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1 2006 年度 筒井ゼミ卒業論文 これからの日本の救急医療体勢についての考察 2005 12 19 日(月) 学籍番号: 5102080 氏名:小島教広

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2006 年度 筒井ゼミ卒業論文

これからの日本の救急医療体勢についての考察

2005 年 12 月 19 日(月)

学籍番号:5102080

氏名:小島教広

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目次

1.はじめに

2.アメリカの病院前医療の現状について

2.1.アメリカの地域での実際の病院前医療サービスの取り組みについて

2.2.ダラス市における病院前医療体制

2.3.オクラホマ州における病院前医療体制

2.4.その他の地域の病院前医療体制

3.フランスの病院前医療体制について

3.1.フランスの病院前医療体制『SAMU(サミュ)』

3.2.サミュ・システムのシステム

3.3.サミュ以外の病院前医療

4.日本とアメリカの比較

4.1.根本的な比較

4.2.教育体制から見た比較

4.3.資格取得後から見た比較

5.日本の救急医療体制

5.1.日本の救急救命士の救急救命処置の具体例

5.2.日本の救急医療システム

5.3. 日本の救急医療システムの三つの階層

5.4.二元性の問題点

5.5.1.現実問題

5.5.2.現実問題が起こった理由

5.6.改善点

6.むすび

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要旨

日本の医療は、現在世界のトップレベルにあると言ってよい。それは、有能

でよくトレーニングされた医師の存在、高度な医療機器が完備していること、

極めて近代的で完備された病院が当たり前であること、これらに加えて、日本

の医療現場で使用されている最先端の医療技術は世界的にも注目を浴び、医療

におけるソフト・ハードの両面が十全に整備されていることにその要因を見て

取ることができる。それにも関わらず、病院前医療に関しては、なぜ他の先進

国と比較した場合にその欠点ばかり目に付くのであろうか。

本稿ではそうした日本の病院前医療と他の先進国の比較を考察していく。

1.はじめに ([12]を参照)

日本の救急業務は、決して量的な面においては世界と比較しても著しく見劣

りするものではない。むしろ優れているくらいである。平成 16 年 4 月時点にお

ける全国の救急自動車の総数は 5,637 台で、過去 10 年間で 740 台増となってい

る。また、総務省消防庁によると、全国の救急自動車の出場件数は平成 15 年が

約 4,832,848 件で、6 年前の平成 9 年に比べ 31%増と年々増加している。さら

に、119 番通報感知からほぼ平均 6 分以内に現場に到着しているという実態か

ら考察しても、日本の救急業務には誇るべきものがあるといってもよい。

では、なにが日本の救急業務においては問題となっているのであろうか。救

急搬送サービス、つまり傷病者を現場から搬送サービスすることに関しては、

世界においてもトップレベルにある。しかし、問題となるのは、現場にいち早

く到着した救急隊は、どんな瀕死の重傷を負った怪我人であっても、医療意行

為ができないといった、『医療不在の救急車』を走らせ続けてきたということで

あろう。現場から病院搬送までの間の、いわゆる『病院前医療の空白』という

ものが日本の救急医療体制における大きな問題なのである。他方、欧米諸国に

おいては、救急自動車の中から医療がすでに始まっている。この事情の違いは、

そのまま心臓停止からの蘇生率は 4 分の 1 という日本の救急医療の現状として

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映し出されている。

本稿ではそんな『病院前医療の空白』の特に救急救命士について考察してい

く。

2.アメリカの病院前医療の現状について

2.1.アメリカの地域での実際の病院前医療サービスの取り組み

([3][4]を参考)

アメリカの現状の前にアメリカのパラメディック制度について一つだけ言っ

ておきたい。それは、日本の救急救命士は地方公務員であるのに対して、アメ

リカの救急救命士(=パラメディック)は公的組織と民間会社の双方が担って

いるということである。アメリカの病院前医療サービスにおいては、民間救急

搬送会社が大きな役割を担っている。アメリカにおいても、当初は消防局のみ

が病院前医療サービスを行っていたものが、サービスの多様化、効率化が求め

られ、民間業務への委託が進んできたのである。民間救急搬送サービスと公的

救急搬送サービスの協力形態は次のように使い分けることができる。

① 消防局のみパラメディックによる病院前医療サービスを行い、民間搬送会

社が補完する

② カウンティー(郡)などの自治体と民間搬送会社が独占契約を結んでいる。

③ 消防局や民間企業から独立した公的な第三者機関と独占契約を結び、パラ

メディックによる病院前医療サービスを提供する。

④ 地方の小さな町では、消防局やボランティアが救急搬送サービスを提供す

る。

このような多様な病院前医療サービスが共存できる理由として、アメリカは

広大な国であり、その州ごとに、郡ごとで一つの国家のように機能しているこ

とによるものである。

2.2.ダラス市における病院前医療体制 ([3][4][12]を参照)

ダラス市は人口が約 100 万で、西部に位置する近代的都市である。ダラス市

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では、1 分署が 52 マイル平方をカバーし、53 分署があり、ダラス市全体で約

600 名の消防員(そのほとんどがEMT(=日本の救急隊員を含む、救急救命

士の資格を持つ者)の資格を持つ)、365 名のパラメディック(うち女性 16 名)

が配置されており、22 台の救急自動車(MICU:mobile intensive care unit)

が運用され、他に 6 台が予備車両として用意されている。年間の出動件数は

105,000 件(火事含む)となっており、毎年 4%の伸びを示しているという。ダ

ラス市では、911(日本における 110 番通報と 119 番通報)要請をコミュニケー

ションセンター(指令センター)に常駐している救急オペレーター(全員がE

MT-Iの資格を持つ)が受け、指令室で 15~20 秒でパラメディック出場か否

かを判断する。

出場方法は、最初にEMTの資格を持つ消防隊員が消防自動車で現場に出場

すると共に、救急自動車出動が妥当と判断されると救急現場に最も近い場所に

いる 2 名のパラメディックを有した Mobile ICUが出場することとなってい

る。アメリカの救急医療を扱った人気テレビドラマ「ER」では、仕事を終え

てベース基地に戻ろうとしていたMICUに無線で連絡が入り、再び新たな救

急現場に向かうといったシーンを見たことがある。つまり、ダラス市において

も、また他市においても、少ない救急自動車を有効に使うために出動中のMI

CUにもつぎつぎ新たな救急要請は入るものとなっている。

MICU運営はダラス市が行っており、1 回の出場に 240 ドルを民間保険会

社に消防局から要請する。民間保険会社は個人に請求するが多くは保険で支払

われている。しかし、これはアメリカ全土の問題ではあるが、救急自動車利用

者に対して、当局は一律に請求しているが、3 回請求しても払わない場合はそ

のまま放置しているものであり、保険に加入していない不法入国者の増加によ

り未回収の搬送サービス費が増え、市の財政を少なからず圧迫し始めていると

言われている。ダラス市においては、民間救急搬送会社は一般に救急には対応

せず、主として搬送サービス業務を行っており、開業医の要請による病院への

搬送サービスや病院から退院時の自宅への搬送サービスを行い、希望により搬

送サービススタッフをEMTかパラメディックかを選択できる方式であり、救

急対応はすべて公的機関が行っている点は日本と同じである。

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2.3.オクラホマ州における病院前医療体制 ([3][4][12][20]を参考)

オクラホマ州は、オクラホマシティー(人口約 50 万人)とタルサ(人口約

40 万人)の 2 大都市を有しており、民間救急搬送会社ライフフリーク・オクラ

ホマ社が、この二つの都市を中心に対象エリアとして、独占的に第三者機関か

ら委託を受け病院前医療サービスを提供している。オクラホマ州の病院前医療

体制のユニークさは、タルサ市に本社を構えるライフストリート社と深い関係

にある「EMSA(エムサ)」という組織にある。

「エムサ」は、オクラホマの中で市や民間企業からも全く独立した救急医療

の監督機関であり、ライフストリート・オクラホマ社は第三者機関であるこの

「エムサ」から独占的に救急医療サービスを請け負っている。「エムサ」の最高

責任者であるスティーブン・ウィリアムソン会長は「エムサ」について次のよ

うに述べている。

「エムサは 1978 年にスタートし、市からも民間企業からも影響を受け

ない第三者機関として独立している。この組織の意義は、市民はお金持

ちでも貧しい人でも、誰でも質の高い救急医療サービスを受ける権利が

ある。しかし、例えば市からお金をもらっていれば政府の財政が苦しく

なったとき予算が削られ、質が低下する可能性がある。そうしたことを

突き詰めていくとエムサのような全く独立した組織が必要だったので

す。エムサはアメリカでも非常に珍しい組織です。」

(参考文献[20]より抜粋)

運営方法は、ダラス市と同じような料金徴収形態ではあるが、オクラホマ州

では、低所得者層でも病院前医療サービスが受けられるように、保険のような

かたちで、家族で年間 46 ドル払えば、家族の人は何回でも救急自動車を利用で

きる制度を導入していることが特色となっている。この制度は、オクラホマシ

ティーでは 3 万 5 千帯(全世帯の 17%)、タルサでは 2 万 5 千帯(全世帯の 16%)

まで加入が進んでおり、着実に広まっているものといえる。

オクラホマ州の病院前医療体制を受け持つライフストリート・オクラホマ社

では、24 台のハイテク救急自動車を保有し、270 名の社員中、98 名のパラメデ

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ィックと 101 名のEMTがいる。さらにライフストリート・オクラホマ社は、

注目すべき救急医療システムを導入している。それは「モービル・データ・タ

ーミナル」と呼ばれる管制員が電話を受けると瞬時に、コンピュータ画面に名

前、電話番号、住所が映し出され、それは救急自動車にもコンピュータ端末を

通して同じ情報が表示され、かつ行き先までの地図も表示されるという医療ナ

ビゲーションシステムである。もう一つは「オートマチック・ビーグル・コミ

ュニケーション・システム」という、アメリカの持つ 21 の衛星のうち三つの衛

星を使って救急自動車の位置を確認するものであり、これによって管制センタ

ーのコンピュータ画面で常に救急自動車のロケーションを把握することができ

る。

さらにオクラホマ州タルサ市では、911 センターがコミュニケーション担当、

警察署、消防署、エムサの 4 者で協力して運営していることから、全米では通

常、電話の窓口が一つというだけで警察、消防、救急管理センターが同居して

いることはなく、組織も個別に機能していることで連携がうまくいっていない

ことが現状となっていることを考えれば、オクラホマ州タルサ市のシステムは、

警察、消防、救急が万全の協力体制を実現したものとして日本も見習うべきも

のではないのであろうか。日本は消防、警察の連携すら取れていないため事故

現場などで、患者の処置の前に警察が現場質問をしようとするなどの問題も

多々取り上げられることがあるようである。人間の記憶というものは時間の経

過と共に薄れていくものであるが、人命第一に考えもうすこし配慮して欲しい

ものである。

2.4.その他の地域の病院前医療体制 ([3][4][15][19]を参考)

その他の地域、例えばロサンゼルス、サンフランシスコ、オークランドにお

いても基本的な医療体制に関しては、ダラス市とオクラホマ州と同じように救

急自動車は有料となっており、救急対応はいずれも消防署が行い、医療を必要

とする救急には、それを請け負っているのが第三者機関によるものなのか、市

運営によるものなのかによって特色はあるものの、原則としてパラメディック

が乗る救急自動車が出場し、病院前医療に対する医療上の指示は基幹病院に設

置された medical communication の救急専門看護師が行う方法が、アメリカの

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パラメディック制度を中心とした病院前医療体制と考えられる。

3.フランスの病院前医療体制について

3.1. フランスの病院前医療体制『SAMU(サミュ)』

([7][8][9][17][18]を参考)

フランスのサミュ・システムは、ドクターカー運用を中心とした、「救急傷病

者に対し医師を含む医療チームが現場に出て診療を開始する」といった、病院

をそのまま救急医療の現場に持ち込むといった基本的発想に基づく『院外救急

医療専門』の組織であると考えられる。日本においてもプレホスピタルケアの

さらなる質の向上を目指すうえで、「医師による現場指揮の強化」が検討される

ことが考えられ、平成 3 年 4 月 12 日、第 120 回国会衆議院社会労働委員会議録

第 9 号で「欧州型医師現場派遣のシステムを理想に掲げた上での救急救命士制

度導入」が言われていることからも、医師現場派遣を日常的に具現化している

サミュ・システムの考えは、『パラメディック対ドクターカーシステム』といっ

た二項対立の図式という観点ではなく、相互に補い合うべきものとしての視点

から、日本の救急医療体制の質向上において有用な考えを提供し得るものと考

えられる。

フランスのサミュ・システムを基本とした救急医療体制の中心は、医師であ

る。消防職員は一切、医療行為に関与することは許されておらず、救急自動車

の機関員のみである。その意味において、フランスの救急医療は、医師の独占

物であり、医師のみ救急現場において医療行為を許されるものという考えは、

日本において、救急救命士の医療行為に対しての日本の麻酔科医の考えに近い

ものが感じ取られる。麻酔科医の考えは次の通りである。

「医師以外の人間に医療行為を認めるのはとんでもない。気管挿管など

は自分達の専売特許であり、譲り渡すわけには行かない。気管挿管が必

要であるならば、国が医者を雇うべきである。」 (ニュースより抜粋)

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しかし、日本とフランスの医師の違う点は、フランスの医師は、それだけ医

師としての責任と誇りを持って救急医療の発展のために寄与することは自分ら

の義務であり使命であると考え、それがサミュ・システムとして成功した原動

力となったのに対して、日本の医師たちは、医師としての権利と責任は高らか

に唱えるものの、救急医療に対する認識とその重要性に関しては非常にお粗末

な見解を示しており、さらに悪いことには救急医療の発展どころか阻害要因に

もなっているという事実である。

サミュはボランティア団体でも、民間企業グループでもなく、歴としたフラ

ンス厚生省主管の国家組織である。サミュというと常に医師が救急自動車に同

乗しているというイメージもあるものだが、実際は必ずしもそうではない。医

師の同乗は、重症患者と中症患者に限られており、軽症患者であると判断され

た場合には、同乗するのは看護師/インターン実習生/運転担当消防職員または

インターン実習生 2 人/運転担当消防職員のなかの計 3 名となる。重症者、中症

者に対しては、4 名から 5 名が同乗し、原則として必ず医師(麻酔医または救

急医)が同乗し、いかなる状況においても同乗するのは看護師、インターン実

習生、運転担当消防職員となっている。

3.2.サミュ・システムのシステム ([7][8][9][17][18]を参考)

サミュ・システムは二つのシステムが柱となっている。一つは、救急医療依

頼専用の電話回線に対応する各県に配置された 106 の『通信医療センター(C

RRA)』である。CCRAの役割は極端に言えば、救急医療依頼(いわゆる日

本の 119 番通報)の時点でのトリアージである。フランスでは救急医療依頼専

用の電話番号(15 番または 112 番<EURO共通>)を消防(18 番)、警察(17

番)と明確に別回線としている。これはアメリカでは、全て 911 番で対応して

いるのとは大きく異なっており、また日本と比較してみた場合も、消防と救急

を分けている点において異なっており、これはフランスにおいては、救急医療

の独立性を強く反映している。CRRAにおける依頼時でのトリアージは、医

師(調整医)と医師の監督下で医療電話対応訓練を受けたもの(通信医療補助

士)が「問診」のかたちで対応している。

この概念は、いわゆるメディカルレギュレーションの概念であり、メディカ

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ルレギュレーションとは、『緊急通報に対応し、交信内容から緊急度・重症度を

医学的に解析し、さらに適切な治療手段と搬送手段および搬送先医療機関の選

定、実施にあたること』という幅広い意味を有している。つまり、メディカル

レギュレーションを有するサミュのCRRAは、救急自動車車両の派遣決定・

指定の過程において、すでに医学的解析と医学的裏付けをしているということ

であり、日本の救急オペレーターとは大きく異なっている。

また、サミュ・システムにおいては、このCRRAが全てのカギを握ってい

るものであり、CRRAがシステム全体を統率しているという意味において、

システム内において最も重要な組織であると考えられる。サミュは、このメデ

ィカルレギュレーションの概念を導入することで、医師のみの診察や他の機構

へ転送したりすることで、救急対応に幅をもたせることで、医師派遣によるコ

ストを抑制する効果も狙ったものになっている。

CCRAと対を成すもう一つの柱は、救急医療派遣基地としてのSMURで

ある。SMURは、サミュのドクターカー、ヘリコプター等の基地であり、政

府が指定した主要都市、人口密度や地理条件によって、県内に数ヶ所設けられ

ている。現在 350 前後のSMURがフランス全土に設置されている。つまり、

サミュ・システムにおいて、CRRAが指令組織であるとしたら、SMURは

実行部隊であるといえるであろう。SMURでは、一般救急自動車、4 輪駆動

式の緊急出動車、広範囲をカバーできる電話、無線通信システムが装備された

医療機関、消防、警察、各行政機関への通信も可能とする指令専用車の車両郡

に加え、ヘリコプター1 機が配備されており、CRRAの判断によってそれら

を組み合わして出動している。

サミュ・システムにおける二つの柱についてみたが、サミュはこれに加えて、

救急医療に関する教育機関である救急看護教育センター(CESU)を兼ね備

えているのは、サミュ・システムにおける筆頭すべき点である。CESUでは、

救急医療関係者のみならず、一般市民を対象とした教育活動も行っている。

3.3.サミュ以外の病院前医療 ([7][8][9][17][18]を参考)

これまでの考察からでは、フランスではサミュ以外に病院前医療は無いと思

われるものとなっているが、実はフランスにも消防救急が存在している。消防

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の救急自動車が医師を同乗させて救急活動を独自に行っている。サミュは基本

的には重症患者に対応したものである。一方、消防救急については、通報が入

れば大抵の場合、救急自動車にドクター、(この場合の医師は『軍医』)を同乗

させて現場に駆けつけている。通信司令室には、3 人の軍医が 24 時間待機して

いて、必要であればでかけていっているのである。パリ市消防本部の救急担当

チーフであるマレスク氏は次のように述べている。

「サミュがフランスの救急の中心だなんていうのは間違っている。私た

ちは、パリが大災害に見舞われたことを想定して『赤い計画』を作成し

ており、その中でもサミュの果たす役割は全体の中のごく一部にしか過

ぎません。全体を計画・運営しているのは消防で、救急においてもやは

りそうなのですよ。」 (参考文献[8]より抜粋)

4.日本とアメリカの比較

4.1.根本的な比較 ([1][3][4]を参考)

日本の救急医療事情と比較してみた場合、アメリカの救急医療体制では、次

のことが確立されている。

① 医療分業体制が確立している

② 救急自動車利用は有料である

③ 病院前医療サービスにおいて、地域によってその特色を明確に見て取れ

④ 地域格差は見られるものの、原則として警察、消防、救急との協力体制

が確立されている

⑤ パラメディック制度が病院前医療サービスの中核としてシステムとして

も、また市民に対してもしっかりと認知され定着している

(参考文献[4]より抜粋)

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日本の病院前医療体制を考えてみると、②の救急自動車の有料化に関しては

議論が分かれるものではあるが、他の要素を考えた場合、どれも未だ発展途上

にあるものばかりではないだろうか。取り分け、日本の救急救命士制度を確立

するには、医療分業体制の確立は実現しなければならないのではないかと考え

られる。

4.2.教育体制から見た比較 ([3][5][6][10][12][19]を参考)

カリフォルニア州サン・ベルナルディーノ郡での地区のパラメディック養成

学校は大学に併設されており、救急隊員経験 1 年以上の生徒が入学、教育を受

けるが、その体制は 1 年に 2 期、1 期平均 25 人となっている。これは、救急救

命東京研修所で約 300 人、九州研修所で約 200 人という日本の消防職員の教育

体制と比べると、かなり少人数であり、質の高い行き届いた教育を受けている

という印象を受ける。実際にその授業を見学した人の話では、次のように述べ

ている。

「日本に比べ、生徒が伸び伸びと受講しており、決して詰め込み型の教

育ではなく、要点を反復し、理解しているようであった。」

(参考文献[6]より抜粋)

とあるようにこの時点においてすでに日本との差は歴然であるように考えられ

る。

次に、この養成学校と、日本の救急救命士養成所(消防の場合)のカリキュ

ラムを比較していく。(表 1.に比較を示す。)アメリカのカリキュラムの特筆

すべき点は、病院実習や救急現場における実習時間が、全体の 3 分の 2 を占め

ていることである。日本では、835 時間のうち 300 時間が臨床実習となってい

るが、国家試験対策のためか、その時間がテストなどにあてられ、十分な実習

が行われていないようである。病院実習は 200 時間となっており、1 日 8 時間

として計算すると 25 日間、つまり約 1 ヶ月間に渡って、指導病院の臨床の場で

医師や看護師等から研修を受けている。また、救急現場において、現役のパラ

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メディックからマンツーマンで 600 時間の実践指導を受けている。このマンツ

ーマンシステムは、もっとも重要かつ必要な教育であるが、残念なことに、現

在の日本の教育課程には存在しない。

表1. パラメディックと救急救命士の 教育力リキュラムの比較

パラメディック養成所カリキュラム 救急救命士養成課程(消防)

座 学 400 時間 座 学 535 時間

病院実習 200 時間

現場実習 600 時間 臨床実習 300 時間

総計 1200 時間 総計 835 時間

(参考文献[3]より作成)

更に卒業の条件は、日本の養成所とは比較にならないほどきびしい。実習時

間が全体の 3 分の 2 を占めているだけに、ただ単に筆記試験の成績のみでは卒

業とはならず、さらに、再受験は 2 回までとなっている。その機会を逸した場

合は、パラメディックとしての適性に欠ける者とみなされ、二度と受験するこ

とができなくなるのである。この時点においても日本の救急救命士の自覚やプ

ライドの持ち方の違いが生まれるのではないだろうか。

4.3.資格取得後から見た比較 ([3][5][6][10][12][19]を参考)

次に、資格取得後の卒業後教育であるが、アメリカの場合勤務に就いてから

も、なお現場において、 マンツーマンという形で教育を受ける。このシステム

の中では、スーパーバイザーが現場教育に当たる。スーパーバイザーは現役の

パラメディックで、知識や技術のみならず、人格、経験などすべての面におい

て十分な資質を有している。一般のパラメディックは、常にスーパーバイザー

の細かな指導を受け、ようやく一人前のパラメディックとして活動できるので

ある。

医療の分野では、医師には医師が、看護師には看護師が、臨床検査技師には

臨床検査技師がそれぞれ教育に当たっている。では、救急救命士はどうであろ

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うか。病院実習において、医学的分野は医師に、看護学的分野は看護師にその

教育をゆだねるのは、必要なことである。しかしながら、救急救命土の活動の

主体となるのは病院前、つまりプレホスピタルである。医学的、看護学的な要

素をいかに救急現場で実践するかが、救急救命士にとってもっとも重要なこと

である。

したがって、先任の救急救命士が実践で養ってきたものを、現場活動におい

て教育することが重要であり、マンツーマンで行うシステムを構築しなければ

ならないのではないだろうか。少なくとも、警防活動や救助活動では、すでに

このようなシステムは確立されている。救急活動においてもこれにならい、救

急救命士の数を増やすだけではなく、その質を高める体制を、組織で構築する

べきではないのだろうか。

さらに、パラメディックの資格は、救急救命士のように『取得してしまえば

終わり』の終身資格とは異なり、2 年ごとの資格更新が義務づけられている。

資格更新の条件の中には、気管内挿管や静脈路確保などについて一定の実施回

数が定められており、その回数に満たない者は、個人の時間を利用して病院実

習を行い、回数を補っている。さらに、年間 20~30 時間の座学講習を受け、

かつ更新試験に合格(80 点以上が合格ライン)しなければ、資格を失うことに

なる。

パラメディックの自覚とプライドは、このような内容の濃い教育システムか

ら生まれてくるものだと感じられる。そして、この自覚とプライドが、パラメ

ディックという職業の社会的地位の高さを築いてきたのではなかろうか。救急

救命士が社会的地位の確立どころか、いまだ消防という組織内においてもその

資格が認知されない背景には、このような教育システムがなく、パラメディッ

クに比べて、救急救命士としての自覚とプライドが低いことが少なからずある

ような気がしてならない。

5.日本の救急医療体制

5.1.日本の救急救命士の救急救命処置の具体例

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次に日本の救急救命士の行うことのできる救急救命処置の具体例は以下の

通りである。

① 医師の具体的な指示の下に行うことができる特定行為

・乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液

・食道閉鎖式エアウエイ、ラリンゲルマスク又は気管内チューブによ

る気道確保及び気管内チューブを通じた気管吸引

② 医師の包括的な指示の下で行うことができる行為

・半自動式除細動器による除細動

・精神科領域の処置

・小児科領域の処置

・産婦人科領域の処置

・聴診器の使用による心音・呼吸音の聴取

・血圧計の使用による血圧の測定

・心電計の使用による心拍動の観察及び心電図伝送

・鉗子・吸引器による咽頭・声門上部の異物の除去

・経鼻エアウエイによる気道確保

・パルスオキシメーターによる血中酸素飽和度の測定

・ショックパンツの使用による血圧の保持及び下肢の固定

・自動式心マッサージ器の使用による胸骨圧迫心マッサージ

・特定在宅療法継続中の傷病者の処置の維持

・口腔内の吸引

・経口エアウエイによる気道確保

・バッグマスクによる人工呼吸

・酸素吸入器による酸素投与

③ 心マッサージ、人工呼吸等一般人でも可能な応急処置

(参考文献[16]より抜粋)

5.2.日本の救急医療システム ([12][15][21]を参考)

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昭和 39 年に発足した救急告示制度と、昭和 52 年に発足した補完制度を二つ

の柱として、その後昭和 61 年の消防法の一部改善において「生命に危険を及ぼ

し、又は著しく悪化する恐れがあると認められる症状を示す疾病による傷病者

で、当該傷病者を医療機関その他の場所に迅速に搬送するための適当な手段が

ないものについては、救急業務の対象にする」ことが法律上明確にされたこと

によって、今日の救急業務としての救急搬送サービスのかたちが整うこととな

った。しかしここで注目したいのが、あくまでも病院前医療ではなく救急搬送

サービスの整備に特化したものであったということである。さらに平成 9 年 12

月の救急医療体制基本問題検討会報告を受けるかたちで、救急システムが一応

の確立をみるものとなった。

5 .3 . 日本の救急医療システムの三つの階層 ([2][5][10][11][15]を参考)

日本の救急医療システムは、大きく三つの階層に分けることが出来る。(表 2)

それは、①初期救急医療体制、②二次救急医療体制、③三次救急医療体制であ

る。

表 .2 救急医療体制別の構成医療機関と業務

救 急 医 療 体 制 構 成 医 療 機 関 業 務

初 期 救 急 医 療 体 制 休 日 夜 間 救 急 センター

在 宅 当 番 医

救 急 患 者 のトリアージ

軽 症 患 者 に対 する処 置 ・投 薬

二 次 救 急 医 療 体 制 救 急 告 示 病 院

国 公 私 立 病 院 (単 価 、総 合 )

労 災 病 院

大 学 病 院

医 師 会 立 病 院

入 院 手 術

緊 急 手 術

三 次 救 急 医 療 体 制 高 度 救 急 救 命 センター

救 急 救 命 センター

大 学 院 救 急 部

生 命 の危 機 に直 面 した救 急 患 者 の診 察

(重 度 外 傷 、広 範 囲 熱 傷 、急 性 中 毒 、脳

血 管 障 害 、虚 血 性 心 疾 患 、呼 吸 不 全 、

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CCU 循 環 不 全 、代 謝 性 昏 睡 敗 血 症 、CPAO

A,指 肢 切 断 の再 接 着 など)

(参考文献[5]より抜粋)

①初期救急医療体制は、一般に Primary care と呼ばれている医療を行う体制

であり、救急医療システムの窓口的存在である。初期救急医療体制においては、

発熱、頭痛、下痢といった、様々な比較的軽症患者に対する簡単な処置を施す

ものとなっている。

②二次救急医療体制では、入院治療や緊急手術を必要とする患者に対して、

適切な医療を確保する制度であり、救急告示病院、国交私立病院(単科、総合)、

労災病院、大学病院、医師会立病院などがこれを担当するものである。

二次救急医療体制は、日本の救急医療システムにおいて核となるものであり、

多くの地域においては、一定地域内の病院群が共同して、この医療体制を確保

するための輪番制を採用している。一方、東京都などの医療資源が豊富にある

大都市圏では、休日・全夜間診療事業として二次救急医療機関の固定性・通年

制を実現化している。ここでは、初期医療体制と異なり、より専門的なレベル

の診断・治療を行うものとしている。

ここにおいて、重要な問題となるのが、輪番制、固定性・通年制といった、

医療資源の格差が地域医療格差として映し出される状況になっていることであ

る。このため、輪番制を敷いている地域では、当番病院に患者が集中し、救急

隊による傷病者搬送サービス距離が長くなるほど、日本の救急搬送サービスに

時間がかかってしまい弱点が明らかになってしまう。この問題に関しては根本

的に医療資源が不足しているという解決しがたい問題が根本にあることから、

難しい点もあるが地域関係者の協議を経て、できるだけ早く固定性・通年制に

移行すべきではないだろうか。また、行政的な壁といった障害が大きなものと

なってくるが、施設・設備の面でもスタッフの面でも大きな資源を有する国公

立あるいは公的病院が、より積極的に救急医療に取り組むべきではないのだろ

うか。

③三次救急医療体制とは、日本の救急医療体制の最後の砦ともいうべきもの

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であり、脳血管障害、虚血性心疾患、重度外傷等の生命の危機に直面した救急

患者の診察を確保する体制である。これを担うものが、救命救急センターや大

学病院救急部となる。ここでは、最もハイレベルな診断と治療を 24 時間体制で

対応しなければならない。ここで働く医師は、初期救急医療施設の一般性と、

二次救急医療施設の専門的なレベルとを併せ持った救急医療であり、全国の三

次救急医療体制を支えている最大の力は日本救急医療学会指導医ならびに専門

医が実践の最前線に立つものとなっている。

5.4.二元性の問題点 ([2][5][10][11][15]を参考)

5.2.で述べた救急医療体制は、医療供給サイドの医療機関のシステム化を

指しているものであり、この医療機関システムに対応するかたちで救急隊(消

防組織)側の搬送サービス供給システムが存在するのである。

この意味において、日本の救急医療体制は、救急搬送サービスシステムと救

急患者の受け入れ先としての医療システム(上記の三つのシステム)といった

二元性を内在させている。それゆえ、日本の救急医療システムの全体的な改革

は、救急搬送サービスシステムの効率化・迅速化と医療システムの充実化とい

った二つの側面から個別に行わざるを得なかったのである。

このような二元性は、消防改革が自治省管轄で、医療改革は厚生労働省管轄

主導でと、見事なまでのタテ割行政システムに合致したものとなっていたので

ある。そして、このような事情をもつがゆえに、日本の病院前医療体制の進歩

においては、救急搬送サービスに医療を導入することを妨げていたものと考え

られる。

この二元性こそ、日本の病院前医療体制を他の病院前医療先進国と決定的に

異なったものとすることに至った元凶であるのではないだろうか。救急医療は

傷病者の発生した時点から開始されるべきであるにも関わらず、医療関係者は

長くこの救急医療体制の二元化に目を向けてはこなかったのである。しかし、

救急医療の本質としては、現場から始まるものであり、アメリカでもフランス

でも、まさしく現場から医療活動を行っておりそれを見習うべきなのではない

のだろうか。

このような病院前救護体制(プレホスピタルケア)の欠陥である二元性を考

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え直すために、平成 3 年に救急救命士法が制定され、救急救命士が救急現場か

ら医師の指示の下に救急救命処置といった医療行為の一部を行うことが可能と

なった。救急救命士制度の意義が、消防機関内の部内資格としてではなく、医

師の指示の下で「救急救命措置」を行うことが出来る国家資格を有する『新た

な医療関係職種』として位置付けられるものとなった。それゆえ、救急救命士

の存在が消防組織内においても、救急隊員が医療に携わっているという意識改

革をもたらし、救急隊員自身自覚を持つものになったのではないだろうか。

5.5.1.現実問題 ([2][5][10][11][15]を参考)

病院前救護体制の欠陥である二元性を考え直すために、平成 3 年に救急救命

士法が制定されたわけだが、現実問題として救急救命士の導入はこのような二

元性の問題を解決するには及んでいないものとなった。理由として二つの要因

が考えられる。

一つは、新たな医療関係職種としての救急救命士に対する日本医師会を中心

とした医師たちの猜疑心と否定的な協力関係にある。このような立場に立つ医

師たちの主張としては、患者の安全に対して疑義が残るとしているが、これは

医師としての専売特許の確保にその真の理由があるのでは、ないだろうか。

二つめは、医師側の協力体制に関わるものではあるが、メディカルコントロ

ール(MC)体制における医師の指示体制の確立不備とMC体制そのものの未

熟性にある。本来、MC体制は、救急医療システムを総合的に統括・統制する

ものとして有効かつ重要であるのに加えて、救急救命士の現場での医療行為を

担保するものと同時に、事後検証を通して救急救命士の知識・技術向上と医師

サイドとの望ましい協力体制構築といった点において非常に重要な意味を持つ

ものであった。

5.5.2.現実問題が起こった理由 ([2][5][10][11][15]を参考)

では、なぜ救急救命士を確立して導入はしたものの、それをバックアップす

べき体制構築が図られなかったのであろうか。その理由の一つとして、日本の

救急医療改革が依然、救急搬送サービスの効率化といった観点からしか考えて

いないことによるからだと考えられる。ある救急医療有識者は次のように救急

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救命士に関して述べている。

「救急業務に対する住民の期待は年々大きいものとなったことから、救

命率の向上を図るため、救急搬送サービスシステムの抜本的改革につい

て検討が行われ、翌 1991 年に、器具を用いた気道確保や除細動、静脈

路確保などを行う『救急救命士』が誕生した。」

(参考文献[5]より抜粋)

つまり、救急救命士の導入は救急搬送サービスシステム改革の延長線上にあ

ると捉えられていた。本来ならば、救急救命士の導入は、救急搬送サービスと

は別次元の、つまり純粋に医療従事者の新しいかたちを医療界に導入するとい

う決意から行われるべきであったのではないだろうか。仮に決意がそのような

ものであったとしても、結果としてそうはなっていないことが大きな問題なの

である。さらに言えば、救急救命士による現場での救急救命措置が全体的な救

命率の向上にとって有効であることはアメリカのパラメディックの現状を参考

にすれば明らかなものではないだろうか。

二つ目の理由としては、救急救命士導入は、日本の救急医療の二元性を病院

前医療の現場から突き崩すべき改革であったはずである。それにも関わらず、

この試みは過去において、行政間の壁と取り分け厚生労働省と日本医師会との

専売特許を巡った癒着構造によって骨抜きな制度とされてしまったことではな

いだろうか。厚生労働省の行政施行は、日本医師会の理解と協力無しでは為し

得ないものとなっていることが救急医療における官民癒着の根本的理由となっ

ている。しかし、平成 15 年第 6 回日本臨床救急医学会のシンポジウム席上にお

いて、パネラーの一人である日本医師会常任委員(当時)が、次のようにも述

べている。

「現行の救急救命士法では救急救命士の業務する場所が救急自動車等

と制限があるが、日本医師会として、次なる救急救命士法改正の際には、

この条項の改正を要求し、場所制限の温和を国に対して強く働きかけて

いく。」 (参考文献[5]より抜粋)

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このような発言もあり、今後日本医師会のバックアップの下に救急救命士の

職域拡大が実現される日もそう遠い未来ではないのではないだろうか。社会環

境の変化とともに、日本医師会の病院前医療に対する取り組み姿勢は非常に積

極的になってきていると考えられる。

5.6.改善点 ([2][5][10][11][15]を参考)

日本の病院前医療体制の問題である二元性は、今日に至ってもなお根強く残

っている。救急医療を真の意味で医療あるものとするためには、この二元性を

打破し、一元化することが絶対条件となってくることは明らかなことではない

だろうか。アメリカにおいても、またフランスにおいても救急医療体制におけ

る命令系統一元化というものが確立していることから、日本において見られる

二元性というものは存在しないと考えられる。アメリカやフランスが少なくと

も救急医療先進国としてその地位を保持していることは、救急医療体制に二元

化が存在していないと言っても過言ではないように思える。

さらに救急医療の向上を図ると言う観点から見ると、アメリカでは断続的か

つ確固たるパラメディックコントロールの下で高度処置可能なパラメディック

を医療機器に搬送サービスされる「前」段階であるプレホスピタルケアの時点

に医療を強調している。

フランスの例では、外見上アメリカと同じように見えるが、フランスの発想

は、病院自体を病院の外に「持ち出す・移動させる」といった発想はアメリカ

のそれとは根本的に異なったものとなっている。日本の救急医療事情に関して

は、以前発展途上のままであると言えば聞こえは良いが、正直なところどっち

つかずの状態を示しているといってもおかしくないのではないだろうか。

6.むすび

以上、本論では日本の病院前医療と他の先進国の比較を考察してきたが、今

の日本の救急救命士のシステムによって救命率の向上が図れないとするならば、

救急救命士制度そのもののシステムを維持する必要性は全く無い。また、救急

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救命士制度を導入するのであるからドクターカーシステムは必要ない、あるい

は整備する必要がないということはないだろう。仮に救急救命士制度単体より

も、救急救命士制度とドクターカーシステムとの共存のほうが、救命率が上が

るものなのであれば、一つのシステムに執着する必要はない。システム、かた

ち、体裁は重要ではなく、いかに救命率の向上を確立するかが重要である。

日本の救急医療は、行政間の壁、医師会の猜疑心とプライドといったくだら

ないもののせいで、救命率の向上という課題が問題視すらされていないように

思えてならない。救命率を向上させることによって、初めて国民に対して、日

本の救急医療のあるべき姿を証明でき信頼を勝ち得ることができるものである

と救急医療関係者全ての人たちは認識すべきではないだろうか。システムのみ

に問題視した議論は、救急医療はますます国民の救命率向上といった点から離

れたところで論じられるものとなってしまう。

市民の側に立つ正直な意見としては、救急救命士制度であろうがドクターカ

ーシステムであろうが、市民の命を確実に守ってくれるものであればどちらで

も良いものだ。一旦システムを導入したからといって、実効性をもたないシス

テムを絶対に保持しなければならない理由はどこにも無い。実効性の無い、ま

たは上がらないシステムをシステムとして社会の中に残しておくほど危険で無

駄なことはないのである。

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参考文献

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ンター出版局 1990 年 8 月

[2] 常松克安 『助かるはずの生命には明日が待てない ~救急医療の最前

線からの報告~』龍門出版 1995 年 5 月

[3] 鈴木哲司 『民間救急救命士の使命と実態 ~命の現場 24 時!!~』知

玄舎 2004 年 4 月

[4] 沢田祐介 『来た・見た・乗った ~米国パラメディック視察研修~』

荘道社 1997 年 11 月

[5] 鈴木哲司 『病院前医療を読み解く』知玄舎 2005 年 1 月

[6] 安田稔 『アメリカでの最先端の救急医療サービス』救急医療ジャーナ

ル No.6 Vol2 日本救急医療財団準機関誌 1994 年

[7] 森村尚登 『救急医療チームの現場派遣 ~フランス院外救急医療支援

組織(SAMU)~』社団法人日本交通福祉協会 2002 年 10 月

[8] 毛利昭朗 『フランスSAMUの救急医療体制と現状』救急医療ジャー

ナル No.6 Vol2 日本救急医療財団準機関誌 1994 年

[9] 丸川征四郎 『SAMUの運営と諸問題』蘇生 1992 年 4 月

[10] 曽根秀輝 『救急最前線が危ない! ~気管内挿管問題から見える救急

医療~』文芸社 2003 年 3 月

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[11] 杉本侃『救急医療と市民生活 ~阪神大震災とサリン事件に学ぶ~』へ

るす出版 1996 年 8 月

[12] http://www.fdma.go.jp/ 「総務省消防庁」

[13] http://www.medicalview.co.jp/company/index.shtml

「株式会社メジカルビュー社」

[14] http://www.koutsufukushi.or.jp/ 「社団法人日本交通福祉協会」

[15] http://paramedic119.com/

「パラメディック 119 ~すべては救命のために~」

[16] http://taji.cside6.com/sikaku/

「救急隊員の資格と実施できる応急処置」

[17] http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/05/txt/s0522-1.txt 「救急救命

士の業務のあり方等に関する検討会」第1回ワーキングチーム議事録

[18] http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/06/txt/s0627-1.txt

「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会」第3回ワーキングチー

ム議事録

[19] http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/9801pitt.html#00

「米国のプレホスピタルケア資料」

[20] http://www.emsaonline.com/ 「EMSA」

[21] http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s1211-3.html

「救急医療体制基本問題検討会報告書」

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付録

アメリカの救急隊員の資格

EMT-B(Basic)

一般的な救急処置ができる救急隊員のことであり、普段消防車に乗っている

隊員は全員この資格を持っている。日本の救急Ⅰ課程もしくは救急標準課程に

相当する。

EMT-D(Defibrillation)

EMT-Dは電気的除細動を意味しており、EMT-B取得者に対し電気的

除細動の適応や処置を教育し、心配停止患者の救命率向上を狙ったもの。

EMT-I(Intermediate)

EMT-Dが行える処置に加え、気道確保のための気管挿管や静脈路確保、

電気的除細動などを行うことができ、日本の救急救命士に相当するもの。

EMT-P(Paramedic)

EMT-Iが行える処置に加え、医学的判断に基づき薬剤投与が可能となる。

(参考文献[3]より抜粋)