税率導入

    ・賃金が上昇傾向

    (出所)内閣府公表資料を基に伊藤忠経済研究所にて試算

    民間企業資本ストック循環図

    ▲ 2

    0

    2

    4

    6

    8

    10

    12

    11 11.5 12 12.5 13 13.5

    前期の IK比率(%)

    設備投資の前年同期比(%)

    2012年Q1

    2013年Q1

    2018年Q2

    1.5%

    2.0%

    0.5%

    1.0%

    2015年Q1

    期待成長率

    2017年Q1

    2016年Q1

    0.0%

    2014年Q1

    2020年Q1

    2019年Q1

  • 日本経済情報 伊藤忠経済研究所

    11

    住宅投資は減少が続く

    消費増税の影響は、住宅投資にも大きく表れる。特に持ち家(注文住宅)への影響が大きく、現行税

    率 8%が適用される契約期限の 2019 年 3 月末にかけて住宅着工が盛り上がり、以降は急速に減少すると予想される。賃貸住宅(アパート、賃貸用マンション)については、既に相続税の基礎控除縮小

    を受けた投資ブームの調整局面にあり、駆け込み需要によって一時的に下げ止まった後は、再び減少

    が続くと見込まれる。分譲住宅(分譲用マンション、建売住宅)は、2018 年 4~6 月期に前期比+18.4%もの大幅増となったが、主因は駆け込み需要を狙った動きとみられる。

    ただ、消費増税まで残すところ 1 年余りとなり、建築や販売に必要な期間を考慮すると、今後は着

    工がピークアウトする可能性が高い。以上の結果、

    2018 年度の住宅着工戸数は主に持ち家の駆け込み需要によって前年比微増の 94.8 万戸となるが、以降は持ち家の反動減や賃貸住宅の調整継続により

    2019 年度に 89.5 万戸、2020 年度には 85.8 万戸へ減少、住宅投資は 2018 年度以降、前年比でマイナスが続くと予想する。

    「デフレ脱却宣言」の時期は大きく後退

    以上の状況を考慮すると、2018 年中の日本経済は、輸出の拡大が続く中で、個人消費や設備投資といった国内民間需要が牽引する形で景気の拡大が続くとみられる。2019 年に入ると、貿易摩擦が自動車分野にまで及ぶことにより米国向け輸出が減少するものの、10 月に予定される消費増税を前に個人消費を中心として駆け込み需要が発生、貿易摩擦による悪影響を相殺することで景気は拡大基調を維持

    しよう。消費増税後の日本経済は、駆け込み需

    要の反動により一時停滞を余儀なくされるが、

    2020 年に入ると東京五輪関連需要の活発化をきっかけに景気は一旦持ち直し、五輪後にその

    反動と、消費増税に伴う悪影響の顕在化により、

    再び景気が停滞色を見せることとなろう。

    そのため、実質 GDP 成長率は、2017 年度の前年比+1.6%から 2018 年度も+1.5%と潜在成長率(1.0%程度、内閣府試算)を上回る比較的高い成長を維持するが、その後は貿易摩擦と

    消費増税による悪影響を消化することになり、

    2019 年度+0.8%、2020 年度+0.6%と潜在成長率を割り込んで減速が続く見通しである。

    この結果、需給ギャップ(需要-供給力)は、

    2018 年度末(2019 年 1~3 月期)に GDP 比1.3%程度まで拡大、コア消費者物価上昇率(生

    (出所)国土交通省

    住宅着工戸数の推移(季節調整値、万戸)

    3

    4

    5

    6

    7

    8

    9

    10

    11

    12

    13

    2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021

    持家 貸家 分譲

    予想

    2016 2017 2018 2019 2020前年比,%,%Pt 実績 実績 予想 予想 予想実質GDP 1.2 1.6 1.5 0.8 0.6

    国内需要 0.4 1.2 1.5 0.7 0.2民間需要 0.4 1.4 1.9 0.8 0.1

    個人消費 0.3 0.8 1.4 1.0 0.4住宅投資 6.2 ▲0.3 ▲2.6 ▲2.4 ▲3.8設備投資 1.2 3.1 3.0 ▲0.0 ▲0.5在庫投資(寄与度) (▲0.3) (0.1) (0.2) (0.1) (0.1)政府消費 0.5 0.7 0.6 0.6 0.9公共投資 0.9 1.4 ▲0.6 ▲1.2 ▲1.5純輸出(寄与度) (0.7) (0.3) (▲0.1) (0.1) (0.4)

    輸 出 3.6 6.3 3.9 2.5 3.8輸 入 ▲0.8 4.1 4.3 1.7 1.3

    名目GDP 1.0 1.7 1.7 2.5 1.8

    実質GDP(暦年ベース) 1.0 1.7 1.2 1.4 0.3

    鉱工業生産 1.1 4.1 1.7 1.4 0.8失業率(%、平均) 3.0 2.7 2.4 2.4 2.3経常収支(兆円) 21.0 21.7 15.7 17.4 21.8消費者物価(除く生鮮) ▲0.2 0.7 1.1 1.8 1.1(出所)内閣府ほか、予想部分は当研究所による。

    日本経済の推移と予測(年度)

  • 日本経済情報 伊藤忠経済研究所

    12

    鮮食品を除く総合)は消費増税前に前年比+1%台半ばまで高まるものの、消費増税後は潜在成長率を下回る成長が続くため需給ギャップは 2020 年度に 0.3~0.5%まで縮小、コア消費者物価上昇率も消費増税分を除けば 1%を割り込む可能性が高い。その場合、早ければ物価上昇率 1%超が定着すると見込まれる 2019 年前半には「デフレ脱却宣言」が可能な状況になろうが、消費増税の直前であり先行きの不透明感が強まる時期であることを踏まえると、実際にはハードルは高い。一方で、この機

    会を逃すと、少なくとも物価上昇率が 1%を下回る2020 年度いっぱいは難しいだろう。

    ここで想定したように貿易摩擦が米中間で一段と

    激化するとともに、自動車分野にまで拡大する可能

    性は、トランプ大統領の他国への影響を顧みない米

    国最優先思考に基づけば、決して低いとは言えない。

    そして、そうなった場合、日本経済は景気の腰折れ

    こそ回避できたとしても、デフレからの真の脱却は

    かなり遠のくことを覚悟しておく必要があろう。

    本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊

    藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負い

    ません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と

    整合的であるとは限りません。

    (出所)総務省、内閣府、予測部分は伊藤忠経済研究所による

    需給ギャップと消費者物価の推移(前年同期比、GDP比、%)

    ▲ 4

    ▲ 3

    ▲ 2

    ▲ 1

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    2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021

    除く消費税・生鮮商品・エネルギー

    需給ギャップ(GDP比)

    予想