土壌世界の共生活動① - takii.co.jp · 写真3 アーバスキュラー菌根菌の...

AMF パートナー細菌 B パートナー細菌 A パートナー細菌 C [ 筆者略歴 ] 1976年 愛媛大学大学院農学研究科修 士課程修了、民間企業の農薬開発部を 経て、1980年 愛媛大学教育学部助手、 1996 年 愛媛大学教育学部教授、2000 年 京都府立大学農学部教授、2008年 京都府立大学大学院生命環境科学研究 科教授 現職。京都大学博士(農学)。 [ 専門 ] 果樹園芸学、土壌微生物学、 クロマトグラフィー、農業教育 [ 趣味 ] ジャズ鑑賞・演奏 [ 連絡先 ] 〒 606-8522 京都市左京区下 鴨半木町 1-5 京都府立大学大学院生命 環境科学研究科 アーバスキュラー菌根菌 (VA 菌根菌)胞子 上:Gigaspora margarita 下: Glomus fasciculatum ↑外生菌根菌という菌根菌 上:アカマツの菌根 下:クリの菌根 根がこの菌の菌糸によって包まれ、あたか も根が軍手をしているように見える。 写真1 アーバスキュラー菌根菌と外生菌根菌 ↑マツタケ マツタケも菌根菌 (外生菌根菌)の一つ。 写真2 新型 SEM による Gigaspora margarita 胞子から分離した細菌の観察 写真3 アーバスキュラー菌根菌の 胞子と植物根の細胞内に 形成された樹枝状体 a) Bacillus sp. (KTCIGME01)(菌糸表面にバイオフィルムが観察される) b) Bacillus thuringiensis (KTCIGME02)   c) Paenibacillus rhizosphaerae (KTCIGME03) Bar=10㎛ 10㎛ 100㎛ arbuscular mycorrhizal fungus 2011 タキイ最前線 春号 55

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新 連 載

AMF

パートナー細菌B

パートナー細菌A

パートナー細菌C

 混植や不耕起農法、自然農法が効果を示す事例があることは、

知られています。しかし、そのメカニズムは科学的に説明できて

いるのでしょうか? 減農薬や施肥の削減はどこまで可能なので

しょうか。本連載ではこの先の農業の一つの有り様として、4億

年を生きている土壌菌の世界から解説いただきます。(編集部)

土壌世界の共生活動①

安心・安全で持続可能な作物づくりに役立つ

菌根菌とその仲間たち

京都府立大学大学院 

生命環境科学研究科 

教授 

石いし

井い 

孝たか

昭あき

[ 筆者略歴 ]1976年 愛媛大学大学院農学研究科修士課程修了、民間企業の農薬開発部を経て、1980年 愛媛大学教育学部助手、1996年 愛媛大学教育学部教授、2000年 京都府立大学農学部教授、2008年 京都府立大学大学院生命環境科学研究科教授 現職。京都大学博士(農学)。[ 専門 ] 果樹園芸学、土壌微生物学、クロマトグラフィー、農業教育[ 趣味 ] ジャズ鑑賞・演奏[ 連絡先 ] 〒 606-8522 京都市左京区下鴨半木町 1-5 京都府立大学大学院生命環境科学研究科

↑アーバスキュラー菌根菌(VA 菌根菌)胞子上:Gigaspora margarita下:Glomus fasciculatum

↑外生菌根菌という菌根菌上:アカマツの菌根 下:クリの菌根根がこの菌の菌糸によって包まれ、あたかも根が軍手をしているように見える。

写真1 アーバスキュラー菌根菌と外生菌根菌

↑マツタケマツタケも菌根菌(外生菌根菌)の一つ。

写真2 新型 SEM によるGigaspora margarita 胞子から分離した細菌の観察

写真3 アーバスキュラー菌根菌の    胞子と植物根の細胞内に    形成された樹枝状体

a) Bacillus sp. (KTCIGME01)(菌糸表面にバイオフィルムが観察される)b) Bacillus thuringiensis (KTCIGME02)   c) Paenibacillus rhizosphaerae (KTCIGME03)Bar=10㎛

10㎛

100㎛

 

自然は時に生物に試練を与えますが、一方でその試練に対していろいろ

な方策を提供してくれています。その自然の恵みの一つが「共き

ょうせい生

」という

営みです。人間社会において互いがともに助け合いながら、さまざまな試

練を乗り越えて生きているように、植物も土壌に生息する微生物と共生関

係を築き、自然環境の変化に耐えうる力を得ているのです。このような微

生物として、現在のところ、チッソ固定に働く根こ

粒りゅう

細菌(マメ科植物に感

染し、根粒を形成)およびフランキア属の放ほ

線せん

菌(ヤマモモ属、ハンノキ

属などの非マメ科植物に感染)や、ほとんどすべての陸生植物に感染して

共生関係を結ぶ菌き

根こん

菌、特にアーバスキュラー菌根菌(arbuscular mycorrhizal

fungus

以降AMF……根の細胞内に樹枝状体を形成する菌根菌で、Vブ

Aエー

根とも呼ばれている)が挙げられます(写真1)。興味深いことに、菌根菌

にはこの菌の働きを助ける細菌(パートナー細菌)が胞子内や胞子表面に

生息しており(写真2)、これらの細菌はチッソ固定作用やリン溶解作用を

有し、かつ土壌病原菌の生長を抑制する作用ももっています。

 

ここでは菌根菌、特にAMF(写真3)とそのパートナー細菌を紹介し、

これらを用いた安心・安全で持続可能な作物づくりについて説明していき

ます。 

2011 タキイ最前線 春号 55

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AMF

光合成産物(糖など)

ほぼすべての植物に感染

養水分

N(チッソ)やP(リン)の提供

AMFの仲間(パートナー細菌)

BC

A

植物は共生微生物を

必要としている

 

なぜ植物は、先に挙げた菌が根に侵

入するのを受け入れるのでしょうか?

それは、植物の生育にとって必要な無

機元素を効率よく獲得できる仕組みが

これらの菌に与えられているからです。

植物の主要無機三要素(チッソ、リン、

カリ)のうち、カリは長

ちょう

石せき

などの岩石

の風化で土壌中に比較的多く存在しま

すが、チッソ、特に硝酸態チッソは土

壌から流亡しやすく、またリンは土壌

中に大量に存在するアルミニウムや鉄

と結合して不溶化するため、植物はこ

れらの要素を容易に得られず飢餓状態

に陥りやすいのです。

 

そこで、植物はこれらの菌に糖など

の光合成産物を分配する見返りとして、

チッソ固定菌からは空気中より固定し

たチッソを獲得し、菌根菌からは養水

分、特にリンを効果的に得て植物生長

に役立てているだけでなく (写真4)、

病害抵抗性や環境ストレス抵抗性を強

めて、果実品質を向上させるという共

生関係を築いているのです。

菌根菌、特にAMFの秘密

 

菌根菌は糸状菌(カビ)に分類され、

菌糸が根を包んで菌糸鞘し

ょう

を形成する外

生菌根菌 (ectom

ycorrhizal fungus)

よび菌糸が根の内部で伸長する内生菌

根菌 (endom

ycorrhizal fungus)

に大別

され、菌根菌が感染した根を菌根とい

います。菌根菌と主要な作物の菌根を

左表に示します。

 

外生菌根菌は菌糸が根の皮層細胞間

隙しか侵入せず、根を包んで菌糸鞘を

形成するので、肉眼で菌根(ハルティ

ッヒネットと呼ばれる特殊な根)形成

を容易に観察することができます。た

だし、多くの作物では外生菌根が観察

されないので、根に白い菌糸が観察さ

れた場合には紋も

羽ぱ

病菌、フザリウム菌

などの土壌病原菌による被害であると

いえます。

 

一方、内生菌根菌にはラン型菌根菌、

エリコイド菌根菌およびAMFがあり

ます。AMFとして、現在のところは

アツギケカビ科の6属(Acaulospora

Entrophospora

、 Gigaspora

、 Glomus

Sclerocystis

、Scutellospora

)が知ら

れていますが、わが国の耕作地では主

として G

igaspora

、 Glom

us

および

Scutellospora

属の胞子がよく観察さ

れています。AMFの形態的特徴は、

①根の内部に、のう状体(vesicle

)や

樹枝状体(arbuscule

)を形成する(た

だし、Gigaspora

および Scutellospora

ではのう状体を形成しない)、

②菌糸

に普通は隔壁(隔膜)が見られない、

③菌糸がコイル状に生長する、④胞子

色は黒色、暗赤色、茶色、黄色、白色

を呈する、などが挙げられます。

 

AMFはほぼすべての植物と共生関

係を築くので、この菌の菌糸があたか

もインターネットの光ファイバーケー

写真4 アーバスキュラー菌根菌接種の効果左:ウンシュウミカン(左:無接種区、右:接種区)右:水稲(日本晴)(左:無接種区、右:接種区)

表 菌根の種類

外生菌根を形成する植物クリ、クルミ、ペカンなど

エリコイド菌根を形成する植物エリカ、ブルーベリー、クランベリーなど

ラン型菌根を形成する植物ラン類

アーバスキュラー菌根(VA 菌根とも呼ばれる)を形成する植物ほとんどすべての植物

56 2011 タキイ最前線 春号

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AMF

ブルのように、作物と作物、さらには

その周辺の植物の根にもネットワーク

を広げて、その巨大な菌糸ネットワー

ク内で養水分の吸収や移動、または酸

素などのガス交換も行っている(水稲

の根にもAMFは感染し、ほかの植物

への酸素の運搬に関与している)こと

が明らかになっています(第1図)。 

このネットワークを活用すれば、現在

大量に施されている肥料を減らすこと

ができ、環境にやさしい栽培体系を作

り上げることも可能なのです。なお、

菌根菌は﹁生物肥料﹂とも呼ばれ、肥

料が入手しにくい開発途上国での利用

が検討されており、乾燥地・半乾燥地

の環境緑化にも貢献することが期待さ

れています。

 

根粒細菌やフランキア属の放線菌の

ようなチッソ固定菌およびAMF以外

の菌根菌は、ある特定の植物との間で

しか共生関係を築かない、相思相愛的

な微生物ですが、AMFはほぼすべて

の植物と共生関係を築きます。この関

係が形成された時期は前述のチッソ固

定菌やAMF以外の菌根菌と比べて非

常に古く、今から4億年前ごろである

ことが化石調査から明らかになってい

ます(第2図)。

この時期は植物が海

から陸地に侵入し始めたころで、植物

がこの菌とともに、当時の過酷な陸上

環境に侵入していったことを想像する

と、AMFとその仲間たちの利用は、

現在、私たちを取り巻く地球環境の悪

化の改善に大いに貢献すると考えられ

ます。

 

しかしながら、現状の栽培技術や環

境保全技術はこの菌の役割を軽視ある

いは阻害する手法であるとしか考えら

れず、特に化学肥料や化学合成農薬の

使いすぎは非常に深刻な問題です。こ

れらの化学物質の大量施用はAMFや

そのパートナー微生物の活動を著しく

阻害し、致死させるからです。事実、

これらを大量に使用しているわが国の

耕作地では、AMFの生息がほとんど

見られません。私たち人間は栄養剤や

薬の使いすぎには注意をするのに、な

ぜ植物の場合にはこの問題を踏まえた

改善ができないのでしょうか。この改

善への取り組みなくしては、私たちの

生存は危ないといわざるを得ません。

これらを取り扱っている産業界や学界

のモラルと、それらの使用基準などを

管理している国や地方行政の役割が今、

問われているといえるでしょう。

 

また近い将来、私たちは石油などの

化石燃料やリン鉱石などの枯渇という

未曾有の試練に直面することになるで

しょう。硫安などのチッソ肥料は化石

燃料を大量に用いて大気中のチッソか

ら作製されており、過リン酸石灰やリ

ン安などのリン酸肥料はリン鉱石から

作られているからです。しかし、自然

はこの試練に耐えられる恵みを私たち

に提供してくれています。それがAM

Fとそのパートナー細菌なのです。

 

このように、それらの有益微生物を

効果的に活用できる栽培技術を早急に

作り上げ、化学肥料や化学合成農薬の

利用に重点を置いた農法から脱却して

いく道を考えていかなければなりませ

ん。

 

次回はAMFとそのパートナー細菌

の活用技術を紹介する予定です。

第1図 草生果樹園におけるアーバスキュラー菌根菌に    よる菌糸ネットワーク

H:菌糸 S:胞子 A:樹枝状体 V:のう状体

第2図 Aglaophyton major という 4 億年前の植物の根の    化石から発見されたアーバスキュラー菌根菌

左:http://www.palaeos.com/ 右:Remy et al. (1994)

土壌世界の共生活動

H SH

SH S

HS

AA

AA

H

S

HH

SV

根 土壌

H

H

H

<=Arum 型

Paris 型 ====> <=Arum 型

Paris 型 ====>

2011 タキイ最前線 春号 57