優れた医療と人材の提供をめざして 子宮頸がんの予...

2
1 5 350020 30 80 10 2 60 70 調1 3 4 6 3 10 70 20 36016 17 北里研究所病院では 10 ~ 55 歳の女性を対象に子宮頸がん予防ワクチンの接種を行っている 10016 18 611 「女性が気軽に安心して相談できる婦人科でありたい」と小室はいう 北里大学北里研究所病院 婦人科 医長 小室 優貴 こむろ・ゆうき/東京都出身。1991年慶應義塾大学医学部卒業。国立埼玉病院、国立栃木病院勤務を 経て、2005年7月、北里研究所病院婦人科に着任。専門は婦人科腫瘍学。日本産科婦人科学会専門医、 日本臨床細胞学会細胞診専門医、日本がん治療認定医機構暫定教育医、医学博士。 2

Transcript of 優れた医療と人材の提供をめざして 子宮頸がんの予...

身近な病気として

真剣に向き合いたい子宮頸がん

 従来、「子宮がん」とひとくくりに呼ば

れていた病気は、発生する部位によって

「子宮頸がん」と「子宮体がん」に分けら

れることが一般的になってきた。このうち

子宮の入り口にできる子宮頸がんは、日本

では毎年約1万5千人が罹患し、およそ

3500人が命を落としている。もともと

高齢者に多い病気と言われていたが、最近

は20~30代の患者が増えている。また、特

に都市部などでは晩婚の増加や出産の高齢

化が進んでいることに伴い、若いうちに婦

人科を利用する人が減り、病気の発見や治

療が遅れる傾向も見られるという。

 「女性のがんでは乳がんに次いで罹患率

が高い病気なのに、日本では身近なことと

してとらえていない女性が多い」と、この

病気と向き合ってきた北里大学北里研究所

病院婦人科の医師、小室優貴はいう。

 子宮頸がんには他のがんにはない大き

な特徴がある。それはがんにしては珍し

く原因が解明されているということだ。

がんを引き起こすのは「ヒ

ト・パピローマウイルス(H

PV)」。女性の80%が一生

に一度は感染すると言われ

るほどありふれたウイルス

で、性交渉によって子宮頸

部の細胞に感染する。多く

の場合、女性本人の免疫力

によって排除されるが、ま

れに感染が長引いて、数年

から10年で子宮頸がんに進

行する。

ワクチンの接種と

定期的な検診で予防可能

 だから子宮頸がん予防のためには、まず

はこのウイルスから身を守ることがポイン

トになる。そこで有効なのがHPVワクチ

ンの接種だ。現在、日本で接種できる子

宮頸がん予防ワクチンには2種類※あり、

どちらも60~70%の予防効果が期待でき

るといわれている。

 そして、これに続く二つ目の予防策と

なるのが、定期的に子宮頸がん検診を

受けることだ。子宮頸部の表面からぬぐい

取った細胞を専門家が顕微鏡で調べるもの

で、検査自体はほとんど痛みを伴わず、時

間も1分ほどしかかからない。これだけで

ウイルス感染による細胞の変化を見つける

ことができるのだ。

先進国の中では

日本の受診率は後進国レベル

 このように子宮頸がんを予防する手立

てはあるのに、「日本ではワクチンの接種

率も検診の受診率も、欧米をはじめとす

る諸外国に比べ格段に低い」と小室は嘆

く。その理由はどこにあるのだろうか。

 まず、ワクチン接種の障害になってい

るのがコストの問題だ。接種は半年ほど

の間に3回行う必要があり、費用はトー

タルで4~6万円程度。基本的に健康保

険は適用されない。インフルエンザの予

防ワクチンなどに比べ高額で、負担感は大

きい。近年、行政による公費助成も始ま

っているが給付額や対象年齢に地域格差

が大きく、また、扱いはどの自治体でも

任意接種だ。

 そもそも日本でワクチンが発売され

てから3年足らずと日が浅く、その効

果や必要性はおろか存在自体が十分に

認知されていないという問題が根底にあ

る。低年齢時からの接種が望ましいに

も関わらず、親や周囲の大人たちの間に

子宮頸がんに対する誤解や偏見も見ら

れ、それがワクチン接種の普及を妨げる

一因になっているという。日本がこのよう

な現状にあるのに対して、公費助成制度が

充実し、ワクチン接種の必要性の理解が進ん

でいる海外では、10代での接種実施率は日

本より軒並み高くなっている。

 一方、子宮がん検診については、婦人科

で内診を受けることに対しての心理的抵抗

感が女性のひとつのハードルになっている。

 「本当に簡単な検診なのに、怖いとか恥

ずかしいなどの理由で受診せず、がんの発

見が遅れてしまうのは本当に残念です」

 婦人科医として、この病気で命を落とす

多くの女性を間近で見てきただけに、小室は

歯がゆさを募らせる。近年の子宮がん検診

の受診率を見ると、欧米諸国のほとんどが

70%以上。対する日本はたった20数%程度

と先進国の中では検診率がきわめて低い。

効果的なPR活動と環境整備が

予防推進のカギを握る

 こうした状況に小室もただ手をこまねい

ているわけではない。最近、北里研究所病

院の婦人科ではHPVワクチンの推奨運動

を展開し、予防接種の実施を広く働き掛

けた。同時に、接種を受けた人、受けなか

った人の両方の率直な声を聞いて、今後、

子宮頸がん予防の啓発を効果的に進めて

いくための参考にしている。

 「とはいえ一つの病院でできることは限

られます。北里研究所病院の婦人科ではH

PVワクチンの扱いを始めてから半年で約

360人に接種しました。しかし、病院

の婦人科や産科だけで、接種人数を増やし

ていくのは大変。インフルエンザと同じよ

うに、内科などでもHPVワクチンの接種

ができるのが当たり前になっていってほし

いですね」

 実際、イギリスなどではジェネラルドク

ターと呼ばれる家庭医がHPVワクチンを

接種する。また、学校の校医が生徒に対し

未来のトビラ

医療と健康の明日を見つめて

未来のトビラ

16

医療と健康の明日を見つめて

医療と健康の明日を見つめて

無関心こそ最大のリスク

【子宮頸がん】

17

未来のトビラ

子宮頸がんの予防を支える

優れた医療と人材の提供をめざして

北里研究所病院では 10 ~ 55 歳の女性を対象に子宮頸がん予防ワクチンの接種を行っている

※HPVには100種類以上の型があり、このうち子宮頸がん

を引き起こす16型と18型に対して感染予防効果を持つワクチンと、

これに加えて皮膚や粘膜にできるイボなどの原因になる6型と11

型に対する感染予防効果も持つワクチンが商品化されている。

「女性が気軽に安心して相談できる婦人科でありたい」と小室はいう

北里大学北里研究所病院 婦人科 医長

小室 優貴こむろ・ゆうき/東京都出身。1991年慶應義塾大学医学部卒業。国立埼玉病院、国立栃木病院勤務を経て、2005年7月、北里研究所病院婦人科に着任。専門は婦人科腫瘍学。日本産科婦人科学会専門医、

日本臨床細胞学会細胞診専門医、日本がん治療認定医機構暫定教育医、医学博士。

2

未来のトビラ

18

医療と健康の明日を見つめて

医療と健康の明日を見つめて

19

未来のトビラ

て接種を行う国もあるという。日本でも公

費助成の充実だけでなく、接種の実施体

制や環境を整えていくことが今後は強く

求められる。

 さらに小室は、効果的な広報活動を展開

していくことの大切さも強調する。現在さ

まざまな関係団体が、毎年4月9日の「子

宮の日」や毎年11月の「子宮頸がん月間」

に子宮頸がんの予防に向けた啓発キャン

ペーンや、セミナー、勉強会などのイベント

を展開したり、パンフレットやメディアを使

ったPRを幅広く実施している。著名人や

有名キャラクターを起用したCMや広報ツ

ールを目にしたことのある人も多いだろう。

 「当病院でも、女性に人気のキャラクター

を使用して案内ポスターを作るなど、親し

みやすいPRに努めています。婦人科の病

気はデリケートな問題にも関わりますか

ら、ただ声を大にして訴えればいいという

ものではありません。女性の気持ちや感性

に配慮したスマートな啓発活動を進めてい

くことが大切だと思いますね」

パイオニアとして細胞検査士の

育成に取り組む北里大学

 一般に広く知られる職業ではないが、

子宮頸がん予防に欠かせないのが、

「細胞検査士」というスペシャリストだ。そ

の役割は、体の一部の細胞を顕微鏡で観察

して、がん細胞やウイルスなどによる細胞

の変化、がんの前段階にある細胞を見つけ

出すこと。がんの早期

発見を医療の最前線で

支える重要な存在だ。

がん以外の病気も検査

するが、仕事の半数は

子宮頸がんの診断が占

めている。

 北里大学医療衛生

学部の医療検査学科

は、全国でも数少ない

細胞検査士をめざす

コースを早くから設置

し、多くの優れた人

材を育ててきた。この

教育プログラムのもと

学生の指導に携わって

いるのが、同学科で助

教を務める西村由香

里。自らも北里大学で細胞検査士の資格

を取得した後、医学博士の学位を取得し、

医療関連企業でも活躍した経歴を持つ細

胞検査分野のエキスパートだ。

 「私がこの道を選んだのは、高校時代に

父が胃がんになったのがきっかけ。幸い

早めの手術で元気を取り戻したのですが、

そのときに自分も病気の早期発見に貢献

する仕事をしたいと思いました」と振り

返る。

 細胞検査士は、細胞を特殊な薬品で

染色した標本を隅々まで注意を払いな

がら観察する。高度な専門知識と技術

が求められる仕事で、現在日本では約

7000名が認定資格を持っている。北

里大学では毎年15名ほどの学生がこの資

格に挑戦し、例年90%の合格率という好

成績を挙げている。全国の平均が20~25

%程度というから特筆すべき数字と言え

るだろう。

 「この成績は北里が持つ豊富な経験の蓄

積と、それを生かした指導の結果と自負

しています。合格するには相当な勉強量

が必要になりますので、我々教員は単に

知識を教えるだけでなく、勉強方法や生

活面まで含めた総合的な支援を行ってい

ます」と語る西村。さらに講義では、学

外の教育・医療機関から招いた一流の専

門家も指導を担当。そのほか、高性能な

顕微鏡を備えた専用教室など、優れた学

習環境も北里のアドバンテージだ。

子宮頸がん予防への

さらなる貢献をめざして

 日本の細胞検査士の試験は難しい。それ

はすなわち、資格保持者の能力レベルが世

界のトップクラスにあることを意味してい

る。「日本の細胞検査士は海外でも十分に

活躍できる」と西村は断言する。しかし、

人材の優秀さと裏腹に日本の子宮頸がん

検診の受診状況は、前述した通り世界水

準には及ばない。

 「病気への関心が高いはずの医療系の大

学に通う学生でも、検診を受けたことがあ

るのは少ないのが現状です。外国では過去

の病気になりつつあるのに、このままでは

日本だけが取り残されてしまいます」

 もちろん、こうした状況を改善するた

めに、国内の細胞検査士も立ち上がってい

る。毎年4月9日の「子宮の日」に全国の

細胞検査士会では、主要都市の街頭で子宮

頸がん予防のPR活動を大々的に実施し、

西村自身も横浜駅前でパンフレットの配布

活動に汗を流した。また、PRに使われる

各種ツールに掲載される啓発記事の取材

にも積極的に応じ、細胞検査のプロの立場

から検診の大切さをアピールしている。

さらに、教鞭を執る北里大学のオープン

キャンパスもPRの絶好の機会として活

用。来校した高校生たちにがん検診につ

いてわかりやすく紹介する活動を行って

いる。

 もともと北里大学の学祖である北里柴

三郎は、「医の使命は予防にあり」と説き、

予防医学の発展と普及に情熱を注いだこ

とで知られる。子宮頸がん予防の推進は、

北里本来の使命と重なる取り組みでもある。

 「2014年には相模原キャンパスに

北里大学病院の新病院が完成します。これ

も一つのステップにして、これからの子宮

頸がん予防に北里がさらなる貢献をしてい

けたらいいですね」

 日本の女性の健康を守っていくために、

明るくエネルギッシュに活躍する西村のよ

うな存在は、ますます頼もしい力になって

いくに違いない。

2012年の子宮の日(4月9日)に横浜駅前で行われた細胞検査士による広報活動に西村も参加(前列中央)

 子宮頸がんは婦人科で扱うが

んの中でも症例の多いがんの

一つですが、早期発見と適切

な治療で完治を望むことができ

ます。

 基本的な治療法には、手術、

放射線治療、抗がん剤治療が

あり、通常、がんの初期段階では手術を行い、より進行してい

るときは放射線、あるいは放射線と抗がん剤の併用により治療

を進めます。特にがんが粘膜層に留まっているなど初期の場合

は、子宮頸部の一部分を削り取るだけの小さな手術で対応可

能であり、術後の妊娠や出産も可能です。この方法で病変が

取りきれない場合は、子宮の全摘出などが検討されます。また

放射線治療は、治療時は患者さんの体への侵襲が小さいなど

の利点がありますが、術後に腟が萎縮したり、年数が経ってか

ら膀胱の炎症や腸の炎症、閉塞が起きたりしやすいといったデ

メリットもあります。

 いずれにせよ子宮頸がんの治療方法は、がんの進行度や患

者さん本人の体力や希望などを十分に考慮したうえで決定する

ことが基本となります。

 北里大学病院の婦人科は、神奈川県相模原市近郊の婦人

科がん治療の中核を担っており、年間のがん治療数は全国の大

学病院の中でも上位にランクされます。また、多くの診療科を

擁する総合病院の強みを生かし、他科との連携のもと合併症

を持つ症例にも数多く対応しています。

 子宮頸がんの治療における当院の特徴の一つは、初期の

場合の日帰り手術を積極的に行っていることです。この手術は

局所麻酔を行ったうえで子宮頸部を高周波電気メスで削り取る

「LEEP 円錐切除」という子宮温存療法で、他の病院では円錐

切除は短期間ながら入院が必要なことが多いのですが、当院で

は日帰りでの LEEP 円錐切除がほとんどを占めています。その

ほか、より大掛かりな手術や、放射線治療、抗がん剤治療につ

いても、当院は地域有数の治療体制と豊富な実績を生かして

幅広い治療を提供しています。

 子宮頸がんの治療技術は着実に進歩してきていますが、やは

り大切なのは日ごろから検診を受けることです。またワクチンの

接種も予防のためには有効です。がんのリスクを未然に防いで

安心して暮らすために、ぜひ定期的な受診を習慣づけてください。

子宮頸がんが見つかったら ― 婦人科がん治療の最新事情 ―

北里大学病院 婦人科 科長北里大学医学部 教授

恩田 貴志

北里大学医療衛生学部 医療検査学科 助教

西村 由香里にしむら・ゆかり/青森県出身。2006年北里大学大学院医療系研究科博士課程を修了。

試薬メーカー勤務を経て、07年4月、北里大学医療衛生学部 医療検査学科の助教に着任。臨床検査技師、細胞検査士。医学博士。

「女性は定期的に子宮頸がん検診を受けてほしい」と西村は願う

子宮頸部細胞の顕微鏡写真①正常細胞② HPV に感染した細胞③子宮頸がん細胞

① ②