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修士論文
脆弱な人々に対する援助アプローチに関する一考察
―ウガンダ北部における元子ども兵の社会復帰支援を事例として―
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科
グローバル・スタディーズ専攻 博士課程(前期課程)
氏名:小川真吾
(ID:3I 11 0313)
2014 年 1 月
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目 次
第 1 章 研究の概要 ............................................................ 1
第 1 節 問題意識 ................................................................ 1
第 2 節 本研究の目的と構成 ...................................................... 2
第 3 節 本研究の枠組み .......................................................... 3
第 4 節 本研究の意義 ............................................................ 4
第 2 章 ウガンダ北部の紛争と子ども兵 .......................................... 5
第 1 節 ウガンダ北部紛争の経緯 .................................................. 5
第 2 節 子ども兵の帰還状況 ...................................................... 7
第 3 節 元子ども兵の抱える傷と困難 .............................................. 9
第 4 節 元子ども兵への社会復帰支援 ............................................. 12
第 3 章 元子ども兵の脆弱性 ................................................... 17
第 1 節 脆弱性の定義 ........................................................... 17
第 2 節 外的な脆弱性が元子ども兵の社会復帰に及ぼす影響 ......................... 18
第 3 節 内的な脆弱性が元子ども兵の社会復帰に及ぼす影響 ......................... 22
第 4 章 元子ども兵のレジリエンス ............................................. 25
第 1 節 レジリエンスの定義と特徴 ............................................... 25
第 2 節 レジリエンス因子が元子ども兵の社会復帰に与える影響 ..................... 26
第 3 節 元子ども兵の社会復帰の達成に影響を与える要因 ........................... 30
第 5 章 脆弱な人々に対する援助アプローチ ..................................... 33
第 1 節 脆弱な人々に応じたミクロ的な視点 ....................................... 33
第 2 節 過去の傷ではなく未来の能力を重視する視点 ............................... 35
第 3 節 「選択の自由」を尊重する視点 ........................................... 36
参考文献 ...................................................................... 1
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1
第 1 章 研究の概要
第 1節 問題意識
かつて、1500 万人にも上るアフリカ人奴隷がヨーロッパ諸国によって西インド諸島や新
大陸に運ばれたが(Inkori 1982:13-17)、この大西洋奴隷貿易は「野蛮なアフリカ人を文明
化する」というレトリックによって正当化された。その後の植民地期においても「未開で遅
れたアフリカ人は保護すべき」という論理から植民地支配が正当化され、長年にわたり、ア
フリカ人が自らの意思で未来を選択する自由は剥奪されてきた。
独立後においても、「『国家としての最低限の要件を満たしていない場合,その主権は棚上
げされ〈国際社会〉が暫定的に後見人として保護するべきである』という論理は,かつての
委任統治の論理と類似している。こうした北から南への介入の強まりは,南からすれば新し
い形の帝国主義とも映るし,そうした新しい介入主義に対する批判もある」(土佐 2009:57)。
歴史的に、アフリカに対する欧米諸国の介入や援助には、一貫して、「アフリカ人は種々の
能力が欠如しているので、先進諸国からの保護と指導が必要である」という自己中心性を帯
びたパターナリズムが見受けられる。
武力的な介入を伴わない現在の人道援助や開発援助の枠組みにおいて、介入する側の自
己中心性―即ち、国益を念頭に置いた外交手段としての援助―の側面が排除されていると
仮定したとしても、被援助国(者)に欠如している様々な脆弱な側面が援助実践の正当性を
担保していることに変わりはない。脆弱な状況に陥った被援助者を保護することや、彼ら彼
女らに欠如しているニーズ―それがモノやサービス、技術、能力、制度、何らかの権利意識
であろうとも―を満たしていくことが援助する側の役割とするならば、そのプロセスにお
いて、私たち、援助する側は、どこまで援助される側の主体性を尊重することが可能なのだ
ろうか。
筆者は、2005年から 2011年までの間、非政府組織(Non-Government Organization: NGO)
の職員としてウガンダ北部の元子ども兵の社会復帰支援事業の立案と運営に携わってきた。
その経験から現在の紛争後(または停戦合意後)の復興・開発援助の文脈において、アフリ
カの人々の脆弱性や国家の未熟さだけが強調され、被援助者の主体性が疎外され、被援助者
(国)に内在する多様な資源や能力が十分に活かされていないのではないかという問題意
識を持つようになった。同時に、脆弱な人々の主体性を尊重することが、援助実践において、
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2
本当に必要な視点なのか、また、もしそれが必要であるならば、どこまでその視点を重視す
ることが可能なのかという点について探っていくことに関心を抱くようになった。
第 2節 本研究の目的と構成
本研究の目的は、上述した問題意識を念頭に置きながら、ウガンダ北部の元子ども兵の社
会復帰の達成に影響を与えている要因を分析することで、脆弱な状態に陥った人々に対し
て、どのような援助アプローチが求められているのかを探ることにある。
身体的、精神的な傷を負い、戦闘から帰還した後も様々な困難を抱えている脆弱な元子ど
も兵が 3年間の社会復帰訓練を完了し、一定の社会復帰を果たした後に、何が社会復帰の達
成に影響していたのかを、脆弱性とレジリエンスの観点から分析したうえで、その事例から
脆弱な人々に対する援助アプローチとして重視すべき視点を明らかにしたい。
まず、第 2章において、ウガンダ北部の紛争の経緯と、この紛争において徴兵された子ど
も兵の属性、帰還状況を示し、元子ども兵が抱えている状況について概観する。そのうえで、
本論の分析において対象とする元子ども兵の属性と、社会復帰支援の内容を示し、社会復帰
の達成度を測る指標を明らかにする。
次に、第 3章で、本論における脆弱性の定義を示した上で、脆弱性が高い元子ども兵と、
そうでない元子ども兵に社会復帰の達成度に差があるかどうかを検証する。脆弱性の評価
は、外的な脆弱性と内的な脆弱性の 2つの側面から測定することとし、それぞれにおいて、
脆弱性の度合いを測る指標を明らかにする。そのうえで、両者が元子ども兵の社会復帰の達
成に及ぼしている影響を、それぞれ 1要因 3水準の分散分析によって検証する。
そして、第 4章において、レジリエンスの特徴と定義を示したうえで、本論においてレジ
リエンスが促進されているかどうかを測る指標を明らかにする。そのうえで、レジリエンス
因子が、元子ども兵の社会復帰の達成に影響しているかどうかを検証する。まず、1要因 3
水準の分散分析によって、レジリエンス因子の高い元子ども兵とそうでない場合において、
社会復帰の達成度に差があるかを検証し、そのうえで、レジリエンス因子によって元子ども
兵の社会復帰の達成をどの程度説明できるのかを重回帰分析により検証する。同時に、内的
な脆弱性によって元子ども兵の社会復帰の達成をどの程度説明できるかについても同様の
分析を行なう。
最後に、第 5章で、第 3章と第 4章の分析結果から、元子ども兵の社会復帰の達成に影響
を与えている要因を確認しながら、この事例から脆弱な人々に対して、どのような視点を重
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3
視した援助アプローチが必要とされているのかについて考察する。
第 3節 本研究の枠組み
(1) 対象地域:ウガンダ北部地域
(2) 対象とする時間軸:1986年から 2013年
(3) 関連分野と鍵概念:アフリカの平和構築の枠組みで、「脆弱性」と「レジリエンス」を
鍵概念にして、開発学と心理学の分野を中心に学際的なアプローチを採用する。
(4) 事例における調査対象者:18才未満で徴兵された経験のある者を元子ども兵と定義
し、ウガンダ北部の紛争により、強制的に徴兵された後に帰還し、社会復帰支援を
完了した元子ども兵 100名(男性 21名:女性 79名)を調査対象とする。その属性
は、社会復帰支援開始時の平均年齢が 23.2 歳(SD=1.57、範囲=11‐17 才)。徴
兵された時の平均年齢は 11.6歳で、帰還時の平均年齢は 19.7歳(平均拘束期間は
8.1年間)。民族は 100%がアチョリ人でありルオ語を母国語とする。99%がキリスト
教徒、1%がムスリムであるが、その内 76%が伝統宗教に対する信仰も持っている。
1 年半の社会復帰訓練後の居住地は、グル県 63%、アムル県 32%、パデー県 4%、
キトグム県 1%。
(5) 「社会復帰」の定義(枠組み)
冷戦以降、世界各地で多発する武力紛争後、兵士の武装解除、動員解除、社会復帰
(Disarmament, Demobilisation and Reintegration:DDR)の実施が和平合意にも明
記されるようになったが、何をもって社会復帰とみなすべきか、どこまで DDRの枠
組みで支援をすべきかについては意見が分かれている。現状の DDRの枠組みにお
いては、国軍に統合するか、市民としての地位を与え、当面の生活費や簡易の職業
訓練を提供した時点で社会復帰が完了したと見なすことも多いが、実際に収入を
得て自立するまで支援すべきとの意見もある(瀬谷,2006)。本論においては、第 59
回国連総会における事務総長の書簡に記された内容に従い、社会復帰を下記のよ
うに定義する。
社会復帰とは、元戦闘員が市民としての地位を確立し、持続的な雇用と収入を得
て、自立するまでのプロセスである。本質的には、一定の時間に縛られずに、地域
レベルのコミュニュティーにおいてなされる社会的、経済的なプロセスである。ま
た、その実施は、国家の発展と開発の一部として位置付けられ、国の責任の下に実
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4
施されるが、しばしば外部からの長期的な支援が必要となるものである」。1
第 4節 本研究の意義
DDRの実施状況を検証する研究や、その評価に基づいた提言を示す報告は多数あるが
(The Swedish Government Offices, 2006)、長期的な「社会復帰」のプロセスをDDRの
枠組みにおいて検証している研究は少なく、加えて、子ども兵の社会復帰に関して、この
枠組みで論じられることはさらに限定されている。
一方、子ども兵に関連する先行研究では、その現状や問題の背景を分析するもの(レイ
チェル, 2002)や、それに対する国際人権規範の形成や適用について論じる研究(勝間,
2010, 2011; 稲角,2005)、その規範の伝搬、需要、内部化のプロセスにおける国際NGO
などの市民社会組織の影響について論じる研究(杉木,2006)、また、このような国際的
規範の観点から、被害国での元子ども兵の保護や支援、エンパワーメントについて論じる
研究(Shepler, 2005; 勝間, 2005)など、国際規範や人権概念を鍵として子ども兵問題
の解決や、元子ども兵の社会復帰支援に接近するアプローチが中心である。
また、心理学的なアプローチにより、元子ども兵の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を
調査する研究(Derluyn.L et al, 2004)や、心的外傷を受けた元子ども兵の適応能力や
レジリエンスに関連する研究などもある(Adam, et al., 2010; Bothby, et al., 2006;
Therea et al., 2010; )。これらの多くは心理的な側面において元子ども兵の社会復帰
について論じてはいるものの、社会復帰の支援アプローチにまでは踏み込んだ議論はなさ
れていない。心理的な側面に加え、社会的、経済的な側面も含めて、ウガンダ北部の元子
ども兵の社会復帰支援や脆弱な人々に対する支援のあり方について論じる研究(Annan,
2006,2009)もあるが、これらの研究では、長期に拘束された元子ども兵に特化した調査
ではなく、短期間拘束されていた元少年兵などを含む国内避難民の脆弱と捉えられる若者
全般を対象にした調査が主である。
したがって、本研究は、DDRの枠組みにおける元子ども兵の社会復帰の事例研究とし
て、開発分野におけるレジリエンス研究の実証例として、また、人権概念を鍵とした元子
ども兵に対する支援アプローチに対する、異なるアプローチを提示するものとして、意義
ある研究であると考える。
1 Note by the Secretary-General)A/C.5/59/31より、筆者訳。
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第 2 章 ウガンダ北部の紛争と子ども兵
第 1節 ウガンダ北部紛争の経緯
ウガンダでは、1986 年のムセヴェニ政権樹立後、北部に逃れた旧政府軍兵士らを中心に
反政府軍が結成され内戦が勃発した。主要な反政府軍であったウガンダ人民民主軍(Uganda
People’s Democratic Army: UPDA)は 1988年に和平協定に合意したが、北部の主要民族
であるアチョリ人のジョセフ・コニー率いる軍は、一部の元 UPDA兵士らを引き連れて、反
政府活動を継続した。同軍は、1990年代に入り神の抵抗軍(Load’s Resistance Army: LRA)
と名乗りはじめ、当初は、南部のムセヴェニ政権に対抗する勢力として北部住民からも一定
の支持を得ていた。他方、北部出身の多くの元 UPDA 兵士らが政府軍に統合され、また、同
じ北部出身のランギ人らによって結成された民兵組織(アローグループ)らも政府軍側に加
担し、LRAは弱体化していった(Mwaniki et al.,2009:7)。このような状況下で、1993年か
ら始まった和平交渉2では、LRA側も和平合意には積極的で、兵力を一か所に集結し動員解除
することなど政府側の要求にも応じていた。しかし、政府側(ムセヴェニ大統領)が 1週間
以内に投降することなど非現実的な要求を押し付け、結局、この和平交渉は翌年の 1994年
に決裂した。この頃を境にスーダン政府から LRAへの支援は強化されていき、北部紛争は長
期化していった(Lomo, 2004:6)。その背景には、隣国スーダンの反政府軍であるスーダン人
民解放軍(Sudan People’s Liberation Army: SPLA)に対し米国と共にウガンダが支援し
ていたことが、スーダンの LRAへ支援強化につながったと考えられる。スーダンは、LRAに
基地を提供し、LRA は 1990 年代半ば以降、誘拐した子どもらへの軍事訓練を南スーダンで
行い、そこを拠点にウガンダ北部の村々の襲撃や虐殺行為、新たな子どもの誘拐を繰り返し
ていった。LRA は同胞のアチョリ人の住民らに対しても、ムセヴェニに取り込まれ、「魂が
汚れている」として、北部住民への虐殺や子どもの強制的な徴兵を繰り返すようになった
(榎本,2011:313-316)。1993 年の和平交渉決裂以降、何度かの和平交渉の試みがアチョリ
2 1993 年に北部担当国務大臣のベティ・ビゴンベの仲介により開始された和平交渉。2006 年のジュバ和平交渉以前
で、最も和平に近づいた和平交渉であったと言われている(Mwaniki et al.,2009:7)。
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地域の伝統指導者らによって試みられたが進展は見られなかった。一方、1999 年に米国の
カーター・センターの介入によりウガンダとスーダンはナイロビ協定を締結し、スーダン政
府は、ウガンダ軍によるスーダン南部での LRA に対する掃討作戦(2004 年:第二次鉄拳作
戦)を許可した。軍事的解決はなされなかったものの、その後、米国の後押しもあり、2006
年から南スーダン自治政府の仲介により開始された和平交渉(ジュバ・ブロセス)において、
同年 8月、ウガンダ政府と LRAは停戦合意(敵対的行為の停止合意)に調印した。以降、ウ
ガンダ北部の治安は安定化していった(Mwaniki et al.,2009:7-9)。
一方、2004年 1月に国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)はウガンダ
北部の状況への関与を開始し、2005年 10月、ICCがジョセフ・コニー以下 LRA 指導者 5名
に対し逮捕状を公表した。LRA側は再三、国際刑事裁判所の訴追の取り下げを最終的な和平
合意の条件の一つとして挙げていたが、それが受け入れられず、2008 年 4 月に予定されて
いた最終和平合意(Final Peace Agreement: FPA)は実現せず、その後の交渉においてもこ
の問題を巡り LRAとの和平合意には至っていない。地元 NGOや伝統指導者らからは、ICCの
関与を批判する声も少なくなく、紛争中の段階において、ICCが関与することが和平交渉の
障害となり、さらなる人権侵害を引き起こす結果をもたらしているとの報告もある
(Refugee Law Project,2012)。
停戦合意以降、LRA は、ほぼ完全にウガンダ北部から駆逐されたが、推定 1000〜3000 人
の子ども兵を拘束したまま(Pham et al., 2007:2)、2008年の FPA決裂以降、コンゴ北東
部やスーダン南部、中央アフリカへ移動し、さらなる住民の虐殺や子どもの誘拐を繰り返し
ている。ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書によると、2008年 12月に、コンゴ民主共
和国北東部のファラジェで、約 200人が LRAの襲撃を受け、143名が死亡、160名が誘拐さ
れた。近隣の村々の襲撃も合わせると同年 12 月 24 日からの翌年 1月 17日までの間に、住
民 865名を殺害したと報告している(Human Rights Watch, 2009:4-7)。また、2009年の 12
月にもコンゴ北東部で 321 人を殺害し、80 人の子どもを含む 250 人を拉致している(Human
Rights Watch,2010:3)。2013年現在、LRAの兵力は 500人以下と推定され3、アチョリの伝
統指導者らが帰還を呼びかけ続けているが、ICCの逮捕状がネックとなり、最終的な紛争解
決には至っていない。
3 New Vision (2013) Kony Wants to Surrender, New Vision, November 21, 2013.
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第 2節 子ども兵の帰還状況
世界銀行の報告書によると、ウガンダ北部では、少なくとも 6 万 6 千人の若者が LRA に
より強制的に徴兵されたといわれている(The World Bank 2007:182)。同報告書では、その
うち 18歳未満で誘拐された子ども兵の数は示されていないが、ウガンダ政府によると、LRA
に誘拐された子どもの数は、2004 年だけでも 1 万 2 千人、累計で 6 万人に上るといわれて
いる(Government of Uganda,2007:25)。4
LRAは、誘拐した子どもたちを何も恐れない兵士に仕立て上げ、同時に政府軍や住民に対
し恐怖心を抱かせる為に、子ども兵に残虐行為を強要したといわれているが、それは脱走を
防ぐ一つの手段でもあった。実際に、帰還した子ども兵たちの多くは、「村に戻ったら殺さ
れると教え込まれていた」と証言しており、加害者意識を植え付け、脱走者に徹底した懲罰
を与えることで LRAは子ども兵を拘束していた(小川,2011:299-303)。
一方、アチョリの伝統指導者や NGOらの働きかけもあり、政府は 2000年に恩赦法を発効
し、LRAの指導者 5名(内 2 名は既に死亡したと伝えられている)を除く、元兵士に恩赦を
与えた。以降、多くの LRA 兵士が投降し、帰還する元子ども兵の数も増加した5。しかし、
4 レセプションセンターの情報と共に人口に基づく調査を実施した、Pham(2007)らは、2006年 4月時点で、誘拐され
た子どもの数は、2万 4千人〜3万 8千人、大人の数は 2万 8千〜3万 7千人に上ると推定している(Pham et al.,
2007:24)。また、国連児童基金(UNICEF)は、子ども兵の数を 25,000人以上と推定している(UNICEF,2005:1)が、
この数字には戦闘中に死亡した子ども兵やレセプションセンターを経由せずに帰還した子ども兵の数は含まれていな
い。
5恩赦法が施行されて以降、2012 年 5 月までに、29 の反政府組織から 26,288 名(内、LRA の元兵士は 12,971 名)が
恩赦を受けている。ただし、恩赦法は反政府武装グループに 4 か月以上滞在していた 12 歳以上の男女に適用されるた
め、この数字は LRA から帰還したすべての元子ども兵の数を表しているわけではない(Government of Uganda,
2007:100)。一方、2012 年 5 月 25 日、同法の 12 か月間の更新と共に、ドナー国から同法は国際的正義と相いれない
ものであるとの批判を受け恩赦宣言が削除された。これを巡り、アチョリ地域の住民、元兵士、伝統指導者らは、恩赦
が適用されなくなれば、現在も拘束されている兵士の帰還を妨げることになり、北部地域の平和の障害になるとして、
恩赦法の重要性を指摘している(Kasper Agger,2012:1-7)。
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戦闘中に死亡した子ども兵の数や、帰還した元子ども兵の数を正確に把握できているわけ
ではない。子ども兵の多くは政府軍との戦闘中に負傷したり、身を隠したりして、戦闘が収
まった後に政府軍に保護されて帰還するが、中には、誘拐後、短時間の労働の後に解放され
るケースや、水汲みや部隊から離れた隙に自ら逃げ帰るケースもある。前者の場合、保護さ
れた子ども兵は、政府軍が管轄する施設(Child Protection Unit: CPU)を経由して、短期
間のリハビリを行うレセプションセンターに送られるので、その数や属性を把握すること
は比較的容易であるが、後者の場合、子どもが帰還した情報が必ずしも軍や行政機関に伝達
されていないため、正確な数やその詳細を把握することは困難である。
2005年 12月の時点で LRAから帰還し、ウガンダ北部にある 8つのレセプション・センタ
ーを経由した者の数は 22,759名に上り、主要な年齢層は 10歳から 18歳未満の子どもたち
で、全体の 61%を占めていたが、18 歳以上の若者も 34%登録されていた(Pham et al.,
2007:2)。ただし、この年齢は帰還時の年齢であり、実際にはレセプションセンターに登録
されている若者の多くも 18 歳未満で徴兵された元子ども兵である可能性が高い。例えば、
本論における対象者(以後、「調査対象者」と表記する)100名のうち、73名は帰還した時
点で 18 歳以上の年齢に達しているが、誘拐された時は全員が 18 歳未満(平均年齢: 11.8
歳)の元子ども兵である。
Pham(2007)らの調査によると 2005年 12月時点で、レセプションセンターに登録された
者の 89%はアチョリ地域6の出身であり LRAでの拘束期間は、16%が 1週間程度、35%が 1ヶ
月程度、52%が 3ヶ月程度、20%が 1年以上であり、平均拘束期間は 1年未満(342日)で
あった。また、全体の 24%は女性(平均年齢:16歳/SD=7)であり、男性(平均年齢:20
歳/SD=8.6)よりも、女性のほうが長期間拘束されていたと報告されている。その理由は、
①女性または少女の多くは司令官や男性兵士との強制結婚により、男性兵士の身の回りの
世話などに長期間従事させられていること、②男性兵士に比べ政府軍と接触する戦闘地域
に出ることが少ないため帰還する機会が限られていること、③また、多くが男性兵士の子ど
もを出産して乳幼児を連れており、自ら逃げ帰ることが困難であることの 3 点があげられ
6 アチョリ地域とは、アチョリ人が主要民族を占めるウガンダ北部のグル県、アムル県、パデー県、キトグム県を指す
(Pham et al., 2007:25)。ただし、現在は県が分割され、同地域は上述 4 県に加え、アガゴ県、ラムウォ県、ノヤ県
を含んだ 7 県の地域を指す。
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ている(Pham et al., 2007:2)。
このような状況から、LRAに誘拐されたウガンダ北部の元子ども兵の数や属性を正確に
把握することは困難であるが、レセプションセンターの情報を基に元子ども兵の属性の傾
向をある程度は把握することができる。また、Pham(2005)らの別の調査によると、数時
間〜数日間の短期間拘束されていた子どもが多数確認されており、その場合、レセプショ
ンセンターを経由せずに帰還する傾向があることも示されている(Boas et al.,2005;
Pham et al., 2005)。以上を併せて鑑みると、レセプションセンターに登録されていな
い子ども兵は、比較的、拘束期間が短い者、また、少女(女性)より少年(男性)が多い
傾向にあることが推測できる。
他方、2006 年 8 月の停戦合意以降、ウガンダ北部での戦闘や、新たな子どもの誘拐は減
少し、治安が安定する一方で、隣国に連れ出された子ども兵たちにとっては、帰還する機会
が減少した。結果、レセプションセンターに帰還する子ども兵の数も激減し、多くのレセプ
ションセンターは閉鎖、または他の活動にシフトしている。現在もレセプションセンターを
運営している現地 NGOのグスコ(Gulu Support The Children Center: GUSCO)では、2001
年から 2007 年までの間に、8000 人以上の LRA に誘拐された元兵士を受け入れてきたが、
2008 年は 11 名、2009 年は 73 名、2010 年は 8 月時点で 83 名の受け入れ人数にとどまって
いる(TRU,2010)。その多くは、コンゴ北東部で拘束されていたアチョリ地域の出身者で、政
府軍または、国連平和維持軍(MONUSCO)に保護されて、ウガンダ北部に戻ってきた元子ど
も兵である。
第 3節 元子ども兵の抱える傷と困難
(1)身体的な傷
LRAに誘拐された子どもたちの多くは、荷物の運搬などの重労働に従事させられるだけで
なく、上官からの暴力や、軍事訓練、直接的な戦闘を経験している。Annan(2006)らの調査
によると、「LRAに誘拐された子どもや若者(男性)の 79%は殺害現場を目撃し、18%が殺人
を強要させられ、8%が家族や友人の殺害を強いられている」(Annan, 2006:11)。
また、少女兵の中にも戦闘員としての訓練を受け、戦闘に加担させられているケースも多
く、特に 1990年代に徴兵された子ども兵の多くは、南スーダンの LRAの基地で数週間から
数か月間にわたる軍事訓練を受けている。調査対象者の中で、1990〜1996 年の間に誘拐さ
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れ、2000年代になって帰還した元少女兵の 54%は、南スーダンでの軍事訓練を受け、小型
武器を使用した経験を持っている(TRU,2005)。
調査対象者 100名の元子ども兵のうち、40%は足や腕、背中、腹部など体の一部に被弾、
または地雷被害者であり、中には 8ヶ所に被弾している者や、銃撃の際に受けた破片が体内
に残っている者もいる。多くがその後遺症による痛みを訴えながらも、日常生活に大きな支
障がない程度に回復しているが、うち、1名は戦闘中に失明、1名は帰還後、徐々に視力が
低下し失明、また、重度の後遺症により体の一部が不随している者が 2名、片足を失ってい
る者が 3名いるなど重度の障害を負っている者もいる(TRU, 2006a; 同, 2010a)。
また、被弾や爆撃による重傷を負った経験がなくとも、長期間の荷物の運搬、水汲みや食
事の準備など劣悪な環境下での重労働により、帰還後も背中や腰に慢性的な痛みを訴えて
いる者が 13%おり、中には日常の生活をする際にもその痛みを感じると訴えている者もい
る(TRU, 2006a; TRU, 2010a)。
(2)精神的な傷
元子ども兵の多くは身体的な傷だけでなく、精神的にも大きな傷を負って、帰還している。
2004 年に元子ども兵 71 名を対象に行われた調査によると、そのうちの 97%が心的外傷後
ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder: PTSD)の症状を示していると報告されて
いる(Derluyn et al., 2004:862)。調査対象者の中では、社会復帰施設に受け入れた時点
で、「夜に寝付けない」「悪夢を見る」「過去のことを常に思い出す」と訴える元子ども兵の
割合が 58%であった(TRU, 2006a, 2010a)。また、TR施設での職業訓練や基礎教育を担当
する職員によると、授業中に集中力が続かずに、教室を飛び出す元子ども兵が日常的に確認
されており、授業後または休み時間にカウンセリング担当職員への相談件数は 3〜8件/日
であった。また、日常の個別カウンセリングやクラスので心理社会支援では改善が見られな
いケースがあり、その場合にアチョリの伝統的儀礼を本人と受け入れ家族が希望し、儀礼を
受けた対象者が 5名いた。
また、すべての調査対象者は、誘拐時や拘束期間中に、家族や親戚、友人が殺害された
り、病気で死亡したりするという喪失体験をしている。調査対象者の 76%が親を亡くして
おり、内、14名が LRAの殺害により親を失い、1 名が政府軍に殺害され、1名は本人が誘
拐された時に父親が自殺している。強制的に徴兵されたとはいえ、自らが所属していた軍
によって家族や親戚が殺害されたり、その現場を目の前で目撃するなどの経験をしてい
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る者もいる(TRU, 2006a, 2010a)。
(3)元少女兵の困難
前述したように少女は誘拐された後、性的暴力の対象となり、強制結婚を強いられている。
UNICEF(2005)によると、LRAに 7500人の少女が誘拐されており、そのうち約 1000 人は拘束
期間中に子どもを身ごもっている(UNICEF, 2005:1)。また、少女を性的奴隷として扱い、司
令官が 12歳の少女に性的暴力を加えていたなどの報告もある(Pham et al., 2007:2)。
調査対象者の女性 79 名のうち、78名が強制結婚を強いられ、男性兵士の子どもを出産し
ている。帰還後は、その赤ん坊または幼児を連れており、本人の社会復帰に加えて、子ども
の育児に関する課題も抱えている。また、HIVに感染している女性が5名いる(TRU, 2006a,
2010a)。
(4)地域住民との関係性
子ども兵は政府軍との戦闘に駆り出されるだけでなく、ウガンダ北部の地元の村々や国
内避難民キャンプの襲撃や残虐行為、また食料の略奪、新たな子どもの誘拐にまで加担させ
られている。中には自分の親や親戚を殺害することを命じられた者や、住民の鼻や耳、唇を
切断するといった残虐行為を強要させられた元子ども兵もいる。調査対象者の中には母親
の殺害を命じられ、拒否した後に、母親の片腕を切断するという行為を強要させられた元少
年兵や、住民 5名に対して銃を使わずに、刃物で殺害することを強要させられている者もい
る(TRU, 2006a, 2010a)。こうした状況で帰還した元子ども兵は、被害者であるが、住民側
から見た場合、「自分たちの親戚や家族を殺害した LRA の元兵士であり、『加害者である』」
とのレッテルを貼られ、憎しみの対象になることもある。アチョリ地域の住民 2585名に対
する 2005年のインタビュー調査では、31%が LRAによって、自分の子どもが誘拐され、41%
が自分の家族が殺害現場を目撃している(Pham et al., 2007:5)。
特に、地元の村での残虐行為に直接加担させられてきた者や、司令官レベルまで就いてい
た元子ども兵の場合、差別と偏見を受ける傾向が強い。対象者中、47%が帰還後、周囲の住
民から差別や偏見を受けていると主張しており、「人殺し」「人殺しの子どもを連れている」
などという言葉を浴びせられている。また、司令官レベルに就いた元少年兵の中には帰還後
5 年が経過しているにもかかわらず、家が放火されるなどの嫌がらせを受けているケースも
見受けられる(TRU, 2006a, 2010a)。
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(5)教育と就業機会の喪失
子ども時代に徴兵される子ども兵の多くは教育の機会を奪われ、帰還後も再教育や就業
の機会が限られている。特に長期に拘束されていた元子ども兵は、小学校に通った経験の無
い者がほとんどである。調査対象者の中で小学校を卒業しているのは 1 名に過ぎず、他は全
員小学校に通った経験がないか、通ったとしても低学年の教育しか受けていない。TR 施設
受け入れ時のベースライン調査では、識字能力が確認されたのは 30%で、計算能力は 39%
が初歩的な計算能力(足し算と引き算)もできない状況で、84%が公用語の英語でのコミュ
ニュケーションは全く取れず、日常会話程度の英語力が確認されたのは 16%であった7。ま
た、24%がレセプションセンターや教会の運営する施設で、簡易の職業訓練を受けた経験は
あったが、その技術により就業または、収入を得た経験のある者は 0%であった(TRU, 2006a,
2010a)。
第 4節 元子ども兵への社会復帰支援
恩赦法に基づき設置された恩赦委員会が LRAに 4 か月以上拘束されて帰還した 12歳以上
の男女に対し恩赦カードを発行し、元兵士の社会復帰を促進している。同委員会は元兵士へ
の現金支給を行うなどの直接的支援とともに、NGO や Community Based Organization:CBO
などの市民社会組織が提供する支援プログラムに元兵士がアクセスできるように調整する
役割を担っている(Government of Uganda,2007:100)。
LRAから帰還した元子ども兵は、まず政府軍が管轄する施設(CPU:Child Protection Unit)
で簡易な身体的ケアと事情聴取を受ける。大抵の場合、2日以内に CPUからレセプションセ
ンターに送られ、そこで身体的、精神的なケアや帰還先の受け入れ家族との調整などで、通
常、約 3週間程度の支援を受けるが、妊娠して帰還した元少女兵や身体的に大きな傷を負っ
ている場合半年以上滞在するケースもある。その後、国際機関や NGOなどが長期的に元子ど
も兵への社会復帰を支援しているが、その内容は、帰還時の対象者の年齢や、帰還時期の治
7調査対象者 100 名中、日常会話程度の英語力が確認された 16 名中、10 名は帰還後、コミュニュティーに長期に滞在
して、グル県(コミュニュティー)から受け入れた元子ども兵であり、全員が帰還後の生活の中で英語を習得したと回
答している(TRU, 2006a, 2010a)。
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安状況、または援助機関のアプローチなどによって様々である。
ここでは、本論の調査対象者に対して支援を実施した特定非営利活動法人テラ・ルネッサ
ンス(以後、TRと表記)が運営する社会復帰支援施設(以後、TR施設と表記)への受け入
れ手続きと支援内容を簡単に記述したうえで、本論において社会復帰の達成度を測る指標
を明らかにしておく。
(1)調査対象者への社会復帰支援
TRは 2005年 2月からウガンダ北部での活動を開始し、2006年に TR施設をグル県グル市
に開設して以来、累計 168 名の元子ども兵の社会復帰支援を行ってきた(図表1参照)。恩
赦委員会及びグル県と覚書(Terms of Reference: ToR)を結び、グル県のレセプションセ
ンターなどの関連機関と調整しながら受益者の選定を行っている。2007 までは主に GUSCO
が運営するレセプションセンターを経由した元子ども兵を受け入れ、2008 年以降は、それ
に加えて、グル県(コミュニュティー)を通しての受け入れも行っている。帰還時の年齢が
就学適齢期の低年齢層の子どもや、受け入れ家族や他の援助機関からの経済的支援が見込
まれる者は選定対象から外し、長期に拘束され最も社会復帰が困難だと思われる元子ども
兵を優先的に受け入れている。また、2008 年以降に受け入れた受益者はコンゴ民主共和国
北東部で保護され、グル県のレセプションセンターを経由している者も多いが、既に長期間、
コミュニュティーに滞在していた元子ども兵をグル県からの要望を基に受け入れている者
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も含まれている8。
TR の社会復帰支援の内容は、元子ども兵が 3 年以内に経済的に自立し、帰還地域の住民
との関係性を構築することを目標に、支援開始から1年半(前半期)は、平日午前 9時から午
後 4時 20分まで、フルタイムでの職業訓練や基礎教育、平和教育などを提供し、その間の
本人と受け入れ家族の食費や医療費などの生活費を補填している。後半期(1年半後から)
は、直接的な生活支援や TR施設での教育や訓練は基本的に停止し、本人が習得した知識や
技術を使って帰還地域で、収入向上活動を行うために必要な資機材と小規模融資を提供し
た上で、収入向上の計画策定やビジネスの運用方法などについての実地訓練をおこなって
いる。加えて、個別カウンセリング(ビア・カウンセリング)やアチョリの伝統儀礼を通し
た心理社会的な支援など 4つの活動9を行っている。また、地域の最貧困層住民を TR施設に
8調査対象者 100 名中、23 名がコミュニュティー(グル県アワチ郡、ラクワナ群)の選定プロセスを通して受け入れた
元子ども兵であり、帰還時から受け入れまでの期間は平均 9 年と長く、その中にはレセプションセンターをせずに帰還
した者も含まれる。また、拘束期間が比較的、短期間の者が多く含まれており平均拘束期間は 2.8 年間。それ以外の調
査対象者はレセプションセンター滞在期間を含めて、TR 支援開始までの期間は平均 2.1 年間、平均拘束期間は 9.7 年
間。(TRU, 2006a, 2010a)
9 TR の元子ども兵社会復帰支援事業を構成する 4 つの活動
① BHN 支援活動
事業前半のフルタイム訓練期間中、受益者とその家族の食費や医療費など基本的ニーズ(Basic Human Needs: BHN)
を満たすための活動。通常、毎月、クーポンチケットを配布し、受益者各自が当会と契約している近隣の食料品店、ロ
ーカルクリニックでのみ使用できる仕組みで支援している。また、ローカルクリニックで治療できない病気や怪我は総
合病院 や HIV エイズ専門の機関で診療できるよう調整し、受益者の状況に応じて、家賃や(元少女兵の)子どもの学
費などの生活費直接支援し、受益者が訓練に集中できるよう本人とその家族を支援している。
②能力向上支援活動
受益者が収入向上活動を始める為に必要な職業技術、識字能力、計算能力などの能力を身につける為の教育や訓練を
実施する活動。科目は、洋裁、手工芸、服飾デザイン、木工大工の4つの職業訓練科目と基礎教育(識字、算数、英語)や
プライマリーヘルスケアーのクラスを開講している。
③心理社会支援活動
受益者に対する個別カウンセリングとグループセラピーのクラスを開講し、心理社会的な軽減を図る目的で行ってい
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受け入れ、職業訓練や小規模ビジネスの指導、小規模融資の提供を行い、元子ども兵と共に
学ぶ機会の提供や、地域リーダーや伝統指導者らと協力しながら帰還先での元子ども兵の
地域住民との関係性構築のための支援を行っている。
本論においては、上述の TR 施設での
社会復帰訓練を受けた調査対象者(図表
2 参照)が、支援完了後の時点でどれだ
け社会復帰が達成できているかを従属
変数とし、その達成に影響を及ぼしてい
ると考えられる要因(独立変数)を第 3
章以降で分析していく。
(2)社会復帰の達成を測る指標
第 1章で示した社会復帰の定義に従い、元子ども兵が TR施設での社会復帰訓練を完了し
た時点での、①収入額(経済的統合の程度)と、②地域住民との関係性(社会的統合の程度)
の 2つの指標を組み合わせることによって、社会復帰の達成度を測る指標(従属変数)とす
る。調査対象の元子ども兵は全員、恩赦が与えられるなどしてウガンダ国民としての地位と
権利を有しており、市民としての地位は確立されている。したがって、同定義から、「持続
的に収入を得て経済的に自立するまでの経済的統合のプロセス」と、「地元コミュニュティ
ーに受け入れられて生活ができる状態になるまでの社会的統合のプロセス」の 2 つの側面
から社会復帰の達成度合いを測ることは妥当であるといえる。
① 収入額
る活動。また、元子ども兵とその近隣住民を対象に平和教育の授業を開講しアチョリ民族の伝統的な和解方法などにつ
いて共に学ぶ機会を提供すると共に、受益者の状況に応じて伝統的儀式を通して精神的な安定を図る支援も実施してい
る。
④収入向上支援活動
事業の前半期は、小規模ビジネスの運用方法を学ぶクラスを週一回開講し、貯蓄の重要性やビジネスの基礎的な知識
など収入向上活動を実施するうえでの必要な教育を行い、事業の後半期は、一人一人の収入向上活動に必要な資機材や
小規模融資の提供し、習得した技術を使って実際に収入を得るための助言や指導をフィールドで行っている。
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元子ども兵の収入額(月収)は、対象者の受け入れ時期によって、調査時期が 3度(2009
年 5月/同年 12月/2013 年 1月)にわたっているので、消費者物価指数(Consumer Price
Index: CPI)の上昇率を考慮し、2009年に調査した対象者は同額で評価し、2013 年 1月に
調査を行った対象者の収入額には 2009 年基準での CPI 上昇率(41%)を考慮した額に変換
している10。なお、収入額は、各対象者の自宅と職場(市場や借り上げた店舗など)の訪問
を行った上で、本人の自己申告を基に算出している。結果、社会復帰支援完了時点の調査対
象者の平均月収額は 158,222Ush(SD=72,961)になっている。
② 地域住民との関係性
元子ども兵が帰還地域の住民からどの程度、疎外されているかを 3段階で評価(1=ひど
く疎外されている、2=時々、疎外されていると感じる、3=全く疎外されているとは思わ
ない)した結果と、地域住民との相互扶助活動に参加しているかどうかの 2段階で評価(1
=相互扶助活動が確認されない、3=相互扶助活動が確認される)した結果の平均値を地域
住民との関係性を測る指標としている。なお、前者は対象者の主観的な聞き取り調査結果に
よるもので、後者は対象者からの聞き取り調査に合わせて周辺住民や地域リーダーからの
聞き取り結果を基に相互扶助活動が行われているかを客観的に判断している。調査時期は
①収入額と同じ時期に実施している。
以上の 2つの指標による数値(①収入額、②地域住民との関係性を測る数値)を標準得点
化(Z得点に変換)した上で、その平均値を社会復帰の達成を測る指標(従属変数)として
設定した。
10 World Bank ウェブサイト http://data.worldbank.org/より算出。
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第 3 章 元子ども兵の脆弱性
第 1節 脆弱性の定義
脆弱性という言葉は、不利な状況におかれた個人の心理状態を表す場合にも使われれば、
建築物の耐震性や情報システムの脆さなど工学的な意味においても使われ、また、政治シス
テムや経済構造の脆さを示す場合にも使われるなど様々な分野で多義的に使われている。
例えば、心理学研究においては、心的外傷を受けた人々が PTSDの発症や精神障害をきたす
のかを脆弱性の度合いによって分析する研究がなされていた。(岡野, 2012; 加藤,2012)ま
た、経済学や開発学の分野においては、脆弱性を経済構造や GDPなどのマクロレベルでの経
済指標により測ろうとするものもあれば、世帯の所得や財産などミクロ的視点での情報か
ら、脆弱性と貧困の関係を分析する研究もある(黒崎,2003, 2009)。さらに、イギリス国際
開発省(DFID) が「政府が貧しい人を含めた国民に対して基本的に重要な機能を果たせない
か,果たす意思のない政府」を脆弱国家であると定義しているように(小野,2007:7)、脆
弱性を経済的な視点からだけではなく、国家の統治能力や政治的意思により捉えようとす
ることもある。
このように脆弱性という概念は、専門分野や、対象とするスケール、即ち、個人、世帯、
社会集団、国家などの主体によって多様な捉え方がなされているが、本論では個人に焦点を
あて、元子ども兵一人ひとりが抱える脆弱性を、学際的研究においてよく用いられる
Chamberの定義をもとに、それを測る指標を設定したい。
Chamber(2006)は、脆弱性を貧困とは同義的には捉えられず、「財」の欠乏状態ではな
いとした上で、「守るすべを持たず無防備(defenselessness)で、安全性に欠け
(insecurity)、危機(risk)や衝撃(shock)、緊張(stress)に晒されている状態」である
と定義した(Chambers,2006:33)。また、このChamberの定義から、島田は「脆弱性が物の
所有不足ではなく、物に対する支配力の低下と関係しているという考え方は、センが『貧
困と飢餓』(Sen, 1981)で提唱したエンタイトルメントの概念と理解の仕方は同じであ
る」とした上で、脆弱性とはンタイトルメントを喪失したときに増加するものであるとし
た(島田,2007:18-19)。センは、「与えられた社会関係のもとで個人が支配できる
『財』の集まり」をエンタイトルメントと定義していることからも(Sen, 1981,
1992)、脆弱性を考える時、個人がどのような社会環境に置かれているのかを考慮する必
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要がある。つまり、ある個人が、安全性に欠け、危機や衝撃、緊張に晒され、エンタイト
ルメントを剥奪された状態にあるかどうは、その個人が、どのような政治的、経済的、社
会的または自然環境の中で暮らしているのかに影響を受けているということである。
Chamber は、このような個人を取り巻く外部の状況を、外的な脆弱性( External
Vulnerability)とし、それに対処する個人の能力が十分にあるかどうかを内的な脆弱性
(Internal Vulnerability)とし、この 2 つの側面から脆弱性を捉えることができるとして
いる(Chambers,2006:33)。つまり、安全性が欠如した紛争地域において、外的な衝撃や危機、
ストレスに元子ども兵が晒されている状態―即ち、それによりエンタイトルメントが剥奪
されている側面と、その状態に対して元子ども兵がどれだけ無防備な状態であるか、または
どれだけ適応する能力を持っているかどうかの側面から、元子ども兵の脆弱性を捉えてい
くことができると言える。
第 2節 外的な脆弱性が元子ども兵の社会復帰に及ぼす影響
本節において、まず、元子ども兵を取り巻く治安状況や経済的、社会的な状況などから、
外的な脆弱性を評価し、その高低が元子ども兵の社会復帰の達成にどの程度の影響を与え
ているのかを分析していくことにする。
ある個人の外的な脆弱性を評価する際、その個人が属する国の政治経済状況を観ること
は一定の有効性はあるかもしれないが、国全体の状況を測る指標だけでは、個人を取り巻く
脆弱性を評価するうえで正確さに欠けることがある。例えば、国の人間開発指標(Human
Development Index: HDI)が高くなれば、その国の個人の外的な脆弱性が低減されていると
評価することができるかもしれないが、黒崎(2003)がいうように、HDIは国の平均を見て
いるマクロデータであり、必ずしもそのデータがミクロの脆弱性を反映しているとは言え
ない(黒崎, 2003:172)。特に、ウガンダでは 1990 年代から貧困撲滅行動計画(Poverty
Eradication Action Program: PEAP)が開始され、基本的ニーズにアクセスできない人口が
国全体では 56%(1992 年)から 2006 年には 31%にまで大きく減少している一方、北部地
域では 72%(1992年)から 60.7%(2006年)に留まっており南北間の格差が非常に大きい。
2005 年の国全体の HDI は 0.581 であるのに対して、北部地域では 0.499 であるし
(UNDP,2007:56)、同年の平均収入についても、国全体では1カ月あたり UGX 170,800であ
るのに対し、北部地域は UGX 93,400であり、国平均の 54%程度である。さらに 2010年に
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はこの格差はさらに拡大し、国平均と北部の平均月収の差額は UGX77,400(2005 年)から
UGX162,300にまで拡大している(UBOS,2010:93)。
したがって、本論では、「外的」の範囲を、国レベルではなくウガンダ北部地域、特にア
チョリ地域に限定して、元子ども兵を取り巻く外的な脆弱性を評価していくこととする。
ウガンダ北部では 20 年間以上にわたる紛争の中で、約 180万人が国内避難民としての生
活を強いられているが、その内の約 120万人はウガンダ北部のアチョリ地域(グル県、アム
ル県、キトグム県、パデー県)の人々であり、218の国内避難民キャンプにそれぞれ 1万人
〜6万人の人々が避難している状況であった(Government of Uganda, 2007: 25)。世界銀行
の報告書には、人口の約 3分の 1にあたる人々がこの紛争により家族を失った(The World
Bank 2006:182)と示されており、また、NGOの調査(CSOPNU, 2006)によると 2005年の前
半、この紛争の影響で死亡した人の数は、毎週 1000 人以上にも上っていたと報告されてい
る。一方、直接的な戦闘による死亡者は約 11%で、大多数は治安悪化に伴い、移動の自由を
奪われ、人口の密集した劣悪なキャンプ生活を余儀なくされていることで、食料や医療、安
全な水を確保できず、栄養失調や予防もしくは治療可能な病気や感染症により命を失って
いた11(CSOPNU, 2006:14-17)。
また、LRAが夜間に村々や国内避難民キャンプを襲撃し、子どもの誘拐(徴兵)を頻繁に
繰り返していた為、毎日、夕刻になると数千から数万人の子ども達(ナイトコミューター)
が、一斉に町の教会や病院の敷地、NGOの施設にやって来て避難するという状況が続いてい
た12。
2005 年から 2006 年の 5 月までに TR 施設に受け入れた元子ども兵は、このような状況の
11 ウガンダ北部で活動する約 50 の NGO による共同調査の結果、2005 年 1 月から 7 月までの国内避難民キャンプで
の死亡者数は 3 万 5 千人に上っていた。この内、直接的な暴力による死亡者数は 3971 人でその多くは紛争の影響で、
安全な水や食料などの基本的なニーズにアクセスできなかったことにより、予防、治療可能な病気や感染症によって命
を失っていた(CSOPNU, 2006:14-17)。
12 UNICEF(2005)によると、推定、3 万人近い子どもたちが、治安悪化と LRA からの誘拐を恐れて、毎夜、比較的安全
が確保されている中心街や大きな国内避難民キャンプに、平均 3km の道のりを歩いて村々から避難している状況であ
った(UNICEF, 2005:1)。
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中、社会復帰の訓練を開始している。
しかし、第 2章 1節で述べたように、2006年 8 月の停戦合意以降、LRAはウガンダ北部か
ら隣国へと追いやられ、同地の治安は徐々に回復に向かい、2007 年以降、国内避難民の帰
還支援が開始され、ウガンダ政府も北部地域の平和・復興・開発計画(Peace, Recovery
Development Plan: PRDP)を策定した。しかし、予算の約 7割を海外のドナーに依存してい
た PRDP は、ドナー国からの資金が集まらずに、実際に開始されたのは 2 年後の 2009 年か
らであった。また、治安の回復とともにナイトコミューターの数は減少していったが、子ど
もたちは心理的な不安を抱えているとの理由から、2007 年に入っても、しばらくはナイト
コミューターの受け入れは続いていた。国内避難民の帰還は、直接、出身の村に帰還させず
に、援助機関が設けたトランジットサイト(キャンプ)に一旦、滞在するという選択肢を提
供し、その後、出身の村へ帰還させるという方策がとられた。2008 年 10 月までに約 40 万
人、2009 年 9 月までに 80 万人の帰還が完了し、2010 年 6 月時点で、アチョリ地域の 77%
のキャンプは閉鎖され、93%の国内避難民の帰還が完了した(AVSI, 2010:6)。そのような
状況の変化に伴い、これまで国内避難民キャンプで移動の自由を奪われていた住民らも作
物の栽培や、交易センターでの小規模ビジネスを安全に行うことができるようになり、地域
住民を取り巻く社会的、経済的な状況も大きく改善されていった。
例えば、2006年に基本的ニーズを満たすことができない貧困層の割合が 60.7%であった
のが、2010年には 46.2%まで低減され(UBOS, 2006)、平均収入は 93,400Ushから 141,400Ush
に上昇した(UBOS, 2010:93)。また、10 歳以上の識字率は男女とも向上し、男女間の格差
も縮小している。さらに、PRDPによって 2011年までに、小学校の教室が 525室、教員宿舎
数が 239棟、深井戸が 390 本、浅井戸が 33本、1200km の道路が整備されるなど、公共イン
フラの整備も進み、地域住民の基本的ニーズへのアクセス状況も大幅に改善した(Esuruku
et al., 2011:124)。
以上を鑑みれば、同地域の元子ども兵を取り巻く外的な脆弱性は、2006年8月の停戦合
意以降、徐々に低減していき、2009年にPRDPが開始され、本格的な復興・開発フェーズに
移行した2010年以降、大幅に低減していると評価できるだろう。
したがって、早期に帰還した元子ども兵は、遅い時期に帰還した者に比べて、より外的
な脆弱性が高い状況、即ち、安全性が欠如し、様々なリスクやショック、ストレスに晒さ
れている状況の中で社会復帰に向かわざるを得なかったといいえる。つまり、外的な脆弱
性が元子ども兵の社会復帰に影響を与えているならば、「遅い時期に帰還した元子ども兵
![Page 23: 1= e +$ E^ Ç PM | Éßî³ 6õM M* 9ymine/Ogawa.pdf3 0iKS | Éßî³@ ²0[\I Z8 b?_X8Z* 9M '¨ 3 ( %Ê'2b ß) s (1) P1ß æ >8 å ² í4 æ (2) P1ß\M ì6ë3H>8 1986 º?} 2013 º](https://reader036.fdocuments.net/reader036/viewer/2022070816/5f0fc55e7e708231d445cd1d/html5/thumbnails/23.jpg)
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のほうが社会復帰の達成度が高い」という仮説が成り立つ。
この仮説を検証するために、調査対象者を下記のように、①外的脆弱性が最も高いと思
われる元子ども兵(高群)、中程度の外的脆弱性に晒されていると思われる元子ども兵
(中群)、そして、最も外的な脆弱性が低いと思われる元子ども兵(低群)の3つに分類
し、それぞれの群で社会復帰の達成にどの程度の差があるのかSPSSを使い、1要因3水準の
分散分析を行なった。なお、社会復帰の達成度の指標は、第2章で示した通り、社会復帰
支援後の収入額と地域住民との関係性を併せた変数を従属変数としている。
(1)外的脆弱性の高群
2006年8月の停戦合意以前にTRでの社会復帰訓練を開始し、2007年11月に収入向上
活動を開始した調査対象者37名。
(2)外的脆弱性の中群
停戦合意以後の2006年12月にTRでの社会復帰訓練を開始し、2008年6月に収入向上
活動を開始した調査対象者36名
(3)外的脆弱性の低群
政府の復興開発計画が開始された後、2010年1月にTRでの社会復帰訓練を開始し、
2011年7月に収入向上活動を開始した調査対象者27名
分析の結果、自由度(2,97)、F 値 0.959 で p 値が 0.387 であり、5%水準でも有意ではな
いという結果が得られた【F(2,97)=0.959,p=0.387】。即ち、外的な脆弱性が高いか低いかに
よって、元子ども兵の社会復帰の程度には差がないということであり、「外的な脆弱性が低
い時期に帰還した元子ども兵のほうが、社会復帰の達成度が高い」という仮説は成り立たな
い。
なお、TRでの社会復帰支援の内容は、受け入れ時期に関わらず基本的に同じプログラム
を提供しており、資金的、人的な投入も同等であることから、支援内容による社会復帰の
達成度への影響は最小限に統制することができていると考える。むしろ、受け入れを重ね
るごとに、事業の評価、見直し、改善がなされていることを鑑みれば、後に受け入れた元
子ども兵に対しては、より充実した支援を提供していると推測することができる。
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第 3節 内的な脆弱性が元子ども兵の社会復帰に及ぼす影響
次に、外的な脆弱性に対して、元子ども兵がどの程度、無防備な状態なのか、またはどれ
だけ適応する能力をもっているのかどうかの側面、即ち、内的な脆弱性を測るための指標を
設定し、それが元子ども兵の社会復帰の達成に与えている影響を分析していく。
(1)内的な脆弱性を測る指標
第 2 章 2 節で述べたように調査対象者は全員、子ども時代に誘拐され、強制的に徴兵さ
れ、長期にわたり劣悪な環境下で、兵士として駆り出され、身体的な傷だけではなく、心的
外傷を受けている元子ども兵である。中でも、①拘束期間が長期にわたる者、②障害を負っ
ている者、③女性(元少女兵)、④親をなくしている者、⑤基礎教育能力が低い者、⑥職業
技術能力の低い者、⑦収入を得るための小規模ビジネスの運用能力が低い者は、より内的な
脆弱性が高いと捉え、これら 7つの変数の標準得点(Z得点)をそれぞれ算出し、7変数の
平均値を内的な脆弱性を測る指標として設定した。なお各変数は下記の手続きで標準得点
化(Z得点に変換)した。
① LRA での拘束期間
LRA に誘拐されてから帰還(保護)されるまでの期間(SD=8.1年、範囲=16.7 年)が最
も長期にわたる者を基準にして、対象者全員の拘束期間(年数)を標準得点化した。
② 障害の有無
身体的な傷を負っていない、または日常生活に影響しない程度の身体的な傷を抱えて
いる対象者 49名を基準とし、過去に受けた被弾や慢性的な体の痛みにより、仕事をする
上で影響するほどの身体的な障害を抱えている対象者 44 名の内的な脆弱性は 20%高く、
失明や手足の切断、体の一部が付随しているなど日常生活に大きく影響する重度の障害
を負っている対象者7名の内的な脆弱性を 50%高いと仮定して、対象者の標準得点を算
出した。
③ 性別の違い
![Page 25: 1= e +$ E^ Ç PM | Éßî³ 6õM M* 9ymine/Ogawa.pdf3 0iKS | Éßî³@ ²0[\I Z8 b?_X8Z* 9M '¨ 3 ( %Ê'2b ß) s (1) P1ß æ >8 å ² í4 æ (2) P1ß\M ì6ë3H>8 1986 º?} 2013 º](https://reader036.fdocuments.net/reader036/viewer/2022070816/5f0fc55e7e708231d445cd1d/html5/thumbnails/25.jpg)
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男性を基準として、女性が男性に対して内的な脆弱性が 20%高いと仮定し、対象者 100
名(男性 24名、女性 76名)の標準得点を算出した。
④ 親の有無
両親が健在である対象者 24 名を基準とし、片方の親が死亡している対象者 48 名の内
的な脆弱性は 10%高く、両方の親が死亡している対象者 28 名の内的な脆弱性は 20%高い
と仮定し、対象者の標準得点を算出した。
⑤ 基礎教育能力
TR 施設での 1 年半の基礎教育クラス(週 2 回)を完了した時点(後半の収入向上活動
に入る直前)の成績(6 段階評価)の標準得点を算出した。なお、基礎教育クラスでは、
識字能力、計算能力、英語力の 3 つの能力を向上するための指導が行われていることか
ら、基礎教育能力の内容はこれら 3つの能力に対する評価である。
⑥ 職業技術能力
TR 施設での 1年半の職業技術訓練クラスを完了した時点(後半の収入向上活動に入る
直前)の成績(6段階評価)の標準得点を算出した。なお、職業訓練は洋裁、服飾デザイ
ン、手工芸、木工大工の 4 科目あり、この中から対象者が希望する技術訓練を選択してい
る。ただし、木工大工以外の 3科目(洋裁、服飾デザイン、手工芸)は、複数の科目を組み
合わせて受講できるカリキュラムを組んでおり、その場合は、対象者が選択した複数科目の
成績の平均点で職業技術能力として評価している。
⑦ 小規模ビジネス運用能力
TR 施設での 1 年半の小規模ビジネスクラスを完了した時点(後半の収入向上活動に入
る直前)の成績(6段階評価)の標準得点を算出した。
以上の 7つの変数(Z得点)の平均値を内的な脆弱性を測る指標として設定し、それに従
い、内的な脆弱性の高い者から順に、内的脆弱度の高群 33 名、中群 33 名、低群 34 名の 3
つの群に分類し、それぞれの群で社会復帰の達成にどの程度の差があるのか SPSS を使い、
1 要因 3水準の分散分析を行なった。なお、各群の属性は図表 3に示す通りである。
![Page 26: 1= e +$ E^ Ç PM | Éßî³ 6õM M* 9ymine/Ogawa.pdf3 0iKS | Éßî³@ ²0[\I Z8 b?_X8Z* 9M '¨ 3 ( %Ê'2b ß) s (1) P1ß æ >8 å ² í4 æ (2) P1ß\M ì6ë3H>8 1986 º?} 2013 º](https://reader036.fdocuments.net/reader036/viewer/2022070816/5f0fc55e7e708231d445cd1d/html5/thumbnails/26.jpg)
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分散分析の結果、自由度( 2,97)の F 値が 4.327 で、5%水準で有意であった
【F(2,97)=4.327,p=0.016】。即ち、内的な脆弱性が高いか低いかによって、元子ども兵の社
会復帰の程度には差があるということであり、「内的な脆弱性が低い元子ども兵のほうが、
社会復帰の達成度が高い」という仮説が成り立つ。さらに、Tukey法(Tukeyの HSD法)に
よる多重比較の行った結果、高群と中郡は有意ではなかったが、中群と低群は 5%水準で有
意(p=0.049)、高群と低群も 5%水準で有意(p=0.024)という結果が得られた。
以上の分析結果から、元子ども兵の社会復帰の達成は、外的な脆弱性の高低には関係なく、
内的な脆弱性が影響を及ぼしていると考えられる。言い換えるならば、元子ども兵が経済的
に自立し、地域住民との関係性を改善し、社会復帰を果たすためには、マクロ的な視点より
も、個人の特質に着目したよりミクロ的な視点で、脆弱性を低減していくアプローチがより
有効であると評価することができるだろう。
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第 4 章 元子ども兵のレジリエンス
第 1節 レジリエンスの定義と特徴
レジリエンスの言語“resilience”は、本来は物理学の用語で、「撥ね返ってもとの状態
に戻ることができる」という意味を持つが、最近は人文科学系を含めたさまざまな分野で論
じられる(岡野,2012: 219)」。脆弱性の概念と同様、レジリエンスも専門領域や扱う主体
によって、多義的に捉えられることが多いが、社会科学系では心理学において最も古くから
使われ学問的な蓄積も多い。レジリエンスの概念は、もともと、1970 年代以降、欧米にお
いて児童心理学や精神医学の分野で、親からの虐待などにより多大なリスクやストレスに
晒されていながらも、それらが存在しない場合と同等、もしくはそれ以上の適応を示す個人
のいることが明らかになり、この違いを説明する概念として発展してきた(長尾
他,2008:33;加藤,2012:5-6;無藤,1999)。
レジリエンスの定義には、Bonanno(2004)の「極度の不利な状況に直面しても、正常な
平衡状態を維持することができる能力」や、小塩ら(2002)の「困難で脅威的な状況にもか
かわらず、うまく適応する過程・能力・結果」など様々であるが、レジリエンスの概念には
中心的な 2つの共通点がある。それは、「第一にリスクにさらされること、第2に、そのリ
ス ク に さ ら さ れ た 後 に 好 ま し い 適 応 の 形 跡 ・ 結 果 を 示 す こ と で あ る
(Masten&Coatsworth,1998:206;長尾,2008:34)」。この点においては、外的なショックやリ
スク、ストレスに晒された個人が、それに適応できる能力を持っているかどうかを示す内的
な脆弱性と共通しているといえるが、レジリエンスと脆弱性はポジとネガ(正と負)の関係
ではなく、別個のファクターとして捉えられている(岡野,2009:221-222;加藤,2009,2012)。
開発援助の文脈においては、対象者またはコミュニュティーのセーフティネットを外部者
が構築すること―例えば、災害対策として防波堤を建設すること―によって、個人やコミュ
ニュティーの脆弱性を低減することがレジリエンスの促進であると捉えられることがある
が、レジリエンス概念の発展経緯からもわかるように、レジリエンスは必ずしも脆弱性の低
減だけを示しているわけではなく、むしろ、脆弱性を抱えていながらも困難な状況に適応し
てく潜在的な能力を示しているといえる。
そして、この両者の概念を分かつ点は、対象となる主体の「自発性と多様な発展プロセス
を尊重するかどうか」という視点にあるといえる。岡野は、レジリエンスの概念を理解する
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ならば、治療者はその過程がスムーズに進むための安全な環境を提供するだけかもしれな
いとした上で、治療のプロセスにおいて、「患者の持つレジリエンスや自然治癒力が発揮さ
れるプロセスにはきわめて大きな個人差があり、それが発現するべき独自のプロセスがあ
る。治療者はそれが自らの目には明らかになっていないからといってそこに立ち入ること
なく、その個人的なプロセスに敬意を払う必要があるのだろう」と述べている(岡
野,2009:228-229)。
このような視点は、必ずしも心理学や精神医学の領域においてのみ認識されているわけ
ではない。例えば、藤井(2012)らは、経済レジリエンスに関する研究の展望と題した論文
において、レジリエンスの概念には、内在的な力を引き出すエンパワーメントの思想が含ま
れているが、経済レジリエンスの研究の多くは、ショック前の経済水準への迅速な回復をレ
ジリエンスと捉えており、社会経済構造の長期的な内在性を考慮しない、ある種のショック
療法であると指摘している。その上で、人びとや地域がいかに適応しうるか、過去に蓄積さ
れた社会構造の強みを引き出せるかというレジリエンスの本来の視点を経済分野のレジリ
エンス研究にいかに取り入れるかが今後の研究課題であるとしている(藤井他,2012:26-
29)。
このことからも、レジリエンスは個人や集団、または社会経済構造が外的な危機やリスク、
ストレスに対して受け身的、単線的に適応する能力だけを見ているわけではなく、それぞれ
の主体に内在する能力や強みを活かし、内発性を重視する視点をもった概念であるという
ことができるだろう。
第 2節 レジリエンス因子が元子ども兵の社会復帰に与える影響
レジリエンスを発揮する主体の適応方法やそのタイミングの多様性を鑑みれば、レジリ
エンスを促進する、または促進されているかどうかを測る指標(尺度)を設定することは、
内的な脆弱性を測る以上に困難であるといえる。
初期のレジリエンス研究においては、まず研究者によりレジリエンスの定義がなされた
後に、そのレジリエンスの概念に含まれるとする領域が構想され、それに見合った複数の尺
度からレジリエンスを測定する研究が行われていた(長尾他,2008:34)。1970 年代から 80
年代の研究では、アメリカの心理学者の Garmezy(1971)や Anthony(1987a)らによる、精神障
害をもつ親の子どものレジリエンスを測る研究や、最近では、日本でも学齢期や幼児期のレ
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ジリエンスを測定するための尺度を作成するなどの研究成果がある(高辻,2002;石毛・無
藤,2005;長尾他 2008)。
これまでの心理学研究においても、レジリエンスを測る統一の尺度は確立されていない
が、Masten&Coatsworth(1998)によると、レジリエンスが促進されている者は自尊心が高い
ことなどが示されており、国内でも小塩ら(2002)は、大学生を対象としたレジリエンス(精
神的回復力)尺度を作成し、自尊心が同尺度と正の関数を示すことを明らかにしている13。
また、Ahmed(2007)も、レジリエンスを促進する内的な特徴として自尊心を挙げているが、
同時に種々の能力を有しているかどうかも挙げている(Ahmed, 2007:372-373)。その点にお
いては、基礎教育能力や職業技術、小規模ビジネスの運用能力など内的な脆弱性を測る因子
とも共通している。これは脆弱性因子の不在、即ち、これらの能力が欠如していないことが
PTSD の発症を抑えるという脆弱性の概念が、レジリエンスの一側面を捉えていると考える
ことができるだろう(岡野,2009: 221)。また Ahmed(2007)は、外的な特徴としては安全性や
宗教の信仰、支持的な人の存在などを挙げている(Ahmed, 2007:372-373)。
一方、アフリカの元子ども兵を対象としたレジリエンスに関連する研究では、PTSDを発
症していない元子ども兵の特徴や状況を探る研究や、社会的な適応能力に影響を与えるリ
スク要因や、それを軽減する防衛因子を探る研究などがある。例えば、シエラレオの10歳
から17歳までの元子ども兵260名を対象にした2002年から2008年までの横断的調査では、
過去の紛争中に経験した殺人や身体的な傷、レイプ、また年少期に徴兵されたことが、後
の社会的な適応能力の低下と関係しているとする一方、紛争後に、家族やコミュニュティ
ーによって受け入れられ、教育の機会が提供されるなどの社会的な支援があることで、そ
のリスクを軽減し、防衛因子を高めることになると報告されている(Theresa et al.,
2010:606-615)。ウガンダ北部では、極度の心的外傷を受けた元子ども兵330名を対象にし
た調査において、PTSDの症状を示す元子ども兵がいる一方で、27.6%がPTSDを発症してお
らず、その違いは、受け入れ家族の社会経済的な状況や、本人の罪の意識、復讐心などと
関連しているとも報告されている(Adam et al., 2010:1096)。また、2005年に169名(11
歳~18歳)のウガンダ北部とコンゴ民主共和国の元子ども兵を対象にした調査でも、同様
に、PTSDの症状を抱えている対象者には、和解に消極的で復讐心をより抱えていることを
13 他には、Connor(2003)による、25 項目でレジリエンスを測るレジリエンス尺度(Connor-Davidson Resilience
scale)などがある(Connor, 2003)。
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明らかにしている。(Bayer et al., 2007)
(1)レジリエンスを測る指標
上述したようにレジリエンスを測る因子(指標)は確定されたものではないが、本論に
おいては、Ahmed(2007)らが示した「自尊心」、「種々の能力があるかどうか」、「支持
的な人がいるかどうか」、及び、元子ども兵を対象にした上述の先行研究に着目して、下
記の6つをレジリエンスを測る指標として設定した。なお各変数は下記の手続きで標準得
点化(Z得点に変換)した。
① 自尊心
Rosenberg(1965)の自尊感情尺度(Rosenberg Self-Esteem Scale:RSES)の10項目を
使って、対象者の自尊心を4段階(「3=強く同意する」「2=同意する」「1=同意しな
い」「0=強く同意しない」)で測定し、その結果を標準得点化した。なお、調査は対象者
全員に半構造化インタビューの形式で行った。
② 家族からの支持の有無
社会復帰訓練のプロセスで周囲に支持的な人がいない対象者50人は、20%レジリエンス
が低いと仮定し、対象者の標準得点を算出した。なお「周囲」の範囲は、家族、親戚、同
居している受け入れ家族に限定した。支持的な人かどうかの基準は、対象者全員が社会復
帰訓練に本人が取り組むことを了承(支持)してくれていたので、それに加えて、物理的
に何らかの支援をしてくれている人であるかどうかによって判断している。
③ 復讐心
女性のみを対象とし、「強制結婚を強いられた相手の男性を今も憎んでいるか」とい
う質問に、「憎んでいる」と回答した対象者(元少女兵)22名は、レジリエンスが30%
低いと仮定し、対象者の標準得点を算出した。
④ 基礎教育能力(種々の能力)
3章 3節(1)の内的脆弱性を測る指標と同様の手続きで標準得点を算出した。
![Page 31: 1= e +$ E^ Ç PM | Éßî³ 6õM M* 9ymine/Ogawa.pdf3 0iKS | Éßî³@ ²0[\I Z8 b?_X8Z* 9M '¨ 3 ( %Ê'2b ß) s (1) P1ß æ >8 å ² í4 æ (2) P1ß\M ì6ë3H>8 1986 º?} 2013 º](https://reader036.fdocuments.net/reader036/viewer/2022070816/5f0fc55e7e708231d445cd1d/html5/thumbnails/31.jpg)
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⑤ 職業技術能力(種々の能力)
3章 3節(1)の内的脆弱性を測る指標と同様の手続きで標準得点を算出した。
⑥ 小規模ビジネス運用能力(種々の能力)
3章 3節(1)の内的脆弱性を測る指標と同様の手続きで標準得点を算出した。
以上の 6つの変数(Z得点)の平均値をレジリエンスを測る指標として、それに従い、レ
ジリエンスの低い者から順に、レジリエンスの低群 33名、中群 33名、高群 34名の 3つの
群に分類し、それぞれの群で社会復帰の達成にどの程度の差があるのか SPSS を使い、1 要
因 3水準の分散分析を行なった。なお、各群の属性は図表 4に示す通りである。
分散分析の結果、自由度( 2,97)の F 値が 4.717 で、5%水準で有意であった
【F(2,97)=4.717,p=0.011】。即ち、レジリエンスが高いか低いかによって、元子ども兵の社
会復帰の程度には差があるということであり、「レジリエンスが高い元子ども兵のほうが、
社会復帰の達成度が高い」という仮説が成り立つ。さらに、Tukey法(Tukeyの HSD法)に
よる多重比較の行った結果、高群と中郡及び低群と中郡では有意ではなかったが、高群と低
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群は 1%水準で有意(p=0.008)という結果が得られた。
第 3節 元子ども兵の社会復帰の達成に影響を与える要因
内的な脆弱性とレジリエンス双方が、元子ども兵の社会復帰の達成に影響を与えている
ことが、前節及び第3章3節の分析結果から明らかになったため、両者によって、元子ども
兵の社会復帰の達成をどの程度説明できるか、また、どの変数がより大きな影響力を持っ
ているのかを比較するために、元子ども兵の社会復帰の達成度を従属変数として、下記の
重回帰分析を行った。
(1)内的な脆弱性と元子ども兵の社会復帰
内的な脆弱性によって、社会復帰の達成をどれだけ説明できるかを検証するために、①
LRAでの拘束期間、②障害の有無、③性別の違い、④親の有無、⑤基礎教育能力、⑥職業
技術、⑦小規模ビジネス運用能力の7つの変数を独立変数として、下記の分析を行った。
なお独立変数のデータはすべて3章3節で設定した標準得点を使用した。
図表 5 社会復帰の達成度を従属変数と
した重回帰分析の結果
独立変数 β係数
LRAでの拘束期間 0.062
障害の有無 0.045
性別の違い -0.114
親の有無 0.035
基礎教育能力 -0.069
職業技術 0.272
小規模ビジネス運用能力 0.183
決定係数(R2乗) 0.146
その結果、図表5に示すように、これらの6変数によって、社会復帰の達成を15%説明で
きることがわかった。【p=0.037(5%水準で有意)】
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また、それぞれの独立変数のβ係数から判断すると、元子ども兵の社会復帰の達成に最
も影響を与えているのは、職業技術であることがわかった【β=.272,p>.05】。また、小規
模ビジネス運用能力も一定の影響を及ぼしている一方、LRAでの拘束期間や、障害の有
無、性別の違い、親の有無、基礎教育能力の影響力は極めて小さいという結果が見られ
た。
(2)レジリエンス因子と元子ども兵の社会復帰
次に、レジリエンスの程度によって、社会復帰の達成をどれだけ説明できるのかを検証
するために、①自尊心、②家族からの支持の有無、③復讐心、④基礎教育能力、⑤職業技
術、⑥小規模ビジネス運用能力の6つの変数を独立変数として、下記の分析を行った。な
お独立変数のデータはすべて第4章2節で設定した標準得点を使用した。
図表 6 社会復帰の達成度を従属変数と
した重回帰分析の結果
独立変数 β係数
自尊心 0.285
家族からの支援の有無 0.03
復讐心 -0.097
基礎教育能力 -0.114
職業技術 0.213
小規模ビジネス運用能力 0.188
決定係数(R2乗) 0.218
その結果、図表6に示すよう、これらの6変数によって、社会復帰の達成を22%説明でき
ることがわかった。【p=0.001(0.1%水準で有意)】
また、それぞれの独立変数のβ係数から、自尊心が社会復帰の達成に与える影響力が最
も大きく【β=.285,p<.05(5%水準で優位)】、次に職業技術【β=.213,p>.05】、小規模ビ
ジネスの運用能力【β=.188,p>.05】が影響力を持つことが分かった。一方、家族からの
支持の有無、復讐心、基礎教育能力はほとんど影響力を持っていないという結果が見られ
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た。
以上の分析結果から、内的な脆弱性よりも、レジリエンスの程度によって、元子ども兵
の社会復帰の達成度をより説明できることがわかった。
また、兵士として長期に拘束されたことや、身体的障害を負ったこと、復讐心、両親を
失ったことといった過去に経験したネガティブな出来事、または、それに起因すること
は、元子ども兵の社会復帰の達成にほとんど影響していないということがわかった。ま
た、種々の能力の程度が元子ども兵の社会復帰に及ぼす影響力は概して大きいといえる
が、中でも、職業技術や小規模ビジネス運用能力といった収入向上に直接つながる要素の
高い能力がより大きな影響力を持っていることが導き出された。さらに、女性であること
が社会復帰に不利であるという結果は見られず、むしろ、多くの元少女兵の収入と地域住
民の関係性の結果は、男性と同等かそれ以上である。
以上を鑑みれば、元子ども兵が経済的に自立し、地域住民との関係性を改善し、社会復
帰を達成できるかどうかは、高い職業技術能力と小規模ビジネス運用能力を持っている
か、そして自尊心が高まっているか、ということに大きく影響を受けていると結論付ける
ことができる。
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第 5 章 脆弱な人々に対する援助アプローチ
2007 年以降のウガンダ北部での人道援助や復興支援が同地域の脆弱性を低減し、脆弱な
状態に陥っていた地域住民の基本的ニーズへのアクセス状況を改善し、全体として地域の
平和と復興・開発に貢献していることが明らかだとしても、元子ども兵を対象とした事例の
分析結果から脆弱な人々に対する援助アプローチとして、3つの重要な視点が浮かび上がっ
てくる。
第 1節 脆弱な人々の状況に応じたミクロ的な視点からのアプローチ
第一に、外的な脆弱性を低減するマクロ的な視点よりも、個人の特質に着目したミクロ的
な視点で、脆弱性を低減していく援助アプローチがより重要であるといえる。
第 3章の分析結果から、外的な脆弱性を低減する援助アプローチは、元子ども兵の社会復
帰の達成に影響を及ぼしていないことが明らかになった。この結果から、外的な脆弱性を低
減する援助アプローチは、最も脆弱な層へ支援の効果が十分浸透していないという問題を
抱えているといえるだろう。つまり、黒崎(2003)が指摘しているように、マクロレベルで
の脆弱性の低減が必ずしも下位の個人の脆弱性低減に結びつくとは限らないという点であ
り、この場合、元子ども兵を取り巻く外部の範囲をウガンダ北部に限定していたが、それで
も地域内の個人に与える影響は一様ではないということを物語っている。実際に、2007 年
以降の国内避難民の帰還・再統合のプロセスの中で、元子ども兵と同様に、精神的な傷(ト
ラウマ)を抱えている者や、身体的な障害を負っている者、女性だけの家族、親を失ってい
る者などは「極度に脆弱な人 (々Extremely Vulnerable Individuals: EVIs)」、または、「特
別な支援が必要な人々(People with Special Needs: PSNs)」と呼ばれ、国内避難民キャン
プからの帰還が遅れ、安全な水や公衆衛生、教育、食料の生産活動など基本的なニーズへの
アクセスが遅れている(Norwegian Refugee Council,2010:1-2)。また、帰還後も土地にア
クセスできないなどの問題にも直面している。2009 年末時点で 235,000 が国内避難民キャ
ンプに残っていたが、その多くは EVIsや PSNsであり、UNHCRやその実施機関(AVSI)も、
EVIsと PSNsへ、いかに対応していくかが残されたニーズであり、最大の課題の一つである
と認識している(AVSI, 2010: 13)。このような、それぞれが様々な脆弱性、あるいは、そ
れを低減するための異なる対応を必要としている EVIsや、特別・ ・
な支援が必要とされている
PSNsへの対応は、それぞれの状況に応じたきめ細かい支援が必要となる。
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34
また、復興・開発のフェーズにおいてもミクロ的な視点での支援は不可欠である。さもな
ければ、これまで人道援助に依存しきっていた脆弱な人々が国内避難民キャンプから帰還
して、持続的に収入を得て、地域の人々と平和的に生活を安定させることは困難である。こ
の問題意識は、政府が実施した PRDPの評価からも共有することができる。
3ヵ年の実施を完了した時点での、政府の PRDPの評価報告(Uganda, OPM,2012)による
と、PRDP を構成する 4 つの戦略目標のうち、地方行政の能力強化や警察能力の強化などを
めざす戦略目標①(国家権力の定着)や、社会インフラの整備などを進める戦略目標②(コ
ミュニュティーの再構築とエンパワーメント)では、一定の成果が出ているが、戦略目標③
(経済の活性化)では、経済インフラの整備を除き、農家への支援や職のない若者への経済
機会の提供などは不十分であったと評している。また、戦略目標④の「平和構築と和解」で
は、元子ども兵を含む元戦闘員の動員解除や社会復帰、住民間の紛争解決、和解促進などが
盛り込まれているが、ここには全体予算の 2.7%しか投入されていない。結果、政府自身も、
住民間の紛争要因になっているミクロレベルでの土地問題の解決や、若者の失業、元戦闘員
の社会復帰に対する活動は、十分達成できていないと評価している。特に土地問題は深刻で、
69%の住民間の争いが土地を巡るものであったと報告されている。同評価報告によると、住
民を対象にした調査において、90%以上が住民間の争いに対処するための何らかの支援を受
けたとしているが、30%以上は過去 2 年間、紛争の状況に変わりはないとも回答している。
また、コミュニュティー内でまったく争いがなく平和的に共に暮らしていると回答した人
の割合は 29%にとどまっている。さらに、住民と元戦闘員が受けられるカウンセリングサー
ビスがあったのは調査対象の準群の半分以下であり、心を落ち着かせるための心理的支援
を受けた人の割合は 18%であった(Uganda, OPM,2012:3-6)。
このようなミクロレベルでの紛争解決や、様々な困難―例えば、元 LRA兵士であり、身体
的障害、トラウマを抱えていることや、孤児や女性であることで慣習的に土地の確保が困難
であることなど―に直面している脆弱な人々に対する心理社会支援や収入の機会を提供す
る支援は、対象者それぞれの状況に応じたきめ細かい支援が欠かせない。
したがって、PRDP の評価を踏まえても、マクロ的な視点で外的な脆弱性を低減するだけ
ではなく、よりミクロ的な視点で対象者の特質や状況を考慮したうえで、内的な脆弱性を低
減していく援助アプローチがより重要であるといえるだろう。
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第 2節 過去の傷ではなく未来の能力を重視する視点
第 2 に、脆弱な人々が過去に晒された傷やそれに起因する脆弱な側面だけに着目するの
ではなく対象者の持つ能力に着目し、それを向上していく援助アプローチが重要であると
いえる。即ち、対象者が過去に受けた傷を取り除くという視点だけではなく、ひとり一人の
未来にとって、価値ある何かを与えていくという視点である。
第 4 章で示したように、元子ども兵の社会復帰の達成度を従属変数とした重回帰分析の
結果、独立変数が内的な脆弱性を測る変数の場合でも、レジリエンスを測る変数の場合でも、
共通して、「職業技術」と「小規模ビジネスの運用能力」が従属変数に大きな影響力を持っ
ている。この結果から、過去に経験したネガティブな出来事や、それに起因することに対す
る援助アプローチ、即ち、女性や親を亡くした孤児、身体的、精神的に傷を負った者を「保
護」するという観点からのアプローチではなく、個々人の状況を考慮しながら、それぞれに
適した種々の能力を向上する視点が重要であるといえる。
このような視点の重要性は、2006年8月の停戦合意以前からも指摘されている。例え
ば、国内避難民キャンプの14歳から30歳の若者を対象に調査を行ったAnnan(2006)は、現
状の援助が過度に人道的ニーズを満たすことや保護の側面からの援助に偏っており、支援
のあり方を根本的に見直す必要性があるとした上で、教育や収入の機会を得るための能力
向上の支援を重視すべきであると指摘している。また、「孤児」、「元子ども兵」、「家
長が子どもの世帯」など脆弱性のカテゴリーが過度に強調されている現状の問題点―例え
ば、このようなカテゴリーに区別することが元子ども兵と地域住民の間にスティグマを生
じさせるなど―を指摘したうえで、カテゴリーにとらわれず、対象地域の脆弱な人々が必
要としている教育や経済的な自立支援を強化していくことの重要性を強調している。
また、アフリカの紛争後における教育や職業訓練の役割に関する研究(UNESCO,2007)に
おいても、開発援助のフェーズにおいてのみ職業訓練などの能力強化を行うのでのではな
く、人道援助のフェーズにおいても、教育や職業教育を行っていく重要性は指摘されている。
つまり、緊急人道援助と復興・開発援助のフェーズを切り離すのではなく、長期的な開発と
のバランスを考慮し、その移行期において人道援助機関はハイブリットな対応―即ち、脆弱
な人々が単なる保護されるべき対象者ではなく、開発を担う主体者であるとの認識を持っ
た対応―をしていくことが求められているといえるだろう。
本論の事例でも示したように、大規模な緊急人道援助が行われている停戦合意前後に帰
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還した元子ども兵らは、外的にも内的にも脆弱な状態に置かれていながらも、種々の能力を
習得し、現地の平均以上の収入を得て、経済的な自立を達成している。このことからも、脆
弱な人々が単なる保護されるべき客体ではなく、地域の復興と開発を担う力と可能性を持
った主体であることが確認できるだろう。
したがって、脆弱な人々の保護されるべき側面だけでなく、それぞれの可能性と能力に着
目し、一人一人が、将来「何をすることができ、どのような状態になることができるのか」
という視点をもって、そのために、必要な能力を向上するような援助アプローチが重要であ
るといえる。
第 3節 「選択の自由」を尊重する視点
第 4章の分析結果から、脆弱性を低減すること以上に、レジリエンスを促進する因子が
元子ども兵の社会復帰にとって重要な要素であることがわかった。
本論におけるレジリエンス因子による分析が、実際のレジリエンスの促進に結びついて
いることを前提に考えるならば、援助する側は、脆弱な人々の主体的な意思決定を尊重する
視点を重視する必要がある。つまり、レジリエンスが多様な発展プロセスと自発性を重視す
る概念であることを念頭に置けば、対象者自身の自己決定を尊重する視点が鍵になってく
るということである。
他方、脆弱な状態に陥った人々の自己決定を完全に尊重するような援助アプローチと
いうものは様々な限界や矛盾を抱える。例えば、劣悪な環境下で選択肢が制限されてきた脆
弱な人々には適応的選好が形成され、一般人が当然だと考えるような基礎的な権利も主張
できない状態、すなわち「適応的選好」状態に陥っているので、自律した主体として判断す
る能力が欠如しているとの指摘がマイノリティー研究やフェミニズム研究からも示されて
いる14。つまり、本来、人間として享受すべき生存や生活、尊厳といったものが剥奪されて
いたとしても、自らが声をあげてその権利を主張することができない状態に陥っている被
14 「自律した主体」への批判的なまなざしは、構造主義の立場から個人の主体的な判断や選択は、近代の構造に組み
込まれ、制約された上に成り立っていると主張するポストモダン思想の展開以降、顕著なものとなり、その視点はフェ
ミニズム研究における問題意識にも受け継がれている。「主体化」のプロセスによって排除を余儀なくされる女性やマイ
ノリティの存在は、これまで想定されてきたような「自律した主体」は存在しないことを示しているとの指摘もある(中
山 2010:201)。
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37
援助者の自己決定に依存するということは、援助する側の介入そのものが否定されてしま
うという矛盾を抱えることになる。
また、多様な文化的背景と個人の価値観が異なる中で、被援助者が何を最優先に達成すべ
き目標と捉えるかは多様であるがゆえに、援助する側は達成すべき目標を特定することが
困難になる。事業目標を特定できない限り、事業の正当性を示し、具体的な成果目標を設定
することも、その達成度を測る指標設定も不可能である。ゆえに現実の事業立案が困難にな
る。
したがって、完全に被援助者の主体的な意思決定を尊重し、自己決定の「自由」を委ねる
のではなく、「選択の自由」を委ねる視点が重要になってくるのではないかと考える。例え
ば、ウガンダ北部の国内避難民の帰還プロセスにおいては、対象者に 3つの選択肢が提示さ
れた。即ち、①出身の村へ直接帰還すること、②トランジットキャンプに一旦移動すること、
③キャンプに残ること、である。この方策が正しい判断であったかどうかは別にして、この
ような選択の自由を被援助者に提供することは可能である。また、TR 施設では 1 年半の訓
練が完了し、収入向上活動を開始する際に、受益者は、習得した技術や知識の中から、どれ
を使って、実際の収入向上活動を実施するのかの選択肢が与えられている。特に多くの女性
(元少女兵)の場合は、洋裁、服飾デザイン、手工芸、小規模ビジネスという 4つのオプシ
ョンが与えられている15。このことが女性の社会復帰の達成度に影響していたのかどうかの
分析は行っていないが、このような形で援助する側が、被援助者に対して「選択の自由」を
提供することは十分可能であるということである。
藤井(2012: 27-28)が経済分野のレジリエンスにおいて、「冗長性や多様性につながる
レジリエンスを促進することと効率性はトレードオフの関係にあり、ゆえに、両者のトレ
ードオフを考慮しながら最適なシステムを模索する必要がある」と述べているように、援
助実践においても、「選択の自由」を脆弱な状態に陥った人々に委ねることは、非効率
で、合理的な説明が難しいのも事実であるが、効率性とレジリエンスのバランスを考慮し
たうえで、ひとり一人の多様な発展プロセスと自発性を尊重する視点が重要であると言え
るだろう。
15 4 つの職業訓練科目のうち洋裁、服飾デザイン、手工芸を選択している多くが女性であり、多くの男性(元少年兵)
は木工大工を選択しているので、収入向上する際のオプションは小規模ビジネスか木工大工の2つの選択肢であったの
に対して、前者の場合は 4 つの選択肢、もしくはその組み合わせによって収入向上活動を行っていた(TRU,2009,
2013ⅽ)。
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