“エシカル(倫理的)な素材”オーガニックコットン...

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テキサスのオーガニックコットン農場「3年以上農薬や化学 肥料を使わないで栽培された農地で、農薬や化学肥料を使 わないで生産された綿花」という厳しい基準も、このテキサス の農場から生まれた。 “エシカル(倫理的)な素材”オーガニックコットン 日本の熟達のアパレル技術が素材を生かす 株式会社アバンティ 代表取締役 渡邊智恵子さん 10 2008 Vol.236

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テキサスのオーガニックコットン農場「3年以上農薬や化学肥料を使わないで栽培された農地で、農薬や化学肥料を使わないで生産された綿花」という厳しい基準も、このテキサスの農場から生まれた。

“エシカル(倫理的)な素材”オーガニックコットン 日本の熟達のアパレル技術が素材を生かす 株式会社アバンティ    代表取締役 渡邊智恵子さん

10 2008 Vol.236

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今年26回目を迎えた毎日ファッション大賞、2008年度は日本でオーガニックコットンの普及に取り組んできた草分けの㈱アバンティと大正紡績㈱が受賞された。過去の25回のうち24回はデザイナーが受賞しており、デザイナー以外で受賞するのは画期的なこと。オーガニックコットンの意味をアバンティ社代表取締役の渡邊智恵子さんに伺った。

古くて新しいエシカル(倫理的)素材 オーガニックコットン

摘まれた原綿から実やガクなどが除かれ、糸になり、撚られて次第に強くて細い糸になってゆく。

 毎日ファッション大賞は、毎日新聞社が主催し経済産

業省が後援する1983年に創設された賞で、今年で26回目。

年間を通じてファッションという文化活動の中で最も優

れた成果をあげた人(デザイナー、経営者、コーディネ

ーター等)や企業、団体に大賞が与えられる。

 過去25回のうち、24回までが三宅一生、山本耀司、川

久保玲さんなど、ファッションデザイナーに与えられて

いる。その本賞を今年受賞したのが、㈱アバンティと大

正紡績㈱の2社である。受賞理由は、日本のオーガニッ

クコットンの草分けとしてオーガニックコットン(有機

栽培綿花)素材の普及とファッション性と機能性を兼ね

備えた商品で、地球環境に配慮したライフスタイル実現

に貢献したこと。

 ファッション大賞の本賞がデザイナーを押しのけて素

材会社に授与されるのは、それだけファッション業界に

とって有機栽培綿花の意味が大きいことを示している。

 ㈱アバンティの代表取締役が渡邊智恵子さん。渡邊さ

んは1990年頃からオーガニックコットンの生地の輸入を

始め、いまでは原綿を輸入し、生地にして販売し、自ら

製品も手がける。素材としてのオーガニックコットンを

普及させてきたパイオニアである。

 このところ、アパレルの世界では新素材の開発競争が

激しいが、その意味で、オーガニックコットンは、新し

い素材ではない。ではなぜ、オーガニックコットンがこ

れほど注目されるのか。キーワードは、環境、健康、ナ

チュラルである。

 木綿は、貴重な素材として、古くから活用が進んできた。

需要は多く、生産・加工の過程で効率が優先されるため、

例えば、児童労働や、綿花の栽培の過程で使用される薬

剤で多くの農民が被害を受けている……などさまざまな

弊害が言われてきた。

 ㈱アバンティの渡邊智恵子社長は受賞式で「オーガニ

ックコットンはそうした弊害をなくしていく1つの方法

です。犠牲の上にファッションビジネスが成り立つのは

「有機栽培の農場を見て、ファーマーの話しを聞いて、環境や健康についてまったく考えなかったそれまでの半生を後悔しました。目からウロコの体験でした」と渡邊智恵子社長。

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良くない。その意味で、オーガニックコットンは、エシ

カル(倫理的)なファッション、エシカルなビジネスを目

指すものです」と語っている。

 1人の人間としての原点に帰って生き方を問いかける

素材、それがオーガニックコットンと言ってもいいかも

しれない。

 そもそも渡邊さんがオーガニックコットンを扱うよう

になったのは1990年。当時、双眼鏡やライフルスコープ

などを手がける会社にいた渡邊さんは、仕事も順調に進み、

趣味のゴルフにはまっていた。一時は毎日早朝にゴルフ

練習に行き、自宅でも筋力トレーニングを行うほどのの

めりこみ方だったという。

 仕事でも、マーケティングを手がける子会社㈱アバン

ティを立ち上げ、事業も順調。そんなある日、知人のイ

ギリス人メアリー平本さんから、「オーガニックコット

ンの生地があるから輸入してくれない?」と相談を受ける。

 そして、動物愛護家でエコロジーに関心を持っていた

平本さんからオーガニックコットンについて説明を受けた。

原綿はテキサスの農場で3年間無農薬の有機栽培された

もので、有機栽培にかける農夫たちの思い、なぜ有機栽

培なのか、薬物が身体に入ると外に排出されないからど

んどん身体に蓄積されていく……などなど。

 それを聞いていた渡邊さんは、「趣味で利用するゴル

フ場は化学肥料や農薬、除草剤を使うのが当たり前、40

数年生きてきて、私は何をしてきたのだろうか、知らず

にいたことが罪のように感じられた」と当時を述懐する。

 このときに感じたショックの大きさが、渡邊さんをオ

ーガニックコットンにのめりこませる原動力になってい

るのかもしれない。

 運命的な出会いであった。

 話しを聞いてすぐに渡邊さんはニューヨークに飛び取

引相手と面談、有機栽培の木綿生地の輸入を決める。速

攻である。

 こうして生地を輸入し、販売をしてみるとどんどん新

たな興味が生まれてくる。「ほかに生地はないの?」。

こうなると、どんな素材なの、どんなところで、どうや

って作られているの? と興味は尽きない。こうして渡

邊さんは、とうとうテキサスの原産地までたどり着くこ

とになる。

 オーガニックコットンはどのように作られているのか……

気になったらとまらない。さっそくテキサス州農務省に

電話すると、出てきた人が同州でオーガニックコットン

の基準を作り推進してきたマネジャーのワイズマンさん。

案内するから是非来てくれとの返事で出かけることに。

 当時テキサスの木綿栽培は、世界的に目安とされてい

る「3年間、農薬や化学肥料を使わないで栽培された農

地で農薬や化学肥料を使わないで生産された綿花」とい

うオーガニックコットンの基準も2年前(1989年)に作

ったばかり。農場での栽培もやっと軌道に乗り始めたと

ころで、販路開拓がテーマになっていた。そこに理解あ

る購入者の渡邊さんがきたものだから、期待も大きく、

大歓迎を受ける。

 栽培に携わるファーマーたちの「土地は神から借りた

もの。それをきれいな状態で返すのが私たちの使命」など、

“目からウロコ”の オーガニックコットンとの出会い

テキサス農場で知った オーガニックな“生き方”

新宿区大京町にあるアバンティのショップ。オリジナルブランドのPRISTINE製品が陳列販売されている。

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話しも聞いた。有機栽培に携わる彼らの思想に触れ、渡

邊さんはこの素材の持つ意味を次第に深く受け止めていく。

 同時に、世界の農薬使用量の10%が耕地全体の2%に

過ぎないコットン栽培に使われている、綿花栽培が大き

な産業であるインドでは農地の5%の綿花栽培に農薬の

50%が使用されているといわれている、200gのTシャツ

を作る過程で、150gの薬剤が使われている……などの情

報にも触れ、ますますオーガニックコットンのもつ不思

議な魅力のとりこになってゆく。

 こうして、生地の購入から原綿の輸入へと進み、国内で、

糸・織り・編み・染色・デザイン・縫製・販売……の全

プロセスに関わるようになっていく。

 原綿を購入し、糸作りから始めることになったが、問

題は、原綿を生地にしてくれる紡績、撚り、織り。その

会社を探すことが一苦労だったという。

 コットン素材は、農場で種やガク、茎を除いた綿花を

大きな束で輸入。紡績工場に運び、そこで太い糸状に伸

ばす。これを撚りながら何本かを束ねて細く伸ばし、何

度か繰り返して細い糸にする。そしてこの糸を使って布

地を織る。

 その後、染色、縫製加工……と進むが、どんなにいい

原綿でも、その後の加工の仕方によってまったく違った

生地になり、違った製品になる。オーガニックコットン

の持つ、色、強さ、輝き、ナチュラルさ……を活かすた

めには、このプロセスも工夫と技が必要だ。

 国内から繊維の現場がなくなり、技術を持つ職人も少

なくなっているが、そんななか、なんとか高度な手技を

持つ工場を見つけて、北は山形県の米沢から南は愛媛県

の今治まで、渡邊さんは工場を訪ね歩く。こうして、オ

ーガニックコットンの加工をお願いする、職人を捜し当て、

渡邊さんの原綿は生地として生まれ変わることになる。

 「日本の繊維産地が消えていくなか、技を持った職人

さんたちが、見事な技で、オーガニックコットンを生地

に仕上げてくださいます。合成繊維と違って自然素材の

コットンは、手の加え方で仕上がりがまったく違ってき

ます。その微妙な違いをきちんと見分けて、しっかりと

手をかけてくださる。その技のすごさに感動します」と

渡邊さん。

 渡邊さんのオーガニックコットンは、いわば失われゆ

こうとしている日本の伝統的な技をよみがえらせる機会

を生み出してもいるのだ。

 現在、渡邊さんのアバンティ社は、

・オーガニックコットンの輸入販売、

・糸・生地の企画製造販売、

・オーガニックコットン製品の企画製造販売

を行っている。独自の製品はPRISTINEのブランドで、

新宿区大京町の本社一階の店舗でも販売しているほか、

梅田および西宮阪急、恵比寿三越、銀座松屋、新宿伊勢丹、

池袋西武などの直営コーナーでも販売しており、アイテ

ムも豊富だ。

 環境にやさしいだけでなく、人の肌にも優しいオーガ

ニック素材ということもあって、肌着やタオルなどの商

品のファンも多い。特に赤ちゃん向けの商品は、健康に

関心を持つお母さん方に人気だ。

「オーガニックコットンを手がけて18年、これまでは原

綿から生地を作るいわば作り手の輪を広げ、ネットワー

ク作りに力を入れてきました。今後は、使い手の消費者

の方々とのネットワークを作っていきたい」と渡邊さん。

パリで開催されている世界最高峰の繊維見本市プルミエ

ールビジョンに2003年から選抜されて出展してきたが、

今年は多くのバイヤーから「生地だけでなく日本で製品

作りまでをやってくれないか」との依頼が相次いだという。

「footprintという言葉があります。素材の生産から消費

まで、ある製品がどのくらいの距離を移動したかを示す

ものですが、footprintを小さくするためには、日本の素

材は日本で製品作りをしてもらう方がいい、ということ

なのですね。ヨーロッパの素材をアジアに持ってきて加

工し、再度ヨーロッパに持ってくるよりも、日本の素材

を日本・アジアで加工してもらったほうがいいという考

え方です」。

 いま、環境と健康にやさしい素材オーガニックコット

ンに世界の注目が集まっている。

 日本の技術を活かした素材・製品を世界に届ける……

渡邊さんの夢は、実現へと一歩ずつ近づいている。

株式会社アバンティ

業務内容:オーガニックコットンの輸入販売、糸・生地の企画製造販売、オーガ

ニックコットン製品の企画製造販売

所 在 地:東京都新宿区大京町31 二宮ビル

TEL:03-3226-7789

HP:http://www.avantijapan.co.jp

オーガニック素材を活かす 職人技

消費者との連携を 目指して

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