1
原爆症認定の在り方に関する検討会2007. 10. 4
厚生労働省
残留放射線と内部被曝
沢田 昭二
まとめ11.DS02の初期放射線の推定線量が実測値と符合しているのは約1.5
kmまで。それ以遠は過小評価になっている可能性が高い。
2.遠距離・入市被爆者に急性症状が系統的に発症していることが多数の調査で裏付けられている。DS02では(その過小評価を修正したとしても)説明することはできない。残留放射線による被曝影響を考えざるをえない。
3.残留放射線に関して、分科会は地表面からの残留放射線だけを考慮している。放射性物質が体表面に付着して至近距離から外部被曝する場合と、放射性物質を体内に摂取して内部被曝する場合を考慮していない。
4.被爆者の放射線影響は被爆実態を出発点として行うべき。急性症状発症率の調査、染色体異常、標準相対リスクなどの調査結果から探り出すべきである。
2
まとめ25.遠距離被爆者の急性症状発症率を解析した。爆心地より1.5 km以
遠では初期放射線より放射性降下物による被曝影響が大きいことが示された。各種急性症状の発症率の調査結果を初期放射線と放射性降下物による被曝によって統一的に説明した。
6.入市被曝者の急性症状発症率を解析した。2週間以内に爆心地から1 km以内に入ると、1.5 kmの初期放射線に相当する残留放射線の被曝影響を受けていることが示唆された。
7.内部被曝による積算線量の評価はごまかしである。長崎西山地域におけるホール・ボディ・カウンターによる内部被曝線量の測定は、環境被曝の測定であり、被爆直後の放射性降下物による被曝を表したものではない。
8.原因確率は、残留放射線による被曝影響を無視している。また、放射線感受性には大きな個人差があり、原因確率という統計的な結果を適用することは大きな過ちをもたらす。
まとめ39.被爆実態という事実を無視することは「科学的」とは言え
ない。
3
原爆爆発後0.01秒後の火球と初期放射線
ショックフロント ガンマ線
熱線
中性子
熱線 中性子
ガンマ線
火球
残留放射線
地上 600 m (広島)
500 m (長崎)
崎
爆心地近くに誘導放射能
1.初期放射線と誘導放射化
核分生成物: ストロンチウム、セシウムなど
の数百種類の放射性原子核
核分裂性原子核:ウラン235(広島)、プルトニウム239(長崎)
火球の中央部に
誘導放射化された原爆機材・容器の原子核
火球の膨張
⇩ショック・フロント⇩衝撃波
⇩
爆風
熱線
2.衝撃波と爆風と放射性降下物
4
5
ガンマ線
西山地域
金比羅山 稲佐山
3.初期放射線と残留放射能3−1.放射性降下物 と 誘導放射化物質)
• 初期放射線:原爆爆発1分以内(主にガンマ線と中性子線)→瞬間的な外部被曝
• 残留放射線:1分以後に残留放射性物質から
放射性降下物:火球(核分裂生成物、未分裂ウラン/プルトニ ウム、誘導放射化原爆機材)→ 原子雲 →「黒い雨」、「黒い煤」、放射性微粒子 → 広範に広がった原子雲の下に充満→遠距離まで被曝
誘導放射化物質:中性子で爆心地周辺に集中→直爆被爆者にも入市被爆者にも主に内部被曝
6
残留放射線による被曝の推定
• 運び去られた放射性降下物の被曝影響は物理学的測定では不可能→生物学的方法(急性症状発症率、染色体異常、がんなどの発症・死亡率)を用いた原爆の残留放射線による被爆の評価
• 被爆者に関する多数の放射線急性症状(脱毛、紫斑 (皮下出血)、下痢、発熱、口腔・咽頭炎、など)発症率の資料:共通して遠距離(>2km)でも発症している
⇔訴訟でも被爆者が証言
• 科学的解明の必要性→科学者の責任(国も)
• さまざまな急性症状発症率調査がある→科学的に研究して放射線影響を明らかにすべき
3−2.急性症状の発症率による放射性降下物による被曝影響の推定
• 合同調査(米陸軍・海軍軍医、東大医、1945年)
• 東京帝大(1945年)
• 於保源作(1957年日本医事新報)
屋内・屋外の区分の他、爆心地周辺の出入り有無の区別、入市被爆者の入市日ごとの各種急性症状の発症率
• 放射線影響研究所
Stram と Mizuno(1989年)DS86に基づく初期放射線量と重度脱毛発症率
Preston ら放影研LSSの脱毛発症率(1998年)
その他、厚生省、日本被団協
7
3−3.被曝線量と急性症状発症率
脱毛発症率と被曝線量
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
被曝線量 Gy
発症
率 %
脱毛発症率 Stram-Mizuno (%)
正規分布によるフィット
Kyoizumiら、マウスに人毛を植毛
正規分布によるフィット
正規分布 D(1/2) = 2.404 Gy σ = 1.026 Gy D(1/2) = 2.751 Gy σ = 0.794 Gy
21 3 4 5 60
急性症状の発症率と被曝線量の関係急性症状発症の放射線感受性は正規分布と仮定
半発症率 D(1/2)と分布の
広がり(標準偏差)で決まる感受性に大きな差がある→ゼロ線量付近の修正
身長の正規分
0
50
100
80 100 120 140 160 180 200 220身長 cm
確率密度
累積確率
急性症状発症率と被曝線量
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0 1 2 3 4 5 6被曝線量 Gy
発症
率
%
脱毛・紫斑など N(2.404,1.206)
下痢外部被曝 N(2.8848,1.2312)
下痢内部被曝 N(0.8013,0.3420)
原爆影響92 N(2.65, 1.458)
8
3−4.全被曝線量の理論式• 初期放射線による外部被曝線量 c P(r)
P(r) :DS02推定線量,
r:爆心地からの距離
c :遮蔽効果と生物学的効果比その他を表すパラメータ
• F(r) = a r × exp(−r2/b2)+da, b, d はパラメータ
• 全被曝線量 D(r) = c P(r) + F(r)→4個のパラメータ a, b, c, d を被爆線量と発症率の
関係を用いて理論発症率を求めχ二乗を最小にして求める。d は場合によって 0 に固定
脱毛発症率(広島)
爆心地からの距離 km
発症率
%
合同調査脱毛合同調査脱毛フィット於保論文脱毛於保論文脱毛フィット東京帝大脱毛東京帝大脱毛フィット放影研脱毛放影研脱毛フィット放影研(Stram&Mizuno)脱毛正規分布によるフィット
100
90
80
70
60
40
50
30
20
10
0
10 2 3 4 5 6
広島原爆による被曝線量(脱毛)
爆心地からの距離 km
被曝線量
Gy
全被曝線量(合同調査)
初期放射線 (合同調査)
放射性降下物(合同調査)
全被曝線量(於保)
初期放射線(於保)
放射性降下物(於保)
全被曝線量(東京帝大)
初期放射線(東京帝大)
放射性降下物(東京帝大)
全被曝線量(放影研)
初期放射線(放影研)
放射性降下物(放影研)
初期放射線(DS02)
初期放射線DS86
3
2
1
03
5 621
0
3−5.広島の
急性症状発症率
9
急性症状に基づく被曝線量(於保調査)
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
0 1 2 3 4 5
爆心地からの距離 km
被曝線
量 Gy
全被曝線量(脱毛)初期放射線(脱毛)放射性降下物(脱毛)全被曝線量(紫斑)初期放射線被曝(紫斑)放射性降下物(紫斑)全被曝線量(下痢)初期被曝(下痢)放射性降下物(下痢)全被曝線量(下痢2成分)初期放射線被曝(下痢 2成分)放射性降下物(下痢 2成分)初期放射線 DS02
広島急性症状発症率(於保 屋内、中心地出入無)
0
10
20
30
40
50
60
70
0 1 2 3 4 5
爆心地からの距離 km
発症
率
%
於保論文脱毛於保論文脱毛フィット於保 紫斑於保論文紫斑フィット於保論文下痢於保論文下痢フィット於保論文2成分下痢フィット系列19
3−6.急性症状の発症率による長崎原爆の放射性降下物による被曝推定
• 長崎市内(<4.5 km)長崎医大(調ら)
• 日米合同調査(<5.5 km)
• 長崎被爆未指定地域拡大で調査
長崎市周辺部(平均9.5 km)長崎市
長崎市周辺町村(平均11.2 km)周辺自治体
『聞いて下さい!私たちの心のいたで』
原子爆弾被爆未指定地域証言調査報告
→放射線影響を認めず,精神障害だけ→「被爆体験者手帳」
10
長崎は行政区域によって被爆者の扱いが3通り拡大地域は精神的外傷のみ補償放射線被曝影響はない?!
→原爆体験者手帳
図13 長崎周辺地域の急性症状発症率 (%)
0
5
10
15
20
25
時津(北)
多良見(北東)
飯盛(東)
香焼(南)
伊王島(南西)
琴海(北西)
毛が抜けた
皮膚に斑点が出た
下痢
歯茎から血が出た
長崎市周辺部;茂木、日見、矢上、戸石、古賀、式見、三重、深堀平均 9.5 km
周辺町村:香焼、伊王島時津子々川郷琴海西海郷多良見伊木力大草、喜々津飯盛田結爆心地から
平均 11.2 km
方向性がない!
11
図6 長崎原爆による急性症状発症率
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
0 5 10爆心地からの距離 km
発症率
%
脱毛脱毛 fit紫斑等紫斑 fit下痢下痢 fit
急性症状発症率の基づく長崎の被曝線量
爆心地からの距離 km
被曝線量
Gy
cP+F(脱毛)
cP(脱毛)
Fallout(脱毛)
cP+F(紫斑)
cP(紫斑)
Fallout(紫斑)
cP+F(下痢)
cP(下痢)
Fallout(下痢)
初期放射線 P(R)
ガンマ線
西山地域
金比羅山 稲佐山
12
図4 入市被爆者の急性放射線症発症率の推移
0
10
20
30
40
50
60
0 5 10 15 20 25 30 35
原爆投下後から入市までの日数
発症
率
(%)
発症率(フィット)
急性症状発症率(於保論文)
下痢
脱毛1957年の於保源作医師の調査
被爆後何日目に爆心地から1km以内の中心地に入ったかの急性症状(5種)発症率
4.誘導放射化物質による被曝
図5 入市被爆者の実効的累積被曝線量
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
0 5 10 15 20 25 30 35原爆投下から入市までの日数 (日)
累積
被曝
線量
(
グレ
イ)
D = 1. 49 ・ exp(-d/9.3)D+=1.82・ exp(-d/9.7)D-=1.07・ exp(-d/9.6)外部被曝線量 0m外部被曝線量 500m外部被曝線量 1000m直爆中心地出入り+直爆中心地出入り?系列9系列10
急性症状発症率から推定した入市被爆者の実効的累
積被曝線量
累積外部被曝線量
中心地出入り直爆被爆者の実効的累積被曝線量
0 m0.5km
1km
当日入市の平均被曝線量は1.5グレイ:1200 mの初期放射線被曝に相当1週間後
0.7グレイ2週間後
0.35グレイ3週間後
0.18グレイ1ヶ月後
0.09グレイ
13
5.染色体異常と晩発性障害による被曝線量推定
• 染色体異常の頻度∝被曝線量
佐々木・宮田:日赤中央病院被爆者/非被曝者
⇔放影研:被爆者/遠距離被爆者
• 晩発性障害
シュミッツ-フォイエルヘーケ教授(ブレーメン大学)
標準相対リスク=
被爆者の死亡 or 発症率/日本人死亡 or 発症率
⇔ 放影研の相対リスク=
被爆者/遠距離被爆者または入市被爆者
過剰リスク(ERR)=(初期+残留+その他)
ー(残留+その他)
染色体異常による被曝線量(佐々木、宮田)
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0
爆心地からの距離 km
屋外 S屋外 Qdr木造 S木造 QdrコンクリートSコンクリートQdr遠距離 S遠距離 Qdr系
1.0
0.1
0.01
初期放射線(DS86)
初期放射線(T65D)
放射性降下物 S型
初期+fallout S型
放射性降下物 Qdr型
初期+fallout Qdr型
染色体異常の頻度から被曝線量推定
日赤中央病院の被爆者と非被爆者の比較
循環性リンパ球(身体の平均的内部被曝)
対数目盛りでは初期放射線はほぼ直線(点線T65D、実線DS86)
信頼性の高い安定型(S型赤い破線)で放射性降下物の影響は1600m付近で初期放射線被曝を上回る
14
放影コントロールの晩発性研の障害の相対リスク(Schmitz-Feuerhake)相対リスク=被爆者発生率/非被爆者発生率
図10 放影研の比較対照群の全国に対する相対リスク(Schmitz-Feuerhake による)
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
1.6
1.8
2.0
2.2
2.4
2.6
2.8
相対リス
ク
誤差棒0-9 rad グループ誤差棒市内非滞在グループ系列5系列6
白血病発症率
甲状腺がん発症率
女性乳がん発症率
循環器系疾病
中枢神経系血管障害
良性または不特定腫瘍
胃以外の消化器系がん
呼吸器系がん
白血病
全悪性腫瘍
肺結核
全疾病
外傷
全死亡原因
4.1 3.4
早期入市者
図10b 放射性微粒子による集中した内部被曝
ガンマ線・中性子線 ガンマ線・ベータ線
放射性微粒子
初期放射線による外部被曝初期放射線(ガンマ線と中性子線)による外部被曝は組織にほぼ一様に放射線をあびせる。
外部被曝と内部被曝の違い 放射性微粒子による内部被曝残留放射能を帯びた微粒子を呼吸や飲食で体内に取り込むと、微粒子の周辺細胞は集中して放射線(アルファ線、ベータ線)を長時間あびる内部被曝の大きな影響を受ける。
体内組織
体内組織
アルファ線
6.外部被曝と内部被曝の違い
15
0 0.5 1 1.5 2微粒子からの距離 mm
被曝
線量
グ
レイ
2ヶ月 d=1μm
2ヶ月 d=0.1μm
1μm の平均
0.1μm の平均
半致死量 4グレイ
1000
10
100
1
0.1
0.01
0.001
0.0001
半致死線量 4グレイ
直径1μm のジルコニウム95→ニオブ95のベータ崩壊する微粒子から受ける被曝線量
直径 0.1μm のジルコニウム95→ニオブ95のベータ崩壊する微粒子から受ける被曝線量
直径1μmと0.1μmの放射線微粒子定着周辺の被曝線量ストロンチュム95―β崩壊→イットリウム95―β崩壊→ジルコニウム95―β崩壊→ニオブ95―β崩壊→モリブデン95(安定)
固形がん絶対リスク(1950? 1990年、30歳で被曝男性)
0.00
0.02
0.04
0.06
0.08
0.10
0.12
0.14
0.16
0.18
0.20
0.22
0.24
-1 0 1 2 3 4 5初期放射線被曝線量 グレイ or Sv
絶対リ
スク
AR
ARAR(回帰)系列3
AR0=0.1048
AR0= 0.0798AR0= 0.0923
AR0 = 0.1054
外部比較法0〜0.05Svの区分のARをAR0にAR0=0.1054
内部比較法 回帰直線(赤線)被曝線量0の交点のARをAR0にAR0 =0.1048
残留放射線無視→相対リスクRR = AR÷AR0 は変わらない!
7.外部比較法と内部比較法
16
8.残留放射線影響を無視した「原因確率」の欠陥原因確率(D)=
{被爆者集団(初期+残留)-遠距離被爆者(残留)}÷被爆者集団(初期+残留) =ERR÷(ERR+1)
原因確率
0
10
20
30
40
50
60
70
80
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5
初期放射線量 グレイ
原因確率
%
放影研fallout0.5Gyfallout 1Gyfallout0.5Gysupralinear
9.国の唯一の内部被曝評価はAEC仕込みのトリック
• 長崎西山地域の被爆者のホール・ボディ・カウンターによるセシウム137のガンマ線を測定
• 1959年に計画(マーシャルの被曝住民調査→広島・長崎の被爆者に適用してnegative result を期待→内部被曝を否定→頓挫)
• 半減期約30年のセシウム137は筋肉などに蓄積するが新陳代謝で約100日(生物学的半減期)で1/2に
• 1969年と1981年に岡島らが測定→7.4年で半減→測定したのは環境半減期
• この結果から放射性降下物による積算内部被曝線量≪自然放射線量
24年後には(1/2)^(8760/100) = 4.3 E−27
17
「原因確率」←放射線影響研究所の疫学研究
• 原爆傷害調査委員会(ABCC)→放射線影響研究所
• 研究設計:初期放射線影響(外部被曝)のみ関心
→ 残留放射線の影響を無視
→ 遠距離被爆者・入市被爆者には適用不能
• 原爆症認定集団訴訟の地裁判決
被爆実態に立脚して判断→残留放射能の内部被曝の影響を認める→「原因確率は残留放射能の内部被曝の影響を考慮していないので欠陥がある」
おわりに
以上述べたことは目下研究論文にまとめながら補足計算をしている段階であるが、被爆実態に基づいて、今なお研究解明すべき問題が多くあることを示している。こうした研究が、現在急速に発展しつつある放射線影響の研究に役立てられることを願っている。
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