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【研究展望】 持続可能なまちづくりをめざして ―環境マネジメントシステムとのかかわりから― 山本芳華 「持続可能な発展の理論」のセッションにおいて,持続可能性の理論がどのように実務に反映されているのかについて 「まちづくり」を中心テーマとして報告を行った.本稿では,このセッションの報告内容を基礎として持続可能なまち づくりを構築するためのツールの 1 つである環境マネジメントシステムをとりあげて,検討を行いたい.まず,国際的 な動向として環境マネジメントシステムの国際規格 ISO14001 の改訂を概観したのちに,持続可能なまちづくりと地方 自治の本旨との関連性をふまえ,地域社会の構成員である自治体,事業者,市民の各側面から環境マネジメントシステ ムの運用についての検討を行う.以上より,今後の研究展開について議論する. キーワード:持続可能性,まちづくり,環境マネジメントシステム,地方自治 1. はじめに 持続可能な発展(Sustainable Development)は, 環境と開発に関する世界委員会の委員長ブルント ラントが公表した委員会報告書「Our Common Future」(1987)において,「現在のニーズを満た すと同時に,将来世代が自身のニーズを満たす能 力も損なうことがない発展」と定義されている. 環境・社会・経済のバランスを重視した「持続可 能な社会」の概念は,日本において国家レベルの 政策にも取り入れられてきた(松下,2014).一 方で,植田(2004a)で示唆されるように地域社 会の持続可能な発展は,国家レベルとは異なり地 域社会そのものが有する特性を考慮して検討され るべきと考える.また,地域社会は総合的なもの であり,多元的要素を統合した持続可能性が検討 されるべきである.このような地域の特性の考慮 とともに,現在の広範化する地球環境問題への対 応は地球レベルで行う必要もあり,国際的な情勢 にも大きく影響をうけている.以下に,国際標準 化機構(International Organization for Standardiza- tion: ISO1によって策定された環境マネジメント システム国際規格の ISO14001 が,持続可能なま ちづくりを実現するためのツールとしてどのよう な役割を担ってきたのか,さらには今後どのよう にあるべきかについて述べていきたい. 2. 環境マネジメントシステムの国際的な動向 2.1 環境マネジメントシステムとは 環境マネジメントシステム(Environmental Management System)とは,環境パフォーマンス の改善(汚染物質排出削減)につながる計画を立 て(Plan),それを実行(Do)した後に,環境パフォー マンスが改善したかどうかを確認(Check)し, 計画の見直し(Action)を行うという PDCA サイ クルにもとづく継続的改善を行うシステムであ る.あくまでも組織の自主的な取り組みであり, 強制力はないが,1996 年に ISO が発行した規格 である ISO14001 20 年を経てもなお世界中に広 1)国 際 標 準 化 機 構 https://www.iso.org/home.html 2017 6 1 日 最終アクセス) 環境経済・政策研究 Vol. 10, No.2 2017.9環境経済・政策研究 Vol. 10, No.2 2017.9, 3244

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【研究展望】

持続可能なまちづくりをめざして ―環境マネジメントシステムとのかかわりから―

山本芳華

「持続可能な発展の理論」のセッションにおいて,持続可能性の理論がどのように実務に反映されているのかについて「まちづくり」を中心テーマとして報告を行った.本稿では,このセッションの報告内容を基礎として持続可能なまちづくりを構築するためのツールの 1つである環境マネジメントシステムをとりあげて,検討を行いたい.まず,国際的な動向として環境マネジメントシステムの国際規格 ISO14001の改訂を概観したのちに,持続可能なまちづくりと地方自治の本旨との関連性をふまえ,地域社会の構成員である自治体,事業者,市民の各側面から環境マネジメントシステムの運用についての検討を行う.以上より,今後の研究展開について議論する.

キーワード:持続可能性,まちづくり,環境マネジメントシステム,地方自治

1. はじめに

 持続可能な発展(Sustainable Development)は,環境と開発に関する世界委員会の委員長ブルントラントが公表した委員会報告書「Our Common

Future」(1987)において,「現在のニーズを満たすと同時に,将来世代が自身のニーズを満たす能力も損なうことがない発展」と定義されている.環境・社会・経済のバランスを重視した「持続可能な社会」の概念は,日本において国家レベルの政策にも取り入れられてきた(松下,2014).一方で,植田(2004a)で示唆されるように地域社会の持続可能な発展は,国家レベルとは異なり地域社会そのものが有する特性を考慮して検討されるべきと考える.また,地域社会は総合的なものであり,多元的要素を統合した持続可能性が検討されるべきである.このような地域の特性の考慮とともに,現在の広範化する地球環境問題への対応は地球レベルで行う必要もあり,国際的な情勢にも大きく影響をうけている.以下に,国際標準化機構(International Organization for Standardiza-

tion: ISO)1)によって策定された環境マネジメントシステム国際規格の ISO14001が,持続可能なまちづくりを実現するためのツールとしてどのような役割を担ってきたのか,さらには今後どのようにあるべきかについて述べていきたい.

2. 環境マネジメントシステムの国際的な動向

2.1 環境マネジメントシステムとは 環境マネジメントシステム(Environmental

Management System)とは,環境パフォーマンスの改善(汚染物質排出削減)につながる計画を立て(Plan),それを実行(Do)した後に,環境パフォーマンスが改善したかどうかを確認(Check)し,計画の見直し(Action)を行うという PDCAサイクルにもとづく継続的改善を行うシステムである.あくまでも組織の自主的な取り組みであり,強制力はないが,1996年に ISOが発行した規格である ISO14001は 20年を経てもなお世界中に広

1)国際標準化機構 https://www.iso.org/home.html

(2017年 6月 1日 最終アクセス)

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環境経済・政策研究Vol. 10, No.2 (2017.9), 32‒44

がっており,全世界の認証数は 319,496件となっている(2015年集計 ISO Survey調べ 2).図 1は,1999年から 2015年までの日本国内におけるISO14001認証数である.2009年をピークとして一度減少に転じ,そののち 2015年にふたたび増加し 26,069件となっている3).このシステムはすべての組織に導入可能であるため,企業のみならず,学校や公共団体などにも導入されてきた.この ISO14001規格は 1996年度版,2004年度版においても一部改訂が行われたが,一部の変更にとどまった.今回の 2015年度版の改訂は規格そのものの在り方にかかわる大幅な変更となっている.

2.2 ISO14001と持続可能性 環境マネジメントシステムは,1992年開催の「開発と環境に関する国際会議」を契機として持続的発展のための経済人会議(Business Council

for Sustainable Development)が中心となり,「持続可能な発展」をいかに経済活動の中に追及するかという点から,マネジメントの一部に環境という要素をとりこんで作成したものである.そののち,欧州の環境管理・環境監査スキーム EMAS

(Eco-Management Audit Scheme)やその基本と

なった英国基準の BS7700の内容も反映し国際標準化機構によって,現在の ISO14001環境マネジメントシステムが策定された.以上の経緯をふまえると,環境マネジメントシステムそのものが,持続可能な発展のために生み出されたツールであるといってもよい.さらに,今回の 2015年度版における ISO14001改訂では,環境だけではない社会及び経済とのバランスのなかでマネジメントシステムを構築すべきであるという位置づけを明確に打ち出している.序文には,「将来の世代の人々が自らのニーズを満たす能力を損なうことなく,現在の世代のニーズを満たすために,環境,社会及び経済のバランスを実現することが不可欠であると考えられている.到達点としての持続可能な発展は,持続可能性のこの “三本柱” のバランスを取ることによって達成される」との記載があり,ブルントラント委員会報告の持続可能な発展の定義を引用している.ISO14001は TC207という環境管理作業部会で改訂作業が行われるが,図 2で示したように,今回の改定により,環境マネジメントシステムが環境のみを改善するシステムではなく,持続可能な発展のためにより広く活用されるべきという位置づけが明確になっている.

図 1  日本における ISO14001認証数の変動(1999年から 2015年)

ISO Survey “ISO14001data per country and sector 1999‒2015” より筆者作成.

図 2  TC207の戦略タスクグループの摘出した将来的な活動分野

日本規格協会『環境マネジメントシステム―要求事項及び利用の手引き JISQ14001:2004(ISO14001:2004)』「解説図 1 ISO/

TC207の活動分野の広がり」より引用.

2)ISO Survey: “ISO 14001 data per country and sector

1999-2015 ” https://www.iso.org/the-iso-survey.html (2017年 6月 2日 最終アクセス).

3)ISO Surveyにおける数値は日本国内外の認定機関に所属する認証機関から日本国内組織が受けた認証についても集計を行った数値となる.日本国内認証機関によるISO14001企業認証数は,2017年 5月 31日付において17282件 (日本適合性協会しらべ) となっている.http://

www.jab.or.jp/system/iso/search/(2017年 6月 2日 最終アクセス).

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2.3 統合マネジメントシステム 今回の改訂において特筆すべきは,統合マネジメントシステムを進めた点である(図 2参照).複数マネジメントシステムを共通利用することで組織全体のシステム利便性を高めることを目指し,共通規格構造,要求事項,用語・定義が統一された.これらは今後新たに制定され,そして改訂されるすべてのマネジメントシステム規格において原則として採用されることが義務付けられている.図 3では,各 ISOマネジメントシステム規格(MSS:Management System Standard)の共通基本構造である上位構造部分の目次をまとめている.図中の XXXの部分は環境や品質といった個別のマネジメントシステムが対象とする内容が入る.このように基本的な構造を統一化したことで,持続可能な発展を目指し,環境のみならず,品質や情報セキュリティといった他のシステムとも連動しながら,マネジメントシステムの構築と運用を行うことが可能となった.ISOでは,2006

年から 2011年にかけて,複数のマネジメントシステム規格の整合性を図るための議論がなされてきた4).日本適合性認定協会が実施した ISO14001

認証取得組織に対する 2010年度の調査5)では,

ISO14001とともに品質マネジメントシステム規格の ISO9000を認証取得している組織は 6割を超えていることがわかっている.そのため,このように複数認証を得る組織は,同じような PDCA

サイクルを有するマネジメントシステム類をどのように統合するのかが実務上の課題になっていた.具体的には,環境は環境部署,品質は品質管理部署とセクションごとで担当部署が異なっており,統合マネジメントシステムのシステムそのものを構築運用するために,組織内において多大な労力を要していた6).この改訂によって複数マネジメントシステムを統括できる部署がシステム運営に携わるようになるとするならば,セクショナリズムによる弊害を打破する一歩となり,國部他(2012,2頁)で定義する環境経営の定義「企業経営の隅々にまで環境の意識を浸透させた経営」が実現されるツールとして期待される.

2.4 環境マネジメントシステム固有の変更点 今回の改訂は組織における戦略的な環境管理を可能とするために,組織内の環境マネジメントシステムの適用範囲よりも外にある利害関係者におけるニーズ及び期待,内部及び外部の課題などより広い範囲での環境状態に関連する項目が取り込まれている.(図 4参照) また,経営層の関与を強化しており,リーダーシップは独立項目として取り上げられている.植田他(2010,9頁)においても,経営トップの強力なリーダーシップがイノベーションをもたらす

図 3 マネジメントシステム規格共通規格の構成の目次日本規格協会『Annex SL (MSS上位構造,共通の中核となるテキスト及び共通用語・中核となる定義)和文テンプレート』のデータより筆者作成.

4)これらの経緯については,ISO/TMB/TAG対応国内委員会事務局作成の『ISOマネジメントシステム規格の整合化に関して』に詳細が記載されている.

5)日本適合性認定協会「調査報告書 ISO14001に対する適合組織の運用状況」では,全体数 789件のうち,ISO14001とともに ISO9001を認証取得する組織は61.9%(488件) ISO14001のみを認証取得する組織は38.1%(301件) であった.

6)八木(2011,181頁)では,「持続可能なマネジメント」を「サスティナビリティ課題に鑑み,組織統治のあり方を踏まえ,組織の PDCAサイクルに人権,労働慣行,環境,公正な事業慣行,消費者課題,コミュニティの発展への配慮を組み込み,ステイクホルダーに対してアカンウティビリティを果たすことで,経済的・社会的パフォーマンスを向上させ,組織の持続可能な発展をめざすもので,サスティナビリティ統合マネジメントの展開を意味する」と定義し,統合マネジメントの展開を示唆する.

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との示唆があるが,今回の改訂によって,環境マネジメントシステムの運用が経営層の判断にゆだねられることとなり,経営資源を振り向けた環境イノベーションが進むことが期待される.あわせて,従来の環境影響の評価だけではなく,組織におけるリスクと機会という概念が取り入れられたことによって,環境だけではないより広い社会的価値観によるリスクマネジメントが組み込まれている(図 2参照).環境保護に関連しては,汚染の予防,持続可能な資源の利用,気候変動の緩和及び気候変動への対応,生物多様性及び生態系の保護などを含みうるとの注記もあり,この記載によって,従前省エネ省資源での運営が主であった環境マネジメントシステムのあり方が変化する可能性も出てきた.また,今回の改訂では環境パフォーマンスの改善がチェック項目として明記されている(図 4の Check部分参照).従来はシステムそのものの改善がチェック項目とされていたために,「ISO14001の導入は環境パフォーマンス改善を導くのか」といった点が研究課題として取り上げられてきた.森他(2000)では,ISO14001

を認証取得している企業本社に対するアンケート調査結果の分析から , 実質的な環境負荷管理に対する取り組みの強化に認証取得がつながったという効果はなかったと結論付けている.時を経て,森他(2005)では,同じくアンケート及びインタビュー調査の結果,日本国内で ISO14001を認証取得している事業所はそれ以外の事業所に比較して,環境負荷管理に有意な影響を与えたと結論付けている.また,Arimura et al. (2008)や岩田他(2010)にて,ISO14001の導入が資源利用量の節約や廃棄物削減などの環境パフォーマンスを向上させるという結論が導き出されている7).さらに,中野・馬奈木(2006)においても紙パルプ産業において ISO14001の認証取得は生産性にプラスの影響をもたらすことが指摘されている.このような研究蓄積の成果が,システムではなく環境

パフォーマンスそのものへの改善を目指す今回の改訂へつながったと考えられる.今回の改訂により,ISO14001導入が環境パフォーマンス向上に直結する状況がさらに見込めると期待される.また,コミュニケーションについては,外部及び内部コミュニケーションの双方にコミュニケーション戦略の策定が追加されている.サプライチェーンを通じた取引先への環境要請の働きかけは,利害関係者のニーズ及び期待といった項目の追加と相まって,より強くなる可能性がある.在間(2010)に述べられているように,環境コミュニケーション型支援の重要性は今まで以上に高まるかと思われる. 品質管理ではすでに採用されていたプロセスアプローチを勘案し,ライフサイクル思考 8)が取り入れられている点においても,影響を及ぼす範囲がより広くとらえられていることがわかる.環境マネジメントシステムの適用範囲が広がることによって,環境・社会・経済という要素がともにバランスをとった持続可能な社会の実現を強く意識

図 4 PDCAと ISO14001:2015規格の枠組みとの関係日本規格協会(2016)『対訳 ISO14001:2015 環境マネジメントの国際規格』序文 「図 1―PDCAとこの規格の枠組みとの関係」より引用.

8)この点において,在間 (2016,10頁)の環境経営の定義「企業理念を組織の中心に位置づけ,企業活動のプロセスに環境配慮の視点を組み込み,環境パフォーマンスを向上させて,同時に環境パフォーマンス向上を目指すこと」であり,「その結果,環境配慮型社会の構築に貢献すること」という方向性と一致する.

7)一方で国外事例においては,必ずしも ISO14001

の環境マネジメントシステムを導入したことによって環境パフォーマンスが改善されないとするものもある.たとえば,カナダケベック州におけるパルプ製紙工業を対象とした Barla (2007) などは一例である.

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しているものと考えられる.

3. 地方自治の本旨と持続可能なまちづくり

 環境マネジメントシステムは,どのような組織であっても導入可能であるとされている.そこで,環境マネジメントシステムは複数の主体がかかわる持続可能なまちづくりを実現するためのツールとして,どのような役割を担ってきたのかについて検討を行いたい.このような検討を行うにあたって「まちづくり」の定義を明らかにする.本稿の「まちづくり」は,佐藤(2004,3頁)が定義する「地域社会に存在する資源を基礎として,多様な主体が連携・協力して,身近な居住環境を漸進的に改善し,まちの活力と魅力を高め,『生活の質の向上』を実現するための一連の持続的な活動」という内容を前提とし,単なる都市計画とは異なり,地域社会の運営に多様な主体が協働するという要素を含むものと理解する9).まちづくりの要素には,持続性が内在するとともに地域社会を構成する多様な主体の協働が前提とされている.これらは,一般の企業組織にはみられない地方自治の本旨という概念に深くかかわるものである.そこで,環境マネジメントシステムが持続可能な地域社会を構築するためのまちづくりのツールとして機能しているかどうかについては,一般企業と同じような環境管理のツールとしての有効性とともに,まちづくり特有の地方自治の本旨から要請される内容が全うされているかどうかについても検討を行う. 地方自治の本旨の内容は,住民自治と団体自治であると解釈されている10).住民自治は,地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義的要素であり,自治体の行う行政について,できるだけ広い範囲にわたって地域住民の参加の機

会を認め,住民自身の意思と責任・負担において当該団体の運営が行われることとされる.また団体自治とは,地方自治が国から独立した団体にゆだねられ,団体自らの意志と責任のもとでなされるという自由主義的・地方分権的要素であり,地方団体が国家から独立し,自主的権限によって,自らの事務を処理しようとするものとされる. 環境マネジメントシステムとまちづくりに関連して,植田(2004b,137頁)では,「持続可能な地域社会を作り上げていくのは行政の仕事というよりも,政治プロセスそのものである.持続可能な社会づくりをめざす地域ビジョンを構想し,その具体化と環境マネジメントシステムの確立,そしてその実現のための手法を開発することを市民が主体的に担うプロセスが不可欠である」と指摘している.このような政治プロセスそのものの内容が地方自治の本旨であり,前述したまちづくりに求められる多様な主体の活動を含むものである.また植田(2004a,15頁)は,持続可能な環境マネジメントを目指すために,ローカルアジェンダを例として「自治体と住民の関係を,従来の上位下達な垂直的なものから,協議して合意を図るパートナーシップ型に変えていくこと」が大切であると示唆している11).これは,まさしく地域社会の一員として主体的に民主主義にかかわる住民のあるべき姿であり,地方自治の本旨の住民自治のありかたといえる.また,植田(2004a,14頁)では,持続可能な自治体そのものの運営に関して「現在の広範な環境問題を解決していくには,環境問題の発生メカニズムを根本的に制御していくことが不可欠である.そのためには,従来の狭い環境政策の枠を超えて,交通政策やエネルギー政策などの他の分野の公共政策と環境政策の統合を図っていく以外にない」と指摘する.さらに具体的には,「自治体環境政策の課題は従来の公害対策にとどまらずエネルギー政策,交通政策,廃棄物政策,都市計画,土地利用計画など,関連する政策領域を含み,それらを持続可能性の観点から統合していくことにある」と記されている.この

9)「まちづくり」の定義は,都市計画の領域から議論されてきた.まちづくり定義の分類については,渡辺 (2011) で整理されている.

10)憲法 92条にある 「地方自治の本旨」の内容については,憲法上に明記されていないため,参議院憲法審査会において議論がなされている.http://www.ken

poushinsa.sangiin.go.jp/kenpou/houkokusyo/houkoku/

03_45_01.html (2017年 5月 31日 最終アクセス).

11)ローカルアジェンダの取組については,中口(2004),川崎(2004)に詳しい.

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点は団体自治そのものの概念に深くかかわるところであり,従来型の縦割り行政からの脱却をふくめた大きな制度設計の変革を促す必要性を示唆している. 以上のような観点から,山本(2004)では,総合的な環境政策としての環境マネジメントシステムの課題を整理した.本稿ではさらに一歩すすめ,環境マネジメントシステムが組織一般に求められる環境管理という要素からの有効性だけではなく,持続可能な「まちづくり」のツールとして要求される地方自治の本旨の要素を満たす形で運用されてきたかどうかについて,地域社会の構成員である自治体,事業者,市民の側面から検討を行う.

4. 自治体と環境マネジメントシステム

4.1 環境行政における環境マネジメント 環境行政では,環境マネジメントは「環境管理」という意味合いで一般的に使われてきたが,1996

年の ISO14001の発行以降,環境マネジメントのキーワードとして PDCAサイクルという言葉が行政においても使われるようになってきた.田中他(2002)では,この環境マネジメントにかかわる範囲に関係し,自治体は自らの活動による環境影響の範囲でなくても,地域全体の環境に責任を負う立場であり,さらには地域における活動の主体は行政とともに市民・事業者であることが前提であるとしている.また自治体の環境マネジメントは事業者におけるものとは異なり,地域を望ましい環境状態(持続可能な状態)に維持する,あるいは導くために,行政のみならず地域の市民・事業者が関与する適切な手段を講じることであり,PDCAサイクルという目標管理の手法を中核とした(実行可能な)仕組みを構築するとされている.本稿においてもこの立場を踏まえ,自治体における環境マネジメントシステムがどのように構築・運用されてきたのか検討を行う.

4.2 �自治体による環境マネジメントシステム導入 自治体は政策や事業をツールとして,持続可能な「まちづくり」を行う役割を持つ.ISO14001

に代表される環境マネジメントシステムはどのよ

うな組織であっても導入が可能であるということもあり,自治体の中でも環境マネジメントシステムを導入してきた経緯がある.現在の自治体に関する公共行政区分の ISO14001の認証数は,59件となっている.これらのうちで,自治体の本庁舎をふくめた自治体登録は,23件12)となっている(2017年 5月末日現在).ピーク時である 2004

年 9月の 514件から大幅に減少していることがわかる.また,同じく環境省が推進しているエコアクション 21においては,自治体行政機関などの区分では 32件13)(2017年 5月末日現在),うち,本庁舎を含めた自治体の登録は 23件となっている.また,京のアジェンダ 21フォーラムに起源を持つ特定非営利活動法人 KES環境機構が推進する京都環境マネジメントスタンダード(KES:

Kyoto Environmental Management System Stan-

dard)では,122件が業界分類の行政に当てはまるとし,市立小学校,事業所などの個別サイトで登録がされている.うち本庁舎を含めた県・市の登録は 8件14)である(2017年 5月末日現在).あわせて環境自治体会議が実施している環境自治体スタンダード(LAS-E:Local Authority’s Standard

in Environment)の自治体登録は,7件15)となっている(2017年 5月末日現在).

4.3 �自治体による環境マネジメントシステム構築内容

 自治体組織における環境マネジメントシステムの構築内容について,以下に検討する.環境管理という側面だけではなく,前述の地方自治の本旨における団体自治に関する側面から,以下の 2点

12)ISO14001適合組織検索.https://www.jab.or.jp/

system/iso/search/

13)エコアクション 21. http://www.ea21.jp/ea21/index.

html

* 地方自治体については,一般の中小企業とは異なるマニュアルに沿った自治体版マネジメントシステム構築に基づく.

14)KES登録事業者データ http://www.keskyoto.org/

search/

15)環境自治体スタンダード LAS-E http://www.col-

gei.org/ さらに LAS-EⅡレベルについては判定委員会で,4自治体が認定.

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において検討を行う.最初に,環境マネジメントシステムそのものが対象とした範囲と環境管理の内容が庁内活動から地域への広がりを有するものであったかどうか.さらには,団体自治的な観点から,他 PDCAサイクルを有する計画類と整合性をとって統合的なマネジメントシステムとして構築されていたかという点である. 前述した公共行政の ISO14001認証登録数がピークであった 2004年の直前である 2003年 12

月に環境自治体会議と京都大学大学院地球環境学舎植田和弘研究室で実施した全国自治体アンケート調査16)では,自治体での環境マネジメントシステム構築は ISO14001が中心であった.自治体の環境マネジメントシステムを導入した際の期待として,「オフィス活動における環境負荷の削減」,「職員の環境意識の高まり」という項目に続き,「市民・事業者に対して模範になる」という項目が挙げられている17).実際の効果としては,「オフィス活動における環境負荷削減」が上位となっていることから,環境マネジメントシステムの適用範囲は庁内活動にとどまっており,地域の活動までの広がりは見せていなかった.また,調査結果から,環境マネジメントシステムとともに運用実行している計画類として温暖化対策実行化計画,環境基本条例,環境基本計画などが挙げられていることがわかった.一方で ISO14001はすでに自治体が有している環境政策にかかわる計画とはリンクさせず独自の運用をしている自治体も存在していた. その後 5年が経過した 2009年 7月に摂南大学経営学部山本研究室で実施した全国自治体にむけた「環境政策マネジメント調査」の調査結果18)では,自治体が導入する環境マネジメントシステム規格そのものに変化が見られるようになってき

た.ISO14001導入自治体が一番多いという結果になったが,独自の環境マネジメントシステム,ISO14001に準拠した自己宣言形式が台頭してきており,ISO14001認証取得方式以外の自治体が出はじめていたことがわかっている.また,環境マネジメントシステムによって把握されている環境パフォーマンスは,電気,ガス,ガソリン,水,廃棄物,軽油,庁内 CO2量などが多数との回答であり,システム内容としては庁内エコオフィス活動のデータ管理が主流であった.一方で,庁外の地域内 CO2量や排水における水質や施設事業の環境負荷の把握,公共工事における騒音振動といった内容については,進捗管理が進んでいないことが判明している.これは,環境マネジメントシステムの環境管理内容が庁内活動のなかのエコオフィス,省エネ省資源活動にとどまり,環境マネジメントシステムそのものの適用範囲が自治体の庁外に広がっていないということを意味している.この点で,環境マネジメントシステムは,自治体組織内部の環境管理ツールとしての役割は果たせているといえるが,持続可能なまちづくりを担うツールとして,地域全体の環境を把握しマネジメントするツールとして十分とはいえなかったことがわかる.また,山本(2010b)では統合システムの構築に関連して,環境部門が所轄する温暖化対策実行計画,率先実行(エコオフィス)計画,環境基本計画と環境マネジメントシステムの計画類の一致が進む一方で,環境の部門を超えた他 PDCAサイクルを有する計画類との整合性については,政策レベルでの統合が進んでいないことがわかっている.環境マネジメントシステムは,従来の縦割り行政の中で環境部門が管轄できる範囲内でのシステム構築にとどまっており,地方自治の本旨における団体自治のあり方そのものに変革をもたらすツールとしては機能していないことがわかる.

4.4 �自治体環境マネジメントシステムのISO14001認証離れ

 ISO14001の認証を受けていた自治体では,認証取得した当時の ISO14001規格内容をそのまま継続する「自己宣言」方式,各自治体独自での環

16)調査概要については,山本(2005a)に記載.17)この点,三木・宮本(2013)では,1998年から

2003年のパネルデータを使用し市区町村の ISO14001

取得要因の分析を行っている.その結果,同一都道府県内の他市区町村の取得を模倣し認証取得が進められてきた可能性を指摘する.また,財政状況が悪いほど取得が進んでいるとして,行政運営の効率化を目指したのではないかとの示唆も行っている.

18)調査概要については,山本(2010a)に記載.

38 山本:持続可能なまちづくりをめざして

環境経済・政策研究Vol. 10, No.2 (2017.9)

境マネジメントシステムを構築する「独自のマネジメントシステム」方式などの PDCAサイクルに従った環境マネジメントシステムに移行していることがわかっている.自治体におけるISO14001離れの経緯と推移については,丸谷他(2011)にて調査結果がとりまとめられているが,認証費用の問題,文書作成負担などが問題点として挙げられている.多数の自治体が採用している独自の環境マネジメントシステム構築への移行は,自らの組織の特性にあわせられる良さがある反面,導入しやすい範囲とシステム内容,さらに限定された目標設定だけで運用することができることから環境マネジメントシステムで運用する環境管理項目が限定される可能性もある.美濃他(2013)では,都道府県における独自の環境マネジメントシステムの内実に対する調査を行っているが,内部監査が実施されていないケースや外部評価の実施のない都道府県が増加していることがわかっている.ISO14001は 2015年度版で,持続可能な発展に向けた改訂が行われているが,自治体における自己宣言方式や独自のマネジメントシステム方式でも,このような国際的動向にあわせた持続可能な発展を組み込んだ対応が今後なされていくかどうかが注目される.また,ISO14001

は業務に関連する組織に対してのサプライチェーンを通じた環境要請を求めている.自治体行政が縦割り行政の範囲の中にとどまるとしても,ISO14001を導入する環境省や農林水産省の本庁からの要請によって業務上で関連する自治体に対して,改訂された ISO14001に基づく環境要請がなされることも十分考えられる19).

5. 事業者と環境マネジメントシステム

5.1 事業者の地域社会における役割 事業者は,納税者としての役割だけではなく,その活動があたえる地域環境への影響に配慮するべき役割も担っている.このような意味で事業者は,地域社会の一員として持続可能なまちづくりを支える構成員といえる.大企業といわれる事業

者の活動は,その地域を超えて国レベル,さらには国境を越えた国際レベルへと広がっていることも少なくない.一方で,地域に限定して小規模かつ少人数で経営する中小企業である事業者も多数存在する.このような多種多様な事業者の特性と環境マネジメントシステムに関する研究を紹介しつつ,今後の持続可能なまちづくりのための方向性について検討する.

5.2 企業規模と環境マネジメントシステム 大企業から導入が進められてきた環境マネジメントシステムであるが,地域社会の大多数を占める中小企業については,まだまだ浸透していないのが実情である.環境マネジメントシステム導入に関して Nakamura et al. (2001)では,製造業に属する東証一部上場の企業を対象にした分析を通じて,規模が大きな企業ほど ISO14001 導入傾向が高いことが示されている.しかしながら,中小企業は大企業に比較し,規模こそ大きくはないが圧倒的多数を占めることで,地球温暖化に関連する二酸化炭素排出量の中小企業の環境への寄与割合は決して低くはない.在間(2010)は,中小企業においては,依然として ISO14001導入といったシステム導入について躊躇する傾向があり,その費用や手続きの煩雑さが導入の障壁になっているといった中小企業特有の問題点を明らかにしている.一方で,中小企業が環境マネジメントシステムを導入したときの効果は大企業とことなる特徴があるのかという疑問がある.井口他(2014)では,中小企業の ISO14001導入による大気汚染物質排出量,自然資源利用量,固形廃棄物排出量,排水排出量,土壌汚染量の削減効果は大企業と比較しても遜色ないという結果を示している.さらに,高・中野(2016)では,中小企業における環境マネジメントシステム導入の効果として,環境データが把握されることが鍵となり,環境プロセスとプロダクトについてのイノベーションが行われることも示されている.在間(2016)でも,環境性への直接効果が最も大きいのは環境マネジメントシステム認証取得であるという結果が示されている20).しかしながら , 中小企業にとって環境マネジメントシステムの導入は,非常にハードル

19)環境省は,2002年 7月 8日初回登録.農林水産省は,2006年 3月 31日初回登録.

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が高い.そこで,中小企業が環境マネジメントシステムを導入するにあたって,どのようなインセンティブが存在するのかについて研究がすすめられてきた.在間(2016)で示されるように,中小企業において,取引先からの環境配慮要求は高い影響力を持ち,特に大きな ISO14001導入動機となっている.このようなサプライチェーンを通じた環境取り組みの普及に関しては,Arimura et al.

(2011)に示されるように,ISO14001取得企業はより積極的にこのような環境要請を行うことも明らかにされている.あわせて,企業の自主的な環境の取組みを促進させるための社会的な仕組みとそのインセンティブが重要である旨については,前述の井口他(2014)においても示されている.市場メカニズムの中でのグリーンサプライヤーチェーンを通じた環境配慮要請は,組織の経済活動に直結するだけに即効力と波及力があり,従来の規制的な手法に加えて地域社会を持続可能な形に変容させる可能性を持つといえよう.

5.3 �自治体による事業者への環境マネジメント推進手法

 中小企業の環境マネジメントシステム導入は,前述のグリーンサプライヤーチェーンを通じた取引先からの要請だけではなかなか進まず,公的機関を含む多方面の支援が必要であることが在間(2010)でも指摘されている.地域の中小企業に一番身近である自治体が主体となって,地域事業者に対し環境マネジメントシステム導入のための様々な支援を行ってきていることがわかっている.具体的には,認証取得に向けての情報提供,環境優良企業への補助金,環境マネジメントシステム構築のための補助金,環境優良企業への表彰,独自の環境マネジメントシステム構築による技術支援などである.以上の支援については,自治体が地域における環境政策の推進者として中小企業の環境配慮行動を促すために行ってきたものであ

る.一方で,自治体は地域社会における巨大事業所としての側面もあわせ持つ.このような地域の一事業所としての立場で自治体は取引先企業に対して公契約のプロセスを通じて環境配慮行動の要請を実施している.Arimura and Yamamoto (2014)では,地域企業に対して ISO14001の支援という形式に加えて,公契約における優遇条件として環境マネジメントシステムの導入を要求することにより,市場を通じた環境配慮を要請していることを明らかにしている.さらに,このような自治体の実態を調査したのが山本(2014)21)である.環境配慮の要請の対象となる事業者の種類としては,回答自治体のうち 36.6%は建築・土木にかかる事業者,次いで物品調達にかかる事業者が24.0%となっている.また,半数以上の自治体は環境配慮契約を有しており,これに関連した業者選択のための方針手順を 40%弱の自治体が有することがわかっている.また,自治体における入札参加資格申請時に何らかの環境配慮事項を設けている自治体は全体で 44%となった.こうした業者選定の際に環境配慮を行っているかどうかという判断基準として,環境マネジメントシステムの導入(ISO14001認証取得,エコアクション21,KESなど)をとりあげた自治体は全体で34%となっていることが判明している.以上のように,自治体は,公契約プロセスの入札初期段階で,環境マネジメントシステム導入の有無についての情報を入札企業に記入させることによって,大企業と同じく地域の中小企業にも,サプライヤーチェーンを通じた環境配慮を進めていることがわかっている.以上より,持続可能なまちづくりを目指して,自治体は地域の事業者に対して企業の活動を地域環境に配慮した持続可能なものへと導く手法をさまざまに講じていることが判明している.

21)摂南大学経営学部山本研究室実施の全国自治体にむけたアンケート調査の概要 : 調査実施期間は2011年 2月 1日から 2月 25日.実施対象は全国自治体1979団体(都道府県 47,市・特別区 809,町村 941)を対象.回答率 26.4%(都道府県 63.8%,市・特別区37.3%,町村 15.2%).

20)さらに在間(2017)では,企業認識の観点からアンケート分析を行っているが,環境マネジメントシステム認証と環境ビジネスの両者を備えることで,本来業務での環境取組が経営改善に結びつくと考える傾向が高くなると示している.

40 山本:持続可能なまちづくりをめざして

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6. 市民と環境マネジメントシステム

6.1 市民の地域社会における役割 地域社会における市民は,地方自治における住民自治の主体であり,まちづくりの主権者である.また,生活の基盤となる持続可能なまちづくりの形成に深く利害を有する.市民のまちづくりや政策への参加については,その本質からどの程度の参加を求めるかについて議論がなされてきた.本稿においては,環境マネジメントシステムが地方自治の本旨の住民自治を全うするためのツールとして運用されているといえるのかについて検討する.

6.2 自治体の環境マネジメントシステムと市民 自治体が構築してきた環境マネジメントシステムの中で,市民が直接関連するケースは非常に少ない.市民と環境マネジメントシステムの関連性については,自治体が構築した環境マネジメントシステムの監査員として地域住民が参画するケースが関与の事例として見受けられる.環境自治体白書(2007)に記されたアンケート調査結果22)によると,有効回答数 289のうちで,地域住民が内部監査にて含まれているのは 5自治体,外部監査に含まれているのは 9自治体となっている.環境マネジメントシステムのツールとしては様々な規格が存在するが,環境自治体会議が推進するLAS-Eをとりあげて,自治体における環境マネジメントシステムと市民の役割について論じたい.LAS-Eでは,市民監査が規格運営上で取り入れられてきた.このような市民監査が,自治体における環境マネジメントシステムのチェック機能の観点から,どのような点で有効であったかについて,山本(2005a)では調査結果をまとめている.市民監査員と行政組織内部の責任者の両者にアンケート調査を実施したところ,今後環境マネジメントシステムによって強化していきたい監査項目にずれがみられることがわかった.市民監

査側では組織内部の環境取組みよりも,エコガバナンスといった市役所外の取組みに対して積極的な活動を行ってほしいという期待をしているのに対して,行政内部の実行責任者は,組織内部におけるエコアクション,エコマネジメントの強化を求めていることが判明した.また,このような市民監査においては,事前の市民監査員への情報提供,さらには監査知識を得るためのトレーニング,行政内部の政策に対する知識の取得など,多くの情報共有がなされなければ,有効な監査が実施できないという実態上の問題点も明らかになってきた.自治体の環境マネジメントシステムの監査項目が,省エネ省資源中心のエコアクションから,事務事業,政策事業にかかわるエコマネジメント,エコガバナンスへと深化していくと,事前の情報共有がなく行政内部の状況を把握できない市民監査員は,有効かつ適切な環境マネジメントシステム監査を実施することが難しくなるからである.以上の事例でわかるように,持続可能なまちづくりをめざし住民自治を全うした形で環境マネジメントシステムを運用するためには,市民が行政内部の情報を深く理解し,行政内部の責任者と監査を通じて対等にコミュニケーションができるだけの専門的な知識の共有が必要である23). 植田(2004b)でも提起されるように,自治体の構成要素としての市民は主権者であり,市民参加制度の客体ではなく地方自治の重要な担い手である . 自らが自治体や企業に対して対等な立場でパートナーシップを構築するためには,市民が情報を共有できる機会を設けるだけでなく,主権者として役割を果たせるようなシステムづくりが今後はさらに必要といえる.環境マネジメントシステムと持続可能な社会づくりに関して,植田(2004b,140頁)では,「市民の自治を担う力量の発展があってはじめて環境マネジメントシステムが持続可能な地域づくりのツールとして実質化される」と指摘する.また,環境問題がすべての政策領域と横断的にかかわる性格からすれば,日

22)環境自治体会議が 2006年 8月 22日から 9月 22

日の間に実施した過去にエコアクション 21,ISO14001,KES, LAS-Eなどの環境マネジメントシステムツールについて,本庁を含めた適用範囲に導入した経験のある市区町村へのアンケート調査を行っている.

23)市民を含めた環境マネジメントシステム監査員研修が監査に先駆けて 4時間をかけて実施された.LAS-E規格の内容を理解するための座学と模擬監査が行われた.

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本の行政組織における縦割り組織の弊害の打破のためにも「市民セクターからの働きかけが不可欠」とも指摘されている.前述したように,自治体における環境マネジメントシステムの構築内容においても,依然として縦割りの弊害であるセクショナリズムの影響がある現状からは,団体自治を全うすることは難しいともいえる.以上より,地方自治の本旨を全うするためのツールとして環境マネジメントシステムが機能するためには,住民自治の本来のあり方に立ち戻り,市民がさらに関心をもってシステムそのものにも関与していくことが大きな鍵となるといえよう.

7. おわりに

 自治体は,地域社会における環境政策を構築する役割を持ち,統治する地域全体の環境管理を行う役割を有するとされてきた.しかしながら,自治体だけで現在の地球環境問題を解決することは,前述のようにたいへん難しく,地域の事業者や市民も,自らが地域社会の主体である意識をもって積極的にかかわる意識がなければ,持続可能なまちづくりを行うことができない.このような意味でも,地方自治の本旨として求められる住民自治,団体自治の内容がまちづくりのプロセスに的確に反映されていなければならないと思われる. 本稿では,環境マネジメントシステムが持続可能なまちづくりのツールとしてどのような役割を果たしてきたかについて,自治体,事業者,市民の各主体の運用実態から検討してきた.国際的なISO14001の改訂にも持続可能性が明記され,国内市場でも市場メカニズムを通じて多くの企業が環境マネジメントシステムを導入し環境負荷を低減させてきたことから,環境マネジメントシステムそのものは,地域全体の環境負荷を下げるツールとして有効であることがわかってきた.しかしながら一方で,環境マネジメントシステムが,持続可能なまちづくりを実現するためのツールとして,地方自治の本旨を全うする形で運用されてきたかどうかについては,今後検討すべき課題が多く残されたままである. 結びにかえて,植田他(2010,250頁)では,環境経営は「社会的責任」から「地球益」を考え

ることで地球規模の経営になるべきであるという示唆がなされている点に言及したい.今回の環境マネジメントシステムの改訂においても,自らの組織内部だけではなく,より広い範囲で環境マネジメントをとらえるという動きが見受けられる.特に地域社会の構成員である自治体,市民,事業者それぞれの立場において,地域は地球の一部であるととらえ地球全体のマネジメントを目指すという意識を持つことが持続可能なまちづくりへの一歩ではないかと思われる. ※ 植田和弘教授退職記念公開シンポジウムへの登壇そして本稿執筆の機会を与えてくださったことに感謝いたします.これまで共に研究してくださった研究者の皆様,また研究にご協力ご支援くださった方々,そして研究の基幹部分についてご指導いただいた植田和弘先生に深く感謝しております.

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(やまもと・よしか 平安女学院大学)

【2017年 6月 12日受付,2017年 6月 30日受理】

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