TNC NEWS 片岡先生 0324-3 -...
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慢性膵炎の診断と治療~新しい診療ガイドラインと 改訂された診断基準を中心に~
院長
片 岡 慶 正
大津市民病院
施 設 紹 介
大津市民病院■■■■
■■
所 在 地T E LF A X診 療 科
開 設病 床 数
〒520-0804 大津市本宮二丁目9-9077-522-4607077-521-5414内科、総合診療科、心療内科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、小児科、小児循環器科、外科・消化器外科、整形外科、脳神経外科、心臓血管外科、呼吸器外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、放射線科、麻酔科、緩和ケア科、歯科口腔外科、救急診療科(ER) など24診療科1937年506床(一般病床488床、結核病床10床、感染病床8床)
大津市は、日本一の大きさを誇る琵琶湖に面し、比叡山や
比良山などの自然に恵まれた中核都市です。琵琶湖が一望で
きる立地条件にある大津市民病院は、長年にわたり市民に愛
され、親しまれる県下有数の拠点病院として地域医療を担っ
てきました。1999年には本館、別館棟を増改築し、今日的
な医療ニーズに適応した医療体制の整備を図っています。
市民病院は質の高い、清潔で安全な医療を優しく提供する
ことを使命としています。そのため医療相談窓口や医療の質・
安全管理室、地域医療連携室を設け、スタッフがきめ細かな
対応を行っています。
また、救急外来「ER おおつ」、血液浄化部、神経難病研究
所など専門性の高い機能を備え、緩和ケア病棟や回復期リハ
ビリテーション病棟では、時代に求められる医療体制の充実
と療養にふさわしい環境を整備しています。
2003年には地域医療支援病院の承認を得て、地域の医療
機関との連携により地域住民が安心して医療を受けることが
できる医療環境の確保に努めています。大津医療圏では、患
者さまの病状に応じて初期から自宅に戻られるまで、病院や
診療所、在宅看護や介護が発揮できる地域完結型医療を推進
しています。市民病院の医師とかかりつけ医とが共同で入院
治療にあたり、入院前、退院後と継続した医療が提供できる
開放型病床もその一役を担っています。
厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」の全国調査によると 2007年の慢性膵炎受療患者数は推計 50,009人であり、1974 年の調査以来増加しています。また、長寿社会の日本において慢性膵炎患者の平均死亡年齢は 66 歳であり、一般人と比べて男女ともに寿命は10~15歳短いことが明らかにされています。さらに慢性膵炎は膵癌の合併率も高く、2007年の部位別がん死亡率によると膵癌は男性 5 位、女性 4位と上位を占めています。 慢性膵炎の進展阻止対策は重要ですが、慢性膵炎は臨床経過が長く、成因や病期によって症状や病態が異なり、合併症の有無、あるいはその程度により多彩な臨床像を示すことから、これまで使用されてきた診断基準では早期からの介入医療が困難で、患者の予後改善につながりにくいという問題がありました。 そのような流れのなか2009年、日本消化器病学会では慢性膵炎の全経過を視野においた包括的な診療指針という点では世界初の『慢性膵炎診療ガイドライン』(以下ガイドライン)を発表し、2010 年 1 月には厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」、日本膵臓学会、日本消化器病学会の合同で新たな『慢性膵炎臨床診断基準 2009』が示されました。 これらにより早期慢性膵炎の疾患概念が取り入れられると早期からの診断・治療が可能となり、慢性膵炎の進展抑制対策により、患者のQOLや生命予後の改善が期待できます。いま慢性膵炎診療が大きく変貌しつつあります。
私も慢性膵炎の患者さんに低脂肪の成分栄養剤(ED)などを用いていますが、良好に管理することができます。 私にとって印象的な症例を提示します。この症例は特発性、準確診の66歳女性ですが、長年治療抵抗性の腹痛・背部痛に悩まれて紹介された患者さんです(図 4)。厳密な脂肪制限食に加えて内科的保存療法で可能な治療はすべて試みられていましたが効果が乏しく、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を連日内服されていました。 そこで ED 療法を試みました。自由な時間に自由に服用していただく方法で、1 日あたり 2 ボトル服用をお勧めしました。ただそれだけです。決して強要しません。図 4 のような経過で NSAIDs 減量から休薬、Body Mass Index(BMI)の上昇、QOLの改善が明らかでした。この症例では、その後 5 年間自分の食事内容からライフスタイルや症状に合わせてEDを適宜、日々の生活に有効活用されています。重要な点は長年悩んだ疼痛と不安から解放されている状態が継続しているという事実です。 その後、腹痛を有する慢性膵炎症例に対する ED 療法を検討しました(図 5)。EDは 1 日あたり原則として 160g(600 kcal)の服用とし、飲み方は、患者さんのライフスタイルに合わせるためにEDボトルを推奨しました。また、各種フレーバーの使用も自由としました。疼痛レベルは患者自身の記入によるビジュアルアナログスケール(VAS)
を用いて評価しました。 結果、4 週後の評価では疼痛レベルが明らかに低下し、改善しました。その後、一部の症例で疼痛のリバウンドが認められましたが、いずれも飲酒再開例でした(図 5 A)。客観的評価として血中アミラーゼ、リパーゼ、トリグリセリドには統計的に有意な変化はありませんでしたが、総タンパクと BMI で明らかな改善効果が認められました(図5 B、C、D、Eおよび F)。 この内容は厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」平成 19 年度総括研究報告書で公開させていただきました。現在、 観察期間を 12 週として全国多施設(174 施設参加済み)での臨床調査研究を行っています。現時点で 100例近い症例が治療開始されています。自験の患者さんからのアンケート調査では、“飲みにくい、または下痢などで長期継続のコンプライアンスが低下する”という意見がある一方で、75%近い患者さんが“今までに経験した治療法とは明らかに異なる症状の改善を実感している”という意見でした。 今まで本当に困っておられた患者さんほどED療法の有効性を実感される傾向にあり、自己管理による服用の仕方で経年的に継続されています。前述の全国臨床調査が終了した他施設の患者さんからも同様の声が報告されています。新たなエビデンスが時間とともに着実に蓄積されています。2010年 12月を最終エントリーとした全国展開のEBMを集積し、次回のガイドライン改訂時には掲載できるようなエビデンスをつくることが、大切であると考えています。
今回作成したガイドラインは 61 のクリニカルクエスチョンのうち、推奨グレード A は2つしかないことから慢性膵炎の診療にスタンダードのないことが明らかとなりました。今後、アルコール性、自己免疫性など、成因別の膵炎ガイドラインが作成されることになるでしょう。 新しいガイドラインや診断基準が発表されたことで、一般の医師にも慢性膵炎の診療を知っていただき、幅広くボトムアップができる環境が整いました。早期病態も含めて、潜在的に腹痛なく徐々に、しかも確実に進行していく症例もあり、この点は広く非専門医の方に見極めていただきたいと思います。 慢性膵炎が疑われる症例の取り扱いに関しては、慢性膵炎という経過の長い疾患のある一時期のみ乗り切れば解決できる問題ではありません。長期展望に立った早期慢性膵炎の確かな診断と治療が望まれます。したがって、これら
の範疇の患者さんに関しては地域の拠点病院に画像検査などを依頼し、病診連携を密にすることが大変重要になってきます。確かに、早期慢性膵炎の診断には EUS や ERCPといった専門的な検査が必要となりました。診療所レベルや非専門医においてハードルの高い検査となりますが、これらは早期慢性膵炎診断と同時に膵癌の除外も可能となるメリットがあります。 今後、ガイドラインは一般市民向けも発表予定であり、患者さんを含めた一般市民、非専門医、専門医の間で情報を共有して慢性膵炎の診療に取り組める環境が整備されつつあります。早期慢性膵炎を診断し治療していくことで、慢性膵炎は進行したら元に戻らないという進行性かつ非可逆性病態の呪縛的な既成概念から脱却できるかも知れません。今回の新たなガイドライン・診断基準を適用し、ED療法を早期から行うことにより、病態の進展抑制および高い QOL 維持が可能となるかも知れません。一方では、進行した状態で見つかる膵癌の減少に繋がることをも期待しています。
2010 年 4月作成TNC・27・0410・SW
病診連携の強化で慢性膵炎患者をフォローアップする
成分栄養剤(ED)を用いて改善した症例
はじめに
図 5 疼痛を有する慢性膵炎症例に対するED療法の検討
図 4 慢性膵炎の症例
17.0
16.5
18.5 BMI
17.5
18.0
15.0
15.5
16.0
80
60
140
9 月 21日 11月 5日 12月 3日 2月 18日 4月 8日 9月 8日 11月 2日
100
120
02004 年 2005 年
20
40
アミラーゼ
リパーゼ
BMI
トリグリセリド 本院紹介
前医にてERCP
腹部、背部痛腹部、背部痛
酸化マグネシウム 1.0g酸化マグネシウム 1.0g
Ⓐ×1屯用Ⓐ×1屯用Ⓐ×1Ⓑ×1屯用Ⓐ×1Ⓑ×1屯用
Ⓐ 臭化チキジウム 1PⒷ 臭化ブチルスコポラミン 1PⒶ 臭化チキジウム 1PⒷ 臭化ブチルスコポラミン 1P
エトドラク(200) 4pエトドラク(200) 4p
ピコスルファートナトリウム水和物、センナエキスピコスルファートナトリウム水和物、センナエキス
ED80g ボトル×2/ 日ED80g ボトル×2/ 日
ファモチジン 20mg×2クロチアゼパム 5mg×2
消化酵素配合剤 3.0gドンペリドン 30mgカモスタットメシル酸塩 600mg
ロキソプロフェンナトリウム水和物 2~3pロキソプロフェンナトリウム水和物 2~3p
Ⓐ×3Ⓐ×3 Ⓐ×2Ⓐ×2
リパーゼ(IU/L)アミラーゼ(IU/L)トリグリセリド(mg/dL)
■成分栄養剤(ED)を、1日あたり原則として 160g (600kcal)を服用する。飲み方は、EDボトルを推奨し、 患者の食事からライフスタイルに合わせて自由とした。■観察期間は 8 週間とし、長期症例についてはさらに継 続した。■疼痛レベルは患者自身の記入によるビジュアルアナ ログスケール(VAS)を用いて評価した。
■入院を必要としないが、既存の治療で疼痛対策の必要 な慢性膵炎 22症例 ・アルコール性:特発性:胆石性= 9:10:3 ・確診:準確診:疑診= 8:8:6 ・男:女= 9:13 ・平均年齢= 58.9 ± 16.7(mean±SD : 25 ~ 78 歳)
対 象 研究方法
結 果 22 例中 8週間服用継続が可能な 16例を Paired t-test にて解析
投与前 4 週後 8 週後 mean 4.8 1.5 1.6 SD 2.5 1.5 2.4 p 値 p<0.001 p<0.001
投与前 8 週後 mean 6.81 7.14 SD 0.74 0.77 p 値 p=0.0475
投与前 8 週後 mean 198.6 162.2 SD 222.3 121.7 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 54.3 54.7 SD 20.5 26.5 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 108.9 126.0 SD 63.0 60.3 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 18.0 19.0 SD 3.4 3.0 p 値 p<0.005
血中リパーゼ(IU/L)
血中アミラーゼ(IU/L)
VASによる疼痛レベルの変動
BA C
BMI総タンパク(g/dL)
トリグリセリド(mg/dL)
ED F
109876543210
9008007006005004003002001000
120
100
80
60
40
20
0
300
250
200
150
100
50
0
9
8
7
6
5
4
262422201816141210
片岡ら;厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」報告書(平成19年度):222-226
5
実質を診る CT、US などの検査法があります。最近では、感度の高いEUS(超音波内視鏡検査)による蜂巣状分葉エコー、不連続な分葉エコー、点状高エコー、索状高エコーなどの所見や、ERCPによる分枝膵管の変化( 3 本以上の不規則な拡張)が認められると、早期慢性膵炎の画像所見として診断できるようになりました(図 3)。 EUSとERCP は専門医療機関で行う検査ですが、EUS は入院の必要はなく比較的短時間で可能な外来検査法であり、ERCPに比して患者さんの負担も少なく受けることができます。 今回の新しい診断基準の特徴は、早期慢性膵炎のカテゴリーを新設したことです。早期から積極的に治療を行うことで、患者さんの予後改善につながることを期待しています。
慢性膵炎では成因を含めた患者背景をふまえ、臨床経過上の各病期に出現する症状と、その重症度に応じて多角的かつ集学的に治療することが必要です。一般に、診断後は禁酒や高脂肪食を是正する食事・生活指導と、薬物療法をはじめとする内科的保存的治療が主体となります。 腹痛を有する代償期では蛋白分解酵素阻害薬の投与、膵消化酵素薬、鎮痛・鎮痙薬、胃酸分泌抑制薬(H2 ブロッカーなど)が薬物治療の主体となります。その診断が早期であればあるほど薬物療法・食事療法はその後の進展阻止対策に有効と考えられますが、長期展望から評価した明らかなエビデンスはありません。今回の診断基準改訂により早期慢性膵炎の診断が可能となったことから、今後の調査研究の成果が期待されます。 飲酒は発症の危険因子だけでなく、病態の進行を促進す
るため、ガイドラインでは“断酒”を推奨しています(グレード C1)。アルコール性慢性膵炎患者さんの中には明らかに病識の乏しい方もおられます。したがって、飲酒による膵炎発作の再燃誘発といった短期的展望からだけではなく、飲酒の継続がインスリン治療を要するような膵性糖尿病や膵癌発症のリスクを高めるといった科学的根拠に基づいた正しい情報を丁寧に根気よく繰り返し説明する努力が求められます。 脂肪制限に関しては、ガイドラインにおいて「腹痛時や腹痛発作を繰り返す症例では脂肪制限が食事療法の基本であり、腹痛対策として脂肪制限は必要である」(グレードB)と推奨しています。しかし、臨床データの蓄積は更に必要となりますが、脂肪摂取後の生理的な膵外分泌刺激反応と実地診療の場で高脂肪食後の膵炎発作誘発の経験から、慢性膵炎急性再燃阻止対策として食事中の脂肪制限は患者さんのQOL改善につながり患者指導の基本とされています。 多岐に渡る合併症対策の中で、内科的には膵外分泌不全と吸収不良症候群に伴う脂肪便、体重減少、各種ビタミンや微量元素欠乏などの対応にはリパーゼ力価の高い消化酵素の大量投与が必要となります(グレードA)。また、リパーゼ活性失活を防ぐ目的として胃酸分泌抑制薬が併用されます(グレード C1)。膵性糖尿病の治療にはインスリン治療が推奨されています(グレード A)。ただし、膵性糖尿病は血糖の日内変動が激しく、インスリン欠乏だけでなくグルカゴン分泌低下を伴うことから、インスリン治療の際に低血糖を起こしやすく、遷延化する傾向にあります。血糖レベルの安定化と低血糖予防の目的に、少量頻回インスリン治療法(超速効型もしくは速効型)や持効型インスリン製剤を組み合わせた強化インスリン療法など個々の症例に合わせてきめ細かな指導が望まれます。
慢性膵炎は、腹痛、背部痛や食欲低下などの臨床症状を伴い、膵実質の脱落、不規則な線維化の非可逆的な進行により、次第に膵内外分泌機能障害から機能不全に至る疾患です。つまり、急性再燃の発作を繰り返しながら進行するのが特徴です。 慢性膵炎の臨床経過は、早期(代償期)、移行期、後期(非代償期)に分けられます(図 1)。代償期の主症状は腹痛で、 膵内外分泌機能は保たれていますが、発作を繰り返します。移行期には膵実質の減少に伴い線維化が徐々に進行し、腹痛は軽減していきます。非代償期に入ると糖尿病(膵性糖尿病)や脂肪便、体重減少などの膵内外分泌機能障害に伴う臨床症状が主体となります。また、 膵石を伴う場合も多くあります。 慢性膵炎の成因は多岐にわたりいまだ明らかではありませんが、疫学的にはアルコール性と非アルコール性(特発性、遺伝性、家族性など)に分類されます。臨床像や経過、進展形式は多彩で、治療に対する反応性も一定ではなく、個体差も大きいため、ガイドラインでは成因、活動性、重症度、病期を考慮した治療を推奨しています。 慢性膵炎発症に関与する背景因子としての危険因子をWhitcomb ら が TIGAR-O(Toxic-metabolic、Idiopathic、Genetic、Autoimmune、Recurrent and severe acute pancreatitis、Obstructive)分類として提唱しています(表1)。慢性膵炎は、これら種々雑多の成因が複雑に複合
して発症し、非可逆的に進行していくため、早期に診断し直ちに治療を行うことが重要です。
慢性膵炎が疑われる患者さんを診断する際に大事なのは臨床像、形態、機能の変化を的確に捉えて、患者さんがどの病期にあるのかを見極めることです。そのためには問診と病状の把握が大切です。たとえば、アルコールや暴飲暴食、高脂肪食などの摂取を契機に起こった上腹部痛であれば膵疾患を強く疑い検査をします。 どこでも可能な簡便な検査方法として膵酵素検査(血中・尿中アミラーゼ)と腹部超音波検査(US)があります。膵炎発作があると血中アミラーゼ値はいったん高値を示しますが、数日後には正常範囲内に戻ります。一方、尿中アミラーゼ値は遅れて高値が持続するため、両者を測定することが必要です。最近では、軽症でも異常値を示す率が高い血中p 型アミラーゼもしくはリパーゼを測定することが推奨されます。 USでは、点状エコーなどの膵実質の不均一、3mm以上の膵管拡張、膵の腫大といった所見があれば慢性膵炎を強く疑います。 さらに、患者さんの膵内外分泌機能の評価を行い、病期を見極めることが今後の治療計画を立てるうえでも大切です。膵内分泌機能の評価に関しては非代償期には糖尿病と同様の状態を示すため、経口ブドウ糖負荷試験、HbA1c、HOMA-IR、尿中 C- ペプチド(CPR)排泄量などを測定します。膵外分泌機能の評価に関しては、現在わが国で保険適応可能な検査法である BT-PABA 試験(PFD 試験)を行
います。 また、慢性膵炎の診断では、膵癌との鑑別が最も重要です。さらに膵癌の危険因子といわれ、近年増加している膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)にも鑑別困難な例があるため注意が必要です。 慢性膵炎が膵癌発症の高リスク群であることはガイドラインにも記載されており、患者の生命予後を規定する重要な因子とされています。2006年に初回発刊され、2009年に改訂された『科学的根拠に基づく膵癌診断ガイドライン』(日本膵臓学会)においても、慢性膵炎は膵癌の危険因子として重要視され、膵癌発症の危険率は一般人口の10~20倍高いことが示されています。膵癌を念頭に置いた診療が求められます。
新しい「慢性膵炎臨床診断基準」には非専門医も診断できるように、①特徴的な画像所見や、②特徴的な組織所見に加えて、臨床所見として、③反復する上腹部痛発作、④血中または尿中膵酵素値の異常、⑤膵外分泌障害、⑥飲酒歴といった4項目を設け、合計6項目から診断することが示されています(図2)。この診断基準は、特にアルコール性の膵障害を念頭に置いていますが、成因を問わずに適応することができます。 画像診断では、膵管像を評価する ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)や MRCP(磁気共鳴胆管膵管造影)、膵
●グレードA :行うよう強く勧められる●グレードB :行うよう勧められる●グレードC1:行うほうがよい
『慢性膵炎診療ガイドライン』推奨グレード
表1 慢性膵炎発症に関与する危険因子による分類 (TIGAR-O Classification System, Version 1.0)1 毒物・代謝産物 (Toxic-metabolic) 1)アルコール 2)喫煙 3)高カルシウム血症 (1)副甲状腺機能亢進症 4)高脂血症 (まれ、意見の不一致あり) 5)慢性腎不全 6)薬物 (1)フェナセチン中毒(慢 性腎不全に基づくもの であろう) 7)薬物 (1)有機化合物 (DBTCなど)
2 特発性(Idiopathic) 1)早期発症型 2)晩期発症型 3)熱帯性 (1)熱帯性石灰化膵炎 (2)線維石灰化膵性糖尿病 4)その他
3 遺伝性(Genetic) 1)常染色体陽性 (1)カチオニックトリプシ ノーゲン(コドン 29 と 122 変異) 2)常染色体劣性/修飾遺伝子 (1)CFTR変異 (2)SPINK1変異
(3)カチオニックトリプシ ノーゲン(コドン 16、 22、23変異) (4)α1- アンチトリプシン 欠損
4 自己免疫(Autoimmune) 1)散発性自己免疫性慢性膵 炎 2)自己免疫性症候群に合併 した慢性膵炎 (1)シェーグレン症候群に 合併した慢性膵炎 (2)炎症性腸症候群に合併 した慢性膵炎 (3)原発性胆汁性肝硬変に 合併した慢性膵炎
5 再発性重症急性膵炎 (Recurrent and severe acute pancreatitis) 1)壊死後(重症急性膵炎) 2)再発性急性膵炎 3)血管疾患 /虚血 4)放射線照射後
6 閉塞性(Obstructive) 1)膵管非癒合 2)Oddi 括約筋機能異常(意 見の不一致あり) 3)膵管閉塞(腫瘍) 4)乳頭周囲十二指腸壁囊胞 5)外傷後膵管瘢痕
下瀬川 徹:膵炎・膵癌,最新医学社
種々の成因で発症し、幅広い病態を示す慢性膵炎
膵内外分泌機能評価で病期を診断
早期慢性膵炎を診断する新しい「慢性膵炎臨床診断基準」 治療と合併症管理のポイント
図1 慢性膵炎の病期と臨床症状
無症状期
血中膵酵素
膵管像
外分泌機能
膵機能
異常低値
正常範囲
糖尿病発症
代償期 移行期 非代償期
疼痛
図2 慢性膵炎臨床診断基準 図 3 早期慢性膵炎の画像所見
(1)蜂巣状分葉エコー(Lobularity, honeycombing type) (2)不連続な分葉エコー(Nonhoneycombing lobularity) (3)点状高エコー(Hyperechoic foci ; non-shadowing) (4)索状高エコー(Stranding) (5)襄胞(Cysts) (6)分枝膵管拡張 (Dilated side branches) (7)膵管辺縁高エコー (Hyperechoic MPD margin)
以下に示すEUS所見 7項目のうち、(1)~(4)のいずれかを含む2項目以上が認められる。
早期慢性膵炎の画像所見では、A、Bのいずれかが認められる。
(1) (2)
(3) (4)
A ERCP像で、3本以上の分枝膵管に不規則な拡張が認められる。B
注 1 ①②のいずれも認めず、③~⑥のいずれかのみ 2 項目以上有する症例のうち、他の疾患が否定されるものを慢性膵炎疑診 例とする。疑診例には 3ヶ月以内に EUSを含む画像診断を行うことが望ましい。注 2 ③または④の 1 項目のみ有し早期慢性膵炎の画像所見を示す症例のうち、他の疾患が否定されるものは早期慢性膵炎の疑 いがあり、注意深い経過観察が必要である。<付記> 早期慢性膵炎の実態については、長期予後を追跡する必要がある。
早期慢性膵炎の画像所見(EUS/ERCP) 他疾患の除外
①もしくは②の準確診所見
❸❹❺のうち 2項目以上 ❸~❻のうち 2項目以上
❶もしくは❷の確診所見
他疾患を考慮
慢性膵炎の診断項目
慢性膵炎確診 慢性膵炎準確診 早期慢性膵炎 慢性膵炎疑診例
片岡慶正;新たな慢性膵炎臨床診断基準 2010. 99(1):48-56, , 2010(一部改変) 慢性膵炎臨床診断基準改訂委員会 日本内科学会雑誌
特徴的な画像所見
あり なし あり
なし
なしありあり
なし
❶
特徴的な組織所見❷ 血中または尿中膵酵素値の異常❹
膵外分泌障害❺
1日 80g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴❻
反復する上腹部痛発作❸
糖代謝異常
膵石
襄胞分枝の不整
蛋白栓主膵管の数珠状拡張
32 4
実質を診る CT、US などの検査法があります。最近では、感度の高いEUS(超音波内視鏡検査)による蜂巣状分葉エコー、不連続な分葉エコー、点状高エコー、索状高エコーなどの所見や、ERCPによる分枝膵管の変化( 3 本以上の不規則な拡張)が認められると、早期慢性膵炎の画像所見として診断できるようになりました(図 3)。 EUSとERCP は専門医療機関で行う検査ですが、EUS は入院の必要はなく比較的短時間で可能な外来検査法であり、ERCPに比して患者さんの負担も少なく受けることができます。 今回の新しい診断基準の特徴は、早期慢性膵炎のカテゴリーを新設したことです。早期から積極的に治療を行うことで、患者さんの予後改善につながることを期待しています。
慢性膵炎では成因を含めた患者背景をふまえ、臨床経過上の各病期に出現する症状と、その重症度に応じて多角的かつ集学的に治療することが必要です。一般に、診断後は禁酒や高脂肪食を是正する食事・生活指導と、薬物療法をはじめとする内科的保存的治療が主体となります。 腹痛を有する代償期では蛋白分解酵素阻害薬の投与、膵消化酵素薬、鎮痛・鎮痙薬、胃酸分泌抑制薬(H2 ブロッカーなど)が薬物治療の主体となります。その診断が早期であればあるほど薬物療法・食事療法はその後の進展阻止対策に有効と考えられますが、長期展望から評価した明らかなエビデンスはありません。今回の診断基準改訂により早期慢性膵炎の診断が可能となったことから、今後の調査研究の成果が期待されます。 飲酒は発症の危険因子だけでなく、病態の進行を促進す
るため、ガイドラインでは“断酒”を推奨しています(グレード C1)。アルコール性慢性膵炎患者さんの中には明らかに病識の乏しい方もおられます。したがって、飲酒による膵炎発作の再燃誘発といった短期的展望からだけではなく、飲酒の継続がインスリン治療を要するような膵性糖尿病や膵癌発症のリスクを高めるといった科学的根拠に基づいた正しい情報を丁寧に根気よく繰り返し説明する努力が求められます。 脂肪制限に関しては、ガイドラインにおいて「腹痛時や腹痛発作を繰り返す症例では脂肪制限が食事療法の基本であり、腹痛対策として脂肪制限は必要である」(グレードB)と推奨しています。しかし、臨床データの蓄積は更に必要となりますが、脂肪摂取後の生理的な膵外分泌刺激反応と実地診療の場で高脂肪食後の膵炎発作誘発の経験から、慢性膵炎急性再燃阻止対策として食事中の脂肪制限は患者さんのQOL改善につながり患者指導の基本とされています。 多岐に渡る合併症対策の中で、内科的には膵外分泌不全と吸収不良症候群に伴う脂肪便、体重減少、各種ビタミンや微量元素欠乏などの対応にはリパーゼ力価の高い消化酵素の大量投与が必要となります(グレードA)。また、リパーゼ活性失活を防ぐ目的として胃酸分泌抑制薬が併用されます(グレード C1)。膵性糖尿病の治療にはインスリン治療が推奨されています(グレード A)。ただし、膵性糖尿病は血糖の日内変動が激しく、インスリン欠乏だけでなくグルカゴン分泌低下を伴うことから、インスリン治療の際に低血糖を起こしやすく、遷延化する傾向にあります。血糖レベルの安定化と低血糖予防の目的に、少量頻回インスリン治療法(超速効型もしくは速効型)や持効型インスリン製剤を組み合わせた強化インスリン療法など個々の症例に合わせてきめ細かな指導が望まれます。
慢性膵炎は、腹痛、背部痛や食欲低下などの臨床症状を伴い、膵実質の脱落、不規則な線維化の非可逆的な進行により、次第に膵内外分泌機能障害から機能不全に至る疾患です。つまり、急性再燃の発作を繰り返しながら進行するのが特徴です。 慢性膵炎の臨床経過は、早期(代償期)、移行期、後期(非代償期)に分けられます(図 1)。代償期の主症状は腹痛で、 膵内外分泌機能は保たれていますが、発作を繰り返します。移行期には膵実質の減少に伴い線維化が徐々に進行し、腹痛は軽減していきます。非代償期に入ると糖尿病(膵性糖尿病)や脂肪便、体重減少などの膵内外分泌機能障害に伴う臨床症状が主体となります。また、 膵石を伴う場合も多くあります。 慢性膵炎の成因は多岐にわたりいまだ明らかではありませんが、疫学的にはアルコール性と非アルコール性(特発性、遺伝性、家族性など)に分類されます。臨床像や経過、進展形式は多彩で、治療に対する反応性も一定ではなく、個体差も大きいため、ガイドラインでは成因、活動性、重症度、病期を考慮した治療を推奨しています。 慢性膵炎発症に関与する背景因子としての危険因子をWhitcomb ら が TIGAR-O(Toxic-metabolic、Idiopathic、Genetic、Autoimmune、Recurrent and severe acute pancreatitis、Obstructive)分類として提唱しています(表1)。慢性膵炎は、これら種々雑多の成因が複雑に複合
して発症し、非可逆的に進行していくため、早期に診断し直ちに治療を行うことが重要です。
慢性膵炎が疑われる患者さんを診断する際に大事なのは臨床像、形態、機能の変化を的確に捉えて、患者さんがどの病期にあるのかを見極めることです。そのためには問診と病状の把握が大切です。たとえば、アルコールや暴飲暴食、高脂肪食などの摂取を契機に起こった上腹部痛であれば膵疾患を強く疑い検査をします。 どこでも可能な簡便な検査方法として膵酵素検査(血中・尿中アミラーゼ)と腹部超音波検査(US)があります。膵炎発作があると血中アミラーゼ値はいったん高値を示しますが、数日後には正常範囲内に戻ります。一方、尿中アミラーゼ値は遅れて高値が持続するため、両者を測定することが必要です。最近では、軽症でも異常値を示す率が高い血中p 型アミラーゼもしくはリパーゼを測定することが推奨されます。 USでは、点状エコーなどの膵実質の不均一、3mm以上の膵管拡張、膵の腫大といった所見があれば慢性膵炎を強く疑います。 さらに、患者さんの膵内外分泌機能の評価を行い、病期を見極めることが今後の治療計画を立てるうえでも大切です。膵内分泌機能の評価に関しては非代償期には糖尿病と同様の状態を示すため、経口ブドウ糖負荷試験、HbA1c、HOMA-IR、尿中 C- ペプチド(CPR)排泄量などを測定します。膵外分泌機能の評価に関しては、現在わが国で保険適応可能な検査法である BT-PABA 試験(PFD 試験)を行
います。 また、慢性膵炎の診断では、膵癌との鑑別が最も重要です。さらに膵癌の危険因子といわれ、近年増加している膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)にも鑑別困難な例があるため注意が必要です。 慢性膵炎が膵癌発症の高リスク群であることはガイドラインにも記載されており、患者の生命予後を規定する重要な因子とされています。2006年に初回発刊され、2009年に改訂された『科学的根拠に基づく膵癌診断ガイドライン』(日本膵臓学会)においても、慢性膵炎は膵癌の危険因子として重要視され、膵癌発症の危険率は一般人口の10~20倍高いことが示されています。膵癌を念頭に置いた診療が求められます。
新しい「慢性膵炎臨床診断基準」には非専門医も診断できるように、①特徴的な画像所見や、②特徴的な組織所見に加えて、臨床所見として、③反復する上腹部痛発作、④血中または尿中膵酵素値の異常、⑤膵外分泌障害、⑥飲酒歴といった4項目を設け、合計6項目から診断することが示されています(図2)。この診断基準は、特にアルコール性の膵障害を念頭に置いていますが、成因を問わずに適応することができます。 画像診断では、膵管像を評価する ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)や MRCP(磁気共鳴胆管膵管造影)、膵
●グレードA :行うよう強く勧められる●グレードB :行うよう勧められる●グレードC1:行うほうがよい
『慢性膵炎診療ガイドライン』推奨グレード
表1 慢性膵炎発症に関与する危険因子による分類 (TIGAR-O Classification System, Version 1.0)1 毒物・代謝産物 (Toxic-metabolic) 1)アルコール 2)喫煙 3)高カルシウム血症 (1)副甲状腺機能亢進症 4)高脂血症 (まれ、意見の不一致あり) 5)慢性腎不全 6)薬物 (1)フェナセチン中毒(慢 性腎不全に基づくもの であろう) 7)薬物 (1)有機化合物 (DBTCなど)
2 特発性(Idiopathic) 1)早期発症型 2)晩期発症型 3)熱帯性 (1)熱帯性石灰化膵炎 (2)線維石灰化膵性糖尿病 4)その他
3 遺伝性(Genetic) 1)常染色体陽性 (1)カチオニックトリプシ ノーゲン(コドン 29 と 122 変異) 2)常染色体劣性/修飾遺伝子 (1)CFTR変異 (2)SPINK1変異
(3)カチオニックトリプシ ノーゲン(コドン 16、 22、23変異) (4)α1- アンチトリプシン 欠損
4 自己免疫(Autoimmune) 1)散発性自己免疫性慢性膵 炎 2)自己免疫性症候群に合併 した慢性膵炎 (1)シェーグレン症候群に 合併した慢性膵炎 (2)炎症性腸症候群に合併 した慢性膵炎 (3)原発性胆汁性肝硬変に 合併した慢性膵炎
5 再発性重症急性膵炎 (Recurrent and severe acute pancreatitis) 1)壊死後(重症急性膵炎) 2)再発性急性膵炎 3)血管疾患 /虚血 4)放射線照射後
6 閉塞性(Obstructive) 1)膵管非癒合 2)Oddi 括約筋機能異常(意 見の不一致あり) 3)膵管閉塞(腫瘍) 4)乳頭周囲十二指腸壁囊胞 5)外傷後膵管瘢痕
下瀬川 徹:膵炎・膵癌,最新医学社
種々の成因で発症し、幅広い病態を示す慢性膵炎
膵内外分泌機能評価で病期を診断
早期慢性膵炎を診断する新しい「慢性膵炎臨床診断基準」 治療と合併症管理のポイント
図1 慢性膵炎の病期と臨床症状
無症状期
血中膵酵素
膵管像
外分泌機能
膵機能
異常低値
正常範囲
糖尿病発症
代償期 移行期 非代償期
疼痛
図2 慢性膵炎臨床診断基準 図 3 早期慢性膵炎の画像所見
(1)蜂巣状分葉エコー(Lobularity, honeycombing type) (2)不連続な分葉エコー(Nonhoneycombing lobularity) (3)点状高エコー(Hyperechoic foci ; non-shadowing) (4)索状高エコー(Stranding) (5)襄胞(Cysts) (6)分枝膵管拡張 (Dilated side branches) (7)膵管辺縁高エコー (Hyperechoic MPD margin)
以下に示すEUS所見 7項目のうち、(1)~(4)のいずれかを含む2項目以上が認められる。
早期慢性膵炎の画像所見では、A、Bのいずれかが認められる。
(1) (2)
(3) (4)
A ERCP像で、3本以上の分枝膵管に不規則な拡張が認められる。B
注 1 ①②のいずれも認めず、③~⑥のいずれかのみ 2 項目以上有する症例のうち、他の疾患が否定されるものを慢性膵炎疑診 例とする。疑診例には 3ヶ月以内に EUSを含む画像診断を行うことが望ましい。注 2 ③または④の 1 項目のみ有し早期慢性膵炎の画像所見を示す症例のうち、他の疾患が否定されるものは早期慢性膵炎の疑 いがあり、注意深い経過観察が必要である。<付記> 早期慢性膵炎の実態については、長期予後を追跡する必要がある。
早期慢性膵炎の画像所見(EUS/ERCP) 他疾患の除外
①もしくは②の準確診所見
❸❹❺のうち 2項目以上 ❸~❻のうち 2項目以上
❶もしくは❷の確診所見
他疾患を考慮
慢性膵炎の診断項目
慢性膵炎確診 慢性膵炎準確診 早期慢性膵炎 慢性膵炎疑診例
片岡慶正;新たな慢性膵炎臨床診断基準 2010. 99(1):48-56, , 2010(一部改変) 慢性膵炎臨床診断基準改訂委員会 日本内科学会雑誌
特徴的な画像所見
あり なし あり
なし
なしありあり
なし
❶
特徴的な組織所見❷ 血中または尿中膵酵素値の異常❹
膵外分泌障害❺
1日 80g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴❻
反復する上腹部痛発作❸
糖代謝異常
膵石
襄胞分枝の不整
蛋白栓主膵管の数珠状拡張
32 4
実質を診る CT、US などの検査法があります。最近では、感度の高いEUS(超音波内視鏡検査)による蜂巣状分葉エコー、不連続な分葉エコー、点状高エコー、索状高エコーなどの所見や、ERCPによる分枝膵管の変化( 3 本以上の不規則な拡張)が認められると、早期慢性膵炎の画像所見として診断できるようになりました(図 3)。 EUSとERCP は専門医療機関で行う検査ですが、EUS は入院の必要はなく比較的短時間で可能な外来検査法であり、ERCPに比して患者さんの負担も少なく受けることができます。 今回の新しい診断基準の特徴は、早期慢性膵炎のカテゴリーを新設したことです。早期から積極的に治療を行うことで、患者さんの予後改善につながることを期待しています。
慢性膵炎では成因を含めた患者背景をふまえ、臨床経過上の各病期に出現する症状と、その重症度に応じて多角的かつ集学的に治療することが必要です。一般に、診断後は禁酒や高脂肪食を是正する食事・生活指導と、薬物療法をはじめとする内科的保存的治療が主体となります。 腹痛を有する代償期では蛋白分解酵素阻害薬の投与、膵消化酵素薬、鎮痛・鎮痙薬、胃酸分泌抑制薬(H2 ブロッカーなど)が薬物治療の主体となります。その診断が早期であればあるほど薬物療法・食事療法はその後の進展阻止対策に有効と考えられますが、長期展望から評価した明らかなエビデンスはありません。今回の診断基準改訂により早期慢性膵炎の診断が可能となったことから、今後の調査研究の成果が期待されます。 飲酒は発症の危険因子だけでなく、病態の進行を促進す
るため、ガイドラインでは“断酒”を推奨しています(グレード C1)。アルコール性慢性膵炎患者さんの中には明らかに病識の乏しい方もおられます。したがって、飲酒による膵炎発作の再燃誘発といった短期的展望からだけではなく、飲酒の継続がインスリン治療を要するような膵性糖尿病や膵癌発症のリスクを高めるといった科学的根拠に基づいた正しい情報を丁寧に根気よく繰り返し説明する努力が求められます。 脂肪制限に関しては、ガイドラインにおいて「腹痛時や腹痛発作を繰り返す症例では脂肪制限が食事療法の基本であり、腹痛対策として脂肪制限は必要である」(グレードB)と推奨しています。しかし、臨床データの蓄積は更に必要となりますが、脂肪摂取後の生理的な膵外分泌刺激反応と実地診療の場で高脂肪食後の膵炎発作誘発の経験から、慢性膵炎急性再燃阻止対策として食事中の脂肪制限は患者さんのQOL改善につながり患者指導の基本とされています。 多岐に渡る合併症対策の中で、内科的には膵外分泌不全と吸収不良症候群に伴う脂肪便、体重減少、各種ビタミンや微量元素欠乏などの対応にはリパーゼ力価の高い消化酵素の大量投与が必要となります(グレードA)。また、リパーゼ活性失活を防ぐ目的として胃酸分泌抑制薬が併用されます(グレード C1)。膵性糖尿病の治療にはインスリン治療が推奨されています(グレード A)。ただし、膵性糖尿病は血糖の日内変動が激しく、インスリン欠乏だけでなくグルカゴン分泌低下を伴うことから、インスリン治療の際に低血糖を起こしやすく、遷延化する傾向にあります。血糖レベルの安定化と低血糖予防の目的に、少量頻回インスリン治療法(超速効型もしくは速効型)や持効型インスリン製剤を組み合わせた強化インスリン療法など個々の症例に合わせてきめ細かな指導が望まれます。
慢性膵炎は、腹痛、背部痛や食欲低下などの臨床症状を伴い、膵実質の脱落、不規則な線維化の非可逆的な進行により、次第に膵内外分泌機能障害から機能不全に至る疾患です。つまり、急性再燃の発作を繰り返しながら進行するのが特徴です。 慢性膵炎の臨床経過は、早期(代償期)、移行期、後期(非代償期)に分けられます(図 1)。代償期の主症状は腹痛で、 膵内外分泌機能は保たれていますが、発作を繰り返します。移行期には膵実質の減少に伴い線維化が徐々に進行し、腹痛は軽減していきます。非代償期に入ると糖尿病(膵性糖尿病)や脂肪便、体重減少などの膵内外分泌機能障害に伴う臨床症状が主体となります。また、 膵石を伴う場合も多くあります。 慢性膵炎の成因は多岐にわたりいまだ明らかではありませんが、疫学的にはアルコール性と非アルコール性(特発性、遺伝性、家族性など)に分類されます。臨床像や経過、進展形式は多彩で、治療に対する反応性も一定ではなく、個体差も大きいため、ガイドラインでは成因、活動性、重症度、病期を考慮した治療を推奨しています。 慢性膵炎発症に関与する背景因子としての危険因子をWhitcomb ら が TIGAR-O(Toxic-metabolic、Idiopathic、Genetic、Autoimmune、Recurrent and severe acute pancreatitis、Obstructive)分類として提唱しています(表1)。慢性膵炎は、これら種々雑多の成因が複雑に複合
して発症し、非可逆的に進行していくため、早期に診断し直ちに治療を行うことが重要です。
慢性膵炎が疑われる患者さんを診断する際に大事なのは臨床像、形態、機能の変化を的確に捉えて、患者さんがどの病期にあるのかを見極めることです。そのためには問診と病状の把握が大切です。たとえば、アルコールや暴飲暴食、高脂肪食などの摂取を契機に起こった上腹部痛であれば膵疾患を強く疑い検査をします。 どこでも可能な簡便な検査方法として膵酵素検査(血中・尿中アミラーゼ)と腹部超音波検査(US)があります。膵炎発作があると血中アミラーゼ値はいったん高値を示しますが、数日後には正常範囲内に戻ります。一方、尿中アミラーゼ値は遅れて高値が持続するため、両者を測定することが必要です。最近では、軽症でも異常値を示す率が高い血中p 型アミラーゼもしくはリパーゼを測定することが推奨されます。 USでは、点状エコーなどの膵実質の不均一、3mm以上の膵管拡張、膵の腫大といった所見があれば慢性膵炎を強く疑います。 さらに、患者さんの膵内外分泌機能の評価を行い、病期を見極めることが今後の治療計画を立てるうえでも大切です。膵内分泌機能の評価に関しては非代償期には糖尿病と同様の状態を示すため、経口ブドウ糖負荷試験、HbA1c、HOMA-IR、尿中 C- ペプチド(CPR)排泄量などを測定します。膵外分泌機能の評価に関しては、現在わが国で保険適応可能な検査法である BT-PABA 試験(PFD 試験)を行
います。 また、慢性膵炎の診断では、膵癌との鑑別が最も重要です。さらに膵癌の危険因子といわれ、近年増加している膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)にも鑑別困難な例があるため注意が必要です。 慢性膵炎が膵癌発症の高リスク群であることはガイドラインにも記載されており、患者の生命予後を規定する重要な因子とされています。2006年に初回発刊され、2009年に改訂された『科学的根拠に基づく膵癌診断ガイドライン』(日本膵臓学会)においても、慢性膵炎は膵癌の危険因子として重要視され、膵癌発症の危険率は一般人口の10~20倍高いことが示されています。膵癌を念頭に置いた診療が求められます。
新しい「慢性膵炎臨床診断基準」には非専門医も診断できるように、①特徴的な画像所見や、②特徴的な組織所見に加えて、臨床所見として、③反復する上腹部痛発作、④血中または尿中膵酵素値の異常、⑤膵外分泌障害、⑥飲酒歴といった4項目を設け、合計6項目から診断することが示されています(図2)。この診断基準は、特にアルコール性の膵障害を念頭に置いていますが、成因を問わずに適応することができます。 画像診断では、膵管像を評価する ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)や MRCP(磁気共鳴胆管膵管造影)、膵
●グレードA :行うよう強く勧められる●グレードB :行うよう勧められる●グレードC1:行うほうがよい
『慢性膵炎診療ガイドライン』推奨グレード
表1 慢性膵炎発症に関与する危険因子による分類 (TIGAR-O Classification System, Version 1.0)1 毒物・代謝産物 (Toxic-metabolic) 1)アルコール 2)喫煙 3)高カルシウム血症 (1)副甲状腺機能亢進症 4)高脂血症 (まれ、意見の不一致あり) 5)慢性腎不全 6)薬物 (1)フェナセチン中毒(慢 性腎不全に基づくもの であろう) 7)薬物 (1)有機化合物 (DBTCなど)
2 特発性(Idiopathic) 1)早期発症型 2)晩期発症型 3)熱帯性 (1)熱帯性石灰化膵炎 (2)線維石灰化膵性糖尿病 4)その他
3 遺伝性(Genetic) 1)常染色体陽性 (1)カチオニックトリプシ ノーゲン(コドン 29 と 122 変異) 2)常染色体劣性/修飾遺伝子 (1)CFTR変異 (2)SPINK1変異
(3)カチオニックトリプシ ノーゲン(コドン 16、 22、23変異) (4)α1- アンチトリプシン 欠損
4 自己免疫(Autoimmune) 1)散発性自己免疫性慢性膵 炎 2)自己免疫性症候群に合併 した慢性膵炎 (1)シェーグレン症候群に 合併した慢性膵炎 (2)炎症性腸症候群に合併 した慢性膵炎 (3)原発性胆汁性肝硬変に 合併した慢性膵炎
5 再発性重症急性膵炎 (Recurrent and severe acute pancreatitis) 1)壊死後(重症急性膵炎) 2)再発性急性膵炎 3)血管疾患 /虚血 4)放射線照射後
6 閉塞性(Obstructive) 1)膵管非癒合 2)Oddi 括約筋機能異常(意 見の不一致あり) 3)膵管閉塞(腫瘍) 4)乳頭周囲十二指腸壁囊胞 5)外傷後膵管瘢痕
下瀬川 徹:膵炎・膵癌,最新医学社
種々の成因で発症し、幅広い病態を示す慢性膵炎
膵内外分泌機能評価で病期を診断
早期慢性膵炎を診断する新しい「慢性膵炎臨床診断基準」 治療と合併症管理のポイント
図1 慢性膵炎の病期と臨床症状
無症状期
血中膵酵素
膵管像
外分泌機能
膵機能
異常低値
正常範囲
糖尿病発症
代償期 移行期 非代償期
疼痛
図2 慢性膵炎臨床診断基準 図 3 早期慢性膵炎の画像所見
(1)蜂巣状分葉エコー(Lobularity, honeycombing type) (2)不連続な分葉エコー(Nonhoneycombing lobularity) (3)点状高エコー(Hyperechoic foci ; non-shadowing) (4)索状高エコー(Stranding) (5)襄胞(Cysts) (6)分枝膵管拡張 (Dilated side branches) (7)膵管辺縁高エコー (Hyperechoic MPD margin)
以下に示すEUS所見 7項目のうち、(1)~(4)のいずれかを含む2項目以上が認められる。
早期慢性膵炎の画像所見では、A、Bのいずれかが認められる。
(1) (2)
(3) (4)
A ERCP像で、3本以上の分枝膵管に不規則な拡張が認められる。B
注 1 ①②のいずれも認めず、③~⑥のいずれかのみ 2 項目以上有する症例のうち、他の疾患が否定されるものを慢性膵炎疑診 例とする。疑診例には 3ヶ月以内に EUSを含む画像診断を行うことが望ましい。注 2 ③または④の 1 項目のみ有し早期慢性膵炎の画像所見を示す症例のうち、他の疾患が否定されるものは早期慢性膵炎の疑 いがあり、注意深い経過観察が必要である。<付記> 早期慢性膵炎の実態については、長期予後を追跡する必要がある。
早期慢性膵炎の画像所見(EUS/ERCP) 他疾患の除外
①もしくは②の準確診所見
❸❹❺のうち 2項目以上 ❸~❻のうち 2項目以上
❶もしくは❷の確診所見
他疾患を考慮
慢性膵炎の診断項目
慢性膵炎確診 慢性膵炎準確診 早期慢性膵炎 慢性膵炎疑診例
片岡慶正;新たな慢性膵炎臨床診断基準 2010. 99(1):48-56, , 2010(一部改変) 慢性膵炎臨床診断基準改訂委員会 日本内科学会雑誌
特徴的な画像所見
あり なし あり
なし
なしありあり
なし
❶
特徴的な組織所見❷ 血中または尿中膵酵素値の異常❹
膵外分泌障害❺
1日 80g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴❻
反復する上腹部痛発作❸
糖代謝異常
膵石
襄胞分枝の不整
蛋白栓主膵管の数珠状拡張
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慢性膵炎の診断と治療~新しい診療ガイドラインと 改訂された診断基準を中心に~
院長
片 岡 慶 正
大津市民病院
施 設 紹 介
大津市民病院■■■■
■■
所 在 地T E LF A X診 療 科
開 設病 床 数
〒520-0804 大津市本宮二丁目9-9077-522-4607077-521-5414内科、総合診療科、心療内科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、小児科、小児循環器科、外科・消化器外科、整形外科、脳神経外科、心臓血管外科、呼吸器外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、放射線科、麻酔科、緩和ケア科、歯科口腔外科、救急診療科(ER) など24診療科1937年506床(一般病床488床、結核病床10床、感染病床8床)
大津市は、日本一の大きさを誇る琵琶湖に面し、比叡山や
比良山などの自然に恵まれた中核都市です。琵琶湖が一望で
きる立地条件にある大津市民病院は、長年にわたり市民に愛
され、親しまれる県下有数の拠点病院として地域医療を担っ
てきました。1999年には本館、別館棟を増改築し、今日的
な医療ニーズに適応した医療体制の整備を図っています。
市民病院は質の高い、清潔で安全な医療を優しく提供する
ことを使命としています。そのため医療相談窓口や医療の質・
安全管理室、地域医療連携室を設け、スタッフがきめ細かな
対応を行っています。
また、救急外来「ER おおつ」、血液浄化部、神経難病研究
所など専門性の高い機能を備え、緩和ケア病棟や回復期リハ
ビリテーション病棟では、時代に求められる医療体制の充実
と療養にふさわしい環境を整備しています。
2003年には地域医療支援病院の承認を得て、地域の医療
機関との連携により地域住民が安心して医療を受けることが
できる医療環境の確保に努めています。大津医療圏では、患
者さまの病状に応じて初期から自宅に戻られるまで、病院や
診療所、在宅看護や介護が発揮できる地域完結型医療を推進
しています。市民病院の医師とかかりつけ医とが共同で入院
治療にあたり、入院前、退院後と継続した医療が提供できる
開放型病床もその一役を担っています。
厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」の全国調査によると 2007年の慢性膵炎受療患者数は推計 50,009人であり、1974 年の調査以来増加しています。また、長寿社会の日本において慢性膵炎患者の平均死亡年齢は 66 歳であり、一般人と比べて男女ともに寿命は10~15歳短いことが明らかにされています。さらに慢性膵炎は膵癌の合併率も高く、2007年の部位別がん死亡率によると膵癌は男性 5 位、女性 4位と上位を占めています。 慢性膵炎の進展阻止対策は重要ですが、慢性膵炎は臨床経過が長く、成因や病期によって症状や病態が異なり、合併症の有無、あるいはその程度により多彩な臨床像を示すことから、これまで使用されてきた診断基準では早期からの介入医療が困難で、患者の予後改善につながりにくいという問題がありました。 そのような流れのなか2009年、日本消化器病学会では慢性膵炎の全経過を視野においた包括的な診療指針という点では世界初の『慢性膵炎診療ガイドライン』(以下ガイドライン)を発表し、2010 年 1 月には厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」、日本膵臓学会、日本消化器病学会の合同で新たな「慢性膵炎臨床診断基準 2009」が示されました。 これらにより早期慢性膵炎の疾患概念が取り入れられると早期からの診断・治療が可能となり、慢性膵炎の進展抑制対策により、患者のQOLや生命予後の改善が期待できます。いま慢性膵炎診療が大きく変貌しつつあります。
私も慢性膵炎の患者さんに低脂肪の成分栄養剤(ED)などを用いていますが、良好に管理することができます。 私にとって印象的な症例を提示します。この症例は特発性、準確診の66歳女性ですが、長年治療抵抗性の腹痛・背部痛に悩まれて紹介された患者さんです(図 4)。厳密な脂肪制限食に加えて内科的保存療法で可能な治療はすべて試みられていましたが効果が乏しく、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を連日内服されていました。 そこで ED 療法を試みました。自由な時間に自由に服用していただく方法で、1 日あたり 2 ボトル服用をお勧めしました。ただそれだけです。決して強要しません。図 4 のような経過で NSAIDs 減量から休薬、Body Mass Index(BMI)の上昇、QOLの改善が明らかでした。この症例では、その後 5 年間自分の食事内容からライフスタイルや症状に合わせてEDを適宜、日々の生活に有効活用されています。重要な点は長年悩んだ疼痛と不安から解放されている状態が継続しているという事実です。 その後、腹痛を有する慢性膵炎症例に対する ED 療法を検討しました(図 5)。EDは 1 日あたり原則として 160g(600 kcal)の服用とし、飲み方は、患者さんのライフスタイルに合わせるためにEDボトルを推奨しました。また、各種フレーバーの使用も自由としました。疼痛レベルは患者自身の記入によるビジュアルアナログスケール(VAS)
を用いて評価しました。 結果、4 週後の評価では疼痛レベルが明らかに低下し、改善しました。その後、一部の症例で疼痛のリバウンドが認められましたが、いずれも飲酒再開例でした(図 5 A)。客観的評価として血中アミラーゼ、リパーゼ、トリグリセリドには統計的に有意な変化はありませんでしたが、総タンパクと BMI で明らかな改善効果が認められました(図5 B、C、D、Eおよび F)。 この内容は厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」平成 19 年度総括研究報告書で公開させていただきました。現在、 観察期間を 12 週として全国多施設(174 施設参加済み)での臨床調査研究を行っています。現時点で 100例近い症例が治療開始されています。自験の患者さんからのアンケート調査では、“飲みにくい、または下痢などで長期継続のコンプライアンスが低下する”という意見がある一方で、75%近い患者さんが“今までに経験した治療法とは明らかに異なる症状の改善を実感している”という意見でした。 今まで本当に困っておられた患者さんほどED療法の有効性を実感される傾向にあり、自己管理による服用の仕方で経年的に継続されています。前述の全国臨床調査が終了した他施設の患者さんからも同様の声が報告されています。新たなエビデンスが時間とともに着実に蓄積されています。2010年 12月を最終エントリーとした全国展開のEBMを集積し、次回のガイドライン改訂時には掲載できるようなエビデンスをつくることが、大切であると考えています。
今回作成したガイドラインは 61 のクリニカルクエスチョンのうち、推奨グレード A は2つしかないことから慢性膵炎の診療にスタンダードのないことが明らかとなりました。今後、アルコール性、自己免疫性など、成因別の膵炎ガイドラインが作成されることになるでしょう。 新しいガイドラインや診断基準が発表されたことで、一般の医師にも慢性膵炎の診療を知っていただき、幅広くボトムアップができる環境が整いました。早期病態も含めて、潜在的に腹痛なく徐々に、しかも確実に進行していく症例もあり、この点は広く非専門医の方に見極めていただきたいと思います。 慢性膵炎が疑われる症例の取り扱いに関しては、慢性膵炎という経過の長い疾患のある一時期のみ乗り切れば解決できる問題ではありません。長期展望に立った早期慢性膵炎の確かな診断と治療が望まれます。したがって、これら
の範疇の患者さんに関しては地域の拠点病院に画像検査などを依頼し、病診連携を密にすることが大変重要になってきます。確かに、早期慢性膵炎の診断には EUS や ERCPといった専門的な検査が必要となりました。診療所レベルや非専門医においてハードルの高い検査となりますが、これらは早期慢性膵炎診断と同時に膵癌の除外も可能となるメリットがあります。 今後、ガイドラインは一般市民向けも発表予定であり、患者さんを含めた一般市民、非専門医、専門医の間で情報を共有して慢性膵炎の診療に取り組める環境が整備されつつあります。早期慢性膵炎を診断し治療していくことで、慢性膵炎は進行したら元に戻らないという進行性かつ非可逆性病態の呪縛的な既成概念から脱却できるかも知れません。今回の新たなガイドライン・診断基準を適用し、ED療法を早期から行うことにより、病態の進展抑制および高い QOL 維持が可能となるかも知れません。一方では、進行した状態で見つかる膵癌の減少に繋がることをも期待しています。
2010 年 4月作成TNC・27・0410・SW
病診連携の強化で慢性膵炎患者をフォローアップする
成分栄養剤(ED)を用いて改善した症例
はじめに
図 5 疼痛を有する慢性膵炎症例に対するED療法の検討
図 4 慢性膵炎の症例
17.0
16.5
18.5 BMI
17.5
18.0
15.0
15.5
16.0
80
60
140
9 月 21日 11月 5日 12月 3日 2月 18日 4月 8日 9月 8日 11月 2日
100
120
02004 年 2005 年
20
40
アミラーゼ
リパーゼ
BMI
トリグリセリド 本院紹介
前医にてERCP
腹部、背部痛腹部、背部痛
酸化マグネシウム 1.0g酸化マグネシウム 1.0g
Ⓐ×1屯用Ⓐ×1屯用Ⓐ×1Ⓑ×1屯用Ⓐ×1Ⓑ×1屯用
Ⓐ 臭化チキジウム 1PⒷ 臭化ブチルスコポラミン 1PⒶ 臭化チキジウム 1PⒷ 臭化ブチルスコポラミン 1P
エトドラク(200) 4pエトドラク(200) 4p
ピコスルファートナトリウム水和物、センナエキスピコスルファートナトリウム水和物、センナエキス
ED80g ボトル×2/ 日ED80g ボトル×2/ 日
ファモチジン 20mg×2クロチアゼパム 5mg×2
消化酵素配合剤 3.0gドンペリドン 30mgカモスタットメシル酸塩 600mg
ロキソプロフェンナトリウム水和物 2~3pロキソプロフェンナトリウム水和物 2~3p
Ⓐ×3Ⓐ×3 Ⓐ×2Ⓐ×2
リパーゼ(IU/L)アミラーゼ(IU/L)トリグリセリド(mg/dL)
■成分栄養剤(ED)を、1日あたり原則として 160g (600kcal)を服用する。飲み方は、EDボトルを推奨し、 患者の食事からライフスタイルに合わせて自由とした。■観察期間は 8 週間とした。長期症例についてはさらに 継続した。■疼痛レベルは患者自身の記入によるビジュアルアナ ログスケール(VAS)を用いて評価した。
■入院を必要としないが、既存の治療で疼痛対策の必要 な慢性膵炎 22症例 ・アルコール性:特発性:胆石性= 9:10:3 ・確診:準確診:疑診= 8:8:6 ・男:女= 9:13 ・平均年齢= 58.9 ± 16.7(mean±SD : 25 ~ 78 歳)
対 象 研究方法
結 果 22 例中 8週間服用継続が可能な 16例を Paired t-test にて解析
投与前 4 週後 8 週後 mean 4.8 1.5 1.6 SD 2.5 1.5 2.4 p 値 p<0.001 p<0.001
投与前 8 週後 mean 6.81 7.14 SD 0.74 0.77 p 値 p=0.0475
投与前 8 週後 mean 198.6 162.2 SD 222.3 121.7 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 54.3 54.7 SD 20.5 26.5 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 108.9 126.0 SD 63.0 60.3 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 18.0 19.0 SD 3.4 3.0 p 値 p<0.005
血中リパーゼ(IU/L)
血中アミラーゼ(IU/L)
VASによる疼痛レベルの変動
BA C
BMI総タンパク(g/dL)
トリグリセリド(mg/dL)
ED F
109876543210
9008007006005004003002001000
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0
9
8
7
6
5
4
262422201816141210
片岡ら;厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」報告書(平成19年度):222-226
5
慢性膵炎の診断と治療~新しい診療ガイドラインと 改訂された診断基準を中心に~
院長
片 岡 慶 正
大津市民病院
施 設 紹 介
大津市民病院■■■■
■■
所 在 地T E LF A X診 療 科
開 設病 床 数
〒520-0804 大津市本宮二丁目9-9077-522-4607077-521-5414内科、総合診療科、心療内科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、小児科、小児循環器科、外科・消化器外科、整形外科、脳神経外科、心臓血管外科、呼吸器外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、放射線科、麻酔科、緩和ケア科、歯科口腔外科、救急診療科(ER) など24診療科1937年506床(一般病床488床、結核病床10床、感染病床8床)
大津市は、日本一の大きさを誇る琵琶湖に面し、比叡山や
比良山などの自然に恵まれた中核都市です。琵琶湖が一望で
きる立地条件にある大津市民病院は、長年にわたり市民に愛
され、親しまれる県下有数の拠点病院として地域医療を担っ
てきました。1999年には本館、別館棟を増改築し、今日的
な医療ニーズに適応した医療体制の整備を図っています。
市民病院は質の高い、清潔で安全な医療を優しく提供する
ことを使命としています。そのため医療相談窓口や医療の質・
安全管理室、地域医療連携室を設け、スタッフがきめ細かな
対応を行っています。
また、救急外来「ER おおつ」、血液浄化部、神経難病研究
所など専門性の高い機能を備え、緩和ケア病棟や回復期リハ
ビリテーション病棟では、時代に求められる医療体制の充実
と療養にふさわしい環境を整備しています。
2003年には地域医療支援病院の承認を得て、地域の医療
機関との連携により地域住民が安心して医療を受けることが
できる医療環境の確保に努めています。大津医療圏では、患
者さまの病状に応じて初期から自宅に戻られるまで、病院や
診療所、在宅看護や介護が発揮できる地域完結型医療を推進
しています。市民病院の医師とかかりつけ医とが共同で入院
治療にあたり、入院前、退院後と継続した医療が提供できる
開放型病床もその一役を担っています。
厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」の全国調査によると 2007年の慢性膵炎受療患者数は推計 50,009人であり、1974 年の調査以来増加しています。また、長寿社会の日本において慢性膵炎患者の平均死亡年齢は 66 歳であり、一般人と比べて男女ともに寿命は10~15歳短いことが明らかにされています。さらに慢性膵炎は膵癌の合併率も高く、2007年の部位別がん死亡率によると膵癌は男性 5 位、女性 4位と上位を占めています。 慢性膵炎の進展阻止対策は重要ですが、慢性膵炎は臨床経過が長く、成因や病期によって症状や病態が異なり、合併症の有無、あるいはその程度により多彩な臨床像を示すことから、これまで使用されてきた診断基準では早期からの介入医療が困難で、患者の予後改善につながりにくいという問題がありました。 そのような流れのなか2009年、日本消化器病学会では慢性膵炎の全経過を視野においた包括的な診療指針という点では世界初の『慢性膵炎診療ガイドライン』(以下ガイドライン)を発表し、2010 年 1 月には厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」、日本膵臓学会、日本消化器病学会の合同で新たな『慢性膵炎臨床診断基準 2009』が示されました。 これらにより早期慢性膵炎の疾患概念が取り入れられると早期からの診断・治療が可能となり、慢性膵炎の進展抑制対策により、患者のQOLや生命予後の改善が期待できます。いま慢性膵炎診療が大きく変貌しつつあります。
私も慢性膵炎の患者さんに低脂肪の成分栄養剤(ED)などを用いていますが、良好に管理することができます。 私にとって印象的な症例を提示します。この症例は特発性、準確診の66歳女性ですが、長年治療抵抗性の腹痛・背部痛に悩まれて紹介された患者さんです(図 4)。厳密な脂肪制限食に加えて内科的保存療法で可能な治療はすべて試みられていましたが効果が乏しく、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を連日内服されていました。 そこで ED 療法を試みました。自由な時間に自由に服用していただく方法で、1 日あたり 2 ボトル服用をお勧めしました。ただそれだけです。決して強要しません。図 4 のような経過で NSAIDs 減量から休薬、Body Mass Index(BMI)の上昇、QOLの改善が明らかでした。この症例では、その後 5 年間自分の食事内容からライフスタイルや症状に合わせてEDを適宜、日々の生活に有効活用されています。重要な点は長年悩んだ疼痛と不安から解放されている状態が継続しているという事実です。 その後、腹痛を有する慢性膵炎症例に対する ED 療法を検討しました(図 5)。EDは 1 日あたり原則として 160g(600 kcal)の服用とし、飲み方は、患者さんのライフスタイルに合わせるためにEDボトルを推奨しました。また、各種フレーバーの使用も自由としました。疼痛レベルは患者自身の記入によるビジュアルアナログスケール(VAS)
を用いて評価しました。 結果、4 週後の評価では疼痛レベルが明らかに低下し、改善しました。その後、一部の症例で疼痛のリバウンドが認められましたが、いずれも飲酒再開例でした(図 5 A)。客観的評価として血中アミラーゼ、リパーゼ、トリグリセリドには統計的に有意な変化はありませんでしたが、総タンパクと BMI で明らかな改善効果が認められました(図5 B、C、D、Eおよび F)。 この内容は厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」平成 19 年度総括研究報告書で公開させていただきました。現在、 観察期間を 12 週として全国多施設(174 施設参加済み)での臨床調査研究を行っています。現時点で 100例近い症例が治療開始されています。自験の患者さんからのアンケート調査では、“飲みにくい、または下痢などで長期継続のコンプライアンスが低下する”という意見がある一方で、75%近い患者さんが“今までに経験した治療法とは明らかに異なる症状の改善を実感している”という意見でした。 今まで本当に困っておられた患者さんほどED療法の有効性を実感される傾向にあり、自己管理による服用の仕方で経年的に継続されています。前述の全国臨床調査が終了した他施設の患者さんからも同様の声が報告されています。新たなエビデンスが時間とともに着実に蓄積されています。2010年 12月を最終エントリーとした全国展開のEBMを集積し、次回のガイドライン改訂時には掲載できるようなエビデンスをつくることが、大切であると考えています。
今回作成したガイドラインは 61 のクリニカルクエスチョンのうち、推奨グレード A は2つしかないことから慢性膵炎の診療にスタンダードのないことが明らかとなりました。今後、アルコール性、自己免疫性など、成因別の膵炎ガイドラインが作成されることになるでしょう。 新しいガイドラインや診断基準が発表されたことで、一般の医師にも慢性膵炎の診療を知っていただき、幅広くボトムアップができる環境が整いました。早期病態も含めて、潜在的に腹痛なく徐々に、しかも確実に進行していく症例もあり、この点は広く非専門医の方に見極めていただきたいと思います。 慢性膵炎が疑われる症例の取り扱いに関しては、慢性膵炎という経過の長い疾患のある一時期のみ乗り切れば解決できる問題ではありません。長期展望に立った早期慢性膵炎の確かな診断と治療が望まれます。したがって、これら
の範疇の患者さんに関しては地域の拠点病院に画像検査などを依頼し、病診連携を密にすることが大変重要になってきます。確かに、早期慢性膵炎の診断には EUS や ERCPといった専門的な検査が必要となりました。診療所レベルや非専門医においてハードルの高い検査となりますが、これらは早期慢性膵炎診断と同時に膵癌の除外も可能となるメリットがあります。 今後、ガイドラインは一般市民向けも発表予定であり、患者さんを含めた一般市民、非専門医、専門医の間で情報を共有して慢性膵炎の診療に取り組める環境が整備されつつあります。早期慢性膵炎を診断し治療していくことで、慢性膵炎は進行したら元に戻らないという進行性かつ非可逆性病態の呪縛的な既成概念から脱却できるかも知れません。今回の新たなガイドライン・診断基準を適用し、ED療法を早期から行うことにより、病態の進展抑制および高い QOL 維持が可能となるかも知れません。一方では、進行した状態で見つかる膵癌の減少に繋がることをも期待しています。
2010 年 4月作成TNC・27・0410・SW
病診連携の強化で慢性膵炎患者をフォローアップする
成分栄養剤(ED)を用いて改善した症例
はじめに
図 5 疼痛を有する慢性膵炎症例に対するED療法の検討
図 4 慢性膵炎の症例
17.0
16.5
18.5 BMI
17.5
18.0
15.0
15.5
16.0
80
60
140
9 月 21日 11月 5日 12月 3日 2月 18日 4月 8日 9月 8日 11月 2日
100
120
02004 年 2005 年
20
40
アミラーゼ
リパーゼ
BMI
トリグリセリド 本院紹介
前医にてERCP
腹部、背部痛腹部、背部痛
酸化マグネシウム 1.0g酸化マグネシウム 1.0g
Ⓐ×1屯用Ⓐ×1屯用Ⓐ×1Ⓑ×1屯用Ⓐ×1Ⓑ×1屯用
Ⓐ 臭化チキジウム 1PⒷ 臭化ブチルスコポラミン 1PⒶ 臭化チキジウム 1PⒷ 臭化ブチルスコポラミン 1P
エトドラク(200) 4pエトドラク(200) 4p
ピコスルファートナトリウム水和物、センナエキスピコスルファートナトリウム水和物、センナエキス
ED80g ボトル×2/ 日ED80g ボトル×2/ 日
ファモチジン 20mg×2クロチアゼパム 5mg×2
消化酵素配合剤 3.0gドンペリドン 30mgカモスタットメシル酸塩 600mg
ロキソプロフェンナトリウム水和物 2~3pロキソプロフェンナトリウム水和物 2~3p
Ⓐ×3Ⓐ×3 Ⓐ×2Ⓐ×2
リパーゼ(IU/L)アミラーゼ(IU/L)トリグリセリド(mg/dL)
■成分栄養剤(ED)を、1日あたり原則として 160g (600kcal)を服用する。飲み方は、EDボトルを推奨し、 患者の食事からライフスタイルに合わせて自由とした。■観察期間は 8 週間とし、長期症例についてはさらに継 続した。■疼痛レベルは患者自身の記入によるビジュアルアナ ログスケール(VAS)を用いて評価した。
■入院を必要としないが、既存の治療で疼痛対策の必要 な慢性膵炎 22症例 ・アルコール性:特発性:胆石性= 9:10:3 ・確診:準確診:疑診= 8:8:6 ・男:女= 9:13 ・平均年齢= 58.9 ± 16.7(mean±SD : 25 ~ 78 歳)
対 象 研究方法
結 果 22 例中 8週間服用継続が可能な 16例を Paired t-test にて解析
投与前 4 週後 8 週後 mean 4.8 1.5 1.6 SD 2.5 1.5 2.4 p 値 p<0.001 p<0.001
投与前 8 週後 mean 6.81 7.14 SD 0.74 0.77 p 値 p=0.0475
投与前 8 週後 mean 198.6 162.2 SD 222.3 121.7 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 54.3 54.7 SD 20.5 26.5 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 108.9 126.0 SD 63.0 60.3 p 値 n.s.
投与前 8 週後 mean 18.0 19.0 SD 3.4 3.0 p 値 p<0.005
血中リパーゼ(IU/L)
血中アミラーゼ(IU/L)
VASによる疼痛レベルの変動
BA C
BMI総タンパク(g/dL)
トリグリセリド(mg/dL)
ED F
109876543210
9008007006005004003002001000
120
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100
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262422201816141210
片岡ら;厚生労働省「難治性膵疾患に関する調査研究班」報告書(平成19年度):222-226
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