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比較文化論における比較軸(1):

比較文化へのディメンジョニスト・アプローチ

第 1章 イントロダクション

A.小論の目的、方法、構成

背景。現代は改めて、各国間での文明・文化の違いが鮮明に現れ、問題を引き起こし

ている時代にあると、言って良いのではないだろうか。具体的には先ず、2001 年の 9.11 同

時多発テロとそれに続くイラク出兵、更にそれに続く米英と一部回教国との対立に代表さ

れる紛争が発生・継続している。更に、その原因となっているものが、イスラエルと周辺

回教国との対立であり、これは 1948-49 年の第 1 次中東戦争から現代まで継続している。

その一方で、地球温暖化という大問題に対して米国・他の先進諸国・途上国の間で合意が

得られていない。翻って日本を見てみれば、価値観を失い・それを求める人々がオウム真

理教に代表される新興宗教に集まり、非人間的な事件を引き起こしている。そして、価値

観は文化と密接に結びついている。これらへの救いを求める気持ちの現れなのであろうか、

世界中で、文化多元主義論と異文化コミュニケーション論が花盛りである。

歴史的に見れば、野田(2006、p.17)は「歴史の大転換期には“文明”論が浮上する

ことが多い。明治初年の日本では、福沢諭吉によって『文明論お概略』が著された。第 1

次大戦が終わった年には、ドイツの O.シュペングラーが『西欧の没落』第 1 巻を発表し、

西欧文明の没落を予想した。さらに第 2 次大戦を挟んで、イギリスの A.トインビーが『歴

史の研究』10 巻を世に問い、文明単位での歴史観を展開した。これらの前例に倣うかのよ

うに、冷戦の終結後まもなく、アメリカの政治学者 S.ハンティントンが文明の問題を取り

上げ、米中の衝突に始まる文明戦争のシナリオまで描いて見せた」という。

目的。以上のように現在我々は、各国間での文明・文化の違いを理解し、それらの間

の望ましい関係を検討することが、再度重要なテーマとなってきている時代に居るように

おもわれる。文明の違いの研究もいずれ進める計画であるが、この小論では先ず、文明の

基底にある文化から出発する。この小論は、各国間の文化の違いを理解する枠組みを構築

することを目的としている。1 更に、その枠組みは極力数量的分析の結果に依拠して組み

立てることを目的としている。

方法。前記目的を達成する方法としては、文化の違いを扱った文献を検討する。即ち

方法は、文献分析である。更に、この小論は文化の違いを理解する枠組みをつくる方法と

して、極力、数量的アプローチを重視する。今までの文化論は、理念的・概念的アプロー

1 長期的には、各個人間の文化または価値観の違いを理解する枠組みの検討も考えたい。

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チが中心であり、各著者による恣意性が懸念され、その実証性に弱点があったと思われる。

その欠点を補うために、筆者は客観的・数量的理解を中心に枠組みをつくりあげたいと考

える。作り上げる方法は、既存文献のなかで数量的に文化の違いを扱った文献の比較考察

である。今までも、文化にかんして、ある程度の数量的研究がなされてきたが、最近、総

合的で本格的な数量的研究とそれらの報告書が出版されてきた。この小論は、これら最近

の文献を比較検討し、統合した文化理解の思考枠組みを作る。

次に、その枠組みと経済・社会発展との関係を、文献から抽出する。この関係が、い

ずれ文明と文化とをつなぐ働きをしてくれることを期待している。しかし、それは先の話

しであり、本小論は枠組みと経済・社会発展との関係の検討までで終了する。

小論の構成。上記のように目的と方法を設定した。それに従い、この第 1 章の残りで

は、簡単に文明と文化の関係を検討する。この小論の主内容である 2 章以下では、対象を

文化だけに絞る。第 2 章では、文化の比較への数量的アプローチを一般的に検討する。第 3

章では、数量的アプローチIとして、ホフスティードの“仕事の文化軸”を検討する。第 4

章では、数量的アプローチ II として、イングルハートの価値軸を検討する。これらを受け

て、第 5 章では、現時点でのまとめとして文化比較のための当面の思考枠組みを提言する。

但し、この枠組みはあまり深い検討の結果ではなく、又、今後他の数量的研究の考察を計

画しており、それらの結果としてこの枠組みが変更される可能性が十分高い。これらの理

由により“当面の枠組み”と呼んでいる。

B.文化と文明の関係:文明は文化によって受け容れられる

文明と文化の関係を、佐伯(2003)が技術=文明という観点から明快に述べているの

で、以下に引用し、彼の主張を受け容れる。2

「近代技術という“文明”には、決して“意味”は含まれていない…技術には“機能”

はあるが、“意味”はない。汎用性はあるが、その汎用性に具体的な意義を与えるの

は、それぞれの“文化”がもつ“意味”なのである。…ある技術がある社会で使用さ

れるのは、その社会の“文化”によって、特定の仕方で意味付けがなされなければな

らないだろう。技術という“文明”は、あくまで“文化”による価値付与と一体とな

って初めて、ある社会に定着していく」(佐伯 2003、pp.224-225)

類似の考え方を、前川(1994)が、既存文化(文明)による外来文化(文明)の受容

という観点から論じている。彼は文化と文明は区別せず同じものとして扱っている。前川

は、内部の既存文化は「外部の文化システムを取り入れながらも、既存の内部の文化シス

テムの連続性を維持しながらそうしてきた…。ある(外部の)文化の事物は、異なる文化

システムにもたらされた場合には異なる意味を担う」と主張している(前川 1994、

2 この本の有用性を指摘してくれたのは、橋本日出男氏であり、深く感謝したい。

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pp.109-110、括弧内は筆者による挿入)。ここでの彼の主題は、既存の内部文化(文明)は、

必要に応じて外部の文化(文明)を受け容れながらも、維持・持続される、という主張で

ある。

第2章 文化の比較軸への数量的アプローチ:イントロダクション

先ず、人間の共通特性に関して、いままで合意されてきていると思われるいくつかの

前提仮説を採用する。これらの仮定の上に行われる分析が、以下で述べる因子分析である。

第 1 仮説:人間と他の動物を大きく区別するものは、概念形成である。すなわち、

動物は基本的には本能(あるいは遺伝子)によって行動する。これに対

して、人間の特徴は、ものを考え、考えた結果を概念として蓄え、その

概念世界に依拠して、認識し・考え・判断し・行動するところにある。

第 2仮説:文化の違いは、この概念集合の違いとして把握できる。

第 3 仮説:しかし、これら一つ一つ異なった概念集合の基礎には人間共通のシステ

ム(因子システム)が存在する。この因子システムで出来上がる空間の

なかのどこに位置するかが、一つ一つの文化の違いを表す。

文化の国際間比較に関して、数量分析的研究がかなりなされるようになった。例えば、

日本においては、林(1993)、真鍋(1999)、真鍋(2006)、山岡=李(2006)、などがある。

又、日本だけの計量文化研究には NHK 放送文化研究所(2004)、野村総合研究所(2004)、

などがある。いずれそれらも検討して、小論の数量分析結果の耐久性を高めたいと思う。

しかし当面は、それらの中でも、最近出版され本格的で総合的と目されている以下の4著

を基礎文献として採用し、これらに依拠して、文化を理解する枠組みを構築する。4著と

は、ホフスティードa(Hofstede,1980)、とホフスティードb(Hofstede,1991)、イング

ルハート(Inglehart,1997)イングルハート=ウェルゼル(Inglehart and Welzel,2005)、

である。このように、4著ではあるが実質は3人の研究者による研究である。これらを以

下の章で、国家間の文化の違いを計測するという観点から検討していく。自分たちの仕事

を、ホフスティードは文化比較と呼び、イングルハートは価値観比較と呼んでいるが、内

容は同じことを意図していると考えてよいであろう。

彼らは方法として、いずれも因子分析に依拠している。いずれも先ず、世界各国の人々

へのアンケート調査を行い、その結果に対し因子分析を行い、人間の認識・判断・好み・

価値観などの裏に隠された共通基本因子をいくつかを抽出する。次に、それらの因子が作

り出す空間のなかでの各国の位置を計測して各国間の文化の差異を計測する、という研究

である。このようにいくつかの因子(factor)が空間を定義し、その一つ一つの因子が空

間の軸(ディメンジョン、dimension)を定義する。この結果、因子分析を使って文化の違

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いを研究する人達はディメンジョニストと呼ばれている。この小論はこれらディメンジョ

ニストの研究結果を検討する。

いろいろな因子分析方法があるが、典型的な方法(直交軸法)では、これら因子はお

互いに独立である。基本因子の一つ一つは、マイナス1(2でも 100でも良いが例えば1)

からプラス1までの尺度を持つ。ここまでが、因子分析である。これ以降は、因子分析の

結果を使った、文化の分析である。まず、因子の一つ一つを軸と呼ぶ。これら多数の軸に

よって生み出される多次元空間の中に、各国即ち各文化は位置付けられる。3 この人間に共

通な空間のなかのどこに位置するかが、一つ一つの文化の違いを表す。

4基礎文献のうち最初の 2 文献はどちらもホフスティードの研究である。次の 2 文献

はどちらもイングルハートのイニシアティブによる研究の一環であるので、以後イングル

ハートで代表させる。上記の如く、両者とも因子分析を行っているが、両者は異なった質

問表、異なった被験者を対照としたデータ・セットを分析しており、その結果一見異なっ

た因子を抽出している。ホフスティードは、IBM被雇用者の態度・考え方の調査データ

に基づいて国民文化の違いを分析している。一方でイングルハートは、価値観システム(一

般大衆が、子供に教えるべき重要な価値と考える、価値のシステム)と近代化に関するデ

ータを集めて分析している。

第3章 数量的アプローチI:ホフスティードの“仕事の文化軸”と経済発展

A.はじめに

この章の目的は、ホフスティードの“仕事に関する5つの文化軸(dimensions of

culture、以後仕事の文化軸)”について、(1)先ずその内容と科学的根拠を批判的に検討

し、(2)それら文化軸によって測定できる国家間の価値・文化の違いと経済発展との関係

を考察する、の二点である。

ホフスティードの分析・主張を取り上げる根拠は以下の 2 点である。第 1 にホフステ

ィードは、国を単位として世界の文化・価値意識を数量的・統計的に分析・比較すること

を、多分世界で初めて行った。彼は、彼の最初の出版物 Hofstede(1980)以後、類似の数量

的な価値観・文化分析が行われるようになったが、それらは彼の5軸(次節B参照)を実

証的に支持していると、主張している(Hofstede 1991,p.ix)。少なくとも、彼の主張はそ

の後の研究者へ、ポジティブ・ネガティブ両面での影響を与えているはずである。このよ

うな先駆者とその影響力いう意味で、先ず彼の主張を取り上げる意義がある。第2に彼の

分析・主張は、仕事にかかわる価値だけを扱っている。これは、ユニークなデータである

し、我々の日常活動のうち、最も重要な分野である仕事活動を扱っている。4

3 但し、各文化がある軸に対してもつ値は、-1から+1の範囲を超えて+2(又は-2)と

か+4(又は-4)とかの値を取りうる。 4 次章のイングルハートの価値軸は、仕事を含むより一般的な価値を取り扱っている。

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彼は、仕事における価値を比較するためには、国を単位として文化の差異を理解する

必要があるとし、文化の差異を比較するために、“折衷方法(eclectic analysis、後に説

明する)”で、5文化軸を抽出し提言した。5文化軸の論拠は、Hofstede(1980,1991)に集

約されているので、この小論はこれらを考察の対象とする。これらを読んでみると、彼は

折衷方法のあとで、更に比較指標(index)と言うものを設計し、これら指標を使って、世

界各国の文化を比較していることがわかる。この章では、先ず彼の主張を簡潔に紹介し、

次にそれを批判的に検討する。

定義。今までこの小論は、文化と価値を定義せずに、同じようなものとして扱ってき

た。先ず用語を定義する必要がある。ここで、彼が使っている定義を紹介しておく。彼は、

価値と文化を、次のように定義し区分する(Hofstede 1980,§2、以後この節の中では

Hofstedeを省略し 1980と呼ぶ)。一つの価値(a value)とは“ある状態を、他の諸状態よ

りも大切と思うような、傾向”と定義する(1980,p.19)。価値(values)は人間の 3 レベ

ル(個人、国に代表される集団、人間全体)に渡って定義できるが、特に人間個人のレベ

ルに関わるものを価値と定義し(1980,p.28)、3 レベル全体に関わるものを現すときには、

“広義の価値”または“精神の枠組み(mental programsまたは mental programming)”と

呼ぶ。文化(culture)とは集団(国)レベルと関わっている精神の枠組み(広義の価値)

である、と定義する(1980,pp.13,28)。

B.ホフスティードの研究目的とその結果

彼の研究の目的は、仕事に関する各国間の文化の差異を測定するための軸を抽出し、

それを使って各国間の文化の差を測定することであった。なぜならば、その差が仕事の効

果・効率に影響を与えるからである。彼への調査委託者は IBM であり、調査の被験者は世

界の多数の国の IBMで働いている IBM職員である。

彼が結果として抽出した仕事に関する文化軸(これらを、彼は“指標”と言う形へ変

形し、再定義している;軸と指標との関係は後で説明する)は以下である。これら 5 軸が

各国の間の仕事に関する文化差を最も良く反映し(最も大きな分散を説明し5 )、軸はその

差への影響力の強さ(分散への説明力)の順に並べてある、と彼は主張している(1991,

pp.49-54, 79-87, 109-129)。

第1軸:権威主義(power distance):(図 3.1参照);

最小の権威主義(≡指標が 0 点≡労働者が上司を怖がらない、上司に反論も

する、上司に依存しない)から最大の権威主義(≡指標が 100 点≡上司への

反論を怖がる・しない、上司に依存・服従する)までの尺度6;

5 次のC節参照。 6 但し 100 を超える場合もある。理由は、0~100 に指標の尺度を設定した後で、新しい国や

測定指標の新しいデータが加えられ、その結果それが 100 を超えてしまう場合があるためであ

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第2軸:個人主義(individualism):(図 3.1参照);

集団主義(≡0点)から個人主義(≡100点)までの尺度;7

第3軸:男性的(masculinity):(図 3.2参照);

女性的(≡0点≡相手をいたわるという価値、妥協による解決)から男性的(≡

100点≡競争と成功という価値、戦いによる解決)までの尺度;

第4軸:不確実性忌避(uncertainty avoidance): (図 3.3参照);

不確実性を避けない(≡0点≡不確実性を受け入れる、ストレスなし、違った

ものは面白い、どうしても必要な規則以上の規則は不要である、変わった・

新しい考えを受け入れる)から不確実性を忌避・回避する(≡100点≡規則を

守ることが重要、変わった・新しい考えは危険である)までの尺度;

第 5軸:長期志向(long-term orientation)または儒教志向(Confucian orientation):

短期志向(≡0点≡伝統への尊敬、短期的利益への期待、面子を保つという価

値、正義・真実へのこだわり)から長期志向(≡100点≡近代的状況へ伝統を

適応させることが大切、時間のかかる成果を耐えて待つ、社会的・地位上の

義務には限度があるという考え方、徳=virtueへのこだわり)までの尺度。

C.データセットと分析方法

1.全体

このC節では、上記の 5 軸はどのようにして抽出され、どのように証明・正当化され

ているのか、を検討する。この証明・正当化プロセスは非常に複雑である。5軸の証明・正

当化は、殆ど Hofstede(1980)によって為されているので、これを検討する。

彼は各国の文化差を説明するために最も基本的な軸は何か、を追及し抽出した。軸の

抽出方法として、折衷方式(eclectic analysis)を採用した(1980,p.76)。即ち彼は、第

1段階として先行文献と論理を使って理論から軸を抽出する方法を採用した。第 2段階とし

て、初期のアンケート調査のデータに因子分析を使い実証的に軸を抽出する方法を採用し

た。この二つの方法を使い(折衷して)、結論として上記の労働での価値に関する5軸が最

も文化差の説明力が高く基本的な軸であるという主張を出した(特に 1980,p.84)。更に第

3 段階として、この 5 軸を代表する5指標(index)を定義し、これら指標を使って、各国

間の文化比較を行った。

2.データ

データとしては、3種類のデータを使用し(1980,pp.54)、それらは以下である。(1)

る(Hofstede 1991, pp.166-167)。 7 Hofstede は第 1 と第 2 軸とを区別しているが、後で述べるように因子分析の結果は、第 1

と第 2 軸は同じものである、と結論している。

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7

IBM8 被雇用者を対象とし態度調査(attitude survey)。これが主データである。1967

から 1973 年の間に何回か、66 カ国のIBM子会社の被雇用者へ調査を行った(1980,

pp.54-55)。調査目的は、IBM本社と各子会社間で、お互いの意図が誤解なく伝わるよう

にするための基礎調査であった。彼がこれらの調査を委託され実施した。その調査項目の

中に、各国被雇用者の文化・価値観にかかわる調査項目が沢山含まれていた。彼は、この

仕事に関する文化・価値観にかかわる部分を利用して、国際文化比較の分析を行った。こ

の結果、彼は文化≒価値比較のための 4個の軸(因子)を抽出した(以下で詳述する)。(2)

彼は、上記IBMの標準質問表を使い、完全に異なった被験者から第 2のデータを集めた。

即ち、1971-1973年の間に何回か、スイスのローザンヌにある有名な IMEDA Business

School9 への参加者からデータを集めた。彼は、この完全に異なった被験者から、同じ 4

軸が得られたと主張している(1980, p.54)。(3)Hofstede and Bond(1988)に報告された

データと分析がある。かなり異った質問項目を、完全に異なる被験者に対して行い、20 カ

国の学生に対し、その結果を分析した。これが、第 5軸を作り出した。但しこの場合、第 4

軸は消滅した。

2-a.IBMデータ

先ずIBMデータを記述する。最初の標準質問表は、1966-67年に作成され、180の標

準質問を持っていた(1980, p.57)。1967年 6月に最初の調査が 6カ国で実施された。但し、

この調査結果は、質問項目が最終質問項目からかけ離れているので、1980 は文化分析デー

タには含めなかった。1967年 11月には、第 2の調査が行われた。これとこれ以後の調査は、

分析データに含まれている。183 項目の質問を 26 カ国(アジア、ラ米、太平洋諸国)の全

職員に対して、4 ヶ国語を用いて調査した。次に本格的な調査が 1968、1969、1970 年に実

施され、欧州・中近東のマーケティング・中央管理・工場部門の被雇用者(マネジャーク

ラスも含む)への調査が行われ、これで殆どの子会社がカバーされた。どの子会社も最低 1

回は調査され、全部で、53カ国 6万人の被雇用への調査がなされた。言語は、最終的に 18

ヶ国語で調査が行われた(1980,pp.57-59)。これらが、第 1ラウンドの調査と呼ばれる。

以上とは別に、米国本社と米国内支社について、上記国際標準調査票に基づき、別な

機会に調査がなされ、分析に追加された。10

第2ラウンド調査では 4回の調査(1971,1972,1973及び 1974年)が行われ、製品開発・

マーケティング・管理の諸部門の職員を対象として行われ、製造工場職員は対象とされな

かった。1974年調査は文化関連質問が省かれているので、Hofstedeは分析に使用していな

い。第2ラウンドでも、約 6万人が調査され、そのうち約半分は第 1ラウンドの被験者、

8 1980は、匿名性を保つために、これを HERMES社と呼んだが、1991では正しいIBM社名を

使用している。 9 Institute for Management and Development. 10 調査された国名と使用言語は、1980(p.62, Fig.2.2)に掲載されており、勿論米国・日本・欧

州諸国・途上国が含まれている。但し当然のこととして、社会主義諸国は含まれて居ない。

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図 3.1 仕事に関しての権威主義軸と個人主義軸の文化地図上の各国

出典:Hofstede(1991, Fig.3.1、p.54)。

(注1)ホフスティードの文化地図。各国の名前は、付録A参照。各国は綺麗に右上から

左下への直線関係を示している。右上が途上国グループで、左下が先進国グルー

プであることが判る。左下では、権威主義が弱く、個人主義が強い。右上では、

権威主義が強く、集団主義化強い。各国が直線的に並んでいるということは、国

レベルで両価値軸間の相関が高いことを意味する。

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図 3.2 仕事に関しての男性志向軸と権威主義軸の文化地図上の各国

出典:(Hofstede 1991,p.87,Fig.4.2、図 2参照)

(注1)ホフスティードの文化地図。男性性の価値軸(縦軸)は、100(図の下方向)で男

性性が強く、0(図の上方向)で女性性が強い。権威主義軸(横軸)とは独立なの

で、当然両軸間の相関は見られない。

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図 3.3 仕事に関しての不確実性忌避軸と個人主義軸の文化地図上の各国

出典:Hofstede(1991,p.129,Fig.5.2)。

(注1)ホフスティードの文化地図。不確実性忌避軸(横軸)は、100(図右方向)で不確

実性を忌避する価値観が強く、0(図左方向)で忌避の程度が弱い。個人主義軸(縦

軸)は、100(図下方向)で個人主義的価値観が強く、0(図上方向)で集団主義

的価値観が強い。

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約 2 万人が第 1 ラウンド後の新規採用者、約1万人が第 1 ラウンドで対象とならなかった

職種と国の職員であった(1980,p.61)。国の数が増えて 66 カ国となり、言語は同じ 18 言

語で調査された。

更に、上記のIBMデータ・セットに加えて、Hofstedeは 1971年にユーゴスラビアで、

60 中核項目と殆ど同様な質問項目をもった調査を行うチャンスを得た。このデータも、分

析に加えられた。これが、唯一の移行国データである。従って、調査対象国は全部で 67カ

国となったが、被験者数不足のため 26カ国は、彼の分析から除かれた。分析対象とされた

残りの 41カ国は、日本・米国を含む先進国と途上国を含むが、旧社会主義諸国はユーゴス

ラビア以外は含まれていない(1980,pp.61-62)。11 第 1ラウンド(1967年 6月調査を除く)、

第 2ラウンド(1974年を除く)、米国調査、ユーゴスラビア調査の結果全てが、分析対象デ

ータである。重複を除いた純被験者数は約 8.8万人である。

2-b.IBMデータの質問項目

1970年までの因子分析は、3種類の質問項目について別々に行われた。3種類とは以下

である:(1)満足に関わる質問 54項目;(2)経営に関わる意見の質問 50項目;及び(3)

文化に関わる質問 42項目で、これらは好み(preferences)、価値(values)、信条(beliefs)

に関わる質問である(1980,p.61,p.66)。各々の種類は、更に5種類の被験者別に因子分析

が行われた:(1)フランスの技術専門家;(2)英国の技術専門家;(3)英国の事務職員;

(4)英国の非熟練製造職員;(5)日本の非熟練製造職員(1980,p.61)。重要なことは、

60 中核質問項目は、これら 5 種類の被験者別(文化別)の諸因子分析を基にして選択され

ており、各国間(文化間)分析12 は為されておらず、当然のこととして各国間分析は質問

項目の選択にも関わっていない、点である。

最終的に、標準質問表は 1971年に完全なセットとして標準化され(1980, p.403)、各

国共通質問項目は 160項目に減らされた。それ以後の 1971-1974(第2ラウンド)調査では、

IBM社の必要により質問項目は改変されたが、質問項目のうち 60項目は中核質問項目と

して維持された。13 それらに加えて、66質問が選択ではあるが調査が望ましい推薦項目と

して、選定された(1980,p.61)。これら合計 126項は、以下の 4種類に分かれる(1980,p.66)。

(1)満足に関わる質問:仕事に関しての満足度、選好度。通常 5 段階の 1 段階選択

(例えば、1=非常に満足から、5=全く不満までの 5段階から一つを選ぶ);

(2)認識に関わる質問:仕事状況に関わる主観的な判断・認識。例えば、仕事に関

わるストレスの度合い(1=常にストレスを感じるから、5=一度も感じたこ

とが無い、まで);

(3)仕事に関する自己の目標・信念に関わる質問:IBMとは関係なく、理想とす

11 これらの国は Hofstede(1980,p.62,Fig.2.2)に掲載されている。 12 生態学的分析(ecological analysis)とも呼ばれ、ある国の被験者の回答を国別に平均し、

その平均値を使って、各国(各文化)間の文化因子の分析をすることを指している(1980, p.61)。 13 60 項目の詳細は、Hofsetede et.al.(1976)に詳しい。

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12

る仕事についての考え、あるいは仕事の一般的問題に対する信念・望み。例え

ば、一般的に、職場労働者間の競争について、1=非常に害悪を及ぼすと思う

から、5=害悪を及ぼすとは全く思わない。更に、一般的に仕事からの収入は

どの程度重要か、一般的にいって仕事の内容は自分の仕事にとってどの程度重

要か、などの質問が含まれる。

(4)被験者の特性に関わる質問:国、年齢、性別、教育を受けた年限、IBMでの

被雇用年数、など。

これらの中から、彼は文化比較分析のために、44質問を使用した:(1)満足質問を1

質問;(2)認識質問を 14;(3)目標・信念質問を 25(この中の 14 質問が被験者個人の

仕事での目標に関する質問であり、彼はこの 14質問を最重要視している)14 ;及び(4)

特性質問を 4。この 44 質問から、回答の不安定性を理由に認識質問から更に 5 質問を排除

し、残り 39質問で、因子分析を行った(1980,pp.74-75及び Fig.2.5)。これら 39のうち、

彼は各国間の文化≒価値の違いを分析することを目的としているので、仕事目標質問が最

も重要であると考えて分析している(p.66)。

2-c.IMEDAデータ

1971-1973年の間に何回か、IMEDA Business School15 への参加者からデータを集めた。

被験者数は、36 カ国にあるIBMとは全く関係の無い会社の 362 人のマネジャー・クラス

の人々であった(1980,p.68)。質問数は 17項目であった。質問の内容は、14個の仕事目標

に関する質問、1個の達成感のある仕事は重要かという質問、1個の“上司の意見に反対で

あると表現することへの恐怖”があるかという質問、1個の“自分に望ましくない仕事へ飛

ばされないという保証があるかどうかは重要か”という質問、であった。

2-d.Hofstede and Bond(1988)のデータ

残念ながら、このデータに関する文献を入手できなかった。いずれ入手し検討したい。

3.IBM結果の部分分析1:理論からの2軸の抽出と測定法

先ず彼は折衷方法の二方法のうちで、第 1 段階の理論軸を重視した。これは通常、研

究方法として当然である。理論なくして実証はありえない。16 彼は過去(1976年以前とそ

れ以後)の理論と調査研究結果を利用して、2軸を抽出した(1980,p.76)。17

14 Hofstede(1980)は p.66 では 63 質問を使用すると述べているが、そこから色々な理由で質

問を 44 項目に減らした(pp.74-75,特に p.75 の Fig.2.5)。

別なところでも述べているように、Hofstede は、国間の文化≒価値分析のために、44 項目

の中で、仕事目標に関わる 14 質問を最重要視している。これらは、Hofstede(1980,pp.403-404)

の付録1で、A5-A18 として掲載されている。A5・A18 等は、質問のコード番号である。 15 Institute for Management and Development. 16 しかし、後に検討するように、彼の場合、実証結果を理論によって捻じ曲げるきらいがあ

り、この点に問題があるように見うけられる。 17 他の二つの軸、個人主義と男性性の軸は、以下の因子分析で抽出された(1980, p.82)。

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13

先ず、権威主義の軸(power distance、上司との関係に関して、権威的上下関係が強

いのか、あるいは隔たりが少ない関係なのか、に関わる意見)を抽出し、権威主義指標を

作成した。この指標は、3 個の質問を合成して作る:(1)どの型の上司と働きたいか、と

いう質問(1=決定において権威主義的、命令的で、明快で早い決定をする上司、から4

=決定において、部下を集め会議を開き、討議を奨励し全員合意を目指し、通常その多数

意見・全員合意に沿って決定する上司、までの 4段階)(質問 A54)18;(2)“貴方の今の上

司は、A54の上司のタイプのどれに最も近いですか”という質問(A55);(3)“上司の意見

に賛成しないことを発表することを恐れますか”という質問(1=非常にしばしば恐れる

から、5=恐れることは全くと言えるほどない)(B46)。

次に、不確実性忌避の軸を抽出し(p.77)、その指標を 3 個の質問で作成した:(1)

仕事中に神経質(nervous)になる頻度はどの程度ですか、という質問(1=常時なってい

るから、5=全くならない)(A37);(2)この会社(IBM)であと何年ぐらい働くと思いま

すか、という質問(1=最長でも 2 年から、5=定年まで)(A43);(3)IBMについて

ではなく“一般的な貴方の意見として貴方は、会社にとって破ることが望ましい場合でも、

会社の規則は決して破られてはならない”と思いますか、という質問(1=全くそう思う

から、5=全くそう思わない)(B60)。19

4.IBM結果の部分分析2:部分的因子分析による追加 2軸の抽出と測定法

彼は各国間の文化≒価値の違いを測るために目標・信念質問が最も重要と考え、この

質問だけ(A5-A18 の 14 質問)を因子分析した(1980, p.82)。国間に関する因子分析のた

めに、全ての質問に関して回答を規準化(standardized)し、国別の平均値を使用した。20

その結果から、彼は個人主義-集団主義と自我志向-社会志向の 2 軸を抽出し、これらを

個人主義軸と男性的軸と命名した。これらについての各国の指標は、それぞれの軸(≡因

子)への各国の因子得点(factor score)で計測する、と彼は決定した(1980, p.82)。以

上の部分分析で 4 個の軸が抽出されたが、二つの異なった抽出法・測定法が採用されてお

り、あまり望ましいことではない。

5.IBM結果の全体分析:全体データを使った因子分析による4軸の実証

5-a.全体データと計算手順

今までに特定されたIBMの全データとは、1967-1973年に調査、41カ国*39質問の

18 この“A54”などのコードは、Hofstede が、その付録で使用している質問項目のコード番

号である。 19 これら 3 個の質問を検討すれば明らかなように、これは奇妙な軸である。これらの質問は

不確実性忌避とは殆ど関係ない。最初の二つの質問は、今の職場でストレスがあるかどうか、ま

たは快適と感じているかどうか、を表している。他方で、第 3 の質問は、善悪を問わず規律を

守るかどうか、を表している。このように、ホフスティードには、解釈の恣意性という問題があ

る、と筆者は考える。 20 このよう各国平均値による分析を、彼は ecological analysis と呼んでいる。

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データ、純被験者数 8.8万人である。Hofstede(1980)は、これから 1カ国を減らし 40カ

国とした。これをベースとして、彼は基本的に以下の二つの因子分析を行った。

5-b.48変数に対する斜交回転(oblique rotation)による因子分析

ここで彼は、39質問に関して更に、以下のような加工を行った:(1)3質問をデータ

化する過程で 7 データに増やし(+4)、(2)部分分析で提言した 4 軸に関して作った合

成指標を各国に関し計算し、それらの指標を追加し(+4)、(3)被験者が調査者の期待

している答えを回答するという傾向を消去するために、彼が最重要視している仕事目標 14

項目に関する各国の平均値を追加した(+1)。その結果、39質問は 48変数に加工された。

21 これらに対し、40 カ国のデータを使い、48*48 の相関行列を計算し、斜交回転因子分

析が行われた(1980,p.82)。ここでは、複雑で、統計的に少々問題が残る方法(1980,

pp.82-83)で分析しているので、これ以上の詳細は避ける。

5-c.32変数に対する直交回転分析

上記分析ではデータ加工に問題があったので、質問を元の 39質問に戻し、そこから(1)

特性質問は文化・価値変数ではないので、その 4質問全てを削除し、(2)上記の斜交回転

分析で、それほど意味のある因子負荷量を示さなかった 3質問(B61,B25,A52)を削除した

(1980,p.83)。その結果である 32 質問について、32*32 の相関行列を作り、斜交回転を行

ってみたが結果は芳しくなかった。

次に方針を変えて、同じ相関行列で、3 因子までの直交回転(orthogonal rotation)

による因子分析を行った。最終的に彼はこれを使用した。その結果が、以下の表 3.1 であ

る(1980,pp.83-84)。3 因子によって 49%の分散が説明されており、これはそれほど悪い

説明力ではない。因子負荷量は、-1から+1までの間の値を取る。これが通常の主因子解

法で解かれているならば(そこまでの詳しい記述はHofstede 1980には無いが)、因子負荷

量はその因子と各変数との相関係数を意味する(朝野 2000、p.60)。

5-d.結果の解釈とその批判的検討

第 1 因子は、各変数から推測し、ホフスティードは、個人主義(彼の第 2 軸)と最小

の権威主義(彼の第 1 軸を裏返したもの)の合成因子と解釈・命名しており、これは良さ

そうである22。これによって、彼の第 1軸と第 2軸(の裏返し)が実証された。合成因子と

21 これら(1)(2)(3)は統計学上、問題が残る加工である。故に、次の因子分析では、

これらの加工を全て削除している。 22 ここで、因子(factor)と軸(dimension)という用語は,殆ど同じ意味で使用されており、

それで問題はない。因子は因子分析方法で決まっている、-1から+1の間をとる 2極値型の統

計値であり明確な規定が存在する。ただ、因子は通常、2軸を持つ 2次元グラフで表現されるの

で、軸や次元とよばれることもある(朝野 2000、p.60)。特にホフスティードの場合は、後で、

各国文化をこれらの因子で分析するにあたり、因子得点(-1と+1の間の数値を取るとは限ら

ず、それより大きかったり、小さかったりする)をそのまま使用せず、因子得点を1から 100

の間の数値へ変換するか、または因子を代表する別な指標を作りその値が 1から 100の間の数値

を取るように設定している。即ち彼の場合は、因子得点そのものを使わないので、因子と類似で

はあるが、異なる新しい統計量を“軸”と呼ぶほうが、因子得点と区別するために便利である。

ただ不思議なことに、通常、“軸”への変換後の統計量は-100から+100の間の数値にし、2極

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15

表 3.1 3因子とそれらへの各変数の因子負荷量(負荷量絶対値の大きい順)と説明力

因 子

負 荷

変 数

コ ー

変数名

第 1因子(factor 1、24%の説明力):個人主義と最小の権威主義の合成因子

0.82 A18 Importance of personal time

0.82 B53 Earnings are more important than interesting work

0.78 B52 Corporations no need to take care of health and welfare of employees

-0.76 A55 Your manager being dictator type

0.75 B46 Employees not afraid of disagreeing to the managers

0.74 A54 Desire to work with manager who accept the majority opinion of employees

0.69 B59 Staying in one company for long years being undesirable

0.63 B56 Employees should participate more in managers’ decisions

-0.62 A12 Physical working conditions being of utmost importance

-0.61 A9 Training being of utmost importance

0.59 A13 Freedom in your work approaches important

0.59 B55 Employees don’t lose respect to consultative managers

0.59 B24 Prefer foreign company to work with

-0.58 A17 Full use of your skill and abilities being utmost important

第 2因子(factor 2、13%の説明力):男性的な因子

-0.71 A16 Good relation with your manager important

0.68 A7 High earnings important

-0.67 A8 Want to work with people who cooperate well with one another

0.60 A11 Want the recognition when you do a good job

0.54 A5 Challenging job or sense of accomplishment in job important

-0.53 A6 Important to live in area desirable to you and your family

-0.51 A14 Employment security being important

第 3因子(factor 3、12%の説明力):不確実性忌避の因子

0.76 B60 Company rules should not be broken

0.62 A37 Having high stress frequently

0.59 A43 Want to work with the company for long term (till retirement)

0.56 B9 Prefers specialist career rather than manager career

値型の変数で表現するが、彼は+1から+100という 1極型で表現している。理由は不明である。

更に、通常は因子得点を変換して使うことが望ましいにもかかわらず、一部ではあるが、H

ofstede (1980)は、因子得点とは異なる、類似だが別な統計量を作成して分析している。これも

望ましいことではない。

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-0.50 B57 Individual decisions better than collective decisions

0.49 B44 Prefer manager of own nationality

0.49 A58 High overall satisfaction with the present company

0.46 A15 Opportunity for higher level jobs important

0.45 B54 Competition among employees harmful

-0.35 A10 Good fringe benefit being of utmost importance

出典:Hofstede(1980,pp.83-84)を基にしている。しかし以下の注参照。

(注1)上表は全変数(質問)を表示していない。負荷量が小さくあまり意味の無い変数(質

問)を、第 1因子から 3個、第 2因子から 6個、第 3因子から 2個、筆者が、省略し

た。

(注2)又、変数(質問)名とその説明が、本文と付録(pp.403-410)のデータ説明とで異

なるので、データ説明の方と一致するように変更した。それでも、質問 A12,A9,B9,A58

と因子の関係は理解し難い。

(注3)更に、第 3 因子の解釈・命名(不確実性忌避)は非常に良くない。むしろ、開発経

済学のなかの二重経済モデルが定義する“伝統部門の価値”と定義したほうが適切と

思われる。ここで、伝統部門の価値とは、保守的・共同体主義的・農村的・権威主義

的・外人嫌い・生存優先などで代表され、それの対極にある“近代部門の価値”は、

進取的・個人主義的・都市的・平等主義的・外人(新しいもの)好き・合理的・私利

最大化優先などで代表される。無理に弁護してみるならば、伝統部門価値は不確実性

忌避的であり、近代部門価値はリスク・テイキング的であるから、不確実性忌避は当

たらずとも遠からずの命名なのかもしれない。

(注4)第 2因子は、男性的因子という命名でも良い。しかし別な解釈・命名も考えられる。

例えば、メリット志向・闘争志向(その対極は人間関係志向・生活の快適性志向)の

因子という解釈・命名がありうる。

(注5)A43と A58は完全に矛盾しているが、その説明が無い。

(注6)筆者には、Hofstede(1980)は因子分析をよく理解していないのではないか、という

懸念がある。

いう意味は当然、第 1 軸と第 2 軸(の裏返し)は、相関しており、かつ因子分析の観点か

らは分離できないほどの相関性をもっていることを示す。このことを、1980 は十分理解し

ているにもかかわらず、彼は、この二つは理論的に、概念的に異なった軸であるから、以

後も別な二つの軸として扱うと結論する(1980,p.84)。これでは、単に理論を優先したこ

とになり、理論どおりに変数を準備したら理論通りの軸が出ましたよ、というトートロジ

ーに近く、何のために実証分析をしたか判らなくなってしまう。むしろ、因子分析の結果

を重視し、一つの合成軸にすべきであった。実証科学の常道から言えば、彼はむしろ“自

己の理論仮説が実証により否定されたので、理論仮説を捨て、実証が指し示す合成軸を仮

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説として採用する”という態度を取るべきであった。これが、科学の論理的実証主義の常

道であろう。

多分、第1軸の権威主義(または、権力者とその部下との間での権力的な距離が大き

いこと)は、彼が“仕事にかかわる”文化軸を抽出しようとした結果生まれたと思われる。

即ち仕事関連の特別な軸であり、文化一般の各国間の違いを測定するためには、むしろ第

2軸の個人主義 vs集団主義のほうが適切な軸、または一般的な軸なのであろう。第 2軸の

裏返しで軸が出てくるので、軸の名前としては、集団主義(個人主義の反対極)軸と命名

することが適切と思われる。この考え方を延長すれば、次の節で検討するイングルハート

は、より一般的に価値・文化一般の各国差を分析するので、合成した軸として個人主義軸

(又は集団主義軸の裏返し)を主張するはずである。

我々がこの軸を使用して分析するときに、必要とあらば、この中を二つに分け、権威

主義と純粋集団主義の副軸(sub-dimensions)とに分けて、対象国を分析すれば良いと思

われる。

第 2・3因子は、それぞれ男性的因子・不確実性忌避因子と命名され、それぞれ第 3軸

と第 4 軸の存在を証明したことになる。第 3 軸(男性的軸)と第 4 軸(不確実性忌避軸)

は、直交回転の結果得られて第 2・3因子によって決定されている。従って当然、第1・2

軸の合成軸と第 3軸と第 4軸とはお互いに完全独立で、相関関係は無いはずである。

これで、4軸の実証は出来、第1と第2は相関が高いから合成軸にすべきであるという

問題以外には、4軸を否定するほどの根拠は見当たらない。従って、1・2 軸が合成され、

全体としては 3 軸が実証された。残る第 5 軸は、以下で検討する第 3 種のデータによる実

証によって初めて抽出される。

以上の Hofstedeの分析で、いくつかの問題が存在する。まず、変数の設定に関して問

題が存在する。(1)先ず、変数間の重複がいくつかある。これはその変数が代表している

価値・文化を強調する結果になる。ならば、その強調の根拠が必要であるが、Hofstede(1980)

はその点を無視している。(2)使用した 32変数が、必ずしも適切なシェアーで、4軸へ配

分されているとは思えない。本来は、色々なシェアーで、沢山の因子分析を行い、安定的

な因子が出るようなシェアーを捕まえた上で、最終因子分析をすべきであろう。(3)軸(ま

たは因子)の命名に関しても、少々無理なこじつけをしているのではないかという違和感

がある。命名は研究者の価値バイアスが直接表現されるものであるから、ここでの違和感

はその論理性に問題があるのではなく、彼と筆者の価値観の違いから来ると解釈すること

も出来る。更に、価値論争は非生産的であるから、ホフスティードの命名を其のまま使用

して、先へ進む。

5-e.第 2種(IMEDA)データによる実証

Hofstede(1980,p.85)は、IBMデータが、ある国の中産階級の文化・価値を代表して

いると主張したい。それを証明するために、IMEDAでデータを集めてみた。そのデータ結果

をIBM結果と比較してみると、少なくとも部分的にはIBMデータと同じ各国間の差が

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計測できたと、彼は主張している(1980,p.85、pp.68-69)。しかし、その詳細が示されて

いないので、彼の主張が正しいかどうかを検討することが出来ない。

5-f.第 3種(Hofstede and Bond,1988)データによる実証

このデータとその分析の面白さは、結果的に西洋の文化・価値と中国(東洋)の文化・

価値との比較になっている点である。23

背景。Hofstede(1991、以後 1991のみで表示する)は、これら比較文化の調査者・調査

設計者の西洋文化偏向(bias)に気づいている。なぜなら、全ては西洋人によって設計さ

れ、分析されたからである。1991(Chapter 7)は以下の例を挙げて、西洋と東洋の考え方

に根深い違いがあると主張している。

「ネパールの人類学者プラダン博士は、1987-88年の 10ヶ月間、オランダのシューン

レオアワド村のフィールド調査をした。彼はヒンズー教徒で、約 1500 人の村民はカ

ルビニスト・プロテスタントの教徒であった。…彼を招待した村人たちは常に、彼が

何を信ずるか?を問いかけた。彼にとっては、これは思いもよらない質問で、そのと

き彼はこれに対する直接的な答えを持っていなかった。彼は“この村の全ての人は、

信ずること(believing)について話をしている。私は全く困惑した。私のネパール

では、ヒンズー教徒は、貴方は神を信じますか?という質問は全くしない。(ネパー

ルでは)神を信ずるべきではあるが、それよりも、貴方が何をするか、が最も重要な

のです。”と彼は述べている。」Hofstede(1991,p.159)。

彼の心配は、IBMの標準質問表にのっていないような、東洋独自の価値観・考え方が存

在するかも知れないという点であった(p.160)。

中国偏向質問表と調査。この問題を調べるために、Michael Bond24 は、香港・台湾の

中国人研究者の協力を得て、10 個の中国文化の価値を代表すると思われる(即ち中国文化

へ偏向した)質問 40項目(Chinese Value Surveyと呼ばれている)を作成した。勿論、先

ず中国語で作成され、次に英語をふくむ 9カ国語に翻訳された。質問の中には、例えば“子

の親に対する孝心(filial piety)”といった、西洋人には奇異に思える項目が含まれてい

る(1991,p.162)。40の中国質問とIBM質問項目を比較すると、直接的に同質な質問はほ

んのわずかしかなかった。

1980年代に25、 この中国質問表を使い、先ず 22カ国で、次に中国本土が加えられて合

計 23カ国で、各国 100人の学生(各国で比較的レベルが高いと思われている大学の学生で

23 但し、かなり強引な解釈を行っているように見受けられ、前の脚注のどこかで述べたよう

に、Hofstede and Bond(1988)を、再吟味する必要がある。 24 カナダ人だが 1971年以降ずっと東アジアで働いている研究者。1991年時点で香港の中華

大学の研究者。 25 Hofstede(1991,p.160)参照。又、Hofstede(1991,p.173,Endnote 2)は、“この Chapter7 は、

Hofstede and bond(1988)を、最大限利用している”と述べている。

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男女半々)にたいして態度調査がなされた(1991,pp.161-2)。26

分析結果。この結果を分析した結果、4個の軸(dimensions、これらをA~D軸と呼ぶ)

が抽出された。そのうち 3 個は、IBM分析結果を解釈して作った 4 軸(本小論の 3 章B

節参照)の第 1 から第 3 軸との相関関係が認められた。残る 1 個は新しい軸であり、IB

M分析結果の第 4軸は現れなかった(1991,pp.162-4)。

先ず、調査 23カ国のうち、20カ国はIBM調査と重なっているので、比較をすること

が出来る。IBM軸上の各国の因子得点(factor score)と中国軸上の因子得点を使い、

相関関係を分析すると、中国のA軸(必ずしも第 1軸とは規定されていない、単なるA軸)

は、IBMの権威主義の軸と強く相関しており、更に集団主義(個人主義の反対極)軸と

もかなり相関していた。B軸は、かなり個人主義(集団主義の反対極)軸と相関しており、

かつ非権威主義(権威主義の反対極)軸とも少し弱いが相関していた。27 C軸は、男性的

軸だけとかなり強く相関していた(p.162)。

5-g.中国 4軸の解釈とその批判的検討

以下で、中国 4 軸を説明し、それらを批判的に検討していく。この部分は日本文化と

も関わっており興味深いトピックであるので、少々詳しく検討する。

誠実・高潔の軸:第 1の軸。先ず、中国分析での最大(第 1)の軸はB軸であった。こ

れは、IBMの個人主義軸と相関している(p.163)。B軸は“誠実・高潔(integrity)”

軸と命名され、以下のような価値を代表した。

*寛容(tolerance of others);

*他人との協調(harmony with others);

*競争するな(noncompetitiveness);

*一人の親密な友人を持て(a close, intimate friend);

*信頼されるべし(trustworthiness);

*人生における自分の位置に満足せよ(contentedness with one’s position in life);

*他者と連帯せよ(solidarity with others);

*保守的であれ(being conservative)。

IBMの個人主義の反対極は集団主義である。中国のB軸の反対極は、以下の価値で代表

された。

26 1991(p.166)の Table7.1 に23カ国のリストがある。日本・米国を含めた先進国、アジア

諸国が多く、アフリカは2カ国、ラ米は1カ国、中近東諸国はゼロ、である。 27 この結果は、IBMと異なり、興味を引く。即ち、IBM結果は、第 1・第 2 軸とを統合

し一つの軸を設定すべきということを示唆している。これに対して中国質問の結果は、これらを

別な二つの軸として抽出している。問題は、中国 2 軸が、IBMの 2 軸両方とかなりの程度で

相関していることである。この点から、筆者は少々、中国データの分析結果に、疑念を覚える。

Hofstede and Bond(1988)を詳細に再検討する必要がある。

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*子の親に対する孝心(filial piety: obedience to parents, respect for parents,

honoring of ancestors, financial support of parents);

*女性たちの貞操(chastity in women);

*愛国主義(patriotism)。

筆者から見ると、これは非常に不思議な軸である。この軸を見ると、両極とも同時に成立

するものばかりである。両極がお互いに何も矛盾しない。これを1つの軸といえるのであ

ろうか? もしも両極が、IBM 軸のように個人主義と集団主義なら、お互い対立しており、

同時成立はありえず、どこか1点に決定される。因子分析はこのように計算されるはずで

ある。即ち1つの軸と考えることができる。中国の第 1 軸のように、両極が両立しうるも

のを軸と呼ぶことは、誤りではないかと思われる。計算手順に問題があったのかもしれな

い。

倫理的規律の軸。IBMの権威主義極は、より強力な人々への依存の必要性を代表してい

る。これに相関している中国のA軸は“倫理的規律(moral discipline)”軸と命名され、

以下のような価値を代表した。

*少しの欲望しか持たない(having few desires);

*中庸であり、中間の道を選ぶ(moderation, following the middle way);

*自分を何かに囚われないようにし、純粋に保つ(keeping oneself disinterested and

pure)。

IBMの非権威主義極は、独立の必要性を代表している。一方で、中国A軸の倫理的規律

の反対極は、以下の価値を代表した。

*状況への適応性があるべき(adaptability);

*思慮分別があるべし、または用心深くあるべし(prudence or carefulness)。

この軸に関しても、上記と全く同じく、両極が同時成立できる。故に、筆者は1軸として

捕らえることに違和感がある。更に以下の中国軸の全てについて、同じことが言える。こ

れに関係して、Hofstede(1991,p.162)はこの両者の違いを以下のように解釈した。西欧

的な解釈はこの軸の権力面を捉えている。一方で東洋の解釈は、各人の権力の状態によっ

て異なる価値観を持つべきことを示唆する:権力を持つ者は、権力に見合った大きさの自

己規制(restraint)を持つべきであり,権力を持たない者は、用心しながら注意深く行動

すべきである28。

28 この部分の結果、そして Hofstede(1991)の結果の解釈は非常に興味深い。第 1 には、比較文

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21

人間的な心の軸。これは、IBMの男性的軸と相関していた。中国のC軸は、“人間的

な心(human heartedness)”の軸と命名され、以下の価値で代表された。

*忍耐を持て(patience);

*礼儀を持て(courtesy);

*親切・寛大さ・同情心を持て(kindness, forgiveness, compassion)。

これの反対極は、IBMでは“女性的”極である。中国では、以下の価値で代表される。

*愛国主義(同じ価値が上記の誠実・高潔軸の反対極としても出てきている);

*正義感。

この反対極は、高位の目的(愛国心、正義)への服従を強調している(1991,p.164)。

3つの軸に関する結論。1991(p.162)は、第 1-3軸について、以下のように解釈して

いる。IBM結果と中国結果が相関している 3 軸に関して、それらを構成している質問項

目を比べてみると、類似性があまり見られない。従って、IBM3軸と中国3軸とは、両

者共通の価値体系(value complexes)の西欧的解釈と東洋的解釈を表している、と考える

べきである。そして、両者の解釈・判断は、反対になることもありうる。それらの違いは、

意識的に選ばれたと言うよりは、むしろ歴史的履歴の結果として選ばれたようである

(p.162)。

両者共通あるいは人間全体に共通するものとして、3軸は全て社会的な行動決定に関わ

っている。即ち、以下のように解釈できる:第 1軸は、上級者(senior)または下級者(junior)

に対する行動決定に関わる軸;第 2軸は、群れ全体(group)に対する行動決定に関わる軸;

第 3 軸は、性別に関わる行動決定に関する軸。これらは、西欧・東洋または他の文化全て

に共通な問題であり、人間共通の問題と考えてよく、単に各文化がこれら共通の問題に対

して、それぞれ独自の判断(価値基準)を持っている、と考えられる(1991, p.164)。

批判。上に述べられてきた中国軸とIBM軸との相関に対する解釈について、筆者の

当面の反応は以下である。(1)先ず、中国軸はIBM軸とは非常に異なっている。この両

者を、相関係数だけで無理につなぎ合わせているが、これは無理があるように思える。(2)

従って、中国の諸軸は、慎重に扱い、先ずは全く別な軸と仮定して一つ一つ吟味すべきだ

と思われる。(3)中国の諸軸は、何か偏っているように思え、総合性に欠けているように

見える。即ち、一部何かが抜け落ちているように思える。又、中国軸は、どれも似ている

ように思える。即ち、IBM軸で設定された大きな文化・価値軸のある一面だけに集中し

化研究の複雑さを示唆している。即ち、意見の類似性は、必ずしも価値観の類似性を示している

とは限らない場合がある、と言うことを示唆している。第 2 には、ホフスティードの解釈その

ものに、西欧的偏向のにおいが感じられる。東洋人なら、違う解釈をするのではないか、という

示唆である。この分野の更なる研究は、非常に面白いことを発見するかもしれない。

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て、その細部を分析しているように見える。即ち、部分的・詳細的である。更に、中国軸

とその命名は、明快さにかける印象がある。(4)いったいIBM軸のどの軸の詳細を、中

国軸は検討しているのかは判らないが、乱暴に仮説を立ててみれば、むしろIBMの第 4

軸“不確実性忌避”の詳細なのかもしれない。これは、全くのあてずっぽうであるが、理

由はIBM第 4 軸はむしろ“伝統・保守”軸であり、中国軸の大部分は古い伝統的な価値

を代表しているように、筆者には思えるからである。(5)IBM軸の両極と比較して、中

国軸の両極は共に両立できるように、あるいは両極が別な価値を別々に代表しているよう

に見える。即ち、両極が矛盾せず、従って1つの軸と定義できないように思える。(6)中

国軸もIBM軸も、それらの命名と解釈が、あまり適切でないように思える。しかし(7)

人間の社会的行動の必要への対応として文化がある、という上記結論でのホフスティード

の考え方は、筋が通っているように思える。

IBM分析の第 4軸は中国分析には存在しない。第 4軸とは、Hofstede(1980)が“不

確実性忌避”軸と名づけ、筆者が“伝統価値”軸と名づけた軸である。更に、

Hofstede(1991,Chapter5, pp.109-137)はこの軸を“真実探求(man’s search for Truth)”

29 の軸と再解釈し、中国質問表作成に協力した中国人研究者達は、“真実(Truth)”の探

求が重要な価値だとは、思いつかないのであろう、これは、この5-e項の冒頭で紹介し

たネパールのプラダン博士の場合も同様である、と述べている(p.164)。

この主張に対する、筆者の当面の反応は以下である。(1)ホフスティードが問題にし

ていることは、質問表の中で、必要な質問項目が抜けていたと思われる点である。これは、

十分ありうることである。すなわち、質問表に無ければ、当然軸は出てこない。(2)“Truth

の探求”がないという彼の主張は、かなり言い過ぎと思われるが、西洋人である彼がこの

ように考えた、ということは興味深い。(3)この点は、上記“(中国)3つの軸に関する結

論への批判”における筆者のコメント(4)で述べたように、IBM第4軸全体を、中国軸は

取り扱っているのかもしれない。もちろん、これは間違う危険性がかなり高い仮説である

ので、更なる検討が必要である。

中国分析の第4軸。これは、Bondによって“儒教的自然力動説(Confucian dynamism)”

と命名され、IBM分析には全く存在しなかった軸である。理由は、上記IBM第4軸の場合

のちょうど逆で、IBM質問設計者達が、そのような価値の存在に気づかず、質問を作らなか

ったことにある(p.164)。この名前の由来は、この軸の主な内容が孔子の教えに代表され

る儒教の価値観を表している、と思われるためである。この軸は長期志向と短期志向との

両極からなっている、と Hofstede(1991)は解釈する。この軸の長期志向極と短期志向極は、

以下の価値によって代表された。

29 Truth とは、大文字の Truth であるので、たぶん神(彼らの場合はキリスト)又は絶対真

理のことだと思われる。

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長期志向極:

*持続せよ、または忍耐せよ(persistence or perseverance);

*身分によって他者との諸関係を秩序立て、この秩序を順守せよ( ordering

relationships by status and observing this order);

*倹約(thrift);

*恥を知ること(having a sense of shame)。

短期志向極:

*個人として、着実であり、安定していること(personal steadiness and stability);

*自分の“面子”を保持・維持せよ(protecting your “face”);

*伝統を敬え(respect for tradition);

*挨拶・厚意・贈り物を互恵的に行え(reciprocation of greetings, favours, and

gifts)。

筆者には、これら両極がなぜ長期極と短期極という対立極として解釈できるのかが、理解

できない。繰り返しになるが、これら両極を代表する価値のどれもが両立でき、対立する

ところは無い。即ち1軸とは言いがたい。この問題を解消するために、Hofstede(1991,

Table7.2, p.173)は、両極がお互いに矛盾する形式で、両極を書き直している。しかし、

それは質問表として調査されておらず、彼の単なる解釈に過ぎない。このような問題を知

りながら、彼は重要な軸として、IBM4軸の加えて、これを文化・価値比較のための第

5軸と決めた(p.164)。

6.結論としての3軸の決定:文化比較のための当面の枠組み

以上の検討の結果、筆者の当面の結論は、IBMデータの因子分析から抽出された3

軸は、ある程度使え、それらを再度命名しなおすことが良いのではないか、というもので

ある。質問が仕事に関するものであるから、全ての軸は“仕事に関して…思う”と言う形

で、仕事に関する軸であることを、明示したほうが良い。また、合成された指標値ではな

く因子得点(factor scores)を利用したほうが良い。中国軸は、非常に興味深いが、まだ

質問表設計と分析の信頼性が不足なので、今回はむしろ軸として採用しないほうが良いの

ではないか、と考えられる。即ち、ホフスティード研究から抽出できる、文化比較のため

に枠組み(軸)は、以下の3軸にまとめられる。

第1軸≡仕事に関して、個人主義、あるいは非権威主義(+100)vs.集団主義、ある

いは権威主義(-100)の軸;

第2軸≡仕事に関して、男性志向、またはメリット志向、または競争志向(+100)vs.

女性志向、または生活快適性志向、または人間関係志向(-100)の軸;

第3軸≡仕事に関して、不確実性忌避志向、安全生存志向、伝統価値志向、あるいは

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保守的(+100)vs. リスク選考志向、合理的・私利追求志向、近代価値志

向、あるいは進取的(-100)の軸。

ただし、中国軸の分析は、東洋と西洋文化の比較分析に将来役立ちそうな、今後のいろい

ろ豊かな研究の可能性を沢山含んでいる。さらに、これは筆者の仮説であり、それほど確

立したものではない。従って、以下ではホフスティードはこれらと異なった枠組みで、分

析を進めている。

D.文化地図と経済発展

1.測定指標と文化地図

上記3軸を使って文化比較のための地図(文化地図)を作ることが出来る。問題は第

1軸(個人主義と最小の権威主義の合成因子)である。これは Hofstedeの第1と2軸とを

合成したものであるから、各国別の因子得点が Hofstede(1980,1991)に表示されていない。

従って、上記5-c項で述べたように、この第1軸を地図上の落として使用するときは、

その中を二つの副軸(sub-dimensions)に分け、“仕事に関しての非権威主義”という第1

a副軸(Hofstedeの 1980と 1991の power distance軸と同じ)と、仕事に関しての個人主

義という第1b副軸(individualism軸)とに分けて、対象国を分析するしかなく、当面は

そのようにしておく。第2軸は、“仕事に関しての男性志向軸(masculinity 軸)”と呼び、

これはホフスティードと同じである。第3軸の命名は難しい。今までの因子分析に使用さ

れた質問項目をみる限りでは、非伝統志向軸と呼ぶことが最もふさわしいと筆者は考える。

しかし、以下に示されるように、この軸の測定指標は沢山の質問のうちのわずか3質問を

利用して作られている。その結果、因子の意味が変形し(その良し悪しは別として)、ホフ

スティードが使用している軸名と同じ不確実性忌避軸(uncertainty avoidance軸)と呼ぶ

ことが適切になってしまっている。しかも彼は、以後の分析は、全て(因子質問項目では

なく)この指標のほうを使用しているの。従って、以後はこの第 3 軸の名前は、ホフステ

ィードと同じとし、“仕事に関しての不確実性忌避軸”と呼ぶこととする。ここにも、因子

を加工して指標化するということの問題点が現れている。

ホフスティードの測定指標。これら4軸に関する各国の得点(score)をなるべく正確

かつ簡便に計測するために、Hofstede(1991)は以下のような4指標を因子分析の結果か

ら開発した:非権威主義軸には権力距離指標(PDI≡Power Distance Index、1991、p.25)

というものを開発し測定した;個人主義軸には個人主義指標(IDV≡Individualism Index、

p.53);男性志向軸には男性志向指標(MAS≡Masculinity Index、p.83);そして不確実性

忌避軸には不確実性忌避指標(UAI≡Uncertainty Avoidance Index、p.111)、である。こ

れらと因子分析の質問項目との関係を以下に説明する。データでカバーされた国は、50 カ

国プラス複数国を集めた 3地域の 53国/地域で、それぞれの得点が計算された(p.24)。53

国/地域は、付録Aにリストされている。

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第 1a軸の得点を計測する、仕事に関する権力距離指標は、マネジャーと部下の労働者

の間の権力距離が非常に大きい場合に 0 点で、非常に小さくお互いに言いたいことが遠慮

なく言える場合に 100 点となる指標である。上記表 3.1 の第 1 因子の中にある下記 3 質問

が均等なウェイトで加算(減算)され、値が 0 から 100 の値を取るように調整したもので

ある。但し、指標決定後新たに追加された国の場合は 100点を超える場合がある(p.25)。

(1)B46: Employees not afraid of disagreeing to the managers(プラス極質問);

(2)A55:Your manager being dictator type(マイナス極またはゼロ極用の質問);

(3)A54:Desire to work with manager who accept the majority opinion of employees

(プラス極用の質問)。

第 1b軸の、仕事に関する個人主義指標は、集団主義(批判を許さない忠誠心と引き換

えに、集団が 1 人のメンバーの出生から死亡までを保護し面倒を見る価値観;訓練・職場

の物的環境・自分の技術を使えることが重要といった価値観;がこの極に集まる)が 0 点

で、個人主義(自分自身及び家族の保護と面倒は集団ではなく、それぞれの個人が責任を

負うという価値観;個人の時間・自由・新しいことへのチャレンジが重要といった価値観;

がこの極に集まる)が 100 点となる指標である。質問は、表 3.1 には部分的にしか掲載さ

れていないが、A5-A18 の“仕事における目標”に関する 14 質問(1980,Appendix 1 に全

質問のリストが掲載されている)である。これら 14質問を統計処理して、個人主義指標と、

次の男性志向指標の 2指標を作っている(1991,p.52-53)。以下の男性志向質問 8項目から

考えれば、残りの 6項目が、個人主義指標計算の使われたことは想像が付く。

第 2 軸の仕事に関する男性志向指標は、女性志向極が 0 点で、男性志向極が 100 点と

なる指標である。14仕事目標質問のうちで、以下が使用されている(1991,pp.81-82):

仕事に関する女性志向極に集まる質問は以下の 4項目:

(1)A16:Good relation with your manager important;

(2)A8:Want to work with people who cooperate well with one another;

(3)A6:Important to live in area desirable to you and your family;

(4)A14:Employment security(i.e. able to work as long as you want)important。

仕事に関する男性志向極に集まる質問は以下の4項目である:

(5)A7:High earnings important;

(6)A11:Want the recognition when you do a good job;

(7)A15:Have an opportunity for advancement to higher level jobs;

(8)A5:Challenging job or sense of accomplishment in job important。

IBM職員の回答で、男女職員で極めて対照的な反応を示したものが上記の諸質問項目であっ

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た。他の質問項目は、それほど明確な性差を示さなかった。男性職員は特に(5)と(6)

に強く反応し、女性職員は(1)と(2)に強く反応した。これらのことも、“女性志向 vs.

男性志向”軸と命名した根拠の一つである、と述べている(p.82)。

第 3 軸の仕事に関する不確実性忌避指標は、権力距離指標と同じようにシンプルに測

定されている。不確実性忌避が最小の極は 0 点、不確実性忌避が最大の極(不確実な将来

や不明確な現状を非常に心配し、ストレスを感じ、将来の予測可能性を希求し、安定した

ルールを求めている態度)は 100 点となるように、以下の 3 質問が均等に加算(減算)さ

れる(1991,pp.111-113)。

(1)A37:Having high stress frequently;

(2)B60:Company rules should not be broken;

(3)A43:Want to work with the company for long term (till retirement)。

2.文化地図内での各国の位置と経済発展

図 3.1が仕事に関する非権力主義軸と個人主義軸との 2軸で、53の各国/地域の位置を

示したものである。これら 2 軸は上で述べたように本来一体の軸であるから、当然非常に

良く相関している。即ち、独立軸として、どちらか一方の軸を採用しても、さほど問題が

無いことを示している。

図から明らかなように、先進諸国は左下(権力距離が小さく、個人主義的)にあり、

途上国は右上(権力距離が大きく、集団主義)にある。これを単純に理解すれば、経済発

展は“権力主義・集団主義(右上)から非権力主義・個人主義(左下)”への流れと、強い

相関関係を示している。原因-結果関係は不明である。例外は日本である。むしろ途上国に

近く、あるいはこの文化の流れの中間に位置しており、ラ米諸国とスペイン・フランス・

イタリーなどのラテン語系諸国と近い。

第 4章 数量的アプローチ II:イングルハートの価値軸と経済発展

A.はじめに

本章の目的。この章は、イングルハートが世界価値観調査(以後 WVS30 )から抽出した

世界の文化・価値の計測軸(≒比較軸)について検討し、彼が作り出した価値軸と経済発展

との関係を考察する、ことを目的としている。

背景。イングルハートの主な著作の最初のものが The Silent Revolution(1977)と

Culture Shift in Advanced Industrial Society(1989)

30 イングルハートは現在ミシガン大学の政治学者で、市民の文化・価値観の変動が政策・政治

にどのような影響を与えるかを研究してきた。現在では、彼が開始し統括している WVS(世界価

値観調査、World Values Survey)とその分析で著名である。

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である。31 その理論は、真鍋によって以下のように要約されている。

「(彼の理論は)“A.H. Maslow の欲求階層説”“政治世代論”“D. Bell の脱工業化社会

論”の 3理論のユニークな総合にあるといわれる(三宅一郎『静かなる革命』、1978年、

訳者あとがき)。…工業化以前の時代の欠乏と戦争を経験した世代が“物質と安全”に

優先順位を置くのに対して、繁栄と平和の脱工業化の時代に育った世代は“帰属、尊敬、

そして自己実現”に優先順位を与える。Inglehartは前者を“物質主義的価値観”、後者

を“脱物質主義的価値観”と呼び、さまざまな社会が「豊かな社会」(J.K. Galbraith)

「脱工業化社会」(D. Bell)の段階に到達するにともなって、そのような社会における

中心的価値観は“脱物質主義”の方向に向かうが、それが主として世代移動(転換)によ

ってもたらされると考えた」(真鍋 2003、p.14、括弧内は筆者注)

WVS はイングルハートによって 1971 年に開始された社会学者の世界的なネットワーク

で、それぞれが自国の価値観調査を行い、イングルハートが統括をおこなっている。現在

まで5波(waves)の世界調査が実施されてきている:第1波(1981-83、1981 で代表、こ

の期間に実施した 24社会に対する調査 32)、第2波(1989-1991、1990年で代表、43社会)、

第3波(1995-1997、1995年で代表、55社会)、第4波(1999-2001、2000年で代表、64社

会)、第5波(2005-2006が現在進行中)(Inglehart and Welzel 2005, p.48 and p.i、及

び関西学院大学社会学研究科 2003, p.13)。第 5 波を除く全部で、81 社会(国)をカバー

し、それらの国の全人口は、世界人口の 85%を占める(2005,p.48)。対象国に関して、ホ

フスティードが殆ど旧社会主義国のデータが無いのに比べて、イングルハートは沢山の旧

社会主義国のデータをカバーしている。これは、大きな利点である。これらの結果が、

Inglehart(1989, 1997),Inglehart and Welzel (2005)に反映されている。筆者はチェック

していないが、Inglehart(1989)までは、文化比較を行う軸が 1次元であったようで、以下

のようなまとめがある。

「…被調査者の回答を“因子分析”にかけることによって第 1因子を抽出し、その第 1

因子の対する 12項目の因子負荷量を算出するならば、…1次元の軸上のマイナスの側に

“物質主義的価値観”の諸項目が、プラスの側に“脱物質主義的価値観”の諸項目がそ

れぞれ位置づけられるという結果が得られた」(真鍋 2003、p.15)

ここで、物質主義的価値観と脱物質主義的価値観を表す諸質問項目とは以下の 12項目であ

る(真鍋 2003、pp.14-15、p.355 of 1997)。

31 このパラグラフは、基本的に真鍋(2003, pp.13-17)に依拠している。 32 社会(society)という言葉を彼が使用しているのでそのまま使用している。実際は殆ど国

家と同じである。

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物質主義的価値観

1.高度成長を維持していくこと;

2.強力な防衛力を確保すること;

3.国内の秩序を維持すること;

4.物価の上昇を食い止めること;

5.経済の安定に努めること;

6.いかなる犯罪とも戦っていくこと;

脱物質主義的価値観

7.職場や地域社会での物事の決定にもっと人々の声を反映させること;

8.自分の住んでいる町や村をもっと美しくすること;

9.重要な政府の決定にもっと人々の声を反映させること;

10.言論の自由を守ること;

11.人格を尊重するもっと人間的な社会へ前進すること;

12.思想が金銭より重視される社会へ前進すること。

価値観の変化を 1 次元のみで捉えていることへの批判があり、「Inglehart 自身も探求的な

分析を始めており、そこでは“脱物質主義的価値観”はより広い“主観的に良い状態

(subjective well-being)という価値観”の一部を構成するものとして位置付けられてい

る」(真鍋 2003、p.17)と言われる。

B. 2つの価値軸

以上のような背景の下に、Inglehart(1997)と Inglehart and Welzel (2005)は、価値

観を測定する因子(軸)を 2 次元へ拡大し、以下の 2 軸を抽出した。特徴的なことは、因

子数を 2個に、限定しそれ以上の因子を計算させなかったことである。結果として、彼33 が

主張する価値軸は以下の二つである(2005,Table2.1,p.49)(図 4.1参照)。

第 1軸:伝統権威軸:伝統 vs世俗・合理軸(国家間の分散の 46%を説明):

伝統価値の重視(-2点、人生において神が重要、子供は従順さと信仰

を学ぶべし、国家・権威への尊敬)から世俗性と合理性の重視(+2点、

現世の世俗=secularが大切、国家・権威はそれほど重要ではない)まで

の尺度;

第 2軸:生存重視軸:生存 vs自己表現軸(国家間の分散の 25%を説明):

生存が重要(-2点、自己表現よりも経済的・物的安全が大切、現在あ

まり幸福でないと思っている、他人を信用するには慎重であるべし)か

33 煩雑なので、Welzel を省略し、“彼”で代表させる。

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ら自己表現が重要(+2点、自己表現・生活の質が大切、幸福だと思っ

ている、他人を信用する)までの尺度。

C.データと分析の信頼性の検討

1.Inglehart(1997)の分析とその検討

Inglehart(1997)の分析は、因子抽出のためには、第2波(1989-1991)WVSの 43社会

(国家と同じと考えてよい)のデータを使用している。国家平均値に対して主成分因子分

析(principal component factor analysis、即ち因子は直交している、多分回転は無い)

を行った(1997,p.81)。回答者は約 6 万人で、1 国平均で 1,395 人となる(p.82)。分析は

いくつかのステップで行われた。

もともとの質問は 43 項目で、1997 の Appendix2(1997,pp.351-6)にリストされてい

る。これらは全て、価値または判断に関する質問であり、一つ一つの質問は、30 項目にも

及ぶ沢山の副質問を代表する一つとして設計されている。これら 43のうち、3質問(Affect

Balance, Post Materialist Values, Reject Out-groups)はいくつかのサブ質問を合成し

たものである(p.83)。

この因子分析の結果は表として示されていないが、図 4.1 に図示されているので、こ

れから読み取ることができる。但し、図には 43 質問からの合成項目 1 個(Achievement

Motivation)を加えてあるので、44項目が表示されている(pp.83,351-5)。第 1主成分(第

1軸)は全分散の 30%を説明し、第 2主成分は 21%を説明した。以下の表 4.1は、図 4.1か

ら読み取れる質問のうち、因子負荷量の大きいものだけを負荷量の順に並べたものである。

第 1主成分(第 1軸)は、“生存の価値 vs.良い生活の価値(survival vs. well-being)”

軸と命名され、図 4.1 の横軸に置かれ、イングルハートの長年の主張である物質主義 vs.

脱物質主義を表していると、彼は主張している。但し彼は、物質主義 vs.脱物質主義の軸は

今や、より幅広い軸である“生存の価値 vs.良い生活の価値”軸の一部分となった、と解釈

している(1997,p.83)。即ち我々は、物質主義 vs.脱物質主義の軸ではなく、生存の価値

vs.良い生活の価値の軸さえ検討すれば良いということになる。マイナス値の最大(-1)

へは、Reject Out-groups(移民・外国人、AIDSの人、同性愛の人は、隣人には欲しくない、

という価値観、p.350)が最も近く、プラス値の最大(+1)へは、自分の人生に満足して

いる(Life Satisfaction)が最も近く、次に脱物質主義的価値が、近かった。脱物質主義

的価値(Post-materialist Values)とは、上で定義した脱物質主義的価値観の 6項目から

8番の“町を美しく”を除いたものである。なぜならば、それまでの分析で 8番の因子への

貢献度が低かったからである。

第 2 主成分(第 2 軸)は、“伝統的権威の価値 vs.世俗的・合理的な価値(traditional

authority vs. secular-rational authority)”軸と命名され(pp.86,82)、図 4.1の縦軸に

置かれている。この軸は、権威と近代化に関わる軸で、宗教に代表される伝統的な権威(-

1の値)から、中立的・恣意的でない・官僚的・法治的な権威

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30

図 4.1 伝統権威軸・生存重視軸とそれらへの因子負荷量

43質問プラス1合成項目、第 2波データ

出典:Inglehart(1997, Fig.3.2, p.82)。

(注1)Inglehart(1997)の因子負荷量図。因子得点ではなく因子負荷量であるから、常に-

1から+1の値の範囲内にある。質問が割合綺麗に上下左右の極に集まっていること

が、質問が割合良く選択されていることを感じさせる。

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31

表 4.1 44項目による主成分 2因子と因子負荷量の大きい質問

質問名(と説明) 因子負

荷量

第 1主成分(30%説明力):“生存価値 vs.良生活価値(survival vs. well-being)”軸

1.Reject outgroups (i.e.immigrants,foreigners,AIDSpersons, homosexuals) -0.85

2.Woman needs children (in order to be fulfilled)

3.Child needs both parents (to grow up happily)

4.(feels) Not happy (with one’s life)

5.Technology (≒technological development is good)

6.State/employee management(≒they should appoint managers)

7.(should) Respect parents -0.72

8.Leisure important +0.65

9.Friends important

10.Homosexual OK

11.In good health (these days)

12.Affect balance (≒feel positive, interested, and not negative, lonely)

13.Post materialist values(本文参照)

14.Life satisfaction (≒satisfied with one’s life) +0.87

第 2主成分(21%説明力):“伝統的権威・価値 vs.世俗的・合理的権威・価値”軸

15.Religion important -0.95

16.God is important

17.Religious faith (important for children to learn)

18.National pride (≒very proud of one’s nationality,e.g.France)

19.Obedience (important for children to learn)

20.Work important

21.Family important -0.62

22.Discuss politics (frequently) +0.55

23.Responsibility (important for children to learn)

24.Divorce OK

25.Interested in politics

26.Thrift (important for children to learn)

27.Determination (important for children to learn)

28.Abortion OK +0.77

出典:Fig.3.2(1997, p.82)から、筆者が因子負荷量を読んで作成した。因子負荷量がマイ

ナス 1に近いほうから 7質問、プラス1に近いほうから 7質問を採用した。従って、

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32

全部で 44項目のうち 28項目が示されている。

(注1)質問の並べ方は、その質問の因子負荷量が、マイナス1に最も近いものから、次

第にプラス1に近いものの順に並べてある。

(注 2)因子負荷量は筆者が図から読み取ったものなので、信頼性は低い。故に最初と最後

の負荷量のみを示した。

(注3)これら質問と負荷量を眺めてみて、筆者は2因子の命名を了承できる。

(M. ウェーバー的な権威、+1)への流れを表している(p.86)。

2つの因子(軸)はこのように第 2波(2001)データによって定義された。次のステッ

プとして 1997分析は、第 1波(1981)データとこの第 2波(2001)データとを比較するた

めに、この2因子を基にして質問を 22個に絞った。2波の合計データについて、44社会(ま

たは 44国)別に平均値を出して、それに主成分分析(従って因子は直交している)を行っ

た(1997, Fig.A.27, p.388と 2005, pp.50-51)。この結果は図 4.2に示されており、綺麗

に 2 因子を抽出している。結果は表として提示されていないので、この図から読み取った

因子負荷量を表 4.2に示す。1997分析はこの 22質問による因子分析のほうを使用している。

筆者は、質問項目から検討して、2因子の命名に問題は無いと考える。又、表 4.1の基

となる Fig3.2 と表 4.2 の基となる Fig.A.27 とは、質問が殆ど同じようにマッピングされ

ている。従って、22 質問に減らしても因子抽出の問題を起こさない(1997,p.334)という

主張は、了承できる。

但し、表 4.1と 4.2で問題が一つある。それは、“feel not happy”や“feel healthy”

は価値・態度・意見変数ではなく、回答者の状態変数であるから、価値を分析しようとす

る因子分析には含めるべきではない、という点である。ホフスティードでも同じ問題が見

受けられた。両研究者は、どの変数を価値変数とするかを、より慎重に判断すべきである。

“feel not happy”や“feel healthy”という質問項目は、むしろ価値・態度の原因をな

す変数であろう。

彼は、この 2 軸がそれぞれ、彼が主張する脱近代化プロセスと近代化プロセスを代表

すると主張している(p.83,pp.334-335)。即ち、第 2軸(伝統的権威の価値 vs.世俗的・合

理的な価値の軸)がM.ウェバーそのものではないとしても彼の考えに近い近代化の流れ

を代表し、第 1軸が脱近代化プロセスの流れを代表していると主張する(1997, pp.72-80)。

第 2 軸の流れ(近代化)は、伝統的権威(端的に言えば宗教権威)という価値から国家権

威(≒法律権威)という価値への移行であり、第 1 軸(脱近代化)の流れは、権威そのも

のを弱め(deemphasize)人間一人ひとりの“良き生活(well being)”を最大化するよう

な価値への移行である、と主張する。この主張を図示したものが、図 4.3 である。更に、

第 2軸上の動きから、第 1軸上の動きへの流れ(sequence)は、その後ろで、各国の社会・経

済の発展が原動力になっている、と主張している(pp.70-72)。

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33

図 4.2 伝統権威軸・生存重視軸とそれらへの因子負荷量

22質問、第 1・2波データ

出典:Inglehart(1997, Fig.A.27, p.388)。

(注1)

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表 4.2 22項目による主成分 2因子と因子負荷量

質問名(と説明) 因子負

荷量

第 1主成分:“生存価値 vs.良生活価値(survival vs. well-being)”軸

4.(feels) Not happy (with one’s life) -0.89

5.Technology (≒technological development is good≒more emphasis on tech) -0.83

3.Child needs both parents (to grow up happily) -0.77

6.State/employee management(≒they should appoint managers) -0.76

7a.Trust science (≒science good for mankind in the long run) -0.63

7b.More emphasis on money(is good) -0.58

8a.(feel having) Free choice (and control over one’s own life) +0.51

13.Post materialist values(本文参照) +0.60

10a.Trust people (≒think most people are trustable) +0.69

10.Homosexual OK +0.71

14a.State of health(≒think in good health these days) +0.83

14.Life satisfaction (≒satisfied with one’s life) +0.90

第 2 主成分:“伝統的権威・価値 vs.世俗的・合理的権威・価値(traditional vs.

secular-rational authority)”軸

16.God is important -0.90

18a.R. is religious(オリジナル質問に存在せず、意味不明、とにかく宗教) -0.71

18.National pride (≒very proud of one’s nationality, e.g. France) -0.69

21a.Want many children -0.63

21b.Respect authority (is good) -0.62

21c.Good & evil are clear -0.51

25.Interested in politics +0.37

22.Discuss politics (frequently) +0.51

24.Divorce OK +0.73

28.Abortion OK +0.81

出典:Inglehart(1997, Fig.A.27, p.388)。

(注1)各因子の説明力は表示されていないが、第 1 と第 2 の関係は同じと、説明されて

いる。即ち順序は変わらない(p.388)。

(注2)質問番号は、表 4.1 と同じとしたが、表 4.1 に無いものは、新しい番号を付与し

た。

(注3)筆者が図から読み取ったものなので、因子負荷量はおおよその数値である。

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35

2.Inglehart and Welzel(2005)の分析とその検討

Inglehart and Welzel(2005、以後 2005)は、第 1 から第 4 波までの全てのデータを利

用して、彼の大仮説を証明することを目的としている。大仮説とは、経済・社会的発展が

社会の基礎的価値にシステマティックな変動をもたらす、というものである(2005,p.48)。

そのために彼は、1997 分析で表 4.2 の 22 項目(各軸当たり平均 22 項目)を使用して決定

した 2 軸をさらに単純化した。2005 分析では、10 質問(各軸のマイナス極のみを使用し、

一極当たりは 5 質問、表 4.3 参照)で代表させている。単純化した理由は、第 1 から第 4

波までの全てが使用している質問だけに絞ったためである(2005,pp.49)。それでも十分に

2 軸を代表していると主張し、22 項目から抽出される因子と、10 項目から抽出される因子

との相関係数を計算した。第 1 軸に関しての相関係数を 0.95、第 2 軸に関する相関係数は

0.96 であり、筆者も、単純化に大きな問題はないと考える。但し、マイナス極を代表する

質問だけで、軸全体を代表させることが大丈夫なのかどうかは、心配が残る。

使われたデータは、第 1~第 4 波のデータで、78 社会(国)で回答数は 165,594 であ

る(2005, p.49)。従って、一国当たり平均回答数は、2,123 と計算できる。この分析はバ

リマックスの因子分析であり、1997 分析の主成分分析とは、少々異なった因子分析であっ

た34。 国家平均値を使った国家間分析と、個人データを使った個人間分析の両方を行って

いるが、当然のこととして国家間分析のほうが、2軸の説明力が高い(pp.49-52)。そこで、

結果は表 4.3に国家間分析だけを示してある。

抽出された 2 軸は、1997 分析と同じものと言ってよい。即ち、この二つの軸は安定し

た軸であり、人間の価値の主な 2 軸を表していると考えても良さそうである。新しい第 1

軸は、1997 分析の第 2 軸とほぼ同じであり、同じ“伝統的権威価値 vs.世俗・合理権威価

値”軸という名前で呼ばれている。新しい第 2 軸は名前が、1997 年分析の“生存価値 vs.

良い生活価値”の軸という名前から、“生存価値 vs.自己表現価値”軸という名前へ変更さ

れた。そして自己表現価値とは、あらゆる権威・権力からの人間の解放(emancipation)

への価値観の動きであるとされた(2005,p.8, and Chapter6, pp.135-145)。

この結果の興味深い点は、2005分析では、1997分析の第 1と第 2因子とが入れ替わっ

たことである。即ち、彼の主な主張の一つであった“物質主義的価値観 vs脱物質主義的価

値観”を包含する軸(即ち、生存 vs.自己表現軸)は第 2軸となり、統計結果としては主軸

ではなく従の価値軸となったことである。2005分析の第 1軸は、“伝統的権威の価値 vs.世

俗性・合理性権威の価値”軸となり、これが現在の各国間の価値・文化の違いをより多く

説明できることになった。35 ある意味で、因子分析という統計処理の長所が

34 このバリマックス回転の因子分析が、斜交なのか直交なのかが、述べられておらず、因子

分析に関して少々不親切である、という印象を受ける。多分、直交であると考えられる。 35 この第 1軸が重要となってきたために、第 1軸(伝統的権威 vs世俗・合理性権威の価値軸)

を分析するために、彼は別な本を共著で出版した:Norris and Inglehart(2004)。従って、彼と

Welzelの 2005は、彼の長年の主張に近い、第 2軸と近代化から脱近代化へのプロセスを中心と

して、分析している。

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36

図 4.3 近代化・脱近代化プロセスと伝統的権威・生存重視軸との関係

出典:Inglehart(1997, Fig.3.1, p.75)

(注1)Inglehart(1997)の主張。

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37

表 4.3 イングルハート=ウェルゼルの 2価値軸

変数

コード

変数名 因 子

負 荷

第 1因子(46%の説明力):伝統的な価値の 5質問(反対極は、世俗性・合理性の価値、5Qs)

27(16) 人生において神は非常に重要である .91

28(19,17) 子供は、独立・決断よりも従順さ・宗教的信仰をおぼえることが重要 .88

29(24逆) 避妊は決して正当化できない .82

30(18) 国家に対する強い誇りを持っている .81

31 権威に対するより一層の尊敬を望む .73

第 2因子(25%の説明力):生存の価値の 5質問(反対極は、自己表現の価値、5Qs)

32 自己表現・生活の質よりも経済的・物質的安全を優先する(注 1) .87

33(4) 自分はあまり幸福ではないと思う .81

34(10逆) 同性愛は決して正当化できない .77

35 国家に対する陳情はしたことが無く、これからもしないだろう .74

36 他人を信用することは非常に慎重でなければならない .46

出典:Inglehart and Welzel(2005, Table2.1,p.49)。

(注1)国家平均による国家間の因子分析である。データ数は 165,594。最小のデータ数を

持つ変数のデータ数は 146,789。2因子までのバリマックス回転を行うように設定

した因子分析を行った。第 1 因子では、これら変数は全てマイナス極を代表して

いる。第 2因子でも、これら質問はマイナス極を代表している。

(注2)物質主義者 vs脱物質主義者とは、4個の質問から作った“物質主義者 vs脱物質主

義者”指標によって測定している。

(注3)変数コードは、インターネットからダウンロードした、“Internet Appendix”

(Inglehart and Welzel 2007)の中の価値質問に関する変数リスト(attitudinal and

behavioral indicators)のコード番号である。括弧()の中の数字は、表 4.1に示

した 1997年分析の質問番号であるが、これは筆者が発見できた範囲で書き込まれて

いる。この 1997 と 2005 との比較してみると、2005 の質問として、必ずしも 1997

因子負荷量が大きい質問が選ばれているわけではない、ことがわかる。

生かされたように思われる。

1997分析での“近代化から脱近代化へ”の議論は、2005分析においても基本的には同

じ議論だが、改訂され、改訂近代化論として提示されている。その内容は図 4.3 に図示さ

れ、以下(2005,pp.5-8, Chapters 3-6)のように説明されている。36

36 これらの議論を、彼は上記以外の事実データ(一人当たりGDP,所属宗教、女性の出産

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38

(1)近代化:産業革命から始まる経済の工業化、社会の近代化、科学の発展(これ

はルネッサンスから始まる)が、宗教に代表される伝統的権威を重んずる価値

文化から、世俗化・合理性化・官僚化に代表される国家・法律権威を重んずる

価値文化への文化変動を作り出した(基本的に 2007の第 1軸上の動き)。

(2)脱近代化:更なる経済・社会の発展とこの文化の変化が、生存への脅威を削減

し教育と知識の普及を作りだす。その結果、全ての種類の権威を重んずる価値

文化から、個人の自己表現の価値を重んずる価値文化(諸権威からの解放)へ

の文化変動を作り出しつつある(第 2軸上の動き)。この動きは、人間の自由と

選択肢の拡大を重視する。

(3)上記の経済社会発展と価値観の流れは、かなりの法則性を持っている。従って、

経済社会発展が乱されない限り、個々の国の価値観の時間的な変化は予測可能

であり、現在予測の信頼性を統計的に確認しようとしている。

(4)次に、この大きな文化変動が、政治制度に影響を及ぼし、民主主義に代表され

る人間(個々人)を中心とした制度への変換を促し、この逆方向(政治から文

化へ)の関係ではない。個人活動への制限の低減、決定への参加、が重視され

るようになる。

(5)ある国(社会)での文化伝統というものは、なかなか変化しない(persisting)。

又、歴史依存性が高い。上記の経済・社会の発展から生まれる文化・価値が変

化しようとする力と、文化伝統から生まれる変化を引きとめようとする力、の

相互作用がその国の現在の文化を作り上げている。

(6)上記の文化変動について、誤解してはならない。変動の結果、全ての国が1点

に収斂することは起きていないし、当面おきるようには見えない。むしろ、各

国はお互いの距離を一定に保ちながら、上記の流れをパラレルに移動して来た

し、今後も多分そうであろう。即ち、収斂するとは思えない。

(7)勿論、この流れは一直線ではなく、各国はそれぞれの歴史に依存して、異なっ

たルートをたどる。又、経済・社会の発展が逆方向に動き、生存への脅威(第 2

軸)や歴史的権威へ脅威(第 1 軸)が起これば、上記の逆方向へ価値・文化は

逆戻りする。

3.結論としての2軸の決定:文化比較のための当面の枠組み

結論としては、筆者は、2005 分析の 2 軸はその命名も含めて、今まで検討した限りで

は、正当化できると考える。

率、民主主義化インデックス、など)を用いて、数量的に証明している。また、一部については、

4波(1981年の第1波から 2000年の第4波)までのデータ全てを用いて、歴史的動きと原因-

結果関係の実証も行っている。しかし、我々の本論から外れるので、これ以上の言及は止める。

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39

残る作業は、ホフスティードが抽出し筆者が了承した 3 軸と、これら 2 軸とがどのよ

うな関係にあるかの検討である。しかしこの仕事は、かなりの作業を必要とし、この小論

の意図を超える。従って当面、単にホフスティードの 3 軸とイングルハートの 2 軸を、並

列してそのまま了承する方法を採用する。即ち、比較文化論のための比較軸は、合計 5 つ

の軸で構成できる、と仮定する。両者の統合の作業は、この小論の継続研究で行う。

D.価値地図(価値マップ)と経済発展

価値地図。Inglehart(2005)分析の 2軸を用いて 2次元グラフを作ることが出来る。こ

れをイングルハートは“価値地図(values map)”(WVS Home Page)あるいは“文化地図

(cultural map)” (2005,Fig.2.1,p.57)と呼んでいる。この地図上に、各国の因子得点

を使って各国を位置づけることが出来る。これ以後は全て 2005 分析、即ち第 1~4波のデ

ータを使った 10項目の因子分析による 2因子を使った分析である。従って、以下のような

説明は 2005の中には無いが、各国の因子得点は、10項目からの因子得点を足し上げたもの

のはずである。

経済発展。この価値地図上の各国を、経済発展段階で分類することが出来る。これが

図 4.4である。37 経済発展段階は、世界銀行の世界開発報告書(WDR, World Development

Report)2002年度版によって決めてある。38 WDR2002を見てみると、一人当たりGDPは

2000年のデータであるから、2000年経済状況である。低所得国とは、一人当たりGDPが

$755以下の国、高所得国とは、$9,266以上の国、中所得国とは、その中間の所得の国と

定義されている(WB, 2002, Table 1,footnote, p.233)。図 4.4 は所得レベル(経済発展

レベル)と価値・文化との明確な関係を示している。低所得国は左下にあり、高所得国は

右上にあり、中所得国はその中間にある。特に重要なことは、低所得国と中所得国と高所

得国が、ランダムに混ざらず、別々のグループとして綺麗に分かれている点である。即ち、

低所得国は伝統的権威の尊重と生存重視の価値・文化を持っている;高所得国は世俗的・

合理的権威の尊重と自己表現重視の価値・文化を持っている;中所得国は二つの価値軸の中

間的な価値を持っている。統計的には、単に両者が相関していることが、図から読み取れ

る。しかし、前述の脱近代化論(1)~(7)の主張によれば、原因結果関係は、経済・

社会発展から文化・価値変化への関係であり、その逆ではない、と主張されている。

このことは、一国内での低所得層と高所得層でも成立するのであろうか?これを検討

したものが、図 4.5 である。この結果は興味深い。高所得国では前記の法則どおりに左下

から右上への動きが見られる。しかし、低所得国ではそれが成立せず、左上から右下への

動きとなる。即ち、高所得者のほうが低所得者層よりも、伝統的権威を尊重する価値・文

化を持っていることになる。

37 前節の説明によれば 78 社会(国)のはずであるが、図 4.4には何故か 80カ国がプロット

されている。 38 WB(2002) Table1 参照。

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40

図 4.4 伝統的権威軸と生存重視軸上の各国位置と経済発展との関連

出典:Inglehart and Welzel(2005,Fig.2.1,p.57)。

(注1)これは、Inglehart and Welzel(2005)の主張である。

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図 4.5 一国内での低・中・高所得者の価値観変化

出典:Inglehart and Welzel(2005, Fig.2.6, p.70)

出典:Inglehart and Welzel (2005,Fig.2.6,p.70)

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第 5章 各国の文化の違いを理解するための思考枠組み

A.枠組み1:五つの文化(価値)軸

これまでホフスティードの仕事に関わる文化軸とイングルハートの価値軸を検討し、

それぞれ3軸と 2 軸を承認してきた。ホフスティードの仕事に関わる 3 軸とイングルハー

トの価値に関する 2 軸とを比べてみると、類似性が高く総合することも出来そうである。

例えば、ホフスティードの第 1軸である仕事に関する権威主義・集団主義 vs非権威主義・

個人主義の軸と、イングルハートの第 1因子である伝統的権威価値 vs世俗的・合理的価値

の軸はかなり似かよっているので、いずれ一つの軸に収斂するのかもしれない。又、ホフ

スティードの第3軸である仕事に関する不確実性忌避・安全生存志向 vsリスク選好・私利

追求志向と、イングルハートの第2軸である生存の価値 vs 自己表現志向は類似している。

しかし、この収斂への作業は非常に複雑な仕事になる。なぜなら、先ず、仕事に関わる価

値観と価値全般に関わる価値観と対象がズレている。次に、それぞれの質問項目が非常に

異なる。従って、ここでは厳密性を維持するために、これら全てを採用し 5 軸として、文

化比較のための思考枠組みとしておく。

この5軸設定で、最も重要な点は、世界中殆どの国の人間の文化・価値観をわずか 5

軸で表現できると言う点である。39 これらの軸は、彼らの調査の中で今まで何度も再現さ

れてきた。故に、ある程度の安定性を持っていると考えてよいと思われる。40 世界中の殆

どの国の文化・価値はこれら 5個の 2極(通常,マイナスとプラスの反対の値を持った 2極

41 )を持った軸により代表され、各国の違いは、単にそれぞれの軸上の何処に位置するか

で、測定できる。

39 勿論、この5個より軸の数が増えることは十分ありうる。逆に、先に示唆したように、こ

れら 5 軸の間の類似性があるので、5個より少ない軸で代表できるのかもしれない。いずれに

せよ、軸の数はそれほど多くはならないであろう。勿論、これらの軸の内部が更に細かく副軸に

細分されていくことは予測されるし、それが今後の重要な研究方向の一つであろう。 40 勿論我々は、これらの因子(軸)を確認し拡張するために、以下のように色々な研究をせ

ねばならない:(1)中国軸のような新しい軸の可能性を、新しい質問項目により、抽出してい

き、今までに認識されていない新しい軸を探すこと;(2)新しい質問項目も含めて質問項目を

再吟味し、より正確に文化・価値を捉えるような質問項目を作成すること;(3)調査されていな

い新しい国への調査を増やし、因子(軸)の安定性を増加させること;(4)主成分分析・因子

分析・クラスター分析・斜交回転・直交回転など分析手法を増やし、かつ吟味し、最適手法のセ

ットを作り上げること、等である。 41 但し、ホフスティードもイングルハートも、因子を因子指標に改訂し、因子得点を、指標

値(ホフスティードは 0 から+100 の尺度、イングルハートは-2 から+2 の尺度)に変換して

しまっている。多分、測定の簡便さを得るためと、グラフ化した時に結果が判りやすく表現でき

るようにするために、そうしたものと思われる。しかし、もともとの因子得点を使ったほうが、

よいのではないかと、思われる。この場合、因子得点は、-1と+1の間とは限らず、むしろこ

れらをマイナス方向とプラス方向へ超えていくはずである。

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43

B.枠組み2:経済・社会発展に伴う文化・価値観の歴史的流れ

ここでは、上記5軸のなかのイングルハートの 2 個の価値軸を使い、文化・価値の歴

史的流れを仮説として提示する。

仮説。第 4 章C節2項で、イングルハートの“近代化と脱近代化の流れ”の主張を説

明した。筆者は、当面この主張を受け容れる。これに依拠し、ほんのわずか川上のほうへ

拡大して、仮説としたい。このように拡大することは、経済・社会の発展と文化との関係

を検討するのに役立つように思える。先ず彼の主張から始める。第 4 章C節2項で説明し

た彼の主張を、図 4.1を使って説明する。価値観から見た近代化とは価値の第 1軸(縦軸)

上での下から上への動きであり、価値観から見た脱近代化とは第 1 軸の上から価値の第 2

軸(横軸)上の右中央への動きであり、経済社会の発展に伴い、各国価値観は通常この流

れで動いていく、というのが、彼の主張である。42 筆者はこの流れの最初に、我々の熟知

している開発経済学の一つの合意を加えると、より経済・社会の発展と文化の関係が明確

になると考える。即ち、近代化以前の経済状態、とその文化を、最初に加えることである。

具体的には、ブーケ(J.H.Boeke, 1953)やルイス(W.A.Lewis, 1954)によって定式

化された二重経済論の中の伝統部門とそれを代表する生存農業、43 そこでの貧困状態44

を、あらゆる経済・社会の出発点として加え、そこでの文化を“貧困の文化”として定義

することを加える。貧困の文化とは、デニス・グーレーにより以下のように表現されてい

る。

「低開発は…国家の貧困状態であると同時に人の心の状態なのである。デニス・グー

レーは…以下のように力説している。“低開発はショッキングであり、汚辱、疾病、無

駄死に、そして完全な絶望である。この…ショックは「貧困の文化」のなかに支配的

に流れる感情が伝わった時に(我々に)訪れるのである。…(この感情とは)病気や

死に直面したときの個人的・社会的無力感、手探りで(自己の環境の)変化を理解し

ようとする困惑と無知、ことの成り行きの采配を振る人々にたいする隷属、飢えと自

然災害を目前にした時の絶望感、などである。慢性的貧困は悲惨な地獄であり…”」(ト

ダロ=スミス、2004,p.20、小括弧の中は筆者が加えた)

この“貧困の文化”は、Inglehart(2005)の第 2軸の生存価値極と殆ど一致する。これら

をそれぞれ、“生存経済≡生存ぎりぎりのレベルの経済・社会”と“生存重視価値≡生存重

42 ここで注が必要である。経済・社会の発展がもしも逆方向に動くならば、文化も逆戻りする

傾向にある、と彼は主張しており、筆者も了承できると考える。 43 最低生きていくだけに必要なものしか入手できないレベルの農業。 44 貧困状態とは、(1)生活必需品(安全、保健、食料、衣料、住居)の不足;(2)自尊心

の喪失;(3)暴力・権力・政治・他人・無知・自然への隷属、とトダロ=スミスが定義してい

る。(トダロ=スミス 2004,pp.26-28)

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視の文化・価値”と呼んでおく。45 そして、生存経済が生存重視価値を生み出す。これも、

開発経済学者なら、殆ど合意している。これら二つをイングルハートの“近代化と脱近代

化の流れ”(第 4章C節2項参照)に加えれば、46 “近代化と脱近代化の流れ”に関する仮

説は以下のように再定義できる:経済・社会の発展に伴い、文化・価値観は図 4.1の上で、

左中央(又は左下)の生存重視価値 → 中央下の伝統的権威価値 → 中央上の近代的

権威価値 → 右中央(又は右上)の自己表現価値、のように移動する傾向がある。この

ように考えれば、経済・社会の発展と文化の関係の理解がより明確になるように、筆者に

は思える。

このような単線的な見解に対して、当然「社会的進化思想に疑問符を打つ…。歴史的

な発展段階説は単系的であれ多系的であれ退けられる」(前川 1994, p.100)という批判が

なされると思う。同様で、より原理主義的な批判が文化相対主義から寄せられる可能性が

ある。これらに対する一つの答えは、スピードと方向性が異なるという点である。即ち、

経済・社会の変化・発展は文化の変化より早く、かつ先行し、その影響によって徐々に文

化が変化していく、と考えられる、という点である。そして、イングルハートの脱近代化

論での主張を繰り返しておく。“文化変動について、誤解してはならない。変動の結果、全

ての国が1点に収斂することは起きていないし、当面おきるようには見えない。むしろ、

各国はお互いの距離を一定に保ちながら、上記の流れをパラレルに移動して来たし、今後

も多分そうであろう。即ち、収斂するとは思えない。”残念ながらこれ以外に、上記のよう

な批判に対する十分な返答を筆者は未だ用意していない。いずれ答えねばならないと思う。

謝辞

この研究は「2007 年度南山大学パッヘ研究奨励金I‐A‐2」、「科学研究補助金、基盤

研究(B)17330066(代表駿河輝和)」、「科学研究補助金、基盤研究(C)19530256(代

表上野宏)」の支援を受けて行われたので、ここに深く感謝したい。

45 これらの命名は、現在までの専門家の合意から、それほどはずれるものではない。生存経

済という用語は開発経済学では定着しており、生存経済を行っている社会の状態についてもおお

よその合意が出来ている。又、生存重視の文化・価値とは、イングルハートの第 2軸の生存価値

の極そのものである。 46 これら生存経済と生存重視価値を加える根拠は以下である:(1)開発経済学においては、

この前近代の伝統経済状態の存在は、殆ど合意されている;(2)イングルハートも生存問題が

引き起こす価値観の問題と人間行動の問題を頻繁に討議しており、貧困国における生存問題を重

視している;そして(3)我々は同じ人間として、途上国の文化にも関心があり、先進国だけに

重点を置いているわけではないので、経済社会の最も初期の問題=生存の問題≒貧困の問題を明

示的に取り込む必要がある。

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付録A ホフスティード分析用の 53国/地域の名前

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Essay on Comparative Cultures No.1:

Dimensionists’ Approach to Cultural Dimensions

Hiroshi UENO

Abstract

This paper intends to establish a framework for comparing cultural differences among

countries. It takes a dimensionalists’approach trying to establish dimensions for

cultural comparison. The dimensions in this paper mean a few fundamental factors that

underlie the wide range of cultural differences among countries. As its first step

to this goal, this paper tries to find the cultural dimensions by critically reviewing

the two major existing studies on the cultural dimensions: Hofstede’s IBM cultural

studies and Inglehart-and-Welzel’cultural studies using the World Value Surveys.

The two use factor analyses to find the dimensions. At the end, the paper proposes

five dimensions to measure cultural differences among countries as a tentative list,

heavily relying on the two studies. The five dimensions are (1) traditional-authority

values vs. secular-rational values; (2) collectivism and authoritative values vs.

individualism and non-authoritative values in workplaces; (3) survival oriented

values vs. self-expression oriented values; (4) uncertainty-avoidance values vs.

risk-loving values in workplaces; and (5) merit- and competition-oriented values vs.

well-being and good-human-relation oriented values in workplaces. It also proposes

a small modification of the hypothesis relating cultural transitions to

socio-economic developments, proposed by Inglehart and Welzel.