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子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 2017

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《子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 2017》 2017年ノーベル生理学・医学賞

サーカディアンリズムをコントロールする

分子メカニズムの発見

2017 年ノーベル生理学・医学賞は「サーカディアンリズムをコントロールする分子メカニズムの発見」に対して、米国ブランダイス大学名誉教授ジェフリー・ホール博士、米国ブランダイス大学教授マイケル・ロスバシュ博士、米国ロックフェラー大学副学長マイケル・ヤング博士に授与されます。 私達人間はもちろん、ほとんどの地球上の生命は地球

の自転に生活のリズムを一致させています。24時間の周期を刻むために体内には生物時計(体内時計)とも言えるメカニズムがあることは古くから知られており、その時計が刻む規則的なリズムのことをサーカディアンリズム(概日リズム)と呼びます。 サーカディアンリズムに同期して、睡眠、体温、ホルモン

放出、血圧、代謝などの様々な生理学的変動がほぼ24 時間周期で起きます。しかし、サーカディアンリズムを生み出す生物時計が分子レベルでどのように働いている

のかは、近年になって遺伝子解析技術が進展するまで未解明のままでした。

1971 年にサーカディアンリズムだけが異常になっているショウジョウバエが複数発見されたことをきっかけに、体内時計の遺伝子に関する研究が活発化しました。その結果、サーカディアンリズムが狂っているショウジョウバエはすべて遺伝子上の共通の領域が突然変異していることがわかり、サーカディアンリズムは遺伝子が関係していることが推定されました。 その後のホール博士、ロスバシュ博士、ヤング博士によ

る精巧な研究によって人間の健康や病気に重要な意味を持つ、体内時計の分子メカニズムが明らかになりました。

ジェフリー・ホール博士 米国ブランダイス大学名誉教授

マイケル・ロスバシュ博士 米国ブランダイス大学教授

マイケル・ヤング博士 米国ロックフェラー大学副学長

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体内時計の獲得 地球上の生物はさまざまな生活環境にそれぞれ適応

する能力を獲得しながら進化してきました。特に日照や温度の周期的な変化は地球の自転にあわせ発生します。地球上のほとんどの生物が生物時計を獲得したのは、このような規則正しい変化に適応するため、昼と夜のサイクルを自ら予測し、体内コンディションや行動を最適化することによって生存競争に打ち勝とうとしてきた結果だと考えられます。 サーカディアンリズムは地球生命の 40 億年の歴史の

中で非常に古い時代に誕生したと推定されており、初期の生物の特徴を残している単細胞シアノバクテリアや原生動物から、より高度な真菌、植物、昆虫、げっ歯類およびヒトを含むすべての多細胞生物に至るまでほぼ共通のメカニズムで存在していることがわかっています。 リズムから時計まで

図 1 ミモザ、日本ではオジギソウの方がわかりやすい サーカディアンリズムの研究は植物の観察から始まりま

した。植物は昼になると花が咲いたり、葉が開いたり、見た目の変化を容易に観察できるので、現在のように簡単に遺伝子を解析できない時代においては理想的な観察対象でした。例えば、ミモザ(図 1)の葉は、夜に閉じて、日中に開きます。1729 年、フランスの科学者ジャン-ジャックが暗やみにミモザを置いて葉の開閉を観察したところ、

ミモザは太陽の光が当たっていないのにもかかわらず、外界の日出と日没に一致した 24 時間周期を維持して葉を開閉させることを発見しました(図 2)。 この観察から、ミモザ植物は太陽の光を感じて動いて

いるのではなく、ミモザの内部に 24時間周期を生み出す何らかの仕組みを持っているらしいことが明らかになりました。

図 2 ミモザは昼間に葉が開き、夜には閉じる。暗やみにミモザをおいても外界の昼夜にあわせて葉が開閉したことから、ミモザは光に反応しているのではなく、なんらかの時計機能を自ら持っているらしいことがわかった 概日リズムと時計遺伝子の遺伝性

1960 年代半ばになるとサーカディアンリズムと生物時計を研究する科学領域はクロノバイオロジー(時間生物学)という名称で確立され、生物時計を生み出している時計遺伝子があるのではないか、と考えられるようになりました。当時、カリフォルニア工科大学のシーモア・ベンザー博士はサーカディアンリズムが変化した突然変異型ショウジョウバエを使った遺伝子レベルの研究に着手し、サーカディアンリズムは特定の遺伝子の作用によって影響を受けると予測して様々な異なる遺伝子領域に変異を持つ

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ショウジョウバエを比較観察しました。 その結果、3系統のサーカディアンリズム異常系統・・・

1つは不規則、もう1つは19時間周期の短期間型、もう 1 つは 28時間周期の長期間型・・・を見つけ出しました。それらの遺伝子の変異部位を特定したところ、いずれも X 染色体の同じ領域が突然変異していることがわかりました。その変異領域こそ、3名の受賞者の研究により生物時計に関係する最初の遺伝子として確認されたperiod遺伝子の領域だったのです。 転写 - 翻訳フィードバックループ Period(PER)遺伝子の情報は period mRNA に転写され、PER タンパク質が作り出されます。ホール博士とロスバシュ博士はショウジョウバエの神経細胞の細胞質において、 ① PER タンパク質が夜間に増加し、日中に減少する

24時間周期の変動をすること ② PER タンパク質は核の中で period mRNA の合成

を阻害することによって period遺伝子の活性化をコントロールしているらしいこと

を発見しました。(図 3) しかし、PER タンパク質だけでは生物が 24 時間の周

期を生み出すことは説明できず、その他にも様々な因子を解明する必要がありました。 そもそも、PER タンパク質は夜間には細胞質に蓄積しているはずなのに、なぜ核の中で起きている遺伝子の活性化の調節が可能なのか、そこから大きな疑問でした。細胞質のPERタンパク質が単独で細胞核に戻ることはできず、どのようなメカニズムが働いてPERタンパク質の細胞核への移動が行われているのか、それがまず解明すべき謎でした。 ここで、新たな遺伝子 timeless が PER タンパク質の

核への移行に重要な役目を担っていることを発見したのが3人目の受賞者ヤング博士でした。timeless遺伝子から作り出される TIM タンパク質は細胞質で PER タンパク質に結合する性質があり、PER-TIM 複合体が細胞質で形成されると、この複合体は容易に細胞核に入るこ

とが出来、細胞核に移行した複合体が生物時計遺伝子の活性化を抑制していたのです。

図 3 サーカディアンリズムにおいては PERタンパク質が細胞核を出入りすることによる遺伝子活性の 24時間周期の調節が行われていた ① period遺伝子からmRNAがつくられる ② mRNA から PER タンパク質が作られ細胞質に

放出され、細胞質の PERタンパク質が増加する ③ PER タンパク質が細胞核に入る ④ PER タンパク質自身が period 遺伝子から

period mRNA に情報が転写されることを阻害し、その生成を抑制する

⑤ その結果、細胞質の PERタンパク質が減少する ⑥ 静止状態(以降繰り返し)

その後、24 時間周期で動く体内時計を修正するため

の、光に反応するタンパク質も発見されました。自立的な周期と光による修正で、朝になると夜間に period 遺伝子と timeless遺伝子の活動を抑えていた PER タンパク質と TIM タンパク質の複合体が分解されます。分解によって遺伝子を抑制することが出来なくなると、period 遺伝子と timeless 遺伝子はふたたび活性化し、それぞれのタンパク質を活発に作り出し、細胞質に蓄積していきます。夕方になるとそれらのタンパク質が結合し、核に移動

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し・・・のサイクルを 24 時間周期で続けている、それが生物時計の分子メカニズムであることが明らかになりました(図 4)。

図 4 PER タンパク質が細胞核に入って period mRNAを抑制するにあたり、細胞質で timeless 遺伝子から作り出された TIM タンパク質と複合体を形成 体内時計の核心部分の分子メカニズムが明らかになっ

たことで、サーカディアンリズムを遺伝子レベルで解明する研究はより一層活性化し、体内時計に関係する遺伝子が次々に発見されました。それらの遺伝子の役目は様々で、あるものは PER タンパク質の循環にブレーキをかける役目を担っていたり、太陽の光に反応する役目を担っていたりする遺伝子でした。 3人の受賞者の研究をきっかけとして、多くの遺伝子

産物が「転写-翻訳フィードバックループ」と専門家が名付けた、タンパク質自身の合成を抑制する仕組みをもつことがわかり始めたのです。 体内時計と人の健康 動物の体内時計は脳にあるマスタークロックと全身の細胞にあるサブクロックの両方で制御されています。哺乳動物では、マスタークロックは脳の視床下部の視交叉上核(SCN)に位置しています。網膜は光が照射されたという信号を受け取り、この情報を SCN に伝え、SCN は自

身の細胞内体内時計を光同期させます。 マスタークロックの時間情報は体液成分および末梢自

律神経系を介して体全体のサブクロックに提供され、全身のサーカディアンリズムを調節します。ですが、サブクロックも単独で 24 時間周期を刻むことが出来るので、マスタークロックは時報、あるいはオーケストラの指揮者のような役目を担っているものと思われます。 一方で、サブクロックは食事や身体活動および体温な

どの外部環境も総合的に取り入れて独自の同期を行う能力も持っており、グルコース産生、脂肪蓄積およびホルモンの放出などの関連する生理現象の開始と終了を指令しています。またサブクロックの指令はまるで部下が上司に業務報告するかのように脳の SCN にもフィードバックされます。 体内時計は私たちの生理現象の多くに影響を与えま

す。たとえば、睡眠パターン、摂食行動、ホルモン放出、血圧、体温を調節などです。 その結果、体内時計が狂うと様々な不具合が発生し

ます。不整脈、インスリン感受性の異常、血糖の異常、睡眠障害、うつ病、双極性障害、認知機能、記憶形成など列挙すればきりがありません。さらに、睡眠と覚醒サイクルが前に進んだり、後ろにずれたりする睡眠相後退症候群(もしくは睡眠障害)を起こすこともあります。また間接的にはがん、パーキンソン病やアルツハイマー病のような神経変性疾患、代謝障害および炎症を含む様々な疾患のリスク増加と関連していることもわかっています。 これらのことから、体内時計の周期、位相または振幅

を変更する治療、あるいは医薬品は全身の健康維持に役立つ可能性があるとして研究が進められています。