寄稿3 技術標準をめぐる特許問題の概観 · PDF file2014.1.24. no.272 91...

15
90 tokugikon 2014.1.24. no.272 抄録 る訳ではない。AppleとSamsungの特許紛争は,旧勢力と 新興勢力とが激突した戦いであると言える。このため,特 許権をライセンスする時のロイヤルティ(実施料)の料率 に対する考え方が大きく異なっており,両社だけでなく, Microsoft,Google,Motorola等のメーカ,裁判所および 法曹界も巻き込んだ展開となっている。 移動通信分野での最初の大きな特許紛争は,InterDigital Communications Corporation(以下,「IDC」)が米国の標 準 化 機 関 で あ る TIA(Telecommunications industry Association)が 制 定 し た 標 準 規 格 書 IS-95(Interim Standard-95)に基づいて自動車電話機や無線基地局を製 造販売した場合,IDCの特許権を侵害するとして1993年 3月にTIAに警告状を送付したことに始まる。IDCは, TDMA(Time Division Multiple Access,時分割多元接続) 株式会社サイバー創研 鶴原 稔也 近年AppleとSamsungとが世界各国で特許権侵害の裁判を提起し,世間の注目を集めている。移動 通信の分野では 1990 年代初頭から大きな特許紛争が勃発し,現在でもグローバル企業だけでなく,研 究開発型ベンチャー企業も巻きこんで世界各地で裁判が続いている。本稿では,第 2 世代移動通信方式 および第 3 世代移動通信方式の標準化過程における特許紛争の経緯について紹介する。標準化に係わる 必須特許の取り扱いとして,パテントプールによる一括ライセンスが有効と言われているが,MPEG- 2,DVD,第 3 世代移動通信方式でのパテントプールについて紹介する。更に,標準化がなされサービ スが普及した後に特許権侵害で提訴する「ホールドアップ問題」の解決が急務となっているが,この問 題を 3 つのカテゴリに分けて紹介し,その一部について取り組みを提案している。 寄稿 3 技術標準をめぐる特許問題の概観 −移動通信方式標準化に係わる特許紛争・ パテントプール・ホールドアップ問題を題材として− 1. 移動通信方式標準化と特許紛争 1.1 第2世代移動通信方式に関する特許紛争 近年 Apple と Samsung とが世界各国で特許権侵害の裁判 を提起し,世間の注目を集めている。移動通信の分野では これまでにもグローバルな特許紛争はあったが,過去の特 許紛争と最近の Apple と Samsung との特許紛争は異なって いる。以前の特許紛争はいずれの当事者も研究開発型か製 造販売型かの違いはあるが,どちらも特許権を数多く所有 す る メ ー カ で あ っ た。 一 方,Apple と Samsung で は Samsungは旧来型の特許権を数多く所有するメーカであ るが,Appleは端末メーカとしては新興勢力であり, Apple 自身は自らが生み出した特許権をそれ程所有してい 図1 IDCと各社との特許紛争の経緯 95.3.29 Motorola が IDC に 勝訴 93.4.23 Qualcomm→IDC 提訴 93.10.8 Motorola→IDC 提訴 94.11.2 Qualcomm と IDC 和解 93 95 94 96 93.3 IDC→TIA 警告状送付 93.4.16 ・IDC→TIA 正式警告 ・IDC→Qualcomm 提訴 ・IDC→沖電気 提訴 93.9.10 Ericsson→IDC 提訴 93.9.10 IDC→Ericsson 提訴 93.10.12 IDC→Motorola 提訴 94.7.20 沖電気と IDC 和解

Transcript of 寄稿3 技術標準をめぐる特許問題の概観 · PDF file2014.1.24. no.272 91...

90tokugikon 2014.1.24. no.272

抄 録

る訳ではない。AppleとSamsungの特許紛争は,旧勢力と

新興勢力とが激突した戦いであると言える。このため,特

許権をライセンスする時のロイヤルティ(実施料)の料率

に対する考え方が大きく異なっており,両社だけでなく,

Microsoft,Google,Motorola等のメーカ,裁判所および

法曹界も巻き込んだ展開となっている。

 移動通信分野での最初の大きな特許紛争は,InterDigital

Communications Corporation(以下,「IDC」)が米国の標

準 化 機 関 で あ る TIA(Telecommunications industry

Association)が 制 定 し た 標 準 規 格 書 IS-95(Interim

Standard-95)に基づいて自動車電話機や無線基地局を製

造販売した場合,IDCの特許権を侵害するとして1993年

3月にTIAに警告状を送付したことに始まる。IDCは,

TDMA(Time Division Multiple Access,時分割多元接続)

株式会社サイバー創研  鶴原 稔也

 近年AppleとSamsungとが世界各国で特許権侵害の裁判を提起し,世間の注目を集めている。移動通信の分野では1990年代初頭から大きな特許紛争が勃発し,現在でもグローバル企業だけでなく,研究開発型ベンチャー企業も巻きこんで世界各地で裁判が続いている。本稿では,第2世代移動通信方式および第3世代移動通信方式の標準化過程における特許紛争の経緯について紹介する。標準化に係わる必須特許の取り扱いとして,パテントプールによる一括ライセンスが有効と言われているが,MPEG-2,DVD,第3世代移動通信方式でのパテントプールについて紹介する。更に,標準化がなされサービスが普及した後に特許権侵害で提訴する「ホールドアップ問題」の解決が急務となっているが,この問題を3つのカテゴリに分けて紹介し,その一部について取り組みを提案している。

寄稿3

技術標準をめぐる特許問題の概観−移動通信方式標準化に係わる特許紛争・ パテントプール・ホールドアップ問題を題材として−

1. 移動通信方式標準化と特許紛争

1.1 第2世代移動通信方式に関する特許紛争

 近年AppleとSamsungとが世界各国で特許権侵害の裁判

を提起し,世間の注目を集めている。移動通信の分野では

これまでにもグローバルな特許紛争はあったが,過去の特

許紛争と最近のAppleとSamsungとの特許紛争は異なって

いる。以前の特許紛争はいずれの当事者も研究開発型か製

造販売型かの違いはあるが,どちらも特許権を数多く所有

す る メ ー カ で あ っ た。 一 方,Apple と Samsung で は

Samsungは旧来型の特許権を数多く所有するメーカであ

るが,Apple は端末メーカとしては新興勢力であり,

Apple自身は自らが生み出した特許権をそれ程所有してい

図1 IDCと各社との特許紛争の経緯

95.3.29MotorolaがIDCに勝訴

93.4.23Qualcomm→IDC提訴

93.10.8Motorola→IDC提訴

94.11.2QualcommとIDC和解

93 9594 96

93.3IDC→TIA警告状送付

93.4.16 ・IDC→TIA 正式警告 ・IDC→Qualcomm 提訴 ・IDC→沖電気 提訴

93.9.10Ericsson→IDC提訴

93.9.10IDC→Ericsson提訴

93.10.12IDC→Motorola提訴

94.7.20沖電気とIDC和解

91 tokugikon 2014.1.24. no.272

技術標準をめぐる特許問題の概観

─移動通信方式標準化に係わる特許紛争・パテントプール・ホールドアップ問題を題材として─

寄稿3

1.2 第3世代移動通信方式標準化の経緯

 移動通信方式の標準化は,国際電気通信連合(ITU:

International Telecommunication Union)にて行い,その

後各国・地域の標準化機関で標準規格書を制定することと

なる。自動車電話・携帯電話・スマートフォンの標準化は

図2に示すように,約10年で世代が交替している。日本

における自動車電話方式のサービスは1979年12月3日に

当時の日本電信電話公社により開始された。その後,デジ

タル方式の第2世代,IMT-20001)の第3世代,そして現在

3.9世代と言われるLTE(Long Term Evolution)方式が導

入されている。現在,ITU等の標準化機関では,第4世代

(LTE-Advanced)の標準化が進められている。

方式やCDMA(Code Division Multiple Access,符号分割

多重接続)方式の研究開発を行い,特許権のライセンスを

行うことにより研究開発費用を回収する研究開発型ベン

チャー企業である。

 4月16日にIDCがTIAに正式な警告状を送付すると共に,

同日付けでIDCはQualcommと沖電気を米国において特許

権侵害で提訴した。これに対抗する形でQualcommはIDC

を4月23日に特許権侵害で提訴した。9月10日には,IDC

がEricssonを特許権侵害で提訴し,同日にEricssonが

IDCを提訴している。更に,10月8日にはMotorolaが

IDCを特許権侵害で提訴し,IDCと他メーカとの特許紛

争へと発展していった。これらの時系列的な流れを図1に

示す。MotorolaとEricsson以外の各社はIDCと和解し,

表1の金額をIDCに支払っている。

図2 移動通信方式発展の経緯

表1 IDCと各社との和解・使用許諾の内容

1) 第3世代移動通信方式の標準化の検討に着手した当初は,FPLMTS(将来公衆陸上移動通信システム,Future Public Land Mobile Telecommunication System)と称されていた。その後標準化が進展し,将来ではなく数年後に実用化するという段階になった1997年1月に

“FPLMTS”という呼称をIMT-2000(International Mobile Telecommunication-2000)とすることとなった。“2000”の数字は無線周波数として2,000MHz(2GHz)帯を使用すること,および2000年頃にサービスを開始する予定であることに由来する。

会社名 契約日等 内容 和解金等

AT&T 1994.4.27 ・ランニング ロイヤルティ先払い・対象特許は TDMA1件と、CDMA1 件の合計 2 件

240 万ドル(2.8 億円)

沖電気 1994.7.20 ・ランニング ロイヤルティ先払い・対象は TIA IS-95 のみ

65 万ドル(0.65 億円)

Qualcomm 1994.11.2・全額一時金にて支払い・サブライセンス付許諾・対象は TIA IS-95 のみ

550 万ドル(5.5 億円)

松下 1995.1.5 ・ランニング ロイヤルティ先払い・対象は TIA IS-95、 GSM 及び ESMR

2000 万ドル(20 億円)

三洋 1995.2.5 ・ランニング ロイヤルティ先払い(15 ドル/台)・対象は、TDMA 関連( PHS 含む)

275 万ドル(2.75 億円)

日立 1995.3.30 ・ランニング ロイヤルティ先払い・対象は、 TDMA 関連

350 万ドル(3.15 億円)

アナログ方式

音声中心音声

低速データ(~ 64kbps)

高速データ(~ 10Mbps)映像、音声

1980s 1990s 2000s

黎明期 成長期 量的拡張期(パーソナル化) 質的拡張期

第1世代 第2世代 第3世代 第4世代

IMT-2000W-CDMA(FOMA)cdma2000等

デジタル方式PDC(mova)GSM, IS-136,IS-95, PHS等

広帯域(100Mbps)あらゆる情報、

モノとモノ

アナログ伝送/FDMA

デジタル伝送/TDMA

標準化検討中

LTE-Advanced

第3.9世代

広帯域(100Mbps)あらゆる情報、

モノとモノ

LTE

マルチレートデジタル伝送/CDMA

2010s 2020s~

All IP化/OFDMA

92tokugikon 2014.1.24. no.272

 図3に第3世代移動通信方式の標準

化に関して,基本コンセプトと周波数の

検討から標準規格書が制定されサービ

ス導入されるまでの流れを記載する2)。

 図3を見て分かる通り移動通信方式

の標準化には15年程度要している。

図3の「無線伝送方式の検討」に際し

て,ITUは各国・地域に最適な方式を

提案するよう通知した。その結果,多

くの提案がなされた。主な国・地域の

提案方式を図4に示す。

 提案方式は大きく CDMA 方式と

TDMA方式に分かれたが,CDMA方

式が有力と思われていた。CDMA方

式にもいろいろな方式があり,図4に

示すように多くの方式が提案された

が,これらは「W-CDMA(Wide-band

Code Division Multiple Access,広帯

域符号分割多元接続)方式」「cdma2000

(Code Division Multiple Access

2000) 方 式 」「TD-CDMA(Time

Division- Code Division Multiple

Access)方式」の3つに集約された。

各国・地域提案のCDMA方式と集約

したものを図5に示す。

 「W-CDMA方式」はNTTドコモ・

Ericsson・Nokia等の日欧の会社が推

進していた。「cdma2000方式」は米国

の 開 発 型 ベ ン チ ャ ー 企 業 で あ る

Qualcommを中心とする国際的な業界

団体CDGが開発した通信方式である。

W-CDMA方式とcdma2000方式とが

ITUでの標準化を目指して激突した。

その先兵となったのが,W-CDMA方

式はEricssonであり,cdma2000方式

はQualcommであった。

1.3 EricssonとQualcommとの特許紛争

 EricssonとQualcommは第3世代方

式の1つ前の方式である第2世代移動

通信方式に関して米国で裁判を続けて

いた。第2世代移動通信方式は,NTT

が中心となり日本の標準化機関である

2)佐々木 秋穂著,「IMT-2000の国際標準化状況」,pp.3,電気通信大学共同研究センター第33回研究開発セミナー講演集,1999年

図3 移動通信方式標準化の流れ

99/3RKEY勧告案

1985年 1990年 1995年 2000年

▲ ▲ ▲

基本コンセプトと周波数の検討

92/3周波数の決定基本枠組み勧告

無線伝送技術の検討 無線伝送方式の検討

99/11RSPC勧告案

00/5RKEY,RSPC勧告承認

96/4選定

RKEY:無線キーパラメータ

RCPC:無線インターフェースの詳細▲01/3

ドコモFOMAサービス開始

図4 第3世代移動通信方式に関する主な国・地域の提案方式

KoreaGlobal CDMA I (TTA)Global CDMA II(TTA)

U.S.A

cdma2000(TIA)UWC-136(TIA)W-CDMA/NA(T1P1)WIMS/W-CDMA(TIA)

Japan

W-CDMA(ARIB)d

China

TD-SCDMA(CATT)

UTRA/FDD, TDD(ETSI)DECT(EP)

Europe

ITU-R CDMA RTT Submissions as of June 30, 1998

Korea 1 DS-FDD

Korea 2 DS-FDD

China

Japan TDD & DS-FDD

Europe(ETSI) TDD & DS-FDD

USA-T1P1 TDD & DS-FDD

USA-WIMS DS-FDD

USA-cdma2000

TDD, DS-FDD& MC-FDD

DS-FDD(W-CDMA)

MC-FDD(cdma2000)

TDD(TD-CDMA)

Unified CDMA RadioAccess Specification in ITU

3different modes

TDD=Time Division DuplexFDD = Frequency Division DuplexDS = Direct SequenceMC = Multi-Carrier

TDD

図5 各国・地域提案のCDMA方式と3つのモード

93 tokugikon 2014.1.24. no.272

技術標準をめぐる特許問題の概観

─移動通信方式標準化に係わる特許紛争・パテントプール・ホールドアップ問題を題材として─

寄稿3

た。1989年に同社はCDMA移動通信方式のデモンストレー

ションを行い,CDMA方式が移動通信に適用できること

を実証した。研究開発型ベンチャー企業であるQualcomm

は実際にサービスとして提供するだけのノウハウを所有し

ていなかったため,当初はEricssonやMotorola等と実用

化に関して共同開発を行っており,上記の守秘義務違反は

当時の共同開発契約違反を指すものと思われる。

 上記のEricssonとQualcommの特許紛争は第2世代に関

してのものであったが,両社の紛争は長引き,第3世代移

動通信方式の標準化に係わる特許紛争に引き継がれること

となった。

1.4 標準化機関における特許の取扱い

 ITU等の標準化機関が策定する標準規格書に従い製造販

売等を行った場合,標準規格書に係わる特許を実施する場

合が多々ある。このような場合に,必ず実施しなければな

らない特許を「必須特許」という。日本の公正取引委員会は,

必須特許について次のように定義している3)。

 『ここで、規格で規定される機能及び効用を実現するた

めに必須な特許とは、規格を採用するためには当該特許権

を侵害することが回避できない、又は技術的には回避可能

であってもそのための選択肢は費用・性能等の観点から実

質的には選択できないことが明らかなものを指す。』

 標準化機関でも必須特許の問題を避けることができなく

なったことから,必須特許の取り扱いについて規定した

「IPRポリシー」を制定するようになった。現在ではITU/

ISO/IECが共同で策定した「ITU/ISO/IEC共通IPRポリ

シー」が雛形的なものとなっており,他の多くの標準化機

関も上記IPRポリシーを参考として各々のIPRポリシー

を策定している。ITU/ISO/IEC共通IPRポリシーの概要

は次のとおりである4)。

① 国際標準の目的は、システムや技術の互換性を世界的に

確保するものであり、標準はだれもが利用可能でなけれ

ばならない。したがって、標準に特許権等が含まれる場

合であっても、標準はだれもが過度な制約を受けること

なく利用できなければならない。

② ISO及びIEC並びにITUは、特許権等の証拠、有効性

又は適用範囲について権威付け又は理解の情報を与え

る立場にはない。

③ 入手できる特許権等の情報は、最大限に開示されること

が望ましい。

ARIB(Association of Radio Industries and Businesses,

一般社団法人電波産業会)が標準規格として制定した

PDC(Personal Digital Cellular Telecommunication

System)方式,欧州の標準化機関であるETSI(European

Telecommunications Standards Institute,欧州電気通信標

準化機構)が標準規格として制定したGSM(Global System

for Mobile Communications)方式,米国の標準化機関であ

るTIAが標準規格として制定したcdmaOne(Code Division

Multiple Access One)方式の3方式が導入されていた。こ

れらの内,PDC方式は日本のみであり,cdmaOne方式は米

国および韓国や日本等一部の国に導入されていたのに対し,

GSM方式は欧州だけでなく全世界に導入され全世界のシェ

アの7割程度となったこともあった。GSM方式の標準化を

推進し,全世界でGSM方式の携帯端末や基地局等を販売

し て い た の が Ericsson で あ っ た。cdmaOne 方 式 は,

Qualcommが独自に開発したCDMA方式であり,米国にお

いてそれ以前に第2世代移動通信方式として標準化され

サービス導入されていたTDMA方式に代わり米国で急速に

普及しつつあった。これに危機感を募らせたのがGSM方式

製品を製造販売していたEricssonであった。Ericssonは,

QualcommのcdmaOne方式がGSM方式を凌駕するのではな

いかと恐れ,Qualcommに先制攻撃をかけた。

 1996年9月23日にEricssonはQualcommを特許権侵害で

米国のテキサス州東部地区連邦地方裁判所(EDTX)マー

シャル支部に提訴した。この裁判所は当時特許訴訟におい

て特許権者の勝訴率が高いことで有名であった。更に12月

17日にはQualcommとソニーの合弁会社であるQualcomm

Personal Electronics(QPE)を同様に特許権侵害でダラス

にあるテキサス州北部地区連邦地方裁判所に提訴した。こ

れに対し,Qualcommは12月5日に同社の本社があるサンディ

エゴのカリフォルニア州南部地区連邦地方裁判所に

Ericssonを,

①Ericsson特許権の無効

②Ericsson特許権非侵害

③不公正競争

④守秘義務違反で提訴した。

 更に,翌年の1997年3月21日にQualcommはEricsson

を特許権侵害でサンディエゴのカリフォルニア州南部地区

連邦地方裁判所に提訴した。

 Qualcommは,1985年にIrwin Jacobs氏らが設立した会

社であり,当初は双方向通信が可能な衛星通信システムで

ある「オムニトラックス(Omni TRACKS)」を提供してい

3) 公正取引委員会,「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」『2 パテントプールの形成に関する独占禁止法上の考え方(1)パテントプールに含まれる特許の性質 ア規格で規定される機能及び効用の実現に必須な特許に限られる場合』,平成17年6月29日,改正:平成19年9月28日

  http://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/patent.htm4)日本工業標準調査会事務局,「ITU/ISO/IEC共通パテントポリシー及び実施ガイドラインの発効について」,2007年4月3日  http://www.jisc.go.jp/policy/pdf/pat_poly_effect20070403.pdf

94tokugikon 2014.1.24. no.272

宣言書を提出するようにメンバーへ要請する。必須特許を

所有しているメンバーからIPR宣言書が提出され,当該

宣言書の内容がOption1またはOption2であれば,標準規

格の原案を審議するという次のステップに進む。仮に,当

該宣言書の内容がOption3であれば当該特許の技術内容を

回避するように標準規格書を修正するか,標準化自体を断

念するかの決定を標準化機関で実施することとなる。

 これまでOption3を選択したことはあまり例がないが,

ITUでは光増幅器関連インタフェース規格G.691の標準化

において英国のBritish Telecom(BT)が実質的にOption3

を選択したこと,米国のPirelliが光増幅器関連インタ

フェース規格G.691およびG.692の標準化において実質的

にOption3を選択したことがある。G.691は標準化が一時

凍結となり,G.692は特許に抵触する恐れのある標準規格

の数値を修正して解決した。詳細は,参考(104頁)を参

照されたい。

1.5 第3世代移動通信方式に関する特許紛争

  以 前 に は 選 択 す る こ と は 殆 ど な か っ た Option3 を

Qualcommが選択して大問題になったのが,第3世代移動

通信方式の標準化であった。1998年4月15日にQualcomm

は日本のARIBに対して『W-CDMA方式には自社が所有

する特許は許諾しない』との所謂Option3のIPR宣言書を

送付した。4月21日にQualcommは欧州の標準化機関であ

るETSIに同様のIPR宣言書を送付した。更に,同社は

11月9日にITUに対して同様のIPR宣言書を送付した。

 Qualcommの主張は,以下の条件を満足しない限り許諾

しない,であった。

①チップレートを3.68Mcpsとすること。

②基地局同期方式を採用すること。

③ANSI-41をサポートすること。

 上記①および②は既にサービスしているcdmaOne方式

との親和性を図ることであった。上記③の「ANSI-41」とは,

米国のTIAが仕様を作成し,ANSI(American National

Standard Institute,米国規格協会)が承認した携帯電話/

PCSシステム向けコアネットワーク規格であり「IS-41

④ 標準の開発に参加する者は、標準に含まれる自社及び他

社の特許権等(申請中のものを含む)について、標準開

発の当初から注意を喚起すべきである。

⑤ 標準が開発され、その標準に含まれる特許権等が開示さ

れたとき、次の三つのいずれかが特許権等の権利者より

開示され得る

 (a) 無償で特許権等の実施許諾等を行う交渉をする用意

がある。

 (b) 非差別的かつ合理的条件での特許権等の実施許諾等

を行う交渉をする用意がある。

 (c)上記a)又はb)、何れの意思もない。

⑥ 上記⑤の開示を行うに当たって特許権等の権利者は、定

型様式の特許声明書を用いてISO又はIEC若しくは

ITUの事務局へ提出しなければならないが、定型様式

に記載されている選択肢以外の条項や条件や例外事項を

特許声明書に追記してはならない。

⑦ 上記⑤の開示においてc)が選択された場合、標準は、

その開示された特許権等に依存する規定を含んではなら

ない。

⑧ 特許権等の実施許諾等の交渉に関して、ISO及びIEC並

びにITUは関与しない。

 上記の内,最も重要なことは必須特許を所有している特

許権者が自ら必須特許を所有していると宣言し,当該必須

特許の取扱いについて次の3つの選択肢から選んで宣言す

ることである。

(a) 無償で特許権等の実施許諾等を行う交渉をする用意が

ある。

(b) 非差別的かつ合理的条件での特許権等の実施許諾等を

行う交渉をする用意がある。

(c)上記a)又はb)、何れの意思もない。

 通常,(a)をOption1,(b)をOption2,(c)をOption3

と呼称している。かなり以前は,標準化は公共的な面が強

く広く世の中に普及させるべきであり,そのために特許権

は無償で使えるようにした方が良い,とするという

Option1の考えが大勢を占めていた。その後,研究開発投

資を行い標準化活動に貢献した企業と,殆ど研究開発活動

は行わないが標準化会議に出席し情報を入手して標準規格

書に沿った製品を標準化に貢献した企業とほぼ同時期に製

造販売する企業との不公平感や特許に対する各社の意識の

高まりもありOption2へ移行した。Option2は,FRAND

(Fair, Reasonable And Non-Discriminatory,公平で合理

的かつ非差別的)条件とも言われている。

 図6に典型的な標準規格策定プロセスを示す。標準化機

関の事務局は,標準化機関のWG等で検討された標準規格

の原案を標準化機関参加メンバーへ開示し,当該標準規格

に係わる特許(必須特許)を所有しているか調査し,もし

所有している場合には当該特許の取り扱いに関するIPR

図6 典型的な標準規格策定プロセス

標準規格の原案を策定

標準化機関がメンバーへ必須特許宣言を要請

必須特許保有メンバーが標準化機関へ必須特許宣言書提出

Option 1 Option 2 Option 3

標準規格の原案を審議 再検討

標準規格確定 標準化を中断

採択 No

Yes

95 tokugikon 2014.1.24. no.272

寄稿3

技術標準をめぐる特許問題の概観

─移動通信方式標準化に係わる特許紛争・パテントプール・ホールドアップ問題を題材として─

2つの考え方があった。日本および欧州の方式である

W-CDMAは,第3世代方式は技術的に優れた最新の方式

にすべきであり,そのためにはバックワード・コンパチビ

リティはとれなくても良い,との設計思想であった。一方,

米国は標準化を進める際にはバックワード・コンパチビリ

ティを重視しており,第3世代方式も第2世代方式が使える,

即ちバックワード・コンパチビリティを確保すべきだとの

考えでcdma2000を設計していた。バックワード・コンパ

チビリティを確保するか否かはどちらが良いとは言えず,

それぞれに一長一短ある。前者の日欧の考えでは,新しい

方式を導入すれば技術的にその時点で最も優れたものが導

入できるというメリットがある。また,短期間で新しい方

式に移行でき,新しい方式の方が低コストで小型化できる

ので長期的に見ればコスト的には安くなるというメリット

もある。しかしながら,オペレータやユーザは従来のもの

が使えないため新しいものを購入する必要があり,一時的

に経費がかかるというデメリットがある。一方,米国の考

えでは新しい方式を導入しても以前の方式の端末を所有し

ているユーザはそのまま使え,オペレータも従前の方式を

使いつつ新しい方式の設備を導入すれば良いので初期投資

が少なく済むというメリットがある。しかしながら,新し

い方式に移行するまでの時間が長くかかり,長期的にはコ

スト的に高くつくというデメリットがある。上記のⅨ-2は,

バックワード・コンパチビリティがないW-CDMAでなく,

バックワード・コンパチビリティのあるcdma2000を採用

すべきだとの米国政府の日本政府に対する圧力であった。

これに対し,日本政府は1999年9月27日の電気通信技術

審議会5)答申において,W-CDMAとcdma2000の両方式を

日本方式として採用することを決定した。

 更に米国政府はETSIの上部機関である欧州委員会に対

して,1998年12月19日に『ETSIの標準化が米国企業を

排除した形で進められている』との標準選択方式への懸念

を表明した。これに対し欧州委員会は米国政府に対して翌

年の1月18日に,『ETSIでの標準化においては米国企業

も参加し,透明性をもって進めている。』との返書を送付し,

米国政府は2日後の20日に『欧州委員会の1月18日付の返

書を歓迎する。』旨の表明を行っている。

 これら政府間,標準化機関間および企業間の第3世代移

動通信方式標準化に係わる特許紛争相関図を図7に示す。

 W-CDMAを代表するEricssonとcdma-2000を代表する

Qualcommとは,各国政府・標準化機関および各社からの

プレッシャーを受けて解決の道を模索していた。その結果,

先に表1で述べた第2世代移動通信方式を巡る米国での裁

判を第3世代移動通信方式の標準化にも絡ませ,裁判を和

解させることにより解決を図ろうとした。1999年3月25

日に両社は和解し,その内容は次のとおりであった。

(Interim Standard-41)」ともいう。第2世代移動通信方式

であるcdmaOne方式はIS-41を使用しており,第3世代移

動通信方式でもIS-41を採用すればcdmaOne方式を採用し

ているオペレータは移行が容易であるというメリットがあ

る。ちなみに,欧州のETSIが第2世代移動通信方式とし

て制定したGSM方式では「GSM-MAP」を使用しており,

W-CDMAでは「GSM-MAP」を使用することを前提とし

て標準化がなされたという経緯がある。

 これに対し,Ericssonは9月28日にITUに対して,『基本

的には無差別に有償で許諾するが,同一条件でなければ許

諾しない(差別的なIPRの取扱いを行う者にはIPRを許諾し

ない)。』とのIPR宣言書を送付した。これにより,W-CDMA

はQualcommにより,cdma2000はEricssonにより特許ブロッ

キングされることとなり,標準化が暗礁に乗り上げた。

 先に第3世代移動通信方式の提案ではCDMA方式と

TDMA方式の提案があったと述べた。暗礁に乗り上げた

標準化を何とか推進しようと考えたITU事務局長は,12

月7日にQualcommとEricssonの両社に対して,“このま

まではTDMA方式を採用せざるを得ない。”との書簡を送

付し,両社にプレッシャーをかけた。

 米国においてロビー活動を盛んに行っていたQualcomm

は米国政府を動かし,1998年10月7日に米国のUSTR

(Office of the United States Trade Representative,アメ

リカ合衆国通商代表部)は「対日規制緩和要望リスト」の

「Ⅸ.次世代携帯電話基準」の項目で,日本政府に対して次

のような要望を行った。

 『次世代携帯電話基準の採用は,携帯電話のサービス・

製品市場の競争の発展に多大な影響を及ぼす。米国が

1998年9月30日,郵政省に正式に提出したコメントに謳

われている通り,米国は日本に対して,以下の措置を取る

ことを求める。

Ⅸ-1. ITU基準評価プロセスに先んじて,世界的なニーズ

を十分検討することなく,単一の基準を時期尚早に

選択しない。

Ⅸ-2. 次世代基準または採用された基準が,第2世代から

第3世代へのシステムの進化あるいは移行を妨げる

ことによって,第2世代システムに悪影響を及ぼさ

ないことを保証する。』

 上記のⅨ-1は,日本がITUへの第3世代移動通信方式

の提案に際してW-CDMAに一本化したことに対するク

レ ー ム で あ る が,ITU へ の 提 案 の た め に ARIB が

W-CDMAに一本化したものであり,要望としては筋違い

である。これは日本がcdma2000を採用するようにとの圧

力であった。上記のⅨ-2は,所謂バックワード・コンパ

チビリティ(backward compatibility,後位互換)のことで

ある。第2世代方式から第3世代方式への移行に際しては,

5)2001年1月の中央省庁再編で「電気通信審議会」と統合し「情報通信審議会」となった。

96tokugikon 2014.1.24. no.272

いくように考え出されたのがパテントプールである。パテ

ントプールの定義はいろいろあるが,公正取引委員会は次

のように定義している7)。

 『パテントプールとは、ある技術に権利を有する複数の

者が、それぞれの所有する特許等又は特許等のライセンス

をする権限を一定の企業体や組織体(その組織の形態には

様々なものがあり、また、その組織を新たに設立する場合

や既存の組織が利用される場合があり得る。)に集中し、

当該企業体や組織体を通じてパテントプールの構成員等が

必要なライセンスを受けるものをいう。』

 パテントプールとは,複数の企業が標準規格に必須となる

特許を一定の団体に預け,当該団体を通じて一括して特許ラ

イセンスを受けられる仕組みであり,その概念図を図8に示す。

①ITU等へのIPRブロッキングを両社ともに取り下げる。

②相互の特許をクロスライセンス許諾する。

③ Qualcommの地上系CDMAワイヤレスインフラストラク

チャ事業をEricssonに売却する。

 これにより特許ブロッキング問題は解決し,標準化を円

滑に進める道が開けた。但し,これは従来でのスタートラ

インに立ったというだけで,必須特許に関する取り扱いに

ついて何らの解決が図られたものではなく,この問題は現

在でも続くことになる。

2. パテントプール6)

 標準化に係わる必須特許のライセンス処理がスムーズに

6) 株式会社三菱総合研究所,「平成24年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 パテントプールを巡る諸課題に関する調査研究報告書」,平成25年2月

  http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2012_07.pdf7) 公正取引委員会,「「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」の公表について」,別紙1,pp.1-2,平成17年6月29日

 改定平成19年9月28日  http://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/patent.html

図7 第3世代移動通信方式標準化に係わる特許紛争相関図

図8 パテントプールによる特許ライセンスの概念図

欧州 米国

日本

欧州委員会 USTR/FCC/商務部/国務省

総務省(郵政省)

ETSI

ARIB/TTC

ANSI(TIA、T1P1)

GSM発展型 IS-41発展型

W-CDMA(DS)

E社 Q社

cdma2000(MC)

政府機関

標準化団体

無線方式

ネットワーク

Q社に対抗してIPR の非許諾通知

牽制(書簡の交換)

牽制

cdma2000(MC)

W-CDMA(DS)

IS-41 発展型 GSM発展型

2つの標準化協力グループの設立A) 3GPP(欧州・日本型、‘98.12.4設立)

B) 3GPP2(米国・日本型、‘99.1.27設立)

cdma2000等

W-CDMA +

+ IS-41発展型

GSM発展型

※ETSI,ARIB/TTC,T1P1,TTA(韓国)が参加

※TIA,ARIB/TTA(韓国)が参加3GPP:3rd-Generation Partnership Project

パテントの非許諾通告

相互調整

ライセンシー Aパテントプール

ライセンサー A

ライセンサー B

ライセンサー C

ライセンサーD

ロイヤリティ手数料

市場

特許ライセンス

必須特許保有者

ライセンシー B

ライセンシー C

必須特許実施者

97 tokugikon 2014.1.24. no.272

寄稿3

技術標準をめぐる特許問題の概観

─移動通信方式標準化に係わる特許紛争・パテントプール・ホールドアップ問題を題材として─

できるように開発されたDVD(Digital Versatile Disc,デ

ジタル多目的ディスク)にも多くの必須特許があることが

当初から認識されていた。このため,MPEG-2と同様の

パテントプールを形成すべく関係者で検討されたが,CD

の特許を多く所有するソニーやPhilips陣営と,それ程所

有していない東芝やパナソニック陣営とで基本的な考え方

が異なり合意に至らなかった。このため,各陣営がそれぞ

れ窓口を一元化する方式をとることとなった。これを

DVDパテントプールと称する例もある11)が,本稿では『代

理人方式』と称することとする。DVD代理人方式の概念

図を図10に示す。東芝らのグループを「6C」,ソニーらの

グループを「3C」と読んでいる。これは当初,前者が6社で,

後者が3社で発足したことにより命名されたものである。

2.1 MPEG-2のパテントプール

 デジタル動画圧縮の基本技術であるMPEG-28)について

は多くの必須特許があり,その権利処理が問題となった。

1993年7月にMPEG IPRワーキンググループが召集され,

第1回会合が開催された。1996年7月に必須特許権者8社

の共同出資により,ライセンス会社であるMPEG LA

LLCが米国法人として設立された 9)10)。MPEG-2のパテ

ントプールの仕組みを図9に示す。

2.3 DVDのライセンス方式

 CD(コンパクトディスク)より長時間の映像等の記録が

8) 1995年7月にISO/IEC JTC 1のMoving Picture Experts Groupによって策定された標準規格。正式名称はGeneric coding of moving pictures and associated audio information。

9)加藤 恒著,「パテントプール概説 改定版」,pp.118-119,2009年,発明協会10) 公正取引委員会競争政策研究センター,「技術標準と競争政策―コンソーシアム型技術標準に焦点を当てて―」,平成17年度共同研究報告書, CR

04-05, pp.177-186, 2005年10月, http://www.jftc.go.jp/cprc/reports/index.html11) 公正取引委員会競争政策研究センター,「技術標準と競争政策―コンソーシアム型技術標準に焦点を当てて―」,平成17年度共同研究報告書, CR

04-05, pp.155-167, 2005年10月, http://www.jftc.go.jp/cprc/reports/index.html

図10 DVD代理人方式の概念図

PhilipsSONY

パイオニアLG

日立,パナソニックJVC,三菱,東芝Warner Home Video

三洋,シャープ,Samsung

東芝・パナソニック・日立注 Philips

トムソン DVA その他

DVD-Video、ROM ライセンシー

代理人α%

4%か4ドル/ハード(%での上限8ドル/台)0.0375ドル/disk

5ドル/ハード5セント/disk

注:代理人の窓口は  東芝:日本,欧州,アフリカ  日立:アジア,豪州(日本を除く)  パナソニック:アメリカ

数値は2013年6月24日現在http://www.dvd6cla.com/offer_111220_New.html

図9 MPEG-2のパテントプールの仕組み

◆パテントプール会社(MPEG LA LLC)にて、参加メンバーの保有する MPEG-2/MPEG-4技術に関する特許を集約して取り扱いを行う。 〈主な集約業務〉①必須性の判定、②ライセンス条件の策定、③ライセンスの実施

ライセンシー(1419社)

MPEG LA 構成員: 特許権者    ライセンス会社の監視

管理会社

ライセンス

必須特許のプール

ロイヤルティ

監視

特許権者

Alcatel Lucent, British Telecommunications, Canon, CIF Licensing, Cisco Technology, France Télécom, Fujitsu, GE Technology Development, General Instrument, Hewlett-Packard, Hitachi, JVC KENWOOD, KDDI , Koninklijke Philips, LG Electronics, Mitsubishi Electric, Multimedia Patent Trust, NTT, Panasonic, Robert Bosch, Samsung, SANYO, Sharp, Sony, The Trustees of Columbia University in the City of New York, Thomson Licensing, Toshiba(26社 1大学)

ライセンス条件等の調整

ライセンス条件エンコーダorデコーダ…2ドル/台コンシューマ……………2.5ドル/台ディスク…………………0.01ドル/枚

数値は2013年6月24日現在http://www.mpegla.com/main/programs/M2/Pages/Agreement.aspx

ロイヤルティ

98tokugikon 2014.1.24. no.272

 上記のように,MPEG-2のクロスライセンスを使えな

いデメリット,ライセンス交渉先が多いというDVD代理

人方式のデメリットを抑え,それぞれのメリットを取り入

れようとしたのが,第3世代移動通信方式のライセンスス

キームである「3Gパテントプラットフォーム」であった 12)

13)14)15)。図11に3Gパテントプラットフォームの概念図を

示す。

 第3世代移動通信方式の標準規格には5つのモードがあ

り,それぞれのモード毎に特許評価・ライセンス管理会社

を設立することとなっている。これは3Gパテントプラッ

トフォーム設立に際して米国司法省に事前レビューを申請

したことへの回答として指示されたものである。

2.5 他のパテントプール

 上記以外にも多くのパテントプールが形成されている。

表3に主要なパテントプールを示す16)

2.4 第3世代移動通信方式のライセンススキーム

 MPEG-2パテントプール方式では,MPEG-2に関する

特許のライセンスは必ずライセンス会社であるMPEG LA

を経由しなければならなかった。多くの特許権者は

MPEG-2を製造販売する会社であり,ライセンシーでも

あった。殆どの会社が相互に特許を使用許諾するクロスラ

イセンス契約を締結しているが,MPEG-2に関する特許

についてはクロスライセンス契約が適用できず,MPEG

LAからライセンスを受け,MPEG LAへロイヤルティを

支払う必要があった。クロスライセンス契約を締結してい

る会社間では事後的に各々が支払ったロイヤルティ額を提

示し,差分を精算している会社もあったと言われている。

 DVD代理人方式では,6Cグループ,3Cグループと分かれ,

更にこれらのグループに属さないThomson等の会社もあり,

DVD装置やDVDメディアを製造販売したい会社は多くの

会社とライセンス交渉しなければならなかった。

12)木島 誠,武田 壮司著,「3Gパテントプラットフォームの現状」,NTT DoCoMoテクニカルジャーナル,vol.11,No.1,pp.95-10013) 中村 修,カー クリストファー著,「PlatformWCDMAの現状とジョイント特許ライセンス」,NTT DoCoMoテクニカルジャーナル,vol.16,No.3,pp.59-6314)加藤 恒著,「パテントプール概説 改定版」,pp.129-144,2009年,発明協会15) 公正取引委員会競争政策研究センター,「技術標準と競争政策―コンソーシアム型技術標準に焦点を当てて―」,平成17年度共同研究報告書,  

CR 04-05, pp.197-213, 2005年10月, http://www.jftc.go.jp/cprc/reports/index.html16) 平成20年度経済産業省委託事業,「先端技術分野における技術開発と標準化の関係・問題に関する調査報告書」,委託先:株式会社三菱総合研究

所,pp.s-13,2009年3月に追記

図11 3Gパテントプラットフォームの概念図

PL(W-CDMA)

ライセンサー#1 ライセンサー#2 ライセンサー#n

ライセンシーa ライセンシーb

……

ライセンシー(非メンバ)

ライセンサー(非メンバ)

個別交渉

承認料 メンバ費ロイヤルティの通知(累積上限5%)

ライセンス申請

通知されたロイヤルティにて各社と契約(ただし個別交渉も可)

必須特許評価依頼

PL(cdma2000)

PL(TD-SCDMA)

PL(EDGE)

PL(DECT)

(3G3P枠外)(3G3P枠内)

非メンバとは個別交渉

特許評価・ライセンス管理会社

2012年9月から管理会社が,3G Patents Ltd. からSipro Lab Telecom,へ変更となった

表3 主要なパテントプール

管理会社 管理しているパテントプールMPEG LA(米) MPEG-2, MPEG-2 System, MPEG-4 Visual, IEEE1394, DVB-T AVC/H.264, VC-1, ATSC株式会社 東芝 DVD(6C)フィリップス(オランダ) DVD(3C)Via Licensing

(米, Dolby Laboratories子会社)Digital Radio Mondiale, IEEE802.11, DVB-MHP, MPEG-2 AAC, MPEG-4 Audio, NFC, OCAP,TV-Anytime, UHF RFID

3G Licensing Ltd. W-CDMA(2011 年 9 月まで)Sysvel S.p.A(シズベル)(イタリア) MPEG AUDIO, TOP teletext, DVD-T(MPEG LA より移管), WSS, ATSS, (DVB-H, CDMA-2000 も準備中)Sipro Lab Telecom(カナダ) G.729, G.723.1, 2nd Generation Wireless, W-CDMA(2011 年 9 月から)アルタージ株式会社(日本) デジタル放送に関する ARIB 規格

平成20年度経済産業省委託事業,「先端技術分野における技術開発と標準化の関係・問題に関する調査報告書,委託先:株式会社三菱総合研究所,pp.s-13,2009年3月に追記

99 tokugikon 2014.1.24. no.272

寄稿3

技術標準をめぐる特許問題の概観

─移動通信方式標準化に係わる特許紛争・パテントプール・ホールドアップ問題を題材として─

③ 公的標準に係わる必須特許の「差し止め請求の制限」と

FRAND条件でのライセンス強制。

 上記は携帯電話等の公共性が高く,かつITU等が制定

する公的標準に係わるものに限定すべきと考える。

3.2 スピンアウト問題

 ホールドアップ問題の2番目は,「スピンアウト問題」と

称することとする。標準化機関におけるIPRポリシーが

整備されていない時期には,このスピンアウト問題が多く

生じた。それらのいくつかの事例を以下に示す。

① Dell 事件 20)

1991 年 7 月:Dellが米国特許第5,036,481号を出願(後の

VL-bus必須特許)。

1992年2 月:Dellが,VESA(Video Electronics Standards

Association)に加盟。

1992 年 2 月:VESAは,VL-bus(VESA Local-Bus)の標

準化を開始。

1992 年 6 月:VESAがVL-busの標準規格を採択。

1992 年 8 月:Dellを含む各メンバーは,VL-bus標準規格

書を最終承認すると共に,関連するIPRを所有していな

いことを文書で保証。

 その後,Dellは複数のVESAメンバーに対して,同社

がVL-busに関する必須特許を所有しており,権利行使す

ることを通告した。

 FTCが調査を開始し,1996年に同意審決により決着し

た。その内容は次の通りである。

(a)FTC の事実認定

・ Dellが事前に自社の特許権を開示していれば,VESA

は同社の特許権の内容を回避した標準規格を採用した

ことは明白である。

・ VL-bus規格に係る特許問題の解決を引き延ばし,標準規

格をコンピュータメーカ等が採用することを躊躇させた。

・ VL-bus規格の導入費及び競合する規格の開発費を引き

上げ,技術標準策定作業に参加する意欲を阻害した。

(b)FTC の結論

・ Dellの行為は消費者に不当な負担を課し競争者の費用

を引き上げるものであり不公正な競争方法に該当する。

(c)同意審決の内容

・ コンピュータ機器の製造において,VL-busを用いるも

のに対し,Dellが特許権侵害を主張して権利行使を行

う行為について,既に行ったものについては取り止め

3. ホールドアップ問題

 必須特許に関する大きな問題として,ホールドアップ(規

格の必須特許技術が普及した後に必須特許の権利行使によ

りその技術の普及が妨げられること)問題がある17)18)。

 必須特許によりホールドアップが生じるおそれがある,

ということである。

 標準規格技術を利用する場合,何らかの開発投資,設備

投資を利用者側が行いながら事業化を進めるが,この投資

が大きいほど,利用者側が当該標準にロックイン(固定化)

される。

 ロックインされた状態で特許権者にホールドアップを起

こされると,利用者側が他の技術に移行できず多額のライ

センス料を支払わねばならない状況に追い詰められてしま

うのである19)。

 ホールドアップ問題は,次の3種類に分けられる。

① 必須特許を所有しているが,標準化作業に一切参加して

いない会社等が,標準規格書が策定され,製品やシステ

ムが販売された後に,必須特許のライセンスを拒否したり,

法外なライセンス料を要求する場合(アウトサイダー問題)

② 標準化作業に途中まで参加していたが,必須特許を報告

せず,脱退後に必須特許があるとして法外なロイヤル

ティを要求する場合(スピンアウト問題)

③ 標準化作業に参加し,FRAND条件での許諾を宣言して

いる企業等が,パテントプールに参加せず,個別に(相

対的に)高いロイヤルティを要求する場合(FRAND問題)

3.1 アウトサイダー問題

 1番目のアウトサイダー問題であるが,現状ではこの問

題へ対処する方法はない。標準化機関におけるIPRポリ

シーは,当然のことながら標準化機関に加盟しているメン

バーにしか適用できない。このため,標準化に全く関与し

ていない必須特許の特許権者はIPR宣言書を提出する義

務もないし,そもそも策定しようとしている標準規格書は

最終的に標準化機関で承認されるまではメンバー以外に公

開されることはないので,所有している特許が必須特許か

否かの評価もできない。しかしながら,携帯電話等のよう

に公共性の高いサービスが1つの特許で提供できなくなる

というのは影響が甚大であり,何らかの対処を行う必要が

あると考える。筆者は,次のような取り組みを提案する。

①公的標準の公益性を重視した取り扱いの確立。

②策定中標準規格書の一般への早期公開と意見徴収。

17) 公正取引委員会競争政策研究センター,「標準化活動におけるホールドアップ問題への対応と競争法」,平成24年度共同研究報告書,CR 03-12,2012年10月26日,http://www.jftc.go.jp/cprc/reports/index.html

18)藤野仁三著,「ホールドアップ問題に関する米国判例の展開」,知財管理2009年3月号19)永野志保著,「知的財産と国際標準化」,特技懇,pp.55, 2013.1.28,no.26820)和久井 理子著,「技術標準をめぐる法システム−企業間協力と競争,独禁法と特許法の交錯」,pp.314,商事法務,2010年

100tokugikon 2014.1.24. no.272

Potterは,GCR標準化に係わるANSIの小委員会に積極

的に参加していたが,意図的に685特許についての自社の

権限を宣言しなかった。そして,その後に権利主張した。

これは,ANSIのIPRポリシーに反することである。

④ Stambler 事件

 Stamblerは,1968年に特許出願(銀行のATM向けのカー

ド に 関 す る 技 術 )し,1974 年 に 特 許 権 登 録 さ れ た。

Stamblerは,特許権取得後10年間ANSIのメンバーであり,

自分の所有している特許権が採択予定標準規格の必須特許

であることを認識していた。1984年にStamblerは自らが

保有する特許権とその侵害性を委員会に知らせずに同委員

会を退会した。

 その後,Stamblerは1985年に特許権侵害でDieboldを

裁判所に提訴した。

 裁判所の判決は,『特許権の権利行使はできない。』とい

うものであった。その理由は,次の通りである。

 Stamblerは,特許権を所有していたので本来ならば開

示する義務があるにもかかわらず,それを怠り沈黙してい

たので,特許権の主張を行うことはできない。その根拠は,

製造者(Diebold社)はオープンで利用可能な標準であると

信じていたからである。仮に特許権の権利者が,沈黙した

場合,その沈黙は合理的に自己の特許権の主張を放棄した

と解釈される。

⑤ SEEQ 事件

 SEEQは,1981年から1983年にかけてSilicon Signature

というメモリーチップについて,標準化団体であるJEDEC

において活動していた。その際に,「標準として採用された

ならばIPR(知的財産権)は行使しない」という条件を提示

して標準化活動を行った。最終的にはSEEQの提案は標準

として採用されなかった。

 SEEQは,1984年にSilicon Signatureに関する特許権

を取得した。1994年に,当該特許権はSEEQからAmtel

に譲渡された。Amtelは,Winbond,Macronics,Sanyoを

SEEQから譲り受けた特許権の侵害で,1997年にITC(ア

メリカ国際貿易委員会,International Trade Commission)

に申し立てた。

 ITCの結論は,『SEEQは権利放棄していないので,特

許権侵害と認定した。』その理由は,次の通りである。

 Winbondの抗弁は,『SEEQがIPR行使をしない』と宣

言しているのでSEEQは“権利放棄”しているというもの

であった。しかしながら,SEEQの提案した技術は標準と

して採用されなかったので,SEEQの表明(権利放棄)に

拘束力はない。

⑥ Rambus 事件

1990 年 4 月:Rambusが最初の特許出願(US 510898)。

ると共に,今後はそのような行為を行うことを禁じる。

・ 同意審決の確定後10年間は,技術標準の策定に際して

当該技術標準の実施によって権利侵害となり得る特許

権について,VESAからDellに書面で問い合わせがな

されたにもかかわらず,意図的に開示しなかった場合,

当該技術標準の実施に対して,当該特許権の権利行使

を行うことはできない。

② Wang 事件

 Wang は,1983 年 に SIMM(Single Inline Memory

Module)に 関 す る 2 件 の 特 許 を 申 請 し た。 申 請 前 に

JEDEC(Joint Electronic Device Engineering Council)会

議において,SIMMがメモリモジュール産業の標準になる

ように同社は活動した。その際に,同社は自らSIMMを製

造する意図はないと表明し,SIMM技術に関する特許権も

行使しないと宣言した。

 1986年にJEDECにおいてSIMM技術を標準規格として

採用することが決定された。

 一方,WangとMitsubishi Americaは,SIMM技術の製

品化について共同検討を実施した。その間 Wang は,

JEDECやMitsubishiに対し,出願中の特許の存在や,そ

の特許のライセンス行使について一切言及しなかった。

 Wangは,1989年に警告書をMitsubishiに対して送付し,

1992年に同社を特許権侵害で裁判所に提訴した。

  裁 判 所 の 判 決 は,『 黙 示 の ラ イ セ ン ス が 存 在 し,

Mitsubishiは特許権侵害していない。』というものであっ

た。その判決理由は,次の通りである。

 当時,JEDECでは特許の開示をメンバーに対して義務

付けていなかった。しかしながら,Wangは,標準決定時

にライセンスについて明示せず,かつWangとMitsubishi

はSIMM技術の製品化について打ち合わせを行っていた。

このため,Mitsubishiが特許利用に関しWangの黙示の許

諾があったと判断するだけの合理的理由が存在した。

③ Potter 事件

 Potter Instrument corp.(Potter)が,ANSIにより標準

規格として採用されたGCR(Group Coded Recording)に

かかわる 2 つの特許権(894 特許,685 特許)について,

Storage Technology Corp.(Storage)を特許権侵害で裁判

所に提訴した事件である。当該技術は,Potterが1965年

に出願し,1971年にIBMとライセンス契約を締結した。

IBMは,ANSIに685特許の技術を標準規格として提案し,

1976年に標準規格として策定された。Potterは,1973年

に行われたANSIの小委員会に積極的に参画していたにも

かかわらず,関連特許を保有していることを小委員会に報

告しなかった。

 裁判所の判決は,『禁反言を適用し,特許権侵害を認め

ない。』というものであった。その理由は,次の通りである。

101 tokugikon 2014.1.24. no.272

寄稿3

技術標準をめぐる特許問題の概観

─移動通信方式標準化に係わる特許紛争・パテントプール・ホールドアップ問題を題材として─

害と同様に扱うべき事例である。Rambusは,FTC以外に

も多くの企業と訴訟を行っているが,殆どの場合最終的に

Rambusが勝っている。これは,当時のJEDECのIPRポ

リシーが整備されておらず,曖昧な規程が多かったためと

思われ,先に述べたようにITU/ISO/IEC共通特許ガイド

ラインのようにIPRポリシーが整備されてきた現在では

このような問題は生じないと思われる。Rambus事件は,

過度的で特異な事件と言えよう。

 結論として,今後は,スピンアウト問題はIPRポリシー

が整備された標準化機関では殆ど問題にならないと思わ

れる。

3.3 FRAND問題

 ホールドアップ問題の3番目は,「FRAND問題」と称す

ることとする。このFRAND問題は従来から懸案事項であっ

たが,何がFRAND条件か,即ち,Fair(公平)とは何か?,

Reasonable(合理的)とは何か?,Non-Discriminatory(非

差別的)とは何か?,を誰も定義できないためにこれまで避

けてきた問題であった。結果として,携帯電話等を製造販

売しているセットメーカが個別にライセンス交渉を行い,

解決してきた。以前は,一部の研究開発型ベンチャー企業

を除いて,必須特許を所有しているのは殆どがセットメー

カであり,相互にクロスライセンス契約を締結して解決し

てきた。しかしながら,最近は必須特許を所有している者

がNPE(特許不実施主体,Non Practicing Entity)まで拡

大し,大きな問題となっている。

 FRAND問題解決へのアプローチとして,大きく2つの

道がある。その1つは独占禁止法によるもの,もう1つは

裁判所によるFRAND条件の定義づけである。

 前者については,欧州委員会の例がある。2005年に独

占禁止法の施行機関である欧州委員会へEricsson、Nokia、

Broadcom、パナソニック、NEC、Texas Instrumentsが,

『Qualcommが第3世代移動通信方式に係わる特許により,

不当に高額な特許使用料を請求することで市場における地

位を乱用している』と主張した。欧州委員会は、2007年

10月にQualcommに対する調査を開始した。しかしながら,

2009年11月24日に上記企業からの訴えが取り下げられた

ことを受け,Qualcommに対する独占禁止法違反の調査を

打ち切り,結論は出なかった。尚,FRAND条件そのもの

ではなく,差し止め請求権に関するものであるが,欧州委

員会が,2012年12月21日SamsungにEU反トラスト規則

が禁じている支配的な地位の濫用に該当するとの予備的見

解を通知したとプレスリリースした。欧州委員会の見解は

次の通りである21)。

1991年4月:RambusがPCT出願(1991年10月31日に公開)。

1991 年 1 月:東芝の招きでRambusがJEDEC会合に初め

て参加。

1992 年 5 月:Rambusが正式にJEDECに加入。

1995 年 12 月:RambusがJEDEC会合に最後の参加。

1996 年 6 月:RambusがJEDEC脱退。

1999 年:Rambusが,DDR SDRAMとSDRAMに関して

特許権を所有していることを宣言し,各社にライセンス料

を請求。

2002 年 6 月:FTC(Federal Trade Commission,米連邦

取引委員会)がRambusを反トラスト法違反で提訴。FTC

の 主 張 は,『SDRAM 規 格 策 定 時 に,Rambus が 他 の

JEDEC参加メンバーに,申請中の特許などに関する必要

な情報を公開することなく,規格に盛り込んだという点』。

FTCでは,Rambusがこれらの特許を理由に訴訟を起こし,

メモリメーカから多くのロイヤルティを徴収したことを問

題視した。Rambusは,1億ドル以上のロイヤルティをメ

モリ業界から余分に徴収しているとFTCは主張した。

2004 年 2 月:FTCの訴えを行政法判事が却下。

2006 年 8 月:FTCが委員会を構成する5人の委員全員一

致により,Rambusの反トラスト法違反を認定(行政法判

事の判断を翻す)。その理由は,『Rambusは,JEDECにお

ける標準策定に大きな影響を及ぼすはずだった情報を公表

しなかった。JEDECは,そのメンバーがどのテクノロジ

を採用するかについて幅広い知識を得た上で判断を下すこ

とができるように,情報の提供を明確に求めていた。また,

メンバーは,特許上の問題となる可能性のあることについ

て早期に情報を得ることが,特許権を利用して不当に利益

を確保する企業の出現を防ぐために重要だと考えていた。』

というものであった。

2007 年 6 月:FTCがRambusに,ライセンス供与の際に

相手側に求めるロイヤルティに上限を設定すると共に,業

界の標準化団体へ同社の技術情報を公開するよう要求。

(DDR SDRAMの特許4件は,FTC発令以降3年間は0.5%,

以降はゼロ。SDRAMの特許2件は同じ期間で0.25%)。

2008 年 4 月:コロンビア地区巡回上訴裁判所が,FTCの

主張を退ける判決。

2009 年 2 月:最高裁が,FTCの上告を却下(Rambus勝訴)。

2009 年 5 月:FTCがRambusへの独禁法違反訴訟を取り

下げる。

 いずれも米国における事例であるが,SEEQ事件と

Rambus事件以外はいずれも特許権の権利行使を認めてい

ない。SEEQ事件は,提案した技術が標準規格に採用され

なかった事例であり,必須特許ではなく,通常の特許権侵

21)http://www.jetro.go.jp/world/europe/ip/pdf/20130107_1.pdf  http://www.jetro.go.jp/world/europe/ip/pdf/20131023_1.pdf

102tokugikon 2014.1.24. no.272

 (a)ライセンサーとして配分を受けるロイヤルティ収入

 (b) メンバーとしてプール特許を制限なく使用できること

  とし,MPEG LA H.264パテントプールのメンバーであ

るMicrosoft社の実例で(b)のロイヤルティ支払額が(a)

の配分ロイヤルティ受取額の2倍,としていること。

  この算出方法では,ライセンシー毎に上記(a)と(b)の

比率は異なり,『公平性』が損なわれること,また上記プー

ル か ら 得 る 価 値 は,Microsoft 社 の も の で あ り,

Motorola社必須特許の価値とは無関係であること。

② ロイヤルティ算出の参考として,チップメーカのチップ

価格を参照していること。移動通信方式に関するライセ

ンス交渉の現場では,製品価格の数%をロイヤルティと

するエンタイヤーマーケットバリュールール 25)を適用

しているが,判決ではこれを採用しなかった理由が不明

確であること。

③ 必須特許件数の算出に,ETSIに必須特許として各社が

宣言した件数を使用していること。ETSIに各社が宣言

したものは,一方的に各社が宣言したものであり,必須

特許か否かの評価はなされていない。更に,宣言必須特

許数は,常に変動しており,しかも累積されるのみで削

除がなされないことから必須特許でなくなったものも含

まれている可能性がある。各社が宣言したものが必須特

許か否かを調査するとMPEG-2でも5割と言われてお

り,LTEでも約5割となっている26)。

 このFRAND問題が『本当にホールドアップ問題か?』

の点について筆者は疑問に思っている。必須特許は製造者

全員が使用し,ライセンス料は製品価格に上乗せされ,上

乗せされたライセンス料はユーザが負担している。ライセ

ンス料が高額となり,結果として製品価格が高くなり売れ

なくなるかは市場(ユーザ)が判断すべきであり,裁判所

が判断すべき事項ではないと思われる。研究開発投資を積

極的に行い,必須特許を多く所有している会社がクロスラ

イセンス等により最終的に負担するライセンス料を低く

し,競争上優位となるのはイノベーションを活発化させる

と言う特許法が求める本来的な姿である。また,標準化も

研究開発投資を積極的に行うように促すのが目的であり,

上記の判決は,会社等の研究開発意欲を削ぐ方向にあり,

特に,開発型ベンチャー企業や大学研究機関への影響が大

きい。

 更に,必須特許と非必須特許とで取り扱いに差をつける

・ 標準必須特許が関わっており,侵害者が将来のライセ

ンシーとして,FRAND条項によるライセンスを受ける

べく交渉する意思がある場合には,侵害差し止め請求

は濫用と解される。

・ 当該異議告知書の送付は,本件の調査の結論を予断す

るものではない。

・ 本件は,特許保有者による侵害差し止めの使用をなく

そうとしているのではない。

・ 必須特許に係る侵害差し止め請求が本件のような例外

的事例において,支配的地位の濫用を構成し得るとの

予備的見解を示したに過ぎない。

・ ライセンスを受ける意思がない者の場合,本異議告知

書の予備的見解は妥当しない。

 2013年5月6日に欧州委員会は,Motorola Mobilityに対

して同様の異議告知書を送付した,とプレスリリースして

いる22)。

 FRAND問題解決へのもう1つのアプローチである裁判

所によるFRAND条件の定義づけについては,H.264標準

必須特許および802.11標準必須特許に関するものである

が,米国のMicrosoft対Motorola特許侵害訴訟判決(米国

ワシントン州西部地区連邦裁判所,事件番号10-cv-01823,

2013年4月25日)23)において,史上初めて裁判官が必須

特許のロイヤルティを決定した事例が出てきた。更に,

2013年9月27日に米イリノイ州北部地区連邦裁判所(事

件番号11-cv-9308)において,Innovatio IP Venturesと無

線LAN装置メーカー5社との間の特許侵害訴訟で、必須

特許のRANDロイヤルティ料率が示された。この判決では,

上記のMicrosoft対Motorola特許侵害訴訟判決のロイヤル

ティ料率の計算方法に若干の手直しをして算出している。

Microsoft対Motorola特許侵害訴訟判決では,特許権者主

張の約2000分の1に,Innovatio IP Ventures対無線LAN

装置メーカー5社との判決では,特許権者主張の約100分

の1にロイヤルティ料率が決定されている 24)。これらは,

対象となる特許権が必須特許であるのでFRAND条件での

許諾を行うべきという点を重視したものであり,これまで

にない取り組みであると言える。ただ,このような先駆的

な取り組みにも以下のような課題があり,今後更なる検討

が必要と思われる。

① ロイヤルティ算出時に,プールメンバーがプールから得

る価値は,

22)http://www.jetro.go.jp/world/europe/ip/pdf/20130513_rev.pdf23)http://sisveljapan.blog.fc2.com/blog-entry-6.html  http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20130530/284689/24)http://sisveljapan.blog.fc2.com/blog-entry-15.html  http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20131021/310202/  http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20131112/315823/?ref=ML25) 特許された構成部分が「顧客の需要の根拠」となっている場合に,特許された構成部分と特許されていない構成部分から製品がなっている場合に,

製品全体の価値に基づいて計算された損害賠償額を認めるというもの26)株式会社サイバー創研,「LTE関連特許のETSI必須宣言特許調査報告書 第3.0版」,http://www.cybersoken.com/research/pdf/lte03JP.pdf

103 tokugikon 2014.1.24. no.272

寄稿3

技術標準をめぐる特許問題の概観

─移動通信方式標準化に係わる特許紛争・パテントプール・ホールドアップ問題を題材として─

述べたが,差し止め請求権を認めるか否かについても議論

がなされている30)。

 現在パテントプールで取り扱えるのは必須特許のみとす

べき,との見解を日米欧の独占禁止当局はとっている 31)。

必須特許ということで料率がかなり低く抑えられるのに対

し,非必須特許はそのような制限がないとなると必須特許

に比し非必須特許は相対的にかなり高い料率となる懸念が

ある。このような懸念をなくすために,パテントプールに

おいて必須特許に加えて非必須特許も取り扱い,両者のバ

ランスを考慮し,製品全体として妥当なロイヤルティ料率

となるようにすべきである。その際,非必須特許も一緒に

強制的にライセンスするのでなく,ライセンスを受けよう

とする者が非必須特許も入れるかどうかを自主的に判断で

きるようにする必要がある。非必須特許を使いたいライセ

ンシーがいるはずであり,一括してライセンスできるよう

にした方がライセンシーにとっても利便性が高くなる。そ

うしないと必須特許はパテントプールから,非必須特許は

個別的にライセンスを受ける必要があり,ライセンシー,

ライセンサー双方の負担が大きくなると共に,必須特許は

低率の料率で,非必須特許は通常の料率でとなり,不公平

となる場合が生じる。上記で述べたAppleとSamsonの例

はその典型的なものである。

 標準化機関のIPRポリシーに従い特許権者が標準化機

関に提出するIPR宣言書の位置づけは明確ではない32)が,

IPRポリシーを更に整備することにより,IPR宣言書を特

許権者と標準化機関との「第3者のための契約」と見做せ

るとの考えもある33)。このことにより特許権者は第3者(標

準規格書に従い携帯電話機等を製造している会社)に対し

て,IPR宣言書により通常実施権を付与していると見做す

ことができる。現在のITU等のIPRポリシーではIPR宣

言書を上記の第3者のための契約と見做すことには無理が

あると思われ,特許権者に特許権のライセンスを受けよう

とする者への誠実交渉義務があると見做すにとどまると思

われる。しかしながら,更にITU等のIPRポリシーを整

備して第3者のための契約と見做せるようにすることは可

能と思われるので,そのための努力を関係者がなされるこ

とを期待したい。

ことにより,不公平が増している事例も現れている。冒頭

に述べたようにAppleとSamsungは全世界的な特許紛争を

続けているが,これらの裁判の中でロイヤルティ料率に関

して,各々次のような要求をしている。

①Samsungの要求…携帯端末1台あたり2.4%27)

② Appleの要求…30ドル/台(スマートフォンの場合)

 40ドル/台(タブレット端末の場合)28)

 Samsungは必須特許であり,Appleは非必須特許である。

Appleの要求は,スマートフォン価格が300ドル(約3万円)

とした場合の料率は10%,500ドル(約5万円)とした場

合の料率は6%となる。

 仮に,Samsungの特許は必須特許であるので上記判決の

通りに減額するとした場合,Motorola 判決に従えば

0.00012%,Innovatio IP Ventures判決に従えば0.024%と

なる。これらはApple要求額の5万分の1(Motorola判決,

スマートフォン価格500ドル(約5万円)の場合),250分

の1(Innovatio IP Ventures判決,スマートフォン価格

500ドル(約5万円)の場合)となり,著しく不公平となる。

 上記の点を考慮すると,必須特許である点のみに着目せ

ず,携帯端末に係わる特許は必須特許も非必須特許も併せ

て製品全体でのライセンス料率を検討すべきである。少な

くとも同じ製品の特許についてライセンス交渉をしてい

る会社同士では,お互いの料率を考慮したものにすべきで

ある。必須特許か,非必須特許かを区別してロイヤルティ

を決めるのでなく,全体のバランスを考慮して個々の特許

のロイヤルティを決定すべきである。昨今,必須特許に関

してロイヤルティ料率は低くても良いとの意見や判決が出

ているが,非必須特許についても併せて検討し,必須特許

とのバランスを考慮してロイヤルティ料率を決める必要が

ある。

4.あとがき

 本来的には特許法も標準化活動もイノベーションを促進

するものである。しかしながら近年標準規格に係わる必須

特許の問題が顕在化している 29)。必須特許に関する

FRAND条件でのロイヤルティ料率決定について本稿では

27)http://wirelesswire.jp/Watching_World/201109271351.html28) http://wirelesswire.jp/Watching_World/201208131123.html29)和久井 理子著,「技術標準をめぐる法システム−企業間協力と競争,独禁法と特許法の交錯」,pp.158-166,商事法務,2010年30) 一般財団法人知的財産研究所,「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究報告書」,平成24年3月,http://www.iip.or.jp/summary/pdf/

detail11j/23_iip_main.pdf  一般財団法人知的財産研究所,「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究(II)報告書」,平成25年3月,http://www.iip.or.jp/summary/

pdf/detail12j/24_01_full.pdf31) 公正取引委員会,「「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」の公表について」,別紙1,pp.1-2,平成17年6月29

日 改定平成19年9月28日32)和久井 理子著,「技術標準をめぐる法システム−企業間協力と競争,独禁法と特許法の交錯」,pp.256-365,商事法務,2010年33) 一般財団法人知的財産研究所,「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究報告書」,pp.72-81,平成24年3月,http://www.iip.or.jp/

summary/pdf/detail11j/23_iip_main.pdf

104tokugikon 2014.1.24. no.272

むを得ないとのTSBアドバイスを受けて,上記削除提案

を審議した。審議では,抵触の理由が不明確な部分につい

ては,Pirelliに対して理由を求めたが,全ての点につい

て明確な答えが得られたわけではなかった。G.692勧告が

骨抜き勧告にならないように,不当な削除提案部分につい

ては十分に審議し,適切な修正案を作成し,最終的に本会

議で承認した。(編集委員会註:TSBはITU内の電気通信

標準化局(Telecommunication Standardization Bureau)。

電気通信標準化部門(ITU-T)の事務局でSG(研究委員会)

のマネージメントをしている。)

《参考》 ITUにおけるG.691,G692に関する事例について以下

に紹介する34)。

① BT の事例

 ITU-Tにおいて勧告化が進められていた光増幅器関連

インタフェース規格であるG.691に関して,必須特許を保

有しているBTがITUのIPRポリシーの1号または2号選

択を行わなかったために勧告承認ができない事態に陥った

事例である。

 1995年11月6日にG.691の標準規格策定に参加してい

なかったBTはITUに対し,G.663,G.691,G.692勧告に

関連する特許(SBS抑制)を保有していること,また保有

する特許のライセンスに関し,特許声明書の2.1項〜2.3

項のいずれも選択せず,いかなる約束(非排他的,妥当な

料率等)もしないことを報告した。同時にG.691に関して

は,SG15が承認しやすいよう3種類の代替案を提出した

が,結局承認されなかった。(編集委員会註:SG15 は

ITU内の研究委員会(Study Group)の一つ。各SGが分野

ごとに標準勧告案を策定し、SG15は光通信網等を担当。)

 1998年2月のSG15第2回全体会合において再度審議し,

G.691に関してはBTの立場が変わらない限り凍結するこ

とが決定された。これによりBTの特許が権利満了となる

2003年までG.691は承認できなくなった。

 1999 年 7 月に BT は立場を変えて,明確に 2 号選択

(FRAND条件での許諾)を表明して問題は決着した。

② Pirelli の事例

 1997年4月のSG15第1回全体会合において,Pirelliは

G.692に関して以下の主張を行った。

・特許 EP409012 号,EP458256 号について

  「2.1項,2.2項のいずれにも該当せず,2.3項である。

但し,この主張によりG.692も勧告承認が遅れるという

ことはないであろう(optical isolationを勧告に含める必

要がないため)。」と主張した。

・ 特許EP431654 号,EP440276 号,EP506163号,

  EP5057367号について

  「現在の欧米におけるフォトン(光のエネルギー)分野

のIPRに対する認識に関する現状を考えると,IPRポリ

シーの2.1項,2.2項,2.3項のいずれかの規程を遵守す

る立場は取れない。1998年10月の会合までには立場を

明らかにしたい。」と声明を保留した。

 1998年10月のSG15第1回全体会合において,Pirelli

はG.691,G.692に関して従来から主張している4件のう

ち3件を取り下げ,1件については抵触しないよう勧告内

容を一部削除する旨が提案された。G.692の部分訂正はや

34)郵政省 郵政研究所,「技術標準における知的財産権の取り扱いについての調査研究報告書」,pp.7-10,平成12年3月

profile鶴原 稔也(つるはら としなり)

1978年  日本電信電話公社(現NTT)入社。横須賀電気通信研究所にて移動通信の研究開発に従事

1990年 日本電信電話株式会社(NTT)にて知的財産業務に従事1993年 株式会社NTTドコモにて知的財産業務に従事2005年 ドコモ・テクノロジ株式会社 知的財産部長2013年 株式会社サイバー創研 特許調査分析部長(現職)現在,埼玉大学非常勤講師,東邦大学非常勤講師,日本ライセンス協会理事,電子情報通信学会技術と社会・倫理(SITE)研究専門委員会顧問などを務める。