P-57 イオン液体を用いた 基礎科学 次世代電池電解質の溶液 …...K. Dokko, M....

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SATテクノロジー・ショーケース 2019 イオン液体はイオンのみからなり、室温で液体の物質群 であり、難燃性、不揮発性といった特徴をもち、)非プロ トン性、)プロトン性、)無機および)溶媒和(キレー ト)イオン液体の4種類に分類される 1) 。イオン液体はイオ ン伝導性を有することから、それを利用した電池やキャパ シタの開発が盛んに行われている。イオン伝導性は、そ れらの電流特性と密接に関係しており、高いイオン伝導性 が望まれている。こうして開発された新たなイオン液体は 従来の希薄電解質溶液では見られない、特異的なイオン 伝導性をもつことが見出されつつある。溶液中のイオン伝 導は古くから調べられており、1874年にKohlraushはイオ ン独立移動の法則を見出した。1884年にはArrheniusの電 離説が提唱された。Walden1905年に、溶液中の溶質の 極限モルイオン導電率と溶液の粘性率の積が、温度や溶 質によらず一定であるというWalden則を経験的に見出した。 これは流体力学におけるStokes式で理論的に導くことがで き、Stokes則として知られている。Stokes則は溶質-溶媒 間相互作用を摩擦として表現して、イオン伝導に巨視的 な流体力学を適用したにすぎず、水溶液でさえ破綻する。 しかし、Walden則やStokes則に基づくイオン伝導性の分類 は、見通しが良く、今もなお有用な基本則として用いられ ている。本研究は、イオン液体で見られる新たなイオン伝 導とそのダイナミクスについて研究を行った。 1.擬プロトン性イオン液体 プロトン性イオン液体は酸と塩基の等量混合で得ること が出来る。最近、われわれはN-メチルイミダゾールC 1 Im と酢酸CH 3 COOHの等量混合液体が有意な電気伝導性を 示すにも関わらず、液体中には、電気的中性分子しか存 在しないことを明らかにした 2) 。われわれはこのような液体 を擬プロトン性イオン液体と呼び、特異的伝導機構が働い ていることを提案している。イオン伝導機構判定には磁場 勾配NMRを用いた自己拡散係数の測定が有用である。 1C 1 Im-CH 3 COOH系擬プロトン性イオン液体の 1 H自己拡散係数(D)を示す。C 1 Imの窒素上とCH 3 COOH水酸基酸素間で化学交換されている水素のDC 1 Imのイ ミダゾール環水素のそれよりも僅かに小さく、CH 3 COOHメチル基とほぼ同程度であった。これは拡散のタイムスケ ールでプロトンがCH 3 COOHに局在化することを示してい る。しかし、この液体は有意なイオン導電率をもつことから、 特異的プロトン伝導が働いていると考えられる。 2.リチウム-グライム錯体系溶媒和(キレート)イオン液体 溶媒和イオン液体(SIL)は溶媒和されたイオンとその対 イオンからなる。渡邉らは、鎖状オリゴエーテル CH 3 O(CH 2 CH 2 O) n CH 3 であるトリグライムやテトラグライム n = 3, 4)とリチウム塩の等量混合物は室温で液体であり、 リチウム電池電解質として有用であると報告した 3) 。また電 極近傍でグライム類の耐酸化性が向上することから、電極 近傍でリチウムイオンがグライム類と交換しながら輸送され るドミノ式リチウム伝導を提案している 4) 。溶液中の輸送特 性には回転が重要な役割を果たし、これは双極子の再配 向としてDRSスペクトルに現れる。われわれは、リチウム- グライム錯体系SIL中のイオン伝導を分子論に立脚して明 らかにすることを目的として、誘電緩和分光(DRS)実験を 行った。リチウム-グライム錯体系SILDRSスペクトルで 観測された最も遅い緩和過程がイオン伝導率および粘性 率と良好な直線関係を示し、この緩和過程がイオン伝導 率と粘性を支配することを明らかにした。 1) C. A. Angell, Y. Ansari, Z. Zhao, Faraday. Discuss. , 2012, 154, 9-27. 2) H. Doi, X. Song, B. Minofar, R. Kanzaki, T. Takamuku, Y. Umebayashi, Chem. Eur. J., 2013, 19, 11522-11526. 3) T. Tamura, K. Yoshida, T. Hachida, M. Tsuchiya, M. Nakamura, Y. Kazue, N. Tachikawa, K. Dokko, M. Watanabe, Chem. Lett., 2010, 39, 753-755. 4)K. Yoshida, M. Nakamura, Y. Kazue, N. Tachikawa, S. Tsuzuki, S. Seki, K. Dokko, M. Watanabe, J. Am. Chem. Soc. , 2011, 133, 13121-13129. 表発表問合せ先 9 5 0 - 2 1 8 1 西 2 8 0 5 0 T E L 0 2 5 - 2 6 2 - 7 3 2 3 F A X 0 2 5 - 2 6 2 - 7 3 2 3 1 7 j 0 0 2 c @ m a i l . c c . n i i g a t a - u . a c . j p 1)溶液(2)イオン液体 (3)イオン伝導 梅林 泰宏 (新潟大院自然) C 1 I m - C H 3 C O O H 1 H P-57 59

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  • SATテクノロジー・ショーケース2019

    ■ はじめに イオン液体はイオンのみからなり、室温で液体の物質群

    であり、難燃性、不揮発性といった特徴をもち、ⅰ)非プロトン性、ⅱ)プロトン性、ⅲ)無機およびⅳ)溶媒和(キレート)イオン液体の4種類に分類される1)。イオン液体はイオン伝導性を有することから、それを利用した電池やキャパシタの開発が盛んに行われている。イオン伝導性は、それらの電流特性と密接に関係しており、高いイオン伝導性が望まれている。こうして開発された新たなイオン液体は従来の希薄電解質溶液では見られない、特異的なイオン伝導性をもつことが見出されつつある。溶液中のイオン伝導は古くから調べられており、1874年にKohlraushはイオン独立移動の法則を見出した。1884年にはArrheniusの電離説が提唱された。Waldenは1905年に、溶液中の溶質の極限モルイオン導電率と溶液の粘性率の積が、温度や溶質によらず一定であるというWalden則を経験的に見出した。これは流体力学におけるStokes式で理論的に導くことができ、Stokes則として知られている。Stokes則は溶質-溶媒間相互作用を摩擦として表現して、イオン伝導に巨視的な流体力学を適用したにすぎず、水溶液でさえ破綻する。しかし、Walden則やStokes則に基づくイオン伝導性の分類は、見通しが良く、今もなお有用な基本則として用いられている。本研究は、イオン液体で見られる新たなイオン伝導とそのダイナミクスについて研究を行った。

    ■ 活動 1.擬プロトン性イオン液体

    プロトン性イオン液体は酸と塩基の等量混合で得ることが出来る。最近、われわれはN-メチルイミダゾールC1Imと酢酸CH3COOHの等量混合液体が有意な電気伝導性を示すにも関わらず、液体中には、電気的中性分子しか存在しないことを明らかにした2)。われわれはこのような液体を擬プロトン性イオン液体と呼び、特異的伝導機構が働いていることを提案している。イオン伝導機構判定には磁場勾配NMRを用いた自己拡散係数の測定が有用である。図1にC1Im-CH3COOH系擬プロトン性イオン液体の1Hの自己拡散係数(D)を示す。C1Imの窒素上とCH3COOHの水酸基酸素間で化学交換されている水素のDはC1Imのイミダゾール環水素のそれよりも僅かに小さく、CH3COOHのメチル基とほぼ同程度であった。これは拡散のタイムスケールでプロトンがCH3COOHに局在化することを示している。しかし、この液体は有意なイオン導電率をもつことから、特異的プロトン伝導が働いていると考えられる。

    2.リチウム-グライム錯体系溶媒和(キレート)イオン液体 溶媒和イオン液体(SIL)は溶媒和されたイオンとその対

    イ オ ン か ら な る 。 渡 邉 ら は 、 鎖 状 オ リ ゴ エ ー テ ルCH3O(CH2CH2O)nCH3であるトリグライムやテトラグライム(n = 3, 4)とリチウム塩の等量混合物は室温で液体であり、リチウム電池電解質として有用であると報告した3)。また電極近傍でグライム類の耐酸化性が向上することから、電極近傍でリチウムイオンがグライム類と交換しながら輸送されるドミノ式リチウム伝導を提案している4)。溶液中の輸送特性には回転が重要な役割を果たし、これは双極子の再配向としてDRSスペクトルに現れる。われわれは、リチウム-グライム錯体系SIL中のイオン伝導を分子論に立脚して明らかにすることを目的として、誘電緩和分光(DRS)実験を行った。リチウム-グライム錯体系SILのDRSスペクトルで観測された最も遅い緩和過程がイオン伝導率および粘性率と良好な直線関係を示し、この緩和過程がイオン伝導率と粘性を支配することを明らかにした。

    ■ 関連情報等(特許関係、施設)

    1) C. A. Angell, Y. Ansari, Z. Zhao, Faraday. Discuss., 2012, 154, 9-27. 2) H. Doi, X. Song, B. Minofar, R. Kanzaki, T. Takamuku, Y. Umebayashi, Chem. Eur. J., 2013, 19, 11522-11526. 3) T. Tamura, K. Yoshida, T. Hachida, M. Tsuchiya, M. Nakamura, Y. Kazue, N. Tachikawa, K. Dokko, M. Watanabe, Chem. Lett., 2010, 39, 753-755. 4)K. Yoshida, M. Nakamura, Y. Kazue, N. Tachikawa, S. Tsuzuki, S. Seki, K. Dokko, M. Watanabe, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 13121-13129.

    基礎科学

    イオン液体を用いた 次世代電池電解質の溶液化学

    代表発表者 渡辺 日香里(わたなべ ひかり) 所 属 新潟大学大学院

    自然科学研究科数理物質科学専攻

    問合せ先 〒950-2181 新潟市西区五十嵐 2 の町 8050 TEL:025-262-7323 FAX:025-262-7323 f[email protected]

    ■キーワード: (1)溶液化学 (2)イオン液体 (3)イオン伝導 ■共同研究者: 梅林 泰宏 (新潟大院自然)

    図1.C1Im-CH3COOH 等量混合液体の 1H 自己拡散係数

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