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「中村圭吾(2019)グリーンレーザを用いた航空レーザ測深(ALB)による河川調査の現状 と可能性, 水環境学会誌 Vol.42(A), No.5, pp.174-178, 2019」のオリジナル原稿 グリーンレーザを用いた航空レーザ測深(ALB)による河川調査の現状と可能性 Airborne Lidar Bathymetry (ALB) for River Survey: Current Status and Future Potential (国研)土木研究所 河川生態チーム 上席研究員 (兼 自然共生研究センター長)中村圭吾 1. はじめに 航空機からレーザにより地上をスキャンし,地形を測量する手法は,航空レーザ測量と呼 ばれ,国内では一般的にはレーザプロファイラ(以下:LP)と称されることが多い。LP うちグリーンレーザ光により水中も測ることができるものが航空レーザ測深(以下: ALB)ある。 LP に関しては,国土交通省は 2005 年頃から主に河川分野で活用してきた 1) 。しかしな がら,近赤外線波長帯のレーザ光(例えば,1064 nm)は,水部で吸収されやすいためレーザ 反射が取得し難く,水域を測れないという欠点があり,河川での活用は限られたものとなっ ていた。一方,グリーンレーザ光は,水部での吸収が少ないため,レーザ反射が取得できる 可能性が高い。このためグリーンレーザ光(例えば,515 nm)を併用する ALB が登場し, 商業的に使えるレベルになったことで,河川分野における活用の場が拡がっている。 ALB は,もともと海洋沿岸の浅海域を測定する機器として 1960 年代から研究され, 1980 年代にはアメリカ等で実用化されている 2) 。日本においても海上保安庁において,すでに 2003 年から海域で活用されている 2) 。ちなみに米国においても ALB が河川調査に利用され はじめたのは 2005 年頃からである 3) 。近年になって, ALB が国内の河川分野において注目 される理由は以下の3つが考えられる。ひとつは,河川分野における研究の進展である。国 土交通省では河川砂防技術研究開発公募により 2011 年から「河川縦横断測量を高度化,効 率化するための航空レーザ計測適用に関する研究」を支援し,このなかで ALB の河川への 適用性が検討された 4)5) 。つぎに,ALB を含む LP の河川測量手法としての精度検証が進ん だことである 6) 。国土技術政策総合研究所を中心に,航測会社各社の協力も得ながら LP 河川測量として十分活用できることを精度面から明らかにし,活用できる準備を進めた。最 後は,ALB の価格で,商業的に設備投資が可能なレベルまで下がってきていることが大き い。国内の主だった航空測量会社はすでに所有しており,業務として受注できる体制となっ ている。これらの条件に加え, i-Construction などの ICT 技術を活用した建設産業における 生産性向上の取り組みや河川 CIM の進展により,三次元データの必要性が増えてきている ことも ALB を後押しする要因と考えられる。 ここでは,実務での利用が急速に進みつつある ALB の概要から,九頭竜川における ALB による河川測量例,国内外での活用状況,水環境調査への応用,最後に課題と今後の展望に ついて述べる。

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  • 「中村圭吾(2019)グリーンレーザを用いた航空レーザ測深(ALB)による河川調査の現状と可能性, 水環境学会誌 Vol.42(A), No.5, pp.174-178, 2019」のオリジナル原稿

    グリーンレーザを用いた航空レーザ測深(ALB)による河川調査の現状と可能性

    Airborne Lidar Bathymetry (ALB) for River Survey: Current Status and Future Potential

    (国研)土木研究所 河川生態チーム 上席研究員 (兼 自然共生研究センター長)中村圭吾

    1. はじめに 航空機からレーザにより地上をスキャンし,地形を測量する手法は,航空レーザ測量と呼ばれ,国内では一般的にはレーザプロファイラ(以下:LP)と称されることが多い。LP のうちグリーンレーザ光により水中も測ることができるものが航空レーザ測深(以下:ALB)である。

    LP に関しては,国土交通省は 2005 年頃から主に河川分野で活用してきた 1)。しかしながら,近赤外線波長帯のレーザ光(例えば,1064 nm)は,水部で吸収されやすいためレーザ反射が取得し難く,水域を測れないという欠点があり,河川での活用は限られたものとなっていた。一方,グリーンレーザ光は,水部での吸収が少ないため,レーザ反射が取得できる可能性が高い。このためグリーンレーザ光(例えば,515 nm)を併用する ALB が登場し,商業的に使えるレベルになったことで,河川分野における活用の場が拡がっている。

    ALB は,もともと海洋沿岸の浅海域を測定する機器として 1960 年代から研究され,1980年代にはアメリカ等で実用化されている 2)。日本においても海上保安庁において,すでに2003 年から海域で活用されている 2)。ちなみに米国においても ALB が河川調査に利用されはじめたのは 2005 年頃からである 3)。近年になって,ALB が国内の河川分野において注目される理由は以下の3つが考えられる。ひとつは,河川分野における研究の進展である。国土交通省では河川砂防技術研究開発公募により 2011 年から「河川縦横断測量を高度化,効率化するための航空レーザ計測適用に関する研究」を支援し,このなかで ALB の河川への適用性が検討された 4)5)。つぎに,ALB を含む LP の河川測量手法としての精度検証が進んだことである 6)。国土技術政策総合研究所を中心に,航測会社各社の協力も得ながら LP が河川測量として十分活用できることを精度面から明らかにし,活用できる準備を進めた。最後は,ALB の価格で,商業的に設備投資が可能なレベルまで下がってきていることが大きい。国内の主だった航空測量会社はすでに所有しており,業務として受注できる体制となっている。これらの条件に加え,i-Construction などの ICT 技術を活用した建設産業における生産性向上の取り組みや河川 CIM の進展により,三次元データの必要性が増えてきていることも ALB を後押しする要因と考えられる。

    ここでは,実務での利用が急速に進みつつある ALB の概要から,九頭竜川における ALBによる河川測量例,国内外での活用状況,水環境調査への応用,最後に課題と今後の展望について述べる。

  • 「中村圭吾(2019)グリーンレーザを用いた航空レーザ測深(ALB)による河川調査の現状と可能性, 水環境学会誌 Vol.42(A), No.5, pp.174-178, 2019」のオリジナル原稿

    2. ALB の測定の仕組み ALB の測定原理は航空機から,2つのレーザを照射し,陸上用の近赤外レーザで陸上部

    や水面高を,水域用のエネルギーの強い緑色レーザで河床高を把握し,そのデータの差分で水深を把握するものである(図1)。測定できる水深は,ALB の機種により異なり,機器の出力や河川の透明度などの水質,河床の状態の影響を受ける。通常はセッキ板を用いた透明度の何倍まで測れるかということで性能を表現し,1~4程度である 7)が,日本に多く導入されている Chiroptera II (Leica Geosystems 社製)という ALB については透明度の 1.5 倍,仕様では精度は±0.15 m,水深 15 m 程度まで測定できるとしている。実際の河川への適用可能範囲については,濁度,波浪,早瀬などの水表面の泡立ち,河床の状態(例えば河口部の軟泥は反射強度が弱い),緑を吸光するフミン質の影響(北方の泥炭地域の茶色の水は注意が必要)などを受ける。そのほか,地形条件による飛行の制約から,ALB を搭載する航空機の種類(固定翼か回転翼)を選択することもある。

    図1 ALB の計測の概念図

    3. 九頭竜川における測量事例 8)9) 河川における ALB による試行的な計測はその数年前からあったものの,公式な河川測量として実施したのは 2016 年の福井県の九頭竜川が最初である。詳細は既論文 9)に譲るが,その概要について以下に述べる。

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    九頭竜川においては,植物の枯死し,かつ降雪前の時期を狙って,2016 年 12 月 4 日に鳴鹿大堰の下流約 11 km(距離標 18.0 k~29.0 k)の区間を測定した。航空機は回転翼を用い,ALB は ChiropteraⅡで比較的軽量(80 kg)の機器を用いた。ALB 機器は,大きく Shallow(浅瀬用)と Deep(深測用)の 2 つのタイプがあり,Shallow センサは,Deep センサよりも単位時間あたりのレーザ照射数(パルスレート)を高くできる傾向にある。河川測量における ALB 計測を鑑みた場合,小出力(小型)で高いパルスレートの機器を用いることで,水域の計測密度が 1 点 m-2,陸域で 10 点 m-2 と,これまでの LP と比べてそん色のない密度で実施した(機器仕様の詳細は参考文献 9)を参照のこと)。測定にあわせて,濁度,SS,透視度などの水質の測定をしているが,透視度で 100 cm 以上を確保しており,濁度でも最大で 0.8 以下,ろ紙による SS の検出でも 2 mg L-1 以下と,良好な水質状況であることを確認している。

    ALB の活用により,測定時間の大幅な短縮が可能となった。従来の測量で 14 日程度要していた測定は,約2時間の飛行で完了した(ただし,データ解析も含めると従来より時間を要するという報告もある 10))。これまで深浅測量で必要であったボート上の作業もなくなり,業務の安全性も大幅に向上した。さらに河川内での作業がほぼないため,発注者・受注者の関係者らとの調整も大幅に軽減され,自由な工程設定に貢献した。

    九頭竜川の水深は 4 m ほどであるが,水質がよいこともあり問題なく測定できている。欠測については橋梁下や工事実施箇所,白波が広がっている箇所の一部で認められたものの,ほぼみられなかった。なお欠測箇所においては TIN 法により内挿補完しており,地上作業での補測は実施していない。

    ALB の測定結果例を図2に示す。ここは,国道 8 号の福井大橋から架橋中の北陸新幹線九頭竜川橋付近までの縦断方向 1600 m程度の範囲である。図は,上から航空写真,地表面の高さを示した DSM の赤色立体地図,地表面から植物や橋梁などを除いた DEM から作成した比高図である(水面高さを0として作成)。この比高図から,淵の形状,橋梁周辺の地形,ワンドの形状や水深分布など,これまで目にすることができなかったものが,わかりやすく,かつ定量的に表現されている。また赤色立体図から樹林の分布などもよく把握できる。

    精度検証用に特徴の異なる 5 断面において地上測量も実施している。各断面において標高較差を調べた結果,水部においては平均値と標準偏差において±0.10 m 以下で基準(±0.15 m)を下回った。陸部においては一部で,基準を上回ったが,堤脚水路の側溝や護岸ブロックなど人工的に急激に変化する箇所であった。これら点は横断図作成段階で過去のデータを用いて修正するとよい。

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    図2 九頭竜川の測定例

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    4. 急速に拡大する国内河川での活用状況 2011 年の研究開発公募での技術開発以降,ALB の試行的な取り組みが各地で進んでいる

    4)7)。とくに,2016 年の九頭竜川(福井県)における公式な河川定期測量での活用以降,全国で ALB の利用が拡がり,直轄河川を中心に 20 河川程度ですでに ALB が測量に用いられている。以下では,論文や報告等で公表されている事例から活用状況や課題を述べる。 4.1 計測事例

    岡部ら 5)は上述の開発公募研究の一環として,2011 年にカナダのセントローレンス川で計測した。当時国内に実証試験に使える ALB がなかったためである。最大 14m 程度の水深の計測に成功し,深浅測量との較差の平均も 0.19m と良好な結果を得ている。

    小澤ら 4)は,2013 年に LADS Mk-III(Fugro LADS 社製)と VQ-820-G(RIEGL 社製)の2つの ALB を使って,吉野川,千代川,揖保川の 3 河川の計測を行い,吉野川の 6 m 以深以外の箇所は良好に計測できていることを示した。さらに,観測最大水深の目安となる拡散消散係数 K 値を懸濁物質や有色溶存物質の吸光係数から求める式についても提案している。

    實村ら 11)は神通川(富山県)河口域の河川と海岸において,Chiroptera II を使い,河川域では 6 m,海域では 13 m の水深が観測できていること,和歌山県白浜町の海岸においては測深性能最大 20 m 程度であることを示した。同機種は別の海域で 23 m,オプションのDeep センサーモジュールを付けることにより清澄な海域では 50 m 程度まで測深している例もある 12)。

    大淀川(宮崎県)13)においては,複雑な河道地形となる河口部において,水深が浅いため従来のマルチナロービーム(ソナー)では非効率として,Chiroptera II を用いて 2016 年 5月に測量している。3~4m以深の測定はできていないものの,面的に捉えにくかった河口の浅水域を正確に捉えており,魚類産卵場などの評価に活用できるものと考えられる。また,通常の LP と比較して比較的低高度(500 m)で飛行しているため特殊堤の天端など狭い領域の標高も測定できている。

    石狩川 10)(北海道)においては,河床変動モニタリングにおいて ALB を活用している。ALB は Chiroptera II を使用し,2017 年 7 月に距離標 KP157~166 の区間,3.31 ㎞ 2 を計測している。計測制度は RMS 誤差で 0.072 m と許容精度(0.15 m)を十分満たしている。同時に横断測量を実施しており,従来手法では計測に 2 日間,データ解析に 7 日程度要している。一方,ALB において計測は 0.5 日程度と短縮できたものの,データ解析に 45 日程度を要した。出水後などの調査においては濁りの問題に加えて,データ解析も含めたスピード感に課題を残したとしている。河床変動モニタリングについては,従来の横断測量結果から iRIC によって作成した 3 次元モデルと ALB から作成した 3 次元モデルをそれぞれ 1 年前(2016 年)の測量と比較した結果,ALB においても問題なく洗堀や堆積傾向が表現できていることを確認している。石狩川では露岩部の最深洗堀深を河川の管理基準値としているが,ALB を導入したことにより従来の測量では把握できなかった測線間の状況が面的に

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    把握できるようになり,河川管理水準の向上が期待できる。 吉野川(徳島県)においては,上述の 2013 年の試行 4)のほか,2016 年度に河口から 40

    km までの区間を Chiroptera II で測量している 14)。定期縦横断測量と ALB による計測を比較した場合,前者が約 6,000 万,後者が約 2,300 万と調査人員や測量期間が短いことにより約 4 割のコストで同じ範囲の測量が可能としており,大幅にコスト削減ができている。ALBは吉野川のように,地形的に直線的で大河川の方がコスト的に優位になると考えられる。ただし,ALB はレーザ測量の基準(±0.25 m)は満たしているものの,定期横断測量の基準±0.15 m14)を満たさない箇所もあり,河川工事の詳細設計等での活用には課題を残すと指摘している。

    三重河川国道事務所では,2016 年度から 2018 年にかけて管内4つの河川,鈴鹿川,雲出川,櫛田川,宮川の直轄河川管理区間全域(計 116.7 ㎞)を ALB により測量を終えている15)。計測に際しては,潮位が低いタイミングや(太陽光にはグリーンレーザの波長に近い成分が多く含まれているため)ノイズの原因となる太陽光の少ない時期に実施するなどの工夫をしている。4 河川においては,欠測による補測がなく,精度も「公共測量作業規程の準則」で定められた標高精度 2 cm +5 cm √(L/100)(L(m):測定距離)を満たしていることを確認している。他の河川でもそうであるが,ALB による測量は河川定期縦横断測量のうち,横断測量の代替としては有効であるが,縦断測量の多くの項目は従来の測量による必要があり,その理由として,縦断測量の計測対象である距離標,水位標,橋の桁下など,ピンポイントで標高値を捉えることが困難であることを挙げている。横断測量においても,特殊堤,堤脚水路,階段工など狭い範囲の中で多数の形状変化点があるような構造物の形状を捉えることや,橋梁や水門,高潮堤防の波返し部などの形状を捉えることも困難であり,それらを補う補備測量が必要としている。かたちのエッジを捉えることは ALB のみならずレーザによる点群データの課題である。今後の課題であるが,点群から円柱や直方体など特徴のある形状を抽出(点群特徴抽出)する研究も進んでおり,これらの進展により解決されていく可能性が大きい。

    三重河川国道事務所の事例で興味深いのは,2017 年の台風 21 号・22 号を挟んだ 2 時期を ALB で測定していることである。図3に示すように堰周辺の局所的な侵食や堆積の状況が詳細に把握できている。2 時期のデータを重ねることで,3 次元に時間軸(t)を加えた 4次元の分析が詳細にできることが ALB の特長である。これまで平面 2 次元の河床変動計算を行っても,入力データも答え合わせも 200 m ピッチの横断測量しかなかったが,ALB の導入により,地形に応じた詳細な入力データの利用や任意の地点の答え合わせが可能となり,計算精度の向上が期待される。このように,河道地形の詳細な面的変化が追えるのが,ALB の魅力と言えるであろう。

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    図 3 台風前後の河床地形の詳細把握例(三重河川国道事務所提供)

    4.2 河川定期縦横断測量業務実施要領の改訂

    ALB の利用やドローン等,航空レーザによる測量技術の進展を踏まえ,2017 年度末から「LP の河川定期縦横断測量への適用検討会」が設置されている 16)。その成果として,2018年 4 月 13 日付で「河川定期縦横断測量業務実施要領・同解説」の改定が 21 年ぶりに実施され,「河川定期縦横断測量における点群測量の実施(試行)について」が同日に通知されている。さらに,2019 年度には「河川管理用3次元データ活用マニュアル」の作成が予定されており,ALB等の3 次元測量データを実務で活用する環境が急速に整備されつつある。 5. 水環境調査への活用ポテンシャル 5.1 Stream ecology から River Ecology へ

    1990 年の多自然型川づくりに始まる河川環境の保全や再生のニーズに合わせて,従来は別の学問であった河川生態学と河川工学の融合が大きな課題となった。そのときに融合のキーワードとなった概念が生息場(habitat)である。生物学からみれば,生物が利用する場としての生息場,河川工学からみれば,物理現象の結果としての生息場であるが,少し乱暴な言い方をすれば,この生息場という場の概念を通じて2つの学問は融合を図ってきた。しかしながら,河川生態学をあらわす英語は stream ecology であって river ecology でないことから分るように,時空間的に複雑な河川の場(habitat)は,stream(小河川)レベルでは把握

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    できても,river(大河川)レベルになると困難であった。そのために真の river ecology に挑戦する研究者は多くなかった。ここで新たに登場した ALB によって把握される大河川の詳細な生息場情報はこれまで困難であった大規模な生息場情報の利用を可能とし,真の河川生態学(river ecology)の進展を促すものとなる可能性がある。 5.2 ALB データを用いた生息場評価

    ALB の基本的な情報として面的な水深分布がある。これだけでも,例えばサクラマスが夏のあいだに生息する深い淵(例えば 2m 以深)がどのくらいの面積を有するか,そしてそれが経年的にどう変化しているか,といった情報が全川的に定量的に把握可能となった。これだけでも画期的なことである。

    魚類の生息場を評価する PHABSIM では,水深,流速,底質,カバー(植生の有無など)を評価する 17)が,アユの産卵床のように,調査事例が多いものについては簡略的に水深と流速についてアユが利用する選好値を求め,生息場を評価する場合がある 18)。吉田ら 19)は,この方法により ALB データから平面二次元計算により流速を求め,水深と流速からアユの産卵場としての適性値を面的に求めている。

    PHABSIM の評価指標として大事な底質については,現地調査によって面的に広域に把握するのは困難であるが,Eren ら 20)はウェーブフォーム方式※の ALB を用いて底面での反射強度から底質の判別を試みている。今後,日本でも検討の必要な項目と思われる。

    Mandlburger21)らは,流域面積 590 km2 と小規模な直轄河川程度の Pielach 川(オーストリア)において ALB で取得した地形データをもとに,平面二次元計算を行い流速場を求め,水深・流速・掃流力を変数として河川水域を瀬,淵,平瀬,ワンド等6つの生息場に分類し,そこからオオバナウグイ(Chondrostoma nasus)の産卵や稚魚の選好度を求めている。ALBと計算結果から瀬淵等の分類を行っている興味深い事例である。

    PHABSIM のカバーとして評価される植生の有無については同時に撮影した航空写真(オルソ写真)から判断可能であり,画像認識やフィルタリング時に得られるデータ(植生と地盤の差分)等から判別することも可能と考えられる。

    国内では検討事例は少ないが,ALB については,x,y,z の 3 次元だけでなく,時間変化(t)に加えて,様々な波長の反射強度(laser return intensity)を加えて 5 次元のデータを活用することによりさらに活用範囲が広がる 22)。海外での既存事例を参考に日本でも検討を進める必要がある。Eren ら 20)の底質判別の取り組みはそのひとつである。国内の事例でも 2 時期のデータを比較することにより,台風前後の地形を比較した三重河川国道事務所の例があるし,未発表だが新たに発達した砂州の状態を立体的に把握している河川もある。これなどはアユの産卵場の評価など,河川の動的な管理に有効な情報である。

    ALB データを直接解析することにより,生息場の評価を広域に精度よく低コストで分析できる時代に入ろうとしている。生物の生息確率を生息場等の条件からモデル化する生息適地モデルの活用が実務でも始まっているが,ALB の登場によりその精度が飛躍的に改善

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    することが期待される。 ※ウェーブフォーム方式 23):レーザスキャナからレーザ光を対象に照射し,帰ってくる光の強さの変化を,時間ごとに波形(ウェーブフォーム)として記録できるレーザスキャナ 5.3 環境 DNA との連携

    詳細な生息場データに多地点・高頻度な生物データを重ね合わせることができれば,生物環境の理解が進むと考えられるが,ALB やドローンの登場により飛躍的にデータ数が増加した生息場に対し,生物そのものの調査データはかなり貧弱な状態である。そこで期待されているのが環境 DNA 分析である。環境 DNA 分析は水域で採水した水に含まれる生物の粘液や糞などに含まれる DNA から,その水域に生息する生物を推定するものである。環境DNA の技術が進展し,大幅な低コスト化が図られれば,生物と生息場のビッグデータを用いた解析が可能となり,水域の環境保全の知見が急速に進展すると考えられる 24)。 6. 今後の課題と展望

    ALB で計測された測量データは今後,河川管理に直接活用されることが想定されるが,その場合に課題となるのが,河川工事などによって部分的に地形が改変された場合の補測である。局所的な測量に ALB は割高となるので,一般的には陸上はドローンあるいはレーザドローン,水中はソナーなどを使って測量することが想定される。しかし,この原稿を書いている最中(2019 年 2 月 1 日),面的にスキャン可能なグリーンレーザドローンが開発されたという記者発表があった 25)。今後,コストや精度などの検証が必要であるが,局所的な地形改変後の補測についても技術的には一定の目途が立った。

    河川マネジメントの 3 次元化の動きを ALB は技術的に支えるものとなる。国土交通省が進めている河川 CIM(Construction Information modeling/management)は,建設事業における各段階において 3 次元モデルの活用を促しており,ALB による地形調査から,3 次元設計,ICT 建設機械を使った 3 次元施工,そして 3 次元モデルを活用した河川維持管理とつながることにより大幅な生産性向上が期待されている。河川マネジメントの 3 次元化は,本来複雑な地形を有する河川環境の特性にあっており,河川 CIM は多自然川づくりと相性がよい 26),と考えられる。3 次元データを活用して,多自然川づくりを進化させるためには3 次元設計が課題となっており,周辺ツールを充実させる必要がある。

    ALB により取得するデータを広く活用し,技術開発を進めるためにもこれらのデータを収集するデータセンターが構築されることが望ましい。LP データについては,国土地理院のサイトを通じて,広く活用されているが,ALB データについても何らかのしくみを作る必要があると考えている。

    本稿では,航空レーザ測深(ALB)を用いた河川調査の現状について国内外の事例やその可能性について述べた。ALB が登場し,陸上に加えて水中の地形も詳細に把握できるよう

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    になった。現在国内で国が管理する直轄河川を中心にその利用が急速に拡がっている。海外ではすでに,ALB の成果を用いて広域の水域環境の評価が始まっており,これまで困難であった大河川の詳細な生息場の評価も可能となってきた。本稿がひとつのきっかけとなって ALB の国内での活用がさらに進展し,河川環境の保全・再生の一助となれば幸いである。 参考文献

    1) 藤田光一, 2006. 中小河川の治水安全度を早急に把握せよ. 国総研アニュアルレポート 5, 12-15.

    2) 戸澤実, 松本良浩, 岩本暢之, 小野智三, 矢島広樹, 2004. 航空レーザ測深機のテスト飛行について. 海洋情報部技報 22, 1-6.

    3) Hilldale, R.C., David, R., 2008. Assessing the ability of airborne lidar to map river bathymetry. Earth Surface Processes and Landforms 33(5), 773-783.

    4) 小澤淳眞, 坂下裕明, 宮作尚宏, 下村博之, 蒲恒太郎, 川村裕, 岡部貴之, 2014. ALB(航空レーザ測深)の河川測量への適用. 先端測量技術 106, 72-82.

    5) 岡部貴之, 坂下裕明, 小澤淳眞, 下村博之, 蒲恒太郎, 宮作尚宏, 川村裕, 浅沼市男, 2014. ALB の河川縦横断測量への適用性の研究. 河川技術論文集 20, 55-60.

    6) 今井龍一, 松井晋, 中村圭吾, 重高浩一, 2015. レーザプロファイラを用いた河川定期横断測量への適用可能性と今後の展望. 土木技術資料 57(7), 26-29.

    7) 大鋸朋生, 金田真一, 戸村健太郎, 岡崎克俊, 2015. 世界最小の航空レーザ測深機(ALB)による高密度計測と陸上計測の実験と利活用場面の想定. 先端測量技術 107, 73-85.

    8) 中村圭吾,福岡浩史,小川善史,山本一浩, 2017. グリーンレーザ(ALB)による河川測量とその活用. RIVER FRONT 84, 16-19.

    9) 山本一浩,中村圭吾,福岡浩史,戸村健太,金田真一, 2017. グリーンレーザ(ALB)を用いた河川測量の試み. 河川技術論文集 23, 293-298.

    10) 佐藤佑香, 高柳和己, 西村義, 2017. 河床低下区間における航空レーザ測深(ALB)の適用について-石狩川上流における適用事例-, 第 61 回(平成 29 年度)北海道開発技術研 究 発 表 会 . URL. https://www.hkd.mlit.go.jp/ky/jg/gijyutu/splaat00000167jj-att/splaat00000167oy.pdf (2019 年 2 月時点).

    11) 實村昂士, 金田真一, 藤田温斗, 池間仁子, 戸村健太郎, 大鋸朋生, 2016. 航空レーザ測深(ALB)による河川・海岸線の計測事例紹介. 先端測量技術 108, 82-87.

    12) 株式会社パスコ, 2016. ALB(航空レーザ測深)による新たな三次元地形計測技術. 国土交通省中部地方整備局名古屋港湾空港技術調査事務所 第14回 民間技術交流会資料. URL. http://www.meigi.pa.cbr.mlit.go.jp/file/kouryuukai/14th/14th_01_shiryou.pdf (2019 年 2 月時点).

    13) 戸村健太郎, 金田真一, 實村昂士, 2017. 河川分野における航空レーザ測深(ALB). For the future 2017(アジア航測技術報), 28-29.

    https://www.hkd.mlit.go.jp/ky/jg/gijyutu/splaat00000167jj-att/splaat00000167oy.pdfhttps://www.hkd.mlit.go.jp/ky/jg/gijyutu/splaat00000167jj-att/splaat00000167oy.pdf

  • 「中村圭吾(2019)グリーンレーザを用いた航空レーザ測深(ALB)による河川調査の現状と可能性, 水環境学会誌 Vol.42(A), No.5, pp.174-178, 2019」のオリジナル原稿

    14) 梶取真一, 長町剛志, 2018. 河道調査における航空機グリーンレーザ(ALB)の適用性と発展性について. 建設マネジメント技術 476(1 月号), 77-81.

    15) 松森真希, 細野将輝, 赤畠義徳, 2018. 航空レーザ測深(ALB)の活用について~中部管内で初めて直轄河川管理区間の全域を計測~. 平成30年度中部地方整備局管内事業研究発表会. URL. http://www.cbr.mlit.go.jp/kikaku/2018kannai/pdf/te01.pdf (2019 年2 月時点).

    16) 国土交通省,LP の河川定期縦横断測量への適用検討会資料. URL. http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/lp_kentoukai/index.html (2019 年 2 月時点).

    17) 伊藤浩文, 関根雅彦, 中村好希, 神野有生, 山本浩一, 樋口隆哉, 今井剛, 2016. 中小河川における魚類生息場評価のための生態環境多様性指数の提案. 土木学会論文集 G(環境) 72(1), 1-11.

    18) 福井 洋幸, 北川 照晃, 深草 新, 大屋 彩, 稲若 孝治, 松尾 至哲, 2016. PHABSIM によるアユ産卵環境評価法の検証および改善策の提案. 土木学会論文集 B1(水工学) 72(4), I_1003-I_1008.

    19) 吉田圭介, 前野 詩朗, 髙橋幸生, 児子真也, 小川修平, 赤穗良輔, 2018. ALB 計測データを用いた流況解析に基づく旭川下流部におけるアユの産卵場の物理環境評価. 土木学会論文集 B1(水工学) 74(5), I_421-I_426.

    20) Eren, F., Pe'eri, S., Rzhanov, Y., Ward, L., 2018. Bottom characterization by using airborne lidar bathymetry (ALB) waveform features obtained from bottom return residual analysis. Remote Sensing of Environment 206, 260-274.

    21) Mandlbulger, G., Hauer, C., Wieser, M., Pfeifer, N., 2015. Topo-Bathymetric LiDAR for Monitoring River Morphodynamics and Instream Habitats—A Case Study at the Pielach River. Remote Sensing 7(5), 6160-6195.

    22) Eitel, J.U.H., Höfle, B., Vierling, L.A., Abellán, A., Asner, G.P., Deems J.S., Glennie C.L., Joerg, P.C., LeWinter, A.L., Magney, T.S., Mandlburger, G., Morton, D.C., Müller, J., Vierling, K.T., 2016. Beyond 3-D: The new spectrum of lidar applications for earth and ecological sciences. Remote Sensing of Environment 186, 372-392.

    23) ウェーブフォームレーザ,地理空間情報技術ミュージアム URL. http://mogist.kkc.co.jp/word/7cf007fb-9c41-432f-bb97-4483447a3f48.html (2019 年 2 月時点).

    24) 村岡敬子, 中村圭吾, 2019. 河川における環境 DNA の実用化に向けた土木研究所の取り組み. 土木技術資料 61(1), 38-41.

    25) 国土交通省水管理・国土保全局記者発表資料, 2019. 「陸上・水中レーザードローン」現場実装へ(2019 年 2 月 1 日付). URL. http://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo04_hh_000089.html (2019 年 2 月時点).

    26) 中村圭吾, 2019. 河川 CIM で進化する多自然川づくり. RIVER FRONT 88, 18-21.

    http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/lp_kentoukai/index.htmlhttp://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/lp_kentoukai/index.htmlhttp://mogist.kkc.co.jp/word/7cf007fb-9c41-432f-bb97-4483447a3f48.htmlhttp://mogist.kkc.co.jp/word/7cf007fb-9c41-432f-bb97-4483447a3f48.htmlhttp://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo04_hh_000089.htmlhttp://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo04_hh_000089.html

    グリーンレーザを用いた航空レーザ測深(ALB)による河川調査の現状と可能性1. はじめに2. ALBの測定の仕組み3. 九頭竜川における測量事例8)9)4. 急速に拡大する国内河川での活用状況5. 水環境調査への活用ポテンシャル6. 今後の課題と展望参考文献