.はじめに
人医療面接では、多くの場合、医師の対話相手は診療対象の患者である。診療に対する患
者の満足度や理解度を高め、医師との信頼関係を築くことでより高い治療効果が期待できる
という点から、近年、医師のコミュニケーション能力の向上が重視されている(前田・徳
田, 真野 松村・箕輪 )。一方、家庭で飼育されている伴侶動物の診療を
行う小動物獣医療面接では、診療対象は罹患動物であるものの、獣医師がその動物の症状に
関する情報を得たり、今後の治療方針について説明を行い、同意を得る相手は飼い主であ
る。よりよい治療効果を得るためには、動物の疾患や治療方法や予後などについて飼い主に
理解してもらい、選択された治療方針について協力を得る必要がある。この点において、獣
医師の場合は、直接の診療相手である動物とのコミュニケーション能力だけでなく、飼い
主、すなわち人とのコミュニケーション能力も大いに要求されてくる。
人のがん医療においては、悪い知らせを患者に伝える際、医師のコミュニケーションスタ
イルがその後の患者の不安やストレスに関連することが示唆されている(内富・藤森
)。人とは違い、安楽死が認められている動物の診療を行う獣医療においては、悪い知
らせの告知はがんに関する場合だけでなく、安楽死選択に関する場合もありうるわけであ
る。このような状況においては、獣医師のコミュニケーションスタイルが、動物の代理人あ
.はじめに
.調査方法
.設問と回答分布
コミュニケーションスキル科目の受講経験
獣医師自身のコミュニケーション行動への配慮
飼い主のコミュニケーション行動の観察
飼い主の社会的属性や心理状態への適応性
飼い主への共感的コミュニケーション行動
飼い主の理解度の確認
.おわりに
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査
─設問と回答分布─
杉 田 陽 出
るいは保護者というべき立場の飼い主にとって、一般診療の場合よりもさらに深い意味を持
ちうることは容易に想像される。また、そこで交わされる両者間のコミュニケーションの内
容や質は、飼い主の感情や考えを充分に理解し、その意向に沿った判断を下す診療の過程や
結果に影響を及ぼす可能性があるという点で、獣医師自身にとっても重要な意味を持つであ
ろう。
伴侶動物の安楽死選択過程において、獣医師と飼い主の間で良質なコミュニケーションが
図れていることは、両者が納得した上で安楽死選択を受け入れられる、あるいは拒否できる
臨床環境の構築に不可欠な要因と考えられる。このような視点に立ち、全国の臨床獣医師を
対象に 年に実施した安楽死に関する意識調査では、飼い主に安楽死を提示あるいは説明
する際の、獣医師のコミュニケーション行動に関する設問をいくつか設けた。その内訳は、
コミュニケーションスキル科目の受講経験 、 獣医師自身のコミュニケーション行動への
配慮 、 飼い主のコミュニケーション行動の観察 、 飼い主の社会的属性や心理状態への適
応性 、 飼い主への共感的コミュニケーション行動 、 飼い主の理解度の確認 である。こ
れらの設問の作成にあたっては、獣医師のコミュニケーション行動に関する文献、そして人
医療におけるコミュニケーションスキルは獣医療にも応用できる(
)という観点か
ら、患者満足度を高める医師のコミュニケーションスキルに関する文献を参考にした。
本稿では、以上の獣医師のコミュニケーション行動に関する各設問について、その内容な
らびに作成に至った経緯を説明し、それぞれの回答分布を順に提示していく。ただし、この
調査で得られた回答の結果については、今後の研究においてより詳細に分析を行い、その知
見を発表していく予定であることから、本稿では考察を加えることは控え、簡単な所見を述
べるに止める。
.調査方法
調査対象者の母集団は、 年 月(一部 月)現在で、 の タウンページに掲載
されている全国の開業動物病院である )。政令指定都市、その他の市、郡部に分類した 都
道府県の各地域について、掲載されている動物病院数から標本数を比例配分した上で、
の動物病院を無作為抽出した。このようにして抽出された動物病院に 年 月に調
査票を郵送したところ、 の調査票が回収された )。この内、 小動物医療に携わっている
臨床獣医師 の条件にあてはまらない 人が回答したものを分析対象から除外した。よっ
て、本稿の各設問の回答分布に用いたデータの回答者数は計 人である )。ただし、各設
問の回答分布図に記載している合計回答者数は、この 人から無回答者や非該当者、なら
大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
) タウンページの動物病院欄に掲載されているものの中から、重複掲載されている動物病院や明らかに開業動物病院でないとわかるもの、小動物医療を専門としていないと判断される動物病院は除外した。また、大学付属といった名称がついている動物病院や、特定の飼い主と接する機会が少ないと考えられる夜間救急動物病院も除外した。)宛先不明や該当者死亡、閉院などが判明した調査対象者 人を除外した回収率は %である。)回答者 人の性別及び年齢層の詳細については、杉田・入交( )を参照されたい。
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査(杉田)
びに判然としない回答をした者を除いた数である。
.設問と回答分布
コミュニケーションスキル科目の受講経験
今回用いた調査票では、飼い主に伴侶動物の安楽死を提示あるいは説明する際の、獣医師
のコミュニケーション行動を尋ねる一連の設問に加えて、対人コミュニケーションスキルに
関する科目の受講経験の有無を尋ねる設問を設けた。この設問は、 問 あなたは、大学あ
るいは大学以外のどこかで、次のようなテーマについて講義や実習を受けたことがあります
か。 回だけでなく、一定の期間受けたもの、あるいは数回にわたって受けたもの全てに
をつけてください という内容で、複数回答形式を取っている。設問項目として、 病院
経営 、 獣医倫理 、 動物愛護・福祉 、 動物の安楽死 といった病院経営や安
楽死に関する科目項目の他、 人にわかりやすく話す方法 や 人の話に耳を傾ける
態度(アクティブ・リスニング) といったコミュニケーションスキルに関する科目項目、
さらに のいずれも受けたことはない の項目を設けた。
人医療分野では、患者満足度を向上させる医師のコミュニケーションスキルとして、 患
者にわかりやすい言葉を使う 、 患者の会話を促す 、 傾聴する 、 共感的行動を取る 、
患者の理解度を確認する などが挙げられている(真野 町田・保坂 松村・
箕輪 沢村・中島 )。前田・徳田( )が 年に行った患者満足度調査で
は、患者が求める良い医師のイメージとして、 話がしやすい雰囲気がある に続き、 病気
や治療について十分な説明をしてくれる と 患者の症状を良く聴いてくれる が上位を占
めている。一方、獣医師に求められる能力に関して、似内( )は 飼い主の話をよく聴
く と 難しいことを飼い主にわかりやすく説明する という点に言及している。これらを
参考に、今回の調査では 相手にわかりやすく話す 及び 相手の話をよく聴く というコ
ミュニケーション行動に焦点を絞り、この つを対人コミュニケーションスキルに関する科
目として設問項目に組み込んだ。
問 の設問のコミュニケーションスキルに関する科目項目は、単にその受講経験者数を明
らかにするだけでなく、獣医療教育の中でのコミュニケーション教育の位置付けや、受講経
験の有無と臨床コミュニケーション行動の関連性を探るために設けたものである。本稿で
は、コミュニケーションスキルに関する科目項目の回答分布だけでなく、それ以外の科目項
目の回答分布も比較参考のために提示しておく。
図 は各項目の回答分布を示している )。この設問で挙げた つの科目項目の内、受講経
験の割合は 動物愛護・福祉 ( %)で最も多く、続いて 獣医倫理 ( %)、
病院経営 ( %)となっている。これらに比べて、コミュニケーションスキルに関
する科目項目である 人にわかりやすく話す方法 ( %)や 人の話に耳を傾ける
)問 の設問は複数回答形式であることから、各設問項目の回答分布図について、全ての項目に回答していない 人を除いた 人を合計回答者数としている。
態度(アクティブ・リスニング)( %)の受講経験の割合は、 動物の安楽死
( %)と並んで少ない傾向にある。この設問では、 回だけでなく、一定の期間受けた
もの、あるいは数回にわたって受けたもの に をつける、という条件を設けている。この
ような条件下では、 のいずれも受けたことはない の割合が %に上り、 つの
科目項目の中で受講経験の割合が最も多いことが判明した 動物愛護・福祉 の 倍近
くになっている。この結果からは、安楽死や臨床コミュニケーションスキルについてだけで
なく、病院経営の知識や獣医倫理、さらには動物愛護や福祉についても、大学の講義で教え
るべきもの、あるいは技術習得のために演習や訓練をすべきものというよりは、臨床経験を
積むことで習得していくものだとする、これまでの獣医療教育のあり方が示唆されているよ
うに思われる。
. 獣医師自身のコミュニケーション行動への配慮
獣医師自身のコミュニケーション行動への配慮を尋ねる設問として、 問 あなたは、飼
い主に安楽死の提示や安楽死についての説明などを行う際に、次の のあなたご自身の
行動に気を配っていますか を調査票に設けた。設問項目の内容は、 わかりやすい言葉
を使う 、 しゃべるスピード 、 しゃべる際の間の取り方 、 声の大きさ 、
顔の表情 、 体の向き 、 視線の位置 、 飼い主との距離 、 飼い主の話にあ
大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
図 問 の回答分布
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査(杉田)
いづちを打つ 、 プライバシーを確保できる場所で行う である。各項目には、 常
に気を配っている 、 時々気を配っている 、 あまり気を配っていない 、 全く
気を配っていない の つの選択肢が与えられている。
人の相互作用過程において非言語メッセージが果たす役割は大きい。非言語メッセージは
言語メッセージの代理や強調、そして否定といった機能を持ち、対人コミュニケーションに
おいては言語メッセージよりも非言語メッセージが使用される割合が多い。言語メッセージ
が論理や思考に関する側面を表すのに対して、非言語メッセージは感情や情緒に関する側面
を表し、また本音は言語メッセージよりも非言語メッセージに現れる傾向があるといわれる
( 石井 古田 )。それゆえ、患者との対話において
は、医師は自分自身ならびに患者が発信する言語メッセージだけでなく、非言語メッセージ
にも充分に留意しなければならない( 保坂・町田・有田 町田・保
坂, ローイド ボア 内富・藤森 )。
これは人医療の現場のみならず、獣医療の現場、すなわち獣医師と飼い主の対話において
もあてはまる。 ( )は、 安心感( ) は人間の基本的欲求であり、飼い
主は獣医師が自分の悩みや不安や弱さを露呈しても安全な相手であるか探ろうとしていると
述べている。そして、 安心感 なしでは飼い主は獣医師の話を受け入れたがらないとした
上で、飼い主に 安心感 を与えるのに効果的な非言語コミュニケーションスキル、ならび
に飼い主の非言語メッセージの意味するところについて説明している。このように、飼い主
に 安心感 を与えるという観点からも、獣医師は自分自身及び飼い主の非言語メッセージ
に注意を払う必要があるといえる。
以上を踏まえて、問 の設問は、一般診療よりもさらに緊張を強いられる安楽死の提示あ
るいは説明という場面において、飼い主の緊張感を和らげ、安心感を与えながらわかりやす
い説明を行うために、獣医師は非言語メッセージを中心とした自分自身の行動にどの程度配
慮しているのか、その頻度を尋ねる形式で測ろうとしている。設問項目として、わかりやす
い言葉の選択といった言語コミュニケーション行動に関する項目の他、話すスピードや声の
大きさ(周辺言語)、表情や姿勢(身体動作)、視線(視線接触)、空間や対人距離(近接空
間) )といった非言語コミュニケーション行動に関する項目を設けた。
図 は各項目の回答分布を示している。全体的に見て、全ての項目において 常に気を
配っている という回答の割合が最も多くなっている。中でも言語コミュニケーション行動
に関する わかりやすい言葉を使う に関しては、 %以上が 常に気を配っている
と回答している。これに比べると、非言語コミュニケーション行動に関する各項目の 常に
気を配っている の割合は幾分低い傾向があり、コミュニケーション過程における言語メッ
セージの役割に対する認識の高さに比べて、非言語メッセージの役割に対する認識が低い様
子が窺われる。
とはいうものの、 しゃべるスピード 、 しゃべる際の間の取り方 、 声の大き
さ 、 飼い主の話にあいづちを打つ といった周辺言語に関する項目や、 顔の表
情 といった身体動作に関する項目、 プライバシーを確保できる場所で行う という場
)この分類方法については、石井 ( )を参考にしている。
の設定に関する項目については、 常に気を配っている の割合は %から %以上を占め
ている。一方、視線接触に関する 視線の位置 については %に満たず、身体動作に
関する 体の向き と近接空間に関する 飼い主との距離 については %に満たな
い。特にこの と の つの項目については、 時々気を配っている と あまり気を配っ
ていない の割合に大きな違いは見られず、 全く気を配っていない の割合も他の項目に
比べて高い傾向が見られる。この結果から、同じ非言語メッセージの中でも種類によって、
その役割に対する認識に違いがある様子が窺われる。
大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
図 問 の回答分布
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査(杉田)
飼い主のコミュニケーション行動の観察
飼い主のコミュニケーション行動の観察に関する設問として、 問 あなたは、飼い主に
安楽死の提示や安楽死についての説明などを行う際に、次の の飼い主の行動や意識に
注意していますか を調査票に設けた。設問項目の内容は、 飼い主の顔の表情 、
飼い主の声の調子 、 飼い主の体の向き 、 飼い主の視線 、 飼い主の現在の心
理状態 、 飼い主があなたの説明を理解しているか である。各項目には、 常に注
意している 、 時々注意している 、 あまり注意していない 、 全く注意してい
ない の つの選択肢が与えられている。
獣医師と飼い主の相互作用過程においては、言語メッセージ及び非言語メッセージは獣医
師から飼い主に発信されるだけでなく、飼い主から獣医師へも常に発信されている。獣医師
は自分自身が発信する非言語メッセージに留意するだけでなく、飼い主が発信する非言語
メッセージを観察して相手の感情や真意を読み取り、それに対して自分が次に取るべき適切
なコミュニケーション行動を瞬時に判断しなければならない。安楽死といった動物の生死を
決定するような対話の場合には、獣医師はより慎重に、飼い主のコミュニケーション行動か
らその心理を読み取ることが要求されるものと考えられる。
内富・藤森( )によると、 とは人医療分野において、悪い知らせを患者に
伝える際の医師のコミュニケーションスキルに関する手順を 場の設定( )、 病状
認識( )、 患者からの招待( )、 情報の共有( )、 感情
への対応( )、 戦略と要約( ) の
段階にまとめたガイドラインである。 ( )は、伴侶動物の安楽死と
いう悪い知らせを飼い主に伝える状況に を応用し、各段階における獣医師のコ
ミュニケーション行動について説明している。この モデルによれば、 段階目の
感情への対応 におけるコミュニケーション行動として、対話中に飼い主の感情的な反応
に気づき、共感的な対応を行うことが挙げられている。
以上を前提に、問 の設問は、獣医師は対話の相手である飼い主の行動や心理にどの程度
注意を払っているのか尋ねている。獣医師自身のコミュニケーション行動への配慮に関する
問 の設問では、獣医師は安楽死を提示あるいは説明する立場、すなわち主に話をする側と
想定していることから、周辺言語に関する設問項目を多く設けた。これに対して問 の設問
では、飼い主は安楽死を提示あるいは説明される立場、すなわち主に話を聞く側と想定して
いることから、周辺言語に関する項目は 飼い主の声の調子 のみに止めた。また、問
の設問には、 飼い主があなたの説明を理解しているか という、獣医師の説明に対す
る飼い主の理解度の確認に関する項目を新たに設けている。
図 は各項目の回答分布を示している。前節の獣医師自身のコミュニケーション行動への
配慮に関する設問の回答と同様、全ての項目において 常に注意している という回答の割
合が最も多くなっている。中でも 飼い主があなたの説明を理解しているか について
は、 常に気を配っている の回答が %以上得られている。また、 飼い主の顔の表
情 、 飼い主の声の調子 、 飼い主の現在の心理状態 については %前後あるいは
それ以上が、そして 飼い主の視線 については %以上が 常に注意している と
なっている。一方、 飼い主の体の向き に関しては、 常に注意している の割合は
%に満たない。 時々注意している と あまり注意していない の割合に大きな違いが
見られない点や、 全く注意していない の割合も他の項目に比べて多い傾向が見られる点
においても、獣医師自身のコミュニケーション行動への配慮に関する設問の回答結果と共通
しており、非言語メッセージとしての 体の向き の意味するところがさほど重視されてい
ないことがわかる。
飼い主の社会的属性や心理状態への適応性
飼い主の社会的属性や心理状態への適応性を尋ねる設問として、 問 あなたは、飼い主
に安楽死の提示や安楽死についての説明などを行う際に、相手によって説明の仕方を変えて
いますか を調査票に設けた。この設問に はい と回答した者にのみ、 問 あなた
は、次のことを意識して説明の仕方を変えていますか。あてはまるもの全てに をつけてく
ださい という内容で、 つの項目について複数回答形式で尋ねている。設問項目の内容
は、 飼い主の性別 、 飼い主の年齢 、 飼い主の職業 、 飼い主の知識レベ
ル 、 飼い主の性格 、 飼い主の現在の心理状態 、 飼い主と動物の関係 、
飼い主とあなたの関係(友達や知り合いであるなど) である。
悪い知らせを伝えられる際にがん患者が医師に望むコミュニケーションスキルは、がんの
種類や病期といった身体的要因の他、年齢や性別や教育経験年数などの社会的属性要因や、
抑うつや不安といった心理的要因が関連していることが示唆されている。この点からも、が
大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
図 問 の回答分布
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査(杉田)
ん医療の現場においては、患者の社会的要因や心理的要因を考慮した対応や説明を行うこと
が求められるが(藤森・内富 )、これは獣医療においてもあてはまると考えられる。
特に安楽死という悪い知らせを飼い主に伝える場合には、獣医師は飼い主の社会的属性要因
や心理的要因を考慮した上で説明の方法を慎重に判断し、説明に対する飼い主の理解度を高
めるよう努力する必要があろう。このような観点から、獣医師は飼い主の社会的属性要因や
心理的要因を意識して説明方法を変えているのか、変えているのであれば、どの点を意識し
て変えているのかを探るために、問 及び問 の設問を設けた。
問 の設問では、飼い主の社会的属性や心理状態に関する項目以外に、 飼い主と動
物の関係 と 飼い主とあなたの関係(友達や知り合いであるなど) という項目を設け
ている。飼い主と動物の関係の深さ、あるいは絆の深さや愛着は、悪い知らせを伝えられる
際の飼い主の心理状態、さらには獣医師が行う説明に対する飼い主の理解度に関連すると推
察される。また、女性や子どもがいない人、高い年齢層の子どもがいる人は伴侶動物の存在
感を高く評価する傾向が見られる(杉田 )ことから、飼い主の社会的属性は動物との
絆の深さを間接的に示すと推測される。よって、問 の設問では、飼い主と動物の関係を
間接的に示すと考えられる社会的属性項目に加えて、それを直接尋ねる形式の 飼い主
と動物の関係 の項目を設けた。さらに、獣医師自身と個人的な交流のある飼い主の場合と
そうでない飼い主の場合では説明方法に違いがあるのかという点、言い換えれば、獣医師と
飼い主の対人関係レベルが説明方法に影響するのかという点を見るために、 飼い主とあ
なたの関係(友達や知り合いであるなど) の項目も加えた。
図 と図 はそれぞれ問 の設問と問 の各項目の回答分布を示している )。まず、問
の設問について、 相手によって説明の仕方を変えている 割合は回答の %を占めてい
る。では飼い主のどういった条件を基に説明を変えているのかという点については、 %前
後あるいはそれ以上の回答者が 飼い主の知識レベル 、 飼い主の性格 、 飼い
主の現在の心理状態 、 飼い主と動物の関係 を挙げており、 %以上の回答者が
飼い主の年齢 を挙げている。これに対して、 飼い主の性別 や 飼い主とあなた
の関係(友達や知り合いであるなど) を挙げる回答者の割合は %に満たず、さらに
飼い主の職業 の割合は %に満たない結果となっている。
ここで注意しておきたいのは、問 の各項目は、獣医師の説明に対する飼い主の理解度
を測るにあたって、それぞれが独立した別個の要因と見るべきではなく、相互に関連し合っ
)問 の設問は複数回答形式であることから、各設問項目の回答分布図について、全ての項目に回答していない 人を除いた 人を合計回答者数としている。
図 問 の回答分布
ている要因と見るべきだという点である。例えば、飼い主の職業と知識レベルにはなんらか
の関連性があることが疑われ、また飼い主の性別と動物との関係(愛着度)についても、上
で述べたように関連性が見られることが判明している。この点において、これらの項目に関
する回答でそれぞれ異なる結果が得られたことは大変興味深い。
飼い主への共感的コミュニケーション行動
飼い主への共感的コミュニケーション行動に関する設問として、 問 あなたは、飼い主
に安楽死の提示や安楽死についての説明などを行う際に、次の のことを行っています
か を調査票に設けた。設問項目の内容は、 飼い主に同情的な態度を示す 、 飼い
主に共感的な態度を示す 、 必要であれば、飼い主の不安や悩みを軽減させるように努
める 、 必要であれば、飼い主を励ます 、 飼い主の話をよく聞く 、 飼い主の
質問に丁寧に答える 、 飼い主に質問はないか尋ねる である。各項目には、 常に
行っている 、 時々行っている 、 あまり行っていない 、 全く行っていない
大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
図 問 の回答分布
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査(杉田)
の つの選択肢が与えられている。
共感 とは、“相手の理解の枠組み(準拠枠)でもって相手が置かれた境遇や現実感を
分かち合う行為”(八代 )であり、相手が置かれた状況を自分の理解の枠
組み、すなわち自分の物の見方で想像する行為である 同情 とは区別される。人医療面接
においては、医師は患者に同情するのではなく、患者の感情を理解する共感的コミュニケー
ション行動を取ることが推奨される。具体的な共感的コミュニケーション行動として、あい
づちを打つなどして相手の話を促すことや、相手の話を傾聴することなどが挙げられる
( 町田・保坂 松村・箕輪 沢村・中島 )。獣医療の現場
においても、飼い主の満足度を高めるためだけでなく、獣医師と飼い主の信頼関係を確立
し、罹患動物の治療効果を高めるためにも、飼い主に共感を示すことは獣医師に必要なコ
ミュニケーションスキルとされる(
)。また、安楽死という深刻なテーマで対
話を行う状況においては、飼い主の精神的ケアという点からも特にそれが求められるであろ
う。
問 の設問では、獣医師は飼い主に共感的コミュニケーション行動をどの程度取っている
のか見るために、 飼い主に共感的な態度を示す という共感的コミュニケーション行動
の有無を直接尋ねる項目に加えて、 飼い主の話をよく聞く や 飼い主の質問に丁
寧に答える など、共感的コミュニケーション行動を具体的に挙げた項目を設けた。また、
飼い主に共感的な態度を示す の比較対象として 飼い主に同情的な態度を示す
を設けた他、悪い知らせを伝えられる際に患者が医師に望むコミュニケーションスキルとし
て挙げられる(内富・藤森 )、 飼い主に質問はないか尋ねる も項目に加えた。
図 は各項目の回答分布を示している。全体的に見て、いずれの項目においても 常に
行っている という回答の割合が最も多くなっている。中でも共感的コミュニケーション行
動に関する項目として設けた 飼い主の話をよく聞く と 飼い主の質問に丁寧に答
える については、 %前後が 常に行っている という回答である。続いて多いのが
必要であれば、飼い主の不安や悩みを軽減させるように努める と 飼い主に質問はな
いか尋ねる で、その割合は %前後を占めている。 飼い主に共感的な態度を示す と
必要であれば、飼い主を励ます については、 常に行っている の割合は %前後で
あり、 時々行っている の割合も少なくない。 飼い主に同情的な態度を示す に至っ
ては、 常に行っている と 時々行っている の割合はほぼ同程度の %前後となってい
る。また、これら 、 、 の つの項目については、 あまり行っていない の割合も他
の項目に比べて多い傾向が見られる。
共感的コミュニケーション行動の有無を直接的に尋ねた項目の 飼い主に共感的な態
度を示す と、共感的コミュニケーション行動を具体的に挙げた項目の 飼い主の話を
よく聞く 及び 飼い主の質問に丁寧に答える では、回答の分布傾向が異なってい
る。これに対して、 飼い主に同情的な態度を示す と 飼い主に共感的な態度を示
す では、回答の分布傾向に似た特徴が見られる。この結果から、回答者は 共感 や 同
情 の意味が理解できているのかという疑問が提示されると同時に、この設問項目のあり方
自体に改善すべき点のあることが示唆される。
飼い主の理解度の確認
飼い主の理解度の確認に関する設問として、 問 あなたは、飼い主に安楽死の提示や安
楽死についての説明などを行う際に、飼い主があなたの説明を充分に理解しているか確認し
ていますか を調査票に設けた。この設問に はい と回答した者にのみ、 問 それは
どのような方法で行っていますか。あてはまるもの全てに をつけてください という内容
で、 つの項目について複数回答形式で尋ねている。設問項目の内容は、 わかりまし
たか などと尋ねる 、 何か質問はないですか などと尋ねる 、 どう思われま
すか などと尋ねる 、 相手に説明の内容を要約するよう求める 、 その他(具体的
に) である。
問 の設問項目にも取り上げた飼い主の理解度の確認は、人医療では一般の医療面接で行
われるだけでなく(松村・箕輪 沢村・中島 )、がんなどの悪い知らせを患者に
伝える場合にも、わかりやすい説明を行い、患者の疾患への認識を高めるのに必要不可欠と
されている(内富・藤森 )。問 及び問 の設問は、獣医師は自分が行った説明に
ついて飼い主が理解できたか確認しているのか、確認しているのであれば、どのような方法
で行っているのかを尋ねていると同時に、獣医師は自分が意図した説明内容と飼い主の理解
の齟齬を減らす努力を行っているのか、またそれは効果的だといわれる方法で行っているの
かという点も尋ねている。
大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
図 問 の回答分布
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査(杉田)
ここでは飼い主の理解度の確認方法として言語メッセージに焦点を置き、閉じられた質問
( )形式の わかりましたか などと尋ねる 、開かれた質問(
)形式で相手の質問を促す 何か質問はないですか などと尋ねる 、開かれ
た質問( )形式で相手の意見を問う どう思われますか などと尋ね
る 、さらに 相手に説明の内容を要約するよう求める を問 の設問項目として挙げ
ている。この内、 わかりましたか などと尋ねる と 何か質問はないです
か などと尋ねる の作成にあたっては、内富・藤森( )の著書の中で提示されている)の、 悪い知らせの伝え方 カテゴリにある 理解しやすい説明 の例を参考に
した。また、松村・箕輪( )は、患者の理解度を確かめる、あるいは患者の理解度に合
わせる方法として、患者に質問の機会を与え、会話の主導権を与えることを挙げているが、
何か質問はないですか などと尋ねる は、その効果的な方法の例にも含まれてい
る。
図 と図 はそれぞれ問 の設問と問 の各項目の回答分布を示している )。まず、問
の設問について、 飼い主が充分に理解しているか確認している の割合は回答の %を
占めている。そして、その確認方法については、 何か質問はないですか などと尋ね
る がほぼ %で、他の方法に比べて最も多くなっている。次に多いのが わかりま
したか などと尋ねる と どう思われますか などと尋ねる であるが、いずれも
%前後に止まっている。回答の割合が目立って少ないのが 相手に説明の内容を要約
するよう求める であり、その割合は %程度である。
言語メッセージについては、表層的には同じ内容のものであっても、周辺言語やコンテキ
ストなどによって、受け取られる意味合い、すなわちメッセージの受け手がそのメッセージ
に与付する意味が大きく異なってくる可能性がある。よって、紙面上で行うアンケート調査
ではメッセージのニュアンスを表現しにくく、この点を考慮した上で考察を加えていく必要
があることを最後に付け加えておく。
) とは、悪い知らせを伝えられる際に患者が医師に望むコミュニケーションスキルを 支持的な場の設定( )、 悪い知らせの伝え方( )、 付加的な情報( )、 安心感と情緒的サポート( ) のつのカテゴリに分類したものである(内富・藤森 )。)問 の設問は複数回答形式であることから、各設問項目の回答分布図について、全ての項目に回答していない 人を除いた 人を合計回答者数としている。
図 問 の回答分布
.おわりに
医療教育の分野では、 年に 医学教育の改善に関する調査研究協力者会議 最終まと
め においてコミュニケーション教育の重要性が提示されて以来、対患者コミュニケーショ
ンに関する講義を取り入れる大学が増加した。さらに、 年に全国の医学部 年生対象の
共用試験である客観的臨床能力試験( )に、医療面接でのコミュニケーション能力評
価が導入されると、全国の医学部でコミュニケーション教育が行われるようになった(松
村・箕輪 )。他方、獣医療教育の分野では、 獣医師国家試験の改善に関する報告
(獣医事審議会試験部会 )において、獣医師国家試験への臨床技能試験導入を今後検
討する上で、飼い主との信頼関係を確立するためのコミュニケーション能力面の評価導入の
検討が提言されているものの、現段階においては、コミュニケーションに関する講義や講座
を独立した科目としてカリキュラムに組み込んでいる獣医学部は少ないように思われる。
コミュニケーション学研究の分野においても医療コミュニケーションは注目されており、
医師や看護師と患者、あるいはその家族のコミュニケーションに関する研究成果( 船
山 宮城・伊佐 )が発表されている他、コミュニケーション学の概念を用いて
医療コミュニケーションスキルについて説明したテキスト( 杉本 、 )なども
出版されている。この一方で、獣医療コミュニケーションに関する研究は、獣医療教育の場
合と同様、未だ手つかずの観が否めない。しかしながら、獣医療の臨床現場で見られるの
は、獣医師と罹患動物の相互作用関係だけでなく、獣医師と飼い主の相互作用関係であり、
それが診療に及ぼす影響は決して小さくはない。また、獣医師と飼い主の間で交わされるコ
大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
図 問 の回答分布
安楽死の提示または説明時における獣医師のコミュニケーション行動調査(杉田)
ミュニケーションの内容や質は、動物の生命や健康状態に影響するだけでなく、獣医師や飼
い主の精神的健康や肉体的健康に影響を及ぼすことも充分に考えられる。獣医療においても
人と人の相互作用関係が不可欠である点を重視し、コミュニケーション学の見地から獣医療
コミュニケーションに関する研究を進め、その成果を教育や臨床の現場に還元していくこと
が期待される。
謝 辞
本研究は科研費( )の助成を受けたものである。
この研究は、平成 年度・平成 年度大阪商業大学研究奨励助成費を受けて行ったものである。
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大阪商業大学論集 第 巻 第 号(通号 号)
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