日中の貿易関係と貿易摩擦 -...

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日中の貿易関係と貿易摩擦 ASNET「日中関係」 丸川知雄(東京大学社会科学研究所) 2013年4月12日 1

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日中の貿易関係と貿易摩擦

ASNET「日中関係」丸川知雄(東京大学社会科学研究所)

2013年4月12日

1

内容

• 1.日中貿易の特徴と変遷

• 2.貿易摩擦

• 3.レアアース問題

2

1.日中貿易の特徴と変遷日本の輸出先として中国は2009年以降トップ

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図1 日本の輸出に占める割合

United States

China

日本の輸入先として2002年以降中国がトップ

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図2 日本の輸入に占める割合

United States

China

日本の対中輸出品目の変遷(1970ー2010年)

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日本の中国に対する輸出(SITC分類)

9:特殊取扱品

8:雑製品

7:機械・輸送機器

6:原料別製品

5:化学工業品

4:動物性・植物性加工油脂・ろう

3:鉱物性燃料・潤滑油

2:原材料(食料、燃料除く)

1:飲料及びタバコ

0:食料品及び動物

原料別製品から機械へ緩やかに転換

5

日本の対中輸入品目の変遷(1970ー2010年)

0%

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日本の中国からの輸入(SITC分類)

9:特殊取扱品

8:雑製品

7:機械・輸送機器

6:原料別製品

5:化学工業品

4:動物性・植物性加工油

脂・ろう

3:鉱物性燃料・潤滑油

2:原材料(食料、燃料除

く)

1:飲料及びタバコ

0:食料品及び動物

1980年代は一次産品(とりわけ石油)中心だったが、90年代以降はもっぱら工業製品。雑製品から機械へ。

6

各時代の日中貿易の特徴

• 1970年代:日→中 鉄鋼、化学肥料

• 中→日 石油、繊維原料、糸・織物

• 1980年代:日→中 鉄鋼、機械

• 中→日 石油、衣服、糸・織物

• 1990年代:日→中 機械

• 中→日 衣服、雑製品

• 2000年代:日→中 電気機械、化学品

• 中→日 PC,電気機械、衣服

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産業内貿易の変化

1桁分類(10業種)で計算すると、産業内貿易指数はかなり高くなっている。機械の相互輸出が盛ん。2桁分類(69業種)で計算すると、産業内貿易指数0.5ぐらいで横ばい。同一産業内での貿易が平均して輸入3:輸出1(またはその逆)ぐらいある水準。「輸送機械」を相互に輸出するには至っていない。 8

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year

Figure 1 Intra-Industry Trade Index of Japan-China Trade

(Source) Calculated by the author on the basis of Japanese customs statistics

Calculated by one-digit level of aggregation

Calculated by two-digit level of aggregation

サービス貿易:旅行収支

対世界では大幅な赤字(=日本人が海外へ行って支出する額が、外国人が日本に来て支出する額よりも多い)だが、台湾との間では2003年から黒字転換、香港とも黒字傾向。中国とは2012年1-9月に黒字。

9

日本の国際収支のなかの旅行収支 (億円)

世界 アジア 中国 香港 台湾 韓国

1996 -35,880 -9,561 -1,667 -2,414 -218 -1,2241997 -34,651 -9,292 -1,785 -1,813 -187 -1,7081998 -32,739 -10,526 -1,611 -1,624 -429 -3,137

1999 -33,287 -11,043 -1,636 -1,536 -445 -3,0972000 -30,730 -11,005 -1,669 -1,711 -572 -3,241

2001 -28,168 -10,488 -1,522 -1,721 -643 -2,8392002 -28,879 -10,350 -1,891 -1,682 -543 -2,7032003 -23,190 -7,747 -1,831 -1,532 342 -1,686

2004 -29,189 -9,424 -2,148 -1,594 916 -2,4052005 -27,659 -8,661 -3,069 -1,395 210 -1,5112006 -21,409 -4,308 -78 -668 334 -1,209

2007 -20,199 -4,442 -217 -662 277 -1,0022008 -17,631 -3,687 7 -467 350 -1,000

2009 -13,886 -3,248 -1,094 52 277 -1242010 -12,875 -1,982 -319 7 543 1112011 -12,963 -2,808 -82 -127 399 -1,160

2012 -10,617 -1,351 950 36 555 -1,074

(出所)財務省国際収支統計 2012年のアジア以下は1~9月

サービス貿易:知財権

知財権に関わるロイヤリティー、ライセンス料で日本が最も多くの黒字を稼いでいる相手が中国

10

日本のロイヤリティー・ライセンス料収支(2010年)

億円

2010年 2011年

世界 6943 7,901

中国 2475 2,472

香港 260 218

台湾 912 987

韓国 747 589

シンガポール -1313 -1,333

タイ 1477 1,560

インドネシア 812 799

アメリカ -1732 -1,365

ドイツ -161 -85

イギリス 1108 1,116

フランス -105 -205

(出所)財務省国際収支統計

2.貿易摩擦

• 日中間は、日米、米中に比べれば貿易摩擦の規模と頻度は少ない。ただ、外交関係が緊張した近年は貿易摩擦も増えつつある。

• 1994年以降は日中双方とも貿易黒字が続いている。

• 日中間ではそもそもどちらが貿易赤字なのかも余り意識されていない。

• 日中の貿易統計では、双方が同時に相手に対して赤字であることが多い。それは香港を間に挟む貿易が多いためである。

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日中の貿易収支

1988-89、92-95、99、2002-11年は日中の貿易収支が矛盾している。

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Figure 2 Balance of Japan-China Trade

Japanese customsstatistics

Chinese customsstatistics

China's Importfrom Japan-Japan's Importfrom China

US$

bill

ion

Japa

n's

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(Source) Calculated by the author on the basis of Japanese and Chinese customs statistics

year

プラント契約破棄問題

• 1978年12月に中国は西側の各企業との間で大量のプラント購入契約を結んだが、79年2月になって突然日本企業との契約のみ31件、26億ドル(5285億円)分の契約を一時凍結すると通告

• 東京銀行や輸銀の融資が供与されることになって、契約は結局履行された。

• 1980年末から81年1~2月に30億ドル分ものプラントの契約解除・中止が通告され、うち15.74億ドルは日本企業との契約

• 結局、すでに発注済みのものは引き取った。また3000億円の輸銀・OECF借款が供与されたが、それでも多くのプラントがキャンセルになり、日本側の中国への不信感が高まった。 13

「欠陥商品」問題

• 中国の貿易赤字が大きくなった1985年、中曽根首相の靖国参拝もあり、中国の大学生の反日デモが発生。

• そうした背景のもと、日本製トラックやカラーテレビの欠陥問題が中国の新聞で大きく取り上げられた。

• トラックについては日本の新鋭トラックが中国の悪路に適応できなかったのが問題で、部品交換や仕様見直しで折り合った。

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セーフガード、アンチダンピング

• 1995年から97年にかけ、ポプリン・ブロード綿織物、ニンニク、ショウガに関し、セーフガードが要請され、調査が行われたが、中国側が輸出自主規制を行うことになって発動は見送られた。

• 2001年4月、日本政府はネギ、生シイタケ、畳表についてセーフガード発動。中国は日本製エアコン、携帯電話、自動車に対して100%の報復関税を課した。3品目の日本への輸入はネットで2億円減る一方、日本から中国への携帯電話と自動車の輸出は約590億円減少したという。

• 1999年以降中国が鉄鋼、石化製品に関してダンピング、セーフガードを多数発動

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知的財産権侵害問題

• オートバイでは中国メーカーによって日本企業の類似ブランド、デザイン盗用、ニセモノの問題が1990年代以降発生。

• 1999年以降、日本メーカーが特許侵害を中国で提訴して勝訴するようになった。

• 2000年11月、ヤマハ発動機が台州雅馬哈と「関係ない」と新聞広告したら、「日本雅馬哈株式会社に対する権益侵害には法的に対処する」と逆襲。

16

クレーム問題

• 2000年5月、東芝ノートパソコン問題

• 2001年2月、三菱自動車パジェロ2車種輸入禁止

• 2001年2月、日航が中国人乗客に対して「差別的扱い」をしたと問題になる。

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食品安全問題

2002年 中国からの輸入された冷凍ホウレンソウに殺虫剤「クロルピリホス」が最大で2.5PPM検出され、冷凍ホウレンソウを一時輸入禁止。

中国からの野菜輸入に打撃

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億ド

日本の中国からの野菜輸入

毒ギョーザ事件

• 2007年上半期、アメリカでのドッグフード問題などを契機に日本の週刊誌でも中国の食品安全問題が大きく注目される。

• 2007年後半、赤福、白い恋人の事件発覚でいったん国内に注目が向かいつつあった2008年1月に毒ギョーザ事件発生。

• それまで言われていた中国食品への疑惑を証明する格好となり、中国からの食品輸入に大きなダメージ

19

毒ギョーザ事件が大きな波紋を呼んだ理由

• 2005年の中国における反日デモの発生以来、中国人の対日感情が悪いという印象が強まった。

• 毒ギョーザ事件が起きた当初日中の捜査当局が協力できず、双方が相手国側に原因があると主張。

• 日本では多くの人は犯人の目的が「反日」にあると疑ったのではないだろうか。

• 結局、工場での待遇に対する不満から事件が起きたことが判明したが、事件の与えた「反日」のイメージは容易に消えていない。

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中国産食品=危険、という大きな誤解(曲解)

21

表5 日本への輸入食品が食品衛生法に違反する割合

年 2006 2007 2008 2009 2010 2011

中国 0.58% 0.42% 0.29% 0.35% 0.26% 0.25%ベトナム 1.63% 1.02% 0.52% 0.59% 0.87% 1.14%

タイ 0.68% 0.65% 0.66% 0.73% 0.84% 0.78%フィリピン 2.06% 1.18% 1.86% 0.97% 1.06% 1.19%

インドネシア 0.41% 0.77% 0.34% 0.68% 0.51% 0.52%フランス 0.51% 0.55% 0.58% 0.50% 0.40% 0.34%イタリア 0.75% 0.66% 1.00% 1.04% 0.75% 0.77%

アメリカ 1.32% 0.65% 0.74% 0.90% 0.70% 0.80%エクアドル 26.64% 25.42% 20.39% 7.76% 6.72% 6.86%

ブラジル 0.38% 1.21% 1.03% 0.85% 1.84% 0.85%ガーナ 18.18% 3.49% 7.59% 25.03% 10.17% 5.35%

合計 0.77% 0.60% 0.59% 0.67% 0.56% 0.54%

(出所)厚生労働省医薬食品局食品安全部「輸入食品監視統計」

厚生労働省が行っている輸入食品検査で、中国から輸入される食品から問題が見つかる割合は輸入食品全体の割合よりも一貫して低い。特に毒ギョーザ事件が発生して以降はいっそう注意しているようで、きわめて低い。某食品表示問題専門家は「検査で引っかかる数が中国産はもっとも多いから問題だ」といっていたが、それは科学的な見方と言えるだろうか?

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3.レアアース問題

• 尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の衝突した事件が2010年9月に発生。日本の検

察が船長の勾留延長を決めたとき、温家宝首相は「ただちに釈放しないならば中国はあらゆる手段をとる」と述べた。

• 数日後、レアアースの対日輸出が停止しているという報道がなされた。

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「政冷経熱」の終焉か?

• 小泉政権の時代、日中関係は「政冷経熱」と言われた。2000年から2006年にかけて貿易額は170%伸びた。日本企業の対中投資も衰えなかった。

• 中国は本来政治と経済の結びつきが強いはず。なぜ冷めた外交関係が経済に影響しなかったのだろうか?

• 中国は日本など先進国からの投資と技術移転を必要としている。だから経済と政治とを分離しようとした。

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輸出停止の意味

• もしレアアース輸出停止が事実とすれば、それは中国が政経分離の努力をしなくなったことを意味する。

• 2012年夏の尖閣諸島国有化の問題が起

きたときも、日系企業・小売店への攻撃が半ば黙認されていた。

• 中国のGDPが2010年に日本を抜き、中国

はもう日本を必要としない、ということなのか?

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レアアースとは何か?

• 17種の元素。

• ネオジムNdとジスプロシウムDyは強力な磁石を作るのに欠くことのできない資源である。HDDや

モーター作りに欠かせない。ネオジム磁石の生産で中国は日本を抜き、世界の75%を占める。

ネオジムは中国以外でも生産されるがジスプロシウムは中国への依存度が高い。

• ランタンLaはトヨタ「プリウス」が使うニッケル水素

電池に使われる。もっともニッケル水素電池はHEVやEVでは次第に使われなくなる。

• セリウムCeは液晶ディスプレイのガラスの研磨や自動車排ガスの浄化に使われる。

26

レアアースは必ずしもレアではない

• 日本ではレアアースは「ハイブリッド車の生産などに必要な希少な資源」と紹介される

• しかし、一般に思われているほどレアアースは希少ではない。セリウムは地表に60ppm存在するので、銅(55ppm)ほど希少ではない。17種のレアアース元素のなかで最も希少なのはルテチウム(0.5ppm)だが、金(0.004ppm)や銀 (0.07ppm)の方がはる

かに希少。

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レアアースの資源は実は豊富である

• レアアースがレアと呼ばれるのは岩石の中に散らばっていて、単一の元素だけを取り出すことが難しい。(経済的に引き合わない)

• 世界のレアアース確認埋蔵量は1億1000万トン。年間生産量は11万トンなので、1000年分の埋蔵量がある。銅は30年分しかない。

28

中国は世界で最も埋蔵量が多い

China, 55

United States, 13Australia, 1.6

India, 3.1

Brazil, 0.036

Malaysia, 0.03

Others, 41

世界のレアアース埋蔵量(百万トン)

(Source) US Geological Survey, Mineral Commodity Summaries, 2013

ところが、中国国務院の「中国のレアアースの状況と政策」(2012年6月)は中国の埋蔵量は世界の23%と発表。

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中国は世界の生産の9割以上を占める

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ton

Rare Earths Production of the World

Rest of the world

United States

China

China, Others

China, Bastnasite

China, Rare-earth-bearing

claysChina, Bayan Obo Mine

(Source)China's data of 1995-2007 is from Zhongguo xitu fazhan jishi, 2008, Others are from USGS, Minerals Yearbook

30

なぜ中国が世界のレアアース生産を独占しているのか

• 中国が最大の埋蔵量を持っているからではない。

• 中国が進んだレアアース抽出技術を持っていることと、「イオン吸着型鉱」という特殊な資源があるからである。

31

中国のレアアース生産の歴史

• 1935年に内モンゴルのバヤンオボー鉄鉱山の鉱石からレアアース元素が発見された。

• 中国科学院有機化学研究所でレアアース抽出剤を1950年代に開発。これをもとに、北京大学の徐広憲教授がレアアース抽出理論を1970年代に考案。1980年代には世界の先端に立つ。

• 1991年の中国のレアアース生産は世界の33%。ちょうど埋蔵量と匹敵していた。

• イオン吸着型鉱の発見によって中国は世界の生産を独占するに至った。

• 中国南部で花崗岩でできた丘が高温多湿の気候のなかで内部まで浸食され、イオン吸着型鉱が生成する。

32

レアアースを得る簡単な方法

• 1990年に低コストでレアアースを獲得する方法が発明された。

• 山の頂上にいくつか穴を開け、硫酸アンモニウム(硫安)を注ぎ込み、その液体を山の麓から取り出す。するとそこにレアアースのイオンがとけ込んでいる。

33

イオン吸着型鉱は江西省南部、広東省北部に分布。

赤い点のあるところにイオン吸着型鉱がある。

34

資源の浪費と農業への被害

• レアアース採取が余りにも簡単で、100-200万元の投資でできてしまうため、多くの民間企業が参入。

• その結果、レアアース価格は低落し、アメリカや他の国でのレアアース採掘が中止された。

• 中国での報道によれば、浪費的な採取法によりレアアースの埋蔵量は急減しているという。

• 硫安を注ぐことで付近の田畑にダメージが加えられている。

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レアアース輸出制限

• 専門家たちは「このまま採取を続けたら中国のレアアースが枯渇する。その時に日本やアメリカがいまの数十倍、数百倍の値段で売りつけてくる」と警告

• そこで1998年以来、輸出数量に上限枠を決め、最近はその枠を急速に絞っている。

Export Quota of Rare Earths

0

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50

60

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2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

year

thou

sand

ton

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レアアースをめぐる日中の衝突

• 日本政府と産業界は中国のレアアース輸出制限の動きを懸念。2010年8月に岡田外相と経団連

の米倉会長が訪中した際に、最初の話題としてレアアース輸出制限の見直しを求めた。

• ところが、これらの訪問の少し前に中国では「日本はレアアースが安い時期に中国から大量に買い付けて海底に20年分備蓄している」という説が広まり、専門家もそれを信じていた。

• 岡田・米倉発言が中国側の大きな反発を引き起こしたことは想像に難くない。

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レアアースと中国の産業

• 中国のさまざまな本や論文を読むと、中国のレアアース輸出制限の真の狙いは自国のレアアース利用産業(モーター等)の発展にあることは明らかである。

• 工業情報化省の「新エネ自動車発展10年計画」(2010年8月草案発表)ではEVのモ

ーターや電池など核心技術を掌握する意図が表明されている。

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中国のレアアース輸出制限にどう対処するか

• 輸出制限が国内産業の発展のためであればそれはWTOの原則に反する。

• GATT第20条(g)では「希少な自然資源の

保護」のために輸出制限を行うことを認めている。但しそれは国内での生産や消費を制限する措置をとっている場合に限る。

• 中国がこれまでレアアース応用産業の国内での生産・消費を規制してきたとは言い難い。

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レアアースが国内で使用される割合が高まっている

The Ratio of Domestic Consumption of Rare Earths to their Production

0%

10%

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30%

40%

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1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008

その後のレアアース問題

• 中国のレアアース輸出制限、および中国での投機もからんで2011年にレアアースの価格が急騰。

• 日本の酸化セリウム輸入価格でみると1kg200円(2004年)から2011年6月には1㎏9800円に。

40

0

2000

4000

6000

8000

10000

12000

図7 日本の中国産酸化セリウムの輸入価格(円/kg)

(注)2011年1月から2012年12月の輸入価格は3ヶ月移動平均

(出所)財務省貿易統計

価格上昇の結果

• アメリカ、オーストラリア、マレーシア、ベトナムなどでレアアース採掘が再開・開始

• 日本ではレアアースの使用量を削減したモーターの開発が進む

• またエアコン用コンプレッサーからのレアアースのリサイクルも始まる

• 中国国内ではヤミ生産が活発化し、輸出時に他のものと偽った半密輸出が正規の輸出の1.2倍にも達する

• その結果、価格は急落

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レアアース問題が起きた理由

• 中国の民間資本がレアアース採掘を進めたことで、図らずも中国が世界のレアアース生産を独占

• 中国のレアアース関係者が、自らの重要性をアピールするためにナショナリズムを刺激する議論をした。

• そうした議論に影響された中国政府はレアアース生産独占によって中国のパワーが増大したと誤解し、輸出制限によって輸出価格をつり上げるとともに、外交カードとしても利用しようとした。

• レアアースの稀少性に比べて不釣り合いに高い値段がついた結果、中国の独占は内外で揺らいだ。 42

レアアース問題をどう考えるべきか

• レアアースの価格が高騰した2011年でさえ、レアアースの輸出額は中国の輸出の0.1%でしかない。レアアースが枯渇しても中国経済にはまったく影響がない。

• レアアースを利用する工業、例えばネオジム磁石の生産で中国はすでに世界の75%を占めている。だから国内のレアアースが枯渇したら輸入すればよいだけの話である。他国にも資源は豊富にあり、輸入したら大幅に高価になるとは考えにくい。

• レアアース資源の枯渇よりも、レアアースの乱掘による山林や田畑の荒廃こそ中国は心配すべきである。

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日本はどうすべきか

• 中国がレアアースの供給を制限する限り、中国に過度に依存するのはやめて輸入先を多角化すべきである。他国での資源開発を促すのは得策である。

• しかし国家備蓄までする必要はない。レアアースが途絶することの国民生活に対するリスクは小さい。2011年もエアコン新製品の値段が5-15%上がった程度の影響しかなかった。

• 南鳥島付近の海底5600メートルでレアアースを含む泥が見つかった。だが、海底から採取する方が、輸入品より低コストになりうるのだろうか?

• 中国の資源ナショナリズムをこれ以上刺激せず、双方が経済的見地から政策の優先順位を考えられるような対話をすべきではないだろうか。 44