Seikei-Kakou Vol.23 No.11 2011, pp.659-663

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1.ポリ乳酸(PLA)はその周囲の環境に存在する水分に よって加水分解を受けて低分子量化が進行し,さらに微生 物により二酸化炭素と水に分解される生分解性プラスチッ クであり,環境低負荷材料でもある.射出成形可能な実用 的な成形材料としても注目されている PLA はトウモロコ シ,サトウキビなどの光合成 1) 産物であるでんぷんや糖を 発酵させて得られる乳酸を化学的に重合した樹脂であるこ とから,カーボンニュートラルとも考えられ,二酸化炭素 の発生を抑制する低炭素社会時代の材料として期待されて いる.現在では,食品用容器,ノートパソコンや携帯電話 の筐体,衣料用繊維,さらには自動車部品にも用途展開が 進んでいる. PLA は剛性および引張強度が高い,透明性が高いとい う特長をもつ一方,耐熱性と耐衝撃性が低いという欠点を もつ.耐衝撃性の改善においては,コストに優位性のある リアクティブプロセッシング 2),3) が適用され,エポキシ基 によるオレフィンとの PLA リアクティブブレンド(RB) も提案されている 4) これまで,PLA の生分解性を保持しながら改質を行う ために軟質系生分解性プラスチックであるポリカプロラク トン(PCL) 5),6) あるいはポリブチレンサクシネート(PBS) 7) を反応性相容化剤であるリジントリイソシアネート(LTI) と溶融混練しながらリアクティブプロセッシングを行い PLA RB(図1)を作製した.その結果,結晶化したPLA の引張呼びひずみが 3% であるのに対し,PLA RB では 10%,耐衝撃性は2~3倍向上し ABS 並みになることを 見出した 8) .衝撃物性向上のメカニズムは井上 9) によって, 島相である PCL や PBS の負の圧力効果で海側の PLA は 膨張圧力状態にあり,PLA の局所的な運動性が増大する ことが指摘されている.それ故に,物性発現のメカニズム 解析を行うためには相分離や結晶ラメラのナノ構造解析が 重要である.しかしながら,相分離構造については報告が あるものの 4),9) ,PLA 結晶ラメラ構造の TEM 観察例は少 ない 10) .そこで,ここではTEM電子染色法を駆使してPLA の結晶ラメラ構造のより明瞭な観察を可能にし,明らかに なった物性発現のメカニズムについて報告する. 2.2.1 試験片の作製 PLA,PCL,PBS は市販のペレットのまま,12時間以 上乾燥(PLAおよびPBS:100℃;PCL:50℃:温風乾燥 機)させて用いた.反応性相容化剤として図1に示す LTI を用いた.核剤として PPAZn(日産化学工業 エコプ ロモート)を用いた.リアクティブブレンドおよびその射 出成形は,以前報告した方法で行った 5) 8) .金型温度は30 または100℃ とし,試験片を作製した.金型温度が30℃ の試験片は125℃,2分間オーブン中で加熱して,アニー ルによる結晶化を行った. 引張試験は万能材料試験機(インストロンジャパン社モ デル5582)を使い,引張速度5mmmin で行った.また, 引張試験片にひずみゲージ(東京測器研究所 GFLA3)を 取り付け,引張速度1mmmin で引張試験を行って引張 弾性率(ヤング率)を算出した(JIS K7161).曲げ試験 は支点間距離64mm,曲げ速度2mmmin で試験を行っ た(JIS K7171).衝撃試験はシャルピー型15Jハンマー (CEAST 社 ノッチ入り)で行った. ポリ乳酸リアクティブブレンドのモルフォロジー解析 *1 ・飯 *2 ・原 *2 LTI による PLA 反応性相容化 *1 Masuda, Akihiro 東レリサーチセンター 形態科学研究部 大津市園山3 7(〒520 8567) [email protected] *2 Iida, KoujiHarada, Masaki 名古屋市工業研究所 名古屋市熱田区六番3 41 (〒456 0058) 2011.7.8受理 SeikeiKakou Vol. 23 No. 11 2011 659

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1.緒 言

ポリ乳酸(PLA)はその周囲の環境に存在する水分に

よって加水分解を受けて低分子量化が進行し,さらに微生

物により二酸化炭素と水に分解される生分解性プラスチッ

クであり,環境低負荷材料でもある.射出成形可能な実用

的な成形材料としても注目されている PLAはトウモロコ

シ,サトウキビなどの光合成1)産物であるでんぷんや糖を

発酵させて得られる乳酸を化学的に重合した樹脂であるこ

とから,カーボンニュートラルとも考えられ,二酸化炭素

の発生を抑制する低炭素社会時代の材料として期待されて

いる.現在では,食品用容器,ノートパソコンや携帯電話

の筐体,衣料用繊維,さらには自動車部品にも用途展開が

進んでいる.

PLAは剛性および引張強度が高い,透明性が高いとい

う特長をもつ一方,耐熱性と耐衝撃性が低いという欠点を

もつ.耐衝撃性の改善においては,コストに優位性のある

リアクティブプロセッシング2),3)が適用され,エポキシ基

によるオレフィンとの PLAリアクティブブレンド(RB)

も提案されている4).

これまで,PLAの生分解性を保持しながら改質を行う

ために軟質系生分解性プラスチックであるポリカプロラク

トン(PCL)5),6)あるいはポリブチレンサクシネート(PBS)7)

を反応性相容化剤であるリジントリイソシアネート(LTI)

と溶融混練しながらリアクティブプロセッシングを行い

PLA RB(図1)を作製した.その結果,結晶化した PLA

の引張呼びひずみが3%であるのに対し,PLA RBでは

10%,耐衝撃性は2~3倍向上しABS並みになることを

見出した8).衝撃物性向上のメカニズムは井上9)によって,

島相である PCLや PBSの負の圧力効果で海側の PLAは

膨張圧力状態にあり,PLAの局所的な運動性が増大する

ことが指摘されている.それ故に,物性発現のメカニズム

解析を行うためには相分離や結晶ラメラのナノ構造解析が

重要である.しかしながら,相分離構造については報告が

あるものの4),9),PLA結晶ラメラ構造のTEM観察例は少

ない10).そこで,ここではTEM電子染色法を駆使して PLA

の結晶ラメラ構造のより明瞭な観察を可能にし,明らかに

なった物性発現のメカニズムについて報告する.

2.実 験

2.1 試験片の作製PLA,PCL,PBSは市販のペレットのまま,12時間以

上乾燥(PLAおよび PBS:100℃;PCL:50℃:温風乾燥

機)させて用いた.反応性相容化剤として図1に示す LTI

を用いた.核剤として PPA―Zn(日産化学工業 エコプ

ロモート)を用いた.リアクティブブレンドおよびその射

出成形は,以前報告した方法で行った5)―8).金型温度は30

または100℃とし,試験片を作製した.金型温度が30℃

の試験片は125℃,2分間オーブン中で加熱して,アニー

ルによる結晶化を行った.

引張試験は万能材料試験機(インストロンジャパン社モ

デル5582)を使い,引張速度5mm/min で行った.また,引張試験片にひずみゲージ(東京測器研究所GFLA―3)を

取り付け,引張速度1mm/min で引張試験を行って引張弾性率(ヤング率)を算出した(JIS K7161).曲げ試験

は支点間距離64mm,曲げ速度2mm/min で試験を行った(JIS K7171).衝撃試験はシャルピー型15Jハンマー

(CEAST社 ノッチ入り)で行った.

ポリ乳酸リアクティブブレンドのモルフォロジー解析

増 田 昭 博*1・飯 田 浩 史*2・原 田 征*2

図1 LTIによる PLA反応性相容化

技術報告

*1 Masuda, Akihiro�東レリサーチセンター 形態科学研究部大津市園山3―3―7(〒520―8567)[email protected]

*2 Iida, Kouji/Harada, Masaki名古屋市工業研究所名古屋市熱田区六番3―4―41(〒456―0058)2011.7.8受理

Seikei―Kakou Vol. 23 No. 11 2011 659

2.2 TEM観察試験片を切り出し,断面作製後に PCLまたは PBSを染

色するために,RuO4染色を行った.その後ヒドラジン一

水和物で処理してから,OsO4染色を実施して PLAを染

色した.さらにウルトラミクロトーム(Leica 社 Ultracut

S)で超薄切片作製し,TEM観察(日立H―7100FA加速

電圧:100kV)を行った.

3.結果と考察

3.1 単純なブレンドとリアクティブブレンドの比較はじめに,単純なブレンドに対するリアクティブブレン

ドの物性発現について,モルフォロジーの観点から解析を

行うためにTEM観察を実施した.サンプルは単純なブレ

ンドとしては PLA/PCL(80/20),リアクティブブレンドとしてはそれに反応性相容化剤として LTI を添加した

PLA/PCL/LTI(80/20/0.5)を用いた.金型温度30℃では PLAは未結晶であるので成形後にアニールして結晶化

した.このとき,シャルピー衝撃試験(ノッチ無し)結果

は PLA/PCL(80/20)が175kJ/m2であるのに対し,PLA/PCL/LTI(80/20/0.5)はNB(non breakable)であった.図2のTEM観察結果より,PLA/PCL(80/20)では PCL

を島相とする相分離構造が観察され,PCL,PLAともに

ラメラ構造を確認できる.PLA/PCL/LTI(80/20/0.5)では,各相のラメラ構造に加え,PLA/PCL 界面を貫通した“貫入 PLAラメラ”を確認することができ,反応性相容

化で PCLと共有結合した PLAは界面の結晶化に関与して

いる可能性が示唆される.また,貫入 PLAラメラの存在

は界面密着性が高いことを示唆しており,反応性相容化で

衝撃強度が向上したと考えられる.

3.2 成形時の結晶化方法の違いによる比較PLAブレンドの結晶化は,表1に示したように射出成

形後アニールする方法と高温金型に射出成形し,成形と同

時に結晶化する方法があり,成形および結晶化方法によっ

て物性が異なる8).また,PLAとのブレンド樹脂の種類を

PCLから PBSに変えることでも物性は異なる.

これらの物性発現メカニズムを検証するために,PLA/PCL/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)および,PLA/PBS/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)のそれぞれを,金型温度30℃で成形しアニールした試験片,および,金型温度110℃で

成形した試験片のTEM観察を実施した.

表1に PLA/PCL,PLA/PBS の反応性相容化および結晶化を行ったときの物性値を示した8).降伏引張応力は

PLA/PCL RBでは結晶化によって低下し,PLA/PBS RBでは増加した.引張呼びひずみは結晶化によって約10%

となり,非晶状態は分子鎖の伸長が起こらなくなったと考

えられる.非晶のRBをいずれの方法でも結晶化すること

で弾性率は増大するが,アニール法で結晶化させたほうが,

高温金型で結晶化させるよりも,結晶化率はほとんど同じ

であるにも関わらず弾性率がより増大する結果が得られて

いる8).

表1 PLA/PCL or PBS/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)の物性

図2 PLA/PCL(80/20)の断面 TEM写真

PCL or PBS 結晶状態

引張試験 曲げ試験シャルピー衝撃試験(notched)(kJ/m2)

HDT(℃)降伏引張応力(MPa)

引張呼びひずみ

弾性率(GPa)

曲げ強さ(MPa)

弾性率(GPa)

PCL

未結晶 51.7 140.9 2.92 71.5 2.37 4.86 56.1

アニール 48.1 11.2 3.88 78.9 2.83 14.57 75.2

110℃金型 47.6 11.3 3.29 78.3 2.77 7.54 77.8

PBS

未結晶 55.1 233.8 3.08 80.8 2.51 4.67 56.2

アニール 58.2 10.4 4.27 92.8 2.97 5.00 98.9

110℃金型 58.6 9.9 3.45 88.5 2.87 4.76 92.1

PLA/PPA―Zn 110℃金型 71.9 3.6 4.28 84.1 3.57 2.55 142.4

660 成形加工 第 23巻 第 11号 2011

図3,4のTEM写真より,PLA/PCL RBの PCL相の分散性は良好であるが,PLA/PBS RBの PBS相は球形でサイズが不均一であり,また細長く伸ばされた形など不

安定な形体が認められ,PCLおよび PBSでモルフォロ

ジーが異なることがわかった.

シャルピー衝撃試験については,結晶化によって衝撃強

度が増大している結果が得られた.また,PLA/PCL RBではアニールでの衝撃強度の増大が顕著であった.図5~

8の高倍TEMより,PLA/PCL RBの PLA/PCL 界面に着目すると,いずれも界面を貫通した“貫入 PLAラメラ”

が認められた.中でもアニールのほうがラメラの貫入深さ

が大きく,界面密着性が高くなり,また破壊時に応力集中

する界面の剛性が高まることによって衝撃強度が増大して

いると考えられる.一方,PLA/PBS RBでは PLA/PBS界面にラメラの貫入が認められず,界面の密着性があまり

高くないため,衝撃強度の増大に繋がらなかったと示唆し

ている.

HDTについては,PCLの融点が60℃,PBSが120℃

であるため,PLA/PBS RBの結晶化させたものが高くなったと考えられ,結晶化ラメラとの相関は大きくないと考え

られる.

4.終 わ り に

PLAの物性発現のメカニズムを解析する上で,モルフォ

ロジーを手段とすることは重要である.PLAアロイの相

分離構造観察はAFMで可能であり,球晶については光学

顕微鏡でも観察されているが,反応性相容化された PLA

のラメラ構造を観察した例はなかった.そこで,OsO4染

色の前にヒドラジン処理を施すことによって,染色を可能

にしてラメラ構造を観察することができた.

PLA RBにおいて界面での貫入ラメラの観察に成功し,

物性との相関を考察した.貫入ラメラの存在により PLA

と LTI の共有結合したグラフトポリマーは,主鎖末端に

他ポリマーが結合しているので結晶化には不利であると考

図3 PLA/PCL/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)の断面 TEM写真

図4 PLA/PBS/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)の断面 TEM写真

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図5 PLA/PCL/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)金型温度30℃+アニールの断面 TEM写真

図6 PLA/PCL/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)金型温度110℃の断面 TEM写真

図7 PLA/PBS/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)金型温度30℃+アニールの断面 TEM写真

662 成形加工 第 23巻 第 11号 2011

えてきたが,結晶化に関わり物性に重要な影響を及ぼして

いることを示唆している.このようなことは,海が結晶性

アロイの際の一般的な事象であるのか興味深い.

参 考 文 献1)Ke, B.:Photosynthesis(Advances in Photosynthesis),

Kluwer Academic Publishers(2001)

2)Baker, W., Scott, C. and Hu, G, -H:Reactive Polymer

Blending , Hanser(2001)

3)仙波 健:成形加工,20,409(2008)4)Oyama, H. T.:Polymer ,50,747(2009)

5)Harada, M., Iida, K., Okamoto, K., Hayashi, H. and

Hirano, K.:Polym. Eng. &Sci .,48,1359(2008)6)原田 征,飯田浩史:成形加工,20,432(2008)7)Harada, M., Ohya, T., Iida, K., Hayashi, H., Hirano, K.

and Fukuda, H.:J. Appl. Polm. Sci .,106.1813(2007)8)飯田浩史,原田 征:成形加工,22,292(2010)9)井上隆:自動車用プラスチック新材料の開発と展望,

CMC出版(2011)

10)Ema, Y., Ikeya, M. and Okamoto, M.:Polymer , 47,5350(2006)

図8 PLA/PBS/LTI/PPA―Zn(80/20/0.5/1)金型温度110℃の断面 TEM写真

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