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Title 境界線上のアメリカ : ワシントン・アーヴィングの 「インディアン論」 Author(s) 飯田, 未希 Citation Osaka Literary Review. 35 P.80-P.92 Issue Date 1997-02-10 Text Version publisher URL https://doi.org/10.18910/25379 DOI 10.18910/25379 rights Note Osaka University Knowledge Archive : OUKA Osaka University Knowledge Archive : OUKA https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/ Osaka University

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Title 境界線上のアメリカ : ワシントン・アーヴィングの「インディアン論」

Author(s) 飯田, 未希

Citation Osaka Literary Review. 35 P.80-P.92

Issue Date 1997-02-10

Text Version publisher

URL https://doi.org/10.18910/25379

DOI 10.18910/25379

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Note

Osaka University Knowledge Archive : OUKAOsaka University Knowledge Archive : OUKA

https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/

Osaka University

境 界 線 上 の ア メ リカ

ワ シ ン トン ・ア ー ヴ ィ ン グ の

「イ ンデ ィア ン論 」 一

飯 田 未 希

1

ワ シ ン トン ・ア ー ヴ ィ ング(WashingtonIrving)の1819年 に 出版 さ れ た

「ス ケ ッチ ブ ック』(TheSketchi11)は 、 ア メ リカ人 作家 と して は初 めて、

商 業 的 に も批 評 の上 で も大 西 洋 の両 岸 で 成 功 した作 品 と して 知 られ て い る。

この 作 品 は まず ア メ リカ で 出版 さ れ、 そ の後 イ ギ リスで 出 版 され た が 、 そ の

際 に二 篇 の イ ンデ ィア ンに関 す る エ ッセ イ1が 追 加 され た 。 この二 篇 の エ ッ

セ イ、 「イ ンデ ィ ア ンの 性 格 の特 徴 」("TraitsofIndianCharacter")、

「ポカ ノ ケ ッ トの フ ィ リッ プ王」("PhilipofPokanoket")は 、 従 来 は 単

な る"filler"と して見 な され 、 それ 自体 と して 注 目 され る こ と は ほ と ん ど

無 か っ た。 『ス ケ ッチ ブ ック』 は、 ジ ェ フ リー ・ク レ イ ヨ ン(Geoffrey

Crayon)と い うア ー ヴ ィ ング の作 っ たペ ル ソ ナ が イ ギ リス で の見 聞 を 報 告

す る と い う体 裁 を と って い る。 イ ンデ ィア ンた 関 す る この二 篇 のエ ッセ イ は、

この よ うな虚 構 の語 り手 が設 定 され て お らず 、 ま た内 容 的 に もイ ンデ ィ ァ ン

擁 護 論 が 真摯 な 論 調 で 語 られ る と い う よ う に、 イギ リスの 旅行 案 内 的 な 他 の

エ ッセ イ と は、 か な り異 な っ た印 象 を 与 え る。 この ため 、 アー ヴ ィ ン グが こ

れ らの エ ッセ イ を イ ギ リス版 にお いて 追 加 した の は、 単 に ア メ リカ 的 な 味付

けを し、 商業 的 な成 功 を 見 込 ん で の こ とだ った と解 釈 され て きた。2

この小 論 は、 私 が ア ー ヴ ィ ング を論 じる上 で 重 要 と考 え る、 あ る コ ンテ ク

ス トを提 示 す る た め の覚 書 と して の性 格 を 持 って い る。 そ して、 そ のた めに、

こ こで は彼 の 「イ ンデ ィア ン論 」 に焦 点 を 絞 って 論 じた い と思 って い る。 結

80

飯 田 末希81

論 を先 取 り して 言 うな らば、 そ の コ ンテ クス トと は、 イ ンデ ィア ンと い う表

象 を媒 介 と した ア メ リカ と ヨー ロ ッパ の 関係 の歴 史 で あ り、 こ こで特 に問 題

と な る の は18世 紀 の ス コ ッ トラ ン ド啓 蒙学 派 の ア メ リカ観 で あ る。 ア ー ヴ ィ

ング は、 こ の 『スケ ッチ ブ ック』 にお いて、 そ の よ うな表 象 の歴 史 とかか わ

りなが ら、 ア メ リカ 人 と して の 自 らの位 置 を探 って い た の で はな い か とい う

こ とを、 以 下 の 試論 にお いて 考 察 した い。

「イ ンデ ィア ンの 性格 の特 徴」 で は、語 り手/ア ー ヴ ィ ン グは、 共 時的 な

視 点 か ら、 イ ンデ ィ ア ンに関 す る記 述 の 中 の偏 見 を訂 正 して い く。 時 代 や登

場 人物 の 明 確 で な い エ ピ ソ▽ ドを引 用 しな が ら、 イ ンデ ィア ンの 戦 闘行 為 の

特 徴 と考 え られ て い る 「残 酷 さ」、 「戦 略 を 用 い る臆 病 さ」 な どを 偏見 に満 ち

た 書 き手("bigotedwriters")に よ って作 られ た 歪 め られ た イ メ ー ジ で

あ る と し、 反 駁 して い く。 次 の、 「ポカ ノケ ッ トの フ ィ リ ッ プ王 」 で は、1

世 紀 半 前 の イ ンデ ィア ン と白人 と の戦 争(フ ィ リッ プ王 戦争)を 語 りな お す

こ と に よ っ て、 戦 争 で の イ ンデ ィア ンの 「高貴 さ」 を主 張 し、先 の エ ッセ イ

と同 様 に ピュ ー リタ ンの歴 史 記 述 に お け る歪 み を 強 調 す る。 この よ うな イ ン

デ ィァ ン論 は、 非 常 に あ りふ れ た もの で あ り、 特 に取 り上 げ て分 析 す る ほ ど

の もの で は な い と、 ア ー ヴ ィ ン グの研 究 で はみ な され て きた 。

しか しな が ら、 ヨー ロ ッパ系 ア メ リカ人 が イ ンデ ィア ンを 語 る とい う行 為

は、 複 雑 な 問題 を孕 ん で い る。 ヨー ロ ッパ に よ る ア メ リカの 「発 見 」 以 降 、

従 来 の世 界 観 の 中 に ア メ リカ とそ の住 民 を ど の よ う に位 置 づ け るか と い う こ

とが常 に論 争 さ れ て きた。3そ れ は、 「ア メ リカ」 と い う表 象 と現 実 の 支配 と

を め ぐ る問題 で あ る。 第 一 に、 長 い 間 ヨー ロ ッパ の視 線 の中 で、 「ア メ リカ」

は イ ン デ ィア ンの地 と して表 象 され、 「ア メ リカ 人」 と は イ ンデ ィア ンを 意

味 して い た 。 そ して 、 ヨ ー ロ ッパ 系 の 入 植 者 自 身 もそ の 言 葉(「 ア メ リ

カ 人」)に 自分 を 同一 化 す る必 要 を感 じて い な か った と い う点 で あ る。4し

82境 界線 上 の ア メ リカ ー ワシ ン トン 。ア ー ヴ ィングの 「イ ンデ ィア ン論」 一

か し、 第 二 に、 ヨー ロ ッパ の 視線 の 中 で は 白人 の入 植 者 が イ ンデ ィア ンと混

同 され、 「未 開 の地 」 で は人 間 は 「退 化 」 す る と考 え られ て い た た め 、 両 者

が と もに ヨ ー ロ ッパ の人 間 よ り も劣 った存 在 だ と考 え られ て い た 事 で あ る。

これ は、18世 紀 の、 環 境 の人 間 に対 す る影 響 を重 視 した ロバ ー トソ ンな どの

環 境 理 論 に よ って 「科 学 的 に立 証 」 され、 ま た ゴー ル ドス ミス の詩 に よ って

通 俗 化 され、 ア ー ヴ ィ ン グの 時代 に は非 常 に影 響 力 を持 って い た。5そ して 、

第 三 に、 ア メ リカが 国家 と して独 立 す る際 、 イ ンデ ィア ンを 自 らの社 会 か ら

除 外 した と い う問題 が あ る。 ア メ リカ の独 立 以 降 、 「ア メ リカ」 と い う言 葉

と領 土 の両 方 か ら、 同時 に イ ンデ ィア ンは追 放 され は じめ、 「ア メ リ カ」 は

新 しい 「ア メ リカ人 」 に よ って 占有 され る こ とに な る。6こ の よ うな、 「ア メ

リカ」 に関 す る ヨー ロ ッパ と 「ア メ リカ人 」 の間 で の意 味 のず れが、 ア ー ヴ ィ

ングが イ ギ リス で 『ス ケ ッチ ブ ッ ク』 を 出版 す る際 に もま だ存 在 して い た の

で は な いか と思 わ れ る。 そ して、 ア メ リカ人 で あ る ア ー ヴ ィ ングが イ ンデ ィ

ア ンにつ い て ヨー ロ ッパ の読 者 に語 る とい う行 為 は、 彼(ア メ リカ人)が イ

ンデ ィア ン とは異 な った もの で あ る こ とを示 す た め の、 彼 の 自 己提 示 の戦 略

で あ った の で は な い か と、 私 は考 え て い る。

「ス ケ ッチ ブ ック』 の イ ギ リス版 に お い て追 加 され た この二 篇 の エ ッセ イ

の うち、 先 に 置 か れ た 「イ ンデ ィア ンの性 格 」 の 冒頭 で 、 語 り手/ア ー ヴ ィ

ング は、 そ の 「ずれ 」 に対 す る彼 の ス タ ンス を提 示 して い る。

There is something in the character and habits of the North

American savage, taken in connection with the scenery over which

he is accustomed to range, its vast lakes, boundless forests,

majestic rivers, and trackless plains, that is to my mind wonder-

fully striking and sublime. He is formed for the wilderness, as the

Arab is for the desert. His nature is stern, simple, and enduring;

fitted to grapple with difficulties, and to support privations.?

こ こで 、 語 り手 は、 非 常 に微 妙 な形 で イ ンデ ィア ンの 特 徴 と ア メ リカ の景観

との つ なが りを示 唆 す る。 イ ンデ ィア ンの 性 格 や 習慣 は 「崇 高 」("striking

飯田 未希 83

andsublime")で あ る と彼 は感 じるが、 そ れ は彼 の 心 の な か で 「彼[イ ン

デ ィア ン]の い る風 景 」 と結 び付 け られた 時 で あ る。 この よ うに、 出 だ しの

文 章 で は、 語 り手 の 心 の なか で、 しか も 「崇 高 」 とい う言 葉 を通 じて 曖 昧 に

しか結 びっ いて いな い イ ンデ ィ ア ン と彼 の住 む環 境 との 関係 は、 次 の 文章 で

は逆 に 自然 との っ な が りが 強 調 され る。 す な わ ち 、 イ ンデ ィ ア ンの 特 徴 は

「未 開 地 」("wilderness"『)に ふ さわ し く形 成 され た もの で あ る こと が 言 明

され、 そ の よ う な環 境 に相 応 しい彼 の性 格 が述 べ られ る。 しか しなが ら、 彼

らの性格 が どの よ うに して、 また 何 に よ って、 自然 に相 応 しい もの と して 形

成 され るか は、 こ の受 動 態 の表 現("isformed")か らは窺 い知 る こ とが

で きな い。

こ の、書 き出 しの一 節 に お いて 、 アー ヴ ィ ン グ は環境 論 が前 提 と して い た

「ア メ リカ の 自然 環 境 の 劣 悪 さ」 と 「退 化 した ア メ リカ の住 民 」 い う イ メ ー

ジ を まず 逆 転 させ る。 そ して、 環 境 を視 覚 的 な 「風 景」 の み に限 定 し、 イ ン

デ ィア ンを そ の 「風 景 」 の付 属 物 とす る こ とに よ って 、 観察 者 と して の 自分

(ア メ リカ人)と イ ン デ ィ ア ンの 間 の距 離 を 作 りだす 。 そ して 、 ア メ リカ と

い う 「環 境 」 の なか で 自分 とイ ンデ ィ ア ンを 同 化 させ る ヨ ー ロ ッパ の視 線 の

内部 で、 彼 らと の差 異 を示 そ うとす る。 そ して 、 環 境 理 論 にお い て は原 因 ・

結 果 の関 係 に あ っ た、 ア メ リカ の 「環 境」 と 「人 間 の状 態」 を、 この 冒頭 の

一 節 で も何 らか の影 響 関係 は あ る よ う に仄 めか す が 、 そ れが 実 際 何 で あ るの

か は、 彼 は 明確 に しな い。 そ して、 これ か ら見 て い くよ う に、 ア ー ヴ ィ ン グ

は、 この環 境 理 論 の原 因 ・結 果(環 境 ・人 間)の 関 係 を、 「植 物 」 の 隠 喩 の

連 鎖 に 置 き換 え る こ とに よ って、 イ ンデ ィ ア ンと 自分 を含 め た ヨ ー ロ ッパ 系

ア メ リカ人 を差 異 化 して い くの で あ る。

III

「インディアンの性格」出発点では、先にも述べたように、アーヴィング

は、当時の環境理論が北アメリカの自然の過酷さとその人間への悪影響を主

84境 界 線上 の アメ リカ ー ワ シ ン トン ・アー ヴ ィ ングの 「イ ンデ ィア ン論 」一

張 したの に対 し、 彼 は逆 に ア メ リカの 自然 の 崇 高 さ と イ ンデ ィ ア ンの 崇 高 さ

の共 通 性 を 指 摘 す る。 ア メ リカ お よ び イ ンデ ィア ンの イ メ ー ジそ の もの は逆

転 さ れて い る が、 環 境 論 的 な思 考 法 その もの は否 定 され て お らず、 曖 昧 な形

で む しろ肯 定 され て い る。 そ して 、 こ こで は現 在 形 で 語 られ る ことに よ って、

現 在 の イ ンデ ィア ンにつ い て語 って い る よ うな印 象 を与 え られ る。

しか し、2段 落 目で 、 す ぐに そ の印 象 は否 定 され る。 現 在 の イ ンデ ィア ン

は不 幸 で あ り、 彼 は そ の不 幸 の原 因 と して 、 白人 と の戦 争 、 白人 の 著 述 家 に

よ って歪 ん だ イ メ ー ジが与 え られ た こ と を あ げ る。 これ らは遥 か 昔("early

periodsofcolonization")に 起 こ っ た と い う ことが 言 明 され て い る。 そ し

て、 これ 以 降 、 語 り手 は イ ンデ ィア ンに対 す る偏 見 の訂 正 と い う作 業 を 開 始

す る のだ が 、 そ の 出 発 点 に お い て 、 重 要 な 区 別 を 行 って い る。 す な わ ち 、

「現 在 の イ ンデ ィ ア ン」 と 「過 去 の イ ンデ ィア ン」 とい う区 別 で あ る。 現 在

の イ ンデ ィア ンは、 「社 会 」("society")の 害 悪 に よ って 「退 化 」 した 存

在("degeneratebeings")で あ り、 イ ンデ ィ ア ンに 対 す る 間 違 っ た意 見

を生 み 出 した原 因 で さえ あ る。 彼 が闇 か ら救 い 出 す必 要 が あ る の は、 「正 し

い イ ンデ ィア ンの イ メー ジ」 で あ り、 そ れ は す な わ ち 「過 去 の イ ンデ ィァ ン」

で あ る。

しか し、 現 在 の イ ンデ ィア ンが退 化 して い る原 因 で あ る、 白人 の文 明 に対

す る 「受 動 性 」、 「影 響 の受 け や す さ」 は、 奇 妙 な こ とに、 比 喩 がず らさ れ る

こ とに よ って 、 過 去 、 現 在 を通 じて の イ ンデ ィア ンの本 性 とな る。 最 初 、 イ

ン デ ィ ア ン は 、 ア メ リ カ の 崇 高 な 景 観("vastlakes,""boundless

forests,""majesticrivers")の 比 喩 的 な同 格 で あ るか の よ う に 述 べ られ

るが、 文 明 の イ ンデ ィ ア ンへ の影 響 に言 及 され る と き、 景 観 の表 面 上 の 「植

生 」 が 、 彼 らの 比 喩 的 な 同 格 と な る。("Societyhasadvancedupon

themlikeoneofthosewitheringairs,thatwillsometimesbreed

desolationoverawholeregionoffertility."[272][myemphasis])

そ して 、 イ ン デ ィ ア ンが 他 の 支 配 者("theundisputedlordsofthe

SO11")で あ った 頃 の 、 幸福 な世 界 が描 写 され るが 、 そ の世 界 の 終 わ り は 、

飯田 未希 85

次のように結論付けられる。

Such were the Indians whilst in the pride and energy of their

primitive nature: they resembled those wild plants which thrive best in the shade of the forest, but shrink from the hand of

cultivation, and perish beneath the influence of the sun. [ 273-4 ]

[my emphasis]

「果 て しな い森 林 」("boundlessforests")に た とえ られ た イ ンデ ィァ ン

は、 文 明 と比較 され る と き、 森 の な か の 「下生 え」("wildplants")に ま

で縮 小 して しま う。 そ して、 そ れ は森 を 切 り開 く 「手 」 で あ る と 同 時 に、

ど うい うわ けか この ア レゴ リー的 な 表 現 の な か で、 そ の上 に輝 く 「太 陽」 に

も置 き換 え られ た 「文 明 」 に よ って 、 滅 び る こ とが運 命 付 け られ て い る ので

あ る。 こ こで植 物 の アナ ロ ジー に よ って イ ンデ ィア ンを語 る こ と で 、 「野 性

の植 物 」 が 白人 の 「耕作 」("cultivation")に よ って滅 び る の と同 様 の 構

造 が、 イ ンデ ィア ン と白 人 の 「教 化e文 明 化」("cultivation")に もあ る

こ とが示 唆 され る。 そ して 、 「教 化=文 明化 」 は、 「太 陽」 と曖 昧 な形 で同 格

と され て い る こ とか らも分 か る とお り、否 定 的 な もの と して は捉 え られて い

な い。 ヨー ロ ッパ の 「高 貴 な る野 蛮 人」 が 、文 明 を批 判 す る た め の文 明 の 対

立 物 で あ るの に 対 し、 ア ー ヴ ィ ングの イ ンデ ィア ンは、 文 明 と対 立 す るが 、

文 明 を 批判 は しな い 。 む しろ、 「文 明 の手 に よ る ア メ リカ の 環 境 の変 化=太

陽 の 影 響=野 性 植物 の死 」 と い う隠 喩 の連 鎖 に よ って語 られ る ことに よ って、

イ ンデ ィ ア ンはそ の 不在e絶 滅 に よ って、 文 明 の ア メ リカで の広 が りを暗 示

す る こ と にな る。

IV

語 り手/ア ー ヴ ィ ング は、 イ ンデ ィア ンの戦 争 に お け る 「残 酷 さ」、 「戦 略

を用 い る臆 病 さ」、 「死 を 前 に した時 の 無 感 動」 とい う 「誤 った」 イメ ー ジを、

86境 界 線 上 の ア メ リカ ー ワ シ ン トン ・ア ー ヴ ィ ン グ の 「イ ン デ ィ ア ン論 」 一

そ れ ぞ れ相 対化 して説 明 して い く。 こ こで肝 心 な の は、 それ らの イ メー ジが、

実 際 に は環 境理 論 に よ って イ ンデ ィア ン とア メ リカ の植 民 者 に共 通 す る特 徴

だ と当 時考 え られ て い た 点 で あ る。8し たが って、 そ れ らの 「偏 見 」 を、 イ

ギ リスの読 者 の 前 で 訂正 す る とい う アメ リカ人 ア ー ヴ ィ ン グの ポ ー ズ に は、

当 然 戦 略 的 な 含 意 が あ る。 こ こで 、彼 は差 異 化 と同一 化 とい う二 重 の 戦 略 を

用 い る。 一 方 で 、 彼 は 自分 を 科 学 的 に対象 と距離 を お い た 「探 検 家 」 と して

提 示 し、 探 険 の 対 象 で あ る イ ンデ ィ ア ン と 自分 の 差 異 を 強 調 して い る 。

("He,however,whowouldstudynatureinitswildnessandvariety,

mustplungeintotheforest,mustexploretheglen,muststemthe

torrent...."[284])

た とえ ば、 「戦 略」("stratagem")を 論 じた 箇 所 で は、 まず 自分 が イ ン

デ ィア ンに 対 して 偏 見 を 持 っ 側 で あ る とい う こ とを述 べ 、 彼 ら と の 差 異 を

示 す 。("Westigmatise[sic.]theIndians,also,ascowardlyand

treacherous,becausetheyusestratageminwarfare,inpreferenceto

openforce."[277][myemphasis])実 際 に は植 民 地 時 代 か らア メ リカ の

民 兵 は 「戦 略」 を 用 い て きた の だ が、 そ うす る こ とに よ って、 同 時 に、 そ の

よ うな行 為 は イ ンデ ィア ンに の み特 徴 的 な もの と して提 示 され る ことにな る。

そ の後 、 語 り手 は 「戦 略」 は、 イ ンデ ィア ンが 生 存 競 争 に お い て、 「動 物 」

と戦 う必 要 か ら用 い られ る よ うに な った もの で、 そ れ は彼 らの基 準("rude

codeofhonour")に お い て は完全 に正 当化 され る もの で あ る と説 明 す る。

この よ う に、 ア メ リカの 劣 悪 な 風土 環境 によ って、 人 間 が退 化 し、 動 物 的 な

行 動 を と る よ うに な る と い う環 境理 論 は、 相 対 的 な価 値 判 断 を提 示 す る こ と

で 否 定 され る。 しか しなが ら、 「戦 略 」 を もち い る と い う 「未 開 」 の 属 性 そ

の もの は、 ア メ リカ に住 む 「文 明 人 」 で あ る アー ヴ ィ ング達 と、 イ ンデ ィァ

ンを区 別 す る特 徴 と して 新 た に、 そ して 再 び 彼 らを 象 徴 す る こ とに な る。

この よ うに、 科 学 者 二探 検 家 と して イ ンデ ィア ンとの差 異 を 強調 す る一 方

で、 彼 は同 時 に情 熱 的 に イ ンデ ィア ンの 立 場 を弁 護 し、 彼 らに共感 す る。 彼

は 「観 察 者 」 と して の距 離 を捨 て、 時 折 イ ン デ ィ ア ンの 高 潔 さ 、 「私 た ち」

飯田 未希 87

の 偏 見 を、 感 嘆 文 を通 して 強 調 す る。("Howdifferentwastheirstate

whileyettheundisputedlordsofthesoil!"[273])彼 は、 ま た、 し

ば しば イ ンデ ィア ンの 内面 に入 り込 み 、 か れ の心 理 を 「直 接 」 読 者 に語 りか

け る。("Theycannotbutbesensiblethatthewhitemenarethe

usurpersoftheirancientdominion_."[277])こ の よ う に、 彼 は す す

ん で イ ンデ ィア ンの立 場 に 自分 を 同一 化 しよ う とす る。 しか しな が ら、 この

こと は観 察 者 と して の 彼 の距 離 化 と は必 ず し も矛 盾 しな い。 彼 は、 この二 篇

の エ ッセ イ で イ ンデ ィ ア ンの歴 史 的事 実 と心 理 面 の 関係 の考 察 か らイ ンデ ィ

ア ンの行 動 を説 明 しよ う とす る。 これ は、 ス コ ッ トラ ン ド学 派 の 環境 論 の 二

重 の推 論(conjecture)9、 す な わち イ ンデ ィ ア ンの 行 動 の特 徴(「 残 酷 さ」)

の原 因 を、 ア メ リカ と い う劣 悪 な 「環 境 」 に あ る と見 な し、 ま た そ の 同 じ原

因 か ら彼 らが 「文 明 」 へ と進 歩 す る こと もで きな か った とす る方 法 とは著 し

い対 照 を な して お り、 その 批 判 とな って い る。 「共 感 」("sympathy")は

む し ろ外 面 に 対 す るの と同 様 の 「観 察 」("observation")を 、 「内 面 に対

して も行 う こ と に よ っ て 得 られ る もの で あ る。("Ifwewouldbuttake

thetroubletopenetratethatproudstoicism...whichlockuphis

characterfromcasualobservation,weshouldfindhimlinkedtohis

fellow-manofcivilised[sic.]lifebymoreofthosesympathiesand

affectionsthanareusuallyascribedtohim."[271])

こ の よ うに、 彼 は 「観 察 者 」 と して 、 イ ンデ ィ ア ンの 外面 的 な行 動 も、 内

面 の心 理 も理 解 で き る とい う立 場 を強 調 す る。 そ して 、 この よ うな 内面 に対

す る理 解 か ら、 ビュ フ ォ ンに見 られ るよ うな 「自然 誌 」 的 な記 述 や、 ロバ ー

トソ ンの よ うな普 遍 的 な人 間 の進 歩 の 「一 段 階 」 と して の イ ンデ ィア ン像 を

乗 り越 え 、 イ ンデ ィア ンの 「歴 史 」 を 「再 現 」 す る こ とが可 能 に な る こ とを

示 そ うとす る。 この よ うに、 イ ンデ ィ ア ンを 他 者 と して 対 象化 しっっ 、 共 感

に よ って 内面 を知 る こ とが 出来 る こ とを示 す ことに よ って、語 り手/ア ー ヴ ィ

ン グ は、 イ ンデ ィア ンを表 象 す る力 を 占有 し、 イ ギ リス に対 して 「文 明 人 」

と して の身 振 りを行 う こ とに な る。 しか し、 それ は同 時 に イ ンデ ィア ンか ら

88境 界線 上 の アメ リカ ー ワシ ン トン ・ア ーヴ ィ ングの 「イ ンデ ィア ン論 」一

再 び表 象 の能 力 を 剥 奪 す る とい う こ とを も意 味 す る の で あ る。

V

「ポ カ ノケ ッ トの フ ィ リ ップ 王」 は、 フ ィ リップ王 戦 争 とい う、17世 紀 半

ば に起 きた実 際 の戦 争 に言 及 され て い る こ と、 エ ッセ イ全 体 が歴 史 的 な ナ ラ

テ ィ ヴ と して ひ とっ の ま と ま りを も って い る こ と、 現 在 の イ ンデ ィア ンや 白

人 の状 況 に 関 して は ほ とん ど言 及 され な い こ となど、前 の エ ッセ イ 「イ ンデ ィ

ア ンの性 格 」 とは 対 照 的 な 特 徴 を も って い る。 しか しな が ら、 この エ ッセ イ

は、非 常 に重 要 な 点 で 、 前 の エ ッセ イ と共 通 して い る。 つ ま り、 植 民 地 時 代

の フ ィ リップ 王 と い う ワ ンパ ノ ア グ族 の王 が イ ギ リス人 入 植 者 に敗 北 し、 部

族 全体 が絶 滅 した 戦 争 が 語 られ て い るに もか か わ らず、 な ぜ彼 らが 滅 び る こ

とに な った の か 、 そ の 原 因 にっ いて は 明 確 に 述 べ られ て い な い の で あ る。

「イ ンデ ィア ンの性 格 」 で は、 彼 らが滅 び る原 因 は 「植 物 」 の 隠 喩 の 連 鎖 に

置 き換 え られ 、 そ れ 自体 が 明 確 に され る こ とは な か った。 両 者 に共 通 す る肝

心 な 点 は、 語 り手 の 「探 険 」 の 対 象 が 、 イ ンデ ィ ア ンの 「特 徴」("traits")

に限 定 され て い る と い うこ と、 す な わ ち文 明 に よ る変化 を受 け て い な い、 進 ・

歩 の 「初 期段 階 」 に あ る イ ンデ ィア ンに示 され る 「人 間 の 本 性 」("human

nature")に 対 象 が 限 定 さ れて い る と い う こ と で あ る。("They[Indians]

...showwhatmanisinacomparativelyprimitivestate,andwhat

heowestocivilisation[sic.]"[283])語 り手 自身 が 、 イ ンデ ィア ンの不 幸

な現 在 の 状 況 は、 白 人 に よ る収 奪 に あ っ た と述 べ て い る に もか か わ ら ず

("They[lndians]havebeendispossessedoftheirhereditarypossessions

bymercenaryandfrequentlywantonwarfare."[271])、 彼 自身 の 興 味

を 「イ ンデ ィ ア ンの特 徴 」 に限 定 す る こ と に よ って 、 白人 とイ ンデ ィア ンの

戦 争 の エ ピソ ー ドは イ ンデ ィア ンの 「高 貴 さ」 と い う 「特 徴 」 を証 明 す る も

の と な り、 現 在 の 「退 化 」 した状 態 と い う 「結 果 」 と の関 係 は 曖 昧 に な る。

先 の エ ッセイ で は、 イ ンデ ィア ンと 白人 の関 係 と い う 「全 体 」 か ら、興 味 を

飯田 未希 89

インディア ンの性格という 「部分」に限定することによって、奇妙なことに

インディア ンの 「植物的受動性」という 「特徴」が、インディアンと白人の

関係全体を 「説明」す る換喩的なアレゴ リーとなった。 この 「インディァン

の性格」 において示された、因果関係を 「植物」という隠喩に置き換えると

いう戦略は、同時に次の具体的なエピソー ドを読むための枠組みを読者に提

供するもの となっている。

VI

「フ ィ リッ プ王 」 の エ ッセ イ にお い て、 フ ィ リ ップ王 が敗 北 す る原 因 が 不

明 確 で あ るの に は、 二 っ の 理 由 が 考 え られ る。 第 一 に は、 フ ィ リップ王 や 彼

の友 人 な ど、 イ ンデ ィ ア ンの 個 々 の 敗 北 にお い て、 白人 を動 か した 「裏 切 り

者 の イ ンデ ィ ア ン」("renegadoIndians")の 存 在 が 強 調 さ れ て い る こ と

で あ る。 第 二 には、 イ ンデ ィ ア ンの 「進 歩 の な さ=停 滞=野 蛮 」 が い くっ か

の方 法 で しめ され 、 そ れが 白人 の 「進 歩=文 明」 と比 較 さ れ、 両 者 の差 異 が

示 され る こ とで あ る。

こ こで は、 問 題 の 二 点 目、 イ ンデ ィア ンの 「停 滞=進 歩 の な さ」 とい う こ

とに っ い て だ け言 及 してお きた い。 語 り手 は イ ンデ ィア ンに 関 す る清 教 徒 の

記 述 の 歪 み を 強 調 し、 彼 らが 「妄 想 」 の 虜 にな って い た こ とを繰 り返 す。 そ

して 、 清 教 徒 の迷 妄 は、 彼 らの居 住 す る環 境 が 「未 開」 で あ る こ とに起 因 す

る と さ れ る。("...thewildnessoftheirsituation,amongtrackless

forestsandsavagetribes,haddisposedthecoloniststosuperstitious

fancies_."[289])し か し、 こ こで は 、 ま ず 第 一 に 歴 史 的 な 視 点 が 強

調 さ れ る こと、 す なわ ち清 教 徒 の迷 妄 が 過 去 の 「歴 史 的 」 な 出 来 事 で あ る こ

とが 強 調 され るこ とに よ って、 そ して第 二 に先 の エ ッセ イで ア メ リカの環 境

(植 生)が 「文 明 」 に よ っ て変 わ っ た こ とが 強調 され た こ と に よ って 、 迷 信

深 い 「過 去 」 の清 教 徒 と 「現在 」 の清 教 徒 及 び ア メ リカ人 との 繋 が り は切 断

され、 現 在 の ア メ リカ の 白 人 との差 異 が 強調 され る。 つ ま り、 清 教 徒 の 迷信

90境 界 線上 のア メ リカ ー ワ シ ン トン ・アー ヴ ィ ングの 「イ ンデ ィア ン論 」一

は 「歴史 化 」 され て い る。

これ に 対 し、 イ ンデ ィ ア ンの迷 信 は 「歴 史 化 」 され な い。 植 民者 の あ いだ

で フ ィ リッ プ王 の 脅 威 に関 す る様 々 な 「俗 信 」("superstitiousnotions")

が 囁 か れ た こ とを 説 明 しな が ら、 突 然 語 り手 はそ の 「俗 信」 の 内容 を 、 す な

わ ち フ ィ リ ップ王 が 「魔術 」("necromancy")を 行 うと い う こと を一 般 的

な現 象 と して 肯 定 し、 しか も、 それ が 現 在 まで続 い て い る こ とを、 この論 全

体 の 歴 史 的 な 論 述 形 式 に も係 わ らず 強 調 す る。("Thisindeedwasfre-

quentlythecasewithIndianchiefs...andtheinfluenceofthe

prophetandthedreameroverIndiansuperstitionhasbeenfullyevidenced

inrecentcasesofsavagewarfare."[292][myemphasis])先 の 「イ

ンデ ィア ンの 性格 」 で は現 在 の イ ンデ ィ ア ンの 「植 物 的受 動 性 」 が過 去 に投

影 さ れ た が、 こ こで は逆 に過 去 か ら現 在(未 来)に 向 けて、彼 らの 「野 蛮 さ=

理 性 の欠 如 」 が投 影 され、 彼 らの普 遍 的 な本 性 と して 強調 さ れ る。 そ して 、

先 の エ ッセ イ で 「ア メ リカ の植 生 の 変化=文 明 の広 が り」 が強 調 さ れ て い た

た め に、 こ こで イ ンデ ィア ン は文 明 に よ る変 化 を受 け る見 込 み の な い、 進 歩

か ら見 は な され た存 在 とな り、 現在 の ア メ リカの 白人 と は対 照 的 な存 在 で あ

る こ とが 暗 に 示 され る こ とに な る。 そ して、 イ ンデ ィア ンの敗 北 の原 因 、 そ

しで現 在 の 「退化 」 した状 態 の原 因 が、 暗 に イ ンデ ィア ン 自身 の本 質 の なか

に求 め られ る こ とに な る。

VII

この よ うに 、 ア ー ヴ ィ ン グが ヨー ロ ッパ に 示 し た テ キ ス トは 、 一 方 で は

「文 字 を 持 た なか っ た もの 」 の歴 史 を語 りなお す こ とを 強 調 し、 ヨ ー ロ ッパ

か らの意 味 付 けに逆 らお う とす るが、 そ の一 方 、 イ ンデ ィア ンの性 質 を説 明

す る とい うポ ー ズ に よ って、 自 ら とイ ンデ ィア ン との差 異 化 を行 った。 そ し

て、 イ ンデ ィア ンを環 境 の変 化 に な ぞ らえ る こ と、 ま た イ ンデ ィア ンを歴 史

的 な存 在 と して語 る こ とに よ って、 現 在 の(当 時 の)ア メ リカ人 像(つ ま り、

飯田 未希 91

地 理 的 ・環 境 的 な 自 己像)か らイ ンデ ィ ア ンの シ ンボ リ ック な意 味 合 い をぬ

ぐい 去 ろ う とす る もの で もあ った。

「新 世 界 の論 争 」 、 つ ま り ヨー ロ ッパ に よ る ア メ リカ の表 象 の問 題 は、 ア

メ リカの 独 立 とと もに終 わ った と され る こ とが お お い。 す なわ ち、 西 部 の測

量 ・調 査 が 開 始 さ れ る こ とに よ る 「デ ー タ」 の集 積 、 ま た イ ンデ ィ ア ンの強

制 移 住 な ど 「実 体 的」 な関 係 の なか で は、 これ ま で の イ ンデ ィア ンの表 象 は

意 味 を持 た な くな った とさ れ るので あ る。(も しく は、単 に考 慮 され な い。)

そ して、 これ以 降 の ヨー ロ ッパ 系 ア メ リカ人 に よ る イ ンデ ィア ン像 が 問 題 に

され る際 、 そ の 「歪 み」 は 白人 側 が イ ンデ ィア ンを 白人 の ネ ガ テ ィ ブと して

捉 え て い た た め と して、 い わ ば 「同時 代 的 」 な 問題 と され る。10私 が 、 こ こ

で、 ア ー ヴ ィ ン グの二 っ の エ ッセ イ を提 示 した の は、 そ の よ うな 「表 象」 は、

す ぐに 「デ ー タ」 や 「実 体 的 関係 」 に と っ て代 られ う る もの で は な い と い う

こ とを示 した い が た め で あ った。 む しろ、 ア ー ヴ ィ ン グの 「客 観 的 」 な対 象

に た いす る態 度 が示 して い た よ うに、 「デ ー タ」 も、 歴 史 的 な 表 象 と の 関 係

か ら 自己 と対 象(イ ンデ ィア ン)を 分 節 す る こ とに よ って しか生 ま れ な い も

の で あ る。 そ して 、 ピア ス の い うよ うに、 そ の よ うな思 考 の枠 組 み そ の もの

も、 「実 体 的 な関 係 」 に よ って 変 化 を 被 るが 、11し か し、 そ れ は 「歴 史 的 出来

事 」 に即 応 した か た ちで変 化 す る もの で は な い の で あ る。

1こ の 二 篇 の エ ッ セ イ は 最 初 ア ー ヴ ィ ン グ の 編 集 し た 雑 誌Analectic

Magazineに1814年 に 掲 載 され た。 そ れ に つ い て は筆者 は未見 で あ る。

2JeffreyRubin-Dorsky,AdriftintJxeOldWorld(TheUniversityof

ChicagoPress,1988),p.95.

3KarenOrdahlKupperman,ed.,AmericainEuropeanConsciousness,

1493-1750(TheUniversityofNorthCarolinaPress,1995).特 に

introduction参 照 。

4JoshuaC.Taylor,AmericaasArt(Washington:SmithsonianInsti-

tutionPress,1976),pp.5-7.

92境 界 線 上 の ア メ リカ ー ワ シ ン トン ・ア ー ヴ ィ ン グ の 「イ ンデ ィア ン論 」 一

5RobertLawson-Peebles,Landscapeandwrittenexpressioninrevolu-

tionaryAmerica(CambridgeUniversityPress,1988),pp.40-43.

6RoyHarveyPearce,SavagismandCivilization(Universityof

CaliforniaPress,1988.Rev.ed.of:ThesavagesofAmerica.1953),

Chap.2.

7WashingtonIrving,TheSketch:..(ゾGeoffreyCrayon,Gent.

(London:Everyman'sLibrary,1968),p.271.以 下 こ の 作 品 か ら の 引 用 は

こ の 版 に よ り ペ ー ジ数 の み を 記 す 。

8Lawson-Peebles,Chap.1.

9且.M.H6pfl,"FromSavagetoScotsman:ConjecturalHistoryinthe

ScottishEnlightenment,"JournalofBritishStudies17(1978):19-40.

10た と え ばSacvanBercovitch,ed.,Cambri(agexLScory()fAmerican

Literature,vol.1,II(CambridgeUniversityPress,1994)の"New

WorldDisputes"と"TheFrontierandAmericanIndians"と い う 章 立 て

に 典 型 的 に 示 さ れ て い る 。

11Pearce,pp.76-77.