特 集 NTTデバイスイノベーションセンタ [KTN波長...

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13 ビジネスコミュニケーション 2017 Vol.54 No.7 ば測定精度に影響が出るため実用化 しづらいという声を受け、DIC では KTN 結晶の動作安定化に向けた研究 開発を開始した。「KTN 結晶に光を 照射すると、結晶内部の電子の移動 がスムーズになって動作が安定するの ではないかという仮説は以前からあり、 それを実証する取り組みを始めまし た。」(ライフアシストプロジェクト 任研究員 坂本 尊氏) 研究の結果、同仮説は正しく、 LED からの光を KTN 結晶に照射す ることで動作を安定化できることを 2015 年度までに実証できた(図 1)。 KTN 結晶に青色の光を照射するこ とで、1~2 分で安定動作可能にな り、さらにその安定動作が 3000 間以上継続することを確認できまし た。」(坂本氏) った波長掃引光源 (波長が時間的に変 化する光源)を開発 した。機械可動を必 要としない KTN 長掃引光源は、従来 の光源に比べて高 速動作が可能とい う利点がある。 しかし KTN 結晶 の電気光学効果に は、時間的な特性が一定しないという 課題があった。具体的には、利用し 始めた初期段階と、数時間継続的に 動作させた後に特性がバラつく問題が あったのである。 特性が一定しなけれ タンタル酸ニオブ酸カリウムの結 晶(KTN 結晶)は、電圧によって 光の屈折率を変える電気光学効果が 大きいことで長年研究者の注目を集 めていた。NTT は、KTN 結晶を産 業利用可能なサイズに安定成長させ る技術を世界に先駆けて開発し、そ れを基に KTN 結晶に関する様々な 研究開発を進めている。 NTT デバイスイノベーションセ ンタ(以下、DIC)は 2013 年 に、 NTT アドバンステクノロジと浜松 ホトニクスと共同で KTN 結晶を使 NTT研究所は、印加する電圧によって光の屈折率を変える性質を持つ「タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN)」という結晶の研究 を長年続けており、世界最先端の技術を培っている。NTT デバイスイノベーションセンタは、KTN 結晶を使った高速かつ安定動 作する波長掃引光源(波長が時間的に変化する光源)の開発に成功した。同光源は、半導体製造や掘削工事など幅広い領域での活 用が始まりつつある。KTN 波長掃引光源の研究開発と、その展開について紹介する。 光照射の工夫で波長掃引光源の安定化を実現 半導体製造や掘削工事などに活用広がる 信号電圧 KTN結晶 光照射 用LED 光照射によって KTNの動作安定化を実現 DC バイアス+AC 入射光 精度0.0035%に対応 光照射をしていない光源を用いた標準偏差の時間依存性 0 20 40 60 80 0.30 0.25 0.20 0.15 0.10 0.00 光照射をした光源を用いた標準偏差の時間依存性 安定動作するまでの立ち上げ時間短縮 安定動作する期間を大幅に延長 精度0.0035%に対応 Standard deviation [μm] Time [hour] Standard deviation [μm] Time [hour] 1.0 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0.0 0 2 4 6 8 図 1 KTN 結晶への光照射によって動作安定化を実現 [KTN 波長掃引光源] NTT デバイスイノベーションセンタ ライフアシストプロジェクト [左から]主任研究員 坂本 尊、 研究員 辰己 詔子プロジェクトマネージャ 小泉 弘高速だが安定性に課題があった KTN 結晶の電気光学効果

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13ビジネスコミュニケーション 2017 Vol.54 No.7

特 集 新ビジネス領域開拓の礎となるデバイスの創出に取り組む   NTTデバイスイノベーションセンタ

ば測定精度に影響が出るため実用化しづらいという声を受け、DICではKTN結晶の動作安定化に向けた研究開発を開始した。「KTN結晶に光を照射すると、結晶内部の電子の移動がスムーズになって動作が安定するのではないかという仮説は以前からあり、それを実証する取り組みを始めました。」(ライフアシストプロジェクト 主任研究員 坂本 尊氏)研究の結果、同仮説は正しく、

LEDからの光を KTN結晶に照射することで動作を安定化できることを2015年度までに実証できた(図 1)。「KTN結晶に青色の光を照射することで、1 ~ 2分で安定動作可能になり、さらにその安定動作が 3000時間以上継続することを確認できました。」(坂本氏)

った波長掃引光源(波長が時間的に変化する光源)を開発した。機械可動を必要としない KTN波長掃引光源は、従来の光源に比べて高速動作が可能という利点がある。しかし KTN 結晶の電気光学効果には、時間的な特性が一定しないという課題があった。具体的には、利用し始めた初期段階と、数時間継続的に動作させた後に特性がバラつく問題があったのである。特性が一定しなけれ

 

タンタル酸ニオブ酸カリウムの結晶(KTN結晶)は、電圧によって光の屈折率を変える電気光学効果が大きいことで長年研究者の注目を集めていた。NTTは、KTN結晶を産業利用可能なサイズに安定成長させる技術を世界に先駆けて開発し、それを基に KTN結晶に関する様々な研究開発を進めている。

NTTデバイスイノベーションセンタ(以下、DIC)は 2013年に、NTTアドバンステクノロジと浜松ホトニクスと共同で KTN結晶を使

NTT研究所は、印加する電圧によって光の屈折率を変える性質を持つ「タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN)」という結晶の研究を長年続けており、世界最先端の技術を培っている。NTTデバイスイノベーションセンタは、KTN結晶を使った高速かつ安定動作する波長掃引光源(波長が時間的に変化する光源)の開発に成功した。同光源は、半導体製造や掘削工事など幅広い領域での活用が始まりつつある。KTN波長掃引光源の研究開発と、その展開について紹介する。

光照射の工夫で波長掃引光源の安定化を実現半導体製造や掘削工事などに活用広がる

信号電圧

KTN結晶

光照射用LED

光照射によってKTNの動作安定化を実現

DC バイアス+AC 0

入射光

精度0.0035%に対応

光照射をしていない光源を用いた標準偏差の時間依存性

0 20 40 60 80

0.30

0.25

0.20

0.15

0.10

0.00

0 20 40 60 80

0.30

0.25

0.20

0.15

0.10

0.00

光照射をした光源を用いた標準偏差の時間依存性

安定動作するまでの立ち上げ時間短縮

安定動作する期間を大幅に延長

精度0.0035%に対応

Standard deviation [μm]

Time [hour]

Standard deviation [μm]

Time [hour]

1.00.90.80.70.60.50.40.30.20.10.00 2 4 6 8

図1 KTN結晶への光照射によって動作安定化を実現

[KTN波長掃引光源]

NTTデバイスイノベーションセンタライフアシストプロジェクト

[左から]主任研究員 坂本 尊氏、 研究員 辰己 詔子氏プロジェクトマネージャ 小泉 弘氏

高速だが安定性に課題があったKTN結晶の電気光学効果

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14 ビジネスコミュニケーション 2017 Vol.54 No.7

特 集 新ビジネス領域開拓の礎となるデバイスの創出に取り組む   NTTデバイスイノベーションセンタ

 

長時間の安定動作が可能になったことで、KTN波長掃引光源の応用先は拡大した。

NTTと NTTアドバンステクノロジ、浜松ホトニクスは、半導体基板の厚さ計測用に同光源を活用することを考案し、2017年 4月から光源装置のサンプル出荷を開始した。

KTN波長掃引光源を使った厚み計測システムの利点は、やはりその高速性にある(図 2)。「高速な測定が可能になることで、所望の厚みになるまで半導体基板を削る装置などを実現できます。これは KTN波長掃引光源の大きな強みです。」(坂本氏)また、下水道工事などの掘削工事での活用も始まっているという。「人が内部に入れないサイズのトンネルを掘る際の課題の一つが、掘削機の位置を正確に測定するのが難しいことです。特に屈曲部があるトンネルの場合は、掘削機までの距離と掘削機の角度を正確に測定できなければなりません。KTN波長掃引光源を使うと、こうした測定を高精度かつ高速に実現できます。」(ライフアシストプロジェクト研究員 辰己 詔子氏)アイレック技建と NTTアドバンステクノロジが 2017年 2月に開発した、地下管路向けの位置測定システムの概要を図 3に挙げた。同システムでは、複数の計測ユニットを利用することで、最大 400mの距離を誤差±4cm以下で計測できる。また、角度計測も可能で、屈曲部を

こでアライメント調整の方法を手順書にまとめて提供するようにしました。研究開発フェーズから実用開発フェーズにスムーズに移行させるための欠かせない作業でした。」(坂本氏)

DICでは、今後さらにコラボレーションを拡大し、KTN波長掃引光源の適用分野拡大に取り組む。「今回、KTN結晶の長時間の動作安定化を実現できました。そうした能力向上によって、新しいジャンルに適用できる可能性が広がっています。幅広い視野で新領域開拓に取り組んでいきます。」(辰己氏)

持つ掘削経路においても掘削機の位置を正確に把握できる。

これらの実用化の広がりに伴って、新しい課題も出て来た。光源が正しく動作するよう組み立てるには、光源を構成する部品の位置決め(アライメント調整)を厳密に行う必要があるが、経験が無い場合はそれが非常に難しいのである。そのため、研究所ではうまく動作するが、コラボレーション相手側では動作しない状況がしばしば発生した。「そ

基板

奥行膜厚

波長掃引光源

光検出器

干渉信号強度

時間t フーリエ変換 信

号強度

基板厚

★ミラーの機械的可動を伴う計測であり、計測速度は数百Hzに制限

※1 TD-OCT : Time Domain Optical Coherence Tomography※2 SS-OCT : Swept Source OCT

干渉信号周波数が基板厚に対応基板

低コヒーレント光源

光検出器

現行システム(TD-OCT※1)★計測に可動部品が必要無く高速化に有利

可動ミラー

可動ミラーの移動距離が基板厚に対応

新提案のシステム(SS-OCT※2)

d

計測器 計測器計測器

制御部

計測ユニット

計測ユニット

起点 計測点

光ファイバ 波長掃引光

【断面図】

【上面図】

KTN波長掃引光源

掘削機

計測ユニットの利用により、最大400mの距離を誤差±4cm以下で計測可能

角度計測も可能で、屈曲部を持つ掘削経路においても掘削機の位置を正確に把握できる

計測ユニット

計測ユニット

先導体バルク

計測ユニット

計測ユニット

計測ユニット 計測

ユニット

掘削機

図2 半導体基板の厚さを高速に計測可能な光源を開発

図3 高速・高精度位置計測システムの光源としても活用が始まる

半導体製造や掘削工事向けの光源として活用が始まる

位置決めの手順書を提供してコラボレーションを促進