現代の事故・不正・ 不祥事は、...

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現代の事故・不正・ 不祥事は、 なぜ起こるか ~コンプライアンスは人間力~ ジャーナリスト 片山

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現代の事故・不正・不祥事は、 なぜ起こるか

~コンプライアンスは人間力~

ジャーナリスト 片山 修

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現代の事故・不正・不祥事はなぜ起こるか~コンプライアンスは人間力~ 1.いま、なぜ、事故や不祥事が起こるのか ・コンプライアンスをどう捉えるか ――4 ・「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」――5 ・「安全に不思議の安全あり。事故に不思議の事故なし」――6 ・最近の不祥事の事例 ――7 ・2000年代の不祥事と違いはあるか? ――8 ・分析:事故・不祥事の変遷からいかなる傾向を読み取るか ――9 ・事故・不祥事には「構造」がある ――10 2.日本企業をめぐる経営環境の激変が引き金 ・日本型経営の否定 ――12 ・「失われた20年」における現場の疲弊 ――13 ・現場を知らない経営者 ――14 ・問題の本質は、「組織の壁」と「現場力の劣化」にあり(1) ――15 ・問題の本質は、「組織の壁」と「現場力の劣化」にあり(2) ――16 3.安全の基本:ヒューマンエラーをめぐる現況 ・ヒューマンエラーは、なぜ問題か ――18 ・ヒューマンエラーのメカニズム ――19 ・ヒューマンエラーをいかに防止するか ――20 ・ヒューマンエラーの元を断てるか ――21 4.どの企業にも組織の壁 ・「組織の壁」とは何ぞや ――23 ・「壁」はなぜ悪いのか ――24 ・どの企業にも「壁」がある(1)日産の無資格検査員問題 ――25 ・どの企業にも「壁」がある(2)神戸製鋼のデータ改ざん問題 ――26 ・どの企業にも「壁」がある(3)川崎重工業の台車亀裂問題 ――27 ・どの企業にも「壁」がある(4)JR西日本「のぞみ34号」の 台車亀裂トラブル ――28 ・いいカンパニー制、ダメなカンパニー制 ――29 5.現場力は劣化したか ・現場はさらに厳しくなる ――31 ・現場の改善力のいま ――32

6.トヨタの現場力は、人間力 ・なぜ、トヨタ副社長は 「ウチには品質偽装はない」と即答できたのか ――34 ・「現地現物」とは何か ――35 ・創業者・豊田喜一郎の「現地現物」 ――36 ・カイゼンの本質は「現地現物」にあり ――37 ・“現場叩き上げ人材”のマネジメントへの登用 ――38 ・“現場叩き上げ役員”の役割 ――39 ・“現場叩き上げ役員”は現場で何を見ているか? ――40 ・現場の管理とはどういうことか ――41 ・自分の頭で考える人間を育てるには ――42 ・現場第一線の“文句”を改革に生かす ――43 ・強い現場をつくるのは「人間力」だ ――44 ・現場安全の基本は「自工程完結」にあり ――45 ・最先端技術には、ニンベンのついた「自働化」で挑む ――46 ・あえて手作業にこだわる ――47 ・最先端技術といかに向き合うか ――48 ・「最終センサーは豊田章男だ!」 ――49 ・若手をいかに育てるか ――50 ・トヨタ工業学園の役割 ――51 ・チームワークをどのように生み出すか ――52 7.レジリエンス・エンジニアリングに学ぶ ・レジリエンス・エンジニアリングとは何か ――54 ・複雑かつ高度なシステムの安全 ――55 ・チームワークの重要性 ――56 ・現場のリーダーをどう考えるか ――57 8・幸福な組織をつくる ・大切なのは、不幸な社員をつくらないこと ――59 ・不幸を未然に防ぐ仕組み ――60 ・社員を幸せにする会社とは ――61 ・ハピネスを計測できる ――62

1.いま、なぜ、 事故や不祥事が起こるのか

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コンプライアンスをどう捉えるか

・コンプライアンスは「法令遵守」にとどまらない

コンプライアンスは「法令遵守」にとどまらない。ルールやマニュアルの遵守でもない。コンプライアンスの基盤は、株主や取引先、顧客、地域社会、従業員など、ステークホルダーの「信頼」をいかに保つかにかかっている

・社会インフラ企業の信頼の基盤は「安全」「安定」 ・法令遵守はもとより、安全性、安定性をいかにして 実現し、ステークホルダーの安心・信頼を獲得して いくかが「コンプライアンス」の核心である。

國廣 正 弁護士

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「勝ちに不思議の勝ちあり、 負けに不思議の負けなし」

勝ちに不思議の勝ちあり、 負けに不思議の負けなし!

・もとは江戸時代後期の平戸藩主・松浦静三の剣術書『剣談』の一節。 ・負けるときには、何の理由もなく負けるはずがない。必ず、試合のなかに負けの要素がある。一方、確たる理由が存在しないのに、あるいは、試合のなかに負けの要素がたくさんあるにもかかわらず、勝利を収めてしまう場合がある。

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プロ野球 野村克也 監督

「安全に不思議の安全あり。 事故に不思議の事故なし」

・野村監督の名言は、事故や不祥事にも当てはまる。

・「安全に不思議の安全あり。 事故に不思議の事故なし」

・「コンプライアンスに 不思議のコンプライアンスあり。

不祥事に不思議の不祥事なし」

事故・不祥事の「真因」を究明し、再発防止の取り組みを徹底する一方で、安全・コンプライアンスを支えている構造、仕組みの解明。人々の安心・信頼を高める努力が不可欠!

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最近の不祥事の事例 企業 年月 不祥事内容 発覚のきっかけ

15.3子会社が製造・出荷した建築物用免震ゴムの一部で性能データ改ざん

不正を行っていた開発課長代理の交代により発覚。内部告発

15.1 防振ゴム製品で性能データ改ざん 内部通報制度による報告

17.2船舶などに使う産業用ゴム製品でデータ偽装

不明

東芝 15.4 不適切会計 証券取引等監視委員会への内部通報旭化成建材など

15.1 基礎工事で虚偽データに基づく工事 住民の指摘を受けた三井住友建設による調査

三菱自動車 16.4燃費試験で実際よりも燃費をよく見せる不正

協業関係を結ぶ日産自動車による指摘

スズキ 16.5燃費データの測定で、国の規定と異なる不正な方法を採用

国交省指導のもとでの自社調査

16.6グループ会社がばね用鋼材の強度試験結果を改ざん

17.1アルミや銅製品の一部で強度などのデータ改ざん

日産自動車 17.9 無資格の従業員が新車の完成検査 内部告発を受けた国交省による抜き打ち検査三菱マテリアル

17.11子会社2社が製品の品質データを改ざん、発覚後も不適合製品を出荷

社員通報窓口への内部告発

東レ 17.11子会社がタイヤなどに使われる製品で検査データ改ざん

インターネット掲示板への不正に関する詳細な書き込み

東洋ゴム

神戸製鋼 工場側からの申告?

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2000年代の不祥事と違いはあるか?

00.7 乗用車、トラック・バス部門による大規模なリコール隠し事件(69万台)04.3 トラック・バス部門のさらなるリコール隠し(74万台)

三菱重工業 02.2 長崎造船所での豪華客船炎上東京電力 02.8 原発トラブル隠蔽新日本製鉄 03.9 名古屋製鉄所のガスタンク爆発事故ブリヂストン 03.9 栃木工場での大火災出光興産 03.9 北海道製油所のナフサタンク炎上

三井物産 04.12 排ガス浄化装置のデータ虚偽報告

松下電器産業(現パナソニック)JR西日本 05.4 JR福知山線脱線事故JR東日本 05.12 羽越本線「特急いなほ」脱線事故パロマ 06.7 屋内設置型瞬間湯沸器による一酸化炭素中毒事故(20年間で全国28件)石屋製菓 07.8 「白い恋人」の賞味期限を改ざんし販売。赤福 07.1 売れ残り商品の製造日を偽装再出荷、食品衛生法違反船場吉兆 07.1 売れ残り製品の消費期限、賞味期限の偽装JR東日本 08.9 信濃川発電所の不正取得問題

三菱自動車・三菱ふそう

05.1 FF式石油暖房機による一酸化炭素中毒事件

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分析:事故・不祥事の変遷から いかなる傾向を読み取るか

不祥事は減らず

• 歴史的大事故は減少しつつある一方、消費者の信頼・安心に影響を与える不祥事は減っていない

「現場」が起点に •「経営トップ」の失敗・暴走、組織ぐるみの不祥事に加えて、「現場」を起点とした不祥事が増えてきた

一気に炎上

• 日産や東レの品質データ偽装にみられるように、企業内ホットラインや内部通報制度が活用されず、一気に“炎上”するケースが少なくない

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・バブル崩壊後「失われた20年」における日本型経営の崩壊 ・「3つの過剰」「6重苦」への対応 ・利益至上主義、「稼ぐ力」への過度のプレッシャー

事故・不祥事には「構造」がある

日本企業をめぐる経営環境の激変(第2章)

「現場力の劣化」(第5章) 「組織の壁」(第4章)

事故・不祥事の多発

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2.日本企業をめぐる 経営環境の激変が引き金

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日本型経営の否定

バブル 崩壊

日本型経営の「否定」

日本企業の強み=日本型経営 ・終身雇用 ・年功序列 ・企業別組合

・家族的な集団主義・一体感 ・参加的意思決定 ・系列間取引

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「失われた20年」における現場の疲弊

(バブル崩壊以前)強い現場 ・日本の現場は、背伸びをしなければ達成できない高い目標でさえも、

創意工夫や改善努力によってこなしてきた。 ・「結果を出すのは自分たちだ」とばかりに、プレッシャーをものと

もせず、力を合わせて目標に臨んできた

(失われた20年)疲弊する現場 ・雇用慣行の崩壊:非正規雇用者・外国人労働者の増加 ・生産拠点の海外への移転:工場の老朽化、士気の低下 ・収益に対する過度のプレッシャーによる現場の疲弊 ・ヒト・モノ・カネの現場への投資という視点の欠如 ・団塊世代の大量退職による技術・技能の断絶

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現場を知らない経営者

マネジメント

“壁”

現場

<現場軽視の姿勢> ・「3つの債務(雇用・設備・債務)」および「6重苦」(①円高②法人税率③自由貿易協定への対応遅れ④労働規制⑤環境規制⑥電力不足)の解消に向けて、「稼ぐ力」が重視された。 ・四半期決算のプレッシャーも強い ↓ 長年にわたって築き上げてきた現場の強さ、良さが失われ、日本企業は弱体化。成果主義偏重の結果、社員同士で一致団結して問題解決にチームワークの意識も失われた

「日本のメーカーを見ると、自分でものをつくった人がトップになったときはうまくいく。ものを作ったこともなく理屈ばかりいう人が上に立つと、利益ばかり求めて、おかしいことになる。わが東芝もそうでした」 「コンプライアンスなんて横文字でいうと難しいですが、要するに何のために物を作っているのかということ。そういう意識が日本全体で薄れたことを感じます。日本の美点だった、いい物を地道に作るという原点に立ち戻るべきです」(東芝元副社長 川西剛氏 東京新聞18年3月17日より引用)

現場を知らない経営者

“チャレンジ”せい 忖度

不正の発生 14

問題の本質は、「組織の壁」と 「現場力の劣化」にあり(1)

• 各企業の第三者調査委員会の報告書やトップの会見をみると、不祥事の背景には「組織の壁」「現場力の劣化」という問題が存在することがわかる。

「現場と管理者の間に壁がある。距離がある」

「現場の管理者層から見ると、提案しても受け付けてくれない。提起をしにくいと感じる体質があったと思います。一方、管理者側はそれに気づかない。現場を十分把握せずに業務指示を出して

しまった」

「現場は法令違反の認識はあったものの、それを重大視する規範意識に欠けていた」 「現場の係長は、一般的には各車両工場において採用され、勤続してきた者であり、基本的に他の工場に異動することはない。他方、係長以上の管理者層は、本社生産部

門に所属する者であることが多く、1~2年程度で異動することもあった」 (日産自動車 第三者調査委員会報告書より)

日産自動車代表取締役兼CEO 西川廣氏

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問題の本質は、「組織の壁」と 「現場力の劣化」にあり(2)

現場にいて作業していた人たちは、法律を犯しているとか、悪いことをしているとか、お客様に迷惑をかけるという認識は、おそらく持たずに、『やっていることは正しいんだ』という思い込みがあった。 となると、現場にある思い込みを見つけて、『これは正しくないかもしれない』ということを知らせていく作業が必要になってきます。これは、それほど簡単ではない。思い込んでやっていると、なかなか当事者は見つけにくいと思うんですね。 やっぱり外の目、他人の目、第三者の目、これがなきゃいけない。それとローテーションしなければいけない。効率を考えると、ベテランでよく知っている人に任せたい。その方が安心だよねという気持ちもある。 だけど、そこは心を鬼にして、新しい人に新しい視点で任せて、『いままでやってきたことが正しいのか?』を見させないと、たぶん、この問題は解決できないんだろうなというのが、我々の経験を通してわかったことなんですね

三菱自動車 代表取締役兼CEO 益子 修 氏

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3.安全の基本: ヒューマンエラーを

めぐる現況

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ヒューマンエラーは、なぜ問題か

70年代 •機械の故障が原因で、大事故が発生

80年代

• 機械の設計や、製造技術の進歩など、技術レベルの向上により、機械の故障による事故は減少。「ヒューマンエラー」による事故が問題化した

90年代

•ITの進展などシステムの進化とともに自動化が進み、作業効率が高くなった反面、小さなミスが大事故に波及する可能性増大。一つの「ヒューマンエラー」が発端になって、途方もない損害を生み出し、企業の経営を傾け、社会全体に大きな影響を及ぼすケースが増えてきた

2000年代

•システムの超複雑化・高度化とともに、ブラックボックス化、脆弱性が強まりつつある。

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マネジメント

現場

ヒューマンエラーのメカニズム

<ヒューマンエラーの基本的メカニズム> ①人間は初めての作業や、注意が必要な複雑な課題を行う場合、一つ一つの動作を確認しながら行う。

② いかに複雑な作業であれ、一度慣れてしまうと、ほとんど無自覚のうちに、自動的に行うようになる

“慣れ”や“過信” がミスのもと

<原因はわからない> ヒューマンエラーについては、「スリップ(実行の失敗)」や「ミステイク(計画の失敗)」など、さまざまな分類が考えられている。ただし、その原因についてはよくわかっていない。脳科学の研究者が脳波を測定・分析し、ヒューマンエラーの原因を特定しようとしても、あまりにも複雑すぎてわからないという。

原因はわからなくても、ミスの起こりにくい 環境はつくれる

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ヒューマンエラーをいかに防止するか

人間はミスをする動物である

気づく力・感性を磨く

チームを生かした安全管理

機械の操作を含め。実際に作業するのは人間。そして、人間は必ずミスをする動物である。従ってヒューマンエラーはなくならない。求められるのは、人間がエラーをするという前提でリスクマネジメントを行うことである。安全教育の徹底、ルール・罰則を設ける。指示や命令による管理。

致命的なのは手遅れになる前に気づかないということ。何か変だぞと気づいたときには、後の祭り。機械からのフィードバック情報を強化し、機械の挙動を逐次、人間に知らせる仕組みをつくり、回避の手遅れになる一歩手前で、異常に気付かせる仕掛けをつくる。

仕事と同様、安全管理もチームでする。ただし、あまりチームワークに頼りすぎると、落とし穴にはまる。「社会的手抜き」が起こるからである。

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ヒューマンエラーの元を断てるか

ヒューマンエラー対策はもちろん重要

ヒューマンエラーは複雑なプロセスの一つの結果であって、ある意味で、氷山の一角にすぎない

ただし

ヒューマンエラーを引き起こしやすい環境、 すなわち、

「組織の壁」「現場力の劣化」という構造を 組織的に解決していく必要がある

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4.どの企業にも組織の壁

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「組織の壁」とは何ぞや 一言で「組織の壁」といっても、さまざまな「カベ」がある

マネジメント

“壁” 現場

マネジメントと現場の壁

カンパニーの壁 コーポレート機能

カンパニーA カンパニーB カンパニーC

現場のなかの壁 班長 作業者

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「壁」はなぜ悪いのか

(高度成長期)「壁」が効率的だった 高度成長期の企業は、「日本型経営」を採用したことで、ヒト・カネが安定的に手に入り、「やりたい事業」を一心不乱に追求できた。右肩上がりの経済成長に加え、利益よりも売り上げが重視されたため、企業は多角化を進め、縦割りのカンパニーに権限を委譲し、“自主独創”の取り組みを進めることが、ある意味で効率的だった。

(バブル崩壊後)「壁」は内向き・閉鎖的風土の温床に バブル崩壊とともに「日本型経営システム」は崩壊。一方、経済が成長時代から低成長・安定時代に突入したことで、「壁」のマネジメントが重要になってきた。ビジネスや技術の専門化・高度化とともに、組織には自然と「壁」ができる。「壁」のマネジメントがうまくいかないと、情報共有が停滞。内向き・閉鎖的な風土が醸成される。内向きの論理が、社会とはかけ離れた風土を醸成。不正が常態化する。

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どの企業にも「壁」がある(1) 日産の無資格検査員問題

2017年9月、日産自動車の国内5つの工場で、無資格の検査員が完成車の検査を行っていたことが発覚。さらに、問題発覚後も無資格検査員による検査が続けられていたことが判明。国内出荷の停止を余儀なくされた。

<組織の壁> ・手口は、他人の印鑑の流用。監査時には無資格者を外すことで偽装、隠蔽 ・「見極め」「独り立ち」という隠語の存在 ・背景には、現場従業員の不足があると指摘されている。過大な業務負担の中で、現場の従業員は強いプレッシャーを受け、一線を越えたといわれている。「一つのミスも見逃すな」「納期遅れは許されない」――高すぎる目標が現場の疲弊を招いた。 ・コスト削減のプレッシャーもあった。日産は人件費の安い栃木の工場へ生産を移管していた ・管理職と現場の間に根深い断絶があった。経営陣は作業の実態を全く知らなかった。現場も、いってもわかってもらえないと思っていた。その結果、増産するには、検査員の増員が必要。だが何も手を打たれず。

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どの企業にも「壁」がある(2) 神戸製鋼のデータ改ざん問題

2016年6月、神戸製鋼のグループ会社がばね用鋼材の強度試験結果を改ざんしていたことが発覚。さらに17年1月、アルミや銅製品の一部で強度などのデータを改ざんしていたことが発覚した。その後の調査で不正は10年以上前から行われていたことが判明。18年3月、川崎博也会長兼社長の辞任を発表した。

<組織の壁> ・品質管理も事業部門の現場任せ。本社にチェック機能なし ・事業部門がかかえる問題を本社として把握して解決する姿勢なし ・縦割り組織の弊害、コーポレートガバナンスの欠如。 ・閉鎖的な風土。契約の遵守に対する意識が低かった。「トクサイ(特別採用)」という隠語の存在

<事業環境の厳しさ> ・素材産業は二度の石油ショックなど、数々の試練に直面した。そのとき推進力になったのは、“顧客本位”の姿勢、“カイゼン”に象徴される現場の知恵や創造・工夫 ・生産現場は業務改善や生産性向上の取り組みを重ね、品質や性能、数量、納期、コストなどの点に柔軟に対応してきた。評価が高かった。 ・人口減による国内市場の縮小、自動車など大口需要家からの厳しい値下げ要求 ・効率優先の生産計画で現場を追い込む。収益重視の経営

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どの企業にも「壁」がある(3) 川崎重工業の台車亀裂問題

2017年12月に発生した東海道・山陽新幹線「のぞみ34号」台車亀裂トラブルを契機に、台車を製造した川崎重工業が、台車の底部を基準より薄く削り過ぎていたことが判明。川崎重工業は不良台車約100台を1年以内に全車取り換えることを発表した。

<組織の壁> ・社内規定では台車枠の鋼材の削り込みを原則として禁じていた。しかし、溶接部分付近については0・5ミリまで削ることが可能だった。このため、現場の班長は削り込みを許可。しかし、0・5ミリの制限について約40人の従業員に伝えておらず、底部を平らにするために制限を超える削りが繰り返された。 さらに班長は完成した台車枠の確認をしておらず、作業の指示規定を作った生産技術部門も完成品を確認しなかった。 ・班長(現場責任者)に判断と作業を一任していた。「すべて班長の指示で実施されていた」(小河原川重常務) ・川重は「百貨店経営」で7つのカンパニーがある。主力は、重電と航空機。 ・金花社長は鉄道部門出身

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どの企業にも「壁」がある(4) JR西日本「のぞみ34号」の台車亀裂トラブル

<組織の壁> ・JR西日本は2005年の福知山線脱線事故を受けて、安全管理体制の見直しを図った。新幹線における異常発生時の独自のマニュアルを作成してきたが、安全文化は現場に浸透していなかった。

2017年12月に発生した東海道・山陽新幹線「のぞみ34号」台車亀裂トラブル。博多駅出発時に「焦げた匂いがする」という報告を受けたうえに、岡山駅では保守担当者から点検を提案されるも、運行に支障がないと判断し、名古屋駅で亀裂や油漏れが発見されるまで運行を続けた。

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いいカンパニー制、ダメなカンパニー制

理念・哲学が一体感をもたらす

・カンパニー制とは、各事業部門を上場グループ会社同様、1つの法人とみなし、責任と権限、自律性をもった経営を推進する仕組み。94年にソニーが日本で初めて導入して以来、トヨタや日立などがカンパニー制を採用している。 ・カンパニー制には、「ビジネスの加速化」や「企業内競争力の強化」、「柔軟な事業再編」「経営者の育成」といったメリットがある反面、ともすると、タテ割りのカベができることで、交流の損失、全体的なガバナンスが効かせられなくなるなどの弊害も指摘されている。 ・最近の成功例の一つが日立である。日立はリーマンショックによる経営危機の最中にあった2009年10月にカンパニー制を導入。責任と権限、自律性を持った経営の徹底によりV字回復を実現した。カンパニー制を導入しながらも、タテ割りの弊害に陥らなかったのは、強力な本社機能はもとより、理念・哲学の共有・浸透が大きいといわれる。「課題は技術によって解決する」という理念である。

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5.現場力は劣化したか

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(失われた20年)疲弊した現場 ・雇用慣行の崩壊:非正規雇用者・外国人労働者の増加 ・生産拠点の海外への移転:工場の老朽化、士気の低下 ・収益に対する過度のプレッシャーによる現場の疲弊 ・ヒト・モノ・カネの現場への投資という視点の欠如 ・団塊世代の大量退職による技術・技能の断絶

現場はさらに厳しくなる

<技術者が現場に足を運ぶ時間すらない> 人手不足や「働き方改革」に加えて、会議や書類作成などのデスクワークが増えた結果、技術者が現場に足を運ぶ時間すら失われつつある。現場で起きている事象を自らの目で見て、作業の趣旨や目的、機械の構造や仕組みなど、仕事の本質を考えることによって技術力を向上させる機会が少なくなっている(政策研究大学院大学 森地茂教授)

現場はさらに厳しくなる

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現場の改善力のいま

転換を迫られた改善活動

・日本企業の現場力を支えてきたのは、現場社員の自主的・インフォーマルなカイゼン活動(QC活動)である。 ・トヨタの現場では、1960年代半ばから、工場のラインが止まった後の勤務時間外に8~10人単位でグループをつくり、工程見直しや工具の使用法などのアイデアを出し合って、カイゼン王国を築いてきた。 ・しかし、2007年11月の「トヨタ過労死」裁判における名古屋地裁の判決をきっかけに、カイゼン活動は転換を迫られた。

“自己研鑽”から“業務へ” ・トヨタは判決を受けて、2008年6月から、時間外に行うカイゼン活動の残業代について、月2時間と定めていた上限を撤廃。全額支払う方針へと大きく舵を切った。これまで“自己研鑽”と位置づけてきたカイゼン活動を“業務”として認めたかっこうだ。

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6.トヨタの現場力は、 人間力

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うちは大丈夫か?

現場を50年歩いてる。大丈夫です(即答)

日産における品質偽装の発覚翌日、 豊田章男社長は、副社長の河合満氏に1通のメールを送った。

なぜ、トヨタ副社長は 「ウチには品質偽装はない」と即答できたのか

上から『やっとけよ』ということはあんまりなくて、つねにだれかが現場を見てる。だから、間違いなく自信を持ってました。自分でもときどきチェックしにいってますし、誰にもいわずに、ときどき、社長を現場に連れていきますから

トヨタ自動車 代表取締役社長 豊田章男 氏

トヨタ自動車 代表取締役副社長 河合 満 氏

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「現地現物」とは何か

現地現物とは ・机の上や頭のなかだけで考えたり、判断するのではなく、実際に現場に足を運び、現場で起こっていることを自分の目で確かめることを何よりも重視する文化。トヨタは創業以来「現地現物」の浸透を図ってきた

現地現物の具体像 ・「目で見るな、足で見ろ。頭で考えるな、手で考えろ」(元トヨタ自動車生産管理部生産調査室主査 鈴村喜久雄氏)。 ・「数字の読めないやつは話にならない。数字が見えない現場もいかん。だが、数字しか見ないやつが一番いかん」(元トヨタ自動車工業副社長大野耐一氏)

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・「自動車部品の実態を把握するため、部下に全国の部品、素形材の工場をまわらせるとともに、自らも東京の部品工場に足を運んで、その品質を確かめた。足を駆使した『現地現物』である」(拙著『誰も知らないトヨタ』p77) ・「トヨタでは設計者のみならず、トップが率先して現場に足を運ぶ。それは、彼らが現場の知恵と汗を評価している証拠にほかならない。創業者の豊田喜一郎は、昼夜を問わず工場を歩き回っては、現場の人たちに絶えず話しかけ、何かあると自分で実際にやってみせて、『現地現物』主義を浸透させていったといわれる。機械や製品に指先で触れてほこりがついていると、『こんなことでよい自動車ができるか』といい、また、調子の悪くなった機械の前に大勢が集まって議論しているところを通りかかるや、黙って袖をまくり、いきなり油のなかに手を突っ込んで、底にたまっていた原因の削りかすをすくいあげたこともあったという」(同書p81)

創業者・豊田喜一郎の「現地現物」

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カイゼンの本質は「現地現物」にあり

カイゼンの定着には、トップが現場に出るしかない

トップが見てくれているという安心感

・「カイゼンが定着していくためには、トップが現場に出て、日々時々刻刻出てきた問題に対する具体的な課題を与えて、確実にフォローする。これしかないんですね。経験を積んでそれなりの役職につくといろいろな知識があるので、部下の報告が7割筋が通っていると『ああそうか』といってしまう。しかし、現地現物、徹底的に自分で押さえるということが大事である」(元トヨタ自動車技監 林南八氏) ・「(大野耐一氏は)朝、現場にやってきては、問題点を指摘し、夕方また見にこられては、朝指摘したことが解決されたかどうかを、実際に見て確認するわけですな。夕方指摘したことは、翌日の朝、見に来られる。できるまで見に来る。その辺は、徹底していました」(林南八氏)(『誰も知らないトヨタ』p114)

・「(大野耐一氏らの指導は)他人を当てにせず、自分の目で確認し『自分の頭で考えろ』『早く結果を出せ』。まさに現代でいうパワーハラスメントそのものでした。しかし、大きく違うのは部下の仕事を必ず見に来るというフォローがあったことです。当時は逃げ場がなく『いじめ』のようにも思いましたが、今にして思えば、見てくれているという安心感があったように思います」(林南八氏)

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“現場叩き上げ人材”のマネジメントへの登用

現場重視のメッセージ

・トヨタの河合満副社長は中学校卒業後、トヨタ自動車の技能職養成校(現・トヨタ工業学園)で学び、1966年にトヨタ自動車工業入社。 ・溶接も鍛造をすべて手打ちこなす時代から金属加工の技を磨くとともに、工場の自動化を進めてきた。製造現場のたたき上げとして初めて役員に就任した。 ・トヨタは河合氏のほかにも、トヨタ工業学園出身の“叩き上げ”人材を専務役員に登用している(田口守氏)。これは“現場重視”への強い意思のあらわれといえる。

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“現場叩き上げ役員” の役割

グレートコミュニケーターとしての使命

会議を除いて、本社にはほとんど行かない。現場の音や匂いや空気が流れないところに行くと、感覚が狂っちゃうんです。現場で朝風呂に入って、ずーっと現場にいる

河合氏は、現場の社員から“オヤジ”として親しまれている。社長を連れて工場を訪ねると、大勢の現場社員が自然と集まってくるという。河合氏は“グレートコミュニケーター”として、マネジメントと現場のつなぎ役を果たしている。「組織の壁」を破るのがミッションである。

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“現場叩き上げ役員” は現場で何を見ているか?

作り笑い、無口が意味するもの

現場の空気をつかむ “叩き上げ役員”は、社員の一挙手一投足から、現場の空気、雰囲気を読み取る。数字やデータによって表すことのできない現場の実態を読み取り、異常の“芽”を摘み取る。

「みんな集まっているときに冗談をいったり、変な話をする。いつもちょっかいを出してくるやつが、何か作り笑いをしている。あるいは、いつもは無口なやつがえらい調子よく笑う。おかしいと思って、上司に『おい、あいつおかしくねえか』と何度も聞いているうちに、『親父さんがガンで余命いくばくもない。それで元気がない』ことがわかった。毎日現場をみとれば、そういうことがわかる」(トヨタ副社長 河合氏)

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現場の管理とはどういうことか

現場の雰囲気とは何か

現場のマネジメントとは

「現場は組織で動いている。一言いったことに対して、みんながワーッと動いてくれないと何もできない。『自分の仕事やってます、やってます』という人間をつくっても盛り上がらないし、よくならない。無口だし、大丈夫かと思うやつでも、部下からみて『あのオヤジは、ものすごい俺の面倒見てくれるし、あのオヤジがやるなら俺なんでもやるよ』という人を上げるのが間違いない」

(トヨタ副社長 河合氏)

「管理を何と心得るか……数値目標を与えてアウト、セーフ等というのは管理とはいわん。そういう行為は日本語では『監視』という。そういうくだらん事をせんでも皆が目標に向かって自発的に走るように仕組んでいくことが管理の本質だ」(大野耐一氏)

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自分の頭で考える人間を育てるには

いかに、やり切らせるか

やり切るまでフォローする

「(大野耐一さんは)考える人間を育てていたと思う。答えは絶対に言わなかった。宿題を与える時は、正解を知っていても、失敗するのを知らん顔で見ていた。大野さんはわれわれに無理難題を言った瞬間から、ご自身も考えていた。だから翌日必ず見に来られた。『なんじゃ、これは』と言って怒られることもあった。大野さんから指摘されることで、視点が欠けていたことに部下は気づく。これによって腹に落ちる。本当に考えさせて悩ませてから起こることで部下に腹落ち(心のそこから理解する)させていた」(林南八氏)

「人材育成は、体力がいる。課題を与えっぱなしでフォローせず、3カ月後に会議で罵倒するのは『いじめ』というんだと話している。やっぱり具体的な課題を与えて、やり切るまで丁寧にフォローをしなければならない……考える人間を育てることをしっかり継承しなければいけない」(林南八氏)

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現場第一線の“文句”を改革に生かす

現場の空気をつかむ ・組織の風通しを良くするためには、現場第一線から出てくる“文句”に耳を傾けることが大切である。以下は、林南八氏が組み立て工程の合理化、部品物流の合理化に取り組んだ際のエピソード ・「最初の2カ月は何も言わずに毎日朝から晩まで現場に出て観察です。顔見知りも増えてきたのでおもむろに口をきいたところ、出るわ出るわ、山のような文句…真冬のことでシャッターを開けてリフトが出入するたびに寒風がラインの中まで吹き込んできます。『このシャッターにエアーカーテンを付けてくれと頼んだが今年は予算がないといって先送りされている』。即座に改善班に飛んでいき、アングルを溶接しビニールを張って即席のパーテーションを作らせ、現地に設置させました。この一件で彼の態度は180度変わり、徹底的に協力してくれました」 (林南八氏)

一癖ある人物こそ役に立つ ・「評論家は放っておいて、本気で文句をいうメンバーを一人一人とチームに加えていきました。『なぜ一癖あるような人物ばかり集めるのか』と聞かれた時、私は『本気で考えているから文句が出てくる。こういうメンバーの方が役に立つんだ』と答えました」(林南八氏)

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強い現場をつくるのは「人間力」だ

現地現物が人間力を強くする

意識は一対一でしか伝わらない

「現場をつねに見えるようにしなさい。常に問題を顕在化しなさい。顕在化した問題を一つ一つ改善しなさい。問題解決したら、管理水準のレベルを上げていく。これを繰り返し、繰り返し、繰り返し続けていく。これによって企業の体質が強化され、携わった人間が育っていく。これに尽きる」と語る。

「大野(耐一)さんが『知恵は一対百で一対千でも伝えることができるが、意識は一対一でしか伝わらない』とよく言われました。意識は背中で教えるしかない。一人が二人を育てる。二人がまた二人を育てる。こうやってネズミ算式にやっていくしかない。霧吹きをかけるようになんべんやっても意識は伝わらない」(林南八氏)

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現場安全の基本は「自工程完結」にあり

自工程完結とは ・トヨタの河合副社長が「品質偽装がない」と言い切れたのには、もう一つの理由がある。「自工程完結」の徹底である。 ・次工程完結とは「品質は工程で造りこむ」=「悪いものは造らない、次の工程に流さない」という考え方。良品条件を徹底的に突き止めたうえで、良品条件が一つでも欠落したらラインを止める。これにより、「不良をつくるムダ」、修正などの作業のムダを抑える。

車をつくるのに必要な3万点ぐらいの部品をひとつずつ、みんなで組んでいく。最後に検査してダメでしたとなると、原因がどこにあるかわからない。だから、品質第一、工程のなかで一つずつ確実につくっていく。そして、関所ではちゃんと検査をする

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最先端技術には、 ニンベンのついた「自働化」で挑む

匠の技能を生かす ・トヨタ副社長の河合氏は、現在は「電動化、コネクテッド、自動運転など自動車産業は、100年に一度の大変革の時代」だと強調する。そして、自動化を進化させるためには、人間の力が不可欠だという。すなわち、ニンベンのついた「自働化」だ。“匠”がロボットに技を教え込むことによってはじめて、自動化を高いレベルに発展させていくことができるからである。 ・機械やロボットは自ら考え、進化するわけではない。匠の技を標準化して、自働化の進化を繰り返すのが大事。 ・具体的な事例として、河合氏はロボット書道を取り上げ、美しい字を書かせるには人(匠)の技が必要という。つまり、書道経験者がロボットに教えなくては、美しい字を書けるようにはならない。いいかえれば、“匠”の技能なくしては、ITの力を十分に引き出すことはできない。

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あえて手作業にこだわる

手作業なくして自働化なし

・技能の向上をはかるたため、トヨタはあえて手作業のエンジン製造ラインをつくり、カイゼンを積み上げて、作業をシンプルにしていく仕組みをつくっている。誰がやっても同じ作業になるようにしたうえで、自動化するプロセスを基本として徹底する。 ・同ラインでは「徹底的に手作業にこだわれ」ということで、60代の高技能者と若手社員を組み合わせて、技能伝承を図っている。

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最先端技術といかに向き合うか

技能とは感性である ・機械が壊れているのを見抜くのが『技能』」(トヨタ副社長 河合氏)。センサーや検査機器が正常に作動しているかどうかを確かめるためにも、五感による確認が不可欠。機械にまかせることは許されない。品質のいいものをつくろうとすれば、人間の感性のレベルを高めなくてはいけない。 ・「計器を使えば大丈夫だと思ったら大間違い。いつの間にか正確ではなくなっているかもしれないし、壊れていたらどうなるか」 機械に任せたら、それ以上の進歩はない ・機械やロボットが自ら考え、進化するわけではない。匠の技を標準化して、自働化の進化を繰り返さなくてはいけない。 ・「IoTや機械を道具として使うのはいいけど、全部任せたらそれ以上の進歩はない。クルマは手でやっているし、手で行う作業を自動化しているだけで、機械が『こうやるといいよ』っていって直してくれることはない。機械に使われるようになったら、それ以上の進歩はない」(トヨタ副社長 河合氏)

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「最終センサーは豊田章男だ!」

・安全や品質は、経営の最重要課題である。マネジメントの官能が効かなくなってくると、製品やサービスの質が落ちてくる。つねに高いレベルのことを考え、さまざまな課題に気付くことのできるトップマネジメントなくして、品質レベルや安全レベルの向上は望めない。

マネジメントの感性が重要

最終センサーは豊田章男だ!

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若手をいかに育てるか

技能交流会の開催 ・現場で働く社員にアンケートを取ったところ、各分野の高技能者ナンバー3は、60代の定年間近の人ばかりだった。「これはいかん」と思った河合氏は、高技能者を育てるための取り組みをスタートさせた。その一例が、技能交流会である。

2つの原則 ・技能交流会の参加者は、技能系の社員全員。各工場で予選会を行い、優秀な成績を収めた社員が全社大会にでる。新人から班長クラス、組長クラスの社員が技能を競い合う。そこで優秀な成績を収めた社員を集めて、1年間、厳しい教育を積ませて、国内外の工場に派遣してラインをつくらせたり、モノや道具を自分でつくらせたりする。 ・河合氏は、育成には2つの基本があるという。まず「自分より高いレベルの人を超せ」その後「自分を超えるやつをつくれ」だ

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トヨタ工業学園の役割

トヨタ工業学園とは ・トヨタ工業学園は、旧トヨタ自動車工業が1938年に設立した豊田工科青年校が前身で、卒業生は、累計1万8000人を超える。中学を卒業したばかりの生徒たちは、最初の一年間、寮生活が義務づけられ、集団生活をベースに社会人としての良識や正しい勤労観が教え込まれる。同じ釜の飯を食べながら、ものづくりに求められる協調性やチームワークを身につける。

カイゼンの思想を叩き込む ・一年次で全員共通の基礎実習を受け、技能の基本を徹底して学習する。基礎実習の講師は、現場の第一線で活躍するトヨタの社員。 ・二年次からは、専攻科に分かれて、将来の仕事に直結する技能専門コースを受ける。二年次、三年次は、実際に工程を体験し、「カイゼン」の思想をみっちり叩き込まれる。 ・卒業生は、トヨタ入社後、班長、組長、工長と出世する過程で、それぞれの立場で部下を指導し、技能を伝承する役割を担う。生産現場の5人に1人が学園卒業生で、国内外の生産拠点を支える原動力になっている。

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チームワークをどのように生み出すか

社内駅伝大会 ・改善を評価して報奨金を出す制度をつくり個人的な成果を高める一方で、チームの和を生み出す工夫をおこなっている。その一例が、戦前からつづく社内駅伝大会。約600チーム、4500人が参加し、3万4000人が応援する。一人ひとりが何かにかかわっている。つながりが何か問題が起きたときに力を発揮する。

「おい、頼むよ」といえる関係 ・生産現場には「三層会」と呼ばれる職制別団体がある。技能員は職制に応じて「EX(エキスパート)会」「SX(シニアエキスパート)会」「CX(チーフエキスパート)会」に入会し、新会員研修会、懇談会、交流会などをとおしてコミュニケーションを深める。 ・狙いは仕事を離れた人間関係づくりにある。行事を通して皆が一緒の方向をむき、課題を共有し合う。これにより、同じ層の連帯感、絆がつくられていく。何かトラブルがあったときに「おい、頼むよ」といえる人ができるきっかけになる。

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7.レジリエンス・ エンジニアリングに学ぶ

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レジリエンス・エンジニアリングとは何か

うまくいっていることに学ぶ ・「レジリエンス・エンジニアリング」とは、南デンマーク大学のエリック・ホルナゲル教授が提唱するコンセプト。 ・伝統的に、安全は「物事が悪い方向へ向かわない状態、すなわち、危険を防ぐ」こととして定義され、失敗事例を教訓として生かし、事故などの良くない状態の低減が図られてきた。 ・一方、「レリジエンス・エンジニアリング」は安全について、「物事が正しい方向へと向かうことを保証する、すなわち、うまくいっていることから学ぶ」アプローチである。

「勝ちに不思議の勝ちあり」の解明 ・「レリジエンス・エンジニアリング」では、複雑な現場の安全を支えている暗黙知を抽出し、「見える化」することで、成功事例を増やしていくことに主眼が置かれる。 ・いいかえれば、「勝ちに不思議の勝ちあり」の不思議さを解明していくことで安全性を高めるアプローチといえる

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複雑かつ高度なシステムの安全

複雑なシステムを制御する

・レジリエンス・エンジニアリングの基本は、「きわめて複雑なシステムが計画外の事態や想定外の事態に直面しながらも、マンパワーやモノ、時間、情報など、限られたリソースを使って、柔軟に対応できるのはなぜなのか。その秘密を科学的に解明し、システムが安定的かつ柔軟に機能できるように制御する」こと

(大阪大学 中島和江教授) ノンテクニカルスキルの重要性

・安全性向上のヒントは現場の中に詰め込まれている。 ・医療現場では、専門的な知識や技術など「テクニカルスキル」はもとより、コミュニケーションやチームワーク、リーダーシップ、状況認識、意思決定、ストレス管理、疲労対処などの「ノンテクニカルスキル」が重要だということがわかってきた。「ノンテクニカルスキル」は、医師や看護師が無意識のうちに実践してきたノウハウで、いわば体験によって習得された「暗黙知」である。

(大阪大学 中島和江教授)

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チームワークの重要性

なぜチームワークが重要なのか

・比較的単純なシステムでは、進むべき方向性や目標が明確で、トップダウンで物事が進められるため「チームワーク」は必要ない。メンバーが時計が時間を刻むように、ルールやマニュアルを忠実に遵守し「クロックワーク(時計のような正確さ)」を実践すれば、安全を確保しつつ、システムの目標を実現できたからである。 ・しかし、現場の複雑性が高まれば高まるほど、システム自体の脆弱性は増しており、その脆弱性を「チームワーク」によって補強する必要が出てくる。 ・想定外の自体が頻繁に起こり、進むべき方向性すら明確に定められないようなカオス的な環境のなかでは、各メンバーが「チームワーク」を発揮して、状況を一つ一つ一つ的確にん認識し、意思決定を積み上げていかなければならない。すなわち、ルールやマニュアルに頼ることができないからこそ、高度な「チームワーク」が不可欠になる。(大阪大学 中島和江教授) 56

現場のリーダーをどう考えるか

全員が「リーダーシップ」を身につける ・従来、リーダーシップとは、リーダーの偉大なる個人的資質と考えられてきた。しかし、この意味でのリーダーシップは、きわめて複雑なシステムの制御には役立たない。(大阪大学 中島和江氏) ・複雑なシステムでは、危機的状況に直面した場合でも、疲労やストレスに対処しつつ、チームのメンバーの能力を考慮に入れながら、相互に支援する。持てる力を最大限に引き出すことが重要になる。これは、メンバー全員に求められる力であることから「リーダーシップ/フォロワーシップ」とよばれている。

(大阪大学 中島和江教授)

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8.幸福な組織をつくる

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大切なのは、不幸な社員をつくらないこと 「岡崎工場を考えればわかるように、そこは非常に狭い社会なんですね。子どもは同じ学校に通い、奥様方の交流もあります。そうしたなかで、『あなたのやっていることは間違っています』ということは、非常に取り上げにくいという面が、現実にはあると思うんです」 「間違いを犯した、ミスをした従業員は、とても不幸だと思うんですね。家族にとっても不幸だと思うんですよ。『あなた間違いをしましたね』と社会から糾弾されるというのは、従業員も家族もたいへん、奥さんや子どももたいへんです。すると、間違いを犯す従業員をつくらない仕組みづくりというアプローチが、きっと一番いいと思うんです。あなたを責めているんじゃないんだと。あなたを不幸な目に遭わせたくないから、われわれはいろんな手を尽くすんだというアプローチ以外にないというのが、じつは私の個人的結論なんですね」

三菱自動車 代表取締役兼CEO 益子 修 氏

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不幸を未然に防ぐ仕組み

『あなた間違いをするかもしれませんね。だから、あなたのやっていることは信じませんよ』じゃなくて、『あなたが間違いを犯したら、あなた自身にとって、とても不幸ですよ。家族もつらい思いをしますね。それを未然に防ぎましょう。それにはどうしたらいいでしょうか』というアプローチしかきっとないだろう

三菱自動車 代表取締役兼CEO 益子 修 氏

三菱自動車は「不幸な従業員をつくらない」ための仕組みとして、国内外のすべての工場の完成車検査工程において、指紋認識機能付きタブレット端末を導入し、検査データの改ざんの余地をゼロにする計画である

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社員を幸せにする会社とは

失われた強み、よさに新たな光を ・「組織の壁」をマネジメントし、「強い現場」を復権させるには、バブル崩壊後の“失われた20年”の間に捨ててしまった強みや良さにもう一度光を当てて、新たなかたちで取り入れていく必要があるのではないか。 ・例えば、かつての日本企業の一体感の源泉であった“家族主義”は過去の遺物ではなく、北米や欧州の一部を除けば、きわめてグローバルなコンセプトといえる。新たな絆をつくることで、「組織の壁」を低くすると同時に、強力ななチームワークによって「強い現場」をつくるきっかけにすることができるのではないか。

グラン・ファミリア・カンパニー ・自動車の重要保安部品を製造する大川精螺工業の大川直樹社長は、メキシコでの仕事の経験から「グランファミリアカンパニー」というコンセプトを打ち出している。 ・「日本企業の多くは、家族経営で成長を遂げてきました。社員は朝から夕方まで、一日の多くの時間を会社で過ごしています。だから、人々の関係性がすごく大切です。人間の本質にはウェットなところが少なくありません。アメリカナイズされたドライな会社をつくりたいという思いもありますが、日々のコミュニケーションを重視した、家族のような会社をつくることが大切だと思います。」(大川精螺工業 代表取締役社長 大川直樹氏) 61

ハピネスは計測できる

ウェアラブルセンサーで行動を計測・分析 ・日立製作所中央研究センター技師長の矢野和男さんは、ウェアラブルセンサーによって人間行動を計測、分析。AIによる解析によって、幸福感に伴う身体運動の特徴パターンを発見。ハピネスを常時定量化することに成功した。

ハピネスの高い組織は生産性が高い ・矢野氏によると、ハピネス度が高いほど、生産性が向上。つまり、幸福感が業務のパフォーマンスに大きく影響する。実際、コールセンターでは、オフィス従業員のハピネスが受注率に大きく影響を与えていた。 ・幸福感や楽しさを得るためには、背伸びしてこそ達成可能な挑戦可能な目標が必要。ただし、挑戦レベルが高すぎると不安や危機感が先立ち、視野が狭くなり、能力も発揮されなくなる。 ・業務中の雑談も意味をもつ。スーパーバイザーと業務中に適切なコミュニケーションをとることが、休憩中に雑談が弾む職場づくりに寄与する。それが従業員のハピネスを高めて、受注率を高めていた。 62