3. 方式海洋レーダの 送受切り換え信号について - …...Vol.37 No.3...

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Vol.37 No.3 通信総合研究所季報 June 1991 pp.361-374 研究 短波海洋レーダ 3. FMICW方式海洋レーダの 送受切り換え信号について 井口俊夫* (1991 1 21 日受理) HFOCEANRADAR 3. ONTHETRANSMIT/RECEIVESWITCHINGWAVE FORM FORFMICWHFOCEANRADAR By ToshioIGUCHI Theeffectsoftransmit/receive (T/R) switchingwaveformsonthereceivedsignalinFMICW (Frequency Modulated, Interrupted Continuous Wave) radar are examined. Two kinds of waveforms, maximum-length sequencesandsquarewaves, arecomparedwithrespecttothe followingissues: theecho-return-probability,theleakofthesignalfromdifferentranges,and theinterferencebyexternalnoise. Simplesquare-waveswitchinghasadvantagesoverrandom cod switchingforcertainapplicationsinwhichthesidebandscausedbyswitchingmaycreate serious problems. A ground-wave HFocean radar isatypical exampleof such acase. 1. はじめに 沖縄電波観測所で開発した短波海洋レーダは FMICW (Frequency Modulated Interrupted Continuous Wave )または PulsedChirpと呼ばれる方式のレーダ である.この方式では FMCWレーダと同様,送信信 号は一般に周波数を直線状に掃引することによって周波 数変調を掛けられており,散乱体までの距離は受信信号 の周波数と受信時の送信信号の周波数との差から求めら れる. FMCWレーダとの違いは, FMCW'レーダのよ うに送信と受信を連続的に同時に行うのではなく,送受 信を適当な速度で切り換えることにより,送信機からの 直接波による受信機の飽和を防いでいる点にある.これ は短波帯では送信機と受信機の分離を良くし,送信と受 沖縄電波観測所 361 信を同時に行うことは不可能に近いからである. しかし, この切り換えのために特定の距離からの散乱信号はレー ダが送信状態の時に戻って来ることになり,散乱信号を 測定できない距離が生じる.このような不感距離の存在 をなくす方法として,擬似ランダム符号系列を切り換え 信号として用いることが提唱され,電離層レーダでは実 用化されているω.しかし短波海洋レーダのようにドッ プラスベクトルの微小信号をも利用するときには,注目 していない距離からの散乱信号の洩れ込みを極力小さく する必要がある.この目的のためには,連続スベクトル をサイドバンドとして発生するランダム符号による切り 換えは,強力な散乱信号を全ての距離の信号に洩れ込ま せることになり,不適切であることが明らかになった. 以下,擬似ランダム符号系列の一つであるM系列を使っ た場合と,単一周期の矩形波を使った場合について,散 乱信号の距離に対する受信時間率,切り換え信号により

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Vol.37 No.3 通信総合研究所季報 June 1991

pp. 361-374

研 究

短波海洋レ ーダ

3. FMICW方式海洋レーダの送受切り換え信号について

井口俊夫*

(1991年1月21日受理)

HF OCEAN RADAR

3. ON THE TRANSMIT/RECEIVE SWITCHING WAVE FORM FOR FMICW HF OCEAN RADAR

By

Toshio IGUCHI

The effects of transmit/receive (T/R) switching waveforms on the received signal in FMICW

(Frequency Modulated, Interrupted Continuous Wave) radar are examined. Two kinds of

waveforms, maximum-length sequences and square waves, are compared with respect to the

following issues : the echo-return-probability, the leak of the signal from different ranges, and

the interference by external noise. Simple square-wave switching has advantages over random

cod巴 switchingfor certain applications in which the sidebands caused by switching may create

serious problems. A ground-wave HF ocean radar is a typical example of such a case.

1. はじめに

沖縄電波観測所で開発した短波海洋レーダは FMICW

(Frequency Modulated Interrupted Continuous

Wave)または PulsedChirpと呼ばれる方式のレーダ

である.この方式では FMCWレーダと同様,送信信

号は一般に周波数を直線状に掃引することによって周波

数変調を掛けられており,散乱体までの距離は受信信号

の周波数と受信時の送信信号の周波数との差から求めら

れる. FMCWレーダとの違いは, FMCW'レーダのよ

うに送信と受信を連続的に同時に行うのではなく,送受

信を適当な速度で切り換えることにより,送信機からの

直接波による受信機の飽和を防いでいる点にある.これ

は短波帯では送信機と受信機の分離を良くし,送信と受

* 沖縄電波観測所

361

信を同時に行うことは不可能に近いからである. しかし,

この切り換えのために特定の距離からの散乱信号はレー

ダが送信状態の時に戻って来ることになり,散乱信号を

測定できない距離が生じる.このような不感距離の存在

をなくす方法として,擬似ランダム符号系列を切り換え

信号として用いることが提唱され,電離層レーダでは実

用化されているω.しかし短波海洋レーダのようにドッ

プラスベクトルの微小信号をも利用するときには,注目

していない距離からの散乱信号の洩れ込みを極力小さく

する必要がある.この目的のためには,連続スベクトル

をサイドバンドとして発生するランダム符号による切り

換えは,強力な散乱信号を全ての距離の信号に洩れ込ま

せることになり,不適切であることが明らかになった.

以下,擬似ランダム符号系列の一つであるM系列を使っ

た場合と,単一周期の矩形波を使った場合について,散

乱信号の距離に対する受信時間率,切り換え信号により

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となる./::,./と Rが比例関係にあるから,受信信号に

送信信号と同じ周波数の信号を掛け合わせ,両者の差の

周波数スベクトルを取ると,それがそのまま距離対受信

強度相生となる. これが FMCWレーダの原理であるω.

なお,以上の説明においては,レーダは固定されており,

かっ散乱時に電波の周波数は変化しないと仮定した.す

なわち, ドップラ効果は無視できると仮定した.短波海

洋レーダで散乱体である海表面までの距離を求めるとき

にはこの仮定は概ね妥当である.

レーダをこのような原理に基づいて動作させるために

は送信と受信を同時に行わなければならない. しかし,

短波帯の電波を用いるレーダでは,送信機と受信機を同

一場所に置いた場合,送信アンテナから受信機への電波

の洩れ込みを充分低くし,受信機を飽和させないで働か

せることは実際上不可能に近い.そのため,送信と受信

を時間的に高速に切り換えるといった手段が用いられる.

この場合,送信波形は一種のパルス列となるが,散乱{本

の距離を求めるためには,パルスレーダのように送信パ

ルスから受信時までの時間遅れを直接測定するのではな

く,あくまで FMCWレーダの原理に従い送受信の周

波数差を利用して間接的に求める.この種のレーダを

FMICWレーダまたは PulsedChirp Radarというω.

FMICWレーダでその送受信切り換え信号として周

期T。の矩形波を用いると時間 Toの整数倍の遅れで反

射され返ってきた信号,すなわち距離 ncT0/2(ただし n

は自然数)からの散乱信号は, レーダが送信状態にある

通信総合研究所季報362

生ずる不要距離からの散乱信号の混入の度合,そして,

距離特性に現れる外来雑音の現れ方の3つの観点から特

性を比較し,海洋レーダの切り換え信号としては矩形波

の方が良いことを示す

搬送波と送受切り換え信号

ここでは FMI CWレーダで使われるチャープ信号と

送受切り換え信号の基本的性質について概略を述べるω.

FMCWレーダでは第1図に示すように送信波の周波

数をんからんまで直線状に掃引する.散乱体までの

距離Rは, cを電波の伝搬速度としたとき,散乱体で

反射して返ってきた受信波の周波数が,受信時より

τ= 2R/c前の送信周波数であることを用いて,受信時

の受信周波数と送信周波数の差 D.fから求められる.

すなわち,送信周波数を frCt),受信周波数を fR(t) とすると,

f R(t) = f rCt一τ)

2R τ=τ「D.f = f rCt)-f R(t) = f rCt) f rCt一τ)……(3)

の関係が成り立つ.周波数は第 1図のように直線状に

んからんまで時間 T,掛けて変化するから,

Ui-f )t ! rCt) = !α+寸ナ(0< t <わ

である.従って, τ<t < T,τのtに対しては

CJ b-J.) 2R D.f = -r;-ーマー

・・・(1)

・・・(2)

・・・(4)

・・・(5)

2.

I

/ ft,

RU

剖耕輔賢一冊聴 / /

/ /

|送車送開送開送関送盟送盟送覇送覇送関送開送関送

第 1図 FMICWレーダにおける周波数掃引の概念図.掃引時間九の聞に周波数をんからんま

で周波数幅Bにわたって掃引し,その聞に送信と受信を何度も切り換えている

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Vol. 37 No. 3 June 1991

ときに戻って来ることになり,全然受信機に入らない

互い答えると,ィ、!惑距離(blindspot)が生じることに

なる.このイ、!長距離を極)Jへらし, しかも距離によって

信号の受(三時間本が変わらないように考えられたのが,

ランダム符号系列による送受信の切り換えである.

3. 受信時間率

送信機を通して得られる信号を S〔t)とする.送信信

号は中心搬j去波周波数 f,の付近にのみスベクトルを持

つ信号で,搬送波とその変調分 u(t)との積として次の

ようにぶされるものとする.

S(t) = u(t) exp (j27lf ,t)……(6)

送受切り検え信号は Oとlのてっの値を取る関数

g(t)でぶす. lは送信状態を Oは受信状態を去す.送

受切り換え総を通過して’文際に送信される信号 SrCt)

Sr(t) = g(t)S(t) ……17)

となる.距離 Rの所にある散乱体から返ってきた信号

の周波数は,受信時より電波が伝搬に要する時間

τR = 2R/c前の送信周波数に,散乱{本の運動によるドッ

プラ周波数 fd を加えたものとなると仮定する.すなわ

S,(t) = K RSrCt τR)exp(j27lfit τR))

= KRg(t一τR)u(t一τR)×exp (j2π(j,+ fd)(t τR))……(8)

KRは電波の伝搬及び散乱による減哀を表すものであ

る.この信号がこのまま受信機に入力されるのではなく,

滋受切り換え信号が受信状態になっているときのみ入力

される.すなわち,受信機の入)J信号 SR(t)は次のよ

うになる.

SR(t) = (1-g(t))S,(t)

= KR(l g(t))g(t一τR)u(t一τR)×exp(j27l(f,+ f d)(t-rR))……(9)

従って,いま, g(t)の基本周期を T。とすると, τの

時間遅れで信号が受信される確皐 (ERP: Echo-Return

Probability) ERP Cτ)は

ERP(て去frl(t)[

=去fTog(t)dt去fTog(t +τ) d t

= Duty factor of g(t) Auto-correlation

function RCτ) of g(t)

= A(g(t))-RgCτ)……(IQ)

となる. ERP(τ)の平均値は

五育7了= lim↓I ERP(τ)d T司~ , J T

= A(g(t))-A2(g(t〕)……1111

363

となる.この関数:土 A(g(t))=l/2の時最大値 l川をと

る.すなわち,送受信の刻合を等しくすることが,平均

的な受信時間本を上げることになる.この制限の下で,

ERP(τ)を大き;するには, OOI式より g(t)の自己相

関関数 R/τ)を1J、さくすれば良いことがわかる.g(t)

はIまたはOの値を取る関数のためその自己相関関数は

常にl五である.もし, g(t)がランダムに Oとlを取る

系列であるならば,その自己相関関数は τ=Oの点を

除いて R(τ)= 1/4と一定値を取ることになる.すなわ

ち,この場合 ERP(τ)は τ=Oを除き,一定値0.25を

取り,不!惑距離は'\:.じない.

実際には,完全にランダムな信号を作るのは難しく,

しかも意味が無いから,この目的を達する上で実用上ラ

ンダムと見なせる符号系列が用いられる.その代表的な

ものがM系列と呼ばれるランダム符号系列である.この

うンダム符号系列は,段数 ηが与えられた場合に, n

段のシフトレジスタをqjいて発生し得る繰り返しの基本

周期が辰長の符号系列であり, 2" 1ビットの符号長の

中の相続く η ビットの中に, nビyトが全てOの値を

取るものを除いて, πビットの組合せとして可能な全て

のビットパターンが l岡出て来る系列であるー :VI系列は

ランダム符号系列の中でも比較的性質が良く解明されて

いる系列である.

いま αhを周期 N= 2"-1のM系列であるとすると,

αk = (一1)"•によって αh の o. lを αhの l, - 1に

対応付けることができる.この時的の自己相関関数は

次のようになる叩.1 Nーi r 1. s= OCmodN)

R(s)= ニ-2:ι仇= ~ 1 k=O • • s l-N, s7'o0(modN)

・・・・・・(12)

すなわち, nが充分大きく Nが大きい場合には, R(s)

はs=0 (mod N)を除いて,きわめて小さな値を取り,

ランダム符号の性質を漸近的に満たしている.

切り換え信号 g(t)に基本パルス幅T,基本周期 To.

したがって, T0/T= N = 2"-1,の n次のM系列を用

いると,その白己相関関数 R/t)は

R/が去fTog(t)g(出 dt

=まfr/rCt)+I)[y(t+r)+lJdt =去;fT,r(t) り

+示fT,r(t)dt+岩;f Tod t

,1 1 1/ N+lτ\ r + + r 1 一一一-), (O:s;τ豆町一J4 2万 4¥ N T} -11 1 l +一一, CT<τ<T。-T)

'4 4N ・・・・1131

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となる.ここに rCt)は時間tにたいし連続的に定義さ

れた関数で,上記の αhとは次の関係にある.

rCt〕=一α日IT] ……(14)

ただし,[ ]はガウス記号であり,変数の整数部をぷ

す. αの前に負号を付けたのは:JcのM系列{αk)のOと

1をそれぞれ g(t)のOと1に対応させるためである.

この結果と(10)式より, ERP(τ)は遅れTから Toに相

当する距離範聞に対し,一定値を取るようになる. した

がって,基本パルス幅Tを十分小さくすることによっ

て,近距離での受信時間率を, レーダの極く近くを除い

て,一定にすることができる.さらに, M系列の系列長

Nを十分大きく取り, Toがレーダの長大探知距離から

の信号の遅れよりも大きくなるようにすると,観測範囲

内で一定の受信時間率を実現できる これは,受信信号

の強度を直接評価したい場合には便利なことである.第

2図に T= 250μs, n = 12すなわち N = 4095とした

ときの ERPを距離に対してプロットしたものを点線

で示す T= 250μsに相当する距離 37.5km以遠では

受信時間率が一定となり,図の範囲では不感距離を生じ

ていないのが大きな特徴である.

広範囲にわたって不感距離を生じないという性質は,

電離層観測機のように散乱体までの見かけの距離が 90km

から 1000kmの広範囲にわたる場合には,望ましい性

質と言える. しかし,海洋レーダの場合には,最大探知

距離は限られたものである.これは地球の幽率のため,

電波は遠方では主に同折現象により伝搬し,電波の強度

は遠方では距離に対し指数関数的に急激に減少するから

である.このため,短波でも波長の長い電波の方が遠く

まで到達することになる 当所の海洋レーダは,

24.5MHzの周波数を使っており,この周波数では,最

大探知距離は lOOkm程度である.このように観測範

囲が限られている場合には,広範囲にわたって一定の

ERPを保持することは余り意味を持たない.第2図

のうた線で示した線は lkHzの知形波を用いて送受信を

と0.51←~ .」:;: 0.-4 < 回

:E 0.3 a..

歪o.己平0・1

~ (.I

UJ

通信総合研究所季報

切り換えたときの ERP(τ)である.最初の不感距離は

150kmとなり,すでにレーダの最大探知距離を越えて

いる.しかも,信号の期待できる lOOkm以下の距離

では,~[j形波で切り換えたノらaが ERP が大きく,実質

上の!il!?J支が上がることがわかる.また,海洋レーダにお

いては,散乱信号の絶対強度は情報抽出に使われること

は少なし重要なのは各距離におけるドップラスベクト

ルである.このため,距離により感度が多少変わっても

解析には影響しない.このように,海洋レーダの場合に

は矩形波を切り換え信号として使い,その周期を適当に

調節することにより最初の不感距離を観測距離より遠ゐ.

に合わせる方が適切と言える

4. 切り換え信号によるサイドバンドの影響

(7), (9)式からもわかるように,切り換え信号はレーダ

送信波及び受信波を振幅変調しているとも考えられる.

変調により送信波のスベクトルは搬送波の周波数を中心

として,変調波のスベクトルと相似形に広がる.基本パ

ルス幅T,基本繰り返し周期 T。の η次のM系列で振

幅,周波数ともに一定の信号を変調したとき,そのパワー

スベクトルは次のようになる.

N+l , ,( S(j) =一万ーがA'~ δ(/- Jc)

1「sin(πCJf )T)寸2や I k ¥1 NL π(j Jc) 」トブfπ片

・・・・(1日

ただし,ここに fは周波数, Jcは搬送波の周波数, A

はその振幅, N=T。IT=2" 1である.括弧内の第て

項がサイドバンドをぶしている.この式は, Tを一定

としたとき, M系列の次数η を増やし, T。を大きくす

ればするほどδ関数でぶ現されている線スペク卜ルの間

隔が縮まり,連続的な Csinx/x)2の形をしたサイドバ

ンドに近づくことを示している.また,この式は,搬送

波に最も近いサイドバンドが搬送波周波数より 1/ToHz

RANGE (km)

官12図 距離対受(三時間本特性点線は T=250μs,

mいた場合の特性

N=4095のM系列,実線は lkHzの矩形波を

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Vol. 37 No. 3 June 1991

離れたところに現れ,その大きさは搬送波のほぼ 1/N

になることを表している. 1/T0Hzは FMCWレーダ

においては,距離にして cT./(2BT0)に相当する.た

だし, T.はレーダの周波数掃引の周期, Bは掃引の周

波数幅である.例えば,当所の海洋レーダは電離層観測

用の5018チャープサウンダーを一部改造して使用してい

るが,それに組み込まれているM系列発生器を用いて,

T=0.25ms, T。=0.5s, T.=0.5 s, B=lOO kHzとする

と,最初のサイドバンドによる信号は真の距離から1.5km

離れたところに現れることになる.この距離はレーダの

分解能に相当する距離であり,結局全ての距離にサイド

バンドの影響がでて来る.その大きさは N=Tol

T = 2000として,搬送波から約 33dB低いことになる.

Tを小さくすればするほど,サイドバンドの外形を表

す(sin x/x)2の幅が広がり,真の距離から遠くはなれ

たところにも,すぐ近辺とほとんど同じ大きさでサイド

バンドの影響が現れることになる.実際,上記の例では,

lOOkm離れた所でも 0.02dBしか変わらない.

電離層の垂直打ち上げ観測では,電離層は鏡のように

電波を反射すると考えられるので,途中の減衰を無視す

ると,後方散乱波の強度は距離Rの2乗に逆比例する

ことになる.従って,第3図に示すように,距離による

散乱信号の減少の度合は小さく, lOOkmからの散乱強

度と 1000kmからの散乱強度の違いは20dB程度であ

る.一方,先にも述べたように海洋レーダでは散乱信号

は距離と共に急激に減少する(第3図).しかも,その

解析においてはドップラスベクトル中の最大信号のみで

なく,それから-40dB程度の微弱なスペク卜ル成分

まで利用される.従って,-30dB程度の大きさで他の

距離に信号が洩れると,すでに隣接するレンジビンに対

してでさえ深刻な問題を引き起こす.一次散乱ピークだ

( 国司

〉ー‘島司

H -40 CJ)

E ・50長4 -60 z H ・700 -80 :I:

u -90 w 制 100

w > -110 トイ

岳~ -120 <C

」-130同

0: -140 -150 ”160 。

内〆』w

nn

Sea ec h。

100 150 50 DISTANCE (km)

第3図海面からの後方散乱信号強度の距離による変化

365

200

けを問題にしても,近くの強度の強い信号のサイドバン

ドレベルは,それより数十 km遠いところからの信号

強度を上回ってしまう.しかも,海からの散乱のように

連続体からの散乱ではサイドバンドによる影響と主信号

を後のデータ処理に依って分離することは不可能である.

レーダを FMCWレーダの原理で動作されるために

は,原理上も,またハードウェアの面からも,切り換え

の単位時間幅 Tは極端に小さくはできない.他方,

T。< = T.であり, T.はドップラ解析をするためには,

必要とするドップラ周波数を十分覆えるようにナイキス

トの定理からその上限値が定められる.例えば, ドップ

ラ周波数を最大 1Hzで測定したいのであれば,

T. < 0.5 sでなければならない.これらの制限から

N=To!Tは極端に大きく取ることはできない.すな

わち, M系列を切り換え信号としたとき,その系列長

Nを大きくしてサイドバンドレベルを下げるには限度

がある.

一方,周期 Toの矩形波を切り換え信号として用いた

場合には,送信波のパワースベクトルは

1 1 n 1 S(f) =がf)+子円五工1)2

{ ( 2k~l ¥ ( 2k~l ¥} × δ{f一寸-)+δ{f+寸 -ir

・・・(1日

となり,最初のサイドバンドは搬送波から 1/ToHz離

れたところ,他のものはその奇数倍の所にのみでてくる.

もし, 1/Toに相当する距離を最大観測距離より遠くに

選べれば,サイドバンドの影響は観測範囲の信号に対し

ては出てこないことになる.To=lmsとすると,こ

れに相当する距離は 750kmである.これは海面から

の散乱が期待される距離よりはるかに大きく適切である

ことがわかる.

このように,スベクトルの広がりからもM系列による

切り換えよりも矩形波による切り換えの方が適している

ことがわかる.

上記の取扱いでは,送信波が切り換えられることによ

り生じるスベクトルの広がりのみを問題にした.実際に

は,受信時にも信号は ON/OFF状態を切り換えられ

ており,最終的な受信信号は 2度の切り換えの影響を受

けたものとなる.この場合,遅れ τRで戻ってきた信号

の外形は

g1(t,τR〕= g(t-τR)[l g(t)J ……(1司

という振幅変調を連続波に対して与えたものとなってい

る.従って,この関数 g1Ct,τR)の自己相関関数

R(τ,d)= よしg(t)[l-g(吋)]~ 0 J 10

×g(t+τ)[1-g(t+τ+d)]dt ……(18)

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を求め,その Fourier変換を取ることにより,搬送波

周りのスベクトルの分布が得られる.この自己相関関数

RCτ,d)は遅れ時間d(従って,距離R)に依存して

変わってくる.g(t)を次数4,系列長15のM系列とし

たときの RCτ,d)を種々のdについて求めた結果を第

4図に示す.一般的な式を求めるのは困難であるが,

g(t)がM系列である場合には,その性質を使って,次

の事が証明できる(付録).すなわち,もし d=Oなら

ば,全ての τに対して RCτ,0)=0である.d*Oの

時,かっ d=mT(mはOでない整数)としたとき.

τ= nT (n= 0, 1,……, N-1)における R(r,d)

については次の事が言える.

rl atn=O: R(nT,d) _Jo at4ooi~ts(atmost) 宝石ヨデ-10.5 at 2 points(at most) 、0.25 at other points.

・・・・・・09)

ただし, RCO,d) = (N+l)/(4N)である. τがTの整

数倍でない部分は,整数倍の点での値を直線で内挿した

値となる.言い替えれば, R(τ,d)の形は d=mTの

AUTOCORRELATION FUNCTION OF g(tl[l-g(t+d)]

g(t): M-sequence of length 15. d: Absolute delay.

·~:~介ヘAR(T)"

d = 2T /I\ ハ

d=7T/ I¥ ,...「 I¥

0 T To "'

的色川崎

Jh

---- AUAU

/ \ とR(T),.

d=5Tげ I¥ I¥ d=6T/ I ¥ I ¥

。T T,’τ

第4図 g(t)として系列長15のM系列を用いたときの g(り[1ーg(t+d)] の自己相関関数

通信総合研究所季報

とき,最大6点を除きがt)自身の自己相関関数と極め

て類似した形になる.すなわち,もしこの6点を除くと

R(τ,d)は RCτ)を用いて,

3 1 3 1 1 R(τ,d),,, 4R/τ)-g=正CR/τ)-4)+16

・・・('lO)

と表される.従って, R/τ)に比べて交流成分は 3/4

倍に,また直流成分は 1/4倍になる.すなわち,直流成

分に対する交流成分の割合は g(t)のスベクトルに比べ

て3倍になる.これは,サイドバンドのレベルが搬送波

成分に対して, g(t)を変調信号としたときよりさらに

5dB程度増加することを意味する.上例と同様に

N:;2QOOるとサイドバンドレベルはー25dB程度とな

る.ここで無視した6点の影響は一般にさらにサイドバ

ンドレベルを増加させる方向に働く.

g(t)が 周 期 Toの矩形波の場合には g(t)

[1-g(t+d)]は周期 To,パルス幅dのパルス列となり,

次のように展開できる.

d .2や(-l)k . I k?Cd ¥ I 2k7Ct ¥ f~t) =百十lf_L----,;-s円寸τ)COS円 ';"")

k-1

従って,この場合, RCτ,d)およびその Fourier変換

であるパワースベクトル SC/)は解析的に求めること

ができる.

I k?Cd ¥ I n ¥2 1ゎfsin~寸γ) l2

S(/)=印δ(/)+詰1一τ←}・-k-1 ~ ~

×{oC/-会)+δ(/+売)}凶

すなわち.扱送波成分波はくd/To)2,f = k?C/Toの成

分( kはOでない整数)は[sin(k?Cd /T0)/(k7C)]2と

なる.このスベクトルは,その形からも明らかなように

周波数 1/Toの整数倍の所にのみOでない値を取る線ス

ベクトルである.g(t)のスペクトルの場合にはその存

在位置が基本周波数の奇数倍のところにのみ現れたが,

今の場合には全ての整数倍の所に現れ, しかもその大き

さがdに依存する.(d= To/2とすると特別の場合と

して g(t)のスベクトルも含まれている.)各線スベク

トルの大きさはdに依存して変化するが,その存在す

る位置が 1/Toの整数倍の周波数であることには変わり

ない.従って,上記の送信波のみを g(t)で変調したと

きの議論がそのまま成立ち,切り換え信号によるスベク

トルの広がりが原因で生じる不要距離への信号の混入は,

M系列を切り換え信号として使った場合に深刻な問題を

引き起こし,矩形波の場合には大きな問題とはならない

ことがわカ忘る.

以上,スベクトルの切り換え信号による広がりという

観点から,信号の不要距離への混入の問題を論じてきた

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Vol. 37 No. 3 June 1991

が,レーダの分野で良く用いられる暖昧関数(Ambiguity

function)を使っても同じ結果を得る.唆昧関数を使う

と,マッチトフィルターの最適値からのずれやドップラ

偏位の効果も一般的に論じることができるが,直感的に

は上記のようなスベクトルの振幅変調による広がりの概

念を用いたほうがわかりやすい. ドップラ偏位の効果を

完全にマッチトフィルターで打ち消した場合の,絶対遅

延依存性暖昧関数 (Absolute Delay Dependent

Ambiguity Function, ADDAF)mの絶対値の 2乗は

上記の RCτ,d)の Fourier変換すなわち切り換え信

号のパワースベクトルと本質的に同じものになる.

5. 外来雑音の影響

短波海洋レーダにおいては,その雑音レベルは受信機

の雑音ではなく外来雑音により決まるのが普通である.

この帯域では,自然外来雑音としての空電雑音や字宙雑

音が容易に受信機の入力雑音を上回る.また,都市部や

産業地帯などに近づくにつれ,人工雑音が主な雑音になっ

て来る 短波は電離層反射により遠方まで到達するから,

放送局などから発せられる電波はレーダに取って非常に

大きな障害となる ここでは外来雑音の中でも放送局の

ように一定周波数で発せられる信号のレーダへの影響に

ついて考える.

FMICWレ ダでは,送信の周波数と共に受信の周

波数も第5図に示すように直線状に掃引されている.従っ

367

て,いま一定周波数の外来信号が混入してきたとすると,

その信号の周波数は最終的には第5図を上下逆さまにし

て,一定周波数を差し号|いたものになる.周波数掃引の

方向は以下の議論では何等本質的でないから,ここでは

外来信号が最終的に第5図のように変化すると仮定して

解析を行うω.

いま,第5図に示すように,時刻-T,/2から T,/2

の聞に周波数んからんまでの周波数範囲B=fb-んを直線状に変化し,周期 T,で繰り返す信号は,複素表

示を用いると次のように表される.

u(t) = ej2叫んt+(!12)s t2) .•. ・(22)

ただし,ここに Jc=(j a+ /b)/2であり,[ T,/2, T.12]

の中の時刻 tにおける瞬間周波数(instantaneous

frequency) f はf=fc+st ・・仰)

で与えられる.ここに s=BIT,である.

一般に信号が時刻 αから bの聞に悶式で表されるよ

うに変化するとき,その周波数スベクトルは悶式の

u(t)を Fourier積分し,つぎのようになる.

FCJ) = f: ej叫+{山けρ

=一上一0j(H/s)(/-/,l2I "•_j(H/2 )α2_,刈.J2s』 J•• " uu

=古=-ejHls<

州 L.S

・・・凶

語誕匝バ「

小ll

R

nu

額以相座一冊腔 I;

|肝閣噛骨骨骨骨骨骨一(a) ( b)

第 5図 周波数を掃引したときの瞬間周波数の分布.送受信を切り換えないときは掃引の範囲にー

様に分布するスベクトルとなる(左端a).切り換えたときは,その切り換えに対応した時

間の瞬間周波数が現れる(左端b). 外来信号の周波数fiが一定で受信周波数を掃引した

湯合,最終的な信号の瞬間周波数分布は切り換え信号の形と相似形になる

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t2= T,/2,すなわち,すべて ON状態の時のスベクト

ルを計算すると,容易にわかるように, Tが非常に大

きく, Dが大きいときには limZ(u) = (l+j)/2, lim

Z(u) =一(l+j)/2ゆえ,そのスベクトルはJ<faまた

は J>fbに対してはほぼOに,またん<fくんな

るfに対してはほぼ一定値を取ることになり,瞬間周

波数の分布と概ね一致する(第5図左端).他方, Dが

小さくなると,その分布は Ua.hJの範囲外にも広が

り,[ja• /b]の区間内においても振動して一定値では

なくなる.Dが小さくなることは,狭い範囲の周波数

範囲Bを短時間 T.の聞に掃引することに当たる.極

端な例として,本来の搬送波の平均周波数 Jcの周期

lifeより短い時聞に周波数をんからんまで変えよ

うとしても,その中には一周期分の波形も存在しないこ

通信総合研究所季報368

f-f ただし,ここに Ub= ..f2S (b一ーす..!..), Ua = ..f2S

f-f (α一ーす'...£.)であり, Z(x)は Fresnelのコサイン積分

C(x)およびサイン積分 S(x)を用いて

Z(x) = C(x)+iS(x)

と表される.

いま, a=-T./2, b= T.12とすると,

F小

・・・闘

i;ト円山l

B'T = 4444

B’T = 4.4

Time

門川l

i

EωzoaE凶ZO仏

Ub = .J28(号-ζム)

=序{叶(j-Jc)}

/すr.n J-fc) = ,Jτl1一孟----ir-I

Ua = .J28(一手-ζム)!Dr f-fc1

=J す~-1-2~t

となる.ただし,ここに D=sT,2 =BT.である.

例えば, f=んなら Ub= 2 .J百TI.ua=Oとな

り, f=んなら Ub= 0, Ua = -2 .J古72となる.

Z(x)の値は数表などを使い求めることができるω.

いま,第5図に示すように入力信号が[-T./2,T.I幻の区間内で η回ON状態になる切り換え信号 w(t)で

変調を掛けられたとする.すなわち,

w(t) = {6:協議;;t2;(j=l, -, n),・

・・・自由

B’T = 0.44

・・・聞

この周波数すると,入力信号は w(t)u(t)となるから,

スベクトルは次のようになる. Eωzoa

B’T = 0.044

J札ヘー〈(-

b

F(j) = J: w(t)u(t)〆j2

= t, J ::;_1 u(t)e司向

=古川1-1.を{ω 一九,)}

,..,..-/. J-f.¥ 百官It; f-fc¥ u;= 吋 s¥t;--す-)= '\J"l.ll\T.-~)

=J子恥ート2/,]

ここに, t,;=t;IT.,j,=(J-j.)/Bであり,時刻範

囲[-T,/2, T,/2]と周波数範囲[ja• fb]を共に

[-1/2, 112]の範囲に正規化したものである.これより,

周波数スベクトルは, fa.fb, T.と切り換えの時刻

tr;を与えれば決まることがわかる.n=l, t1=-T./2,

| 阿邑 o.00

POWER SPECTRUM F『、eque『ICY

T:基本パルス幅

B’:時間Tの間に掃引される周波数幅

・・・倒

ここに

N=15のM系列を用いて,周波数を直線状に掃引して

いる信号を切り換えたときの.瞬間周波数の分布とそ

れに対応するパワースベクトル.パラメータ B'Tの

値によりパワースベクトルの形が変化することがわか

第6図

・・・側

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369

クトルの広がりが重なる所でその位相が同じ周期で揃う

ような干渉がおこり,非常に規則性のあるスベクトルと

なっている.ただし,良くみるとわかるように,スベク

トルの現れている周波数が瞬間周波数の存在している周

波数と逆になってなっている.これは,切り換え信号の

周期と掃引幅,掃引時間がたまたまこのような干渉を生

む組合せになっていたためであり,例えば少し異なった

周波数の矩形波で切り換えた場合には,そのスベクトル

の形や位置は第9図に示したものと全く違ったものにな

る.ただし,その場合も,スベクトルが切り換え信号に

対応する周期性をもって規則正しく現れることには変わ

りない このことは,全掃引範囲の両端付近を除いて言

えることである.

最後に数値計算ではなく,実際にレーダの受信機の入

力に一定周波数の信号を入力し,受信周波数を観測条件

と同じように掃引して得られたスベクトルを第10図及び

第11図に示す.第10図はM系列を用いて切り換えたもの

であり,図の上と下は符号の Oとlを逆にしたものであ

る第11図は同様に lkHz矩形波を切り換え信号に使っ

た場合の周波数分布である.これらの図において,横輸

は FMCWレーダの原理に従って周波数を距離に変換

して表示している.受信機は内部において,外部から与

えられた切り換え信号より実際の受信時聞を短くして,

送信信号と決して重ならないよう余裕を持たせていると

共に,切り換え信号に伴う高調波雑音を減らすため受信

機の感度を切り換え時に滑らかに変化させている.その

ため,第8, 9図の計算とは必ずしも一致しないが,全

体の傾向としては同じ結論が得られる.

1991

とになり,周波数自体が正確には定まらない.従って,

非常に広い周波数の分布を示すことになる.

四式に従って,切り換え信号として, N=15のM系

列を使った場合のスベクトルの計算例を第6図に示す.

この図より,積 BTが小さくなると,周波数スベクト

ルは瞬間周波数の分布と大きく異なってきて,周波数聞

の干渉が見られるようになる.

海洋レ ダで用いている条件は s=200kHz/s, T,=

0.5 s, B=lOO kHz, D=5xl04, /c=24.5 MHz~B であ

る.従って,送受信の切り換えを行わずに単に掃引した

ときのスペク卜ルは,瞬間周波数の分布とほとんど同じ

であり,んとんの聞の周波数成分だけからなると言っ

ても良い. しかし,この区間を例えばパルス幅 0.25ms

のパルスで ON-OFFの切り換えを行った場合には,各

パルス幅に対する Dの値は D=l.25×10→と小さくな

り,第6図からも推察されるように,各ノ-!; )レス形に対応

した周波数スベクトルは期待できない.この区間を単位

パルス幅 0.25msのM系列で ON-OFFしたときのパ

ワースベクトルを第7図に示す この図は全掃引範囲の

内,中心付近1/25のスベクトルを示したものである.非

常に複雑なスベクトルを示し,図の上部に示した切り換

え信号と必ずしも良く対応していないことがわかる.試

みに,このM系列の 0, 1を逆にした信号で切り換えた

ときのスベクトルを第8図に示す.このスペク卜ルは第

7図に示したスベクトルと相補関係にはなっていない.

一方, M系列ではなく, lkHzの矩形波で切り換えた

場合のスベクトルが第9図である.この場合には,切り

換え信号の周期性のため,各切り換えノfルスによるスベ

June No. 3 Vol. 37

凶 l I ロ 1 I

~ 11円 n nn nn 門円円円 [ 円 円 円 門 [ [ n円円門|

ト寸 I II II Jill 1111 I Ill 1111 I I Jill II I II II I 1111111 I I

_J I II II I Ill 1111 I 111 1111 I I Ill I II I II II I 1111111 I I 生中LJLJULJLJ〕 UU LI」J LJ u〕 L...Ju U 〕 uuuy <( I I

SWITCHING WAVEFORM Time

広凶玄

Da

Frequency

第 7図 100 kHzの周波数幅を0.5秒で掃引し,その区間を 0.25msを単位パルス幅とするM系列で

切り換えたときの,掃引中心付近 4kHzの部分のスベクトル

SPECTRUM POWER

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通信総合研究所季報

FMICW方式の海洋レーダにおいて送受切り換え信

号としてM系列を用いたときと矩形波を用いたときの違

いを,距離一受信時間率特性,サイドバンドによる暖昧

関数の広がり,一定周波数の外来雑音の現れかたの三点

から考察した.この結果,受信時間率に関しては海洋レ

ーダではM系列を用いる利点はなんら無いこと, M系列

により発生する連続スペクトルに近いサイドバンドレベ

してそれに対処しやすいと言える.

結6.

370

これらの図から明らかなように,一定周波数の外来雑

音は,矩形波を切り換え信号としたときには規則正しく

決まった周波数(従って決まった距離)の所に現れるが,

M系列を用いたときには複雑であり,有意な散乱信号と

類似のスベクトルを生じることもある.実際の外来信号

は一定の周波数ではなく変調を受けていることも多いた

め,スベクトルがさらに広がり必ずしもこれらの図に示

したように, M系列による切り換えと矩形波による切り

換えで大きな差がみられるとは限らないが,一般に矩形

波で切り換えた方が雑音を同定し易く,またその結果と

WI I 口 l I

j:: 1h門市[円[円門円戸「 門円[{「 n n [円 nn r-.l H 111111111 1111 11111111 I 11111 II I II II I 1111111 I I _J I II II 1111 1111 I 111 1111 I I Ill I II I II II I 1111111 I I 生OjU U U U U U U LI U U 〕 uu u ULJLJ uuuu I 《 f I

SWITCHING WAVEFORM Time

江凶玄

oa

Frequency

第7図と同じただし, M系列の符号を逆にしたものを切り換え信号として使った場合

SPECTRUM POWER 第8図

44nu

uロコLFHJaz〈

Time WAVEFO円MSWITCHING

江凶玄

oa

Frequency

第7図と同じ条件で 1kHzの矩形波を切り換え信号として用いた場合のスベクトル

SPECTRUM POWER

第9図

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Vol. 37 No. 3 June 1991

U

U

U

-oq

ι

4

4

(囚刀)〉ト

HωZ凶↑

ZH

凶〉Hト〈」凶庄

n

v

n

u

n

u

ヨM

ι

a

目歯

(囚刀)〉ト

HωZ凶ト

ZH

凶〉Hト《」凶広

第10図 レーダ受信機に一定周波数の信号を入力し, M系列を用いて切り換えたときの出力信号の

実測スベクトル.横輸は距離で表示しであるが, 375kmが 500Hzに相当する.図の上と

下は切り換え信号の符号を逆転させたもの

n

u

n

u

U

q

a

q

Z

4

4

{白百}〉ト

HmzuトZH

凶〉H↑《JUZ

n

u

n

U

ν

d

n

d

4

4

(国刀}〉ト

Hωzu↑ZH

U〉HトdJUZ

第11図 レーダ受信機に 4定周波数の信号を入力し, lkHzの矩形波を用いて切り換えたときの出

}Jf式りの実iJllJスベクトル級制は距離で表ぶしてあるが, 375kmが 500Hzに相当する

図の上と下は切り換え信号の符号を逆転させたもの

371

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372

ルが海洋レーダでは無視できるものではなく深刻な問題

を引き起こすこと, M系列を用いると外来雑音の現れ方

が予測し難いものになることがわかった.これらの性質

はM系列という特別の擬似ランダム符号系列に特有のも

のではなく,ランダム符号系列による切り換えに対して

一般的に成り立つ己とがらである.こうした問題は単純

な矩形波を切り換え信号として用いることにより解決さ

れることも同時に見てきた.これらのことより,ランダ

ム符号系列による切り換えは短波海洋レーダには適さな

いことが明らかになった.

付録. 本文(19)式の証明

M系列にはシフト加法性という性質がある.これは,

{ak}を系列長NのM系列としたとき,任意の m*O

(modN)に対して

ak+α炉問三ak+1(mod2) H ・H ・(Al)

となる lが存在し,その値は mのみにより hの値には

よらないという性質である.すなわち,与えられたM系

列とそれを m 項ずらして 2を法として加えてできる系

列は,元と同じM系列であり,単にその項の順をl項だ

けずらした系列であることを示している. (Al)式より,

l * 0, l * m (mod N)である.また,このような l

はO<l<Nの範囲に必ず一つしかも唯一つ存在する.

本文同様仇= (-1)叫とすると,{αk}に関するシフト

加法性は

αhαk+m =αk+l …(A2)

となる.この性質を使って m*0 (mod N)のとき

~1 akak+m = ~1 ak+l = -1 …(A3)

が示せる.これは{αk}において仇= 1となる hは

CN-1)/2個あり,向=一1となる hは (N+l)/2個あ

るからである.なお,この式は本文の聞と同じである.

切り換え信号 g(t)を

g(t) = awTJ

で,また rCt)を

rCt) =ーα[ttT]

で定義すると

g仙 t川(t))= tCl-aCttTl) ・ (A4)

と書ける.

いま計算すべき式は

R(τ'd)= ヲよーしg(t)[l-g(t+d)] ~ 0 ~ lO

xg(t+τ)[1-g(t+τ+d)]dt

である. τ=nT, d = m T (n, m は整数)の時

R(nT, mT) =↓しg(t)[l-g(t+mT)J~ 0 ・’., 0

通信総合研究所季報

×g(t+n T)[I-g(t+n T+mT) ]dt

…・・(A5)

ここで, (A4)より被積分関数は Oまたは1の値を取

り,その値が変化するのは tがTの整数倍の点におい

てのみである.従って,この場合には t=kTと置き,

tに関する積分を hに関する和に置き換えることができ

る.従って,(A4)式を使って R(nT,mT)を書き換

えると,N-1

R(nT, mT) =長lg(げ)[1-g((k+m)T)]

k-0

xg((k+η)T)[I-g((k+n+m)T)]

_ N-1

- --=-ー) (1一αρCl+αh間)16Nム h k

X(l-ak+”)(1+αk+”+欄)N-1

=品すl Cl-a内 k+m-akak+m)

×(1一αk+匁+αk+n+m一αk+nak+n+m)となる.ここで(A2)より αhαk+m=α炉 t,αk+”

×α肘飽+m =αk+飽+lとなる lが存在するから,これを用

いて書き換えると

R(nT,mT)=命I'chロ0

×(1一αk+”+αk+n+m一αk+n+l)_ N-1

=品yl (1-ak+n+ak+n+m-αk+n+l k-0

-αk+αhαk+徳一αhαk+n+m+αhαk+n+l

+αk+m一αk+柵αk+”+αk+桐 αk+鈍+隅

一αk+mak+調+I一αk+l+αk+tak+π

一αk+lαk+n+m+ak+lαk+n+l)ここで和は添数hについてM系列の一周期分とるから,

hの値を一定値だけずらしでも,和は変化しない.すな

わち Zαk=Lα軒隅=…=-1である.従って,

R(nT,mT)=命 {N+2:t…k+n-akak+調+隅

+αkak+n+l

一 αhαk+n-m+akak+第一αhαk+”+l-m+αhαk+”-I一αhαk+”+聞ー1+αhαk+n)}

= 命 {N+2:t1 (3akak+n-akak+… k=O

+αhαk+冗+I一αhαk+n-m

一αhαk+泊+l-m+αhαk+n-l

一αhαk+肘m-1) }……(A6)

ここで n=0 (mod N)のときには, αhαk+n= ak2= l,

また l* 0, m * 0, m-l * 0 (mod N)ゆえ, :Eakαk+隅

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等々は一1に等しい.よって,

問 m T)=合側+2:f1 C -akak+m叫 +l

一αhαk-m一αhαk+l-間+αhαk-1

一αhαk+m-1)}

=赤側叩}

=赤伽1) …(A7)

以下旬*0 (mod N)の場合について考える.

この時もし”が

① η+m=O CmodN)

② η-m三 0CmodN)

@ η+l-m=O (modN)

④ n+m-l三0CmodN)

⑤ n+l=O CmodN)

⑥ η-l=O (modN) ・…・・(AB)

のどれをも満たさないときには(A3)の性質を使って,

式(A6)の総和記号の中の項はすべて仇に置き換えら

れるから,その合計は一1となり

R(nT,mT)= ~{N叫ー1} = __l_CN+l) 16N 16N

…(A9)

となる.ところで O<η<N とすると,与えられた m

について (AB)の①から⑥式を満たす”はそれぞれの

式について l個しか存在しない.すなわち, (AB)式

のどれかを満たすη はO<η<N の範囲では高々 6点

しかなく,それら以外の η に対しては(A9)式が成立

することがわかる.

(AB)の①から⑥の式がすべて独立である場合には

(AB)が成立しない nの点は6点存在する.それら 6J点

のうち①,②,③,④を満たす 4つのnに対しては,

(A5)式の総和記号下の項のうち負の符号の付いた項の

一つが一αJという形になり,その項は恒等的に一lと

なる.従って,この場合,

R(nT,mT)= ~{N+2-N-2}=0 16N …・・(AlO)

となる.また,(A8)の⑤または⑥を満たすη に対して

は,同様の考察から

駒山の=合{N+2+川=合CN+l)

……(All)

となる.

(A7)で(A9), (AlO), (All)を割ることにより本

文の(閉式を得る.すなわち

rl at n=O R(nT, mT) _JO at 4 points Cat most) R(O mT) -l 0. 5 at 2 points ~at most)

、0.25 at other pomts.

373

(A8)の 6つの式がいつもすべて独立とは限らない.

しかし, nif.0 (mod N)の時,①と②は決して同時に

は成り立たない.これは①と②を辺々加えると 2n=0

(mod N)となり, Nが奇数であることを考えると

nif. 0 (mod N)に矛盾するからである.同様に,@と

④,⑤と⑥も同時には成立しない.また, mif.l

(mod N)であるから,①と⑤,②と⑥も同時に成立す

ることはない.同様にして, lif.O (mod N)から①と

④,②と③が, mif.0 (mod N)から③と⑤,④と⑥

が同時に成立しないことが示せる.

結局①と同時に成立し得るのは③または⑥だけである.

いま①と③が同時に成立すると仮定する.すなわち,お

なじη に対して

n+m=O, n+l-m=O CmodN)

この辺々を引くと

2m-l三 0CmodN)

となる.一方lは(Al)より

αk+αk+m三 αk+l(mod2)

…(Al3)

を満たす.ここで添数hをk+mにしても良いから

αk+m+αk+2m=αk+m+l (mod2)

この二つの式を辺々加えると, 2ak+m= 0 (mod 2)で

あるから

αk=αk+Sm (mod2) を得る.これより

3m=O (modN)……(Al4)

がこの場合には成り立つていなければならない.また,

この式と(Al3)式から

l=2m, m=2l, m三一l,3m=3l至。(modN)

等が成立することがわかる.この待, (AB)の⑥は

n-l三 η+m (modN)

となり①式と同じになる.すなわち, nが①と③を同時

に満たせば,その nは⑥をも満たしており①,③,⑥

の三つの条件式は同時に成立することになる.また,こ

の条件のもとでは,残りの②,④,⑤式も閉じ式になる.

逆に,例えば②と④が同じだと仮定すると,②=④=⑤

かっ①=③=⑥であることが示せる.

このような条件を満たすmの場合には独立な条件式

はこつとなり, (AB)式を満足する nは, O<n<Nの

範囲で,①を満たすnか,②を満たすnかの二つしか

存在しない.なお,条件①と②は先にみたように独立ゆ

え,そのような η が一つになることはない.①を満た

すnに対しては

n三 -m三 2m三一l(modN)

等を使って(A6)式の添数を書き換えると(A5)式は

R(nT,m作古{N+2ミくhαk+n-aka…

Page 14: 3. 方式海洋レーダの 送受切り換え信号について - …...Vol.37 No.3 通信総合研究所季報 June 1991 pp. 361-374 研究 短波海洋レーダ 3. FMICW方式海洋レーダの送受切り換え信号について

374

+αhαk+n+l一αhαk+”-m一αhαk+n+l m +αhαk+n-l

-αhαk+n+m-l)}

=命{N+2:f1仰 k+n-ak2

ゐ~o

+αhαk+隅 αhαk+m αk2+αJ

-αhαk+間)} - N-1

=τ云古r-{N+2+)(2αbαb m-1)) 16N ムJ k k

k-0

=O

となる. nが②式を満たす場合も同様にして

R(nT, mT) = 0

が示せる.結局①=③=⑥,②=④=⑤となる m の場

合には

R(nT mT) f 1 at n = 0 = { 0 at 2 oints

RCO, mT) l 0. 25 at o品erpoints.

となる.

通信総合研究所季報

参考文献

(1) A.W.V. Poole,“On the use of pseudorandom

codes for ’Chirp' Radar,” IEEE Trans.

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McGraw-Hill, Singapore, 1981.

(4) 伏見正則,「乱数」 UP応用数学選書12,東京大学

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(6) M. Stegan & I.A. Abramobitz, Handbook of

Mαthemαtical Functions, Dover, New York.